特許第6160582号(P6160582)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 三菱マテリアル株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6160582-錫めっき銅合金端子材及びその製造方法 図000005
  • 特許6160582-錫めっき銅合金端子材及びその製造方法 図000006
  • 特許6160582-錫めっき銅合金端子材及びその製造方法 図000007
  • 特許6160582-錫めっき銅合金端子材及びその製造方法 図000008
  • 特許6160582-錫めっき銅合金端子材及びその製造方法 図000009
  • 特許6160582-錫めっき銅合金端子材及びその製造方法 図000010
  • 特許6160582-錫めっき銅合金端子材及びその製造方法 図000011
  • 特許6160582-錫めっき銅合金端子材及びその製造方法 図000012
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6160582
(24)【登録日】2017年6月23日
(45)【発行日】2017年7月12日
(54)【発明の名称】錫めっき銅合金端子材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 7/00 20060101AFI20170703BHJP
   C25D 5/12 20060101ALI20170703BHJP
   C25D 5/50 20060101ALI20170703BHJP
   H01R 13/03 20060101ALI20170703BHJP
【FI】
   C25D7/00 H
   C25D5/12
   C25D5/50
   H01R13/03 D
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-185033(P2014-185033)
(22)【出願日】2014年9月11日
(65)【公開番号】特開2016-56424(P2016-56424A)
(43)【公開日】2016年4月21日
【審査請求日】2017年3月28日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101465
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 正和
(72)【発明者】
【氏名】加藤 直樹
(72)【発明者】
【氏名】井上 雄基
(72)【発明者】
【氏名】中矢 清隆
【審査官】 長谷部 智寿
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−174006(JP,A)
【文献】 特開2013−174008(JP,A)
【文献】 特開2015−124434(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 7/00
C25D 5/12
C25D 5/50
H01R 13/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅又は銅合金からなる基材上の表面にSn系表面層が形成され、該Sn系表面層と前記基材との間に、前記Sn系表面層から順にCuSn合金層/Ni又はNi合金層が形成された錫めっき銅合金端子材であって、前記CuSn合金層は、CuSnのCuの一部がNiに置換した化合物合金からなる層であり、前記CuSn合金層の一部が前記Sn系表面層に露出しており、前記Sn系表面層の平均厚みが0.2μm以上0.6μm以下であり、前記Sn系表面層の表面に露出する前記CuSn合金層の面積率が1%以上40%以下であり、前記Sn系表面層の表面に露出する前記CuSn合金層の各露出部の円相当直径の平均値が0.1μm以上1.5μm以下であり、表面の突出山部高さRpkが0.005μm以上0.03μm以下であり、動摩擦係数が0.3以下であることを特徴とする錫めっき銅合金端子材。
【請求項2】
前記Cu6Sn5合金層中にNiが1at%以上25at%以下含有されていることを特徴とする請求項1記載の錫めっき銅合金端子材。
