特許第6172422号(P6172422)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6172422
(24)【登録日】2017年7月14日
(45)【発行日】2017年8月2日
(54)【発明の名称】点滴筒および輸液セット
(51)【国際特許分類】
   A61M 5/14 20060101AFI20170724BHJP
【FI】
   A61M5/14 520
   A61M5/14 500
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-519337(P2017-519337)
(86)(22)【出願日】2016年10月20日
(86)【国際出願番号】JP2016081119
【審査請求日】2017年4月10日
(31)【優先権主張番号】特願2015-209381(P2015-209381)
(32)【優先日】2015年10月23日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平田 篤彦
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 純
(72)【発明者】
【氏名】近藤 靖浩
(72)【発明者】
【氏名】東山 祐三
(72)【発明者】
【氏名】宮林 弘治
【審査官】 落合 弘之
(56)【参考文献】
【文献】 特開平5−329202(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/160249(WO,A1)
【文献】 特開2013−10007(JP,A)
【文献】 特開2011−62371(JP,A)
【文献】 特開2005−6875(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 5/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明な樹脂からなり、コーティング剤により被覆されている内壁面を有し、前記内壁面に付着する液滴が、10度以下の接触角を与え
前記コーティング剤は、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレアート、カルボキシベタインモノマーを含むポリマーブラシ、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル、ジ(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム、ソルビタンモノラウレートおよび3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホナートからなる群より選ばれる1種または2種以上を含む、点滴筒。
【請求項2】
前記樹脂は、ポリプロピレン、ポリエチレン、およびエチレン−プロピレン共重合体のいずれかを含む、請求項1に記載の点滴筒。
【請求項3】
前記内壁面は、被プラズマ改質部を有し、
前記コーティング剤は、前記被プラズマ改質部に塗布されている、請求項1または請求項2に記載の点滴筒。
【請求項4】
前記内壁面は、シリカ層を有し、
前記コーティング剤は、前記シリカ層上に塗布されている、請求項1または請求項2に記載の点滴筒。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の点滴筒と、
前記点滴筒の上方から挿入され、前記液滴を前記点滴筒の内部へ滴下する疎水性の点滴口を下端に有するノズルとを備える、輸液セット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、点滴筒および輸液セットに関する。
【背景技術】
【0002】
適切な輸液の投与のために、従来から点滴筒内で滴下される液滴の滴下数をカウントしたり、液滴の大きさ(体積)を測定したりすることにより、輸液の流量を制御することが行われている。たとえば、特開2008−161610号公報(特許文献1)には、輸液の液量を所定量とするために、次のような方法が開示されている。すなわち、点滴総液量、1ミリリットル当たりの滴下数などの条件を設定する。その一方で、発光ダイオードから照射した光を検知用フォトセンサで検知し、実際の滴下数をカウントする。カウントされた滴下数と上記条件との差分に応じ、点滴筒に接続された導管の開度をリニアステッピングモータ(アクチュエータ)を用いて調整する方法である。
【0003】
