(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記外輪の径方向において前記芯金よりも前記内輪側に位置し、かつ、前記シールリップ部と接続されている先端側部分と反対側に位置する前記屈曲部の一部分は、前記先端側部分に近づくにつれて厚みが連続的に薄くなっている部分を有している、請求項2または請求項4に記載の転がり軸受。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
たとえば自動車用のデファレンシャルやトランスミッションに用いられる円すいころ軸受、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、タンデム型アンギュラ玉軸受など、大きな荷重を支持する必要がある転がり軸受においては、転動疲労寿命の長寿命化とともに、耐圧痕性(転動体が軌道部材に押し付けられた場合の圧痕の形成されにくさ)が求められる。しかしながら、上記特許文献1〜3を含めて従来の熱処理による転動疲労寿命の長寿命化が図られた場合でも、耐圧痕性については不十分になるという問題があった。
【0007】
本発明は上述のような問題を解決するためになされたものであり、その目的は、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立することが可能な転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一の局面に従った転がり軸受は、第1転走面を有する外輪と、第2転走面を有し、第1転走面に第2転走面が対向するように配置された内輪と、第1転走面および第2転走面に転動接触面において接触し、円環状の軌道上に並べて配置された複数の転動体と、外輪と内輪とに挟まれた空間である軸受空間を閉じるように配置されたシール部材とを備えている。外輪
および内
輪の少なくとも1つは、0.90質量%以上1.05質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.01質量%以上0.50質量%以下のマンガンと、1.30質量%以上1.65質量%以下のクロムとを含有し、残部不純物からなる焼入硬化された鋼からなり、第1転走面
または第2転走
面である軸受接触面における窒素濃度が0.25質量%以上であり軸受接触面における残留オーステナイト量が6体積%以上12体積%以下である高強度軸受部品である。シール部材は、一方の端部が外輪に固定され、他方の端部であるシールリップ部が内輪の外周面に接触している。そして、シール部材は、シールリップ部に隣接する屈曲部を有している。屈曲部は、弾性変形可能に設けられている。内輪の外周面においてシールリップ部と接触している部分は、内輪の中心軸方向に沿って延びる平面である。
軸受接触面は、直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重3.18kN、最大接触面圧4.4GPaで押し付け、10秒間保持した後、除荷することにより圧痕を形成した場合の圧痕深さが0.4μm未満となる面である。
【0009】
本発明者は、世界各国で入手容易なJIS規格SUJ2相当材料(JIS規格SUJ2、ASTM規格52100、DIN規格100Cr6、GB規格GCr5もしくはGCr15、およびΓOCT規格ЩX15)を材料として採用することを前提に、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立するための方策について検討を行なった。その結果、以下のような知見を得て、本発明に想到した。
【0010】
上記成分組成を採用することにより、世界各国で入手容易な上記各国規格鋼を材料として使用することができる。そして、当該成分組成の鋼の使用を前提として、軸受接触面における窒素濃度が0.25質量%以上にまで高められ、かつ焼入硬化されることにより、転動疲労寿命を長寿命化することができる。ここで、残留オーステナイト量について特に調整を行なわない場合、軸受接触面における残留オーステナイト量は窒素量との関係から20〜40体積%程度となる。しかし、このように残留オーステナイト量が多い状態では、耐圧痕性が低下するという問題が生じる。そして、残留オーステナイト量を12体積%以下にまで低減することにより、耐圧痕性を向上させることができる。一方、残留オーステナイト量が6体積%未満にまで低下すると、転動疲労寿命、特に軸受内に硬質の異物が侵入する環境(異物混入環境)での転動疲労寿命が低下する。そのため、軸受接触面における残留オーステナイト量は6体積%以上とすることが好ましい。
【0011】
これに対し、本発明の転がり軸受を構成する高強度軸受部品は、世界各国で入手容易なJIS規格SUJ2相当材料を材料として採用しつつ、軸受接触面における窒素濃度が0.25質量%以上、残留オーステナイト量が6体積%以上12体積%以下とされている。
