特許第6169375号(P6169375)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6169375眼科測定方法、眼科測定装置および被検物質の評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6169375
(24)【登録日】2017年7月7日
(45)【発行日】2017年7月26日
(54)【発明の名称】眼科測定方法、眼科測定装置および被検物質の評価方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 3/10 20060101AFI20170713BHJP
【FI】
   A61B3/10 ZZDM
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-42732(P2013-42732)
(22)【出願日】2013年3月5日
(65)【公開番号】特開2013-212363(P2013-212363A)
(43)【公開日】2013年10月17日
【審査請求日】2016年1月27日
(31)【優先権主張番号】特願2012-49251(P2012-49251)
(32)【優先日】2012年3月6日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 日本大学医学部視覚科学系眼科学分野、東京都眼科医会、第65回日本臨床眼科学会 プログラム講演抄録集、第55頁、平成23年9月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100111464
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 悦子
(72)【発明者】
【氏名】中西 基
【審査官】 九鬼 一慶
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−237135(JP,A)
【文献】 特開2007−209370(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 3/00−3/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検眼に指標物質を投与した後に瞬きをして前記指標物質を角膜上に均一に拡散させ、
前記指標物質による薄膜が形成された角膜表面を経時的に撮像し、
前記撮像して得た複数の画像に基づいてドライスポット面積を測定し、前記測定したドライスポット面積からドライスポット面積の増加曲線を算出し、および前記増加曲線の変曲点の傾きを算出し、
前記瞬きからドライスポット発生までの時間、前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積を出力することを特徴とする、眼科測定方法。
【請求項2】
前記指標物質がフルオレセインであり、前記撮像が、角膜表面からの反射光をブルーフリーフィルターでろ過した後に撮像したものである、請求項1記載の眼科測定方法。
【請求項3】
被検眼に指標物質を投与した後に瞬きをして前記指標物質を角膜上に均一に拡散させてなる被検眼の角膜表面の画像を撮像する撮像手段と、
前記撮像手段により撮像された複数の画像に基づいてドライスポットを検出し、ドライスポット面積を測定し、前記測定したドライスポット面積からドライスポット面積の増加曲線を算出し、次いで前記増加曲線の変曲点の傾きを算出する画像解析手段と、
前記瞬きからドライスポット発生までの時間、前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積を出力する出力手段とを備える、眼科測定装置。
【請求項4】
前記増加曲線の変曲点の傾きは、複数の測定値を下記式(1)に示すゴンペルツ関数で回帰して最大ドライスポット面積Kおよび係数cを求め、ネイピア数をeとした場合に、K×c/eから算出されることを特徴とする、請求項3記載の眼科測定装置。
【数1】
【請求項5】
被検眼に被検物質を投与した後に瞬きをして前記被検物質を角膜上に均一に拡散させ、
前記被検物質による薄膜が形成された角膜表面を経時的に撮像し、
前記撮像して得た複数の画像に基づいてドライスポット面積を測定し、前記測定したドライスポット面積からドライスポット面積の増加曲線を算出し、および前記増加曲線の変曲点の傾きを算出し、
