(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
通常、極薄のステンレス鋼箔は、HDD(Hard Disk Drive)用のヘッド・サスペンションに用いられるバネ用などのように、圧延後に焼鈍されることなく、圧延まま、もしくはテンションアニーリングのような引張強度や耐力を向上させる熱処理を施した後、打ち抜き加工あるいはエッチング加工されるものが多い。特許文献1の技術は、こうしたエッチング加工時に発生する技術課題を解決するものである。
【0009】
しかしながら、電池ケースの場合は、プレス加工(深絞り加工)をするため、そのプレス成形性が要求される。厚さ100μm以上の通常のステンレス鋼箔では、加工性を改善するために最終工程で1000℃程度のアニール処理を行い、内部転位密度を低下させ、破断伸び性を確保している。しかしながら、ステンレス鋼箔の厚さが60μm以下になると、塑性変形性が著しく低下し、プレス成形性(絞り加工性)が悪化する。本発明者らが鋭意検討した結果、この理由は、従来のアニール処理を厚さが60μm以下のステンレス鋼箔に施すと、ステンレス鋼箔内の結晶粒の粗大化が加速することで、結晶粒の平均結晶粒径が大きくなりすぎたためであり、特に板厚方向で結晶粒の数が1〜2個程度になってしまうためであることを見出した。
【0010】
さらに、本発明者らは、結晶粒の粗大化を抑制し、結晶粒の平均結晶粒径を小さくした場合であっても、板厚に対して結晶粒径の大きな結晶粒が存在すると、当該結晶粒が十分に変形できず破断等が発生してしまうことを見出した。
【0011】
特許文献2には、厚さ20〜100μmのステンレス鋼箔をプレス加工して電池ケースに適用した例が記載されている。しかしながら、当時の技術水準では、厚さ60μmを下回るような極薄ステンレス鋼箔のプレス成形性についての課題認識がなく、問題点の把握ができていなかった。特に電池ケースに加工する際のプレス加工性(塑性変形能)や、電池ケースのコーナー部において樹脂皮膜が剥離するという問題があった。樹脂剥離が局所的なものであっても生じたまま電池ケースとして用いてしまうと、電解液と長時間接触する間に当該部位を起点に樹脂の剥離がさらに進行してしまい、電池ケースとしての機能に障害を生じる。
【0012】
特許文献3にも、厚さ100μmのステンレス鋼箔の電池ケースへの適用例が記載されている。しかしながら、厚さ100μmのステンレス鋼箔では、上記のようなプレス成形性に関する問題は生じないし、仮に生じているとしても、特許文献3では課題認識がされていないため、なんら解決手段が提案されていない。
【0013】
特許文献4には、厚さ40〜150μmのステンレス鋼箔を電池外装材に適用した例が記載されている。特許文献4の技術は、ステンレス鋼箔の表層を窒化してプレス加工時の加工誘起マルテンサイトの生成を抑えている。これにより、ステンレス鋼箔と樹脂の熱融着部の耐剥離性の確保とプレス加工後の樹脂の白化の抑制ができると説明している。さらに、加工誘起マルテンサイト変態によって形成される表面凹凸が抑制されて表面の平滑性が維持されるため、プレス加工性が良好になると説明している。しかしながら、ステンレス鋼箔の表層を窒化すると、その部分が硬化するため、プレス加工時に切れ(割れ)が発生しやすいことが分かった。特に、ステンレス鋼箔の板厚が60μm以下の極薄になると、表層窒化による硬化部分の影響が相対的に大きくなり無視できなくなる。すなわち、表層窒化した極薄ステンレス鋼箔をプレス加工すると、表面に割れが発生し、十分なプレス成形性が得られておらず、依然として課題が残っている。
【0014】
なお、特許文献4では、ほとんどの実施例の板厚が100μmであるので、板厚60μm以下のステンレス鋼箔に顕著になる前記問題認識がされていない。板厚40μmの実施例は成形性が悪化しているものの許容範囲と説明している。さらに、それより薄い板厚の実施例はないことから、特許文献4に記載の技術は、60μm以下の極薄ステンレス鋼箔には適用できない。
【0015】
本発明者らが鋭意検討した結果、厚さ60μm以下のステンレス鋼箔においては、前述したように、板厚方向で結晶粒が1〜2個程度となってしまうことが、塑性変形能を低下させること、つまりプレス加工性を悪化させる原因となっていることを見出した。このことは、厚さ60μm以下になって初めて顕在化したものであり、60μmより厚いステンレス鋼箔では問題になっていなかった。即ち、従来の厚みでは、破断伸びと板厚精度を充分な程度に確保するために、比較的高めの温度でアニール(焼鈍処理)していたので、必然的に結晶粒が粗大化する。そのような状況でも箔の厚みが大きいために厚み方向に一定数以上の結晶粒が存在することになり、塑性変形能の劣化に影響を及ぼさなかったためである。
【0016】
さらに、単に結晶粒の平均結晶粒径を小さくしただけでは、プレス成形性の向上は十分ではなく、板厚に応じて結晶粒の結晶粒径分布を狭くする、すなわち、板厚に応じて結晶粒径が大きい結晶粒の存在割合を減らす必要があることを見出した。これは、板厚に対して結晶粒径の大きな結晶粒が存在していると、塑性変形に不利な方位において十分に変形できず破断等の起点となってしまうからである。
【0017】
