特許第6165497号(P6165497)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ NTN株式会社の特許一覧

特許6165497等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト
<>
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000004
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000005
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000006
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000007
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000008
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000009
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000010
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000011
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000012
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000013
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000014
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000015
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000016
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000017
  • 特許6165497-等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト 図000018
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6165497
(24)【登録日】2017年6月30日
(45)【発行日】2017年7月19日
(54)【発明の名称】等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフト
(51)【国際特許分類】
   F16D 3/20 20060101AFI20170710BHJP
   F16D 3/223 20110101ALI20170710BHJP
【FI】
   F16D3/20 J
   F16D3/223
【請求項の数】6
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-92558(P2013-92558)
(22)【出願日】2013年4月25日
(65)【公開番号】特開2014-43943(P2014-43943A)
(43)【公開日】2014年3月13日
【審査請求日】2016年3月29日
(31)【優先権主張番号】特願2012-172598(P2012-172598)
(32)【優先日】2012年8月3日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】吉田 和彦
(72)【発明者】
【氏名】大杉 真史
(72)【発明者】
【氏名】山崎 健太
(72)【発明者】
【氏名】長久 正登
(72)【発明者】
【氏名】高木 陸王
【審査官】 西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】 特表2007−510057(JP,A)
【文献】 特開2006−283914(JP,A)
【文献】 特開2001−097063(JP,A)
【文献】 特開2010−043691(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 3/20−3/229
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ほぼ均一な肉厚を有するリング状に形成され、その周方向にトルク伝達ボールを収容する複数のポケットを備えた等速自在継手用保持器において、
前記保持器は、C:0.41〜0.51質量%、Si:0.10〜0.35質量%、Mn:0.60〜0.90質量%、P:0.005〜0.030質量%、S:0.002〜0.035質量%を含有し、残部をFeおよび製鋼、精錬時に不可避的に残留する元素からなる炭素鋼で形成され、熱処理として浸炭焼入焼戻しが施されており、前記ポケットの側面が熱処理後の仕上げ加工により形成され
前記保持器は、表面硬さをHRC58以上とし、表層の炭素濃度を0.55〜0.75質量%とすると共に、芯部硬さをHRC56〜59としたことを特徴とする等速自在継手用保持器。
【請求項2】
前記保持器は、球状外周面と球状内周面を有し、球状外周面の曲率中心と球状内周面の曲率中心との軸方向のオフセット量が1mm未満のほぼ均一な肉厚を有することを特徴とする請求項1に記載の等速自在継手用保持器。
【請求項3】
前記保持器を形成する炭素鋼が、C:0.42〜0.48質量%を含有したことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の等速自在継手用保持器。
【請求項4】
前記保持器の全硬化層深さを0.25〜0.55mmとしたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の等速自在継手用保持器。
【請求項5】
請求項1〜のいずれか一項に記載の等速自在継手用保持器を組み込んだことを特徴とする固定式等速自在継手。
【請求項6】
請求項に記載の固定式等速自在継手を組み込んだことを特徴とするドライブシャフト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、等速自在継手用保持器およびこれを組み込んだ固定式等速自在継手、並びにこの固定式等速自在継手を組み込んだドライブシャフトに関する。
【背景技術】
【0002】
等速自在継手は、自動車、航空機、船舶や各種産業機械等の動力伝達系に使用される。例えば、自動車のエンジンから車輪に回転力を等速で伝達するドライブシャフトやプロペラシャフト等に組み込まれる等速自在継手には、固定式等速自在継手と摺動式等速自在継手の二種がある。これらの等速自在継手は、駆動側と従動側の二軸を連結して、その二軸が作動角をとっても等速で回転を伝達し得る構造を備えている。
