【文献】
大村朋彦、外7名,超高強度耐サワー低合金油井管,新日鉄住金技報,日本,2013年11月26日,No.397,Page.17-22
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
油井用鋼管は、油井及びガス井用のケーシング又はチュービングとして利用される。以下、油井及びガス井を合わせて「油井」と称する。油井の深井戸化に伴い、油井用鋼管には高強度が要求されている。従来は、80ksi級(降伏強度が80〜95ksi、つまり、降伏強度が551〜654MPa)又は95ksi級(降伏強度が95〜110ksi、つまり、降伏強度が654〜758MPa)の強度グレードを有する油井用鋼管が主として使用されてきた。しかしながら、最近では、110ksi級(降伏強度が110〜125ksi、つまり、降伏強度が758〜861MPa)の強度グレードを有する油井用鋼管が使用される場面が増えている。
【0003】
最近開発されている深い油井の多くは、腐食性を有する硫化水素を含む。このような環境において、鋼を高強度化すれば、鋼の硫化物応力割れ(Sulfide Stress Cracking、以下、SSCという)に対する感受性が高まる。硫化水素を含む環境で使用される油井用鋼管の多くは、低合金鋼の鋼管である。マルテンサイト系ステンレス鋼は、耐炭酸ガス腐食性に優れるものの、SSCに対する感受性が高いためである。
【0004】
相対的に耐SSC性が優れる低合金鋼であっても、高強度化すれば、SSCに対する感受性が高まる。したがって、硫化水素を含む環境で使用される油井用鋼管を高強度化しつつ耐SSC性を確保するためには、材料設計上の工夫が必要になる。
【0005】
国際公開第2007/007678号には、耐SSC性を改善する方策として、(1)鋼を清浄化する、(2)鋼を焼入れした後、高温で焼戻しを行う、(3)鋼の結晶粒(旧オーステナイト粒)を微細化する、(4)鋼中に生成される炭化物を微細化、又は球状化する、等が開示されている。
【0006】
この文献に記載された低合金油井用鋼は、12V+1−Mo≧0を満たし、Crを含有する場合にはさらにMo−(Cr+Mn)≧0を満たす化学組成を有する。この文献によれば、この低合金油井用鋼は、861MPa以上の高い降伏強度を有し、1atmのH
2Sの腐食環境においても優れた耐SSC性を示す。
【0007】
特開2000−178682号公報には、C:0.2〜0.35%、Cr:0.2〜0.7%、Mo:0.1〜0.5%、V:0.1〜0.3%を含む低合金鋼からなり、析出している炭化物の総量が2〜5重量%であって、そのうちMC型炭化物の割合が8〜40重量%である油井用鋼が開示されている。この文献によれば、この油井用鋼は、優れた耐SSC性と、110ksi以上の降伏強度とを有する。具体的には、この油井用鋼は、NACE(National Association of Corrosion Engineers)TM0177A法に準拠した定荷重試験(H
2Sが飽和した5%NaCl+0.5%酢酸水溶液、25℃)において、降伏強度の85%の負荷応力で破断が生じないと記載されている。
【0008】
特開2006−265657号公報には、C:0.30〜0.60%で、Cr+Mo:1.5〜3.0%(Moは0.5%以上)、V:0.05〜0.3%等の化学組成を有する継目無鋼管を、圧延終了後、直ちに400〜600℃の温度域まで水冷し、そのまま400〜600℃の温度域でベイナイト等温変態熱処理を行う油井用継目無鋼管の製造方法が開示されている。この油井用継目無鋼管は、110ksi以上の降伏強度を有し、NACE TM0177A法に準拠した定荷重試験において、降伏強度の90%の負荷応力で破断が生じないと記載されている。
【0009】
国際公開第2010/150915号には、C:0.15〜0.50%、Cr:0.1〜1.7%、Mo:0.40〜1.1%等を含有する継目無鋼管を、旧オーステナイト粒が粒度番号で8.5以上となる条件で焼入れし、665〜740℃の温度範囲で焼戻しする油井用継目無鋼管の製造方法が開示されている。この文献によれば、この製造方法によって、耐SSC性に優れた110ksi級の油井用継目無鋼管が得られる。具体的には、この油井用継目無鋼管は、NACE TM0177A法に準拠した定荷重試験において、少なくとも降伏強度の85%の負荷応力で破断が生じないと記載されている。
【0010】
国際公開第2008/123425号には、C:0.10〜0.60%、Cr:3.0%以下、Mo:3.0%以下等を含有し、Cr+3Mo≧2.7%の関係を満たし、長径が10μm以上の非金属介在物が断面観察で1mm
2あたり10個以下であり、高圧硫化水素環境において優れた耐HIC性及び耐SSC性を有する、降伏強度が758MPa以上の低合金油井管用鋼が記載されている。
【0011】
特許第5387799号公報には、所定の化学組成を有する鋼を熱間加工後に、[1]Ac
1点を超えてAc
3点未満の温度に加熱後冷却する工程、[2]Ac
3点以上の温度に再加熱し、急冷して焼入れる工程、[3]Ac
1点以下の温度で焼戻す工程を順次施す、耐硫化物応力割れ性に優れた高強度鋼材の製造方法が記載されている。
【0012】
