(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる機械部品本体の所定部分の表面に対して、ニッケルを用いた微粒子ショットピーニング処理を施すことにより、前記機械部品本体の所定部分の表面上に、ニッケルを含有し、凹凸形状を有し、ビッカース硬さがHV200以上HV400以下であり、かつ、前記機械部品本体の所定部分の表面の硬度よりも大きく、ニッケルめっき層の硬度よりも小さい硬度を有する改質層を形成する工程と、
前記改質層が形成された前記機械部品本体の所定部分の表面を覆うように前記ニッケルめっき層を形成する工程とを備える、内燃機関用機械部品の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0026】
図1〜
図3を参照して、本発明の一実施形態によるピストン100の構成について説明する。なお、ピストン100は、本発明の「内燃機関用機械部品」および「機械部品」の一例である。
【0027】
本発明の一実施形態によるピストン100は、図示しない車両の内燃機関(エンジン)に用いられる機械部品である。このピストン100は、
図1に示すように、シリンダ101内を上下方向(Z方向)に移動可能に配置されている。また、シリンダ101の上方(Z1側)には、シリンダヘッド102が配置されており、ピストン100、シリンダ101およびシリンダヘッド102により囲まれた領域に燃焼室Aが形成されている。ここで、燃焼室Aでは、内部に吸入された混合気が燃焼されることによって、約6MPa以上の大きな燃焼圧と、約1800℃以上の燃焼ガスとが発生する。このため、ピストン100において、燃焼室A側に位置するピストン本体1の頂面1aには、大きな燃焼圧が応力として加えられるとともに、頂面1aの表面温度が約250℃以上(300℃程度)になるため、ピストン本体1の頂面1a(
図1の網掛け部分)は、高い強度(硬度)が必要とされるとともに、約250℃以上の高温環境下に配置される。なお、ピストン本体1は、本発明の「機械部品本体」の一例であり、頂面1aは、本発明の「所定部分の表面」の一例である。
【0028】
また、ピストン本体1のシリンダ内側面101aとの摺動面(外側面)1b、および、ピストンピン103が挿入されるピストンピン用穴の内周面1c(これ以降、内周面1cとする)(
図1の網掛け部分)も、ピストン本体1の頂面1a側からの熱や、発生する摩擦熱に起因して、約250℃以上の高温環境下に配置される。また、摺動面1bおよび内周面1cは、それぞれ、シリンダ内側面101aおよびピストンピン103との摺動面であるため、高い強度(硬度)が必要とされる。なお、摺動面1bおよび内周面1cは、本発明の「所定部分の表面」の一例である。
【0029】
また、ピストン本体1は、Al−Si−Cu合金(アルミニウム合金)からなり、鋳造によって作成されている。これにより、ピストン本体1が鋳鉄からなる場合と比べて、ピストン100を軽量化することができるので、ピストン100の重量に応じて重量調整されるエンジンの他の部材(コンロッド、フライホイールなど)も軽量化することが可能である。この結果、エンジン全体を軽量化することが可能である。
【0030】
ここで、本実施形態では、
図2に示すように、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cでは、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cを覆うように、ニッケルめっき層2が形成されているとともに、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cとニッケルめっき層2との間に、改質層3が形成されている。つまり、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cでは、アルミニウム合金(Al−Si−Cu合金)からなるピストン本体1と改質層3とニッケルめっき層2とがこの順に積層されている。
【0031】
ニッケルめっき層2は、約85wt%以上約96wt%以下のNi(ニッケル)と、約4wt%以上約15wt%以下のP(リン)とを含むNi−P合金からなり、無電解ニッケルめっき処理により形成されている。また、ニッケルめっき層2の厚み(平均厚み)t1は、約20μmである。
【0032】
また、ニッケルめっき層2の外部に露出する表面2aは、平滑面状になるように形成されている。これにより、ニッケルめっき層2の表面2aが凹凸形状の粗面である場合と異なり、粗面の凹凸部分を起点としてピストン100に亀裂などの欠陥が生じるのを抑制することが可能である。
【0033】
改質層3は、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cに位置していたAl−Si−Cu合金(アルミニウム合金)が、ニッケル微粒子からなる投射材を用いた微粒子ショットピーニング処理により改質されることによって形成されている。これにより、
