【課題を解決するための手段】
【0012】
モールドパウダーにより、モールド内で高い緩冷却効果を発揮させるためには、十分なカスピダイン結晶の析出が不可欠である。カスピダインは、CaOと、SiO
2と、CaF
2とが、モル比でCaO:SiO
2:CaF
2=3:2:1の割合で結合した化合物であり、従来の中炭素鋼用モールドパウダーにおいては、この化学組成に近くなるような設計が指向されてきた。
しかし、モールドパウダーは、カスピダインの成分であるCaO、SiO
2、CaF
2の他に、Al
2O
3、MgO、Li
2O、Na
2O、K
2Oなど多くの成分を含有しており、カスピダインの析出過程は、CaO、SiO
2、CaF
2以外の成分の影響を受けると考えられる。そこで、(1)カスピダイン結晶析出量に対するアルカリ金属元素の影響及び(2)カスピダイン結晶の析出を促進する最適CaO/SiO
2質量比を調査することで、カスピダインの析出を促進できる手法を検討した。
【0013】
(1)カスピダイン結晶析出量に対するアルカリ金属元素の影響
一般的に、パウダースラグの粘度や結晶化温度の調整には、Al
2O
3、MgO、Li
2O、Na
2O、K
2Oなどの成分が用いられるが、Al
2O
3はパウダースラグの粘度を上昇させる作用があり、カスピダイン結晶の凝固時の原子の再配列を阻害する。また、MgOは、パウダースラグの粘度や結晶化温度の調整能力が小さく、多量に用いるとカスピダインの成分が希釈されることで、結果的にカスピダイン結晶の析出を阻害する働きがあるため、パウダースラグの粘度や結晶化温度の調整には好ましくない。これに対し、アルカリ金属元素であるLi、Na、Kは、パウダースラグの粘度や結晶化温度の調整能力が少量の添加量でも高いため、パウダースラグの粘度や結晶化温度の調整にはLi、Na、Kなどのアルカリ金属元素が主に用いられる。
【0014】
一方、これらのアルカリ金属元素は、パウダースラグ中のSiO
2ネットワーク中にガラス修飾剤として組み込まれ、カスピダインの析出過程および析出量に影響を与えると考えられる。そこで、モールドパウダーに添加されるアルカリ金属元素であるLi、Na、Kについて、カスピダイン結晶の析出に対して最も有利な元素を選択的に使用することで、モールドパウダーの粘度や結晶化温度を調整しつつ、カスピダイン結晶の十分な析出量を確保できると考え、以下の実験を行った:
モールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ中のアルカリ金属元素を酸化物として換算したLi
2O、Na
2O、K
2Oを、それぞれ2質量%ずつ、合計6質量%のアルカリ金属酸化物を含む従来の中炭素鋼用モールドパウダーについて、合計6質量%のアルカリ金属酸化物をLi
2Oのみ、Na
2Oのみ、またはK
2Oのみとしたモールドパウダーのサンプルを作製した。次に、これらのサンプルの溶融状態のパウダースラグを、水冷した鋳型内で急冷却して凝固スラグを得た。得られた凝固スラグのXRDパターンから、カスピダインの第一強線のピーク強度を読み取った。更に、従来の中炭素鋼用モールドパウダー(後述の比較品1)のカスピダインの第一強線のピーク強度を結晶析出指数=100として定義し、アルカリ金属酸化物を添加した各サンプルの結晶析出指数を算出することでカスピダイン結晶の析出量の比較を行った。
図1は、各サンプルの結晶析出指数を示したものである。アルカリ金属酸化物としてLi
2Oのみを用いたサンプルのカスピダインの析出量が最も多くなることが解る。
【0015】
(2)カスピダイン結晶析出量に対するモールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ中のCaF
2量の影響
次に、カスピダイン結晶析出量に対するCaF
2量の最適値について検討した。ここで、モールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ中のFは、全量CaF
2として存在していると仮定し、CaF
2に含まれるCaを除いた残りのCa分を酸化物換算した値をCaO’とした時、CaO’は式(a)で定義される。モールドパウダーのCaO’/SiO
