(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記生体由来管状体が、綿羊頸動脈、山羊頸動脈、仔牛頸動脈、駝鳥頸動脈、七面鳥頸動脈、鶏頸動脈、アヒル頸動脈、合鴨頸動脈、ホロホロ鳥頸動脈、綿羊尿管、山羊尿管、豚尿管、牛尿管、馬尿管、綿羊頸静脈、山羊頸静脈、駝鳥頸静脈、牛頸静脈、及び馬頸静脈からなる群より選択される少なくとも一種である請求項1に記載の人工血管。
酸性ムコ多糖類、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコール誘導体、ポリビニルアルコール、中性アミノ酸、親水性アミノ酸、及び酸性アミノ酸からなる群より選択される少なくとも一種が前記生体由来管状体の内面組織に共有結合し、前記生体由来管状体の内面組織に親水性が付与されている請求項1〜3のいずれか一項に記載の人工血管。
血液透析用内シャント人工血管、静脈用代用血管、心臓血管系のパッチ材、内径6mm以下の領域の代用血管、心血管系弁付血液導管、又は心血管系弁付パッチとして用いられる請求項1〜7のいずれか一項に記載の人工血管。
前記生体由来管状体の内腔に塩基性タンパク質溶液を注入して管腔内圧を負荷した後、前記生体由来管状体の内腔にヘパリンを注入して、前記生体由来管状体の内面組織に抗血栓性を付与する工程をさらに有する請求項9〜11のいずれか一項に記載の人工血管の製造方法。
【背景技術】
【0002】
細い動脈の閉塞時のバイパス用、又は血液透析患者が使用する内シャント用の人工血管として、e−PTFEやポリウレタンを素材とする人工血管が知られている。例えば、特許文献1には、e−PTFE graftが記載されている。また、特許文献2には、ポリウレタン製の人工血管が記載されている。
【0003】
ポリウレタンやe−PTFEを素材とする人工血管は、内径6mm超では開存性や取扱い性も優れ、臨床使用実績も多い。但し、内径6mm以下では内腔面に血栓が付着しやすく閉塞しがちである。また、生体血管に比べると柔軟性、弾性、応力ひずみ特性などの機械的特性で著しく劣るため、生体血管類似の特性を出すことが困難である。したがって、吻合部では細くて柔軟なホストの血管との物性的ミスマッチが生じやすい。また、細くなると血栓性閉塞も生じやすくなるため、e−PTFEやポリウレタンを素材とする内径5mm未満の人工血管は実用的であるとは言えない。
【0004】
動物の血管などの生体由来管状体を用いて抗血栓性と柔軟性の問題を解決しようとする試みがある。生体由来管状体を用いて作製した人工血管の内面に血栓が付着しないようにするには、内面に抗血栓性を付与しておくことが効果的である。例えば、ヘパリンなどの抗凝固薬を固定する技術が特許文献4〜6で提案されている。しかしながら、ヘパリンなどの抗凝固薬の固定を生体由来管状体の内表面にのみ限定して固定することが困難であるといった問題がある。生体由来管状体は厚みが200〜500μm程度と薄いため、壁全層にヘパリンが浸透してしまうために、血管吻合に用いた縫合糸に沿った針孔から血液が漏れ始め、止血困難となる可能性がある。
【0005】
異種移植の場合、人工血管の抗原性を低下させておく必要がある。抗原性を発揮する動物組織の蛋白質を架橋処理して不溶化することで、抗原性を低下させることができる。架橋剤としては、フォルムアルデヒド、ヘキサメチレンジイソシアナート、ジアルデヒドスターチ等の他、臨床現場ではグルタールアルデヒドが多用されている。架橋処理することによって、力学的な強度が得られるとともに、植え込み後の生体内における各種酵素からの攻撃に耐えることができる。しかしながら、グルタールアルデヒドで架橋した組織は疎水性が高くなるとともに、生体組織に由来する柔軟性が消失して硬化してしまう。このため、吻合部でホストの血管との物性的ミスマッチが生じやすい。
【0006】
生体由来管状体を基材として用いた人工血管の場合、生体組織に特有の柔軟性を可能な限り生かすことが望まれる。人工血管の柔軟性については、例えば、屈曲性と伸展性に分けて数値的に表現することができる。屈曲性は、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定される曲率半径によって客観的に表現することができる。また、伸展性は、流路方向(長軸方向)の可逆的伸展率によって客観的に表現することができる。