特開2011−062371号公報(特許文献2)には、滴下数のカウントだけでなく、二次元イメージセンサを利用して液滴の大きさ(体積)も計測することのできる点滴検出装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−161610号公報
【特許文献2】特開2011−062371号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ノズル下端から滴下した液滴が、跳ね返って点滴筒の内壁面に付着し、落下せずにその場に留まることがある。この場合、点滴筒の内壁面に留まった液滴がレンズとなり、発光ダイオードからの光が屈折し、検知用フォトセンサに届かなくなって正確な滴下数のカウントに支障が生じる可能性がある。実際に、液滴が内壁面に留まった状態で点滴筒を鉛直方向の軸を中心に回転させた場合、角度によっては内壁面の液滴と発光ダイオードからの光とが干渉し、検知用フォトセンサから出力される電圧値などが大きく変動することとなる。このような事例において、正確な滴下数のカウントは相当困難となる。
【0006】
また、点滴筒の内壁面に留まった液滴は、二次元イメージセンサの視野に入ることで、液滴の体積の計測にも支障が生ずる可能性がある。
【0007】
さらに、車両の窓およびミラーなどをコーティングすることによって、これらに水滴が付着したままその場に留まることを防止する技術が公知であるが、これらに用いられるコーティング剤を点滴筒の内壁面に転用することは、生体への影響を鑑みると慎重にならざるをえない。このため、点滴筒の液滴付着に関する問題は、点滴に係る技術の分野に特有の課題となっている。
【0008】
本発明は、上記実情に鑑みてなされ、液滴が内壁面に付着したままその場に留まることを防止し、滴下数のカウントおよび液滴の体積の計測を正確に行なえる点滴筒および輸液セットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明は、以下のとおりの特徴を有する。
[1]
透明な樹脂からなり、コーティング剤により被覆されている内壁面を有し、前記内壁面に付着する液滴が、10度以下の接触角を与える、点滴筒。
【0010】
[2]
前記樹脂は、ポリプロピレン、ポリエチレン、およびエチレン−プロピレン共重合体のいずれかを含む、[1]に記載の点滴筒。
【0011】
[3]
前記コーティング剤は、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレアート、カルボキシベタインモノマーを含むポリマーブラシ、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル、ジ(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム、ソルビタンモノラウレートおよび3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホナートからなる群より選ばれる1種または2種以上を含む、[1]または[2]に記載の点滴筒。
【0012】
[4]
前記内壁面は、被プラズマ改質部を有し、前記コーティング剤は、前記被プラズマ改質部に塗布されている、[1]〜[3]のいずれかに記載の点滴筒。
【0013】
[5]
前記内壁面は、シリカ層を有し、前記コーティング剤は、前記シリカ層上に塗布されている、[1]〜[3]のいずれかに記載の点滴筒。
【0014】
[6]
[1]〜[5]のいずれかに記載の点滴筒と、前記点滴筒の上方から挿入され、前記液滴を前記点滴筒の内部へ滴下する疎水性の点滴口を下端に有するノズルとを備える、輸液セット。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、液滴が内壁面に付着したままその場に留まることを防止し、滴下数のカウントおよび液滴の体積の計測を正確に行なえる点滴筒および輸液セットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1A】本実施例における輸液セットの概略構成を説明する説明図であって、ノズルを省略して表した輸液セットの平面図である。
図1B】本実施例における輸液セットの概略構成を説明する説明図であって、輸液セットの正面図である。
図2図1A、Bに表した輸液セットにおいて、点滴筒内の下部に液溜まりを形成し、この液溜まりへ液滴を断続的に滴下し、滴下した液滴が跳ね返って点滴筒の内壁面に付着した状況において、フォトインタラプタを構成する5つの検知用フォトセンサ[チャンネル(CH)1〜5]が出力したセンサ電圧の値を、実施例と比較例とで比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る実施形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は例示であり、異なる実施形態または実施例で示される構成との部分的な置換または組み合わせが可能である。同様の構成による同様の作用効果については実施形態ごと、または実施例ごとに逐次言及しない。
