特許第6172575号(P6172575)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6172575
(24)【登録日】2017年7月14日
(45)【発行日】2017年8月2日
(54)【発明の名称】小胞体ストレス調節剤
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20170724BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20170724BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20170724BHJP
   A61K 31/711 20060101ALI20170724BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20170724BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C12N15/00 G
   A61K31/7105
   A61K31/711
   A61P3/10
【請求項の数】1
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2013-536458(P2013-536458)
(86)(22)【出願日】2012年9月28日
(86)【国際出願番号】JP2012075207
(87)【国際公開番号】WO2013047815
(87)【国際公開日】20130404
【審査請求日】2015年8月11日
(31)【優先権主張番号】61/540,708
(32)【優先日】2011年9月29日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】515238194
【氏名又は名称】親泊 政一
(72)【発明者】
【氏名】親泊 政一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 太二
【審査官】 白井 美香保
(56)【参考文献】
【文献】 RNA Biol.,2011年 8月,Vol.8 No.4,pages 648-664
【文献】 Biol Chem.,2010年,Vol.391, No.7,pages 791-801
【文献】 EMBO J.,2011年 2月,Vol.30,pages 835-845
【文献】 EMBO J.,2011年 3月,Vol.30,pages 797-799
【文献】 Mol Vis.,2011年 8月,Vol.17,pages 2228-2240
【文献】 Anal. Bioanal. Chem.,2011年 5月,Vol.401,pages 2051-2061
【文献】 Acta. Biochim. Biophys. Sin.,2009年,Vol.41, No.6,pages 472-477
【文献】 Circ. Res.,2010年,Vol.107,pages 810-817
【文献】 Nat. Cell Biol.,2011年 4月,Vol.13, No.4,pages 434-446
【文献】 Cell Res.,2011年 5月,Vol.21,pages 864-866
【文献】 Circulation,2008年,Vol.118,page S_550, Abstract 5441
【文献】 Biochem. Biophys. Res. Commun.,2009年,Vol.381,pages 81-83
【文献】 Exp. Biol. Med.,2003年,Vol.228,pages 1213-1217
【文献】 Intern. Med.,2003年,Vol.42, No.1,pages 7-14
【文献】 医学のあゆみ,2011年 5月,Vol.237, No.6,pages 714-719
【文献】 医学のあゆみ,2003年,Vol.205, No.10,pages 773-778
【文献】 J. Clin. Invest.,2002年,Vol.109, No.4,pages 525-532
【文献】 Proc. Natl. Acad. Sci. USA,2001年,Vol.98, No.19,pages 10845-10850
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/MEDLINE/BIOSIS(STN)
PubMed
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
miRNAの成熟miRNA配列の相補鎖配列を有し、且つ前記miRNAの機能を阻害するポリヌクレオチドであって、miRNAがmiR−23aであるポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター
を含有し、且つ糖尿病治療剤である小胞体ストレス抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小胞体ストレス調節剤及び小胞体ストレスの調節方法、さらには糖尿病治療剤及び糖尿病の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
小胞体ストレスとは、小胞体内において生合成途中の不安定なタンパク質が、物理的刺激や化学的刺激によって正常な折り畳み構造の構築に失敗し、異常タンパク質となって小胞体に蓄積する状態である。細胞は、このような小胞体ストレスを、小胞体ストレスセンサー(哺乳類の場合は、小胞体膜貫通タンパク質であるIRE1α、PERK、ATF6)を介し受容する。そして、受容されたシグナルの種類、例えばどの小胞体ストレスセンサーによって受容されたか等の情報に基づき、各種転写因子(XBP1、ATF4、ATF6α、ATF6β等)を活性化させる。この活性化により、これらの転写因子の標的遺伝子の発現が調節され、小胞体ストレス状態が調節される。
【0003】
近年、小胞体ストレスは、糖尿病、パーキンソン病やアルツハイマー病、ポリグルタミン病、プリオン病、筋萎縮生側索硬化症(ALS)等に代表される神経変性疾患、虚血性疾患など、非常に多様な疾患に関わっていることが報告されている。しかしながら、小胞体ストレスと疾患との関連には、依然として不明な部分が多い。そのため、このような関連を解明する為に、人為的に小胞体ストレスを調節する方法の開発が求められている。そして、小胞体ストレスと疾患との関連を解明することにより、種々の疾患の治療剤を開発することが求められている。
【0004】
一方、miRNAは、細胞内に存在する長さ20から25塩基ほどの1本鎖RNAであり、他の遺伝子の発現を調節する機能を有することが報告されている。また、miRNAの発現量が疾患の診断に重要であることが報告されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-125215号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、小胞体ストレス調節剤、及び小胞体ストレスを調節する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は鋭意研究をした結果、特定のmiRNAが小胞体ストレス応答に関連していることを見出した。そして、この知見に基づき、miRNAの発現量や機能を調節することにより、小胞体ストレスを調節(抑制又は誘導)できることを見出した。さらに、これらのmiRNAによる小胞体ストレス調節機構を解析した結果、miR-23aクラスターによって発現されるmiRNA(miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2)の機能亢進又は機能阻害が、糖尿病の治療に有効であることをも見出した。これらの知見に基づき、本発明が完成した。
【0008】
即ち、本発明は、下記の構成を有するものを包含する。
【0009】
項1.(A-1) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであるリボポリヌクレオチド、
(B-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド、
(C-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター、
(D-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-1)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター、
(A-2) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2からなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであるリボポリヌクレオチド、
(B-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド、
(C-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター、又は
(D-2a) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-2)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター
を含有する小胞体ストレス調節剤。
【0010】
項2.前記(A-1)のリボポリヌクレオチドが、配列番号1〜5及び17〜21からなる群から選択される少なくとも1種の配列からなるリボポリヌクレオチドであり、
前記(A-2)のリボポリヌクレオチドが、配列番号6〜16及び22〜32からなる群から選択される少なくとも1種の配列からなるリボポリヌクレオチドである、項1に記載の小胞体ストレス調節剤。
【0011】
