特許第6162364号(P6162364)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6162364
(24)【登録日】2017年6月23日
(45)【発行日】2017年7月12日
(54)【発明の名称】高剛性球状黒鉛鋳鉄
(51)【国際特許分類】
   C22C 37/04 20060101AFI20170703BHJP
【FI】
   C22C37/04 Z
【請求項の数】2
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-38160(P2012-38160)
(22)【出願日】2012年2月24日
(65)【公開番号】特開2013-173969(P2013-173969A)
(43)【公開日】2013年9月5日
【審査請求日】2014年10月17日
【審判番号】不服2016-2245(P2016-2245/J1)
【審判請求日】2016年2月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100113022
【弁理士】
【氏名又は名称】赤尾 謙一郎
(72)【発明者】
【氏名】飛田 知行
(72)【発明者】
【氏名】神林 忠昭
【合議体】
【審判長】 鈴木 正紀
【審判官】 結城 佐織
【審判官】 板谷 一弘
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−96041(JP,A)
【文献】 特開2002−266047(JP,A)
【文献】 特開2000−17372(JP,A)
【文献】 特開2001−220640(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00-37/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:2.0%以上2.7%未満又は3.0%を超えて3.6%未満、Si:1.5〜3.0%、Mn:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Mg:0.02〜0.07%を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなり、CおよびSiの含有量から式(1):CE=C(%)+Si(%)/3で計算される炭素当量(CE値)が、C:2.0%以上2.7%未満の第1の範囲でCE:2.8〜3.2%、かつC:3.0%を超えて3.6%未満の第2の範囲でCE:3.6〜4.2%であり、かつヤング率が170GPa以上であり、
黒鉛連鎖組織の面積率が50%以下で、
破断伸びA(%)、引張り強度B(MPa)としたとき、式(2):0.09×B+A>65を満たす高剛性球状黒鉛鋳鉄。
【請求項2】
さらに、P:0.028〜0.041%を含有する請求項1に記載の高剛性球状黒鉛鋳鉄。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、球状黒鉛鋳鉄に関し、例えば車両用部品として、特にナックル、サスペンションアーム、ブレーキキャリパー等の足廻り部品、クランクシャフト、カムシャフト、ピストンリング等のエンジン部品に好適に適用される高剛性球状黒鉛鋳鉄に関する。
【背景技術】
【0002】
燃費向上及び環境対応を図るべく、車両用部品の軽量化の要求が高まっており、これら部品に用いられる材料の高剛性化が求められている。車両用部品には各種材料が使用されているが、鋳鉄は低コストで形状自由度に優れており、特に球状黒鉛鋳鉄は片状黒鉛鋳鉄よりも高い強度を有することから車両用部品に多用されている。しかしながら、一般に車両用部品に用いられている共晶組成の球状黒鉛鋳鉄は、ヤング率が165GPa程度であり、高強度化してもヤング率が変わらないため、軽量化のために部品の肉厚を減少させると剛性が保てなくなり、振動特性や騒音特性が低下する。このため、高剛性が求められる車両用部品には、鋳鉄よりもヤング率が高い鋳鋼が使用されている。しかし、鋳鋼は鋳鉄よりも鋳込み温度が高く、湯流れ性も良くないことから、複雑な形状や薄肉の製品への適用が難しい。また、鋳鋼は鋳鉄よりも引け巣が発生しやすく、引け巣防止のために鋳造方案に大きな押し湯を設ける必要があり、製造コストが高くなる。そこで、車両用部品の軽量化を図るため、球状黒鉛鋳鉄の高剛性化が求められている。
