(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6161639
(24)【登録日】2017年6月23日
(45)【発行日】2017年7月12日
(54)【発明の名称】被覆された切削工具及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20170703BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20170703BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20170703BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20170703BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
B23C5/16
C23C14/06 A
【請求項の数】18
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-556955(P2014-556955)
(86)(22)【出願日】2013年2月14日
(65)【公表番号】特表2015-512791(P2015-512791A)
(43)【公表日】2015年4月30日
(86)【国際出願番号】EP2013000438
(87)【国際公開番号】WO2013120614
(87)【国際公開日】20130822
【審査請求日】2015年12月14日
(31)【優先権主張番号】12155313.5
(32)【優先日】2012年2月14日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】507226695
【氏名又は名称】サンドビック インテレクチュアル プロパティー アクティエボラーグ
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林特許業務法人
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100128495
【弁理士】
【氏名又は名称】出野 知
(74)【代理人】
【識別番号】100173107
【弁理士】
【氏名又は名称】胡田 尚則
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100193404
【弁理士】
【氏名又は名称】倉田 佳貴
(72)【発明者】
【氏名】マッツ アルグレン
(72)【発明者】
【氏名】ナウレーン ガフォール
(72)【発明者】
【氏名】マグヌス オーデン
(72)【発明者】
【氏名】リナ ログストロム
(72)【発明者】
【氏名】マッツ ヨエサール
【審査官】
小川 真
(56)【参考文献】
【文献】
特開平07−205361(JP,A)
【文献】
L. Rogstrom, L.J.S.Johnson, M.P.Johansson, M.Ahlgren, L. Hultman and M. Oden,Age hardening in arc-evaporated ZrAlN thin films,Scripta Materialia,ELSEVIER,2010年,vol.62,p739-741
【文献】
R. Franz, M. Lechthaler, C. Polzer, C. Mitterer,Oxidation behaviour and tribological properties of arc-evaporated ZrAlN hard coatings,Surface & Coatings Technology,ELSEVIER,2012年 1月15日,vol.206,p2337-2345
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 14/06
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材及び前記基材上の被覆を含む、被覆された切削工具であって、前記被覆が複層構造体を含み、
−前記複層構造体が、交互の層A及びBであって、A/B/A/B/A…の連続体を形成し、層A及び層Bの個別の層厚さが1〜30nmであり、層AがZr1−xAlxN(式中、0<x<1)から成り、かつ層BがTiNから成る、交互の層A及びBを含み、
かつ、