項3.前記(A-1)のリボポリヌクレオチド、前記(B-1)のポリヌクレオチド、前記(C-1)の発現ベクター、又は前記(D-2a)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターを含有し、且つ小胞体ストレス抑制剤である項1に記載の小胞体ストレス調節剤。
【0012】
項3-1.前記(A-1)のリボポリヌクレオチドが、配列番号1〜5及び17〜21からなる群から選択される少なくとも1種の配列からなるリボポリヌクレオチドである、項3に記載の小胞体ストレス調節剤。
【0013】
項4.前記(A-2)のリボポリヌクレオチド、前記(B-2)のポリヌクレオチド、前記(C-2)の発現ベクター、又は前記(D-1)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターを含有し、且つ小胞体ストレス誘導剤である項1に記載の小胞体ストレス調節剤。
【0014】
項4-1.前記(A-2)のリボポリヌクレオチドが、配列番号6〜16及び22〜32からなる群から選択される少なくとも1種の配列からなるリボポリヌクレオチドである、項4に記載の小胞体ストレス調節剤。
【0015】
項5.(D-2b) miRNAの成熟miRNA配列の相補鎖配列を有し、且つ前記miRNAの機能を阻害するポリヌクレオチドであって、miRNAがmiR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2からなる群より選択される少なくとも1種であるポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター
を含有し、且つ糖尿病治療剤である項3に記載の小胞体ストレス調節剤。
【0016】
項5-1.前記miRNAがmiR-23aである、項5に記載の小胞体ストレス調節剤。
【0017】
項5-2.前記成熟miRNA配列が、配列番号7、8、16、23、24、及び32からなる群より選択される少なくとも1種である、項5に記載の小胞体ストレス調節剤。
【0018】
項5-3.前記成熟miRNA配列が、配列番号7、及び23からなる群より選択される少なくとも1種である、項5に記載の小胞体ストレス調節剤。
【0019】
項6.項1又は2に記載の小胞体ストレス調節剤を細胞と接触させる工程を有する、細胞内の小胞体ストレスの調節方法。
【0020】
項6-1.項3又は項3-1に記載の小胞体ストレス調節剤を細胞と接触させる工程を有する、細胞内の小胞体ストレスの抑制方法。
【0021】
項6-2.項4又は項4-1に記載の小胞体ストレス調節剤を細胞と接触させる工程を有する、細胞内の小胞体ストレスの誘導方法。
【0022】
項7.項1又は2に記載の小胞体ストレス調節剤を動物に投与する工程を有する、動物体内の、小胞体ストレスの調節方法。
【0023】
項7-1.項3又は項3-1に記載の小胞体ストレス調節剤を動物に投与する工程を有する、動物体内の、小胞体ストレスの抑制方法。
【0024】
項7-2.項4又は項4-1に記載の小胞体ストレス調節剤を動物に投与する工程を有する、動物体内の、小胞体ストレスの誘導方法。
【0025】
項8.項1又は2に記載の小胞体ストレス調節剤を動物に投与する工程を有する、小胞体関連疾患の治療方法。
【0026】
項8-1.前記小胞体ストレス関連疾患が、糖尿病、神経変性疾患、又は虚血性疾患である、項8に記載の治療方法。
【0027】
項8-2.前記小胞体ストレス関連疾患が、糖尿病である、項8に記載の治療方法。
【0028】
項9.項5〜項5-3のいずれかに記載の小胞体ストレス調節剤を動物に投与する工程を有する、動物体内の、糖尿病の治療方法。
【0029】
項10. 小胞体ストレス関連疾患の治療のためのポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターであって、前記ポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターが、
(A-1) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであるリボポリヌクレオチド、
(B-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド、
(C-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター、
(D-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-1)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター、
(A-2) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2からなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであるリボポリヌクレオチド、
(B-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド、
(C-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター、又は
(D-2a) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-2)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター
である、ポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター。
【0030】
項10-1.前記小胞体ストレス関連疾患が、糖尿病、神経変性疾患、又は虚血性疾患である、項10に記載のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター。
【0031】
項10-2.前記小胞体ストレス関連疾患が、糖尿病である、項10に記載のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター。
【0032】
項11.糖尿病の治療のためのポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターであって、
前記ポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターが、(D-2b) miRNAの成熟miRNA配列の相補鎖配列を有し、且つ前記miRNAの機能を阻害するポリヌクレオチドであって、miRNAがmiR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2からなる群より選択される少なくとも1種であるポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターである、ポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター。
【0033】
項11-1.前記miRNAがmiR-23aである、項9に記載のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター。
【0034】
項11-2.前記成熟miRNA配列が、配列番号7、8、16、23、24、及び32からなる群より選択される少なくとも1種である、項9に記載のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター。
【0035】
項11-3.前記成熟miRNA配列が、配列番号7、及び23からなる群より選択される少なくとも1種である、項9に記載のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター。
【0036】
項12.(A-1) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであるリボポリヌクレオチド、
(B-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド、
(C-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター、
(D-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-1)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター、
(A-2) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2からなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであるリボポリヌクレオチド、
(B-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド、
(C-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター、又は
(D-2a) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-2)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター
の、小胞体ストレスを調節するための使用。
【0037】
項13.(A-1) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであるリボポリヌクレオチド、
(B-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド、
(C-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター、
