(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
チタン板は、耐食性に優れていることから、化学プラント、電力プラント、食品製造プラントなど、様々なプラントにおける熱交換器の素材として使用されている。その中でもプレート式熱交換器は、プレス成形によりチタン薄板に凹凸を付けて表面積を増加させることにより熱交換効率を高めるものであり、優れた成形性が要求される。
【0003】
特許文献1には、酸化雰囲気または窒化雰囲気で加熱することにより、酸化膜および窒化膜を形成した後、曲げまたは引っ張りを加え、これらの皮膜に微細な割れを導入して金属チタンを露呈させ、その後、可溶な酸水溶液中で溶削することによって、密度が高く、深度の深い凹凸を形成させている。特許文献1によれば、潤滑油の担保性が高まり潤滑性が良くなること、酸化膜および窒化膜を表面に残存させるか、または、形成することよって、さらに潤滑性が良くなることが記載されている。
【0004】
特許文献2には、大気焼鈍後に酸洗、スキンパス圧延を行い、表面粗さRa、最大高さRz、ひずみ度(Rsk)を特定の数値範囲とすることにより、保油性の発揮とともに切欠効果による割れの誘発を防止でき、成形性が向上すると記載されている。また、表面における測定荷重0.098Nでのビッカース硬さが、測定荷重4.9Nでのビッカース硬さよりも高く、かつ、その差を45以下とすることにより、成形時の表面割れの発生を防止している。
【0005】
特許文献3には、圧延方向と平行な方向における表面の算術平均粗さが0.25μm以上2.5μm以下であり、表面における試験荷重4.9Nによるビッカース硬さよりも試験荷重0.098Nによるビッカース硬さの方が20以上高く、かつ、試験荷重4.9Nによるビッカース硬さが180以下であるチタン板が記載されている。この文献では、チタン板の表面の粗さをある程度粗くすることにより、プレス成形時におけるチタン板と成形金型の間への潤滑剤の引き込み量を増大させ、成形性が向上することが記載されている。
【0006】
特許文献4には、化学的または機械的に表面から0.2μmの部位を除去することにより、冷間加工時に表面に焼き付いた残留油分を排除すること、および、その後に真空焼鈍を行うことにより、荷重200gf(1.96N)での表面硬さを170以下とし、かつ酸化皮膜の厚さを150Å以上にすることが記載されている。この文献では、これにより、素材の成形性を損なうことなく、成形時の金型および工具との潤滑性を維持され、成形性が向上すると記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1には、成形性について記載されていない。そして、この技術のように、特定の表面形状を得るため酸洗前に酸化膜または窒化膜を形成させると、潤滑性は向上するが、張出し成形などにおいて割れの起点となり、逆に、成形性を低下させる要因となる可能性がある。
【0009】
特許文献2には、酸洗とスキンパスによって表面形状を調整し、成形性を向上させることが記載されている。しかし、この技術では、焼鈍後の酸洗により形成させた凹凸の凸部をスキンパスで均しくする方法であるため、凹部の形状を制御することが困難であり、特に、大きな凹部が存在した場合、応力集中の起点となり割れを誘発する可能性がある。また、大気焼鈍の工程を有し、表面と母材の硬度の差を45以下とするために表面を片面約10μm以上除去する必要があり、歩留まりが悪くなる。
【0010】
特許文献3の技術では、表面粗さRaのみを管理しており、凹凸の大きさの絶対値の定義ができず、局所に大きな凹凸が存在した場合の切欠効果により、成形性が低下する可能性がある。
【0011】
特許文献1〜3は、いずれも潤滑剤の保油性を高めるための技術であり、材料自体の成形性については全く考慮されていない。一方、特許文献4は、材料自体の成形性を向上させることについて一応言及されている。
【0012】
すなわち、特許文献4には、冷間加工後の表面処理により表面硬さ(Hv
