特許第6163079号(P6163079)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6163079
(24)【登録日】2017年6月23日
(45)【発行日】2017年7月12日
(54)【発明の名称】炭酸クロム(III)及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 37/00 20060101AFI20170703BHJP
   C23C 22/00 20060101ALI20170703BHJP
   C23C 22/30 20060101ALI20170703BHJP
【FI】
   C01G37/00
   C23C22/00 B
   C23C22/30
【請求項の数】7
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-221602(P2013-221602)
(22)【出願日】2013年10月24日
(65)【公開番号】特開2015-81222(P2015-81222A)
(43)【公開日】2015年4月27日
【審査請求日】2016年3月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000230593
【氏名又は名称】日本化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100101292
【弁理士】
【氏名又は名称】松嶋 善之
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼▲崎▼ 淳史
【審査官】 壷内 信吾
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−286584(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/007497(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/056478(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/026915(WO,A1)
【文献】 中国特許出願公開第102718260(CN,A)
【文献】 特開昭59−131525(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/026884(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0168051(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G25/00−47/00,49/10−99/00
C23C22/00−22/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
COとCrとのモル比(CO/Cr)が0.65未満であり、110℃で2時間乾燥したときの乾燥減量が20質量%以上であることを特徴とする炭酸クロム(III)。
【請求項2】
硫黄(S)の含有量が0.1質量%以上であることを特徴とする請求項1に記載の炭酸クロム(III)。
【請求項3】
請求項1に記載の炭酸クロム(III)の製造方法であって、
三価のクロムを含む水溶液中のCrに対する炭酸塩水溶液中のCOのモル比(CO/Cr)が0.5〜2.0であり、反応液のpHが6以下であり、反応液温が0℃以上50℃未満の条件下で、炭酸塩水溶液と三価のクロムを含む水溶液とを、水性媒体へ同時に添加して炭酸クロム(III)を生成させる第一工程、
第一工程で得られた炭酸クロム(III)を濾過後、濾液の導電率が5mS/cm以下となるまで水洗してケーキを得る第二工程、及び
第二工程で得られたケーキを、110℃で2時間乾燥したときの乾燥減量が20質量%以上となるように乾燥して炭酸クロム(III)を得る第三工程、を有することを特徴とする炭酸クロム(III)の製造方法。
【請求項4】
三価のクロムを含む水溶液中におけるクロム源が、硫酸クロム由来であることを特徴とする請求項に記載の炭酸クロム(III)の製造方法。
【請求項5】
第一工程で得られる炭酸クロム(III)を含む水溶液のpHが6以下の状態で第二工程に供する請求項3又は4に記載の炭酸クロム(III)の製造方法。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれか一項に記載の製造方法で炭酸クロム(III)を生成させた後、該炭酸クロム(III)を、無機酸水溶液又は有機酸水溶液に溶解することを特徴とするクロム(III)含有水溶液の製造方法。
【請求項7】
請求項3〜5のいずれか一項に記載の製造方法で炭酸クロム(III)を生成させた後、該炭酸クロム(III)を、2種以上の酸を含む水溶液に溶解することを特徴とするクロム(III)含有水溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭酸クロム(III)及びその製造方法に関する。本発明の方法に従い製造された炭酸クロム(III)は、例えばクロムめっきや三価クロム化成処理などの金属の表面処理に有用である。
【背景技術】
【0002】
クロムめっきは、装飾用及び工業用として多くの産業分野で用いられている。クロムめっきは大気中で腐食せず光沢を失わないので、装飾めっきとして広く用いられている。また高い硬度と低い摩擦係数を有するので、耐摩耗性を要する機械部品等に広く用いられている。このめっきに用いられるめっき液には多量の六価のクロムが用いられている。六価のクロムは人体への影響が懸念されるので、めっき廃液の処理の際に環境中に放出されないよう非常に厳重な条件下で三価のクロムに還元しなければならない。したがって六価のクロムに代えて、三価のクロムを用いためっき液の開発が望まれている。
【0003】