【0003】
自動車のエンジンから駆動車輪に動力を伝達するドライブシャフトは、デフと車輪との相対的な位置関係の変化による角度変位と軸方向変位に対応する必要があるため、一般的にデフ側(インボード側)に角度変位と軸方向変位に対応できる摺動式等速自在継手を、駆動車輪側(アウトボード側)に大きな作動角が取れる固定式等速自在継手をそれぞれ装着し、両等速自在継手をシャフトで連結した構造を有する。
【0004】
例えば、固定式等速自在継手の一種にツェッパ型等速自在継手がある。ツェッパ型等速自在継手121は、図15に示すように、外側継手部材122、内側継手部材123、トルク伝達ボール124および保持器125を主な構成とする。外側継手部材122の球状内周面128には複数のトラック溝126が円周方向等間隔に、かつ軸方向に沿って形成されている。内側継手部材123の球状外周面129には、外側継手部材122のトラック溝126と対向するトラック溝127が円周方向等間隔に、かつ軸方向に沿って形成されている。外側継手部材122のトラック溝126と内側継手部材123のトラック溝127との間にトルクを伝達する複数のボール124が組み込まれている。外側継手部材122の球状内周面128と内側継手部材123の球状外周面129の間に、ボール124を保持する保持器125が配置されている。
【0005】
外側継手部材122の球状内周面128と内側継手部材123の球状外周面129の曲率中心は、いずれも、継手の中心Oに形成されている。また、保持器125の球状外周面130および球状内周面131の曲率中心も継手の中心Oに形成されている。これに対して、外側継手部材122のトラック溝126の曲率中心Aと、内側継手部材123のトラック溝127の曲率中心Bは、継手の中心Oに対して軸方向に等距離オフセットされている。これにより、継手が作動角をとった場合、外側継手部材122と内側継手部材123の二軸間で回転が等速で伝達されることになる。内側継手部材123の内周面135にスプライン136が形成され、このスプライン136とシャフト132のスプライン137が嵌合され、トルク伝達可能に連結されている。
【0006】
近年、自動車の高出力化の一方で、等速自在継手の小型、軽量化の要求が増加している。また、車両回転半径が大きくならないようにするため、固定式等速自在継手の高作動角化による前輪の操舵角の増大が求められている。固定式等速自在継手121の小型、軽量化において、最も困難なことは、高作動角時の強度(高角強度)を確保することができるかどうかである。この高角強度を評価するのに準静捩り試験が行われることが多い。準静捩り試験とは、実車状況を考慮して等速自在継手に低速の回転を与えながらトルクを加えて破壊トルクを測定する試験をいう。準静捩り試験を実施したとき、等速自在継手121の強度は、保持器125や内側継手部材123等の浸炭部品の強度に依存しており、特に、保持器125の強度に強く依存している。したがって、固定式等速自在継手121の小型、軽量化を達成するためには、浸炭部品の高強度化、特に保持器125の高強度化が課題となる。
【0007】
このような等速自在継手の浸炭部品の高強度化について、以下の特許文献で種々提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−56296号公報
【特許文献2】特許第3995904号公報
【特許文献3】特開2001−153148号公報
【特許文献4】特許第4708430号公報
【特許文献5】特許第4731945号公報
【特許文献6】特開平5−331616号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記の各特許文献の内容を以下に説明する。特許文献1に記載の技術は、保持器と強く干渉する外側継手部材の内球面の入口角部を局部焼準で軟化することにより、入口角部の保持器に対する攻撃性が緩和され、その結果、保持器の強度が高まるとするものである。しかし、外側継手部材に追加の熱処理を施すため製造コストの増加と生産性の低下という問題を有している。
【0010】
特許文献2や特許文献3に記載の技術は、特殊な材料を用いて高強度化するものであるが、このような特殊な材料は、コスト面やグローバルでの材料調達性に問題がある。また、浸炭による粒界へのP(燐)や微細炭化物の析出は避けられないため粒界脆化を完全に防止できず、強度が向上しない場合がある。
【0011】
特許文献4に記載の技術は、炭素量が0.3〜0.5質量%のB(ボロン)添加鋼を芯部まで焼入した保持器に関するものである。この保持器は、浸炭処理されないため表層の硬度が浸炭処理されたものに比べ低く、軟化抵抗も低下し耐摩耗性が劣ることや、レアーアースであるBを含むため材料コストが増加するという問題がある。Bは、N(窒素)との親和力が強いため窒化物を生成しやすく、窒化物になると焼入性に寄与しなくなる。そのため、BよりNとの親和力の強いTi(チタン)を添加し、Nを窒化物(TiN)に固定し、Bが焼入性に有効に作用するようにする必要がある。しかし、これにより、結晶粒の微細化に寄与するAlN(窒化アルミニウム)が生成しなくなり、浸炭時、結晶粒が粗大化し強度が低下する場合がある。
【0012】
特許文献5に記載の技術は、中炭素鋼を表面と芯部硬度をHRC58以上に全硬化し、保持器ポケットの熱処理前のシェービング加工を省略したものであるが、特許文献4と同様、浸炭処理されないため表層の炭素濃度が低いことにより軟化抵抗が低く、耐摩耗性に問題がある。
【0013】
特許文献6に記載の技術は、保持器に特殊な合金鋼を用いて高濃度浸炭処理し耐摩耗性を向上させたものであるが、合金鋼は材料コストの増加が問題となる。
【0014】
以上のように、従来の技術では、低コストと高強度の両面の特性を具備する保持器を見出すことは困難であることが判明した。この理由は、保持器が、外側継手部材、内側継手部材、ボールの3部品からの荷重を受け高面圧ですべり接触する等の過酷な使用環境にあることと、薄肉で剛性が小さく変形しやすく、さらに応力集中しやすい形状等の理由から対策を見出すことが困難であることが判明した。
【0015】
浸炭用鋼は、SCr415(クロム鋼)やSCM415(クロムモリブデン鋼)のように浸炭を促進するために、炭素と親和性の強い元素であるCr(クロム)、Mo(モリブデン)を多く添加した低合金鋼となっている。このCrやMoの元素は、高価な元素であるため、浸炭用鋼は、炭素鋼(C−Mn鋼)と比較すると材料コストが増加する課題がある。一方、CrやMoを積極的に増量添加していない炭素鋼を使用すると、不完全焼入組織が析出する問題があった。さらに浸炭処理は、炭素を拡散させる処理のため、処理時間が長くなる問題もあった。
【0016】
