特許第6166661号(P6166661)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6166661高分解能の質量分析および関連する分析による石油の組成モデルの形成
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6166661
(24)【登録日】2017年6月30日
(45)【発行日】2017年7月19日
(54)【発明の名称】高分解能の質量分析および関連する分析による石油の組成モデルの形成
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20170710BHJP
【FI】
   G01N27/62 V
   G01N27/62 X
【請求項の数】6
【全頁数】31
(21)【出願番号】特願2013-544800(P2013-544800)
(86)(22)【出願日】2011年12月16日
(65)【公表番号】特表2014-500506(P2014-500506A)
(43)【公表日】2014年1月9日
(86)【国際出願番号】US2011065313
(87)【国際公開番号】WO2012083095
(87)【国際公開日】20120621
【審査請求日】2014年12月11日
(31)【優先権主張番号】13/167,816
(32)【優先日】2011年6月24日
(33)【優先権主張国】US
(31)【優先権主張番号】61/423,797
(32)【優先日】2010年12月16日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】390023630
【氏名又は名称】エクソンモービル リサーチ アンド エンジニアリング カンパニー
【氏名又は名称原語表記】EXXON RESEARCH AND ENGINEERING COMPANY
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100138863
【弁理士】
【氏名又は名称】言上 惠一
(74)【代理人】
【識別番号】100132252
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 環
(72)【発明者】
【氏名】クアンナン・キアン
(72)【発明者】
【氏名】キャスリーン・イー・エドワーズ
(72)【発明者】
【氏名】アンソニー・エス・メニトー
(72)【発明者】
【氏名】ローランド・ビー・セガー
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−191077(JP,A)
【文献】 特開平10−036859(JP,A)
【文献】 特開2006−258818(JP,A)
【文献】 特開2009−242738(JP,A)
【文献】 特開2002−302680(JP,A)
【文献】 特開2004−269706(JP,A)
【文献】 特開平03−115837(JP,A)
【文献】 Characterization of Heavy Oil by FT-ICR MS Coupled with Various Ionization Techniques,Keiko Miyabayashi,Journal of the Japan Petroleum Institute,2009年,52/4,159-171
【文献】 宮林恵子,質量分析法による重質油の詳細構造解析--分離法との組み合わせによる全成分解析を目指して ,PETROTECH,2010年 8月,33/8,589-593
【文献】 MCKENNA AMY M,HEAVY PETROLEUM COMPOSITION. 1. EXHAUSTIVE COMPOSITIONAL ANALYSIS OF ATHABASCA BITUMEN HVGO DISTILLATES BY FOURIER TRANSFORM ION CYCLOTRON RESONANCE MASS SPECTROMETRY:A DEFINITIVE TEST OF THE BODUSZYNSKI MODEL,ENERGY & FUELS,米国,AMERICAN CHEMICAL SOCIETY,2010年 5月20日,V24 N5,P2929-2938,
【文献】 Young Hwan Kim,Improved Abundance Sensitivity of Molecular Ions in Positive-Ion APCI MS Analysis of Petroleum in Toluene ,Journal of the American Society for Mass Spectrometry,2009年11月,21/3,386-392
【文献】 田中隆三,石油精製における重質油の構造と反応性,PETROTECH,1999年11月,22/11,898-904
【文献】 VERSTRAETE J J,MOLECULAR RECONSTRUCTION OF HEAVY PETROLEUM RESIDUE FRACTIONS,CHEMICAL ENGINEERING SCIENCE,2010年 1月 1日,V65 N1,P304-312
【文献】 PORTER D J,ANALYSIS OF PETROLEUM RESINS USING ELECTROSPRAY IONIZATION TANDEM MASS SPECTROMETRY,ENERGY & FUELS,米国,AMERICAN CHEMICAL SOCIETY,2004年 7月 1日,V18 N4,P987-994
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60−27/70
G01N 33/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
石油の残油の試料の組成モデルを決定する方法であって、
(a)前記残油の試料を、アスファルテンと脱歴油(DAO)とに分離し、
前記脱歴油(DAO)を、飽和分、芳香族分、硫化分および極性分を含む化学的に有意なクラスに分離
前記芳香族分を、単環芳香族分(ARC1)、二環芳香族分(ARC2)、三環芳香族分(ARC3)、四環以上の芳香族分(ARC4+)を含む芳香環クラス画分に分離する、工程と、
(b)フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FTICR−MS)において、
前記アスファルテンについては大気圧光イオン化(APPI)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)および/または直接レーザーイオン化(LDI)を用いて、前記硫化分および前記芳香環クラス画分については大気圧光イオン化(APPI)を用いて、前記飽和分については電界脱離または電界イオン化を用いて、前記極性分については正イオンエレクトロスプレーイオン化(PESI)および/または負イオンエレクトロスプレーイオン化(NESI)を用いて
前記アスファルテン、前記飽和分、前記硫化分および前記極性分ならびに前記芳香環クラス画分のそれぞれの分子イオンまたは擬分子イオンを得る工程と、
(c)前記FTICR−MSから前記アスファルテン、前記飽和分、前記硫化分および前記極性分ならびに前記芳香環クラス画分において、前記分子イオンまたは擬分子イオンの元素式を決定し、それらの構造を帰属し、それらの対応する濃度を定量する工程と、
(d)前記工程(c)の後、前記アスファルテン、前記飽和分、前記硫化分および前記極性分ならびに前記芳香環クラス画分の組成を組み合わせる工程、
(e)前記残油、前記アスファルテン、前記飽和分、前記硫化分および前記極性分ならびに前記芳香環クラス画分のバルクの性質、NMRによる平均構造およびFDMSによる分子量分布を測定する工程、
(f)組成モデルを得るために、前記工程(e)によって測定される性質に適合するように前記工程(a)〜(d)から得られる分子の組成を調整する工程
を含む方法。
【請求項2】
前記残油の分離が、オンラインクロマトグラフィーにより行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分子イオンまたは擬分子イオンの構造がイオン化後に無傷のままである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記調整工程が、水素、硫黄、窒素、ニッケルおよびバナジウムの含有率を含むバルク元素の性質を使用する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記調整工程が、芳香族炭素%(Ca)、平均芳香族クラスターサイズ(C#)、長鎖中の炭素(C)量、鎖分岐度、硫黄の有機形態、ピロール窒素、ピリジン窒素および第四級窒素の少なくとも1つを含むバルクの組成および構造上の性質を使用する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項6】