図3に示すように、改質層3には、Al、SiおよびCuだけでなく、微粒子ショットピーニング処理により埋め込まれたNiと、Niと共に埋め込まれたO(酸素)とが含まれており、それらの5つの元素により、改質層3の内部に複合組織3a(
図3の斜線部分)が形成されている。なお、改質層3におけるNiの含有率は、約5wt%以上約20wt%以下であり、ニッケルめっき層2におけるNiの含有率(約85wt%以上約96wt%以下)よりも少なくなるように構成されている。
【0034】
また、改質層3では、アルミニウム合金が微細化されている。この結果、改質層3は、複合組織3aと微細化されたアルミニウム合金とにより、ピストン本体1を構成するアルミニウム合金よりも熱によって硬度が低下しにくい(軟化しにくい)性質を有している。
【0035】
また、改質層3のニッケルめっき層2と接触する表面3bは、凹凸形状の粗面になるように形成されている。これにより、表面3bに凹凸形状の粗面が形成されていない場合と比べて、ニッケルめっき層2と改質層3との密着性を向上させることが可能である。また、改質層3は、微粒子ショットピーニング処理によって厚みt2が不均一になるように形成されている。なお、改質層3の厚みt2は、約3μm以上約10μm以下であり、ニッケルめっき層2の厚みt1(約20μm)よりも小さい。
【0036】
ここで、ピストン100が約250℃以上の高温環境下に配置された際、ピストン本体1を構成するアルミニウム合金では、残留応力が開放されて軟化される。この結果、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cのビッカース硬さは、HV120程度からHV60程度に小さくなる。一方、高温環境下に配置される前は十分に結晶化していなかったニッケルめっき層2は、高温環境下に配置されることにより略完全に結晶化される。これにより、ニッケルめっき層2のビッカース硬さは、HV500〜HV600程度からHV800〜HV1000程度に大きくなる。この結果、高温環境下に配置された場合には、アルミニウム合金部1とニッケルめっき層2との硬度差が大きくなる。
【0037】
ここで、本実施形態では、改質層3がピストン本体1を構成するアルミニウム合金よりも熱によって硬度が低下しにくい(軟化しにくい)性質を有していることにより、改質層3のビッカース硬さは、HV200〜HV400程度でほとんど変化しない。この改質層3のビッカース硬さ(HV200〜HV400程度)は、アルミニウム合金からなる頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cのビッカース硬さ(HV120程度(高温環境前)、HV60程度(高温環境後))よりも大きく、ニッケルめっき層2のビッカース硬さ(HV500〜HV600程度(高温環境前)、HV800〜HV1000程度(高温環境後))よりも小さい。これにより、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cと改質層3との硬度差および改質層3とニッケルめっき層2との硬度差は、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cとニッケルめっき層2との硬度差よりも小さくなる。
【0038】
本実施形態では、上記のように、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cとニッケルめっき層2との間に改質層3を設けることによって、約250℃以上の高温環境下に配置された場合における頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cとニッケルめっき層2との硬度差を、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cとニッケルめっき層2との間に形成された改質層3によって緩和することができる。これにより、ピストン100が高温環境下に配置された場合であっても、ニッケルめっき層2がピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cから剥離するのを抑制することができる。その結果、ニッケルめっき層2の剥離に起因するピストン100の寿命の低下を抑制することができる。
【0039】
また、本実施形態では、改質層3によりニッケルめっき層2の剥離を抑制して密着性を向上させることができるので、密着性を向上させるために前処理としてのエッチング処理や亜鉛置換処理を行う必要がない。これにより、エッチング処理や亜鉛置換処理に起因してアルミニウム合金からなるピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cが腐食等されることがないので、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cに欠陥が生じるのを防止することができる。
