特許第6161190号(P6161190)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6161190耐熱性ケラチナーゼ酵素、その製造方法、およびそれをコードするDNA
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6161190
(24)【登録日】2017年6月23日
(45)【発行日】2017年7月12日
(54)【発明の名称】耐熱性ケラチナーゼ酵素、その製造方法、およびそれをコードするDNA
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20170703BHJP
   C12N 9/52 20060101ALI20170703BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20170703BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20170703BHJP
   C12P 21/06 20060101ALI20170703BHJP
   C12R 1/01 20060101ALN20170703BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C12N9/52
   C12N1/20 A
   C12N1/00 S
   C12P21/06
   C12N1/20 A
   C12R1:01
【請求項の数】13
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-31735(P2013-31735)
(22)【出願日】2013年2月21日
(65)【公開番号】特開2014-161228(P2014-161228A)
(43)【公開日】2014年9月8日
【審査請求日】2016年2月3日
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-1447
(73)【特許権者】
【識別番号】501061319
【氏名又は名称】学校法人 東洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(72)【発明者】
【氏名】井上 明
(72)【発明者】
【氏名】小島 未央
【審査官】 戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−155932(JP,A)
【文献】 FEMS Microbiol. Lett.,2004年,vol.230, no.2,pp.251-258
【文献】 Z. Naturforsch.,2010年,vol.65, no.1-2,pp.134-140
【文献】 Int. Biodeterior. Biodegradation,2011年,vol.65, no.8,pp.1229-1237
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12N 9/00−9/99
UniProt/GeneSeq
DDBJ/GeneSeq
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/
WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示すアミノ酸配列と少なくとも95%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、ケラチナーゼ酵素。
【請求項2】
前記配列番号1に示すアミノ酸配列と少なくとも95%の配列同一性を有するアミノ酸配列が、Brevibacillus属細菌由来のものである、請求項1に記載のケラチナーゼ酵素。
【請求項3】
前記Brevibacillus属細菌が、Brevibacillus sp.KN-50株(NITE P-1447)である、請求項2に記載のケラチナーゼ酵素。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のケラチナーゼ酵素を含有する、ケラチン分解用組成物。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のケラチナーゼ酵素をコードする塩基配列を含む、DNA。
【請求項6】
配列番号2に示す塩基配列と少なくとも95%の配列同一性を有する塩基配列を含む、請求項5に記載のDNA。
【請求項7】
配列番号3に示す塩基配列と少なくとも95%の配列同一性を有する塩基配列を含む、請求項5に記載のDNA。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれかに記載のケラチナーゼ酵素を製造する方法であって、
(1)請求項5〜7のいずれかに記載のDNAを含む細菌を、液体培地中で培養して、培養液を得る工程、および
(2)前記培養液からケラチナーゼ酵素を回収する工程
を含む方法。
【請求項9】
請求項1〜3のいずれかに記載のケラチナーゼ酵素を、pH 5〜11および温度40〜80℃の条件下で、ケラチン含有物質に接触させる工程を含む、ケラチンの分解処理方法。
【請求項10】
請求項4に記載のケラチン分解用組成物を、pH 5〜11および温度40〜80℃の条件下で、ケラチン含有物質に接触させる工程を含む、ケラチンの分解処理方法。
【請求項11】
前記ケラチン含有物質が、羽毛である、請求項9または10に記載の方法。
【請求項12】
前記ケラチン含有物質が、ヒトの毛髪、羊毛、イヌの毛、またはこれらの混合物である、請求項9または10に記載の方法。
【請求項13】
Brevibacillus sp. KN-50株(NITE P-1447)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケラチン含有物質の資源活用のための分解処理をはじめ、畜産産業における家畜飼料、皮革産業における皮革加工、および洗剤・化粧品分野等への応用の可能性も有するケラチナーゼ酵素、ケラチナーゼ酵素の製造法、およびケラチナーゼ酵素をコードするDNAに関する。