【請求項3】
銅合金からなる基材上に、ニッケルまたはニッケル合金めっき層、銅めっき層及び錫めっき層をこの順で形成した後に、リフロー処理することにより、前記基材の上にNiまたはNi合金層/CuSn合金層/Sn系表面層を形成した錫めっき銅合金端子材を製造する方法であって、前記ニッケル又はニッケル合金めっき層の厚みを0.05μm以上1.0μmとし、前記銅めっき層の厚みを0.05μm以上0.20μm以下とし、前記錫めっき層の厚みを0.5μm以上1.0μm以下とし、前記リフロー処理は、めっき層を20〜75℃/秒の昇温速度で240〜300℃のピーク温度まで加熱する加熱工程と、前記ピーク温度に達した後、30℃/秒以下の冷却速度で2〜15秒間冷却する一次冷却工程と、一次冷却後に100〜300℃/秒の冷却速度で冷却する二次冷却工程とを有することを特徴とする錫めっき銅合金端子材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や民生機器等の電気配線の接続に使用されるコネクタ用端子、特に多ピンコネクタ用の端子として有用な錫めっき銅合金端子材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
錫めっき銅合金端子材は、銅合金からなる基材の上に銅めっき及び錫めっきを施した後にリフロー処理することにより、表層のSn系表面層の下層にCuSn合金層が形成されたものであり、端子材として広く用いられている。
近年、例えば自動車においては急速に電装化が進行し、これに伴い電気機器の回路数が増加するため、使用するコネクタの小型・多ピン化が顕著になっている。コネクタが多ピン化すると、単ピンあたりの挿入力は小さくても、コネクタを挿着する際にコネクタ全体では大きな力が必要となり、生産性の低下が懸念されている。そこで、錫めっき銅合金材の摩擦係数を小さくして単ピンあたりの挿入力を低減することが試みられている。
【0003】
例えば、基材を粗らして、CuSn合金層の表面露出度を規定したもの(特許文献1)があるが、接触抵抗が増大する、ハンダ濡れ性が低下するといった問題があった。また、CuSn合金層の平均粗さを規定したもの(特許文献2)もあるが、さらなる挿抜性向上のため例えば動摩擦係数を0.3以下にすることができないといった問題があった。
また、基材上にニッケルめっき、銅めっき、錫めっきを順に施して、リフロー処理して、基材/Ni/CuSn/Snの層構造としたもの(特許文献3)があるが、加熱時の接触抵抗劣化の防止を目的としており動摩擦係数を0.3以下にすることはできなかった。
【0004】
ここで、コネクタの挿入力Fは、メス端子がオス端子を圧し付ける力(接圧)をP、動摩擦係数をμとすると、通常オス端子は上下2方向からメス端子に挟まれるので、F=2×μ×P となる。このFを小さくするには、Pを小さくすることが有効だが、コネクタ嵌合時のオス・メス端子の電気的接続信頼性を確保するためにはいたずらに接圧を小さくすることができず、3N程度は必要とされる。多ピンコネクタでは、50ピン/コネクタを超えるものもあるが、コネクタ全体の挿入力は100N以下、できれば80N以下、あるいは70N以下が望ましいため、動摩擦係数μとしては、0.3以下が必要とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−100220号公報
【特許文献2】特開2007−636324号公報
【特許文献3】特許第4319247号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来より表層の摩擦抵抗を下げた端子材が開発されているが、オス、メス端子を嵌合する接続端子の場合、両者に同じ材種を用いることが少なく、特にオス端子は、黄銅を基材とした汎用の錫めっき付き端子材が広く用いられている。そのため、メス端子のみに低挿入力端子材を用いても、挿入力低減の効果が小さいといった問題があった。