前記変曲点の傾きから前記被検物質によるドライスポット形成抑制の効果を評価することを特徴とする、被検物質の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドライスポット面積の経時変化に基づく眼科測定方法、眼科測定装置、および被検物質の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜上の涙液は、その表層から角膜に向けて油層、水層およびムチン層で構成され、目の乾燥を防止するばかりでなく殺菌や異物を流去する作用を有する。涙液は、瞬きによって角膜の表面に膜状に拡散され上記三層からなる涙液層を構成するが、ドライアイでは涙液の安定性の低下などにより前記涙液層が短時間に破壊され、「目が乾く」、「目がゴロゴロする」、「目が痛い」などの症状が発生する。また、異物や雑菌の処理能力が低下するため、ドライアイは種々の眼病の一因ともなっている。
【0003】
昨今は、コンピュータ作業などによる目の酷使や冷暖房による空気の乾燥が進み、涙液の質的、量的異常が発生しやすい環境となっている。ドライアイであるか否かの診断やドライアイのグレードの診断は、患者数の増加に伴いその重要性が増している。
【0004】
ドライアイ研究会による2006年のドライアイ診断基準(非特許文献1)では、自覚症状、涙液の異常、および角結膜上皮障害の3要素が全て陽性の場合に「ドライアイ」であると定義し、いずれかが陰性の場合は「ドライアイの疑い」としている。なお、涙液異常は、涙の分泌量を調べるシルマー検査または涙液層が破壊されるまでの時間を調べる涙液層破壊時間(以下BUT(Tear film Break-Up Time)と称する)で評価し、角結膜上皮障害は、フルオレセイン染色、ローズベンガル染色またはリサミングリーン染色で評価している。
【0005】
このような状況下、開瞼持続により角膜上に現れる涙液層が乾いた領域(以下ドライスポット)を観察する装置開発の試みがある。例えば、開瞼後に涙液層が破砕されてなるドライスポットは他と比較して極端に反射光量が下がるため、この差の程度にある閾値を設定してドライスポット領域を検出し、その面積を検出するという装置である(特許文献1)。検査者の主観に依存することなく角結膜の乾燥度の測定を客観的に行え、信頼性の高い測定結果を定量的に得ることができるという。
【0006】
また、被検眼涙液最表層の油層の表面と裏面の反射光の干渉による干渉模様の画像を水平走査して各ラインの最大値と最小値の差の加算値をライン数で除算して平均強度を演算し、その平均強度に対応するグレード値を求めてドライアイの症状を診断する装置もある(特許文献2)。ドライアイの症状が進んで前眼部角膜上の油層が厚くなると干渉状態が変化して反射光の強度が変化する点に着目し、干渉縞の画像を水平走査して得た平均強度を測定することでドライアイをグレード付けするというものである。これにより、ドライアイの定量的な測定ができるという。
【0007】
更に、被検眼の涙液に涙液中で粒状になる視標物質を投与し、該涙液に照明光を照射し、その照明された箇所の像を異なる時刻に複数回電子画撮像し、該撮像により得られた複数の画像中に撮影された前記視標物質の位置および各画像の撮影タイミングに基づき、前記視標物質の移動速度を測定し、被検眼の涙液の移動速度として出力することを特徴とする眼科測定方法もある(特許文献3)。涙液の移動速度の測定結果に基づいてドライアイの程度を定量的に評価することができるという。
【0008】
一方、新たな治療薬を開発するとその薬効を評価するために動物実験が行われる。ドライアイ治療薬を評価するためのモデル動物として、吸水性素材を眼球角膜に接面させ、角膜上皮細胞内外0.5以上の浸透圧差を生じさせる処理を受け、ドライアイの症状を呈するドライアイモデル動物(特許文献4)がある。また、老化促進モデルマウスの一系統であるSAMP10を使用して被検物質を評価する方法も開発されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3699853号公報
【特許文献2】特許第4160685号公報
【特許文献3】特許第4766919号公報
【特許文献4】特許第3945625号公報
