【文献】
M. N. P. Carreno, 外2名,N-type doping in PECVD a-Si1-xCx:H obtained under 'starving plasma' condition,Journal of Non-Crystalline Solids,1998年,Vol. 227-230,pp. 483-487
【文献】
J. Huran, 外3名,Plasma Deposited N-doped a-SiC:H Films: Characterization,12th International Conference on Semiconducting and Insulating Materials,2002年,pp. 114-117
【文献】
仲秋 勇, 外4名,窒素微量添加によるP-CVD a-SiC:H膜の光導電率の改善,真空,1992年,Vol. 35, No. 3,pp. 124-127
【文献】
吉永浩亮, 外4名,プラズマCVD法による窒素をド-プしたアモルファルスシリコンカ-バイド半導体薄膜の作製とその物理・化学特,日本化学会講演予稿集,日本,2011年 3月11日,Vol.91st No.3,pp. 967
【文献】
J Safrankova, 外4名,Characterization of nitrogen-doped amorphous silicon carbide thin films,Vacuum,1998年,Vol.51, No.2,pp. 165-167
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
アノードカップリング型プラズマCVD法を用いて、アルキルシラン化合物及び/又はアルコキシシラン化合物であるシラン化合物と、シラザン化合物の混合物を含む原料から生成される化合物を基板上に堆積させることを特徴とする窒素含有アモルファスシリコンカーバイドからなるn型半導体の製造方法。
前記シラザン化合物のモル比が、前記シラン化合物と前記シラザン化合物の合計モル数に対して0.1〜3.0mol%であることを特徴とする請求項3に記載の窒素含有アモルファスシリコンカーバイドからなるn型半導体の製造方法。
前記シラザン化合物のモル比が、前記シラン化合物と前記シラザン化合物の合計モル数に対して0.3〜1.3mol%であることを特徴とする請求項3に記載の窒素含有アモルファスシリコンカーバイドからなるn型半導体の製造方法。
前記シラン化合物が、テトラメチルシラン、テトラエチルシラン、テトラプロピルシラン、テトラブチルシラン、及びテトラエトキシシランのうちの少なくとも1種類を含み、前記シラザン化合物は、1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラザン、1,1,1,3,3,3-ヘキサエチルジシラザン、トリス(トリメチルシリル)アミン、及びビストリメチルシリルメチルアミンのうちの少なくとも1種類を含むことを特徴とする、請求項3から5のいずれかに記載の窒素含有アモルファスシリコンカーバイドからなるn型半導体の製造方法。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-176811号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】PEDReview, Vol.1, No. 17, March, 14, 2002
【非特許文献2】吉永浩亮、栗山孝一、桑原遼輔、楢木野宏、本多謙介、プラズマCVD法による窒素をドープしたアモルファスシリコンカーバイド半導体薄膜の作製とその物理・化学特性、日本化学会講演予稿集、2011.3.11、Vol. 91st, No. 3, 967
【非特許文献3】A.C. Ferrari, and J. Robertson, Phy. Rev. B61, 20 (1999)
【非特許文献4】J.H. Jung, B.K. Ju, H. Kim, M.H. Oh, S.J. Chung, J. Jang, J.Vac, Sci. Technol. B 16 (1998) 705.
