(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6167920
(24)【登録日】2017年7月7日
(45)【発行日】2017年7月26日
(54)【発明の名称】分光光度計
(51)【国際特許分類】
G01N 21/27 20060101AFI20170713BHJP
G01N 21/33 20060101ALI20170713BHJP
【FI】
G01N21/27 F
G01N21/33
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-17331(P2014-17331)
(22)【出願日】2014年1月31日
(65)【公開番号】特開2015-143660(P2015-143660A)
(43)【公開日】2015年8月6日
【審査請求日】2016年4月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】豊後 一
【審査官】
比嘉 翔一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−018011(JP,A)
【文献】
特開2013−015399(JP,A)
【文献】
再公表特許第2013/145112(JP,A1)
【文献】
特開2012−032307(JP,A)
【文献】
特開2012−026730(JP,A)
【文献】
特開昭58−117424(JP,A)
【文献】
実開昭56−052225(JP,U)
【文献】
特開昭55−017449(JP,A)
【文献】
特開平09−257703(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2009/153855(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00−21/01
G01N 21/17−21/74
G01N 21/84−21/958
G01J 3/00− 4/04
G01J 7/00− 9/04
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)試料が配置される試料収容部と、
b)前記試料収容部に測定光を照射する光源と、
c)前記測定光の照射により前記試料収容部から得られる光を検出する光検出器と、
d)前記光源と前記試料収容部との間の光路上又は前記試料収容部と前記光検出器との間の光路上に配設された分光手段と、
e)前記光検出器からの検出信号をデジタル信号に変換するA/D変換器と、
f)前記A/D変換器におけるA/D変換時間を制御するA/D変換時間制御手段と、
を有し、
前記A/D変換器が、前記光検出器から順次出力される前記検出信号を前記A/D変換時間ずつ取り込み、各A/D変換時間の間に取り込まれた信号量に応じた値を順次出力するものであって、
前記A/D変換時間制御手段が、前記分光手段の波長正確さのバリデーション実行時には、前記A/D変換時間を商用電源の周期の5倍以上とし、試料測定の実行時には、前記A/D変換時間を前記波長正確さのバリデーション実行時よりも短くすることを特徴とする分光光度計。
【請求項2】
a)試料が配置される試料収容部と、
b)前記試料収容部に測定光を照射する光源と、
c)前記測定光の照射により前記試料収容部から得られる光を検出する光検出器と、
d)前記光源と前記試料収容部との間の光路上又は前記試料収容部と前記光検出器との間の光路上に配設された分光手段と、
e)前記光検出器からの検出信号をデジタル信号に変換するA/D変換器と、
f)前記A/D変換器におけるA/D変換時間を制御するA/D変換時間制御手段と、
g)前記デジタル信号に基づき、前記光源に周期的な発光強度の時間変動があるか否かを判定する判定手段と、
を有し、
前記A/D変換器が、前記光検出器から順次出力される前記検出信号を前記A/D変換時間ずつ取り込み、各A/D変換時間の間に取り込まれた信号量に応じた値を順次出力するものであって、
前記A/D変換時間制御手段が、前記判定手段により前記発光強度の時間変動があると判定された場合に、前記A/D変換時間を商用電源の周期の5倍以上とすることを特徴とする分光光度計。
【請求項3】
a)複数の光源を備えた光源部と、
b)試料が配置される試料収容部と、
c)前記光源部に設けられた複数の光源中から、前記試料収容部への光照射に用いる光源を選択的に切り替える光源切替手段と、
