【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第9回 生産加工・工作機械部門講演会論文集(平成24年10月27日)一般社団法人日本機械学会発行 第213−214ページに発表,2013年度 精密工学会春季大会プログラム&アブストラクト集(平成25年 2月27日)公益社団法人精密工学会発行 第495−496ページに発表
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記循環工程は、前記工具電極の前記先端部と前記工作物の表面との間に形成される流路の断面が他の流路の断面よりも小さくなることにより生じるベンチェリ効果を用いて前記電解液を循環させる請求項1または2に記載の電解加工方法。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、発明の実施の形態を通じて本発明を説明するが、以下の実施形態は特許請求の範囲にかかる発明を限定するものではない。また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0010】
図1は、本実施形態に係る電解加工装置10を概念的に示す概念図である。電解加工装置10は、工具電極100が装着されて、電解加工により加工対象である工作物200に穴加工を施す装置である。なお、図示するように、工具電極100の中心軸に沿って工作物200から遠ざかる方向をz軸プラス方向とする。また、z軸に直交する一方向をx軸、z軸およびx軸共に直交する方向をy軸とする。以降のいくつかの図においては、
図1の座標軸を基準として、それぞれの図の向きがわかるように座標軸を表示する。
【0011】
電解加工装置10は、工作物200を載置するステージ300、z軸方向へ進退可能に工具電極100を保持するホルダー400、電解液550を吸引するポンプ500、電解液を介して工具電極100と工作物200の間に電流を流す電源600および電解加工装置10の全体を制御する制御ユニット700を主に備える。制御ユニット700は、CPU710と操作パネル720を含む。CPU710は、操作パネル720を介して入力された加工手順、加工条件等に従って加工制御を実行する。操作パネル720は、タッチパネルなどの入力部を備える表示装置であり、操作者からの入力を受け付けると共に、メニュー項目、加工進捗等の表示を行う。
【0012】
工具電極100は、詳しくは後述するが、電解液550を供給する供給口120と、電解液550を回収する回収口130を備える金属製の工具電極である。電解液550は、工作物200の加工予定位置210に対向する端面である先端部110から加工予定位置210へ向けて吐出され、再び先端部110から回収される。工具電極100は、ホルダー400に交換可能に装着される。具体的には、クランプによりホルダー400に固定される。
【0013】
ホルダー400は、z軸方向に沿って固定された支柱410に軸支されており、ホルダー400と一体的に設けられた駆動部420の駆動力により、支柱410を上下する。したがって、工具電極100は、ホルダー400の上下移動に伴って、工作物200に対して進退する。特に、穴加工中は駆動部420がCPU710によって制御され、工具電極100は、矢印490方向(z軸マイナス方向)へ段階的に送られる。なお、駆動部420は、例えば、支柱410に噛み合うギア機構を含むモータによって構成される。
【0014】
ステージ300は、チャック310により工作物200を固定する載置台である。チャック310は、xy平面方向へ移動可能であり、工作物200の表面に設定される加工予定位置210を、工具電極100の先端部110の直下に配置することができる。
【0015】
ポンプ500は、回収口130に接続された回収チューブ562を介して、電解液550を吸引する吸引ポンプである。回収された電解液550は、濾過装置580へ送られて不純物が濾過される。そして、濾過された電解液550は、濾過装置580に接続された還流チューブ563を介して、タンク520へ送られて貯蔵される。
【0016】