【0003】
球状黒鉛鋳鉄を高剛性化するためにはヤング率を高めることが必要であるが、ヤング率は金属組織中の黒鉛の形状と晶出量に影響され、黒鉛の形状が球状であり、晶出量が少ないほどヤング率は高くなる。また、球状黒鉛鋳鉄において球状化が十分に行われている場合、ヤング率に影響を与える主要因は黒鉛晶出量であるため、黒鉛晶出量に影響を与える溶湯成分中のC含有量、Si含有量および炭素当量(CE値)を低下させることで、黒鉛晶出量を抑制し、ヤング率を高めて高剛性化することが行われている。
このような技術として、質量%でC:1.5〜3.0%、Si:1.0〜5.5%の亜共晶球状黒鉛鋳鉄とし、炭素含有量を少なくすることで、ヤング率を高めて高剛性化を図る技術が提案されている(特許文献1)。また、球状黒鉛鋳鉄のCE値を3.4〜4.0%とし、共晶組成のCE値(4.3%)よりも低下させることでヤング率を高めて高剛性化を図る技術が提案されている(特許文献2)。さらに、球状黒鉛鋳鉄のC:2.7〜3.0質量%、CE値を3.6〜3.9%とし、黒鉛球状化率を80%以上とした技術が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−3134号公報
【特許文献2】特開2000−17372号公報
【特許文献3】特開平8−295978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、球状黒鉛鋳鉄のC含有量やCE値が共晶組成の値(CE値:4.3%、CE=C(%)+Si(%)/3)よりも低くなると亜共晶組成となるが、この組成では凝固時の初晶がオーステナイトとなるため、オーステナイトがデンドライト状に晶出し、その後に晶出する球状黒鉛が直線状に連鎖しやすい。そして、この球状黒鉛の直線状の連鎖組織(黒鉛連鎖組織)が広範囲に及ぶと、機械特性に悪影響を与える。特に、黒鉛連鎖組織は引張破断の起点となって引張り強度や伸びが著しく低下する。
しかしながら、従来、球状黒鉛鋳鉄の黒鉛連鎖組織についての検討が十分になされているとはいえない。例えば、特許文献3に記載されているC含有量が2.7%以上3.0%以下の組成では黒鉛連鎖組織が著しく増加する(本願明細書の表1の比較例3〜6参照)。そして、このように球状黒鉛鋳鉄のCE値を共晶組成の値より低くして球状黒鉛鋳鉄を高剛性化すると、黒鉛連鎖組織によって引張り強度や伸びが低下するので、これら引張り強度や伸び等の機械特性が要求される車両用部品に適用した場合に安定した機械特性が得られないという問題があった。
【0006】
本発明は、上記問題を解決するものであり、炭素当量(CE値)を低下させてヤング率を高めることで球状黒鉛鋳鉄の高剛性化を実現した高剛性球状黒鉛鋳鉄を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を行った結果、炭素当量(CE値)を低下させてヤング率を高めることで球状黒鉛鋳鉄の高剛性化を実現できることを見出した。なお、更に黒鉛連鎖組織の面積率を50%以下に管理した場合には、引張り強度と伸びを共に向上させ、安定した機械特性機械特性が得られる。
すなわち、本発明の高剛性球状黒鉛鋳鉄は、質量%で、C:2.0%以上2.7%未満又は3.0%を超えて3.6%未満、Si:1.5〜3.0%、Mn:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Mg:0.02〜0.07%を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなり、CおよびSiの含有量から式(1):CE=C(%)+Si(%)/3で計算される炭素当量(CE値)が、C:2.0%以上2.7%未満の第1の範囲でCE:2.8〜3.2%、かつC:3.0%を超えて3.6%未満の第2の範囲でCE:3.6〜4.2%であり、かつヤング率が170GPa以上であり、黒鉛連鎖組織の面積率が50%以下で、破断伸びA(%)、引張り強度B(MPa)としたとき、式(2):0.09×B+A>65を満たす