【0040】
また、本実施形態では、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cを覆うように硬度の高いニッケルめっき層2を形成することによって、硬度(疲労強度)を向上させることができるので、ピストン本体1の厚みを大きくすることなく、ピストン100の耐久性を向上させることができる。その結果、ニッケルめっき層2が形成されていない従来のピストンと同等の性能(耐久性)をピストン100に付与する場合、従来のピストンよりも軽量化することができる。
【0041】
また、本実施形態では、改質層3のビッカース硬さ(HV200〜HV400程度)を、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cのビッカース硬さ(HV120程度(高温環境前)、HV60程度(高温環境後))よりも大きく、ニッケルめっき層2のビッカース硬さ(HV500〜HV600程度(高温環境前)、HV800〜HV1000程度(高温環境後))よりも小さくする。これにより、改質層3とニッケルめっき層2との硬度差、および、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cと改質層3との硬度差を、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cとニッケルめっき層2との硬度差よりも小さくすることができるので、改質層3により、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cとニッケルめっき層2との硬度差を確実に緩和することができる。
【0042】
また、本実施形態では、改質層3のニッケルめっき層2と接触する表面3bを凹凸形状の粗面になるように形成することによって、改質層3の表面3bが平坦面状である場合と比べて、ニッケルめっき層2の密着性を向上させることができるので、ニッケルめっき層2がピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1c(改質層3の表面3b)から剥離するのを抑制することができる。また、改質層3の表面3bが凹凸形状であることによって、改質層3の表面3b上にニッケルめっき層2を形成する際に、前処理としてのエッチング処理や亜鉛置換処理を行わなくとも、改質層3の表面3bに密着性が良好なニッケルめっき層2を容易に形成することができる。また、ニッケルめっき層2と改質層3とを密着させることができるので、ニッケルめっき層2と改質層3との間に別の層が介在する場合と異なり、ニッケルめっき層2が剥離するのを抑制することができる。
【0043】
また、本実施形態では、改質層3に微粒子ショットピーニング処理により埋め込まれたNiが含まれることによって、ニッケルめっき層2の主成分であるNiが改質層3に含まれることにより、改質層3とニッケルめっき層2との密着性をより向上させることができる。
【0044】
また、本実施形態では、改質層3におけるNiの含有率(約5wt%以上約20%wt以下)を、ニッケルめっき層2におけるNiの含有率(約85wt%以上約96wt%以下)よりも少なくなるように構成する。これにより、改質層3に含有されるNiの含有率を少なくすることができるので、改質層3の硬度がニッケルめっき層2の硬度よりも大きくなるのを抑制することができる。
【0045】
また、本実施形態では、改質層3の厚みt2(約3μm以上約10μm以下)を、ニッケルめっき層2の厚みt1(約20μm)よりも小さくすることによって、ピストン100の厚みが大きくなるのを抑制しつつ、硬度を向上させるために必要なニッケルめっき層2の厚みt1を十分に確保することができる。
【0046】
次に、
図1〜
図3を参照して、ピストン100の製造方法(表面加工方法)について説明する。
【0047】
まず、溶融したAl−Si−Cu合金(アルミニウム合金)を鋳型に流し込むことによって、表面加工が行われていない状態のピストン本体1(
図1参照)を鋳造する。なお、ピストン本体1のビッカース硬さは、HV120程度である。そして、鋳型から取り出したピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1c(
図1参照)に微粒子ショットピーニング処理を施す。
【0048】
具体的には、約53μm以下のニッケル微粒子からなる投射材を、約0.4MPaの投射圧で、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cに投射する。これにより、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cに高速で投射されたニッケル微粒子が埋め込まれる。この結果、