ポンプ500は、例えば、ゲージ圧で最大吸引圧力が−53kPa、最大吸引量が0.6L/min程度の能力を有する。また、ポンプ500は、圧力計510を備え、圧力計510は、電解液550の吸引圧力を出力する。CPU710は、加工中においては圧力計510の出力を受け取って、電解液550の吸引圧力を監視する。
【0017】
タンク520は、電解液550を貯蔵する容器である。タンク520には供給チューブ561の一端が接続されており、供給チューブ561の他端は供給口120に接続されている。供給チューブ561は、電解加工装置10の停止状態においても電解液550で満たされるように、タンク520と供給口120に接続されている。
【0018】
このように、電解液550の循環経路は、タンク520→供給チューブ561→工具電極100(供給口120→先端部110→回収口130)→回収チューブ562→ポンプ500→濾過装置580→還流チューブ563→(タンク520)として確立される。ここで、電解液550を循環させるポンプ500は、上述の通り工具電極100の回収口130に接続された吸引ポンプとして設けられており、本実施形態においては、供給口120に電解液550を押し出す送出用のポンプは接続されていない。電解液550が工具電極100の先端部110を経て循環するメカニズムは、他の図を用いて後述する。なお、本実施形態においては、回収した電解液550を濾過してタンク520へ戻す構成であるが、タンク520が加工に必要な量の電解液550を貯蔵できるのであれば、電解液550をタンク520へ戻す構成でなくても良い。
【0019】
電源600は、電力線610を介して工作物200に正電圧を印加し、グランド線620を介して工具電極100を接地電位に保つ。なお、電力線610は、直接的に工作物200に接続されていても、チャック310などを介して工作物200に接続されていても良い。同様に、グランド線620は、直接的に工具電極100に接続されていても、ホルダー400などを介して工具電極100に接続されていても良い。
【0020】
電源600の通電のオン、オフおよび通電量はCPU710の制御信号により制御される。CPU710は、例えば加工中のパルス電流の値が一定になる定電流モードにより電源600の通電を制御する。パルス電流は、例えば、ハイレベルの電流値が15A、ローレベルの電流値が0A、パルス幅が5msec、パルス周期が50msecと設定される。
【0021】
図2は、電解加工装置10に装着される工具電極100と、加工対象である工作物200の断面図である。本実施形態に係る工具電極100は、二重円筒構造であり、その胴部をホルダー400によって保持されている。
【0022】
より具体的には、外筒140と内筒150の2つの筒がz軸方向を中心軸として同心状に入れ子に嵌め込まれている。外筒140の上部の内径と内筒150の上部の外径とはほぼ等しく、互いに嵌合している。外筒140は、当該上部以外においては、先端部110まで当該上部よりも内径が大きく形成されている。当該上部の下端側の境界部には、Oリング160が嵌め込まれており、外筒140と内筒150を互いに固定している。
【0023】
例えば、外筒140の外径は10mmであり、上記上部以外の内径は8mmである。同様に、内筒150の外径は5mmであり、内径は3mmである。なお、図においては、説明の観点からこの比率とは異なる比率で示している。
【0024】
このように二重円筒構造を採用することにより、外筒140の内面と内筒150の外面との間の空間である第1内通孔121と、内筒150の内面から中心軸側の空間である第2内通孔131とが形成される。第1内通孔121は、工具電極100の上方において、電解液550を導入する供給口120と連通している。第2内通孔131は、工具電極100の上端において、電解液550を排出する回収口130と連通している。
【0025】
第1内通孔121は、先端部110側で開口されており、開口部は電解液550を加工予定位置210へ吐出する吐出口171として機能する。第2内通孔131も、先端部110側で開口されており、開口部は電解液550を吸引する吸引口172として機能する。このような構造においては、第1内通孔121の吐出口171は、第2内通孔131の吸引口172よりも、先端部110において周縁側に設けられることになる。
【0026】