また、板厚が薄い場合でも、上述の結晶粒数を確保しつつ表層を窒化させないことでプレス成形性を向上できることを見出した。これは、板厚が薄いほど、窒化した際の表面の硬化の影響が大きくなり、プレス加工時の切れを誘発してしまうためである。
【0018】
一方、結晶粒の粗大化を抑制する目的で低めの温度でアニール処理すると、転位密度を下げることができず、破断伸びを確保することができない上、板厚精度も悪化する。
【0019】
また、特許文献4のように、結晶粒の微細化や表面凹凸の緩和のために表層窒化しても、板厚60μm以下になると、表層窒化に起因した前述した問題が顕在化してくる。
【0020】
そこで、本発明は、厚さ60μm以下の極薄ステンレス鋼箔であっても高い板厚精度を確保し、塑性変形能と破断伸びを同時に確保すること、つまり良好なプレス加工性(深絞り加工性)を確保することを課題とする。具体的な指標として、極薄ステンレス鋼箔になると表面粗さが板厚精度に影響することから、板厚精度を確保するために表面粗さRzを板厚の1/10に抑制することを課題にする。また、破断伸びは、従来のステンレス鋼箔レベルである10%以上を確保することを課題とする。塑性変形能についても、従来のステンレス鋼箔と同等レベルを確保することを課題とする。
【0021】
また、電池ケースにした際に、良好な耐電解液性(電解液に長時間接触させても樹脂皮膜が剥離しないこと)を確保することを課題とする。
【0022】
なお、板厚の下限は特に限定する必要はないが、圧延を施した後の箔の板厚の現実的な限界値は5μm程度であることから、本発明に係るステンレス鋼箔の厚さを5〜60μmとする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を行い、以下の知見を得た。
(ア)板厚方向の結晶粒の数を3個以上確保することにより、塑性変形能が確保されること。さらに、結晶粒は微細化する(平均結晶粒径を小さくする)ことに加えて、板厚に応じて結晶粒の結晶粒径分布を狭くすること。
(イ)結晶粒の数を3個以上確保し、結晶粒の結晶粒径分布を狭くするためには、圧延時に強圧下して核生成サイトとなる転位を増やし、その後アニールを行えばよいこと。
(ウ)破断伸びを10%以上確保するためには、転位密度に応じた高温でアニールを行い、再結晶率を90%以上にすることにより達成することができること。さらに、表面硬化による切れ(割れ)を抑制するために、表層の窒化を極力抑制することが重要であること。
(エ)上記の塑性変形能と破断伸びを同時に確保すれば、表面粗さ(Rz(JIS B 0601:2001))は100nm〜板厚の1/10以下という高い板厚精度も同時に確保できること。
(オ)板厚方向の結晶粒の数を3個以上確保し、さらに表層の窒素濃度を1.0質量%以下とすることにより、耐電解液性も確保できること。つまり、耐電解液性を向上するには、プレス加工後のコーナー部でのステンレス鋼箔表面の肌荒れを抑制し、樹脂皮膜との密着性を保つことが重要であること。
【0024】
本発明は、これら知見に基づき成されたものであり、その要旨とするところは以下のとおりである。
(1)板厚が5μm以上60μm以下であるステンレス鋼箔であって、
前記ステンレス鋼箔の再結晶率が90%以上100%以下であり、
前記ステンレス鋼箔の表層の窒素濃度が1.0質量%以下であり、
前記ステンレス鋼箔の板厚方向に結晶粒を3個以上有し、
前記結晶粒の平均結晶粒径dが1μm以上10μm以下であり、
前記板厚をt[μm]とした場合に、
前記ステンレス鋼箔の表面において測定されたt/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒が
、前記表面において占める面積率が20%以下であることを特徴とするステンレス鋼箔である。
(2)前記板厚が5μm以上25μm以下であることを特徴とする(1)に記載のステンレス鋼箔である。
(3)表面粗さRzが100nm以上、且つ板厚の1/10以下であることを特徴とする(1)または(2)に記載のステンレス鋼箔である。
(4)破断伸びが10%以上であることを特徴とする(1)から(3)のいずれかに記載のステンレス鋼箔である。
(5)前記ステンレス鋼箔がフェライト系ステンレス鋼箔であることを特徴とする(1)から(4)のいずれかに記載のステンレス鋼箔である。
(6)前記ステンレス鋼箔がオーステナイト系ステンレス鋼箔であることを特徴とする(1)から(4)のいずれかに記載のステンレス鋼箔である。
(7)前記ステンレス鋼箔の少なくとも一方の表面に樹脂フィルムが積層されていることを特徴とする(1)から(6)のいずれかに記載のステンレス鋼箔である。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る厚さ60μm以下の極薄ステンレス鋼箔は、高い板厚精度を確保し、塑性変形能と破断伸びを同時に確保すること、つまり良好なプレス加工性(深絞り加工性)を確保することができる。さらに、電池ケースに加工した際の良好な耐電解液性を確保することができる。これらにより、小型軽量化を指向するリチウムイオン電池などの電池ケースなどへ適用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明について、以下に詳細に説明する。なお、特に断りのない限りオーステナイト系ステンレス鋼を例として説明する。
