(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
引張強度が1000MPa以上であり、マルテンサイトおよび/またはベイナイトの合計面積率が80%以上の組織を有する鋼板について、その鋼板の切断端部にて遅れ破壊により発生するき裂の深さを予測する方法であって、
前記鋼板の切断端面に直交する板厚断面に対し、無ひずみ部にてEBSP測定を行うことで、無ひずみ部における結晶方位データを得る無ひずみ部結晶方位データ取得工程と、
前記板厚断面に対し、前記切断端部でのEBSP測定を行うことで、前記切断端部における結晶方位データを得る切断端部結晶方位データ取得工程と、
前記無ひずみ部における結晶方位データより、当該無ひずみ部における平均KAM(Kernel Average Misorientation)値K0を算出する無ひずみ部KAM値算出工程と、
前記切断端部における結晶方位データより、前記切断端面からその対向端面方向に向かって一定距離ごとに所定測定領域における平均KAM値K1を算出する切断端部KAM値算出工程と、
前記無ひずみ部における平均KAM値K0と、前記切断端部における、前記一定距離ごとの所定測定領域における平均KAM値K1を比較し、K1がK0より[前記結晶方位データの測定間隔(単位:μm)×2]°以上大きいという条件を満たす所定測定領域のうち、前記切断端面から最遠の所定測定領域までの距離をき裂深さと決定するき裂深さ決定工程と、
を有することを特徴とする、
鋼板切断端部における遅れ破壊により発生するき裂の深さ予測方法。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化と衝突安全性を両立させるために、骨格部品に用いられる自動車用鋼板に対して高強度化が求められている。しかしながら、自動車用鋼板としての高強度鋼板の採用には遅れ破壊の懸念があり、高強度化の障害となっている。
【0003】
ここで、遅れ破壊とは、静的荷重が負荷された状態において一定時間が経過した後に、鋼が脆性的に破壊する現象であり、鋼中に侵入した水素に起因すると考えられている。また、鋼板に塑性ひずみが導入された場合には遅れ破壊が促進することが報告されている。
【0004】
特に、薄鋼板のせん断加工による切断端部には大きな塑性ひずみが導入されているためにせん断加工の影響を受けていない無ひずみ部に比べて耐遅れ破壊特性が劣っており、薄鋼板は切断端部から遅れ破壊が発生しやすいとされる。実際の使用環境において切断端部で遅れ破壊が発生し大きなき裂に成長すれば、部材強度を劣化させて重大な事故につながる可能性がある。そのため、実際の使用環境における鋼板の切断端部における遅れ破壊により発生するき裂の深さを見積もる方法の確立が切望されている。
【0005】
実環境下での遅れ破壊特性を評価する試験としては、大気環境下で暴露し、遅れ破壊発生の有無や発生までの時間を指標とする大気暴露試験がある(非特許文献1)。しかしながら、大気暴露試験では試験期間が数ヶ月〜数年と非常に長期に及ぶことから、工業的な特性評価試験としては不向きであった。
【0006】
また、公知の促進試験方法として酸性の溶液への浸漬試験があるが、例えば非特許文献2に記載されるような塩酸浸漬では実環境に比べて腐食速度が著しく大きくなる場合があり、実環境での試験結果とは異なる結果が得られることがある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明の目的は、鋼板の切断端部にて遅れ破壊により発生するき裂の深さを、短時間でかつ精度良く予測しうる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1発明に係る鋼板切断端部における遅れ破壊により発生するき裂の深さ予測方法は、
引張強度が1000MPa以上であり、マルテンサイトおよび/またはベイナイトの合計面積率が80%以上の組織を有する鋼板について、その鋼板の切断端部にて遅れ破壊により発生するき裂の深さを予測する方法であって、