【背景技術】
【0002】
世界では、年間数百万トン以上の廃羽毛が家禽産業の副産物として生じている。羽毛は有用なタンパク質源およびアミノ酸源であり、家畜飼料をはじめ多くの用途への利用が考えられる。羽毛はほとんど純粋なケラチンで構成されており、高度のジスルフィド結合、水素結合、疎水性相互作用による架橋の構造により不溶性であり、動物、植物、および多くの微生物のプロテアーゼ等の酵素による分解に対する抵抗性を有する。その結果、廃羽毛は大量に蓄積されることになり、深刻なゴミ問題となっている。現在、生じた廃羽毛は、堆肥に混ぜるなどの処理も行われてはいるが、多くは焼却処理されている。羽毛は、粉末として家畜飼料に添加されるほか、一部は物理的もしくは化学的に処理されて、肥料、接着剤もしく燃料などに変換されるか、またはアミノ酸やペプチドの原材料として使用される。
【0003】
しかし、細かくした羽毛を得るための従来の工程は、コストが高いことやアミノ酸を壊してしまうこと等の問題点がある。従って、羽毛をより付加価値の高いものへ変換する、より経済的な処理法が望まれている。そこで、微生物由来ケラチナーゼ酵素による処理法は、バイオテクノロジーを応用した興味深い方法であると考えられる。
【0004】
しかしながら、上記のように、一般的にケラチンは酵素分解に対する耐性を有しており、当然のことながら、微生物のプロテアーゼであれば何でもケラチン分解活性を有するわけではない。また、ケラチン分解酵素であればどのようなケラチン基質でも分解できるわけでもない。従って、汎用性や熱安定性等の望ましい特性を有するケラチナーゼ酵素を見出すことは容易ではない。そのような微生物由来ケラチナーゼを見出し、製造法を確立できれば、通常のプロテアーゼでは分解できない強固なタンパク質を分解し得ることから、羽毛等のケラチン含有物質を資源として有効利用することが可能となるだけでなく、畜産産業における家畜飼料、皮革産業における皮革加工や、洗剤や化粧品等の産業への応用展開も期待できる。
【0005】
現在までに、いくつかの菌類、放線菌、細菌由来の羽毛分解酵素(ケラチナーゼ)が報告されている。菌類では、Chryseobacterium sp. kr6株(非特許文献1)、および放線菌では、Streptomyces pactum DSM 40530株(非特許文献2)、Streptomyces fradiae var. k11株(非特許文献3)、Streptomyces gulbargensis株(非特許文献4)から羽毛分解酵素が生産されることが報告されている。
【0006】
Bacillus属細菌では、Bacillus licheniformis PWD-1株(特許文献1)、Bacillus licheniformis RPK株(非特許文献5)、Bacillus cereus DCUW株(非特許文献6)、Bacillus pumilus CBS株(非特許文献7)、Bacillus megaterium F7-1株(非特許文献8)、Bacillus pseudofirmus AL-89株(非特許文献9)、およびBacillus pseudofirmus FA30-01株(非特許文献10、特許文献2)、さらにはStenotrophomonas maltophilia L1株(非特許文献11)、新規細菌株D1株(特許文献3)、Fervidobacterium pennavorans株(非特許文献12)、Thermoanaerobacter keratinophilus 株(非特許文献13)、およびFervidobacterium islandicum AW-1株(非特許文献14)などから羽毛分解酵素が生産される。上記の羽毛分解酵素生産菌のほとんどは羽毛(β-ケラチン)だけを分解するものであるが、例外的にStenotrophomonas maltophilia L1株(非特許文献11)の酵素のように羽毛だけでなく毛髪、羊毛、角をも分解するものも報告されている。
【0007】
また、上記ケラチナーゼをコードする遺伝子に関しては、Bacillus licheniformis PWD-1株のケラチナーゼの遺伝子(特許文献1)、およびBacillus pseudofirmus FA30-01株の耐熱性耐アルカリケラチナーゼ酵素の遺伝子(特許文献2)が既知であるが、これら以外は報告例がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表平10−500863号
【特許文献2】特開2011−155932号
【特許文献3】特開2003−70459号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. Biotechnol. 20: 128(3), 693-703, 2007
【非特許文献2】Appl. Environ. Microbiol. 61, 3705-3710, 1995
【非特許文献3】Can. J. Microbiol. 53(2), 186-195, 2007
【非特許文献4】Bioresour. Technol. 100(5), 1868-1871, 2009
【非特許文献5】Can. J. Microbiol. 55(4), 427-436, 2009
【非特許文献6】Microbiology. 155(Pt6), 2049-2057, 2009
【非特許文献7】Biochimie. 90(9), 1291-1305, 2008
【非特許文献8】Microbiol. Res. 164(4), 478-485, 2009
【非特許文献9】Enzyme Microb. Technol. 32: 519-524, 2003
【非特許文献10】Extremophiles. 10(3), 229-235, 2006
【非特許文献11】J. Ind. Microbiol. Biotechnol. 36(2), 181-188, 2009
【非特許文献12】Appl. Environ. Microbiol. 62, 2875-2882 1996
