(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6167411
(24)【登録日】2017年7月7日
(45)【発行日】2017年7月26日
(54)【発明の名称】耐塩素孔食性及び耐全面腐食性及び防錆性に優れたステンレス鋼の表面改質処理方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/34 20060101AFI20170713BHJP
【FI】
C25D11/34 301
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-74979(P2012-74979)
(22)【出願日】2012年3月8日
(65)【公開番号】特開2013-185256(P2013-185256A)
(43)【公開日】2013年9月19日
【審査請求日】2013年12月16日
【審判番号】不服2015-9560(P2015-9560/J1)
【審判請求日】2015年5月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】591120837
【氏名又は名称】株式会社ケミカル山本
(72)【発明者】
【氏名】山本 正登
(72)【発明者】
【氏名】中井 誠
【合議体】
【審判長】
鈴木 正紀
【審判官】
金 公彦
【審判官】
板谷 一弘
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D11/04-11/34,C25D 9/10,C25F 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.05Wt%以上乃至飽和濃度以下の硫酸、リン酸、クエン酸、酒石酸、シュウ酸、リンゴ酸、乳酸、酢酸、グルコン酸、グリコール酸、コハク酸などステンレス鋼に対して非酸化性に作用する酸の各ナトリウム、カリウム、アンモニウム塩の一種若しくは二種以上を基材とし、これにさらに0.03Wt%から2.5Wt%濃度以下のリチウムの有機酸若しくは無機酸塩かまたは水素化リチウム、水酸化リチウム、酸化リチウムの何れか一種若しくは二種以上のリチウム化合物のみを配合した水溶液を電解液とし、ステンレス鋼を直流の陽極又は交流の一極に、若しくは直流に交流を重ね合せた交直重乗電流の陽極側に接続して電解処理をすることにより、オーステナイト系ステンレス鋼特有の欠点とされている耐塩素孔食性やマルテンサイト系ステンレス鋼の宿命である全面腐食や発錆に対しそれを防止する優れた防食皮膜を形成させるステンレス鋼の表面改質処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海水や塩素によるトラブルが発生している箇所或いは発生が予想される箇所例えば、化学プラント、水族館、プール、シンク等に使用されているオーステナイト系ステンレス素材や硬度を有する刃物、外科用器具、シャフト等に使用されるマルテンサイト系ステンレス鋼の不動態被膜を強化し、オーステナイト系ステンレスに特有な孔食及びマルテンサイト系ステンレスの宿命である全面腐食及び発錆の抑制を著しく向上させるステンレス鋼の表面改質処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本出願人は、過去ステンレス鋼の溶接後の溶接焼け取り洗浄作業が極めて危険な劇毒物に該当する硝弗酸に依存している実情に鑑み、研究の結果、安全無害な中性塩を電解液とする電解焼け取り方法を開発し、「合金鋼の脱スケール法」の名称のもとに特許第1543867号を取得し、従来の危険な劇毒物硝弗酸の使用を抑制し、より安全無害な溶接焼け取りを可能とする電解装置を開発した。
この発明の要旨とするところは、燐酸、硫酸、弗酸の中性塩溶液にグリセリンを混合して電解液とし、被処理ステンレス鋼を陽極とする直流電解法である。