このように、Cの含有量及びCE値の範囲を規定することで、黒鉛連鎖組織が少なくなり、ヤング率が170GPa以上の高剛性球状黒鉛鋳鉄が得られる。
黒鉛連鎖組織の面積率が50%以下であると引張り強度と伸びを共に向上させ、安定した機械特性機械特性が得られる。
式(2):0.09×B+A>65を満たすと、黒鉛連鎖組織の面積率が50%以下となって引張り強度と伸びが共に向上する。
【0008】
さらに、P:0.028〜0.041%を含有することが好ましい。


【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、炭素当量(CE値)を低下させてヤング率を高めることで剛性の高い球状黒鉛鋳鉄が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例を作成するためのキャビティ形状のベータセット鋳型を示す上面図である。
図2】引張試験片の破断面のマイクロスコープ像を示す図である。
図3図2の黒鉛連鎖組織を明確にした模式図である。
図4】実施例および比較例の引張強度と伸びの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明において%とは、特に断らない限り、質量%を示すものとする。
本発明の実施形態に係る高剛性球状黒鉛鋳鉄は、質量%で、C:2.0%以上2.7%未満又は3.0%を超えて3.6%未満、Si:1.5〜3.0%、Mn:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Mg:0.02〜0.07%を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなり、CおよびSiの含有量から式(1):CE=C(%)+Si(%)/3で計算される炭素当量(CE)が、C:2.0%以上2.7%未満の第1の範囲でCE:2.8〜3.2%、かつC:3.0%を超えて3.6%未満の第2の範囲でCE:3.6〜4.2%であり、かつヤング率が170GPa以上である。
【0012】
<組成>
C(炭素)は、黒鉛組織となる元素であり、球状黒鉛鋳鉄の高剛性化を図りヤング率を高めるためには、C含有量を共晶組成より低下させて黒鉛の晶出量を抑制する必要がある。しかしながら、C含有量が2.0%未満になると、凝固開始温度が高くなり、黒鉛の晶出も難しくなるため鋳造性が悪化し、例えば複雑な形状や薄肉形状の部品で湯流れ不良が発生し、厚肉の製品では引け巣が発生しやすくなる。一方、C含有量が3.6%以上になると黒鉛の晶出量が多くなり、ヤング率が小さくなる。さらに、C含有量が2.7%以上3.0%以下の範囲では黒鉛連鎖組織が著しく増加する。従って、C含有量を2.0%以上2.7%未満(以下、適宜「第1の範囲」という)又は3.0%を超えて3.6%未満(以下、適宜「第2の範囲」という)とする。
【0013】
Siは、黒鉛の晶出を促進させる元素である。Si含有量が1.5%未満であると黒鉛が晶出しにくくなり、遊離セメンタイト(チル)が発生して加工性を著しく低下させる。一方、Si含有量が3.0%を超えるとフェライトが脆化し、機械特性の衝撃値が低下する。このため、Si含有量を1.5%〜3.0%とする。
Mnは、パーライト組織の安定化元素であり、Mn含有量が高くなると基地組織のパーライト率が高くなり、引張り強度は上昇する。この効果は含有量が1.0%を超えると飽和するため、Mn含有量を1.0%以下とする。
Cuは、パーライト組織の安定化元素であり、Cu含有量が高くなると基地組織のパーライト率が高くなり、引張り強度は上昇する。この効果は含有量が1.0%を超えると飽和するため、Cu含有量を1.0%以下とする。
