(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記有機機能層は、前記陽極から前記金属酸化物層を介して注入されたホールと前記陰極から注入された電子とが再結合することにより発光する発光層、前記金属酸化物層から注入されたホールを前記陰極側へと輸送するホール輸送層、前記陰極から注入された電子が前記陽極へと入り込むことを抑制するバッファ層のいずれかである、
請求項1に記載の有機EL素子。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本発明の一態様を得るに至った経緯]
以下、本発明の態様を具体的に説明するに先立ち、本発明の態様を得るに至った経緯について説明する。
【0012】
近年、有機EL素子を備えた各種表示装置や光源が広く利用され、有機EL素子をさらに高輝度で発光させたいという要請がさらに高まっている。これに対して、発明者らは、陰極および陽極からなる電極対から有機機能層に注入されるキャリアを増大させることで、この要請に応えようとした。また、発明者らは、電極対から有機機能層に注入されるキャリアの増大方法のうち、金属からなる陽極から金属酸化物からなるホール注入層を介して有機機能層へと注入されるホールの注入効率の向上について検討した。
【0013】
一般に、陽極からホール注入層を介して有機機能層にホールが注入される際、ホールは陽極のフェルミ準位から、ホール注入層における価電子帯のうち最も浅いエネルギー準位(以下、「価電子帯上端」と呼ぶ)を経て、有機機能層のHOMOへと注入される。なお、ホール注入層の価電子帯は、例えば、遷移金属の主に3d軌道成分と酸素原子の2p軌道成分とからなる。
【0014】
ところで、有機EL素子のホール注入効率を向上させるためには、陽極とホール注入層との間のホール注入効率を向上させ、且つ、ホール注入層と有機機能層との間のホール注入効率を向上させる必要がある。
【0015】
陽極からホール注入層へホールを効率よく注入するには、陽極とホール注入層との界面に存在するエネルギーが小さいことが重要である。従来、陽極から当該エネルギー障壁を越えてホール注入層に多くのホールを注入するためには、有機EL素子に一定以上の電圧を印加する必要があった。発明者らの検討により、価数の違う遷移金属の酸化物を含むホール注入層を用いれば、価数の違いによって金属酸化物の導電性が変化し、陽極とホール注入層との界面におけるエネルギー障壁の大きさを調整しうることを見出された。
【0016】
一方、ホール注入層から有機機能層へホールを注入するには、理論上は、ホール注入層のイオン化ポテンシャルから有機機能層のイオン化ポテンシャルを引いた値が0eV以上であればよい。しかしながら、発明者らの検討により、ホール注入層と有機機能層との界面では、当該界面近傍において有機機能層側が正、ホール注入層側が負に恒常的に帯電する現象を発見し、界面近傍におけるホール注入層中において、ホール注入層を構成する金属が当該電子により還元されてしまうことに気付いた。そして、ホール注入層中において金属が還元されると、ホール注入層のイオン化ポテンシャルから有機機能層のイオン化ポテンシャルを引いた値が0eV以上であっても、金属酸化物の導電性が小さくなり、ホール注入効率が低下してしまうことに気付いた。
【0017】
そして、さらなる検討の結果、発明者らは、ホール注入層を構成する金属酸化物の導電性が大きくでき、且つ、ホール注入層を構成する金属が還元されることを抑制できるホール注入層を見出した。具体的には、ホール注入層に含まれる遷移金属の酸化物の結晶構造が安定化する目的で、ホール注入層を形成する際、当該遷移金属と異なる原子を添加した。これにより、有機EL素子において、ホール注入効率をさらに向上できることが明らかになった。本発明の態様はこのような経緯により得られたものである。
【0018】
以下、本発明の実施の形態の有機EL素子を説明し、続いて本発明の各性能確認実験の
結果と考察を述べる。なお、各図面における部材縮尺は、実際のものとは異なる。
[実施の態様]
本発明の一態様である有機EL素子は、陽極および陰極と、前記陽極と前記陰極との間に設けられ、有機材料を含む有機機能層と、前記陽極と前記有機機能層との間に設けられ、第1の価数および第2の価数を取り得る遷移金属Mの酸化物を含む金属酸化物層と、を備え、前記金属酸化物層において、価電子帯上端とフェルミ準位とのエネルギー差が0.8eV以内であり、前記金属酸化物層のイオン化ポテンシャルから前記有機機能層のイオン化ポテンシャルを引いた値が0eV以上であり、前記遷移金属Mが前記第1の価数のときの当該遷移金属Mの酸化物の導電性は、前記遷移金属Mが前記第2の価数のときの当該遷移金属Mの酸化物の導電性よりも大きく、前記金属酸化物層の少なくとも一部において、前記遷移金属Mと、前記遷移金属Mとは異なる金属Aと、酸素Oと、を含む結晶構造A