【非特許文献5】A. Singha, A. Ghosh, and A. Roy, J. Appl. Phys. 100, 044910 (2006)
【非特許文献6】Soon-Eng Ong, Sam Zhang, Hejun Du, Deen Sun, Diamond & Related Materials 16 (2007) 1628-1635
【非特許文献7】Robertson J, Non-Cryst Solids, 1991;137-138:825-30
【非特許文献8】R.Q. Zhang, E. Bertran, S.-T. Lee, Diamond and Related Materials, 7 (1998) 1663-166
【非特許文献9】R.U.A. Khan, S.R.P. Silva, Diamond and Related Materials, 10 (2001) 224-2297
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る窒素含有アモルファスシリコンカーバイドからなるn型半導体、及びその製造方法の一実施例について説明する。
【0019】
本実施例では、アノードカップリング型プラズマCVD法を用いて、アルキルシラン化合物及び/又はアルコキシシラン化合物であるシラン化合物と、シラザン化合物の混合物を原料として生成される化合物を、基板上に堆積させることにより、窒素含有アモルファスシリコンカーバイドからなるn型半導体を2種類(実施例1、2)製造した。また、本実施例の窒素含有アモルファスシリコンカーバイドからなるn型半導体と比較するために、カソードカップリング型プラズマCVD法を用いて、窒素含有アモルファスカーボンからなるn型半導体(比較例1)及び窒素含有アモルファスシリコンカーバイドからなるn型半導体(比較例2)を製造した。それぞれの製造条件を
図1に示す。
【0020】
窒素含有アモルファスシリコンカーバイド(実施例1及び2、比較例2。以下、a-SiCとする。)、及び窒素含有アモルファスカーボン(比較例1。以下、a-Cとする。)は、Radio-frequency(RF)プラズマCVD装置(13.56 MHz, SAMCO CO., Ltd. Model BPD-1)を使用して成膜した。a-SiC及びa-Cは、アンチモンをドープしたn型半導体(体積抵抗率 0.02Ωcm)単結晶シリコン基板(111)と絶縁体のソーダガラス上にそれぞれ成膜した。なお、これらの基板は、プラズマCVD装置の反応室に入れる前に、2-プロパノール中での超音波洗浄により表面脱脂洗浄を行った。また、a-SiC及びa-Cを成膜する前に、プラズマ出力200WのArプラズマ(流量50sccm)により、プラズマCVD装置の基板電極を加熱するとともに、自然酸化により基板表面に形成された表面酸化物を除去した。
【0021】
その後、原料ガスを導入してプラズマCVD法によりa-SiC及びa-Cを成膜した。実施例1及び2では、原料ガスとして、シラン化合物の1種でありSi、C源であるテトラメチルシラン(TMS)と、シラザン化合物の1種でありSi、C、N源である1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラザン(HMDS)の液体原料を混合したものを用い、この液体混合原料を80℃で気化させた後、反応室に導入した。TMSとHMDSの混合比は、体積比で100:1とした。この混合比は、TMS及びHMDSの合計モル数に対するHMDSのモル比が0.65%であることに相当する。比較例1ではアセトニトリルのみを原料に用いた。また、比較例2では、原料ガスとして、Si、C源であるテトラエチルシラン(TES)と、Si、C、N源である1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラザン(HMDS)の混合ガスを用いた。これらの原料も、実施例1及び2と同じ体積比で混合した。
【0022】
図2(a)にアノードカップリング型プラズマCVDにおける高周波電圧の印加とバイアス電圧の発生状況を、
図2(b)にカソードカップリング型プラズマCVDにおける高周波電圧の印加とバイアス電圧の発生状態を、それぞれ模式的に示す。アノードカップリング型プラズマCVD法は、反応室内に対向配置された2つの電極のうち、基板ステージが配置されている側の電極を接地し、他方の電極に高周波電圧を印加するプラズマCVD法である。一方、カソードカップリング型プラズマCVD法は、基板ステージが配置されている側の電極に高周波電圧を印加し、他方の電極を接地するプラズマCVD法である。
【0023】