なお、Mn及びCuの含有量が少なくなると、引張り強度の向上効果は少なくなるが、延性が向上する。従って、引張り強度をある程度向上させつつ、延性を向上させるための下限は、Mn:0%を超えて0.3%以下、Cu:0%を超えて0.3%以下であることが好ましい。なお、製品の肉厚により、同じMn及びCuの添加量でもパーライト率が変わるので、製品の肉厚に応じてMn及びCuの添加量の下限は、上記した範囲で変化する。
Mgは、黒鉛の球状化に影響する元素であり、残留Mg量が黒鉛の球状化を判断する指標となる。Mgの残留量が0.02%未満であると黒鉛球状化率が低下し、ヤング率も低くなる。一方、残留Mg量が0.07%を超えると、引け巣やチルが発生しやすくなることがある。このため、Mg含有量を0.02〜0.07%とする。
【0014】
なお、高強度を重視した車両用部品に適用する場合は、従来の球状黒鉛鋳鉄と同様に、パーライト化元素のMnやCuを上記範囲で上限側(例えばそれぞれ1.0%)に増量して、基地組織のパーライト化により高強度を有した高剛性球状黒鉛鋳鉄を実現することができる。また、延性を重視した車両用部品に適用する場合は、パーライト化元素のMnやCuの添加量を上記した下限値内に抑えることで高延性を有した高剛性球状黒鉛鋳鉄を実現できる。パーライト化元素としては、Mn、Cu以外の元素、例えばSn等を用いることもできる。
【0015】
本発明の高剛性球状黒鉛鋳鉄は亜共晶組成としているため、共晶組成の球状黒鉛鋳鉄と比べてチルが発生しやすい。そこで、チルの発生を抑えるため、鋳造時にフェロシリコン等の接種剤を添加することが好ましい。接種方法は、製品形状や製品肉厚等により取鍋接種や注湯流接種、鋳型内接種を選択することができる。接種剤は、一般的に市販されている、Siを含むフェロシリコン接種剤を用いることができる。上記接種剤としては、チルの抑制、球状黒鉛の微細化に効果のあるBi、Ba、Ca、RE(レアアース)等を含むものを用いることもできる。
また、本発明の高剛性球状黒鉛鋳鉄に接種剤を添加すると、鋳造後に熱処理を施さなくてもチルの発生がなく、十分な機械特性を得ることができる。従って、鋳造後に熱処理を要する共晶組成の球状黒鉛鋳鉄と比較して生産性や製造コストも低減することができる。
【0016】
<CE値>
上述のように、共晶組成よりもC含有量及びCE値を低下させると、凝固時に初晶がオーステナイトとなり、この初晶オーステナイトはC含有量及びCE値が低下するほど増加する。このため、その後に晶出する黒鉛連鎖組織もC含有量及びCE値が低下するほど広範囲に生じる。そして、黒鉛連鎖組織が一定の割合を超えると引張破断の起点となり、材料本来の引張り強度になる前に破断が起こり、引張り強度や伸びが著しく低下し、かつ安定した材料特性が得られない。
具体的には、CE値を共晶組成(約4.3%)から低下させていくと、CE: 3.2%を超え3.8%未満で黒鉛連鎖組織が引張試験片の破断面に認められる。
そして、CE:3.2〜2.9%の範囲では引張試験片の破断面に黒鉛連鎖組織が認められなくなる。これは、CE:3.2〜2.9%の範囲においては、CE値の低下とともに初晶オーステナイトが増加するが、一方で球状黒鉛の晶出量も減少して球状黒鉛の密度が減り、黒鉛連鎖組織が生じなくなると考えられる。
さらに、CEが2.9%未満になると再び黒鉛連鎖組織が発生する。これは、球状黒鉛の密度の低下よりも、初晶オーステナイトの晶出量の増加による黒鉛連鎖組織形成の影響が大きくなることによると推測する。
【0017】
黒鉛連鎖組織の面積率が50%を超えると、材料本来の引張り強度や伸びに達する前に、黒鉛連鎖組織を起点とした破断が起こり、引張り強度や伸びが著しく低下する。
そのため、黒鉛連鎖組織の面積率を50%以下として引張り強度と伸びへの影響を無くすため、CE値の範囲を、第1の範囲にてCE:2.8〜3.2%とし、第2の範囲にて3.6〜4.2%とする。
