特許第6162604号(P6162604)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6162604層流による多能性維持単一分散細胞培養法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6162604
(24)【登録日】2017年6月23日
(45)【発行日】2017年7月12日
(54)【発明の名称】層流による多能性維持単一分散細胞培養法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20170703BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20170703BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20170703BHJP
【FI】
   C12N5/10
   C12N5/0735
   C12N15/00 AZNA
【請求項の数】13
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2013-539726(P2013-539726)
(86)(22)【出願日】2012年10月22日
(86)【国際出願番号】JP2012077273
(87)【国際公開番号】WO2013058403
(87)【国際公開日】20130425
【審査請求日】2015年10月22日
(31)【優先権主張番号】特願2011-232097(P2011-232097)
(32)【優先日】2011年10月21日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100549
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 嘉之
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(72)【発明者】
【氏名】小寺 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】巽 和也
(72)【発明者】
【氏名】横川 隆司
(72)【発明者】
【氏名】多田 高
(72)【発明者】
【氏名】長田 翔伍
(72)【発明者】
【氏名】興津 輝
(72)【発明者】
【氏名】小此木 孝仁
(72)【発明者】
【氏名】野田 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】中西 直之
(72)【発明者】
【氏名】松村 拓
(72)【発明者】
【氏名】大隅 孝志
【審査官】 川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 Yi-Chin Toh et al.,FASEB J,2011年 4月,25(4),1208-1217
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS
(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト多能性細胞を単一分散させて培養する方法であって、単一分散させたヒト多能性細胞を層流条件下で培養する、方法。
【請求項2】
ヒト多能性細胞をマトリゲル上で培養する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
胚性幹細胞維持培地を層流で流す、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記胚性幹細胞維持培地が、線維芽細胞の培養上清を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
ヒト多能性細胞を断面が直径1mm以下の円である円筒形容器内で培養する、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
ヒト多能性細胞を幅0.1mm〜1mm、高さ0.1mm〜1mm、長さ5〜40mmの容器内で培養する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記層流が50μl/分以下の流速である、請求項1から6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記層流が1nl/分以上50μl/分以下の流速である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記層流が50nl/分以上5μl/分以下の流速である、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記層流が細胞表面において8×10-3Pa以下の微小剪断応力を生じさせる流速である、請求項1から9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記層流が細胞表面において8×10-5Pa以上の微小剪断応力を生じさせる流速である、請求項1から10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記ヒト多能性細胞がヒト胚性幹細胞またはヒト人工多能性幹細胞である、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記層流をペリスタルティック方式のポンプで起こす、請求項1から1のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性細胞の単一分散細胞培養法に関する。より具体的には、本発明は、ヒト胚性幹細胞(hESCs)またはヒト人工多能性幹細胞(hiPSCs)の単一分散細胞培養法に関する。
【背景技術】
【0002】
近い将来に再生医療への利用が見込まれているhESCs(非特許文献1)およびhiPSCs(非特許文献2)は、通常の維持培養条件において細胞−細胞間接着を破壊し単一細胞へ分散した場合、ミオシンの過剰活性化による細胞の小疱形成後にアポトーシスを介した細胞死を引き起こす。このカスパーゼ依存的な細胞死は、E-カドヘリンが介在する細胞接着由来のシグナル伝達によるRhoの抑制およびRacの活性により抑制されている(非特許文献3)。このように、細胞−細胞間相互作用を介した細胞外シグナル伝達は、hiPSCsおよびhESCsの単一分散細胞培養において重要な役割を果たす。そこで、hESCおよびhiPSCは、クローン化を行うために単一分散細胞培養を行う際は、抗アポトーシス剤であるROCK阻害剤(Y-27632)およびMyosin阻害剤(Blebbistatin)が用いられている。