図1に示した条件で製造した、a-SiC及びa-Cの各種特性を確認した。以下、1.組成解析、2.構造解析 3.光学特性、4.半導体特性、5.光電気化学特性、の順に、それぞれの結果を説明する。
【0024】
1.組成解析
XPS測定により、製造したa-SiC及びa-Cの元素組成比を算出した。a-SiC及びa-C表面の元素組成の解析は、0eVから1100eVの範囲を10eV/minの掃引速度で測定することにより行った。a-SiC及びa-Cの各元素の組成(atom%)は、検出されたSi原子の2pピーク、C原子の1sピーク、 O原子の1sピーク、及びN原子の1sピークのピーク強度Iから、相対感度係数法を使用して以下の式(1)から算出した。
X
i=(I
i/S
i)/(I
j/S
j)×100 ・・・(1)
ここで、Sは相対感度係数である。
また、一部サンプルについては、オージェ電子分光測定を行って元素組成を求めた。
【0025】
図3に、a-SiCのXPSスペクトル中に現れるピークの位置と元素の対応関係を示す。X線照射によりSi原子の1s軌道と2p軌道、C原子の1s軌道、及びO原子の1s軌道から放出される光電子に対応するSiの1sピーク、Siの2pピーク、Cの1sピーク、及びOの1sピークは、それぞれ、151eV、99eV、285eV、531eVの位置に確認された。また、O原子のオージェ過程により現れる、O KLL Augerピークが740eV付近に確認された。
【0026】
また、280eVから300eVの範囲において、掃引速度1eV/minでCの1sピークを測定し、検出されたピークを波形分離することにより、a-SiC及びa-Cのsp
2炭素成分の割合を算出した。Cの1sピークを波形分離して284.5eVで得られるピークはsp
2結合(C=C)に由来するピークであり、285.3eVで得られるピークはsp
3結合(C-C)に由来するピークである。これら2つのピーク面積強度Sから、以下の式(2)を使用してa-SiC及びa-Cのsp
2炭素成分の割合を算出した。
Csp
2/(Csp
2+Csp
3)=S(sp
2)/ΣS ・・・(2)
【0027】
図4に示すとおり、実施例1及び2の製造条件ではC:Siが1.1〜1.4程度で、N原子を4%程度含有するa-SiCが製造された。なお、図
4において、実施例1のN原子の含有率を「(4
*)」と記載しているのは以下の理由による。
実施例1のXPS測定時には、N原子に由来するピーク値が、ノイズと同レベル(窒素0.5atom%に相当)と検出された。しかし、ホール測定(後述)の結果、実施例1のa-SiCにおけるキャリア密度は5.38×10
14cm
-3となった(
図12参照)。この値は実施例2のa-SiCのキャリア密度(1.78×10
14cm
-3)の3倍に相当する。キャリア密度はN原子の含有量を反映することから、実施例1のa-SiCには、少なくとも実施例2のa-SiCのN原子含有率(3.68atom%)以上の窒素が含有されていることが分かる。つまり、
図4中の(4
*)は、C原子とSi原子の合計数に対して約4atom%の原子数比率でN原子を含有していることを示している。
【0028】
実施例1及び2、比較例1及び2では、Siの含有量が0〜39.5atom%の範囲で変化し、sp
2炭素成分の割合は0.70前後(0.67〜0.75)でほぼ一定となった。
なお、組成分析においてはどのサンプルもC原子、Si原子、N原子以にO(酸素)原子が検出されたが、これは、XPS、オージェ電子測定において薄膜表面を使用した際に、大気中で薄膜が表面酸化された影響を受けたためであると考えられる。
【0029】
カソードカップリング型プラズマCVD法で作製したa-SiC(比較例2)のSi原子の含有率は17.57atom%であったが、アノードカップリング型プラズマCVD法で製造したa-SiC(実施例1、2)のSi原子の含有率は33.11atom%以上であった。この違いは、プラズマCVD装置を使用してa-SiCを作製する時の基板付近のバイアス電圧の違いによるものであると推測される。
【0030】
図2に示したように、アノードカップリング型プラズマCVD法では、基板付近のバイアス電圧はほとんど0Vであるが、カソードカップリング型プラズマCVD法では、基板付近のバイアス電圧が負電圧であるため、プラズマ中のカチオンが基板に向かって強く引き込まれる。a-SiC成膜時のプラズマ出力は300W以下と小さいため、プラズマ中では、原料のシリコン含有炭化水素は原子状態まで分解されておらず、メチルカチオンと、メチル基が脱離したシリコン含有炭化水素となって存在していると考えられる。そのため、カソードカップリング型プラズマCVD法を用いると、メチルカチオンが基板方向へ引き込まれ、a-SiC中のC原子の含有率が増加したと考えられる。一方、アノードカップリング型プラズマCVD法を用いると、メチルカチオンが基板方向に引き込まれることがないため、C原子の含有率が低下し、Si原子の含有率が増加したと考えられる。