【0007】
透析に用いるシャントグラフトは、前腕部分の皮下組織内に屈曲させて植え込むことが多いため、曲率半径が4cm以下であることが望まれる。特許文献3で提案されたような、人臍帯由来の静脈をグルタールアルデヒドで架橋した人工血管(例えば、商品名「MEADOX DARDIK BIOGRAFT」、Meadox社製、内径5mm)の曲率半径は9.5cmであり、流路方向の可逆的伸展率は7.0%であった。また、仔牛頸動脈をグルタールアルデヒドで架橋した人工血管(例えば、商品名「BIOFLOW」、BIO−VASCULAR B.V.社製、内径4mm)の曲率半径は11cmであり、可逆的伸展率は6.5%であった。すなわち、グルタールアルデヒドで架橋して得た人工血管は生体組織に由来する柔軟性が消失しているため、前腕部分の皮下組織内に屈曲させて植え込むように使用することは困難である。
【0008】
生体組織の柔軟性を維持する架橋方法として、多官能脂肪族エポキシ化合物を用いた架橋方法が提案されている(例えば、特許文献4、5、7及び8)。多官能脂肪族エポキシ化合物は、フリージョイントの役割を果たすエーテル結合を分子中に有するため、生体組織の柔軟性が架橋後もある程度維持される。また、エポキシ基の反応によって水酸基が生成するため、得られる人工血管の親水性も向上する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、特許文献4、7及び8で提案された条件にしたがって動物由来の動脈を多官能脂肪族エポキシ化合物で架橋し、得られた架橋物の柔軟性について評価した。その結果、グルタールアルデヒドで架橋した場合に比べて、多官能脂肪族エポキシ化合物で架橋した場合には、得られる架橋物の柔軟性が顕著に維持されていることが分かった。しかしながら、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した、動物由来の動脈を多官能脂肪族エポキシ化合物で架橋して得られた架橋物の曲率半径は4.5cm以上であることも分かった。すなわち、生体由来管状体を多官能脂肪族エポキシ化合物によって単に架橋しただけでは、血液透析シャントグラフトとして十分な特性を有する架橋物(人工血管)を得ることは困難であることが判明した。
【0011】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、生体由来管状体に由来する優れた柔軟性(屈曲性及び伸展性)を有する人工血管、及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明によれば、以下に示す人工血管が提供される。
[1]生体由来管状体の少なくとも一部が架橋剤により化学架橋されてなる、内径6mm以下の人工血管であって、
前記生体由来管状体が弾性線維及び内弾性板を有するとともに、前記弾性線維及び前記内弾性板が化学架橋されており、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定される曲率半径が4cm以下であり、流路方向の可逆的伸展率が10%以上である人工血管
。
[2]前記生体由来管状体が、綿羊頸動脈、山羊頸動脈、仔牛頸動脈、駝鳥頸動脈、七面鳥頸動脈、鶏頸動脈、アヒル頸動脈、合鴨頸動脈、ホロホロ鳥頸動脈、綿羊尿管、山羊尿管、豚尿管、牛尿管、馬尿管、綿羊頸静脈、山羊頸静脈、駝鳥頸静脈、牛頸静脈、及び馬頸静脈からなる群より選択される少なくとも一種である前記[1
]に記載の人工血管
。
[3]前記内弾性板の流路方向に直交する断面の内側形状が波形であり、
前記波形の深さ(D)に対する幅(W)の比(W/D)の平均値が1〜5である前記[
1]
又は[2]に記載の人工血管。
[
4]酸性ムコ多糖類、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコール誘導体、ポリビニルアルコール、中性アミノ酸、親水性アミノ酸、及び酸性アミノ酸からなる群より選択される少なくとも一種が前記生体由来管状体の内面組織に共有結合し、前記生体由来管状体の内面組織に親水性が付与されている前記[1]〜[
3]のいずれかに記載の人工血管。
[
5]前記生体由来管状体の内面組織に塩基性タンパク質を介してヘパリンが結合している前記[1]〜[