前記調整工程が、MCR(またはCCR)含有率、およびSIMDISによる沸点分布の少なくとも1つを含む分子の性質を使用する、請求項1または2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石油および石油関連製品の組成モデル(model-of-composition)を決定する方法である。特定的には、石油は、減圧残油(VR)もしくは減圧ガス油(VGO)または類似の沸点範囲を有する石油である。
【背景技術】
【0002】
(発明の背景)
減圧ガス油は、約343℃〜537℃で沸騰する原油留分(又はクルードオイルフラクション)である。減圧残油は、原油の減圧蒸留により得られ、かつ約537℃を超える温度で沸騰する残油である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
石油試料は、パラフィンと、環式パラフィンと、多環式の芳香族化合物(aromatics)と、種々のヘテロ原子炭化水素(最も一般的には、O、SおよびN)とを含有する複合炭化水素混合物である。バージン石油原油は、高揮発性C炭化水素から不揮発性アスファルテンまで広い沸点範囲の分子を含有する。多くの後続プロセスへの投入のために、種々の沸点範囲の石油組成の分析が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
(発明の要旨)
石油ストリームは、膨大な数の個別の分子種を含有する炭化水素類の複合混合物である。かかるストリームは、石油の分子組成を変化させるプロセスからのいずれかの炭化水素ストリームを含む。このストリームは、非常に複雑であり、そして非常に多くの個別の分子種を有するので、この組成のいかなる分子近似も、本質的にはモデル、すなわち組成モデル(model-of-composition)(MoC)である。
【0005】
石油(オイル)および高沸点石油(オイル)留分(又はフラクション)は、比較的少数の同族列の炭化水素類の多数のメンバーで構成される(6)。全混合物の組成は、元素組成に関して、大幅に異なることはないが、組成の小さな差が、販売に適した製品を製造するのに必要な物理的性質および処理に大きく影響する可能性がある。石油は、本質的には、炭化水素類の混合物であり、非炭化水素構成物(エレメント)でさえも、一般的には、少量の酸素、硫黄、窒素、バナジウム、ニッケルおよびクロムを含有するが、主に炭化水素の特性を有する複合分子の成分として存在する。したがって、本発明では、石油と炭化水素とを同義的に用いる。
【0006】
本発明は、重質石油または重質炭化水素の試料の組成モデル(model-of-composition)を決定する方法である。本方法は、ソフトイオン化によって試料の分子イオンまたは擬分子イオン(又は疑似(pseudo)分子イオン)を得る工程と、分子イオン式を決定し、そして対応する濃度を定量する工程と、次いで、組成モデルを得るために、この定量化を他の分析測定(法)と整合(又は折り合いをつける、調整、調和もしくは一致(reconciling))させる工程とを含む。
【0007】
好ましい実施形態では、1つまたは複数のソフトイオン化法を用いて、異なる極性およびクラスの石油分子について分子イオンまたは擬分子イオンを発生させる。
【0008】
擬分子イオンとしては、プロトン化イオン、脱プロトン化イオン、上記の重質石油または重質炭化水素の試料の親分子のカチオンまたはアニオンの付加物(adduct)が挙げられる。
【0009】
好ましい実施形態では、高分解能の質量分析(法)により、分子イオンまたは擬分子イオンの元素式(elemental formulas)および濃度を決定する。
【0010】
好ましい実施形態では、質量(分光)分析の前に上記の石油をアスファルテンと脱歴油(DAO)とに分離する。脱歴油は、n−ペンタンやn−ヘプタンなどの低沸点炭化水素液体の添加によってアスファルテンの画分(又はフラクション)を除去した後に残留する。
【0011】
好ましい実施形態では、質量(分光)分析の前に上記DAOを飽和分(saturates)と芳香族分(aromatics)と硫化分(sulfides)と極性分(polars)とに分離する。
【0012】
好ましい実施形態では、質量(分光)分析の前に芳香族分を芳香環クラス(ARC)、単環芳香族分(ARC1)、二環芳香族分(ARC2)、三環芳香族分(ARC3)および四環以上の芳香族分(ARC4+)に分離する。
【0013】
別の実施形態では、オンライン分離質量分析(法)によって、上記の石油を分離して分析する。
【0014】
好ましい実施形態では、上記の石油試料は、減圧残油または約1000°F超で沸騰する試料である。
【0015】
別の実施形態では、石油試料は、減圧ガス油または約650°F〜1000°Fで沸騰する試料である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】8つの組成ランプへの2種の減圧残油の分離を示している。
図2】異なる石油クラスの分子イオンまたは擬分子イオンを発生させる複数のイオン化法の使用を示している。クロマトグラフィー分離を行わずに分析を行った。
図3】Cold Lake VR ARC画分(a)全領域(b)688のM/Zに対する大気圧光イオン化(APPI)による芳香環クラスのイオン化を示している。
図4】レーザー脱離による1250°F+分子アスファルテンおよび脱歴油(DAO)のイオン化を示している。1500g/mol超の分子量種は、APPIでは揮発可能でない新たな種である。
図5】電界脱離による飽和分子のイオン化を示している。
図6】石油分子の分離に必要なフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FTICR−MS)による超高質量分離能を示している。
図7】アスファルテン試料に対する分子式の帰属を示している。
図8】FTICR−MSにより提供された化学情報レイヤーを示している。
図9】化学的分布と先進的分析プロトコルとの整合性を示している。
図10】APPIイオン化を示している。
図11】ネブライザーおよびキャピラリーの温度の影響を示している。
図12】350Fおよび450Fのネブライザー温度でのアスファルテン(asphatenes)のAPPIを示している。
図13】ESIに及ぼす溶媒の影響を示している。
図14】ESI時の二量体に及ぼす蓄積時間の影響を示している。
図15】Cold Lake VR芳香環クラス(ARC)画分のヘテロ原子クラスを示している。
図16】VRとVGOとのHC Z数分布(又はZナンバーディストリビューション)の比較を示している。
図17】Cold Lake芳香環画分のZ数(又はZナンバー)および分子量分布を示している。
図18】Cold Lake中の硫化物種の概要を示している。
図19】硫化物分子のZ数分布を示している。
図20】VRの塩基性化合物クラスおよび酸性化合物クラスを示している。
図21】DOBA VR中の塩基および酸のZ数および分子量分布を示している。
図22】Cold Lake VRアスファルテン中の化合物クラスを示している。
図23】Cold Lakeアスファルテン分子のZ数および分子量分布を示している。
図24】オンラインクロマトグラフィー質量分析の構成例を示している。ELSD:蒸発光散乱検出器
図25】HPLC−FTICR−MSクロマトグラムおよび平均質量スペクトルを示している。
図26】HPLC−ELSDおよびAPPIを用いたいHPLC−FTICR MSからの結果の比較を示している。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(好ましい実施形態の説明)
本発明は、高分解能質量分析および関連する分析技術を用いて石油および石油関連製品の組成モデルを生成する方法である。
【0018】