0.2)を下げることができることができ、それによって素材の成形性が向上することが記載されているが、その表面形状について全く考慮されておらず、表面形状が成形性に与える影響についても一切記載されていない。また、表面硬度測定が荷重200gf(1.96N)と比較的大きな荷重であるため、チタン板の最表層部の情報を得られていない可能性がある。
【0013】
本発明は、このような従来技術の問題を解決するためになされたものであり、切欠効果の原因となる表面形状の改善および表層の脆い硬化層を抑制することで、良好な表面変形能を有する、チタン板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
純チタン板の場合、その溶製過程において混入したCおよびNが硬質化合物(TiCまたはTiN)を形成し、チタン板の表層に存在する上記の硬質化合物が加工時に割れの起点となる。このような割れを防止するために、従来、化学組成、金属組織(粒径)などの冶金的因子について研究されたり、潤滑剤の条件や保油性などが研究されたりしてきたが、チタン板自体の表面変形能について研究された例は皆無である。そこで、本発明者らは、化学組成および金属組織(粒径)が同程度の供試材を用い、特に、表面形状および表面硬度による成形性への影響を検討した。
【0015】
まず、板材の成形性の評価方法として、比較的簡便なエリクセン試験が用いられるのが一般的である。エリクセン試験は、通常、固形または液体の潤滑油を潤滑剤として行われ、これらの潤滑条件の元で評価を行っている例は多数存在する。しかし、潤滑剤を用いることを前提とする試験では、潤滑剤の性能および保油性などの影響によって測定値が大きく変化するため、素材そのものの表面変形能の評価にはふさわしくない。また、冷間圧延時の潤滑剤には炭素成分が含まれ、チタン板表面に焼き付き、残存すると、表面に硬質なTiCが生じる。
【0016】
そこで、本発明者らは、素材そのものの表面変形能を評価するため、表面変形能が顕著に表れるPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)シートを潤滑剤とした極めて高潤滑条件のエリクセン試験(以下、「高潤滑エリクセン試験」と呼ぶ。)によってチタン板を評価した。ここで、高潤滑エリクセン試験に使用したPTFEシートの摩擦係数μは約0.04であり、潤滑油を用いた場合のチタンと試験冶具との摩擦係数約0.4〜0.5に比べ極めて小さく、素材と試験機との潤滑の影響を無視できる。このため、素材そのものの表面変形能を評価することが可能となる。
【0017】
一方、チタン板の最表層部の硬さの情報を正確に得るために、本発明者らは、極低荷重、具体的には、荷重25gf(0.245N)で表面のビッカース硬度(以下、「Hv
0.025」と呼ぶ。)の測定を試みた。このような低荷重であれば、ビッカース圧子の押し込み深さが浅いため、チタン板の最表層部の硬さを評価することができる。なお、表面硬度の結果より逆算した25gf(0.245N)での圧子深さは、およそ2〜3μmである。
【0018】
図1には、Hv
0.025と高潤滑エリクセン試験値の関係を示す。
図1に示すように、Hv
0.025を150以下にすることによって、高潤滑エリクセン値を14.0mm以上の良好な範囲とすることができる一方、Hv
0.025が150を超えると、高潤滑エリクセン値が低くなり、200を超えると14.0mm未満にまで劣化する。したがって、大まかな傾向として、表面硬度が低いほど成形性が向上していることが分かり、具体的にはHv
0.025を150以下にすることが重要であることを知見した。しかし、表面硬度Hv
0.025が150以下の範囲においては、同程度の硬度であっても高潤滑エリクセン値に差がみられ、表面硬度以外の他の要因が影響していることが判明した。
【0019】
本発明者らは、上記の他の要因について鋭意研究を重ねた結果、輪郭曲線要素の平均長さRSm(JIS B0601:2013参照。以下、「凹凸平均間隔」とも呼ぶ。)と輪郭曲線の最大高さRzが素材そのものの表面変形能に大きな影響を及ぼすことを突き止めた。
