(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。まず本発明者らは、種々の鋼板について、NACE(National Association of Corrosion and Engineer)TM0284に規定されたHIC試験を実施し、耐HIC性を評価した。上記NACE試験は、1atmの硫化水素ガスを飽和させた5%NaCl溶液と0.5%酢酸のpH2.7の混合水溶液に、試験片、つまり鋼板を96時間浸漬させた後のHICの発生を評価する試験である。一方で、溶接熱影響部(HAZ)の靭性を確認するため、後述する実施例に示す通り、溶接入熱が40kJ/cmの溶接を模擬した溶接再現試験を実施し、次いでシャルピー衝撃試験を行った。
【0013】
これらの試験を行った結果、上記NACE試験で優れた耐HIC性を確保できたものであっても、鋼板表層部のHAZ靭性が他の部位(たとえば板厚中央部)に比べて著しく低下した例があった。この原因について詳細に調査した結果、鋼板表層部には長径または長辺が50μm以上の粗大なCa系介在物が存在し、これが脆性破壊の起点となることをまず見い出した。尚、上記「長径または長辺」とは、後述する実施例で行う介在物のサイズ測定の通り、介在物の形状が、円状や楕円状等の場合は長径をいい、長方形状の場合は長辺をいうことを意味する。
【0014】
これらのことから、従来ではMnSの抑制を目的にCaを多量に添加するため、溶鋼との接触角が大きなCa系介在物、特にはCa系酸化物が生成し、これが製造過程における凝固途中で凝集合体して粗大化、浮上し鋼板表層部に集積しやすく、その結果、表層の溶接熱影響部では、粗大なCa系介在物が脆性破壊の起点となってHAZ靭性が劣化したものと考えられる。
【0015】
そこで本発明者らは、板厚方向に表面から深さ5mmまでの領域、つまり鋼板表層部に存在する長径または長辺が50μm以上の粗大なCa系介在物とHAZ靭性の関係について調査した。その結果、優れたHAZ靭性、後述する実施例に示す通り、ΔvTrs([1/2tのvTrs]−[表層のvTrs])が0℃以上でかつ表層の破面遷移温度が室温(25℃)以下を達成するには、上記長径または長辺が50μm以上の粗大なCa系介在物の個数密度を2.0個/mm
2以下に抑える必要があることを見出した。尚、本発明において、上記「Ca系介在物」とは、後述する実施例に記載の通り、S、O、Nを除く全ての元素を100質量%としたときのCa量(質量%)が60質量%以上の介在物をいう。該Ca系介在物として例えば、Ca酸化物、Ca硫化物、Ca酸硫化物の他、これらと他の介在物との複合介在物などが挙げられる。上記50μm以上のCa系介在物の個数密度は、好ましくは1.8個/mm
2以下、より好ましくは1.5個/mm
2以下であり、最も好ましくは0個/mm
2である。
【0016】
本発明では、更にHAZ靭性確保のために、長径または長辺が300nm以下のTiNを多数分散させる。TiNは溶接加熱時にオーステナイト粒の粗大化を抑制すると共に、溶接加熱後の冷却過程で粒内フェライトの変態核として作用し、溶接熱影響部の組織微細化に寄与する。この効果を得るために、長径または長辺が300nm以下のTiNの個数密度を5×10
2個/μm
2以上とする。上記TiNの個数密度は、好ましくは8×10
2個/μm
2以上、より好ましくは10×10
2個/μm
2以上、更に好ましくは20×10
2個/μm
2以上である。尚、TiNは多ければ多いほど好ましく、特に個数密度の上限は設けないが、本発明の成分組成範囲等から、その上限は150×10
2個/μm
2程度となる。
【0017】
尚、上記対象となるTiNのサイズの下限値は、後述する実施例に示す通り、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope、TEM)を用い例えば観察倍率10万倍で認識できる、おおよそ50nm以上である。上記Ca系介在物の個数密度とTiNの個数密度は、後述する実施例に記載の方法で求められる。
【0018】
優れた耐HIC性とHAZ靭性を確保するには、上記鋼板表層部の制御と共に、鋼板や該鋼板を用いて得られる鋼管等の鋼材の成分組成を制御する必要がある。更には例えばラインパイプ用鋼板や圧力容器用鋼板として求められる、高強度や優れた溶接性等の上記耐HIC性以外の特性を確保するにも、鋼板の成分組成を下記の通りとする必要がある。以下、各成分の規定理由について説明する。