【0031】
2.構造解析
次に、a-SiC及びa-Cのラマン散乱分光測定結果について説明する。sp
2炭素成分の割合がほぼ一定であり、Si原子の含有量が異なる実施例1及び2、比較例1及び2のラマン散乱スペクトルを
図5(a)に示す。また、
図5(b)
は、実施例1及び2のラマン散乱スペクトルを拡大したもの、
図6は、ラマン散乱スペクトルから得られたDピーク位置、Gピーク位置、Dピーク強度、及びGピーク強度と、これらの値から算出したsp
2炭素クラスターサイズをまとめた表である。
【0032】
比較例1のラマン散乱スペクトルでは、1560cm
-1近傍に、非対称で、低波数側になだらかな肩を有するブロードなピークが検出された。
a-C膜のラマン散乱スペクトルでは、1560cm
-1付近にグラファイト性のsp
2炭素の結合伸縮に由来するG(Graphite)ピークと、1360cm
-1付近にグラファイト性のsp
2炭素構造中に欠陥(終端部位)などが存在する場合に現れるD(Disorder)ピークの2つのブロードなピークが検出されることが知られている。
【0033】
比較例1のラマン散乱スペクトルに関して波形分離を行ったところ、1561.77cm
-1と1379.1cm
-1にピークが得られた。従って、作製した薄膜は一般に報告されているアモルファスカーボンと同様のアモルファス構造を持つ炭素材料であると考えられる。
Siを17.57atom%含む比較例2のラマン散乱スペクトルにおいても、比較例1と同様、1500cm
-1近傍に、非対称で低波数側になだらかな肩を有するブロードなピークが検出された。このラマン散乱スペクトルに関して波形分離を行ったところ、1505cm
-1と1316cm
-1にGピークとDピークを得ることができた。従って、比較例2もアモルファス構造を有していると考えられる。
【0034】
一方で、Si含有量が33.11atom%を超えた実施例1及び2のラマン散乱スペクトルでは、1439cm
-1を中心としたピークが検出され、1560cm
-1付近にはGピークに由来するピークが検出されなかった。Gピークが検出されなかったことから、実施例1及び2ではグラファイト成分が少ないと考えられる。また、グラファイトに由来するGピークが検出されないことから、1439cm
-1に検出されるピークは、グラファイト成分の欠陥構造に由来するDピークの低波数シフトしたピークでもないと考えられる。1439cm
-1付近におけるラマン散乱スペクトルのピークとして、ベンゼンに由来するラマン散乱ピークが1450cm
-1に現れることが知られている。このことから、実施例1及び2では、sp
2炭素の六員環構造が互いに集合してグラファイト成分を構成しているのではなく、sp
2炭素がグラファイトを形成しない程度の大きさで六員環構造を形成し、連なって存在していると考えられる。
【0035】
実施例のサンプルでは、ラマン散乱分光測定でDピーク及びGピークが検出されなかったため、X線回折測定を行った。
図7に示すとおり、実施例2のX線回折スペクトルにはSiC結晶に由来する(37°;4H-SiC, 35°,41°;6H-SiC)の位置にピークは検出されず、43°の位置にグラファイト由来の非常にブロードなピークが検出された。従って、実施例2の薄膜も明確な結晶構造をもたないアモルファス構造を有していると考えられる。なお、28°の位置に検出されている強いピークはシリコン基板由来の回折ピークである。
【0036】
GピークとDピークの強度比から算出したa-SiCあるいはa-C中のsp
2クラスターサイズは、Siを含有していない比較例1では4.17nmであるが、Si原子を17.57atom%含有する比較例2では9.32nmに増大した。さらにSi原子の含有量が多い実施例1及び2ではGピーク、Dピークが検出されなくなることから、sp
2炭素クラスターが形成されていない、あるいは、ラマン散乱スペクトルには現れない程度のサイズにまでsp
2炭素クラスターが小さくなっていると推測される。すなわち、実施例1及び2では、比較例1及び2と比較して、C原子の含有量が減り、その分Si原子の含有量が増えたことを示した、
図4のデータを裏付けていると考えられる。
【0037】
3.光学特性