【0003】
近年、脊椎動物の胚内で繊毛により発生する液体の流れが胚の非対称分化に関与していることが報告され(非特許文献4)、細胞に対する外部刺激への応答が細胞の運命の決定に関与していることが明らかとなっている。さらに、細胞表面のヘパリン硫酸プロテオグリカンへの刺激を介した剪断応力がマウスES細胞の自己複製に関与していることも報告されている(非特許文献5)。しかしながら、hESCsおよびhiPSCsは、マウスES細胞とは異なりエピブラスト幹細胞と言われており、このため、サイトカインへの応答等において異なる反応を示すことなどその性質の違いが報告されている(非特許文献6)。従って、hESCsおよびhiPSCsの剪断応力に対する応答は現時点では予想ができない。以上より、剪断応力を利用したhESCsおよびhiPSCsの単一分散培養によるクローン化方法については、現在のところ不明である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Thomson, J. A. et al. Science, 1998, 282:1145-1147
【非特許文献2】Takahashi K and Yamanaka S. Cell. 2006, 126:663-676
【非特許文献3】Ohgushi M, st al. Cell Stem Cell. 2010, 7:225-239
【非特許文献4】Burdine RD and Schier AF. Genes Dev. 2000, 14:763-776
【非特許文献5】Toh YC and Voldman J. FASEB J. 201, 25:1208-1217
【非特許文献6】Tesar PJ. st al. Nature. 2007, 448:196-199
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、抗アポトーシス剤の添加によらない、新規のhESCsおよびhiPSCsの単一分散培養によるクローン化方法を提供することにある。より具体的には、剪断応力を利用したhESCsおよびhiPSCsの単一分散培養によるクローン化方法を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、hESCsおよびhiPSCsの培養において層流条件を採用することにより、hESCsおよびhiPSCsの単一分散培養によるクローン化が可能になることを初めて見出した。本発明はそのような知見を基にして完成されたものである。
【0007】
すなわち、本発明は:
(1)多能性細胞を単一分散させて培養する方法であって、単一分散させた細胞を層流条件下で培養する、方法、
(2)細胞をマトリゲル上で培養する、(1)に記載の方法、
(3)胚性幹細胞維持培地を層流で流す、(1)または(2)に記載の方法、
(4)前記胚性幹細胞維持培地が、線維芽細胞の培養上清を含む、(3)に記載の方法、
(5)細胞を断面が直径1mm以下の円である円筒形容器内で培養する、(1)から(4)のいずれか1項に記載の方法、
(6)細胞を幅0.1mm〜1mm、高さ0.1mm〜1mm、長さ5〜40mmの容器内で培養する、(5)に記載の方法、
(7)細胞を幅0.5mm、高さ0.5mm、長さ20mmの容器内で培養する、(6)に記載の方法、
(8)前記層流が50μl/分以下の流速である、(1)から(7)のいずれか1項に記載の方法、
(9)前記層流が1nl/分以上50μl/分以下の流速である、(8)に記載の方法
(10)前記層流が50nl/分以上5μl/分以下の流速である、(8)に記載の方法、
(11)前記層流が細胞表面において8×10-3Pa以下の微小剪断応力を生じさせる流速である、(1)から(10)のいずれか1項に記載の方法、
(12)前記層流が細胞表面において8×10-5Pa以上の微小剪断応力を生じさせる流速である、(1)から(11)のいずれか1項に記載の方法。
(13)前記多能性細胞がヒト多能性細胞である、(1)から(12)のいずれか1項に記載の方法、
(14)前記多能性細胞が胚性幹細胞または人工多能性幹細胞である、(13)に記載の方法、および
(15)前記層流をペリスタルティック方式のポンプで起こす、請求項(1)から(14)のいずれか1項に記載の方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の培養法は、多能性細胞を単一分散状態で培養し、そのクローン細胞を得ることを可能にするものである。したがって、本発明により、再生医療に適用されるiPSCsの品質管理、遺伝子操作の効率化、クローニングの効率化などが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】マイクロ流体デバイスの一態様を示す図。
図2】マイクロ流体チップの構築を示す図。
図3】マイクロ流体チップの拡大図(a)、およびマイクロ流体チップにおける流体の流れを示す図(b、c)。矢印は、培地フローの方向を示す。bはチャネル部分の断面図、cはペリスタポンプ5によってリザーバー6から培地を吸い上げてチャネル1に培地を流し、さらにチャネル1からリザーバー6へと培地をかん流させるという流れを示している。
図4】マイクロ流体デバイス内でのヒト人工多能性幹細胞(hiPSCs)の生存を示す図。(a)培地のナノ流体フローの有無での培養条件下におけるhiPSCsのコロニー形態を示す(写真)。(b)ナノ流体フロー条件と静止条件におけるhiPSCsの生存率の比較を示す。(c)免疫組織化学によるナノ流体フロー条件下で生存したhiPSCs内での多能性マーカータンパク質の発現を示す(写真)。(d)RT-PCRによる多能性マーカー遺伝子の発現を示す(写真)。
図5】ナノ流体フロー条件下でのhiPSCs(ヒト人工多能性幹細胞)に対する剪断応力の評価を示す。(a)マイクロ流体デバイスのチャネルで培養されたhiPSCsの代表的な共焦点切片を示す(写真)。φ:直径、H:高さ。(b)チャネル底に接着したhiPSCsに対する剪断応力分布のシミュレーションを示す。細胞境界を白色点線により強調している。灰色矢印は、500nl/分での流体フローの方向を示す。(c)チャネル底に接着したhiPSCsの周囲における速度ベクトルおよび大きさのシミュレーションを示す。(d)培地のマイクロ流体フローではなく、ナノ流体フローでのhiPSCsの生存を示す(写真)。hiPSCsは播種の24時間後に培養底から剥がれるが、ナノ流体フロー条件下において正常な細胞形態で生存することができる。