以上のように、Cの含有量及びCE値の範囲を規定することで、ヤング率が170GPa以上の高剛性球状黒鉛鋳鉄が得られる。ヤング率が高いほど軽量化を行いやすいことから、ヤング率が175GPa以上であるとより好ましい。
又、黒鉛連鎖組織が出現しない範囲であるCE:2.9〜3.2%及びCE:3.8〜4.2%の範囲で鋳造することが望ましい。特に、CE:2.9〜3.2%とすると、黒鉛連鎖組織が出現せず、かつヤング率が180GPa以上となるので望ましい。
【0018】
なお、上述のように黒鉛連鎖組織の面積率が50%を超えると、材料本来の引張り強度や伸びに達する前に、黒鉛連鎖組織を起点とした破断が起こり、引張り強度や伸びが著しく低下する。ここで、図4に示すように、引張り強度が高くなると伸び(破断伸び)が低下する傾向にあり、両者を両立するためには、図4の右下がりの直線Lより上側の領域Rに引張り強度と破断伸びの値を管理することが好ましい。直線Lの関係式の導出については後述するが、領域Rは、破断伸びA(%)、引張り強度B(MPa)としたとき、式(2):0.09×B+A>65を満たす領域である。
このように、黒鉛連鎖組織の面積率を50%以下に抑制すると、引張り強度と伸びを領域R(式(2))の範囲に管理することができ、引張り強度と伸びが共に向上して安定した機械特性が得られる。
特に、B×0.09+A>68を満足する場合には、黒鉛連鎖組織の面積率が0(ゼロ)%となり、引張強度と伸びのバランスが最も優れるのでより好ましい。
【0019】
なお、本発明において黒鉛連鎖組織の面積率を50%以下とした場合、上述のように引張強度と伸びのバランスに優れ、高剛性でかつ安定した機械的性質を有するため、車両用部品の軽量化に好適である。従って、例えば、ナックル、サスペンションアーム、ブレーキキャリパー等の足廻り部品や、クランクシャフト、カムシャフト、ピストンリング等のエンジン部品等に本発明を好ましく用いることができる。特に、これらの車両用部品の中でも、高速回転するエンジン部品やタイヤ近傍の部品に適用すると、軽量化だけでなく、振動特性や騒音特性も向上することができる。
【実施例1】
【0020】
高周波電気炉を用いてFeーSiーMg系溶湯を溶解し、さらに球状化剤(Fe−45%Si−5%Mg)を重量%で1.0%程度添加して球状化処理を施し、次いで接種としてフェロシリコン接種剤(Fe−75%Si)を重量%で0.2%程度添加し、表1に示す組成とした。
この溶湯を、図1に示すキャビティ形状のベータセット鋳型10に注湯し、常温まで鋳型内冷却した後、鋳型内より鋳造品を取り出した。注湯温度は1400℃とした。ベータセット鋳型10のキャビティ形状は、車両用部品のナックルの肉厚を想定し、断面の直径が25mm程度の丸棒3を複数本設置した形状としている。なお、図1の符号1は湯口を示し、符号2は押湯を示す。
【0021】
得られた鋳造品につき、以下の評価を行った。
引張り強度と破断伸び:鋳造品の丸棒3を切断し、旋盤加工によりJIS Z 2241 に準拠した引張試験片を作製し、アムスラー万能試験機を用いてJIS Z 2241 に準拠して引張試験を行い、引張り強度と破断伸びを測定した。
ヤング率:鋳造品の丸棒3から一辺10mmの立方体を切り出し、アルキメデス法で密度を測定した後、超音波パルス法で縦波音速と横波音速を測定し、これら値からヤング率を算出した。超音波パルス法の測定装置には、菱電湘南エレクトロニクス社製の「デジタル超音波探傷器UI-25」(製品名)を用い、振動子としては栄進化学社製の縦波及び横波用振動子を用いた。
黒鉛連鎖組織の面積率:上記した引張試験後の引張試験片の破断面をマイクロスコープで観察し、破断面の全面積に占める黒鉛連鎖組織の面積率を算出した。マイクロスコープにはハイロックス社製KH-7700を用い、20〜160倍ズームレンズ(同社型番:MX-2016Z)で撮影した。マイクロスコープの2D(2次元)計測機能で、黒鉛連鎖組織の面積を破断面全体の面積で除することで算出しました。黒鉛連鎖組織とそれ以外の組織との境界は、断面(視野)を拡大し、黒鉛組織の連鎖部を目視で確認しながら指定した。