前記鋼板の切断端面に直交する板厚断面に対し、無ひずみ部にてEBSP測定を行うことで、無ひずみ部における結晶方位データを得る無ひずみ部結晶方位データ取得工程と、
前記板厚断面に対し、前記切断端部でのEBSP測定を行うことで、前記切断端部における結晶方位データを得る切断端部結晶方位データ取得工程と、
前記無ひずみ部における結晶方位データより、当該無ひずみ部における平均KAM(Kernel Average Misorientation)値K0を算出する無ひずみ部KAM値算出工程と、
前記切断端部における結晶方位データより、前記切断端面からその対向端面方向に向かって一定距離ごとに所定測定領域における平均KAM値K1を算出する切断端部KAM値算出工程と、
前記無ひずみ部における平均KAM値K0と、前記切断端部における、前記一定距離ごとの所定測定領域における平均KAM値K1を比較し、K1がK0より[前記結晶方位データの測定間隔(単位:μm)×2]°以上大きいという条件を満たす所定測定領域のうち、前記切断端面から最遠の所定測定領域までの距離をき裂深さと決定するき裂深さ決定工程と、
を有することを特徴とする。
【0010】
本発明の第2発明に係る鋼板切断端部における遅れ破壊により発生するき裂の深さ予測方法は、
上記第1発明において、
前記無ひずみ部結晶方位データ取得工程にて、
前記無ひずみ部で、100μm
2以上の測定領域内の各測定点で測定された結晶方位データから算出された複数のKAM値を算術平均して平均KAM値K0を得るとともに、
前記切断端部KAM値算出工程にて、
前記切断端部で、前記切断端面から5〜75μmの前記一定距離ごとに、板厚×前記対向端面方向0.5〜2μm幅の前記所定測定領域から得られた結晶方位データを用いるにあたり、前記所定測定領域を、板厚方向20〜300μm厚みの複数の測定区間に分割し、この複数の測定区間のそれぞれの測定区間内における各測定点でのKAM値を算術平均して前記それぞれの測定区間における平均KAM値を求め、これらそれぞれの測定区間における平均KAM値のうちで最大のものを当該所定測定領域における平均KAM値K1とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、鋼板の切断端部および無ひずみ部のそれぞれで測定した結晶方位データから算出した方位差(KAM値)を用いて、切断時に導入された塑性ひずみ量を評価することで、鋼板の切断端部にて遅れ破壊により発生するき裂の深さを、短時間でかつ精度良く予測する方法を提供できるようになった。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について、図面を参照しつつ、さらに詳細に説明する。
【0014】
〔本発明の適用対象鋼板〕
本発明に係る予測方法を適用する対象鋼板は、「引張強度が1000MPa以上であり、マルテンサイトおよび/またはベイナイトの合計面積率が80%以上の組織を有する鋼板」である。
【0015】
遅れ破壊は、主に高強度鋼で発生する現象であり、引張強度が1000MPaに満たない鋼板においては本発明に係る予測方法で見積もられる(予測される)き裂深さと大気環境下での暴露試験の結果として得られるき裂深さが異なる場合がある。
【0016】
また、引張強度が1000MPa以上の鋼板の組織は、硬質なマルテンサイトやベイナイトを主相とすることがほとんどであるが、主相以外の第2相の割合が大きくなりすぎると、組織に対応した非常にミクロな塑性ひずみ分布が生じるために、本発明に係る予測方法で見積もられる(予測される)き裂深さと大気環境下での暴露試験の結果として得られるき裂深さが異なる場合がある。
【0017】
よって、本発明に係る予測方法の適用対象鋼板は、「引張強度が1000MPa以上であり、マルテンサイトおよび/またはベイナイトの合計面積率が80%以上の組織を有する鋼板」とした。
【0018】