【0027】
(1.ステンレス鋼箔)
[ステンレス鋼の材質]
本発明に係るステンレス鋼箔は、ステンレス鋼から構成されていれば、特に制限されない。SUS304などのオースナイト系であってもよいし、SUS430などのフェライト系であってもよい。ただし、フェライト系ステンレス鋼の場合、オーステナイト系に比較してアニールの適性温度が約100℃低くなる。その点を考慮し、後述するステンレス鋼箔の製造方法によれば、オーステナイト系であってもフェライト系であっても所定の特性を得ることができることを確認した。
【0028】
[板厚が5〜60μm]
本発明に係るステンレス鋼箔は、板厚が5〜60μmのものを対象とする。60μm以下であると、前述したように結晶粒起因の問題点が顕在化するからである。これらの問題点は板厚が薄くなればなるほど顕著になること、さらには電池ケースなどの薄厚化に貢献できることから、対象板厚の上限を薄厚化の方向へ限定してもよい。すなわち、好ましくは50μm以下、さらに好ましくは40μm以下、より好ましくは25μm以下に限定してもよい。また、板厚の下限は特に限定しないが、製造技術の限界を考慮すると板厚5μmを下限としてもよい。板厚5μmであっても、本発明による効果は享受できる。
【0029】
[板厚方向に結晶粒が3個以上]
本発明に係るステンレス鋼箔において、板厚方向に結晶粒が3個以上存在する。板厚方向の結晶粒数は、板厚方向の任意の断面において、結晶粒径をJIS G 0551に準拠して測定して平均結晶粒径を算出し、板厚を平均結晶粒径で割り算し、その商をもって板厚方向の結晶粒数とすることができる。なお、結晶粒が等軸粒である場合は、板厚方向に直交する面において測定し、平均結晶粒径を算出してもよい。
【0030】
もしくは、任意の断面内で板厚方向に任意の直線を3本以上引き、それらの直線が横断する結晶粒の個数を数え、それらを算術平均して求める。その際、結晶粒が表面に接している場合は、0.5個としてカウントする。また、直線が結晶粒界に沿った場合は、結晶粒界を構成する複数の結晶をそれぞれカウントすることもできる。但し、ステンレス鋼箔の幅方向の両端部はアニールによる影響が出易いので、結晶粒数の測定には適さない。そのため、ステンレス鋼箔の幅方向の両端部を除外して、板厚方向に任意の直線を引き、結晶粒数を測定することが望ましい。例えば、ステンレス鋼箔の幅方向の中央(片端から1/2幅の位置)および両端と中央の中間(片端から1/4幅と3/4幅の2つの位置)の3か所で結晶粒の個数を数え、それらを算術平均することにより、当該ステンレス鋼箔の板厚方向の結晶粒数を評価することができる。このようにして求めた結晶粒数が3個以上であればよい。
【0031】
個々の結晶粒が任意の形に塑性変形するには、von Misesの条件を満たし、複数のすべり系が多重すべりを起こす必要がある。しかしながら、板厚方向の結晶粒数が少ないと、変形方向に対してvon Misesの条件を満たさない方位の結晶粒(変形能に劣る結晶粒)が、厚さ方向に並ぶ確率が高くなる。そうすると、プレス加工時にそれらの結晶粒が箔全体の変形に追従できないため、破断の起点となってしまう。一方、板厚方向に結晶粒が3個以上存在すれば、仮に変形能に劣る結晶粒が存在しても、周囲の結晶粒が任意の形に変形して箔全体としての変形を維持できるため、結果として塑性変形能が向上する。
【0032】
さらに、板厚方向の結晶粒数を鋼種あるいは板厚に応じて決定すると、塑性変形能をより確保できるので好ましい。オーステナイト系ステンレス鋼は、フェライト系ステンレス鋼に比べて加工硬化し易いため、変形抵抗が大きい。また、板厚が厚いほど変形抵抗が大きくなる。そのため、塑性変形能を確保する観点から、オーステナイト系ステンレス鋼の場合には結晶粒数を多く、また板厚が厚くなるほど結晶粒数を多くするとよい。
【0033】
オーステナイト系ステンレス鋼の場合、板厚が15μm以上の場合は板厚方向の結晶粒数は5個以上が好ましく、特に板厚が40μm以上の場合は10個以上がより好ましい。一方、フェライト系ステンレス鋼の場合も、同様な理由で、板厚が15μm以上の場合は4個以上が好ましく、特に40μm以上の場合は5個以上がより好ましい。これにより塑性変形能を更に向上させることができる。なお、板厚が15μm以下の極薄ステンレス鋼箔の場合は、鋼種あるいは板厚による板厚方向の結晶粒数への影響は無視できる程度になる。
【0034】
結晶粒数の上限は特に限定しない。極薄ステンレス鋼箔の板厚により、板厚方向の結晶粒数は変化するからである。上述の多重すべりは、結晶粒の大きさではなく、厚み方向の結晶粒の数で決まるからである。
【0035】
[平均結晶粒径が1μm以上10μm以下]
本発明では、結晶粒の大きさ(JIS G 0
551に準拠する結晶粒径(以下、本明細書では特に断りのない限り「平均結晶粒径d」という。))を1μm以上10μm以下とする。平均結晶粒径dは2μm以上6μm以下であることが好ましい。
【0036】
平均結晶粒径を上記の範囲内とすることにより、結晶粒の粗大化が抑制され、かつ板厚方向に結晶粒が3個以上存在しやすくなる。