図2に引張り試験片の破断面のマイクロスコープ像を示す。破断面の黒色部分は、球状黒鉛が直線状に連鎖した黒鉛連鎖組織である。図3は、図2の黒鉛連鎖組織を明確にした模式図を示し、破断面4内に黒鉛連鎖組織5が存在している。
【0022】
回転曲げ疲労試験:引張り強度と伸びとの関係を評価するため、一部の実施例及び比較例につき、回転曲げ疲労試験を行った。試験片は、鋳造品の丸棒3からJIS Z 2274の1号試験片を切り出したものを用いた。回転曲げ疲労試験は小野式回転曲げ疲労試験機(東京衝機製造所の型番:ORB-10B)により実施した。試験条件は、回転速度:3000rpm、試験サイクル数:107回とし、曲げ応力をFCD600材(球状黒鉛鋳鉄品、JISG5502に規定)の疲労強度に相当する約270MPa(272.8〜273.3MPa)とし、試験後の試験片に亀裂が生じるか、破断したものを不合格とした。又、1つの試験片につき試験数を8回とし、そのうちの合格回数と、不合格回数を求めた。不合格回数が1回以下であれば、機械的特性が安定しているとみなすことができる。
【0023】
【表1】
【0024】
表1から明らかなように、C:2.0%以上2.7%未満でCE:2.8〜3.2%、又はC:3.0%を超えて3.6%未満でCE:3.6〜4.2%を満たす各実施例の場合、黒鉛連鎖組織の面積率が50%以下であり、ヤング率が170GPa以上に向上した。
又、実施例3、6の場合、回転曲げ疲労試験による不合格回数が0回であり、実施例4の場合、回転曲げ疲労試験による不合格回数が1回であり、共に良好であった。なお、実施例4の場合、回転曲げ疲労試験による不合格品に微小な亀裂が認められた。
特に、実施例1〜4に比べてCE値が低い(CE:2.9〜3.2%)実施例5〜8の場合、ヤング率が180GPa以上に向上した。
【0025】
一方、CEが4.2%を超えた比較例1、2の場合、黒鉛連鎖組織は生じなかったが、ヤング率が170GPa未満に低下し、高い剛性が得られなかった。
Cが2.7%以上で3.0%以下の比較例3〜6の場合、CEが3.2%を超えて3.6%未満の値となって黒鉛連鎖組織の面積率が50%を超え、代表例である比較例5,6において回転曲げ疲労試験による不合格回数が1回を超え、機械的特性が不安定となった。なお、比較例5,6の回転曲げ疲労試験による不合格品は、いずれも破断しており、黒鉛連鎖組織が疲労破壊の起点となると考えられる。
【0026】
図4は、各実施例及び比較例の引張強度と伸びの関係を示し、●が実施例であり、▲が比較例である。ここで、各実施例1〜8及び比較例1,2は回転曲げ疲労試験による不合格回数が1回以下である。なお、比較例1,2はヤング率が170GPa未満であるので、図4の算出から除外した。
直線L(式(2))の導出は次のように行った。まず、回転曲げ疲労試験の評価が良好な各実施例1〜8の値を通る直線の傾きを最小二乗法を用いて求め、傾き:−0.09を得た。次に、この傾きの直線が各実施例1〜8及び比較例1,2の値をそれぞれ通る場合に、最も図4の左下に位置するときのy切片(=65)を求めた。これにより、式(2):0.09×B+A>65を得た。
図4より、黒鉛連鎖組織の面積率が50%を超え、回転曲げ疲労試験の評価が劣る比較例3〜6の場合、式(2):0.09×B+A>65を満たさず、引張強度と伸びのバランスに劣ることがわかった。つまり、引張強度と伸びを共に向上させるには、黒鉛連鎖組織の面積率を50%以下に管理することが好ましい。
特に、黒鉛連鎖組織の面積率が0%である実施例3,6の場合、回転曲げ疲労試験による不合格回数が0回と最も優れており、CE:2.9〜3.2%及びCE:3.8〜4.2%の範囲とすることがより望ましい。なお、上記した傾きが−0.09の直線が、黒鉛連鎖組織の面積率が0%でない実施例4,8よりも図4の上側に位置するためのy切片は68となり、B×0.09+A>68を満足すると、黒鉛連鎖組織の面積率が0%となり、引張強度と伸びのバランスが最も優れるのでより好ましい。
【符号の説明】
【0027】
4 引張試験片の破断面
5 黒鉛連鎖組織
図1
図2
図3
図4