高分解能質量分析(HRMS)により石油試料を分析して、試料中のノミナル質量オーバーラップの分離または部分分離を行う。この場合の質量分解能は、R=M/ΔMFWHMとして定義される。式中、/ΔMFWHMは、ピーク高さの50%での質量ピーク幅として定義される。質量分離能(RP)および質量分解能は、本研究では同義的に用いられる。表1に列挙される12H〜C二重線をはじめとする重要なオーバーラップを分離するために、最小限10,000の質量分解能が必要である。本研究では、広域取得モード(100〜3000Daの質量範囲)でデータを収集する。好ましくは、平均質量分離能(RP>300K)を有するフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FTICR−MS)を分析に利用する。試料は、直接分析してもよいし、あるいはオフラインもしくはオンラインクロマトグラフィーまたは溶解度分別による分離後に分析してもよい。1つまたは組合せのソフトイオン化法により石油試料または画分をイオン化して、異なるクラスの石油分子に対応している分子イオンまたは擬分子イオンを発生させる。実験式は、質量分析ウィンドウの確度内およびヘテロ原子組合せの制限内で曖昧さを伴うことなく決定可能である。異なる芳香環構造および/または化学部分を有する石油ランプを生成するために、クロマトグラフィー分離を使用してもよい。この分離はまた、HRMS分析のダイナミックレンジを増大させる。分子構造の帰属は、実験式および芳香環クラスに基づいて行われる。定量は、全成分をHPLCランプに規格化(又は正規化もしくは標準化)することにより行われる。終了時、平均の組成および性質がNMRや元素分析などのバルク測定技術により測定されたものと一致するように、組成を整合させてもよい。
【0019】
以前は、石油組成を決定するために、通常、磁場セクター型質量分析計が使用された。たとえば、MS50は、高精度炭化水素分析(HDHA)プロトコルの主力であった。一般的には、セクター型MSは、限られた質量分解能を提供する。通常、電子衝撃イオン化(EI)モードを用いた場合、10K〜50K、電界イオン化(FI)モードで使用した場合、1K〜5Kを達成することが可能である。より最近になって、石油組成を決定するために、約5KのRPを有する飛行時間型(TOF)質量分析計が使用されてきた。EIは、イオン化プロセス時、あまりにも多くのフラグメント化を生じるので、分子イオン組成の決定には使用できない。FIモードの低質量分解能では、石油中の多くのオーバーラップ質量の分解能が損なわれる。したがって、分子イオンに対する分子式の一意的帰属を行うことが難しい。質量分析キャラクタリゼーションを支援するために、クロマトグラフィー(HPLCまたはGC)分離が必要である。好結果の適用が実証され、石油分析に適用されてきたが、この分析プロトコルの沸点上限は、典型的には、1000°F未満(VGO未満)である。この沸点範囲でさえも、依然として、式および構造帰属に多くの曖昧さが存在する。1000°F超の沸点を有する石油に対する方法は、存在しない。本明細書に記載の技術は、石油減圧残油キャラクタリゼーションの間隙を満たした。FTICR−MSおよび複数のイオン化法を用いることにより、石油減圧残油に対する組成モデルを開発することが可能である。
【0020】
この統合的方法は、組合せソフトイオン化法を用いて、異なる極性およびクラスの石油分子に対する分子イオンまたは擬分子イオンを発生させるものである。擬分子イオンは、プロトン化または脱プロトン化された分子イオン、分子イオンのカチオン付加物(adduts)またはアニオン付加物として定義される。FTICR−MSは、高確度(誤差<0.2ppm)で質量を分離決定する。質量の濃度は、対応する質量の信号の大きさにより決定される。正確な質量およびヘテロ原子組合せの制限に基づいて、実験式を帰属した。ダイナミックレンジを増大させ、定量および構造帰属を支援するために、クロマトグラフィー分離を使用してもよい。平均組成とバルク測定により決定されたものとを一致させるために、整合を行ってもよい。
【0021】
以下は、高分解能質量分析を用いて石油に対する組成モデルを生成する典型的な作業プロセスである。
1.同種ランプまたは同分子ランプ、たとえば、
a.脱歴油(DAO)およびアスファルテン
b.飽和分、芳香族分、硫化分、および極性分
c.芳香環クラスへの石油分子の分離
2.分子イオンまたは擬分子イオンの発生
a.飽和分子をイオン化するための電界脱離/電界イオン化の使用
b.芳香族石油分子をイオン化するためのAPPI/APCIの使用
c.塩基性窒素分子をイオン化するための正イオンESI(PESI)の使用
d.酸性分子をイオン化するための負イオンESI(NESI)の使用
e.高沸点分子(1300F超の沸点を有する分子)をイオン化するためのレーザー脱離イオン化またはマトリックス支援レーザー脱離の使用
3.FTICR−MSによる分子の化合物クラス、z分布、炭素数分布、および化学量論量の決定
a.すべての質量ピークの分離
b.外部較正および内部較正を行うことによる分子イオンまたは擬分子イオンの正確な質量分析
c.0.6mDaの質量許容差を用いた規定の信号雑音閾値超の質量への分子式の帰属。C、H、N、S、O、Ni、およびVのみを許容する。N、S、Oの最大数を4に制限する。NiおよびVの最大数を1に制限する。
d.対応する分子イオンまたは擬分子イオンのFTICR−MS信号の大きさ(magnetude)に基づく分子の存在量の決定
e.ヘテロ原子含有率、同族列(Z数)、および分子量による分子およびその存在量のグループ分け
4.種々の分子ランプおよびイオン化法からの組成を組み合わせることによる全組成の構築
5.他の分析データ、たとえば、
a.分子量(MW)分布のための電界脱離MS
b.バルクの性質
i.元素
ii.高温シミュレーション蒸留(HT−SIMDIS)
iii.マイクロ残留炭素分(MCR)またはコンラドソン(conradison)残留炭素分(CCR)
c.NMRによる平均構造
i.芳香族炭素%(Ca)
ii.平均芳香族クラスターサイズ(C#)
iii.長鎖中のC量
iv.鎖分岐度
d.X線光電子分光(XPS)によるヘテロ原子タイプ
i.硫黄の有機形態
ii.ピロール窒素、ピリジン窒素、および第四級窒素
との整合
【0022】
同種への石油分子の分離
FTICR−MSにより石油試料を直接分析して組成を生成することが可能であるが、同種への石油の分離は、質量分析のダイナミックレンジを改良し、定量および構造の帰属を容易にするうえで役立つ。減圧残油では、通常、脱歴が最初の工程であり、その後、さらなるクロマトグラフィー分離が行われる。HPLCは、石油を飽和分、芳香族分、硫化分、および極性分に分離することが可能である。芳香族分を環クラスにさらに分割してもよい。図1は、8つの組成ランプへの2種の減圧残油の分離を示している。脱歴およびHPLC分離は、FTICR−MSを用いてオフラインまたはオンラインで行うことが可能である。
【0023】
分子イオンまたは擬分子イオンの発生
分子イオンまたは擬分子イオンを発生させるために、ソフトイオン化法を使用する。一般に使用されるイオン化法としては、エレクトロスプレーイオン化(ESI)、大気圧化学イオン化(APCI)、大気圧光イオン化(APPI)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)、および直接レーザーイオン化(LDI)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。イオン化は、正イオンモードおよび負イオンモードの両方で操作可能である。それらのイオン化技術のうち、APPIおよびESIは、最も有用であることが判明したので、本研究で広範に探究される。APPIは、主に電荷移動反応により芳香族分子および極性芳香族分子の両方をイオン化する(副次的プロトン化も観測された)。しかしながら、それは、アナライト分子のイオン化ポテンシャルが高いので、飽和構造(特定的にはパラフィン系構造)をイオン化しない。飽和分子は、電界脱離または電界イオン化によりイオン化可能である。APCIは、APPIの場合と類似の生成物を生じる。MALDIおよびLDIは、高分子量および高沸点の分子(たとえば、704℃+)をイオン化することが可能である。種々のイオン化法からの組成は、組み合わせることが可能である。
【0024】
図2は、それぞれ、APPI、PESI、およびNESIにより中性体、塩基、および酸に対する分子イオンを発生させる複数のイオン化法の使用を示している。図3は、APPIによる芳香環クラスのイオン化を示している。図4は、レーザー脱離イオン化質量分析による677℃+の分子のイオン化を示している。図5は、電界脱離イオン化による飽和分子のイオン化を示している。
【0025】
FTICR−MSによる分子の化合物クラス、z分布、全炭素数分布、および化学量論量の決定
FTICR−MSは、広い分子量範囲の石油の正確な質量分析を提供する。通常、試料ピークを用いる内部較正が行われる。内部較正後、0.2ppmの質量確度を達成することが可能である。石油分子を分離するために、300,000超の平均質量分離能が必要である。図6は、FTICR−MSにより達成された広い質量範囲(200〜1200Da)にわたる超高質量分離能(>500,000)を実証した。図7は、0.2mDa未満の誤差でアスファルテン試料に対する分子式の帰属を示している。
【0026】