なお、上記適用対象鋼板の板厚については特に限定されないが、本発明に係る予測方法は、板厚3mm未満の薄鋼板に適用するのが特に好ましい。
【0019】
〔本発明の主要構成〕
本発明に係る予測方法は、
図1に示すように、EBSP測定により無ひずみ部における結晶方位データを取得する無ひずみ部結晶方位データ取得工程(ステップS1)と、EBSP測定により切断端部における結晶方位データを取得する切断端部結晶方位データ取得工程(ステップS2)と、無ひずみ部における結晶方位データから平均KAM値K0を算出する無ひずみ部KAM値算出工程(ステップS3)と、切断端部における結晶方位データから、切断端部から一定距離ごとの平均KAM値K1を算出する切断端部KAM値算出工程(ステップS4)と、K1≧K0+[結晶方位データ測定間隔(単位:μm)×2]°を満たす切断端面からの最大距離をき裂深さと決定するき裂深さ決定工程(ステップS5)と、を主な構成として有している。
【0020】
ここで、無ひずみ部結晶方位取得工程(ステップS1)と切断端部結晶方位取得工程(ステップS2)は、どちらを先に行ってもよい。また、無ひずみ部KAM値算出工程(ステップS3)と切断端部KAM値算出工程(ステップS4)は、どちらを先に行ってもよい。以下、各工程について、実施形態に基づき、詳細に説明する。
【0021】
[第1実施形態]
(1)無ひずみ部結晶方位データ取得工程
本工程は、前記鋼板の切断端面に直交する板厚断面に対し、無ひずみ部にてEBSP測定を行うことで、無ひずみ部における結晶方位データを得る工程である。
【0022】
鋼板の切断端部は塑性ひずみ分布を有している。すなわち、
図2に模式的に示すように、塑性ひずみ量(局所の平均KAM値)は、切断端部に近いほど大きく、切断端部から遠ざかるほど小さくなる。本発明においては、この塑性ひずみ分布を定量的に評価する必要があることから、鋼板の切断端面に直交する板厚断面に対しEBSP測定を行う。
【0023】
ここで、EBSPとは、試験片表面に電子線を入射させたときに発生する反射電子から得られた菊池パターン(「菊池線」ともいう。)のことであり、この菊池パターンを解析することにより、電子線入射位置における結晶方位を決定することができるものである。また、菊池パターン(菊池線)とは、結晶に当たった電子線が散乱して回折された際に、白黒一対の平行線や帯状またはアレイ状に電子線回折像の背後に現れるパターンのことを指す。
【0024】
EBSPによる結晶方位の決定は、通常の顕微鏡観察では同一と判断される組織であって結晶方位差の異なる板厚方向の鋼組織を、(1) 色調差によって識別できる、(2) TEM(透過型電子顕微鏡;Transmission Electron Microscope)では難しいバルク(塊状)試料の測定が可能である、(3) 観察用の薄膜試料の作成が不要である、(4) 測定・解析時間を飛躍的に短縮することが可能である、等の利点がある。
【0025】
EBSPによる結晶粒のひずみ量の測定は、EBSP検出器を備えたFE−SEM(電界放射型 走査型電子顕微鏡;Field Emission−Scanning Electron Microscope)を用いた組織評価によって行なうことが好ましい。FE−SEMによって試験片の表面に電子線を2次元で走査し、所定のピッチごとに結晶方位を測定することで、試験片表面における結晶方位データを解析することができる。なお、EBSP検出器を備えたFE−SEMとしては、例えば、「日本電子社製 電界放出型走査電子顕微鏡 JSM−6500F」を用いることができる。
【0026】
無ひずみ部BにおけるEBSPによる測定領域B1としては、
図3および
図4に示すように、例えば、切断端面11から10mm以上離れた位置で、鋼板(試験片)1の板厚tの1/4の深さ位置(t/4)を中心とする一定領域を測定領域B1とし、その測定領域B1の面積としては100μm
2以上とするのが望ましい。
【0027】