【0018】
<点滴筒>
本発明に係る点滴筒は、透明な樹脂からなり、コーティング剤により被覆されている内壁面を有し、この内壁面に付着する液滴が、10度以下の接触角を与える。ここで、液滴が与える接触角である10度以下とは、濡れ拡がった後の角度を示す。すなわち内壁面に付着した直後の液滴が与える接触角ではなく、所定時間が経過して濡れ拡がった後の液滴が与える接触角が、10度以下であることを意味する。
【0019】
また本明細書において、透明な樹脂という場合の「透明」とは、可視光および赤外光の少なくとも一方が樹脂を透過することをいう。換言すれば可視光下または赤外光下において、外部から点滴筒内部を視認することができる場合に、点滴筒は「透明」な樹脂からなるというものとする。すなわち、本実施形態に係る点滴筒は、可視光および赤外光の少なくとも一方が透過する樹脂からなる。特に、本明細書における点滴筒を構成する「透明な樹脂」は、JIS K 7361(1997)の規定に準じて測定される全光透過率において、80%以上を示すものとすることが好ましい。
【0020】
点滴筒を構成する樹脂は、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、およびエチレン−プロピレン共重合体のいずれかを含むことが好ましい。これにより、点滴筒に求められる強度を備えるとともに、可視光および赤外光の少なくとも一方に対して透明となる。また、これらの樹脂は疎水性を示す。
【0021】
点滴筒の内壁面を被覆するコーティング剤は、親水性官能基を有し、かつ生体適合性を備える化合物であることが好ましく、点滴筒の内壁面に付着する液滴が与える接触角を低下させるのに適している。コーティング剤が有する親水性官能基として、ヒドロキシル基、アミノ基、カルボキシル基、アルデヒド基、オキシエチレン基、スルホ基などが挙げられるが、本発明の効果を奏する限り、特に限定されない。
【0022】
具体的には、点滴筒の内壁面を被覆するコーティング剤は、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレアート、カルボキシベタインモノマーを含むポリマーブラシ、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル、ジ(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム、ソルビタンモノラウレートおよび3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホナートからなる群より選ばれる1種または2種以上を含むことが好ましい。また、上記コーティング剤は溶媒に希釈された調製液として用いられても好ましい。当該溶媒には、水またはエタノールを用いることができる。
【0023】
コーティング剤の被覆範囲は、点滴筒の内壁面の全部に被覆されていてもよいが、二次元イメージセンサおよびフォトインタラプタの両方またはいずれか一方の影響が及ぶ内壁面の範囲に限定して被覆されていることが好ましい。当該範囲は通常、点滴筒中に貯留する液体が存在しない範囲となるからである。点滴筒を構成する樹脂、コーティング剤の種類およびコーティング方法によっては、点滴筒中に貯留する液体とコーティング剤とが長時間接することにより、コーティング成分が上記液体に溶出する可能性がある。これに対し、上述のように内壁面の一部の範囲に限定してコーティング剤が被覆されている形態においては、この可能性を低減することができる。
【0024】
内壁面に被覆されるコーティング剤の厚みは、1nm以上1μm以下であることが好ましい。コーティング剤の厚みが1μmを超えると視認性に影響が及ぶ恐れがある。また、コーティング剤の厚みが1nm未満であると十分な濡れ性が発揮されない恐れがある。
【0025】
点滴筒の内壁面に対する接触角は10度以下であれば望ましい。すなわち、内壁面に付着する液滴の接触角を10度以下と規定することにより、ノズルの点滴口から滴下した液滴が、たとえば液溜まりから跳ね返って内壁面に付着したとしても、その場に留まることなく内壁面を伝って濡れ拡がることを意味するからである。なお、内壁面に付着する液滴が与える最小の接触角は、理想的には0度である。
【0026】
ここで接触角は、いわゆるθ/2法を用い、以下の(1)式により算出することができる。下記(1)式中、rは液滴の半径、hは液滴の高さ、θは液滴の接触角である。
