(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、形鋼等からなる枠体に面材を固定したパネルを上下の梁またはスラブ間に設けた耐震壁が知られている(例えば、特許文献1および2参照)。
特許文献1に記載の耐震壁では、波形鋼板を枠体に接合したパネルが、上下の梁またはスラブに固定されている。耐震壁用の鋼板では、板曲げ剛性の強化ないし座屈抑制を図るべく凹凸形状が採用され、このような凹凸形状を連続加工できることから波形鋼板が多用されている。波形鋼板は、波形の形状の選択により、鋼板の特性を調整可能である。パネルに加工される際の波形鋼板の波形の筋の連続方向は、加工の容易さから縦横の各辺に沿う方向つまり水平または垂直とされる。特許文献1の耐震壁においては、波形鋼板が上下方向の軸力および面内曲げを負担することを回避するために、波形の筋を水平方向としている。
【0003】
特許文献2に記載の耐震壁では、パネルを上下に分割して上下方向(鉛直方向)の長さが異なる短パネルおよび長パネルを構成するとともに、各パネルの配置を上下に反転させて水平方向に交互に配置することで、各パネルが所定の間隔を隔てて凹凸状にかみ合うように配置されている。
そして、特許文献1および2に記載の耐震壁とも、地震や風等により建築物に作用する水平力に対し、パネルの面材に水平力をせん断力として負担させることで、耐震性が確保されるようになっている。
特許文献3に記載の耐震壁では、壁パネルの上面に壁幅方向の長孔を設け、長孔に上下方向に出退自在となるように嵌入支持された締結ボルト体を介して、前記壁パネルの上面と上横架材(梁)とを係合させている。従って、壁パネルは、壁パネルの面外方向への変位は規制されるが、上横架材に対して上下方向および上横架材に沿った方向(長孔の連続方向)に変位可能である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1および2に記載の従来の耐震壁では、それぞれ以下のような課題が存在する。
すなわち、特許文献1に記載の耐震壁では、耐震壁を梁またはスラブに接合させるために、耐震壁の上下方向の位置を梁またはスラブ間の所定位置に合わせる必要がある。このため、施工誤差を吸収することができず、施工性の点で問題がある。
また、耐震壁を連層配置(多階層化)した場合、耐震壁の縦枠を介して上下階に軸力が伝達し、連層配置の最上部または最下部における梁またはスラブと耐震壁との接合部の応力が増大してしまうという問題もある。
特許文献2に記載の耐震壁では、各パネルが所定の間隔を隔てて配置されているため、架構の変形が小さい場合は、パネル間でせん断力の伝達を行うことができず、架構部分で多くの水平力を負担しなければならないという問題がある。
特許文献3に記載の耐震壁では、上横架材(梁)に対して、壁パネルを壁幅方向および上下方向に相対摺動自在に取り付けられるため、特許文献1で述べた施工性の問題および上下層への軸力伝達の問題の解消に利用できる可能性がある。
しかし、特許文献3では、壁パネルの壁幅方向の変位許容に、壁パネルの上面の長孔を利用しているため、架構の変形が小さい範囲では壁パネルに水平方向のせん断力が伝達されず、安定した履歴特性が得られない。従って、特許文献3によっても、特許文献2で述べたせん断力の伝達の問題が解消できず、架構部分で多くの水平力を負担しなければならないという問題がある。
【0006】
本発明の目的は、施工性を向上できるとともに、架構部分での水平力負担を軽減できる耐震壁および耐震構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の耐震壁は、柱梁架構または柱スラブ架構の梁またはスラブ間に壁パネルが設けられた耐震壁であって、前記壁パネルは、波形の筋を水平方向または上下方向に向けて配置された波形鋼板と、この波形鋼板を囲んで取り付けられた枠体とを備え、上下方向および水平方向に位置調整可能に前記梁または前記スラブに接続され、前記壁パネルの上下方向および水平方向の位置調整を許容可能にするとともに水平力を伝達可能にする水平力伝達機構を介して、前記柱梁架構または前記柱スラブ架構に対する前記壁パネルの相対位置が固定され