【0019】
〔成分組成〕
[C:0.02〜0.15%]
Cは、母材および溶接部の強度を確保するために必要不可欠な元素であり、0.02%以上含有させる必要がある。C量は、好ましくは0.03%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。一方、C量が多すぎるとHAZ靭性と溶接性が劣化する。またC量が過剰であると、HICの起点や破壊進展経路となるNbCや島状マルテンサイトが生成しやすくなる。よってC量は0.15%以下とする必要がある。C量は、好ましくは0.12%以下、より好ましくは0.10%以下である。
【0020】
[Si:0.02〜0.50%]
Siは、脱酸作用を有する上に、母材および溶接部の強度向上に有効な元素である。これらの効果を得るため、Si量を0.02%以上とする。Si量は、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.15%以上である。しかし、Si量が多すぎると溶接性や靭性が劣化する。またSi量が過剰であると、島状マルテンサイトが生じてHICが発生・進展すると共にHAZ靭性が劣化する。よってSi量は、0.50%以下に抑える必要がある。Si量は、好ましくは0.45%以下、より好ましくは0.35%以下である。
【0021】
[Mn:0.6〜2.0%]
Mnは、母材および溶接部の強度向上に有効な元素であり、本発明では0.6%以上含有させる。Mn量は、好ましくは0.8%以上であり、より好ましくは1.0%以上である。しかし、Mn量が多すぎると、MnSが生成されて耐水素誘起割れ性が劣化するだけでなくHAZ靭性や溶接性も劣化する。よってMn量の上限を2.0%以下とする。Mn量は、好ましくは1.8%以下であり、より好ましくは1.5%以下、さらに好ましくは1.2%以下である。
【0022】
[P:0.030%以下(0%を含まない)]
Pは、鋼材中に不可避的に含まれる元素であり、P量が0.030%を超えると母材やHAZ部の靭性劣化が著しく、耐水素誘起割れ性も劣化する。よって本発明ではP量を0.030%以下に抑える。P量は、好ましくは0.020%以下、より好ましくは0.010%以下である。
【0023】
[S:0.003%以下(0%を含まない)]
Sは、多すぎるとMnSを多量に生成し耐水素誘起割れ性を著しく劣化させる元素であるため、本発明ではS量の上限を0.003%とする。S量は、好ましくは0.002%以下であり、より好ましくは0.0015%以下、更に好ましくは0.0010%以下である。この様に耐水素誘起割れ性向上の観点からは少ない方が望ましい。
【0024】
[Al:0.010〜0.08%]
Alは強脱酸元素であり、Al量が少ないと、酸化物中のCa濃度が上昇、即ち、Ca系介在物が鋼板表層部に形成されやすくなり微細なHICが発生する。よって本発明では、Alを0.010%以上とする必要がある。Al量は、好ましくは0.020%以上、より好ましくは0.030%以上である。一方、Al含有量が多すぎると、Alの酸化物がクラスター状に生成し水素誘起割れの起点となる。よってAl量は0.08%以下とする必要がある。Al量は、好ましくは0.06%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。
【0025】
[Ti:0.003〜0.030%]
Tiは、鋼中にTiNとして析出することで、溶接時のHAZ部でのオーステナイト粒の粗大化を防止しかつフェライト変態を促進するため、HAZ部の靭性を向上させるのに必要な元素である。さらにTiは、脱硫作用を示すため耐HIC性の向上にも有効な元素である。これらの効果を得るため、Ti量を0.003%以上とする。Ti量は、好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.010%以上である。一方、Ti含有量が過多になると、Tiの固溶やTiCの析出により母材とHAZ部の靭性が劣化するため、0.030%以下とする。Ti量は、好ましくは0.025%以下、より好ましくは0.022%以下、更に好ましくは0.020%以下、より更に好ましくは0.018%以下である。
【0026】
[Ca:0.0003〜0.0060%]