【0027】
【数1】
【0028】
<点滴筒の内壁面の改質方法>
点滴筒の内壁面は、被プラズマ改質部を有し、上記コーティング剤は、該被プラズマ改質部に塗布されていることが好ましい。被プラズマ改質部とは、プラズマ処理により、その表面が改質されている内壁面の部位をいう。また、プラズマ処理には、酸素プラズマを用いることが好ましい。
【0029】
上述のように点滴筒の内壁面は、コーティング剤により被覆されている構成である。プラズマ処理は、プラズマによって内壁面を被プラズマ改質部として改質し、コーティング剤で被覆され易い表面を形成することができるため、上記構成を容易かつ確実に達成することができる。また、プラズマ処理は、点滴筒をはじめとする樹脂成型品などに対し、その内部または深部に影響を及ぼすことなく、その表面のみを改質することができる。さらに、ドライプロセスであるため、廃液の問題などが生じることがない。そして、酸素プラズマでプラズマ処理することにより、表面の汚れを除去したり、親水性官能基を付与したりすることができる。
【0030】
一方、上記プラズマ処理のみを行なった場合、点滴筒の内壁面を一時的に親水性に改質することができる。しかしながらプラズマ処理の後、時間が経過するにつれて改質による親水性の効果は薄れていく課題を有している。
【0031】
このため本実施形態では、透明な樹脂からなる点滴筒の内壁面に対し、まず酸素プラズマを照射することにより活性化し、被プラズマ改質部を形成する。その後、この点滴筒の被プラズマ改質部に対し、上記コーティング剤をエタノールまたは水などの溶媒に溶解して調製した調製液を塗布し、さらに乾燥することにより、点滴筒の被プラズマ改質部をコーティング剤で被覆することができる。これにより、内壁面に付着する液滴が、10度以下の接触角を与え、十分に濡れ性を発揮すると評価可能な点滴筒を作製することができる。
【0032】
本実施形態では、上述のように被プラズマ改質部にコーティング剤が塗布されるため、点滴筒の内壁面の全部に被プラズマ改質部が形成されることが好ましい。しかしながら、内壁面の一部において被プラズマ改質部が形成されていなくても、本発明の効果を示す限り、本発明の範囲を逸脱するものではない。たとえば、少なくとも後述する輸液セットに付加される構成であるフォトインタラプタの影響が及ばない内壁面の範囲には、被プラズマ改質部が形成されていなくてもよい。
【0033】
酸素プラズマによる点滴筒の内壁面のプラズマ処理は、次のようにして行なうことができる。たとえば、プラズマ装置(商品名:「FEMTO」、Diener electronic社製)を用いる。このプラズマ装置のチャンバ内に点滴筒を配置し、酸素プラズマを0.2〜0.3mbarの圧力下で5分間、照射することにより、被プラズマ改質部を形成することができる。
【0034】
なお、被プラズマ改質部が、酸素プラズマにより適切に改質されているか否かを確認するには、プラズマ処理した内壁面の箇所に液滴を滴下すればよい。酸素プラズマにより適切に改質されていれば、滴下した液滴が球形状でその場に留まらないで、濡れ拡がることとなる。
【0035】
本発明において被プラズマ改質部は、酸素プラズマを照射して形成することに限定されず、その他の種類のプラズマによって形成することもできる。さらに、プラズマを使用せず、代わりにプライマーを利用して内壁面を下塗りし、このプライマー上を上記コーティング剤で被覆してもよい。プライマーとは内壁面に直接塗布され、コーティング剤を被覆する際の下地の役割を果たす物質をいう。プライマーの一例としては、プライマー(商品名:「アクアミカNL120A」、メルクパフォーマンスマテリアルズ合同会社製)を用いることができる。
【0036】
ここで点滴筒の内壁面は、シリカ層を有し、上記コーティング剤が、該シリカ層上に塗布されていることも好ましい。具体的には、上述したプラズマ処理によって被プラズマ改質部を形成することに代えて、点滴筒の内壁面をシリカで被覆することにより、点滴筒の内壁面にシリカ層を形成する。このシリカ層上に上記コーティング剤を塗布することにより、点滴筒の内壁面に、10度以下の接触角を液滴に与える十分な濡れ性を具備させることができる。
【0037】
このシリカ層についても、点滴筒の内壁面の全部または一部に形成されることが好ましい。少なくとも後述する輸液セットに付加される構成であるフォトインタラプタの影響が及ばない内壁面の範囲には、シリカ層が形成されていなくてもよい。
【0038】
シリカによる点滴筒の内壁面の処理は、次のようにして行なうことができる。たとえば、上記アクアミカNL120Aをジブチルエーテルで希釈した溶液を点滴筒の内壁面に塗布し、乾燥させることにより、点滴筒の内壁面にシリカ層を形成することができる。