この方法によれば、極めて効果的に上記焼け取り作業が実施できるが、電解時に毒性の強い高濃度の六価クロムが溶出する欠点が有ったため、この種の電解液に改良を加え、市販の単純な直流電源器をもって電解処理を施工しても六価クロムを溶出しない画期的で安全な電解液を開発し業界の注目するところとなっている。
【0003】
又、従来市販の六価クロムが溶出して危険性のある中性塩電解液を使用しても、六価クロムが完璧に溶出しないように改良した画期的な電解処理用電源器を開発し、「合金鋼の溶接に伴うスケールの除去方法」の名称のもとに特許第1908719号を取得している。この発明の要旨とするところは、無機中性塩の溶液を電解液とし、直流に振幅が直流電圧に等しいか又は若干高い程度の交流を重ね合わせた交直重乗電流をもって電解処理することを特徴とするもので、電解時に溶出した有害な上記六価クロムは直ちに三価クロムに還元され、無害化される卓越した効果を奏するものである。
【0004】
本出願人は、その他電気化学的手法として、従来の技術ではステンレス表面の公知の酸素系不動態化被膜を破壊するため適用不可能とされていた交流電流を用いることをも可能にして、ステンレス鋼表面の優美性を維持したままでその表面に強力な不動態被膜を形成させることにより、ステンレス鋼本来の耐食性を損うことなく、むしろ向上させながらステンレス鋼表面に付着している溶接や熱処理による酸化膜や、さび、油分、汚れ等の各種異物を一工程で除去するステンレス鋼の表面清浄、不動態処理方法を確立し、「ステンレス鋼表面の清浄、不動態化処理方法」の名称のもとに特許第3484525号を取得している。
また、特許第4218000号「含弗素乃至含弗素・酸素系被膜層を形成させたステンレス鋼とその製造方法」では、特許第3484525号で不明であった強力な不動態被膜を形成させるメカニズムをも解明し、電気化学的手法により、ステンレス鋼の表面部乃至はその近傍に対し、弗素もしくは弗素と酸素とをイオン状で拡散、浸透せしめることにより含弗素系乃至含弗素・酸素系の被膜層を形成させ、従来のステンレス鋼表面に形成されている酸素系不動態被膜に比べてより耐食性に優れた新規な被膜の形成によってもたらせる効果により、該ステンレス鋼の鋼種に応じて保有する固有の耐食性をより一層飛躍的に向上させ、特にオーステナイト系ステンレス鋼に特有の塩素による孔食発生から異常腐食さらには応力腐食割れに至る諸問題を大幅に改善したステンレス鋼とその製造方法を発明した。
【0005】
一般に、原子力プラントに使用される配管や石油精製プラント等化学プラントの反応塔や配管等にはオーステナイト系ステンレス鋼等の各種ステンレス鋼が使用されているが、これら耐食性に優れているステンレス鋼も塩素イオンや水素イオン等の雰囲気下で、外部応力や残留応力が引張り応力としてかかる等の悪条件が重なれば、応力腐食割れ(以下「SCC」という。)が発生し易く、SCCを原因とした様々な腐食事故が起こっている。
特許第4218000号では、電気化学的方法により、ステンレス鋼表面に含弗素、酸素系被膜層を形成させて塩素による耐孔食性をより向上させ、ひいてはSCCを防止するものであるが、SCCに対する効果については、十分に説明されていなかった。本出願人は続いて、特許第4678612号「表面改質ステンレス鋼及び表面改質ステンレス鋼の処理方法」では上記特許第4218000を基本に鋭意研究を重ねた結果、ステンレス鋼表層部に対して、ホウ素又はホウ素とフッ素若しくはこれらと酸素とをイオン状で拡散、浸透させることにより、含ホウ素又は含ホウ素とフッ素若しくはこれらの酸素系被膜を形成させることにより、耐SCC性を飛躍的に向上させた表面改質ステンレス鋼及びその処理方法を確立し、ステンレス鋼の表面改質全般に亘り新規な研究を成し、大きな成果を挙げてきた。
【先行技術文献】
【0006】
【特許文献1】特許第1543867号
【特許文献2】特許第1908719号
【特許文献3】特許第3484525号
【特許文献4】特許第4218000号