特表2010−532821号公報には、C:0.2〜0.3%、Cr:0.4〜1.5%、Mo:0.1〜1%、W:0.1〜1.5%等を含有し、Mo/10+Cr/12+W/25+Nb/3+25×Bが0.05〜0.39%の範囲であり、降伏強度が120〜140ksiである鋼組成物が記載されている。
【0013】
特許第5522322号公報には、C:0.35%超〜1.00%、Cr:0〜2.0%、Mo:1.0%超〜10%等を含有し、降伏強度が758MPaである油井管用鋼が記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者らは、低合金油井用鋼管の耐SSC性について詳細な検討を行った。
【0025】
低合金油井用鋼管を高強度化すると、同時に硬度も上昇する。硬度の上昇は、一般的に耐SSC性の低下を招く。そのため、従来は降伏強度を110ksi(758MPa)以上にする場合、降伏比を高めて引張強度を低くする努力がなされている。引張強度を低くすることは、実質的に硬度を低くすることと同じ意味を持つ。
【0026】
このような従来の低合金油井用鋼管では、硬度が変動すると耐SSC性も変動する。そのため、降伏強度を一定の基準に管理しても、硬度のバラツキによって、耐SSC性の基準を満たさないものが混入する場合がある。110ksi級の低合金油井用鋼管では通常、硬度をHRC28.5未満に管理しなければ耐SSC性の低下が起こるといわれている。一方、最近ではさらに高強度の耐サワーグレードの低合金油井用鋼管に対するニーズがあり、115ksi級(降伏強度が793MPa以上)の製品の開発も進められている。このような高強度の低合金油井用鋼管において、硬度をHRC28.5未満に管理することは非常に困難である。
【0027】
本発明者らは、従来のように硬度を低くして耐SSC性を向上させるのではなく、硬度が高くても優れた耐SSC性を有する低合金油井用鋼管を得ることを試みた。その結果、本発明者らは、以下の知見を得た。
【0028】
(1)低合金油井用鋼管は通常、熱間製管後に焼入れ及び焼戻しされ、焼戻しマルテンサイトを主体とする金属組織に調整される。焼戻し工程において析出する炭化物が球状化するほど、鋼の耐SSC性が向上する。焼戻し工程において析出する炭化物は、主にセメンタイトである。焼戻し工程ではセメンタイトの他に、合金炭化物(Mo炭化物、V炭化物、Nb炭化物、及びTi炭化物等)も析出する。炭化物が粒界に析出する場合、炭化物の形状が扁平であるほど、これらの炭化物を起点としてSSCが発生しやすくなる。換言すれば、炭化物が球状に近づくほど、炭化物からSSCが発生しにくくなり、耐SSC性が向上する。したがって、耐SSC性を向上させるためには、炭化物、特にセメンタイトを球状化させることが好ましい。
【0029】
(2)耐SSC性を向上させるためには、セメンタイトを球状化させるとともに、セメンタイトの円相当径が200nm以上になるように成長させることが好ましい。セメンタイトを成長させることによって、鋼中に析出するセメンタイトの比表面積が小さくなる。セメンタイトの比表面積を小さくすることで、耐SSC性を向上させることができる。
【0030】
(3)同一の焼戻し条件においては、セメンタイトの成長速度は、鋼中のCr含有量の影響を顕著に受ける。
図1及び
図2は、Cr含有量とセメンタイトの数密度との関係を示すグラフである。
図1及び
図2の横軸は鋼中のCr含有量であり、縦軸は母相100μm
2あたりのセメンタイトの個数である。
図1は50nm以上の円相当径を持つセメンタイト(便宜のため、以下「中型以上のセメンタイト」という。)を計数した場合のグラフであり、
図2は200nm以上の円相当径を持つセメンタイト(便宜のため、以下「大型セメンタイト」という。)を計数した場合のグラフである。なお、
図1及び
図2において、「○」はMo含有量が0.7%の鋼を示し、「◆」はMo含有量が1.2%の鋼を示している。
【0031】
図1及び
図2に示すように、鋼中のCr含有量が少ない場合、観察される中型以上のセメンタイトの個数は少ないものの、大型セメンタイトの個数は多くなる。反対に、鋼中のCr含有量が多い場合、観察される中型以上のセメンタイトの個数は多いものの、大型セメンタイトの個数は少なくなる。
【0032】
(4)セメンタイトの場合とは反対に、Mo
2C等のM
2C型の合金炭化物(M:金属)に関しては、数密度が多い方が鋼の耐SSC性が安定する。セメンタイトは水素をトラップする力が弱いので、セメンタイトの表面積が増えると鋼の耐SSC性が低下する。これに対し、M
2C型の合金炭化物は、水素を強力にトラップするので、鋼の耐SSC性を改善する。そのため、M
2C型の合金炭化物の数密度を増やして表面積を大きくすることで、鋼の耐SSC性を向上させることができる。
【0033】
図3〜
図5は、鋼中に析出した炭化物の透過型電子顕微鏡(TEM)像である。
図3〜
図5はそれぞれ、Moの含有量が0.7%、1.2%、及び2.0%の鋼の金属組織のTEM像である。
図3〜
図5に示すように、Mo含有量が多いほどM
2C(主にMo
2C)の数密度が高くなる。また、Mo
2Cの数密度はCr含有量にも依存し、Cr含有量が多くなるとMo
2Cの形成が妨げられる。したがって、M