FTICR MSは、図8に示されるように石油系に対する3つの化学情報レイヤーを提供する。第1のレベルは、ヘテロ原子クラス(または化合物クラス)、たとえば、炭化水素(HC)、一硫黄分子(1S)、一窒素分子(1N)、二酸素分子(2O)、一窒素一酸素分子(1N1O)などである。第2のレベルは、各化合物クラス内のZ数分布(または同族列分布)である。Zは、一般化学式C2c+Zの場合の水素欠損として定義される。Z数がより負になるほど、分子はより不飽和になる。情報の第3のレベルは、各同族体の全炭素数分布または分子量分布である。化合物核構造が既知であれば、核の炭素数を引き算することにより、全アルキル側鎖情報を導出することが可能である。
【0027】
種々の分子ランプおよびイオン化法からの組成を組み合わせることによる全組成の構築
石油の分子組成は、複雑すぎるので、単一のFTICR MS分析では適正に決定することができない。その代わりに、石油試料は、複数の工程および分析を含む先進的分析プロトコルに付される(図9の概略図を参照されたい)。試料の初留点が1000°F以上である場合、最初に、アスファルテンを試料から分離する。さらに、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)技術を用いて、脱歴油(DAO)を分離する。このHPLC技術に基づいて溶出する画分は、飽和分、芳香環クラス(ARC)1〜4、硫化分、および極性分を含む。アスファルテンを含めて、これらの各画分は、FTICR MS、電界脱離質量分析(FDMS)、核磁気共鳴(NMR)、元素分析、および他のバルクの性質をはじめとする種々の技術により分析され、APPI FTICR MSは、ARC1〜4、硫化分、およびアスファルテンの画分に含まれる化学式の分布を推定するために使用される。極性画分の分子組成は、塩基性窒素を含有するおよび有機酸基を含有する分子により支配されることと知られている。この場合、化学式の分布は、NESI(負イオンESI)FTICR MSおよびPESI(正イオンESI)FTICR MSによりDAOを分析することにより、次いで、2つの分析を重ね合わせることにより、推定される。
【0028】
他の分析との整合/その利用
以上に詳述した分離画分のFTICR MS分析により決定される化学式分布は、図9に示される先進的分析プロトコルに含まれるすべて分析と整合させなければならない。各画分のFTICR MS分析は、FDMS分析により予測された分子量分布と一致するように、より高分子量およびより低水素欠損クラス(Z数)に補外しなければならない。FTICR MSから誘導された化学式から予想される各画分中の元素、たとえば、炭素、水素、硫黄、窒素、酸素、ニッケル、およびバナジウムの全存在量は、元素分析により測定されたものと一致しなければならない。この整合は、制約付きエントロピー最大化手順を用いて行われる。高温への整合は、以上の手順で適切な性質目標を用いることにより、および沸点温度を化学式に関連付ける相関を用いることにより、実現可能である。各化学式への分子(たとえば、構造指向ランピング(SOL))ランプの帰属は、他の測定された性質、たとえば、マイクロ残留炭素分、NMR、およびX線光電子分光(XPS)により同定されたヘテロ原子タイプにより支援される。
【0029】
補遺Iは、複数のイオン化法およびフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析を用いた重質石油組成の決定に関するより詳細な内容を提供する。
【0030】
補遺IIは、重質炭化水素組成モデル分析プロトコルに整合させた減圧残油の分子式分布に関するより詳細な内容を提供する。
【0031】
補遺I
複数のイオン化法およびフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析を用いた重質石油組成の決定
緒言
本研究の主目的は、1000°F超の沸点を有する重質炭化水素の分子キャラクタリゼーションのための次世代質量分析プラットフォームを確立することである。この炭化水素分子は、従来の減圧蒸留塔では蒸留できないので、「釜残油」として参照されることが多い。この非蒸留画分のより一般的な名称は、減圧残渣油または減圧残油(VR)と呼ばれる。減圧ガス油(VGO)と比較して、VRは、非常にさまざまな化学的および物理的な特徴を呈する。それは、とくに分子レベルのキャラクタリゼーションの領域では、かなり高度な分析課題を呈する。第1の課題は、その高沸点および高分子量である。名目上、VR分子の沸点は、1000°F超であり、分子量は、300Da〜2000Da(VGOの100〜800Daに対して)の範囲内である。VRの高分子量は、アルキル鎖伸長(CH2増分)および多環芳香環成長の両方から生じる。伝統的な熱気化法およびイオン化法は、検出のためにVR分子を無傷(又はインタクト)の分子イオンに変換するには非効率的である。第2の課題は、その低い溶解度である。VRは、典型的には、アスファルテン(本研究ではn−ヘプタン不溶分として定義される)を含有する。アスファルテン含有率の範囲は、0〜40%である。低い溶解度および高いアスファルテン含有率は、主に、その高いヘテロ原子含有率(NSO)および低いH/C比に起因する。第3の課題は、VR中の膨大な数の分子(質量識別可能種に関してVGO中の数の50〜100倍)ならびにNSOおよび金属の寄与の有意な増加である。VR中のすべての分子を考慮するには、質量分解能、質量確度、およびダイナミックレンジに関して、質量分析性能を最大化する必要がある。最後に、VR分子は、おそらく多核構造を含有するので(VGOが主に単核であるのに対して)、構造帰属が困難になる。
【0032】
炭化水素の質量分析キャラクタリゼーションは、過去60年間にわたり研究課題になっていた。以前は、分子情報を提供するために、セクター型質量分析計が主力であった。一般的には、セクター型MSは、電子衝撃イオン化技術と組み合わせた場合、10K〜50Kの範囲内の動的分解能(100Daの質量で)を提供し、電界イオン化(FI)モードで使用した場合、1K〜5Kの範囲内の動的分解能を提供する。その分解能は、分子量の増加に伴って急速に減少する。FTICR−MSは、質量分解能および質量確度の飛躍的向上を提供する。たとえば、12テスラFTICR−MSは、500Daの質量で350Kの質量分解能を容易に得ることが可能である。その質量確度は、一電子の質量差(0.54mDa)を識別することが可能である。この能力は、対象の全質量範囲にわたりほとんどすべての炭化水素のノミナル質量オーバーラップの分離を可能にする(表1)。以上に述べたように、重質石油キャラクタリゼーションのためのFTICR−MS適用の主な課題は、高沸点分子および低溶解度分子の効果的な揮発およびイオン化である。それに加えて、イオン源からFTICRセル中へのイオンの効果的で偏りのない移送もまた、技術の定量面で重要である。
【0033】
本キャラクタリゼーションの全体的戦略は、ダイナミックレンジ、定量、および構造帰属に関してFTICR−MSを改良するために、クロマトグラフィー分離を利用することである。本報告では、モデル化合物、芳香環クラス画分(又は芳香環クラスフラクション)、硫化物、およびアスファルテンのAPPIイオン化について考察する。また、極性分子のESIイオン化についても考察する。
【0034】
実験
装置
Bruker APEX−Qeは、12テスラアクティブシールド型超伝導磁石を備えたハイブリッド四重極FTICR MSである。この装置は、超高分解能FTICRの能力とリニア六重極−四重極−六重極(hQh)イオントラップ技術とを組み合わせたものである。hQhイオントラップは、複数の目的に役立つ。第1に、それは、ICRセルに入るイオンが、超高分解能および超高確度の質量測定に非常に重要な類似線速度を有するように、効率的な冷却およびイオン運動エネルギーの均一化を可能にする(第1の六重極中)。第2に、後続のフラグメント化(第2の六重極中)および超高分解能分析(FTICRセル中)のための四重極質量分析計により、イオンを精製または濃縮することが可能である。フラグメント化能は、重質石油多核構造の決定を可能にする。
【0035】
APPI条件およびサンプル調製
約4mgの石油試料を20mlのトルエンに溶解させて200ppmの溶液を形成する。Cole−Palmerシリンジポンプおよび250mlシリンジを用いて、溶液をAPPIイオン源に導入した。通常、流量を120ml/時に制御する。イオン源は、Syagen製であり、加熱キャピラリーニードルおよび10.6eVのイオン化エネルギーのクリプトンUVランプで構成されていた。ガスのネブライズおよびガスの乾燥の両方に窒素を使用する。ネブライジングガス流量は、通常、1〜3L/minであり、一方、乾燥ガス流量は、通常、2〜7L/minである。APPI−FTICR信号を最大化するように、流量を調整する。ネブライジングガス温度は、350℃〜450℃で変化する。VRでは、一般的には、高沸点分子の信号を最大化するために、450℃が採用されてきた。トルエンは、溶媒としても化学イオン化剤としても使用される。APPIではいかなる熱化学現象も観測されなかった。これは、主に、試料イオンの短い滞留時間に起因する。
【0036】