(D-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-1)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター、
(A-2) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2からなる群より選択される少なくとも1種のmiRNAであるリボポリヌクレオチド、
(B-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド、
(C-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター、又は
(D-2a) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-2)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド、若しくはその発現ベクター
の、小胞体ストレス調節剤を製造するための使用。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、小胞体ストレス調節剤、及び小胞体ストレスを調節する方法を提供することができる。また、各小胞体ストレスメディエーター依存的小胞体ストレス調節剤を提供することができる。そして、小胞体ストレス抑制剤及び小胞体ストレスの抑制方法、並びに小胞体ストレス誘導剤及び小胞体ストレスの誘導方法を提供することができる。さらに、新規な糖尿病治療剤及び糖尿病の治療方法をも提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1】miR-23aクラスター上のmiRNAの、小胞体ストレスによる発現量変化を示す。
図2】miR-23aクラスターの過剰発現による、小胞体ストレス関連遺伝子の発現量変化を示す。
図3】miR-23aクラスターの過剰発現による、細胞増殖率の変化を示す。
図4】miR-23aクラスターの過剰発現による、小胞体ストレスマーカー量の変化を示す。
図5】miR-23aクラスターの過剰発現による、変性タンパク質の増加を示す。
図6】miR-23aクラスターの過剰発現による、小胞体構造の変化を示す。
図7】miR-23aの機能阻害による、小胞体ストレス関連遺伝子の発現量変化を示す。
図8】miR-23aクラスターの過剰発現又はmiR-23aの機能阻害による、インシュリン分泌量の変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
1.小胞体ストレス調節剤
本発明は、(A-1) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aからなる群より選択される少なくとも1種のmiRNA(以下、「(A-1)のmiRNA」と示すこともある)であるリボポリヌクレオチド(以下、「(A-1)のリボポリヌクレオチド」と示すこともある)、
(B-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド(以下、「(B-1)のポリヌクレオチド」と示すこともある)、
(C-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター(以下、「(C-1)の発現ベクター」と示すこともある)、
(D-1) 前記(A-1)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-1)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド(以下、「(D-1)のポリヌクレオチド」と示すこともある)、若しくはその発現ベクター(以下、「(D-1)の発現ベクター」と示すこともある)、
(A-2) miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドであって、前記miRNAがmiR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2からなる群より選択される少なくとも1種のmiRNA(以下、「(A-2)のmiRNA」と示すこともある)であるリボポリヌクレオチド(以下、「(A-2)のリボポリヌクレオチド」と示すこともある)、
(B-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド(以下、「(B-2)のポリヌクレオチド」と示すこともある)、
(C-2) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの発現ベクター(以下、「(C-2)の発現ベクター」と示すこともある)、又は
(D-2a) 前記(A-2)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有し、且つ前記(A-2)のmiRNAの機能を阻害するポリヌクレオチド(以下、「(D-2a)のポリヌクレオチド」と示すこともある)、若しくはその発現ベクター(以下、「(D-2a)の発現ベクター」と示すこともある)
を含有する小胞体ストレス調節剤に関する。
【0041】
miRNAは、(A-1)のリボポリヌクレオチドにおいては、miR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aからなる群より選択される少なくとも1種であり、(A-2)のリボポリヌクレオチドにおいては、miR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2からなる群より選択される少なくとも1種である。これらのmiRNAは、小胞体ストレスメディエーター(小胞体ストレスに対して、細胞内の小胞体機能を維持(小胞体ストレスを緩和)するための遺伝子発現の変化を仲介する)依存的に小胞体ストレスによって発現量が変動する。したがって、これらのmiRNAの機能を亢進させたり阻害することにより、小胞体ストレスを調節(抑制又は誘導)することができる。以上より、これらのmiRNAの機能を亢進又は阻害する、(A-1)のリボポリヌクレオチド、(B-1)のポリヌクレオチド、(C-1)の発現ベクター、(D-1)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター、(A-2)のリボポリヌクレオチド、(B-2)のポリヌクレオチド、(C-2)の発現ベクター、及び(D-2a)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターは、小胞体ストレス調節剤として有用である。
【0042】
本発明の小胞体ストレス調節剤は、各小胞体ストレスメディエーターによって仲介される小胞体ストレスの調節剤としても有用である。小胞体ストレスは、その種類によって、3つの小胞体ストレスセンサー(哺乳類の場合は、小胞体膜貫通タンパク質であるIRE1α、PERK、ATF6)の内のいずれか若しくは複数のセンサーによって受容され、受容したセンサーの種類に基づき、下流の小胞体ストレスメディエーター(XBP1、ATF4、ATF6α、ATF6β等)が活性化される。そして、これらのメディエーターの内のいずれが活性化されるのかに従って、小胞体ストレスに対する細胞の生理的応答が異なる。したがって、各小胞体ストレスメディエーターによって仲介される小胞体ストレスの調節剤は、小胞体ストレスに対する細胞の生理的応答メカニズムの解明、ひいては小胞体ストレスが関与する疾患の治療方法の開発にとって、非常に有用なものである。
【0043】
miR-193b、miR-423、及びmiR-199a*は小胞体ストレスメディエーターであるATF4依存的に小胞体ストレスによって発現量が変動する。したがって、miRNAがmiR-193b、又はmiR-423である場合の(A-1)のリボポリヌクレオチド、(B-1)のポリヌクレオチド、(C-1)の発現ベクター、及び(D-1)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター、並びにmiRNAがmiR-199a*である場合の(A-2)のリボポリヌクレオチド、(B-2)のポリヌクレオチド、(C-2)の発現ベクター、及び(D-2a)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターは、ATF4によって仲介される小胞体ストレスの調節剤として有用である。
【0044】
miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aは小胞体ストレスメディエーターであるATF6β依存的に小胞体ストレスによって発現量が変動する。したがって、miRNAがmiR-15b、miR-20b、又はmiR-92aである場合の(A-1)のリボポリヌクレオチド、(B-1)のポリヌクレオチド、(C-1)の発現ベクター、及び(D-1)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターは、ATF6βによって仲介される小胞体ストレスの調節剤として有用である。
【0045】
miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、及びmiR-24-2は小胞体ストレスメディエーターであるXBP1依存的に小胞体ストレスによって発現量が変動する。したがって、miRNAがmiR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、又はmiR-24-2である場合の(A-2)のリボポリヌクレオチド、(B-2)のポリヌクレオチド、(C-2)の発現ベクター、及び(D-2a)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターは、XBP1によって仲介される小胞体ストレスの調節剤として有用である。
【0046】