【特許文献5】特開2007−278819号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】2006年ドライアイ診断基準、あたらしい眼科24(2):181〜184,2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ドライアイは、涙液安定性の低下が一因とされるが、涙液安定性の低下には、涙液の量的異常と質的異常とがあり、涙液量の低下によるドライアイは「涙液減少型ドライアイ」といわれ、涙液層を構成するムチンの性質変化等によるドライアイは「蒸発亢進型ドライアイ」といわれている。近年は、PC作業することが多いオフィスワーカーやコンタクトレンズ装用者の間で、この「蒸発亢進型ドライアイ」が増加する傾向にある。涙液の質的異常により涙液の機能が不十分となれば、角膜の水濡れ性などが低下するが、角膜の水濡れ性は涙液の質的異常以外にも、涙液の乾燥度の上昇などによっても発生する。従って、涙液の安定性と共に角膜の水濡れ性をも評価できれば、様々な環境にある被検者に対し、より的確な角膜表面の評価が可能となる。従来のBUTは涙液の安定性を評価するものであり、角膜の水濡れ性を評価するものではなかった。従って、角膜の水濡れ性も加味した新たな眼科測定方法の開発が望まれる。
【0012】
また、前記した特許文献1、特許文献2、特許文献3は、角膜表面を観察する眼科測定装置であるが、角膜の水濡れ性を評価するものではない。例えば、特許文献1記載の装置は、角膜上の乾燥度を客観的に評価する装置であるが、所定の角膜領域上のドライスポットの相対面積を測定し、ドライアイの乾燥度を評価するにとどまる。また、特許文献2記載の装置は、油層量を間接的に測定しているに過ぎない。なお特許文献5は、複数の撮像データの中から涙液移動速度測定に用いる2枚の画像を選択して使用するが、いずれの2枚を選択するかは明確でない。したがって、検査者の恣意を排除し、涙液安定性と角膜の水濡れ性とを加味した眼科測定方法および装置の開発が望まれる。
【0013】
更に、新たなドライアイ治療用の薬剤の開発には、薬剤評価の指標としてBUTの測定が行われている。前記したように、BUTは涙液の安定性に関与する指標であるが、ドライアイは、涙液の安定性低下と共に角膜の水濡れ性の低下などが複合して発生する疾患である。従って、角膜の水濡れ性も加味して角膜表面の状態を評価し、またはドライアイ治療薬を評価しうる新たな被検物質の評価方法の開発が望まれる。
【0014】
上記現状に鑑み、本発明は、開瞼後の角膜表面を経時的に観察し、観察結果を解析して涙液の安定性と共に角膜の水濡れ性を加味して評価しうる眼科測定方法、および眼科測定装置を提供することを目的とする。
【0015】
また本発明は、ドライアイに好適な被検物質の特性を評価しうる、新たな評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、開瞼後の角膜を経時的に撮像し、撮像画像に基づいてドライスポット面積を算出したところ、ドライスポット発生までの時間(臨床的には涙液層破壊時間以下、BUTと同義)、最大ドライスポット面積、ドライスポット面積の増加曲線やその傾きなどの複数の情報を同時に取得できること、および前記増加曲線の傾きや最大ドライスポット面積は、角膜の水濡れ性と相関することを見出し、これらの情報を複合的に評価すれば、被検者の負担が少なく、涙液の安定性と角膜の水濡れ性とを加味した角膜表面の評価が可能であることを見出し、本発明を完成させた。また、ドライアイ患者もしくはドライアイを罹患したモデル動物に被検物質を点眼し、前記したドライスポット発生までの時間、最大ドライスポット面積、ドライスポット面積の増加曲線の傾きを解析することで、被検物質がドライアイ治療薬として適性であるか否かを数値で評価しうることも見出した。
【0017】
すなわち本発明は、被検眼に指標物質を投与した後に瞬きをして前記指標物質を角膜上に均一に拡散させ、
前記指標物質による薄膜が形成された角膜表面を経時的に撮像し、
前記撮像して得た複数の画像に基づいてドライスポット面積を測定し、前記測定したドライスポット面積からドライスポット面積の増加曲線を算出し、および前記増加曲線の変曲点の傾きを算出し、
前記瞬きからドライスポット発生までの時間、前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積を出力することを特徴とする、眼科測定方法を提供するものである。
【0018】
また本発明は、前記指標物質がフルオレセインであり、前記撮像が、角膜表面からの反射光をブルーフリーフィルターでろ過した後に撮像したものである、上記眼科測定方法を提供するものである。
【0019】
また本発明は、被検眼に指標物質を投与した後に瞬きをして前記指標物質を角膜上に均一に拡散させてなる被検眼の角膜表面の画像を撮像する撮像手段と、
前記撮像手段により撮像された複数の画像に基づいてドライスポットを検出し、ドライスポット面積を測定し、前記測定したドライスポット面積からドライスポット面積の増加曲線を算出し、次いで前記増加曲線の変曲点の傾きを算出する画像解析手段と、