図2には、凹凸平均間隔RSmおよび輪郭曲線の最大高さRzと、高潤滑エリクセン試験値の関係を示す。
図2に示すように、表面硬度では明確ではなかった高潤滑エリクセン試験値の変化が、凹凸平均間隔RSm及び輪郭曲線の最大高さRzによって、うまく整理することができ、特に、凹凸平均間隔RSmを80μm以下、Rzが1.5μm以下とすることが重要であることを知見した。
【0020】
本発明者らは、さらに、上記の表面硬度および凹凸の状態を得るための製造方法について鋭意研究を行った。通常、チタン板は、溶製工程、熱間圧延工程、冷間圧延工程および焼鈍工程を備える。また、冷間圧延工程と焼鈍工程との間には脱脂工程(アルカリ洗浄工程)を備えるのが一般的である。そして、焼鈍工程は、バッチ式のBAF(Box Annealing Furnace)方式、ならびに、連続式の連続焼鈍酸洗設備AP(Annealing & Pickling)および連続光輝焼鈍設備BA(Bright Annealing)方式がある。BAF方式は、真空または無酸化雰囲気中で行われ、BA方式は無酸化雰囲気中で行われる。そのために、焼鈍後の表面肌が焼鈍前(圧延肌)と同等の表面状態を保つことができ、かつ脱スケールが不要であるという特徴を持っている。また、AP方式は、燃焼ガス雰囲気中で焼鈍した後に酸洗脱スケールを行う設備で焼鈍を行う方法であり、中間焼鈍及び比較的板厚の厚い製品の仕上げ焼鈍に用いられる。これに対して、BAF方式やAP方式の焼鈍は、極薄板の中間焼鈍及び仕上げ焼鈍に用いられる。さらにBA設備は結晶粒径コントロール、歪取り熱処理、表面窒化処理など機能性を高める手段としても活用される。
【0021】
上記の脱脂工程では、冷間圧延工程における潤滑剤を除去することができ、焼鈍時のスケールの生成を抑制できるが、チタン板表層のTiCなどの硬化層を完全に除去することができない。一方、焼鈍後に酸洗を行えば、焼鈍時のスケールだけでなく、表層に濃化したTiC、TiNなどの硬化層の除去も行うことができる。
【0022】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、下記のチタン板を要旨とする。
【0023】
(1)表面の荷重0.245Nでのビッカース硬度Hv
0.025が150以下であり、かつJIS B0601:2013に規定される輪郭曲線要素の平均長さRSmが80μm以下で、最大高さRzが1.5μm未満である、チタン板。
【0024】
(2)表面から深さ5μmの炭素濃度をCs、深さ20μmの炭素濃度をCbとするとき、Cs/Cbが2.0未満の範囲である、上記(1)のチタン板。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、切欠効果の原因となる表面形状の改善とともに、表層の脆い硬化層を抑制することができるので、良好な表面変形能を有するチタン板を提供することができる。このチタン板は、成形性に優れているため、たとえば、化学プラント、電力プラント、食品製造プラントなどの熱交換器の素材として特に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0028】
1.チタン板
ビッカース硬度Hv
0.025:150以下
前述のように、熱間圧延工程、焼鈍工程などにおいてチタン板の表層にC、Nなどが濃化し、TiC、TiNなどの化合物が生成するが、これらの化合物は硬質であるため、加工時に割れの起点となる。そこで、チタン板の成形性を評価するためには、極表層の硬さを知ることが重要となる。従来技術(たとえば、特許文献4など)においては、荷重200gf(1.96N)と比較的大きな荷重でのビッカース硬度(Hv
0.2)を測定しており、チタン板のバルクの硬度の影響も受けるため、チタン板の成形性への大きい表層の硬さを正確に知ることができない。このため、本発明者らは、荷重25gf(0.245N)でのビッカース硬度(Hv