三価のクロムを用いためっき液として、例えば特許文献1には、装飾用めっきのめっき液として塩化クロム、硫酸クロム、スルファミン酸クロムなどの三価のクロム化合物を用いたクロムめっき液が記載されている。しかし塩化クロムや硫酸クロム等の無機塩の三価クロムをクロム源として用いた場合、クロムはめっきで消費されるのに対し、クロム塩の対アニオンである塩化物イオンや硫酸イオンはめっき液中に残存する。そして、めっき液はその液組成を一定に保つ必要性から、消費されるクロムに相当する量のクロム源を適宜追加して使用されるため、塩化物イオンや硫酸イオンがめっき液中に蓄積されていくことになる。したがって最終的には液組成を一定に保つことができなくなって全量を新規めっき液と交換し、使用済みめっき液は廃液として処理されることになる。
【0004】
この問題を解決する方法として、特許文献2では、塩化クロム及び塩化アンモニウムを含むめっき液を用いて三価クロムめっきを行うに際し、めっき液の一部を冷却装置に循環させ、この冷却装置で塩化アンモニウムの一部を晶析させて取り除くことにより、めっき液中の塩化アンモニウム濃度を制御しながらめっきする三価クロムめっき方法が提案されている。
【0005】
また三価クロム源として、対アニオンが蓄積しない化合物である水酸化クロムをその含水ゲルの状態で用いてこの問題を解決することも提案されている(特許文献3参照)。しかし水酸化クロムは一般的に水への溶解性が低く、通常のめっき液として用いられる酸性水溶液に対しても溶解性が低い。このため、めっき液の調製に、加温下で長時間の攪拌を要する。また消費されたクロムを補充する際にも、補充した水酸化クロムを溶解するのに長時間を要する。これらの理由により、その間めっき作業が中断され、めっき液の調製及びめっき作業において問題が生じていた。
【0006】
従来の水酸化クロムの製造方法としては、例えば特許文献4ないし6に記載の方法が知られている。しかしこれらの文献には、水酸化クロムに代えて、炭酸クロム(III)を三価クロム源として用いることについて何ら言及されていない。
【0007】
また、下記の非特許文献1には、クロム(III)塩水溶液に炭酸アルカリ又は炭酸水素アルカリ溶液を加えて炭酸クロム(III)が得られることが記載されている。同文献には、この炭酸クロム(III)は淡緑色であると記載されている。このようにして得られる炭酸クロム(III)は、同文献に記載されているとおり沈殿となってしまうので、三価クロム源として用いることはできない。
【0008】
このような実情に鑑み、下記特許文献7では、酸性水溶液に対する溶解性が高い炭酸クロム(III)について記載されている。この文献によれば、温度25℃でpHが0.2の塩酸水溶液1リットルに、Crとして1g含有に相当する量を加えたときに、30分以内に完全溶解する炭酸クロム(III)が開示されており、実施例においても塩酸の他、硫酸や硝酸といった酸を混合して使用した酸性水溶液における溶解試験を行っており、良好な結果が得られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平9−95793号公報(第2頁)
【特許文献2】特開2002−322599号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開2006−249518号公報
【特許文献4】特開昭52−35794号公報(特許請求の範囲、第1頁及び第2頁)
【特許文献5】特開昭53−132499号公報(特許請求の範囲、第1頁及び第2頁)
【特許文献6】特開平2−92828号公報(特許請求の範囲、第1頁及び第2頁)
【特許文献7】国際公開WO2010/26915号公報(特許請求の範囲及び実施例)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】化学大辞典 5、縮刷版第34刷、共立出版株式会社、1993年6月1日、第723頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、炭酸クロム(III)の酸性水溶液に対する溶解性は、更なる改善の余地がある。
したがって本発明の目的は、従来以上に酸性水溶液に対する溶解性に優れ、三価のクロム源として有用な炭酸クロム(III)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、COとCrとのモル比(CO/Cr)が0.65未満であり、110℃で2時間乾燥したときの乾燥減量が20質量%以上であることを特徴とする炭酸クロム(III)を提供するものである。
【0013】
また本発明は、三価のクロムを含む水溶液中のCrに対する炭酸塩水溶液中のCOのモル比(CO/Cr)が0.5〜2.0であり、反応液のpHが6以下であり、反応液温が0℃以上50℃未満の条件下で、炭酸塩水溶液と三価のクロムを含む水溶液とを、水性媒体へ同時に添加して炭酸クロム(III)を生成させる第一工程、
第一工程で得られた炭酸クロム(III)を濾過後、濾液の導電率が5mS/cm以下となるまで水洗してケーキを得る第二工程、及び
第二工程で得られたケーキを、110℃で2時間乾燥したときの乾燥減量が20質量%以上となるように乾燥して炭酸クロム(III)を得る第三工程、
を有することを特徴とする炭酸クロム(III)の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、酸性水溶液に対する溶解性が高く、かつ固体状態で長期間保存した後の溶解性にも優れた炭酸クロム(III)が提供される。三価のクロム源として本発明の炭酸クロム(III)を用いることで、三価クロムめっき液の調製時間を短縮することができる。また、三価のクロム源として水酸化クロムを用いた場合に生じ易い不都合である、未溶解の水酸化クロムに起因するめっき皮膜への悪影響を防ぐことができる。また、本発明の炭酸クロム(III)を用いた三価クロム含有液を、クロムめっきや三価クロム化成処理などの金属の表面処理に用いると、三価クロム源の対アニオンがめっき液等中に蓄積しないことからめっき液等の組成を一定に保つことが容易となる。まためっき液等の調製時間が大幅に短縮されるので、関連産業に及ぼす効果は大きいものである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。なお以下の説明では、特に断らない限りクロムというときには、三価のクロムを意味する。本発明の炭酸クロム(III)は、一般式:Cr・mCO・nHOで表されるものである。式中、mは0.25〜2の数を表す。nは1.5〜8の数を表す。本式は、三酸化二クロムに炭酸根及び水が付加した表現になっているが、これは便宜的なものであり、本発明の炭酸クロム(III)は、水酸化クロムの一部の水酸基が炭酸根で置換された状態になっていると、本発明者らは推測している。