miR-26a、miR-27b、及びmiR-143は小胞体ストレスメディエーターであるATF6α依存的に小胞体ストレスによって発現量が変動する。したがって、miRNAがmiR-26a、miR-27b、又はmiR-143である場合の(A-2)のリボポリヌクレオチド、(B-2)のポリヌクレオチド、(C-2)の発現ベクター、及び(D-2a)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターは、ATF6αによって仲介される小胞体ストレスの調節剤として有用である。
【0047】
本発明の小胞体ストレス調節剤は、小胞体ストレス抑制剤や、小胞体ストレス誘導剤(小胞体ストレス促進剤)としても有用である。miR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aは、小胞体ストレスメディエーター依存的に小胞体ストレスによって発現量が上昇する。したがって、miR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aについては、その機能亢進が小胞体ストレスを抑制する働きを有し、逆にその機能阻害が小胞体ストレスを誘導する働きを有することを示す。一方、miR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2は、小胞体ストレスメディエーター依存的に小胞体ストレスによって発現量が減少する。したがって、miR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2については、その機能阻害が小胞体ストレスを抑制する働きを有し、逆にその機能亢進が小胞体ストレスを誘導する働きを有する。以上より、miR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aの機能を亢進させる(A-1)のリボポリヌクレオチド、(B-1)のポリヌクレオチド、及び(C-1)の発現ベクター、並びにmiR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2の機能を阻害する(D-2a)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターは、小胞体ストレス抑制剤の有効成分として有用である。また、miR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2の機能を亢進させる(A-2)のリボポリヌクレオチド、(B-2)のポリヌクレオチド、及び(C-2)の発現ベクター、並びにmiR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aの機能を阻害する(D-1)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターは、小胞体ストレス誘導剤の有効成分として有用である。
【0048】
本発明の小胞体ストレス調節剤は、糖尿病治療剤としても有用である。miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2は、膵臓β細胞のインシュリン分泌を調節する。したがって、miRNAがmiR-23a、miR-27a、又はmiR-24-2、好ましくはmiR-23aである場合の(D-2a)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター、すなわち(D-2b) miRNAの成熟miRNA配列の相補鎖配列を有し、且つ前記miRNAの機能を阻害するポリヌクレオチドであって、miRNAがmiR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2からなる群より選択される少なくとも1種(好ましくはmiR-23a)であるポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター(以下、「(D-2b)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター」と示すこともある)は、糖尿病治療剤の有効成分として有用である。
【0049】
miRNAの生物種は、特に限定されず、例えばアカゲザル、ヒト、マウス、及びラット等の哺乳類、ニワトリ等の鳥類、アフリカツメガエル等の両生類、又はゼブラフィッシュ、メダカ、トラフグ等の魚類等が挙げられ、好ましくはアカゲザル、ヒト、マウス、及びラット等の哺乳類が挙げられる。miRNA配列は生物種間でよく保存されているため、種々の生物種のmiRNAを使用することができる。生物種間におけるmiRNA配列の同一性を、miR-23aを例に下記表1に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
miRNAの成熟miRNA配列は、公知のデータベース、例えばmiRBase(URL:http://www.mirbase.org/)から入手することができる。miRNAの成熟miRNA配列として、具体的には、例えば下記表2に示される配列番号1〜32、又は配列番号1〜32に示される配列に対して1若しくは複数個の塩基が置換、欠失、又は付加された配列が挙げられ、好ましくは配列番号1〜32、又は配列番号1〜32に示される配列に対して1若しくは2〜6個の塩基が置換、欠失、又は付加された配列、より好ましくは配列番号1〜32、又は配列番号1〜32に示される配列に対して1若しくは2〜4個の塩基が置換、欠失、又は付加された配列、さらに好ましくは配列番号1〜32、又は配列番号1〜32に示される配列に対して1若しくは2個の塩基が置換、欠失、又は付加された配列、よりさらに好ましくは配列番号1〜32、又は配列番号1〜32に示される配列に対して1個の塩基が置換、欠失、又は付加された配列、特に好ましくは配列番号1〜32が挙げられる。塩基の置換、欠失、又は付加は、後述のリボポリヌクレオチドがmiRNAとしての機能を有する限り、より具体的には標的遺伝子のmRNAに結合して、該mRNAからのタンパク質翻訳の抑制や該mRNAの分解を促進する機能を発揮する限りにおいて許容される。
【0052】
【表2】
【0053】
miRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチド((A-1)のリボポリヌクレオチド又は(A-2)のリボポリヌクレオチド)は一本鎖RNAである。該一本鎖RNAは、miRNAとしての機能を有する限り、より具体的には標的遺伝子のmRNAに結合して、該mRNAからのタンパク質翻訳の抑制や該mRNAの分解を促進する機能を発揮する限り公知の修飾がされていてもよい。例えば、細胞内での安定性(化学的および/または対酵素)や比活性(標的RNAとの親和性)を向上させるために、種々の化学修飾が施される。具体的には、ヌクレアーゼなどの加水分解酵素による分解を防ぐために、各リボヌクレオチドのリン酸残基(ホスフェート)を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネートなどの化学修飾リン酸残基に置換することができる。また、各リボヌクレオチドの糖(リボース)の2'位の水酸基を、-OR(Rは、例えばCH3(2'-O-Me)、CH2CH2OCH3(2'-O-MOE)、CH2CH2NHC(NH)NH2、CH2CONHCH3、CH2CH2CN等を示す)に置換してもよい。さらに、塩基部分(ピリミジン、プリン)に化学修飾を施してもよく、例えば、ピリミジン塩基の5位へのメチル基やカチオン性官能基の導入、あるいは2位のカルボニル基のチオカルボニルへの置換などが挙げられ る。さらには、リン酸部分やヒドロキシル部分が、例えば、ビオチン、アミノ基、低級アルキルアミン基、アセチル基等で修飾されたものなどを挙げることができるが、これに限定されない。RNAの糖部のコンフォーメーションはC2’−endo(S型)とC3’−endo(N型)の2つが支配的であり、一本鎖RNAではこの両者の平衡として存在するが、二本鎖を形成するとN型に固定される。したがって、標的RNAに対して強い結合能を付与するために、2’酸素と4’炭素を架橋することにより、糖部のコンフォーメーションをN型に固定したRNA誘導体であるBNA(LNA)(Imanishi, T. et al., Chem. Commun., 1653-9, 2002; Jepsen, J.S. et al., Oligonucleotides, 14, 130-46, 2004)やENA(Morita, K. et al., Nucleosides Nucleotides Nucleic Acids, 22, 1619-21, 2003)もまた、好ましく用いられ得る。
【0054】
なお、あるリボポリヌクレオチドが、特定のmiRNAとしての機能を有するかどうかは、そのリボポリヌクレオチドが導入された細胞内における、該特定のmiRNAの標的遺伝子の発現量を測定することにより判断することができる。より具体的には、あるリボポリヌクレオチドが導入された細胞内の、特定のmiRNAの標的遺伝子のmRNA又はタンパク質の発現量が、該リボポリヌクレオチドを導入しない対照細胞内の、前記標的遺伝子のmRNA又はタンパク質の発現量よりも低い場合には、そのポリヌクレオチドは、該特定のmiRNAの機能を有すると判断することができる。miRNAの標的遺伝子は、公知のプログラム、例えばmiRNAの標的遺伝子の予測プログラムであるTarget Scan(URL:http://www.targetscan.org/)に基づいて決定することができる。また、miR23aについては、本発明において、Derl1遺伝子及びBet1遺伝子が標的遺伝子であることが明らかとなったため、これらの遺伝子を標的遺伝子として採用することができる。
【0055】