前記瞬きからドライスポット発生までの時間、前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積を出力する出力手段とを備える、眼科測定装置を提供するものである。
【0020】
更に本発明は、前記増加曲線の変曲点の傾きは、複数の測定値を下記式(1)に示すゴンペルツ関数で回帰して最大ドライスポット面積Kおよび係数cを求め、ネイピア数をeとした場合に、K×c/eから算出されることを特徴とする、前記眼科測定装置を提供するものである。
【0021】
【数1】
【0022】
また本発明は、被検眼に被検物質を投与した後に瞬きをして前記被検物質を角膜上に均一に拡散させ、
前記被検物質による薄膜が形成された角膜表面を経時的に撮像し、
前記撮像して得た複数の画像に基づいてドライスポット面積を測定し、前記測定したドライスポット面積からドライスポット面積の増加曲線を算出し、および前記増加曲線の変曲点の傾きを算出し、
前記変曲点の傾きから前記被検物質によるドライスポット形成抑制の効果を評価することを特徴とする、被検物質の評価方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ドライスポット発生までの時間、前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積を解析し、涙液の安定性と角膜の水濡れ性とを評価することができる。
【0024】
本発明によれば、被検物質を投与した後にドライスポット発生までの時間、前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積を解析することで、被検試薬がドライアイ治療薬として適切に使用しうるかの評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の眼科測定装置を説明する模式図である。
図2】実施例1で得た角膜表面の動画から所定時間経過後の静止画像を示す図である。
図3】二値化変換を説明する図であり、図2の画像と二値化変換した図とを併記したものである。
図4】ドライスポット開始時、ドライスポット面積の増加曲線とその変曲点およびその傾き、最大ドライスポット面積とを説明する図である。
図5】実施例2において、被験者2のゴンペルツ回帰曲線および回帰式を説明する図である。
図6】0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼前、1週間後、4週間後の被検眼20例について、ドライスポット面積の増加曲線の変曲点の傾きを測定した結果を示す図である。
図7】0.3%ヒアルロン酸ナトリウム点眼前、1週間後、4週間後の被検眼20例について、最大ドライスポット面積を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の第一は、被検眼に指標物質を投与した後に瞬きをして前記指標物質を角膜上に均一に拡散させ、前記指標物質による薄膜が形成された角膜表面を経時的に撮像し、前記撮像して得た複数の画像に基づいてドライスポット面積を測定し、前記測定したドライスポット面積からドライスポット面積の増加曲線を算出し、および前記増加曲線の変曲点の傾きを算出し、前記瞬きからドライスポット発生までの時間、前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積を出力することを特徴とする、眼科測定方法である。また、本発明の第二は、被検眼に指標物質を投与した後に瞬きをして前記指標物質を角膜上に均一に拡散させてなる被検眼の角膜表面の画像を撮像する撮像手段と、前記撮像手段により撮像された複数の画像に基づいてドライスポットを検出し、ドライスポット面積を測定し、前記測定したドライスポット面積からドライスポット面積の増加曲線を算出し、次いで前記増加曲線の変曲点の傾きを算出する画像解析手段と、前記瞬きからドライスポット発生までの時間、前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積を出力する出力手段とを備える、眼科測定装置である。以下、本発明を詳細に説明する。
【0027】
(1)指標物質