上記のような問題に鑑み、本発明は、強度特性および耐摩耗性に優れ、生産性の低下がなく製造コストを抑えると共に、グローバルでの材料調達性を可能にする等速自在継手用保持器および固定式等速自在継手、並びにドライブシャフトを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の目的を達成するために鋭意研究することにより見出された以下の知見に基づいている。
【0018】
(1)焼入性を向上させ、かつ、浸炭を促進するCrやMoを省いた炭素鋼を、浸炭焼 入焼戻しをした場合、表層部に不完全焼入組織(焼入れ後、全てマルテンサイトになら ず、フェライト、ベイナイト、パーライトなどの組織が混合する焼入組織)が発生する 問題があった。この原因を鋭意研究した結果、不完全焼入組織の発生は、焼入性の低下 と浸炭性の低下が主な要因であり、冷却速度の増加と素材炭素量の増加により対策でき ることが判明した。
【0019】
(2)ところが、冷却速度の増加は熱処理変形の増加を招くという新たな問題があり、この保持器の熱処理変形で最も問題となるのが、ボールを保持するポケットの寸法(窓寸法)のばらつきである。最近、切削工具の表面処理技術が著しく向上し、焼入硬化した鋼を切削する切削工具の寿命が長くなり、かつ短時間で最終仕上げ加工ができるようになったことにより、前述した窓寸法の熱処理変形の増加は、上記の最終仕上げ加工により低コストで対策可能となってきていることに着目した。この結果、従来の浸炭品に対して窓寸法のばらつきの大幅な低減により、保持器とボールのランク選別によるマッチングという煩雑な工程が著しく低減できるので、最終仕上げ加工による追加コストも吸収されてコスト増加を招くことがないことを検証した。
【0020】
(3)さらに重要なこととして、不完全焼入組織の発生は、材料の炭素量の影響を強く受けること、そして、炭素量の低い炭素鋼を用いると、硬化部に不完全焼入組織が発生しやすいことが判明した。この原因は、鋼の不均一性に起因していると推定される。鋼は、添加元素が均一に分布していることはなく、ミクロの偏析が必ず存在する。浸炭用鋼は、炭素量0.12〜0.24質量%を含む鋼が多用されている。ミクロ偏析があると焼入性に局部的なばらつきが発生し、浸炭後、局部的に炭素量が0.55質量%未満の部分が存在し、焼入性の低下により不完全焼入組織が発生することが判明した。
【0021】
(4)素材の炭素量の増加は、保持器のポケットを加工するプレス性に大きく影響し、硬くなるとパンチの早期破損を招くため素材硬さをHRB94以下にする必要があることが判明した。また、素材硬さが低すぎると旋削加工時にムシレやカエリが発生する問題があり、そのため素材硬さをHRB76以上にする必要があることが判明した。
【0022】
(5)強度と耐摩耗性の両特性をより高いレベルで確保する必要があり、浸炭深さを寄り浅く、かつ、芯部硬さを適正化することにより、相反する耐摩耗性と強度を両立させることができた。
【0023】
(6)さらに、浸炭により侵入する表面の炭素量を限定することにより、浸炭深さをより深くしても従来の保持器と同等の強度が得られることが判明した。
【0024】
上記の知見に基づき、先に材料の炭素量を底上げしておいて、浸炭焼入焼戻し後に表層で最低0.55質量%以上の炭素が固溶するようにすれば、不完全焼入組織を防止できる可能性があるという着想に至り、その検証のために、Cr、Moを省略した低コストの炭素鋼を用いて、リング状で比較的肉厚が均一で、薄肉で複数のポケット(窓)の開いた保持器を所定の炭素量を有する炭素鋼で製作し実験した。その結果、焼入時に十分な冷却速度が得られ、不完全焼入組織が発生しないことが確認された。また、ポケットの開いていないリングでは、不完全焼入組織が発生し易いことが確認された。上記のような知見や着想および検証によって、本発明を完成するに至った。
【0025】
具体的な技術的手段として、本発明は、ほぼ均一な肉厚を有するリング状に形成され、その周方向にトルク伝達ボールを収容する複数のポケットを備えた等速自在継手用保持器において、前記保持器は、C:0.41〜0.51質量%、Si:0.10〜0.35質量%、Mn:0.60〜0.90質量%、P:0.005〜0.030質量%、S:0.002〜0.035質量%を含有し、残部をFeおよび製鋼、精錬時に不可避的に残留する元素からなる炭素鋼で形成され、熱処理として浸炭焼入焼戻しが施されており、前記ポケットの側面が熱処理後の仕上げ加工により形成され、前記保持器は、表面硬さをHRC58以上とし、表層の炭素濃度を0.55〜0.75質量%とすると共に、芯部硬さをHRC56〜59としたことを特徴とする。ここで、ほぼ均一な肉厚とは、上記の元素の含有範囲からなる炭素鋼で形成した等速自在継手用保持器を浸炭焼入焼戻しした場合に、不完全焼入組織が発生しない肉厚差を含む概念のものであり、上記元素の含有範囲内での材料の成分の差異や浸炭処理条件の差異などにより、不完全焼入組織が発生しない肉厚差の程度は、適宜の範囲を有することを意味する。
【0026】
上記の構成により、強度特性および耐摩耗性に優れ、生産性の低下がなく製造コストを抑えると共に、材料コストを低減し、かつグローバルでの材料調達性を可能にする等速自在継手用保持器を実現することができる。
【0027】
ここで、上記の成分元素の質量%の数値限定について説明する。
[C:0.41〜0.51質量%]
C(炭素)は、不完全焼入組織の発生に強く影響し、芯部の焼入性、鍛造性、機械加工性にも影響する元素である。0.41質量%未満では、素材硬さがHRB786より軟化し機械加工後ムシレやカエリが発生し、また、不完全焼入組織が発生し、十分な芯部の硬さが得られず強度が低下するため、0.41質量%以上が必要である。一方、Cの含有量が多くなると、素材硬さが増加しHRB94を超えると窓抜きプレス性や被削性等の加工性を著しく阻害し、また、浸炭焼入焼戻し後に芯部硬さが増加し脆化するため、他の添加元素による硬さ増加も考慮して、上限を0.51質量%とした。
【0028】
[Si:0.〜0.35質量%]
Si(珪素)は脱酸に必要な元素であるため0.質量%以上が必要である。一方、Siは、軟化抵抗特性を向上させるため増量させることが望ましいが、浸炭焼入焼戻しによる異常層を増加させ、粒界脆化を起こす元素であるから上限を0.35質量%とした。
【0029】
[Mn:0.6〜0.9質量%]
Mn(マンガン)は、焼入性の向上に有用な元素である。浸炭時の粒界酸化を増加させるために添加量を抑制する場合もあるが、Mnを低下させると浸炭部の焼入性が低下し、耐摩耗特性を低下させる。このような観点から、0.6質量%未満では十分な焼入性を確保できない。一方、0.9質量%を超えるとパーライト分率が増加して硬化するため、鍛造性と機械加工性を低下させる。このため、Mnの含有量の上限を0.9質量%以下とした。
【0030】
[P:0.005〜0.030質量%]
P(燐)は、焼入性向上に寄与する元素であるが、粒界を脆化する元素でもある。特に、0.030質量%を超えると粒界脆化が著しい。一方、0.005質量%未満では精錬工程での低減が困難で製造コストが増大すると共に、焼入性の低下も招く。