【0016】
本発明の炭酸クロム(III)は、COとCrとのモル比(CO/Cr)が0.65未満である点に特徴の一つを有する。本発明の炭酸クロム(III)は、前記したように便宜的に一般式:Cr・mCO・nHOで表されるものであるが、COとCrとのモル比(CO/Cr)が0.65未満、好ましくは0.6以下であると、酸に対する溶解性が高いことが本発明者の検討の結果判明した。これは、炭酸クロム(III)の原料由来の炭酸イオンや重炭酸イオンが、炭酸クロム(III)に過剰に配位すると、炭酸クロム(III)中の水酸基と入れ替わることに起因して、酸に対して難溶又は不溶となるからではないかと本発明者らは推測している。COとCrとのモル比(CO/Cr)の下限値は0.10、特に0.15であることが好ましい。
【0017】
COとCrとのモル比(CO/Cr)は、Cr量とCO量の測定結果からCO/Crモル比として算出する。前記Cr量は、試料を酸に溶解した溶液をIPC発光分光分析装置((株)島津製作所製、ICPS−8100CL)によってCrを測定し、得られた値をCrとして換算する。前記CO量は、全有機炭素(TOC)分析装置((株)島津製作所製、SSM−5000A)を用い、試料を950℃に加熱することで、生成・遊離したCOを赤外線ガス検出装置((株)島津製作所製、TOC−V CPH)にて測定することにより求められる。
【0018】
本発明の炭酸クロム(III)は、COとCrとのモル比(CO/Cr)が0.65未満、好ましくは0.6以下であることに加え、110℃で2時間乾燥したときの乾燥減量が20質量%以上であることも特徴の一つである。炭酸クロム(III)の乾燥減量が20質量%以上であると、酸に対する炭酸クロム(III)の溶解性が向上する。その一方で、乾燥減量が20質量%未満であると分子間に酸素基が架橋する、所謂オクソ化が進むことに起因して、炭酸クロム(III)の溶解性が悪化するものと推測される。乾燥減量の値は高ければ高いほど好ましいが、例えば55質量%程度、特に35質量%程度に乾燥減量の値が高ければ、満足すべき溶解性が得られる。この観点から、乾燥減量は、好ましくは25質量%以上55質量%以下、更に好ましくは25質量%以上35質量%以下である。乾燥減量は、試料を乾燥機中で110℃で2時間乾燥した後質量を測定し、乾燥前の質量から乾燥後の質量を差し引くことで求める。
【0019】
本発明の炭酸クロム(III)は、純水に対しては不溶性又は難溶性であるが、酸性水溶液(例えばpH2以下の酸性水溶液)に対しては溶解性が高いことも特徴である。しかも長期保存した後であっても、特に乾燥した粉末状態で保存した後であっても、その溶解性が維持される。特筆すべきは、乾燥した粉末状態で保存した後であっても、粉末状態での溶解性が高いことである。この理由は、その構造中に炭酸根を有しているからではないかと、本発明者らは推測している。これに対して従来得られていた水酸化クロムは、長期保存中に経時変化を起こし、酸又はアルカリの水溶液に対して難溶性の水酸化物に移行し易い。この原因ははっきりとはわからないが、クロムのオール化やオクソ化によって、難溶性の形態に移行するためと考えられる。このため、クロムめっき液を調製するときには、水酸化クロムが完全に溶解するまで長時間攪拌を行わなければならなかった。
【0020】
本発明の炭酸クロム(III)と、従来の製法で得られる炭酸クロム(III)とは、上述のとおり、COとCrとのモル比(CO/Cr)や乾燥減量が相違することで区別され、それに起因して溶解特性が異なることでも区別される。すなわち、従来の炭酸クロム(III)は、温度25℃で1.65g/Lのフッ化水素酸に対し、等モル(F/Cr=3.0)となるように炭酸クロム(III)を加えても、全く溶解しないかあるいは3時間以上かけないと完全溶解しないのに対して、本発明の炭酸クロム(III)は180分以内に完全溶解する。したがって本発明の炭酸クロム(III)は、従来の炭酸クロム(III)と異なり、クロムめっきや三価クロム化成処理等の金属の表面処理に用いられる三価のクロム源あるいは補充液として利用できるものである。本明細書において「三価クロム化成処理」とは、三価クロム塩を主成分とする水溶液と被処理物とを接触させ、該被処理物に、化学的に三価のクロムを含む皮膜を生成させる処理を言う。
【0021】
本発明の炭酸クロム(III)は、前記した特徴に加えて、該炭酸クロム(III)中の硫黄(S)の含有量が好ましくは0.1質量%以上、更に好ましくは0.1質量%以上5.0質量%以下、特に好ましくは0.2質量%以上4.8質量%以下であるという特徴も有している。理由は定かでないが、硫黄の含有量がこの範囲にあることでフッ化水素酸に対する溶解特性が向上することが本発明者らの検討により明らかとなった。炭酸クロム(III)中に硫黄を含有させるためには、例えば後述する本発明の炭酸クロム(III)の製造方法において、原料となる三価のクロムを含む水溶液に、硫酸クロムを使用すればよい。炭酸クロム(III)中の硫黄の含有量は、後述する実施例に記載の方法で測定される。
【0022】
本発明の炭酸クロム(III)は、炭酸塩水溶液と三価のクロムを含む水溶液とをpHが好ましくは6以下、更に好ましくは4〜6、一層好ましくは5以上6未満で、0℃以上50℃未満の温度で接触させて得られたものである。本発明の炭酸クロム(III)は、一次粒子の平均粒径Dが好ましくは1000nm以下、更に好ましくは50〜500nmという微粒のものである。また、本発明の炭酸クロム(III)は、前記一次粒子が集合した凝集体であってもよい。凝集体の場合は、粒度分布測定装置により測定された体積平均粒子径MVが100μm以下、特に3〜50μmであると、該炭酸クロム(III)を長期間保存したときの経時変化(溶解性の低下)が少なくなり、一層良好な溶解性が保てることから好ましい。炭酸クロム(III)の一次粒子径は、走査型電子顕微鏡(SEM)像で炭酸クロム(III)の一次粒子200個の粒子径を測定し、その平均値として表す。MVは、炭酸クロム(III)を家庭用ミキサー等で水中に十分分散した後、レーザー回折散乱法式の粒度分布測定装置で測定した累積体積50容量%における体積累積粒径のことである。