【特許文献5】特許第4678612号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献4では、特許文献3で不明であった強力な不動態被膜を形成させる機構も解明し、電気化学的手法によりステンレス鋼の表面に含弗素、酸素系被膜層を形成させて耐塩素孔食性を著しく向上させる方法を確立し、さらに特許文献5ではステンレス鋼表層部に含ホウ素又は含ホウ素とフッ素若しくはこれらの酸素系被膜層を形成させ、耐食性特にSCC防止効果の特徴を持つ表面改質ステンレス鋼及び処理方法の発明であった。この様に本出願人は、これまで主に、全面腐食や発錆等の耐食性に優れているSUS304やSUS316等のオーステナイト系ステンレス鋼に特有な塩素イオンによる孔食の発生や応力腐食割れの防止を飛躍的に向上させる表面改質を目的として開発研究を行い、多大な成果を収めてきた。
一方、SUS410やSUS420等のマルテンサイト系ステンレス鋼は硬さを要求される刃物、外科用器具、軸受けやベアリング等に使用されており耐摩耗性には優れているが、耐食性がオーステナイト系ステンレス鋼に比べ劣る事が指摘されている。本出願人は、この耐食性の劣るマルテンサイト系ステンレス鋼に、特許文献3、特許文献4や特許文献5での表面改質処理を行い、その効果を確認したところマルテンサイト系ステンレス鋼では、オーステナイト系やフェライト系ステンレス鋼で確認された様な飛躍的な表面改質効果は認められなかった。
【0008】
本発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、本出願人が先に提案した特許文献3、特許文献4、特許文献5に示された様な電気化学的方法による表面改質処理方法を基本にし、鋭意研究を重ねた結果、
特許文献3、特許文献4、特許文献5に示されるようなフッ素化合物やホウ素化合物を用いることなく、ステンレス鋼の表面に特定の元素を含む電解液を用いて、イオン状で電解拡散、浸透させたステンレス鋼の改質処理を行うことにより、オーステナイト系ステンレス鋼に特有の塩素による孔食発生及びマルテンサイト系ステンレス鋼に特有の全面腐食や発錆防止に対し飛躍的に向上させた表面改質処理方法を提供することを目的とするもので、従来公知の酸素の効用による不動態化とは全く異なるもので、本発明者らはこれらをウルトラ不動態と呼称している。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するため、請求項1記載の発明は、0.05Wt%以上乃至飽和濃度以下の硫酸、リン酸、クエン酸、酒石酸、シュウ酸、リンゴ酸、乳酸、酢酸、グルコン酸、グリコール酸、コハク酸などステンレス鋼に対して非酸化性に作用する酸の各ナトリウム、カリウム、アンモニウム塩の一種若しくは二種以上を基材としこれにさらに0.03Wt%から2.5Wt%濃度以下のリチウムの有機酸若しくは無機酸塩かまたは水素化リチウム、水酸化リチウム、酸化リチウムの何れか一種若しくは二種以上のリチウム化合物
のみを配合した水溶液を電解液とし、ステンレス鋼を直流の陽極又は交流の一極に、若しくは直流に交流を重ね合せた交直重乗電流の陽極側に接続して電解処理をすることにより、オーステナイト系ステンレス鋼特有の欠点とされている耐塩素孔食性やマルテンサイト系ステンレス鋼の宿命である全面腐食や発錆に対しそれを防止する優れた防食皮膜を形成させるステンレス鋼の表面
改質処理方法にある。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の記載の発明によれば、本発明は、海水や塩素によるトラブルが発生している箇所或いは発生が予想される箇所例えば、化学プラント、水族館、プール、シンク等に使用されているオーステナイト系ステンレス素材や硬度を有する刃物、外科用器具、シャフト等に使用されるマルテンサイト系ステンレス鋼の表面に対し、
上記基材に、有機酸及び無機酸とのリチウム塩または水素化リチウム、水酸化リチウム、酸化リチウムの一種若しくは二種以上のリチウム化合物