ESI条件およびサンプル調製
最適試料濃度は、窒素および酸のレベルに依存する。正イオンESIでは、最初に、約20mgのVR試料を20mlのトルエンに溶解させる。3mlの溶液を17mlのトルエン/ACN混合液(15%トルエン)で希釈する。最終アナライト濃度は、約150ppmである。最終トルエン濃度は、約30%である。液体伝導率を向上させるために、20〜100μlのギ酸を溶液に添加する。所望のエレクトロスプレー電流は、スプレー安定性を維持するために、10μA超である。負イオンモードでは、最初に、約20mgのVR試料を20mlのトルエンに溶解させる。3mlの溶液を17mlのトルエン/メタノール混合液(15%トルエン)で希釈する。最終試料濃度は、150ppmである。液体伝導率を向上させ、>10μAの所望のエレクトロスプレー電流を達成するために、20〜100μlのNH4OHを添加する。120μl/時の流量でシリンジポンプにより液体試料をESIイオン源中に送達する。ネブライジングガスおよび乾燥ガスの両方に窒素を使用する。ネブライジング温度は、周囲温度であり、乾燥ガス温度は、200℃に設定する。
【0037】
試料
本報告の分析試料は、一連の脱歴およびHPLC分離から誘導される。脱歴プロセスは、以前に記載されており、VRをアスファルテンと脱歴油(DAO)とに分割する。HPLC分離は、DAOを芳香環クラス(一環〜三環および四環以上)、硫化分、および極性分にさらに分割する2、3
【0038】
データの解析および統合
FTICR MSでは、励起されたすべてのサイクロトロン周波数を含有する時間領域信号として、イオンの励起サイクロトロン運動をレシーバープレート上で検出する。時間領域信号のフーリエ変換の結果として、質量スペクトルに変換可能な周波数領域信号が得られる。本研究では、質量範囲を300〜3000のm/zに設定した。データセットサイズを4メガワードに設定する。イオン蓄積時間は、0.5〜2秒間である。1000個のデータセットを共追加して、最終スペクトルを生成する。Bruker Data Analysis(DA)ソフトウェアを用いて、6超の信号雑音比(S/N)を有する質量ピークリストを見いだす。炭化水素分子の同定のために、質量ピークリストをさらに分析する。約350〜1800Daの質量範囲をカバーする8種の自社合成芳香族化合物のブレンドを用いて、外部質量較正を行った。一般的には、外部較正を用いて、2ppmの質量確度を達成することが可能である。Bruker DA分子式ツールにより、主要同族列の同定を支援した。次いで、同定された同族列を用いて、内部較正を行った。内部質量較正を用いて、平均で約0.2ppmの質量確度を達成することが可能である。
【0039】
精密質量、信号の大きさ、質量分離能、および信号雑音比の列を含有する質量ピークリストをさらに処理して、元素式(C2c+Z)を生成した。データは、ヘテロ原子クラスおよび同族列で構成される。
【0040】
結果および考察
重質石油分子のソフトイオン化
Apex−Qe FTICR MSは、複数のイオン化技術、すなわち、エレクトロスプレーイオン化(ESI)、大気圧化学イオン化(APCI)、大気圧光イオン化(APPI)、およびマトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)を備えている。それらのイオン化技術のうち、APPIおよびESIは、最も有用であることが判明したので、本研究で広範に探究される。APPIは、主に電荷移動反応により芳香族分子および極性芳香族分子の両方をイオン化する(副次的プロトン化も観測された)。しかしながら、それは、その高いイオン化ポテンシャルに起因して飽和構造をイオン化しない。ESIは、極性キャラクタリゼーションのために、広範に探究されてきた。APCIは、石油に対してより複雑なイオン化生成物を生じる(広範なプロトン化および電荷移動を含む)。MALDIおよびレーザー脱離イオン化(LDI)は、高分子量ポリマー、アスファルテン、およびワックスのイオン化の可能性が示されている。
【0041】
APPIによる芳香族分子のイオン化
図10は、APPIの基本原理を示している。試料溶液は、微細なドロップレットに分散され、加熱ステンレスニードルを介してネブライジングガスと共に共スプレーすることにより気化される。試料分子は、乾燥ガスの向流によりさらに脱溶媒和される。気相溶媒およびアナライト分子は、UV光イオン化によりイオン化される。アナライト分子は、かなり低レベル(200ppm)で存在するので、気相は、主に溶媒分子を含有する。したがって、直接光イオン化により、主に溶媒分子イオンおよびごく少量のアナライトイオンが生成される。後者は、イオン源領域で二次イオン分子反応により、ほぼイオン化される。本適用では、アスファルテンを含む試料タイプのほとんどを溶解可能であるので、トルエンを溶媒として使用する。トルエンは、8.8eVのイオン化ポテンシャル(IP)を有し、クリプトン光子源(10.6eV)により直接イオン化可能である。一方、トルエンのIPは、表2に示されるように、ベンゼン以外のすべての芳香族分子よりも高い。トルエン分子イオンは、イオン中性衝突を介してアナライト分子と反応する。ほとんどの芳香族分子では、電子移動は、スキームIに示されるように起こり、アナライトラジカル分子イオンの生成をもたらすであろう。
【化1】
【0042】
スキームIのエネルギー付与は、アナライトとトルエンとのIP差により決定される。ほとんどすべての芳香族分子では、エネルギー付与は、十分に低いので、アナライト分子イオンは、フラグメント化を伴うことなく生成される。このソフトイオン化は、試料組成が複雑であるため、VR分析に重要である。低分子量極性分子では、低レベルのプロトン化が観測されてきた。より極性の溶媒(たとえば、メタノールおよびアセトニトリル)を使用した場合、プロトン化が顕在化する可能性がある。
【0043】
APPIでの試料揮発は、ネブライジングおよび加熱が組み合わさったプロセスである。ネブライジング温度は、揮発に大きな影響を及ぼす。イオンが生成された後、さらなる操作のために、それは、加熱キャピラリーチューブを介してイオン源チャンバー内に輸送される。図11は、APPIの温度の影響を示している。Arab重質蒸留留分(BP1120〜1305°F(604〜707℃))は、異なるネブライザー(NEB)温度およびキャピラリー(CAP)温度でAPPI−FTICRにより分析される。ネブライジング温度を200℃から350℃に変化させると、質量スペクトルは、より高質量の強度の大きい増加を示す。温度を400℃にさらに上昇させても、変化は見られなかった。この結果から、350℃のネブライジング温度は、1300°FまでのBPを有する分子を揮発イオン化させるのに十分であることが示唆される。MS信号は、200℃および300℃のキャピラリー温度間で差を示さないことから、イオンが生成された後、本分析時間内では再凝縮は起こらないことが示唆される。
【0044】
Cold Lake VRのn−ヘプタンアスファルテン(高温シミュレーション蒸留に基づいて、材料の約50%は、1380°F(749℃)超の沸点を有する)を同一の試験に付したとき、かなり高いNEB温度が必要であることがわかる。図12は、350℃および450℃のNEB温度間でVRアスファルテンの質量スペクトルを比較している。アスファルテン信号は、350℃ではほとんど見られず、450℃では非常に有意である。最大NEB温度は500℃であるので、系の過熱および可能性のある熱分解を回避するために、デフォルト操作温度として450℃が選択された。
【0045】
ESIによる極性分子のイオン化
ESIは、石油試料のイオン化のために広く探究されてきた。また、正イオンESI(PESI)は、プロトン化を介して塩基性窒素化合物を選択的にイオン化し、一方、負イオンESI(NESI)は、脱プロトン化を介して酸、フェノール類、および非塩基性窒素化合物を選択的にイオン化することも、広く認められている。ESIでは、電解質(たとえば、正イオンに対してはギ酸、負イオンに対してはNH4OH)を含有する試料溶液が導入されるキャピラリーニードルに、約2,000〜4,000Vの大きなポテンシャルが適用される。対向電極は、0Vに維持されるので、それとキャピラリーとの間に強電界が形成される。電界は、キャピラリーニードル先端で溶液に浸透し、溶液中のイオンの分離を引き起こす。正イオン条件では、負イオンは、キャピラリーの中心に向かって移動し、一方、正イオンは、キャピラリー先端の液体の表面に富化される。表面の過剰電荷の斥力および電界の引力により、キャピラリーの先端に「テイラーコーン」が形成される。電荷の斥力が液体の表面張力に打ち勝つと、荷電ドロップレットの微細なスプレーが形成される。そのドロップレットが質量分析計内の加熱キャピラリーを通過するとき、溶媒は蒸発して、表面電荷密度を増大させる。クーロン斥力により、ドロップレットは、逐次的により小さい娘ドロップレットに分断され、最終的にすべての溶媒分子が除去されて、無水気相イオンを生じ(電荷残留モデル)、または気相中へのイオンの直接排出を生じる(イオン蒸発モデル)。
