(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6171738
(24)【登録日】2017年7月14日
(45)【発行日】2017年8月2日
(54)【発明の名称】テーパスナップリング
(51)【国際特許分類】
F16B 21/18 20060101AFI20170724BHJP
B62D 3/12 20060101ALI20170724BHJP
F16C 35/067 20060101ALI20170724BHJP
【FI】
F16B21/18 F
B62D3/12 507
F16C35/067
【請求項の数】2
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2013-177927(P2013-177927)
(22)【出願日】2013年8月29日
(65)【公開番号】特開2015-45393(P2015-45393A)
(43)【公開日】2015年3月12日
【審査請求日】2016年8月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柳本 広忠
【審査官】
鎌田 哲生
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−016811(JP,A)
【文献】
特開2013−130276(JP,A)
【文献】
特開2012−219912(JP,A)
【文献】
特開2010−038254(JP,A)
【文献】
特開平08−145065(JP,A)
【文献】
実開平06−014523(JP,U)
【文献】
米国特許出願公開第2013/0069366(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2006/0045614(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16B 21/18
B62D 3/12
F16C 35/067
F16D 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一側面に軸線に直角な平面を有し、他側面に外径側の板厚が減少したテーパ面を有するテーパスナップリングであって、
前記テーパ面は内径側に凹み部が設けられていることを特徴とするテーパスナップリング。
【請求項2】
前記外径側に更に延長部を有し、当該延長部は先端に向かうに従い板厚が厚くなっていることを特徴とする請求項1記載のテーパスナップリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テーパスナップリングに関し、例えば、ラックアンドピニオン式ステアリング装置におけるピニオン軸を回転自在に支持する軸受をハウジングに固定するのに好適なテーパスナップリングに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、スナップリングは、軸やハウジングに対して軸受等の被固定部材を軸方向に固定する固定具として多用されており、ラックアンドピニオン式ステアリング装置のピニオン軸を支持する軸受の固定にも使用されている。しかしながら、スナップリングを固定する際、肉厚が一定のスナップリングを溝幅が一定の溝に挿入すると、各部材寸法の製造上のバラツキによりピニオン軸の軸方向に隙間が生じることがある。ラックアンドピニオン式ステアリング装置では、この隙間が異音発生の原因となる。
【0003】
このような軸方向の隙間を吸収するためのスナップリングとして、軸またはハウジングとの接触面を傾斜させたテーパスナップリングが知られている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に記載のテーパスナップリングでは、側面の一部を円錐面にして軸断面をくさび形とすることで、隙間の発生を防止している。なお、軸断面をくさび形とすると、軸方向に大きなスラスト荷重が作用したとき、傾斜面によって径方向の分力が生じ、この分力の影響によりスナップリングが縮径されハウジングから脱落する可能性がある。これを防ぐため、傾斜面の傾斜角を、スナップリングと溝側の側面との接触静摩擦角より十分小さい角としている。
また、スナップリングが脱落するのを防止するため、スナップリングの切欠部にロック部材を挿入し、スナップリング挿嵌後の緩みや抜け出しを防止するようにしたものが知られている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−217624号公報