4]のいずれかに記載の人工血管。
[
6]前記生体由来管状体の外面組織にはヘパリンが結合していない前記[
5]に記載の人工血管。
[
7]外側に配置される合成高分子材料製のメッシュをさらに備える前記[1]〜[
6]のいずれかに記載の人工血管。
[
8]血液透析用内シャント人工血管、静脈用代用血管、心臓血管系のパッチ材、内径6mm以下の領域の代用血管、心血管系弁付血液導管、又は心血管系弁付パッチとして用いられる前記[1]〜[
7]のいずれかに記載の人工血管。
【0013】
また、本発明によれば、以下に示す人工血管の製造方法が提供される。
[
9]前記[1]〜[
8]のいずれかに記載の人工血管の製造方法であって、生体由来管状体の少なくとも一部を、前記生体由来管状体の管腔内圧を10〜100mmHg加圧した条件で
、多官能脂肪族エポキシ化合物及び水溶性有機溶媒を含有する架橋剤溶解液を用いて化学架橋する工程を有する人工血管の製造方法。
[
10]前記[1]〜[
8]のいずれかに記載の人工血管の製造方法であって、生体由来管状体を下記(1)又は(2)の状態として
、多官能脂肪族エポキシ化合物及び水溶性有機溶媒を含有する架橋剤溶解液を用いて化学架橋する工程を有する人工血管の製造方法。
(1)流路方向に0.01〜40%短縮した状態
(2)流路方向への伸展を、前記生体由来管状体の流路方向の長さの0〜40%に制限した状態
[11]前記水溶性有機溶媒が、メタノール、エタノール、プロパノール、及びアセトンの少なくともいずれかである前記[9]又は[10]に記載の人口血管の製造方法。
[
12]前記生体由来管状体の内腔に塩基性タンパク質溶液を注入して管腔内圧を負荷した後、前記生体由来管状体の内腔にヘパリンを注入して、前記生体由来管状体の内面組織に抗血栓性を付与する工程をさらに有する前記[
9]〜[
11]のいずれかに記載の人工血管の製造方法。
[
13]管腔内圧100〜180mmHgの加圧条件下で前記生体由来管状体の漏れ箇所を検出する工程をさらに有する前記[
9]〜[
12]のいずれかに記載の人工血管の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の人工血管は、生体由来管状体に由来する優れた柔軟性(屈曲性及び伸展性)を有するものである。また、本発明の人工血管の製造方法によれば、生体由来管状体に由来する優れた柔軟性(屈曲性及び伸展性)を有する人工血管を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0017】
(柔軟性の指標)
天然の血管は屈曲性に富む、特に内圧がかかった状態に於いては血管の太さにもよるが、内径6mm程度の血管の場合は曲率半径が4.0cmまで曲げること可能である。人工血管の物性を表現するにはANSI/AAMI基準の耐kink試験に従って計測することが一般的であることから、本発明における「可能な限り生体由来組織の持つ特有な柔軟性」の一つである屈曲性に関しては、曲率半径4.0cm以下を目標とした。
【0018】
次に、天然の血管は柔らかく、伸び縮みや膨らみが可能である。本発明では「可能な限り生体由来組織の持つ特有な柔軟性」を表現する一つの計測可能な要素として、長軸方向の可逆的伸展率を定めることとした。天然の血管では太さや部位にもよって異なるが、大動脈では5%程度の長軸方向の可逆的伸展率をもち、大静脈でも5%程度である。しかし橈骨動脈や大腿動脈では10%程度である。そこで透析用のシャントグラフトが主として前腕部の橈骨動脈に吻合されることを考慮して本発明における「可能な限り生体由来組織の持つ特有な柔軟性」の一つである伸展性は、長軸方向の可逆的伸展率が10%以上、と定めた。
【0019】
可逆的伸展率とは、まず静置状態の長軸方向の長さを測定し、次に長軸方向に基材を伸展させては元に戻す、という動作を繰り返し、もとに戻した時に最初の静置状態の長軸方向の長さと同じ長さに戻る範囲内の最大進展率を意味する。もしも静置状態の長軸方向の長さに戻らない場合は、基材の一部に構造破壊が生じており、可逆性が無くなったと判断することができる。
【0020】
(架橋剤の選択)