本発明で被検眼に投与する指標物質とは、涙液および角膜の観察を容易に行うために投与する試薬である。投与方法に限定はなく、経口投与、注射、点眼などのいずれでもよい。局所にのみ効果を発揮しうる点で点眼が好ましい。点眼試薬としては、たとえば、励起光の照射によって蛍光を発する蛍光物質を好適に使用することができる。感度に優れるからである。本発明では特に、安全性に優れ、角膜の擦過傷、潰瘍、角膜ヘルペス、ドライアイなどの眼科診断に用いられているフルオレセインまたはその誘導体を使用することが好ましい。なお、本発明において「フルオレセイン」には、フルオレセインの誘導体を含むものとする。フルオレセインであれば、後記するドライスポット面積の算出のほか、角膜の擦過傷や潰瘍なども観察できるため、併せて他の診断も行うことができる。
【0028】
(2)眼科測定方法
本発明の眼科測定方法は、角膜表面を経時的に撮像し、得られた撮像画像を解析してドライスポット面積の増加曲線と当該変曲点の傾きとを算出する点に特徴がある。ドライアイは涙液の安定性が低下し、角膜の水濡れ性が低下した場合に発生するが、水濡れ性が低いと角膜表面に均一に涙液が拡散した状態が維持できず、瞬きから間もなく涙液分布が不均一になりドライスポットが形成される。また、涙液の安定性が低下すると、角膜上に形成された涙液層も破壊されやすい。涙液の安定性と、角膜表面の水濡れ性とは異なる原因によって発生しうるが、開瞼後のドライスポット面積の広がり速度は、角膜の水濡れ性が低いほど、涙液の安定性が低いほど早い。従前には角膜の水濡れ性を評価する方法は存在しなかったが、ドライスポット面積の広がり速度、すなわちドライスポット面積の増加曲線の傾きを測定すれば、涙液の安定性と角膜の水濡れ性との双方を加味する角膜表面の新たな指標となることが判明した。しかも、開瞼後にドライスポットが発生した画像の撮像経過時は従来のBUTを意味し、前記増加曲線から最大ドライスポット面積を算出することもできるため、被検者への負担が少ない。
【0029】
本発明の眼科測定方法では、被検眼に指標物質を投与した後に瞬きをして前記指標物質を角膜上に均一に拡散させ、前記指標物質による薄膜が形成された角膜表面を経時的に複数回撮像する。たとえば0.03秒間隔で複数回の撮像を行ってもよい。また、撮像画像は動画であってもよく、画像解析ソフトなどにより任意の静止画を切り出して使用してもよい。
【0030】
次いで、前記各撮像画像のドライスポット領域を検出し、ドライスポット面積を測定する。ドライスポットの検出方法としては、例えば、撮像画像を所定の閾値により二値化画像に変換し、この二値化画像に含まれる黒色の領域をドライスポット領域として検出する。二値化画像に変換する際の閾値は、使用する撮像装置や画像解析装置などに応じて適宜選択することができる。二値化画像に変換後、撮像画像から先ず角膜領域を特定し、ドライスポット領域として角膜領域に含まれる黒色の画素数を算出し、必要に応じて適宜所定の換算を行いドライスポット面積とする。経過時間ごとの複数枚の撮像画像の各々についてドライスポット面積を測定し、ドライスポット面積の増加曲線を求める。
【0031】
瞬きからの経過時間をxとし、x時におけるドライスポット面積をyとすれば、ドライスポット面積は、シグモイド関数で近似される増加曲線を形成する。ドライスポット面積の増加曲線の変曲点の傾きは、図面に描いた増加曲線からマニュアルで算出することもできるが、上記画像から算出した測定値をシグモイド関数で回帰して算出することが好ましい。シグモイド関数の中でも、ロジスティック関数とゴンペルツ関数とのいずれが測定値に近似するかをAIC(Akaike’s Information Criterion)で検討したところ、9割がロジスティック関数よりもゴンペルツ関数で近似されることが判明した。従って、本発明では、測定値を下記式(1)に示すゴンペルツ関数で回帰し、増加曲線の変曲点の傾きを算出することが好ましい。
【0032】
【数2】
【0033】
複数の測定値を上記式(1)に示すゴンペルツ関数で回帰すると、最大ドライスポット面積K、係数b、および係数cが特定される。変曲点の傾きは、ネイピア数をeとした場合にK×c/eを算出することで求めることができる。ゴンペルツ関数による回帰式の算出は、フリー統計解析ソフトなどを利用することができる。例えば、撮像画像を二値化変換して得られたドライスポット面積をyとし、測定時をxとして統計解析ソフトRに入力し、ゴンペルツ回帰曲線および回帰式を算出する。ゴンペルツ関数に基づいて最大ドライスポット面積Kを算出すれば、測定時間内にドライスポット面積の増加がプラトーに至らない場合でも最大ドライスポット面積を推定することができるため、測定時間が短くても測定者の恣意を排除して正確な測定値を得ることができる。
【0034】