d)前記光照射により前記試料収容部から得られる光を検出する光検出器と、
e)前記光源部と前記試料収容部との間の光路上又は前記試料収容部と前記光検出器との間の光路上に配設された分光手段と、
f)前記光検出器からの検出信号をデジタル信号に変換するA/D変換器と、
g)前記A/D変換器におけるA/D変換時間を制御するA/D変換時間制御手段と、
を有し、
前記A/D変換器が、前記光検出器から順次出力される前記検出信号を前記A/D変換時間ずつ取り込み、各A/D変換時間の間に取り込まれた信号量に応じた値を順次出力するものであって、
前記A/D変換時間制御手段が、前記光源切替手段により選択された光源が予め指定された種類の光源である場合に、前記A/D変換時間を商用電源の周期の5倍以上とすることを特徴とする分光光度計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光光度計に関する。
【背景技術】
【0002】
分光光度計では、一般に、光源から発した光を分光器に導入することにより所定波長を有する単色光を取り出し、これを測定光として試料に照射する。このとき、試料と相互作用する光の波長は該試料に含まれる物質に固有であるから、該相互作用後の光(透過光、反射光、散乱光、又は蛍光など)を光検出器によって検出することにより、その検出信号と照射光の波長等から該試料の定性及び/又は定量を行うことができる。
【0003】
例えば、紫外可視分光光度計による試料の測定時には、ハロゲンランプや重水素ランプといった比較的広い波長範囲に亘って連続スペクトルを有する光源から出射した光が分光器によって分光され、所定波長の測定光が試料セル内の試料に照射される。試料から生じた光は検出器で検出され、該検出信号はA/D変換器により所定の周期でサンプリングされてデジタルデータに変換される。得られたデジタルデータはパーソナルコンピュータ等から成るデータ処理装置に入力され、該データ処理装置にて所定のデータ処理(吸収スペクトルの作成等)が行われる。
【0004】
前記A/D変換器では、サンプリングの周期が小さいほど光検出器からのアナログ信号を高精度にデジタル変換することができるが、その反面データサイズが大きくなるという問題がある。そこで、前記サンプリング周期は、その分光光度計で生成される測定波形のピーク幅を考慮し、該波形を十分な精度でA/D変換できる範囲でなるべく大きな値(例えば、紫外可視分光光度計を液体クロマトグラフの検出器として用いる場合は10ms程度)に設定される。
【0005】
上記のような紫外可視分光光度計において、前記測定光の波長の設定は、分光器に設けられた回折格子の回転角を調整することにより行われる。分光器の設定波長の正確さは分光分析の精度に大きく関わるため、定期的に「波長正確さ」の検証(バリデーション)を行う必要がある。従来、分光器の波長正確さのバリデーションを行う際には、既知の波長に輝線を有する光源からの光を分光器に入射させ、該分光器によって取り出す光の波長を走査しつつ該分光器からの出射光を光検出器で検出している。そして、横軸に波長を、縦軸に受光強度を取ったスペクトルを作成し、該スペクトル上における輝線のピーク位置と該輝線の真の波長値(理論値)とを比較することによって、設定波長と真の波長の誤差を算出する。この誤差がその分光光度計における「波長正確さ」の精度となる。
【0006】
こうした波長正確さのバリデーションによって、分光光度計の測定波長域全体における波長正確さを担保するためには、該測定波長域中のなるべく離れた複数の箇所で上記のような輝線のピーク位置測定を行うことが望ましい。一般に、紫外可視分光光度計には、試料測定用の光源として、ハロゲンランプ(可視光域用)と重水素ランプ(紫外域用)とを備えており、設定波長に応じて両者が切り替えて使用される。しかし、これらの光源のうちハロゲンランプはバリデーションに適した波長域に輝線を有しないため、通常は、更にバリデーション用の光源として低圧水銀ランプを設け(例えば、特許文献1を参照)、該低圧水銀ランプの輝線(253.7nm)と前記重水素ランプの輝線(656.1nm)とを用いて波長正確さのバリデーションを行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011-149833号公報([0003])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記光源のうち、ハロゲンランプや重水素ランプは直流で点灯するが、低圧水銀ランプは交流で点灯する。そのため、低圧水銀ランプの発光強度は交流電源の周波数の影響を受けて変動する。
