特許第6163790号(P6163790)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6163790
(24)【登録日】2017年6月30日
(45)【発行日】2017年7月19日
(54)【発明の名称】トロイダル型無段変速機
(51)【国際特許分類】
   F16H 61/02 20060101AFI20170710BHJP
   F16H 15/38 20060101ALI20170710BHJP
   F16H 59/68 20060101ALI20170710BHJP
   F16H 61/664 20060101ALI20170710BHJP
【FI】
   F16H61/02
   F16H15/38
   F16H59/68
   F16H61/664
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-40816(P2013-40816)
(22)【出願日】2013年3月1日
(65)【公開番号】特開2014-169726(P2014-169726A)
(43)【公開日】2014年9月18日
【審査請求日】2016年1月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000811
【氏名又は名称】特許業務法人貴和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】豊田 俊郎
【審査官】 渡邊 義之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−211612(JP,A)
【文献】 特開2002−195393(JP,A)
【文献】 特開2007−198509(JP,A)
【文献】 特開2012−159159(JP,A)
【文献】 特開2007−46661(JP,A)
【文献】 特開2007−298098(JP,A)
【文献】 特開2004−84712(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 59/00−61/12
F16H 61/16−61/24
F16H 61/66−61/70
F16H 63/40−63/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1対のディスクと、複数の支持部材と、これら各支持部材と同数のパワーローラと、ローディング装置と、ローディング圧制御手段とを備え、
このうちの各ディスクは、それぞれが断面円弧形のトロイド曲面である互いの軸方向側面同士を対向させた状態で、相対回転を可能に支持されたものであり、
前記各支持部材は、前記各ディスクの軸方向に関してこれら各ディスクの軸方向側面同士の間位置の周方向に関して複数箇所に配置されていて、それぞれの両端部に前記各支持部材毎に互いに同心に設けた、各傾転軸を中心とする揺動変位を可能に支持されており、
前記各パワーローラは、前記各支持部材に、それぞれ回転自在に支持された状態で、球状凸面としたそれぞれの周面を、前記各ディスクの軸方向側面にそれぞれ転がり接触させており、
前記ローディング装置は、前記各ディスクを、互いの軸方向側面同士を近付ける方向に押圧して、これら各ディスクの軸方向側面と前記各パワーローラの周面との転がり接触部であるトラクション部の面圧を確保するものであり、
前記ローディング圧制御手段は、前記ローディング装置が前記各ディスクを押圧する力の大きさに対応するローディング圧を、運転状態に応じて調節するものであるトロイダル型無段変速機に於いて、
前記各ディスクの中心軸同士の、これら各ディスクの径方向に関するずれ量である偏心量を求める為の偏心量算出手段と、この偏心量のみに基づき、前記各ディスク同士の間でのトルク伝達状態に於ける前記各トラクション部のトラクション係数の増加量を求める為のトラクション係数増加量算出手段とを備え、前記ローディング圧制御手段は、このトラクション係数増加量算出手段の算出値に基づいて、前記ローディング装置のローディング圧を増加させるものである事を特徴とするトロイダル型無段変速機。
【請求項2】
前記トラクション係数増加量算出手段が、計算式又はマップにより、前記偏心量から前記トラクション係数の増加量を求める、請求項1に記載したトロイダル型無段変速機。
【請求項3】
前記偏心量算出手段が、次の(A)〜(C)のうちから選択される1乃至複数種類である、請求項1〜2のうちの何れか1項に記載したトロイダル型無段変速機。
(A) 前記各ディスクの径方向位置を測定する複数個のセンサと、これら各センサの測定値に基づいてこれら各ディスク同士の間の偏心量を算出する演算器とを備えるもの。