aM
bO
cが含まれ、前記結晶構造A
aM
bO
cに含まれる前記遷移金属Mは、前記第1の価数を取り、前記結晶構造A
aM
bO
cに含まれる前記金属Aは、前記結晶構造A
aM
bO
cが全体として電気的に中性となるような第3の価数を取る、ことを特徴とする。
【0019】
これにより、本発明の一態様に係る有機EL素子では、ホール注入効率をさらに向上できる。
【0020】
[実施の形態]
<実施の形態1>
1.構成
(有機EL素子)
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しつつ、詳細に説明する。ここで、本実施の形態における有機機能層は、陽極から金属酸化物層を介して注入されたホールと陰極から注入された電子とが再結合することにより発光する発光層、金属酸化物層と発光層との間に設けられ金属酸化物層から注入されたホールを発光層へと輸送するホール輸送層、陽極と発光層との間に設けられ陰極から注入された電子が陽極へと入り込むことを抑制するバッファ層等のいずれか、もしくはこれらの層のうち2層以上を組み合わせた層、またはこれらの層の全てを含む層を指す。本実施の形態では、有機機能層として、バッファ層および発光層を含む例を説明する。
【0021】
有機EL素子は、例えば、有機機能層をウェットプロセスにより塗布して製造する塗布型である。また、有機EL素子は、陽極および陰極と、陽極と陰極との間に設けられた有機材料を含む有機機能層と、陽極と有機機能層との間に設けられたホール注入層とを備えた構成を有する。陽極および陰極には直流電源が接続され、外部より有機EL素子に給電されるようになっている。
【0022】
図1は、本実施の形態に係る有機EL素子1の構成を示す模式的な断面図である。
【0023】
具体的には
図1に示すように、有機EL素子1は、基板10の片側主面上に、陽極2、ホール注入層3、バッファ層4、発光層5、陰極6を同順に積層して構成される。上述のように、陽極2および陰極6には直流電源11が接続されている。以下、各層について詳しく説明する。
(基板10)
基板10は、有機EL素子1の基材となる部分である。基板10の表面には、図示していないが、有機EL素子1を駆動するためのTFT(薄膜トランジスタ)が形成されている。また、基板10は、無アルカリガラスからなる。基板10の材料はこれに限らず、例えば、ソーダガラス、無蛍光ガラス、燐酸系ガラス、硼酸系ガラス、石英、アクリル系樹脂、スチレン系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエチレン、ポリエステル、シリコン系樹脂、またはアルミナ等の絶縁性材料のいずれかを用いることができる。
(陽極2)
陽極2は、基板1におけるTFTの上方に形成されている。陽極2は、ITO(酸化インジウムスズ)からなる。また、陽極2の厚みは、50nmである。
(ホール注入層3)
ホール注入層3は、陽極2とバッファ層4との間に設けられ、第1の価数として+3および第2の価数として+2を取り得る遷移金属Niの酸化物NiO
xを含む。また、ホール注入層3のイオン化ポテンシャルからバッファ層4のイオン化ポテンシャルを引いた値は、0eV以上である。さらに、ホール注入層3の少なくとも一部において、Niと、Niと異なる金属である異種金属LaまたはBiと、酸素Oとを含む結晶構造A
aM
bO
cを有している。ここで、LaまたはBiは、結晶構造A
aM
bO
cが全体として電気的に中性となるような第3の価数として+3を取る。なお、ホール注入層3は、実効的にホールがドープされたP型となっており、このことは、ホール注入層3の価電子帯上端の結合エネルギーが0.8eV以内に収まっていることによりわかる。ホール注入層3の価電子帯上端の結合エネルギーの具体的な測定値については後述する。
【0024】
ホール注入層3を構成するNiO
xの組成式において、xは概ね0.5<x<2の範囲における実数である。ホール注入層3はできるだけNiO
xのみで構成されることが望ましいが、通常レベルで混入し得る程度に、微量の不純物が含まれていてもよい。ホール注入層3の厚みは、10nmである。なお、ホール注入層3は、上記構成とするために、所定の成膜条件で形成されている。この所定の成膜条件についての詳細は「ホール注入層3の成膜条件」の項で詳細に説明する。
(バッファ層4)