【0023】
本発明の炭酸クロム(III)の粒子形状に特に制限はない。一般には球状であるが、その他に塊状などの形状でもあり得る。
【0024】
本発明の炭酸クロム(III)は、一般に乾燥した粉末状態であるか、又は水に懸濁したスラリーの状態になっている。酸性水溶液に対する溶解性を高める観点からは、炭酸クロム(III)の調製直後から引き続いてスラリーの状態としておくことが好ましい。尤も、本発明の炭酸クロム(III)は、乾燥した粉末状態で長期間保存しても、溶解性の低下が少ないという点において、取り扱い性等の観点から極めて有利である。
【0025】
炭酸クロム(III)をスラリーの状態で保存しておく場合、スラリー中には炭酸クロム以外の成分が含まれていてもよく、あるいは含まれていなくてもよい。スラリー中に炭酸クロム(III)以外の成分が含まれている場合、該成分としてはNa、K、Cl、SO、NH等が挙げられる。該スラリーを、クロムめっきや三価クロム化成処理等の金属の表面処理に用いられる液の補充液として用いる場合には、該スラリーは不純物イオンを実質的に含まないことが好ましい。この理由は、補充に起因する不要なイオンの蓄積を防止するためである。本明細書に言う「不純物イオン」とは、H及びOHイオン以外のイオンを意味する。「実質的に含まない」とは、炭酸クロム(III)の調製及びそれを用いたスラリーの調製の間に、意図的に不純物イオンを添加しないことを意味し、不可避的に混入する微量の不純物イオンは許容する趣旨である。したがって、炭酸クロム(III)の調製及びそれを用いたスラリーの調製に使用する水としては、純水、イオン交換水の他、不純物イオンを実質的に含まない水道水、工業用水等を用いても差し支えない。
【0026】
次に、本発明の炭酸クロム(III)の好適な製造方法について説明する。本発明の製造方法は、炭酸塩水溶液と三価のクロムを含む水溶液との同時添加に特徴の一つを有する。これらの水溶液を、水性媒体へ同時添加しつつ、炭酸塩水溶液と三価のクロムを含む水溶液との接触をpH6以下に保つことにより、酸性水溶液に対する溶解性の高い炭酸クロム(III)を得ることができることを本発明者らは知見した。これに対して、従来の水酸化クロムや炭酸クロムの製造方法、例えば特許文献4及び6並びに非特許文献1に記載の製造方法では同時添加は採用しておらず、その代わりに、三価のクロムを含む水溶液に、水酸化ナトリウムや炭酸アルカリ等のアルカリを添加して水酸化クロムや炭酸クロムを生成させている。この方法で得られる水酸化クロムや炭酸クロムは、酸性水溶液に対する溶解性に劣るものである。
【0027】
炭酸塩水溶液及び三価のクロムを含む水溶液は、これらを実質的に連続的に水性媒体へ添加する。実質的に連続的にとは、製造上の条件の変動等に起因して、添加が不可避的に一時的に不連続になる場合を許容する趣旨である。例えば、10秒以下の時間で添加が一時的に行われない状態が生じることは「実質的に連続的に」に該当する。
【0028】
炭酸塩水溶液及び三価のクロムを含む水溶液の同時添加においては、操作開始時に、両水溶液を実質的に同時に添加する。尤も、本発明の効果を損なわない限度において、炭酸塩水溶液の添加の方が、三価のクロムを含む水溶液の添加に先んじてもよく、あるいはその反対に、三価のクロムを含む水溶液の添加の方が、炭酸塩水溶液の添加に先んじてもよい。操作終了時においても同様であり、両水溶液の添加は実質的に同時に終了させるが、本発明の効果を損なわない限度において、炭酸塩水溶液の添加終了の方が、三価のクロムを含む水溶液の添加終了に先んじてもよく、あるいはその反対に、三価のクロムを含む水溶液の添加終了の方が、炭酸塩水溶液の添加終了に先んじてもよい。
【0029】
炭酸塩水溶液及び三価のクロムを含む水溶液は、水性媒体へ同時添加される。本発明において用いられる水性媒体は、好ましくはpHが中性域(pHが7前後)のものである。このような水性媒体としては、例えば水(純水(pHが約7)、水道水(pHが7弱)等)や中性塩の水溶液を用いることができる。中性塩としては、例えば塩化ナトリウム等を用いることができる。また該水性媒体は、必要に応じ、低級アルコール等の水溶性有機溶剤を含有することもできる。これらの水性媒体のうち、クロムめっき液等の調製において不要な化学種の混入を防止し得る点から、水(純水、イオン交換水、水道水等)を用いることが好ましい。
【0030】
生成する炭酸クロム(III)の溶解性は、炭酸塩水溶液及び三価のクロムを含む水溶液を同時添加することに加えて、反応液の温度にも影響される。ここで言う反応液とは、炭酸塩水溶液及び三価のクロムを含む水溶液が、水性媒体に添加されてなる液のことである。反応液の温度が50℃よりも高いと、生成する炭酸クロム(III)が凝集体又は塊状になり易いことから、溶解性の高い炭酸クロムが得られない。反応液の温度が0℃未満であると、三価クロム塩及び/又は炭酸塩の析出のおそれがある。反応液の温度が10〜50℃、特に10〜40℃であると、溶解性の高い炭酸クロム(III)が一層容易に得られるので好ましい。
【0031】
炭酸塩水溶液と三価のクロムを含む水溶液との反応は中和反応であるので、両水溶液を水性媒体中で混合することで、所望の特性を有する炭酸クロム(III)が得られる。同時添加による反応中は、反応液を攪拌して反応を均一に行わせかつ反応を促進させることが好ましい。攪拌が不十分な場合には、反応液において局所的にアルカリの量に対して三価のクロムの量が過剰な状態になることがある。このような状態下に生成する炭酸クロム(III)は、酸性水溶液に対する溶解性に劣るものである。したがって、三価のクロムを含む水溶液の添加を、アルカリの量に対して三価のクロムの量が局所的に過剰にならないように行うことが重要である。この観点から、攪拌条件を、局所的な停滞部分の発生を避け、均一混合ができるように調整することが好ましい。アルカリの量に対して三価のクロムの量が局所的に過剰になる状態とは、例えば、特許文献4及び6並びに非特許文献1に記載されているように、三価のクロムを含む水溶液に無機アルカリ水溶液を添加した状態を言う。
【0032】