(B) 前記各ディスクの径方向に関する組み付け隙間に基づいて、これら各ディスク同士の間の偏心量を算出する演算器を備えるもの。
(C) 前記各ディスク同士の間でのトルク伝達時に、構成各部の弾性変形量を測定若しくは算出し、その測定値若しくは算出値に基づいて、前記各ディスク同士の間の偏心量を算出する演算器を備えるもの。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車用変速装置として、或いはポンプ等の各種産業用機械の運転速度を調節する為の変速装置として利用する、トロイダル型無段変速機の改良に関する。具体的には、各ディスクが、互いの中心軸同士を多少偏心させた状態のまま相対回転した場合にも、動力伝達部(トラクション部)で有害な滑り(グロススリップ)が発生し難い構造の実現を図るものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用変速機を構成する変速機の一種としてトロイダル型無段変速機が、多くの刊行物に記載される等により広く知られており、一部で実施されている。又、トロイダル型無段変速機と遊星歯車機構とを組み合わせて無段変速装置を構成し、このうちのトロイダル型無段変速機単体としての変速比(減速比)に比べて、無段変速装置全体としての速度比(増速比)の調節範囲を大きくする構造も、例えば特許文献1に記載される等により、従来から知られている。図2〜4は、この特許文献1に記載された、無段変速装置の従来構造の1例を示している。尚、以下の説明では、明りょう化の為、トロイダル型無段変速機単体に関しては変速比の語を使用し、無段変速装置に関しては速度比の語を使用する。
【0003】
前記特許文献1に記載された無段変速装置は、トロイダル型無段変速機1と、前段、中段、後段の3段階のユニットを備えた遊星歯車式変速機2とを、低速用クラッチ3と高速用クラッチ4とを介して組み合わせて成る。そして、これら両クラッチ3、4の断接状態を切り換えると共に、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を調節する事により、入力軸5と、この入力軸5と同心に配置された出力軸6との間の速度比(増速比)を零(減速比を無限大)に調節可能としている。即ち、前記低速用クラッチ3を接続すると共に前記高速用クラッチ4の接続を断った低速モード状態で、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を調節する事により、前記入力軸5を一方向に回転させた状態のまま、前記出力軸6を、停止状態を挟んで、両方向に回転させられる様にしている。これに対して、前記高速用クラッチ4を接続すると共に前記低速用クラッチ3の接続を断った高速モード状態で、前記トロイダル型無段変速機1の変速比を増速側に変化させる程、前記無段変速装置全体としての速度比も増速側に変化させる様にしている。
【0004】
上述の様なトロイダル型無段変速機1は、1対の入力側ディスク7a、7bと、一体型の出力側ディスク8と、複数のパワーローラ9、9とを備える。これら各ディスク7a、7b、8の、互いに対向する軸方向側面は、それぞれ断面円弧形の凹曲面(トロイド曲面)とし、前記各パワーローラ9、9の周面は、部分球面状の凸曲面としている。そして、前記両入力側ディスク7a、7bは、前記入力軸5を介して互いに同心に、且つ、同期した回転を自在として結合している。又、前記出力側ディスク8は、前記両入力側ディスク7a、7b同士の間に、これら両入力側ディスク7a、7bと同心に、且つ、これら両入力側ディスク7a、7bに対する相対回転を自在として支持している。更に、前記各パワーローラ9、9は、これら各ディスク7a、7b、8の軸方向に関して、この出力側ディスク8の軸方向両側面とこれら両入力側ディスク7a、7bの軸方向片側面との間に、それぞれ複数個ずつ挟持している。そして、これら両入力側ディスク7a、7bの回転に伴って回転しつつ、これら両入力側ディスク7a、7bから前記出力側ディスク8に動力を伝達する。
【0005】
前記出力側ディスク8はその軸方向両端部を、それぞれがスラストアンギュラである1対の玉軸受10、10等の転がり軸受により、回転自在に支持している。又、前記各パワーローラ9、9はそれぞれ、特許請求の範囲に記載した支持部材であるトラニオン11、11の内側面に、回転自在に支持している。又、これら各トラニオン11、11の両端部を支持する為に1対の支持板12a、12bをケーシング13の内側に、互いに平行に且つ上下方向に間隔を空けて配置されたアクチュエータボディー14及び連結板15と、1対の支柱16、16とを介して設けている。これら両支柱16、16はそれぞれ、前記入力軸5を挟んで径方向反対側に互いに同心に設けられた1対の支持ポスト部17a、17bを、環状乃至は枠状の支持部18により連結して成る。前記入力軸5は、この支持部18の内側を挿通している。