【0012】
さらに、転動疲労寿命、特に異物混入環境における転動疲労寿命を長寿命化するためには、異物の侵入を抑制する接触型のシール部材を配置することが有効である。
シール部材は、一方の端部が外輪に固定され、他方の端部であるシールリップ部が内輪の外周面に接触している。シール部材は、シールリップ部に隣接する屈曲部を有している。屈曲部は、弾性変形可能に設けられている。内輪の外周面においてシールリップ部と接触している部分は、内輪の中心軸方向に沿って延びる平面である。
【0013】
このように、本発明の転がり軸受は、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立する高強度軸受部品を構成部品として含むとともに、回転トルクの上昇を抑制しつつ転動疲労寿命をさらに向上させることが可能なシール部材を備えている。その結果、本発明の転がり軸受によれば、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立する転がり軸受を提供することができる。
【0014】
なお、耐圧痕性を一層向上させる観点から、軸受接触面における残留オーステナイト量を10%以下としてもよい。また、軸受接触面における窒素濃度が0.5質量%を超えると、鋼中に窒素を侵入させるためのコストが高くなるとともに、残留オーステナイト量を所望の範囲に調整することが難しくなる。そのため、軸受接触面における窒素濃度は0.5質量%以下とすることが好ましく、0.4質量%以下としてもよい。
【0015】
上記転がり軸受においては、
シール部材は、環状の形状を有する芯金と、芯金を取り囲むように配置された弾性部とを含む。弾性部が、シールリップ部および屈曲部を有していてもよい。
【0016】
本発明の他の局面に従った転がり軸受は、第1転走面を有する外輪と、第2転走面を有し、第1転走面に第2転走面が対向するように配置された内輪と、第1転走面および第2転走面に転動接触面において接触し、円環状の軌道上に並べて配置された複数の転動体と、外輪と内輪とに挟まれた空間である軸受空間を閉じるように配置されたシール部材とを備えている。外輪
および内
輪の少なくとも1つは、0.90質量%以上1.05質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.01質量%以上0.50質量%以下のマンガンと、1.30質量%以上1.65質量%以下のクロムとを含有し、残部不純物からなる焼入硬化された鋼からなり第1転走面
または第2転走
面である軸受接触面における窒素濃度が0.25質量%以上であり軸受接触面における残留オーステナイト量が6体積%以上12体積%以下である高強度軸受部品である。シール部材は、外輪に固定された一方の端部と、内輪の外周面に接触した他方の端部であるシールリップ部と、シールリップ部に隣接する屈曲部とを有している。屈曲部は、弾性部材で構成されている。内輪の外周面においてシールリップ部と接触している部分は、内輪の中心軸方向に沿って延びる平面である。
軸受接触面は、直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重3.18kN、最大接触面圧4.4GPaで押し付け、10秒間保持した後、除荷することにより圧痕を形成した場合の圧痕深さが0.4μm未満となる面である。
【0017】
上記転がり軸受においては、
シール部材は、環状の形状を有する芯金と、芯金を取り囲むように配置された弾性部材とを含む。一方の端部、シールリップ部、および屈曲部は、弾性部材により構成されていてもよい。
【0018】
上記転がり軸受においては、
外輪の径方向において芯金よりも内輪側に位置し、かつ、シールリップ部と接続されている先端側部分と反対側に位置する屈曲部の一部分は、先端側部分に近づくにつれて厚みが連続的に薄くなっている部分を有していてもよい。
【0019】
上記転がり軸受
において、屈曲部は、先端側部分と連続的に薄くなっている部分との間において、頂部を有している。中心軸方向において、頂部は、シールリップ部よりも転動体側に位置していてもよい。
【0021】
上記転がり軸受においては、
軸受接触面は、直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重3.18kN、最大接触面圧4.4GPaで押し付け、10秒間保持した後、除荷することにより圧痕を形成した場合の圧痕深さが0.4μm未満となる面であってもよい。
【発明の効果】
【0022】
以上の説明から明らかなように、本発明の転がり軸受によれば、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立することが可能な転がり軸受を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰り返さない。