バッファ層4は、アミン系化合物であるTFB(poly(9、9−di−n−octylfluorene−alt−(1、4−phenylene−((4−sec−butylphenyl)imino)−1、4−phenylene))からなる。バッファ層4をアミン系化合物で構成することにより、ホール注入層3から伝導されてきたホールを、バッファ層4より上層に形成される機能層に効率的に注入できる。これは、アミン系化合物では、窒素原子の非共有電子対を中心にHOMOの電子密度が分布しているためである。これにより、当該HOMOの電子密度が分布している部分が、バッファ層4におけるホールの注入サイトとなる。従って、バッファ層4をアミン系化合物で構成することにより、バッファ層4側にホールの注入サイトを形成することができる。これにより、ホール注入層3から伝導されてきたホールを機能層に効率良く注入することが可能となる。バッファ層4の厚みは、例えば、20nmである。
(発光層5)
発光層5は、有機高分子であるF8BT(poly(9、9−di−n−octylfluorene−alt−benzothiadiazole))からなる。しかしながら、発光層5の材料はF8BTに限らず、公知の有機材料を用いてもよい。発光層5の材料は、例えば、特開平5−163488号公報に記載のオキシノイド化合物、ペリレン化合物、クマリン化合物、アザクマリン化合物、オキサゾール化合物、オキサジアゾール化合物、ペリノン化合物、ピロロピロール化合物、ナフタレン化合物、アントラセン化合物、フルオレン化合物、フルオランテン化合物、テトラセン化合物、ピレン化合物、コロネン化合物、キノロン化合物およびアザキノロン化合物、ピラゾリン誘導体およびピラゾロン誘導体、ローダミン化合物、クリセン化合物、フェナントレン化合物、シクロペンタジエン化合物、スチルベン化合物、ジフェニルキノン化合物、スチリル化合物、ブタジエン化合物、ジシアノメチレンピラン化合物、ジシアノメチレンチオピラン化合物、フルオレセイン化合物、ピリリウム化合物、チアピリリウム化合物、セレナピリリウム化合物、テルロピリリウム化合物、芳香族アルダジエン化合物、オリゴフェニレン化合物、チオキサンテン化合物、シアニン化合物、アクリジン化合物、8−ヒドロキシキノリン化合物の金属錯体、2−ビピリジン化合物の金属錯体、シッフ塩とIII族金属との錯体、オキシン金属錯体、希土類錯体等の蛍光物質等を用いることができる。発光層5の厚みは、例えば、70nmである。
(陰極6)
陰極6は、例えば、厚さ5nmのフッ化ナトリウム層6aと、厚さ100nmのアルミニウム層6bとからなる。しかしながら、これに限らず、陰極6は一層の金属膜からなってもよい。
(隔壁層12)
隔壁層12は、感光性レジスト材料、例えば、アクリル系樹脂からなる。しかしながら、これに限らず、隔壁層12の材料としては、ポリイミド系樹脂、ノボラック型フェノール樹脂などの絶縁性を有する有機材料を用いることができる。
2.有機EL素子1の製造方法の概略
次に、有機EL素子1の全体的な製造方法を例示する。
【0025】
まず、基板10をスパッタ成膜装置のチャンバー内に載置する。そして、チャンバー内に所定のスパッタガスを用い、ITO膜をターゲットとした反応性スパッタリングにより、基板10上にITOからなる陽極2を成膜する。
【0026】
次に、陽極2上にホール注入層3を成膜する。成膜方法としては、大面積に均一な成膜が容易である方法、例えば、スパッタリング法で成膜することが好ましい。
【0027】
スパッタリング法を採る場合では、アルゴンガスをスパッタガスとして用い、酸素ガスを反応性ガスとして用い、NiOターゲット上にLaやBiのような異種金属を主成分とする化合物焼結体や金属片などを適量配置するか、LaやBiのような異種原子からなるターゲット上にNiO焼結体を適量配置して、スパッタリングを行う。具体的には、アルゴンガス及び酸素ガスを導入したチャンバー内において、高電圧を印加することによりによりアルゴンをイオン化させ、当該アルゴンイオンをターゲットに衝突させる。アルゴンイオンのターゲットへの衝突により、ターゲットから放出されたNiや異種金属の粒子は酸素ガスと反応し、陽極2上に異種金属を適量含むNiO
x膜が成膜される。これにより、ホール注入層3が成膜される。
【0028】
次に、ホール注入層3の表面に、例えば、スピンコート法やインクジェット法によるウェットプロセスによりアミン系化合物と溶媒とを含むインクを滴下し、溶媒を揮発させて除去する。これにより、ホール注入層3上にバッファ層4が形成される。
【0029】
さらに、バッファ層4の表面に、同様の方法で、有機発光材料と溶媒とを含むインクを滴下し、溶媒を揮発させて除去する。これにより、バッファ層4上に発光層5が形成される。