【0046】
石油でのESI適用では、溶媒は、通常、石油に適した溶媒およびESIに適した溶媒の両方を含有する二成分混合液、たとえば、トルエン/アセトニトリル(正イオンモード)またはトルエン/メタノール(負イオンモード)である。VGO試料では、トルエン含有率は、有意な試料沈殿を伴わない5%程度に低くすることが可能である。VR DAOおよびアスファルテンでは、VGO分析に採用される従来の混合液を用いて、大きい固体沈殿を観測した。VR試料はすべて、100%トルエンに可溶である。しかしながら、トルエンは、ESI条件下でスプレーされない。定常的ESI電流を得るために、最大50%のトルエンを使用はてもよい。図13は、Cold Lake VR DAOのESI応答に及ぼすトルエン濃度の影響を示した。トルエン濃度が減少すると、全ESI信号は、とくにより低分子量領域で、増加する。より高分子量種の応答は、減少している。詳細に示された質量スペクトル(図13(b))を調べると、5%トルエンの場合、おそらく主に沈殿が原因で、より多くの縮合芳香族窒素は、検出されなかったことが明らかになる。16.75%トルエンは、3つのうちでより広い質量分布を示した。この溶媒条件の副次的沈殿にもかかわらず、スペクトルは、全体としてより良好なESI性能を示した。通常の実施では、トルエン濃度は通常15〜25%に制御される。
【0047】
本発明者らは、種々の窒素化合物タイプに対する正イオンESI応答に有意な変動が存在することを理解しているが、ESIでは均一な応答係数を仮定する。酸の負イオンESIでは、均一応答の仮定は、現実からかけはなれていない。従来の研究から、ステアリン酸に基づくTAN測定は、全酸の滴定とよく一致することが示された。APPI適用と同様に、FTICRは、主に、石油試料で同族体のZ分布および極性種のヘテロ原子分布を提供するために使用される。窒素濃度は、元素窒素に規格化(又は正規化もしくは標準化)され、酸は、TAN測定に規格化(又は正規化もしくは標準化)される。本研究では、正イオンESIおよび負イオンESIは、VR中の塩基および酸を検出するために使用される。これらの分子は、塩基性窒素および酸の組成を構築するために使用される。
【0048】
ESIは、同様に凝縮相中に非共有結合構造を維持することが知られるソフトイオン化法である。図14は、非共有結合二量体の形成の例およびこの二量体に及ぼすイオン蓄積の影響を示している。実験は、Arab重質留分(975〜1120°F)の正イオンESIである。蓄積時間が非常に短い場合(<0.5秒)、二量体イオンの存在は、明らかである。六重極イオントラップのイオン蓄積時間の増加は、非常に小さいイオン運動エネルギー(ほぼ熱運動速度)を用いたときでさえも、非共有結合性相互作用を撹乱するのに十分なイオン中性衝突を提供する。通常のESI操作では、イオン蓄積時間は、典型的には、非共有結合性相互作用の可能性を低減するために1秒超維持される。
【0049】
分子の化合物クラス、Z分布、全炭素数分布、および化学量論量
FTICR MSは、石油系に対する3つの化学情報レイヤーを提供する。第1のレベルは、ヘテロ原子クラス(または化合物クラス)、たとえば、炭化水素(HC)、一硫黄分子(1S)、一窒素分子(1N)、二酸素分子(2O)、一窒素一酸素分子(1N1O)などである。第2のレベルは、Z数分布(または同族列分布)である。Zは、一般化学式C2c+Zの場合の水素欠損として定義される。Z数がより負になるほど、分子はより不飽和になる。他の一般に用いられる用語は、二重結合等価数(double bond equivalent)(DBE)と呼ばれる。典型的な石油系では、DBE=1−(Z−n)/2〔式中、nは、窒素原子の数である〕である。情報の第3のレベルは、各同族体の全炭素数分布または分子量分布である。化合物核構造が既知であれば、核の炭素数を引き算することにより、全アルキル側鎖情報を導出することが可能である。
【0050】
VRおよび画分のキャラクタリゼーション
MSキャラクタリゼーションの前に、VRを8つの画分に分離する。これらは、飽和分、一環、二環、三環、および四環以上の芳香族分、硫化分、極性分、ならびにアスファルテン分である。飽和分は、中分解能質量分析計と組み合わされた電界脱離イオン化により特徴付けされる。DAOの正イオンおよび負イオンESI−FTICR分析を用いて、極性組成を再構築する。
【0051】
芳香環クラス画分および硫化分の分析
APPIを用いて、すべての芳香環クラス画分および硫化画分をイオン化する。Cold Lake芳香環クラス画分のAPPI−FTICR質量スペクトルを図3に示す。ARC1のm/z値は、450〜1300の範囲内であり、一方、ARC4のその値は、400〜1200の範囲内である。平均MWは、環クラスの増加に伴って減少する。これは、主に、沸点の影響に起因する。所与の沸点では、より多く縮合された芳香族分は、より低い分子量を有する。図3のARC4+の上側質量がARC1のものよりも低いという事実は、ARC4+中のいくつかの高分子量種が蒸発イオン化されなかったことを示唆する。688のm/zの詳細図(3(b))は、VGOで観測されたものと同様に、(より多く縮合された)左側に向かって質量分布がシフトすることを示している。ARC1および2ではより少ない成分が観測されることから、HPLC分離の有効性が示唆される。ARC3およびARC4+は両方とも、多数のピークを含有することから、これらの画分の複雑さが示唆される。環クラスの増加に伴って、H/C比は減少し、S含有率は増加する。
【0052】
図15は、APPI−FTICRにより観測された全化合物クラスを示している。これら画分の複雑さは、環クラスと共に劇的に増加する。炭化水素は、ARC1の主要成分である。1S、2S、および3S寄与分は、環クラスの増加に伴って徐々に増加する。酸素化物は、すべてのARC画分中に観測された。ほとんどの酸素化物は、1O、2O、および1S1Oである。ARC4+では、1N1O、1S2O、および2S1Oもまた、観測された。四環以上の芳香族画分は、1分子あたり4個までの硫黄原子を含有する。硫黄組込みは、明らかに、芳香環成長を伴う。実質的な1Nおよび1N1S分子は、ARC4+中に観測される。窒素含有分子は、ARC3およびARC4+の両方で検出された。クロマトグラフィー分離の性質およびVGOデータの本発明者らのこれまでの評価に基づいて、これら窒素化合物が主に非塩基性窒素であると考えられる。
【0053】
FTICR−MSにより重質炭化水素組成モデルに提供可能な最も重要なデータの1つは、Z数分布である。NMRからの追加入力を用いて分子を構築するために、Z数を使用することが可能である。図16およびは、HCクラスに関してCold Lake原油のVRおよびVGOの間のZ分布の差を比較している。不飽和度を示すために、一群のベンチマーク芳香族構造を描いた。炭化水素の場合(図16)、ARC1およびARC2のZ分布は、それらのMW分布の大きな差にもかかわらず、非常に類似している。この結果から、ARC1およびARC2の炭化水素核は、おそらくVGOおよびVRの間で類似していることが示唆される。ARC3から出発して、VRのZ分布は、より負になっている。VR Z値がVGOのものよりもさらに負であるARC4+では、Z分布のさらに顕著な差が観測された。
【0054】
図17は、ARC1〜4+の組成(HC、1〜4S)の画像プロットを示している。X軸は、分子量(MW)である。Y軸は、Z数である。分子の存在量は、カラースキームで表される。この場合も、ARC1からARC4+へ、複雑さおよび分子数は、増加する。たとえば、ARC1、2、3、および4+は、3460、6238、7661、および9988種の特有の分子を含有する(13Cおよび34Sの同位体を除く)。ARC1および2の分子量成長は、主にCH伸長により支配される。一方、ARC3およびARC4+は、分子量に及ぼすZ数の注目すべき影響を示すことから、芳香環成長は、分子のサイズまたは分子量に寄与したことが示唆される。
【0055】
図18および図19は、硫化物化合物クラスおよびZ数分布を示している。予想どおり、硫黄含有種が優位である。Z数分布は、広範囲をカバーすることから、多環芳香族硫化分の存在が示唆される。
【0056】
極性分子の分析
DAO中の塩基性窒素は、正イオンESIにより測定される。負イオンESIにより、中性窒素および酸を測定した。図20は、DOBA VR中の塩基性および酸性の化合物クラスを示している。Dobaは、低硫黄原油であり、したがって、1N種がクラス分布を支配する。高硫黄VRは、実質的量の1N1S種、1N2S種、および2N種を含有しうる。画像プロットを図21に示す。塩基性1NクラスのZ数分布を調べたところ、単環〜十一環の塩基性窒素芳香族化合物の存在が明らかにされた。Doba VRは、高レベルの酸を示す。VRは、減圧蒸留時に熱応力を受けているので、いくつかの酸は、熱プロセスにより破壊されたことが予想される。酸のZ分布は、最も豊富な核構造が二環式であることを示している。−32までのZ数が観測されたことから、四環までの芳香族構造の存在が示唆される。中性窒素のZ分布は、芳香環数が3〜10の範囲であることを示している。