図6】各流速に対するhiPSCsの生存率を示す。生存率は1日目のNanog陽性の生細胞数に対する3日目の同細胞数の割合である。生存率は、それぞれn=4の平均値を示す。それぞれのエラーバーは標準偏差を用いた。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<多能性細胞>
本発明において使用される「多能性細胞」は、複数の種類の細胞に分化する能力を有する細胞を意味する。例えば、多能性細胞は、胚性幹細胞(ESCs)、精子幹細胞(GSCs)、胚性生殖細胞(EGCs)、人工多能性幹細胞(iPSCs)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)および体性幹細胞を含むがこれらに限定されない。多能性細胞は、種々の生物に由来するものであってよい。好ましくは、ヒトを含む哺乳類動物由来の多能性細胞であり、より好ましくは、マウス由来の多能性細胞や霊長類由来の多能性細胞である。特に好ましくは、ヒト由来の多能性細胞である。
【0011】
(A) 胚性幹細胞
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。ES細胞は、受精卵の8細胞期、桑実胚後の胚である胚盤胞の内部細胞塊に由来する胚由来の幹細胞であり、成体を構成するあらゆる細胞に分化する能力、いわゆる分化多能性と、自己複製による増殖能とを有している。ES細胞は、マウスで1981年に発見され (M.J. Evans and M.H. Kaufman(1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された (J.A. Thomson et al. (1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al. (1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al. (1996), Biol.Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall (1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。
【0012】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848; Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147; H. Suemori et al. (2006),Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
【0013】
ES細胞作製のための培養液として、例えば0.1mM 2-メルカプトエタノール、0.1mM 非必須アミノ酸、2mM L-グルタミン酸、20% KSRおよび4ng/ml bFGFを補充したDMEM/F-12培養液を使用し、37℃、2% CO2/98% 空気の湿潤雰囲気下でヒトES細胞を維持することができる(O. Fumitaka et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:215-224)。また、ES細胞は、3〜4日おきに継代する必要があり、このとき、継代は、例えば1mM CaCl2および20% KSRを含有するPBS中の0.25% トリプシンおよび0.1mg/mlコラゲナーゼIVを用いて行うことができる。
【0014】
ES細胞の選択は、一般に、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanogなどの遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。特に、ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECADなどの遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる(E.Kroon et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26:443-452)。
【0015】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2およびKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0016】
(B) 精子幹細胞
精子幹細胞は、精巣由来の多能性幹細胞であり、精子形成のための起源となる細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えばマウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(M. Kanatsu-Shinohara et al. (2003) Biol. Reprod., 69:612-616; K. Shinohara et al. (2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、精子幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊),41〜46頁,羊土社(東京、日本))。
【0017】
(C) 胚性生殖細胞
胚性生殖細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞であり、LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立しうる(Y. Matsui et al. (1992), Cell, 70:841-847;J.L. Resnick et al. (1992), Nature, 359:550-551)。
【0018】
(D) 人工多能性幹細胞