のみを配合した水溶液を電解液とし、電解処理という極めて簡単な手法を行うことでリチウムを拡散浸透せしめることにより、各鋼種の防食被膜を強化し、オーステナイト系ステンレス鋼に特有の孔食及びマルテンサイト系ステンレスの宿命である全面腐食及び発錆の抑制を著しく向上させる不動態化皮膜を形成させることができる。
【0011】
ステンレス鋼の定義は、クロムを10.5%以上含む鉄合金とされており、クロム含有量が高くなるにつれて優れた耐食性を示す。一般的にSUS304に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼はクロムを18%以上含有しているが、SUS410やSUS420等のマルテンサイト系ステンレス鋼はクロムが13%しか含まれていない。その金属特性で、マルテンサイト系ステンレス鋼はオーステナイト系ステンレス鋼に比べ硬度、耐摩耗性には優れているが、耐食性が劣っていることが問題であった。
ここで、本出願人が特許文献3、特許文献4、特許文献5で発明したフッ酸の中性塩やホウ酸又はホウ酸及びフッ酸の中性塩を配合した電解液でマルテンサイト系ステンレス鋼を電解処理した時に耐食性の向上が発現されずに、なぜ、本出願発明でのリチウム化合物を含む中性塩を配合した電解液で電解処理するとマルテンサイト系ステンレス鋼の全面腐食や発錆に対する防止効果の向上が認められるのか、メカニズムは必ずしも明らかではないが、おそらくフッ素やホウ素イオンとリチウムイオンのステンレス鋼への浸透、拡散の違いによる異なった不動態被膜の形成によるものと推察される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、
基材にリチウム化合物を含む中性塩を配合した電解液で電解処理を施すと、これまで本出願人が明らかにしてきたオーステナイト系ステンレス鋼に特有な耐塩素孔食性の向上はもちろんのこと、それに加え新たにマルテンサイト系ステンレス鋼の全面腐食や発錆に対しそれを防止する表面改質処理方法を見出したものである。
【0013】
オーステナイト系ステンレス鋼への耐塩素孔食性については、オーステナイト系ステンレス鋼の中で代表的なSUS304の2B材を用いJISに規定されている塩化第2鉄溶液を用いる孔食試験に準じて行った。
上記ステンレス鋼SUS304の試験片に、0.05Wt%以上乃至飽和濃度以下の硫酸、リン酸、クエン酸、酒石酸、シュウ酸、リンゴ酸、乳酸、酢酸、グルコン酸、グリコール酸、コハク酸などステンレス鋼に対して非酸化性に作用する酸の各ナトリウム、カリウム、アンモニウム塩の一種若しくは二種以上を基材としこれにさらに有機酸及び無機酸とのリチウム塩または水素化リチウム、水酸化リチウム、酸化リチウムの何れか一種若しくは二種以上のリチウム化合物を配合した水溶液を電解液とし、処理すべきステンレス鋼を直流の陽極に又は交流の一極に、若しくは直流に交流を重ね合せた交直重乗電流の陽極側に接続した状態で、上記電解液中に浸漬し、ステンレス鋼か黒鉛あるいはタングステン、モリブデン材などの難溶性電極を対極として通電する浸漬電解法を行うか又は他の一方法として、処理すべきステンレス鋼を電源の一極に接続すると共に同ステンレス鋼の表面上において対極との間に、天然又は合成、人造繊維の織布もしくは不織布の含水性物質(以下「モップ」という。)を介在させ、同モップに上記の電解液を含浸させた状態で、対極を用いてステンレス鋼の表面上で摺動しながら移動し電解処理を行うか、更に他の方法としては、直流の陽極又は直流に交流を重ね合わせた交直重乗電源の陽極側かもしくは交流電源の一極側に接続した処理すべきステンレス鋼の上面に上記電解液を浸した状態のモップを被せ、その上に対極を載置し電解処理を行うことにより、ステンレス鋼表層部にリチウム又はリチウムと酸素とをイオン状で拡散、浸透させオーステナイト系ステンレス鋼の耐塩素孔食性に優れた表面改質を形成するものである。
【0014】
上記電解液において、リチウム化合物の水溶液は、0.01Wt%以上乃至飽和濃度まで効果があるが、実用的には0.05から2.0Wt%程度が良いことが確認された。