a-SiC及びa-Cの透過光スペクトルは、ガラス基板上にa-SiC薄膜及びa-C薄膜を成膜した試料を用いて測定した。そして、測定により得られた透過光スペクトルから以下の式(3)を用いて光吸収係数αを求めた。
α=-ln{(T/100)/d×10
8} ・・・(3)
ここで、Tはa-SiC又はa-Cの透過率 (%)であり、dは膜厚(単位:Å)である。さらに、光吸収係数αを用いてTaucプロットを作成して、光学ギャップ(E
og)を算出した。
(αhν)
1/2=B(E
og-hν) ・・・(4)
ここで、hνは入射光エネルギー、Bは定数、E
ogは光学バンドギャップの値である。
【0038】
Si原子の含有量が異なる、実施例1及び2と比較例1及び2のTauc plotを
図8に示す。得られたプロットの接線と横軸との交点が光学ギャップ値である。Tauc plotから計算された光学バンドギャップの一覧を
図9に示す。さらに、Si原子の含有量に対して光学バンドギャップをプロットしたものを
図10に示す。
図9に示すとおり、実施例1及び2では、光学ギャップが2.3
6〜2.7
6eVとなり、結晶性シリコンの1.14eVと比較して、2倍以上の大きなワイドギャップを持つ半導体を製造する事ができた。
【0039】
図10に示すように、Si原子の含有量が増加すると、a-SiCの光学バンドギャップは1.76eV、2.36eV、2.76eVと増大していき、Siの含有量が39.50atom%である実施例2では2.76eVにまで達した。Si原子の含有量を増加させることにより光学バンドギャップが増大する原因として、a-SiC中のsp
2炭素成分の構造が変化するためであると考えられる。
【0040】
非特許文献8には、sp
2炭素により形成される六員環構造の連なりが長くなると、光学バンドギャップが減少することが報告されている。これを考慮すると、実施例2のように光学バンドギャップが2.76eVである時の六員環構造の連なりは4個であり、ピレンの状態でa-SiC中に存在していると考えられる。また、比較例2のように光学バンドギャップが1.76eVである時の六員環構造の連なりは10個であり、オバレンの状態でa-SiC中に存在していると考えられる。さらに、六員環構造の連なりが長くなり、120個以上の六員環構造が連なってグラファイト構造に近づくと、比較例1のように、光学バンドギャップが0.346eVとなると考えられる。つまり、実施例2では、Si原子の含有量が多いために六員環構造の連なりが4個以下に抑制され、光学バンドギャップを2.76eVにまで増加したと考えられる。
【0041】
比較例1及び2と実施例1及び2のように、a-SiC中のSi原子の含有量が増加すると、Tauc plotの形状は、0.346eVに吸収端を持つ1本の直線から、それぞれ1.76eV、2.36eV、2.76eVといった高エネルギー側に吸収端を持つ領域と、0.346eV近傍の低エネルギー側に吸収端を持つ領域に分かれていく傾向が確認された(
図8)。0.346eV近傍に吸収端を持つ光吸収はグラファイト構造に由来するものであり、sp
2炭素クラスターによる光吸収であると考えられる。
【0042】
0.346eV近傍では、Si原子の含有率が33.11atom%を超えると、(αhν)
1/2の値が100eV
1/2cm
-1/2以下となる。そのため、上述したように、実施例1及び2ではラマン散乱スペクトルにおいてGピーク、Dピークが検出されなかったと考えられる。つまり、実施例1及び2では、Gピーク、Dピークが検出されない程度にまで、sp
2炭素クラスターサイズが小さくなっていると考えられる。以上のことを考慮すると、実施例2、比較例
2及び1の内部構造は、それぞれ
図11(a), (b), (c)のようになっていると考えられる。また、それぞれのバンド構造は
図12(a), (b), (c)のようになっていると考えられる。
【0043】
3.半導体特性
作製したa-Cとa-SiCの半導体特性を明らかにするために、Hall効果測定装置(Ecopia., HMS-3000)を使用し、van der Pauw法によりキャリア密度、キャリア移動度、体積抵抗率、及び伝導型を測定した。測定には、絶縁体のガラス基板上にa-SiCあるいはa-Cを成膜した試料を用いた。薄膜上には、1mm
2のニッケルを1cm間隔で4隅に抵抗加熱方式で蒸着してオーミック接触を形成し、このオーミックコンタクトをHall測定に必要な4つの電極として使用した。蒸着した電極に測定装置の端子を接触させ、0.35Tの永久磁石の磁場方向と薄膜表面が垂直になるように試料を設置して、室温でHall効果測定を行った。その結果を
図13に示す。
【0044】
