特許第6164391号(P6164391)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6164391-Mg含有Zn合金被覆鋼材 図000006
  • 特許6164391-Mg含有Zn合金被覆鋼材 図000007
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6164391
(24)【登録日】2017年6月30日
(45)【発行日】2017年7月19日
(54)【発明の名称】Mg含有Zn合金被覆鋼材
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/08 20160101AFI20170710BHJP
   C22C 18/00 20060101ALI20170710BHJP
   B22F 3/115 20060101ALI20170710BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20170710BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20170710BHJP
【FI】
   C23C4/08
   C22C18/00
   B22F3/115
   B22F1/00 R
   C22C21/00 M
【請求項の数】5
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2017-511361(P2017-511361)
(86)(22)【出願日】2016年9月29日
(86)【国際出願番号】JP2016078934
【審査請求日】2017年2月24日
(31)【優先権主張番号】特願2015-191855(P2015-191855)
(32)【優先日】2015年9月29日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】下田 信之
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼田 公平
(72)【発明者】
【氏名】松村 賢一郎
(72)【発明者】
【氏名】後藤 靖人
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特許第4757692(JP,B2)
【文献】 国際公開第2015/145721(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/08
B22F 1/00
B22F 3/115
C22C 18/00
C22C 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材と前記鋼材の表面に配された金属被覆層とを備え、前記金属被覆層が、粒径5〜100μm、厚み0.5〜30μmの扁平形状の金属粒子の積層構造体であり、
前記金属被覆層の組成は、質量%で、Zn:11〜80%、Al:3〜80%、Mg:8〜45%、Ca:1〜5%、及びZn+Al>Mgを満たし、
前記金属被覆層の組織は、準結晶相と、MgZn相と、残部組織とからなり、前記準結晶相と前記MgZn相との合計面積分率が45%以上であり、前記残部組織の面積分率が0〜55%であり、前記準結晶相の面積分率が20%以上であり、前記MgZn相の面積分率が3%以上であるMg含有Zn合金被覆鋼材。
【請求項2】
前記Alの含有量が、質量%で、3%以上13%未満である請求項1に記載のMg含有Zn合金被覆鋼材。
【請求項3】
前記金属粒子の表面を覆う膜厚1nm〜1000nmの酸化皮膜を有する請求項1又は請求項2に記載のMg含有Zn合金被覆鋼材。
【請求項4】
前記金属被覆層が溶射被覆層である請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のMg含有Zn合金被覆鋼材。
【請求項5】
前記金属被覆層の組成は、質量%で、Y:0%〜3.5%、La:0%〜3.5%、Ce:0%〜3.5%、Si:0%〜3.5%、Ti:0%〜0.5%、Cr:0%〜0.5%、Co:0%〜0.5%、Ni:0%〜0.5%、V:0%〜0.5%、Nb:0%〜0.5%、Cu:0%〜0.5%、Sn:0%〜0.5%、Mn:0%〜0.2%、Sr:0%〜0.5%、Sb:0%〜0.5%、Pb:0%〜0.5%、C:0%〜0.5%、Fe:0%〜0.5%、及びCd:0%〜0.5%の1種または2種以上を含有し、かつ下記式(A)及び下記式(B)を満たす請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のMg含有Zn合金被覆鋼材。
・式(A):Ca+Y+La+Ce≦3.5%
・式(B);Ti+Cr+Co+Ni+V+Nb+Cu+Sn+Mn+Sr+Sb+Pb+C+Fe+Cd≦0.5%
式(A)及び式(B)中、元素記号は、質量%での各元素の含有量を示す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、Mg含有Zn合金被覆鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
主として建材用途分野で要求される高耐食性能を有するMg含有Zn合金めっきは、極めて硬く脆い。そのため、成形加工時にめっき組織がめっき層及びめっき層と鋼材との界面において割れ易く、剥離等の破壊が生じ、結果としてめっき層が大きく欠損するパウダリングといわれる現象が観察される。パウダリングが発生すると、結果としてめっき鋼材の耐食性そのものが大きく低下することになる。
【0003】
従来から、鋼材の表面にZnなどの金属を被覆して鋼材の耐食性を改善することが広く知られており、現在もZn、Zn−Al、Zn−Al−Mg、Al−Siなどを被覆した鋼材が大量に生産されている。これらの被覆鋼材には、耐食性以外に耐摩耗性など、多くの機能を要求されることも多い。被覆方法としては、溶融めっきが最も広く使用されている。
これは溶融めっきが大量生産に適しており、曲げ、絞り、溶接などの加工を施すことにより、多くの製品を製造することができるからである。