【0031】
[S:0.002〜0.035質量%]
S(硫黄)は、被削性を向上させる元素であるが、靭性を低下させる元素でもあるので低いほどよい。特に、0.035質量%を超えると靭性の低下が著しく、部品の強度が低下する他、部品を製造する過程で鍛造割れを引き起こすことになる。一方、0.002質量%未満では、被削性を向上させるMnS(硫化マンガン)が生成されなくなり、被削性が低下するため、下限を0.002質量%とした。
【0032】
残部は、Fe(鉄)と、その他のMo(モリブデン)、Cr(クロム)、Cu(銅)、Ni(ニッケル)、Sn(錫)、B(ボロン)、Al(アルミニウム)、Ti(チタン)、V(バナジウム)、N(窒素)、O(酸素)等、製鋼、精錬時に不可避的に残留する元素である。
【0033】
上記の保持器は、球状外周面と球状内周面を有し、球状外周面の曲率中心と球状内周面の曲率中心との軸方向のオフセット量が1mm未満のほぼ均一な肉厚を有することが好ましい。その理由は、次に説明する。上記のオフセット量は、好ましくは0.7mm未満であり、さらに、最も好ましいのは、オフセットのない、すなわち、オフセット量0mmの均一な肉厚の保持器である。
【0034】
本発明に至る検証過程で、図13および図14に示す摺動式のダブルオフセット型等速自在継手(DOJ)の保持器を製作して実験した。まず、この等速自在継手31の概要を説明する。等速自在継手31は、外側継手部材32、内側継手部材33、ボール34および保持器35を主な構成とする。外側継手部材32の円筒状内周面38には複数のトラック溝36が円周方向等間隔に、かつ継手軸線Xに平行な直線状に形成されている。内側継手部材33の球状外周面39には、外側継手部材32のトラック溝36と対向するトラック溝37が円周方向等間隔に、かつ継手軸線Xに平行な直線状に形成されている。外側継手部材32のトラック溝36と内側継手部材33のトラック溝37との間にトルクを伝達する複数のボール34が介在されている。外側継手部材32の円筒状内周面38と内側継手部材33の球状外周面39の間に、ボール34を保持する保持器35が配置されている。
【0035】
図14に示すように、保持器35には、周方向に複数(8個)のポケット49が形成されている。ダブルオフセット型等速自在継手31では、外側継手部材32と内側継手部材33の両軸線がなす角度(作動角)を二等分する平面上にボール34を案内するために、保持器35の球状外周面40の曲率中心Iと球状内周面41の曲率中心Jは、継手中心Oに対して、軸方向の反対側に等距離オフセットされている。このオフセット量f4は、ジョイントサイズにより変わるが、自動車用のジョイントサイズでは概ね3〜6mm程度である。このため、保持器35は、肉厚が不均一で肉厚が厚い形状となっている。
【0036】
上記のダブルオフセット型等速自在継手31の保持器35を所定の炭素量を有する炭素鋼で製作し実験した。その結果、この保持器35の場合は、浸炭焼入焼戻し時に冷却し難いため、不完全焼入組織が発生しやすいことが判明した。また、肉厚差が増加すると窓抜きプレス性が低下する。したがって、球状外周面の曲率中心と球状内周面の曲率中心との軸方向のオフセット量は、1mm未満が好ましい。
【0037】
また、上記の保持器を形成する炭素鋼が、C:0.42〜0.48質量%を含有することが好ましく、浸炭焼入焼戻し後の表面硬さHRC58〜62、芯部硬さはHRC5〜5が好ましい。研削後の表面硬さは、内外周面部でHRC56以上、ポケット側面部でHRC58以上が好ましい。この場合は、強度が最も安定し、高強度の保持器が得られる。研削後の表面硬さは、耐摩耗性の観点からは、硬い程よいが、強度上は低い方がよく、保持器に作用する面圧を考慮し適正な表面硬さに設定される。内周面部と外周面部は面接触あるいは線接触のため面圧は低いが、ポケット側面部は点接触のため面圧は高くなる。そのため、ポケット側面部の硬度は、内外周面部よりも硬いことが好ましい。そのため、不完全焼入組織が発生しない最低硬さHRC58をポケット側面部の下限とすることが好ましく、内外周面部は、面圧が低いため、微小な不完全焼入組織の発生を許容できるためHRC56を内外周面部の下限とすることが好ましい。
【0038】
上記の保持器の全硬化層深さを0.25〜0.55mmとすることが好ましい。更には、0.25〜0.45mmがより強度が安定する。硬化深さは、浸炭時間と転動寿命の観点から最適な深さが決定される。浸炭時間の観点からは、浅い方が望ましいが、浅くなると転動寿命が低下する。また、浸炭焼入焼戻し後、最終仕上げ加工が施されるので、内外周面部は最大0.2mm、ポケット側面部は最大0.1mmの取代を考慮し、かつ、最終仕上げ加工後の浸炭残留層は、転動寿命の観点から最低0.05mmが必要であることから、浸炭焼入焼戻し後の全硬化層深さの下限は0.25mmとした。一方、上限は、材料の成分ばらつきや浸炭処理条件のばらつきを考慮し0.55mmとした。ここで、全硬化層深さとは、JIS G 0557で定義されるもので、硬化層の表面から、硬化層と生地の物理的性質(硬さ)の差異が、もはや区別できない位置までの距離をいう。
【0039】
上記保持器の表層の炭素濃度は0.55〜0.75質量%とすることが好ましい。表面の浸炭濃度は、0.75質量%を超えると浸炭焼入焼戻し後、鋭角部に初析セメンタイトが粒界に析出しやすくなり強度を著しく低下させるため、0.75質量%を上限とした。一方、0.55質量%未満では、硬度の低下と軟化抵抗特性の低下により、摩耗が著しく増加するため0.55質量%を下限とした。このように表面の炭素濃度を限定することにより、表面の靭性が増し硬化深さを増加しても、強度の低下は少ない。そのため、全硬化層深さの増加が可能となり、上限が0.75mmまで可能となった。
【0040】
上記の保持器を、ほぼ均一な肉厚の保持器を有し高作動角時の強度を必要とする固定式等速自在継手に適用することにより、低コスト、高強度で、かつ耐摩耗性を従来の浸炭鋼(例えば、SCr415、SCM415)からなる保持器と同等にすることができ、ひいては、固定式等速自在継手およびこれを組み込んだドライブシャフトの低コスト、高強度、耐摩耗性の確保を図ることができる。
【発明の効果】
【0041】
本発明によれば、強度特性および耐摩耗性に優れ、生産性の低下がなく製造コストを抑えると共に、材料コストを低減し、かつグローバルでの材料調達性を可能にする等速自在継手用保持器を実現することができる。
【0042】
さらに具体的には、高価なCr(クロム)、Mo(モリブデン)、B(ボロン)を積極的に増量添加していない低コストの炭素鋼を用いて、浸炭時間を大幅に短縮することが可能となり、熱処理コストの低減と生産性の向上を図ると共に芯部硬さが増加した高強度な保持器を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】本発明の第1の実施形態の等速自在継手用保持器を組み込んだ固定式等速自在継手の縦断面図である。
