【実施例】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施例について説明する。
【0016】
[振動板の構成]
図1は、実施例に係るスピーカ装置の構成を示す。スピーカ装置100は、磁石1A、プレート1B、ヨーク1Cにより形成される磁気回路1と、磁気回路1の磁気ギャップ内に配置されボイスコイルボビン2に巻回されたボイスコイル3と、内周部がボイスコイルボビン2に固定された振動板10とを有する。振動板10の外周部は、エッジ5およびガスケット6を介して、スピーカフレーム7に固定されている。ボイスコイルボビン2はダンパ8によりスピーカフレーム7に固定され、ボイスコイルボビン2の開口部はセンターキャップ9により覆われている。
【0017】
図2(A)は、振動板10の層構成を示す断面図である。
図2(A)において、スピーカからの音響放射方向を矢印9で示す。振動板10は、抄造物11と抄造物2を積層してなる。抄造物11、12はそれぞれ抄紙により作製され、振動板10を構成するコーン紙である。抄造物11は短い繊維により形成され、抄造物12は抄造物11よりも長い繊維により形成される。通常、振動板としては、表面層は音がユーザに速く届くという点でヤング率が高いことが好ましく、裏面層は振動板10内に不要な振動を生じにくくさせたいという観点で内部損失が高いことが好ましい。このため、表面側(音響放射方向9側、図中上側)の抄造物12を長い繊維で構成し、裏面側の抄造物11を短い繊維で構成している。
【0018】
上述の抄造物を形成する形成材料としては、例えば、天然繊維(パルプ)、合成繊維(PET、PVAなどの樹脂で構成された繊維)、無機繊維(炭素繊維など)を用いることができる。なお、上記の抄造物11は本発明の第1の繊維の交絡体の一例であり、抄造物12は第2の繊維の交絡体の一例である。
【0019】
図2(B)は、
図2に示す振動板の抄造物11と抄造物12の境界部分の拡大図を模式的に示している。図示のように、抄造物11は短い繊維により形成され、抄造物12はそれよりも長い繊維により形成されている。このように振動板10は、短い繊維の抄造物11と長い繊維の抄造物12とを積層してなるため、抄造物11の短い繊維が抄造物12内に入り込み、抄造物12の長い繊維で強固に拘束される。これにより、抄造物12に進入した抄造物11の短い繊維は抄造物12から抜けにくくなり、抄造物11と抄造物12の密着力が向上する。即ち、第1の繊維の交絡体としての抄造物11と、第2の繊維の交絡体としての抄造物12とは一体化しており、振動板10の全体にわたって交絡領域を構成している。よって、振動板10を構成する複数の層の剥離を抑止することができる。
【0020】
また、抄造物12の密度は抄造物11の密度より大きいことが好ましい。これにより、抄造物11の短い繊維を抄造物12の長い繊維で拘束し、密着力を増すことができる。さらに、抄造物12の空隙率は抄造物11の空隙率より小さいことが好ましい。これにより、長い繊維の抄造物12を引き締め、抄造物11の短い繊維を抄造物12の長い繊維でより強固に拘束することができる。
【0021】
[製造方法]
次に、実施例の振動板10の製造方法を説明する。
図3は、実施例の振動板10の製造方法を示す図である。振動板10は、第1工程〜第3工程により製造される。
【0022】
図3(A)に示すように、第1工程では、抄造装置20aにより振動板10の抄造物12を形成する。
【0023】
まず、抄造装置20aについて説明する。タンク21aは、略円筒形状であり、内部に抄き網25を配置するための支持部22aが設けられている。また、タンク21aは、底部中央付近に吸引口24aが設けられており、吸引口24aからはタンク21a内部の液体が吸引機23aにより吸い出される。即ち、タンク21a内部の液体には吸引機23aにより矢印の方向の吸引力が与えられている。
【0024】
抄き網25は、振動板の形状に対応する形状に予め形成されており、本実施例ではコーン形状に形成されている。抄き網25は、例えば網状に複数の孔が形成されている。振動板を構成する抄造物の形成材料を含ませた懸濁液のうち、形成材料が抄き網25上に堆積し、液体が複数の孔を通過して吸引口24aから排出される。抄き網25としては、例えば金網やパンチングメタルなどを使用することができる。
【0025】
次に、第1工程について説明する。まず、タンク21a内の支持部22aに抄き網25が配置され、その上に懸濁液32が投入され、吸引機23aによる吸引力が与えられる。第1工程では、抄造物12の形成材料として長い繊維が懸濁した懸濁液32が使用される。懸濁液32に含まれる形成材料が抄き網25上に堆積し、それ以外の液体が吸引口24aから排出される。こうして、抄き網25上に抄造物12を堆積させる。