0.025)に着目した。このような低荷重であれば、ビッカース圧子の押し込み深さが浅く(2〜3μm程度)、チタン板の表層のみの硬さを評価することができるからである。
【0029】
そして、この荷重25gf(0.245N)でのビッカース硬度(Hv
0.025)が、150を超える場合には、高潤滑エリクセン試験値が劣化する。このため、ビッカース硬度(Hv
0.025)は150以下とする。ビッカース硬度(Hv
0.025)は、145以下とすることが好ましく、140以下とすることがより好ましい。ただし、ビッカース硬度(Hv
0.025)が低くても高潤滑エリクセン試験値がやや低くなることもある。これは、後述する表面による影響である。
【0030】
輪郭曲線要素の平均長さRSm:80μm以下
ビッカース硬度(Hv
0.025)は150以下とすれば、高潤滑エリクセン試験値を14.0以上とすることができるが、同じ硬度でも高潤滑エリクセン試験値に差がある。そこで、チタン板の成形性、すなわち、素材そのものの表面変形能を向上させるためには、チタン板の表面の形状が重要である。従来技術においては、RaまたはRzを管理されているが、これは保油性の観点で定められており、高潤滑エリクセン試験のように保油性の影響を受けない試験方法による評価には無関係である。一方、輪郭曲線要素の平均長さRSm(JIS B0601:2013参照)は、チタン板表面の凹凸の平均間隔を意味し、このRSm値を80μm以下とすれば、高潤滑エリクセン試験値を安定して高い値とすることができる。RSm値は、75μm以下とすることが好ましく、70μm以下とすることがより好ましい。
【0031】
RSmを小さくすることは凹凸の数が増加することになる。そのため応力集中の起点が増加する。しかし、各凹凸の応力集中係数が大きくなりすぎなければ、応力集中部では加工硬化が生じるため、亀裂が発生しても進展せずに破壊には至らない。破壊に至らない場合には、応力集中部が多い方が局所的な変形を抑制し、加工性が向上すると考えられる。一般的に、変形は結晶粒単位で生じるが、表面の凹凸を多く形成させることによって応力集中起点を分散させることができ、凹凸間隔に対応するRSmが80μm以下の場合に加工性を向上させられる。ただし、凹凸がないような場合には結晶粒の方位の影響を受けて応力が集中する結晶粒が発生し、局所的な変形に移行しやすく破壊につながると考えられるため、RSmは10μm以上とすることが望ましい。
【0032】
輪郭曲線の最大高さRz:1.5μm未満
RSmを小さくすることで応力集中起点を増やす場合には、その起点の応力集中係数は低くする必要がある。つまり、Rzが大きい場合には応力集中係数が高くなり、RSmを小さくする効果が低下すると考えられる。そのため、本発明のチタン板の表層は、RSm値に加えて、輪郭曲線の最大高さRzを1.5μm未満に管理することによって、チタン材の成形性を十分に発揮することができる。Rzの好ましい範囲は、1.3μm以下である。ただし、RzはRaよりも小さくすることはできないため、これまでの製造実績から0.1μm以上であれば、コストアップを抑制し、製造できる。
【0033】
ここで、表面から深さ5μmの炭素濃度をCs(表層炭素濃度)、深さ20μmの炭素濃度をCb(バルク炭素濃度)とするとき、Cs/Cbを2.0未満の範囲とすることが好ましい。前述のように、チタン板の表層にCが濃化し、硬質のTiCが生成すると、加工時に割れの起点となるからである。
【0034】
本発明のチタン板を構成する材料としては、純チタンを用いることができる。ただし、硬化層がない場合にもビッカース硬度150以下となる化学組成とする必要がある。最も重要な元素は酸素であり、その含有量を質量%で0.12%以下とするのがよい。窒素および炭素が過剰な場合にはビッカース硬度150以下を達成できなくなるため、いずれの含有量も質量%で0.06%以下とするのがよい。鉄は、その含有量が過剰な場合には過度に微細化するため、質量%で0.15%以下とするのがよい。また、これらは、不可避的な不純物であり、いずれも質量%で0.0001%以上含まれるのが通常である。