切削作業に用いられる領域における前記複層構造体が、交互の層A及びB並びに前記交互の層A及びBの間の中間層Cであって、A/C/B/C/A/C/B…の連続体を形成し、層A及び層Bの個別の層厚さが1〜30nmであり、層AがZr1−xAlxN(式中、0<x<1)から成り、層BがTiNから成り、かつ層Cが層A及びBのそれぞれからの1種以上の金属元素を含んでいて層A及びBとは組成及び構造が異なっている、交互の層A及びB並びに中間層Cを含む、
被覆された切削工具。
【請求項2】
基材及び前記基材上の被覆を含む、被覆された切削工具であって、前記被覆が複層構造体を含み、
−前記複層構造体が、交互の層A及びB並びに前記交互の層A及びBの間の中間層Cであって、A/C/B/C/A/C/B…の連続体を形成し、層A及び層Bの個別の層厚さが1〜30nmであり、層AがZr1−xAlxN(式中、0<x<1)から成り、層BがTiNから成り、かつ層Cが層A及びBのそれぞれからの1種以上の金属元素を含んでいて層A及びBとは組成及び構造が異なっていて、前記中間層CがTi1−yZryN(0<y<1)から成る、交互の層A及びB並びに中間層Cを含む、
被覆された切削工具。
【請求項3】
xが0.02〜0.35である、請求項1又は2に記載の被覆された切削工具。
【請求項4】
xが0.10〜0.35である、請求項3に記載の被覆された切削工具。
【請求項5】
前記Zr1−xAlxNが立方晶である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の被覆された切削工具。
【請求項6】
xが0.35〜0.90である、請求項1又は2に記載の被覆された切削工具。
【請求項7】
xが0.70〜0.90である、請求項6に記載の被覆された切削工具。
【請求項8】
層AがZr1−xAlxNの六方晶相を含む、請求項6又は7に記載の被覆された切削工具。
【請求項9】
前記Zr1−xAlxNが10nm未満の平均粒幅を有するナノ結晶質である、請求項1〜8のいずれか一項に記載の被覆された切削工具。
【請求項10】
層A及び層Bの個別の層厚さが5nm超20nm未満である、請求項1〜9のいずれか一項に記載の被覆された切削工具。
【請求項11】
前記複層構造体が1〜20μm、又は1〜15μmの厚さを有する、請求項1〜10のいずれか一項に記載の被覆された切削工具。
【請求項12】
前記被覆がPVD被覆である、請求項1〜11のいずれか一項に記載の被覆された切削工具。
【請求項13】
前記中間層Cが層Bの個別の層厚さの50%と150%との間である厚さを有する、請求項1〜12のいずれか一項に記載の被覆された切削工具。
【請求項14】
前記中間層Cの厚さが少なくとも3nmである、請求項1〜13のいずれか一項に記載の被覆された切削工具。
【請求項15】
前記中間層CがTi1−yZryN(0<y<1)から成る、請求項1に記載の被覆された切削工具。
【請求項16】
基材及び前記基材の表面上の被覆を含む被覆された切削工具の製造方法であって、
層A及び層Bの個別の層厚さが1〜30nmであり、層AがZr1−xAlxN(式中、0<x<1)から成り、かつ層BがTiNから成る、A/B/A/B/A…の連続体を形成する交互の層A及びBから成る複層構造体を被着させて、被覆の少なくとも一部を形成すること、及び
切削作業に用いられる領域における前記被覆を熱処理して、前記交互の層A及びBのそれぞれからの1種以上の金属元素を含む中間層Cを前記交互の層A及びBの間に形成して、A/C/B/C/A/C/B…の連続体を作製すること、
を含む、被覆された切削工具の製造方法。
【請求項17】
前記被覆を少なくとも1100℃で熱処理して前記中間層Cを形成する、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記中間層CがTi1−yZryN(0<y<1)から成る、請求項16又は17に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の切屑を生じさせる機械加工用の被覆された切削工具に関する。特に、本発明は複層構造体を含む被覆を有する被覆された切削工具であって、切削作業、特に高温を生じさせる切削作業において向上した性能を有する、被覆された切削工具に関する。更に、本発明は当該被覆された切削工具の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
耐久性のある材料、例えば超硬合金、サーメット、立方晶窒化ホウ素又は高速度鋼等で作られている、金属の切屑を生じさせる機械加工用の切削工具、例えば回転工具等、すなわちエンドミル、ドリル等、及びインサートは、切削工具の使用可能寿命を延ばすため、通常は表面被覆により被覆している。表面被覆の十分な硬度が耐摩耗性のために不可欠であることが認められている。表面被覆は、大部分は化学気相成長(CVD)又は物理気相成長(PVD)技術を使用して被着される。