【0007】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたものであって、汎用の錫めっき端子材を用いた端子に対しても嵌合時の挿入力を低減することができる錫めっき銅合金端子材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意研究した結果、表層のSn層が薄く、その表面にわずかに下層のCuSn合金層の一部が露出していることは、動摩擦係数の低下に有利であるとの認識の下、Sn層が薄くなることによる電気接続特性の低下を抑制するためには、CuSn合金層の表面露出を限られた範囲に制御することが必要であり、研究の結果、CuSn合金層を急峻な凹凸形状とし、表層付近をSnとCuSn合金の複合構造とすると、硬いCuSn合金層の間にある軟らかいSnが潤滑剤の作用を果たし動摩擦係数が下がることを見出した。但し、この低挿入力端子材を端子の一方にのみ用い、他方を汎用の錫めっき材とした場合、摩擦係数低減の効果が半減した。これは、CuSn合金層の一部を表面露出させた際、表面に露出したCuSn合金層とSn層とに段差があり、硬いCuSn合金層が凸部を形成するため、端子の一方のみに用いると、他方の汎用の錫めっき材の軟らかいSn系表面層を削り取るいわゆるアブレシブ摩耗が生じるためである。
これらの知見の下、以下の解決手段とした。
【0009】
すなわち、本発明の錫めっき銅合金端子材は、銅又は銅合金からなる基材上の表面にSn系表面層が形成され、該Sn系表面層と前記基材との間に、前記Sn系表面層から順にCuSn合金層/Ni又はNi合金層が形成された錫めっき銅合金端子材であって、前記CuSn合金層は、CuSnのCuの一部がNiに置換した化合物合金からなる層であり、前記CuSn合金層の一部が前記Sn系表面層に露出しており、前記Sn系表面層の平均厚みが0.2μm以上0.6μm以下であり、前記Sn系表面層の表面に露出する前記CuSn合金層の面積率が1%以上40%以下であり、前記Sn系表面層の表面に露出する前記CuSn合金層の各露出部の円相当直径の平均値が0.1μm以上1.5μm以下であり、表面の突出山部高さRpkが0.005μm以上0.03μm以下であり、動摩擦係数が0.3以下である。
【0010】
表面の突出山部高さRpkが0.005μm以上0.03μm以下、Sn系表面層の平均厚みを0.2μm以上0.6μm以下、Sn系表面層の表面におけるCuSn合金層の露出面積率を1〜40%、Sn系表面層の表面に露出するCuSn合金層の各露出部の円相当直径の平均値を0.1μm以上1.5μm以下とすることで、動摩擦係数の0.3以下を実現することができ、この場合、Cuの一部がNiに置換した(Cu,Ni)Sn合金層の存在により、CuSn合金層が微細な凹凸形状となり、Sn系表面層の突出山部高さ及び表面に露出する面積率及び粒径を限られた範囲に抑制している。
表面の突出山部高さRpkを0.03μm以下としたのは、突出山部は基本的に硬いCuSn合金層であり、0.03μmを超えると突出山部の硬いCuSn層が摺動相手材の軟らかいSn層を削り取る、いわゆるアブレシブ摩耗を生じ、摩擦抵抗が大きくなるためである。Rpkを0.005μm以上としたのは、CuSn合金層が表層に露出した場合、Sn系表面層と表面に露出するCuSn合金層との間に段差が発生し、Rpkが0.005μm以上となるためである。
【0011】
Sn系表面層の平均厚みが0.2μm以上0.6μm以下としたのは、0.2μm未満でははんだ濡れ性の低下、電気的接続信頼性の低下を招き、0.6μmを超えると表層をSnとCuSn合金の複合構造とすることができず、Snだけで占められるので動摩擦係数が増大するためである。より好ましいSn系表面層の平均厚みは0.3μm〜0.5μmである。
Sn系表面層の表面におけるCuSn合金層の露出面積率が1%未満では動摩擦係数を0.3以下とすることができず、40%を超えると、はんだ濡れ性等の電気接続特性が低下する。より好ましい面積率は2%〜20%である。
Sn系表面層の表面に露出するCuSn合金層の各露出部の円相当直径の平均値が0.1μm未満ではCuSn合金層の露出面積率を1%以上とすることができず、1.5μmを超えると、硬いCuSn合金層の間にある軟らかいSnが十分に潤滑剤としての作用を果たすことができず、動摩擦係数を0.3以下とすることができない。より好ましい円相当直径は0.2μm〜1.0μmである。
また、Sn系表面層は、動摩擦係数測定時の垂直荷重が小さくなると動摩擦係数が増大することが知られているが、本発明品は、垂直荷重を下げても動摩擦係数が殆ど変化せず、小型端子に用いても効果が発揮できる。