【0025】
(実施の形態1)
以下、本発明の一実施の形態である実施の形態1について説明する。
図1および
図2を参照して、実施の形態1における転がり軸受である深溝玉軸受1は、軸受部品である第1軌道部材としての外輪11と、軸受部品である第2軌道部材としての内輪12と、軸受部品である複数の転動体としての玉13と、保持器14と、シール部材17とを備えている。外輪11には、円環状の第1転走面しての外輪転走面11Aが形成されている。内輪12には、外輪転走面11Aに対向する円環状の第2転走面としての内輪転走面12Aが形成されている。また、複数の玉13には、転動体転走面(転動接触面)としての玉転動面13A(玉13の表面)が形成されている。外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aは、これらの軸受部品の軸受接触面である。そして、当該玉13は、外輪転走面11Aおよび内輪転走面12Aの各々に玉転動面13Aにおいて接触し、円環状の保持器14により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。シール部材17は、外輪11と内輪12とに挟まれた空間である軸受空間を閉じるように配置され、軸受空間への異物の侵入を抑制している。以上の構成により、深溝玉軸受1の外輪11および内輪12は、互いに相対的に回転可能となっている。
【0026】
図2を参照して、軸受部品である外輪11、内輪12および玉13は、0.90質量%以上1.05質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.01質量%以上0.50質量%以下のマンガンと、1.30質量%以上1.65質量%以下のクロムとを含有し、残部不純物からなる焼入硬化された鋼からなっている。そして、軸受接触面としての外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aを含む領域には、内部11C,12C,13Cに比べて窒素濃度が高い窒素富化層11B,12B,13Bが、それぞれ形成されている。窒素富化層11B,12B,13Bの表面である軸受接触面としての外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aにおける窒素濃度は0.25質量%以上となっている。さらに、外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aにおける残留オーステナイト量は、6体積%以上12体積%以下となっている。
【0027】
本実施の形態における軸受部品である外輪11、内輪12および玉13は、上記JIS規格SUJ2相当鋼の成分組成を有する鋼からなることにより、その素材が世界各国にて入手容易となっている。そして、当該成分組成の鋼の使用を前提として、外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aにおける窒素濃度が0.25質量%以上にまで高められ、かつ焼入硬化されていることにより、転動疲労寿命が長寿命化されている。そして、残留オーステナイト量が12体積%以下にまで低減されることにより、耐圧痕性が向上するとともに、残留オーステナイト量が6体積%以上とされることにより、転動疲労寿命、特に異物混入環境での転動疲労寿命が適切なレベルに維持されている。その結果、外輪11、内輪12および玉13は、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立することが可能な高強度軸受部品となっている。
【0028】
また、
図2を参照して、シール部材17は、金属からなり、環状の形状を有する芯金16と、芯金16を取り囲むように配置された樹脂もしくはゴムからなる弾性部材である弾性部15とを含んでいる。このような構造により、シール部材17は、芯金16によって所望の剛性を維持しつつ、外輪11および内輪12に接触する弾性部15において弾性変形可能となっている。シール部材17は、外輪11の内周面に形成されたシール取付け溝11Eに外周部が嵌め込まれて固定される。そして、シール部材17の内周側端部であるシールリップ部17Aが、内輪12の外周面に接触している。
【0029】
このシールリップ部17Aは、摩耗し易いゴムなどの高摩耗材からなっている。そのため、
図2を参照して、外輪11に対して内輪12を相対的に回転させると、回転開始後すぐにシールリップ部17Aが摩耗して、