比較例2、実施例1及び2の順に、N原子をドープしたa-SiC中のSi原子の含有量を増加させた場合の半導体特性の変化を確認した。その結果、キャリア密度は10
14オーダーで変化しないものの、Si原子の含有量が33.11atom%を超える実施例1及び2では、比較例2に比べてキャリア移動度が10倍大きくなった。これは、Si原子を含有させたことによりa-SiC中の六員環構造の連なりが短くなったためと考えられる。有機材料におけるキャリア移動度は、グラファイトやアモルファスシリコンなどの無機材料におけるキャリア移動度に比べて小さい。つまり、Si原子を含有させたことにより、a-SiC中に含まれる有機分子構造を六員環構造10個のオバレンから4個のピレンに小さくできたことが、キャリア移動度の増加につながったと考えられる。
以上の点を踏まえると、実施例1及び2は、比較例2よりも大きな光学ギャップを示しているが、キャリア移動度が10倍高く、体積抵抗率が10分の1という優れた半導体特性を示す材料であると言える。
【0045】
4.光電気化学特性
電気化学測定では、ポテンショ/ガルバノスタット(Hokuto Denko Co., HZ-3000 system)を用い、3電極セルを使用したリニアスイープボルタンメトリー(LSV)法により実行した。3電極セルの構成は、対極(CE)に白金ワイヤ、参照極(RE)にAg/AgCl(sat.KCL)電極、作用極(WE)にa-SiCあるいはa-C薄膜を使用した。以下、電位を表記する際は、Ag/AgCl(sat.KCL)参照電極を基準とした電位とする。測定の電解質溶液には0.2MのNaH
2PO
4を使用した。作用極と電解質溶液の接触面積(電極面積)は、Oリングを使用して0.1cm
2に調節した。電気化学測定の測定範囲は-1.5Vから4.0Vとし、走査速度は5mV/secとした。
【0046】
a-SiC及びa-Cの光応答電流の測定は、紫外光源である水銀キセノンランプ(USHIO Co., SP9-250DV,ランプ出力 250W)を用いて行った。水銀キセノンランプは膜表面に垂直な方向に9cm離れた位置に配置して紫外光を照射した。紫外光の強度は紫外線照度計(USHIO Co., UIT-201)とプローブ(USHIO., UVD-365PD)を使用して測定した。
また、後述する別の光応答電流の測定では、水銀キセノンランプから波長360nmの光のみを取り出すために光学フィルター(HOYA Co., U-360)をハロゲンランプのファイバーの先端に取り付けた。紫外光源以外の装置、セル、条件は上記の電気化学測定と同じである。量子効率QEは以下の式(5)を用いて算出した。
QE=N
e/N
p ・・・(5)
ここで、N
pは入射した光子の数、N
eは電子の数である。N
p、N
eは以下の式(6)、(7)を用いて算出した。
N
e=I
p×e ・・・(6)
N
p=W/E ・・・(7)
ここで、I
pは光応答電流、eは電荷素量、Wは入射した光の強度、Eは波長360nmの光子1個のエネルギーである。
【0047】
実施例1及び2と比較例1及び2の光応答電流の測定結果を
図14に示す。また、得られた暗電流値、光照射時の電流値、光応答電流値を
図15に示す。
【0048】
Si原子を含有しない比較例1に関する、紫外光を照射しない暗電流測定結果では、卑電位側で水素発生電流が確認された。一方、貴電位側での酸素発生電流は、水素発生電流と比較して電流値が小さくなった。このような非対称の電流-電位曲線は、比較例1がn型半導体特性を有していることを示している。しかし、比較例1では、pn接合素子に適用させた場合にリーク電流の原因となる暗電流の値が3.60μAcm
-2 at 2V vs.Ag/AgClと大きくなった。また、貴電位側にさらに電位を掃引するとa-C薄膜がSi基板から剥離した。このことから、比較例1はn型半導体性を示すものの整流作用が弱く、pn接合素子に適用するのは困難であると考えられる。
【0049】
一方、Si原子を含有する実施例1及び2、比較例2では、電位を貴電位側に4V vs.Ag/AgClまで掃引してもSi基板からa-SiC膜は剥離せず、また整流作用が強いことが確認できた。これは、Si原子を含有させたことにより光学バンドギャップが増大し、価電子帯から伝導帯に電子が熱励起されることによる影響が低減されたためと考えられる。実際に、実施例1及び2と比較例2の比較では、光学バンドギャップが増大するにつれて暗電流値が小さくなる傾向が確認された。
【0050】
比較例1のa-C電極表面に紫外光を照射して光応答電流の測定を行った結果、1.63μAcm