(A-1)のリボポリヌクレオチド又は(A-2)のリボポリヌクレオチドは、公知の手法に従って細胞から単離することができる。例えば、細胞からmiRNAのような短い鎖長を有するRNAを分離し、この分離されたRNAから、成熟miRNA配列に相補的な配列を有するプローブが固定化された担体を用いて、特定のmiRNAの成熟miRNA配列からなるリボポリヌクレオチドを分離することができる。或いは、(A-1)のリボポリヌクレオチド又は(A-2)のリボポリヌクレオチドは、公知の手法に従って、化学合成により得ることもできる。この場合、天然に存在するmiRNAの成熟miRNA配列とは、異なる配列からなるリボポリヌクレオチドや、修飾されたリボポリヌクレオチドも、自由にデザインすることができる。
【0056】
(A-1)又は(A-2)のリボポリヌクレオチドの前駆体miRNA配列からなるポリヌクレオチド((B-1)のポリヌクレオチド又は(B-2)のポリヌクレオチド)とは、pri-miRNAから成熟miRNAを生成する細胞内代謝経路を経て、(A-1)又は(A-2)のリボポリヌクレオチドを生じるポリヌクレオチドを意味する。具体的には、(A-1)又は(A-2)のリボポリヌクレオチド配列を有するポリヌクレオチド、例えば(A-1)又は(A-2)のmiRNAのpri-miRNA配列からなるリボポリヌクレオチド、(A-1)又は(A-2)のmiRNAのpre-miRNA配列からなるリボポリヌクレオチド、又は(A-1)又は(A-2)のリボポリヌクレオチド(一本鎖RNA)とそれに相補的な配列を有する一本鎖DNA若しくはRNAとがハイブリダイズして形成された二本鎖核酸が挙げられる。(B-1)のポリヌクレオチド及び(B-2)のポリヌクレオチドは、上記(A-1)のリボポリヌクレオチド及び(A-2)のリボポリヌクレオチドと同様に、公知の修飾がされていてもよい。
【0057】
(B-1)のポリヌクレオチド又は(B-2)のポリヌクレオチドも、公知の手法に従って細胞から単離することができる。例えば、細胞からRNAを分離し、この分離されたRNAから、(A-1)又は(A-2)のmiRNAのpri-miRNA配列や、(A-1)又は(A-2)のmiRNAのpre-miRNA配列に相補的な配列を有するプローブが固定化された担体を用いて分離することができる。或いは、(B-1)のポリヌクレオチド又は(B-2)のポリヌクレオチドは、公知の手法に従って、化学合成により得ることもできる。この場合、天然に存在するmiRNAの成熟miRNA配列とは異なる配列からなるリボポリヌクレオチドや、修飾されたリボポリヌクレオチドも、自由にデザインすることができる。
【0058】
(C-1)の発現ベクター又は(C-2)の発現ベクターは、細胞内において、(A-1)のリボポリヌクレオチド又は(A-2)のリボポリヌクレオチドを発現できるベクターである限り特に限定されない。したがって、この限りにおいて、(A-1)のリボポリヌクレオチド又は(A-2)のリボポリヌクレオチドを転写することができる発現ベクターに限らず、(B-1)のポリヌクレオチド又は(B-2)のポリヌクレオチドを転写する発現ベクターであっても、転写された(B-1)のポリヌクレオチド又は(B-2)のポリヌクレオチドから、成熟miRNAを生成する細胞内代謝経路を経て(A-1)のリボポリヌクレオチド又は(A-2)のリボポリヌクレオチドが生成するため、本発明の発現ベクターとして用いることができる。このような発現ベクターとしては、各種市販されているベクター(例えば、microRNA Archive Human(TAKARA BIO)、BLOCK-iT Pol II miR RNAi Expression Vector(Invitrogen)、pCMV6-MIR(Cosmo Bio))をそのまま、或いはこれらのベクターに基づいて公知の方法に従って作成したベクターを用いることができる。
【0059】
(D-1)のポリヌクレオチド及び(D-2a)のポリヌクレオチドにおいて、(A-1)のリボポリヌクレオチド又は (A-2)のリボポリヌクレオチドの相補鎖配列を有するポリヌクレオチドとは、 (A-1)のmiRNA又は (A-2)のmiRNAの機能を阻害することができる限りにおいて特に限定されない。すなわち、(A-1)のmiRNA又は前記(A-2)のmiRNAの成熟miRNAに対して結合することにより、これらの成熟miRNAのmRNAに対する結合能を弱める(又は阻害する)限り、特に限定されない。したがって、(D-1)のポリヌクレオチド及び(D-2a)のポリヌクレオチドは、前記(A-1)のリボポリヌクレオチド又は前記(A-2)のリボポリヌクレオチドに対して完全に(100%)相補的な配列からなるポリヌクレオチドであってもよいし、該ポリヌクレオチドに対して1若しくは複数個、例えば1若しくは2〜6個、好ましくは1若しくは2〜4個、より好ましくは1若しくは2個、よりさらに好ましくは1個の塩基が置換、欠失、又は付加したポリヌクレオチドであってもよい。
【0060】
さらに、(D-1)のポリヌクレオチド及び(D-2a)のポリヌクレオチドとしては、前記(A-1)のリボポリヌクレオチド又は前記(A-2)のリボポリヌクレオチドに対して完全に(100%)相補的な配列からなるポリヌクレオチド、又は該ポリヌクレオチドに対して1若しくは複数個の塩基が置換、欠失、又は付加したポリヌクレオチドに、該ポリヌクレオチドを安定化するための公知配列が付加されたポリヌクレオチドも挙げられる。具体的には、例えば、Tough Decoy RNA(Nucleic Acids Res 37, e43(2009))等が挙げられる。
【0061】
なお、あるポリヌクレオチドが、(A-1)のmiRNA又は(A-2)のmiRNAの機能を阻害することができるかどうかは、そのポリヌクレオチドが導入された細胞内における、(A-1)のmiRNA又は(A-2)のmiRNA標的遺伝子の発現量を測定することにより判断することができる。より具体的には、あるポリヌクレオチドが導入された細胞内の、(A-1)のmiRNA又は(A-2)のmiRNAの標的遺伝子のmRNA又はタンパク質の発現量が、該ポリヌクレオチドを導入しない対照細胞内の、前記標的遺伝子のmRNA又はタンパク質の発現量よりも高い場合には、そのポリヌクレオチドは、(A-1)のmiRNA又は(A-2)のmiRNAの機能を阻害することができると判断することができる。(A-1)のmiRNA又は(A-2)のmiRNAの標的遺伝子は、公知のプログラム、例えばmiRNAの標的遺伝子の予測プログラムであるTarget Scan(URL:http://www.targetscan.org/)に基づいて決定することができる。また、miR23aについては、本発明において、Derl1遺伝子及びBet1遺伝子が標的遺伝子であることが明らかとなったため、これらの遺伝子を標的遺伝子として採用することができる。
【0062】
(D-1)のポリヌクレオチド及び(D-2a)のポリヌクレオチドは、1本鎖RNA、1本鎖DNA、2本鎖RNA、または2本鎖DNAでもよいが、好ましくは1本鎖RNA、又は1本鎖DNAである。
【0063】
(D-1)のポリヌクレオチド及び(D-2a)のポリヌクレオチドの発現ベクターは、細胞内において、(D-1)のリボポリヌクレオチド又は(D-2a)のリボポリヌクレオチドを発現できるベクターである限り特に限定されない。このようなベクターは各種市販されており、例えば、(D-1)のリボポリヌクレオチド又は(D-2a)のリボポリヌクレオチドがTough Decoy RNAである場合は、Tough Decoy miRNA-Blocking Expression Vector(TAKARA BIO)等を用いることができる。または、このようなベクターは、公知の方法に従って、例えばNucleic Acids Res 37, e43(2009)を参照して製造することもできる。
【0064】
本発明の小胞体ストレス調節剤は、常法によって適宜の製剤とすることができる。製剤の剤型としては溶液剤、乳剤、懸濁剤などの液剤、又は散剤、顆粒剤などの固形製剤が挙げられる。前述の液剤の製造方法としては、例えば(A-1)のリボポリヌクレオチド、(B-1)のポリヌクレオチド、(C-1)の発現ベクター、(D-1)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター、(A-2)のリボポリヌクレオチド、(B-2)のポリヌクレオチド、(C-2)の発現ベクター、又は(D-2a)のポリヌクレオチド若しくはそのベクターを溶剤と混合する方法や、さらに懸濁化剤や乳化剤を混合する方法を好適に例示することができる。また、製剤とする場合には、製剤上の必要に応じて、適宜の薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、緩衝剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、吸着剤、甘味剤、希釈剤などの任意成分を配合することができる。
【0065】
2.小胞体ストレス調節剤による小胞体ストレス調節方法
本発明は、上記小胞体ストレス調節剤を細胞と接触させる工程を有する、細胞内の小胞体ストレスの調節方法に関する。また、本発明は、上記小胞体ストレス調節剤を動物に投与する工程を有する、動物体内の、動物体内の、小胞体ストレスの調節方法に関する。さらに、本発明は、上記小胞体ストレス調節剤を動物に投与する工程を有する、小胞体関連疾患の治療方法に関する。
【0066】
小胞体ストレス調節剤の有効成分が、(A-1)のリボポリヌクレオチド、(B-1)のポリヌクレオチド、(C-1)の発現ベクター、又は(D-2a)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターである場合は、上記調節方法により、小胞体ストレスを抑制することができる。また、小胞体ストレス調節剤の有効成分が、(A-2)のリボポリヌクレオチド、(B-2)のポリヌクレオチド、(C-2)の発現ベクター、又は(D-1)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターである場合は、上記調節方法により、小胞体ストレスを誘導することができる。さらに、胞体ストレス調節剤の有効成分が、(D-2b)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクターである場合は、上記膵臓β細胞内の小胞体ストレスの調節方法により、インシュリン分泌量を増加させることができ、上記動物体内の小胞体ストレスの調節方法により、糖尿病を治療することができる。