図9に、60Hzの商用電源で点灯させた低圧水銀ランプの発光強度の時間変化の例を示す。なお、同図は上記のような紫外可視分光光度計において、低圧水銀ランプの点灯時における光検出器の検出信号を1ms間隔でサンプリングしたものである。同図の例では、低圧水銀ランプの発光強度(縦軸の値)が39000から60000の間で変動しており、前記商用電源の周波数で約1.5倍の光強度変化が生じていることが分かる。
【0009】
紫外可視分光光度計によって試料の分析を行う際には、上述の通り、直流点灯光源であるハロゲンランプや重水素ランプが使用されるため、上記のような交流電源の周波数に対応した発光強度の変動は問題とはならない。しかし、波長正確さのバリデーションを行う際には、交流点灯
光源である低圧水銀ランプが使用されるため、前記交流電源の周波数に対応した発光強度の変動により、適切なバリデーションが行われない場合がある。例えば、
図9のような強度変化を示す低圧水銀ランプを50Hzの商用電源で使用し、サンプリング周期を10ms(や20ms)として上記のような波長正確さのバリデーションを行った場合、商用電源周波数が50Hzから49.9Hzに微変動すると、あるときは光源の発光強度が最大の時点(すなわち同図の縦軸の値が60000の時点)で信号がサンプリングされ、あるときは光源の発光強度が最低の時点(すなわち同図の縦軸の値が39000の時点)で信号がサンプリングされることとなる。その結果、A/D変換後の信号に基づいて作成された前記光源の発光スペクトルでは、輝線ピークの位置における信号強度が実際よりも小さくなり、該輝線の位置が正確に測定できない場合がある。
【0010】
但し、これによる輝線ピーク位置のずれは僅かであるため、分光光度計で求められる波長精度が比較的低い場合には特に問題を生じない。しかしながら、近年、分光光度計に求められる波長精度が高まっており、こうした高精度の分光光度計においては、上述のような光源の光強度変動による僅かな波長ずれが問題となってくる。
【0011】
本発明は上記の点に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、光源の発光強度が変動する場合にも波長正確さのバリデーションを適切に行うことのできる分光光度計を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係る分光光度計は、
a)試料が配置される試料収容部と、
b)前記試料収容部に測定光を照射する光源と、
c)前記測定光の照射により前記試料収容部から得られる光を検出する光検出器と、
d)前記光源と前記試料収容部との間の光路上又は前記試料収容部と前記光検出器との間の光路上に配設された分光手段と、
e)前記光検出器からの検出信号をデジタル信号に変換するA/D変換器と、
f)前記A/D変換器におけるA/D変換時間を制御するA/D変換時間制御手段と、
を有し、
前記A/D変換器が、前記光検出器から順次出力される前記検出信号を前記A/D変換時間ずつ取り込み、各A/D変換時間の間に取り込まれた信号量に応じた値を順次出力するものであって、
前記A/D変換時間制御手段が、前記分光手段の波長正確さのバリデーション実行時に
は、前記A/D変換時間を商用電源の周期の5倍以上と
し、試料測定の実行時には、前記A/D変換時間を前記波長正確さのバリデーション実行時よりも短くすることを特徴としている。
【0013】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る分光光度計は、
a)試料が配置される試料収容部と、
b)前記試料収容部に測定光を照射する光源と、
c)前記測定光の照射により前記試料収容部から得られる光を検出する光検出器と、
d)前記光源と前記試料収容部との間の光路上又は前記試料収容部と前記光検出器との間の光路上に配設された分光手段と、
e)前記光検出器からの検出信号をデジタル信号に変換するA/D変換器と、
f)前記A/D変換器におけるA/D変換時間を制御するA/D変換時間制御手段と、
g)前記デジタル信号に基づき、前記光源に周期的な発光強度の時間変動があるか否かを判定する判定手段と、
を有し、