図2図1の固定式等速自在継手が最大作動角をとった状態を示す縦断面図である。
図3図1の保持器の縦断面図である。
図4図1の保持器の横断面図である。
図5図1の固定式等速自在継手を適用した自動車用ドライブシャフトの縦断面図である。
図6】本発明の第2の実施形態の等速自在継手用保持器を組み込んだ固定式等速自在継手の縦断面図である。
図7図6の保持器の縦断面図である。
図8】本発明の第3の実施形態の等速自在継手用保持器を組み込んだ摺動式等速自在継手の縦断面図である。
図9図8の摺動式等速自在継手のトラック溝と保持器の状態を示す概要図である。
図10図8の保持器の縦断面図である。
図11】実施例と比較例の浸炭条件を模式的に示す図である。
図12】実施例と比較例の保持器柱部の硬さの測定結果を示す図である。
図13】本発明に至る検証過程における知見を説明するための摺動式等速自在継手の縦断面図である。
図14図13の等速自在継手の保持器の縦断面図である。
図15】従来の固定式等速自在継手を示す縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下に本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0045】
本発明の第1の実施形態に係る等速自在継手用保持器を図1〜5に基づいて説明する。図1は本実施形態の保持器を組み込んだ固定式等速自在継手の縦断面図である。この等速自在継手1は、8個ボールタイプのツェッパ型等速自在継手で、従来の6個ボールの等速自在継手に比べて、トラックオフセット量を小さくし、ボールの個数を増やし、かつ直径を小さくしたことにより、軽量・コンパクトで、トルク損失の少ない高効率な等速自在継手を実現している。等速自在継手1は、外側継手部材2、内側継手部材3、ボール4および保持器5を主な構成とする。
【0046】
外側継手部材2の球状内周面8には、8本のトラック溝6が円周方向等間隔に、かつ軸方向に沿って形成されている。内側継手部材3の球状外周面9には、外側継手部材2のトラック溝6と対向するトラック溝7が円周方向等間隔に、かつ軸方向に沿って形成されている。外側継手部材2のトラック溝6と内側継手部材3のトラック溝7との間にトルクを伝達する8個のボール4が1個ずつ組み込まれている。外側継手部材2の球状内周面8と内側継手部材3の球状外周面9の間に、ボール4を保持する保持器5が配置されている。内側継手部材3の内周面16にはスプライン17が形成され、このスプライン17にシャフト12のスプライン19が嵌合され、止め輪18により軸方向に固定されている。外側継手部材2の外周と、内側継手部材3に連結されたシャフト12の外周とをブーツ13で覆い、ブーツ13をブーツバンド14、15により締め付け固定している。継手内部には、潤滑剤としてグリースが封入されている。
【0047】
外側継手部材2の球状内周面8と嵌合する保持器5の球状外周面10、および内側継手部材3の球状外周面9と嵌合する保持器5の球状内周面11の曲率中心は、いずれも、継手中心Oに形成されている。これに対して、外側継手部材2のトラック溝6の曲率中心Aと、内側継手部材3のトラック溝7の曲率中心Bとは、継手中心Oに対して軸方向に等距離オフセットされている。これにより、継手が作動角をとった場合、外側継手部材2と内側継手部材3の両軸線がなす角度(作動角)を二等分する平面上にボール4が常に案内され、二軸間で等速に回転トルクが伝達されることになる。
【0048】
外側継手部材2のトラック溝6の曲率中心Aと、内側継手部材3のトラック溝7の曲率中心Bは、継手中心Oに対して軸方向に等距離オフセットされているので、外側継手部材2と内側継手部材3の対向するトラック溝6、7は、外側継手部材2の奥側から開口側へ向って拡がった楔状をなし、各ボール4は、楔状のトラック溝6、7に収容され、外側継手部材2と内側継手部材3との間でトルクを伝達する。すべてのボール4を作動角の二等分平面上に保持するために保持器5が組み込まれている。トラック溝6、7の横断面形状は、楕円形状やゴシックアーチ形状に形成されており、トラック溝6、7とボール4は、接触角(30°〜45°程度)をもって接触する、所謂、アンギュラコンタクトとなっている。したがって、ボール4は、トラック溝6、7の溝底より少し離れたトラック溝6、7の側面側で接触している。
【0049】
図2は、等速自在継手1が最大作動角θmaxをとったときの状態を示す縦断面図である。この等速自在継手1の最大作動角θmaxは47°程度である。等速自在継手1が作動角をとった状態でトルクを伝達するとき、ボール4に押し出し力が作用し、その結果、楔状のトラック溝6、7の空間の拡がった方向に、保持器5のポケット20の側面23(図3参照)にボール4によるポケット荷重が作用する。また、このポケット荷重により、保持器5は外側継手部材2の球状内周面8と内側継手部材3の球状外周面9に押し付けられる。楔状のトラック溝6、7により形成される楔角は、作動角が大きくなるにつれて大きくなる。このため、ボール4に作用する押し出し力は、トルクと作動角が大きくなる程大きくなる。したがって、トルクを伝達しながら高作動角をとるためには、保持器5には十分な強度が必要であり、また、保持器5の球状外周面10および球状内周面11は、外側継手部材2の球状内周面8、内側継手部材3の球状外周面9と接触しながら滑り運動するため、十分な耐摩耗性が必要である。
【0050】
また、二等分平面にボール4を確実に保持するためや、異音を防止するためにボール4は保持器5のポケット20に負隙間で組み込まれることが多い。すなわち、保持器5のポケット20の軸方向に面する側面23、23間の窓寸法K(図3参照)よりボール4の直径は僅かに大きい。そして、継手が作動角をとると、ボール4が、保持器5のポケット20内を半径方向および周方向に運動する。上記のようにボール4とポケット20が負隙間の状態で、ボール4が半径方向および周方向に運動するため、十分な強度と耐摩耗性が必要である。
【0051】
図3および図4に本実施形態の保持器を示す。図3は、図4のC−C線における縦断面図であり、図4は、図3のD−D線における横断面図である。図3に示すように、保持器5は、球状外周面10と球状内周面11を有するリング状に形成されている。球状外周面10の曲率中心と球状内周面11の曲率中心は継手中心Oに位置し、軸方向のオフセットがなく(オフセット量0mm)、肉厚が薄肉で、かつ均一な肉厚で形成されている。外側継手部材2の開口側に位置する保持器5の球状内周面11の端部には、内側継手部材3の組み込み用インロー21が設けられ、この部分は薄肉となっている。
【0052】
保持器5は、球状外周面10の曲率中心と球状内周面11の曲率中心との軸方向のオフセット量が1mm未満のほぼ均一な肉厚を有することが好ましい。肉厚が不均一で肉厚の厚い保持器では、浸炭焼入時に冷却し難いため、不完全焼入組織が発生しやすいことが判明した。また、肉厚差が増加すると窓抜きプレス性が低下する。したがって、球状外周面の曲率中心と球状内周面の曲率中心との軸方向のオフセット量は、1mm未満、好ましくは0.7mm未満とする。