【0035】
2.チタン板の製造方法
前記の通り、チタン板表面に形成されたTiC等の硬質層の除去は、冷間圧延工程後に、酸洗を行うか、焼鈍後に酸洗を行うことで達成される。しかし、酸洗のみではチタン板表面の凹凸状態を所望の範囲に調整することは困難である。したがって、冷間圧延の最終パスもしくは最終2パスで所望の表面粗さに制御されたワークロールでの圧延を施すのがよい。すなわち、前記冷間圧延工程において最終パスもしくは最終2パスで表面を制御したワークロールで圧延し、硝ふっ酸酸洗した後、前記非酸化雰囲気焼鈍を行うことでチタン板表面の輪郭曲線要素の平均長さRSmを80μm以下、Rzを1.5μm未満とすることができる。また、別の製造方法として焼鈍後酸洗を行い、所望の表面粗さに制御された調質圧延ロールで圧延を施すことで、チタン板表面の輪郭曲線要素の平均長さRSmを80μm以下、Rzを1.5μm未満とすることができる。焼鈍後酸洗工程で、チタン板表面のTiC等の硬質層を除去する場合、BAF焼鈍方式の場合表面のCやN等がチタン板の内部に向かって拡散するために、酸洗量を多くする必要がある。しかし、連続式焼鈍方式の場合は、焼鈍時間が短時間であるために、CやN等の拡散層がBAF方式に比べ浅いため、軽度の酸洗で硬質層の除去が可能である。
【0036】
硝ふっ酸酸洗工程においては、表面に存在するTiCなどを完全に除去するためには、たとえば、片面の酸洗溶削量は2〜4μmとするのがよい。また、酸洗は、たとえば、硝酸:40〜50g/l、ふっ酸:20〜30g/lを混合した、硝ふっ酸液を用い、50〜60℃の酸液中に10秒以上浸漬させるのがよい。
【0037】
チタン板の表面に所望の凹凸を設けるために、冷間圧延の最終パスもしくは最終2パスでチタン板表面に設けたい凹凸に近い表面状態としたワークロールでの冷間圧延を行うことが重要である。これにより、チタン板表面の輪郭曲線要素の平均長さRSmを80μm以下、Rzを1.5μm未満とすることが可能となる。チタンの一般的な圧延設備はリバース式の圧延機である。この圧延機の場合、同じワークロールで多パスの冷間圧延を行っており、それに伴ってチタンの凝着などでワークロールの表面は凹凸の大きい状態となる。そして、そのまま冷間圧延を続けると、チタン板表面に転写され大きな凹凸が形成されるため、安定して所望の表面性状を得ることが難しくなる。よって、冷間圧延工程の最終もしくは最終の2パスにおいて表面を制御したワークロールを用いる必要がある。このワークロールとしては、冷間圧延後チタン板表面がJIS B0601:2013に規定される輪郭曲線要素の平均長さRSmが80μm以下で、最大高さRzが1.5μm未満になるようなロール表面とすることが重要である。前記ロール表面の表面形状は、その後の酸洗工程での酸組成や酸洗液の温度、時間などによって変化するために、あらかじめ酸洗条件に適した表面ロール形状を求めておくことが必要である。このワークロールの表面は簡単な研磨でもよく、レーザー加工、切削加工、ショットブラストなどによって形成してもよい。
【0038】
調質圧延工程は、冷間圧延及びその後の酸洗工程でチタン板表面の形状を本願規定の範囲内に調整できていれば、実施しなくてもよい。冷間圧延時にチタン板表面の形状を調整しない場合には実施する必要があり、冷間圧延工程、硝ふっ酸酸洗工程および焼鈍工程によって製造したチタン板に、調質圧延ロールの表面が、調質圧延を行った時にチタン板表面が、JIS B0601:2013に規定される輪郭曲線要素の平均長さRSmが80μm以下で、最大高さRzが1.5μm未満になるように調整することが必要である。なお、表面を制御したワークロールを用いて調質圧延を行う場合には、最終もしくは最終2パスのワークロール表面の制御を行う必要はない。調質圧延によって所望の表面性状を付与することができるからである。このワークロールの表面は、冷間圧延工程のワークロールと同様、簡単な研磨でもよく、レーザー加工、切削加工、ショットブラストなどによって形成してもよい。