、前記壁パネルは、上下方向に上パネルと下パネルとに2分割されて構成され、前記上パネルは、上方の梁またはスラブに接続され、前記下パネルは、下方の梁またはスラブに接続され、前記上パネルと前記下パネルとは、前記水平力伝達機構を介して、それぞれの位置調整を許容可能かつ水平力を伝達可能に互いに固定され、前記水平力伝達機構は、水平方向に長く形成された長孔を有するとともに前記壁パネルに水平方向の両側から当接する当接部材と、前記長孔に挿通されて前記当接部材を固定するボルトとを備えていることを特徴とする。
【0008】
本発明によれば、壁パネルは、上下方向および水平方向の壁パネルの位置調整を許容可能にするとともに水平力を伝達可能にする水平力伝達機構を介して
、架構に対する相対位置が固定されているため、上下方向および水平方向の両方向に対して壁パネルの位置調整を行うことができる。このため、施工誤差を吸収することができ、施工性を向上させることができる。
また、水平力伝達機構は、壁パネルの固定時に水平力を伝達可能にするので、架構の変形が小さい場合であっても、水平力伝達機構を介して耐震壁にせん断力を十分伝達することができる。このため、架構部分での水平力負担を軽減することができる。
さらに、壁パネルが水平力伝達機構を介して固定されているため、壁パネルには水平力のみが伝達され、軸力は伝達されないようになっている。このため、耐震壁を連層配置した場合でも、耐震壁を介して軸力が伝達することを防止でき、連層配置の最上部または最下部における耐震壁の接合部の応力が増大することを防止できる。
本発明の耐震壁において、水平力伝達機構は、水平方向に長く形成された長孔を有するとともに壁パネルに水平方向の両側から当接する当接部材と、長孔に挿通されて当接部材を固定するボルトとを備えている。このため、当接部材の長孔にボルトを挿通した状態で当接部材を壁パネルに接触させるだけで、当接部材の位置決めを行うことができる。また、当接部材が壁パネルを挟持した状態でボルトを締め付けることにより、当接部材を介して壁パネルを固定することができる。従って、壁パネルの固定を簡単かつ短時間で行うことができるので、施工性をより向上させることができる。
【0009】
本発明の耐震壁において
、壁パネルは、上下方向に上パネルと下パネルとに2分割されて構成され
、上パネルは、上方の梁またはスラブに接続され
、下パネルは、下方の梁またはスラブに接続され
、上パネル
と下パネルとは
、水平力伝達機構を介して、それぞれの位置調整を許容可能かつ水平力を伝達可能に互いに固定されてい
る。
【0010】
ここで、壁一枚あたりが負担するせん断力をQ、建築物の壁高さをH、壁パネルの幅をW、建物の階層数をSとすると、以下の関係となる。
壁パネルの縦枠を介して上下方向の力が伝達される場合、各階層の壁パネル仕様が同じであり、かつ壁パネルに作用するせん断力が同じであると仮定すると、最下層あるいは最上層の壁パネルと梁との接合部に作用する上下方向の力Rは、以下の式(1)により算出される。
【0011】
[式1]
R=Q×H×S÷W÷(S+1) …(1)
【0012】
一方、壁の上下方向の中央で分割された2つの分割パネルで壁パネルが構成された場合、壁パネルと梁との接合部に作用する上下方向の力Rは、以下の式(2)により算出される。
【0013】
[式2]
R=Q×H/2÷W …(2)
【0014】
つまり、上下方向に上パネルと下パネルとに2分割して壁パネルを構成すれば、縦枠を介して上下方向の力が伝達されることを回避できるので、壁パネルと梁との接合部で負担する上下方向の力の大きさを小さくすることができる。このため、壁パネルと梁との接合部の強度を低下させることができるので、当該接合部を小型化することができる。この効果は、階層数Sが大きくなるほどより顕著となる。
【0015】
さらに、壁パネルを上下に2分割することで、波形鋼板の波形の筋を上下方向に配置しても軸力伝達を回避できる。とくに、縦長の壁パネルであっても、2分割した各分割パネルでは上下方向と水平方向の寸法比(縦横比)を小さくすることができ、これにより波形鋼板の波形の筋を上下方向に配置した場合でも座屈耐力の低下を回避することができる。
【0016】
本発明の耐震壁は、柱梁架構または柱スラブ架構の梁またはスラブ間に壁パネルが設けられた耐震壁であって、前記壁パネルは、波形の筋を水平方向または上下方向に向けて配置された波形鋼板と、この波形鋼板を囲んで取り付けられた枠体とを備え、上下方向および水平方向に位置調整可能に前記梁または前記スラブに