-2 at 2V vs.Ag/AgClとなり、光応答電流はほとんど確認されなかった。これは、室温において、価電子帯に存在する電子が伝導帯に熱励起されて生じる酸素発生電流への影響が、光励起による寄与よりも大きかったことが原因と考えられる。
【0051】
Si原子を17.57atom%含有し、光学バンドギャップが1.76eVである比較例2では、室温における価電子帯の熱励起の影響が低減され、光応答電流の測定において52.8μAcm
-2 at 4V vs.Ag/AgClの光応答電流が確認できた。このことから、Siを添加することで光電変換機能を持つn型半導体のa-SiCを製造することができたと言える。
【0052】
ところが、Si原子をさらに多く含有する実施例1及び2では、それぞれ、光応答電流が8.97μAcm
-2 at 4V vs.Ag/AgCl、8.94μAcm
-2 at 4V vs.Ag/AgClにまで減少した。これは、光応答電流の測定に水銀キセノンランプ光源を使用したためであると考えられる。具体的には、光学バンドギャップが実施例1及び2よりも小さい比較例2の方が、価電子帯の電子を伝導帯に光励起させるために使用できるエネルギー領域の光が多かったためであると考えられる。
【0053】
そこで、上述したように、実施例2の光学バンドギャップを超えるエネルギーを持つ、波長360nm(3.44eV)近傍の紫外光のみを透過させる光学フィルタを水銀キセノンランプ光源に取り付けて光応答電流の測定を行うことにより、波長360nmの光に対する量子効率を算出した。実施例2及び比較例2の光応答電流の測定結果は、
図16(a), (b)にそれぞれ示す通りとなり、実施例2の光応答電流は7.62μAcm
-2 at 4V vs.Ag/AgCl、比較例2の光応答電流は13.7μAcm
-2 at 4V vs.Ag/AgClとなった。光学フィルタを取り付けた測定では、光応答電流値の差が5.9倍から1.8倍まで減少した。
【0054】
光応答電流測定時に照射した、波長360nmの紫外光の光強度27.6mWcm
-2から、実施例2及び比較例2における量子効率を算出した結果、それぞれ1.46%、2.63%となった。Si原子を含有する実施例2及び比較例2は、波長360nm(3.44eV)の光に対する光電変換性能が同程度であるn型半導体であることが明らかとなった。しかし、比較例2の暗電流値は実施例2の暗電流値より12.5倍も大きい。また、光学バンドギャップも実施例2のほうが大きい。つまり、今回製造した実施例1及び2と比較例1及び2の中で、実施例2は、最も大きな光学バンドギャップを有し、暗電流を発生させず、光電変換機能を持つ、最良のn型半導体であるといえる。
【0055】
また、原料ガスの混合比以外は実施例2と同じ製造条件で、新たに3種類の試料を作製し、それぞれの光学バンドギャップ、光応答電流、キャリア密度、キャリア移動度、及び体積抵抗率を測定して、実施例2の結果と比較した。3種類の試料における原料ガスの混合比(TMS:HDMS)は体積比で、100:0(実施例2a)、100:2(実施例2b)、100:5(実施例2c)である。なお、実施例2の混合ガスの体積比は、上述したとおり100:1である。
【0056】
上記4試料の測定結果の比較表を
図17に示す。原料ガスの混合比を変更した、いずれの試料においても大きな光学バンドギャップが確認され、他の測定値についても良好な結果が得られた。光応答電流値、キャリア濃度に関して、実施例2は窒素がドープされていない実施例2aより高い結果となっている。これは、窒素がn型キャリアとして機能していることを示している。また、実施例2は窒素添加量を変更した3つの実施例の中で最も高い光応答電流値、キャリア密度を示している。次いで、実施例2b、実施例2cの順に好ましい結果が得られた。
この結果から、HDMSを、TESとHMDSの合計モル数に対して0.1〜3mol%の割合とすることが好ましく、この割合を0.3〜1.3mol%とすることがより好ましいと考えられる。実施例2の製造条件(HMDSのmol%比:0.65%程度)及び元素組成比(N原子の含有率:約4%)から、HMDSの混合割合が0.3〜1.3mol%である場合には、Si原子とC原子の合計数に対して2〜8%の原子数比率でN原子が含有されると考えられる。
【0057】
なお、上記実施例では、TESとHMDSを用いたが、シラン化合物として、TESと似た構造を有するテトラエチルシラン、テトラプロピルシラン、テトラブチルシラン、あるいはテトラエトキシシランを用いたり、シラザン化合物として、1,1,1,3,3,3-ヘキサエチルジシラザン、トリス(トリメチルシリル)アミン、あるいはビストリメチルシリルメチルアミンを用いても、上記同様の結果が得られると考えられる。