Caは、硫化物の形態を制御する作用があり、CaSを形成することによってMnSの形成を抑制する効果がある。この効果を得るには、Ca量を0.0003%以上とする必要がある。Ca量は、好ましくは0.0005%以上であり、より好ましくは0.0010%以上である。一方、Ca量が0.0060%を超えると、Ca系介在物を起点にHICが多く発生する。よって本発明では、Ca量の上限を0.0060%とする。Ca量は、好ましくは0.0040%以下であり、より好ましくは0.0035%以下、さらに好ましくは0.0030%以下である。
【0027】
[N:0.001〜0.01%]
Nは、鋼組織中にTiNとして析出し、HAZ部のオーステナイト粒の粗大化を抑制し、さらにフェライト変態を促進させて、HAZ部の靭性を向上させる元素である。この効果を得るにはNを0.001%以上含有させる必要がある。N量は、好ましくは0.003%以上であり、より好ましくは0.0040%以上である。しかし、N量が多すぎると、固溶Nの存在によりHAZ靭性がかえって劣化するため、N量は、0.01%以下とする必要がある。N量は、好ましくは0.008%以下であり、より好ましくは0.0060%以下である。
【0028】
[O(酸素):0.0045%以下(0%を含まない)]
O(酸素)は、清浄度向上の観点から低いほうが望ましく、Oが多量に含まれる場合、靭性が劣化することに加え、酸化物を起点にHICが発生し、耐水素誘起割れ性が劣化する。この観点から、O量は0.0045%以下とする必要があり、好ましくは0.0030%以下、より好ましくは0.0020%以下である。
【0029】
[Ca/S(質量比):2.0以上]
前述の通り、Sは硫化物系介在物としてMnSを形成し、圧延により伸展する結果、耐HIC性を最も劣化させる。このため、Caを添加して鋼中の硫化物系介在物をCaSとして形態を制御し、耐HIC性に対するSの無害化を図る。この作用効果を十分に発揮させるには、Ca/Sを2.0以上とする必要がある。Ca/Sは、好ましくは2.5以上、より好ましくは3.0以上である。尚、本発明で規定するCa量とS量からCa/Sの上限は15程度となる。
【0030】
[(Ca−1.25S)/O ≦ 1.8]
Ca系介在物の中でも特に凝集合体を形成しやすいCaOを抑制するには、鋼中全Ca量から硫化物(CaS)として存在するCa分を差し引いたCa量(Ca−1.25S)が、O量に対して過剰とならないようにしなければならない。O量に対してCa量(Ca−1.25S)が過剰であると、酸化物系介在物としてCaOが形成され易くなり、該CaOの凝集合体(粗大なCa系介在物)が表層部に大量に形成されやすくなる。これを抑制するため、本発明者らは、(Ca−1.25S)/OとHAZ靭性との関係について検討したところ、優れたHAZ靭性を得るには(Ca−1.25S)/Oを1.8以下とする必要があることを見い出した。(Ca−1.25S)/Oは、好ましくは1.40以下、より好ましくは1.30以下、更に好ましくは1.20以下、特に好ましくは1.00以下である。尚、CaOと同様に凝集合体を形成しやすいAl
2O
3を抑制する観点から、(Ca−1.25S)/Oの下限値は0.1程度となる。
【0031】
本発明の鋼材(鋼板、鋼管)の成分は、上記の通りであり、残部は鉄および不可避不純物からなる。また、上記元素に加えて更に、
(a)下記量のB、V、Cu、Ni、Cr、Mo、およびNbよりなる群から選択される1種類以上の元素を含有させることによって強度や靭性をより高めることができ、また、(b)下記量のMg、REM、およびZrよりなる群から選択される1種類以上の元素を含有させることによって、HAZ靭性をより高めるとともに、脱硫を促進させ耐HIC性をより向上させることができる。以下、これらの元素について詳述する。
【0032】
[B:0.005%以下(0%を含まない)]
Bは、焼入れ性を高め、母材および溶接部の強度を高めるとともに、溶接時に、加熱されたHAZ部が冷却する過程でNと結合してBNを析出し、オーステナイト粒内からのフェライト変態を促進するため、HAZ靭性を向上させる。この効果を得るためには、B量を0.0002%以上含有させることが好ましい。B量は、より好ましくは0.0005%以上であり、更に好ましくは0.0010%以上である。しかし、B含有量が過多になると、母材とHAZ部の靭性が劣化したり、溶接性の劣化を招くため、B含有量は0.005%以下とするのが好ましい。B量は、より好ましくは0.004%以下、更に好ましくは0.0030%以下である。
【0033】
[V:0.1%以下(0%を含まない)]