【非特許文献13】Extremophiles. 5, 399-408, 2001
【非特許文献14】Arch. Microbiol. 178, 538-547, 2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、幅広い条件で活性を有する新規の耐熱性ケラチナーゼ酵素、その製造方法、およびそれをコードするDNAを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、各種のケラチン含有物質を効率よく分解するケラチナーゼ酵素を生産する微生物を探索した結果、幅広い条件で活性を有する、新規耐熱性ケラチナーゼ酵素を見出した。
【0012】
より具体的には、本発明者らは、耐熱性ケラチナーゼ酵素を生産する生産菌を自然界から分離することを試み、その際、温度、pH、培地成分濃度等、種々の培養条件を検討したが、その中でも、低濃度培地、生育温度40〜60℃、pH 7の条件で生育可能な菌のスクリーニングを行い、新規の耐熱性ケラチナーゼ酵素生産菌を分離することに成功した。
【0013】
この分離菌により生産されたケラチナーゼ酵素(粗酵素)は、反応温度40〜80℃、pH 5〜11という幅広い条件下でケラチナーゼ活性を有し、至適温度は60℃、至適pHは7.0であった。また、熱安定性(60〜90℃)の高い耐熱性ケラチナーゼ酵素であった。本ケラチナーゼ酵素は、β-ケラチンから構成される羽毛のみならず、α-ケラチンから構成される羊毛、イヌの毛、ヒトの毛髪等を含む多様なケラチン含有物質、さらには、フィブロイン(ケラチン同様、プロテアーゼ耐性を有することで知られるタンパク質である)から構成される絹をも分解する能力を有する、特異な活性を有していた。また、耐熱安定性にはCa2+添加を必要としなかった。本菌は、16S rDNA系統解析、形態学的観察、および生理・生化学性状試験結果から、Brevibacillus aydinogluensisに近縁のBrevibacillus sp.と同定された。
【0014】
本発明者らはまた、上記酵素をコードする遺伝子をクローニングし、塩基配列を決定して解析した。その結果、417アミノ酸残基からなるポリペプチドをコードする新規な酵素遺伝子であった。
【0015】
すなわち、本発明は以下の側面を含む。
1.配列番号1に示すアミノ酸配列と少なくとも95%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、ケラチナーゼ酵素。
2.前記配列番号1に示すアミノ酸配列と少なくとも95%の配列同一性を有するアミノ酸配列が、Brevibacillus属細菌由来のものである、前項1に記載のケラチナーゼ酵素。
3.前記Brevibacillus属細菌が、Brevibacillus sp.KN-50株(NITE P-1447)である、前項2に記載のケラチナーゼ酵素。
4.前項1〜3のいずれかに記載のケラチナーゼ酵素を含有する、ケラチン分解用組成物。
5.前項1〜3のいずれかに記載のケラチナーゼ酵素をコードする塩基配列を含む、DNA。
6.配列番号2に示す塩基配列と少なくとも95%の配列同一性を有する塩基配列を含む、前項5に記載のDNA。
7.配列番号3に示す塩基配列と少なくとも95%の配列同一性を有する塩基配列を含む、前項5に記載のDNA。
8.前項1〜3のいずれかに記載のケラチナーゼ酵素を製造する方法であって、
(1)前項5〜7のいずれかに記載のDNAを含む細菌を、液体培地中で培養して、培養液を得る工程、および
(2)前記培養液から上清を回収する工程
を含む、方法。
9.前項1〜3のいずれかに記載のケラチナーゼ酵素を、pH 5〜11および温度40〜80℃の条件下で、ケラチン含有物質に接触させる工程を含む、ケラチンの分解処理方法。
10.前項4に記載のケラチン分解用組成物を、pH 5〜11および温度40〜80℃の条件下で、ケラチン含有物質に接触させる工程を含む、ケラチンの分解処理方法。
11.前記ケラチン含有物質が、羽毛である、前項9または10に記載の方法。
12.前記ケラチン含有物質が、ヒトの毛髪、羊毛、イヌの毛、またはこれらの混合物である、前項9または10に記載の方法。
13.Brevibacillus sp. KN-50株(NITE P-1447)。
【発明の効果】
【0016】
本発明のケラチナーゼ酵素は、羽毛(β-ケラチン)だけでなく羊毛や犬毛(α-ケラチン)なども分解するという幅広い基質特異性を有するとともに、幅広い反応温度(40〜80℃)およびpH領域(pH 5〜11)にて活性を有し、さらには耐熱安定性(60〜90℃)を有し得ることから、各種の産業用酵素として有用な耐熱性ケラチナーゼ酵素およびそれを含む組成物を提供できる。従来知られた耐熱性ケラチナーゼ酵素は嫌気性菌が生産するものであったが、本発明の酵素を生産する細菌は好気性菌である。従って、本発明の酵素の生産菌は、既存の培養生産装置を転用利用して培養することができる。
【0017】
また、本発明者らは、本発明の酵素をコードする遺伝子を同定・分離することに成功したため、高発現ベクターを用いてこの遺伝子を遺伝子組換え宿主に導入することにより、本発明の酵素を経済的に大量生産することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】異なる反応温度における、KN-50株生産ケラチナーゼの酵素活性を示す。pH7、30〜80℃でケラチナーゼ活性を測定した。
図2】異なるpHにおける、KN-50株生産ケラチナーゼの酵素活性を示す。温度60℃、pH 5〜11でケラチナーゼ活性を測定した。
図3】KN-50株生産ケラチナーゼの耐熱性、およびその耐熱性におけるカルシウムイオン添加の影響を示す。
図4】粗酵素を用いて3日間処理した後の羽毛の分解を示す走査型電子顕微鏡写真である。a:対照(KN-50株無接種)培養液中の羽毛。b:KN-50株の培養液(3日間培養)中の羽毛。
図5】KN-50株液体培養後(50℃、200 rpm、5日間)の、各種ケラチン様基質分解の様子を示す。a:羊毛、b:ヒトの髪の毛、c:犬の毛、d:絹。左側:対照(KN-50株無接種)、右側:KN-50株接種。