前記A/D変換器が、前記光検出器から順次出力される前記検出信号を前記A/D変換時間ずつ取り込み、各A/D変換時間の間に取り込まれた信号量に応じた値を順次出力するものであって、
前記A/D変換時間制御手段が、前記判定手段により前記発光強度の時間変動があると判定された場合に、前記A/D変換時間を商用電源の周期の5倍以上とすることを特徴とするものとしてもよい。
【0014】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る分光光度計は、
a)複数の光源を備えた光源部と、
b)試料が配置される試料収容部と、
c)前記光源部に設けられた複数の光源中から、前記試料収容部への光照射に用いる光源を選択的に切り替える光源切替手段と、
d)前記光照射により前記試料収容部から得られる光を検出する光検出器と、
e)前記光源部と前記試料収容部との間の光路上又は前記試料収容部と前記光検出器との間の光路上に配設された分光手段と、
f)前記光検出器からの検出信号をデジタル信号に変換するA/D変換器と、
g)前記A/D変換器におけるA/D変換時間を制御するA/D変換時間制御手段と、
を有し、
前記A/D変換器が、前記光検出器から順次出力される前記検出信号を前記A/D変換時間ずつ取り込み、各A/D変換時間の間に取り込まれた信号量に応じた値を順次出力するものであって、
前記A/D変換時間制御手段が、前記光源切替手段により選択された光源が予め指定された種類の光源である場合に、前記A/D変換時間を商用電源の周期の5倍以上とすることを特徴とするものとしてもよい。
【0015】
なお、上記各発明におけるA/D変換器としては、例えばデルタシグマ(ΔΣ)方式のA/D変換器を好適に用いることができるが、これに限定されるものではなく、例えば積分型のA/D変換器でもよい。
【発明の効果】
【0016】
以上に示した通り、上記本発明に係る分光光度計は、A/D変換器のA/D変換時間を可変とし、該A/D変換時間をA/D変換時間制御手段により分光光度計の動作モード(試料測定モード又は波長正確さのバリデーションモード)、光源の光量変動の有無、又は測定光の照射に用いる光源の種類に応じて変更する機能を備えたものとなっている。これにより、例えば低圧水銀ランプのように交流点灯する光源を用いる場合であっても、A/D変換器のA/D変換時間を長くして光検出器からの信号をA/D変換器内で十分に積算させることにより、該光源の発光強度の時間変動による影響を排除して、波長正確さのバリデーションを正確に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施例に係る分光光度計の概略構成図。
【
図2】同実施例の分光光度計による波長正確さのバリデーション手順を示すフローチャート。
【
図3】定強度光源用検査モードによる測定の手順を示すフローチャート。
【
図4】強度変動光源用検査モードによる測定の手順を示すフローチャート。
【
図5】49.9Hzの商用電源で点灯させた低圧水銀ランプの光強度の時間変化をA/D変換時間10msで測定した結果を示すグラフ。
【
図6】49.9Hzの商用電源で点灯させた低圧水銀ランプの光強度の時間変化をA/D変換時間400msで測定した結果を示すグラフ。
【
図7】光強度の1%の変動をピーク波長のずれ量に換算したシミュレーション結果を示すグラフ。
【
図8】重水素ランプと低圧水銀ランプのエネルギースペクトル。
【
図9】低圧水銀ランプの発光強度の時間変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態について実施例を挙げて説明する。
【0019】
図1に本実施例による分光光度計の概略構成を示す。光源部10は、光源切替ミラー11の回動により、キセノンランプ12、重水素ランプ13、及び低圧水銀ランプ14のいずれか一つからの出射光を選択的に回折格子20に入射させる。回折格子20に導入された光は、該回折格子20にて波長分散され、その波長分散光の中で特定の波長を有する光がスリット21で取り出され、試料収容部30に収容された試料セル31に照射される。そして、試料セル31及びその内部に収容された試料溶液を透過した光の光強度(光量)をフォトダイオード等の光検出器40で検出し、得られた電流信号をA/D変換部50に送る。A/D変換部50は、前記電流信号(アナログ信号)を所定のA/D変換時間に亘って積分した上で、デジタルデータに変換し所定のサンプリング周期で制御/処理部60へ出力する。
【0020】