【0006】
又、前記両支柱16、16の下端部は、前記アクチュエータボディー14の上面に凹凸嵌合により、取付位置並びに取付方向を規制した状態で、それぞれボルト19、19により結合固定している。これに対して前記両支柱16、16の上端部は前記連結板15の下面に、それぞれボルト20、20により、やはり凹凸嵌合に基づいて取付位置を規制した状態で結合固定している。この様にして前記アクチュエータボディー14の上面と前記連結板15の下面との間に掛け渡した前記1対の支柱16、16に設けた、前記各支持ポスト部17a、17bのうち、下側の支持ポスト部17a、17aを、前記1対の支持板12a、12bのうちの下側の支持板12aに形成した支持孔21a、21aに、がたつきなく内嵌している。又、上側の支持ポスト部17b、17bを、前記1対の支持板12a、12bのうちの上側の支持板12bに形成した支持孔21b、21bに、がたつきなく内嵌している。
【0007】
前記各トラニオン11、11は、それぞれ、支持梁部22と、1対ずつの折れ曲がり部23a、23b及び傾転軸24a、24bとを備える。このうちの支持梁部22は、前記各パワーローラ9、9を支持する為の部分で、これら各パワーローラ9、9はこの支持梁部22の内側面に、偏心軸25と、複数の転がり軸受26a、26b、26c、26dとにより支持されている。この状態で前記各パワーローラ9、9は、前記偏心軸25の先半部を中心とする回転を自在に、且つ、この偏心軸25の基半部を中心とする、前記各ディスク7a、7b、8の軸方向の揺動変位を可能に支持される。又、前記両折れ曲がり部23a、23bは、前記支持梁部22の両端部から前記各ディスク7a、7b、8の径方向に関して内側に折れ曲がっている。そして、前記両折れ曲がり部23a、23bの互いに反対側の側面である外側面に前記両傾転軸24a、24bを、互いに同心に設けている。
【0008】
それぞれが上述の様に構成され、それぞれの支持梁部22の内側面に前記各パワーローラ9、9を支持した、前記各トラニオン11、11は、前記両支持板12a、12b同士の間に掛け渡す状態で、前記各傾転軸24a、24bを中心とする揺動及びこれら各傾転軸24a、24bの軸方向の変位を可能に支持している。この為に、前記両支持板12a、12bの四隅部分に、それぞれ円形の保持孔27a、27bを、これら両支持板12a、12bを貫通する状態で形成している。そして、これら各保持孔27a、27bの内周面と前記各傾転軸24a、24bの外周面との間に、それぞれラジアルニードル軸受28、28を設けている。これら各ラジアルニードル軸受28、28は、外周面が部分球面状の凸曲面である外輪29、29を備え、これら各外輪29、29を前記各保持孔27a、27bに、がたつきなく、且つ、これら各保持孔27a、27bの軸方向に関する変位及び若干の揺動変位を可能に内嵌している。前記各ラジアルニードル軸受28、28を構成するニードル30、30は、前記各傾転軸22a、22bの外周面に設けた内輪軌道と前記各外輪29、29の内周面に設けた外輪軌道との間に、転動自在に設けている。
【0009】
尚、前記アクチュエータボディー14と前記連結板15とのうち、アクチュエータボディー14は、前記ケーシング13の下部に固定している。又、前記連結板15は前記ケーシング13内に、長さ方向(図2〜3の左右方向、図4の表裏方向)及び幅方向(図2〜3の表裏方向、図4の左右方向)位置を規制した状態で設置している。この位置規制を行う為に、前記連結板15の上面と前記ケーシング13の天板部31の下面との間に、位置決めスリーブ32、32を掛け渡している。前記出力側ディスク8の軸方向両端部は、この様にして前記ケーシング13内の所定位置に固定した1対の支柱16、16の中間部に設けられた、前記両支持部18、18に、前記両玉軸受10、10により、回転自在に支持している。
【0010】
上述の様なトロイダル型無段変速機1の変速比を調節するには、前記アクチュエータボディー14内に収納したアクチュエータ33a、33bにより、前記各トラニオン11、11を前記各傾転軸24a、24bの軸方向に変位させる。言い換えれば、これら各傾転軸24a、24bに関する前記各トラニオン11、11の位置を、中立位置から、変速比を調節すべき方向に応じた方向に変位させる。この変位により、前記各ディスク7a、7b、8の軸方向側面と前記各パワーローラ9、9の周面との転がり接触部(トラクション部)に作用する力の方向が変化する。具体的には、前記各ディスク7a、7b、8の回転方向に関する接線方向に対し傾斜した方向の分力が発生する。そして、この分力に基づいて前記各トラニオン11、11が前記各パワーローラ9、9と共に、前記各傾転軸24a、24bを中心として傾斜し、その結果、前記各ディスク7a、7b、8の径方向に関する前記各トラクション部の位置が変化し、前記変速比の調節が行われる。この変速比が所望値になった状態で、前記各トラニオン11、11の位置を前記中立位置に戻せば、前記変速比が調節後の値に保持される。