図3に示すように内輪12とシールリップ部17Aとが接触しない状態となる。その結果、シールリップ部17Aと内輪12の外周面とは微小隙間を挟んで対向する状態となる。これにより、回転トルクの上昇を抑制しつつ、軸受内部への異物の侵入が低減される。その結果、深溝玉軸受1の回転トルクの上昇が抑制されつつ、転動疲労寿命、特に異物混入環境における転動疲労寿命が長寿命化する。なお、上記ではシールリップ部17Aと内輪12の外周面とが非接触になる場合について説明したが、内輪12とシールリップ部17Aとの接触圧が実質的に零である状態と見なせる程度の軽接触となる程度に低下するものであってもよい。
【0030】
以上のように、本実施の形態における深溝玉軸受1は、材料の入手の容易性を確保しつつ、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立することが可能な高強度軸受部品である外輪11、内輪12および玉13を備えるとともに、回転トルクの上昇を抑制しつつ、軸受内部への異物の侵入を低減するシール部材17を備えている。その結果、本実施の形態における深溝玉軸受1は、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立した転がり軸受となっている。
【0031】
なお、上記実施の形態においては、外輪11、内輪12および玉13のすべてが上記高強度軸受部品からなっている場合について説明したが、外輪11、内輪12および玉13のうち、少なくともいずれか1つが上記高強度軸受部品であることにより、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立することができる。
【0032】
また、耐圧痕性は、特に軌道輪において問題となるため、外輪11および内輪12のいずれか一方、好ましくは両方が上記高強度軸受部品であることが好ましい。さらに、転動体はころであってもよいが、回転トルク低減の観点からは、上記実施の形態のように、ころが採用されている箇所に対して、ころに代えて玉が採用されることが好ましい。転動体が玉である玉軸受が採用されることにより、ころ軸受に比べて軸受の静定格荷重が著しく低下するため、特に軌道輪の耐圧痕性が問題となるが、軌道輪(外輪11、内輪12)が上記高強度軸受部品であることにより、耐圧痕性を十分なレベルに維持しつつ回転トルクを低減することができる。
【0033】
なお、上記外輪11、内輪12および玉13においては、軸受接触面である外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aの硬度は60.0HRC以上であることが好ましい。これにより、転動疲労寿命および耐圧痕性を一層向上させることができる。
【0034】
また、上記外輪11、内輪12および玉13においては、外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aの硬度は64.0HRC以下であることが好ましい。これにより、外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aにおける残留オーステナイト量を12体積%以下の範囲に調整することが容易となる。
【0035】
次に、本実施の形態における軸受部品および転がり軸受の製造方法について説明する。
図4を参照して、まず、工程(S10)として鋼材準備工程が実施される。この工程(S10)では、JIS規格SUJ2、ASTM規格52100、DIN規格100Cr6、GB規格GCr5もしくはGCr15、およびΓOCT規格ЩX15などのJIS規格SUJ2相当鋼からなる鋼材が準備される。具体的には、たとえば上記成分組成を有する棒鋼や鋼線などが準備される。
【0036】
次に、工程(S20)として成形工程が実施される。この工程(S20)では、たとえば工程(S10)において準備された棒鋼や鋼線などに対して鍛造、旋削などの加工が実施されることにより、
図1〜
図3に示される外輪11、内輪12、玉13などの形状に成形された成形部材が作製される。
【0037】
次に、工程(S30)として浸炭窒化工程が実施される。この工程(S30)では、工程(S20)において作製された成形部材が浸炭窒化処理される。この浸炭窒化処理は、たとえば以下のように実施することができる。まず、上記成形部材が780℃以上820℃以下程度の温度域で、30分間以上90分間以下の時間予熱される。次に、予熱された成形部材が、エンリッチガスとしてのプロパンガスやブタンガスが添加されることによりカーボンポテンシャルが調整されたRXガスなどの吸熱型ガスに、さらにアンモニアガスが導入された雰囲気中において加熱されて浸炭窒化処理される。浸炭窒化処理の温度は、たとえば820℃以上880℃以下とすることができる。また、浸炭窒化処理の時間は、成形部材に形成すべき窒素富化層の窒素濃度に合わせて設定することができ、たとえば3時間以上9時間以下とすることができる。これにより、成形部材の脱炭を抑制しつつ窒素富化層を形成することができる。
【0038】