試料溶液が光を吸収すると、吸収がない状態での光量測定値に比べて値が下がり、その減衰の程度は試料溶液中の成分濃度に依存する。従って、該成分の有無による光量の変化量、つまり吸光度量を高い精度で求めることにより、試料溶液中の成分の定量を行うことができる。また、回折格子20はモータ等を含む回折格子駆動部22により所定角度範囲で回転可能となっており、この角度によって、スリット21を通して取り出される、つまり試料セル31に照射される測定光の波長が決まる。従って、例えば回折格子20を所定の微小角度ずつステップ状に回転させながら、透過光の光強度を測定することにより、制御/処理部60では吸光度スペクトルを得ることができる。
【0021】
CPUやメモリを含んで構成された制御/処理部60は、機能ブロックとして、光量変動判定部61、波長ずれ量算出部62、レポート作成部63、レポート記憶部64、及び制御部65を備えており、上記各構成要素を統括的に制御すると共に、A/D変換部50より受け取ったデジタルデータに基づいてスペクトル作成等の所定の処理を行う。制御/処理部60には、作業者が操作するキーボードやマウスなどの入力部71と、測定結果を表示したり後述するバリデーションレポートを表示したりするための表示部72と、プリンタ73とが接続されている。なお、制御/処理部60の機能は、分光光度計の装置本体(筐体)に内蔵された専用のコンピュータによって具現化してもよく、あるいは所定のプログラムをインストールされ、前記装置本体に接続されたパーソナルコンピュータ等によって具現化してもよい。
【0022】
本実施例に係る分光光度計は、波長正確さのバリデーションを行う際、使用する光源の発光強度を所定時間に亘り測定して該発光強度に時間的変動があるか否かを判定し、その結果に基づいて該バリデーションの実行時におけるA/D変換部50のA/D変換時間を変更する機能を備えている。なお、前記判定のために光源の発光強度を測定する際にはA/D変換部50におけるA/D変換時間を試料の測定時よりも短くする(具体的には商用電源の周期の1/5以下とし、より望ましくは1/10以下とする)。
【0023】
以下、前記波長正確さのバリデーションを行う際の手順について
図2〜4のフローチャートを参照しつつ説明を行う。なお、以下の工程は、試料収容部30に試料セル31を装着せずに、スリット21を通過した光が直接(吸収を受けずに)光検出器40に入射する状態で実行される。
【0024】
まず、作業者が入力部71で所定の操作を行ってバリデーションの実行を指示すると、制御部65は光源部10に光源切替ミラー11の駆動信号を送ることにより、波長正確さのバリデーションに用いる光源として予め定められた光源(すなわち重水素ランプ13及び低圧水銀ランプ14)の一つから出射する光を回折格子20に入射させる(ステップS101)。このとき出射光を回折格子20に入射させる光源は、重水素ランプ13及び低圧水銀ランプ14のいずれでもよいが、ここではまず重水素ランプ13からの光を入射させるものとして説明を行う。続いて、制御部65は回折格子駆動部22を制御することにより、光検出器40に入射する光の波長が前記光源の輝線付近(ここでは656nm)となるように回折格子20の角度を調整する(ステップS102)。続いて、制御部65は、A/D変換部50のA/D変換時間を1msに設定(ステップS103)した上で、光検出器40による入射光量の測定を所定の時間に亘って実行させる(ステップS104)。
【0025】
光検出器40からの検出信号(アナログ信号)は、A/D変換部50にて前記のA/D変換時間でデジタルデータに変換され、制御/処理部60に送出される。制御/処理部60では、光量変動判定部61が、前記デジタルデータに基づいて現在点灯中のランプの光量に時間的な変動がみられるか否かを判定する(ステップS105)。このとき、例えば、ステップS104で測定された入射光量の最高値と最低値の差が所定値以上である場合に、前記変動があると判定する。なお、ここでは直流点灯する重水素ランプ13が点灯されているため、光量変動判定部61は光量の時間変動がないと判定する(すなわちステップS105でNo)。
【0026】
ステップS105で、現在点灯中のランプに光量の時間変動がないと判定されると、該ランプを用いて「定強度光源用検査モード」による測定が実行される(ステップS106)。この定強度光源用検査モードの実行手順を
図3のフローチャートに示す。
【0027】