【0039】
点滴筒の内壁面にシリカ層で適切に被覆されているか否かを確認するには、被覆した内壁面の箇所に液滴を滴下すればよい。適切にシリカ層が形成されていれば、滴下した液滴が球形状でその場に留まらないで、濡れ拡がることとなる。
【0040】
<輸液セット>
本発明に係る輸液セットは、上記点滴筒と、この点滴筒の上方から挿入され、液滴を点滴筒の内部へ滴下する疎水性の点滴口を下端に有するノズルとを備えている。本実施形態ではその例示として、上記点滴筒と、下端の点滴口のみならず、全体が疎水性の樹脂からなるノズルとで輸液セットが構成されている。ノズルを構成している樹脂として、液滴が濡れ拡がらずに、点滴口の下端で成長する液滴の大きさが安定するものを用いることが好ましい。
【0041】
ここで本明細書において、ノズルの点滴口で成長中の液滴がその周囲に濡れ上がらない特性を有する場合に、ノズルを構成している樹脂は「疎水性」であるというものとする。ノズルを構成する樹脂としては、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、エチレン−プロピレン共重合体などを例示することができる。そして、ノズルの点滴口が疎水性であることにより、点滴口で成長中の液滴がその周囲に濡れ上がることがなく、二次元イメージセンサによる液滴の大きさの計測に支障が生ずるような不都合がないので好ましい。
【0042】
このような輸液セットは、次のような形態で用いられる。まず点滴筒が、たとえば人体より高い位置でスタンドに吊るされた輸液バッグから、人体に至る輸液ラインの途中に配置される。また、ノズルの上端は、この輸液バッグ側の輸液ラインを構成するチューブに接続される。ノズルの内部は点滴筒の内部へ連通し、その下端において、点滴筒内へ輸液の液滴を滴下する点滴口が形成されている。点滴筒の下部には一般に、輸液(薬液)が溜まる液溜まりが形成される。そして点滴筒の下端は、人体側の輸液ラインを構成するチューブに接続される。
【0043】
輸液バッグ内の輸液は、重力によってチューブ内を下方に向かって流れ、ノズルの内部に達する。ノズルの下端の点滴口において輸液の液滴が成長し、所定の大きさに達すると、液滴は点滴筒内へ滴下し、その下部の液溜まりに溜まる。その後、輸液は人体側の輸液ラインを構成するチューブを流れて人体に至る。
【0044】
本発明に係る輸液セットでは、ノズルの点滴口よりも下側において、点滴筒を挟んで対向または略対向する位置に、光を照射する1以上の発光素子およびこの光を受光する1以上の受光素子を配置し、滴下数をカウントするフォトインタラプタを備えることができる。さらに、ノズルの下端で成長中の液滴を撮影する撮像部(二次元イメージセンサ)と、この液滴を照らす照明部とを、点滴筒を挟んで対向または略対向する位置に配置することもできる。
【0045】
発光素子として、赤外発光ダイオード(赤外LED)を例示することができる。受光素子として、光検出器としてのフォトトランジスタ(フォトセンサ)を例示することができる。撮像部として、CMOSイメージセンサまたはCCDイメージセンサを例示することができる。照明部として、赤外LEDと導光板とを組み合わせた面発光赤外照明を例示することができる。
【0046】
そして輸液セットは、ノズルの点滴口から滴下した液滴が、たとえば液溜まりから跳ね返って点滴筒の内壁面に付着しても、内壁面が上記コーティング剤により被覆されているので、液滴がその場に留まらずに内壁面を伝って濡れ拡がり、内壁面に対して10度以下の接触角を与える。これにより、点滴筒内部の視認性が維持される。このため、フォトインタラプタによる液滴の滴下数のカウントに支障が生じることがない。また、二次元イメージセンサを利用した液滴の体積の計測に支障が生ずることもない。したがって、本発明の構成により、液滴の滴下数の正確なカウントが可能になり、液滴の体積の計測も適切に行なうことができ、たとえば、点滴の所定時間当たりの液量などを適切に制御することができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0048】
<実施例1>
実施例1では、8種のコーティング剤を点滴筒の外壁面にそれぞれ被覆し、この外壁面に液滴(水)を付着させたときに与えられる接触角を測定した。また、上記コーティング剤で被覆しない点滴筒の外壁面に対しても、液滴(水)を付着させたときに与えられる接触角を測定した。
【0049】
なお、本実施例1では、点滴筒の内壁面と外壁面とで素材が共通するため、外壁面で測定される水の接触角が、内壁面で測定される水の接触角と同等であるものとみなした。
【0050】
<点滴筒の準備>