被覆鋼材に要求される耐食性は年々高くなり、そのため近年は以下の特許文献1及び特許文献2に示すような従来以上にMg含有量を高めためっきも提案されている。これらのめっきは、1)従来のめっき以上にMgを含むこと、2)組織制御することで従来以上の平面部の耐食性が得られること、3)端面等の耐食性が得られること、4)アルカリ雰囲気など、従来の亜鉛系又はアルミニウム系めっきが苦手とする雰囲気でも耐食性が高いこと等の特徴を有している。
【0004】
鋼板への連続溶融めっきとは別に、浸漬めっき(どぶ漬け)、溶射、蒸着などの手法は加工後の製品に被覆する観点から、難加工性の合金などを被覆できる方法である。それらの中でも、溶射法は、溶融金属に浸漬しない被覆方法であるため鋼材への熱影響が少ない、鋼材の大きさに制約が少ない、被覆可能な金属又は合金系の融点許容範囲が広いなどの利点がある。
めっきにおいて耐食性を高めるためには、めっきにZnを含むことが基本となるが、多くの用途に対してZnのみを含むめっきでは耐食性が不充分な場合が多い。そこで、特許文献3に記載されているようなMg含有溶射被覆が提案されている。
この技術は0.3%〜15%までのMgを含むZn合金を鋼材表面に溶射するもので、耐食性と耐疵付き性に優れる溶射皮膜である。また、特許文献4及び特許文献5に示すように、溶接部に限定しているが、耐食性を向上させる技術としての溶射法が提案されている。これらの特許文献4及び特許文献5に係る技術は、Zn、Al、Mg、Siなどを含む複層系の溶射被覆である。
【0005】
その他、特許文献6には、「質量%で、Al:13〜78%、Ca:1〜5%を含有し、かつAlおよびCaの合計量が79%以下であり、残部がMg及び不可避的不純物からなることを特徴とする溶射時の防爆性及び溶射部の耐食性に優れた溶射材料」について開示されている。
【0006】
特許文献1:日本国特開2008−255464号公報
特許文献2:日本国特開2011−190507号公報
特許文献3:日本国特許第3305573号公報
特許文献4:日本国特開2014−208880号公報
特許文献5:日本国特開2012−107324号公報
特許文献6:日本国特許4757692号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、溶融めっき皮膜はめっき組成によっては加工性が低下し、厚膜化が困難なこと、もしくは加工法に制約を受けるなどの可能性がある。特に非平衡相、金属間化合物を含む皮膜ではその傾向が強く、特許文献1及び特許文献2に示す提案も同様である。加工部の皮膜が欠落することで鋼材の耐食性が大幅に低下する恐れがある。
特許文献3に記載の溶射被覆は、耐食性、耐疵付き性に優れるものの特にアルカリ領域での耐食性が十分ではない。特許文献4及び特許文献5に記載の溶射被覆は、そもそも従来技術の被覆が溶接で失われるため、それを補うものであり、耐食性、耐摩耗性が十分であるとはいえない。特許文献6についても、未だ改善の余地があるのが現状である。
【0008】
本開示の一態様は、上記のような問題点を解決し、従来技術よりもさらなる高耐食性、及び高耐摩耗性を有し、耐疵付き性に優れた金属被覆層を備えた鋼材を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は、以上の背景に基づきなされたものであり、以下の態様を含む。
[1] 鋼材と前記鋼材の表面に配された金属被覆層とを備え、前記金属被覆層が、粒径5〜100μm、厚み0.5〜30μmの扁平形状の金属粒子の積層構造体であり、
前記金属被覆層の組成は、質量%で、Zn:11〜80%、Al:3〜80%、Mg:8〜45%、Ca:1〜5%、及びZn+Al>Mgを満たし、
前記金属被覆層は、準結晶相と、MgZn相と、残部組織とからなり、前記準結晶相と前記MgZn相との合計面積分率が45%以上であり、前記残部組織の面積分率が0〜55%であり、前記準結晶相の面積分率が20%以上であり、前記MgZn相の面積分率が3%以上であるMg含有Zn合金被覆鋼材。
[2] 前記Alの含有量が、質量%で、3%以上13%未満である[1]に記載のMg含有Zn合金被覆鋼材。
[3] 前記金属粒子の表面を覆う膜厚1nm〜1000nmの酸化皮膜を有する[1]又は[2]に記載のMg含有Zn合金被覆鋼材。
[4] 前記金属被覆層が溶射被覆層である[1]〜[3]のいずれか1項に記載のMg含有Zn合金被覆鋼材。
[5] 前記金属被覆層の組成は、質量%で、Y:0%〜3.5%、La:0%〜3.5%、Ce:0%〜3.5%、Si:0%〜3.5%、Ti:0%〜0.5%、Cr:0%〜0.5%、Co:0%〜0.5%、Ni:0%〜0.5%、V:0%〜0.5%、Nb:0%〜0.5%、Cu:0%〜0.5%、Sn:0%〜0.5%、Mn:0%〜0.2%、Sr:0%〜0.5%、Sb:0%〜0.5%、Pb:0%〜0.5%、C:0%〜0.5%、Fe:0%〜0.5%、及びCd:0%〜0.5%の1種または2種以上を含有し、かつ下記式(A)及び下記式(B)を満たす[1]〜[4]のいずれか1項に記載のMg含有Zn合金被覆鋼材。
・式(A):Ca+Y+La+Ce≦3.5%
・式(B);Ti+Cr+Co+Ni+V+Nb+Cu+Sn+Mn+Sr+Sb+Pb+C+Fe+Cd≦0.5%
式(A)及び式(B)中、元素記号は、質量%での各元素の含有量を示す。
【発明の効果】
【0010】
本開示の一態様によれば、極めて耐食性及び耐摩耗性に優れ、かつ耐疵付き性に優れるMg含有Zn合金被覆鋼材を提供できる。このことにより、自動車用途、建築用途、住宅用途等に広く適用することが可能な鋼材を提供でき、部材寿命の向上、資源の有効利用、環境負荷の低減、メンテナンスの労力、コストの低減等に資することにより、産業の発展に大きく寄与するものである。
また、本開示の一態様の技術を加工部材、鋼管などへ適用することで、従来のMg含有被覆を上回る耐食性を持ち、かつアルカリ領域の耐食性にも優れる高硬度のMg含有Zn合金被覆鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本開示の実施形態に係る被覆鋼材を示す断面図。