【特許文献2】実開平6−14523号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1のようなテーパスナップリングでは、傾斜面の角度を小さくすると、軸方向の隙間を防止するための位置調整機能が低下するという問題が生じる。また、特許文献2においても、スナップリングと別部材であるロック部材が必要であり、部品点数の増大と共に、ロック部材の組付けコストが嵩むという問題点があった。
【0006】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、軸方向に大きなスラスト荷重が負荷された場合でも、脱落を防止することができるテーパスナップリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
(1)一側面に軸線に直角な平面を有し、他側面に外径側の板厚が減少したテーパ面を有するテーパスナップリングであって、前記テーパ面は内径側に凹み部が設けられていることを特徴とするテーパスナップリング。
(2)前記外径側に更に延長部を有し、当該延長部は先端に向かうに従い板厚が厚くなっていることを特徴とする(1)に記載のテーパスナップリング。
【発明の効果】
【0008】
本発明のテーパスナップリングによれば、テーパ面は内径側に凹み部が設けられていることにより、外径側のテーパ面の傾きは小さくなり、テーパスナップリング軸方向にスラスト荷重が負荷された場合も、テーパスナップリングを縮径させる方向の分力を小さく出来る。これにより、挿入されている溝からテーパスナップリングが抜け出るのを防止できる。
【0009】
また、外径側に更に延長部を有し、当該延長部は先端に向かうに従い板厚が厚くなっていることにより、仮に、テーパスナップリング軸方向に負荷されたスラスト荷重によって、テーパスナップリング内径側がスラスト荷重作用方向に突出して傾いたとしても、外径側のテーパ面の傾きを小さくでき、テーパスナップリングを縮径させる方向の分力を小さく出来るので、それ以上のテーパスナップリングの縮径を防止することが出来る。これにより、挿入されている溝からテーパスナップリングが抜け出るのを防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明に係るテーパスナップリングが適用されたラックアンドピニオン式ステアリング装置の全体斜視図である。
【
図2】ラックアンドピニオン式ステアリング装置のピニオン軸をハウジングに固定するテーパスナップリングの固定構造の断面図である。
【
図3】(a)は第1実施形態に係るテーパスナップリングの平面図、(b)はA‐A線断面図である。
【
図5】第2実施形態に係るテーパスナップリングの
図3(b)と同様な断面図である。
【
図6】テーパスナップリングの傾斜角度αが傾斜溝側面の傾斜角βより小さい場合のモーメント荷重を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係るテーパスナップリングの固定構造の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0012】
(第1実施形態)
図1は本発明に係るテーパスナップリングがピニオン軸の固定に適用されたコラムアシスト型ラックアンドピニオン式ステアリング装置の全体斜視図、
図2はピニオン軸をハウジングに固定するテーパスナップリングの固定構造の断面図である。
【0013】
図1に示すように、本実施形態のコラムアシスト型ラックアンドピニオン式パワーステアリング装置20は、ステアリングホイール21の操作力を軽減するために、ステアリングコラム22の中間部に取り付けたモータ23の操舵補助力をステアリングシャフトに付与している。そして、ステアリングシャフトの回転を中間シャフト24に伝達し、ピニオン軸25を介してラックアンドピニオン式のステアリングギヤ26のラック軸30(
図2参照)を往復移動させ、タイロッド27を介して舵輪を操舵している。
【0014】
図2に示すように、ラックアンドピニオン式ステアリング装置20は、ステアリング操作により回転する不図示のステアリングシャフトに連結されたピニオン軸25と、ピニオン軸25のピニオンギヤ28にラック歯31が噛合するラック軸30とを備え、ハウジング32内に収納されている。ピニオン軸25は、ピニオンギヤ28より上部の上軸部33が、玉軸受34によりハウジング32に回転自在に軸支され、ピニオンギヤ28より下部の下軸部35が、ニードル軸受36によってハウジング32に回転自在に支持されている。
【0015】