後記する実施例に示すように、前記変曲点の傾きと、最大ドライスポット面積、およびフルオレセイン染色スコアとは、それぞれ点眼前の値に対して統計学的有意差を生じた。このことは、変曲点の傾きや最大ドライスポット面積が、角膜表面の水濡れ性を加味しつつ角膜表面の状態を評価する指標として、フルオレセイン染色スコアと同程度の感度で使用しうることを意味する。BUTやシルマーテスト、涙液メニスカス高では検出されなかった統計学的な有意差を検出でき、角膜表面の評価、ひいてはドライアイ診断における新規な指標となりうる。
【0035】
なお、経時的に撮像した複数枚の撮像画像を解析し、最初にドライスポットが検出された画像の撮像経過時を「瞬きからドライスポット発生までの時間」とする。ゴンペルツ関数に基づいて算出された「ドライスポット面積の増加曲線の変曲点の傾き」、ゴンペルツ関数で使用した「最大ドライスポット面積」とを「瞬きからドライスポット発生までの時間」と共に出力する。本発明では、経時的な複数枚の撮像画像を解析し、これらの結果を数値で出力することができるため、涙液の安定性と共に角膜の水濡れ性を加味した角膜表面の状態の比較を容易に行うことができる。
【0036】
(3)眼科測定装置
本発明の眼科測定方法は、角膜表面の経時的撮像と、撮像画像からドライスポットの検出およびドライスポット面積の算出などの画像解析とができれば、装置その他が限定されるものではない。好ましくは、本発明の第二に係る眼科測定装置である。従来の細隙灯顕微鏡に、撮像装置と撮像した画像の解析を行う画像解析手段、および出力手段としてプリンターなどを配設して構成することができる。細隙灯顕微鏡は眼科で多用される装置であるため画像解析手段および評価手段を導入するだけで、本発明の新たな眼科測定方法を行うことができる。図1に、本発明の眼科測定装置の概略構成を示す。
【0037】
図1に示すように、ハロゲンランプなどの光源10から照射された光が、励起フィルター20およびハーフミラー30を経て被検眼Eに照射される。前記励起フィルター20は、光源から照射された波長の中から前記指標物質を励起する励起光のみを通過させるフィルターである。本発明では、使用する指標物質の特性に対応して適宜選択することができる。
【0038】
被検眼Eに照射された励起光は、角膜表面で指標物質を励起する。指標物質から発せられる蛍光は、ハーフミラー30を通過し、ろ過フィルター40を経てカメラ50に入射される。カメラ50はこれを撮像する。撮像手段としてのカメラ50は、デジタルカメラなどを好適に使用することができる。ろ過フィルター40としては、ブルーフリーフィルターなどの370〜500nmの波長の光を吸収するものを好適に使用することができる。撮像画像には、角膜の全域が含まれるため一般には虹彩や瞳孔の陰影も画像に含まれるが、角膜からの反射光をブルーフリーフィルターでろ過すると、虹彩や瞳孔を形成する波長が吸収されるためこれらが撮像画像に投影されない。これにより、ドライスポット領域と、虹彩や瞳孔とを簡便に識別することができ、ドライスポット面積をより正確に算出することができる。なお、撮像は連続的な動画でもよい。従って撮像手段としては、動画像撮像装置であってもよい。
【0039】
前記撮影画像は、カメラ50に連設される画像解析手段60に入力される。なお、画像解析手段における解析方法は、前記眼科測定方法の記載した方法である。画像解析手段60は、パーソナルコンピュータなどのハードウェアを利用して構成され、画像解析のほか画像やデータの保存を行うことができる。解析結果は、図示しない出力手段によって出力される。
【0040】
本発明の装置は、ハードウェアにおいて一般的な眼科撮影装置の構成と多くの共通部分を含むため、既存の眼科撮影装置を利用し、画像解析手段を配備することで容易かつ簡単安価に実施することができる。
【0041】
(4)出力結果の利用方法
本発明の眼科測定方法および眼科測定装置によれば、瞬きからドライスポット発生までの時間、前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積が出力される。前記増加曲線の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積は、涙液安定性に角膜の水濡れ性が加味された角膜表面の結果を示す。ドライアイは、生活環境の相異によって新たな発生原因などが生じるため、その種類や程度などが一義的に判断しえない場合があるが、前記増加曲線の変曲点の傾きおよび最大ドライスポット面積は、角膜表面の状態やドライアイを診断する際の新たな指標とすることができる。
【0042】