図3に示すように、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cに、アルミニウム合金とは性質の異なる改質層3が形成される。
【0049】
この際、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cには、ニッケル微粒子と共に空気中の酸素が埋め込まれる。さらに、投射されるニッケル微粒子の運動エネルギーが熱エネルギーに変換される。これにより、アルミニウム合金を構成するAl、SiおよびCuと、微粒子ショットピーニング処理によって埋め込まれたNiおよびOとの5つの元素が合金化することなどによって、改質層3の内部に複合組織3a(
図3参照)が形成される。さらに、ニッケル微粒子が埋め込まれる際に、改質層3のアルミニウム合金が微細化される。
【0050】
また、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cにニッケル微粒子が不規則的に投射されることによって、改質層3の表面3bは凹凸形状の粗面に形成されるとともに、改質層3の厚みt2も不均一に形成される。なお、改質層3のビッカース硬さは、HV200〜HV400程度であり、改質層3の厚みt2は、約3μm以上約10μm以下である。
【0051】
つまり、本実施形態の製造方法では、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cに微粒子ショットピーニング処理を施すことにより、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1c上に、凹凸形状の粗面である表面3bを有する改質層3が形成される。これにより、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1c上に改質層3を容易に形成することが可能であるとともに、改質層3の表面3bを容易に凹凸形状に形成することが可能である。
【0052】
その後、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cに改質層3が形成されたピストン本体1の全体に対して無電解ニッケルめっき処理を行う。
【0053】
具体的には、まず、前処理として、ピストン本体1の表面上の油脂を取り除く脱脂工程と、水洗工程と、酸によりピストン本体1の表面の不純物を取り除く酸浸漬工程と、水洗工程とを行う。
【0054】
ここで、改質層3の表面3bは凹凸形状の粗面に形成されているので、改質層3の表面3bは、ニッケルめっき層2との密着性が向上されている。これにより、本実施形態の製造方法では、アルミニウム合金に対する一般的な無電解ニッケルめっき処理とは異なり、前処理として、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cを凹凸形状にするためのエッチング処理や、ZnをNiに置換する亜鉛置換処理を行う必要がない。この結果、ピストン本体1の表面が腐食等されて欠陥が生じるのを抑制することが可能であるとともに、一般的な無電解ニッケルめっき処理と比べて、前処理の工程を大幅に簡略化することが可能である。
【0055】
その後、本処理(無電解ニッケルめっき処理)を行う。つまり、主にNi−P合金からなる無電解ニッケルめっき浴(図示せず)を準備して、所定の温度に維持した無電解ニッケルめっき浴にピストン本体1を所定の時間浸漬する。これにより、改質層3の表面3bを含むピストン本体1の表面上の全体に、非結晶性のニッケルめっき層2(
図2参照)が形成される。このニッケルめっき層2は、約85wt%以上約96wt%以下のNiと、約4wt%以上約15wt%以下のPとを含むNi−P合金からなる。なお、ニッケルめっき層2が非結晶性であることにより、ニッケルめっき層2のビッカース硬さは、HV500程度である。その後、ピストン本体1を無電解ニッケルめっき浴から取り出して乾燥させる。なお、ニッケルめっき層2の厚みt1が約20μmになるように、無電解ニッケルめっき処理における浸漬条件が調整される。
【0056】
なお、本実施形態の製造方法では、ニッケルめっき層2を無電解めっきに処理より形成することによって、ニッケルめっき層2を電解めっき処理により形成する場合と比べて、ピストン本体1の形状に拘わらず、略均一な厚みt1のニッケルめっき層2を容易に形成することが可能である。
【0057】
その後、後処理として、約200℃の温度条件下で所定の時間、熱処理を行う。この熱処理により、ピストン本体1を構成するアルミニウム合金の硬度(強度)の低下を抑制しつつ、非結晶性のニッケルめっき層2の組織をある程度結晶化させることが可能である。なお、この熱処理により、ニッケルめっき層2のビッカース硬さは、HV500程度からHV500〜HV600程度に若干大きくなる。一方、改質層3のビッカース硬さ(HV200〜HV400程度)、および、アルミニウム合金部1のビッカース硬さ(HV120程度)はあまり変化しない。これにより、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cへの表面加工が終了して、