図6】KN-50株から単離された、本発明の酵素の遺伝子を含むDNAの塩基配列、およびコードされているポリペプチドのアミノ酸配列を示す。垂直の矢印は、配列から予測される分泌性タンパク質のシグナルペプチド切断部位を示し、水平の矢印は、決定された成熟酵素のN末端配列を示す。プロモーター配列(-35、-10)、および、リボソーム結合に関わるシャイン・ダルガノ配列(SD配列)の位置も示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本明細書において、「ケラチン」とは、哺乳類、鳥類等の毛髪、体毛、羽毛、爪、角、嘴等の主成分として当業者によく知られるタンパク質を意味する。ケラチンには、立体構造で区別されるα-ケラチンとβ-ケラチンとがあり、例えば鳥類の羽毛は主にβ-ケラチンから構成され、人毛や羊毛は主にα-ケラチンから構成されている。
【0020】
本発明の第1の態様は、ケラチナーゼ酵素に関する。本明細書において、「ケラチナーゼ」とは、ケラチンを分解する活性を示すプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)を意味する。ケラチナーゼは、ケラチンのみを基質とするとは限らず、ケラチン以外のタンパク質を分解する能力も有し得る。
【0021】
本明細書では、1 ml中5 mgのアゾケラチンを基質として反応15分間あたり450 nmにおける吸光度を0.01上昇させるのに必要な酵素量を、「ケラチンを分解する活性」または「ケラチナーゼ活性」の1 U(ユニット)と定義する。透明な液に、ケラチナーゼと固形のケラチン含有物質(例えば羽毛)とを入れて反応させると、ケラチンの分解により上記物質が崩壊して液が濁るので、この操作をケラチナーゼ活性を確認するための簡便な試験とすることができる。
【0022】
本発明のケラチナーゼ酵素は、ポリペプチドであり、その構造は、アミノ酸配列によって表すことができる。本明細書において、アミノ酸配列の「配列同一性」とは、2つのアミノ酸配列のうち、対応関係にある部分を並べて(「アラインメント」と当業者に呼ばれる操作である)比較した場合に、両者の対応する位置に共通して存在するアミノ酸残基の数が、そのアラインメントをなすアミノ酸残基総数の中で占める割合(%)を意味する。例えば、それぞれ100アミノ酸からなる2つのアミノ酸配列(第1配列と第2配列)を比較した場合、第1配列では15番目のアミノ酸がバリンであって、第2配列では15番目のアミノ酸がロイシンであって、他の99箇所のアミノ酸は両配列で同一であったとすると、これらの配列の配列同一性は99%である(つまり、全長100アミノ酸のうち99アミノ酸が同一)。別の例を挙げると、第1配列は100アミノ酸長であり、第2配列は97アミノ酸長であって第1配列の15〜17番目に相当する3つのアミノ酸が欠失しており、他のすべてのアミノ酸は両配列で同一であったとすると、配列同一性は97%である(つまり、長いほうの配列の全長100アミノ酸のうち97アミノ酸が同一)。
【0023】
ポリペプチドはDNAにコードされるが、DNAに関しても、比較の対象をアミノ酸配列からヌクレオチド塩基配列に置き換えることにより、同様にして配列同一性を決定することができる。ポリペプチドのアミノ酸配列の配列同一性、およびDNAのヌクレオチド塩基配列の配列同一性は、例えばBLAST(Altschulら(1990)J. Mol. Biol., 215:403-410)等、当業者によく知られるプログラムを使用して容易に算出することができる。
【0024】
本発明のケラチナーゼ酵素は、配列番号1に示すアミノ酸配列を含むものが好ましい。しかしながら、例えば1個ないし15個ほどのアミノ酸残基を、欠失させたり、挿入したり、別のアミノ酸に置換したりしても、酵素の機能が維持され得ることは、当業者には理解されることである。このようなアミノ酸残基の欠失、挿入、または置換は、特定の目的(例えば、ポリペプチドの安定性の改善、他分子に認識される配列の導入等)のために人為的(遺伝子工学的)になされることがある。アミノ酸残基の欠失・挿入・置換はまた、自然界における突然変異で起こることもあり、そのため、進化的に対応関係にあり同一機能を有するポリペプチドであっても、近縁の種間で、あるいは同種の株間で、アミノ酸配列に差異が存在し得ることは、当業者によく知られた事実である。
【0025】
本発明のケラチナーゼ酵素は、配列番号1に示すアミノ酸配列と少なくとも95%、より好ましくは少なくとも97%、さらに好ましくは少なくとも99%、最も好ましくは100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む。
【0026】
特定の機能を有するポリペプチドのN末端および/またはC末端に、別のアミノ酸配列をペプチド結合により融合させても、上記ポリペプチドの機能が維持され得ることは、当業者に理解されることである。このようにポリペプチド末端にアミノ酸配列を追加することは、ポリペプチドの検出、精製等を容易にするために人為的に行われることもあるし、自然界における突然変異で起こることもある。
【0027】
従って、配列番号1に示すアミノ酸配列と少なくとも95%ないし100%の配列同一性を有するアミノ酸配列のN末端および/またはC末端に、別のアミノ酸配列が追加されてポリペプチドが延長した酵素も、本発明の範囲に入る。
【0028】
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドは、SDS-PAGE法で測定されるその分子量が、約35 kDa(30〜40 kDa)である。上記のように末端にアミノ酸配列が追加されると、より大きな分子量となり得ることは言うまでもない。本発明のケラチナーゼ酵素は、通常は25〜250 kDa、より好ましくは30〜100 kDaの分子量を有する。
【0029】