Vは、強度の向上に有効な元素であり、この効果を得るには0.003%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.010%以上である。一方、V含有量が0.1%を超えると溶接性と母材靭性が劣化する。よってV量は0.1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.08%以下である。
【0034】
[Cu:1.0%以下(0%を含まない)]
Cuは、焼入れ性を向上させて強度を高めるのに有効な元素である。この効果を得るにはCuを0.01%以上含有させることが好ましい。Cu量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。しかし、Cu含有量が1.0%を超えると靭性が劣化するため、1.0%以下とすることが好ましい。Cu量は、より好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.35%以下である。
【0035】
[Ni:1.5%以下(0%を含まない)]
Niは、母材および溶接部の強度と靭性の向上に有効な元素である。この効果を得るためには、Ni量を0.01%以上とすることが好ましい。Ni量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。しかしNiが多量に含まれると、構造用鋼材として極めて高価となるため、経済的な観点からNi量は1.5%以下とすることが好ましい。Ni量は、より好ましくは1.0%以下、更に好ましくは0.50%以下である。
【0036】
[Cr:1.0%以下(0%を含まない)]
Crは、強度の向上に有効な元素であり、この効果を得るには0.01%以上含有させることが好ましい。Cr量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。一方、Cr量が1.0%を超えるとHAZ靭性が劣化する。よってCr量は1.0%以下とすることが好ましい。Cr量は、より好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.35%以下である。
【0037】
[Mo:1.0%以下(0%を含まない)]
Moは、母材の強度と靭性の向上に有効な元素である。この効果を得るには、Mo量を0.01%以上とすることが好ましい。Mo量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。しかし、Mo量が1.0%を超えるとHAZ靭性および溶接性が劣化する。よってMo量は1.0%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.35%以下である。
【0038】
[Nb:0.06%以下(0%を含まない)]
Nbは、溶接性を劣化させることなく強度と母材靭性を高めるのに有効な元素である。この効果を得るには、Nb量を0.002%以上とすることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.010%以上、更に好ましくは0.020%以上である。しかし、Nb量が0.06%を超えると母材とHAZの靭性が劣化する。よって本発明ではNb量の上限を0.06%とすることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.050%以下、更に好ましくは0.040%以下、より更に好ましくは0.030%以下である。
【0039】
[Mg:0.01%以下(0%を含まない)]
Mgは、結晶粒の微細化を通じてHAZ靭性の向上に有効な元素であり、また、脱硫作用を示し耐HIC特性の向上にも有効な元素である。これらの効果を得るためには、Mg量を0.0003%以上とすることが好ましい。Mg量は、より好ましくは0.001%以上である。一方、Mgを、過剰に含有させても効果が飽和するため、Mg量の上限は0.01%とすることが好ましい。Mg量は、より好ましくは0.0050%以下である。
【0040】
[REM:0.02%以下(0%を含まない)]