次に、工程(S40)として焼入工程が実施される。この工程(S40)では、工程(S30)において浸炭窒化処理されることにより窒素富化層が形成された成形部材が、所定の焼入温度から急冷されることにより焼入処理される。この焼入温度は、860℃以下とされることにより、後続の焼戻工程における炭素の固溶量と析出量とのバランス、および残留オーステナイト量の調整が容易となる。また、焼入温度が820℃以上とされることにより、後続の焼戻工程における炭素の固溶量と析出量とのバランス、および残留オーステナイト量の調整が容易となる。焼入処理は、たとえば所定の温度に保持された冷却材としての焼入油中に成形部材を浸漬することにより実施することができる。
【0039】
次に、工程(S50)として焼戻工程が実施される。この工程(S50)では、工程(S40)において焼入処理された成形部材が焼戻処理される。具体的には、たとえば210℃以上300℃以下の温度域に加熱された雰囲気中において成形部材が0.5時間以上3時間以下の時間保持されることにより、焼戻処理が実施される。
【0040】
次に、工程(S60)として仕上げ加工工程が実施される。この工程(S60)では、工程(S50)において焼戻処理された成形部材を加工することにより他の部品と接触する面である軸受接触面が、すなわち深溝玉軸受1の外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aが形成される。仕上げ加工としては、たとえば研削加工を実施することができる。以上の工程により、本実施の形態における軸受部品である外輪11、内輪12、玉13などが完成する。
【0041】
さらに、工程(S70)として組立工程が実施される。この工程(S70)では、工程(S10)〜(S60)において作製された外輪11、内輪12、玉13と、別途準備された保持器14、高摩耗材からなるシールリップ部17Aを含むシール部材17などとが組合わされて、上記実施の形態における深溝玉軸受1が組立てられる。これにより、本実施の形態における転がり軸受の製造方法が完了する。
【0042】
ここで、上記工程(S30)では、後続の工程(S60)における仕上げ加工によって軸受接触面である深溝玉軸受1の外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aの窒素濃度が0.25質量%以上となるように成形部材が浸炭窒化処理される。つまり、工程(S60)での取り代などを考慮して、軸受接触面完成後における表面の窒素濃度を0.25質量%以上とすることが可能なように窒素量を調整した窒素富化層11B,12B,13Bが形成される。
【0043】
さらに、上記工程(S50)では、後続の工程(S60)における仕上げ加工によって軸受接触面である深溝玉軸受1の外輪転走面11A、内輪転走面12Aおよび玉転動面13Aの残留オーステナイト量が6体積%以上12体積%以下となるように成形部材が焼戻処理される。つまり、工程(S60)での取り代などを考慮して、軸受接触面完成後における表面の残留オーステナイト量を6体積%以上12体積%以下とすることが可能なように、焼戻処理によって残留オーステナイト量が調整される。これにより、上記本実施の形態における軸受部品を製造することができる。
【0044】
また、工程(S50)では、成形部材が240℃以上300℃以下の温度域にて焼戻処理されることが好ましい。これにより、焼入処理によって素地に固溶した炭素が適切な割合で炭化物として析出する。その結果、固溶強化と析出強化との適切なバランスが達成され、軸受部品である外輪11、内輪12、玉13の耐圧痕性が向上する。
【0045】
(実施の形態2)
次に、上記実施の形態1における転がり軸受の用途の一例について説明する。
図5を参照して、マニュアルトランスミッション100は、常時噛合い式のマニュアルトランスミッションであって、入力シャフト111と、出力シャフト112と、カウンターシャフト113と、ギア(歯車)114a〜114kと、ハウジング115とを備えている。
【0046】
入力シャフト111は、深溝玉軸受1によりハウジング115に対して回転可能に支持されている。この入力シャフト111の外周にはギア114aが形成され、内周にはギア114bが形成されている。
【0047】
一方、出力シャフト112は、一方側(図中右側)において深溝玉軸受1によりハウジング115に回転可能に支持されているとともに、他方側(図中左側)において転がり軸受120Aにより入力シャフト111に回転可能に支持されている。この出力シャフト112には、ギア114c〜114gが取り付けられている。
【0048】
ギア114cおよびギア114dはそれぞれ同一部材の外周と内周に形成されている。ギア114cおよびギア114dが形成される部材は、転がり軸受120Bにより出力シャフト112に対して回転可能に支持されている。ギア114eは、出力シャフト112と一体に回転するように、かつ出力シャフト112の軸方向にスライド可能なように、出力シャフト112に取り付けられている。