固定され、前記壁パネルの上下方向および水平方向の位置調整を許容可能にするとともに水平力を伝達可能にする水平力伝達機構を介して、前記柱梁架構または前記柱スラブ架構に対する前記壁パネルの相対位置が固定され、前記水平力伝達機構は、前記柱梁架構または前記柱スラブ架構に対して水平方向に位置調整可能に固定されかつ前記壁パネルに水平方向の両側から当接
して前記壁パネルと前記柱梁架構または前記柱スラブ架構とを固定する当接部材を備えていることを特徴とする。
本発明によれば、壁パネルは、上下方向および水平方向の壁パネルの位置調整を許容可能にするとともに水平力を伝達可能にする水平力伝達機構を介して、架構に対する相対位置が固定されているため、上下方向および水平方向の両方向に対して壁パネルの位置調整を行うことができる。このため、施工誤差を吸収することができ、施工性を向上させることができる。
また、水平力伝達機構は、壁パネルの固定時に水平力を伝達可能にするので、架構の変形が小さい場合であっても、水平力伝達機構を介して耐震壁にせん断力を十分伝達することができる。このため、架構部分での水平力負担を軽減することができる。
さらに、壁パネルが水平力伝達機構を介して固定されているため、壁パネルには水平力のみが伝達され、軸力は伝達されないようになっている。このため、耐震壁を連層配置した場合でも、耐震壁を介して軸力が伝達することを防止でき、連層配置の最上部または最下部における耐震壁の接合部の応力が増大することを防止できる。
本発明の耐震壁において、水平力伝達機構は、柱梁架構または柱スラブ架構に対して水平方向に位置調整可能かつ壁パネルに水平方向の両側から当接する当接部材を備えている。このため、当接部材を壁パネルに接触させることで、柱梁架構または柱スラブ架構に対して、壁パネルに応じて、当接部材の水平方向の位置調整を行うことができる。また、当接部材が壁パネルの両側から当接することで、当接部材を介して壁パネルを固定することができる。従って、壁パネルの固定を簡単かつ短時間で行うことができるので、施工性をより向上させることができる。
【0017】
本発明の耐震壁において、前記当接部材は、前記壁パネルから面外方向に突出するように設けられた平鋼に当接する構成としてもよい。
このような構成によっても、当接部材による壁パネルの両側からの当接を実現することができる。
本発明の耐震壁は、前記柱梁架構または前記柱スラブ架構の面内において水平方向に複数設けられてもよい。
このような構成によれば、架構の面内に複数の壁パネルが水平方向に並設されるため、これら複数の壁パネルでせん断力を負担することができる。このため、壁パネルで負担可能なせん断力を大きくすることができるので、建築物全体としての水平耐力を向上させることができる。
【0018】
本発明の耐震壁において、前記壁パネルの波形鋼板は、超深絞り用鋼板、深絞り用鋼板、絞り用鋼板、および低降伏比型高強度鋼板のうちのいずれかの鋼板で構成されていてもよい。
このような構成によれば、波形鋼板が水平力を負担する際のエネルギー吸収量を大きくすることができるため、耐震壁が用いられる建築物の水平耐力を向上させることができる。
【0019】
本発明の耐震構造は、柱梁架構または柱スラブ架構と、
前述した本発明の耐震
壁を備えていることを特徴とする。
このような耐震構造によれば、前述した
本発明の耐震壁の効果が得られるため、架構部分での水平力負担を軽減することができる。
【発明の効果】
【0020】
以上のような本発明の耐震壁および耐震構造によれば、上下方向および水平方向の位置調整可能に壁パネルを設置できるとともに、水平力伝達機構を介して水平力を伝達可能に壁パネルを固定することができる。このため、施工誤差を吸収して施工性を向上させることができるとともに、架構の変形が小さい場合であっても、水平力伝達機構を介して耐震壁にせん断力を伝達することにより、架構部分での水平力負担を軽減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の各実施形態を図面に基づいて説明する。
なお、第2実施形態以降において、次の第1実施形態で説明する構成部材と同じ構成部材、および同様な機能を有する構成部材には、第1実施形態の構成部材と同じ符号を付し、それらの説明を省略または簡略化する。
【0023】
〔第1実施形態〕
以下、本発明の第1実施形態を
図1から
図7に基づいて説明する。
図1は、本実施形態に係る建築物の耐震構造を示す図である。