定強度光源用検査モードでは、まず制御部65が回折格子駆動部22を制御することにより、光検出器40に入射させる光の波長位置を現在点灯中の光源について予め定められた測定開始位置(ここでは640nm)に移動させる(ステップS201)。続いて、制御部65は、A/D変換部50のA/D変換時間を10msに変更し(ステップS202)、光検出器40による入射光量の測定を開始させる(ステップS203)。該測定では、光検出器40から出力されA/D変換部50に入力されたアナログ信号が、該A/D変換部50にて前記A/D変換時間である10msに亘り積分され、得られた値(データ値)が制御/処理部60に送られる。こうしたデータ値の取得を10ms毎に繰り返し行い、測定開始から100msが経過したら(すなわち
図3のステップS204でYesになったら)、制御部65は回折格子駆動部22に設けられた回折格子駆動用のモータを+方向に1ステップ分回動させて測定波長位置を移動させる(ステップS206)。なお、上記100msの間にA/D変換部50により複数(10個)のデータ値が得られるが、モータを回動させてから検出信号が安定するまでには数十msを要するため、後述するスペクトルの作成には、各測定波長位置で得られる複数のデータ値のうち、モータを回動させる直前に取得された1つのデータ値を、各測定波長位置における光検出器への入射光量の値として使用する。以上のような、データ値の取得と波長位置の移動を100ms毎に繰り返し行い、予め定められた波長範囲(ここでは640nm〜670nm)に亘る測定が完了した時点で(すなわち
図3のステップS205でYesとなった時点で)光検出器40による光量測定を終了する(ステップS207)。
【0028】
以上の定強度光源用検査モードによる測定が完了すると、波長ずれ量算出部62が前記測定の間に得られたデータ値に基づいて前記波長範囲における光検出器への入射光量を表したスペクトルを作成し、該スペクトル上に現れる輝線ピークの位置と前記光源の輝線波長の理論値(ここでは656.1nm)との差を算出する(ステップS108)。
【0029】
続いて、制御部65は波長正確さのバリデーションに用いる光源として予め定められた全ての光源について上記のような測定を完了したか否かを判定し(ステップS109)、完了していない場合は、ステップS101に戻り、別の光源(ここでは低圧水銀ランプ14)についてステップS101〜S109を実行する。具体的には、まず制御部65が光源部10に制御信号を送って光源切替ミラー11を回動させることにより、前記測定を完了していない光源(ここでは低圧水銀ランプ14)からの出射光を回折格子20に入射に入射させる(ステップS101)。そして、光検出器40に入射する光の波長が該光源の輝線付近(ここでは254nm)となるように回折格子駆動部22を制御し(ステップS102)、A/D変換部50におけるA/D変換時間を1msに設定(ステップS103)した上で、光検出器40による入射光量の測定を所定の時間に亘って実行させる(ステップS104)。そして、その測定結果に基づき、光量変動判定部61が、上記と同様に現在点灯中の光源について光量の時間変動がみられるか否かを判定する(ステップS105)。
【0030】
ここで、前記低圧水銀ランプ14が50Hzの商用電源で点灯されている場合、該低圧水銀ランプ14の発光強度をA/D変換時間1msで所定時間に亘って測定した結果は
図9のようになる。そのため、光量変動判定部61にて、現在点灯中の光源は光量の時間変動があると判定され(ステップS105でYes)、「強度変動光源用検査モード」による測定が実行される(ステップS107)。強度変動光源用検査モードとは、A/D変換部50におけるA/D変換時間を上記の定強度光源用検査モードの実行時や試料測定の実行時におけるA/D変換時間よりも長くした状態で光源の輝線ピーク位置を測定するモードである。なお、このとき前記A/D変換時間は、商用電源の周期の5倍以上とし、より望ましくは10倍以上とする。この強度変動光源用検査モードの実行手順を
図4のフローチャートに示す。
【0031】
強度変動光源用検査モードでは、まず制御部65が回折格子駆動部22を制御することにより、光検出器40に入射する光の波長を現在点灯中の光源について予め定められた測定開始位置(ここでは240nm)に移動させる(ステップS301)。続いて、制御部65はA/D変換部50におけるA/D変換時間を400msに変更し(ステップS302)、光検出器40による入射光量の測定を開始させる(ステップS303)。該測定では、光検出器40から出力されA/D変換部50に入力されたアナログ信号が、該A/D変換部50にて前記A/D変換時間である400msに亘り積分され(ステップS304)、得られた値(データ値)が制御/処理部60に送られる。こうしたデータ値の取得を400ms毎に繰り返し行い、測定開始から800msが経過したら(すなわち