図2】実施例で得られた金属被覆層の準結晶相におけるTEM電子線回折像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、耐食性被覆層として、Zn−Mg−Al−Ca系に準結晶相を含有させた金属被覆層が高い耐食性及び耐磨耗性を示すと共に、耐疵付き性も示すことを見出し、この系の金属被覆層の加工性について検討した結果、本開示に到達した。これは、準結晶相を含む組織が耐食性、耐摩耗性及び耐疵付き性の向上にきわめて有効な組織であり、この準結晶相を含む組織を溶射法によって形成する知見を見出したことによる。
【0013】
以下、本開示の実施形態に係る耐食性、耐摩耗性及び耐疵付き性に優れるMg含有Zn合金被覆鋼材について説明する。
なお、本明細書において、「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
本明細書において、成分(元素)の含有量を示す「%」は、「質量%」を意味する。
【0014】
本開示の実施形態に係るMg含有Zn合金被覆鋼材1は、例えば、図1の断面構造(被覆層厚み方向に切断した断面構造)に示すように、鋼板、鋼管、土木建築材(ガードレール、止水壁、コルゲート管等)、家電部材(エアコンの室外機の筐体等)、自動車部品(足回り部材等)などの鋼材2と鋼材2の表面に溶射により形成された金属被覆層(溶射被覆層)3とからなる。金属被覆層3は、金属被覆層3よりも薄く、自身の厚さの数倍程度の粒径を有する偏平状の複数の金属粒子5の積層構造体からなる。金属被覆層3において、例えば、金属粒子5は、鋼材2の表面に沿ってその面方向に複数、鋼材2の表面を隙間なく覆うように配置されるとともに、鋼材2の表面の上方に鋼材2の厚さ方向に複数、隙間がないように堆積されている。つまり、金属被覆層3は、例えば、扁平状の複数の金属粒子5が石垣状に積まれた構造体で構成されている。
【0015】
また、例えば、鋼材2の表面と最下層の金属粒子5との界面部分(鋼材2と金属被覆層3との界面部分)にはFe−Al合金層2Aが形成されている。金属粒子5は鋼板表面に付着後、極めて短時間に凝固するため、このFe−Al合金層2Aは、一般的な溶融めっきの場合とは異なり、非常に薄く後述する金属粒子5表面の酸化皮膜と同等以下の厚さを有している。
【0016】
また、各金属粒子5の表面には酸化皮膜が形成され、図1に示すように各金属粒子間に明確な界面5bが形成されている。各金属粒子5の表面に形成されている酸化皮膜は、溶射の際に溶融状態の金属液滴が大気中を飛来して鋼材2の表面に堆積され、固化する際に生成した酸化皮膜である。この金属粒子5の表面を覆う酸化皮膜の膜厚は、例えば1nm〜1000nm程度の膜厚である。つまり、金属粒子の表面を覆う膜厚1nm〜1000nmの酸化皮膜を有することは、金属被覆層3が溶射により形成されていることを示している。
【0017】
鋼材2の材質に特に制限はない。鋼材2は、例えば、一般鋼、Niプレめっき鋼、Alキルド鋼、一部の高合金鋼を適用することが可能である。鋼材2の形状にも特に制限はない。
【0018】
Fe−Al合金層2Aは、鋼材2の表面に形成されており、例えば、組織としてAlFe相とZn相を含み、平均組成がFe:30〜50%、Al:50〜70%、Zn:2〜10%、及び残部:不純物からなる。Fe−Al合金層2Aは、後述する如く金属粒子5の中にAl及びZnを多く含むことから溶射時に溶融した金属粒子の液滴と鋼材2の表面のFeの反応により生成される。Fe−Al合金層2Aに含まれているAlとZnは、金属粒子5を構成するZn−Mg−Al合金に含まれていたAlとZnが一部拡散された結果含まれたものである。
【0019】
以下、金属粒子5の大きさ及び組織、並びに、金属被覆層3の組織及び組成等について説明する。
金属粒子5は、準結晶相5aとMgZn相と残部組織とからなる。金属粒子5が積層された金属被覆層3において、準結晶組織とMgZn相との合計面積分率は45%以上であり、残部組織の面積分率は0〜55%であり、準結晶相の面積分率は20%以上であり、MgZn相の面積分率が3%以上である。
【0020】
なお、金属粒子5が上述の面積分率を有している必要は無く、積層構造体としての金属被覆層3が上述の面積分率の範囲であればよい。よって、複数の金属粒子5を個々に見ると準結晶相5aを含んでいない金属粒子5が一部あったとしても、他の金属粒子5に準結晶相5aが存在し、金属被覆層3の全体において20%以上の準結晶相5aが存在していればよい。このため、図1では一部の金属粒子5に準結晶相5aが存在しないように描いている。
【0021】
つまり、金属被覆層3の組織は、準結晶相とMgZn相と残部組織とからなり、準結晶相とMgZn相との合計面積分率が45%以上であり、残部組織の面積分率が0〜55%であり、準結晶相の面積分率が20%以上であり、MgZn相の面積分率が3%以上である。
【0022】
ここで、準結晶組織とMgZn相との合計面積分率は、50%以上がより好ましい。一方で、準結晶組織とMgZn相との合計面積分率は、工業的な生産性の点から、80%以下が好ましい。
残部組織の面積分率は、耐食性の点から、0〜20%であることがより好ましい。
準結晶相の面積分率は、耐食性の点から、25%以上であることがより好ましい。一方で、準結晶相の面積分率は、工業的な生産性の点から、45%以下が好ましい。
MgZn相の面積分率は、耐食性の点から、20%以上であることがより好ましい。一方で、MgZn相の面積分率は、工業的な生産性の点から、40%以下が好ましい。
【0023】
金属被覆層3を構成する金属粒子5の粒径及び厚みは、溶射前の金属粒子の大きさと溶射条件によって概ね決まるものである。金属粒子5は、最表層が溶融した半溶融状態で鋼材2表面に高速で衝突、変形して極めて短時間に凝固する。金属粒子5の平行方向(鋼材2の表面に平行な方向)の大きさは溶射前の金属粒子5の粒径より大きくなり、金属粒子5の厚みは溶射前の金属粒子5の粒径より小さくなることから、金属粒子5の形状は所為偏平状の形状となる。また、上記の様な生成過程を経ることから、金属粒子5の平面形状が完全な円になることはまれであるため、金属粒子5の粒径は、粒子の径が最長となる直線の長さとする。金属粒子5の厚さは、粒子の径が最長となる直線に垂直で、かつ最長となる直線の長さとする。