REM(希土類元素)は、脱硫作用によりMnSの生成を抑制し耐水素誘起割れ性を高めるとともに、酸化物を形成してHAZ靭性の向上に有効に作用する元素である。このような効果を発揮させるには、REMを0.0002%以上含有させることが好ましい。REM量は、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.0010%以上である。一方、REMを多量に含有させても効果が飽和する。よってREM量の上限を0.02%とすることが好ましい。鋳造時の浸漬ノズルの閉塞をおさえて生産性を高める観点からは、REM量を0.015%以下とすることがより好ましく、更に好ましくは0.010%以下、より更に好ましくは0.0050%以下である。尚、本発明において、上記REMとは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)とSc(スカンジウム)およびYを意味する。
【0041】
[Zr:0.010%以下(0%を含まない)]
Zrは、脱硫作用を示し耐HIC性の向上に寄与するとともに、酸化物を形成し微細に分散することでHAZ靭性の向上にも寄与する元素である。これらの効果を発揮させるには、Zr量を0.0003%以上とすることが好ましい。Zr量は、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.0010%以上、より更に好ましくは0.0015%以上である。一方、Zrを過剰に添加すると粗大な介在物を形成して耐水素誘起割れ性および母材靭性を劣化させる。よってZr量は0.010%以下とすることが好ましい。Zr量は、より好ましくは0.0070%以下、更に好ましくは0.0050%以下、より更に好ましくは0.0030%以下である。
【0042】
以上、本発明で規定する鋼板について説明した。本発明の鋼板を製造する方法は上記規定の鋼板表層部が得られる方法であれば特に限定されない。上記規定の鋼板表層部を有する鋼板を容易に得る方法として、下記(1)〜(4)の全てを満たすように製造する方法が挙げられる。
【0043】
〔製造方法〕
(1)Ca添加速度
上記規定の鋼板表層部を有する鋼板を容易に得るには、たとえばLF、RH処理を行った後のCa添加工程において、Ca(化合物を用いる場合は、Ca単独の量に換算される)の添加速度を0.002kg/min・t〜0.020kg/min・tとすることが推奨される。
【0044】
Caの添加速度が0.002kg/min・t未満の場合、Ca添加による化学反応が穏やかなため溶鋼の撹拌が不十分となり、酸化物組成を均質化することができない。その結果、Ca濃度の高い介在物とそれ以外の介在物に分離し、表層部に粗大なCa系介在物が存在しやすくなる。よってCaの添加速度は、0.002kg/min・t以上とすることが好ましく、より好ましくは0.004kg/min・t以上である。一方、Caの添加速度が0.020kg/min・tを超えると、Ca添加による化学反応が過剰に激しくなり、湯面が乱される。よって、溶鋼が直接大気と接触するため酸素の巻き込み量が大きくなり、酸化物の絶対量が増大する。その結果、Ca濃度の高い介在物も相対的に増大し凝集合体化して、表層に粗大なCa系介在物が形成されやすくなる。これらのことからCaの添加速度は、0.020kg/min・t以下とすることが好ましく、より好ましくは0.018kg/min・t以下である。
【0045】
(2)Ca添加後からタンディッシュ(TD)への溶鋼供給開始までの時間
Ca添加後に酸化物組成の均質化を図るため、Ca添加後からタンディッシュへの溶鋼の供給開始までの時間を10分以上確保することが好ましい。該時間は、より好ましくは15分以上である。尚、生産性等の観点から、上記時間の上限は120分程度である。
【0046】
(3)タンディッシュ(TD)への溶鋼供給開始から鋳造開始までの時間
取鍋からタンディッシュへの溶鋼供給を開始した後、鋳造開始までに3分以上、より好ましくは5分以上、上限はおおよそ40分以下保持した後に、鋳造を開始することが好ましい。これにより、タンディッシュ内での介在物の凝集・合体を促進でき、一部に残存したCa系介在物を浮上分離させることができる。
【0047】
(4)鋳造途中の冷却段階における1500℃から1000℃までの平均冷却速度