2C型の合金炭化物の数密度を確保するためには、一定量のMoを含有させ、さらにCrに対するMoの比を一定値以上にする必要がある。
【0034】
本発明者らはさらに、従来のように旧オーステナイト粒を微細化して耐SSC性を向上させるのではなく、ある程度粗粒であっても優れた耐SSC性を有する低合金油井管を得ることを試みた。その結果、旧オーステナイト粒度番号が比較的小さい(すなわち、結晶粒が比較的大きい)場合、Ti含有量を厳しく制限する必要があることが分かった。
【0035】
(5)Tiは、鋳造割れの防止に有効である。Tiはまた、窒化物を形成する。窒化物は、ピンニング(Pinninng)効果によって結晶粒の粗大化防止に寄与する。しかし、粗大な窒化物は鋼の耐SSC性を不安定にする。結晶粒が比較的大きい場合、窒化物による耐SSC性への影響が相対的に大きくなる。結晶粒が比較的大きくても優れた耐SSC性を安定して得るためには、Ti含有量を0.002〜0.009%に制限する必要がある。
【0036】
以上の知見に基づいて、本発明による低合金油井用鋼管は完成された。以下、本発明の一実施形態による低合金油井用鋼管を詳細に説明する。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0037】
[化学組成]
本実施形態による低合金油井用鋼管は、以下に説明する化学組成を有する。
【0038】
C:0.15%以上0.30%未満
炭素(C)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。また、C含有量が多い方が、大型セメンタイトの形成に有利であり、セメンタイトの球状化もしやすい。そのため、本実施形態では少なくとも0.15%のCを含有させる。一方、C含有量が0.30%以上になると、鋼の焼割れに対する感受性が高くなる。特に鋼管の焼入れにおいては、特別な冷却手段(焼入れ方法)が必要になる。また、鋼の靱性が低下する場合がある。したがって、C含有量は、0.15%以上0.30%未満である。好ましいC含有量の下限は0.18%であり、さらに好ましくは0.22%であり、さらに好ましくは0.24%である。好ましいC含有量の上限は0.29%であり、さらに好ましくは0.28%である。
【0039】
Si:0.05〜1.00%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Si含有量が0.05%未満では、この効果が不十分である。一方、Si含有量が1.00%を超えると、耐SSC性が低下する。したがって、Si含有量は0.05〜1.00%である。好ましいSi含有量の下限は0.10%であり、さらに好ましくは0.20%である。好ましいSi含有量の上限は0.75%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0040】
Mn:0.05〜1.00%
マンガン(Mn)は、鋼を脱酸する。Mn含有量が0.05%未満では、この効果がほとんど得られない。一方、Mn含有量が1.00%を超えると、P及びS等の不純物元素とともに粒界に偏析して、鋼の耐SSC性が低下する。したがって、Mn含有量は0.05〜1.00%である。好ましいMn含有量の下限は0.20%であり、さらに好ましくは0.28%である。好ましいMn含有量の上限は0.85%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0041】
P:0.030%以下
燐(P)は、不純物である。Pは、粒界に偏析して鋼の耐SSC性を低下させる。そのため、P含有量は少ない方が好ましい。したがって、P含有量は、0.030%以下である。好ましいP含有量は0.020%以下であり、さらに好ましくは0.015%以下であり、さらに好ましくは0.012%以下である。
【0042】
S:0.0050%以下
硫黄(S)は、不純物である。Sは、粒界に偏析して鋼の耐SSC性を低下させる。そのため、S含有量は少ない方が好ましい。したがって、S含有量は、0.0050%以下である。好ましいS含有量は0.0020%以下であり、さらに好ましくは0.0015%以下である。
【0043】
Al:0.005〜0.100%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が0.005%未満では、鋼の脱酸が不足し、鋼の耐SSC性が低下する。一方、Al含有量が0.100%を超えると、酸化物が生成し、鋼の耐SSC性が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Al含有量の好ましい上限は0.070%であり、さらに好ましくは0.050%である。本明細書において、「Al」の含有量は、「酸可溶Al」の含有量、つまり「sol.Al」の含有量を意味する。
【0044】
O:0.005%以下
酸素(O)は不純物である。Oは粗大な酸化物を形成し、鋼の耐孔食性を低下させる。したがって、O含有量はなるべく低い方が好ましい。O含有量は0.005%(50ppm)以下である。好ましいO含有量は、0.005%(50ppm)未満であり、さらに好ましくは0.003%(30ppm)以下であり、さらに好ましくは、0.0015%(15ppm)以下である。