図示するように、先端部110は、外筒140の先端部である外筒先端部141と、内筒150の先端部である内筒先端部151とから構成される。外筒先端部141は、内径が先端へ向かって徐々に大きくなるような、先細となるテーパを有する。内筒先端部151は、外筒140方向へ伸延する鍔部として形成される。鍔部は、工作物200の表面である加工予定位置210に対向する面においては平面であるが、外筒140方向へ向かって徐々に肉薄となるテーパを有する。本実施形態において、鍔部の外径は9mmである。このような、外筒先端部141のテーパと内筒先端部151のテーパにより、吐出口171は、第1内通孔121の流路断面よりも狭い開口となり、また、鉛直方向よりも若干周縁方向へ傾斜して形成される。
【0027】
内筒先端部151がこのような幅広な鍔部として形成されることにより、内筒先端部151は、加工予定位置210との間で電流を流す実効的な電極として機能する。したがって、少なくとも内筒150が導電体であれば、外筒140が絶縁体であっても穴加工を行うことができる。内筒150には、工作物200の素材に応じて様々な導電体を採用し得るが、例えば工作物200がステンレス鋼で場合、黄銅を用いることができる。なお、本実施形態においては、工作物200は、ステンレス鋼であるSUS304であり、外筒140、内筒150共に黄銅を用いるものとして説明する。また、電解液550は、工具電極100および工作物200の素材に応じて適宜選択される。例えば、本実施形態においては、NaNO
3の10重量%溶液を用いる。
【0028】
外筒先端部141は、内筒先端部151よりも、工作物200側へ突出している。電解加工においては、工具電極100と工作物200とを接触させない。加工時において、工作物200の表面に対する外筒先端部141のクリアランスをcとする。また、内筒先端部151と工作物200の表面との距離である極間距離をg
wとする。すると、外筒先端部141の内筒先端部151に対する突出量は、g
w−cとなる。本実施形態においては、突出量は50μmである。
【0029】
このような断面構造において、先端部110が工作物200の表面に十分接近し、電解液550がポンプ500により吸引されて循環している状況における流路について説明する。
【0030】
電解液550は、供給口120から第1内通孔121へ導入され、第1内通孔121を通過して吐出口171へ到達する。そして、電解液550は、ポンプ500の吸引力により吐出口171から吐出される。吸引圧力は中心軸方向である吸引口172側から作用し、また、外筒先端部141が工作物200の表面側へ突出して外部に漏れにくい構造であることから、ほぼ全量の電解液550が吸引口172へ向かって流動する。すなわち、電解液550は、内筒先端部151と工作物200の表面との間に形成される極間空間を充填するように吸引口172へ移動する。吸引口172から再び工具電極100の内部に取り込まれた電解液550は、第2内通孔131を通過して回収口130へ到達して外部へ排出される。
【0031】
さらに、電解液550が工具電極100の先端部110を経て循環するメカニズムについて、
図3を用いて、穴加工の各段階を追いつつ詳述する。
図3は、穴加工の各段階を示す、工具電極100と工作物200の断面図である。
【0032】
図3(a)は、工具電極100の先端部110を徐々に工作物200の表面へ近づけている段階の様子を示す図である。この段階では、先端部110が工作物200の表面から大きく離間しているので、ポンプ500が吸引しても吸引口172からは空気が取り込まれるのみであり、したがって、電解液550は第2内通孔131へは導かれない。一方、タンク520と接続されている第1内通孔121は、電解液550で満たされている。ここで、上述のように吐出口171は第1内通孔121の流路断面よりも狭く、また、供給口120には送出用のポンプは接続されていないので、電解液550は、吐出口171における表面張力により第1内通孔121に留まり、吐出口171から滴下しない。なお、本実施形態においては、表面張力により電解液550を第1内通孔に留めるが、電解液550が滴下しない構成はこれに限らない。例えば、圧力差により開閉する弁を吐出口171近傍に設けて滴下を防ぐことができる。また、供給口120の高さとタンク520の液面の高さを調整することによっても、吐出口171の圧力差により滴下を防ぐことができる。