図1において、建築物は、それぞれ架構1を構成する柱2および梁3と、上下の梁3に固定された耐震壁4とを備えている。
【0024】
柱2および梁3は、ウェブ21,31と、このウェブ21,31の両端に設けられた一対のフランジ22,32とを備えた、いわゆるH形鋼により構成されている。なお、柱2および梁3は、H形鋼で構成される場合に限定されるものではなく、これ以外の形状や材質を有して構成されてもよい。
【0025】
梁3は、
図2(A)および
図2(B)にも示すように、断面L字状の不等辺山形鋼5を介して柱2の側面に端部が接続されることにより、柱2と一体化される。具体的に、不等辺山形鋼5は、柱2のフランジ22に隅肉溶接され、梁3の端部がボルト11で不等辺山形鋼5に固定される。この結果、柱2と梁3とが接合され、柱梁架構1が構成されることになる。
【0026】
耐震壁4は、壁パネル6と、この壁パネル6に水平力を伝達可能に構成された水平力伝達機構7とを備えている。
壁パネル6は、上下方向に上パネル8と下パネル9とに2分割されて構成されている。
上パネル8は、枠体81と、この枠体81に固定された折板82とを備えている。
枠体81は、それぞれ平鋼からなる上枠材83、下枠材84、および左右の縦枠材85が四周枠組みされて構成されている。なお、枠体81は、平鋼で構成される場合に限定されるものではなく、折板82に先行して崩壊しないために十分な耐力を有していれば、平鋼以外の形状や材質を有して構成されてもよい。
折板82は、山部と谷部とを有する波形鋼板により構成されている。
波形鋼板の板厚は1.6mm以上で9.0mm未満であることが望ましい。板厚が1.6mm未満であると、座屈に対して十分な強度が得にくい。また、板厚が9.0mm以上であると、重量が増加するため製造時の作業効率の上で好ましくない。
【0027】
下パネル9は、枠体91と、折板92と、枠体91に設けられた複数のストッパー96とを備えている。
枠体91は、上パネル8の枠体81と同様に、上枠材93、下枠材94、および左右の縦枠材95が枠組みされて構成されるが、上枠材93の構成が上パネル8の上枠材83と相違する。すなわち、上枠材93は、左右の縦枠材95の間隔よりも長く形成され、両端部が縦枠材95から張り出している。この張出部93Aには、水平力伝達機構7が配置される。このため、張出部93Aには、水平力伝達機構7を固定するためのボルト72が挿通されるボルト孔93B(
図3(A)参照)が設けられている。
【0028】
ストッパー96は、各パネル8,9が架構1の面外方向へ移動することを規制するための部材である。各ストッパー96は、
図3(A)および
図3(B)にも示すように、断面L字状のL形鋼で構成され、上枠材93から上方に起立して設けられるとともに、上パネル8を挟んで対向して配置されている。
【0029】
ここで、各パネル8,9は、上下方向の長さを合計した値が、上下の梁3間の間隔よりも小さくなるように設計されている。すなわち、各パネル8,9は、それぞれ上下の梁3に接続されたときに、上パネル8と下パネル9との間に隙間が生じるように構成されている。これにより、各パネル8,9は、上下方向及び水平方向に互いの相対位置を調整可能、かつ軸力の伝達を防止可能に設置される。なお、
図3(A)および
図3(B)は、設計通りに施工された場合の各パネル8,9の位置関係を示している。
【0030】
以上の各パネル8,9は、
図4(A)および
図4(B)にも示すように、折板82,92が波形の筋を水平方向に向けて配置された状態で、接合金物10を介して梁3に接続される。具体的に、接合金物10は、各パネル8,9の左右の縦枠材85,95に隅肉溶接されており、この接合金物10をボルト12(
図4(A)および
図4(B)参照)で梁3のフランジ32に固定することで、上パネル8が上方の梁3に、下パネル9が下方の梁3にそれぞれ接続される。なお、縦枠材85,95については、平鋼、H形鋼、溝形鋼など、形状に制限なくさまざまな鋼材が選択できる。また、接合金物10については、ホールダウン金物、ベースプレートなど接合機能を有する金物であれば、特に制限なく選択できる。
【0031】
水平力伝達機構7は、壁パネル6に水平方向の両側から当接する当接部材71と、当接部材71を下パネル9の上枠材93に固定するボルト72とを備えている。