直径15mm、全長50mmの略円筒形のエチレン−プロピレン共重合体からなる点滴筒を8本準備した。このうち7本は後述するように、各種のコーティング剤でそれぞれ被覆される。残り1本は、後述するように上記コーティング剤で被覆されない。
【0051】
<プラズマ改質>
まず、コーティング剤で被覆しない点滴筒を除く、7本の点滴筒の外壁面に対し、プラズマ装置(商品名:「FEMTO」、Diener electronic社製)により、0.2〜0.3mbarの圧力下で5分間、酸素プラズマによるプラズマ処理を行なった。
【0052】
次に、上記プラズマ処理を行なった7本の点滴筒の外壁面に対し、7種のコーティング剤の調製液でそれぞれ塗布し、続けて70℃で10分間乾燥することにより、各点滴筒の外壁面をコーティング剤により被覆した。以下、これら7本の点滴筒に関し、コーティング剤の種類ごとに試料1〜試料7と称することとする。なお上記調製液は、コーティング剤を水またはエタノールに希釈して溶解し、調製した液体のことである。
【0053】
<接触角の測定>
試料1〜試料7と、コーティング剤で被覆しなかった点滴筒(試料8と称する)との合計8本の点滴筒を平面に並べ、それぞれの外壁面へ注射針の先端から水を滴下し、それらの接触角を測定した。
【0054】
接触角の測定は、測定日初日と、測定日から15日経過後とに実施した。期間中、8本の点滴筒を70℃で保管して加速試験とした。
【0055】
表1に、試料1〜試料8において用いたコーティング剤の名称、ならびに測定日初日、および測定日から15日経過後(表中では「測定日初日」、「15日経過後」とそれぞれ表した)に測定した接触角を示す。
【0056】
【表1】
【0057】
<結果および考察>
表1から明らかなように、試料1〜7の点滴筒において、優れた濡れ性が示された。また加速試験であることから、試料1〜7の点滴筒は濡れ性が長期間良好に維持されることが分かった。なお、表1中、接触角(°)の欄の10以下とは、点滴筒の外壁面へ注射針で水を滴下したところ、外壁面で直ちに濡れて拡がり落ち、接触角を測定できなかったことから10度以下の接触角を与えたものと判断したことを示す。
【0058】
また、表1中、接触角(°)の欄の90以上とは、点滴筒の外壁面へ注射針で水を滴下したところ、液滴の球形状のまま外壁面に留まったことから、90度以上の接触角を与えたものと判断したことを示す。
【0059】
<実施例2>
実施例2では、図1A図1Bに示す構成の輸液セットを用い、点滴筒の内壁面をコーティング剤で被覆することの効果を調べた。
【0060】
具体的には図1A図1Bに示すように、輸液セットを、内壁面の全部が後述するコーティング剤で被覆されている点滴筒1と、この点滴筒1の上方から挿入され、液滴を点滴筒1の内部へ滴下する点滴口21を下端に有し、エチレン−プロピレン共重合体を素材として全体が疎水性となるノズル2とで構成した。
【0061】
さらに、この点滴口21より下側において、点滴筒1を挟んで対向または略対向する位置に、光を照射する1つの発光ダイオード31と、この光を受光する5つの検知用フォトセンサ32とを備えるフォトインタラプタ3を配置した。このフォトインタラプタ3は、検知用フォトセンサ32の下方に、点滴筒内の下部に形成される液溜まりの液面高さを、発光ダイオード31の光を受光することにより検知する液面高さ検知用フォトセンサ33も備えている。
【0062】
ここで、フォトインタラプタ3は、検知しようとする光が滴下する液滴によって遮られることにより、すなわち検知用フォトセンサ32に発光ダイオード31からの光が届かなくことにより、検知用フォトセンサ32から電圧(「センサ電圧」とも称する)を出力しなくなる。これにより、滴下する液滴を検知することができる。検知用フォトセンサ32が5つあるのは、点滴筒が傾くなどした場合に、ノズル2の点滴口21から滴下する液滴の経路が異なる場合でも、5つのうちのいずれかで滴下する液滴を捕えるためである。しかし、このとき点滴筒1の内壁面に液滴が付着しその場に留まっていると、液滴がレンズとなって発光ダイオード31の光を屈折させるので、滴下する液滴を検知用フォトセンサ32で正しく検知することができなくなってしまう可能性がある。
【0063】
さらに、図1Bでは、液溜まりの液位が高いため、発光ダイオード31の光(図中、破線で示す)が気液界面で屈折し、液面高さ検知用フォトセンサ33に到達していないが、液溜まりの液位が十分に低い場合、発光ダイオード31の光は、液面高さ検知用フォトセンサ33に到達する。このとき、点滴筒1の内壁面に液滴が付着しその場に留まっていると、液滴がレンズとなって発光ダイオード31の光を屈折させるので、液面高さ検知用フォトセンサ33で正しく液面高さを検知することができなくなってしまう可能性がある。