【0037】
[t/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒が占める面積率が20%以下]
本発明では、上記の平均結晶粒径に関する規定に加えて、板厚をt[μm]とした場合に、t/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒が占める面積率を20%以下としている。上述したように、板厚が60μm以下になると、板厚方向の結晶粒数を3個以上確保しなければ、塑性変形能が低下してしまう。このとき、板厚方向の結晶粒数を3個以上確保した場合であっても、結晶粒径が比較的大きな結晶粒と結晶粒径が比較的小さい結晶粒とが板厚方向に並んでいる場合と、結晶粒径が同程度の結晶粒が板厚方向に並んでいる場合と、では、塑性変形能に差が生じる。たとえば、結晶粒径が大きい結晶粒が、変形に不利な方位に存在していると、当該結晶粒が十分に変形できないので、当該結晶粒を起点として破断等が生じてしまう。
【0038】
したがって、板厚に対して、結晶粒径が大きい結晶粒の存在割合を小さくすることが好ましい。換言すれば、結晶粒径の分布が狭いことが好ましい。このような結晶粒径の分布の広狭については、板厚方向の結晶粒数および平均結晶粒径では評価することができない。そこで、本発明において、結晶粒径が比較的大きい結晶粒、すなわち、t/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒の割合を上記の範囲内とすることにより、本発明に係るステンレス鋼箔のプレス成形性をさらに高めることができる。
【0039】
上記の面積率は以下のようにして算出すればよい。まず、ステンレス鋼箔の表面において、所定の測定視野内に存在する結晶粒の
結晶粒径をJIS G 0551に準拠して測定する。次に、測定された結晶粒径がt/3[μm]以上の結晶粒と、測定された結晶粒径がt/3[μm]未満の結晶粒と、に分けて、測定された結晶粒径がt/3[μm]以上の結晶粒が、測定視野の面積に占める割合を算出して、これを面積率とすればよい。または、電子線後方散乱回折(EBSD:Electron Back Scatter Diffraction)法を用いて算出しても良い。まず、各測定点における結晶方位を決定し、傾角15度以上の境界(双晶を除く)を結晶粒界、結晶粒界に囲まれた領域を結晶粒とする。そして、各結晶粒の結晶粒径と面積を算出し、結晶粒径がt/3[μm]以上の結晶粒の面積率を求めても良い。
【0040】
上記の面積率は、10%以下であることが好ましい。
【0041】
なお、本発明では、上記の面積率を算出する際には、板厚方向の結晶粒数を算出する場合とは異なり、ステンレス鋼箔の表面において結晶粒径を算出する。これは、所定の結晶粒径を有する結晶粒の分布を算出する場合、測定する結晶粒の数が多い方が好ましいため、板厚が60μm以下のような極めて薄い箔の断面において測定視野を確保することは困難となるからである。
【0042】
さらに、板厚方向では、結晶粒が箔の表面に接して途中で途切れているものが観察されることがある。この場合、途切れた状態での結晶粒径が測定されるため、実際の結晶粒径よりも小さく算出されてしまい、見かけの結晶粒径が小さくなってしまう。これに対して、表面において結晶粒径を測定する場合には、結晶粒が途中で途切れているものはないため、実際の結晶粒径が反映された結晶粒径分布を得ることができるという利点がある。
【0043】
したがって、結晶粒径が大となる結晶粒の面積率については、同じ材料でも表面における面積率のほうが板厚方向の断面における面積率よりも大きい値が測定される。したがって、表面における面積率を所定の値以下とすれば、板厚方向における面積率はその値よりも確実に小さいといえるため、本発明では、所定の結晶粒径を有する結晶粒の面積率を測定する際、表面において測定を行う。
【0044】
[再結晶率が90%以上100%以下]
本発明に係るステンレス鋼箔は、塑性変形能を確保するため結晶粒を微細化する必要があるが、それだけでは前述の課題を解決できない。さらに破断伸び性を確保するために転位密度を適正なレベルに調整する必要がある。具体的には、圧延後の組織は加工を受けることにより、転位などの格子欠陥が蓄積しているため、結晶粒は微細であっても転位密度が高く、硬化している。そのため、熱処理条件を材料に応じて適正に制御して、組織を再結晶させ、低転位密度にする必要がある。すなわち、再結晶組織が転位密度を駆動力として形成されるために、再結晶粒内の転位密度を小さくすることを利用しつつ、再結晶組織の粗大化を抑制することで、塑性変形能を確保しつつ、破断伸び性も確保するものである。
【0045】
なお、転位密度を測定する方法としては、エッチピット法等が例示されるが、測定条件等に影響されるため定量的な測定は難しい。顕微鏡観察により転位密度を直接測定することもできるが、観察視野によるためバラツキが大きい。そこで、本発明者らは、転位密度を反映した特性値である再結晶率を測定することにより、適正な熱処理がなされたかどうかを把握できることを見出した。
【0046】