【0067】
小胞体ストレス調節剤と接触させる細胞の由来生物としては、小胞体ストレス調節機構を有する生物である限り特に限定されない。具体的には、例えば、アカゲザル、ヒト、マウス、及びラット等の哺乳類、ニワトリ等の鳥類、アフリカツメガエル等の両生類、又はゼブラフィッシュ、メダカ、トラフグ等の魚類等が挙げられ、好ましくはアカゲザル、ヒト、マウス、及びラット等の哺乳類が挙げられる。
【0068】
小胞体ストレス調節剤と接触させる細胞の由来組織または由来臓器としても、小胞体ストレス調節機構を有する組織又は臓器である限り特に限定されない。具体的には、例えば、上皮組織、結合組織、筋組織、神経組織、胃、肝臓、血管、胸腺、筋肉、脂肪、骨、腸、神経、心臓、腎臓、膵臓、精巣、脳、肺、副腎、脾臓、又は皮膚等が挙げられ、好ましくは膵臓、神経、心臓、脂肪、又は血管等のような、小胞体ストレスが原因である疾患の発症臓器が挙げられる。
【0069】
細胞は、上記生物の組織又は臓器から、公知の手法に従って単離された細胞を用いてもよいが、株化されている細胞を用いてもよい。株化された細胞としては、種々の細胞、例えばCOS-7細胞、マウスAtT-20細胞、ラットGH3細胞、ラットMtT細胞、マウスMIN6細胞、Vero細胞、C127細胞、CHO細胞、HeLa細胞、L細胞、BHK細胞、BALB3T3細胞、293細胞、又はボウズ黒色腫細胞等が挙げられる。好適には、膵臓β細胞であるマウスMIN6細胞が挙げられる。
【0070】
小胞体ストレス調節剤と細胞との接触は、公知の方法に従って行うことができる。具体的には、例えば細胞を培養している培養培地中に、小胞体ストレス調節剤を添加することにより行われる。培地中の小胞体ストレス調節剤は、例えば細胞のエンドサイトーシスにより細胞内に導入される。導入の好適な態様としては、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、又はリポフェクション法等の公知の遺伝子導入方法により、小胞体ストレス調節剤を導入する態様が挙げられる。
【0071】
細胞へ接触させるために使用する小胞体ストレス調節剤の量としては、細胞の種類や細胞数によって適宜設定できる。具体的には、1000000細胞当たり、(A-1)のリボポリヌクレオチド、(B-1)のポリヌクレオチド、(C-1)の発現ベクター、(D-1)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター、(A-2)のリボポリヌクレオチド、(B-2)のポリヌクレオチド、(C-2)の発現ベクター、又は(D-2a)のポリヌクレオチド若しくは発現ベクターの量が1pg〜1gになるように、好ましくは100pg〜1mgになるような量が例示される。
【0072】
小胞体ストレス調節剤を投与する動物としては、小胞体ストレス調節機構を有する生物である限り特に限定されない。具体的には、例えば、アカゲザル、ヒト、マウス、及びラット等の哺乳類、ニワトリ等の鳥類、アフリカツメガエル等の両生類、又はゼブラフィッシュ、メダカ、トラフグ等の魚類等が挙げられ、好ましくはアカゲザル、ヒト、マウス、及びラット等の哺乳類が挙げられる。
【0073】
小胞体関連疾患としては、例えば糖尿病、パーキンソン病やアルツハイマー病、ポリグルタミン病、プリオン病、筋萎縮生側索硬化症(ALS)等に代表される神経変性疾患、虚血性疾患などを挙げることができる。特に治療に好ましい小胞体ストレスに起因する疾患としては、糖尿病や神経変性疾患を挙げることができる。
【0074】
小胞体ストレス調節剤の動物への投与は、小胞体ストレス調節剤の剤型に従って、公知の方法で行うことができる。例えば、剤型が液剤である場合は、経口投与、又は皮内注射、皮下注射、筋肉内注射、静脈内注射、若しくは腹腔内注射等の非経口投与により投与することができる。
【0075】
動物へ投与する小胞体ストレス調節剤の量は、投与形態、動物の年齢、体重等により適宜設定できる。具体的には、1日当たり、(A-1)のリボポリヌクレオチド、(B-1)のポリヌクレオチド、(C-1)の発現ベクター、(D-1)のポリヌクレオチド若しくはその発現ベクター、(A-2)のリボポリヌクレオチド、(B-2)のポリヌクレオチド、(C-2)の発現ベクター、又は(D-2a)のポリヌクレオチド若しくは発現ベクターの量が10μg〜100gになるような量が例示される。
【0076】
なお、小胞体ストレスの調節(抑制又は誘導)は、小胞体ストレス調節剤を接触させた細胞、又は小胞体ストレス調節剤が投与された動物内の細胞における、公知の小胞体ストレスマーカー量を測定することにより確認することができる。小胞体ストレスマーカーとしては、例えばBiPタンパク質、又はリン酸化eIF2α等が挙げられる。
【実施例】
【0077】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0078】
実施例1:小胞体ストレス調節剤のスクリーニング
小胞体ストレスの調節に関与するmiRNAのスクリーニングをマイクロアレイ解析により行った。具体的には下記の様に行った。
【0079】
[miRNAマイクロアレイ]
野生型のマウスの胎児(C57BL/6)、又は小胞体ストレス経路のメディエーター因子(ATF4、XBP1、ATF6α、又はATF6β)がノックアウトされたマウスの胎児から線維芽細胞を分離した(分離された細胞を、以下「マウス胎児線維芽細胞」若しくは「MEFs」と示すこともある)。なお、ATF4ノックアウトマウスは、公知の方法(例えばMol Cell 6, 1099-1108(2000)に記載の方法)に従って作成し、XBP1ノックアウトマウスは、公知の方法(例えばMol Cell Biol 23, 7448-7459(2003)に記載の方法)に従って作成し、ATF6αノックアウトマウス及びATF6βノックアウトマウスは、公知の方法(例えばDev Cell 13, 365-376(2007)に記載の方法)に従って作成した。ノックアウトマウス各マウス胎児線維芽細胞それぞれを培養している培地に、ツニカマイシンを、培地中での濃度が2μg/mlになるように加えて、さらに12時間又は24時間培養を続けることによりツニカマイシン処理した。このようにして得られたツニカマイシン処理済の各マウス胎児線維芽細胞及びツニカマイシン未処理の各マウス線維芽細胞から、グアニジンチオシアネートを用いて定法に従ってtotalRNAを抽出した。抽出されたtotalRNA中のmiRNAを、「miRNA Complete Labeling Kit」(Agilent Technologies)を用いてラベリングした。ラベリングされたmiRNAと、「Mouse miRNA Microarray Kit V2」(Agilent Technologies)に含まれる各種miRNA検出用のマイクロアレイスライドとをハイブリダイズさせ、その後マイクロアレイスライドを洗浄した。なお、ハイブリダイズ及び洗浄の条件は、「miRNA Complete Labeling Kit」の説明書に記載の方法に従って行った。洗浄後のマイクロアレイスライドを、「Agilent G2565 microarray scanner」(Agilent Technologies)を用いてスキャンし、スキャンされた画像から、「Feature Extraction」(Agilent Technologies)を用いてデータを抽出した。
【0080】
[データ解析]
miRNAマイクロアレイにより得られたデータから、
(基準a)野生型マウス胎児線維芽細胞(ツニカマイシン未処理)における発現量を1とした場合の、野生型マウス胎児線維芽細胞(ツニカマイシン処理済み)における発現量が、「2」以上であったmiRNAであり、且つ(基準b)小胞体ストレスのメディエーター因子がノックアウトされたマウスの胎児線維芽細胞(ツニカマイシン処理済み)における発現量を1とした場合の、野生型マウス胎児線維芽細胞(ツニカマイシン処理済み)における発現量が、「2」以上であったmiRNA、及び
(基準c)野生型マウス胎児線維芽細胞(ツニカマイシン未処理)における発現量を1とした場合の、野生型マウス胎児線維芽細胞(ツニカマイシン処理済み)における発現量が、「0.5」以下であったmiRNAであり、且つ(基準d)小胞体ストレスのメディエーター因子がノックアウトされたマウスの胎児線維芽細胞(ツニカマイシン処理済み)における発現量を1とした場合の、野生型マウス胎児線維芽細胞(ツニカマイシン処理済み)における発現量が、「0.5」以下であったmiRNA
を選別した。
【0081】
[結果]
結果を表3に示す。表3中、「WT 12h/WT UT」は、野生型マウス胎児線維芽細胞(ツニカマイシン未処理)における発現量を1とした場合の、野生型マウス胎児線維芽細胞(ツニカマイシンで12時間処理済み)における発現量を示し、「WT 12h/KO 12h」は、表2の左から2列目に記載の小胞体ストレスのメディエーター因子がノックアウトされたマウスの胎児線維芽細胞(ツニカマイシン処理済み)における発現量を1とした場合の、野生型マウス胎児線維芽細胞(ツニカマイシン処理済み)における発現量を示す。また、「up」は上記基準a及び基準bを満たしたmiRNAを示し、「down」は上記基準c及び基準dを満たしたmiRNAを示す。また、「Accession No.」、「ID」、及び「sequence」は、選別されたmiRNAの、miRNAデータベースである「miRBase」(2012年9月28日時点のURL:http://www.mirbase.org/)におけるAccession No.、ID、及び登録された塩基配列を示す。
【0082】