【0012】
本発明の錫めっき銅合金端子材において、前記Cu6Sn5合金層中にNiが1at%以上25at%以下含有されているとよい。Ni含有量を1at%以上と規定したのは、1at%未満ではCuSnのCuの一部がNiに置換した化合物合金層が形成されず、急峻な凹凸形状とならないためであり、25at%以下と規定したのは、25at%を超えるとCuSn合金層の形状が微細になりすぎる傾向にあり、CuSn合金層が微細になりすぎると動摩擦係数を0.3以下にすることができない場合があるためである。
【0013】
本発明の錫めっき銅合金端子材の製造方法は、銅合金からなる基材上に、ニッケルまたはニッケル合金めっき層、銅めっき層及び錫めっき層をこの順で形成した後に、リフロー処理することにより、前記基材の上にNiまたはNi合金層/CuSn合金層/Sn系表面層を形成した錫めっき銅合金端子材を製造する方法であって、前記ニッケル又はニッケル合金めっき層の厚みを0.05μm以上1.0μmとし、前記銅めっき層の厚みを0.05μm以上0.20μm以下とし、前記錫めっき層の厚みを0.5μm以上1.0μm以下とし、前記リフロー処理は、めっき層を20〜75℃/秒の昇温速度で240〜300℃のピーク温度まで加熱する加熱工程と、前記ピーク温度に達した後、30℃/秒以下の冷却速度で2〜15秒間冷却する一次冷却工程と、一次冷却後に100〜300℃/秒の冷却速度で冷却する二次冷却工程とを有する。
【0014】
前述したように基材にニッケルまたはニッケル合金めっきすることにより、リフロー処理後(Cu,Ni)Sn合金を形成させ、これによりCuSn合金層の凹凸が急峻になって動摩擦係数を0.3以下とすることができる。
ニッケルまたはニッケル合金めっき層の厚みが0.05μm未満では、(Cu,Ni)Sn合金に含有するNi含有量が少なくなり、急峻な凹凸形状のCuSn合金が形成されなくなり、1.0μmを超えると曲げ加工等が困難となる。なお、Ni又はNi合金層に基材からのCuの拡散を防ぐ障壁層としての機能をもたせ耐熱性を向上させる場合には、ニッケルまたはニッケル合金めっき層の厚みは0.1μm以上とすることが望ましい。めっき層は、純Niに限定されず、Ni−CoやNi−W等のNi合金でも良い。
銅めっき層の厚みが0.05μm未満では、(Cu,Ni)Sn合金に含有するNi含有量が大きくなり、CuSn合金の形状が微細になりすぎてしまい、0.20μmを超えると、(Cu,Ni)Sn合金に含有するNi含有量が少なくなり、急峻な凹凸形状のCuSn合金が形成されなくなる。
錫めっき層の厚みが0.5μm未満であると、リフロー後のSn系表面層が薄くなって電気接続特性が損なわれ、1.0μmを超えると、表面へのCuSn合金層の露出が少なくなって動摩擦係数を0.3以下にすることが難しい。
【0015】
リフロー処理においては、加熱工程における昇温速度が20℃/秒未満であると、錫めっきが溶融するまでの間にCu原子がSnの粒界中を優先的に拡散し粒界近傍で金属間化合物が異常成長するため、急峻な凹凸形状のCuSn合金層が形成されなくなる。一方、昇温速度が75℃/秒を超えると、金属間化合物の成長が不十分となり、その後の冷却において所望の金属間化合物層を得ることができない。また、加熱工程でのピーク温度が240℃未満であると、Snが均一に溶融せず、ピーク温度が300℃を超えると、金属間化合物が急激に成長しCuSn合金層の凹凸が大きくなるので好ましくない。さらに、冷却工程においては、冷却速度の小さい一次冷却工程を設けることにより、Cu原子がSn粒内に穏やかに拡散し、所望の金属間化合物構造で成長する。この一次冷却工程の冷却速度が30℃/秒を超えると、急激に冷却される影響で金属間化合物が十分に成長することができなくなり、CuSn合金層が表面に露出しなくなる。冷却時間が2秒未満であっても同様に金属間化合物が成長できない。冷却時間が15秒を超えると、CuSn合金の成長が過度に進み粗大化し、銅めっき層の厚みによっては、CuSn合金層の下にNiSn化合物層が形成され、Ni層のバリア性が低下する。この一次冷却工程は空冷が適切である。そして、この一次冷却工程の後、二次冷却工程によって急冷して金属間化合物層の成長を所望の構造で完了させる。