人工多能性幹(iPS)細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);国際公開WO 2007/069666)。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNAまたはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-coding RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO 2010/111409、WO 2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D,et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al. (2010), Nature. 463:1096-100、MaliP, et al. (2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al. (2011), Nature. 474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
【0019】
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool (Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327およびPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、BioおよびCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294 等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBlおよびG9aに対するsiRNAおよびshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤またはALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453およびA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNAおよびshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295およびmir-302などのmiRNA、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2およびプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
【0020】
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTATおよびポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよい。一方、DNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO 2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
【0021】
また、RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入しても良く、分解を抑制するため、5-メチルシチジンおよびpseudouridine (TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いても良い(Warren L, (2010) Cell Stem Cell. 7:618-630)。
【0022】
iPS細胞誘導のための培養液としては、例えば、10〜15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12又はDME培養液(これらの培養液にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)または市販の培養液[例えば、マウスES細胞培養用培養液(TX-WES培養液、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培養液(霊長類ES/iPS細胞用培養液、リプロセル社)、無血清培地(mTeSR、Stemcell Technology社)]などが含まれる。
【0023】
培養法の例としては、たとえば、37℃、5%CO2存在下にて、10%FBS含有DMEM又はDMEM/F12培養液上で体細胞と初期化因子とを接触させ約4〜7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上にまきなおし、体細胞と初期化因子の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培養液で培養し、該接触から約30〜約45日又はそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。
【0024】
あるいは、37℃、5% CO2存在下にて、フィーダー細胞(たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等)上で10%FBS含有DMEM培養液(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25〜約30日又はそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。望ましくは、フィーダー細胞の代わりに、初期化される体細胞そのものを用いる(Takahashi K, et al. (2009), PLoS One. 4:e8067またはWO2010/137746)、もしくは細胞外基質(例えば、Laminin-5(WO2009/123349)およびマトリゲル(BD社))を用いる方法が例示される。
【0025】
この他にも、血清を含有しない培地を用いて培養する方法も例示される(Sun N, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:15720-15725)。さらに、樹立効率を上げるため、低酸素条件(0.1%以上、15%以下の酸素濃度)によりiPS細胞を樹立しても良い(Yoshida Y, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:237-241またはWO2010/013845)。
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培養液と培養液交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm2あたり約5×103〜約5×106細胞の範囲である。
【0026】