【0024】
金属粒子5の粒径は5〜100μm、厚みは0.5〜30μmであることが好ましい。また、金属粒子5の粒径は20〜80μm、厚みは1〜15μmであることがより好ましい。
金属粒子5のアスペクト比(厚み/粒径)は、0.5/100〜30/100であることが好ましく、1/80〜15/80あることがより好ましい。
【0025】
なお、金属被覆層3を形成する金属粒子5の形状及びサイズが本開示の構成を満たすかどうかの確認は、金属被覆層3の断面観察(被覆層厚み方向に切断した断面観察)によって確認すればよい。断面観察のためのサンプル調整方法は公知の樹脂埋め込み又は断面研磨方法によって行えばよい。
具体的には、金属粒子5の粒径、及び厚さは、次の通り測定する。光学顕微鏡又はSEM(走査型電子顕微鏡)により、金属被覆層3の断面観察(金属被覆層3の厚さ方向に切断された断面において、金属被覆層3と平行な方向に2.5mm長さ分に相当する領域の観察)を行う。この領域において、少なくとも三視野(倍率500倍)に観察される各金属粒子の粒径、及び厚さの平均値を求めるとする。この平均値を金属粒子5の粒径、及び厚さとする。そして、金属粒子のアスペクト比は、この平均値の金属粒子の粒径及び厚さから算出した値とする。
また、金属粒子の表面を被覆する酸化皮膜の厚さは、次の通り測定する。SEM(走査型電子顕微鏡)により、金属被覆層3の断面観察(金属被覆層3の厚さ方向に切断された断面において、金属被覆層3と平行な方向に2.5mm長さ分に相当する領域を観察)を行う。この領域において、少なくとも三視野(倍率1万倍)に観察される各金属粒子5のうち、一視野毎に3個の金属粒子5を選択する。そして、選択した3個(少なくとも合計9個)の各金属粒子5の表面を被覆する酸化皮膜の厚さを、各粒子毎に任意の3箇所で測定し、その平均値を求める。この平均値を酸化皮膜の厚さとする。
【0026】
金属粒子5の粒径が100μmを超えると粒内に亀裂が入りやすく耐食性の低下や皮膜の脱離の原因となる。5μm未満の粒径を持つ粒子は、極めて低速で鋼板に到達し、変形が少ない可能性があり、密着性が低下する可能性がある。また、初期の金属粒子の粒径を小さくすると送給性が低下し、生産性が低下するので望ましくない。
【0027】
金属粒子5の厚みが30μmを超えると、粒内に亀裂が入りやすく耐食性の低下や皮膜の脱離の原因となる。もしくは変形が小さいために密着性が低下している可能性もある。0.1μm未満の厚みを持つ粒子は、極めて低速で鋼板に到達し、変形が少ない可能性があり、密着性が低下する可能性がある。
【0028】
次に、金属被覆層3の準結晶相、MgZn相、及び残部組織の面積分率の測定方法について説明する。
金属被覆層3の任意の断面(被覆層厚み方向に切断した断面)の少なくとも3視野以上(金属被覆層3と平行な方向に500μm長さ分に相当する領域を倍率5千倍で少なくとも3視野以上)をSEM−反射電子像で撮影する。別途TEM観察によって得られた実験結果から、SEM−反射電子像における準結晶相、MgZn相、及び残部組織を特定する。所定の視野において、成分マッピング像を把握し、金属被覆層3中における準結晶相、MgZn相、及び残部組織と同じ成分組成場所を特定し、画像処理によって、金属被覆層3における準結晶相、MgZn相、及び残部組織を特定する。画像解析装置によって、準結晶相、MgZn相、及び残部組織の各領域を範囲選択された画像を用意し、金属被覆層3中に占める準結晶相、MgZn相、及び残部組織の割合を測定する。同様に処理した3視野からの平均値を、金属被覆層3における準結晶相、MgZn相、及び残部組織の面積分率とする。
【0029】
金属被覆層3の各相の同定は、金属被覆層3の断面(被覆層厚み方向に切断した断面)をFIB(集束イオンビーム)加工を施した後、TEM(透過型電子顕微鏡)の電子回折像により行う。
【0030】
金属被覆層3の組成は、質量%で、Zn:11〜80%、Al:3〜80%、Mg:8〜45%、Ca:1〜5%、及びZn+Al>Mgを満たすことが好ましい。具体的には、金属被覆層3の酸素を除く組成は、質量%でZn:11〜80%、Al:3〜80%、Mg:8〜45%、Ca:1〜5%、及び残部:不純物からなり、Zn含有量、Al含有量及びMg含有量がZn+Al>Mg(Zn含有量及びAl含有量の合計>Mg含有量)を満たすことがより好ましい。
なお、不純物とは、原材料に含まれる成分、または、製造の工程で混入する成分であって、意図的に含有させたものではない成分を指す。
【0031】
まず、金属被覆層3の組成について、数値限定範囲とその限定理由について説明する。
「Zn(亜鉛):11〜80%」
金属被覆層3(つまり、金属被覆層3を構成する金属粒子5)の金属組織として準結晶相を得るためには、上記範囲のZnを含有する。このため、金属被覆層3のZn含有量を11〜80%とする。Zn含有量が11%未満の場合、金属被覆層3に準結晶相を生成することができない。また同様に、Zn含有量が80%超の場合、金属被覆層3に準結晶相を生成することができない。
また、準結晶を好ましく生成させて耐食性をさらに向上させるためには、金属被覆層3においてZn含有量を、33%以上とすることが好ましい。33%以上とすると、初晶として準結晶相が成長しやすい組成範囲となり、Mg相が初晶として成長しにくくなる。すなわち、金属被覆層3での準結晶相の相量(面積分率)を多くできるとともに、耐食性を劣化させるMg相を極力減らすことが可能である。より好ましくは、金属被覆層3におけるZn含有量を35%以上とする。通常、この組成範囲でかつ溶射法で金属被覆層3を形成すれば、Mg相はほとんど存在しない。
【0032】
「Al(アルミニウム):3〜80%」