【0053】
図3および図4に示すように、保持器5にはその周方向にボール4を収容する複数(8個)のポケット20が形成され、ポケット20、20間に柱部22が形成されている。前述したように、継手がトルクを伝達するとき、ボール4に押し出し力が作用し、その結果、保持器5のポケット20の軸方向に面する側面23にボール4によるポケット荷重が作用する。また、このポケット荷重により、保持器5の球状外周面10、球状内周面11は、外側継手部材2の球状内周面8と内側継手部材3の球状外周面9に押し付けられる。
【0054】
保持器4の材料は炭素鋼であり、その成分は、C:0.41〜0.51質量%、Si:0.10〜0.35質量%、Mn:0.60〜0.90質量%、P:0.005〜0.030質量%、S:0.002〜0.035質量%を含有し、残部をFe(鉄)および製鋼、精錬時に不可避的に残留する元素からなる。保持器5は、熱処理として浸炭焼入焼戻しが施されている。熱処理後に、保持器5の球状外周面10、球状内周面11は、研削加工又は切削加工で仕上げられ、ポケット20の側面23も切削加工により仕上げられている。保持器5は、高価なCr(クロム)、Mo(モリブデン)、B(ボロン)を積極的に増量添加していない低コストの炭素鋼を用いることによるメリットに加えて、炭素量を浸炭鋼に比べて多く含有する炭素鋼であるため、浸炭時間を大幅に短縮することが可能となるので、熱処理コストの低減と生産性の向上を図ると共に芯部硬さが増加した高強度な保持器を実現することができる。また、特殊材料ではないので、グローバルでの材料調達性を可能にすることができる。さらに、熱処理が浸炭焼入焼戻しであるので、強度特性に加えて耐摩耗性に優れる。
【0055】
さらに、保持器5を形成する炭素鋼は、C:0.42〜0.48質量%を含有することが好ましく、表面硬さがHRC58以上で、芯部硬さはHRC5〜5が得られる。この場合は、強度が最も安定し、高強度の保持器が得られる。
【0056】
保持器5の全硬化層深さを0.25〜0.55mmとすることが好ましい。浸炭焼入焼戻し後の表面硬さは、耐摩耗性の観点からは、硬いほど良いが、強度上は低い方が良いので、不完全焼入組織が発生しない最低硬さHRC58を下限とすることが好ましい。硬化深さは、浸炭時間と転動寿命の観点から最適な深さが決定される。浸炭時間の観点からは、浅い方が望ましいが、浅くなると転動寿命が低下する。また、浸炭焼入焼戻し後、保持器5の球状外周面10、球状内周面11やポケット20の側面23は最終仕上げ加工が施されるので、球状外周面10、球状内周面11は最大0.2mm、ポケット20の側面23は最大0.1mmの取代を考慮し、かつ、最終仕上げ加工後の浸炭残留層は、転動寿命の観点から最低0.05mmが必要であることから、浸炭焼入焼戻し後の全硬化層深さの下限は0.25mmが好ましい。一方、上限は、材料の成分ばらつきや浸炭処理条件のばらつきを考慮し0.55mmが好ましい。
【0057】
さらに、保持器5の表層の炭素濃度は0.55〜0.75質量%とすることが好ましい。表面の浸炭濃度は、0.75質量%を超えると浸炭焼入焼戻し後、鋭角部に初析セメンタイトが粒界に析出しやすくなり強度を著しく低下させるため、上限は0.75質量%が好ましく、一方、0.55質量%未満では、硬度の低下と軟化抵抗特性の低下により、摩耗が著しく増加するため、下限は0.55質量%が好ましい。炭素濃度を限定することにより、浸炭焼入焼戻し後の全硬化層深さをより増加することが可能となり、0.75mmまで強度の低下が発生しない。
【0058】
図5は、第1の実施形態に係る等速自在継手用保持器5を組み込んだ固定式のツェッパ型等速自在継手1を適用した自動車のフロント用ドライブシャフト50を示す。ツェッパ型等速自在継手1は、外側継手部材2、内側継手部材3、ボール4および第1の実施形態に係る保持器5を主な構成とし、内側継手部材3はシャフト12の一端にスプライン連結されている。シャフト12の他端には摺動式のダブルオフセット型等速自在継手31の内側継手部材33がスプライン連結されている。ダブルオフセット型等速自在継手31は、外側継手部材32、内側継手部材33、ボール34および保持器35を主な構成としている。ツェッパ型等速自在継手1の外周面とシャフト12の外周面との間、およびダブルオフセット型等速自在継手31の外周面とシャフト12の外周面との間に、それぞれ蛇腹状ブーツ13、42がブーツバンド14、15、45、46により締付け固定されている。継手内部には、潤滑剤としてのグリースが封入されている。
【0059】
第1の実施形態の保持器5を高作動角時の強度を必要とする固定式等速自在継手に適用することにより、低コスト、高強度で、かつ耐摩耗性を従来の浸炭鋼(例えば、SCr415、SCM415)からなる保持器と同等にすることができ、ひいては、固定式等速自在継手およびドライブシャフトの低コスト、高強度、耐摩耗性を確保することができる。
【0060】
次に、本発明の第2の実施形態に係る等速自在継手用保持器を図6および図7に基づいて説明する。図6は、本実施形態の保持器を組み込んだ固定式等速自在継手の縦断面図であり、図7は、上記の保持器の縦断面図である。この等速自在継手61は、6個ボールタイプのアンダーカットフリー型等速自在継手である。等速自在継手61は、外側継手部材62、内側継手部材63、ボール64および保持器65を主な構成とする。
【0061】
外側継手部材62の球状内周面68には、6本のトラック溝66が円周方向等間隔に、かつ軸方向に沿って形成されている。内側継手部材63の球状外周面69には、外側継手部材62のトラック溝66と対向する6本のトラック溝67が円周方向等間隔に、かつ軸方向に沿って形成されている。外側継手部材62のトラック溝66と内側継手部材63のトラック溝67との間にトルクを伝達する6個のボール64が1個ずつ組み込まれている。外側継手部材62の球状内周面68と内側継手部材63の球状外周面69の間に、ボール64を保持する保持器65が配置されている。内側継手部材63の内周面76にはスプライン77が形成され、図示は省略するが、スプライン77にシャフトのスプラインが嵌合され、止め輪により軸方向に固定される。外側継手部材62の外周と、内側継手部材63に連結されたシャフトの外周とをブーツで覆い、継手内部には、潤滑剤としてグリースが封入される。
【0062】