【0011】
前記トロイダル型無段変速機1によるトルク伝達時には、油圧式のローディング装置34により、前記両入力側ディスク7a、7bを、互いに近づく方向に押圧する。そして、前記各トラクション部の面圧を確保し、これら各トラクション部で、過大な滑りを生じる事なく、トルク伝達を行える様にする。この様な、前記ローディング装置34の作用に基づいて、トルク伝達に寄与する部材である、前記各ディスク7a、7b、8や前記各パワーローラ9、9、並びに、これら各パワーローラ9、9を支持している前記各トラニオン11、11が弾性変形する。そして、これら各部材7a、7b、8、9、11の弾性変形量は伝達するトルクの大きさに応じて変動し、その結果、これら各ディスク7a、7b、8の軸方向に関する、前記各パワーローラ9、9の位置が変動する。
【0012】
図2〜4に示した従来構造の1例の場合には、前記各偏心軸25、25の先半部の周囲に回転自在に支持された前記各パワーローラ9、9が、これら各偏心軸25、25の基半部を中心として、前記各ディスク7a、7b、8の軸方向の揺動変位する事により、前記弾性変形分を補償する。尚、トロイダル型無段変速機の構成各部材の弾性変形に拘らず、各ディスクの軸方向に関する各パワーローラの位置を適正に維持する為の構造として、特許文献2に記載された構造も、従来から知られている。本発明は、この特許文献2に記載された構造でも実施可能であるが、この部分の構造は本発明の要点ではない為、この特許文献2に記載された構造に就いては、図示並びに説明は省略する。
【0013】
何れの構造にしても、トロイダル型無段変速機の伝達効率を確保する為には、前記各トラクション部の面圧を適正に維持する事が重要である。この面圧が低過ぎると、これら各トラクション部に過大な滑り(グロススリップ)が発生し、前記伝達効率が極端に低下するだけでなく、前記各パワーローラ9、9の周面や前記各ディスク7a、7b、8の軸方向側面を損傷する。これに対して、前記面圧が高過ぎると、前記各トラクション部の転がり抵抗が高くなり過ぎて、前記伝達効率が低下する。
【0014】
この為従来から、前記ローディング装置34の油圧室内に導入する油圧を、前記トロイダル型無段変速機1の運転状態に応じて調節する事により、前記各トラクション部の面圧を適正範囲に調節する事が行われている。前記油圧調節の為に利用する運転状態を表す要素として従来は、変速比、入力回転速度、入力トルク、トラクションオイルの温度(油温)、設定トラクション係数(接線力/法線力)が利用されている。前記トロイダル型無段変速機1を構成する、前記各ディスク7a、7b、8と前記各パワーローラ9、9との位置関係が理想的であれば、前記各要素に基づいて前記油圧を適正に調節すれば、前記伝達効率を十分に確保できるし、前記各パワーローラ9、9の周面や前記各ディスク7a、7b、8の軸方向側面の損傷を防止できる。
【0015】
但し、前記位置関係は必ずしも理想的にはならず、この位置関係のずれに基づいて前記各トラクション部の面圧の適正値が変化する事が、本発明者の研究により分かった。この点に就いて、図5〜6を参照しつつ説明する。
各ディスク7a、7b、8の回転中心は互いに一致している事が原則であり、これら各ディスク7a、7b、8の回転中心が厳密に一致さえしていれば、前記位置関係を理想的にする事は容易である。但し、トロイダル型無段変速機の機能上必要な隙間により、前記各ディスク7a、7b、8の回転中心が、僅かとは言え、ずれる(互いに偏心する)可能性がある。
【0016】
例えば、前述の図2〜3に示した構造では、入力側ディスク7a、7bを入力軸5の両端部に、ボールスプライン又はラジアルニードル軸受を介して支持すると共に、出力側ディスク8を前記入力軸5の中間部周囲に、この入力軸5に対する相対回転を可能に支持している。従って、前記入力側ディスク7a(7b)及び出力側ディスク8の内周面と入力軸5の外周面との間には、図5の(A)に示す様に、隙間が存在する状態となる。又、図5の(B)に示す様に、入力側ディスク7a(7b)を入力軸5に締り嵌めで外嵌固定する場合もあるが、この様な構造でも、出力側ディスク8の内周面と入力軸5の外周面との間には、隙間が存在する。そして、何れの構造の場合でも、この隙間の存在に基づいて、前記入力側ディスク7a(7b)の回転中心と前記出力側ディスク8の回転中心とが、図6に誇張して示す様にずれる可能性がある。