当接部材71は、直方体状の鋼材で構成される。当接部材71には、水平方向に長く形成された長孔73(
図3(A)参照)が設けられ、この長孔73にボルト72が挿通される。これにより、下パネル9上で当接部材71が水平方向に位置調節できるようになっている。
【0032】
以上のような耐震壁4において、各パネル8,9の折板82,92は、地震荷重のような水平力が各パネル8,9に作用した場合に、各折板82,92がせん断力を負担することで、水平力を負担できるようになっている。また、上パネル8と下パネル9とは、水平力伝達機構7により互いの水平力を伝達可能に接続されているため、水平力を壁パネル6の全面で負担することができる。
【0033】
ここで、各パネル8,9の折板82,92に使用される鋼板は、応力(降伏強度)σと歪み(伸び)εとの関係において、
図5に実線で示すような特性を有することが好ましい。この場合、折板82,92は、応力−歪み関係において降伏棚が存在せず、
図5に破線で示す一般的な鋼板と比べて加工硬化が大きい特性を有するため、変形特性に優れる。このため、折板82,92が水平力を負担する際のエネルギー吸収量を大きくすることができるので、建築物全体としての水平耐力を向上させることができる。このような鋼板としては、それぞれ日本工業規格JIS G3141に定められた深絞り用冷延鋼板(SPCE)および絞り用冷延鋼板(SPCD)、新日本製鐵株式会社製の超深絞り用冷延鋼板(SSPDX)、超深絞り熱延鋼板(NSHX)、低降伏比型高強度熱延鋼板(SAFH540D、SAFH590D)、および低降伏比型高強度冷延鋼板(SAFC590D等)などが例示できる。なお、「SSPDX」、「SAFC」、および「SAFH」は、新日本製鐵株式会社の登録商標である。
【0034】
鋼板の加工硬化のしやすさは、加工硬化係数「n」(いわゆるn値)で示される。折板82,92に使用される鋼板のn値は、鋼板の比例限強度が10
0N/mm
2未満の場合は0.22≦n≦0.39、比例限強度が10
0N/mm
2以上30
0N/mm
2未満の場合は0.20≦n≦0.29、比例限強度が30
0N/mm
2以上の場合は0.18≦n≦0.21の範囲が望ましい。n値が前記範囲の下限値未満であると、塑性化領域が広がりにくく、ひずみが局所的に集中しやすくなるため、エネルギーを十分に吸収できず望ましくない。一方、n値が前記範囲の上限値を超えると、波形鋼板すなわち折板82,92のエネルギー吸収性能が低下または頭うちになる。
【0035】
一方、柱2、梁3、および各パネル8,9は、建築物の建設現場で組み付けられるため、施工誤差を生じることがある。しかしながら、以下に説明するように、水平力伝達機構7を介して各パネル8,9の位置調整を許容できるので、施工誤差を吸収することができる。
【0036】
図6は、上パネル8が、施工誤差により、下パネル9に対して図の左方向に相対的に位置ずれを起こしている状態を示す図である。このような場合でも、当接部材71の長孔73にボルト72を挿通した状態で、当接部材71を図の左右方向に移動させて当接部材71で上パネル8を挟み込んだ後、ボルト72を締め付けることで、当接部材71を介して各パネル8,9を互いに固定することができる。これにより、水平方向の位置ずれを許容することができるとともに、水平力伝達機構7により上パネル8と下パネル9との間で互いの水平力を伝達可能な状態とすることができる。また、上パネル8は、下パネル9との間に隙間が設けられた状態で、水平方向の両側から当接部材71で挟み込まれて下パネル9に固定されるため、上下のパネル8,9間には主に水平力のみが伝達されることになる。このため、上下のパネル8,9間での軸力の伝達を防止することができる。
【0037】
図7は、上パネル8が、施工誤差により、下パネル9に対して図の下方および左方向に相対的に位置ずれを起こしている状態を示す図である。この場合でも、上パネル8と下パネル9との間には隙間が設けられているため、各パネル8,9が互いに干渉することがなく、上下方向の位置ずれを許容することができる。また、上パネル8と下パネル9との間の左右方向の位置ずれに対しては、前述したように、当接部材71を水平方向に移動させて当接部材71で上パネル8を挟持することにより、水平方向の位置ずれを許容しつつ、上パネル8と下パネル9との間で互いの水平力を伝達可能、かつ軸力伝達を防止可能な状態とすることができる。
【0038】