iPS細胞は、形成したコロニーの形状により選択することが可能である。一方、体細胞が初期化された場合に発現する遺伝子(例えば、Oct3/4、Nanog)と連動して発現する薬剤耐性遺伝子をマーカー遺伝子として導入した場合は、対応する薬剤を含む培養液(選択培養液)で培養を行うことにより樹立したiPS細胞を選択することができる。また、マーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、iPS細胞を選択することができる。
【0027】
本明細書中で使用する「体細胞」なる用語は、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞または分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)をいう。体細胞には、非限定的に、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0028】
また、iPS細胞を移植用細胞の材料として用いる場合、拒絶反応が起こらないという観点から、移植先の個体のHLA遺伝子型が同一もしくは実質的に同一である体細胞を用いることが望ましい。ここで、「実質的に同一」とは、移植した細胞に対して免疫抑制剤により免疫反応が抑制できる程度にHLA遺伝子型が一致していることであり、例えば、HLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座あるいはHLA-Cを加えた4遺伝子座が一致するHLA型を有する体細胞である。
【0029】
(E) 核移植により得られたクローン胚由来のES細胞
nt ES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している (T. Wakayama et al. (2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al. (2005), Biol. Reprod., 72:932-936; J. Byrne et al.(2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がnt ES(nuclear transfer ES)細胞である。nt ES細胞の作製のためには、核移植技術(J.B. Cibelli et al. (1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008),実験医学,26巻,5号(増刊), 47〜52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0030】
(F) Multilineage-differentiating Stress Enduring cells(Muse細胞)
Muse細胞は、WO2011/007900に記載された方法にて製造された多能性幹細胞であり、詳細には、線維芽細胞または骨髄間質細胞を長時間トリプシン処理、好ましくは8時間または16時間トリプシン処理した後、浮遊培養することで得られる多能性を有した細胞であり、SSEA-3およびCD105が陽性である。
【0031】
<単一分散細胞培養法>
本発明において使用される「単一分散細胞培養法」は、分散された単一の細胞を培養して増殖させる方法を意味し、カドヘリンを介して2個以上の細胞が接合されていない単離された細胞を増殖し、クローン化する行為を含む。細胞を分散させるためには、力学的な方法を用いても良く、または薬剤を用いてもよい。このとき使用する薬剤としては、プロテアーゼ活性を有する酵素もしくはEDTAを含有する試薬が例示される。例えばトリプシン/EDTA、Accutase(TM)およびAccumax(TM)が挙げられるがこれらに限定されない。
【0032】
本発明において、多能性細胞の単一分散細胞培養は、層流条件下で行われる方法を提供する。層流は細胞培養容器に接着した多能性細胞に対して培地を流動させることによって実施され得る。当該条件での培養により増殖した細胞は多能性を維持していることが望ましい。本発明において多能性の維持とは、細胞における多能性マーカーを発現し続けていることで確認できる。多能性マーカーとは、特に限定されないが、例えば、Oct3/4、Nanogが挙げられる。
【0033】
本発明における「層流」は、流体の流線が壁面と平行であることを意味し、乱流ではない流れ場を意味する。好ましくは、層流は、壁に近づくほど流速は小さくなり、一定以上壁面から離れることで流速が均一となる流れ場である。従って、本発明において、層流の流速とは、壁面から一定以上離れた均一な流速を意味する。
【0034】
層流の流速は、例えば細胞表面から10μm以上離れた点において測定された流速である。本発明における層流の流速は、例えば、50μl/分以下、40μl/分以下、30μl/分以下、25μl/分以下、20μl/分以下、10μl/分以下、5μl/分以下、3μl/分以下、2.5μl/分以下、2μl/分以下、1μl/分以下、900nl/分以下、800nl/分以下、700nl/分以下、650nl/分以下、600nl/分以下、500nl/分以下、400nl/分以下、300nl/分以下、200nl/分以下、100nl/分以下、50nl/分以下、25nl/分以下、1nl/分以下であるがこれらに限定されない。好ましくは、5μl/分以下の流速である。より好ましくは、細胞表面から10μm以上離れた点において3μl/分以下、2.5μl/分以下の流速である。さらに好ましくは、2μl/分以下である。また、さらに好ましくは、1μl/分以下である。また、さらに好ましくは、層流の流速は、細胞表面から10μm以上離れた点において650nl/分以下、600nl/分以下である。いっそう好ましくは、細胞表面から10μm以上離れた点において500nl/分またはその近傍域の流速である。層流の流速はまた、例えば、1nl/分以上、25nl/分以上、50nl/分以上、100nl/分以上、120nl/分以上、150nl/分以上、200nl/分以上、300nl/分以上、400nl/分以上、450nl/分以上、500nl/分以上、600nl/分以上、700nl/分以上、800nl/分以上、900nl/分以上、1μl/分以上、10μl/分以上、20μl/分以上、25μl/分以上、30μl/分以上、40μl/分以上、45μl/分以上、50μl/分以上であるがこれらに限定されない。好ましくは、50nl/分以上である。より好ましくは、100nl/分以上である。さらに好ましくは、120nl/分以上である。いっそう好ましくは、150nl/分以上である。また、いっそう好ましくは、300nl/分以上、450nl/分以上である。
【0035】