ここで、「切断端面11から10mm以上離れた位置」とするのは、切断端部Aに導入された塑性ひずみの影響を無視できる位置で測定するためである。また、「板厚tの1/4深さ位置」とするのは、成分の偏析や特殊な組織が存在する可能性のある表面部や板厚中心部を避けて平均的な成分組成および組織を有する板厚中間部で測定するためである。また、「一定領域B1の面積としては100μm
2以上」とするのは、十分な広さの領域にて多数の測定点で測定することで、無ひずみ部Bにおける代表的な結晶方位データを得るためである。なお、より好ましい一定領域Bの面積は400μm
2以上、特に好ましい一定領域Bの面積は1000μm
2以上である。
【0028】
以下、結晶方位データの測定手段について、具体的に説明する。
【0029】
先ず、切断端面を有する鋼板を、その切断端面に直交する板厚方向に切断し、その切断面を測定面とするため研磨するが、研磨による組織変化の影響を防ぐため電解研磨を行なうことが好ましい。
【0030】
次に、FE−SEMの鏡筒内に試験片をセットして測定部位に電子線を照射し、スクリーン上にEBSPを投影する。これを高感度カメラで撮影してコンピュータに画像データとして取り込む。そして、EBSPの画像解析を行ない、既知の結晶系(FCC:面心立方格子、BCC:体心立方格子)を用いたシミュレーションによるパターンとの比較によって、認識した結晶系の方位決定を行なう。なお、解析に用いるソフトウェアとしては、例えば、「EDAX−TSL社製 OIM(Orientation Imaging Microscopy)Analysis6×64」を用いることができる。なお、粒界等を含む方位角決定の信頼性が著しく低いCI≦0.1のデータを除外して解析することが好ましい。
【0031】
(2)切断端部結晶方位データ取得工程
次に、切断端部AにおけるEBSPによる測定領域A1としては、
図3に示すように、例えば、板厚中央位置を中心とする板厚方向所定厚さ(例えば40μm)×切断端面11からその図示しない対向端面方向の所定距離まで(例えば0〜300μm)の範囲を測定領域A1として選択すればよい(後記実施例における発明例1、3参照)。これにより、大気暴露試験を実施することなく、短時間の測定で精度良くき裂深さを見積もる(予測する)ことが可能となる。
【0032】
結晶方位データの測定手段については、上記無ひずみ部結晶方位データ取得工程で説明した手段と同様の手段を用いればよい。
【0033】
(3)無ひずみ部KAM値算出工程
上記無ひずみ部Bにおける結晶方位データから、当該無ひずみ部Bにおける平均KAM(Kernel Average Misorientation)値K0を算出する。無ひずみ部Bにおける平均KAM値K0は、測定領域B1の全測定点におけるKAM値を算術平均することで求めることができる。
【0034】
EBSPによる結晶粒の方位差の評価としては、KAM(Kernel Average Misorientation)を用いることで、局所的な方位差を定量評価できる。KAMは、局所的な方位変化に基づくひずみ分布を示すものであり、各測定点において、隣り合う6つのピクセル間の方位差の平均値によって表されるものである。ピクセル間における微小な角度変化は、その領域に導入された塑性ひずみ量によって決定される転位密度と対応するものと考えることができる。そのため、KAM値を用いて局所的な方位変化に基づく塑性ひずみ分布を評価することができる。
【0035】
ここで、隣接する測定点間で5°を超える方位差があった場合は、その方位差は亜粒界やセル壁と考えてKAMの計算から除いている。したがって、5°以下の方位差のみを結晶粒内の方位揺らぎと考えて解析を行った。
【0036】
(4)切断端部KAM値算出工程
次に、上記無ひずみ部KAM値算出工程と同様にして、上記切断端部Aにおける測定領域A1で測定した結晶方位データより、切断端面11から対向端面方向に向かって一定幅(例えば1μm)の所定測定領域A11ごとに平均KAM値K1を算出する。