【0030】
なお、バッファ層4および発光層5の形成方法はスピンコート法やインクジェット法に限らない。例えば、グラビア印刷法、ディスペンサー法、ノズルコート法、凹版印刷、凸版印刷等の公知の方法によりインクを滴下および塗布してもよい。
【0031】
最後に、発光層5の表面に真空蒸着法でフッ化ナトリウム層6a、アルミニウム層6bを成膜する。これにより、発光層5上に陰極6が形成される。
【0032】
なお、
図1には図示しないが、有機EL素子1の完成後に、電極対や各種有機機能層が大気曝露されるのを抑制するため、陰極6の表面にさらに封止層を設けることができる。具体的には、例えばSiN(窒化シリコン)、SiON(酸窒化シリコン)等からなる封止層を、有機EL素子1を内部封止するように設ければよい。また、封止層の代わりに、有機EL素子1全体を空間的に外部から隔離する封止缶を設けてもよい。具体的には、例えば、基板10と同様の材料からなる封止缶を設け、密閉空間内部に水分などを吸着するゲッター剤を設ければよい。
【0033】
以上の工程を経ることで、有機EL素子1が完成する。
3.ホール注入層3の成膜条件
(概要)
まず、ホール注入層3の成膜条件の概要について述べる。本実施の形態では、ホール注入層3を構成するNiO
xを所定の成膜条件で成膜する。これにより、ホール注入層3中の少なくとも一部にペロブスカイト型構造が形成され、Ni
3+が安定的に含まれることとなる。
【0034】
具体的なホール注入層3の成膜方法としては、ターゲットをLa
2O
3焼結体またはBi
2O
3焼結体を上部に配置したNiOとし、RF(Radio Frequency)マグネトロンスパッタ装置を用いたスパッタリング法を採ればよい。また、当該スパッタリングの際、基板の温度は制御せず、チャンバー内ガスはアルゴンガスまたはアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスで構成するものとする。
(ホールオンリー素子を用いた実験)
上記成膜条件の有効性を確認するために、ホール注入層3からバッファ層4へのホール注入効率の成膜条件依存性の評価を行った。評価デバイスとして、
図2に示すようなホールオンリー(Hole Only Device:HOD)素子1Bを作製した。
【0035】
図2に示すように、ホールオンリー素子1Bは、
図1の有機EL素子1における陰極6を、金からなる陰極9に置換えたものである。具体的には、基板10上に、厚さ50nmのITO薄膜からなる陽極2、厚さ10nmの主にNiO
xからなるホール注入層3、厚さ20nmのTFBからなるバッファ層4、厚さ70nmのF8BTからなる発光層5、厚さ100nmの金からなる陰極9を順次積層した構成とした。また、ホールオンリー素子1Bの作製工程において、ホール注入層3は、RFマグネトロンスパッタ装置を用いたスパッタ法により成膜した。
【0036】
ここで、実際に動作する有機EL素子1では、電流を形成するキャリアはホールおよび電子の両方である。そのため、有機EL素子1の電気的特性には、ホール電流以外にも電子電流が反映されている。しかしながら、ホールオンリー素子1Bでは、陰極が金からなり、陰極からの電子の注入が阻害されるため、電流を形成するキャリアはほぼホールのみとなる。従って、ホールオンリー素子1Bを用いれば、キャリアはホールのみと見なすことができるため、ホール注入効率の評価を行うことができる。
(ホール注入層の成膜条件)
表1はホール注入層3の成膜条件を示す表である。
【0037】
【表1】
成膜条件Aのホール注入層3には、異種金属を添加していない。一方、成膜条件B、Cのホール注入層3には、異種金属としてLaまたはBiをそれぞれ添加した。また、成膜条件AにおいてはNiOターゲットとし、成膜条件B、Cにおいて、ターゲットはBi
2O
3焼結体またはLa
2O
3焼結体を上部に配置したNiOターゲットとした。成膜条件A〜Cのいずれでも、基板温度は制御せず、チャンバー内ガスはアルゴンガスまたはアルゴンガスと酸素ガスの混合ガスで構成するものとした。全圧は各ガスの流量で調節するものとした。成膜条件A〜Cのいずれでも、投入電力密度は2.47W/cm
2とした。
【0038】
以下、成膜条件Aでホール注入層を成膜したホールオンリー素子1BをHOD−A、成膜条件Bでホール注入層を成膜したホールオンリー素子1BをHOD−B、成膜条件Cでホール注入層を成膜したホールオンリー素子1BをHOD−Cと称する。
(ホールオンリー素子のホール注入効率の評価の概要)