図1に示すピストン100が製造される。
【0058】
[実施例]
次に、
図2、
図4〜
図6を参照して、上記実施形態の効果を確認するために行った確認実験(実施例)について説明する。以下、確認実験として行った回転曲げ試験、硬度分布測定および元素分析について説明する。
【0059】
(回転曲げ試験)
まず、回転曲げ試験について説明する。この回転曲げ試験では、Al−Si−Cu合金(アルミニウム合金)からなる試験片を準備した。この試験片は、回転曲げ試験に関するJIS規格(JIS Z 2274)に適合する形状および寸法で作成した。そして、作成した試験片に対して、上記実施形態におけるピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cへの表面加工(
図2参照)と同様の表面加工を行った。具体的には、上記実施形態と同様に、ニッケル微粒子を用いた微粒子ショットピーニング処理を、試験片の表面の略全面に亘って行った。そして、微粒子ショットピーニング処理が行われた試験片の全体を覆うように、上記実施形態と同様の無電解ニッケルめっき処理を行った。つまり、前処理として、脱脂工程、水洗工程、酸浸漬工程および水洗工程を行った後に、本処理(無電解ニッケルめっき処理)を行い、後処理として、200℃の熱処理を行った。このようにして、アルミニウム合金の表面に改質層とニッケルめっき層とが形成された試験片を、上記実施形態に対応する実施例1として作成した。
【0060】
また、実施例1に対する比較例1では、実施例1の試験片とは異なり、微粒子ショットピーニング処理を行わずに、無電解ニッケルめっき処理だけを行った試験片を作成した。この際、無電解ニッケルめっき処理の前処理として、研磨工程、水洗工程、脱脂工程、水洗工程、エッチング工程、水洗工程、酸浸漬工程、水洗工程、第1亜鉛置換工程、酸浸漬工程、水洗工程、第2亜鉛置換工程、および、水洗工程を行った。つまり、比較例1の前処理では、一般的な無電解ニッケルめっき処理と同様に、上記実施例1での前処理に加えて、9つの工程(研磨工程、水洗工程、エッチング工程、水洗工程、第1亜鉛置換工程、酸浸漬工程、水洗工程、第2亜鉛置換工程、および、水洗工程)を追加して行った。なお、研磨工程は、試験片の表面を研磨する工程であり、エッチング工程は、試験片の表面を微細な凹凸形状の粗面にするための工程である。また、第1亜鉛置換工程、酸浸漬工程、水洗工程および第2亜鉛置換工程は、試験片の表面にNiに置換可能な亜鉛めっきを形成する工程である。そして、上記実施例1と同様に、本処理(無電解ニッケルめっき処理)と、後処理(200℃の熱処理)とを行った。このようにして、アルミニウム合金の表面にニッケルめっき層が形成された試験片を、実施例1に対する比較例1として作成した。
【0061】
また、実施例1に対する比較例2では、実施例1の試験片とは異なり、無電解ニッケルめっき処理を行わずに、上記実施例1と同様の微粒子ショットピーニング処理だけを行った試験片を作成した。つまり、アルミニウム合金の表面に改質層が形成された試験片を、実施例1に対する比較例2として作成した。また、実施例1に対する比較例3として、実施例1の試験片とは異なり、微粒子ショットピーニング処理および無電解ニッケルめっき処理を行わない未処理の試験片(比較例3の試験片)をそのまま用いた。
【0062】
そして、実施例1および比較例1〜3の試験片を250℃の温度条件下で100時間加熱処理を行うことによって、高温環境下に配置した。その後、回転曲げ試験として、実施例1および比較例1〜3の試験片に回転曲げを連続的に繰り返し加え、実施例1および比較例1〜3の試験片が破壊するまでのサイクル数を疲労強度として求めた。なお、疲労強度は引張強さに正比例して大きくなる傾向があるとともに、硬度は引張強さに正比例して高くなる傾向があることから、硬度が高い場合には、疲労強度が大きくなる傾向がある。
【0063】
比較例3を基準(100%)とした場合の、実施例1、比較例1および2のサイクル数の割合(%)を
図4に示す。
図4に示した回転曲げ試験の結果としては、実施例1の試験片では、未処理の試験片(比較例3の試験片)に対して、20%程度サイクル数が多くなった。つまり、実施例1の試験片では、未処理の試験片よりも疲労強度が大幅に向上した。一方、比較例1の試験片では、未処理の試験片に対して、5%程度サイクル数が少なくなった。つまり、比較例1の試験片では、未処理の試験片よりも疲労強度が若干低下した。また、比較例2の試験片では、未処理の試験片に対して、5%程度サイクル数が多くなった。つまり、比較例2の試験片では、未処理の試験片よりも疲労強度が若干向上した。この結果、上記実施形態に対応する実施例1では、比較例1および2と比べて、硬度を大幅に向上させることが可能であることが判明した。