【0037】
(5)き裂深さ決定工程
無ひずみ部Bにおける平均KAM値K0と、切断端部Aにおける所定測定領域A11ごとの平均KAM値K1を比較し、K1がK0より[結晶方位データの測定間隔t1(単位:μm)×2]°以上大きいという条件を満たす測定領域A1のうち、切断端面11から最遠の所定測定領域A11までの距離をき裂深さと決定する。
【0038】
本発明者らは、上述のように、切断端部における遅れ破壊の支配因子が塑性ひずみ量であることを見出し、塑性ひずみ量を評価する指標としてEBSPを用いて得られる結晶方位データから算出されるKAM値を用いる方法を考案するに至った。そして、種々の鋼板について、本発明に係る予測方法を用いて予測したき裂深さと、大気暴露試験によって実際に測定したき裂深さを比較することで、切断端部の平均KAM値が無ひずみ部の平均KAM値より[結晶方位データの測定間隔(単位:μm)×2]°以上大きいという条件を満たす測定領域では遅れ破壊が発生することを知見した。そして、この知見に基づき、上記条件を満たす測定領域の中で切断端面から最も離れた測定領域と切断端面の距離によってき裂深さを見積もることができることを見出したものである。
【0039】
なお、無ひずみ部の平均KAM値との差異が結晶方位データの測定間隔に依存するのは、KAM値の絶対値自体が結晶方位データの測定間隔に依存して変化するためである。本発明におけるEBSP測定においては、KAM値の絶対値は結晶方位データの測定間隔に比例することが知られている。そして、
図2に示すように、上記測定間隔が0.1μmのときには、無ひずみ部との平均KAM値の差異が0.2°以上の測定領域のうち、切断端面から最遠の測定領域までの距離をき裂深さとして見積もることができることがわかった。そこで、上記のように、無ひずみ部の平均KAM値との差異のしきい値を、[結晶方位データの測定間隔(単位:μm)×2]°と規定したものである。
【0040】
[第2実施形態]
本実施形態は、上記第1実施形態と、上記(2)切断端部結晶方位データ取得工程と(4)切断端部KAM値算出工程が異なるものである。なお、上記(1)無ひずみ部結晶方位データ取得工程、(3)無ひずみ部KAM値算出工程、および、(5)き裂深さ決定工程については、上記第1実施形態と共通であるので説明を省略する。
【0041】
(2)切断端部結晶方位データ取得工程
切断端部AにおけるEBSPによる測定領域A11としては、
図4に示すように、切断端面11からその図示しない対向端面方向の所定距離(例えば300μm)までの範囲で、切断端面11から5〜75μmの一定距離Lごとに、板厚t×前記対向端面方向0.5〜2μm幅dの所定測定領域A11とするのがより好ましい(後記実施例における発明例2、4参照)。これにより、より短時間の測定で精度良くき裂深さを予測することができる。
【0042】
ここで、一定距離Lを5〜75μmとするのは、一定距離Lを小さくしすぎると、切断端部Aにおける測定点が多くなりすぎて測定時間が過大となる一方、一定距離Lを大きくしすぎると、き裂深さの予測精度が劣化するためである。さらに好ましい一定距離Lは20〜70μmであり、特に好ましい一定距離L50μmである。
【0043】
また、幅dを0.5〜2μmとするのは、幅dを小さくしすぎると、き裂深さの予測精度が劣化する一方、幅dを大きくしすぎると、切断端部Aにおける測定点が多くなりすぎて測定時間が過大となるためである。さらに好ましい幅dは0.7〜1.5μmであり、特に好ましい幅dは1.0μmである。
【0044】
結晶方位データの測定間隔Δtは0.02〜0.5μmとするのが好ましい。これは、マルテンサイトやベイナイトのブロック間隔が1μm程度であることから、0.5μmを超える測定間隔ではブロック内の方位差を評価することが難しく、一方、0.02μm未満の測定間隔では測定に時間が掛かりすぎることから実用的な方法となり得ないからである。さらに好ましい測定間隔Δtは0.05〜0.2μmであり、特に好ましい測定間隔Δtは0.1μmである。
