(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
鉄系材料で形成される焼結部品は、安価であることが利点である。ところが、高硬度化の要求を高密度化によって満たそうとするものは、その利点が損なわれる。
【0006】
焼結部品の高密度化策として、例えば、温間成形や金型潤滑成形などの特殊な成形方法を用いるとか、高純度の原料鉄粉を使用するなどの手法があるが、これ等の手法ではコストアップが避けられない。
【0007】
高合金材を使用する方法も、原料費が高くつくためコスト高となる。
【0008】
また、特許文献1に開示された方法は、面積が広くて複雑な面を高硬度化しようとすると、ショットピーニングの実施時間が長くなり、さらに、単品処理となるために量産性の向上も期待できず、これもコストアップの要因となる。
【0009】
この発明は、上記の現状技術に鑑みてなされたものであって、耐摩耗性に優れた鉄系焼結部品を低コストで製造可能となすことを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、この発明においては、鉄系焼結部品の製造において、焼結工程を経た部品にスチーム処理を施してその部品の表面に鉄の酸化被膜を形成し、しかる後、部品の所望箇所に高周波熱処理を施して熱処理を行った部位の表層部にマルテンサイト層を生じさせる方法を採る。
【0011】
なお、この発明の方法で製造される焼結部品は、所望箇所の表層部にマルテンサイト層が形成され、そのマルテンサイト層上にさらに鉄の酸化被膜が形成されたものになる
。
【発明の効果】
【0012】
この発明の製造方法によれば、耐摩耗性に優れた鉄系焼結部品を低コストで製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、この発明の鉄系焼結部品の製造方法の実施の形態を説明する。
【0015】
この発明は、鉄系焼結部品の製造において、焼結工程を経た部品にスチーム処理を施してその部品の表面に鉄の酸化被膜を形成し、しかる後、部品の所望箇所に高周波熱処理を施して熱処理を行った部位の表層部にマルテンサイト層を生じさせる方法を採る。
【0016】
この方法によれば、高周波熱処理での焼入れによって部品の表層部にマルテンサイト層が生成される。また、高周波熱処理に先行して実施するスチーム処理によって、部品の表面と表層部の組織内空孔の孔面に硬度の高い鉄の酸化被膜が生じ、表層部の硬度の高い耐摩耗性に優れた部品ができる。
【0017】
なお、酸化被膜を生じさせるスチーム処理と、焼入れのための高周波熱処理は、どちらも一般に多用されている方法であり、安価に実施できる。また、スチーム処理は多数個の同時処理が可能であり、高周波熱処理は1個当りの処理時間が極めて短い。従って、良好な量産性も確保でき、これにより、低コストでの製造が可能になる。
【0018】
この発明の方法による鉄系焼結部品の製造についてさらに詳しく説明する。この方法では、先ず、ダイと上パンチと下パンチを組み合わせ、必要に応じてさらにコアロッドを含ませた金型を有する粉末成形装置(図示せず)を用いて原料粉末の成形を行う(
図1の製造手順の圧粉成形工程Iを実施)。
【0019】
次に、圧粉成形工程Iを経て得られた成形体を所定の温度で焼結する(
図1の製造手順の焼結工程IIを実施)。
【0020】
その焼結工程IIを経て得られた焼結部品の一例を
図2に示す。例示の焼結部品1は、歯車である。この歯車には、歯面が耐摩耗性に優れることが要求される。そこで、焼結後の歯車を
図1の製造手順のスチーム処理工程IIIに送ってここでスチーム処理による酸化被膜の生成を行う。
【0021】
スチーム処理工程IIIでは、処理対象の焼結部品を処理釜(図示せず)に入れ、釜の内部に450℃〜600℃の高温の蒸気を送り込む。ここでのスチーム処理を30分以上、好ましくは1時間程度実施すると、焼結部品の表面と表層部に位置する表層部の組織内空孔の孔面に5μm程度の膜厚の酸化被膜(Fe
3O
4)を生じさせることができる。
【0022】
この後、酸化被膜を生じた焼結部品1を
図1の熱処理工程IVに送ってここで高周波熱処理を行う。その高周波熱処理は、誘導加熱コイル(これも図示せず)でそのコイルの内側にセットした焼結部品1の歯部2を900℃〜1000℃程度の温度になるように加熱する。この温度は、金属組織がオーステナイト化する温度である。このときの加熱時間は、例えば、2秒程度で歯部を目的の温度に加熱することができる。
【0023】
高周波熱処理での加熱時間が、長くなりすぎると、スチーム処理によって生じさせた鉄の酸化被膜が分解され、事前のスチーム処理が意味のないものになる。従って、誘導加熱コイルによる加熱時間は、30秒以下とするのがよい。その加熱時間を30秒以下に制限することでその酸化被膜の分解を回避することができる。
【0024】