Alは、被覆鋼材の平面部の耐食性を向上させる元素である。また、Alは、準結晶相の生成を促進する元素である。これらの効果を得るために、金属被覆層3のAl含有量を3%以上とする。一方、金属被覆層3に多量にAlが含有されると、赤錆が発生し易くなるとともに、準結晶相が生成しにくくなり耐食性が低下する。よって、金属被覆層3のAl含有量の上限を80%とする。また、準結晶相の生成を容易にするためには、Al含有量は3%以上13%未満とすることが好ましく、5%以上50%以下とすることがより好ましい。なお、Alは、Fe−Al界面合金層2Aを形成する上で含有されることが好ましい元素である。
【0033】
ここで、本発明者らが、Fe−Al合金層2Aの厚みと成分の関係を調査した結果、金属被覆層3のAl含有量が13%以上となるとFe−Al合金層2Aの厚みが大きくなる傾向にあった。厚すぎるFe−Al合金層2Aは、金属被覆層3中のAl含有量の減少を引き起こし、準結晶相が形成しにくくなる他、金属被覆層3の耐食性や性能を劣化させるため回避することが好ましい。よって、Fe−Al合金層2Aを薄膜化する点からも、Al含有量は3%以上13%未満とすることが好ましく、5%以上50%以下とすることがより好ましい。
なお、本来、Mgは、Feと反応性がなく、Zn及びAlの活量を落とし、適度な地鉄との反応性を有している。そのため、金属被覆層3用の合金として適している。一方、Al濃度が高い場合は、金属被覆層3と地鉄の反応性を過度に進行させないような溶射時間の短時間化、溶射速度の高速化等、熱処理条件を講じた方がよい。
【0034】
「Mg(マグネシウム):8〜45%」
Mgは、ZnおよびAlと同様に、金属被覆層3を構成する主要な元素であり、さらに、犠牲防食性を向上させる元素である。また、Mgは、準結晶相の生成を促進させる重要な元素である。
すなわち、Mg含有量は、8%以上45%以下とすればよく、15%以上35%以下とすることが好ましい。一方で、含有されるMgが金属被覆層3でMg相として析出することを抑制することは、耐食性向上のために好ましい。すなわち、Mg相は、耐食性を劣化させるので、含有されるMgは、準結晶相、又はその他の金属間化合物の構成物とすることが好ましい。
【0035】
「Ca:1〜5%」
Caは、溶射法の操業性を改善する元素である。溶射法では、溶射後の酸化性の高い溶融Mg合金を大気中で保持する。そのため、何らかのMgの酸化防止手段を取ることが好ましい。CaはMgよりも酸化し易く、溶融状態で金属粒子5上に安定な酸化皮膜を形成し金属粒子5中のMgの酸化を防止する。よって、金属被覆層3のCa含有量を1〜5%とする。
Caを1質量%以上含有させると、Mg含有量が高い金属被覆層3を大気中で酸化させることなく保持できるので好ましい。一方、Caは酸化し易く、耐食性に悪影響を及ぼすことがあるため、上限を5%とすることが好ましい。
【0036】
また、金属被覆層3は、Y:0%〜3.5%、La:0%〜3.5%、及びCe:0%〜3.5%の1種または2種以上を含有してもよい。ただし、式(A):Ca+Y+La+Ce≦3.5%(式中、元素記号は各元素の含有量(質量%)を示す。)を満たすことがよい。
Y、La、及びCeは、一定の濃度が溶射粒子中に含有されることで、準結晶相がより形成しやすくなる。一方、Ca濃度が高い場合、又はCa、Y、La、及びCeの濃度の合計が高い場合は、準結晶相が途端に形成しなくなるため、それぞれの上限濃度を定めることが好ましい。
【0037】
また、金属被覆層3は、Si:0%〜3.5%、Ti:0%〜0.5%、Cr:0%〜0.5%、Co:0%〜0.5%、Ni:0%〜0.5%、V:0%〜0.5%、Nb:0%〜0.5%、Cu:0%〜0.5%、Sn:0%〜0.5%、Mn:0%〜0.2%、Sr:0%〜0.5%、Sb:0%〜0.5%、Pb:0%〜0.5%、C:0%〜0.5%、Fe:0%〜0.5%、及びCd:0%〜0.5%の1種または2種以上を含有してもよい。ただし、式(B);Ti+Cr+Co+Ni+V+Nb+Cu+Sn+Mn+Sr+Sb+Pb+C+Fe+Cd≦0.5%(式中、元素記号は各元素の含有量(質量%)を示す。)を満たすことがよい。
これらの元素は金属被覆層3中に含有させることが可能であるが、式(B)は、準結晶相の形成を阻害することなく、金属被覆層3の性能を劣化させることなく、各元素を含有させることができる組成範囲である。この式(B)の範囲を超えると、準結晶相は形成し難くなる。
【0038】
Zn、Al、及びMgは準結晶を構成する元素であるから、必ず前述の一定範囲金属被覆層3に含有される必要があり、上述の組成範囲外になると、準結晶相を20%以上、金属被覆層3(Zn−Mg−Al合金層)中に含有させることができなくなる。
また準結晶相の形成の観点から、金属被覆層3の組成は、Zn:11〜72%、Al:5〜67%、Mg:10〜35%、Ca:1〜5%、及びZn+Al>Mgを満たすことがより好ましく、Zn:35〜70%、Al:3〜42%、Mg:15〜25%、Ca:1.4〜3%、及びZn+Al>Mgを満たすことがさらに好ましく、Zn:35〜70%、Al:5〜13%、Mg:15〜25%、Ca:1.4〜3%、及びZn+Al>Mgを満たすことが特に好ましい。
【0039】
金属被覆層3の組成が上述の範囲外では基本的に準結晶が得られ難くなる組成である。また、さらに金属被覆層3が硬質となり、金属被覆層3の剥離が起こり易くなり、金属被覆層3として適さない組成の範囲にもなり得る。
【0040】
金属被覆層3の組成、並びに、金属被覆層3及びFe−Al合金層2Aの厚さの測定方法の厚さの測定方法は、次の通りである。
まず、発煙硝酸によりFe−Al合金層2Aを不動態化して上層の金属被覆層3のみを剥離して、その溶液をICP−AES(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)又はICP−MS(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)にて、金属被覆層3の組成を測定する。
【0041】
ここで、金属被覆層3において、準結晶相は、準結晶相に含まれるMg含有量、Zn含有量、およびAl含有量が、原子%で、0.5≦Mg/(Zn+Al)≦0.83を満足する準結晶相として定義される。すなわち、Mg原子と、Zn原子及びAl原子の合計との比であるMg:(Zn+Al)が、3:6〜5:6となる準結晶相として定義される。理論比としては、Mg:(Zn+Al)が4:6であると考えられる。