層流により細胞表面に剪断応力が生じる。本発明における層流の流速によって生じる剪断応力は、例えば、8×10-3Pa以下、5×10-3Pa以下、4×10-3Pa以下、3×10-3Pa以下、2×10-3Pa以下、1×10-3Pa以下、9×10-4Pa以下、8.5×10-4Pa以下、1×10-4Pa以下、1×10-5Pa以下、1×10-6Pa以下、1×10-7Pa以下、1×10-8Pa以下であるがこれらに限定されない。好ましくは、8×10-3Pa以下である。より好ましくは、5×10-3Pa以下の微小剪断応力を生じさせる速さであり、また、より好ましくは4×10-3Pa以下である。さらに好ましくは、3×10-3Pa以下である。また、さらに好ましくは、2×10-3Pa以下、1×10-3Pa以下、9×10-4Pa以下、8.5×10-4Pa以下である。層流の流速によって生じる剪断応力はまた、例えば、1×10-8Pa以上、1×10-7Pa以上、1×10-6Pa以上、1×10-5Pa以上、8×10-5Pa以上、1×10-4Pa以上、1.5×10-4Pa以上、2×10-4Pa以上、2.4×10-4Pa以上、4×10-4Pa以上、4.5×10-4Pa以上、7×10-4Pa以上、7.5×10-4Pa以上であるがこれらに限定されない。好ましくは、8×10-5Pa以上である。より好ましくは1.5×10-4Pa以上である。さらに好ましくは、2×10-4Pa以上であり、また、さらに好ましくは、2.4×10-4Pa以上である。また、さらに好ましくは、4×10-4Pa以上、4.5×10-4Pa以上、7.5×10-4Pa以上である。
【0036】
本発明において多能性の維持のために使用される培地は、胚性幹細胞の多能性を維持するために一般に用いられている胚性幹細胞維持培地であれば何でもよい。このような培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地としてこれに所望の物質を添加することで調製することができる。基礎培地としては、例えばIMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Doulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、およびこれらの混合培地などが包含される。添加する物質としては、例えば、血清、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(ES細胞培養時のFBSの血清代替物)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3'-チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、bFGF、LIF、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類から選択される物質を1つ以上含んでもよい。胚性幹細胞維持培地はまた、線維芽細胞、STO細胞等のフィーダー細胞の培養上清からなる馴化培地であっても良い。
【0037】
本発明において、単一分散細胞培養は、培地に層流を起こすことができる送液装置と組み合わされた細胞培養容器を用いて行うことができる。好ましくは、培養容器は、コーティング処理されており、コーティング剤としては、例えば、マトリゲル(BD)、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、マトリゲルである。
【0038】
培地に層流を起こすことができる機器は、当業者に周知の輸液ポンプであればよく、例えば、ペリスタルティック方式(ぜん動方式)による輸液ポンプが挙げられる。
細胞培養容器は、多能性細胞の単一分散細胞培養を可能にする大きさを有していれば、特に大きさや形状は限定されないが、層流を安定的に流す目的により、密閉系の流路(チャネル)内に培地を送液し細胞を培養する細胞培養容器であっても良い。この時、当該流路の断面の形状は特に限定されないが、三角形、四角形、五角形等の多角形または円形であっても良い。好ましくは、成形の行いやすさから4角形である。また、チャネルの断面の大きさは、直径1mmの円形より小さいことが好ましく、直径0.1mmより大きいことが好ましい。また多角形の場合には、一辺が1nm〜500μmであっても良い。チャネルの断面の面積は、例えば、0.01mm2〜1mm2の範囲が挙げられる。好ましくは0.25mm2である。本発明において、直径1mmの円形より小さいチャネルをマイクロチャネルと称す。好ましくは、一辺500μmの四角形の断面を有するチャネルである。チャネルは、特に限定されないが、直線であっても、曲線であっても屈曲していてもよい。さらに、チャネルは他のチャネルと交差していても良い。チャネルの長さは特に限定されないが、1mm以上であればよく、例えば、5mm、10mm、15mm、20mm、25mm、30mm、35mm、40mmまたはそれ以上の長さが挙げられる。好ましくは、20mmである。
【0039】
チャネルを有する細胞培養容器は、プラスチック、例えば、シリコン樹脂(例えば、ポリメチルシロキサン(PDMS))、ポリメチルメタクリレート、ポリウレタン、ポリスチレン、SU-8またはガラスのような材料で作製されてもよい。この時、材料は培地が送液されることを勘案し、親水性へと変化させるため、チャネル内壁部を当業者に周知の方法で酸素プラズマ処理を行っても良い。細胞培養容器のチャネルは、チャネルとなる溝を有する層と平坦な層を組み合わせることで作製され得る。当該溝は、ネガ型フォトレジスト、たとえばSU-8フォトレジストを用いることによって調製された鋳型を用いて成形されてもよい。例えば、フォトレジストをガラス基盤に塗装して、チャネルとして所望の形状を残してマスクした非コーティング面から露光し、露光されていないレジストを除去すると、ガラス基盤上に隆起パターンが残され、この隆起を溝の鋳型として用いることができる。溝の高さはフォトレジストの塗装厚によって調整することができる。
【0040】
チャネルを有する細胞培養容器を用いる場合、送液された培地を受ける溶液溜め、および細胞等をチャネル内に送達させるための投入口を設けていることが好ましい。
【0041】
さらに、密閉系のチャネル内に気泡が生じないように加圧されていることが好ましい。加圧は、ポンプによる送液圧を増加させる、または、チャネルを圧迫する等の当業者に周知の方法で行うことができる。例えば、ペリスタルティック方式による輸液ポンプを用いた場合、ポンプによる送液圧を増加させる方法として、当該ポンプ内に設置されたしごき送液するための軟質チューブの管厚を通常より厚くする(400μm程度)ことで行い得る。また、チャネルを圧迫する方法として、例えば、ダイアフラム(例えば、厚み30μmのポリエチレン膜)をチャネルに接合させることで行い得る。