生体由来管状体を化学架橋すれば、グルタールアルデヒドに関して述べた通り、硬化して生体由来組織の特徴である柔軟性は失われる。架橋剤のうちで架橋後も素材の柔軟性を維持させる手法は特許文献4及び8示す様にNoishikiによって多官能脂肪族エポキシ化合物による架橋方法である。しかし特許文献4及び8に示される手法をそのまま踏襲しても、上記の「可能な限り生体由来組織の持つ特有な柔軟性」の維持、すなわち、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に従って計測する曲率半径が4.0cm以下、及び、長軸方向の可逆的伸展率が10%以上、という2つの要件を満たすことはできない。
【0021】
そこで本発明では、化学架橋剤として多官能脂肪族エポキシ化合物を使用するが、その架橋時における生体由来管状体の形状の条件を定める事、及び、架橋の化学的な条件設定を行った。
【0022】
多官能脂肪族エポキシ化合物としては、エチレンポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、1,6−ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテル、ジエチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールトリグリシジルエーテル、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、ジグリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテルなどから選ばれる一種であることが好ましい。
【0023】
(架橋条件の設定)
弾性線維や内弾性板は伸び切った状態で架橋されると弾力性が発揮できない事を本発明では明らかにした。そこで弾性線維や内弾性板が伸び切った状態になるのを防ぐため管腔内圧を低くして弾性線維や内弾性板が縮んだ状態で架橋することを本発明で編み出した。具体的手法としては予め生体由来管状体を長軸方向に縮めておくか、あるいは長軸方向への伸展性を制限した状態に保ったまま架橋を行う。更には架橋時の管腔内圧は少なくとも100mmHg以下に維持する。これらを実施することで「曲率半径が4.0cm以下」と「長軸方向の可逆的伸展率が10%以上」の要件を満たす工夫である。
【0024】
具体的手法の第一は、生の生体由来管状体の中にその内腔サイズよりわずかに細い中子を挿入し、中子を支えとして生体由来管状体を長軸方向に縮める、あるいは伸びないようにしておく。この状態で架橋する。そうすることによって弾性線維及び内弾性板が縮んだ状態で架橋され、架橋後の弾力性を維持し、伸びしろを確保することができる。
【0025】
生体由来管状体の内腔に気体又は液体を入れて膨らますことで該生体由来管状体の断面はきれいな輪状となる。この場合、輪状方向にわずかながらも膨らみ、長軸方向には、10%程度の伸びが見られる。そこで、前述の中子を用いて長軸方向の伸びを制限しておく、あるいは縮めておくことで、輪状方向への膨らみは維持しつつも、長軸方向への伸展性が制限された状態で架橋させることが可能である。その処置によっても架橋後の伸展性が確保され、その伸展性が耐キンク性の屈曲率を小さくできる。
【0026】
中子を用いた伸展性の制限に関しては、静置状態の長軸方向の長さに比べ0.01〜40%の範囲で長軸方向へ短縮させておく、又は静置状態の長軸方向の長さに比べ0〜40%の範囲内に長軸方向への伸展を制限した状態で化学架橋することが好ましい。この時、頸動脈の様にもともと伸展性に富む素材では長軸方向への伸展を制限することで、伸展性の10%以上を確保することが可能であるが、尿管のような、元来伸展性の少ない素材に於いては、静置状態の長軸方向の長さに比べ0.01〜40%の範囲で長軸方向へ短縮させておくことで効果的である。この時40%以上の短縮も可能であるが、極度な短縮は生体由来管状体に蛇腹構造を作る。僅かな蛇腹構造は屈曲性にとって悪くはない。しかしながら小口径人工血管の場合は、深い溝を持つ蛇腹構造は管腔内を流れる血液に乱れを生じさせ、血流の乱れは血栓形成を誘発するので、蛇腹構造は形成されるにしてもわずかな程度にとどめるのが好ましい。しかしながら0.01〜40%の範囲、及び0〜40%の範囲に関しては、生体由来管状体の素材によって程度を変えねばならない。例えば、動物から採取して頸動脈では20%程度の伸展の制限あるいは20%程度の縮めでも生体由来管状体目標の耐キンク性を得ることが可能である。しかしもともと伸展性と弾力性の少ない尿管を基材とした場合には多めに、具体的には30〜40%の縮めが望ましい。