【0017】
そして、前記各ディスク7a、7b、8の回転中心同士がずれた場合には、前記各トラクション部で生じる滑りが大きくなる。例えば、変速比を変化させない中立状態で、これら各トラクション部に作用する力の方向が前記各ディスク7a、7b、8の回転方向に関する接線方向に一致すれば、前記各トラクション部に生じる滑りは、トロイダル型無段変速機の運転時に避けられないスピン滑りだけになる。但し、総てのトラクション部にスピン滑り以外の滑りが生じない様にする為には、これら各トラクション部に関する、総てのディスク7a、7b、8の回転中心が一致する事が条件になる。これら各ディスク7a、7b、8の回転中心が不一致になると、前記各トラクション部に作用する力の方向とこれら各ディスク7a、7b、8の回転方向に関する接線方向との間にずれが生じる。このずれは、前述した様に、前記トロイダル型無段変速機の変速比を変化させる力として、前記各パワーローラ9、9に加わる。
【0018】
但し、図6に誇張して示す様に、パワーローラ9の中心を通り各ディスク7a(7b)、8の中心軸に対し平行な、中立位置αに対し、入力側ディスク7a(7b)の回転中心軸βと出力軸8の回転中心軸γとが、逆方向に同じだけずれた状態では、変速動作が行われない。即ち、この状態では、各トラクション部に作用する力の方向が前記接線方向に対してずれ、前記パワーローラ9に対し、変速比を変化させる方向に力が加わるが、この力の大きさは、このパワーローラ9の径方向反対側2箇所位置で、逆方向に同じ大きさで加わる。この結果、このパワーローラ9が変速比を変化させる方向に揺動する事はないが、前記各トラクション部で、前記スピン滑り以外の、有害な滑りが発生する。
【0019】
この様な有害な滑りは、限界トラクション係数の低下と運転トラクション係数の増加との原因となる。即ち、滑り量の増大により前記各トラクション部の発熱量が増加するので、これら各トラクション部に存在するトラクションオイルの温度が上昇し、グロススリップを生じる事なく動力伝達を行えるトラクション係数の上限値である、限界トラクション係数(∝伝達可能なトルクの最大値)が低下する。又、前記各トラクション部に、本来のトルク伝達方向と異なる方向にも力が加わった状態で運転されるので、これら各トラクション部の実際の運転状態を表す、運転トラクション係数が増大する。この結果、この運転トラクション係数が前記限界トラクション係数に近付き、前記グロススリップが発生しない様に運転する為の余裕代(安全マージン)が減少乃至は消滅する。
【0020】
前記運転トラクション係数が前記限界トラクション係数を上回る事態は、前記各トラクション部でのグロススリップの発生防止の為に避けなければならない。この為には、前記ローディング装置34の油圧室内に導入する油圧を高くして、前記各トラクション部の運転トラクション係数を低く抑える事が考えられるが、前記油圧を無闇に高くする事は、前述の様に、前記各トラクション部の転がり抵抗の増大に基づく伝達効率の低下を招く為、好ましくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】特開2004−084712号公報
【特許文献2】特開2008−025821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、各ディスクが、互いの中心軸同士を多少偏心させた状態のまま相対回転した場合にも、ローディング装置が各ディスクを押圧する力を過剰に大きくせずに、各トラクション部で有害な滑りが発生し難い構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明のトロイダル型無段変速機は、少なくとも1対のディスクと、複数の支持部材と、これら各支持部材と同数のパワーローラと、ローディング装置と、ローディング圧制御手段とを備える。
このうちの各ディスクは、それぞれが断面円弧形のトロイド曲面である互いの軸方向側面同士を対向させた状態で、相対回転を可能に支持する。
又、前記各支持部材は、前記各ディスクの軸方向に関してこれら各ディスクの軸方向側面同士の間位置の周方向に関して複数箇所に配置する。そして、それぞれの両端部に前記各支持部材毎に互いに同心に設けた、各傾転軸を中心とする揺動変位を可能に支持する。
又、前記各パワーローラは、前記各支持部材に、それぞれ回転自在に支持した状態で、球状凸面としたそれぞれの周面を、前記各ディスクの軸方向側面にそれぞれ転がり接触させる。
又、前記ローディング装置は、前記各ディスクを、互いの軸方向側面同士を近付ける方向に押圧して、これら各ディスクの軸方向側面と前記各パワーローラの周面との転がり接触部であるトラクション部の面圧を確保する。