【0003】
初めて使用された耐摩耗被覆の1つは窒化チタン(TiN)製であった。TiNの高い硬度、高い融点及び耐酸化性は、被覆されていない切削工具と比較して劇的に向上した性能及び使用可能寿命を与える。これらの有利な性能が更に研究されており、種々の金属の窒化物で作られている今日の被覆が種々の用途のための切削工具用に使用されている。例として、AlがしばしばTiNに添加されており、Alは向上した高温耐酸化性を与える。
【0004】
窒化アルミニウムチタン(TiAlN)被覆の有利な性質を少なくとも部分的にTi−Al−N系における非混和領域(miscibility gap)に割り当てることができ、それにより準安定相の安定化が可能となることが理解されている。また、TiAlN被覆が時効硬化を示すこと、すなわち、硬度が熱処理時に上昇することが見出されている。この硬度の上昇は非混和相の分離に割り当てられる。立方晶TiAlNは熱処理時に約800〜900℃で立方晶TiN及び立方晶AlNへと分解し、これにより転位の動きを制限し、また時効硬化作用を与える。しかし、より高い温度、例えば約1000℃等の温度においては、立方晶相は引き続き六方晶AlNへと変態し、被覆の硬度が再び劇的に低減し、このことは多くの用途において不利益となる可能性がある。
【0005】
KnutssonらのMachining performance and decomposition of TiAlN/TiN multilayer coated metal cutting inserts,Surface and Coatings Technology205(2011)4005−4010は、PVD Ti
0.34Al
0.66N/TiN複層被覆を有する被覆された切削工具インサートの微細構造特性評価及び切削試験を記載している。この複層被覆は、Ti
0.34Al
0.66Nの均一な被覆と比較して明らかな温度誘起時効硬化作用により、また約1050℃までの広い温度範囲にわたって高められた熱安定性及び向上した機械的特性を有することが見出された。この向上は、その均一な被覆と比較して切削工具インサートのクレータ摩耗及び逃げ面摩耗を低減させることがわかった。また、複層周期の低減とともに硬度が上昇することも開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の時効硬化作用は被覆された切削工具の熱安定性及び性能を向上させるが、より高い温度での硬度の劇的な減少は、特にNiを基礎材料とする合金、Tiを基礎材料とする合金及び硬化鋼の機械加工においては未だ問題である。
【0007】
本発明の目的は、切削作業、特に被覆された切削工具でもって高温を生じさせる切削作業において向上した性能を有する被覆された切削工具を提供することである。さらなる目的は被覆された切削工具の被覆の熱安定性を上昇させ、たとえ1100℃の温度にさらされた場合でも被覆の高い硬度を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
これらの目的は、独立請求項による被覆された切削工具及びその製造方法により達せられる。
【0009】
本発明による被覆された切削工具は、好ましくは超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素又は高速度鋼で作られている、より好ましくは超硬合金又はサーメットで作られている基材、及び上記基材の表面上の被覆を含む。上記被覆は、
−交互の層A及びBであって、A/B/A/B/A…の連続体を形成し、層A及び層Bの個別の層厚さが1〜30nmであり、層AがZr
1−xAl
xN(式中、0<x<1)から成り、かつ層BがTiNから成る、交互の層A及びB、
又は、
−交互の層A及びB並びに上記交互の層A及びBの間の中間層Cであって、A/C/B/C/A/C/B…の連続体を形成し、層A及び層Bの個別の層厚さが1〜30nmであり、層AがZr
1−xAl
xN(式中、0<x<1)から成り、層BがTiNから成り、かつ層Cが層A及びBのそれぞれからの1種以上の金属元素を含んでいて層A及びBとは組成及び構造が異なっている、交互の層A及びB並びに中間層C、
から成る、複層構造体を含む。
【0010】
この出願の目的のためには、複層構造体は少なくとも10、より好ましくは少なくとも30の個別の層を含む。当該複層構造体は、1100℃の温度にさらされた場合でも高い硬度を示し、かつ従って被覆された切削工具での切削作業、特に高温を生じさせる切削作業において性能が向上する。