配列番号1に示すアミノ酸配列と少なくとも95%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドは、例えばBrevibacillus属の好気性細菌由来のものであり得る。Brevibacillus属の細菌を同定する方法は、当業者には既知である(Shidaら(1996)Int. J. Syst. Bacteriol., 46(4):939-46)。配列番号1に示すアミノ酸配列を有するポリペプチドは、Brevibacillus sp.KN-50株(NITE P-1447)から得ることができる。
【0030】
本発明のケラチナーゼ酵素は、pH 5〜11という広いpH範囲においてケラチナーゼ活性を有し得る。本発明のケラチナーゼ酵素はまた、40〜80℃という広い温度範囲においてケラチナーゼ活性を有し得る。本発明のケラチナーゼ酵素はまた、α-ケラチンおよびβ-ケラチンの両方に対して活性を有し得る。本発明のケラチナーゼ酵素はさらに、フィブロインを分解する活性も有し得る。
【0031】
本発明のケラチナーゼ酵素は耐熱性である。本明細書において、「耐熱性」の酵素とは、30分間熱処理した後にも、処理前に対して少なくとも70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくはほぼ100%の残存活性を示す酵素を意味する。ここで、「熱処理」とは、60〜90℃の温度(例えば60℃、70℃、80℃、または90℃)で酵素溶液を処理することを意味する。本発明のケラチナーゼ酵素の耐熱性は、カルシウムイオンを必要としない。つまり、上記熱処理を、カルシウムイオンの非存在下で行っても、やはりケラチナーゼ活性が維持される。
【0032】
本発明の第2の態様は、本発明の第1の態様によるケラチナーゼ酵素を有効成分として含む、ケラチン分解用組成物に関する。
【0033】
本発明のケラチン分解用組成物に含まれ得る、上記ケラチナーゼ酵素以外の成分の例としては、水、希釈剤、賦形剤、緩衝剤、pH調整剤、保存剤、安定化剤、還元剤、酸化剤、乾燥剤、保湿剤、増粘剤、凍結防止剤、界面活性剤、分散剤、着色剤、無機塩、有機塩、糖、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、ケラチナーゼ以外の酵素、本発明のケラチナーゼ以外のケラチナーゼ酵素等が挙げられるが、これらに限定されない。ケラチナーゼを産生する菌体そのものを組成物に含有させてもよい。本発明のケラチン分解用組成物は、液状、固形状、粉末状、半固形状等、いかなる形態であってもよい。
【0034】
本発明のケラチン分解用組成物中に含まれる、本発明のケラチナーゼ酵素の量は、組成物の用途や所望の活性強度によって変更し得るが、例えば組成物全体の少なくとも0.01重量%、少なくとも0.1重量%、少なくとも1重量%、少なくとも10重量%、少なくとも30重量%、少なくとも50重量%、少なくとも70重量%、少なくとも90重量%、少なくとも95重量%、少なくとも99重量%、または100重量%であり得る。
【0035】
本発明の第3の態様は、本発明の第1の態様によるケラチナーゼ酵素をコードする塩基配列を含む、DNA分子に関する。
【0036】
本発明のDNAとしては、配列番号2に示す塩基配列を含むものが好ましい。配列番号2に示す塩基配列は、配列番号1に示すアミノ酸配列をコードする塩基配列である。
【0037】
本発明のDNAのもう一つの好ましい例は、配列番号3に示す塩基配列を含むDNAである。配列番号3は、配列番号1で表される酵素ポリペプチドの前駆体ポリペプチドをコードするDNAの塩基配列である。配列番号3の塩基配列を含む遺伝子から発現された前駆体ポリペプチドは、細菌細胞内もしくは細菌細胞外で、またはインビトロで、プロセシングを受けて切断され、配列番号1のアミノ酸配列で表される酵素ポリペプチドを産生することができる。しかしながら、切断される前の前駆体ポリペプチド自体にもケラチナーゼ酵素活性がある可能性を排除するものではない。
【0038】
タンパク質のアミノ酸残基の多くは、複数通りのヌクレオチド塩基配列(コドン)でコードされ得ることは当業者にはよく知られている。すなわち、例えば配列番号1に示すアミノ酸配列は、配列番号2と完全には同一でない塩基配列によってもコードされ得る。従って、本発明のDNAは、例えば配列番号2に示す塩基配列と少なくとも95%、より好ましくは少なくとも97%、さらに好ましくは少なくとも99%の配列同一性を有する塩基配列を含むDNAであってもよい。同様に、本発明のDNAは、配列番号3に示す塩基配列と少なくとも95%、より好ましくは少なくとも97%、さらに好ましくは少なくとも99%の配列同一性を有する塩基配列を含むDNAであってもよい。
【0039】
あるいは、本発明のDNAは、配列番号1に示すアミノ酸配列と少なくとも95%、より好ましくは少なくとも97%、さらに好ましくは少なくとも99%の配列同一性を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列を含むものであってもよい。アミノ酸配列を元にして、それをコードするDNAの塩基配列を決定することは、当業者が容易になし得ることである。
【0040】
本発明のDNAは、例えばBrevibacillus sp.KN-50株、またはその近縁株もしくは近縁種の細菌から、PCRやDNAライブラリースクリーニング等の通常の技術を用いて単離したり、あるいは、そのようにして単離したDNAの配列を突然変異誘発等により改変したりして入手することができる。また、本発明のDNAを完全に合成することも、当業者に知られた技術によって可能である。
【0041】
本発明のDNAは、当業者には明らかであるように、本発明のケラチナーゼ酵素を製造することや、本発明のケラチナーゼ酵素をコードするDNAまたはRNAを分離、製造、または検出することに有用となり得る。従って本発明のDNAは、用途に応じて、ケラチナーゼ酵素をコードする配列のみから構成されていてもよいし、その配列が他の配列と一分子中で組み合わされた形態でもよいし、例えば発現ベクターまたはクローニングベクターの形態であってもよい。本発明のDNAは、環状であっても直線状であってもよい。本発明のDNAは、通常は0.9 kb〜120 kbの長さを有し、好ましくは1.2 kb〜20 kbの長さを有する。