【0064】
つまり、実施例1の試験片では、高温環境下に配置された際に、アルミニウム合金の表面とニッケルめっき層との硬度差が大きくなったとしても、アルミニウム合金の表面とニッケルめっき層との間に配置された改質層により、アルミニウム合金の表面とニッケルめっき層との硬度差が緩和された。この結果、ニッケルめっき層の剥離が略生じなかったと考えられる。さらに、実施例1の試験片では、高温環境下に配置された際に、ニッケルめっき層が結晶化することによって、試験片表面の硬度が大きくなり、その結果、ニッケルめっき層が形成されていない比較例2の試験片に比べて、実施例1の試験片では硬度(疲労強度)が大きく向上したと考えられる。
【0065】
なお、比較例1において未処理の試験片よりも疲労強度が低下した理由としては、高温環境下に配置された際に、アルミニウム合金の表面とニッケルめっき層との硬度差が大きくなり、ニッケルめっき層の一部がアルミニウム合金の表面から剥離したと考えられる。ここで、アルミニウム合金の表面は、エッチング工程や亜鉛置換工程などの前処理において腐食等により欠陥が生じているため、アルミニウム合金の露出した表面の欠陥から亀裂が進行した結果、比較例1の試験片は未処理の試験片(ニッケルめっき層が形成されていない比較例3の試験片)よりも疲労強度が低下したと考えられる。
【0066】
(硬度分布測定)
次に、硬度分布測定について説明する。この硬度分布測定では、Al−Si−Cu合金(アルミニウム合金)からなる試験片を準備した。そして、試験片に対して、上記回転曲げ試験の実施例1における試験片と同様に、上記実施形態と同様の微粒子ショットピーニング処理と無電解ニッケルめっき処理とを行った。これにより、アルミニウム合金の表面に改質層とニッケルめっき層とが形成された試験片を作成した。
【0067】
そして、作成した試験片に対して、250℃の温度条件下で100時間加熱処理を行うことによって、高温環境下に配置された実施例2の試験片を作成した。その後、実施例2の試験片と、上記加熱処理を行わない(高温環境下に配置されていない)実施例3の試験片とにおいて、それぞれ、微小硬さ(マイクロビッカース)を測定した。具体的には、実施例2および3の試験片を、ニッケルめっき層の外部に露出する表面からアルミニウム合金側に向かう厚み方向(深さ方向)に2箇所で切断した。そして、2つの実施例2(実施例2−1および2−2)の各々の切断面、および、2つの実施例3(実施例3−1および3−2)の各々の切断面に対して、ビッカース硬さを求めた。つまり、切断面の複数の深さ位置において、10gfの荷重で微小硬さ測定用の圧子を押しあて、形成されたへこみの表面積からビッカース硬さを求めた。
【0068】
実施例2および3における、ニッケルめっき層の露出する表面からの深さ位置に対するビッカース硬さを
図5に示す。
図5に示した硬度分布測定の結果としては、ニッケルめっき層では、高温環境下に配置された実施例2(実施例2−1および2−2)のビッカース硬さはHV800〜HV1000程度になり、高温環境下に配置されていない実施例3(実施例3−1および3−2)のビッカース硬さ(HV500〜HV600程度)の約1.5倍以上になった。つまり、高温環境下に配置されることにより、ニッケルめっき層は硬度が向上する(硬質化する)ことが確認できた。また、アルミニウム合金では、高温環境下に配置された実施例2のビッカース硬さはHV60程度になり、高温環境下に配置されていない実施例3のビッカース硬さ(HV120程度)の約半分になった。つまり、高温環境下に配置されることにより、アルミニウム合金の表面は硬度が低下する(軟質化する)ことが確認できた。
【0069】
一方、改質層では、高温環境下に配置された実施例2のビッカース硬さと、高温環境下に配置されていない実施例3のビッカース硬さとはあまり変わらず、HV200〜HV400程度になった。これにより、高温環境下に配置された場合であっても、改質層の硬度はあまり変化しないことが確認できた。この結果、改質層とニッケルめっき層との硬度差D1およびアルミニウム合金の表面と改質層との硬度差D2は、アルミニウム合金の表面とニッケルめっき層との硬度差D3よりも小さくなり、この結果、改質層により、高温環境下に配置された場合に、アルミニウム合金の表面とニッケルめっき層との硬度差が緩和されることが確認できた。
【0070】
(元素分析)
次に、元素分析について説明する。この元素分析では、上記硬度分布測定と同様に、アルミニウム合金の表面に改質層とニッケルめっき層とが形成された試験片を、厚み方向で切断し、切断面において測定を行った。なお、測定装置としては、一般的なFE−SEM/EDX(電界放出型走査電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分光器)を用いた。つまり、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて、試験片の切断面におけるアルミニウム合金、改質層およびニッケルめっき層を観察しながら、所定の測定位置における組成をエネルギー分散型X線分光器を用いて測定した。この際、アルミニウム合金、改質層およびニッケルめっき層の各々において、それぞれ3つの測定位置(位置1、2および3)で測定した。