図4のステップS304でYesになったら)、制御部65は回折格子駆動部22に設けられた回折格子駆動用のモータを+方向に1ステップ分回動させて測定波長位置を移動させる(ステップS306)。なお、上記800msの間にA/D変換部50により複数(2個)のデータ値が得られるが、上述の通り、モータを回動させてから検出信号が安定するまでには数十msを要するため、後述のスペクトル作成には、各測定波長位置で得られる複数のデータ値のうち、モータを回動させる直前に取得された1つのデータ値を、各測定波長位置における光検出器への入射光量の値として使用する。以上のような、データ値の取得と波長位置の移動を800ms毎に繰り返し行い、予め定められた波長範囲(ここでは240〜268nm)に亘る測定が完了した時点で(すなわち
図4のステップS305でYesとなった時点で)光検出器40による光量測定を終了する(ステップS307)。
【0032】
このように、強度変動光源用検査モードによって低圧水銀ランプ14を用いた測定を行う際には、該低圧水銀ランプの253.7nmの輝線を検出するために、240nm〜268nm程度の範囲でモータを動かしながら光量をチェックしていく。この28nmの波長範囲は回折格子20の駆動用に一般的に用いられるモータのステップ数に換算すると35ステップに相当するので、上記のように800ms毎に波長位置の移動しつつ光量測定を行うことにより、800ms×35=30秒程度で前記波長範囲の光量測定を完了することができる。これは実用上問題のない動作時間である。
【0033】
上記強度変動光源用検査モードによる測定が完了すると、波長ずれ量算出部62が前記測定の間に得られたデータ値に基づいて前記波長範囲における光検出器への入射光量を表したスペクトルを作成し、該スペクトル上に現れる輝線ピークの位置と前記光源の輝線波長の理論値(ここでは253.7nm)との差を算出する(ステップS108)。
【0034】
なお、低圧水銀ランプ14は上述のように商用電源で点灯駆動されるほか、該商用電源を周波数変換して得られる高周波交流によって点灯駆動される場合もある。例えば、低圧水銀ランプ14が30kHzの高周波交流で点灯駆動されている場合、該低圧水銀ランプ14の発光強度は1msあたり約30回周期的に変動することになる。そのため、この場合には前記ステップS104において、該低圧水銀ランプ14の発光強度を1ms毎にA/D変換して得られる波形はほぼ直線となり、該低圧水銀ランプ14については光量変動判定部61により「光量変動なし」と判定される。そして、定強度光源用検査モード(ステップS106)での測定が実行され、その結果に基づいて波長ずれ量の算出(ステップS108)が行われる。
【0035】
その後、ステップS109において、波長正確さのバリデーションに用いる光源として予め定められた全ての光源について検査が完了したと判定されると、レポート作成部63により、各輝線について実測値と理論値との差Δを記述したバリデーションレポートが作成される。また、各輝線について求められた前記の差Δの値がいずれも予め定められた所定の範囲(例えば±1nmの範囲)以内であれば「波長正確さに問題なし」と判定され、その旨がバリデーションレポートに記載される。一方、前記の差Δの値がいずれか一つでも前記所定の範囲を外れていた場合には「波長正確さに問題あり」と判定され、該判定結果が前記バリデーションレポートに記載される。作成されたバリデーションレポートは、レポート記憶部64に記憶されると共に、表示部72の画面上に表示されたり、プリンタ73で印刷されたりすることにより作業者に提示される(ステップS110)。
【0036】
更に、制御部65がA/D変換部50のA/D変換時間を10ms(通常の試料分析に適用される値)に変更する(ステップS111)と共に、回折格子駆動部22を制御して波長位置を初期値に戻した上で(ステップS112)一連のバリデーション作業を終了する。
【0037】