【0049】
また、ギア114fおよびギア114gの各々は同一部材の外周に形成されている。ギア114fおよびギア114gが形成されている部材は、出力シャフト112と一体に回転するように、かつ出力シャフト112の軸方向にスライド可能なように、出力シャフト112に取り付けられている。ギア114fおよびギア114gが形成されている部材が図中左側にスライドした場合には、ギア114fはギア114bと噛合い可能であり、図中右側にスライドした場合にはギア114gとギア114dとが噛合い可能である。
【0050】
カウンターシャフト113には、ギア114h〜114kが形成されている。カウンターシャフト113とハウジング115との間には、2つのスラストニードルころ軸受2が配置され、これによってカウンターシャフト113の軸方向の荷重(スラスト荷重)が支持されている。ギア114hは、ギア114aと常時噛合っており、かつギア114iはギア114cと常時噛合っている。また、ギア114jは、ギア114eが図中左側にスライドした場合に、ギア114eと噛合い可能である。さらに、ギア114kは、ギア114eが図中右側にスライドした場合に、ギア114eと噛合い可能である。
【0051】
次に、マニュアルトランスミッション100の変速動作について説明する。マニュアルトランスミッション100においては、入力シャフト111に形成されたギア114aと、カウンターシャフト113に形成されたギア114hとの噛み合わせによって、入力シャフト111の回転がカウンターシャフト113へ伝達される。そして、カウンターシャフト113に形成されたギア114i〜114kと出力シャフト112に取り付けられたギア114c、114eとの噛み合わせ等によって、カウンターシャフト113の回転が出力シャフト112へ伝達される。これにより、入力シャフト111の回転が出力シャフト112へ伝達される。
【0052】
入力シャフト111の回転が出力シャフト112へ伝達される際には、入力シャフト111およびカウンターシャフト113の間で噛合うギアと、カウンターシャフト113および出力シャフト112の間で噛合うギアとを変えることによって、入力シャフト111の回転速度に対して出力シャフト112の回転速度を段階的に変化させることができる。また、カウンターシャフト113を介さずに入力シャフト111のギア114bと出力シャフト112のギア114fとを直接噛合わせることによって、入力シャフト111の回転を出力シャフト112へ直接伝達することもできる。
【0053】
以下に、マニュアルトランスミッション100の変速動作をより具体的に説明する。ギア114fがギア114bと噛合わず、ギア114gがギア114dと噛合わず、かつギア114eがギア114jと噛合う場合には、入力シャフト111の駆動力は、ギア114a、ギア114h、ギア114jおよびギア114eを介して出力シャフト112に伝達される。これが、たとえば第1速とされる。
【0054】
ギア114gがギア114dと噛合い、ギア114eがギア114jと噛合わない場合には、入力シャフト111の駆動力は、ギア114a、ギア114h、ギア114i、ギア114c、ギア114dおよびギア114gを介して出力シャフト112に伝達される。これが、たとえば第2速とされる。
【0055】
ギア114fがギア114bと噛合い、ギア114eがギア114jと噛合わない場合には、入力シャフト111はギア114bおよびギア114fとの噛合いにより出力シャフト112に直結され、入力シャフト111の駆動力は直接出力シャフト112に伝達される。これが、たとえば第3速とされる。
【0056】
上述のように、マニュアルトランスミッション100は、回転部材としての入力シャフト111および出力シャフト112をこれに隣接して配置されるハウジング115に対して回転可能に支持するために、深溝玉軸受1を備えている。このように、上記実施の形態1における深溝玉軸受1は、マニュアルトランスミッション100内において使用することができる。そして、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立することが可能な深溝玉軸受1は、転動体と軌道部材との間に高い面圧が付与されるマニュアルトランスミッション100内での使用に好適である。
【0057】
(実施の形態3)
次に、上記実施の形態1における転がり軸受の用途の他の一例について説明する。
図6および
図7を参照して、デファレンシャル200は、デフケース201と、ピニオンギア202aおよび202bと、サンギア203と、ピニオンキャリア204と、アーマチュア205と、パイロットクラッチ206と、電磁石207と、ロータークラッチ(デフケース)208と、カム209を備えている。
【0058】