以上の本実施形態によれば、以下の効果が得られる。
すなわち、壁パネル6の位置調整を許容可能にするとともに水平力を伝達可能にする水平力伝達機構7を介して壁パネル6が固定されているため、壁パネル6の位置調整を行った上で、水平力伝達機構7を介して壁パネル6にせん断力を十分に伝達させることができる。このため、施工性を向上させることができるとともに、架構1での水平力負担を軽減することができる。
また、壁パネル6は、上下2つのパネル8,9を備えて構成されるため、各パネル8,9の上下方向の寸法を小さくすることができる。このため、各パネル8,9と梁3との接合部分で負担する応力を小さくすることができるので、接合金物10やボルト11として小型のものを使用することができる。
【0039】
〔第2実施形態〕
次に、本発明の第2実施形態を
図8に基づいて説明する。
本実施形態の耐震壁4は、壁パネル6の構成および水平力伝達機構7の配置が第1実施形態と相違するものの、その他の構成は第1実施形態と略同様である。以下、相違点について詳しく説明する。
【0040】
壁パネル6は、
図8に示すように、上方方向に分割されておらず、単体のパネルで構成されている。すなわち、壁パネル6は、上枠材63、下枠材64、および左右の縦枠材65が四周枠組みされた枠体61と、この枠体61に固定される折板62とを備えている。この壁パネル6は、接合金物10を介して上方側の梁3に接続され、下枠材64と下方側の梁3との間には、隙間が設けられている。なお、縦枠材65については、平鋼、H形鋼、溝形鋼など、形状に制限なくさまざまな鋼材が使用できる。
【0041】
水平力伝達機構7は、下方側の梁3に設けられている。これに伴い、下方側の梁3には、ボルト72挿通用のボルト孔が設けられるとともに、ストッパー33が設置されている。梁3に形成されたボルト孔と、当接部材71の長孔73とにボルト72を挿通し、当接部材71で壁パネル6を挟み込んだ状態でボルト72を締め付けることで、当接部材71を介して壁パネル6を梁3に固定することができる。
【0042】
以上の耐震壁4によっても、第1実施形態と同様に、施工性を向上させることができるとともに、架構1での水平力負担を軽減することができる。また、壁パネル6を単体のパネルで構成しているので、壁パネル6を安価に構成することができ、耐震壁4の製造コストを抑制することができる。
【0043】
〔第3実施形態〕
次に、本発明の第3実施形態を
図9に基づいて説明する。
本実施形態は、架構1の面内に複数の耐震壁4が設けられている点で第1実施形態と相違するものの、耐震壁4の構成そのものは第1実施形態と同様である。すなわち、本実施形態では、架構1の面内において水平方向に2つの耐震壁4が設けられている。なお、架構1の面内に設けられる耐震壁4としては2つに限られず、3つ以上であってもよい。
【0044】
以上の耐震壁4によっても、第1および第2実施形態と同様に、施工性を向上させることができるとともに、架構1での水平力負担を軽減することができる。また、架構1の面内に複数の耐震壁4が設けられているので、複数の壁パネル6でせん断力を負担することができる。このため、壁パネル6で負担可能なせん断力を大きくすることができるので、建築物全体としての水平耐力を向上させることができる。
【0045】
〔第4実施形態〕
次に、本発明の第4実施形態を
図10に基づいて説明する。
本実施形態の耐震壁4は、壁パネル6における折板82,92の波形の筋が上下方向とされている点で第1実施形態と相違するものの、その他の構成は第1実施形態と略同様である。
すなわち、本実施形態では、壁パネル6に配置される上パネル8および下パネル9は、それぞれ枠体81,91の内側に折板82,92が固定されている。折板82,92は、それぞれ波形の筋が上下方向に配置されている。
【0046】
このような本実施形態によっても、前述した第1実施形態と同様の効果を得ることができる。本実施形態では、折板82,92は波形の筋が上下方向であり、波形の筋が水平方向である第1実施形態とは異なるが、上パネル8および下パネル9は縦横比が小さいため、波形の筋が上下方向であっても水平方向との相違は顕在化することがない。
すなわち、本実施形態のように、上パネル8および下パネル9は縦横比が小さい場合、これらのパネル8,9がそれぞれ正方形に近い形状となり、各々における縦枠間の変形量と横枠間の変形量が略同等とみなすことができる。このような状態では、波形の筋が水平方向であるパネルと同等の座屈性能を得ることができる。