【0011】
本発明の1つの実施態様において、複層構造体はA/B/A/B/A…の連続体を形成する交互のZr
1−xAl
xN(式中、0<x<1)層A及びTiN層Bから成る。この複層構造体が切削作業において使用される場合、複層構造体において熱が発生し、被覆が時効硬化を示すようにその微細構造が変化する。すなわち、複層構造体の硬度が熱の発生時に上昇する。微細構造の変化により、複層構造体を少なくとも1100℃まで加熱した後であってもこの時効硬化作用が維持される。複層構造体の加熱時に、微細構造はZr
1−xAl
xN層においてZrN及びAlNの分離が生じるように変化し、TiN層とZr
1−xAl
xN層との間の当初の界面でZr及びTiに富む層を形成し、当初のZr
1−xAl
xN層の中間でAlに富む層を形成する。好ましくは、被着させたままの複層構造体の副層間では本質的に干渉せず、せいぜい時折1つの副層から隣接する副層までの1つの界面にわたって干渉するのであって、複数の界面にわたっては干渉しない。特定の複層構造体のために、加熱は複数の副層にまたがる柱状粒子を導入せず、せいぜい一部の粒子がZr
1−xAl
xN層を介してあるTiN−Zr
1−xAl
xN界面と交わって干渉するが、次のZr
1−xAl
xN−TiN界面では干渉性は遮断される。変化した微細構造のために、硬度が上昇し、切削作業における性能が向上する。
【0012】
本発明の1つの実施態様において、層AのZr
1−xAl
xNは低いAl含有量を有し、式中xは0.02〜0.35であり、好ましくはxは0.10〜0.35である。この低いAl含有量により、層Aは立方晶Zr
1−xAl
xNを含む。好ましくは層Aは立方晶Zr
1−xAl
xNから成り、かつ層Bは立方晶TiNから成る。立方晶Zr
1−xAl
xNと立方晶TiNとの間の格子不整合は小さく、それにより隣接する交互の層の間の密着が可能となり、隣接する交互の層の間の付着力が向上する。
【0013】
本発明の別の実施態様において、層AのZr
1−xAl
xNは高いAl含有量を有し、式中xは0.35〜0.90であり、好ましくは0.50〜0.90である。この高いAl含有量により、層Aは六方晶Zr
1−xAl
xNを含む。xが0.90よりも大きい場合、複層構造体の微細構造の有利な変化は認識されない。より好ましくは層AのZr
1−xAl
xNは高いAl含有量を有し、式中xは0.60〜0.90であり、より一層好ましくは0.70〜0.90であり、かつZr
1−xAl
xNは六方晶相である。多くの他の金属窒化物と異なり、Zr
1−xAl
xNの六方晶相は高い硬度及び高い耐摩耗性を有する。
【0014】
本発明の1つの実施態様において、Zr
1−xAl
xNは10nm未満、好ましくは5nm未満の平均粒幅を有するナノ結晶質である。
【0015】
本発明の1つの実施態様において、層A及び層Bの個別の層厚さは5nm超20nm未満である。2層を3層へと有利に分離させるためには、5nm超の個別の層厚さが望ましい。
【0016】
本発明の1つの実施態様において、複層構造体は1〜20μm、好ましくは1〜15μmの厚さを有する。
【0017】
本発明の1つの実施態様において、被覆はPVD被覆である。
【0018】
本発明の別の実施態様において、被覆はCVD被覆である。
【0019】
本発明の1つの実施態様において、複層構造体は、個別層厚が1〜30nmであり、層AがZr
1−xAl
xN(式中、0<x<1)から成り、かつ層BがTiNから成る上記の交互の層A及びBと、更に交互の層A及びBの間に位置しており、層A及びBのそれぞれからの1種以上の金属元素を含んでいて上記の交互の層A及びBとは組成及び構造が異なっている中間層Cとから成る。これによりA/C/B/C/A/C/B…の連続体を形成する層を有する複層構造体が形成される。これは、切削工具の使用による、すなわち複層構造体における熱の発生による複層構造体の上記の時効硬化により得られる硬度と類似する複層構造体の硬度を与える。
【0020】
本発明の1つの実施態様において、中間層Cは層Bの個別層厚の50%と150%との間である厚さを有する。
【0021】
本発明の1つの実施態様において、中間層Cの厚さは少なくとも3nmである。
【0022】
本発明の1つの実施態様において、中間層CはTi
1−yZr
yN(式中、y>0、好ましくは0<y<1)から成る。
【0023】