【0045】
N:0.007%以下
窒素(N)は、不純物である。Nは、窒化物を形成する。窒化物が微細であれば結晶粒の粗大化防止に寄与するが、窒化物が粗大化すると鋼の耐SSC性を不安定にする。そのため、N含有量は低い方が好ましい。したがって、N含有量は0.007%(70ppm)以下である。好ましいN含有量は0.005%(50ppm)以下であり、さらに好ましくは0.004%(40ppm)以下である。微細な窒化物の析出によるピンニング効果を期待する場合は、0.002%(20ppm)以上含有させることが好ましい。
【0046】
Cr:0.10%以上1.00%未満
クロム(Cr)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。Cr含有量が0.10%未満では、十分な焼入れ性を確保することが困難になる。Crが0.10%を下回ると焼入れ性の低下によってベイナイトが混入しやすくなり、耐SSC性の低下を招く場合がある。一方、Cr含有量が1.00%以上になると、大型セメンタイトを所望の数密度で確保することが困難になる。さらに、鋼の靱性も低下しやすくなる。したがって、Cr含有量は0.10%以上1.00%未満である。Cr含有量の好ましい下限は0.20%である。特に厚肉の鋼管の場合、Cr含有量の好ましい下限は0.23%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.3%である。Cr含有量の好ましい上限は0.85%であり、さらに好ましくは0.75%である。
【0047】
Mo:1.0%超2.5%以下
モリブデン(Mo)は、鋼の焼戻し軟化抵抗性を高め、高温焼戻しによる耐SSC性の向上に寄与する。また、Mo
2Cを形成して耐SSC性の向上に寄与する。これらの効果をすべて発現させるには、1.0%超のMo含有量が必要である。一方、Mo含有量が2.5%を超えると、上記の効果が飽和し、コスト増を招く。したがって、Mo含有量は1.0%超2.5%以下である。Mo含有量の好ましい下限は1.1%であり、さらに好ましくは1.2%である。Mo含有量の好ましい上限は2.0%であり、さらに好ましくは1.6%である。
【0048】
Mo/Cr≧2.0・・・(1)
本実施形態では、Cr含有量及びMo含有量が上述の範囲であるとともに、上記の式(1)を満たす。すなわち、質量%で表したCr含有量に対するMo含有量の比率Mo/Crが、2.0以上である。Moは、上述のようにMo
2Cを形成して耐SSC性向上に寄与する。Cr含有量が増加すると、大型セメンタイトの形成を妨げるとともに、Mo
2Cの形成も妨げられる。Mo/Crが2.0未満であれば、Crの影響によって、Mo
2Cの形成が不十分になる。好ましくはMo/Crを2.3以上とする。
【0049】
V:0.01〜0.30%
バナジウム(V)は、鋼の焼戻し軟化抵抗性を高め、高温焼戻しによる耐SSC性の向上に寄与する。また、Vは、M
2C型炭化物の形成を助長する。V含有量が0.01%未満では、これらの効果が得られない。一方、V含有量が0.30%を超えると、鋼の靱性が低下する。したがって、V含有量は0.01〜0.30%である。V含有量の好ましい下限は0.06%であり、さらに好ましくは0.08%である。V含有量の好ましい上限は0.20%であり、さらに好ましくは0.16%である。
【0050】
Ti:0.002〜0.009%
チタン(Ti)は、鋳造割れの防止に有効である。また、Tiは窒化物を形成して結晶粒の粗大化防止にも寄与する。そのため、本実施形態では少なくとも0.002%のTiを含有させる。一方、Ti含有量が0.009%を超えると大型の窒化物を形成して鋼の耐SSC性を不安定にする。したがって、Ti含有量は0.002〜0.009%である。好ましいTi含有量の下限は0.004%であり、好ましいTi含有量の上限は0.008%である。
【0051】
本実施形態による低合金油井用鋼管の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここでいう不純物とは、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入する元素、又は製造過程の環境等から混入する元素を意味する。
【0052】
本実施形態による低合金油井用鋼管は、Feの一部に代えて、Nb、B、及びCaからなる群から選択される1種又は2種以上を含有しても良い。
【0053】
Nb:0〜0.050%
ニオブ(Nb)は、任意添加元素である。Nbは、炭化物、窒化物又は炭窒化物を形成する。炭化物、窒化物及び炭窒化物は、ピンニング効果により鋼の結晶粒を微細化し、鋼の耐SSC性を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記の効果が得られる。一方、Nb含有量が0.050%を超えると、窒化物が過剰に生成し、鋼の耐SSC性を不安定にする。したがって、Nb含有量は0〜0.050%である。好ましいNb含有量の下限は0.005%であり、さらに好まくは0.010%である。好ましいNb含有量の上限は0.035%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0054】