炭酸塩水溶液及び三価のクロムを含む水溶液の濃度及び添加比率は、炭酸塩水溶液と三価のクロムを含む水溶液との接触をpH6以下に調整するために以下の範囲とすることが好ましい。濃度は、炭酸塩水溶液における炭酸イオンの濃度が0.05〜5mol/l、特に0.1〜3mol/lであることが好ましく、三価のクロムを含む水溶液における三価のクロムの濃度が0.05〜5mol/l、特に0.1〜3mol/lであることが好ましい。添加比率が、三価のクロムを含む水溶液中のCrに対する炭酸塩水溶液中のCOのモル比(CO/Cr)が0.5〜2.0、更に1.0〜1.8、特に1.2〜1.7となる条件で添加を行うと、満足すべき結果が得られるので好ましい。
【0033】
炭酸塩水溶液及び三価のクロムを含む水溶液の添加速度は、これらの水溶液を添加している間の反応液のpHが6以下、特に4〜6、とりわけ5以上6未満に維持されるように調整することが好ましい。反応中のpHをこの範囲内に維持することで、目的とする溶解性を有する炭酸クロム(III)を首尾よく製造することができる。
【0034】
三価のクロムを含む水溶液におけるクロム源としては、三価のクロムの水溶性塩を特に制限なく用いることができる。そのような塩としては、例えば塩化クロム、硫酸クロム、硫酸クロムアンモニウム、硫酸クロムカリウム、ギ酸クロム、フッ化クロム、過塩素酸クロム、スルファミン酸クロム、硝酸クロム、酢酸クロムなどが挙げられる。これらの塩は一種又は二種以上を組み合わせて用いることができる。これらの塩は、水溶液の状態で用いてもよく、あるいは粉末の状態で用いてもよい。例えば日本化学工業社製「35%液体塩化クロム」、「40%液体硫酸クロム」(製品名)や市販の硫酸クロム(結晶品)を用いることができる。これらの塩のうち、硫酸クロムを用いることが、目的とする溶解性を有する炭酸クロム(III)を容易に得られる点、有機物が残存しない点及び経済性の点から好ましい。
【0035】
三価のクロムを含む水溶液としては、六価のクロムを含む水溶液における六価のクロムを三価に還元したものを用いることもできる。例えば重クロム酸塩の水溶液に亜硫酸ガスを通して六価のクロムを三価のクロムに還元した水溶液を用いることができる。あるいは、重クロム酸塩の水溶液に硫酸を加え、有機物で六価のクロムを三価のクロムに還元した水溶液を用いることもできる。
【0036】
三価のクロムを含む水溶液と同時に添加される炭酸塩水溶液に用いられる炭酸塩とは、狭義の炭酸塩及び炭酸水素塩を包含する広義の意味で用いられる。炭酸塩としては、炭酸のアルカリ金属塩やアンモニウム塩、重炭酸のアルカリ金属塩やアンモニウム塩等が挙げられる。具体的には、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素アンモニウム等が挙げられる。
【0037】
三価のクロムを含む水溶液と炭酸塩水溶液とを同時添加して炭酸クロム(III)が生成したら、スラリーを濾過して固形物としての炭酸クロム(III)を分離し、これを洗浄する。炭酸クロム(III)の生成からスラリーを濾過するまでは、極力短くすることが好ましい。換言すれば、生成した炭酸クロム(III)の熟成を極力行わないことが好ましい。本発明においては、三価のクロムを含む水溶液と炭酸塩水溶液とを同時添加したときは、pHが6以下に保持されている。しかし、生成物を熟成させることにより原料由来の炭酸成分が炭酸クロム(III)に配位していく過程で、水酸化物イオンを放出するためpHが上昇してしまい、目的とする溶解性を有する炭酸クロム(III)を製造しにくくなるので、熟成を極力行わず、速やかに生成物を濾過することが好ましい。
【0038】
濾過には通常の方法を用いることができる。例えばブフナー漏斗を用いた吸引濾過を行うことができる。濾過後の洗浄は水を用いて行う。例えばブフナー漏斗上のケーキに水を加えてリパルプし、更に吸引濾過を行う等して洗浄を行うことができる。
【0039】
洗浄は、濾液の導電率が例えば5mS/cm以下となるまで行うことが好ましい。濾液の導電率が高いことは、洗浄後の炭酸クロム(III)に原料に由来する副生塩が多く残存していることを意味する。かかる副生塩は、炭酸クロム(III)を三価クロムめっき液のクロム源として用いた場合に、めっき液中に蓄積されてしまうので極力除去されるべきものである。したがって濾液の導電率が前記の値以下となるまで洗浄を行うことが好ましい。
【0040】
また、濾過及び洗浄は、好ましくは0〜50℃、更に好ましくは20〜40℃の低温で行うことが好ましい。クロムのオール化やオクソ化及びそれに起因する難溶性物の生成を防止することができるからである。
【0041】
洗浄後、炭酸クロム(III)を乾燥させる。この乾燥は、酸に対する溶解性を高くする観点から、炭酸クロム(III)を110℃で2時間乾燥したときの乾燥減量が20質量%以上となるようにする。乾燥減量の値は高ければ高いほど好ましいが、例えば55質量%程度、特に35質量%程度に乾燥減量の値が高ければ、酸に対する満足すべき溶解性が得られる。この観点から、乾燥減量は、好ましくは25質量%以上55質量%以下、更に好ましくは25質量%以上35質量%以下となるようにする。
【0042】
本発明の炭酸クロム(III)は、これを乾燥した粉末状態で、大気下で保存しても、そのままの粉末状態で酸に対する溶解性が高いという利点を有している。粉末状態で保存できることは、スラリーの状態で保存するよりも、取り扱い性や搬送性に優れる点で有利である。
【0043】
前記の反応中に、又は反応終了後に、還元剤を添加することが好ましい。これによって反応中に、又は保存中に(スラリー状態での保存中に)、酸化雰囲気下に置かれた場合でも、再酸化を防止できることから、六価のクロムが生成することを防止できる。特に、反応終了後に還元剤を添加することが、再酸化を確実に防止できる観点から好ましい。還元剤としては、当該技術分野において従来用いられている有機系又は無機系の還元剤を特に制限なく用いることができる。有機系の還元剤としては、例えばメチルアルコール、プロピルアルコール等の一価アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の二価アルコールが好適に使用される。他の有機系の還元剤としては、グルコースなどの単糖類、マルトースなどの二糖類、でんぷんなどの多糖類等が挙げられる。無機系の還元剤としては、例えばチオ硫酸ナトリウム、ヒドラジン、過酸化水素等が挙げられる。