必要なTiN個数密度を確保する観点から、鋳造途中の冷却段階での1500℃から1000℃までの平均冷却速度は、10℃/min以上とすることが好ましい。これにより、TiNの粗大化を抑制して、本発明で規定量の微細なTiNを確保することができる。上記平均冷却速度は、より好ましくは15℃/min以上である。一方、平均冷却速度が35℃/minを超えると、TiNが析出せず固溶Ti、固溶Nとして鋼材中に残存し、この場合も本発明で規定量の微細なTiNを確保することが難しい。よって上記平均冷却速度は、35℃/min以下とすることが好ましい。上記平均冷却速度は、より好ましくは30℃/min以下である。尚、前記平均冷却速度はスラブ表面の温度が1500℃から1000℃まで冷却される間の平均冷却速度である。
【0048】
本発明では、上記の様にして鋳造した後の工程については特に問わず、常法に従って熱間圧延を行うか、または前記熱間圧延後、更に再加熱して熱処理を行うことにより、鋼板を製造することができる。また、該鋼板を用い、一般的に行われている方法でラインパイプ用鋼管を製造することができる。本発明の鋼板を用いて得られるラインパイプ用鋼管もまた耐HIC性およびHAZ靭性に優れている。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0050】
表1に示す成分組成の鋼を溶製し、下記のCa添加方法および鋳造方法により、厚みが280mmである鋼片(スラブ)を得た。製造工程におけるCa添加から連続鋳造までの条件は、表2に示す通りである。即ち、LF、RH処理を行った後のCa添加工程で、Caの添加速度を0.002kg/min・t〜0.020kg/min・tとした場合を、表2の「(1)Ca添加速度」の欄において「○」、そうでない場合を「×」とした。また、Ca添加後からタンディッシュ(TD)への溶鋼供給開始までの時間を10分以上とした場合を、表2の「(2)Ca添加後からTD供給開始までの時間」の欄において「○」、そうでない場合を「×」とした。タンディッシュ(TD)への溶鋼供給開始から鋳造開始までの時間を3分以上とした場合を、表2の「(3)TD供給開始から鋳造開始までの時間」の欄において「○」、そうでない場合を「×」とした。更に鋳造途中の冷却段階における1500℃から1000℃までの平均冷却速度を10〜35℃/minとした場合を、表2の「(4)鋳造時の冷却段階の1500〜1000℃の平均冷却速度」の欄において「○」、そうでない場合を「×」とした。
【0051】
その後、連続鋳造により製造した鋼片を、1050〜1250℃となるよう加熱してから、表2の「熱間圧延・冷却方法」の欄に「TMCP」(Thermo Mechanical Control Process)または「QT」(Quenching and Tempering)と示す通り、2パターンの熱間圧延・冷却方法により、成分組成が種々の鋼板(板厚:20〜51mm)を得た。前記「TMCP」では、鋼板の表面温度で900℃以上の累積圧下率が30%以上になるよう熱間圧延し、更に、700℃以上900℃未満の累積圧下率が20%以上となるよう熱間圧延を行い、圧延終了温度が700℃以上900℃未満となるようにした。その後、650℃以上の温度から水冷を開始し、350〜600℃の温度で水冷を停止し、更にその後、室温まで空冷した。また前記「QT」では、熱間圧延した後室温まで空冷し、850℃以上950℃以下の温度に再加熱して焼入れた後、600〜700℃で焼き戻し処理を行った。
【0052】
そして各鋼板を用いて、下記に示す通り、Ca系介在物とTiNの個数密度の測定を行った。また、HIC試験を行って耐HIC性の評価、HAZ靭性の評価を行った。
【0053】
[Ca系介在物の個数密度の測定]
Ca系介在物の測定は、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)を用い、次の様にして行った。まず、観察倍率を400倍とし、鋼板表面から板厚方向に深さ5mmまでを等間隔に、圧延方向に垂直な断面(板幅方向×板厚方向の面)を10断面以上観察した。該観察の1視野サイズは50mm
2程度である。
【0054】
そして観察中に検出された介在物について、介在物の形状が、円状や楕円状等の場合は長径を測定し、長方形状の場合は長辺を測定して、介在物のサイズとした。上記測定では、介在物と介在物の間隔が10μm以下のものは一つの介在物として扱った。次いで、前記長径または長辺が50μm以上の介在物について、EDX(Energy Dispersive X−ray spectrometry)で定量分析を実施した。そして、検出された元素からS、O、Nを除く全ての元素を100質量%としたときのCa量(質量%)を求め、このCa量が60質量%以上の介在物をCa系介在物とした。上記10断面以上のそれぞれの断面において、上記Ca系介在物の個数を測定し、単位面積(mm