【0047】
なお、本実施形態では第1実施形態の折板82,92の波形の筋を上下方向にした例を説明したが、前述した第2実施形態および第3実施形態の折板82,92についても波形の筋を上下方向にしてもよい。但し、第2実施形態では、壁パネル6が上下に2分割されておらず、折板62の縦横比が大きくなるので、なるべく波形の筋を水平方向に用いることが望ましい。
【0048】
なお、本発明は、前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる他の構成等を含み、以下に示すような変形等も本発明に含まれる。
例えば、前記各実施形態では、水平力伝達機構7は、当接部材71とボルト72とを備えていたが、水平力伝達機構7の構成としては、これに限られない。例えば、
図11(A)および
図11(B)に示すように、上パネル8の面外方向に突出するように下枠材84に設けられた平鋼74と、水平方向に長く形成された長孔75Aを有し、下パネル9の上枠材93に被せられた溝形鋼76を介して上枠材93に固定される板状のストッパー75と、長孔75Aに挿通されるボルト77とを備えて、水平力伝達機構7を構成してもよい。この場合、ストッパー75が平鋼74を挟持した状態で上枠材93に固定されるため、ストッパー75と平鋼74との間に生じる支圧により、上パネル8と下パネル9とを固定することができる。そして、ストッパー75は、長孔75Aを有しているため、ストッパー75を水平方向に位置調節することができる。
【0049】
また、水平力伝達機構7としては、上下方向及び水平方向の壁パネル6の位置調整を許容できるとともに水平力を伝達可能なものであればよく、例えば、一端側が各パネル8,9に回動自在に設けられるとともに他端側にねじが刻設されたロッドと、これらロッドを水平方向に接続するターンバックルとで水平力伝達機構7を構成してもよい。
【0050】
前記第1実施形態では、下パネル9に水平力伝達機構7を設けていたが、上パネル8に水平力伝達機構7を設けてもよい。このためには、上パネル8の下枠材84を左右の縦枠材85から張り出す長さに形成するとともに、この下枠材84の張出部に、水平力伝達機構7を固定するためのボルト孔を設ければよい。
【0051】
また、前記第2実施形態では、壁パネル6の上端部が上方側の梁3に接続される一方で、壁パネル6の下端部が水平力伝達機構7を介して下方側の梁3に固定されていたが、壁パネル6の下端部を下方側の梁3に接続し、水平力伝達機構7を介して壁パネル6の上端部を上方側の梁3に固定してもよい。
【0052】
前記各実施形態において、枠体61,81,91はそれぞれ上下左右の枠材が四周枠組みされた構成としたが、枠材の一部を省略し、折板62,82,92の三方に接合された枠材からなる枠体としてもよい。具体的には、架構1に組み込まれた際に梁3に沿う状態となる部位、具体的には壁パネル6の上枠材63、上パネル8の上梁材83および下パネル9の下梁材94については、適宜省略してもよい。
【0053】
前記各実施形態では、耐震壁4が柱梁架構1に設けられていたが、耐震壁4を柱スラブ架構に用いてもよい。また、柱2と梁3との接合や、壁パネル6と梁3との接合には、前記各実施形態以外の方法を用いてもよい。
前記各実施形態においては、本発明の耐震壁4が設置される建築物を具体的に例示していないが、耐震壁4の設置対象は、特に限定されるものではなく、各種構造形式の建築物や任意の用途の建築物などに本発明の耐震壁4を利用可能である。
【0054】
その他、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、本発明は、主に特定の実施形態に関して特に図示され、かつ説明されているが、本発明の技術的思想および目的の範囲から逸脱することなく、以上述べた実施形態に対し、形状、材質、数量、その他の詳細な構成において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
従って、上記に開示した形状、材質などを限定した記載は、本発明の理解を容易にするために例示的に記載したものであり、本発明を限定するものではないから、それらの形状、材質などの限定の一部もしくは全部の限定を外した部材の名称での記載は、本発明に含まれるものである。