この二次冷却工程の冷却速度が100℃/秒未満であると、金属間化合物がより進行し、所望の金属間化合物形状を得ることができない。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、動摩擦係数を低減したので、低接触抵抗、良好なはんだ濡れ性と低挿抜性を両立させることができ、また低荷重でも効果があり小型端子に最適である。特に、自動車および電子部品等に使用される端子において、接合時の低い挿入力、安定した接触抵抗、良好なはんだ濡れ性を必要とする部位において優位性を持つ。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例3、比較例4、比較例10のX線回折パターンを示す図である。
図2】実施例3の銅合金端子材の断面のSTEM像である。
図3図2の白線部分に沿うEDS分析図である。
図4】比較例4の銅合金端子材の断面のSTEM像である。
図5図4の白線部分に沿うEDS分析図である。
図6】比較例10の銅合金端子材の断面のSTEM像である。
図7図6の白線部分に沿うEDS分析図である。
図8】動摩擦係数を測定するための装置を概念的に示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の一実施形態の錫めっき銅合金端子材を説明する。
本実施形態の錫めっき銅合金端子材は、銅又は銅合金からなる基材上の表面にSn系表面層が形成され、Sn系表面層と基材との間に、CuSn合金層/Ni又はNi合金層がSn系表面層から順に形成されている。
基材は、銅又は銅合金からなるものであれば、特に、その組成が限定されるものではない。
Ni又はNi合金層は、純Ni、Ni−CoやNi−W等のNi合金からなる層である。
CuSn合金層は、CuSnのCuの一部がNiに置換した化合物合金からなる層であり、その一部がSn系表面層に露出している。
これらの層は、後述するように基材の上にニッケルめっき層、銅めっき層、錫めっき層を順に形成してリフロー処理することにより形成されたものであり、Ni又はNi合金層の上に、CuSn合金層の順に形成される。
また、表面に露出したCuSn合金層が微細でありかつSn系表面層との段差が小さく滑らかであることが重要であり、これらCuSn合金層の露出部分及びSn系表面層によって形成される表面の突出山部高さRpkが0.005μm以上0.03μm以下とされる。突出山部高さRpkは、JISB 0671−2 で定義される粗さ曲線のコア部の上にある突出山部の平均高さである。レーザ顕微鏡で測定することにより、求められる。
また、Sn系表面層の平均厚みは0.2μm以上0.6μm以下であり、このSn系表面層の表面にCuSn合金層の一部が露出している。そして、その露出面積率が1%以上40%以下であり、CuSn合金層の各露出部の円相当直径の平均値が0.1μm以上1.5μm以下に形成される。
【0019】
このような構造の端子材は、Cuの一部がNiに置換した(Cu,Ni)Sn合金層が存在することにより、硬いCuSn合金層とSn系表面層との複合構造とされ、その硬いCuSn合金層の一部がSn系表面層にわずかに露出した状態とされ、その周囲に存在する軟らかいSnが潤滑剤の作用を果たし、0.3以下の低い動摩擦係数が実現される。このCuSn合金層の露出面積率は1%以上40%以下の限られた範囲であるから、Sn系表面層の持つ優れた電気接続特性を損なうことはない。
この場合、CuSn合金層中へのNi含有量は、1at%以上25at%以下とされる。Ni含有量を1at%以上と規定したのは、1at%未満ではCuSnのCuの一部がNiに置換した化合物合金層が形成されず、急峻な凹凸形状とならないためであり、25at%以下と規定したのは、25at%を超えるとCuSn合金層の形状が微細になりすぎる傾向にあり、CuSn合金層が微細になりすぎると動摩擦係数を0.3以下にすることができない場合があるためである。
Sn系表面層の平均厚みが0.2μm以上0.6μm以下としたのは、0.2μm未満でははんだ濡れ性の低下、電気的接続信頼性の低下を招き、0.6μmを超えると表層をSnとCuSn合金の複合構造とすることができず、Snだけで占められるので動摩擦係数が増大するためである。より好ましいSn系表面層の平均厚みは0.3μm〜0.5μmである。