更に、前記ローディング圧制御手段は、前記ローディング装置が前記各ディスクを押圧する力の大きさに対応するローディング圧を、運転状態に応じて調節する。
【0024】
特に、本発明のトロイダル型無段変速機に於いては、偏心量算出手段と、トラクション係数増加量算出手段とを備える。
このうちの偏心量算出手段は、前記各ディスクの中心軸同士の、これら各ディスクの径方向に関するずれ量である偏心量を求める。
又、前記トラクション係数増加量算出手段は、前記偏心量のみに基づき、前記各ディスク同士の間でのトルク伝達状態に於ける、前記各トラクション部のトラクション係数の増加量を求める。
具体的には、前記トラクション係数増加量算出手段は、例えば計算式又はマップにより、前記偏心量から前記トラクション係数の増加量を求める事ができる。
そして、前記ローディング圧制御手段は、前記トラクション係数増加量算出手段の算出値に基づいて、前記ローディング装置のローディング圧を増加させる。
【0025】
この様な本発明のトロイダル型無段変速機を実施するのに、具体的には、請求項2に記載した発明の様に、前記偏心量算出手段を、次の(A)〜(C)のうちから選択される1乃至複数種類とする。
(A) 前記各ディスクの径方向位置を測定する複数個のセンサと、これら各センサの測定値に基づいてこれら各ディスク同士の間の偏心量を算出する演算器とを備えるもの。
(B) 前記各ディスクの径方向に関する組み付け隙間に基づいて、これら各ディスク同士の間の偏心量を算出する演算器を備えるもの。
(C) 前記各ディスク同士の間でのトルク伝達時に、構成各部の弾性変形量を測定若しくは算出し、その測定値若しくは算出値に基づいて、前記各ディスク同士の間の偏心量を算出する演算器を備えるもの。
【発明の効果】
【0026】
上述の様に構成する本発明のトロイダル型無段変速機によれば、各ディスクが、互いの中心軸同士を多少偏心させた状態のまま相対回転した場合にも、ローディング装置が前記各ディスクを押圧する力を過剰に大きくせずに、各トラクション部でグロススリップを発生し難くできる。
即ち、本発明のトロイダル型無段変速機の場合には、従来は考慮していなかった、前記各ディスクの回転中心軸同士の偏心を考慮した上で、これら各ディスクを押圧する力を制御するので、この力を過剰にせずに、前記各トラクション部でのグロススリップの発生防止を図れる。
この為、前記各ディスクの軸方向側面及び各パワーローラの周面の損傷を防止し、且つ、トロイダル型無段変速機の伝達効率の確保を図れる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の実施の形態の1例を示すブロック図。
図2】本発明の対象となるトロイダル型無段変速機を組み込んだ、従来から知られている無段変速装置の1例を示す縦断側面図。
図3図2のA部拡大図。
図4図2のB−B断面図。
図5】互いに対向する1対のディスクの回転中心がずれる理由を説明する為の略断面図。
図6】互いに対向する1対のディスクの回転中心がずれた状態を誇張して示す略断面図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の実施の形態の1例に就いて、前述の図2〜4に図1を加えて説明する。尚、本例の特徴は、各ディスク7a、7b、8の軸方向側面と各パワーローラ9、9の周面との転がり接触部であるトラクション部の面圧を適正に制御すべく、ローディング装置34の油圧室内に導入する油圧を調節する為に利用する、運転状態を表す要素として、従来は考慮していなかった、前記各ディスク7a、7b、8の径方向に関するずれ量である偏心量を採用している点にある。図面に現れるトロイダル型無段変速機の構造自体は、前述の図2〜4に示した構造を含めて、従来から知られている各種トロイダル型無段変速機と同様であるから、同等部分に関しては、重複する説明は、省略若しくは簡略にし、以下、本例の特徴部分を中心に説明する。
【0029】
ローディング圧設定手段35とローディング圧制御弁36とを組み合わせて、ローディング圧制御手段37としている。そして、このうちのローディング圧設定手段35に、トロイダル型無段変速機の運転状態を表す要素(運転パラメータ)として、変速比、入力回転速度、入力トルク、トラクションオイルの温度(油温)、設定トラクション係数を表す信号を入力している。前記ローディング圧設定手段35は、これら各要素を表す信号に基づいて、前記運転状態に応じたローディング圧、即ち、ローディング装置34に発生させるべき力に応じた、このローディング装置34の油圧室内に導入すべき油圧を設定(算出)し、この油圧を表す信号(目標信号)を出力する。前記ローディング圧制御弁36は、この目標信号に基づいて、前記ローディング装置34の油圧室内に所定の(この目標信号により表された)油圧を導入する。すると、このローディング装置34は、前記各運転パラメータに対応した押圧力を発生し、前記各トラクション部の面圧を確保する。