ホールオンリー素子のホール注入効率を評価するため以下の実験を行った。当該実験は、各成膜条件A〜Cで作製した各ホールオンリー素子を直流電源11に接続して行った。このとき、ホールオンリー素子に印加する電圧を変化させ、測定した電流値を素子の単位面積当たりの値である電流密度に換算し、印加電圧と電流密度との関係曲線を作成した。
【0039】
ところで、有機EL素子への駆動電圧は、ホール注入層におけるホール注入効率に依存すると考えられる。これは、各ホールオンリー素子の製造方法が、ホール注入層3の成膜条件のみで異なり、その他の各層の製造方法は同一であるためである。そのため、ホール注入層3を除く、隣接する2つの層の界面におけるホール注入についてのエネルギー障壁は一定と考えられる。
【0040】
図3は、各ホールオンリー素子の印加電圧と電流密度との関係曲線を示すデバイス特性図である。
図3において、縦軸は電流密度(mA/cm
2)、横軸は印加電圧(V)である。また、
図3において、成膜条件C、B、Aの順に、同じ電圧を印加した時の電流密度が小さくなるという傾向がみられる。
【0041】
表2は、当該実験によって得られたHOD−A〜HOD−Cの各サンプルの駆動電圧の値を示したものである。ここでは、有機EL素子1の駆動電圧を「実用的な具体値である電流密度10mA/cm
2を実現するための有機EL素子への印加電圧」とする。
【0042】
【表2】
表2に示すように、HOD−A、HOD−B、HOD−Cにおける駆動電圧は、それぞれ、17.7V、14.3V、11.1Vとなる。すなわち、成膜条件A、B、Cの順に、駆動電圧を低下できるという傾向がみられる。駆動電圧が低下できるのは、ホールオンリー素子のホール注入効率が向上することで、小さな駆動電圧でも所望の電流密度を実現できたためである。このように、HOD−B、HOD−Cでは、HOD−Aよりも、ホール注入効率が向上している。
4.成膜条件の変化に伴うホール注入効率向上のメカニズム
(概要)
ホールオンリー素子1Bにおいて、ホール注入効率に上述のような影響を与えているのは、ホール注入層3の成膜条件の変化であると考えられる。この成膜条件の変化に伴うホール注入効率向上のメカニズムについて、以下で詳しく考察する。なお、以下の考察により、ホールオンリー素子1Bのホール注入効率をさらに向上させるには、成膜直後のホール注入層3中にNi
3+を十分に確保し、且つ、バッファ層4の成膜後に、バッファ層4との界面において、ホール注入層3中に耐還元性の強い安定なNi
3+が存在する必要があるという結論が得られた。
(考察)
まず、陽極2からホール注入層3へホールを注入するためには、ホール注入層3中にNi
3+が十分に確保すべき理由を述べる。ホール注入層3中にNi
3+が確保されると、実効的にホール注入層3にホールがドープされることとなり、ホール注入層3の価電子帯上端が浅くなる。これにより、陽極2とホール注入層3との間に発生するエネルギー障壁が小さくなり、ホール注入効率を向上できる。このように、陽極2とホール注入層3とのホール注入効率を向上させるには、ホール注入層3中にはNi
3+が確保されている必要がある。
【0043】
次に、バッファ層4との界面において、ホール注入層4中にNi
3+が存在する必要がある理由を述べる。
図4は、ホール注入層3とバッファ層4との界面におけるエネルギー準位を説明するための図である。
図4において、左側の図および右側の図は、それぞれ異種金属をホール注入層3に添加した場合と添加しない場合とにおけるホール注入層3とバッファ層4との接合から一定時間経過した後を示す。
図4には、ホール注入層の価電子帯上端Vb、フェルミ準位E
F、および伝導帯下端(伝導帯のうち最も深いエネルギー準位)Cb、バッファ層4のHOMOおよびLUMOと、真空準位VLとを併せて示す。
【0044】
ところで、
図4の右側に示すように、ホール注入層3のイオン化ポテンシャルIP
1をバッファ層4のイオン化ポテンシャルIP
2以上としている。そして、IP
1がIP
2以上であるとき、NiO
xからなるホール注入層3と有機材料からなるバッファ層4とを接触させると、ホール注入層3の価電子帯上端Vbとバッファ層4のHOMOとが接続されることが明らかになった。当該ホール注入層3の価電子帯上端Vbとバッファ層4のHOMOとが接続すると、ホール注入層3およびバッファ層4の真空準位VLがシフトする。具体的には、当該界面近傍においてバッファ層4側が正、ホール注入層3側が負に恒常的に帯電するよう、真空準位VLがシフトし、界面電気二重層が発生する。
【0045】
ここで、ホール注入層3を構成するNiO
xの結晶構造は、主に岩塩型構造である。そして、岩塩型構造の結晶中にNi