本発明の上記の実施態様による被覆された切削工具の1つの実施態様において、層A及び層Bの組成は、複層構造体の有利な硬度特性を劣化させることなく、次の第1、第2、第3及び第4の添加元素から選択した少なくとも1種の添加元素を含む。層Aは、Zr及びAlを含む第1の元素、並びに任意選択的に4a族、5a族及び6a族の元素、Si及びYのうちの1種又は複数種から選択された第1の添加元素と、Nを含む第2の元素、並びに任意選択的にC、O及びBのうちの1種又は複数種から選択した第2の添加元素とを含む。層Bは、Tiを含む第3の元素、並びに任意選択的に4a族、5a族及び6a族の元素、Si、Al及びYのうちの1種又は複数種から選択した第3の添加元素と、Nを含む第4の元素、並びに任意選択的にC、O及びBのうちの1種又は複数種から選択した第4の添加元素とを含む。
【0024】
本発明はまた、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素又は高速度鋼で好ましくは作られている基材と、上記の実施態様による中間層Cを含む上記基材の表面上の被覆とを含む、被覆された切削工具の製造方法を提供する。この方法は、次の工程、すなわち、
−層A及び層Bの個別の層厚さが1〜30nmであり、層AがZr
1−xAl
xN(式中、0<x<1)から成り、かつ層BがTiNから成る、A/B/A/B/A…の連続体を形成する交互の層A及びBから成る複層構造体を被着させて、被覆の少なくとも一部を形成する工程、及び
−上記被覆を熱処理して、上記交互の層A及びBのそれぞれからの1種以上の金属元素を含む中間層Cを上記交互の層A及びBの間に形成して、A/C/B/C/A/C/B…の連続体を作製する工程
を含む。
【0025】
好ましくは、当該方法により被着させたままの複層構造体の性質は、上記の実施態様の通りである。
【0026】
1つの実施態様において、少なくとも1000℃、好ましくは少なくとも1100℃で、非酸化性雰囲気中で被覆を熱処理して中間層Cを形成する。
【0027】
当該被覆はCVD又はPVDにより被着することができる。
【0028】
本発明の1つの実施態様において、複層構造体はPVD、例えばスパッタ被着、カソードアーク被着、蒸着又はイオンプレーティング等により被着させる。
【0029】
A/C/B/C/A/C/B…の連続体を形成する交互の層A、B及びCから成る複層構造体はまた、これらの層を順番に被着させることにより完成させることができる。
【0030】
以下の本発明の詳細な説明から、本発明の他の目的、利点及び新規な特徴を添付図面及び特許請求の範囲と併せて検討して明らかにする。
【0031】
本発明の実施態様をこれから添付図面を参照して説明する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】本発明による被覆のアニール温度に応じた硬度を、対照の被覆と比較して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の第1の実施態様による被覆された切削工具は、基材及び上記基材上のPVD被覆を含む。当該被覆は、A/B/A/B/A…の連続体を形成しており、個別の層厚さが1〜30nm、好ましくは5nm超20nm未満であり、層Aは立方晶Zr
1−xAl
xN(式中、xは0.02〜0.35であり、好ましくはxは0.10〜0.35である)から成り、層Bは立方晶TiNから成る、交互の層A及びBから成る厚さが1〜20μm、好ましくは1〜15μmの複層構造体を含む。好ましくは、Zr
1−xAl
xNは10nm未満、好ましくは5nm未満の平均粒幅を有するナノ結晶質である。
【0034】
本発明の第2の実施態様による被覆された切削工具を、基材及び第1の実施態様による被覆から形成し、少なくとも1000℃、好ましくは少なくとも1100℃で、非酸化性雰囲気中で熱処理して被覆の複層構造体の微細構造を変化させる。熱処理後において、複層構造体は、A/C/B/C/A/C/B/C/A…の連続体を形成し、各層は個別層厚が1〜30nmである交互の層A及びB並びに層Aと層Bとの間に位置する中間層Cから成る。層Aは立方晶Zr
1−xAl
xN(式中、xは0.02〜0.35であり、好ましくはxは0.10〜0.35である)から成り、かつ層Bは立方晶TiNから成る。好ましくは、Zr
1−xAl
xNは10nm未満、好ましくは5nm未満の平均粒幅を有するナノ結晶質である。層Cは交互の層A及びBのそれぞれからの1種以上の金属元素を含み、かつ上記の交互の層A及びBとは組成及び構造が異なる。Zr
1−xAl
xN層における熱処理の間のZrN及びAlNの分離により、Zr及びTiに富む層CがTiN層とZr
1−xAl
xN層との間の当初の界面で生成し、Alに富む領域が当初のZrAlN層の中間で生成する。例えば、中間層Cは、Ti
1−yZr