玉軸受34の内輪40は、ピニオン軸25の上軸部33に外嵌し、ピニオン軸25の溝37にカシメられたカシメリング38により、ピニオン軸25の段部41との間に押圧固定されている。また、玉軸受34の外輪42(被固定部材)は、ハウジング32に形成された段付き軸受孔43に内嵌する。外輪42は、下面42bが段付き軸受孔43の段部44に当接し、上平面42aが段付き軸受孔43に設けられた環状係止溝45に装着されたテーパスナップリング10に当接して固定されている。
【0016】
ラック軸30は、その軸方向がピニオン軸25の軸方向と交差する方向(図中紙面に直交する方向)に配置され、軸方向の一側面(ピニオン軸25側=
図2中左側)に形成されたラック歯31がピニオンギヤ28に噛合して、軸方向に往復直線運動可能にハウジング32に支持されている。ラック軸30の両端には、タイロッド27に連結された不図示のボールジョイントソケットが接続されている。
【0017】
ラック軸30を挟んでピニオンギヤ28と反対側には、ローラ収容空間50が凹設された略円筒形のラックガイド51が、ハウジング32に設けられたラックガイド収容室52に摺動自在に嵌合している。ラックガイド51は、ラックガイド収容室52に案内されてラック軸30に接近および離間する方向に移動可能である。
【0018】
ラックガイド51のローラ収容空間50には、ラック軸30の背面30aを転動しながら支持するローラ53、およびニードル軸受54を介してローラ53を回動自在に支持する支持軸55が収容されている。支持軸55の軸方向は、ラック軸30の直線運動方向、即ち、ラック軸30の軸方向と直交して配置されている。ローラ53には、ラック軸30の凸円筒状の背面30aの曲率と略同じ曲率を有する凹円弧状面56が形成され、不図示のばねによってラック軸30の背面30aに押圧されている。これにより、ピニオンギヤ28とラック歯31との噛合い部のバックラッシュを吸収して、ラック軸30が円滑に移動するようにしている。
【0019】
図3は、玉軸受34の外輪42をハウジング32に固定するテーパスナップリング10の平面図及び断面図であり、略C字型に形成され、環状係止溝45に装着されたとき拡径方向にばね力が作用するリング部61と、リング部61の両端に形成されたフック部62とからなる。リング部61の一方の側面は平面63であり、他方の側面には、平面63と略平行に内径側に設けられた内側平面65と、該内側平面65の外径側に設けられ、外径側の板厚が減少しているようなテーパ面66とが形成されている。
【0020】
テーパ面66には、内径側に凹み部69が形成されている。フック部62には、テーパスナップリング10を環状係止溝45に装着する際、リング部61の外径を縮径するための工具(図示せず)が挿入される一対の作業孔67が設けられている。
【0021】
図4から明らかな通り、ハウジング32に形成された環状係止溝45は、軸方向において玉軸受34寄りで、外輪42の上平面42aに対して平行な平行溝側面46と、この平行溝側面46と軸方向において対向し、平行溝側面46に対して溝底側の溝幅が狭くなるように傾斜する傾斜溝側面47と、を有する。
【0022】
そして、テーパスナップリング10は、テーパ面66が傾斜溝側面47と対向するようにして、リング部61の外径を縮径させながら、環状係止溝45内に組み込む。これにより、
図4に示すように、ハウジング32の段付き軸受孔43に内嵌する外輪42は、テーパスナップリング10の平面63が外輪42の上平面42aに、テーパ面66が傾斜溝側面47にそれぞれ当接することによって固定される。
【0023】
また、環状係止溝45は、平行溝側面46が外輪42の上平面42aよりも僅かに(例えば、0.1mm程度)低くなるように加工されている。従って、テーパスナップリング10を環状係止溝45に装着したとき、テーパスナップリング10の平面63と、環状係止溝45の平行溝側面46との間には、隙間Cが形成される。これにより、テーパスナップリング10及び環状係止溝45の製造上の精度誤差が吸収されて、テーパスナップリング10のばね力が有効に作用した状態で外輪42を固定することができ、外輪42のガタツキを防止して異音の発生を抑制する。
【0024】
このように外輪42を固定するテーパスナップリング10に対して大きな軸方向力Pが作用すると、傾斜溝側面47の内周縁48から当接する凹み部69に対し、曲率を持つ凹み部69の法線方向に反力Nが作用する。当該反力Nの径方向分力Rはテーパスナップリング10を縮径させる方向に働く。この分力Rの大きさは以下の式で表される。
R=P・tanθ
(θ:テーパスナップリングの軸線と法線とのなす角度)
【0025】
この分力Rの大きさはθに比例するが、凹み部69が内径側に設けられていることにより、外径側のテーパ面66の傾き(上記θと等しい)は0度に近づき、テーパスナップリング10を縮径させる方向の分力Rは殆ど発生しなくなっている。これにより、軸方向力Pが作用したときのテーパスナップリング10の縮径が抑制されて、環状係止溝45からの脱落を効果的に防止することができる。