【0042】
上述した細胞培養容器および送液装置は、例えば、37℃、5%CO2存在下にて設置してもよい。さらに、維持培養のために、低酸素状態の状況下に設置してもよい。ここで、低酸素状態とは、酸素分圧が、1%から10%の状態であり、好ましくは、5%である。
【0043】
上述した単一分散細胞培養法によって維持培養された単一分散状態の多能性細胞を接着した細胞培養容器へスクリーニングの対象となる候補薬剤を添加した培地をさらに流すことによる多能性細胞の変化を観察することで、候補薬剤の効果を検査することができる。ここで、多能性細胞の変化とは、例えば、例えば、内胚葉細胞、外胚葉細胞、中胚葉細胞、脊索中胚葉、沿軸中胚葉、中間中胚葉細胞、側板中胚葉、神経細胞、グリア細胞、造血細胞、肝細胞、膵β細胞、腎前駆細胞、内皮細胞、周皮細胞、上皮細胞、骨芽細胞、筋芽細胞、軟骨細胞など特定の細胞への変化が挙げられる。この場合、候補薬剤は、各細胞への分化誘導剤として選択することができる。他の態様として、例えば、WO2010/035885に記載の方法を用いて、多能性細胞の増殖の変化を確認することで、候補薬剤の催奇形性について検査方法が挙げられる。従って、本発明では、薬剤のスクリーニングを行うための単一分散状態の多能性細胞を含む細胞培養容器を提供する。好ましくは、候補の薬剤の量を可能な限り少量にする目的のため、多能性細胞を含むマイクロチャネルを有する細胞培養容器である。
【実施例】
【0044】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はそれらの実施例によって制限されないものとする。
【0045】
(実施例1)マイクロ流体デバイスの作製
<マイクロ流体チップ>
ポリエチレン(PE)膜102、ポリメチルシロキサン(PDMS)層103およびSU8を塗布したガラス板であるSU8層104をクランプ101および105で挟むことでマイクロ流体チップ100を構築した(図2)。詳細には、PDMS層は、SU8リトグラフィ法により作製された6つの溝(幅0.5mm、長さ20mm、高さ0.5mm)を形成させる鋳型へ熱硬化性のPDMS(Slipot 184, Toray-Daw Corning, Japan)を3mmの厚さになるよう注ぎ、80℃で4時間、乾燥器中で硬化させ作製した。鋳型から取り出すと、6つのチャネルが形成されたPDMS層が得られた。さらに、PDMS層は、ステンレス鋼性の直径1mmの生検針を用いて注入口および排出口をチャネルの両側に穴を開けた。SU8層は、ガラス板へSU8(SU-8 2010, Microchem)を塗布後、紫外線を照射し硬化させ作製した。PDMS層と接合する際のXY軸を合わせるための十字印をSU8リトグラフィにより付した。次いで、SU8層の表面を酸素プラズマで処理することで、親水性特性を付加した。PE膜は、クランプによる圧力を緩和するために設置された。クランプは、流路が顕微鏡で確認できるよう底面のチャネル部分に穴を開け、各層を挟み固定した。
【0046】
<マイクロ流体デバイスの組み立て>
チュービングポンプ機構へ管厚が400μmのシリコンゴムチューブを使用したペリスタポンプ5をチューブ(PTFE管TUF-100シリーズAWG-30, Chukoh Chemical Industries, Japan)にて上記の方法で作製したマイクロ流体チップ100の注入口2と連結した。さらに、各注入口は、細胞を装填するためのシリンジを設置するための一つのインジェクションバルブ7へとつないだ。また、排出口3をリザーバー6へと連結した(図3)。注入口および排出口には、流路内で気泡が発生しないようダイアフラム4(厚み30μmのポリエチレン膜)を付けた。このように作製したマイクロ流体デバイスA(図1)は、チャネル1内への培地のナノ流体フローを安定かつ正確に制御することができた。かん流培養系のためのマイクロ流体デバイスは、3.0電圧バッテリーからのDC電源を用いて、CO2インキュベーター内に数日間設置された。
【0047】
(実施例2)マイクロ流体デバイスを用いたiPS細胞培養とその評価
<iPS細胞の調製>
JCRB細胞バンクにより提供されたヒト胎児肺線維芽細胞(TIG3)を用いて、OCT3/4、SOX2、KLF4およびc-MYCをレトロウイルスにより導入し、hiPSCs株を誘導した。マトリゲル被覆ディッシュ上、MEF(マウス胚性線維芽細胞)馴化hES培地(20%ノックアウト血清置換(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)、L-グルタミン、非必須アミノ酸、2-メルカプトエタノールおよび10ng/ml bFGF(Peprotech, Rocky Hill, NJ, USA)を補充したDMEM/F12)中で、TIG3-iPSCを培養した。
【0048】
<免疫染色法>
回収した細胞を4% PFA(パラホルムアルデヒド)/PBS(リン酸緩衝生理食塩水)を用いて、室温で10分間固定し、PBST(PBS中、0.1% Triton X-100)で洗浄後、4℃でブロッキング溶液(PBST中、3% BSAおよび2% スキムミルク(DIFCO, USA))中で一晩プレ処理した。次いで、一次抗体;抗OCT4(1:50, Santa Cruz Biotechnology, USA)、抗SOX2(1:500, Abcam, Cambridge, UK)または抗NANOG(1.200, Abcam, Cambridge, UK)と免疫反応させた後に、蛍光二次抗体(1:500, Invitrogen)により染色した。さらに、DAPI(4,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール)を用いて核を対比染色し、SlowFade light褪色防止キット(Invitrogen)を用いて光褪色を防止した後、IX70倒立顕微鏡を用いて蛍光画像を得た。
【0049】
<RT−PCR法>
細胞を回収し、TRIzol試薬(Invitrogen, USA)を用いて培養細胞の全RNAを抽出した。製造者プロトコールに従って、ランダムヘキサマーを用いて、Superscript III(Invitrogen, USA)により1.0μgの全RNAからcDNAを得た。得られたcDNAをテンプレートとして表1に記載のプライマーセットを用いてをPCR法により目的の遺伝子を増幅した。
【0050】
【表1】
【0051】
<マイクロ流体デバイスを用いた細胞培養>