表3に示されるように、小胞体ストレス(ツニカマイシン処理)により、ATF4依存的に発現量が上昇するmiRNAとしてmiR-193b、及びmiR-423が選別され、ATF6β依存的に発現量が上昇するmiRNAとしてmiR-15b、miR-20b、及びmiR-92aが選別され、ATF4依存的に発現量が減少するmiRNAとしてmiR-199a*が選別され、XBP1依存的に発現量が減少するmiRNAとしてmiR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、及びmiR-24-2が選別され、ATF6α依存的に発現量が減少するmiRNAとしてmiR-26a、miR-27b、及びmiR-143が選別された(表3中、「WT 12h/WT UT」及び「WT 12h/KO 12h」、或いは「WT 24h/WT UT」及び「WT 24h/KO 24h」を参照)。
【0083】
ATF4、XBP1、ATF6α、及びATF6βは、小胞体ストレスに対して、細胞内の小胞体機能を維持(小胞体ストレスを緩和)するための遺伝子発現の変化を仲介するメディエーターであることが知られている。したがって、これらの小胞体ストレスメディエーター依存的に小胞体ストレスによる発現量が上昇するmiR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aについては、その発現量の上昇が小胞体ストレスを抑制する働きを有し、逆にその発現量の減少又は機能の低下が小胞体ストレスを誘導する働きを有することを示す。これに対して、これらの小胞体ストレスメディエーター依存的に小胞体ストレスによる発現量が減少するmiR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2については、その発現量の減少又は機能の低下が小胞体ストレスを抑制する働きを有し、逆にその発現量の上昇が小胞体ストレスを誘導する働きを有することを示す。
【0084】
すなわち、今回選別されたmiRNAの発現量を上昇させること、又は該miRNAの発現量を減少させることもしくは該miRNAの機能を阻害することにより、小胞体ストレスを調節(抑制又は誘導)できることが示された。より具体的には、miR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aの発現量を上昇させること、及びmiR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2の発現量を減少させること又は機能を阻害することにより、小胞体ストレスを抑制できること、並びにmiR-193b、miR-423、miR-15b、miR-20b、及びmiR-92aの発現量を減少させること又は機能を阻害すること、及びmiR-199a*、miR-23a、miR-27a、miR-29b、miR-181b、miR-196a、miR-221、miR-26a、miR-27b、miR-143、及びmiR-24-2の発現量を上昇させることにより、小胞体ストレスを誘導できることが示された。
【0085】
【表3】
【0086】
実施例2: miR-23aクラスター上のmiRNA(miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2)の小胞体ストレスの調節への関与
上記実施例1で選別された、同一クラスター(miR-23aクラスター)上に存在するmiRNA(miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2)について、小胞体ストレスによる発現量の変化を、RT-qPCRによってより詳細に解析した。具体的には下記の様に行った。
【0087】
[RT-qPCR]
実施例1と同様にして得られた、ツニカマイシン未処理若しくはツニカマイシン処理済みの野生型マウス胎児線維芽細胞、又はツニカマイシン未処理若しくはツニカマイシン処理済みの、XBP1がノックアウトされたマウスの胎児線維芽細胞から、「mirVana miRNA Isolation Kit」(Applied Biosystems)を用いてmiRNAを抽出した。抽出されたmiRNAに、公知の方法に従ってpoly(A) tailを付加した。poly(A) tail付加済みのmiRNAから、「ReverTra Ace qPCR RT Kit」(Toyobo)を用いてオリゴdTプライマーにより逆転写を行った。miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2をそれぞれ検出するプライマーを用いてqPCRを行った。なお、qPCR用の装置としては「7900HT Fast Real-Time PCR System」(Life Technologies)を使用した。miRNA検出用プライマーの配列と配列番号を表4に示す。
【0088】
【表4】
【0089】
[結果]
結果を図1に示す。miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2全てにおいて、野生型マウス胎児線維芽細胞(図1中、XBP1 WT)においてはツニカマイシン処理(Tun+)による発現量の現象が観察され、XBP1ノックアウトマウスの胎児線維芽細胞においてはツニカマイシン処理(Tun+)による発現量の減少は観察されなかった。このことは、miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2全て、小胞体ストレスによって、XBP1依存的に発現量が減少することを強く示す。
【0090】
実施例3:小胞体ストレスの誘導
miR-23aクラスター上に存在するmiRNA(miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2)を過剰発現することにより、小胞体ストレスの誘導実験を行った。
【0091】
実施例3-1:miR-23aクラスター過剰発現による、遺伝子発現の変化
miR-23aクラスターを過剰発現させ、小胞体ストレス関連遺伝子の発現量を測定した。具体的には下記の様に行った。
【0092】
[miR-23aクラスター発現ベクターの調製]
制限酵素サイトを付加したプライマーを用いたPCRにより、マウスゲノムDNAを鋳型DNAとして、miR-23aクラスターのDNA領域を増幅した。用いたプライマー配列を下記表5に示す。増幅されたDNA断片を、プライマーに付加された制限酵素サイトを利用して、pCDF1-MCS2-EF1-Puro lentiviral expression vector(System Biosciences)にクローニングした。
【0093】
【表5】
【0094】
[miR-23aクラスターの過剰発現]
miR-23aクラスター発現ベクターを、定法に従ってCOS7細胞に導入した。導入試薬としては、polyethylenimine(Polysciences)を用いた。導入細胞を、実施例1と同様にツニカマイシン処理した。miR-23aクラスター発現ベクターを導入していない細胞(ツニカマイシン未処理)、miR-23aクラスター発現ベクターを導入していない細胞(ツニカマイシン処理済み)、miR-23aクラスター発現ベクターをベクターが導入された細胞(ツニカマイシン未処理)、及びmiR-23aクラスター発現ベクターをベクターが導入された細胞(ツニカマイシン処理済み)のそれぞれについて、実施例2と同様にmiR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2の発現量を定量した。
【0095】
[小胞体ストレス関連遺伝子の発現量の測定]
miR-23aクラスター発現ベクターを導入していない細胞(ツニカマイシン未処理)、miR-23aクラスター発現ベクターを導入していない細胞(ツニカマイシン処理済み)、miR-23aクラスター発現ベクターをベクターが導入された細胞(ツニカマイシン未処理)、及びmiR-23aクラスター発現ベクターをベクターが導入された細胞(ツニカマイシン処理済み)のそれぞれから、グアニジンチオシアネートを用いてtotalRNAを抽出した。抽出されたtotalRNA中の、小胞体ストレス関連遺伝子(Dnajb9、Derl1、Park2、Bet1、Ssr3、Mcfd2、Slc7a11、及びElovl3)のmRNA量を、実施例2と同様に定量した。用いたプライマー配列を表6に示す。
【0096】
【表6】
【0097】
[結果]
結果を図2に示す。図2中、上段は、miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2の発現量の定量結果を示す。この結果より、miR-23aクラスター発現ベクターを導入していない細胞(図2中、「mock」)と比べて、miR-23aクラスター発現ベクターの導入細胞(図2中、「miR-23a cl.」)においてmiR-23aクラスター(miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2)の発現量の上昇、すなわちこれらのmiR-23aクラスターが過剰発現していることが示された。また、図2中、中段及び下段は、小胞体ストレス関連遺伝子の発現量の定量結果を示す。この結果より、miR-23aクラスター過剰発現(図2中、「miR-23a cl.」)により、タンパク質の折りたたみに関与するDnajb9、小胞体内に蓄積した異常タンパク質の分解に関与するDerl1及びPark2、タンパク質の輸送に関与するBet1、Ssr3、Mcfd2、及びSlc7a11、並びにタンパク質代謝に関与するElovl3の発現量が減少することが示された。
【0098】
実施例3-2:miR-23aクラスター過剰発現の、細胞死への影響
miR-23aクラスターを過剰発現させ、改変MTTアッセイにより細胞増殖効率の変化を測定した。さらに、miR-23aクラスターを過剰発現した細胞をツニカマイシンで処理し、アポトーシスの有無を観察した。具体的には下記の様に行った。
【0099】
[改変MTTアッセイ]
実施例3-1と同様にmiR-23aクラスター発現ベクターをCOS7細胞に導入した。導入した日を0日目とし、導入後2日目に、miR-23aクラスター発現ベクター導入細胞、及び該ベクターを導入していない細胞の細胞数を同一に調整し、培養プレート上に播種した。さらに培養を続け、導入後3日目、4日目、及び5日目に細胞を回収し、「Cell Counting Kit-8」(Dojin)を用いて改変MTTアッセイを行い、細胞数を測定した。