B:0〜0.0050%
ボロン(B)は、任意添加元素である。Bは、鋼の焼入れ性を高める。Bが少しでも含有されれば、上記の効果が得られる。一方、Bは、粒界にM
23CB
6を形成する傾向があり、B含有量が0.0050%を超えると、鋼の耐SSC性が低下する。したがって、B含有量は0〜0.0050%(50ppm)である。好ましいB含有量の下限は0.0001%(1ppm)であり、さらに好ましくは0.0005%(5ppm)である。上限の観点では、好ましいB含有量は0.0050%(50ppm)未満であり、さらに好ましくは0.0025%(25ppm)以下である。なお、Bの効果を活用するためには、Nと結合しないBが存在できるように、N含有量を抑制するか、あるいはNをTiで固定することが好ましい。
【0055】
Ca:0〜0.0050%
カルシウム(Ca)は、任意添加元素である。Caは、粗大なAl系介在物の生成を抑え、微細なAl−Ca系酸硫化物を形成する。そのため、連続鋳造によって鋼材(スラブ又は丸ビレット)を製造する場合において、Caは、連続鋳造装置のノズルが粗大なAl系介在物によって閉塞するのを抑制する。Caが少しでも含有されれば、上記の効果が得られる。一方、Ca含有量が0.0050%を超えると、鋼の耐孔食性が低下する。したがって、Ca含有量は0〜0.0050%(50ppm)である。好ましいCa含有量の下限は0.0003%(3ppm)であり、さらに好ましくは0.0005%(5ppm)である。好ましいCa含有量の上限は0.0045%(45ppm)であり、さらに好ましくは0.0030%(30ppm)である。
【0056】
[金属組織及び析出物]
本実施形態による低合金油井用鋼管は、以下に説明する金属組織を有する。
【0057】
本実施形態による低合金油井用鋼管は、焼戻しマルテンサイトを主体とする金属組織を有する。焼戻しマルテンサイト主体の金属組織とは、焼戻しマルテンサイト相が体積率で90%以上である金属組織を意味する。焼戻しマルテンサイト相の体積率が90%未満になり、例えば焼戻しベイナイトが多量に混在すると、鋼の耐SSC性が低下する。
【0058】
本実施形態による低合金油井用鋼管の金属組織は、ASTM E112に準拠した旧オーステナイト粒の結晶粒度番号が7.0以上である。結晶粒度番号が7.0未満の粗粒になると、耐SSC性を確保することが困難になる。結晶粒度番号が大きいほど、耐SSC性を確保する観点では有利である。一方、結晶粒度番号が10.0以上の細粒を実現するためには、再加熱焼入れを2回以上行う、又は再加熱焼入れ前に焼準を行う等の高コストの製造手段を用いる必要がある。結晶粒度番号が10.0未満の金属組織であれば、1回の再加熱焼入れで実現可能であり、目的とする耐SSC性を確保することができる。したがって、製造コストの観点からは、旧オーステナイト粒の結晶粒度番号は好ましくは10.0未満であり、より好ましくは9.5未満、さらに好ましく9.0未満である。なお、旧オーステナイト粒径は腐食(エッチング)後、光学顕微鏡によって観察することにより測定することができる。また、後方散乱電子線回折(EBSD)等の方法を用いて、結晶の方位関係から旧オーステナイト結晶粒のASTM粒度番号を求めることもできる。
【0059】
本発明の低合金油井用鋼管には、200nm以上の円相当径を持つセメンタイト(大型セメンタイト)が、母相100μm
2あたり50個以上存在する。本発明で規定される化学組成では、焼戻しの過程でセメンタイトが析出する。SSCは、セメンタイトと母相との界面を起点として発生する傾向がある。幾何学的に、同一体積であれば扁平形態よりも球状形態の方が析出物の表面積は小さくなる。また、全体の体積が同一であれば、微細な析出物が多数存在するよりも、大型の析出物として存在する方が比表面積は小さくなる。本発明では、セメンタイトを比較的大きく成長させることによって、セメンタイトと母相との界面を少なくして耐SSC性を確保する。大型セメンタイトの数が母相100μm
2あたり50個未満の場合、耐SSC性を確保することが困難になる。好ましくは、大型セメンタイトが、母相100μm
2あたり60個以上存在する。
【0060】
本発明の低合金油井用鋼管では、さらに、M
2C型の合金炭化物の数密度が25個/μm
2以上である。なお、本発明の低合金油井用鋼管におけるM
2C型の合金炭化物のMは、主にMoである。セメンタイトと異なり、M
2C型の合金炭化物は水素を強力にトラップし、鋼の耐SSC性を改善する。この効果を得るためには、M
2C型の合金炭化物の数密度が25個/μm
2以上である必要がある。好ましくは、M
2C型の合金炭化物の数密度が30個/μm
2以上である。
【0061】
なお、M
2C型の合金炭化物は、円相当径が5nm以上のものを計数する。換言すれば、本発明の低合金油井用鋼管には、5nm以上の円相当径を持つM
2C型の合金炭化物が、母相1μm
2あたり25個以上存在する。
【0062】
[製造方法]
以下、本発明の低合金油井用鋼管の製造方法の一例を説明する。
図6は、低合金用鋼管の製造方法の一例を示すフロー図である。この例では、低合金油井用鋼管が継目無鋼管である場合を説明する。
【0063】