【0030】
以上の点に関しては、従来から知られている、油圧式のローディング装置34を備えたトロイダル型無段変速機と同様である。尚、前記ローディング圧設定手段35が、前記各運転パラメータに基づいて設定する油圧は、前記各ディスク7a、7b、8の回転中心軸が互いに一致した状態で最適な、標準値である。これら各ディスク7a、7b、8の回転中心軸が互いに偏心した状態での、前記油圧の最適値は、前述した理由により、前記標準値よりも高くなる。以下に述べる本例の特徴部分は、前記各ディスク7a、7b、8の回転中心軸同士の偏心量に基づいて、前記標準値に加えるべき加算値を求め、これら標準値と加算値との和を、前記ローディング装置34の油圧室内に導入する点にある。
【0031】
前記加算値を求める為に、本例のトロイダル型無段変速機に於いては、偏心量算出手段38と、トラクション係数増加量算出手段39とを備える。そして、この偏心量算出手段38の算出値に基づいて、このトラクション係数増加量算出手段39が、前記各ディスク7a、7b、8の回転中心軸同士の偏心に基づく、運転トラクション係数増加量を表す信号を算出する。更に、この運転トラクション係数増加量を表す信号を、前記ローディング圧設定手段35に入力している。
前記偏心量算出手段38は、前記各ディスク7a、7b、8の中心軸同士の、これら各ディスク7a、7b、8の径方向に関するずれ量である偏心量を求めるもので、具体的には、次の(A)〜(C)のうちから選択される1乃至複数種類とする。
【0032】
(A) 前記各ディスク7a、7b、8の径方向位置を測定する複数個のセンサと、これら各センサの測定値に基づいてこれら各ディスク7a、7b、8同士の間の偏心量を算出する演算器とを備えるもの。
この場合には、前記各センサは、前記各ディスク7a、7b、8毎に2個ずつ、回転方向に関して90度位相をずらせて配置し、これら各ディスク7a、7b、8のずれ方向が何れの方向であっても、これら各ディスク7a、7b、8の径方向に関するずれ量を求められる様にする事が好ましい。但し、トロイダル型無段変速機の運転時に、前記各ディスク7a、7b、8が変位する方向は決まっているので、前記各センサを、これら各ディスク7a、7b、8毎に、変位を検出できる位置に、1個ずつ設けるだけでも良い。
何れにしても、これら各センサの種類は特に問わないが、高速回転する前記各ディスク7a、7b、8の変位を精度良く求められる、非接触式センサが好ましい。
【0033】
(B) 前記各ディスク7a、7b、8の径方向に関する組み付け隙間に基づいて、これら各ディスク7a、7b、8同士の間の偏心量を算出する演算器を備えるもの。
例えば図2〜4に示した構造の場合、前記各ディスク7a、7b、8の内周面と入力軸5の外周面との間には、ボールスプラインやラジアルニードル軸受が存在する。そして、これらボールスプラインやラジアルニードル軸受の円滑な動作を補償する為、正若しくは微小な負の隙間が存在する。この隙間の値は設計的に規制できる他、完成後に測定する事によっても求められる。そして、この隙間が求められれば、この隙間の値とトロイダル型無段変速機が伝達しているトルクの大きさとに基づいて、このトロイダル型無段変速機の運転時に於ける、前記各ディスク7a、7b、8の径方向に関する変位量を求められる。
【0034】
(C) 前記各ディスク7a、7b、8同士の間でのトルク伝達時に、構成各部の弾性変形量を測定若しくは算出し、その測定値若しくは算出値に基づいて、前記各ディスク7a、7b、8同士の間の偏心量を算出する演算器を備えるもの。
これら各ディスク7a、7b、8は、前記隙間の存在に基づいて径方向に変位するだけでなく、この隙間の径方向両側を仕切る部材(前記各ディスク7a、7b、8及び前記入力軸5)やこの隙間内に存在する部材(ボールスプラインを構成する各ボールやラジアルニードル軸受を構成する各ニードル)の弾性変形によっても径方向に変位する。そこで、前記各ディスク7a、7b、8同士の間でのトルク伝達に伴う各部の弾性変形を考慮して、これら各ディスク7a、7b、8の径方向に関する変位量を求める。
以上に述べた(A)〜(C)は、単独で採用する事も可能ではあるが、好ましくは、複数種類を組み合わせて、更に好ましくは(A)〜(C)の全部を組み合わせて採用する。
【0035】
又、前記トラクション係数増加量算出手段39は、前記偏心量算出手段38が求めた、前記各ディスク7a、7b、8の偏心量に基づき、これら各ディスク7a、7b、8同士の間でのトルク伝達状態に於ける、前記各トラクション部のトラクション係数の増加量を、予めインストールした計算式又はマップにより求める。