【0042】
本発明の第4の態様は、本発明の第1の態様によるケラチナーゼ酵素を製造する方法に関する。
【0043】
本発明のケラチナーゼ酵素は、最も直接的には、当該ケラチナーゼ酵素の遺伝子をゲノムに有するBrevibacillus属の細菌、例えばBrevibacillus sp.KN-50株を用いて製造することができる。本発明のケラチナーゼ酵素は、分泌性であるため、上記細菌を適切な液体培地および培養条件で培養した後、培養上清を回収することにより、簡便に製造することができる。酵素が細胞内に留まる場合には、菌体を回収してこれを溶解することによりケラチナーゼ酵素を採取してもよい。培養上清と菌体とを分離する方法としては、遠心分離および濾過が挙げられるが、これらに限定されない。各細菌に適した培地や培養条件は、当業者に知られているか、または当業者が通常の知識に基づいて決定することができる。Brevibacillus sp.KN-50株を用いる場合は、好気性条件下で、35℃以上、より好ましくは37℃以上、最も好ましくは40℃以上の温度で培養を行うことが好ましい。
【0044】
上記培養上清は、それ自体、粗酵素液としてケラチナーゼ活性を含むが、必要に応じて、例えば硫酸アンモニウム沈殿、遠心分離、透析、フィルター処理、電気泳動、クロマトグラフィー等、当業者に知られる技術を適宜組み合わせて、上記培養上清からケラチナーゼ酵素を精製することもできる。
【0045】
あるいは、当業者に知られる技術を用いて、本発明のDNAをBrevibacillus属の宿主細菌、Bacillus属の宿主細菌、またはこれら以外の宿主細菌(例えば大腸菌)に導入し、この宿主細菌に本発明のケラチナーゼ酵素を発現させて、上記と同様にケラチナーゼ酵素を製造することもできる。この手法によれば、ケラチナーゼ酵素をコードするDNAを、所望のプロモーター配列やタグ配列等と自在に組み合わせることができるため、発現量や精製効率を大幅に改善することができる。また、細菌以外の宿主細胞(例えば酵母細胞、昆虫細胞、哺乳類細胞等)に本発明のDNAを導入して本発明のケラチナーゼ酵素を生産する態様も考えられる。なお、宿主に本発明のDNAを導入した際には、当該DNAが宿主の染色体に組み込まれてもよいし、あるいはプラスミド等の形で宿主染色体とは分離して維持されてもよい。
【0046】
本発明の第5の態様は、本発明の第1の態様によるケラチナーゼ酵素、または本発明の第2の態様によるケラチン分解用組成物を、ケラチン含有物質に接触させることにより、この物質に含有されるケラチンを分解処理する方法に関する。
【0047】
本態様における「ケラチン含有物質」は、特に限定されないが、例えば鳥の羽毛もしくは嘴、ヒトの毛髪、体毛、皮膚、もしくは爪、哺乳類(ヒツジ、ウシ、ブタ、ウマ、シカ、イヌ、ネコ等)の毛、皮、蹄、もしくは角、またはこれらのいずれかの混合物であり得る。
【0048】
上記ケラチナーゼ酵素または組成物をケラチン含有物質に接触させる際の反応液のpHは、pH 5〜11の範囲内であることが好ましく、より好ましくはpH 5.5〜10であり、さらに好ましくはpH 6〜9であり、最も好ましくはpH 7である。
【0049】
上記ケラチナーゼ酵素または組成物をケラチン含有物質に接触させる際の反応液の温度は、40〜80℃の範囲内であることが好ましく、より好ましくは50〜70℃であり、最も好ましくは60℃である。
【0050】
ケラチナーゼ酵素または組成物をケラチン含有物質に接触させることは、例えばこれらを含む混合物を調製することにより実施される。この混合物には水が含まれることが好ましい。混合物中の水は、本発明のケラチン分解用組成物に由来するものであっても、ケラチン含有物質に由来するものであっても、これらとは別に添加されるものであってもよい。水以外にも、ケラチナーゼ酵素の活性が完全に阻害されない限りにおいて、他の多様な物質をケラチン分解処理の過程に含ませることができる。ケラチン分解処理に含ませ得る物質の例としては、希釈剤、賦形剤、緩衝剤、pH調整剤、保存剤、安定化剤、還元剤、酸化剤、保湿剤、増粘剤、凍結防止剤、界面活性剤、分散剤、着色剤、無機塩、有機塩、糖、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、ケラチナーゼ以外の酵素、本発明のケラチナーゼ以外のケラチナーゼ酵素、菌体等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0051】
本発明のケラチン分解処理方法において、酵素/基質/水の量比や、これらを添加する順序や、処理を行う時間の長さは、ケラチン分解処理の目的に応じて当業者が適宜調節することができる。
【0052】
なお、絹の主要タンパク質成分であるフィブロインは、ケラチンと同様、プロテアーゼ耐性を有することで知られるが、本発明のケラチナーゼ酵素は、このフィブロインを分解する活性も有し得る。従って、本発明のケラチナーゼ酵素を含有するフィブロイン分解用組成物、および、本発明のケラチナーゼ酵素をフィブロイン含有物質に接触させる工程を含むフィブロインの分解処理方法も、本発明の範囲に含まれる。
【0053】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は実施例の態様に限定されるものではない。
【実施例】
【0054】
[実施例1]耐熱性ケラチナーゼ生産菌の分離および菌株同定