準結晶相の化学成分は、TEM−EDX(Transmission Electron Microscope―Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)による定量分析や、EPMA(Electron Probe Micro-Analyzer)マッピングによる定量分析で算出することが好ましい。なお、準結晶を金属間化合物のように正確な化学式で定義することは容易でない。準結晶相は、結晶の単位格子のように繰り返しの格子単位を定義することができず、さらには、Zn、Mgの原子位置を特定するのも困難なためである。
また、金属被覆層3は、準結晶相以外にMgZn相と残部組織を含むが、残部組織は、準結晶相及びMgZn相以外の組織であって、Mg51Zn20相、Mg32(Zn、Al)49相、MgZn相、MgZn相、Zn相、Al相等が含まれる。
【0042】
準結晶相は、1982年にダニエル・シュヒトマン氏によって初めて発見された結晶構造であり、正20面体(icosahedron)の原子配列を有している。この結晶構造は、通常の金属、合金では得られない特異な回転対称性、例えば5回対称性を有する非周期的な結晶構造で、3次元ペンローズパターンに代表される非周期的な構造と等価な結晶構造として知られている。この金属物質を同定するためには、通常、TEM観察による電子線観察によって、相から、正20面体構造に起因する放射状の正10角形の電子線回折像を得ることで確認される。例えば、後述する図2に示す電子線回折像は、準結晶からのみ得られ、他のいかなる結晶構造からも得ることがない。
【0043】
また、金属合金層3の化学組成で得られる準結晶相は、簡易的には、Mg32(Zn、Al)49相としてX線回折により、JCPDSカード:PDF#00−019−0029、又は、#00−039−0951で同定できる回折ピークを示す。
準結晶相は、極めて耐食性に優れる物質で、金属合金層3(Zn−Mg−Al層)中に含有されると耐食性が向上する。特に面積分率で5%以上、金属合金層3中に含有されると腐食初期段階において白錆発生が抑制される傾向にある。より高い面積分率でたとえば、20%以上含有されるとその効果を増す。すなわち金属合金層3(Zn−Mg−Al合金層)の表面上に形成した準結晶相が腐食因子に対して高いバリア効果を有している。
【0044】
また、腐食促進試験等で準結晶相が腐食すると、バリア効果の高い腐食生成物が形成し、地鉄を長期にわたり防食する。バリア効果の高い腐食生成物は、準結晶相中に含まれるZn−Mg−Al成分比率が関係している。金属合金層3(Zn−Mg−Al合金層)の成分組成において、Zn>Mg+Al+Ca(式中、元素記号は元素の含有量(質量%)を示す)が成立している場合、腐食生成物のバリア効果が高い。一般的に耐食性においては、準結晶相の面積分率が高い方が好ましい。準結晶相の面積分率が80%以上であるとその効果が特に大きい。これらの効果は、塩水噴霧サイクル(SST)を含む複合サイクル腐食試験で、その効果が大きく現れる。
【0045】
MgZn相、及びMgZn相は、準結晶相と比較すると、含有による耐食性向上効果は小さいが、一定の耐食性を有し、かつ、Mgを多く含有することから、アルカリ耐食性に優れる。これら単独の金属間化合物でも金属被覆層3中に含有されることでアルカリ耐食性が得られるが、準結晶相と併存すると準結晶相の高アルカリ環境(pH13〜14)での金属被覆層3の表層の酸化皮膜が安定化し、特に高い耐食性を示すようになる。このためには、準結晶相は金属被覆層3に面積分率で20%以上含有されている必要があり、30%以上含有されていることがより好ましい。
例えば、金属被覆層3に準結晶相を含有する状態で、残相として、MgZn相、MgZn相を含有し、準結晶相、MgZn相、及びMgZnの面積分率が合計で75%以上となる場合は、アルカリ領域での耐食性が向上する。例えば、強アルカリ環境、アンモニア水中、苛性ソーダ中でも腐食量がほぼ0となるほど優れたアルカリ耐食性を得ることが可能である。
【0046】
準結晶相が得られる組成の範囲内において、準結晶の他、残部組織としてAl相が金属被覆層3に混在する場合がある。Al相は非常に軟質なめっきで塑性変形能を有しており、これらの相を含有すると、金属被覆層3に塑性変形能が生じる。
金属被覆層3にAl相が面積分率で50%以上含有され、かつ、準結晶相との面積分率との合計で75%を超えると、金属被覆層3に延性が生まれ、たとえば耐衝撃性に優れ、ボールインパクト試験を実施すると、金属被覆層3の剥離量が大幅に減少する。
【0047】
「金属被覆層3の形成方法」
金属被覆層3を形成するには、上述の組成となるように各元素を配合した溶射材料の粉末あるいは線材を用意する。一例として、粉末を得るには、目的の組成となるように各金属を坩堝等の耐熱容器に収容して溶解し、凝固させる。各金属を溶解する場合、均一混合するために小さな金属塊を用いることが望ましい。加熱溶解する場合の雰囲気は不純物の混入を避けるために不活性ガス雰囲気であることが望ましいが、例えば、酸素濃度1%以下の雰囲気を採用することが望ましい。
凝固させる際、アトマイズ法などを利用した凝固手段を用いてもよいし、るつぼ内で凝固させた後、凝固物を粉砕して粉末化することもできる。
【0048】
溶射に用いる粉末の粒子径は特に問わないが、必要とされる金属被覆層3の面積、厚みなどを勘案し、随時望ましい範囲を選択することができる。例えば、50μm〜200μm程度の粒径を選択することができる。
溶射方法はプラズマ溶射、アーク溶射などを採用することができる。
前記望ましい組成の合金は非常に脆いので粉砕法で粉末化が容易にできるが、粒子形状、大きさが不揃いの場合は被覆効率が低下するので、アトマイズ法を用いて粉末化することが望ましく、中でも表面の酸化が少ないガスアトマイズ法を採用することが望ましい。また、粉末化した粒子を更に分級して所定範囲の粒子径に揃えた粒子を用いることが望ましい。
【0049】