【0039】
その他、冷間圧延工程後には脱脂工程を設けるのがよい。特に、潤滑剤を用いて冷間圧延を行う場合に、その潤滑剤を取り除くためである。
【0040】
冷間圧延工程において、前掲のワークロールの条件以外の条件には、特に制約がなく、通常の条件で行うことができる。たとえば、熱間圧延後に脱スケールした厚さ4.5mmの工業用純チタン板を用いて、ゼンジミア圧延機で80〜90%の冷間加工による圧下を行うのがよい。
【0041】
焼鈍工程は、大気中で行うと、焼鈍後に脱スケール工程を設ける必要が生じ、歩留まりを悪化させる可能性があるので、板厚が薄い場合には非酸化雰囲気で行う方が有利である。例えば、アルゴンガス雰囲気での焼鈍、または、真空焼鈍であることが好ましい。なお、窒素ガス雰囲気でも良いが、長時間の熱処理を行うと、チタン板表面に窒化もしくは窒素を固溶した硬化層が形成され易いという問題がある。焼鈍条件としては、たとえば、真空雰囲気でその真空度を1.33×10
-3Pa(1.0×10
−5Torr)以下とし、板の温度が650〜700℃に到達した後に240分保持し、その後真空雰囲気を保ったまま炉冷を行うのがよい。これは、チタン板の粒径を、張出し成形性に優れる粒径50〜100μm(粒度番号:4〜6程度)の範囲に調整するためである。また、板の過加熱や不均一加熱を防止するため、昇温速度3.0℃/min以下で加熱を行うのがよい。焼鈍を連続式で行う場合は、焼鈍温度は700〜820℃とし、保持時間は10〜600秒で行うのが好ましい。
【実施例】
【0042】
供試材として純チタンJIS−1種を使用し、表1に示す条件で試験用チタン板を作製した。
【0043】
なお、冷間圧延工程では、ワークロールをエメリー紙#120で研磨して、脱スケールした厚さ4.5mmの純チタン板を厚さ0.5mmにまで圧下(圧下率:約89%)した。このとき、「仕上ロール制御」が「−」の例では、最終パスまで同じワークロールで冷間圧延し、「有り」の例では、最終1パスをRSmが80μm以下で、Rzが1.5μm未満のワークロールで冷間圧延した。
【0044】
「アルカリ洗浄」は、水酸化ナトリウムを主成分とする水溶液中で行う洗浄工程である。また、「硝ふっ酸酸洗」は、硝ふっ酸(硝酸:50g/l、ふっ酸:20g/l、酸液温度:約55〜60℃)に浸漬させ、片面1〜21μm溶削し微細な凹凸を多数形成させるとともに、冷間圧延時の焼付き油分を除去する酸洗工程である。
【0045】
「焼鈍工程」では、「真空」の場合、昇温速度を2.5〜2.7℃/min(昇温時間、約180分)の範囲で調整し、その後、真空雰囲気を保ったまま炉冷した。「Ar」または「大気」の場合、赤外線加熱によって昇温速度20℃/sで加熱し、保持後にArガス雰囲気または大気中で冷却した。
【0046】
「調質圧延工程」において、試験No.5、6、8〜13の例では、RSmが80μm以下で、Rzが1.5μm未満のワークロールを用いて実施した。
【0047】
得られた試験用チタン板について、荷重25gf0.245N)でのビッカース硬さ、JIS B0601:2013に基づく輪郭曲線要素の平均長さRSmおよび輪郭曲線の最大高さRzを測定した。表面硬度は、マイクロビッカース硬さ試験機にて、荷重25gf(0.245N)で測定した。表面粗さは、触針式表面粗さ測定機を用いて圧延方向に平行な方向で測定長さ4mmを測定した。さらに、厚さ:50μm、摩擦係数μ:0.04のPTFEシートを、試験体と試験機との間に挟み、試験体と試験機と直接接触しない条件でエリクセン試験を行い、高潤滑エリクセン試験値を測定した。また、酸洗前後の重量変化からチタンの密度4.5g/cm
3を用いて、硝ふっ酸酸洗による溶削量(片面溶削量)を求めた。これらの結果を製造条件とともに表1に示す。また、
図3には、試験No.1、3、15および22のSEM画像を示す。
【0048】
【表1】
【0049】