上述の化学組成を有するビレットを製造する(ステップS1)。まず、上述の化学組成を有する鋼を溶製し、周知の方法によって製錬する。続いて、溶鋼を連続鋳造法によって連続鋳造材にする。連続鋳造材は例えば、スラブ、ビレット、又はブルームである。あるいは、溶鋼を造塊法によってインゴットにしても良い。スラブ、ブルーム、又はインゴットを熱間加工してビレットにする。熱間加工は例えば、熱間圧延又は熱間鍛造である。
【0064】
ビレットを熱間加工して素管を製造する(ステップS2)。まず、ビレットを加熱炉で加熱する。加熱炉から抽出されたビレットに対して熱間加工を実施して、素管を製造する。例えば、熱間加工としてマンネスマン法を実施し、素管を製造する。この場合、穿孔機によって丸ビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延された丸ビレットをさらに、マンドレル、レデューサ、及びサイジングミル等によって熱間圧延して素管にする。他の熱間加工方法によって、ビレットから素管を製造しても良い。
【0065】
本発明の鋼管は、これに限定されないが、肉厚が10〜50mmの鋼管に好適に使用できる。また、肉厚が13mm以上、15mm以上、又は20mm以上といった比較的肉厚の厚い鋼管に特に好適に使用できる。
【0066】
本発明の鋼管は、本発明で規定される化学組成及び炭化物の析出状態に大きな特徴がある。炭化物の析出状態は、化学組成と最終の焼戻し条件とに依存するところが大きい。そのため、旧オーステナイト粒の結晶粒度番号が7.0以上の細粒を確保できるのであれば、熱間加工後、焼戻しまでの冷却過程や、熱処理が特に限定されるわけではない。しかしながら、一般的には、少なくとも一度、フェライトからオーステナイトへの逆変態の履歴を経ないと、旧オーステナイト粒の結晶粒度番号が7.0以上の細粒を得ることが困難である。そのため、本発明の鋼管の製造に当たっても、素管の製造後、オフラインでAc
3点以上に加熱して(ステップS4)、焼入れ(ステップS5)を行うことが好ましい。
【0067】
再加熱して焼入れを行う場合、熱間加工で所望の外径、肉厚を有する素管が製造された後の工程(熱間で素管が得られた後、再加熱工程までの工程を
図6で総称してステップS3で示す。)は特段に限定されない。熱間製管終了後の素管は、そのまま放冷又は空冷されても良く(ステップS3A)、熱間製管終了後、Ar
3点以上の温度から直接焼入れされても良く(ステップS3B)、さらにあるいは、熱間製管終了後、熱間製管設備に隣接して設けられた均熱炉でAr
3点以上の温度で均熱(補熱)した後焼入れを行っても良い(いわゆるインライン熱処理、ステップS3C)。
【0068】
放冷又は空冷(ステップS3A)の場合、熱間圧延後の素管を環境温度又はその近傍まで冷却させることが好ましい。
【0069】
上述のステップS3B又はステップS3Cのプロセスを実施する場合は、後述の再加熱焼入れを含め複数回の焼入れが行われるため、オーステナイト結晶粒の微細化に効果がある。
【0070】
直接焼入れ(ステップS3B)の場合、熱間圧延後の素管を圧延仕上げ温度付近(ただし、Ar
3点以上)からマルテンサイト変態開始温度以下まで急冷(焼入れ)する。急冷は、例えば水冷、ミストスプレー冷却等である。
【0071】
インライン熱処理(ステップS3C)の場合、まず、熱間圧延後の素管をAr
3点以上の温度で均熱し、均熱された素管をAr
3点以上の温度からマルテンサイト変態開始温度以下まで急冷(焼入れ)する。急冷手段は、上述の直接焼入れの場合と同様である。
【0072】
なお、ステップS3BやステップS3Cの工程で焼入れを行った鋼管は、場合によって置き割れ等の遅れ破壊現象を生じることがあるので、これらのステップを経た後、Ac
1点以下の温度で焼戻し(ステップS3t)を行っても良い。
【0073】
上記のいずれかの方法で処理された素管を、Ac
3点以上の温度に再加熱し、均熱する(ステップS4)。再加熱された素管をマルテンサイト変態開始温度以下まで急冷(焼入れ)する(ステップS5)。急冷は、例えば水冷、ミストスプレー冷却等である。焼入れされた素管を、さらにAc
1点以下の温度で焼戻しする(ステップS6)。
【0074】
ステップS6における焼戻し温度は、好ましくは660℃よりも高く、より好ましくは680℃以上である。焼戻し温度が660℃以下の場合、鋼の転位密度が高くなりやすく、鋼の耐SSC性が低下する。また660℃以下の場合、セメンタイトのオスワルド成長(Oswald Ripening)が不十分となり、上述した大型セメンタイトの数密度を満たすことが難しくなる。
【0075】
なお、再加熱焼入れ前の熱処理(ステップS3)と再加熱(ステップS4)との間に、焼準等の熱処理を行っても良い。また、再加熱(ステップS4)及び焼入れ(ステップS5)を複数回行っても良い。焼準、又は複数回の焼入れを行うことによって、結晶粒度番号10.0以上の細粒組織を得ることも可能である。
【0076】
製造コストの観点では、素管を製造(ステップS2)後、放冷又は空冷(ステップS3A)し、再加熱(ステップS4)及び焼入れ(ステップS5)を一回だけ行うことが好ましい。本発明の鋼管によれば、結晶粒が比較的大きくても、優れた耐SSC性が得られる。
【実施例】