上記の方法にて調製したTIG3-iPSCを、0.25% トリプシン(Gibco)/0.04% EDTAにより解離させて回収し、2回の洗浄後、1.0×105 細胞/mlで500μlの新鮮な培地中に懸濁した。インジェクションバルブよりシリンジを用いて、マトリゲル(BD)を流路に流すことで被覆したチャネルへ細胞を単一分散状態で導入した。CO2インキュベーター中、0 nl/分または500nl/分の流速で、上述した馴化培地を灌流させ培養した。500nl/分は、マウス初期胚において左右非対称を生じるための繊毛誘導流と同定度の流速である。灌流培養開始1日目、3日目、5日目の細胞の様子を位相差顕微鏡を用いて確認した(図4a)。その結果、培養後3日目および5日目で、静止条件下においてはhiPSCsが死滅したのに対して、ナノ流体フロー条件下で培養したときにhiPSCsは生存してコロニーを形成した。hiPSCsの生存効率は、3日目および5日目において、静止条件よりもナノ流体培養条件下で有意に高かった(図4b)。
【0052】
5日間の灌流培養後、マトリゲル被覆ディッシュ上で通常培養を行い回収した細胞を上述の通り免疫染色を行ったところ、OCT4、NANOGおよびSOX2の多能性マーカータンパク質の発現が確認された(図4c)。同様に、回収した細胞を上述の通りRT-PCRを行ったところ、多能性マーカー遺伝子であるOCT4、SOX2、NANOG、GDF3、REX1、DNMT3BおよびSTELLAの発現が通常の維持培養と同等量で確認された(図4d)以上より、ナノ流体フローにより灌流培養により、単一細胞へ分散されたhiPSCsの多能性を維持したまま培養が可能であることが確認された。
【0053】
(実施例3)シミュレーションおよび流体力学による流れ場の評価
<共焦点顕微鏡解析>
共焦点顕微鏡解析によりチャネル上のhiPSCsが550μm3の容積、24.5μmの直径および2.2μmの高さであることが確認された(図5a)。使用した共焦点顕微鏡は、以下の構成を有する:顕微鏡:IX71(Olympus)、共焦点スキャンユニット: CSU-X1(横河電機)、および対物レンズ:100x UPlanSAPO NA1.4(Olympus)。
【0054】
<層流による剪断応力の算出>
有限体積法(FVM)および境界埋め込み法による数値コードを用いて、数値流体力学によるシミュレーションを行った。FVMについては、連続の方程式およびナビエ-ストークス方程式を離散化して用いた。それは、式(1)および(2)において記載されたように時間依存性、非圧縮性および三次元条件で解かれた。
【0055】
【数1】
【0056】
流体およびフィン(fin)として、それぞれ水およびステンレス鋼の特性を用いた。式(2)を離散化するために、2次精度の中心差分を拡散項に、1次精度の風上差分を対流項に用いた。圧力補正にはSIMPLE(Semi-implicit method for pressure-linked equations)アルゴリズムを用いた。ADI(Alternating Direction Implicit)法を組み合わせたTDMA(Tri-Diagonal Matrix Algorithm)を用いた線形反復法により、離散化された代数方程式を解いた。その結果、チャネル(高さ=500μm×幅=500μm)内の培地における500nl/分のナノ流体フローでは、一個のhiPSCs表面において剪断応力が、約1.0×10-3Pa以下となると概算された(図5b)。これは、ナノ流体フローは、hiPSCsの表面から約250nm離れたところで、約0.5μm/秒の流速となることから算出された(図5c)。同様の流速は、特定の型の哺乳類細胞において遺伝子発現変化による分子応答を誘導するのに十分な流体力を生じるものと報告されている(Wimmer MA, et al. J Biomech. 2009, 42:424-429)。
【0057】
(実施例4)マイクロ流体デバイスを用いたiPS細胞培養における流速の検討
最適な流速を検討するため、5×102nl/分および5×104nl/分のナノ流体フローによるhiPS細胞の単一分散培養について検討を行った。その結果、5×104nl/分のナノ流体フローによる0.1Paの剪断応力では、接着したhiPSCsが検出されなかった(図5d)。
【0058】
さらに、最適流速を検討するため、0.25% トリプシンEDTAにより単一分散させた105 cells/mlの細胞懸濁液をマトリゲルコートしたチャネル内に充填し、接着を確認後、37℃、5%CO2の雰囲気下で各流速(0、150、300、500、1000および2000 nl/分、剪断応力は、それぞれ0、2.4×10-4、4.8×10-4、8.0×10-4、1.6×10-3、3.2×10-3Pa)でMEF馴化hES培地を灌流させた。チャネル内のマトリゲルコートは、DMEMで希釈されたマトリゲルを37℃、5%CO2の雰囲気下で一昼夜灌流させることで行った。灌流から3日後の流路内の細胞を0.25% トリプシンEDTAにより解離させて回収し、Nanog陽性の生細胞数を計測した。同様の方法で計測した灌流1日目の細胞数に対する灌流3日目の細胞数の割合を生存率として算出したところ、5×102nl/分での流速では生存率が100%以上であり、単一分散させたiPS細胞の生存を可能とすることが確認された(図6)。
【0059】
ここで、微小流路と培養皿における細胞同士の接触の機会(頻度)を1つの細胞が占める面積の比較から試みた。その結果、微小流路が35 cells/mm2で(流路内の細胞数100〜350個、1つの流路底面積:10 mm2 (20 x 0.5 mmで計算) 、それに対し培養皿が176 cells/mm2で(6cmシャーレに細胞懸濁液(105 cells/ml)を5ml注いだ場合で計算)あるのでその両者において細胞同士の距離に大きな違いがない。したがって、微小流路内で見られる単一細胞レベルに分散したiPS細胞の生存は微小流路に特徴的な(1)周囲の培養液の流れや(2)微小培養環境の影響だと推察される。また加えて流量500 nl/minにおける生存率の上昇が見られることからiPS細胞の生存は周囲の流れおよび微小培養環境の両方の影響を受けことが本実施例により分かった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の培養法は、多能性細胞を単一細胞に分散した状態で培養し、そのクローン細胞を得ることを可能にするものである。したがって、再生医療に適用されるiPSCsの品質管理、遺伝子操作の効率化、クローニングの効率化などにおいて本発明を使用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]