各地で採集した土壌サンプルを、5 mlの蒸留水に懸濁した後、オートクレーブ滅菌した羽毛片(約5 mm)を入れた液体掘越改変培地に接種し、60℃、150 rpm/minに設定した恒温振とう培養機(TAITEC製 PERSONAL-11)を用いて、1週間、振とう培養を行った。分離に用いた掘越改変培地の組成は、可溶性デンプン0.05% (w/v)、グルコース0.05% (w/v)、ポリペプトン0.05% (w/v)、酵母エキス0.05% (w/v)、K2HPO4 0.01% (w/v)、MgSO4・7H2O 0.005% (w/v)である。羽毛の分解(培養液の濁り)が目視にて確認できた集積培養液を、プロテアーゼ生産菌分離用平板寒天培地(上記掘越改変培地にスキムミルク1.0%(w/v)および寒天1.5%(w/v)を加えたもの)に接種し、ハロー形成菌を分離した。さらに、純粋分離後、再び羽毛入り液体培地に接種して羽毛分解の再現性を確認した。以上の手順を経て、耐熱性ケラチナーゼ酵素生産菌KN-50株を取得した。この株について、当業者に知られる通常の手法により16S rDNA塩基配列解析を行った。なお、本菌株は、2012年10月31日付で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に受託番号NITE P-1447のもと寄託されている。
【0055】
本菌は、高温条件下(40℃)で生育し、運動性を有するグラム陽性桿菌で、芽胞を形成し、カタラーゼ反応およびオキシダーゼ反応は陽性であった。また、嫌気性条件下では生育せず、30℃では生育せず、カゼインおよびデンプンを加水分解し、グリセロール、D-アラビノースおよびD-キシロースなどを資化せず、ガラクトース、グルコースおよびフラクトースなどを資化する。これらの性状と16S rDNA塩基配列解析の結果から、近縁が示唆されたBrevibacillus aydinogluensisと類似点があるものの、カタラーゼ陽性であることおよび資化性の多くの相違点から、Brevibacillus属に含まれるBrevibacillus aydinogluensisに近縁なBrevibacillus sp.と同定された。
【0056】
[実施例2]本酵素の精製および性質
[本酵素の精製]
KN-50株の培養液を、7,000×g、4℃にて遠心分離し、上清を粗酵素液(比活性192.7 U/mg)とし回収した。酵素の精製は4℃条件下で行った。粗酵素液に80%飽和硫酸アンモニウムを加え、遠心分離により沈殿物を回収した。回収した沈殿に少量の10 mMリン酸緩衝液(pH 7.0)を加えて溶解し、同緩衝液で一晩透析を行った。透析後の試料を、10 mMリン酸緩衝液(pH 7.0)で平衡化したハイドロキシアパタイト(日本ケミカル社製)カラム(9.0×1.5 cm)に吸着させ、10 mlの10 mMリン酸緩衝液(pH 7.0)で非吸着タンパク質を溶出した。次に、10 mMから100 mMのリン酸緩衝液の濃度勾配を用いて目的タンパク質を溶出させた。酵素活性画分を、10 mMトリス塩酸緩衝液(pH 7.0)で平衡化したDEAE Toyopeal 650S (東ソー社製)カラム(9.0×1.5 cm)に吸着させ、10 mlの10 mMトリス塩酸緩衝液(pH 7.0)を用いて非吸着タンパク質を溶出した。次に、0〜0.5M NaCl(10 mMトリス塩酸緩衝液に溶解)の塩濃度勾配(総量120 ml)を用いて、羽毛分解酵素の溶出を行った。SDS-PAGEにて単一バンドであることを確認し、この試料を精製酵素標品(比活性5236.4 U/mg)として、以後の実験に使用した。
【0057】
[本酵素の性質]
このBrevibacillus sp. KN-50株生産のケラチナーゼ酵素は、SDS-PAGEにて測定される分子量が35kDaであった。エドマン分解法を用いて精製酵素のN末端配列を決定したところ、配列番号1および図6に示す通りであった。
【0058】
ケラチナーゼ活性はLinらの方法(X. Lin et al., Appl. Environ. Microbiol. 58:3271-3275 (1992))に準じて測定した。調製アゾケラチン5 mgを0.8 mlのMOPS緩衝液(50 mM 3-(n-morpholino)propanesulphonic acid(MOPS) - sodium MOPS、pH 7.0)に懸濁し、0.2 mlの酵素液を加えて混合し、反応温度30〜80℃にて160 rpm、15分間の振盪処理を行った。その後、10%に調製したトリクロロ酢酸溶液(TCA溶液)を0.2 ml加えて反応を停止させ、15,000 rpmで15分間遠心分離して未分解アゾケラチンの沈殿を取り除いた後、上清の吸光度(450 nm)を測定した。対照としては、基質に10%TCA溶液を加えた後に酵素を混合したものを使用した。ケラチナーゼ酵素活性の1 U(ユニット)は、反応15分間あたり450 nmにおける吸光度を0.01上昇させるのに必要な酵素量と定義した。アゾケラチンはTomarelliらの方法(R. Tomarelli et al., J. Lab. Clin. Med. 34(3):428-433 (1949))に準じる方法で調製した。
【0059】
図1では、至適条件の60℃、pH 7におけるケラチナーゼ活性(9.13 U/ml)を100%とし、その他の反応温度でのケラチナーゼ活性を相対活性で評価した。図2も同様に、60℃、pH 7.0でのケラチナーゼ活性を100%とし、その他の反応pHでのケラチナーゼ活性を相対活性で評価した。使用した緩衝液は以下の通りである。pH 5.0〜6.0:酢酸緩衝液(50 mM acetic acid - sodium acetate)、pH 7.0〜8.0:MOPS緩衝液(50mM MOPS - sodium MOPS)、pH 9.0〜11.0:グリシン緩衝液(50 mM glycine - 50 mM NaCl - NaOH)。図3では、酵素を60〜90℃で30分間処理した後、残存ケラチナーゼ活性を50℃、pH 7.0で測定した。同時に5 mMカルシウムイオンを添加した酵素の残存活性も測定し、熱安定性におけるカルシウム依存を調べた。熱処理していない酵素のケラチナーゼ活性を100%とし、各温度で処理した酵素の残存活性を評価した。
【0060】
本酵素は、アゾケラチン基質に対し、pH 5〜11、温度40〜80℃の広い条件範囲で活性(少なくとも30%の相対活性)を示した。至適pHは7.0、至適温度は60℃であった(図1図2)。本酵素はまた、60〜90℃で30分間処理した後も高い残存活性を有し、この耐熱安定性は5 mM Ca2+イオンを必要としなかった(図3)。
【0061】