図3(a)および(b)に示すように、本発明材であるNo.1およびNo.3は溶削量の大小にかかわらず微細な凹凸が形成されているが、
図3(c)に示すように、RSmが80μm以下で、Rzが1.5μm未満のワークロールを用いて冷延したものの、酸洗を行わなかったNo.15では、冷延時に生じた微小亀裂が多数存在している。また、
図3(d)に示すように、真空焼鈍後に酸洗を行ったものの、調質圧延工程においてRSmが80μm以下で、Rzが1.5μm未満のワークロールを用いなかったNo.22では、結晶粒単位の大きな凹凸を形成されている。
【0050】
表1に示すとおり、本発明例であるNo.1〜13は、いずれも表面硬度Hvが150以下に制御されており、また、表面粗さRzが1.5μm未満、RSmが80μm以下であった。これは、冷延工程および/または調質圧延工程において、「RSmが80μm以下で、Rzが1.5μm未満のワークロール」を用いて適切な圧延を行っており、適切な表面粗さを確保できている。また、No.1〜6、11〜13では、真空焼鈍(バッチ式)を行う前に適切な硝ふっ酸酸洗を行い、残存油分由来の炭素およびTiCを除去できたため、硬化層が形成されなかった。また、No.8〜10では、焼鈍後に適切な硝ふっ酸酸洗を行っているため、硬化層を十分に除去できた。なお、No.9に示すように、焼鈍時間が短い焼鈍(連続焼鈍)であれば、表面に形成される硬化層が薄いため、硝ふっ酸酸洗による溶削量が少なくても、硬化層を十分に除去できた。
【0051】
一方、No.14〜16では、硝ふっ酸酸洗を行っておらず、冷間圧延時の圧延油由来の炭素成分表面に残存しているか、圧延時の高荷重により圧延油が焼付き、TiCが表面に形成されており、真空焼鈍時にこれらの炭素が内方拡散し、硬化層を形成したものと考えられる。その結果、高潤滑エリクセン値が低い値に留まった。
【0052】
No.17〜21、24、25では、焼鈍前または焼鈍後に適切な硝ふっ酸酸洗を行っているため、硬化層を十分で除去できているが、冷延工程および調質圧延工程のいずれにおいても「RSmが80μm以下で、Rzが1.5μm未満のワークロール」を用いた圧延を行っていないため、表面粗さが本発明で規定される範囲を外れており、高潤滑エリクセン値が低い値に留まった。
【0053】
No.22、23は、適切な条件での冷延工程および酸洗工程を行っているが、調質圧延工程で「RSmが80μm以下で、Rzが1.5μm未満のワークロール」を用いた圧延を行っていないため、表面粗さが本発明で規定される範囲を外れていた。特に、No.23は、真空焼鈍(バッチ式)後に酸洗工程を行っているものの、溶削量が十分ではなく、表面硬度が高い値となった。その結果、これらの例では、高潤滑エリクセン値が低い値に留まった。
【0054】
なお、表面硬度が本発明で規定される範囲を上回る例では、表面変形能に劣り、成形時に表面に微小亀裂が発生しやすくなり、成形性が悪くなったため、高潤滑エリクセン値が低い値に留まったものと考えられる。また、表面粗さが本発明で規定される範囲を外れる例では、表面に結晶粒単位の大きな凹凸が存在しており、割れが発生しやすくなったと考えられる。
【0055】
試験No.1(本発明例)および試験No.15(比較例)について、GDS(グロー放電発光表面分析)を用いて、チタン板表面からの深さ方向での元素分析を行った。そのときの発光強度を
図4に示す。
図4に示すように、本発明例においては、表層でのCの濃化がほとんどないことがわかる。そして、発光強度から表面から深さ5μmの炭素濃度Csおよび深さ20μmの炭素濃度Cbを換算し、Cs/Cbを求めたところ、試験No.1のCs/Cbは1.4であり、試験No.15のCs/Cbは4.9であった。このように、焼鈍前に酸洗を行うことにより、表層におけるCの濃化を防止することができることがわかる。
が150以下であり、かつJIS B0601:2013に規定される輪郭曲線要素の平均長さRSmが80μm以下で、最大高さRzが1.5μm未満である、チタン板。このチタン板は、良好な表面変形能を有する。