デフケース201の内周に設けられた内歯201aと4つのピニオンギア202aの各々とが互いに噛みあっており、4つのピニオンギア202aの各々と4つのピニオンギア202bの各々とが互いに噛み合っており、4つのピニオンギア202bの各々とサンギア203とが互いに噛み合っている。サンギア203は第1の駆動軸としての左駆動軸220の端部に接続されており、これによりサンギア203と左駆動軸220とは一体となって自転することができる。また、ピニオンギア202aの回転軸202cの各々と、ピニオンギア202bの回転軸202dとの各々が、ともにピニオンキャリア204によって自転可能に保持されている。ピニオンキャリア204は第2の駆動軸としての右駆動軸221の端部に接続されており、これによりピニオンキャリア204と右駆動軸221とは一体となって自転することができる。
【0059】
また、電磁石207、パイロットクラッチ206、ロータークラッチ(デフケース)208、アーマチュア205、およびカム209によって電磁クラッチが構成されている。
【0060】
デフケース201の外歯201bは図示しないリングギアの歯車と噛み合っており、デフケース201はリングギアからの動力を受けて自転する。左駆動軸220および右駆動軸221の間に差動がない場合には、ピニオンギア202aおよび202bは自転せず、デフケース201、ピニオンキャリア204、およびサンギア203の3つの部材が一体となって回転する。つまり、リングギアから左駆動軸220へは、矢印Bで示されるように動力が伝達され、リングギアから右駆動軸221へは、矢印Aで示されるように動力が伝達される。
【0061】
一方、左駆動軸220および右駆動軸221のうちいずれか一方、たとえば左駆動軸220に抵抗が加わる場合には、左駆動軸220と接続したサンギア203に抵抗が加わり、ピニオンギア202aおよび202bの各々が自転する。そして、ピニオンギア202aおよび202bの回転によってピニオンキャリア204の自転が速められ、左駆動軸220と右駆動軸221との間に差動が発生する。
【0062】
また、電磁クラッチは、左駆動軸220と右駆動軸221との間に一定以上の差動が生じると通電し、電磁石207によって磁界が発生される。パイロットクラッチ206およびアーマチュア205は、磁気誘導作用により電磁石207に引き付けられて摩擦トルクを発生する。摩擦トルクはカム209によりスラスト方向に変換される。そして、スラスト方向に変換された摩擦トルクにより、ピニオンキャリア204を介してメーンクラッチがデフケース208に押し付けられ、これにより差動制限トルクが発生する。スラストニードルころ軸受2はカム209で生じたスラスト方向の反力を受け、この反力をデフケース208に伝達する。その結果、摩擦トルクに比例したカム209による倍のスラスト力が発生される。このように、電磁石207は、パイロットクラッチ206のみを制御し、そのトルクを倍力機構により増幅することができ、また任意に摩擦トルクをコントロールすることができる。
【0063】
ここで、デフケース208とデフケース208の外周側に配置される部材との間には、実施の形態1における深溝玉軸受1が配置されている。このように、上記実施の形態1における深溝玉軸受1は、デファレンシャル200内において使用することができる。そして、耐圧痕性と転動疲労寿命とを高いレベルで両立することが可能な深溝玉軸受1は、転動体と軌道部材との間に高い面圧が付与されるデファレンシャル200内での使用に好適である。
【実施例1】
【0064】
軸受部品の特性に及ぼす熱処理条件等の影響を調査する実験を行なった。まず、JIS規格SUJ2からなる平板を準備し、800℃で1時間予熱した後、RXガスにアンモニアガスを添加した雰囲気中において850℃に加熱し、4時間保持することにより浸炭窒化処理した。その後、浸炭窒化処理における加熱温度である850℃から、そのまま上記平板を焼入油中に浸漬することにより焼入硬化させた。さらに、当該平板に対して種々の温度で焼戻処理を施した。得られた平板に対して直径19.05mmのSUJ2製標準転がり軸受用鋼球を荷重3.18kN(最大接触面圧4.4GPa)で押し付け、10秒間保持した後、除荷した。そして、この鋼球の押し付けによって平板に形成された圧痕の深さを測定することにより、耐圧痕性を調査した。また、同じ試験片について、ロックウェル硬度計にて表面硬度を測定した。耐圧痕性の調査結果を
図8に、硬度の測定結果を
図9に示す。
【0065】
図8および
図9を参照して、焼戻温度が高くなるにつれて表面硬度が低下する一方で、圧痕深さは極小値を有している。具体的には、焼戻温度を240℃以上300℃以下とすることにより、圧痕深さが0.2μm以下となっている。このことから、耐圧痕性を向上させる観点からは、焼戻温度は240℃以上300℃以下とすることが好ましいといえる。
【0066】