【0026】
次に、第2工程を行う。
図3(B)は第2工程を示す。第2工程では、第1工程とは別の抄造装置20bを使用する。抄造装置20bは基本的に抄造装置20aと同じ構成を有する。
【0027】
第2工程では、まずタンク21b内に懸濁液31を注入しておく。懸濁液31は、抄造物11の形成材料として短い繊維が懸濁したものである。次に、第1工程で抄造物12が堆積した抄き網25をタンク21aから取り出し、懸濁液31で満たされたタンク21b内に浸漬する。この際、吸引機23bを駆動して、抄き網25上に堆積している抄造物12を吸引しながら抄き網25をタンク21b内に浸漬する。このように、吸引しながら浸漬しないと、抄造物12を構成する長い繊維がタンク21b内の懸濁液31中に分散してしまい、抄造物12の形状を維持できなくなる。このため、抄き網25をタンク21b内に配置する前から吸引を行い、抄造物12を抄き網25に吸着させた状態でタンク21b内に浸漬する。
【0028】
こうして抄造物12が堆積した抄き網25をタンク21b内に浸漬すると、吸引機23bによる吸引を継続し、抄造物11の抄造を行う。これにより、抄造物11が抄造物12上に堆積する。この際、抄造物11を構成する短い繊維が抄造物12内に進入する。また、吸引機23bにより継続して吸引されている抄造物11はその密度が徐々に高くなり、抄造物全体が引き締まって空隙率が低下してゆく。この引き締まりにより、抄造物11の短い繊維は、抄造物12を構成する長い繊維で強固に拘束される。こうして、抄き網25上に抄造物12と抄造物11が堆積する。
【0029】
次に、第3工程を行う。第3工程は抄造物12と抄造物11の積層体を乾燥、成形する工程である。
図3(C)は第3工程を示す。
【0030】
第3工程では、抄造物12と抄造物11が堆積している抄き網25をタンク21bから引き上げ、金型50(上型51と下型52)の間に配置した後、抄き網25を金型50から除去する。その際、抄造物11が下型52側に、抄造物12が上型51側になるように抄造物11と12の積層体を配置する。そして、金型50を加熱、プレスして乾燥及び成形する。こうして、抄造物11、12を有する振動板10が作製される。
【0031】
この製造方法では、第2工程で抄造物11を形成している間、抄造物12を懸濁液31中に浸漬しているので、繊維間の水素結合がより生じやすくなっている。また、抄造物11の短い繊維が、横たわっているのではなく、抄造物12の長い繊維の方向に突き立っているので、繊維間の水素結合が生じやすくなっているものと推測される。これにより、抄造物11、12の密着力が増し、剥離しにくい振動板10を得ることができる。
【0032】
[比較例との比較]
次に、実施例の振動板の剥離実験を行った。具体的には、実施例の振動板と、比較例の振動板の剥離しにくさを比較した。
【0033】
まず、比較例の振動板の製造方法を
図4を参照して説明する。比較例の製造方法では、抄造物11と抄造物12を別々に製造する。具体的に、
図4(A)に示す第1工程では、抄造装置40aを使用し、懸濁液32を用いて抄造を行い、抄き網45a上に抄造物12を形成する。この第1工程と同時に又は並行して、
図4(B)に示す第2工程を行う。即ち、抄造装置40bを使用し、懸濁液31を用いて抄造を行い、抄き網45b上に抄造物11を形成する。
【0034】
次に、
図4(C)に示す第3工程を行う。まず、第2工程で抄造物11が堆積した抄き網45bを下型52に置き、図示しない吸引口から吸引しつつ抄造物11を下型52上へ移動する。次に、同様にして、第1工程で形成された抄造物12を下型52上、即ち、抄造物11上に移動する。そして、上型51を載せ、加熱、プレスして乾燥及び成形を行う。こうして得られた振動板を「比較例1の振動板」と呼ぶ。
【0035】
実験では、実施例の振動板と比較例1の振動板のそれぞれについて、その一部を切り取り、抄造物11、12を手で剥離してみた。すると、実施例の振動板は、手で剥がすことが困難、もしくは剥がした際にいずれかの抄造物が破れてしまうほど抄造物11、12が強固に密着していることがわかった。また、剥離面を観察すると、長い繊維の抄造物12の表面全体に、抄造物11の短い繊維が残っていることが確認された。このことから、実施例の振動板では、抄造物11の短い繊維が抄造物12内に進入し、抄造物12の長い繊維で強固に拘束されていることが理解される。
【0036】
一方、比較例1の振動板は、実施例の振動板よりも剥離するときの抵抗が小さかった。また、剥離面を観察すると、長い繊維の抄造物12の表面の一部にしか抄造物11の短い繊維が残っていないことがわかった。このことから、比較例1の振動板では、抄造物11の短い繊維が抄造物12内にほとんど進入しておらず、抄造物12の長い繊維で強固に拘束されてはいないことが理解される。