【0015】
オーステナイト系ステンレス鋼への耐塩素孔食試験として、SUS304の試験片の表面を上記の通り電解処理しその表面を改質処理したものと全く電解処理を行わない未処理の試験片を、10%塩化第2鉄溶液の中に2時間浸漬させ水洗しその表面の状況を確認したところ、未処理品では多数の孔食発生が確認されたが、本発明処理によって処理された試験片では孔食は全く認められなかった。
【0016】
次に、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐全面腐食性と耐防錆性については、マルテンサイト系ステンレス鋼の中でも代表的な鋼種のSUS410の2B材を用い、上記したオーステナイト系ステンレス鋼の耐塩素孔食試験で行ったのと同用な電解処理を実施した。
最初に、全面腐食防止の評価試験としては、SUS410のステンレス鋼表面を、上記の通り電解処理しその表面を改質処理したものと全く電解処理を行わない未処理の試験片を、0.5Wt%硫酸溶液の中に常温で60分間浸漬させ水洗し、その表面の状況の観察と浸漬前後での重量減を測定し腐食量の確認を行った。更には、市販の電解液や特許文献3、特許文献4、特許文献5で発明された電解液を用いて電解処理し表面改質を行ったステンレス鋼との比較も行った。
【0017】
未処理品のステンレス鋼では、全面が腐食し黒色に変色していたが、本発明のリチウム化合物を含む電解液で表面改質処理した試験片では、変色はほとんど認められず腐食量も未処理品の1%程度と非常に小さかった。また、市販の電解液を用い電解処理を施したステンレス鋼も黒変が確認され、腐食量も未処理の場合と大差がなかった。さらに、本出願人が過去に発明したフッ素、ホウ素又はホウ素及びフッ素を含有する電解液で表面改質処理を行ったステンレス鋼では、灰黒色への変色が認められ、腐食量も未処理品と比べ70%程度と若干の防止効果は認められるものの本発明処理によって処理されたものほどの効果は認められなかった。
【0018】
続いて、マルテンサイト系ステンレス鋼への発錆防止の評価試験としては、台所や洗面所に使用されるジクロロイソシアヌル酸塩の3%溶液50ccを100CCのポリ容器に入れ、そのポリ容器をSUS410の各処理した試験片の入った密閉可能な10リットル容量のポリ容器の中に設置し、常温で3日間10リットルポリ容器の中で次亜塩素酸を揮散させた状態で各処理試験片の発錆状態を観察した。設置した各処理試験片は、上記の通り本発明のリチウム化合物を含む電解液で表面改質処理したものと全く電解処理を行わない未処理品、更に市販の電解液や特許文献3、特許文献4、特許文献5で発明された電解液を用いて電解処理し表面改質を行ったステンレス鋼を用いた。
【0019】
3日間、次亜塩素酸雰囲気中に各処理試験片を暴露した結果、市販の電解液で処理した試験片では未処理のものより、多くの発錆が確認された。一方、本発明の電解液で表面改質処理した試験片では市販品の電解液で処理したものや未処理品と比べ明らかに錆の発生が少なく、顕著な防錆効果が確認された。また、本出願人が先に発明した特許文献3、特許文献4、特許文献5で示された電解液で表面改質処理したものは未処理品よりかは若干発錆は少なかったが、本発明処理によって処理されたものほどの効果は認められなかった。
【0020】
オーステナイト系ステンレス鋼への耐塩素孔食性については、オーステナイト系ステンレス鋼の中で代表的なSUS304の2B材を用いJISに規定されている塩化第2鉄溶液を用いる孔食試験に準じて行った。
【0021】
0.01Wt%から5.0Wt%濃度に調整したリチウム化合物水溶液からなる電解液を使用して、交流電源に接続し、上述のモップを被せた電極により、試験片全面を数秒から数十秒間摺動し表面改質処理を施した。
【0022】
次に、試験片の表面を上記の通り電解処理したものと全く電解処理を行わない未処理の試験片を、10%塩化第2鉄溶液の中に2時間浸漬させ水洗しその表面の状況を確認した。未処理の試験片では多数の孔食発生が確認され、腐食量も6.82(mg/cm