yN(式中、y>0、好ましくは0<y<1)から成ることができる。層Cの好ましい厚さは熱処理及び被着させた独立層の厚さに左右される。層Cの形成を、層Aを犠牲にして実施する。好ましくは、層Cの厚さは少なくとも3nmであるが、層Cは好ましくは層Bの個別層厚の50%と150%との間である厚さを有し、かつ層Aは好ましくは熱処理後において少なくとも3nmの厚さを有する。好ましくは、複数の副層に跨る柱状粒子は存在せず、せいぜい幾つかの粒子はZr
1−xAl
xN層を介してTiN−ZrAlN界面と交わって干渉するが、次の界面では干渉性は遮断される。
【0035】
本発明の第3の実施態様による被覆された切削工具は基材及び当該基材上のPVD被覆を含む。当該被覆は、A/B/A/B/A…の連続体を形成し、個別層厚が1〜30nm、好ましくは5nm超20nm未満であり、層AはZr
1−xAl
xN(式中、xは0.35〜0.90であり、好ましくはxは0.70〜0.90である)から成り、かつ層Bは立方晶TiNから成る、交互の層A及びBから成る厚さが1〜20μm、好ましくは1〜15μmの複層構造体を含む。層AのZr
1−xAl
xNは、Zr
1−xAl
xNの六方晶相を含む。好ましくは、Zr
1−xAl
xNは10nm未満、好ましくは5nm未満の平均粒幅を有するナノ結晶質である。
【0036】
本発明の第4の実施態様による被覆された切削工具は、基材及び第3の実施態様による被覆から形成し、少なくとも1000℃、好ましくは少なくとも1100℃で、非酸化性雰囲気中で熱処理して被覆の複層構造体の微細構造を変化させる。熱処理後において、複層構造体は、A/C/B/C/A/C/B/C/A…の連続体を形成し、各層は個別層厚が1〜30nmである交互の層A及びB並びに層Aと層Bとの間に位置する中間層Cから成る。層Aは六方晶Zr
1−xAl
xN(式中、xは0.35〜0.90であり、好ましくはxは0.70〜0.90である)から成り、層Bは立方晶TiNから成る。好ましくは、Zr
1−xAl
xNは10nm未満、好ましくは5nm未満の平均粒幅を有するナノ結晶質である。層Cは交互の層A及びBのそれぞれからの1種又は複数種の金属元素を含み、交互の層A及びBとは組成及び構造が異なる。Zr
1−xAl
xN層における熱処理の間のZrN及びAlNの分離により、Zr及びTiに富む層CがTiN層とZr
1−xAl
xN層との間の当初の界面で生成し、Alに富む領域が当初のZrAlN層の中間で生成する。例えば、中間層Cは、Ti
1−yZr
yN(式中、y>0、好ましくは0<y<1)から成ることができる。層Cの好ましい厚さは熱処理及び被着させた独立層の厚さに左右される。層Cの形成を、層Aを犠牲にして実施する。好ましくは層Cの厚さは少なくとも3nmであるが、層Cは好ましくは層Bの個別の層厚さの50%と150%との間である厚さを有し、かつ層Aは好ましくは熱処理後において少なくとも3nmの厚さを有する。好ましくは、複数の副層に跨る柱状粒子は存在せず、せいぜい幾つかの粒子はZr
1−xAl
xN層を介してTiN−ZrAlN界面と交わって干渉するが、次の界面では干渉性は遮断される。
【実施例】
【0037】
〈例1−本発明−Zr
0.65Al
0.35N/TiN Λ=15nm〉
Zr
0.65Al
0.35N及びTiNの交互の層から成る被覆を、WC−Co 10wt−% Co超硬合金製の研磨されたCNMG 120408−MM基材上に、Oerlikon Balzers RCS装置を使用してカソードアーク被着により被着させ、被覆された切削工具を製作した。カソードとして働くZr
0.65Al
0.35ターゲット及びTiターゲットを、当該装置の真空チャンバーの両側に設置した。基材を真空チャンバー内に装填し、400℃でN
2(400sccm)及びAr(200sccm)流中で、1.7Paの圧力で、−40Vの基材バイアスで、基材を5rpmで回転させながら被着を実施して、上記ターゲットに交互に暴露し、断面TEMで測定してΛ=15nmの周期、すなわち7.5nmの個別層厚を有するZr
1−xAl
xN及びTiNの交互の層から成る複層構造体をもたらした。被覆の厚さは逃げ面側において2.2μmであった。被着させた被覆におけるZr及びAlの相対的な組成は本質的にターゲットと同一である。被着後、被覆された切削工具をAr雰囲気中で2時間、800℃と1100℃との間の定温でアニールした。
【0038】
〈例2−本発明−Zr
0.65Al
0.35N/TiN Λ=30nm〉
Zr
0.65Al
0.35N及びTiNの交互の層から成る被覆を、基材を2.5rpmで回転させたことを除いて例1に記載したようにカソードアーク被着により被着させてアニールして、Λ=30nmの周期、すなわち、15nmの個別層厚をもたらした。被覆の厚さは逃げ面側において2.6μmであった。