【0037】
このように、実施例の振動板では、抄造物11の短い繊維が抄造物12の長い繊維により強固に拘束されているので、2つの抄造物が強固に密着し、剥離を抑制できることがわかる。
【0038】
[具体例]
以下、実施例に係る振動板の具体例について説明する。
図5は、実施例に係る振動板の具体例1、2、及び、比較例2の特性を示す。具体例1、2は、短繊維の層と長繊維の層の2層からなる振動板であり、実施例の方法により2層を一体化しつつ内部損失とヤング率のバランスを取ったものである。比較例2は単一の層のみからなる振動板である。なお、比較例2は製造方法の欄で挙げた比較例1とは異なるものである。
【0039】
具体例1では、スピーカ装置の音響放射側(表側)にある抄造物12を、長い繊維である叩解度20°SRの木材パルプ繊維NBKPで抄造した。また、スピーカ装置の音響放射側の逆側(裏側)にある抄造物11を、長い繊維である叩解度20°SRの木材パルプ繊維NBKP(長さ:約2〜約5mm、太さ:約0.03mm〜0.07mm)、短い繊維である中空繊維(中空の植物繊維、長さ:約0.7mm〜約1.3mm、太さ:約0.04mm〜約0.08mm)で構成した。抄造物11を構成する、叩解度20°SRの木材パルプ繊維NBKPは80重量%、中空繊維は20重量%の割合となっている。
【0040】
具体例2では、スピーカ装置の音響放射側(表側)にある抄造物12を、長い繊維である叩解度20°SRの木材パルプ繊維NBKPで抄造した。また、スピーカ装置の音響放射側の逆側(裏側)にある抄造物11を、長い繊維である叩解度20°SRの木材パルプ繊維NBKP(長さ:約2〜約5mm、太さ:約0.03mm〜0.07mm)、短い繊維である中空繊維(中空の植物繊維、長さ:約0.7mm〜約1.3mm、太さ:約0.04mm〜約0.08mm)、短い繊維であるポリエステル系繊維(長さ:約0.9mm〜約3mm、太さ:約0.01mm〜約0.05mm)で構成した。抄造物11を構成する、叩解度20°SRの木材パルプ繊維NBKPは70重量%、中空繊維は20重量%、ポリエステル系繊維は10重量%の割合となっている。
【0041】
比較例2は叩解度20°SRの木材パルプ繊維NBKPで単一の抄造物を抄造した。
【0042】
比較例2と具体例1、2の振動板は、厚さをほぼ同じになるように形成した。また、具体例1、2は、比較例2の長い繊維である木材パルプ繊維を、短い繊維である中空繊維、又は短い繊維であるポリエステル系繊維に置き換えたものである。
【0043】
図5に示した表から、以下のことがわかる。
【0044】
抄造物11に、比較的大きい内部損失を有しかつ比較的短い繊維として、中空繊維やポリエステル系繊維を用いることで、振動板の内部損失を比較例2の振動板の内部損失より向上させ、ヤング率の低下をできるだけ抑え、内部損失とヤング率のバランスが調整されていることがわかる。
【0045】
また、これら具体例の振動板について、その一部を切り取り、抄造物11、12を手で剥離してみた。すると、具体例1、2の振動板は、手で剥がすことが困難、もしくは剥がした際にいずれかの抄造物が破れてしまうほど抄造物11、12が強固に密着していることがわかった。また、剥離面を観察すると、長い繊維の抄造物12の表面全体に、抄造物11の短い繊維が残っていることが確認された。
【0046】
[変形例]
上記の実施例では、抄造物11を短い繊維で構成し、抄造物12を長い繊維で構成している。その代わりに、抄造物11を柔らかい繊維、即ち剛性が低く又は内部損失が大きい繊維で構成し、抄造物12を剛直な繊維、即ち、剛性が高く又はヤング率が高い繊維で構成することとしてもよい。
【0047】
また、抄造物11を細い繊維で構成し、抄造物12を太い繊維で構成しても良い。さらには、抄造物11を低叩解度の繊維、即ち、表面積が小さい繊維で構成し、抄造物12を高叩解度の繊維、即ち、表面積が大きい繊維、フィブリル化(枝が多数分岐した状態)した繊維で構成しても良い。
【0048】
以上、本発明の実施の形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこれらの実施の形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても本発明に含まれる。上述の各図で示した実施の形態は、その目的及び構成等に特に矛盾や問題がない限り、互いの記載内容を組み合わせることが可能である。また、各図の記載内容はそれぞれ独立した実施形態になり得るものであり、本発明の実施形態は各図を組み合わせた一つの実施形態に限定されるものではない。