なお、ドライスポット面積やその増加曲線、増加曲線の変曲点の傾き、ドライスポット発生までの時間、最大ドライスポット面積などの値は、使用する撮像装置、二値化画像への変換工程、増加曲線や最大ドライスポット面積を算出する解析ソフトなどによって相異する場合がある。このため、同じ装置を使用して前記変曲点の傾き、最大ドライスポット面積を求め、各グレードの基準値を設定し、測定値とこのグレードとを比較することが好ましい。例えば、後記する実施例では、変曲点の傾きが5mm/秒未満をグレード1、5mm/秒以上〜10mm/秒未満をグレード2、10mm/秒以上〜20mm/秒未満をグレード3、20mm/秒以上〜30mm/秒未満をグレード4、30mm/秒以上〜40mm/秒未満をグレード5、40mm/秒以上をグレード6とした。ただし、これは一例であり、これに限定されるものではない。
【0043】
本発明の眼科測定方法および眼科測定装置は、涙液の安定性ならびに角膜の水濡れ性を総合的に評価しうる。前記したように、従来から診断基準として採用されているBUT、涙液量を評価するシルマーテスト、角結膜上皮障害を評価するフルオレセイン染色スコア、角膜とまぶたの間にたまった涙の高さを評価する涙液メニスカス高とはその機序が全く異なる。したがって、本発明により新たな指標を加えて、角膜表面の状態やドライアイを多面的に診断および評価することができる。なお、本発明におけるドライスポット発生までの時間は従来のBUTと同義であるが、撮像画像を解析して最初にドライスポットが見出された画像の経過時間に基づいて測定したため、より正確な測定値といえる。更に、撮像の際に投与するフルオレセインによれば、角膜の擦過傷や潰瘍などの検出も容易である。本発明によれば、このような角膜の損傷観察の結果もドライアイの診断に加味することができる。
【0044】
(5)被検物質の評価方法
本発明の第三は、被検眼に被検物質を投与した後に瞬きをして前記被検物質を角膜上に均一に拡散させ、前記被検物質による薄膜が形成された角膜表面を経時的に撮像し、前記撮像して得た複数の画像に基づいてドライスポット面積を測定し、前記測定したドライスポット面積からドライスポット面積の増加曲線を算出し、および前記増加曲線の変曲点の傾きを算出し、前記変曲点の傾きから、前記被検物質によるドライスポット形成抑制の程度を評価することを特徴とする、被検物質の評価方法である。
【0045】
前記したように、本発明で算出される前記変曲点の傾きは、涙液安定性と角膜の水濡れ性とを総合的に評価しうる新たな指標となる。被検物質を投与した後に得た前記変曲点の傾きは数値で出力されるため、複数の被検物質間の効果を簡便に比較することができる。ここに、変曲点の傾きが小さければ、ドライスポット面積の増加率が低減したことを意味する。例えばドライアイ治療薬の開発に際して、被検物質を投与する前の前記変曲点の傾きと投与後の変曲点の傾きと比較すれば、被検物質による涙液安定性への影響および角膜の水濡れ性への影響を容易に評価することができる。
【0046】
本発明の被検物質の評価方法で評価しうる被検物質は、点眼薬に限定されず、内服薬であっても注射薬であってもよい。いずれであっても、前記した指標物質を投与することでドライスポット面積を算出しうるからである。なお、被検物質を点眼する被検眼としては、ドライアイを罹患したモデル動物を好適に使用することができ、ドライアイ患者を対象にしてもよい。本発明の眼科測定装置を使用すれば、前記画像解析手段により、被検物質の特性を簡便に評価することができる。
【実施例】
【0047】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。
【0048】
(実施例1)
被検者の涙液に、フローレス眼検査用試験紙0.7mg(昭和薬品化工業株式会社製)を接触させて涙液をフルオレセインナトリウムで染色し、数回の瞬きによってフルオレセインナトリウムを角膜上に均一に拡散した。
【0049】
被検眼の撮像は、図1に模式的に示す細隙灯顕微鏡(トプコン社製、商品名「SL−D7」)を使用して行った。光源10としてハロゲン光源を使用し、励起フィルター20としてイエローフィルター(トプコン社製)を、ろ過フィルター40としてブルーフリーフィルター(トプコン社製)使用した。ハロゲン光源からの照射光は、励起フィルターを経て励起光のみがハーフミラー30によって角膜に入射され、励起光の入射によってフルオレセインナトリウムから蛍光が発生した。発生した蛍光をろ過フィルター40でろ過した。角膜表面の動画は、カメラ50(トプコン社製、商品名「DC−3」)で撮像した。なお、従来のBUT、シルマーテスト、フルオレセイン染色スコア、涙液メニスカス高(TMH)も併せて測定した。
【0050】