【0077】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、この実施例に限定されない。
【0078】
表1に示す化学組成を有する鋼A〜鋼Oを溶製し、連続鋳造及び分解圧延によって外径310mmの製管用ビレットを製造した。なお、表1の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。表1の「区分」の欄の「成分適合」は、本発明の化学組成の範囲内であることを示す。また、表1の数値に付されている「*」は、当該数値が本発明の規定値から外れていることを示している。表2及び表3についても同様である。
【0079】
【表1】
【0080】
各ビレットをマンネスマン・マンドレル法によって穿孔圧延、延伸圧延して、表2の「製管サイズ」の欄に示すサイズの素管(継目無鋼管)を製造した。表2の「OD」の欄の数値は素管の外径を、「WT」の欄の数値は素管の肉厚を、それぞれ示している。
【0081】
【表2】
【0082】
圧延後の各素管に、表2の「再加熱焼入れ前の工程」の欄に示す処理を行った。具体的には、同欄が「熱間製管後放冷」の場合、
図6のステップS3Aに相当する処理を行った。「熱間製管直後水冷」の場合、
図6のステップS3Bに相当する処理を行った。「熱間製管直後水冷+焼戻し」の場合、
図6のステップS3B及びS3tに相当する処理を行った。「熱間製管+均熱後水冷」の場合、
図6のステップS3Cに相当する処理を行った。「熱間製管+均熱後水冷+焼戻し」の場合、
図6のステップS3C及びS3tに相当する処理を行った。「熱間製管+均熱後水冷」及び「熱間製管+均熱後水冷+焼戻し」における均熱工程は、920℃、15分間の条件で行った。「熱間製管直後水冷+焼戻し」及び「熱間製管+均熱後水冷+焼戻し」における焼戻し工程は、500℃、30分間の条件で行った。
【0083】
「再加熱焼入れ前の工程」の欄に示す処理を行った各素管を、表2の「焼入れ温度」の欄に示す温度に再加熱して20分間均熱した後、水焼入れによる焼入れを行った。焼入れした各素管を、表2の「焼戻し温度」の欄に示す温度で30分間均熱(焼戻し)し、番号1〜19の低合金油井用鋼管を製造した。
【0084】
[試験方法]
[旧オーステナイト結晶粒度試験]
焼入れまでの工程を経た各番号の低合金油井用鋼管から、鋼管長手方向に直交する断面(以下、観察面という)を有する試験片を採取した。各試験片の観察面を機械研磨した。研磨後、ピクラール(Picral)腐食液を用いて、観察面内の旧オーステナイト結晶粒界を現出させた。その後、ASTM E112に準拠して、観察面の旧オーステナイト粒の結晶粒度番号を求めた。
【0085】
[硬さ試験]
各番号の低合金油井用鋼管から、鋼管長手方向に直交する断面(以下、観察面という)を有する試験片を採取した。各試験片の観察面を機械研磨した。研磨後の各試験片の、鋼管の肉厚中央部に相当する箇所において、JIS G0202に準拠して、Cスケールでのロックウェル硬さを求めた。硬度の測定は、焼戻し後の他、焼戻し前にも行った。
【0086】
[引張試験]
各番号の低合金油井用鋼管から、弧状引張試験片を採取した。弧状引張試験片の横断面は孤状であり、弧状引張試験片の長手方向は、鋼管の長手方向と平行であった。弧状引張試験片を利用して、API(American Petroleum Institute)規格の5CTの規定に準拠して、常温にて引張試験を実施した。試験結果に基づいて、各鋼管の降伏強度YS(MPa)、引張強度TS(MPa)を求めた。
【0087】
[セメンタイト及びM
2C型の合金炭化物の計数]
各番号の低合金油井用鋼管の厚さ中央部を含む領域から、抽出レプリカ法によって、TEM観察用の試験片を採取した。具体的には、試験片を研磨し、観察断面を3%硝酸アルコール溶液(ナイタル)にて10秒間浸漬した後、観察断面表面をレプリカ膜で覆った。その後、レプリカ膜を通して試料を5%ナイタルに浸漬し、レプリカ膜を試料から剥離させた。浮遊したレプリカ膜を清浄なエタノール液に移し、洗浄を行った。最後にレプリカ膜をシートメッシュにすくい取り、乾燥させ析出物観察用のレプリカ膜試料を得た。析出物の観察及び同定は、TEM及びエネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いて行った。各析出物の計数は画像解析によって行った。
【0088】
図7及び
図8を用いて、この画像解析を具体的に説明する。画像解析は、画像解析ソフト(ImageJ 1.47v)によって行った。
図7は、レプリカ膜を用いた、炭化物のTEM像である。
【0089】
図8は、
図7から画像解析によって炭化物の輪郭を抽出した図である。この例では、各炭化物の面積を楕円近似によって求め、面積から各炭化物の円相当径(直径)を求めた。所定の円相当径以上の大きさを持つ炭化物の個数を計数し、視野の面積で割って数密度を求めた。
【0090】
[耐SSC性評価試験]
[定荷重試験(コルテスト)]
各番号の低合金油井用鋼管から、丸棒試験片を採取した。各丸棒試験片の平行部の外径は6.35mm、平行部の長さは25.4mmとした。NACE TM0177A法に準拠して、定荷重試験によって、各丸棒試験片の耐SSC性を評価した。試験浴は、1atmのH