【0045】
(4)切断端部KAM値算出工程
上記切断端部Aにおいて、切断端面11からその図示しない対向端面方向に向かって一定距離Lごとに、板厚t×対向端面方向幅dの所定測定領域A11で測定した結晶方位データより、切断端面11から対向端面方向に向かって一定距離Lごとに所定測定領域A11における平均KAM値K1を算出する。
【0046】
なお、所定測定領域A11における平均KAM値K1を算出するにあたり、
図4に示すように、所定測定領域A11を、板厚方向20〜300μm厚みt1の複数の区間A2i(i=1〜n;nは分割数)に分割し、この複数の区間A2i(i=1〜n)のそれぞれの区間内における各測定点でのKAM値を算術平均して前記それぞれの区間における平均KAM値K1i(i=1〜n)を求め、これらそれぞれの区間A2i(i=1〜n)における平均KAM値K1i(i=1〜n)のうちで最大のものを当該所定測定領域A11における平均KAM値K1とすることが、さらに好ましい。
【0047】
シャー切断等により切断端部に導入された塑性ひずみ量は、板厚方向で分布を持つが、板厚方向のどの位置で最大になるかは鋼板の材質や切断条件等により種々変化するため、それに応じて、遅れ破壊により切断端部に発生するき裂の板厚方向における発生位置も種々変化する。このため、上記のように、切断端面からの一定距離ごとに板厚方向で最大となる平均KAM値を代表値とすることで、板厚断面内においてき裂が最も発生しやすい場所を2次元的に予測することが可能となり、き裂深さの予測精度がより向上することとなる。
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することももちろん可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0049】
〔発明例〕
(使用鋼板)
本実施例では、下記表1に示す引張強度および鋼組織を有する2種類の鋼板を使用した。なお、これらの鋼板は、従来公知の方法で製造されたものであり、その板厚はともに1.0mmである。
【0050】
(各相の面積率の測定方法)
下記表1に記載の各相の面積率は、以下のようにして測定した。すなわち、供試材となる各鋼板を鏡面研磨し、その表面を3%ナイタール液で腐食して金属組織を顕出させた後、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて板厚1/4部の概略40μm×30μmの領域5視野について倍率2000倍で観察し、黒く観察される領域のうち、内部に白く観察される炭化物を含むものをベイナイト、灰色にみえる領域をマルテンサイトとそれぞれ定義した。なお、ベイナイト、マルテンサイトの内部には炭化物が存在する場合があるが、炭化物はこれを含有する組織(マルテンサイトまたはベイナイト)の一部であるとみなして、マルテンサイト、ベイナイトの面積率を求めた。
【0051】
【表1】
【0052】
(切断端面を有する鋼板の作製)
上記板厚1.0mmの平板状の鋼板に対し、シャー切断を施すことで、切断端面を有する鋼板を作製した。なお、切断端面が30mm幅となるように、30mmW×50mmL×1.0mmtの大きさに切断した。
【0053】
(EBSP測定)
上記30mmW×50mmL×1.0mmtの鋼板の切断端面に直交する板厚断面を観察するため、放電加工によって15mmW×50mmL×1.0mmtとなるように切断し、その放電加工切断面に対して電解研磨を行い、測定間隔0.1μmでEBSP測定を行った。EBSP測定には「日本電子社製 電界放出型走査電子顕微鏡 JSM−6500F」を用いた。
【0054】
そして、無ひずみ部としては、切断端面からその対向端面方向に15mm離れた位置で、板厚1/4の位置を中心とする40μm×40μmの領域でEBSP測定を行った。
【0055】
また、切断端部としては、発明例1、3では、板厚中央位置を中心とする板厚方向40μm×切断端面からの距離0〜300μmの領域でEBSP測定を行った。