フルオレセインナトリウムを投与し、瞬きによって角膜上に均一に拡散した後に開瞼した時刻を0時とし、上記撮像画像の中から3.45秒、4.05秒、4.65秒、5.25秒、5.85秒、6.45秒後の画像を取り出した。上記画像を図2に示す。
【0051】
これらの各画像について、ドライスポット領域と他の領域とを区別しうる閾値を選択して二値化画像に変換した。二値化画像を図3に示す。角膜画像内の黒色領域がドライスポットである。角膜画像内の前記黒色の画素数を計数および換算してドライスポット面積とした。
【0052】
複数画像のドライスポット面積の経時変化を算出し、グラフ表示した。結果を図4に示す。開瞼後、ドライスポット発生までの時間は、図4に示すように3.45秒であった。また、ゴンペルツ関数により回帰式を算出したところ、y=167.049×1.834exp−0.665xが算出された。よって、最大ドライスポット面積Kを167.049mmとした。
【0053】
更に、回帰式のc値を使用し、ネイピア数をeとした場合に、K×c/eで示す変曲点の傾きを算出したところ、変曲点の傾き40.847mm/秒を得た。
【0054】
前記した変曲点の傾きに基づいて、角膜表面の状態をグレードづけした。傾きが5mm/秒未満をグレード1、5mm/秒以上〜10mm/秒未満をグレード2、10mm/秒以上〜20mm/秒未満をグレード3、20mm/秒以上〜30mm/秒未満をグレード4、30mm/秒以上〜40mm/秒未満をグレード5、40mm/秒以上をグレード6とした。結果を表1に示す。なお、表1には、BUT、シルマーテスト、フルオレセイン染色スコア、涙液メニスカス高(TMH)の結果も併記する。また、ゴンペルツ関数の各係数値を表2に示す。
【0055】
(実施例2)
実施例1と同様にして他の4人の被検者について、フルオレセインナトリウムを角膜上に均一に拡散し、瞬き後の角膜表面の動画を撮像した。撮像画像を二値化変換しドライスポット面積を算出し、実施例1と同様にしてゴンペルツ回帰式を算出した。被験者2のゴンペルツ曲線と回帰式とを図5に示す。被験者2のドライスポット面積の回帰式は、y=35.093×23.242exp−0.631xであり、最大ドライスポット面積は35.093、係数cは−0.631であった。次いで、K×c/eを算出して変曲点の傾きを8.149(mm/秒)と得た。ドライスポット発生までの時間、変曲点の傾き、最大ドライスポット面積、BUT、シルマーテスト、フルオレセイン染色スコアおよびTMHを測定し、および測定した変曲点の傾きに基づいて角膜表面のグレードを評価した。結果を表1、表2に示す。
【0056】
(実施例3)
実施例1および実施例2の被検者に、0.3%ヒアルロン酸ナトリウムを1日6回点眼を4週間継続した。実施例1と同様にして、0.3%ヒアルロン酸ナトリウムの点眼開始後4週間後のドライスポット発生までの時間、変曲点の傾き、最大ドライスポット面積、BUT、シルマーテスト、フルオレセイン染色スコアおよびTMHを測定し、および測定した変曲点の傾きに基づいて角膜表面のグレードを評価した。結果を表3に示す。また、ゴンペルツ関数の係数値を表4に示す。
【0057】
(実施例4)
実施例1および実施例3と同様にして、0.3%ヒアルロン酸ナトリウムを4週間に亘り1日6回点眼した。点眼前、1週間後、4週間後に、実施例1と同様にして、ドライスポット面積の増加曲線の変曲点の傾き、最大ドライスポット面積、BUT、シルマーテスト、フルオレセイン染色スコアおよびTMHを測定した。20名の被験者を対象に測定し、その平均値を表5に示し、ドライスポット面積の変曲点の傾きの経時変化を図6に、最大ドライスポット面積の経時変化を図7に示す。なお、点眼前の測定値に対する点眼1週間後の測定値、および点眼前に対する点眼4週間後の測定値についてWilcoxonの符号付順位検定を行った。
ドライスポット面積の変曲点の傾き、および最大ドライスポット面積、およびフルオレセイン染色スコアは、点眼前の測定値に対し、点眼4週間後の群で有意差があった。これに対し、BUT、シルマーテスト、TMHでは、いずれの群でも有意差は存在しなかった。

【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明によれば、従来の装置を使用して被検物質を評価することができ、有用である。
【符号の説明】
【0064】
10・・・光源、
20・・・励起フィルター、
30・・・ハーフミラー、
40・・・ろ過フィルター、
50・・・カメラ(撮像手段)、
60・・・画像解析手段、
E・・・被検眼
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7