再結晶率は(再結晶した結晶の面積)/(観察面積)により算出できる。「再結晶した結晶の面積」は、光学顕微鏡下で極薄ステンレス鋼箔の任意断面を観察することにより得ることができる。あるいは、X線回折により得られる(220)面(オーステナイト系)または(211)面(フェライト系)の回折ピークの半価幅を求めて算出してもよい。半価幅が0.20deg.以下であれば再結晶率90%以上、0.15deg.以下であれば再結晶率95%以上、0.10deg.以下であれば再結晶率100%とみなすことができる。
【0047】
本発明に係るステンレス鋼箔は、再結晶率が90%以上あればよい。再結晶率が90%以上あれば、転位密度が十分に低くなり、板厚方向に必要な結晶粒数も確保することができる。好ましくは、再結晶率は95%以上である。再結晶率が95%以上であれば、板厚が薄くても、プレス加工性(塑性変形能)を向上させ、かつ表面粗度も改善されるからである。板厚方向の結晶粒数が本発明の規定を満足していれば、再結晶率は100%であってよい。すなわち、本発明に係るステンレス鋼箔全体が再結晶していてもよい。
【0048】
[表層の窒素濃度]
上述したように、ステンレス鋼箔の表面を窒化した場合、特に板厚が薄くなると、窒化による表層の硬化に起因する種々の問題点が顕在化する。したがって、ステンレス鋼箔の表層は窒化していないことが望ましい。「表層が窒化していない」とは、表層の窒素濃度が1.0質量%以下であることを意味する。ここで、表層とはオージェ電子分光法による測定において、酸素濃度がピーク値の半分となる厚さのこととし、窒素濃度は、表層における平均の濃度とする。
【0049】
再度繰り返して説明するが、ステンレス鋼箔の表層が窒化している場合、プレス加工した際に表層が窒化により硬くなっていることで切れの起点となってしまうため、プレス成形性が低下してしまう。これは、板厚が60μm以下と薄い本発明に係るステンレス鋼箔では、相対的に表面の影響が大きくなるために顕著となる課題である。窒素濃度を上述の範囲とすることで、表層の切れ(クラック)が生じずに変形できるため、厚さ方向の結晶粒数が3個以上であれば、良好なプレス成形性が得られる。そのため、ステンレス鋼箔表層に窒素を濃化させずに、表層の窒素濃度を1.0質量%以下にするとよい。表層の窒素濃度の下限は特に限定する必要はない。下限は、ステンレス鋼箔全体で評価する窒素含有量と同等になる。すなわち、一般的なSUS304、SUS430等の窒素を含まない鋼種の場合、不可避的不純物としての窒素の含有量レベルが下限になる。
【0050】
ステンレス鋼箔の表層の窒素濃度を1質量%以下にするには、アニール雰囲気中の窒素濃度を0.1体積%以下にすることで制御できる。
【0051】
[表面粗さRzが100nm以上かつ板厚の1/10以下]
上記板厚方向の結晶粒数および再結晶率を確保するために、強圧下率で圧延し、比較的高温で最終アニールを施す。それらのプロセスを経ることにより、表面粗さRzは、光沢のある通常品でも1000nm以下に、表面に光沢のないダル仕上げ品であっても6000nm以下となることが確認できた。なお、Rzとは、JIS B 0601: 2001で規定されているように、基準長さにおいて、最も凹な部分と最も凸な部分との厚み方向の差で表現される。いうまでもなく、表面粗さの上限は低ければ低いほどよいが、実際のプロセス条件に依存する。本発明に係るステンレス鋼箔表面粗さRzは、板厚の1/10以下に仕上げることができる。表面粗さRzが板厚の1/10以下であれば、安定したプレス加工性(塑性変形能)が確保できる。
【0052】
表面粗さRzの下限は特に限定されない。しかしながら、表面粗さRzを0nmにすることは現実的ではないことから、現実的に得られる最小値である100nmを下限としてもよい。
【0053】
一般に、極薄ステンレス鋼箔をアニールする際に、ステンレス鋼箔に塑性変形能がなければアニール中のロール通板により、よれの発生や破断が生じ、板の損傷につながる。また、ステンレス鋼箔の破断伸びが大きくなければ表面の凹凸を平滑化することが難しくなる。したがって、圧延圧下率、最終アニール温度が、表面粗さに影響してくる。
【0054】
本発明では強圧下圧延した後に、転位密度に応じて比較的高温でアニールすれば、結晶粒の微細化によって板厚方向に塑性変形しやすくなる上に、高伸び化によって板の損傷が回避でき、その結果、高い板厚精度が確保できると推定する。
【0055】
一方、強圧下圧延したとしても、その後に比較的低めの温度でアニールすると、結晶粒は微細化できても、転位密度を十分に低減できない。そのため、破断伸びが10%未満となってしまうので、表面の凹凸を平滑化しにくくなり、表面粗さRz6000nm以下を確保することはできない。
【0056】
また、強圧下圧延せずに比較的高温でアニールを施すと、再結晶の核生成サイトが充分には得られていない状況でアニールするため、結晶粒が粗大化し、板厚方向で結晶粒の数が2個程度となってしまう。そのため、板厚方向で塑性変形がしにくくなってしまうので、アニール中にロール通板により、よれの発生や破断などが生じる。
【0057】
また、強圧下圧延せずに、さらに比較的低温でアニールすると、上述の理由と同様に板厚方向で塑性変形しにくくなる上に、破断伸びが10%未満となってしまう。そのため、アニール工程中のロール通板により、よれの発生や破断が生じる上に、極薄ステンレス鋼箔表面の凹凸を平滑化することが難しくなる。