2)であった。
図1に、未処理の試験片について、孔食試験後の孔食の状況を撮影した写真を示す。
【0023】
これに対し、
図2に示した様にリチウム化合物を含む電解液で処理した試験片は、その表面にほとんど孔食は認められず、腐食量も0.39(mg/cm
2)であり、未処理の腐食量の約6%程度と非常に小さかった。
また、このリチウム化合物からなる水溶液の電解液の濃度を変えて種々試験を行ったところ、電解液の濃度は実際的には、0.03Wt%から2.5Wt%程度がオーステナイト系ステンレス鋼の耐塩素孔食性に効果が大きいことが分かった。
【0024】
更に、比較の為に、市販の焼け取り用中性電解液Aを用いて、
参考例と同様な試験を行ったが、市販の焼け取り用中性電解液Aで処理した試験片では未処理品よりも多くの孔食発生が認められ、腐食量も8.11(mg/cm
2)と未処理品より高かった。
図3に、市販の焼け取り用中性電解液Aで処理した試験片の孔食試験後の状況を撮影した写真を示す。
【実施例1】
【0025】
次に、1.0%Wt%から20.0Wt%のリン酸及びグリコール酸のナトリウム塩を基材とし、それに、0.03Wt%から2.5Wt%のリチウム化合物からなる水溶液の電解液を使用して交直重乗電源に接続し、数秒から数十秒間、浸漬電解処理を施したものについて孔食試験を行ったところ、モップを使用した摺動方式の電解処理と同様に孔食はほとんど発生せず、腐食量も未処理の約4%程度と非常に高い効果があった。
【実施例2】
【0026】
続いて、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐全面腐食性と耐防錆性については、代表的な鋼種のSUS410の2B材を用い、上記したオーステナイト系ステンレス鋼の耐塩素孔食試験で行ったモップを用いた摺動方式での電解処理を行った。
【0027】
最初に、全面腐食防止の評価試験としては、SUS410のステンレス鋼表面を、10.0%Wt%から25.0Wt
%のリン酸と酢酸のカリウム塩水溶液に0.03Wt%から2.5Wt%のリチウム化合物からなる水溶液の電解液を使用して交直重乗電源に接続し、数秒から数十秒間上記の通り電解処理しその表面を改質処理したものと全く電解処理を行わない未処理の試験片を、0.5Wt%硫酸溶液の中に常温で60分間浸漬させ水洗し、その表面の状況の観察と浸漬前後での重量減を測定し腐食量の確認を行った。
【0028】
未処理の試験片では、全面が腐食し黒色に変色しており全面腐食が進行しているのが認められ、腐食量も1.01(mg/cm
2)であった。
図4に、未処理品の硫酸溶液浸漬後の状況を撮影した写真を示す。
【0029】
一方、本発明
に係るリチウム化合物を含む電解液で表面改質処理した試験片では、変色はほとんど認められず、腐食は確認されなかった。また、腐食量も0.01(mg/cm
2)と未処理品の1%程度と非常に小さく、マルテンサイト系ステンレス鋼への全面腐食への強い抑制効果がある事がわかった。
図5に、本発明処理試験片の硫酸溶液浸漬後の状況を撮影した写真を示した。
【0030】
市販されている一般的な電解液や本出願人が先に発明したフッ素、ホウ素又はホウ素及びフッ素を含有する電解液で表面改質処理したものとの比較を見るために、市販焼け取り用中性電解液Bを用いて、更には有機酸の水溶性塩類にホウ酸とフッ化ナトリウムを配合した電解液を用いて、実施例
2と同様にモップ方式での電解処理を行った。
【0031】
図6に市販焼け取り用中性電解液Bで処理した試験片での硫酸溶液浸漬後の状況を撮影した写真を示した。
図6に示した様に、市販の電解液を用い電解処理を施した試験片も黒変が確認され、腐食量も1.12(mg/cm
2)と未処理の場合と大差がなかった。
【0032】
更に、本出願人が先に発明したホウ素及びフッ素を含有する電解液で表面改質処理を行った場合では、灰黒色への変色が認められ、腐食量も0.69(mg/cm
2)と未処理品と比べ70%程度と若干の防止効果は認められるものの本発明処理によって処理されたものほどの効果は無かった。