この計算式又はマップは、実験により、或いはコンピュータシミュレーションにより求めるが、実験により求める場合、例えば、次の様にして行う。
【0036】
即ち、1対のディスク同士の間で複数個(実機に対応した数で、一般的には2〜3個)のパワーローラを介してトルク伝達を行う実験モデルを造り、回転中心同士の偏心量を少しずつ異ならせつつ、ローディング装置の発生する押圧力を徐々に変化させて、グロススリップを発生させる実験を行う。具体的には、グロススリップが発生しない程度に十分に大きな押圧力を付与した状態から、この押圧力を漸減させ、グロススリップが発生した瞬間の押圧力(法線力)とその瞬間の伝達トルク(接線力)との比から、前記偏心量と限界トラクション係数の増大量との関係を求める。この関係を、異なる変速比に就いて複数ずつ求め、前記偏心量と限界トラクション係数の増大量との関係を表す計算式(実験式)又はマップを、各変速比毎に求める。そして、求めた実験式又はマップを含むソフトウェアを、前記トラクション係数増加量算出手段39にインストールしておく。
更に、前記ローディング圧制御手段37は、前記トラクション係数増加量算出手段39の算出値に基づいて、前記ローディング装置34のローディング圧を増加させる。言い換えれば、前記標準値に、前記トラクション係数の増加量に見合う加算値を加える。
【0037】
上述の様に構成する本例のトロイダル型無段変速機によれば、前記各ディスク7a、7b、8が、互いの中心軸同士を多少偏心させた状態のまま相対回転した場合にも、前記ローディング装置34が前記各ディスク7a、7b、8を押圧する力を過剰に大きくせずに、前記各トラクション部でグロススリップが発生し難くできる。
即ち、本例のトロイダル型無段変速機の場合には、従来は考慮していなかった、前記各ディスク7a、7b、8の回転中心軸同士の偏心を考慮した上で、これら各ディスク7a、7b、8を押圧する力を制御する。従って、この力を過剰にせずに、これら各ディスク7a、7b、8の回転中心同士が偏心した場合にも、前記各トラクション部でのグロススリップの発生防止を図れる。言い換えれば、これら各トラクション部の限界トラクション係数と運転トラクション係数との差を過剰に大きくしなくても、常に限界トラクション係数が運転トラクション係数を上回る状態にできる。限界トラクション係数が運転トラクション係数を上回る事はグロススリップの防止に寄与し、運転トラクション係数を過剰に小さくせずに済む事は、各トラクション部での転がり抵抗を抑えて、トロイダル型無段変速機の伝達効率を確保できる事に繋がる。
この為、前記各ディスク7a、7b、8の軸方向側面及び各パワーローラ9、9の周面の損傷を防止し、且つ、トロイダル型無段変速機の伝達効率の確保とを図れる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、前述した様に、構成各部材の弾性変形分を吸収する構造として、特許文献2に記載された様な構造を備えたトロイダル型無段変速機により実施可能である事は勿論、図示の様なハーフトロイダル型に限らず、フルトロイダル型のトロイダル型無段変速機で実施する事も可能である。又、図示の様に、複数のパワーローラを動力の伝達方向に関して並列に配置したダブルキャビティ型に限らず、入力側ディスクと出力側ディスクとを1個ずつ設けた、シングルキャビティ型のトロイダル型無段変速機で実施する事もできる。更に、遊星歯車式変速機と組み合わせて実施できる事は勿論、トロイダル型無段変速機単体としても実施できる。
【符号の説明】
【0039】
1 トロイダル型無段変速機
2 遊星歯車式変速機
3 低速用クラッチ
4 高速用クラッチ
5 入力軸
6 出力軸
7a、7b 入力側ディスク
8 出力側ディスク
9 パワーローラ
10 玉軸受
11 トラニオン
12a、12b 支持板
13 ケーシング
14 アクチュエータボディー
15 連結板
16 支柱
17a、17b 支持ポスト部
18 支持部
19 ボルト
20 ボルト
21a、21b 支持孔
22 支持梁部
23a、23b 折れ曲がり部
24a、24b 傾転軸
25 偏心軸
26a、26b、26c、26d 転がり軸受
27a、27b 保持孔
28 ラジアルニードル軸受
29 外輪
30 ニードル
31 天板部
32 位置決めスリーブ
33a、33b アクチュエータ
34 ローディング装置
35 ローディング圧設定手段
36 ローディング圧制御弁
37 ローディング圧制御手段
38 偏心量算出手段
39 トラクション係数増加量算出手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6