本実施形態の保持器65においては、外側継手部材62の球状内周面68と嵌合する保持器65の球状外周面70の曲率中心Eと、内側継手部材63の球状外周面69と嵌合する保持器65の球状内周面71の曲率中心Fは、継手中心Oに対して軸方向に等距離で少量のオフセットが付与されている。このオフセット量f3は1mm以下である。外側継手部材62のトラック溝66は、奥側の円弧状トラック溝部66aと開口側の直線状トラック溝部66bとからなり、円弧状トラック溝部66aは曲率中心Gを有し、直線状トラック溝部66bは継手の軸線Xと平行に形成されている。内側継手部材63のトラック溝67は、開口側の円弧状トラック溝部67aと奥側の直線状トラック溝部67bとからなり、円弧状トラック溝部67aは曲率中心Hを有し、直線状トラック溝部67bは継手の軸線Xと平行に形成されている。外側継手部材62の円弧状トラック溝部66aの曲率中心Gと、内側継手部材63の円弧状トラック溝部67aは曲率中心Hは、継手中心Oに対して軸方向に等距離オフセットされている。継手が作動角をとった場合、外側継手部材62と内側継手部材63の両軸線がなす角度(作動角)を二等分する平面上にボール64が常に案内され、二軸間で等速に回転トルクが伝達される。
【0063】
この等速自在継手61においても、外側継手部材62と内側継手部材63の対向するトラック溝66、67は、外側継手部材62の奥側から開口側へ向って拡がった楔状をなしている。このため、保持器65には、前述した第1の実施形態の保持器5と同様に、ポケット荷重と、これに伴う球状外周面69、70と球状内周面71、68間に球面接触力が作用する。さらに、この等速自在継手61では、外側継手部材62と内側継手部材63のトラック溝66、67が直線状トラック溝部66b、67bを有しているので、第1の実施形態で前述した等速自在継手1より大きな、例えば50°程度の作動角をとることができる。また、直線状トラック溝部66b、67bを有するので、その楔角はさらに大きくなる。そのため、保持器65は十分な強度と耐摩耗性が必要である。
【0064】
図7に本実施形態の保持器を示す。図7は、保持器の柱部中央における縦断面図である。保持器65は、球状外周面70と球状内周面71を有するリング状に形成され、その周方向にボール64を収容する6個のポケット80が形成され、ポケット80、80間に柱部82が形成されている。保持器65の球状外周面70の曲率中心Eと、球状内周面71の曲率中心Fは、継手中心Oに対して軸方向に等距離で少量のオフセットが付与されている。このオフセット量f3は1mm以下であり、保持器65は、ほぼ均一な肉厚を有する。
【0065】
本実施形態の保持器65の材料は、第1の実施形態と同様に、炭素鋼であり、その成分は、C:0.41〜0.51質量%、Si:0.10〜0.35質量%、Mn:0.60〜0.90質量%、P:0.005〜0.030質量%、S:0.002〜0.035質量%を含有し、残部をFeおよび製鋼、精錬時に不可避的に残留する元素からなる。保持器65は、熱処理として浸炭焼入焼戻しが施されている。ポケット80の側面83が熱処理後に最終仕上げ加工されている。
【0066】
本実施形態の保持器65においても、保持器を形成する炭素鋼が、C:0.42〜0.48質量%を含有し、表面硬さがHRC58以上で、芯部硬さはHRC5〜5が好ましいことや、保持器の全硬化層深さを0.25〜0.55mmとすることが好ましいこと、さらには、保持器の表層の炭素濃度は0.55〜0.75質量%とすることが好ましいこと等については、前述した第1の実施形態の保持器5と同様であるので、重複説明を省略する。
【0067】
本発明の第3の実施形態に係る等速自在継手用保持器を図8〜10に基づいて説明する。本実施形態の保持器が組み込まれる等速自在継手は、摺動式のクロスグルーブ型等速自在継手である。この等速自在継手91は、外側継手部材92、内側継手部材93、ボール94および保持器95を主な構成とする。外側継手部材92の円筒状内周面98には6本のトラック溝96が形成されている。内側継手部材93の凸状外周面99には、外側継手部材92のトラック溝96と対向する6本のトラック溝97が形成されている。外側継手部材92の円筒状内周面98と内側継手部材93の凸状外周面99との間にボール94を保持する保持器95が配置されている。外側継手部材92と内側継手部材93の対をなすトラック溝96、97は、周方向で互いに逆方向に傾斜しており、両トラック溝96、97の交差部にボールが組み込まれている(図9参照)。このような構造であるため、ボール94とトラック溝96、97との間のがたつきを少なくすることができ、特に、がたつきを嫌う自動車のドライブシャフトやプロペラシャフトに多く用いられている。
【0068】
図9に示すように、外側継手部材92の内周にボール溝96a、96bが形成され、互いに隣り合ったボール溝96a、96bは、周方向で逆方向に傾斜している。内側継手部材93の外周にはボール溝97a、97bが形成され、互いに隣り合ったボール溝97a、97bも、周方向で逆方向に傾斜している。外側継手部材92と内側継手部材93の対をなすトラック溝96a、97a、又は96b、97bも互いに逆方向に傾斜し、対をなす各トラック溝間に1個ずつ、ボール94が組み込まれている。このような構造のため、継手が作動角をとった場合、外側継手部材92と内側継手部材93の両軸線がなす角度(作動角)を二等分する平面上にボール94が常に案内され、二軸間で等速に回転トルクが伝達される。
【0069】
内側継手部材93の内周面にはスプラインが形成され、このスプラインにシャフト102のスプラインが嵌合され、止め輪により軸方向に固定されている。潤滑グリースの洩れを防止し、また、異物が侵入するのを防止するため、外側継手部材92とシャフト102とにブーツ103が取り付けられ、外側継手部材92の反対側の端面にエンドプレート104が取り付けられている。
【0070】
図9および図10に示すように、保持器95は、円周方向に所定の間隔で配置した複数のポケット110を有している。保持器95の球状外周面100の曲率中心と球状内周面101の曲率中心は、保持器95の幅中心と一致しており、軸方向にオフセットは付与されていない。
【0071】
本実施形態の保持器95の材料も、第1の実施形態と同様に、炭素鋼であり、その成分は、C:0.41〜0.51質量%、Si:0.10〜0.35質量%、Mn:0.60〜0.90質量%、P:0.005〜0.030質量%、S:0.002〜0.035質量%を含有し、残部をFeおよび製鋼、精錬時に不可避的に残留する元素からなる。保持器5は、熱処理として浸炭焼入焼戻しが施されている。ポケット110の側面113が熱処理後に最終仕上げ加工されている。
【0072】
本実施形態の保持器95においても、保持器を形成する炭素鋼が、C:0.42〜0.48質量%を含有し、表面硬さがHRC58以上で、芯部硬さはHRC5〜5が好ましいことや、保持器の全硬化層深さを0.25〜0.55mmとすることが好ましいこと、さらには、保持器の表層の炭素濃度は0.55〜0.75質量%とすることが好ましいこと等については、前述した第1の実施形態の保持器5と同様であるので、重複説明を省略する。
【実施例】
【0073】
本発明の実施例および比較例を以下に説明する。まず、保持器の加工方法の概要を説明する。保持器の加工方法は、次に示すように何種類かある。
(1)鋼管→切断→据え込み→旋削→窓(ポケット)プレス→窓仕上げ→浸炭焼入焼戻し→最終仕上げ