【0033】
図3(b)は、工具電極100の先端部110が工作物200の表面へ十分近づき、電解液550が循環し始めた段階の様子を示す図である。実質的には
図2の先端部の様子と同様である。先端部110を徐々に工作物200の表面へ近づけると、内筒先端部151と工作物200の表面によって形成される極間空間である流路の断面積が狭められ、吸引口172から取り込まれる空気の流速が増加する。すると、ベンチェリ効果により極間空間の圧力が低下する。極間空間と第1内通孔121の圧力差が閾値を超えると、それまで第1内通孔に留まっていた電解液550が、吐出口171から吹き出し、極間空間を満たしつつ吸引口172へ向かって流動する。そして、吸引圧力により吸引口172から吸い上げられ、第2内通孔131を遡る。このようにして電解液550の循環が開始され、先端部110と工作物200の表面との間が一定の間隔未満であれば、循環が継続される。
【0034】
吐出口171は、吸引口172よりも周縁側に設けられているので、電解液550は、工具電極100の中心軸方向へ向かって流れる。したがって、周縁方向へ向かって流すよりも、電解液550が先端部110より外側へ漏れ出すことを大幅に低減できる。すなわち、電解液550を加工領域に限定して循環させることができる。また、極間空間の流路断面g
wよりも、工作物200の表面に対する外筒先端部141のクリアランスcを小さくしているので、電解液550の漏出を防ぐと共に、電解液550の循環中における空気の流入を低減することもできる。
【0035】
電解液550の循環が開始された後に、電源600による通電を開始する。通電を開始すると電解反応が進み、先端部110の形状に応じた穴が徐々に形成される。穴が成長すると極間距離gwが広がるので、穴の成長に応じて工具電極100を矢印方向(z軸マイナス方向)へ段階的に送る。
【0036】
なお、本実施形態においては、供給口120には送出用のポンプを接続しないが、ポンプ500と協調的に動作する送出用ポンプを供給チューブ561に介在させても良い。上述のようにベンチェリ効果は極間空間と第1内通孔121の圧力差が閾値を超えたときに生じるが、送出用ポンプを補助的に作動させ、第1内通孔121の圧力を一時的に高めることにより、電解液550の吹き出しを促すことができる。このような構成を採用すれば、粘度の高い電解液、粒状物が混在する電解液などに対しても有効にベンチェリ効果を生じさせることができる。
【0037】
図3(c)は、穴加工が加工深さfまで進んだ様子を示す図である。本実施形態においては対象とする加工領域に限定的に電解液550を供給することができるので、図示するように、工具電極100の先端形状がほぼ穴形状として転写されるように加工が進行する。すなわち、対象とする加工領域以外では加工が進行することなく、精度の高い加工を実現することができる。換言すると、工具電極100の側面と加工によって形成された穴の内面との間隔である側面ギャップg
sを小さくすることができる。
【0038】
ここで、従来の電解加工装置による加工方法との違いについて説明する。従来の電解加工装置は、電解液槽を満たす電解液に沈められた工作物に対して、少なくとも工具電極先端を電解液に浸して工作物に接近させて、工作物と工具電極の間に電流を流していた。このような構成を採用した場合、電解液中において、工具電極と工作物の加工対象領域(工具電極先端との対向領域)以外の領域との間にも電流経路が生じてしまい、結果的に加工対象領域以外も加工が進んでしまっていた。つまり、電解液が加工領域以外にも存在することが漂流電流を発生させる原因となって、加工精度の低下を招いていた。また、このような構成の場合、大型の電解液槽が必要となるので、大量の電解液を消費し、環境汚染の観点からも好ましくなかった。
【0039】
また、別の従来の電解加工装置によれば、電解液を工作物に直噴させることにより、生成する不純物の除去を行い、加工速度の向上を実現する。しかし、対象とする加工領域に限定して電解液を供給するのではないので、加工精度の向上はわずかであり、やはり大量の電解液を消費することには変わりがなかった。
【0040】