Sn系表面層の表面におけるCuSn合金層の露出面積率が1%未満では動摩擦係数を0.3以下とすることができず、40%を超えると、はんだ濡れ性等の電気接続特性が低下する。より好ましい面積率は、2%〜20%である。
Sn系表面層の表面に露出するCuSn合金層の各露出部の円相当直径の平均値が0.1μm未満ではCuSn合金層の露出面積率を1%以上とすることができず、1.5μmを超えると、硬いCuSn合金層の間にある軟らかいSnが十分に潤滑剤としての作用を果たすことができず、動摩擦係数を0.3以下とすることができない。より好ましい円相当直径は0.2μm〜1.0μmである。
また、Sn系表面層は、動摩擦係数測定時の垂直荷重が小さくなると動摩擦係数が増大することが知られているが、本発明品は、垂直荷重を下げても動摩擦係数が殆ど変化せず、小型端子に用いても効果が発揮できる。
【0020】
次に、この端子材の製造方法について説明する。
基材として、銅又はCu−Ni−Si系等の銅合金からなる板材を用意する。この板材に脱脂、酸洗等の処理をすることによって表面を清浄にした後、ニッケルめっき、銅めっき、錫めっきをこの順序で施す。
ニッケルめっきは一般的なニッケルめっき浴を用いればよく、例えば硫酸(HSO)と硫酸ニッケル(NiSO)を主成分とした硫酸浴を用いることができる。めっき浴の温度は20℃以上50℃以下、電流密度は1〜30A/dm以下とされる。このニッケルめっき層の膜厚は0.05μm以上1.0μm以下とされる。0.05μm未満では、(Cu,Ni)Sn合金に含有するNi含有量が少なくなり、急峻な凹凸形状のCuSn合金が形成されなくなり、1.0μmを超えると曲げ加工等が困難となるためである。
銅めっきは一般的な銅めっき浴を用いればよく、例えば硫酸銅(CuSO)及び硫酸(HSO)を主成分とした硫酸銅浴等を用いることができる。めっき浴の温度は20〜50℃、電流密度は1〜30A/dmとされる。この銅めっきにより形成される銅めっき層の膜厚は0.05μm以上0.20μm以下とされる。0.05μm未満では、(Cu,Ni)Sn合金に含有するNi含有量が大きくなり、CuSn合金の形状が微細になりすぎてしまい、0.20μmを超えると、(Cu,Ni)Sn合金に含有するNi含有量が少なくなり、急峻な凹凸形状のCuSn合金が形成されなくなるためである。
錫めっき層形成のためのめっき浴としては、一般的な錫めっき浴を用いればよく、例えば硫酸(HSO)と硫酸第一錫(SnSO)を主成分とした硫酸浴を用いることができる。めっき浴の温度は15〜35℃、電流密度は1〜30A/dmとされる。この錫めっき層の膜厚は0.5μm以上1.0μm以下とされる。錫めっき層の厚みが0.5μm未満であると、リフロー後のSn系表面層が薄くなって電気接続特性が損なわれ、1.0μmを超えると、表面へのCuSn合金層の露出が少なくなって動摩擦係数を0.3以下にすることが難しい。
【0021】
めっき処理を施した後、加熱してリフロー処理を行う。
すなわち、リフロー処理はCO還元性雰囲気にした加熱炉内でめっき後の処理材を20〜75℃/秒の昇温速度で240〜300℃のピーク温度まで3〜15秒間加熱する加熱工程と、そのピーク温度に達した後、30℃/秒以下の冷却速度で2〜15秒間冷却する一次冷却工程と、一次冷却後に100〜300℃/病の冷却速度で0.5〜5秒間冷却する二次冷却工程とを有する処理とする。一次冷却工程は空冷により、二次冷却工程は10〜90℃の水を用いた水冷により行われる。
このリフロー処理を還元性雰囲気で行うことにより錫めっき表面に溶融温度の高いすず酸化物皮膜が生成するのを防ぎ、より低い温度かつより短い時間でリフロー処理を行うことが可能となり、所望の金属間化合物構造を作製することが容易となる。また、冷却工程を二段階とし、冷却速度の小さい一次冷却工程を設けることにより、Cu原子がSn粒内に穏やかに拡散し、所望の金属間化合物構造で成長する。そして、その後に急冷を行うことにより金属間化合物層の成長を止め、所望の構造で固定化することができる。ところで、高電流密度で電析したCuとSnは安定性が低く室温においても合金化や結晶粒肥大化が発生し、リフロー処理で所望の金属間化合物構造を作ることが困難になる。このため、めっき処理後速やかにリフロー処理を行うことが望ましい。具体的には15分以内、望ましくは5分以内にリフローを行う必要がある。めっき後の放置時間が短いことは問題とならないが、通常の処理ラインでは構成上1分後程度となる。