【0044】
このようにして得られた炭酸クロム(III)は、酸性水溶液に溶解性が高いので、粉末状態のまま、又は水を加えてスラリーの状態として、酸性水溶液に添加して溶解させることができ、それによって対応する酸の塩(無機酸クロム(III)又は有機酸クロム(III))の水溶液を容易に得ることができる。酸水溶液の濃度等は使用する酸の種類及び用途に応じて、適宜決定することができる。
【0045】
前記の酸性水溶液としては、無機酸又は有機酸の水溶液が用いられる。無機酸水溶液としては、例えば硝酸、リン酸、塩酸、硫酸、フッ化水素酸等の無機酸の水溶液が挙げられる。有機酸水溶液としては、ギ酸、酢酸、グリコール酸、乳酸、グルコン酸、シュウ酸、マレイン酸、マロン酸、リンゴ酸、酒石酸、コハク酸、クエン酸、フマル酸、酪酸等の有機酸の水溶液が挙げられる。
【0046】
炭酸クロム(III)を容易にかつ確実に溶解する観点からは、無機酸水溶液又は有機酸水溶液はpHが低いことが好ましい。具体的には好ましくはpH2以下、更に好ましくはpH1以下である。無機酸水溶液又は有機酸水溶液における無機酸又は有機酸の濃度は、1〜50質量%、特に5〜50質量%の範囲であることが好ましい。また、容易にかつ確実に溶解させる観点からは、無機酸水溶液又は有機酸水溶液1リットルに対し、Crとして1g以下に相当する炭酸クロム(III)を使用することが好ましい。
【0047】
無機酸水溶液又は有機酸水溶液への炭酸クロム(III)の溶解は、25〜90℃で行うことが好ましい。
【0048】
このようにして得られた無機酸クロムとしては、塩酸クロム、硝酸クロム、リン酸クロム、硫酸クロム、フッ化クロム等が挙げられる。これらの無機酸クロムは、塩基性塩であってもよい。例えば硝酸クロムは、組成式Cr(OH)x(NO)y(式中、0≦x≦2、1≦y≦3、x+y=3)で表される化合物であり、該化合物には、Cr(NOで表される正塩である硝酸クロムの他に、Cr(OH)0.5(NO2.5、Cr(OH)(NO、Cr(OH)(NO)等の塩基性硝酸クロムも含まれる。
【0049】
また有機酸クロムは、一般式Cr(Aで表される化合物である。前記の一般式中、Aは有機酸からプロトンを除いた残基を示す。Aは負の電荷を有している。xはAの電荷(負電荷)を表す。m及びnは3m+xn=0を満たす整数をそれぞれ表す。
【0050】
有機酸クロムにおける有機酸は、R(COOH)で表される。式中、Rは有機基、水素原子又は単結合若しくは二重結合を表す。yは有機酸におけるカルボキシル基の数を表し、1以上の整数であるが、好ましくは1ないし3である。前記の一般式におけるAはR(COOで表される。Rが有機基である場合、該有機基としては炭素数1〜10、特に1〜5の脂肪族基が好ましい。この脂肪族基は、他の官能基、例えば水酸基で置換されていてもよい。脂肪族基としては、飽和脂肪族基及び不飽和脂肪族基のいずれも用いることができる。
【0051】
また、本発明の方法に従い製造された炭酸クロム(III)は、粉末状態のまま、又は水を加えてスラリーの状態として、2種以上の酸を含む水溶液に添加して溶解し、クロム(III)源を含む水溶液とすることもできる。炭酸クロム(III)及び酸水溶液の濃度及び使用量、使用する酸の組み合わせ、各酸の配合割合は、目的とするクロム(III)源の種類及び用途に応じて、適宜決定することができる。
【0052】
炭酸クロム(III)を溶解する酸水溶液の種類は、有機酸どうしの組み合わせ、無機酸どうしの組み合わせ、あるいは有機酸と無機酸の両方を含む水溶液であってもよい。使用できる有機酸及び無機酸としては、先に述べたものと同様のものが挙げられる。
【0053】
本発明のクロム(III)源を含む2種以上の酸水溶液の製造方法は、上述した無機酸クロム又は有機酸クロム水溶液の製造方法に従えばよいので、ここではその詳細な説明を省略する。概略を観点に説明すると、炭酸クロム(III)の酸水溶液への溶解には、例えば次の1)〜3)の方法を用いることができる。しかし、これらの方法に制限されるものではない。
1)所望の2種以上の酸を予め溶解した酸水溶液を調製し、これに炭酸クロム(III)を添加して炭酸クロム(III)を酸溶液に溶解処理する方法。
2)所望の酸のうちの1成分の酸を予め適宜選択し、次にこの選択した酸を水に溶解し酸水溶液を調製する。次に得られた酸水溶液に炭酸クロム(III)を添加し1次溶解処理をする。これに残りの成分の酸を添加して第2次溶解処理をする方法。
3)あるいは所望の2種以上の酸の必要量の一部を予め水に溶解した酸水溶液を調製する。次に得られた酸水溶液に炭酸クロム(III)を添加し1次溶解処理をする。これに残量の酸を添加して2次溶解処理し炭酸クロム(III)を溶解する方法。
【0054】
かくして得られる本発明のクロム(III)源は、以下の式で表される、クロムと結合する酸根が2種以上の複合クロム(III)塩である。なお、クロムと結合する酸の種類は、有機酸どうしの組み合わせ、無機酸どうしの組み合わせ、あるいは有機酸と無機酸の両方から選ばれるものであってもよい。
【0055】
【化1】
【0056】
前記の式において、酸としてリン酸を用いた場合の前記HPOとHPO2−の存在割合は、反応条件や原料系等で任意に変化する。
【0057】
本発明の炭酸クロム(III)は、上述のとおり酸性水溶液に溶解性が高いので、以下に述べるように、例えば三価のクロムを用いたクロムめっき液や三価クロム化成処理液などの金属の表面処理液における三価クロム源として有用である。本発明の炭酸クロム(III)を三価クロム源として用いることで、めっき液や処理液の調製時間を短縮化することが可能となる。また、めっき液や処理液中に未溶解の炭酸クロム(III)が存在しないので、良質なめっき皮膜や三価クロム皮膜を形成することができる。
【0058】
本発明によれば、上述した溶解性の高い炭酸クロム(III)をクロム源として用いた三価クロム含有液も提供される。本発明の炭酸クロム(III)含有液は、装飾用の最終仕上げ及び工業用の三価クロムめっきに用いられる。また、基体となる金属の表面や、基体となるプラスチックに形成されたニッケルめっきの表面などを始めとする金属の表面に施されるめっき等の各種金属の表面処理に用いられる。更に亜鉛めっきやすずめっき等のめっきの表面を対象とした三価クロム化成処理に用いられる。すなわち、本発明の三価クロム含有液は、三価クロムめっき液や三価クロムの化成処理液であり得る。以下の説明では、特に断らない限り、これらの液を総称して「めっき液等」と言う。