穴加工ではなく、例えば、鏡面加工を行うような場合は、工具電極の先端部に対向する領域のみが対象加工領域ではなく、平面方向へ電解液が流出しても良いので、電解液を工具電極の中心軸から噴射させるような構成であっても加工精度上の問題は少ない。しかし、精度良く穴加工を実現するためには、対象加工領域に限定して電解液を行き渡らせること、換言すれば、対象加工領域以外の領域は電解液に浸されないことが重要である。この観点において、電解加工機は、電解液を対象加工領域に吐出すると共に、対象加工領域から漏出させること無く確実に回収することが要求される。本実施形態における電解加工装置10は、これらの要求を満たして加工精度が優れると共に、少量の電解液で加工を行えるという利点を有する。
【0041】
次に、穴加工中における極間距離と吸引圧力の関係について説明する。
図4は、穴加工中における極間距離と吸引圧力の関係を示す図である。図において、横軸は内筒先端部151と工作物200の表面との距離である極間距離(μm)を表し、縦軸は圧力計510が示す吸引圧力(kPa)を表す。各曲線は、凡例で示すように、工作物200の表面に対して先端部110が加工穴方向へどれだけ送られているかを示す送り量ごとの、極間距離に対する吸引圧力の関係を表す。
【0042】
図からも明らかなように、一旦加工が進行すると、極間距離と吸引圧力の関係は、送り量の多寡によらず互いにおおよそ一致している。特に送り量が300μmを超えると、互いの一致度が高い。また、極間距離がおよそ100μm未満の領域においては、全体的に極間距離の変化に対する吸引圧力の変化量が大きい。特に送り量が300μmを超えると、この傾向が強いと言える。
【0043】
この実験結果から、吸引圧力を監視すれば、極間距離が推定できることがわかる。そこで、本実施形態において、電解加工装置10は、CPU710が監視する圧力計510の吸引圧力が予め定められた閾値を超えたら工具電極100を一定量送る動作を繰り返して、目標深さの加工穴を形成する。吸引圧力の閾値は、例えば、極間距離の変化に対する吸引圧力の変化量が大きい領域と小さい領域の境界値であるおよそ100μmに対応する−12kPaとする。また、送り量は、極間距離よりも小さい量であれば良いが、安全幅を考慮してここでは10μmとする。
【0044】
工具電極100を送った直後は極間距離が約90μmとなるので、吸引圧力は一旦下がる。そして、しばらくすると加工が進んで再び極間距離が開き、−12kPaよりも大きな吸引圧力となる。そうしたら、再び工具電極100を10μm送る。このような動作を繰り返して穴の深さfを目標値に到達させる。
【0045】
従来の電解加工装置においては、極間距離の測定が困難であり、多くの場合は経験則に基づいて単位時間当たりの工具電極の送り量を決定していた。しかし、実際の極間距離に基づく送り制御ではないので、加工速度にむらが生じたり、加工形状が安定しなかったりしていた。しかし、本実施形態のように、極間距離と相関を持つ吸引圧力を監視して工具電極を送る制御は、いわゆるフィードバック制御であり、このような制御によれば、最適な加工速度と、安定した加工形状を得ることができる。なお、上述の応用例のように、補助的に送出用ポンプを備える場合であっても、吸引圧力を監視する段階において送出用ポンプを停止させれば、同様にフィードバック制御を実行することができる。また、本実施形態によれば、工具電極100の先端部110で電解液550を循環させるが、このような形態に限らず、例えば電解液槽の電解液に工具電極先端を浸して加工する形態の装置であっても、工具電極先端から吸引する電解液の圧力を監視することにより、極間距離の推定によるフィードバック制御を同様に行うことができる。
【0046】
次に、工具電極100の送り量と側面ギャップとの関係を説明する。
図5は、送り量と側面ギャップとの関係を示す図である。横軸は工具電極100の送り量(μm)を表し、縦軸は側面ギャップ(μm)を表す。
【0047】
図示する通り、少なくとも300μm以上の工具電極送りを行えば、その後は工具電極側面で加工が進行しないことが実験により明らかになった。この実験データの場合、側面ギャップは約220μmで安定しており、従来の電解加工装置による側面ギャップに比べて非常に小さい値である。
【0048】