図7にホウ素及びフッ素を含有する電解液で処理した試験片の硫酸溶液浸漬後の状況を撮影した写真を示した。
【実施例3】
【0033】
続いて、マルテンサイト系ステンレス鋼への発錆防止の評価試験として、台所や洗面所に使用されるジクロロイソシアヌル酸塩の3%溶液50ccを100CCのポリ容器に入れ、そのポリ容器を実施例
2と同じ電解液を用いて処理した試験片と全く処理を行わなかった未処理の試験片が設置された密閉可能な10リットル容量のポリ容器の中に入れ、常温で3日間10リットルポリ容器の中で次亜塩素酸を揮散させた状態で各処理試験片の発錆状態を観察した。
【0034】
図8に未処理品、
図9に本発明電解処理試験片の3日間、次亜塩素酸雰囲気中に暴露後の状況を撮影した写真を示す。
3日間、次亜塩素酸雰囲気中に試験片を暴露した結果、未処理品では試験片表面全体に著しい錆の発生が認められた。
【0035】
それに対し、本発明
に係る電解液で表面改質処理した試験片では未処理品と比べ明らかに錆の発錆が少なく、顕著な防錆効果が確認された。
【0036】
また、比較の為市販の焼け取り用中性電解液Cや本出願人が先に発明したフッ素を含有する電解液を使用して電解処理をした試験片を用い実施例
3と同様な試験を行ったが、市販の焼け取り用中性電解液Cで処理した試験片では、未処理品とほぼ同等な錆の発錆が確認された。
一方、フッ素を含有する電解液で表面改質処理したものは、未処理品や市販の焼け取り用中性電解液Cで処理した試験片よりは若干発錆は少なかったが、本発明処理によって処理れたものほどの効果は認められなかった。
市販の焼け取り用中性電解液Cで処理した試験片の結果を
図10に、フッ素を含有する電解液で処理した試験片の結果を
図11に示した。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】本発明の
参考例に係る未処理の試験片について、孔食試験後の孔食の状況を撮影した写真である。
【
図2】本発明の
参考例に係る電解処理後の試験片について、孔食試験後の孔食の状況を撮影した写真である。
【
図3】比較例1に係る市販の焼け取り用中性電解液Aで処理した試験片について、孔食試験後の孔食の状況を撮影した写真である。
【
図4】本発明の実施例
2に係る未処理の試験片について、硫酸溶液浸漬後の状況を撮影した写真である。
【
図5】本発明の実施例
2に係る電解処理後の試験片について、硫酸溶液浸漬後の状況を撮影した写真である。
【
図6】比較例2に係る市販の焼け取り用中性電解液Bで処理した試験片について、硫酸溶液浸漬後の状況を撮影した写真である。
【
図7】比較例2に係るホウ素及びフッ素を含有する電解液で処理した試験片について、硫酸溶液浸漬後の状況を撮影した写真である。
【
図8】本発明の実施例
3に係る未処理の試験片について、3日間次亜塩素酸雰囲気中に暴露後の状況を撮影した写真である。
【
図9】本発明の実施例
3に係る電解処理後の試験片について、3日間次亜塩素酸雰囲気中に暴露後の状況を撮影した写真である。
【
図10】比較例3に係る市販の焼け取り用中性電解液Cで処理した試験片について、3日間次亜塩素酸雰囲気中に暴露後の状況を撮影した写真である。
【
図11】比較例3に係るフッ素を含有する電解液で処理した試験片について、3日間次亜塩素酸雰囲気中に暴露後の状況を撮影した写真である。
【産業上の利用可能性】
【0038】
上述の通り本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼を表面改質することによって、耐塩素孔食性が向上するもので、海水や塩素イオンによるトラブルの発生が予想される各種化学プラントや配管類、更には家庭用ジンク等に適用して絶大な効果が得られる。
また、マルテンサイト系ステンレス鋼を表面改質することによって、全面腐食や発錆を防止することができるので、刃物、シャフトや外科用器具等への適用効果が大きく、産業上の貢献度は極めて高い。