ここで、上記焼戻温度の最適値は、以下のようにして決定されているものと考えられる。焼入処理を行なうと、鋼の素地には炭素が固溶した状態となる。一方、焼戻処理を行なうと、素地中に固溶した炭素の一部が炭化物(たとえばFe
3C)として析出する。このとき、焼戻処理の温度が高くなるほど鋼の降伏強度に対する固溶強化の寄与が低下するとともに、析出強化の寄与が大きくなる。そして、240℃以上300℃以下の温度域で焼戻処理を実施することにより、これらの強化機構のバランスが最適となり、降伏強度が極大値をとるため、耐圧痕性が特に高くなる。
【0067】
また、上記圧痕深さの測定の場合と同様に圧痕を押し付けることによる鋼の変形に基づいて測定される表面硬度が単調減少するにもかかわらず、耐圧痕性が極大値をとる理由は以下の通りであると考えられる。
【0068】
図10は、上記平板に対する熱処理において浸炭窒化処理のみ省略した処理を施した引張試験片(JIS Z2201 4号試験片)の各焼戻温度における真応力と真ひずみとの関係を示す図である。
図10は、n乗硬化弾塑性体でモデル化した真応力−真ひずみ線図である。σ
Y降伏応力を境目に次式の通り特性が異なる。
【0069】
【数1】
【0070】
ここで、σは真応力、Eはヤング率、εは真ひずみ、Kは塑性係数、nは加工硬化指数、σ
Yは降伏応力である。ただし、ヤング率Eは共振法で実測し、加工効果指数nおよび組成係数Kは、引っ張り試験により実測した。そして、これらを上記2式に代入し、交点をσ
Yとした。
【0071】
ここで、圧痕深さの測定における真ひずみの水準は、
図10における領域αに相当するのに対し、硬度測定における真ひずみの水準は、
図10における領域β以上に相当する。そして、
図11を参照して、圧痕深さの測定領域に対応する領域αにおける降伏点を確認すると、焼戻温度が240℃〜300℃の範囲において降伏点が高くなっており、これよりも低温の場合、降伏点が低下している。一方、
図10を参照して、表面硬度の測定領域に対応する領域βでは、同じひずみ量を与えようとすると、焼戻温度が低くなるにつれて、より大きな応力が必要となることが分かる。このような現象に起因して、焼戻温度が180℃〜220℃の場合に比べて硬度が低下するにもかかわらず、焼戻温度を240℃〜300℃とすることにより、耐圧痕性が向上するものと考えられる。
【0072】
また、焼戻温度のほか、表面窒素濃度および焼入温度を変化させた条件で熱処理した試験片について、表面の残留オーステナイト量、圧痕深さ、寿命、リング圧砕強度、経年変化率を調査した。
【0073】
ここで、圧痕深さは、上記の場合と同様に測定した。圧痕深さが0.2μm未満の場合をB、0.2〜0.4μmの場合をC、0.4μm以上の場合をDと評価した。寿命は、圧痕深さの測定の場合と同様の条件にて軌道面に圧痕を形成した後、清浄油潤滑のもとで油膜パラメータが0.5となる条件で、軸受がトランスミッションに使用される場合の荷重条件を模擬して実施した。そして、焼入温度850℃、焼戻温度240℃、表面窒素量0.4質量%の試験片の寿命を基準(B)として、基準寿命よりも長い場合をA、短い場合をC、著しく短い場合をDと評価した。リング圧砕強度は、外径60mm、内径45mm、幅15のリングを作製し、これを径方向に平板にて圧縮し亀裂が発生した荷重を調査することにより評価した。亀裂発生時の荷重が5000kgf以上の場合をA、3500〜5000kgfの場合をB、3500kgf未満の場合をDと評価した。また、経年変化率は、試験片を230℃で2時間保持し、当該熱処理前からの外径寸法変化量を測定することにより評価した。変化量が10.0×10
5以下の場合をA、10.0×10
5〜30.0×10
5の場合をB、30.0×10
5〜90.0×10
5の場合をC、90.0×10
5以上の場合をDと評価した。試験結果を表1に示す。
【0074】
【表1】
【0075】
表1を参照して、表面窒素濃度が0.25〜0.5質量%、焼入温度が820〜860℃、焼戻温度が240〜300℃の条件をすべて満たす試験片において、上記全ての項目において優れた評価が得られている。
【0076】
なお、上記実施の形態においては、本発明の軸受部品を含む転がり軸受の一例として深溝玉軸受について説明したが、本発明の転がり軸受はこれに限られず、円すいころ軸受、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、タンデム型アンギュラ玉軸受など、種々の形式の転がり軸受に本発明の軸受部品を適用可能である。また、本発明の転がり軸受の用途として、トランスミッションおよびデファレンシャルを例示したが、本発明の転がり軸受の用途はこれに限られず、種々の機械に適用可能であり、高い荷重が負荷されることにより耐圧痕性が求められる用途に特に好適である。
【0077】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。