工作物と工具電極を電解液に浸す加工装置であれば、側面ギャップにも電解液が浸入するので、側面方向にも電流が流れ、送り量が大きくなればなるほど側面方向への加工も進む。その結果、穴の内面は先端部側を頂角側とする円錐台形状になってしまう。しかし、本実施形態における電解加工装置10によって加工された穴の内面は、工具電極との側面ギャップが一定値で安定している、すなわち予定した円柱面が実現されている。したがって、本実施形態における電解加工装置10によれば、二次元的のみならず、三次元的にも精度の高い加工を実現することができる。
【0049】
次に、CPU710の制御について説明する。
図6は、穴加工の制御フロー図である。フローは、工具電極100がホルダー400に装着され、電解加工装置10が起動した時点から開始する。
【0050】
CPU710は、ステップS101で、ポンプ500を始動させ、吸引を開始する。この時点では、
図3(a)の段階であり、第2内通孔131を介して空気が吸い込まれる。
【0051】
ステップS102へ進み、CPU710は、駆動部420を駆動して、工具電極100を徐々に工作物200へ接近させる。ステップS103では、CPU710は、圧力計510の出力値を受け取り、当該出力値が電解液550の循環時における圧力範囲に含まれるか否かを判断することにより、電解液550の循環が開始されたか否かを判断する。なお、工具電極100の先端部110が工作物200の加工予定位置210へ接近することにより、電解液550が自ら循環を開始するメカニズムは、
図3(b)を用いて説明した通りである。電解液550の循環がまだ開始されていないと判断した場合は、ステップS102へ戻る。
【0052】
電解液550の循環が開始されたと判断したら、CPU710は、ステップS104で、電源600に工具電極100と工作物200の間の通電を開始させる。工作物200は、この時点から電解反応が始まり、穴の生成が進行する。
【0053】
CPU710は、圧力計510の出力値P
tを継続的に受け取ることにより、穴加工中の吸引圧力を監視する。ステップS105では、CPU710は、吸引圧力としての出力値P
tが予め定められた閾値P
0(
図4を用いて説明した例では−12kPa)を超えたか否かを判断する。超えていないと判断した場合には、ステップS105を定期的に繰り返す。
【0054】
超えたと判断した場合には、CPU710は、ステップS106で、工具電極100のそれまでの送り量を積算して、目標深さに到達したか否かを判断する。目標深さに到達していないと判断した場合には、ステップS107へ進み、工具電極100を予め定められた距離であるD
0(
図4を用いて説明した例では10μm)分だけ送る。そして、ステップS105へ戻る。ステップS105からステップS107を繰り返すことにより、加工穴が深くなる。このように、CPU710と駆動部420は、工具電極100と工作物200の距離を調整する調整部として機能する。
【0055】
ステップS106で目標深さに到達したと判断したら、ステップS108へ進み、CPU710は、電源600による通電を停止させる。そして、ステップS109へ進み、駆動部420を駆動して、工具電極100を工作物200から退避させる。すると、退避過程において電解液550の循環が自ずと停止するので、その後ステップS110で、ポンプ500の吸引を停止させ、一連の穴加工を終了する。
【0056】
以上においては穴加工について説明してきたが、電解加工装置を、穴加工以外の加工に応用することもできる。
図7は、平面加工への応用を説明する概念図である。
【0057】
図7(a)で示すように、工作物220の表面にN字形状の凹部を形成する場合について説明する。電解加工装置は、工具電極100をxy平面方向へ移動させる駆動部を備え、目標深さに応じて工具電極100をN字に沿って何度か掃引させる。このとき、
図7(b)に示すように、一度の掃引において進行させる加工深さsは、極間距離g
wよりも小さく留める。s<g
wであれば、矢印方向へ工具電極100を移動させることができるので、掃引を繰り返すことにより徐々に深さを大きくすることができ、目標深さのN字形状の凹部を工作物220の表面に形成することができる。
【0058】