【実施例】
【0022】
板厚0.25mmのコルソン系(Cu−Ni−Si系)銅合金を基材とし、ニッケルめっき、銅めっき、錫めっきを順に施した。この場合、ニッケルめっき、銅めっき及び錫めっきのめっき条件は実施例、比較例とも同じで、表1に示す通りとした。表1中、Dkはカソードの電流密度、ASDはA/dmの略である。
【0023】
【表1】
【0024】
めっき処理を施した後、加熱してリフロー処理を行った。このリフロー処理は、最後の錫めっき処理をしてから1分後に行い、加熱工程、一次冷却工程、二次冷却工程について種々の条件で行った。以上の試験条件を表2にまとめた。
【0025】
【表2】
【0026】
これらの試料について、リフロー後のSn系表面層の厚み、(Cu,Ni)Sn合金層中のNi含有量、CuSn合金層以外の合金層の有無、CuSn合金層のSn系表面上の露出面積率、露出部の円相当直径を測定するとともに、動摩擦係数、はんだ濡れ性、光沢度、電気的信頼性を評価した。
リフロー後のSn系表面層の厚みは、エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製蛍光X線膜厚計(SFT9400)にて測定した。最初にリフロー後の試料の全Sn系表面層の厚みを測定した後、例えばレイボルド株式会社製のL80等の、純SnをエッチングしCuSn合金を腐食しない成分からなるめっき被膜剥離用のエッチング液に数分間浸漬することによりSn系表面層を除去し、その下層のCuSn合金層を露出させ純Sn換算におけるCuSn合金層の厚みを測定した後、(全Sn系表面層の厚み−純Sn換算におけるCuSn合金層の厚み)をSn系表面層の厚みと定義した。
(Cu,Ni)Sn合金層中のNi含有量、CuSn合金層以外の合金層の有無は、断面STEM像の観察及びEDS分析による面分析で合金の位置を特定し、点分析で(Cu,Ni)Sn合金層中のNiの含有量を、深さ方向の線分析によりCuSn合金層以外の合金層の有無を求めた。また、断面観察に加え、より広範囲におけるCuSn合金層以外の合金層の有無については、錫めっき被膜剥離用のエッチング液に浸漬してSn系表面層を除去し、その下層のCuSn合金層を露出させた後、CuKα線によるX線回折パターンを測定することで判定した。測定条件は以下のとおりである。
PANalytical製:MPD1880HR
使用管球:Cu Kα線
電圧:45 kV
電流:40 mA
【0027】
CuSn合金層の露出面積率及び円相当直径は、表面酸化膜を除去後、100×100μmの領域を走査イオン顕微鏡により観察した。測定原理上、最表面から約20nmまでの深さ領域にCuSnが存在すると、白くイメージングされるので、画像処理ソフトを使用し、測定領域の全面積に対する白い領域の面積の比率をCuSn合金の露出面積率とみなし、個々の白い領域の面積を計算し、その面積と同等の面積を持つ円の直径として円相当直径を算出し、その平均値をCuSn合金の円相当直径とみなした。円相当直径とは、粒径分布の測定において粒の形状が不規則である粒子に対して、その粒子の面積と同等の面積を持つ円の直径に換算した値を粒子の直径とみなす方法である。
表面の突出山部高さRpkは、株式会社キーエンス製レーザ顕微鏡(VK−X200)を用い、対物レンズ150倍(測定視野96μm×72μm)の条件で、長手方向で5点、短手方向で5点、計10点測定したRpkの平均値より求めた。
オス端子試験片として、板厚0.25mmの銅合金(C2600、Cu:70質量%−Zn:30質量%)を基材とし、銅めっき、錫めっきを順に施し、リフロー処理した。リフロー後のSn系表面層の厚みは0.6μm、CuSn合金層の露出は無かった。このオス端子試験片と、表2の条件で作製したメス端子試験片とを用いて動摩擦係数を測定した。
【0028】