【0039】
〈例3−対照−Zr
0.65Al
0.35N/ZrN Λ=15nm〉
Zr
0.65Al
0.35N及びZrNの交互の層から成り、Λ=15nmの周期を有する被覆を、Tiターゲットの代わりにZrターゲットを用いたことを除いて例1に記載したようにカソードアーク被着により被着させてアニールした。被覆の厚さは約2〜3μmであった。
【0040】
〈例4−対照−Zr
0.65Al
0.35N/ZrN Λ=30nm〉
Zr
0.65Al
0.35N及びZrNの交互の層から成り、Λ=30nmの周期を有する被覆を、Tiターゲットの代わりにZrターゲットを用いたことを除いて例2に記載したようにカソードアーク被着により被着させてアニールした。被着時間は例2と同一であり、従って被覆の厚さはほぼ同一であった。
【0041】
〈例5−対照−Zr
0.65Al
0.35N単層〉
Zr
0.65Al
0.35Nの単層から成る被覆を、Zr
0.65Al
0.35ターゲットのみを使用し、回転なしであったことを除いて例1に記載したようにカソードアーク被着により被着させた。被着時間は例2と同一であり、従って被覆の厚さはほぼ同一であった。
【0042】
〈例1〜4の被覆の微細構造及び機械的特性〉
例1〜5で被着させかつアニールした膜の微細構造及び機械的特性を調査した。
【0043】
被着させかつアニールした膜の構造を、PANalytical Empyrean回折計を使用してX線回折により観察した。
【0044】
機械的に研磨しかつイオンミリングした断面サンプルを、明視野モードで、高解像度モードで、かつ制限視野(SAED)回折パターンでFEI Technai G2の透過を使用して、(走査型)透過電子顕微鏡法((S)TEM)により観察した。エネルギー分散X線分光(EDS)分析をSTEMモードで実施した。
【0045】
機械的特性は、Berkovich圧子を備えているUMIS 2000装置を使用してナノインデンテーションにより特性評価した。膜の研磨させて漸減させた(約5°)断面を作製し、各サンプルに40mNの荷重を使用して最小限の20個の刻み目を作製した。データは、Oliver and Pharr(W.C.Oliver,G.M.Pharr,J.Mater.Res.7(1992)1564)の方法により分析し、20個の測定値から平均値及び標準偏差を測定した。
【0046】
図1は、例2、3及び4の複層被覆、並びに例5の単層被覆のアニール温度に応じた硬度を示す。例5の被着させた単層Zr
0.65Al
0.35N被覆の硬度は23GPaであり、1000℃までのアニール温度で安定である。被着させた複層被覆については、最も短い周期の被覆について最大硬度30GPaが見られる。Zr
0.65Al
0.35N/ZrN被覆の両方を800℃でアニールすることで硬度が上昇するが、より高い温度でアニールした後には硬度は再び低くなる。Zr
0.65Al
0.35N/TiN(Λ=30nm)被覆の硬度は、900℃までのアニール温度で安定である。より高いアニール温度では、硬度は上昇し、1100℃でアニールした後には、Zr
0.65Al
0.35N/TiN(Λ=30nm)被覆の硬度は34GPaである。このように、TiN副層を含む複層被覆における硬化作用はより高く、1100℃程の高温において低減は見られない。
【0047】
被着させた複層Zr
0.65Al
0.35N/ZrN被覆のX線ディフラクトグラムは、立方晶ZrNからのブロードで非対称なピークを示した。アニールした複層Zr
0.65Al
0.35N/ZrN被覆のX線ディフラクトグラムは、より高い角度に移動したより狭いピークを示した。複層Zr
0.65Al
0.35N/ZrN被覆における立方晶ZrAlNからの全てのピークは立方晶ZrNからのピークと重なる。
【0048】
TEM観察は、Zr
1−xAl
xN層においてZrN及びAlNの分離が生じており、この分離がAlに富む層をZr
1−xAl
xN層の中間で、またZrに富む層を当初のZr
1−xAl
xN−ZrN界面でもたらしたことを示した。複層Zr
0.65Al
0.35N/ZrN被覆は少なくとも部分的にAlに富む層及びZrに富む層と交わって干渉しており、また複数の副層にわたって連続する大きな立方晶粒子が成長していた。TEM観察は更に、アニールした複層Zr
0.65Al
0.35N/ZrN被覆において六方晶相が存在しなかったこと、及び更にはZrN及びAlNの分離が生じていたことを示した。
【0049】
被着させた複層Zr
0.65Al