3+を多く存在させるためには、結晶中にNi原子が欠けている部分が存在する必要がある。そして、結晶中にこのような格子欠陥を形成した岩塩型構造は、不安定で耐還元性が弱い傾向がある。そのため、成膜初期において、Ni
3+をある程度含むよう、格子欠陥を形成した岩塩型構造ホール注入層3を形成したとしても、ホール注入層3上にバッファ層4を形成することで発生する界面電気二重層により、界面近傍における多くのNi
3+がNi
2+に還元されてしまう。ここで、Ni
2+の酸化物はNi
3+の酸化物に比べて、価電子帯上端のエネルギー準位が深い。その結果、界面近傍においてホール注入層3の価電子帯上端Vbが深くなり、当該界面近傍でのホール移動度が著しく低下し、絶縁化してしまう。これは、ホール注入層3におけるホール移動度が、フェルミ準位E
Fと価電子帯上端Vbとの差が大きいほど低下するためである。
【0046】
これに対して、ホール注入層3とバッファ層4との界面での耐還元性の強い安定なNi
3+を存在させることが考えられる。そのためには、ホール注入層3を形成する際に、NiおよびOとともに岩塩型構造よりも安定な結晶構造を形成する異種金属を添加すればよい。
【0047】
具体的には、LaやBiのような異種金属AをNiO
xに添加すれば、ホール注入層3の結晶構造は、少なくとも一部において、ペロブスカイト型構造のANiO
xとなる。Bi、Laは、3価が安定な原子である。ところで、ペロブスカイト型構造のANiO
xには、A:Ni:Oが1:1:3の比率で含まれる。一般に、結晶は全体として電気的に中性である。そして、ペロブスカイト型構造ANiO
xを全体として電気的に中性とするために、Niは第1の価数である3価を取る。このように、ペロブスカイト型構造ANiO
x中では、Ni
3+を安定化させることができると考えられる。
【0048】
さらに、ペロブスカイト型構造は、安定で耐還元耐性が強い傾向がある。そのため、上述した界面電気二重層の影響があっても、Ni
3+がNi
2+に還元されることを抑制できる。その結果、界面近傍においてホール注入層3のフェルミ準位E
Fと価電子帯上端Vbとの差が小さいままとなり、ホール移動度の低下を抑制できる。
【0049】
以上にように、LaやBiのような異種金属AをNiO
xに添加してホール注入層3を形成することで、Ni
3+を安定化させることができる。これにより、ホールオンリー素子1Bのホール注入効率をさらに向上できる。
5.ホール注入層の価電子帯上端の深さの検討
(ホール注入層のXPS測定)
上述した異種金属の添加が、ホール注入層3におけるNi
3+を安定化させる効果を確認するために、実験を行った。ここで、Ni
3+が十分に確保されているとき、ホール注入層3の価電子帯上端は浅くなる。なぜなら、ホール注入層3中にNi
3+が多くなると、実効的にホール注入層3にドープされたホールを増大させることになるためである。そのため、ホール注入層中にNi
3+が多くなると、ホール注入層3の価電子帯の上端は浅い方向へシフトする。具体的には、成膜条件A〜Cで作成したホール注入層3についてX線光電子分光(XPS)測定実験を行った。
【0050】
(XPS測定条件)
使用機器 :X線光電子分光装置 PHI5000 VersaProbe(アルバック・ファイ社製)
光源 :Al Kα線
光電子出射角 :基板法線方向
測定点間隔:0.1eV
(具体的な測定方法)
まず、表1に示した成膜条件A〜CでXPS測定用のサンプルを作製した。具体的には、ガラス板上に成膜されたITO導電性基板の上に、厚さ10nmのホール注入層3を、成膜条件A〜Cで成膜することにより、XPS測定用のサンプルとした。(以降、成膜条件A〜Cで作製したXPS測定用サンプルを、それぞれサンプルA、サンプルB、サンプルCと称する。)続いて、サンプルA〜Cの各ホール注入層3の表面に対してXPS測定を行った。
(ホール注入層中の金属酸化物の組成比)
ホール注入層3中の金属酸化物の組成比を検討した。
【0051】
具体的には、バックグラウンドを差し引いたNi2p、O1s、La3d、Bi4fスペクトルの各ピーク面積比をXPS装置に固有の感度係数で補正し、元素濃度を算出した。具体的には、当該XPS装置の感度係数を読み込んだ光電子分光解析用ソフト「PHI Multipak」を用いて、バックグラウンドの差し引き、元素濃度の算出を行った。
【0052】
表3は、XPS(X線光電子分光)で評価した成膜条件A〜Cのホール注入層の組成比を示す表である。
【0053】
【表3】
表3に示すように、La
2O
3焼結体をNiOターゲット上に配置して成膜する成膜条件Bにおけるホール注入層では、組成比でLaが5.1%含まれていた。一方、Bi