【0059】
本発明の三価クロム含有液を三価クロムめっき液として用いる場合、該三価クロムめっき液は、上述の炭酸クロム(III)に由来する三価のクロム及び有機酸等を始めとする他の成分を含むものである。また本発明の三価クロム含有液を三価クロム化成処理用の処理液として用いる場合には、該処理液は、クロム源として上述の炭酸クロム(III)を用い、更にコバルト化合物、珪素化合物、亜鉛化合物、種々の有機酸等を含むことができる。
【0060】
前記の三価クロム化成処理液に用いられるコバルト化合物としては、塩化コバルト、硝酸コバルト、硫酸コバルト、リン酸コバルト、酢酸コバルト等が挙げられる。これらは1種又は2種以上を混合して用いることもできる。珪素化合物としては、コロイダルシリカ、珪酸ソーダ、珪酸カリ、珪酸リチウムが挙げられる。これらの珪素化合物は1種又は2種以上を混合して用いることもできる。亜鉛化合物としては、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、酸化亜鉛、炭酸亜鉛、リン酸亜鉛、酢酸亜鉛等が挙げられる。これらの亜鉛化合物は1種又は2種以上を混合して用いることもできる。有機酸としては、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、クエン酸、アジピン酸、酒石酸、リンゴ酸、グリシン等が挙げられる。これらはキレート作用を示すことから、めっき液中で三価のクロムを安定な形に保持することができると考えられる。
【0061】
前記の三価クロム化成処理液は、クロムを例えば0.005〜1.0モル/リットル含むことが好ましい。クロムと有機酸のモル比は、クロム1モルに対して1〜5モルであることが好ましい。
【0062】
本発明によれば、上述のめっき液等に加えて、クロムめっきや三価クロム化成処理などの金属の表面処理に用いられるめっき液等の補充液も提供される。この補充液は、上述の炭酸クロム(III)を含むスラリーからなる。このスラリーには、上述のとおり不純物イオンが含まれていないことが好ましい。クロムめっきや三価クロム化成処理等においては、無機アニオン、例えば硫酸イオン、硝酸イオン、塩化物イオンなどは、皮膜中に取り込まれず液中に残存したままになる。したがって、めっき液等にクロム源を注ぎ足すと、そのクロム源の対アニオンである無機アニオンがめっき液等中に次第に蓄積していき、めっき液等の組成が変化してしまう。これに対して、上述の炭酸クロム(III)を含むスラリーからなる補充液は、これらのアニオンを含まないので、該補充液をクロム供給源としてめっき液等に注ぎ足しても、めっき液等の組成の変化が少ない。その結果、めっき液等を頻繁に更新することなく、長期にわたりめっき液等を用いることができる。
【0063】
前記の補充液によってクロム源が補充されるめっき液等の種類に特に制限はなく、従来用いられてきた三価のクロムを含有するめっき液等を用いることができる。
【0064】
本発明の補充液は、クロムめっきや三価クロム化成処理を行っている間、めっき液等中のクロムイオンの消耗の程度に応じて該めっき液等中に適量添加される。添加は連続的でもよく、あるいは断続的でもよい。
【0065】
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は前記実施形態に制限されず、当該技術分野に属する通常の知識を有する者の常識の範囲内において種々の改変を行うことは何ら妨げられない。またそのような改変は本発明の範囲内のものである。
【実施例】
【0066】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。特に断らない限り「%」は「質量%」を意味する。また、例中の測定は以下の方法で行った。
<体積平均粒子径(MV)及び平均粒子径(D)>
炭酸クロム(III)を家庭用ミキサーで水中に十分分散した後、レーザー回折散乱法により測定した。
<Cr量>
試料を酸に溶解した溶液を、ICP発光分光分析装置((株)島津製作所製、ICPS‐8100CL)によってCrを測定し、得られた値をCrとして換算した。
<CO量>
全有機炭素(TOC)分析装置((株)島津製作所製、SSM−5000A)を用い、試料を950℃に加熱することで、生成・遊離したCOを赤外線ガス検出装置((株)島津製作所製、TOC−V CPH)にて測定した。
<OH量>
試料の乾燥減量(%)を測定し、100−Cr(%)−CO(%)−S(%)−乾燥減量(%)から算出した。
<S量>
試料を酸に溶解した溶液を、ICP発光分光分析装置((株)島津製作所製、ICPS−8100CL)によってSを定量した。
<乾燥減量>
試料を乾燥機中で110℃で2時間乾燥する前後の重量を測定しておき、乾燥前の重量から乾燥後の重量を差し引いた値を、乾燥前の重量で除して百分率に換算することで求めた。
<CO/Crモル比>
前記Cr量と前記CO量の測定結果からCO/Crモル比として算出した。
【0067】
[実施例1]
10%炭酸ナトリウム水溶液500gと、40%硫酸クロム水溶液(日本化学工業株式会社製)147.3gをそれぞれ容器に入れ準備した。次に10%炭酸ナトリウム水溶液を20℃に調整し、また40%硫酸クロム水溶液を純水で希釈して25%硫酸クロム水溶液とし、これを20℃に調整した。20℃に調整した純水中に、炭酸ナトリウム水溶液と硫酸クロム水溶液を同時添加した。添加速度は、炭酸ナトリウム水溶液が8.3g/分、硫酸クロム水溶液が3.9g/分であった。このときのCrに対するCOの仕込モル比(CO/Cr)は1.56であった。添加は連続的に60分間行った。添加の間、反応液のpHは約5.9に維持されていた。また、添加の間、反応液の温度は20〜30℃の間に維持されていた。また、添加の間、反応液を攪拌(350rpm)して、炭酸ナトリウムの量に対して硫酸クロムの量が局所的に過剰にならないようにした。反応によって生成した沈殿を、濾液の導電率が1mS/cmになるまで30℃で濾過水洗し、炭酸クロム(III)ケーキを得た。この炭酸クロム(III)ケーキを、70℃で12時間にわたり真空乾燥させた。得られた炭酸クロム(III)の測定結果は表1に示すとおりであった。また、温度25℃でpHが3.0のフッ酸水溶液1リットルに、Crとして1g含有に相当する炭酸クロム(III)を加えたときの溶解性(炭酸クロム(III)の生成直後及び90日保存した後、マグネチックスターラの回転数:200rpm)は表1に示すとおりであった。