スチーム処理後に、部品をスチーム処理の温度よりも高温に加熱することは、スチーム処理によって出来た酸化被膜が熱処理での温度によって分解されるために不可と言う考えが一般的である。事実、部品の全体の熱処理(いわゆるズブ焼きによる焼入れ、焼戻しや浸炭熱処理)であると酸化被膜が分解されてしまう。
【0025】
これに対し、高周波による短時間での熱処理であれば、酸化被膜が分解されずに残存する。そのことを発明者は実験で確認した。
【0026】
高周波熱処理での加熱時間は、生産性も併せ考えると、7秒以下、より好ましくは3秒以下とするのがよい。この加熱時間は、目的の温度まで加熱できるのであれば短いほどよい。
【0027】
熱処理工程IVでは、加熱後の焼結部品を急冷して表層部の組織をマルテンサイトに変化させる。急冷は、通常行われているガス冷却、冷媒液に対する浸漬のどちらで行ってもよい。
【0028】
以上の工程を経ると、
図3に示すように、母材3の所望箇所の表層部にマルテンサイト層4が形成され、そのマルテンサイト層4上にさらに鉄の酸化被膜5が形成された焼結部品1が得られる。
【0029】
なお、高周波熱処理による焼結部品の表面の硬化深さ(マルテンサイト層4の形成される領域)は、高周波熱処理による加熱時間が規制されるため、上限が5mm程度になると考えられる。
【0030】
この発明の方法で得られる焼結部品は、
図4に示すように、マルテンサイト層4の表面だけでなく、母材3やマルテンサイト層4中に存在する微細な空孔6の内面にも鉄の酸化被膜5が形成され、表層部はマルテンサイト層と酸化被膜が複合化したような組織となる。
【0031】
そのために、硬化させた表層部の硬度が熱処理のみを施した焼結部品よりも高まり、より耐摩耗性に優れたものになる。
【0032】
また、スチーム処理による酸化被膜の生成によって表層部の空孔6が塞がれ、そのために、水分など腐食因子の組織内部への浸み込みが抑えられ、部品の防錆性能も向上する。
【0033】
さらに、ベースの鉄と表面の酸化被膜が異種材料の組み合わせとなることから、音の減衰効果や共振防止に関する効果も期待できる。
【実施例】
【0034】
−実施例1−
2wt%Cu−0.8wt%C−残部Feの組成の原料粉末からなる密度6.9g/cm
3と密度7.2g/cm
3の焼結体(通常材)に対してスチーム温度550℃、処理時間1時間の条件でスチーム処理を行い、その後、その焼結体に高周波熱処理を施した。
【0035】
高周波熱処理は、出力35Wと出力15Wの誘導加熱コイルを用いて行なった。出力35Wの誘導加熱コイルによる焼結体の加熱は3秒とし、また、出力15Wの誘導加熱コイルによる焼結体の加熱は30秒とした。そしてその後に冷媒液として焼入れ油で冷却を行った。
このようにして得られた焼結体の表層部の断面の組織の写真を
図5に示す。この
図5は、密度7.2g/cm
3の焼結体をスチーム処理後に3秒間高周波加熱した焼結部品の組織写真である。
【0036】
同一組成、同一密度の焼結体(通常材)に対してスチーム処理をせずに上記と同じ条件で高周波熱処理を施した試料も作成した。
【0037】
次に、得られた各試料の表層部の硬さを評価した。硬さの評価は、ロックウェル硬さ試験機を使用して行った。また、スチーム処理を施した試料については、酸化被膜の残存状況も調べた。その結果を表1に示す。
【0038】
なお、表1の耐摩耗試験は、歯車の噛み合い試験を実施し、100時間経過後の歯面の状態を観察した。試験結果のA,B,Cはダメージの状況を3段階に分けて評価したものである。Aが評価の結果が最も良く、B,Cがそれに続く。
【0039】
【表1】
【0040】
この試験結果からわかるように、スチーム処理後に高周波熱処理した焼結部品の硬さは、前記通常材や高密度高合金材(Fe−Ni−Cu−Mo系、Fe−Mo系、Fe−Ni−Mo系材料)に熱処理のみを施したもの(一部の合金材の硬さは後記表2に記載)よりも高かった。
【0041】
−実施例2−
2wt%Ni−0.5wt%Mo−0.6wt%C−残部Feの組成の原料粉末からなる密度7.2g/cm
3の焼結体(高合金材)及び4wt%Ni−1.5wt%Cu−0.5wt%Mo−0.6wt%C−残部Feの組成の原料粉末からなる密度7.2g/cm
3の焼結体(これも高合金材)に対してスチーム温度550℃、処理時間1時間の条件でスチーム処理を行い、その後、その焼結体に高周波熱処理を施した。
【0042】
高周波熱処理の時間と加熱後の冷却は、実施例1と同一条件にて実施した。
【0043】
同一組成、同一密度の焼結体(高合金材)に対してスチーム処理をせずに上記と同じ条件で高周波熱処理を施した試料も作成した。
【0044】
次に、得られた各試料の表層部の硬さと、スチーム処理を施した試料の酸化被膜の残存状況を調べた。その結果を表2に示す。表2の耐摩耗試験は、実施例1と同じ試験である。
【0045】
【表2】
【0046】
このように、高合金材に上記の条件でスチーム処理と高周波熱処理を施して得られた
焼結材料は、通常材にこの発明の方法でスチーム処理と高周波熱処理を施して得られた
焼結材料よりもさらに高い硬度が得られる。