【0056】
一方、同切断端部として、発明例2、4では、切断端面から300μmまでの範囲で、切断端面からの距離50μmごとに、板厚×1μm幅の領域をEBSP測定した。
【0057】
(KAM値の算出)
解析ソフトウェアとしては、「EDAX−TSL社製 OIM 6×64」を用いて、各測定点におけるKAM値を算出した。なお、粒界等を含む方位角決定の信頼性が著しく低いCI≦0.1のデータを除外して解析を行った。ここで、隣接する測定点間で5°を超える方位差があった場合は、その方位差は亜粒界やセル壁と考えてKAMの計算から除外した。したがって、5°以下の方位差のみを結晶粒内の方位揺らぎと考えて解析を行った。
【0058】
無ひずみ部の平均KAM値K0としては、上記40μm×40μmの測定視野全体のKAM値を平均することで求めた。
【0059】
切断端部においては、発明例1、3では、切断端面から一定幅1μm×板厚方向40μmの測定領域ごとに各測定点におけるKAM値を算術平均することで、切断端面からの一定距離1μmごとの平均KAM値K1を求めた(上記第1実施形態に相当)。
【0060】
一方、実施例2、4では、一つの測定領域(板厚×1μm幅)を板厚方向40μmごとに分割し、この分割された複数区間のそれぞれの区間ごとに平均KAM値を求め、これらの平均KAM値のうち最大のものを、その一つの測定領域全体の平均KAM値の代表値として算出し、切断端面から一定距離50μmごとの平均KAM値K1を求めた(上記第2実施形態に相当)。
【0061】
(き裂深さの見積り)
そして、切断端部における一定距離ごとの平均KAM値K1が、無ひずみ部における平均KAM値K0より[測定間隔(単位:μm)×2]°以上大きいという条件を満たすもののうち、切断端面から最遠の測定領域までの距離をき裂深さとした。
【0062】
〔参考例〕
本発明の適用性を評価するための基準となる参考例として、上記発明例と同じ2種類の鋼板を用い、上記発明例と同じ方法および条件で作製した、切断端部を有する鋼板に対し、大気暴露試験を実施した。大気暴露試験は、JIS Z 2381に準拠した方法にて、大気中に48ヶ月放置する条件で行った。大気暴露試験実施後は、放電加工によって上記発明例と同じ寸法に切断した切断面について、鏡面研磨を行い、光学顕微鏡を用いてき裂を観察し、そのき裂深さを測定した。
【0063】
〔比較例〕
また、比較例として、上記発明例と同じ2種類の鋼板を用い、上記発明例と同じ方法および条件で作製した、切断端部を有する鋼板に対し、塩酸浸漬試験を実施した。塩酸浸漬試験は、pHを1.0、液温を25℃に管理した塩酸に48時間浸漬する条件で行った。塩酸浸漬試験実施後は、上記参考例と同じく、放電加工によって上記発明例と同じ寸法に切断した切断面について、鏡面研磨を行い、光学顕微鏡を用いてき裂を観察し、そのき裂深さを測定した。
【0064】
〔測定結果〕
測定結果を下記表2に示す。なお、同表において、「大気暴露試験でのき裂深さとの差異」とは、同一鋼種について、大気暴露試験で測定されたき裂深さLc
0と、各試験で予測ないし測定されたき裂深さLcとの差の絶対値|Lc
0−Lc|を意味する。また、|Lc0−Lc|が50μm未満の場合には、き裂深さの予測精度が特に優れた評価法であるとして◎、|Lc
0−Lc|が50μm以上100μm未満の場合には、き裂深さの予測精度が優れた評価方法であるとして○、|Lc
0−Lc|が100μm以上の場合には、き裂深さの予測精度が劣る評価方法であるとして×でそれぞれ表示し、◎および○を合格とした。
【0065】
同表から明らかなように、従来からの促進試験の一つである塩酸浸漬試験で測定されたき裂深さは、大気暴露試験で測定されたき裂深さと大きくかい離しており、き裂深さの予測精度が劣るのに対し、本発明に係る予測方法を用いることで、き裂深さの予測精度が大幅に向上することが確認された。
【0066】
【表2】