以上説明の如く用意した粉末を溶射ガンに供給して鋼材2の表面に対し溶射を行い、溶射層を形成すれば、図1に示す金属粒子5が複数積層された構造体としての金属被覆層3を鋼材2の表面に被覆したMg含有Zn合金被覆鋼材1を得ることができる。溶射ガンは溶射材料を溶融して微細な液滴として噴射するので、鋼材2の表面にこの液滴の凝固物を堆積させると複数の金属粒子5が堆積した金属被覆層3を得ることができる。
【0050】
金属被覆層3(金属被覆層3を構成する金属粒子5)中の準結晶相の面積分率を制御(つまり、上記金属被覆層3の組織中の各相の面積分率)するには温度制御が有効である。500〜350℃の温度域で最も安定する相が準結晶相であるため、この温度域での保持時間を長くすることで金属被覆層3(Zn−Al−Mg合金層)中の準結晶相の面積分率を向上させることが可能である。より好ましくは、30秒以上保持して、5℃/秒の冷却速度を下回る方が好ましい。この冷却速度を下回ることで、準結晶相の析出を最大限生成することが可能である。たとえば、この間の冷却速度を5℃/秒以上にすると、本来得られる準結晶相の割合が極端に小さくなる傾向にある。あまりに大きいとある程度、準結晶相が析出する前に冷却され、準結晶相の含有が少なくなる。
【0051】
一方、350℃未満250℃以下の温度域では、準結晶相よりもMgZn相、Mg相、MgZn相等の金属間化合物相の安定領域に入るため、この温度域での冷却速度を速める必要がある。好ましくは、10℃/秒以上の冷却速度とすることで金属被覆層3(Zn−Al−Mg合金層)中の準結晶相の面積分率の最大値を維持することが可能である。
【0052】
つまり、金属被覆層3は、目的の成分組成の合金粉末を溶射ガンに供給して鋼材2の表面に対し溶射を行い、溶射層を形成する。その後、冷却する過程において、500℃以下350℃未満の温度域で冷却速度5℃/秒未満として30秒以上保持し、350℃未満250℃以下の温度域で冷却速度を10℃/秒以上とすることが好ましい。
なお、250℃未満の温度域の冷却速度は不問である。この温度域では温度が低く原子拡散が低調となり、もはや相の生成、分解に必要な温度を下回っているためである。
【0053】
この準結晶相を得る方法は、種々考えられるが、溶射の場合、出発時の粉末の組織をとどめるものも比較的多いため、溶射前の粉末の予熱処理は有効である。具体的には、例えば、溶射前の粉末を、100〜200℃で予熱処理することが好ましい。予め目的とする相構造にしておくことで出発時の組織を留める溶射粒子の組織を制御できる。
また、半溶融状態になった粒子表面や完全溶融状態となった粒子は、溶射条件(積層パス間隔、溶射ガンと鋼材の距離、鋼材の予熱温度)を選択することで、後から積層される粒子、溶射アーク等の熱、鋼材への抜熱をうまく制御することにより目的とする面積分率の準結晶相を得ることができる。
【0054】
ここで、熱処理をして、Al−Fe合金層が生成することで鋼材2と金属被覆層3の密着性が向上する。しかし、厚すぎるFe−Al合金層2Aは、金属被覆層3中のAl含有量の減少を引き起こし、準結晶相が形成しにくくなる他、金属被覆層3の耐食性及び性能を劣化させる。そのため、目的の組成および組織となる金属被覆層3にするために、金属被覆層3の組成と熱処理温度及び時間を制御し、Al−Fe合金層2Aの厚さを1〜1000nmとすることが好ましい。1000nmよりも厚すぎると金属被覆層3のAl含有量の減少を引き起こし、準結晶相の形成が困難となる。また、Al−Fe合金層2Aが1nm以下の場合、金属被覆層3と鋼材2との密着性が不十分となることがある。Al−Fe合金層2Aの厚さは、望ましくは100〜500nmである。
【0055】
ここで、Al−Fe合金層2Aの厚さは、次の通り測定する。SEM(走査型電子顕微鏡)により、Al−Fe合金層2Aの断面観察(Al−Fe合金層2Aの厚さ方向に切断された断面において、Al−Fe合金層2Aと平行な方向に2.5mm長さ分に相当する領域の観察)を行う。この領域において、少なくとも三視野(倍率1万倍)に観察される各Al−Fe合金層2Aの任意の5箇所(少なくとも計15箇所)の厚さの平均値を求める。この平均値をAl−Fe合金層2Aの厚さとする。
金属被覆層3の厚さも、Al−Fe合金層2Aの厚さと同様に測定した平均値とする。
なお、断面観察のためのサンプル調整方法は公知の樹脂埋め込み又は断面研磨方法によって行えばよい。
【0056】
上述の製造方法と冷却過程に基づいて得られた金属被覆層3においては、所定割合の準結晶相を含むZn−Al−Mg合金の金属粒子5の積層構造体からなる金属被覆層3が鋼材2の表面を覆っている。そのため、金属被覆層3は硬く、耐摩耗性に優れ、耐食性に優れ、アルカリ領域での耐食性にも優れている。このため、表面が硬く、耐摩耗性に優れ、耐食性に優れ、アルカリ領域での耐食性にも優れたMg含有Zn合金被覆鋼材1を提供できる。
【0057】
また、先の実施形態では表面が平滑な鋼材2に金属被覆層3を被覆した構造について説明したが、表面に凹凸がある鋼材、断面異形の鋼材、折曲した鋼材など、いずれの形状の鋼材においても溶射が可能な形状の鋼材であれば、鋼材の形や凹凸の有無に限らず、本開示構造を適用することが可能となる。よって本開示の技術は、鋼材の形状に係わらず提供が可能である。
【0058】
また、本開示は、Mg含有Zn合金被覆鋼材の作製において、金属被覆層を形成後に後処理を実施してもよい。
後処理としては、被覆鋼材の表面を処理する各種の処理が挙げられ、上層めっきを施す処理、ク口メー卜処理、非クロメート処理、りん酸塩処理、潤滑性向上処理、溶接性向上処理等がある。また、金属被覆層を形成後の後処理としては、樹脂系塗料(例えば、ポリエステル樹脂系、アクリル樹脂系、フッ素樹脂系、塩化ビニル樹脂系、ウレタン樹脂系、エポキシ樹脂系等)を、ロール塗装、スプレー塗装、カーテンフロー塗装、ディップ塗装、フィルムラミネート法(例えば、アクリル樹脂フィルム等の樹脂フィルムを積層する際のフィルムラミネート法)等の方法により塗工して、塗料膜を形成する処理もある。
【実施例】
【0059】
次に本開示を実施例に基づいて更に詳細に説明する。