【0026】
なお、
図4に示すように、テーパスナップリング10のテーパ面66は、傾斜溝側面47の内周縁48(支点X)で環状係止溝45と接触する一方、上平面42aの角部に面取りが施されている外輪42からテーパスナップリング10に作用する軸方向力Pの作用点Yは、上平面42aの稜線が接触する接触部68となり、径方向にずれている。従って、軸方向力Pが作用すると、テーパスナップリング10には、支点X(内周縁48)と作用点Y(接触部68)間の距離L1と、軸方向力Pとの積の大きさのモーメント荷重(P×L1)が作用する。このモーメント荷重は、テーパスナップリング10を傾ける方向の力として働く。しかし、本実施形態では内径側に凹み部69が形成されているので、距離L1を小さく出来、モーメント荷重を小さく出来る。
【0027】
比較例として、例えば
図6に示すように、テーパ面66の傾斜角度αが傾斜溝側面47の傾斜角βより小さくなるように設定された場合には、テーパ面66と傾斜溝側面47とが接触する支点Zは、テーパ面66の最外径部となり、支点Zと作用点Y間の距離L2が距離L1より大きくなり、モーメント荷重(P×L2)も大きくなる。
【0028】
従って、本実施形態のように、テーパスナップリング10のテーパ面66と環状係止溝45の傾斜溝側面47を設計することで、テーパスナップリングに作用する軸方向力Pの大きさが同じ場合、本実施形態のテーパスナップリング10に作用するモーメント荷重は、一般的なテーパスナップリングに作用するモーメント荷重より小さくなる。これにより、テーパスナップリング10の傾きが抑制されて脱落が防止されると共に、玉軸受34の軸方向移動が抑制され、ピニオンギヤ28とラック歯31との噛み合い位置が適正位置に維持され、異音の発生や操舵力の変動を阻止することができる。
【0029】
なお、このような形状のテーパスナップリング10は、プレス加工により容易に製作することができ、製造コストの上昇を抑制することができる。更に、外輪42の面取りの大きさを小さくすれば、軸方向力Pの作用点Yが外周側に寄り、支点Xと作用点Y間の距離L1をより小さくすることができ、モーメント荷重も小さくなるので好ましい。なお、外輪42において、面取りの代わりに丸み加工された場合でも、同様の効果を奏する。
【0030】
以上説明したように、本実施形態のテーパスナップリング10によれば、大きな軸方向力Pが作用しても、その縮径及び傾きが抑制されて、ハウジング32の環状係止溝45からテーパスナップリング10が脱落するのを防止することができる。
【0031】
(第2実施形態)
図5は、本発明のテーパスナップリングの第2実施形態を示す、前述した第1実施形態の
図3(b)と同様な断面図である。本実施形態のテーパスナップリング110は、前述の第1実施形態に対し、外径側に更に延長部170が設けられている。この延長部170は、径方向先端に向かうに従い、板厚が厚くなっている。このために、モーメント荷重を受けて、テーパスナップリング110の内径側が、スラスト荷重の作用する方向に突出する方向(図中右方)に傾いたとしても、テーパスナップリング110を縮径させる方向の分力は殆ど発生しなくなっている。従って、テーパスナップリング110の環状係止溝45からの脱落をより効果的に防止することができる。
【0032】
尚、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
例えば、上記の実施形態では、ハウジングの内周面に被固定部材としての玉軸受の外輪を固定するテーパスナップリングについて説明したが、軸の外周面に玉軸受の内輪などの被固定部材を固定するテーパスナップリングに適用することもできる。この場合、テーパ面はテーパスナップリングの内径側に形成し、傾斜溝側面を有する環状係止溝は軸に形成される。凹み部は、テーパ面の外径側に設けられる。
【0033】
また、コラムアシスト型ラックアンドピニオン式パワーステアリング装置に適用した例について説明したが、ピニオンアシスト型ラックアンドピニオン式パワーステアリング装置やマニュアル型ラックアンドピニオン式ステアリング装置に適用してもよい。
【符号の説明】
【0034】
10,110 テーパスナップリング
20 コラムアシスト型ラックアンドピニオン式パワーステアリング装置
25 ピニオン軸
32 ハウジング
34 玉軸受(軸受)
42 外輪(被固定部材)
45 環状係止溝
47 傾斜溝側面
48 傾斜溝側面の内周縁
63 平面
64 テーパ面の内側縁
66 テーパ面
69 凹み部
170 延長部