以上の通り、本実施例に係る分光光度計によれば、波長正確さのバリデーションを行う際に、光源の発光強度変動の有無に応じてA/D変換器のA/D変換時間が自動的に変更される。この機能による効果を確認するため、低圧水銀ランプの発光強度をA/D変換器のA/D変換時間を変えて測定した結果を
図5、6に示す。これらの図はいずれも49.9Hzの商用電源で点灯させた低圧水銀ランプの254nmにおける光強度の時間変化を測定したものであって、
図5はA/D変換時間を10msとしたものであり、
図6はA/D変換時間を400msとしたものである。これらの図から明らかなように、A/D変換時間10msでは光強度が19%pp(peak to peak)も変動したのに対し、400msでのサンプリングでは、該変動を最大1%ppに抑えることができた。
【0038】
前記1%pp(=±0.5%)の強度変動を波長誤差に変換するために行ったシミュレーションの結果を
図7に示す。同図では低圧水銀ランプの発光スペクトルの実測値の波形(オリジナル波形)と、該オリジナル波形の各点の値を±0.5%の範囲で変化させ、ピークトップの位置が最も短波長側にシフトしたケースの波形(短波長側最悪ケース)と、最も長波長側にシフトしたケースの波形(長波長側最悪ケース)とを示している。また、各波形中の各点の値に基づいて導出されたピークトップの位置を図中の矢印で示している。ここで、前記短波長側最悪ケースと長波長側最悪ケースではピークトップの位置に0.16nmの差がみられたことから、前記1%ppの強度変化は0.16nmの波長誤差に換算されることが分かる。すなわち、本実施例に係る分光光度計によれば、A/D変換部におけるA/D変換時間を400msとすることにより低圧水銀ランプの輝線検出の際の波長誤差を0.16nm以下に抑えられると推定される(なお、上記は最悪ケースであり、実際の動作では0.1nm以下になると想定される)。これは±1nmの波長精度を検査するのに問題のない精度といえる。
【0039】
一方、A/D変換時間を従来の分光光度計におけるバリデーション時と同様の10msとした場合、上述の通り、水銀ランプの発光強度には19%ppの変動がみられる。この強度変動を上記と同様にして波長誤差に変換すると、1nm以上の誤差となるため±1nmの波長精度の検査には適さないこととなる。
【0040】
以上、本発明を実施するための形態について実施例を挙げて説明を行ったが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容されるものである。例えば、上記実施例では、各光源の光強度変動の有無に応じて輝線位置の測定時におけるA/D変換時間を決定するものとしたが、これに限らず、例えば、光源の種類に応じて前記A/D変換時間を決定したり、動作モードに応じて前記A/D変換時間を決定したりするものとしてもよい。前者の場合、例えば、低圧水銀ランプの点灯時には相対的に長いA/D変換時間(商用電源の周期の5倍以上、より望ましくは10倍以上)でのA/D変換を行い、重水素ランプの点灯時には相対的に短いA/D変換時間でのA/D変換を行うものとする。また、後者の場合、例えば、波長正確さの検査を行う際には、使用する光源の種類にかかわらず一律に前記相対的に長いA/D変換時間でのA/D変換を行い、試料の分析を行う際には、一律に前記相対的に短いA/D変換時間でのA/D変換を行うものとする。
【0041】
更に、上記実施例では、光源部と試料収容部の間の光路上に分光手段を設ける構成としたが、これに代えて又は加えて分光手段を試料収容部と光検出器の間の光路上に設ける構成としてもよい。
【0042】
また、上記実施例では、単独で用いられる分光光度計を例に挙げたが、このほか例えば、液体クロマトグラフの検出器として用いられる分光光度計にも本発明を同様に適用することができる。また、上記実施例における分光光度計は吸光度を測定するもの(すなわち吸光光度計)としたが、これに限らず蛍光分光光度計やフーリエ変換型赤外分光光度計等の各種の分光光度計に本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0043】
10…光源部
11…光源切替ミラー
12…キセノンランプ
13…重水素ランプ
14…低圧水銀ランプ
20…回折格子
21…スリット
22…回折格子駆動部
30…試料収容部
31…試料セル
40…光検出器
50…A/D変換部
60…制御/処理部
61…光量変動判定部
62…波長ずれ量算出部
63…レポート作成部
64…レポート記憶部
65…制御部
71…入力部
72…表示部
73…プリンタ