0.35N/TiN被覆は、立方晶TiN及び立方晶ZrAlNの両方からの回折ピークを示した。c−ZrAlN相からのピークはブロードであった。800℃でアニールした後には、両方の相からの回折ピークは狭くなり、立方晶TiNからのピークがより高い角度に移動した。1000℃でアニールすることで、立方晶ZrAlN相の回折ピークがより高い角度に移動した一方で、立方晶TiNピークについては変化が見られなかった。
【0050】
TEM観察は、被着させた複層Zr
0.65Al
0.35N/TiN被覆のTiN粒径がTiN層の厚さによって決定され、TiN粒子は、粒幅が約5nmのZr
1−xAl
xNを有するナノ結晶質Zr
1−xAl
xN層へのはっきりとした界面にわたって連続していなかったことを示した。少ない箇所において、立方晶格子はTiN−Zr
1−xAl
xN界面と干渉していた。SAEDは、立方晶TiN及び立方晶ZrN付近の格子間隔を有する立方晶相の存在を裏付けた。
【0051】
複層Zr
0.65Al
0.35N/TiN被覆を1100℃でアニールすることで、TiN粒子がよりはっきりとTEM像に現れ、TiN−ZrAlN界面がより拡散し、ZrAlN層内の構造が、副層間の当初の界面においてはZrに富む層へと、Zr
1−xAl
xN層の当初の中間においてはArに富む層へと変化した。アニールした複層Zr
0.65Al
0.35N/ZrN被覆とは対照的に、複数の副層にまたがる柱状粒子は存在せず、せいぜい幾つかの粒子がZr
1−xAl
xN層を介してTiN−Zr
1−xAl
xN界面と交わって干渉していたが、次の界面では干渉性は遮断されていた。副層間の当初の界面において、Ti及びZrに富む層が形成されていた。SAEDは、アニールした被覆においては2種の立方晶相c−TiN及びc−ZrNが存在し、六方晶相は存在しなかったことを示した。
【0052】
〈例6−本発明−Zr
0.65Al
0.35N/TiN〉
Zr
0.65Al
0.35N及びTiNの交互の層から成る被覆を、WC−Co 10wt−% Co超硬合金製のCNMG 120408−MM基材上に、基材を3重回転させたことを除いて例1に記載したようにカソードアーク被着により被着させた。被覆の厚さは、断面光学顕微鏡法により測定した場合に逃げ面側では2.2μmであり、すくい面側では1.7μmであった。
【0053】
〈例7−本発明−Zr
0.65Al
0.35N/TiN〉
Zr
0.65Al
0.35N及びTiNの交互の層から成る被覆を、WC−Co 10wt−% Co超硬合金製のCNMG 120408−MM基材上に、基材を3重回転させたことを除いて例2に記載したようにカソードアーク被着により被着させた。被覆の厚さは逃げ面側では2.6μmであり、すくい面側では1.9μmであった。
【0054】
〈例8−本発明−Zr
0.50Al
0.50N/TiN〉
Zr
0.50Al
0.50N及びTiNの交互の層から成る被覆を、Zr
0.65Al
0.35ターゲットの代わりにZr
0.50Al
0.50ターゲットを使用したことを除いて例7に記載したように被着させた。被覆の厚さは逃げ面側では1.5μmであり、すくい面側では1.0μmであった。
【0055】
〈例9−本発明−Zr
0.17Al
0.83N/TiN〉
Zr
0.17Al
0.83N及びTiNの交互の層から成る被覆を、Zr
0.65Al
0.35ターゲットの代わりにZr
0.17Al
0.83ターゲットを使用したことを除いて例7に記載したように被着させた。被覆の厚さは逃げ面側では1.7μmであり、すくい面側では0.9μmであった。
【0056】
〈例10−対照−Ti
33Al
77N〉
Ti
33Al
77Nから成る単層被覆を、Ti
33Al
77ターゲットのみを使用して10μbarの圧力かつ−100Vの基材バイアスで例6に記載したように被着させた。被覆の厚さは逃げ面側では4.79μmであり、すくい面側では3.2μmであった。
【0057】
〈例11−試験〉
例6〜10の被覆された切削工具を、クレータ摩耗に関し、継続的な長手方向の旋削試験において、軸受け鋼(Ovako 825B)で、切削深さ2mmで、切削速度160m/分で、供給速度0.3mm/revで、かつ冷却剤を使用して評価した。停止基準は0.8mm
2のクレータ領域であり、この基準に達するまでに要した切削時間を表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
種々の典型的な実施態様に関して本発明を説明してきたが、本発明は開示された典型的な実施態様に限定されるべきではなく、それどころか添付された特許請求の範囲の範囲内における種々の変更及び同等の配置に及ぶことが理解されるべきである。