動摩擦係数については、嵌合型のコネクタのオス端子とメス端子の接点部を模擬するように、各試料について板状のオス試験片と内径1.5mmの半球状としたメス試験片とを作成し、株式会社トリニティーラボ製の摩擦測定機(μV1000)を用い、両試験片間の摩擦力を測定して動摩擦係数を求めた。図8により説明すると、水平な台11上にオス試験片12を固定し、その上にメス試験片13の半球凸面を置いてめっき面同士を接触させ、メス試験片13に錘14によって500gfの荷重Pをかけてオス試験片12を押さえた状態とする。この荷重Pをかけた状態で、オス試験片12を摺動速度80mm/分で矢印により示した水平方向に10mm引っ張ったときの摩擦力Fをロードセル15によって測定した。その摩擦力Fの平均値Favと荷重Pより動摩擦係数(=Fav/P)を求めた。
はんだ濡れ性については、試験片を10mm幅に切り出し、ロジン系活性フラックスを用いてメニスコグラフ法にてゼロクロスタイムを測定した。(はんだ浴温230℃のSn−37%Pbはんだに浸漬させ、浸漬速度2mm/sec、浸漬深さ2mm、浸漬時間10secの条件にて測定した。)はんだゼロクロスタイムが3秒以下を○と評価し、3秒を超えた場合を×と評価した。
光沢度は、日本電色株式会社製光沢度計(型番:PG−1M)を用いて、JIS Z 8741に準拠し、入射角60度にて測定した。
電気的信頼性を評価するため、大気中で160℃×500時間加熱し、接触抵抗を測定した。測定方法はJIS−C−5402に準拠し、4端子接触抵抗試験機(山崎精機研究所製:CRS−113−AU)により、摺動式(1mm)で0から50gまでの荷重変化−接触抵抗を測定し、荷重を50gとしたときの接触抵抗値で評価した。
これらの測定結果、評価結果を表3に示す。
【0029】
【表3】
【0030】
この表3から明らかなように、実施例はいずれも動摩擦係数が0.3以下と小さく、はんだ濡れ性が良好で、光沢度も高く外観が良好で接触抵抗も10mΩ以下を示した。特に実施例1から4及び7,8のニッケルめっき厚みが0.1μm以上あるものは、全て4mΩ以下の低い接触抵抗を示した。
これに対し比較例1,3,5,7,9,12は、CuSn合金の露出面積率が1%未満のため動摩擦係数が0.3以上あり、比較例2、6は露出面積率が40%を超えるためはんだ濡れ性、光沢度が悪く、比較例4はCuSn中にNiを含有しておらず、CuSnの存在が確認できるため、露出部の円相当直径の平均値が1.5μmを超えてしまい、このため、動摩擦係数が0.3を超えている。
比較例8、11は、リフロー条件を逸脱しているため、Rpkが0.03μmを超えアブレシブ摩耗を生じるため、動摩擦係数が0.3を超えている。比較例10は、リフロー条件を逸脱しているためNiSnが形成された結果、Ni層のバリア性が低下し接触抵抗が9mΩを超えている。
【0031】
図1は実施例3と比較例4,10の25度から46度までのX線回折パターンである。これらパターンを比較してわかるように、実施例3は、基材のCu、下地めっき層のNi及びCuSn層のピークしか検出されないが、比較例10は31.7度付近にNiSn合金層のピークが検出され、比較例4は、37.8度付近にCuSn合金層のピークが検出される。また、実施例3と比較例10は、CuSn中のCuの一部がNiに置換されているため、CuSnのピークが高角度側にシフトしていることがわかる。
図2及び図3は実施例3の資料の断面STEM像とEDS分析結果であり、図4、5は比較例4の、図6、7は比較例10の断面STEM像とEDS線分析結果である。図3の(a)がNi層、(b)が(Cu,Ni)Sn合金層、(C)がSn層である。図5の(a)がNi層、(b)がCuSn合金層、(c)が(Cu,Ni)Sn合金層、(d)がSn層である。図7の(a)がNi層、(b)が(Ni,Cu)Sn合金層、(c)が(Cu,Ni)Sn合金層、(d)がSn層である。
これらの写真を比較してわかるように、実施例のものはNi層とSn層の間にNiを含有したCuSn合金層しか形成されていないが、比較例4は、CuSn層とNi層との界面にCuSn層が形成され、CuSn中にNiを含有しておらず、CuSn合金層の凹凸も粗く緩やかなことがわかる。また、比較例10は、Niを含有したCuSn層とNi層との界面にCuを含むNiSn層が形成されていることがわかる。
【符号の説明】
【0032】
11 台
12 オス端子試験片
13 メス端子試験片
14 錘
15 ロードセル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8