【0058】
[破断伸びが10%以上]
破断伸びは加工性の総合指標であって、塑性変形能と転位密度に関係する。転位密度はアニール温度に密接に関係するため、最終アニール温度が950℃以上であれば、破断伸びは10%以上を確保できる。さらに、本発明に係るステンレス鋼箔は、塑性変形能も確保しているため、さらに破断伸び性は良好であることが確認された。
【0059】
破断伸びはアニール温度への依存性が強いため、本発明に係るステンレス鋼箔の破断伸び率は、アニール温度が950℃の場合は10%以上を、アニール温度が1050℃のときは20%以上を確保できることを確認した。
【0060】
破断伸びは大きければ大きいほど好ましく、その上限は特に限定されない。現実的な破断伸びの最大値は50%程度であるので、それを上限としてもよい。
【0061】
[ラミネート]
本発明に係るステンレス鋼箔は、通常のラミネートステンレス鋼箔と同様に、その表面に樹脂フィルムを積層(ラミネート)し、ラミネートステンレス鋼箔にしてもよい。樹脂フィルムを積層することにより、電解液中での耐食性を向上させることができ、リチウムイオン電池をはじめとする電池ケースへの適用性をいっそう高めることができる。
【0062】
樹脂フィルムの積層は、ステンレス鋼箔の両表面に施してもよいし、どちらか一方の表面に施してもよい。
【0063】
ステンレス鋼箔と樹脂の剥離強度については、ステンレス鋼箔の表面に適切な厚さのクロメート処理層を設けることで、必要な性能が得られる。例えば、特許文献5にはステンレス鋼箔の少なくとも一方の面に厚さ2〜200nmのクロメート処理層を設け、その表面に極性を持つ官能基を含有するポリオレフィン系樹脂を積層する技術が開示されている。
【0064】
また、プレス加工後の樹脂の白化については、樹脂の設計を最適化することで防止できる。具体的には、熱ラミネート後の樹脂が非晶質となるようにすれば良く、そのためには熱ラミネート時の冷却速度を速くすればよい。例えば120℃〜80℃の範囲の冷却速度を20℃/s以上とすればよい。
【0065】
(2.ステンレス鋼箔の製造方法)
次に本発明に係るステンレス鋼箔の製造方法について説明する。
【0066】
本発明に係るステンレス鋼箔の製造工程は、通常のステンレス鋼箔の製造工程と概ね同じである。すなわち、ステンレス鋼帯を箔圧延し、その後表面洗浄をし、最終アニールを行い、必要に応じて調質圧延(テンションレベラー)を行い、ステンレス鋼箔を製造する。なお、箔圧延に供する素材のステンレス鋼帯の板厚に応じて、箔圧延工程を複数回に分け(多段圧延)、各箔圧延工程の間に中間アニールを行ってもよい。しかしながら、本発明に係るステンレス鋼箔を得るためには、前述したように、最終箔圧延での圧下率および最終アニールでの温度を制御することが重要である。
【0067】
[圧下率]
箔圧延において、強圧下圧延を行うことにより、ステンレス鋼中に再結晶の核生成サイトとなる転位を導入することができる。圧下率が高ければ高いほど、導入される転位は増加する。転位密度は、圧下率および圧延後に施すアニール処理によって、合せて制御される。したがって2回以上の箔圧延を行なう場合は最終の箔圧延、つまり最終アニール直前の箔圧延を強圧下で行うとよい。
【0068】
フェライト系ステンレス鋼の場合、オーステナイト系ステンレス鋼と比べて加工硬化しにくい、すなわち、転位密度を増加させにくいため、より強圧下する必要があり、圧下率は50%以上にするとよい。また、できれば60%以上とすることが望ましく、70%以上がより望ましい。
【0069】
圧延により導入される転位の程度は、鋼種によって異なる。例えば、フェライト系ステンレス鋼の場合は、オーステナイト系ステンレス鋼と比べて加工硬化しにくく、転位密度を増加させにくいため、より強圧下する必要がある。そのため、最終アニール前の箔圧延での圧下率は50%以上にするとよい。転位密度を確保する観点から、好ましくは60%以上にするとよく、さらに好ましくは70%以上にするとよい。
【0070】
一方、オーステナイト系ステンレス鋼の場合、フェライト系ステンレス鋼ほど圧下率を高くする必要はなく、最終アニール前の箔圧延での圧下率は30%以上にするとよい。転位密度を確保する観点から、好ましくは40%以上にするとよく、さらに好ましくは45%以上にするとよい。
【0071】
なお、圧下率は以下の式で定義される。
圧下率=(圧延前板厚−圧延後板厚)/(圧延前板厚)
【0072】
箔圧延では、板厚を減じることはもちろんのこと、転位を導入することも目的となるため、特に圧下率の上限は限定しない。しかしながら、理論的に圧下率100%はあり得ないので、現実的な圧下率の上限は95%程度である。
【0073】
圧下率の下限は、ステンレス鋼箔の最終板厚にもよるが、できれば40%以上とすることが望ましく、45%以上がより望ましい。
【0074】
複数回に分けて箔圧延をする場合、中間での箔圧延とそれに続く中間アニールでも材料の構造を制御することが好ましい。この場合も最終箔圧延と同様にすればよい。すなわち、各箔圧延での圧下率を30%以上にするとよい。但し、前述したように最終アニール直前の箔圧延が一番効いてくるため、最終箔圧延の圧下率を、他の箔圧延の圧下率より高く設定するとよい。