(2)鋼管→切断→旋削→ローリング→旋削→窓プレス→窓仕上げ→浸炭焼入焼戻し→最終仕上げ
(3)棒鋼→切断→熱間鍛造→旋削→窓プレス→窓仕上げ→浸炭焼入焼戻し→最終仕上げ
上記の加工方法の各工程は、代表的な例を示すものであって、必要に応じて適宜変更や追加を行うことができる。例えば、据え込みやローリング加工後に加工硬化したものを軟化させるために、熱処理を加えたり、熱処理前の窓仕上げを省略する工程も考えられる。本発明は、加工方法に限定されるものではない。
【0074】
実施例および比較例は、前記(1)の工程に基づいて加工した。実施例1に用いた炭素鋼製の鋼管の材料成分を以下に示す。
[実施例1に用いた鋼管の材料成分]
C:0.45質量%、Si:0.24質量%、Mn:0.76質量%、P:0.014質量%、S:0.012質量%、Cu:0.02質量%、Cr:0.16質量%、Ni:0.03質量%、Mo:0.01質量%、Ti:0.001質量%、B:0.0001質量%を含有し、残部をFeおよび製鋼、精錬時に不可避的に残留する元素からなる。鋼管の硬さは、焼なまし後でHV185であった。
【0075】
比較例に用いた低合金鋼(JIS G 4052 SCr415)製の鋼管の材料成分を以下に示す。
[比較例に用いた鋼管の材料成分]
C:0.15質量%、Si:0.29質量%、Mn:0.73質量%、P:0.015質量%、S:0.018質量%、Cu:0.02質量%、Cr:1.00質量%、Ni:0.02質量%、Mo:0.01質量%、Ti:0.001質量%、B:0.0001質量%を含有し、残部をFeおよび製鋼、精錬時に不可避的に残留する元素からなる。鋼管の硬さは、焼なまし後でHV150であった。
【0076】
実施例および比較例の保持器は、自動車規格(JASO C 304−89:自動車の駆動軸用等速ジョイント 1989年3月31日制定 社団法人 自動車技術会 発行)の3ページの表3中の等速ジョイントの呼び25.4相当の8個ボールの固定式等速自在継手(許容最大作動角47°)の保持器を使用して加工した。保持器の球状外周面および球状内周面の曲率中心は、軸方向にオフセットしていなく、均一な肉厚を有する。
【0077】
加工の際、実施例1に用いた炭素鋼製の鋼管は、炭素量が増加しているため鋼管の硬度が増加した。切削工具は市販品から最適なものを選定し、窓(ポケット)抜きパンチの材質も市販材から最適なものを選定することにより、実施例1を加工した切削工具の寿命やパンチの寿命は、低合金鋼製の鋼管を用いた比較例と同レベルで容易に加工可能であった。
【0078】
浸炭焼入焼戻しの条件を表1に示す。表1の浸炭焼入焼戻し後の特性値は、図3および図4に示す保持器5の柱部22の浸炭肌のままの部位の断面硬度の測定結果である。表1において、焼入油のJIS 1種1号およびJIS 2種2号はJIS K2242に基づく。焼戻条件は、180℃×120分である。図11に比較例と実施例の浸炭条件を模式的に示す。また、図12に比較例と実施例3の保持器の柱部の浸炭肌のままの部位の断面硬度の測定結果を示す。実施例1と実施例2は、同一の材料で浸炭のカーボンポテンシャル(以下、CPという)を同一とし、実施例1、実施例2として、浸炭時間を変えて全硬化層深さの異なる保持器を製作した。実施例3は、実施例1と同じ材料で浸炭時のCPを増加し(CP:0.75質量%)、実施例3として、浸炭後の表面炭素濃度を増加させた保持器を製作した。
【0079】
実施例1、実施例2、実施例3および比較例の保持器とボール、外側継手部材、内側継手部材とをマッチングし、その他の部品を組み付けて固定式等速自在継手を組み立てた。この等速自在継手を用いて強度試験と寿命試験を実施した。実施例および比較例について、各4本の試験を実施し、平均値で比較評価した結果を表2に示す。
【0080】
[強度試験(準静捩り試験)]
試験の結果、比較例の強度を基準にして、実施例1は15%強度が向上し、実施例2では6%強度し、実施例3は3%強度が向上した。実施例1と実施例2および実施例3の保持器は、比較例の保持器に対して、表層の炭素濃度が低下し芯部硬さが増加しているので、強度が向上すると考えられる。
【0081】
[転動寿命試験]
試験の結果、比較例の転動寿命を基準にして、実施例1、2、3は同等の結果であった。芯部硬さが増加し、表面硬度の低下分を補強したことにより、転動寿命が同等となったと考えられる。
【0082】
表1と図11の浸炭処理条件が示すように、炭素鋼を用いた実施例1および実施例2は、浸炭温度が比較例に比べて低く、加熱や冷却に要する時間が短く、さらに、浸炭時間は、浸炭鋼を用いた比較例に比べて、短縮することができ、熱処理コストの低減と生産性の向上を図れることが確認できた。
【0083】
図12において、HV615の芯部硬さから硬さが増加する深さが全硬化層深さである。浸炭時のCPを増加し(CP:0.75質量%)、浸炭後の表面炭素濃度を増加させた実施例3は、比較例より表層の炭素濃度は低く、表面の靭性が増し硬化深さを増加しても、強度の低下は少ない。そのため、全硬化層深さの増加が可能となり、上限が0.75mmまで可能となった。
【0084】
以上の各実施形態では、保持器を組み込む固定式等速自在継手としてツェッパ型等速自在継手、アンダーカットフリー型等速自在継手、摺動式等速自在継手としてクロスグルーブ型等速自在継手を示したが、これに限定されるものではない。上記の他に、固定式等速自在継手として、交差溝タイプの等速自在継手、カウンタートラック形式の等速自在継手などにも適宜適用することができる。また、ボールの個数は6個と8個のものを示したが、これに限定されるものではなく、3〜5個、8個や10個以上でも実施することができる。
【0085】
加えて、トラック溝とボールとが接触角をもって接触するアンギュラコンタクトの実施形態を示したが、これに限られず、トラック溝の横断面形状を円形状に形成したサーキュラコンタクトにしてもよい。
【0086】
さらに、本発明は前述した実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々の形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。
【符号の説明】
【0087】
1、61、91 等速自在継手
2、62、92 外側継手部材
3、63、93 内側継手部材
4、64、94 トルク伝達ボール
5、65、95 保持器
6、66、96 トラック溝
7、67、97 トラック溝
10、70、100 球状外周面
11、71、101 球状内周面
12、102 シャフト
20、80、110 ポケット
23、83、113 側面
A 曲率中心
B 曲率中心
E 曲率中心
F 曲率中心
G 曲率中心
H 曲率中心
K 窓寸法
O 継手中心
X 継手の軸線
f1 オフセット量
f2 オフセット量
f3 オフセット量
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15