次に、印加電圧のバリエーションについて説明する。上述の各例においては、工具電極を接地電位に保って、工作物に正電位を印加するパルス印加制御を行っていた。しかし、印加制御はこれに限らない。
【0059】
パルス印加制御を行えば、加工精度が向上することが知られているが、工作物の電位を0ボルトと+Vボルトの間でオンとオフを繰り返すと、パルスの立ち下がり時のオーバーシュートにより瞬間的に負電位となる場合がある。パルス印加制御にいては、オンとオフが短時間の間に何度も繰り返されるので、負電位となる累積時間が大きくなり、結果的に工具電極の溶解を招く。つまり、0ボルトを基準としてパルス印加制御を行うと、工具が消耗する場合があった。これまでは、工具電極の消耗を回避したい場合には、パルス印加制御では無く、直流印加制御が行われてきた。
【0060】
本実施形態における、印加制御のバリエーションについて説明する。
図8は、印加制御のバリエーションを示す図である。CPU710は、工作物の基準電圧を少し持ち上げて、正電位のオフセット電圧を与えるように制御することができる。つまり、接地された工具電極に対して工作物にオフセット電圧を与えることにより、加工中における工作物の電位を0V以下に降下させない。パルス電圧は、このオフセット電圧を基準としてより高い電圧を設定する。この場合、図示するように、ハイレベル電圧をV
HIとし、ローレベル電圧(オフセット電圧)をV
LOとし、X
pパルスごとに一定の停止時間を設ける。この場合、停止時間もローレベル電圧を与える。具体的には、V
HIを10V程度に設定する場合、V
LOはV
HIの1割から3割程度の範囲である例えば2V程度にすれば良いことが実験的にわかった。このように、同極側にオフセット電圧を設ければ、パルスの立ち下がり時に電位が反転する恐れが軽減され、よって工具電極の消耗を回避できる。
【0061】
また、一定の停止時間の間に工具電極を振動させれば、工具電極に付着する不純物を除去したり、電解液を攪拌したりすることができる。具体的には、工具電極に貼着した圧電素子をCPU710によって制御すれば、工具電極を当該停止時間に同期させて振動させることができる。
【0062】
以上説明した本実施形態においては、二重円筒構造の工具電極100を説明したが、工具電極の構造は、2つの円筒を組み合わせるものに限らない。金属棒に対して第1内通孔と第2内通孔をドリル加工により形成しても良い。この場合、第1内通孔の吐出口は、第2内通孔の吸引口よりも、先端部において周縁側に設けることが好ましい。また、工具電極は円柱形状に限らず、さまざまな形状を採用し得る。例えば四角柱形状の工具電極を用いれば、丸穴ではなく、角穴を工作物に形成することができる。
【0063】
また、本実施形態における工具電極100によれば、電解液を対象加工領域に限定して循環させることができるので、従来の電解加工装置とは異なり、容易に三次元加工に応用することができる。例えば、工具電極を保持するホルダーがロボットハンドのように、固定された工作物に対して工具電極の先端部を鉛直方向とは異なるさまざまな方向からも接近させることができる移動機構を備えれば、加工進行方向は鉛直方向に限定されない。すなわち、このような移動機構を備える電解加工装置は、工作物を三次元的に加工することができる。
【0064】
以上、本発明を実施の形態を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施の形態に記載の範囲には限定されない。上記実施の形態に、多様な変更または改良を加えることが可能であることが当業者に明らかである。その様な変更または改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲の記載から明らかである。
【0065】
特許請求の範囲、明細書、および図面中において示した装置、システム、プログラム、および方法における動作、手順、ステップ、および段階等の各処理の実行順序は、特段「より前に」、「先立って」等と明示しておらず、また、前の処理の出力を後の処理で用いるのでない限り、任意の順序で実現しうることに留意すべきである。特許請求の範囲、明細書、および図面中の動作フローに関して、便宜上「まず、」、「次に、」等を用いて説明したとしても、この順で実施することが必須であることを意味するものではない。