【0075】
[アニール温度]
箔圧延後のアニール(最終アニール)は、転位密度を減少させ、再結晶を進行させるための重要な役割を担う。本発明に係るステンレス鋼箔に関しては、前述したように、転位密度を減少させ再結晶を進行させつつ、粒成長を抑制して、塑性変形能と破断伸び性を同時に確保することを目的としている。
【0076】
本発明に係るステンレス鋼箔の場合、オーステナイト系ステンレス鋼であれば、アニール温度を950℃以上、1050℃以下にするとよい。950℃以下では、転位密度が減少しないため、破断伸び性を確保することができない。一方、1050℃を超えると結晶が粗大化し、板厚方向の結晶粒数が減少および結晶粒径の分布が広くなり、塑性変形能を得ることができない。破断伸び性を確保し、プレス加工性(塑性変形能)もよくするには、アニール温度の下限は950℃より若干高いことが好ましく、望ましくは960℃、さらに望ましくは970℃にするとよい。
【0077】
アニール温度の上限も、結晶の粗大化を抑制する観点から、1050℃よりは若干低く、1040℃とすることが望ましく、さらに望ましくは1030℃にするとよい。
【0078】
同様に、フェライト系ステンレス鋼であれば、アニール温度を850℃以上、950℃以下にするとよい。850℃以下では、転位密度が減少しないため、破断伸び性を確保することができない。一方、950℃を超えると結晶が粗大化し、板厚方向の結晶粒数が減少および結晶粒径の分布が広くなり、塑性変形能を得ることができない。破断伸び性を確保し、プレス加工性(塑性変形能)もよくするには、アニール温度の下限は850℃より若干高いことが好ましく、望ましくは860℃、さらに望ましくは870℃にするとよい。
【0079】
アニール温度の上限も、結晶の粗大化を抑制する観点から、950℃よりは若干低く、940℃とすることが望ましく、さらに望ましくは930℃にするとよい。
【0080】
[アニール保定時間]
ステンレス鋼箔を上述のアニール温度で保定する時間は、3秒以上30秒以下にするとよい。3秒未満では、熱処理が不十分となり再結晶が十分に進まず、本発明で規定する再結晶率を得られない。一方、30秒を超えると再結晶粒が粗大化し、板厚方向の結晶粒数が減少および結晶粒径の分布が広くなるため、十分な塑性変形能を得ることができない。
【0081】
[アニール雰囲気]
アニール雰囲気は、ステンレス鋼箔の表面が窒化しないように、水素またはアルゴンなどの希ガス雰囲気にする。なお、アニール雰囲気中に窒素は全く含まれないことが望ましいが、大気中から不可避で混入する窒素はある程度許容できる。表面層の窒素濃度を1.0質量%以下にするためには、アニール雰囲気中の窒素濃度が0.1体積%以下であればよい。
【0082】
[中間アニール]
複数回の箔圧延工程とする場合、中間アニールの条件については特に定めないが、最終アニールと同様にオーステナイト系ステンレス鋼の場合は950℃以上1050℃以下、フェライト系ステンレス鋼の場合は850℃以上950℃以下が望ましい。結晶粒界も再結晶の核となり、箔圧延前に多く導入されていることが望ましいので、上述の温度範囲とすることで再結晶粒の粗大化を抑制することが望ましい。
【実施例】
【0083】
本発明に係るステンレス鋼箔の実施例として、SUS304(オーステナイト系ステンレス鋼)の成分を有するステンレス鋼帯、並びにSUS430(フェライト系ステンレス鋼)の成分を有するステンレス鋼帯を、表1および2に記載の圧延条件のもとで箔圧延機によって圧延することで表1および2に記載の厚みを有する極薄ステンレス鋼箔を製造した。
【0084】
ここで、冷間圧延圧下率は最終アニール直前の箔圧延工程における圧下率を、仕上アニール温度は圧延工程完了後に施す最終アニール工程における温度を、保定時間は仕上アニール温度でステンレス鋼箔を保定する時間をそれぞれ示す。
【0085】
アニール雰囲気は、0.1体積%−窒素99.9体積%水素混合ガスもしくは25体積%窒素−75体積%水素混合ガスとした。
【0086】
再結晶率は、圧延方向断面を観察面とし鏡面研磨、エッチングして観察し全板厚×500μm幅の範囲で再結晶した結晶粒の面積を求め、 (再結晶した結晶の面積)/(観察面積)を計算することで得た。
【0087】
表層の窒素濃度は、オージェ電子分光法(AES)により測定した。ステンレス鋼箔表面から30nmの深さまでを測定し、酸素濃度がピーク値の半分の濃度となる深さまでの平均の窒素濃度を、表層の窒素濃度とした。
【0088】
板厚方向の結晶粒数は、試験片を板厚方向に切り出し、断面研磨した後にエッチングを施してから顕微鏡で観察した後、結晶粒径をJIS G 0551に準拠して測定して平均結晶粒径を算出し、板厚を平均結晶粒径で割り算した際の商とした。
【0089】