【0100】
[アポトーシスの有無の観察]
実施例3-1と同様にmiR-23aクラスター発現ベクターをCOS7細胞に導入した。ベクターが導入された細胞の培養培地に、ツニカマイシンを、培地中の濃度が0.1μg/mlになるように添加し、さらに36時間培養した。培養後の細胞をHoecst 33258(死細胞(アポトーシス細胞)の各のみを染色するが、生細胞の核は染色しない)で染色し、「DMI6000B fluorescent microscope」(Leica)を用いて、蛍光観察した。
【0101】
[結果]
改変MTTアッセイの結果を図3の左側(a)に示す。この結果より、miR-23aクラスター発現ベクターをベクターが導入された細胞(図3中、「miR-23a cl.」)は、該ベクターを導入していない細胞(図3中、「mock」)よりも、細胞増殖速度が遅いこと、すなわちmiR-23aクラスターの過剰発現により、細胞増殖が抑制されることが示された。また、アポトーシスの有無の観察結果を図3の右側(b)に示す。この結果より、miR-23aクラスター発現ベクターをベクターが導入された細胞においては、低濃度でのツニカマイシン処理でさえアポトーシスを誘導することが示された。
【0102】
実施例3-3:miR-23aクラスター過剰発現による、小胞体ストレスを示すタンパク質の発現変化
miR-23aクラスターを過剰発現させ、小胞体ストレスマーカーであるBiPタンパク質の発現及びeIF2αのリン酸化をイムノブロッティングにより検出した。具体的には下記の様に行った。
【0103】
[イムノブロッティング]
実施例3-1と同様にmiR-23aクラスター発現ベクターをCOS7細胞に導入した。ベクターが導入された細胞の培養培地に、ツニカマイシンを、培地中の濃度が2μg/mlになるように添加し、さらに9時間培養した。培養後、回収した細胞を、プロテアーゼ阻害剤及びホスファターゼ阻害剤を含むRIPAバッファー中で溶解し、定法に従ってイムノブロッティングを行った。なお、1次抗体としては、BiPタンパク質検出用としてanti-KDES(M181-3, MBL)を使用し、eIF2αタンパク質検出用としてanti-eIF2α(sD-7629, Santa Cruz)を使用し、リン酸化eIF2αタンパク質検出用としてanti-phospho-eIF2α(#3398, Cell Signaling)を使用した。
【0104】
[結果]
結果を図4に示す。図4中、「miR-23a cl.」が「+」で「Tun(ツニカマイシン)が「−」のサンプルにおけるBiPタンパク質及びリン酸化eIF2αの量は、「miR-23a cl.」が「−」で「Tun(ツニカマイシン)が「+」のサンプルにおけるBiPタンパク質及びリン酸化eIF2αの量と同程度であった。このことから、miR-23aクラスターの過剰発現により、ツニカマイシンと同程度に小胞体ストレスが惹起されることが示された。
【0105】
実施例3-4:miR-23aクラスター過剰発現による、アグリソーム中の変性タンパク質の増加
miR-23aクラスターを過剰発現させ、アグリソーム中の変性タンパク質を染色することにより検出した。具体的には下記の様に行った。
【0106】
[アグリソーム中の変性タンパク質の検出]
実施例3-1と同様にmiR-23aクラスター発現ベクターをCOS7細胞に導入した。ベクターが導入された細胞の培養培地に、ツニカマイシンを、培地中の濃度が2μg/mlになるように添加し、さらに24時間培養した。培養後、「ProteoStat Aggresome Detection Kit」(Enzo Life Sciences)を用いて染色し、「DMI6000B fluorescent microscope」(Leica)を用いて、蛍光観察した。
【0107】
[結果]
結果を図5に示す。図5中、図5の上段の「mock」と「miR-23a cl.」との比較より、miR-23aクラスターの過剰発現により変性タンパク質が増加することが示された。
【0108】
実施例3-5:miR-23aクラスター過剰発現による、小胞体構造の変化
miR-23aクラスターを過剰発現させ、小胞体構造を検出した。具体的には下記の様に行った。
【0109】
[小胞体構造の検出]
実施例3-1と同様にmiR-23aクラスター発現ベクターをCOS7細胞に導入した。この導入と同時に、小胞体局在化シグナルを有する蛍光タンパク質を発現するベクター(pDsRed2-EF)を導入した。ベクターが導入された細胞の培養培地に、ツニカマイシンを、培地中の濃度が2μg/mlになるように添加し、さらに12時間培養した。一方で、ベクターが導入された細胞の培養培地に、brefeldin A(BFA)を、培地中の濃度が10μg/mlになるように添加し、さらに1時間培養した。培養後の細胞を、「DMI6000B fluorescent microscope」(Leica)を用いて、蛍光観察した。
【0110】
[結果]
結果を図6に示す。図6中、miR-23aクラスターを過剰発現させた細胞(図6中、「miR-23a cl.」)において、蛍光強度が高い点状のスポットが観察された。このことから、miR-23aクラスター過剰発現により、小胞体構造が変化することが示唆された。
【0111】
実施例4:小胞体ストレスの抑制
miR-23aクラスター上に存在するmiRNA(miR-23a、miR-27a、及びmiR-24-2)の機能を阻害することにより、小胞体ストレスの抑制実験を行った。具体的には、miR-23aの機能を阻害することによる、小胞体ストレス関連タンパク質の発現量の変化を調べた。
【0112】
[miR-23a Tough Decoy miRNA発現ベクターの調製]
公知の方法(例えば、Nucleic Acids Res 37, e43(2009)に記載の方法)に従って、miRNA発現ベクター(pSilencer2.1-U6-hygro)を適当な制限酵素で切断し、Tough Decoy RNA骨格(配列番号55及び56で表されるDNAをアニーリングさせた断片)を挿入した。さらに、このベクターを適当な制限酵素サイトで切断し、配列番号57及び58で表されるDNAをアニーリングさせた断片を挿入した。このベクターからは、配列番号7で表される成熟miR-23a配列の内部に4塩基(AAGU)が挿入された配列に対する相補配列(配列番号58及び59部分)を有するmiR-23a Tough Decoy miRNAが転写される。この様なベクターから転写される特徴的な構造を有するTough Decoy miRNAは、優れたmiRNA阻害活性及び安定性を有することが知られている(Nucleic Acids Res 37, e43(2009)等)。ベクター作成に使用したDNAの配列を下記表7に示す。
【0113】
【表7】
【0114】
[miR-23a Tough Decoy miRNA発現によるmiR-23aの抑制]
miR-23a Tough Decoy miRNA発現ベクターを、定法に従ってMIN6細胞に導入した。導入試薬としては、polyethylenimine(Polysciences)を用いた。ベクターが導入された細胞の培養培地に、ツニカマイシンを、培地中の濃度が2μg/mlになるように添加し、さらに12時間培養した。
【0115】
[小胞体ストレス関連遺伝子の発現量の測定]
細胞から、グアニジンチオシアネートを用いてtotalRNAを抽出した。抽出されたtotalRNA中の、小胞体ストレス関連遺伝子(Derl1、及びBet1)のmRNA量を、実施例3と同様に定量した。用いたプライマー配列を下記表8に示す。
【0116】
【表8】
【0117】
[結果]
結果を図7に示す。この結果より、miR-23a Tough Decoy miRNA発現(図7中、「miR-23a TuD」)により、小胞体内に蓄積した異常タンパク質の分解に関与するDerl1、及びタンパク質の輸送に関与するBet1の発現量が増加することが示された。このことは、miR-23aの機能阻害により、小胞体ストレスを抑制(緩和)させることができることを示す。
【0118】
実施例5:miR-23aクラスターによるインシュリン分泌の調節
miR-23aクラスターを過剰発現させ、或いはmiR-23aを機能阻害し、インシュリンの分泌量、及びタンパク質の輸送に関与するBet1の発現量を測定した。具体的には下記の様に行った。
【0119】
実施例3-1と同様にmiR-23aクラスター発現ベクターをMIN6細胞に導入した。一方で、実施例4と同様にmiR-23a Tough Decoy miRNA発現ベクターをMIN6細胞に導入した。ベクターが導入された細胞の培養培地に、0.5%の濃度でBSAを含有するKRBH緩衝液(グルコース含む)を、培地中のグルコース濃度が3mMになるように添加し、さらに30分間培養した。30分間の培養後、0.5%の濃度でBSAを含有するKRBH緩衝液(グルコース含む)を、培地中のグルコース濃度が20mMになるように添加し、さらに7時間培養した。7時間の培養後、培養培地中に分泌されたインシュリンの濃度を、AlphaLISA Insulin Kit(PerkinElmer)を用いて測定した。一方、7時間の培養後の細胞を回収し、実施例4と同様にBet1のmRNA量を定量した。
【0120】
結果を図8に示す。miR-23aクラスターを過剰発現させた細胞(「miR-23 cl.」)は、mockに比べてインシュリンの分泌量が減少した。これに対して、miR-23aが機能阻害された細胞(「miR-23 TuD」)は、mockに比べてインシュリンの分泌量が増加した。これらの結果より、miR-23aクラスターを過剰発現させたり、機能阻害することにより、インシュリン分泌を調節できることが示された。特に、miR-23aを機能阻害することは、インシュリン分泌の増加を引き起こすため、糖尿病の治療に有用であることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]