【0068】
[実施例2]
40%硫酸クロム水溶液の添加量を241.3gとし,また添加速度を硫酸クロム水溶液が6.5g/分とし、pHを約5に維持した以外は実施例1と同じ方法で行った。このときのCrに対するCOの仕込モル比(CO/Cr)は0.94であった。得られた炭酸クロム(III)について、実施例1と同様の測定を行った。その結果を表1に示す。
【0069】
[実施例3]
炭酸クロム(III)ケーキを、70℃で15時間にわたり真空乾燥させたこと以外は実施例1と同じ方法で行った。このときのCrに対するCOの仕込モル比(CO/Cr)は1.56であった。得られた炭酸クロム(III)について、実施例1と同様の測定を行った。その結果を表1に示す。
【0070】
【表1】
【0071】
[比較例1]
10%炭酸ナトリウム水溶液500gと、40%硫酸クロム水溶液(日本化学工業株式会社製)108.7gをそれぞれ容器に入れ準備した。次に10%炭酸ナトリウム水溶液を20℃に調整し、また40%硫酸クロム水溶液を純水で希釈して25%硫酸クロム水溶液とし、これを20℃に調整した。20℃に調整した純水中に、炭酸ナトリウム水溶液と硫酸クロム水溶液を同時添加した。添加速度は、炭酸ナトリウム水溶液が8.3g/分、硫酸クロム水溶液が2.9g/分であった。このときのCrに対するCOの仕込モル比(CO/Cr)は2.08であった。添加は連続的に60分間行った。添加の間、反応液のpHは約7に維持されていた。また、添加の間、反応液の温度は20〜30℃の間に維持されていた。また、添加の間、反応液を撹拌(350rpm)して、炭酸ナトリウムの量に対して硫酸クロムの量が局所的に過剰にならないようにした。反応によって生成した沈殿を、濾液の導電率が1mS/cmになるまで30℃で濾過水洗し、炭酸クロム(III)ケーキを得た。この炭酸クロム(III)ケーキを、70℃で12時間にわたり真空乾燥させた。得られた炭酸クロム(III)について、実施例と同様の測定を行った。その結果を表2に示す。
【0072】
[比較例2]
10%炭酸ナトリウム水溶液500gと、35%塩化クロム水溶液(日本化学工業株式会社製)83.9gをそれぞれ容器に入れ準備した。次に10%炭酸ナトリウム水溶液を20℃に調整し、また35%塩化クロム水溶液を純水で希釈して25%塩化クロム水溶液とし、これを20℃に調整した。20℃に調整した純水中に、炭酸ナトリウム水溶液と塩化クロム水溶液を同時添加した。添加速度は、炭酸ナトリウム水溶液が8.3g/分、硫酸クロム水溶液が2.0g/分であった。このときのCrに対するCOの仕込モル比(CO/Cr)は2.5であった。添加は連続的に60分間行った。添加の間、反応液のpHは約7に維持されていた。また、添加の間、反応液の温度は20〜30℃の間に維持されていた。また、添加の間、反応液を攪拌(350rpm)して、炭酸ナトリウムの量に対して三価のクロムの量が局所的に過剰にならないようにした。反応によって生成した沈殿を、濾液の導電率が1mS/cmになるまで30℃で濾過水洗し、炭酸クロム(III)ケーキを得た。この炭酸クロム(III)ケーキを、70℃で12時間にわたり真空乾燥させた。得られた炭酸クロム(III)について実施例と同様の測定を行った。その結果を表2に示す。
【0073】
[比較例3]
炭酸クロム(III)ケーキを、70℃で18時間にわたり真空乾燥させたこと以外は、実施例1と同じ方法で行った。このときのCrに対するCOの仕込モル比(CO/Cr)は1.56であった。得られた炭酸クロム(III)について、実施例1と同様の測定を行った。その結果を表2に示す。
【0074】
【表2】
【0075】
以上の実施例及び比較例の結果から、実施例の炭酸クロム(III)(本発明品)は、フッ酸に対する溶解性が高いことが判る。これに対して、本発明の諸条件を満たさない比較例の炭酸クロム(III)は、フッ酸に対して完全に溶解しないことが判る。
【0076】
[実施例4]
実施例1と同様にして炭酸クロム(III)粉末を得た。次いで、得られた炭酸クロム(III)粉末を、温度25℃で各種の無機酸水溶液1リットルに、又は温度50℃で有機酸水溶液1リットルに、Crとして1g含有に相当する量添加し溶解させて、無機酸クロム水溶液又は有機酸クロム水溶液をそれぞれ得た。溶解に要した時間(単位:分)を以下の表3に示す。
【0077】
【表3】
【0078】
[実施例5〜7]
実施例1と同様にして炭酸クロム(III)粉末を得た。次いで、温度25℃で2種の酸を含む水溶液1リットルに、Crとして1g含有に相当する量添加し溶解させて、クロム(III)源を含む水溶液をそれぞれ得た。溶解に要した時間(単位:分)を以下の表4に示す。
なお、各実施例で使用した酸水溶液の組成は以下のとおりである。
A液(pH0.2);塩酸2.6重量%、硝酸5.2重量%
B液(pH0.4);硫酸2.5重量%、リン酸3.3重量%
C液(pH0.3);塩酸2.6重量%、シュウ酸2.2重量%
【0079】
【表4】
【0080】
[使用例1]
内容積8リットルの角型めっき槽に、以下の組成を有する三価クロムめっき用めっき液を調製した。被めっき物として軟鋼丸棒を用い、また陽極として炭素板を用い、浴温50℃、電流密度40A/dm2の条件でクロムめっきを行った。丸棒のめっき前後の質量測定から消費クロム量及び浴のクロム濃度を算出し、めっき液中のクロム濃度が1〜2g/リットル低下したら、実施例1で得られた炭酸クロム(III)のスラリーを、電析した金属クロムに相当する分だけめっき液に添加し、充分に攪拌しながらクロムめっきを継続して行った。その結果、良好なクロムめっきが得られた。
【0081】
(めっき液の組成)
塩化クロム6水和物 300g/L
ホウ酸 30g/L
グリシン 50g/L
塩化アンモニウム 130g/L
塩化アルミニウム6水和物 50g/L