JIS G 3101(2010)規定SS400(第1の鋼材:長さ150mm、幅70mm、厚み3.2mm)と、JIS G 3101(2010)規定SS400(第2の鋼材:長さ180mm、幅70mm、厚み1.6mm)を試験片とし、以下の溶射試験に用いた。ただし、第2の鋼材についてはその一方の端部から30mmの位置をR2.0mmで90゜曲げした曲げ試験片に加工して以下の溶射試験に用いた。なお、曲げ加工を施さない第1の鋼材の試験片を「平面試験片」と以下称する。
【0060】
溶射用粉末は、Zn−(15〜45)質量%Mg−(3〜15)質量%Al−(2〜5)質量%Caなる組成比(Znの質量%は残部である)で粒子径50〜200μmのものを用いた。溶射用粉末の粒形状はほほ球形であった。
また、比較用の溶射粉末として、市販のAl粉末(平均粒径100μm)、Zn粉末(平均粒子径250μm)、Mg粉末(平均粒子径280μm)をそれぞれ用意し、試験に応じてそれぞれ単独で使用するか混合して用いた。
【0061】
大気圧プラズマアーク溶射法を用い、作動ガスをAr−Hガスとして生成させたプラズマ中に目的の溶射用粉末をアルゴンガスによって供給した。溶射ガンと鋼材(基材)との距離を100mmに設定し、基材の温度が500℃を超えないように溶射ガンを移動させ、溶射を繰り返すことで、形成する金属被覆層の厚み(後述する評価試験に応じた厚み)を制御した。そして、表1に示す予熱温度で溶射用粉末を溶射した後、溶射ガンから溶射用粉末を溶射し、平面試験片(第1の鋼材)の表面に金属被覆層を形成した。
冷却条件は、凝固から350℃までの冷却速度を3℃以上5℃未満で、350℃から250℃までの冷却速度を10℃以上15℃未満の範囲で行った。
また一部試験片(記号Zの例)は溶射ガンと基材の距離を150mmとした。
同等の溶射ガンを用い、比較となるAl粉末、Zn粉末、もしくはそれらの混合粉末による金属被覆層を上述のそれぞれ平面試験片平面試験片(第1の鋼材)の表面に形成した。
【0062】
一方、折り曲げ加工した曲げ試験片(第2の鋼材)の表面には多軸溶射ロボットを用いて曲げ部分の内側、外側のそれぞれに溶射による金属被覆層を形成した。
【0063】
製造した金属被覆層の組成を以下の表1に示す。なお、各相の面積分率は既述の方法に従って測定した。
【0064】
「溶融めっき材の製造」
なお、比較用として、複数の組成の溶融めっきによる金属被覆層を有する鋼材(以下「平面溶融めっき材」)を製造した。溶融めっき用の基板は、JIS G 3101(2010)規定SS400からなる長さ180mm、幅70mm、厚さ1.6mmの鋼板を用いた。溶融めっきによる金属被覆の組成を表1に示す。溶融めっきによる金属被覆層の厚みは溶射による金属被覆層と同様とした。
【0065】
【表1】
【0066】
「耐食性評価」
耐食性は腐食促進試験により評価した。腐食促進試験はJIS Z2371に規定される5%NaCl水溶液を使用した塩水噴霧試験(SST)で行った。最大で6000Hrsまで試験を行い、各々の平面試験片、及び平面溶融めっき材に赤錆が発生する時間で比較した。いずれの試験片も端面、裏面はテープでシールした。金属被覆層の厚さは全て25μmとした。
一方、同様にして、曲げ試験片については曲げ部の内側評価と外側評価をそれぞれ行った。また、めっき後に、一方の端部から30mmの位置をR2.0mmで90゜曲げした曲げ加工を平面溶融めっき材に施した曲げ溶融めっき材についても、曲げ部の内側評価と外側評価をそれぞれ行った。
【0067】
「耐摩耗性及び耐疵付き性評価」
耐摩耗性及び耐疵付き性はHEIDON社製、直線摺動試験機を使用した。接触部分は鋼球(20R:材質SKD11)とし、荷重500g、摺動距離40mm、速度1200mm/minとした。10往復後、各々の平面試験片、及び平面溶融めっき材の表面を目視により観察した。金属被覆層の厚さは全て12μmとした。
試験後に、各々の平面試験片、及び平面溶融めっき材の表面について、あきらかな傷や欠けがみられた場合は「G4」とした。非試験部が試験部に比べて明瞭に色みが変化したものは「G3」とした。非試験部が試験部に比べてわずかに色みが変化したものは「G2」、試験前と外観がほとんど変化しなかったものを「G1」とした。
【0068】
耐食性評価試験の結果を以下の表2〜表3に示し、耐摩耗性及び耐疵付き性評価試験の結果を以下の表4に示す。
【0069】
【表2】
【0070】
【表3】
【0071】
【表4】
【0072】
表2に示すように本開示の溶射による金属被覆層を有する鋼材はSST6000時間まで、いずれも赤錆発生がなく、高い耐食性を示した。比較材のうち、一部のめっきは加工なしの部分で耐食性がよいが、加工によってめっきの脱落(パウダリング)があり、耐食性が加工部で著しく低下した。また、表3に示すように本開示の溶射による金属被覆層を有する鋼材は耐摩耗性及び耐疵付き性に優れていることを示した。
【0073】
図2は表1の記号(4)の試料の断面TEM観察により、準結晶相の部分を同定し、その部分の電子線回折像を示す。図2に示すように、正20面体構造に起因する放射状の正10角形の電子線回折像を得ることができたので、この試料には準結晶相が析出していることを確認できた。
【0074】
なお、日本国特許出願第2015−191855号の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
【要約】
鋼材と前記鋼材の表面に配された金属被覆層とを備え、前記金属被覆層が、粒径5〜100μm、厚み0.5〜30μmの扁平形状の金属粒子の積層構造体であり、前記金属粒子の組成は、質量%でZn:11〜80%、Al:3〜80%、Mg:8〜45%、Ca:1〜5%を含み、残部が不純物からなり、かつZnの含有量、Alの含有量及びMgの含有量が質量%でZn+Al>Mgを満たし、前記金属粒子は、準結晶相と、MgZn相と、残部組織とからなり、前記準結晶相と前記MgZn相との合計面積分率が45%以上であり、前記残部組織の面積分率が0〜55%であり、前記準結晶相の面積分率が20%以上であり、前記MgZn相の面積分率が3%以上であるMg含有Zn合金被覆鋼材。
図1
図2