平均結晶粒径は、試験片の表面を研磨した後にエッチングを施してから顕微鏡で観察した後、結晶粒径をJIS G 0551に準拠して測定して算出した。また、t/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒が占める面積率は、算出した結晶粒径に基づき、t/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒と、t/3[μm]未満の結晶粒径を有する結晶粒と、を区別して、測定視野(100×100μm)に対して、t/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒が占める割合を、面積率として算出した。
【0090】
破断伸びは、製造したステンレス鋼箔からJIS13号B試験片を切り出し、JIS Z 2241に準拠した試験法で引張試験を行うことで評価した。板厚精度については、市販の触針式表面粗さ測定器によって基準長さ0.25mmにおいて、JIS B 0601に準じて最大高さRzを評価した。
【0091】
また、仕上アニール(最終アニール)後のステンレス鋼箔を用いて、その片面に10nmのクロメート処理層を設けた上にポリプロピレンフィルムをラミネートし、もう一方の面にはポリエステルフィルムまたはナイロンフィルムをラミネートした約100mm角のサンプルを作製した。これらのサンプルの中央に縦40mm×横30mm、R1.5mmのポンチ、R1.5mmのダイのポンチでクリアランス0.3mmの条件でプレス成形を行い、シワやクラックが発生しない最大の深さを評価した。板厚が大きいほど最大成形深さは大きくなるため、板厚30μm未満の場合は成形深さが3.0mm以上を良好とし、板厚30μm以上の場合は成形深さが3.5mm以上を良好とした。評価結果を表1、表2に示す。
【0092】
【表1】
【0093】
【表2】
【0094】
表1に示すとおり、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼箔の実施例は、結晶粒に関する規定を全て満足している。その結果、板厚が30μm未満の場合には成形深さが3.0mm以上であり、板厚が30μm以上の場合には成形深さは3.5mm以上であった。
【0095】
これに対し、比較例1〜3は、t/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒が占める面積率が20%を超えているため、成形深さに劣る結果となった。
【0096】
また、比較例4〜7は、圧下率が低いまたは仕上アニール温度が高い、あるいはその両方であるため、結晶粒に関する規定を全て満足しなかった。その結果、成形深さに劣る結果となった。
【0097】
また、比較例8〜12は、仕上アニール温度が低いため、再結晶率が低くなった。その結果、成形深さに劣る結果となった。比較例13は、仕上アニール時の雰囲気に含まれる窒素濃度が高いため、表層の窒素濃度が高くなった。その結果、成形深さに劣る結果となった。
【0098】
なお、参考例14は、板厚が大きな従来例に係るものである。
【0099】
表2に示すとおり、本発明に係るフェライト系ステンレス鋼箔の実施例は、結晶粒に関する規定を全て満足している。その結果、板厚が30μm未満の場合には成形深さが3.0mm以上であり、板厚が30μm以上の場合には成形深さは3.5mm以上であった。
【0100】
これに対し、比較例15〜19は、t/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒が占める面積率が20%を超えているため、成形深さに劣る結果となった。
【0101】
また、比較例20は、仕上アニール温度が低いため、再結晶率が低くなった。その結果、成形深さに劣る結果となった。比較例21および22は、圧下率が低いまたは仕上アニール温度が高いため、板厚方向の結晶粒数および平均結晶粒径に関する規定を満足しなかった。その結果、成形深さに劣る結果となった。比較例23は、仕上アニール時の雰囲気に含まれる窒素濃度が高いため、表層の窒素濃度が高くなった。その結果、成形深さに劣る結果となった。
【0102】
以上の結果より、オーステナイト系ステンレス鋼箔では、実施例と比較例とを比較すると、成形深さに関して0.5mm以上の差があることが確認できた。また、フェライト系ステンレス鋼箔では、実施例と比較例とを比較すると、成形深さに関して0.4mm以上の差があることが確認できた。この差は以下に示すように非常に有意な差である。すなわち、ステンレス鋼箔が、たとえば、スマートフォン等の小型かつ軽量な電子機器に搭載される電池ケースに適用される場合、電池ケースの厚みは数mm程度が要求される。このような状況において、成形深さが0.4mm以上大きくなると、電池ケースの厚みの10%以上に相当し、電池容量の増大に大きく寄与する。したがって、本発明の効果は非常に大きい。
厚さ60μm以下の極薄ステンレス鋼箔であっても高い板厚精度を確保し、塑性変形能と破断伸びを同時に確保すること、つまり良好なプレス加工性(深絞り加工性)を提供する。
本発明は、板厚が5μm以上60μm以下であるステンレス鋼箔であって、ステンレス鋼箔の再結晶率が90%以上100%以下であり、ステンレス鋼箔の表層の窒素濃度が1.0質量%以下であり、ステンレス鋼箔の板厚方向に結晶粒を3個以上有し、結晶粒の平均結晶粒径dが1μm以上10μm以下であり、板厚をt[μm]とした場合に、t/3[μm]以上の結晶粒径を有する結晶粒が占める面積率が20%以下であることを特徴とするステンレス鋼箔である。