【0057】
アスファルテンの分析
実質的量のアスファルテンは、1300°F超の沸点を有し、APPIではイオン化されないであろう。MALDIやLDIなどの他の選択肢のイオン化法は、APPIにより観測されないものを決定するのに有用である。アスファルテン中の化合物クラス(図22)は、きわめて複雑である。最も顕著な特徴は、クラスを支配するものが存在しないことである。純粋な炭化水素は、少量で存在する。1S〜4S分子は、豊富なレベルで検出された。1N、1N1S、1N2S、および1N3S分子もまた、観測された。アスファルテン中の分子の全数(13Cおよび34Sの同位体を除く)は、ARC4+中の数の10倍の約200,000種である。画像プロット(図23)は、分子量に及ぼすZ数の強い影響を示すことから、アスファルテン分子量成長は、主に多環芳香環成長により駆動されることが示唆される。アスファルテン分子のZ数分布は、きわめて広く(Z=−6〜−80)、Z=−40(六環芳香族分)を中心とする。HCクラスは、二モードZ数分布を示す。Z>−18の分子のいくつかは、明らかにn−ヘプタン不溶分ではない。これらの分子は、脱歴プロセス時に共沈される。
【0058】
オンラインクロマトグラフィー質量分析
オンラインクロマトグラフィー質量分析を用いて、分析を行うことが可能である。定義によれば、オンライン分離とは、分離後に分離画分が物理的に収集されずに移動され、質量分析計により直接分析されることを意味する。オンラインクロマトグラフィー質量分析は、コストおよび時間の面で分析を効率的にした。本発明者らは、HPLCシステムと、APPIを用いたFTICR−MSと、を結合させることにより実現可能であることを実証した。図24は、構成の例を示している。HPLCから溶出する液体は、スプリッターにより2つのストリームに分割される。ほとんどの液体は、光散乱検出器(ELSD)に移行する。小部分は、FTICR−MSのAPPIイオン源中に直接注入される。両方のクロマトグラムが記録される。VGO試料の全イオンクロマトグラムを図25(上側)に示す。溶媒プログラムの例をクロマトグラム中に与える。HPLCにより、試料を飽和分、ARC1〜4+、硫化分、および極性分に分離する。APPIにより流出物を直接イオン化し、FTICR−MSにより分析する。溶出画分の平均質量スペクトルを図25(下側)に示す。ピーク面積積分により、7つのランプの定量を行うことが可能である。図26は、ELSDおよびAPPI−FTICR MSからのクロマトグラムを比較している。クロマトグラムは、非常に類似しているように見える。7つのランプのピーク面積もまた、非常に類似している。APPIは、飽和石油分子をイオン化することが可能でない。
【0059】
結論
本発明者らは、VRおよび単離画分を特徴付けるFTICR−MS法を開発した。FTICR−MSは、FDMSによるMW分布、NMRによる芳香族炭素の含有率、元素分析、XPS分析、およびXANES分析によるSおよびNの含有率と組み合わせて、重質炭化水素に対する組成モデルを構築するために使用可能なヘテロ原子クラス分布およびZ分布を提供する。溶媒としてトルエンを用いた大気圧光イオン化(APPI)は、芳香族画分、硫化分、およびアスファルテン分に対するもっとも効果的イオン化法であることが確認された。ネブライジングガスを用いて支援された高気化温度(450℃)は、1300°F程度の高い沸点を有する分子の揮発を可能にする。エレクトロスプレーイオン化(ESI)は、極性分子に最適な方法であることがわかる。現時点で、中質量分解能(約5000)質量分析計と組み合わされた電界脱離(FD)により、飽和炭化水素を分析した。すべてのVR画分に対する分子量分布を提供するために、FDMSをも使用する。
【0060】
VRの分析では、FTICR−MSは、水素欠損(Z)、ヘテロ原子含有率(SNO)、および全炭素数分布に関して石油の組成を提供する。詳細な分画は、VRのZ分布を狭くするのに役立ち、FTICR−MSのダイナミックレンジを有意に拡張する。この超高分解能により、質量オーバーラップを分離し、分子の化学量論量を正確に決定することが可能になった。平均で、画分1つあたり約3,000〜200,000種を検出した。特定の元素式に関して、VR1つあたり合計で300,000種の分子を分離測定した。12個の芳香環を含有する構造に対応する−80程度の高いZ値が検出された。APPIおよびESI−FTICRとFDMSとを組み合わせて、他の分析データとさらに整合させることが可能なVRのきわめて詳細な組成を生成した。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
補遺II
HHMOC研究分析プロトコルに整合させた減圧残油の分子式分布
減圧残油(VRまたは残油)中の分子式の重量パーセント分布を計算するアルゴリズムを、この補遺に開示する。この分子式分布を重質炭化水素組成モデル(HHMoC)研究分析プロトコルに整合させる(以下を参照されたい)。この整合は、残油画分への分子ランプライブラリーの帰属の重要な工程であり、続いて、組成に基づく残油アップグレーディングモデルに送られる。
【0064】
整合アルゴリズムでは、FTICR−MSデータを画分重量によりブレンドし、次いで、性質制約を満たすように自動調整する。これらの性質制約は、HHMoC研究分析プロトコルから得られる。それらは、利用可能なデータと共に、画分重量、ならびにHHMoC画分中の水素、硫黄、窒素、ニッケル、およびバナジウムの重量パーセントを含む。
【0065】
HHMoC研究分析プロトコル
HHMoC研究分析プロトコル(図9の概略図を参照されたい)では、n−ヘプタンにより、残油試料を脱歴油(DAO)とアスファルテン画分とに分離する。次いで、高性能液体クロマトグラフィー(LC)技術により、DAOを飽和分とARC1〜4と硫化分と極性分とに分離する。これらの7つのDAO画分およびアスファルテン画分を種々の方法により分析する。DAOの飽和分および極性分を除く各HHMoC画分では、超高分解能大気圧光イオン化フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(APPI−FTICR−MS)により分子式分布を測定する。VR分子の分子式は、
【数1】
により与えられる。
【0066】
ここで、分子の炭素数はcであり、その水素欠損クラスはZであり、かつs、n、oは、それぞれ、硫黄、窒素、および酸素の化学量論係数である。APPI−FTICR−MSはまた、所定のVR画分中に有機金属化合物を検出した。これらの有機金属(ポルフィリン)化合物は、それぞれニッケルまたはバナジウムのいずれかの1つの原子を含有する[4]。分子式(1)中、ニッケルおよびバナジウムの化学量論係数は、それぞれ、ni、vである。
【0067】
式(1)の代わりに、本発明者らは、3つの属性、すなわち、分子のノミナル質量MW(g/mol)、その水素欠損クラスZ、およびその分子タイプTの組合せとしてFTICR−MS分析から誘導される分子の分子式を報告する。分子タイプTは、残油分子(表2参照)中にヘテロ原子数(s、n、o)および金属原子数(ni、v)を含む命名規約に従う。この報告規約は、式(1)と等価であり、分子のノミナル質量が前記分子中の各原子タイプのノミナル質量の和に等しいので、分子の炭素数cは、一意的に決定可能である。この場合、各原子タイプのノミナル質量は、その既知の原子質量(C=12、H=1、S=32、N=14、Ni=59、V=51)にそのタイプの原子数(c、2cの+Z、s、n、o、ni、v)を掛け算したものに等しい。この原子質量バランスから、炭素数cは、
【数2】
で表される。
【0068】
種々のLC画分で溶出するヘテロ原子に富んだ分子を検出するために、DAO画分に対して、負イオンおよび正イオンのエレクトロスプレー(NESI−およびPESI−)FTICR−MSを行う。NESI−FTICR−MSは、非塩基性窒素および酸を検出することが可能であり、PESI−FTICR−MSは、主に、塩基性窒素化合物を検出する。現時点では、DAO極性画分を含む分子の分布は、NESI−FTICR−MSスペクトルおよびPESI−FTICR−MSスペクトルの重ね合わせであると仮定する。所定のDAO極性画分のAPPI−FTICR−MSスペクトルを非ルーチン的に得たが、ここでは報告しない。
【0069】
整合アルゴリズム
整合アルゴリズムへの入力およびアルゴリズムで行われる計算を以下に詳述する。
【0070】
a)入力