2O
3焼結体をNiOターゲット上に配置して成膜する成膜条件Cにおけるホール注入層では、組成比でBiが10.2%含まれていた。このように、上記成膜条件B、Cを用いれば、La、Biが添加された膜を得ることができた。
(ホール注入層の価電子帯上端のスペクトルの解析)
次に、ホール注入層を構成するホール注入層3の価電子帯上端のエネルギー準位の深さを検討するため、NiO
xの価電子帯上端のスペクトルを解析した。
【0054】
図5は、サンプルAにおけるホール注入層3の価電子帯近傍のXPSスペクトルを示す図である。
図5より、ホール注入層3の価電子帯上端の結合エネルギーを読み取り、ホール注入層3の価電子帯上端の深さを読み取ることができる。以下、これについて詳しく説明する。
【0055】
図5において、横軸は、サンプルAにおけるNiO
xのフェルミ準位を基準とした結合エネルギーを示しており、左方向を正の向きとした。また、
図5において、縦軸は光電子強度を示しており、観測された光電子の個数の相対値に相当し、サンプルAの図示した結合エネルギー範囲における最小の光電子強度を0、最大の光電子強度を1として縦軸を規格化した。
【0056】
一般に、NiO
xが示すXPSスペクトルにおいて、最も大きく急峻な立ち上がりは一意に定まる。この立ち上がりの変曲点を通る接線を(a)、低結合エネルギー側でその立ち上がりが開始するより低結合エネルギー側のバックグラウンド線の補助直線を(b)とした。このとき、接線(a)と補助直線(b)との交点を(c)とすると、交点(c)を価電子帯上端の結合エネルギーとして読み取ることができる。
【0057】
表4は、同様の方法により読み取られたサンプルA〜Cにおけるホール注入層3の価電子帯上端の結合エネルギーの値である。
【0058】
【表4】
成膜条件B、Cで形成したホール注入層3における価電子帯上端の結合エネルギーは、成膜条件Aで形成したホール注入層3における価電子帯上端の結合エネルギーよりも小さい。上述のように、成膜条件Aでは異種金属が添加されず、成膜条件B、Cでは異種金属が添加されている。
【0059】
これらの結果より、ホール注入層3にNiの異種金属を添加すると、ホール注入層3の価電子帯上端の結合エネルギーが減少することが分かった。ここで、ホール注入層3の価電子帯上端の結合エネルギーが減少することは、ホール注入層3の価電子帯上端が浅くなるということである。そのため、ホール注入層3にNiの異種金属を添加すると、ホール注入層3の価電子帯上端が浅くなり、ホール注入層3とバッファ層4との界面に形成された界面電気二重層の影響によるNi
3+の還元を抑制できると考えられる。その結果、ホールオンリー素子1Bにおけるホール注入効率をさらに向上できると考えられる。
5.効果
以上、ホールオンリー素子1Bにおけるホール注入層3のホール注入効率に関する評価について述べたが、ホールオンリー素子1Bは、陰極9以外は
図1に示した実際に動作する有機EL素子1と同一の構成である。したがって、有機EL素子1においても、陽極2からホール注入層3へのホール注入効率の成膜条件依存性は、ホールオンリー素子1Bと同じと考えられる。よって、ホール注入層3を形成する際、ホール注入層3を構成するNiの異種金属Aを添加して所定の成膜条件で成膜することで、ホール注入層3とバッファ層4との界面近傍において、導電的なNi
3+を安定な状態で多量に存在させることができ、価電子帯上端の結合エネルギーは0.8eV以内に安定化され、かつ、ホール注入層3のイオン化ポテンシャルをバッファ層4のイオン化ポテンシャル以上にできる。これにより、有機EL素子1のホール注入効率をさらに向上することができると考えられる。
[変形例]
本発明の一態様に係る有機EL素子は、素子を単一で用いる構成に限定されない。複数の有機EL素子を画素として基板上に集積することにより、有機EL発光装置を構成することもできる。このような有機EL発光装置は、各々の素子における各層の膜厚を適切に設定することにより実施可能であり、例えば、照明装置等として利用することが可能である。
1.有機EL素子の製造方法
各画素に対応する発光層をインクジェット法等の塗布工程により形成する場合には、ホール注入層の上に各画素を区画するバンクを設けることが望ましい。バンクを設けることにより、塗布工程において各色に対応する発光層材料からなるインク同士が互いに混ざり合うことを防止することができる。バンク形成工程としては、例えば、ホール注入層表面に、感光性のレジスト材料からなるバンク材料を塗布し、プリベークした後、パターンマスクを用いて感光させ、未硬化の余分なバンク材料を現像液で洗い出し、最後に純水で洗浄する方法がある。本発明は、このようなバンク形成工程を経た金属酸化物からなるホール注入層にも適用可能である。