2)あたりの個数に換算した。そして、複数断面において求めた個数密度のうち最大値を、前記長径または長辺が50μm以上のCa系介在物の個数密度とした。
【0055】
[TiNの個数密度の測定]
TiNの測定は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用い、次の様にして行った。まず、鋼板表面から板厚方向に深さ5mmの位置において、任意の5箇所を観察した。観察倍率は6万倍以上、1視野サイズは1.5μm×1.5μm以上とした。この様に観察倍率を大きくすることで、介在物の個数をより正確に計測することができる。また観察視野を広く、かつ観察数を多くしてその平均値を採用することにより、観察箇所によるTiNの個数のばらつきを小さくすることができる。
【0056】
そして観察中に検出された介在物について長径または長辺を測定し、介在物のサイズとした。さらに、前記長径または長辺が300nm以下の介在物について、EDXで定量分析を実施し、TiおよびNをそれぞれ10質量%以上含有する介在物をTiNと確認した。そして該TiNの個数を測定して、単位面積(μm
2)あたりの個数を計算して求め、上記5箇所の平均値を、長径または長辺が300nm以下のTiNの個数密度とした。
【0057】
[HIC試験(NACE試験)]
HIC試験は、NACE standard TM0284−2003に従って実施・評価した。詳細には、各鋼板の幅方向における1/4W位置と1/2W位置から、それぞれ3本、計6本の試験片(サイズ:板厚×(幅)100mm×(圧延方向)20mm)を採取した。そして該試験片を、1atmの硫化水素を飽和させた25℃の、0.5%NaClと0.5%酢酸を含む水溶液中に96時間浸漬し、断面評価をNACE standard TM0284−2003 FIGURE3に従って行い、CLR(Crack Length Ratio、試験片幅に対する割れ長さ合計の割合(%)、割れ長さ率)を測定した。そして、前記CLRが3%以下の場合を耐HIC性に優れる(○)と評価し、CLRが3%超の場合を耐HIC性に劣る(×)と評価した。
【0058】
[HAZ靭性の評価]
溶接熱影響部(HAZ)の靭性を評価するため、各鋼板について溶接入熱量が40kJ/cmの溶接を模擬して、次の溶接再現試験を行った。即ち、表層(鋼板表面下6mm)および板厚中央部(1/2t)のそれぞれから切り出したサンプル(いずれもサイズは12mm×33mm×55mm)を、熱サイクル試験後のシャルピー試験片でノッチ位置になる部分が1350℃となるよう加熱した後、5秒保持し、冷却した。このときの平均冷却速度は800〜500℃への冷却時間が27秒となるよう調整した。
【0059】
この溶接を模擬したサンプルから、表層(鋼板表面下6mm)および板厚中央部(1/2t)のそれぞれにおいて、ASTM A370に規定の通り、鋼板の板厚方向にVノッチを施した一辺が10mmのシャルピー試験片を各3本採取した。そして、ASTM A370に規定の方法で、シャルピー衝撃試験を実施して破面遷移温度を測定した。本実施例では、表層の破面遷移温度(表層のvTrs)と板厚中央部の破面遷移温度(1/2tのvTrs)の差:ΔvTrs([1/2tのvTrs]−[表層のvTrs])が0℃以上でかつ表層の破面遷移温度が室温(25℃)以下の場合を、HAZ靭性に優れると評価した。
【0060】
【表1】
【0061】
【表2】
【0062】
表1および表2より次のことがわかる。No.1〜14およびNo.23〜26は、鋼板表層部において、粗大なCa系介在物が抑制され、かつTiNの個数密度が一定以上であるため、耐HIC性に優れ、かつHAZ靭性にも優れていることがわかる。
【0063】
これに対し、No.15および27はTiNの個数密度が不足したため、HAZ靭性に劣る結果となった。No.16〜20およびNo.28〜30は、鋼板表層部にCa系介在物が多く存在したため、HAZ靭性に劣る結果となった。尚、No.20では鋼板表層部にCa系介在物が著しく多く存在したため、HAZ靭性もかなり劣る結果となった。No.21および31は、Ca/Sの値が小さく、MnSが多く形成されたため、HAZ靭性に劣る結果となった。またNo.22および32は、(Ca−1.25S)/Oの値が大きく、Ca系介在物、特にCaOが多く形成されたため、HAZ靭性に劣る結果となった。