整合アルゴリズムへの入力をHHMoC研究分析プロトコルから取り出す(図1参照)。質量分析(MS)入力は、DAO ARC1〜4、DAO硫化分、およびアスファルテン画分のAPPI−FTICR−MS分析、DAOのNESI/PESI−FTICR−MS分析を含む。以上に述べたように、DAOのNESI−FTICR−MS分析およびPESI−FTICR−MS分析の重ね合わせを用いて、DAO極性分画分のFTICR−MS分析を合成する。現在のHHMoC VRライブラリーのいくつかの試料で、この極性画分のAPPI−FTICR−MS分析を行ったが、ルーチン的ではなかった。脱歴工程およびDAO LC分離工程の物質収支により、各HHMoC画分の100%残油基準の重量を取得する。
【0071】
入力として使用される所定のHHMoC画分の元素の性質は、水素、硫黄、窒素、ニッケルおよびバナジウムの含有率(又は含量)を含む。燃焼法(ASTM D−5291)により、アスファルテンの水素含有率ならびに次のDAO画分、すなわち、の水素含有率を測定する。飽和分、芳香族分、硫化分、および極性分。ASTM D−5291技術を用いて、DAOのアスファルテン分ならびに芳香族分、硫化分、および極性画分の窒素含有率をも測定する。現時点で、ASTM D−2622 X線蛍光法により、DAO飽和分以外のすべてのHHMoC画分の硫黄含有率を測定する。いくつかある金属の中でとくに、ニッケルおよびバナジウムの含有率は、典型的には、ASTM D−5708技術を用いて、全残油、アスファルテン、およびDAO画分に対して測定される。
【0072】
b)計算の詳細
新しい整合アルゴリズムでは、HHMoC研究分析プロトコル(上記参照)と整合させた分子の分子式分布を計算する。この分布は、SOLモデリング適用で行われるように、分子ランプの存在量wt%として数学的に表される。SOLと異なり、本研究での分子ランプの記述は、第2節で詳述された3つの属性規約に従って、そのHHMoC画分およびその分子式を同定するのに十分な情報のみで表される。したがって、本研究での分子ランプの存在量重量パーセント(100wt%残油基準)は、w(f、MW、Z、T)として表される。HHMoC画分指数は、正の整数f=1、2、3、...11で表わされ、表3に定義される。
【0073】
【表3】
【0074】
分子タイプTは、ヘテロ原子の化学量論係数s、n、o、および金属の化学量論係数ni、vに依存する。これまでに、合計35種の分子タイプがHHMoC適用で現れている(表4参照)。
【0075】
【表4】
【0076】
ノミナル分子量(MW)は、任意の正の整数で表すことが可能である。しかしながら、FTICR−MSスペクトルに現れるノミナル分子量は、3000g/molを超えることがほとんどない。水素欠損クラスZは、整数Z=2、1、0、...−∞で表される。偶数の窒素原子、すなわち、化学量論指数n=0、2、4、...を有する分子では、水素欠損クラスZおよびノミナル分子量MWは、偶数の整数である。奇数の窒素原子、すなわち、n=1、3、5、...を有する分子では、水素欠損クラスZおよび分子量MWは、奇数の整数である。
【0077】
整合アルゴリズムの第1の工程では、初期分子ランプ存在量のベクトルw(f、MW、Z、T)は、所定のHHMoC画分のFTICR−MS分析により測定された値f=2、3、...11と等しくなるように設定される(表1参照)。第3a節に述べたように、DAO極性画分中の初期分子ランプ存在量w(7、MW、Z、T)は、DAO画分のNESI−FTICR−MS分析とPESI−FTICR−MS分析とをブレンドすることにより合成される。DAO飽和画分では、初期分子ランプ存在量w(1、MW、Z、T)は、そのFDMSスペクトルのものに等しくなるようにした。この際、水素欠損クラスZは、ノミナル水素欠損クラスXに等しいと仮定される。次いで、初期分子ランプ存在量w(f、MW、Z、T)を整合値w(f、MW、Z、T)に合うように調整する。この調整は、情報エントロピーの損失が最小になるように、かつ整合値w(f、MW、Z、T)が線形性質制約のリスト
【数3】
を満たすように、行われる。
【0078】
ここで、ajiは、分子ランプiの性質jの密度であり、bは、性質jの測定値である(表3参照)。各分子ランプiは、そのHHMoC画分fならびに3つの属性MW、Z、およびTにより同定される。情報エントロピーの制約付き最適化では、以下のオイラー・ラグランジュ方程式を解いて、一群のラグランジェ乗数λを決定する。
【数4】
【0079】
ソフトネスパラメーターは、ハード制約を表すゼロである。さもなければ、選択された測定性質bが有意に不確かである場合、それは、オイラー・ラグランジュ方程式(4)の収束を容易にするためにゼロでない。このパラメーターのゼロでない値は、典型的には、試行錯誤により選択される(表5参照)。
【0080】
【表5】
【0081】
式(E−2)
【数5】
の解を後処理することにより、整合ランプ重量のベクトルw(f、MW、Z、T)を決定する。
本明細書の開示内容は、以下の態様を含み得る。
(態様1)
重質石油または重質炭化水素の試料の組成モデルを決定する方法であって、
(a)ソフトイオン化法によって、分子イオン、あるいはプロトン化イオン、脱プロトン化イオン、前記重質石油または重質炭化水素の試料の親分子のカチオンまたはアニオンの付加物などの擬分子イオンを得る工程と、
(b)高分解能の質量分析を用いて、前記分子イオンまたは擬分子イオンの元素式を決定し、対応する濃度を定量する工程と、
(c)組成モデルを得るために、前記工程(b)からの結果を炭化水素および石油の性質を決定する他の分析測定と整合させる工程と
を含む方法。
(態様2)
前記重質石油または重質炭化水素の試料をアスファルテンと脱歴油(DAO)とに分離する、態様1に記載の方法。
(態様3)
前記質量分析により得られた分子式に化学構造を帰属させる際の確実さを向上させるために、飽和分、芳香族分、硫化分および極性分を含む化学的に有意なクラスに前記DAOを分離する、態様2に記載の方法。
(態様4)
前記質量分析により得られた分子式に化学構造を帰属させる際の確実さを向上させるために、単環芳香族分(ARC1)、二環芳香族分(ARC2)、三環芳香族分(ARC3)、四環以上の芳香族分(ARC4+)を含む芳香環クラス画分に前記芳香族分を分離する、態様3に記載の方法。
(態様5)
前記重質石油または重質炭化水素の試料が、オンラインクロマトグラフィー高分解能質量分析により分離される、態様1〜4のいずれか1項に記載の方法。
(態様6)
クロマトグラフィー分離を用いて、またはクロマトグラフィー分離を用いずに1つまたは複数のイオン化法によってイオン化が行われる、態様1〜5のいずれか1項に記載の方法。
(態様7)
前記イオン化工程がソフトイオン化であり、分子イオンまたは擬分子イオンの構造がイオン化後に無傷のままである、態様1〜5のいずれか1項に記載の方法。
(態様8)
エレクトロスプレーイオン化、大気圧化学イオン化、大気圧光イオン化(または光子イオン化)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化、直接レーザー脱離イオン化および電界脱離イオン化の1つによって前記イオン化工程が行われる、態様1〜5のいずれか1項に記載の方法。
(態様9)
M/ΔMFWHM>10,000として高分解能を定義する、態様1〜8のいずれか1項に記載の方法。
(態様10)
平均分解能が100,000超である、態様1〜9のいずれか1項に記載の方法。
(態様11)
平均分解能が300,000超である、態様10に記載の方法。
(態様12)
平均分解能が500,000超である、態様11に記載の方法。
(態様13)
重質石油および重質炭化水素の試料が、減圧ガス油、減圧残油または類似の沸点範囲の石油製品である、態様1〜12のいずれか1項に記載の方法。
(態様14)
前記再統合工程が、濃度を規格化するためにランプを用いる、態様1〜13のいずれか1項に記載の方法。
(態様15)
前記整合工程が、水素、硫黄、窒素、ニッケルおよびバナジウムの含有率を含むバルク元素の性質を使用する、態様1〜13のいずれか1項に記載の方法。
(態様16)
前記整合工程が、芳香族炭素%(Ca)、平均芳香族クラスターサイズ(C#)、長鎖中の炭素(C)量、鎖分岐度、硫黄の有機形態、ピロール窒素、ピリジン窒素および第四級窒素の少なくとも1つを含むバルクの組成および構造上の性質を使用する、態様1〜13のいずれか1項に記載の方法。
(態様17)
前記整合工程が、MCR(またはCCR)含有率、FDMSによる分子量分布およびSIMDISによる沸点分布の少なくとも1つを含む分子の性質を使用する、態様1〜13のいずれか1項に記載の方法。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
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図26