2Sガスを飽和させた常温の5%塩化ナトリウム+0.5%酢酸水溶液とした。各丸棒試験片に対し、各番号の低合金油井用鋼管の実降伏応力(AYS)の90%に相当する負荷応力を負荷して、試験浴に720時間浸漬した。720時間経過後、各丸棒試験片が破断したか否かを確認し、破断していなかった場合、その鋼の耐SSC性は高いと判断した。破断していた場合、その鋼の耐SSC性は低いと判断した。
【0091】
[4点曲げ試験]
各番号の低合金油井用鋼管から、厚さ2mm、幅10mm、長さ75mmの試験片を採取した。各試験片に、ASTM G39に準拠して4点曲げによって所定量の歪を付与した。これによって、各試験片に各番号の低合金油井用鋼管の実降伏応力(AYS)の90%に相当する応力を負荷した。応力を負荷した試験片を試験治具ごとオートクレーブに封入した。その後、オートクレーブに脱気した5%塩化ナトリウム水溶液を、気相部を残して注入した。続いて、オートクレーブに5atm又は10atmのH
2Sガスを加圧封入し、溶液を撹拌してH
2Sガスを溶液に飽和させた。オートクレーブを封じた後、溶液を撹拌しつつ24℃で720時間保持した。その後、オートクレーブを減圧して試験片を取り出した。取り出した試験片のSSCを目視で観察し、破断していなかった場合、その鋼の耐SSC性は高いと判断した。破断していた場合、その鋼の耐SSC性は低いと判断した。
【0092】
[試験結果]
試験結果を表3に示す。表3の「粒度No.」の欄には、各番号の低合金油井用鋼管の、旧オーステナイト粒の結晶粒度番号が記載されている。また、「YS」の欄には降伏強度の値が、「TS」の欄には引張強度の値が、「HRC」の欄には最終の焼戻し後のロックウェル硬さの値が、それぞれ記載されている。「耐SSC性評価」の欄における「No SSC」は、当該試験でSSCが観察されなかったことを示す。同欄における「SSC」は、当該試験でSSCが観察されたことを示す。同欄における「−」は、当該試験を実施しなかったことを示す。番号1〜19の低合金油井用鋼は、すべて、758MPa以上の降伏強度を確保していた。また、番号1〜19の低合金油井用鋼管は最終の焼戻し後の状態で、すべて28.5以上の硬度を有していた。なお、個別の記載は割愛するが、焼戻し前の硬度の測定から、番号1〜19の低合金油井用鋼管は、No.14を除き、いずれもマルテンサイト相の体積率が90%以上である金属組織を有していると判断された。この判断は、API Specification 5CT/ISO 11960に記載の、90%以上のマルテンサイト相の体積率を確保するための、焼入れ後の下限硬度
HRCmin=58×(%carbon)+27
以上を満足するか否かを判断基準とした。
【0093】
【表3】
【0094】
番号1〜番号11の低合金油井用鋼管は、各元素の含有量が本発明の範囲内であり(鋼A〜G)、式(1)を満たしていた。番号1〜番号11の低合金油井用鋼管は、さらに、旧オーステナイト粒の結晶粒度番号が7.0以上であり、M
2C型の合金炭化物の数密度が25個/μm
2以上であり、200nm以上の円相当径を持つセメンタイト(大型セメンタイト)が、母相100μm
2あたり50個以上存在した。
【0095】
表3に示すように、番号1〜番号11の低合金油井用鋼管は、いずれも758MPa以上の降伏強度と、28.5以上のロックウェル硬さとを有していた。番号1〜番号11の低合金油井用鋼管は、耐SSC性評価試験においてSSCが観察されなかった。
【0096】
試験番号12の低合金油井用鋼管は、耐SSC性評価試験においてSSCが観察された。これは、化学組成が式(1)を満たしておらず、さらにM
2C型の合金炭化物の数密度が25個/μm
2未満であったためと考えられる。
【0097】
試験番号13の低合金油井用鋼管は、耐SSC性評価試験においてSSCが観察された。これは、Cr含有量が多すぎ、さらに大型セメンタイトの数が母相100μm
2あたり50個未満であったためと考えられる。
【0098】
試験番号14の低合金油井用鋼管は、耐SSC性評価試験においてSSCが観察された。これは、肉厚がやや厚い上に、Cr含有量が少なすぎ、焼入れ不足となり、ベイナイト組織が混入したためと考えられる。
【0099】
試験番号15の低合金油井用鋼管は、耐SSC性評価試験においてSSCが観察された。これは、Mo含有量が少なすぎたためと考えられる。
【0100】
試験番号16の低合金油井用鋼管は、耐SSC性評価試験においてSSCが観察された。これは、Ti含有量が多すぎたためと考えられる。
【0101】
試験番号17の低合金油井用鋼管は、耐SSC性評価試験においてSSCが観察された。これは、Ti含有量が多すぎたためと考えられる。
【0102】
試験番号18の低合金油井用鋼管は、耐SSC性評価試験においてSSCが観察された。これは、焼戻し温度が低温であったため、セメンタイトの粗大化が進行せず、大型セメンタイトの個数が母相100μm
2あたり50個未満と不十分であったためと考えられる。
【0103】
試験番号19の低合金油井用鋼管は、耐SSC性評価試験においてSSCが観察された。これは、化学組成が式(1)を満たしておらず、さらにM
2C型の合金炭化物の数密度が25個/μm
2未満であったためと考えられる。