【0071】
図6に示した元素分析の結果としては、ニッケルめっき層には、86wt%以上88wt%以下のNiが含まれ、改質層には、8wt%以上17wt%以下のNiが含まれていた。これにより、ニッケルめっき層のNiの含有率が、改質層のNiの含有率よりも大きいことが確認できた。なお、改質層のNiは、微粒子ショットピーニング処理によって埋め込まれたニッケル微粒子に由来するものであると考えられる。また、改質層には、アルミニウム合金に由来するAl、SiおよびCuと、Niとの他に、酸素(O)が3wt%以上8wt%以下含まれていた。この改質層の酸素は、微粒子ショットピーニング処理の際における熱や衝撃により、ニッケル微粒子と共に埋め込まれた酸素分子が他の元素と反応したものであると考えられる。
【0072】
また、改質層では、測定位置により組成割合の変動が大きくなった。これは、微粒子ショットピーニング処理において、ニッケル微粒子が不均一に埋め込まれることに起因すると考えられる。
【0073】
なお、今回開示された実施形態および実施例は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態および実施例の説明ではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0074】
たとえば、上記実施形態では、車両の内燃機関(エンジン)に用いられるピストン100に本発明を適用した例を示したが、本発明はこれに限られない。たとえば、内燃機関の機械部品として用いられるシリンダや、コンロッドなどに本発明を適用してもよい。この場合、シリンダの燃焼室側の表面や、シリンダおよびコンロッドの摺動面などに本発明を適用するのが好ましい。また、本発明は、内燃機関用機械部品以外の機械部品に適用してもよい。たとえば、電気モータの回転軸などに本発明を適用してもよい。また、高温環境下に配置される機械部品に本発明を適用するのが好ましい。
【0075】
また、上記実施形態では、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cに改質層3とニッケルめっき層2とを形成した例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、ピストン本体1の頂面1a、摺動面1bおよび内周面1cのいずれか1つ、または、いずれか2つに、改質層3とニッケルめっき層2とを形成してもよい。また、たとえば、ピストン本体1の頂面1aの裏側の面などの、頂面1a、摺動面1bおよび内周面1c以外の位置に、改質層3とニッケルめっき層2とを形成してもよいし、ピストン本体1の全面に亘って改質層3とニッケルめっき層2とを形成してもよい。
【0076】
また、上記実施形態では、ニッケル微粒子を埋め込む微粒子ショットピーニング処理によって、改質層を形成した例について示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、微粒子ショットピーニング処理を行うための微粒子は、ニッケル微粒子に限定されない。たとえば、鉄微粒子を微粒子ショットピーニング処理に用いてもよい。これにより、ニッケル微粒子を用いる場合よりも安価に微粒子ショットピーニング処理を行うことが可能である。また、本発明では、微粒子による微粒子ショットピーニング処理に限られず、0.2mm以上の大型の粒子を用いたショットピーニング処理によって改質層を形成してもよい。また、本発明では、ニッケル微粒子はピストン本体の所定部分の表面に埋め込まれなくてもよい。これによっても、投射されたニッケル微粒子により、投射された部分のアルミニウム合金が微細化され、その結果、ピストン本体の所定部分の表面が改質される。これにより、ニッケル微粒子が埋め込まれなくとも改質層を形成することが可能である。
【0077】
また、上記実施形態では、ピストン本体1がAl−Si−Cu合金(アルミニウム合金)からなる例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、アルミニウム合金として、Al−Si−Cu合金以外のアルミニウム合金を用いてもよい。たとえば、Al−Cu−Ni−Mg合金や、高ケイ素アルミニウム合金などを用いてもよい。また、ピストン本体がA1000系の純アルミニウムからなるように構成してもよい。
【0078】
また、上記実施形態では、ニッケルめっき層2を無電解ニッケルめっき処理により形成した例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、ニッケルめっき層を電解ニッケルめっき処理により形成してもよい。