2質量比を従来の中炭素鋼用モールドパウダーと同等の1.40とし、モールドパウダーの凝固温度や結晶化温度の調整するためのアルカリ金属元素としてLiのみを用い、酸化物換算としてLi
2Oを6質量%含むモールドパウダーについて、モールドパウダー中のCaF
2の質量%のみを変化させたときのカスピダイン結晶析出量を調査した。
CaO’=CaO
tot−F×(56/38) ・・・(a)
ここで、CaO
tot:モールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ 中の全Ca量のCaO換算量(質量%)
F:モールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ中の全F 量(質量%)
【0016】
図2は、モールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ中のCaF
2量と、モールドパウダーのカスピダイン結晶析出量指数の関係を示したものである。なお、
図1と同様に、Li
2O含量2質量%、Na
2O含量2質量%、K
2O含量2質量%の中炭素鋼用モールドパウダーのカスピダイン結晶析出指数を100とした時の指数として表記した。実験の結果、カスピダイン結晶析出指数は、パウダー中CaF
2量が約15質量%を超えると、カスピダイン結晶析出量はほぼ安定して大きく変化しないことが解る。
【0017】
(3)カスピダイン結晶の析出を促進する最適CaO’/SiO
2質量比の探索
次に、カスピダイン結晶析出量が最も多くなるCaO’/SiO
2質量比を検討した。上記(1)及び(2)の実験結果から、モールドパウダーの凝固温度や結晶化温度の調整のためのアルカリ金属元素としてLiのみを用い、酸化物換算としてLi
2Oを6質量%含み、かつモールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ中のCaF
2量を20質量%としたモールドパウダーについて、CaO’/SiO
2質量比のみを変化させ、カスピダイン結晶析出量を調査した。
図3は、CaO’/SiO
2質量比と、モールドパウダーのカスピダイン結晶析出量指数の関係を示したものである。なお、
図1と同様に、Li
2O含量2質量%、Na
2O含量2質量%、K
2O含量2質量%の中炭素鋼用モールドパウダーの結晶析出指数を100とした時の指数として表記した。実験の結果、試作したモールドパウダーにおいて、CaO’/SiO
2質量比0.9〜1.1の範囲で、結晶析出指数が高くなることが解った。
【0018】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、本発明の鋼の連続鋳造用モールドパウダーは、CaO、SiO
2、Al
2O
3及びフッ素化合物を基本成分とする鋼の連続鋳造用モールドパウダーであって、モールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ中の酸化物換算量として、モールドパウダーのCaO’を以下の式(a)で定義した時、CaO’/SiO
2質量比が0.9以上1.10未満の範囲内にあり、以下の式(b)で表わされるCaF
2値が15〜25質量%の範囲内とし、Na、Kの酸化物換算での含有量の合計が0.5質量%以下であり、Liの酸化物換算での含有量が5〜10質量%の範囲内にあり、
Al2O3含有量が、6質量%以下(ゼロを含まず)の範囲内にあり、かつモールドパウダーの結晶化温度が1100〜1200℃の範囲内にあることを特徴とするものである:
CaO’=CaO
tot−F×(56/38)・・・(a)
CaF
2値=F×(78/38)・・・(b)
ここで、CaO
tot:モールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ 中の全Ca量のCaO換算量(質量%)
F:モールドパウダーを1300℃に加熱して得られたパウダースラグ中の全F 量(質量%)
【0019】
また、本発明の鋼の連続鋳造方法は、上記鋼の連続鋳造用モールドパウダーを用い、C量が0.06〜0.25質量%の中炭素鋼の鋳片を、鋳造速度1.4m/分以上で連続鋳造することを特徴とする。