2.有機EL素子の層構成
本発明の一態様に係る有機EL素子は、いわゆるボトムエミッション型の構成でもよく、いわゆるトップエミッション型の構成でもよい。
3.ホール注入層の成膜条件
上記実施の形態では、表1に示すように、成膜条件A、成膜条件B、成膜条件Cの投入電力の条件は、投入電力密度で表した。しかしながら、本実験で用いたRFマグネトロンスパッタ装置とは異なるRFマグネトロンスパッタ装置を用いる場合は、ターゲット裏面のマグネットのサイズに合わせて、投入電力密度が上記条件になるように投入電力を調節してもよい。これにより、本実験と同様に、主にNiO
xからなるホール注入効率の優れたホール注入層3を得ることができる。なお、全圧、酸素分圧については、装置やターゲットサイズ及び、ターゲットマグネットサイズに依存しない。
【0060】
また、ホール注入層のスパッタリング法による成膜時は、室温環境下に配置されるスパッタ装置において、基板温度を意図的には設定していない。したがって、少なくとも成膜前の基板温度は室温である。ただし、成膜中に基板温度は数10℃程度上昇する可能性がある。
【0061】
なお、ホール注入層3の形成方法はスパッタリング法や蒸着法に限らず、例えば、CVD(Chemical Vapor Deposition)法等の公知の方法により成膜することもできる。
4.ホール注入層の材料
上記実施の形態では、異種金属として3価が安定なBi、Laを用い、ペロブスカイト型構造を形成することで、Ni
3+を安定化した。しかしながら、異種金属および安定な結晶構造はこれに限らない。
【0062】
ホール注入層を第1および第2の価数を取る遷移金属Mの酸化物を含むとともに、第1の価数以上である第3の価数を取る異種金属Aを含むことで、ホール注入層の少なくとも1部において安定な結晶構造A
aM
bO
cが形成される。ここで、第1の価数の遷移金属Mの酸化物の導電性は、第2の価数の遷移金属Mの酸化物の導電性よりも大きいものとする。これにより、第1の価数の遷移金属Mを、当該界面近傍に多量に保持することができる。その結果、ホール注入効率をさらに向上させた有機EL素子を提供することができる。
【0063】
例えば、添加する異種金属として1価が安定なLiやNaを用いて、Ni
3+を安定化してもよい。例えば、結晶構造LiNiO
xは、層状岩塩型構造である。層状岩塩型構造LiNiO
xには、Li:Ni:Oが1:1:2の比率で含まれる。そのため、層状岩塩型構造LiNiO
xを全体として電気的に中性とするために、Niは第1の価数である3価を取る。また、添加する異種金属は、実施の形態等のように一種類でもよいし、二種類以上の組み合わせでもよい。
【0064】
上記実施の形態等では、ホール注入層を主にNiO
xで構成した。しかしながら、これに限らず、ホール注入層を主にNi以外の遷移金属Mの酸化物で構成してもよい。Ni以外の遷移金属原子としては、第1の価数と第2の価数とを取るSc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Cuなどが考えられる。
【0065】
例えば、遷移金属MとしてCuを用いた場合、導電性に優れる第1の価数1価であり、導電性が比較的小さい第2の価数が2価となる。そして、第1の価数を取るCu
1+を安定化させるためには、第3の価数を取る異種金属として3価が安定なAlを添加すればよい。例えば、結晶構造AlCuO
xは、デラフォサイト型構造である。デラフォサイト型構造AlCuO
xには、Al:Cu:Oが1:1:2の比率で含まれる。そのため、デラフォサイト型構造AlCuO
xを全体として電気的に中性とするために、Cuは第1の価数である1価を取る。
5.有機EL素子の適用例
本発明の一態様に係る有機EL素子は、
図6に示すような有機ELパネル100に適用することができる。また、本発明の一態様に係る有機EL素子は、有機EL発光装置、および有機EL表示装置にも適用することができる。有機ELパネル、有機EL発光装置、および有機EL表示装置に適用するに適用することで、これら装置の駆動電圧を低く保ちつつ、発光特性に優れた装置を実現できる。
【0066】
有機ELパネルについては、有機EL素子を1つ配置してもよいし、同じ色に発光する赤色、緑色、青色の各画素に対応する有機EL素子を複数個配置してもよいし、同じ色の有機EL素子を複数個配置してもよい。有機EL発光装置は、例えば、照明装置等に利用することができる。有機EL表示装置は、例えば、有機ELディスプレイ等に利用することができる。