すなわち、Brevibacillus sp. KN-50株生産のケラチナーゼ酵素は、幅広い反応温度およびpH条件で活性を示すだけでなく、安定した耐熱性を示した。表1は、各種阻害剤を添加した場合の、KN-50株生産耐熱性ケラチナーゼの活性に対する影響を示す。本酵素はフェニルメタンスルホニルフルオリド(PMSF)により阻害されることにより、セリン型プロテアーゼと考えられた(表1)。粗酵素を羽毛片およびpH 7.0の緩衝液と混合し、50℃で3日間処理したところ、羽毛片の分解が電子顕微鏡観察で確認された(図4)。
【表1】
【0062】
[実施例3]Brevibacillus sp. KN-50株由来耐熱性ケラチナーゼ遺伝子のクローニングおよび塩基配列の決定
KN-50株生産ケラチナーゼのN末端アミノ酸配列、ならびに既知のケラチナーゼおよびプロテアーゼの遺伝子配列に基づいて設計した、プライマー1(配列番号4:5’-GCI ACI CCI WSI GAY MGI ACI CA-3’)およびプライマー2(配列番号5:5’-IGC CCA DAT YTT IGC IGC IAR ICC-3’)を合成した。なお、上記配列のうち「I」はイノシンを表す。Brevibacillus sp. KN-50株を、0.05% グルコース(和光純薬)、0.05% 可溶性デンプン(和光純薬)、0.05% ポリペプトン(ディフコ)、0.05% 酵母エキス(ディフコ)、0.01% リン酸水素2カリウム(ナカライテスク)、0.002% 硫酸マグネシウム7水和物(和光純薬)から成る培地中で、50℃で24時間、好気的に振とう培養を行い、遠心分離により菌体を集めた。得られた菌体から、斎藤と三浦の方法(Biochim. Biophys. Acta, 72, 619-629, 1963)に準じた方法でゲノムDNAを調製し、これを鋳型として、プライマー1と2の組合せを用いてPCRを行った。PCR条件は、0.4μgのゲノムDNAおよび2μMの各プライマーを含む反応液に対し、サーマルサイクラーを用いて、95℃で2分間熱変性後、95℃で30秒間、50℃で45秒間、72℃で1分間を1サイクルとし、これを30サイクル行った。得られたPCR断片は、DNAシークエンサーを用いてその塩基配列を決定した。
【0063】
塩基配列が決定されたDNA断片に対して、プライマー3(配列番号6:5’-CCG GCG CCT ATA CCG CGC ATC CTG ACC-3’)、プライマー4(配列番号7:5’-GCG GGA TGT GGA AGT ATC CGC GCC GGG-3’)、プライマー5(配列番号8:5’-CGT AAC TTT CAA GGA CTT GTC CGA CGT CAA-3’)、プライマー6(配列番号9:5’-CGT TGA TTG CCA ATG CCG TG-3’)を合成した。
【0064】
続いて、上記PCRにより得られたDNA断片の下流部分を増幅するために、Brevibacillus sp. KN-50株のゲノムDNAをXba Iで消化し、消化断片を、LA PCR in vitro cloningキット(Takara)に含まれるXba Iカセットに連結させ、プライマー3とキット付属のプライマーC1とを用いてPCRを行った。PCRの反応条件は、カセットに連結されたDNA断片1.0 ngおよび各プライマー10 pmolを含む反応液に対し、サーマルサイクラーを用いて、95℃で2分間の熱変性後、95℃で30秒間、50℃で30秒間、72℃で3分間を1サイクルとし、これを30サイクル行った。続いて、得られたPCR断片を鋳型として、プライマー4とキット付属のプライマーC2とを用いて再度PCRを行った。PCRの反応条件は上記と同じとした。得られたDNA断片は、DNAシークエンサーを用いてその塩基配列を決定し、目的遺伝子の下流側約2 kbpを得た。
【0065】
上流側については、Brevibacillus sp. KN-50株のゲノムDNAをPvu Iで消化し、消化DNAを自己連結させた後、インバースPCR法により、プライマー5と6を用いてPCRを行った。PCRの反応条件は、上記自己連結DNA 1.0 ngおよび各プライマー 10 pmolを含む反応液に対し、サーマルサイクラーを用いて、95℃で2分間の熱変性後、95℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で1分間を1サイクルとし、これを30サイクル行った。結果として、約2 kbpの増幅断片を得た。得られたDNA断片は、DNAシークエンサーを用いてその塩基配列を決定し、目的遺伝子の上流側を得た。
【0066】
以上の手法により、耐熱性ケラチナーゼポリペプチドの前駆体(417アミノ酸)をコードするケラチナーゼ遺伝子を含む、1660 bpのDNA断片の塩基配列を決定した(図6、配列番号10)。この遺伝子は過去に報告されておらず、新規の耐熱性ケラチナーゼ酵素遺伝子であった。DNA塩基配列から導き出される前駆体のポリペプチド配列と、実験的に決定された成熟酵素のN末端配列との対比より、本酵素は、他のセリンプロテアーゼについて前例があるように(Curr. Microbiol. 30 (1995) 201-209、Nucleic. Acids. Res 13 (1985) 8913-8926)、Nucleic. Acids. Res. 11 (1983) 7911-7925)、前駆体ポリペプチドのN末端が特定の位置において切断され除去されることによって生成することが明らかとなった。
【0067】
[実施例4]各種ケラチン様基質の分解

羽毛に代えて、羊毛、ヒトの毛髪、イヌの毛、および絹を基質として使用し、培養条件を50℃、200 rpm/min、5日間とした他は、実施例1と同じようにしてBrevibacillus sp. KN-50株を培養した。これらの基質の分解を目視で確認したところ、本発明の耐熱性ケラチナーゼは、羽毛以外にも、α−ケラチンで構成される羊毛、ヒト毛髪、イヌの毛、さらにはフィブロインで構成される絹をも効率よく分解することが明らかとなった(図5)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]