【0064】
また、図1A図1Bに示すように、フォトインタラプタ3では、発光ダイオード31から各検出センサ(検知用フォトセンサ32、液面高さ検知用フォトセンサ33)へ至る光路が、狭路に限定されている。これは、太陽光など外乱光の影響を極力排除するためである。しかし、点滴筒1の内壁面に液滴が付着しその場に留まっていると、液滴がレンズとなって発光ダイオード31の光を屈折させるため、発光ダイオード31から各検出センサへの光が、正しく到達しずらくなる傾向がある。
【0065】
このように、点滴筒1の内壁面に液滴が付着し、その場に留まらないようにする対策が必要であるため、実施例2において点滴筒1の内壁面をコーティング剤で被覆することの効果を調べた。
【0066】
<輸液セットを構成する点滴筒の準備>
実施例2では、輸液セットを構成する点滴筒として直径15mm、全長50mmの略円筒形のエチレン−プロピレン共重合体からなるものを用いた。まず、実施例に係る輸液セットを構成する点滴筒に対し、上記プラズマ装置(商品名:「FEMTO」、Diener electronic社製)を用いて酸素プラズマを0.2〜0.3mbarの圧力下で5分間の条件で照射し、プラズマ処理を行なった。この操作により、内壁面の全部に被プラズマ改質部を形成した。
【0067】
その後、この被プラズマ改質部を有する点滴筒に、コーティング剤(商品名「LAMBIC−400EP」、大阪有機化学工業株式会社製)の調製液を塗布し、続けて70℃で10分間乾燥した。これにより、被プラズマ改質部が1μm以下の厚みでコーティングされるようにし、内壁面に付着する液滴が10度以下の接触角を与えて十分に濡れ性が発揮される状態にした。このような実施例に対し、何らコーティング剤で被覆しなかった点滴筒を、比較例に係る輸液セットを構成する点滴筒として準備した。
【0068】
そして、実施例および比較例の輸液セットの点滴筒内の下部に液溜まりを形成し、この液溜まりへ、液滴を断続的に滴下し、滴下した液滴が跳ね返ることにより点滴筒の内壁面に液滴を付着させた。ただし、実施例の点滴筒においては、液滴(水滴)がすみやかに濡れ拡がるので、液滴は内壁面に残らない。この実施例および比較例において5つの検知用フォトセンサ(CH1〜5)から出力されるセンサ電圧(V)の値を記録した。その結果を、図2に示す。なお、比較例の点滴筒では、センサ電圧の記録中において、内壁面に付着した液滴が球形状のまま、その場で留まっているものも認められた。
【0069】
<結果および考察>
図2から明らかなように、コーティング剤で被覆されていない比較例の点滴筒では、内壁面に液滴が付着した影響により、フォトインタラプタを構成する5つの検知用フォトセンサ[チャンネル(CH)1〜5]が出力したセンサ電圧の値のバラツキが大きくなった。具体的には、内壁面に付着した液滴がレンズとして作用し、発光ダイオードからの光を屈折させることにより、5つの検知用フォトセンサのうちのCH1とCH4との出力が異常値を示した。すなわち、比較例では、液滴が内壁面に存在することにより、正確な滴下数のカウントが困難となる可能性がある。
【0070】
これに対して実施例では、5つの検知用フォトセンサの出力値は、大きく異なることなく安定していた。より具体的には、発光ダイオードの正面で対向するフォトセンサであるCH3が最大の出力値を示した。すなわち、実施例の点滴筒では、フォトインタラプタが作用するエリアの内壁面に液滴が存在せず、検知用フォトセンサの出力が安定することにより、正確な滴下数をカウントできることが理解される。
【0071】
ここで、上記実施例1、2ではエチレン−プロピレン共重合体を素材とした点滴筒を例にして説明したが、上述のように、点滴筒の素材は、疎水性樹脂であってエチレン−プロピレン共重合体以外にも、ポリエチレン(PE)、またはポリプロピレン(PP)などを用いることができる。これにより、点滴筒に求められる強度とともに、可視光および赤外光に対して透明であることを確保することができる。
【0072】
以上のように本発明の実施形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形したりすることも当初から予定している。
【0073】
今回開示された実施形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0074】
1 点滴筒、2 ノズル、21 点滴口、3 フォトインタラプタ、31 発光ダイオード、32 検知用フォトセンサ、33 液面高さ検知用フォトセンサ。
【要約】
点滴筒は、透明な樹脂からなり、コーティング剤により被覆されている内壁面を有し、前記内壁面に付着する液滴が、10度以下の接触角を与える。
図1A
図1B
図2