【0027】
また、生体由来管状体は、架橋処置を行う前に、傷がついていないか、漏れの個所が無いか、のテストが必要である。本発明では、生体由来管状体内に空気を導き、管腔内圧100〜180mmHg条件下で漏れ個所検出をする。これを第一の工程と称しているが、この工程によって漏れの個所があれば修復を行う。例えば生体由来管状体に傷がついていなくとも、肉眼では認識できにくい微細な血管の枝がある場合は、その個所から空気が漏れる。そこでその個所をつまんで結紮することで漏れ個所を修復させる。第一工程では管腔内圧を100〜180mmHgの条件で行う事を推奨する。これよりも低い圧では、微細な血管による漏れを見つけにくくなることがある。一方、この条件以上の圧をかけると生体由来管状体の基本構造を破損する危険性があるので、第一の工程は管腔内圧を100〜180mmHgの条件に定める。
【0028】
第一の工程で100〜180mmHgの管腔内圧を経験した生体由来管状体は、第二の工程においては、管腔内圧10〜100mmHg条件下で化学架橋することで架橋後の柔軟性が維持される事を本発明では見出した。特に動物の血管を素材とする場合は、弾性線維及び内弾性板の弾力性を維持させたまま架橋するには縮めた状態で架橋する必要がある。そうすることによって弾力性が維持され伸展性も維持されることを本発明では見出した。例えば駝鳥頸動脈では前述の「中子を用いた短縮手法」を行わなくとも、第二行程で管腔内圧10〜20mmHg程度の内腔圧の化学架橋を行えば、可逆的伸展率10%を確保する。そこで第二行程では管腔内を低圧に維持しつつ架橋することを推奨する。この手法により弾性線維及び内弾性板は過度に伸展されることなく、縮んでゆとりを持ち、その状態で架橋されることとなる。そのためには好ましくは管腔内圧10〜80mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜60mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜50mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜40mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜30mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜20mmHg程度の圧でも、生体由来管状体は輪状方向での断面はきれいな円形を示す。そして圧が低ければ低いほど、耐キンク性は高まり、弾力性が保持されることが明らかとなったので、本発明では、素材の特性に合わせて、第二の工程においては、管腔内圧10〜100mmHg条件下で化学架橋することを推奨する。
【0029】
(基材の選択)
生体由来管状体の素材としては、可能な限り枝分かれの少ない、細くて均質な管状体が好ましい。具体的には綿羊頸動脈、山羊頸動脈、仔牛頸動脈、駝鳥頸動脈、七面鳥頸動脈、鶏頸動脈、アヒル頸動脈、合鴨頸動脈、ホロホロ鳥頸動脈、綿羊尿管、山羊尿管、豚尿管、牛尿管、馬尿管、綿羊頸静脈、山羊頸静脈、駝鳥頸静脈、牛頸静脈、及び馬頸静脈からなる群より選択される少なくとも一種であることが好ましいが、これ以外にも枝分かれが少なく、細くて均質な管状体があれば、素材として使用可能である。これらの素材の特性に応じて、架橋時の形状を整えれば、要件に掲げた耐キンク性や伸展性を満たすことができる。
【0030】
(弾性線維及び内弾性板の架橋)
従来技術の手法に則って化学架橋した動脈を見ると、弾性線維や内弾性板が架橋されていないことを本発明では見出した。弾性線維は動脈や静脈など、血管組織に於いては主要な構成要素の一つであるが、従来技術では、その架橋を行っていない。もしくは弾性線維には注意を払っていなかった。しかし弾性線維は血管壁内に網の目のように分布し、血管の柔軟性を生み出す主要な構成物である。特に血管の内腔面近くにある内弾性板は力学的に主要な構成要素であるが、先行技術ではそれを架橋する記述が見当たらない。また、先行技術の手法ではそれらを架橋することができない。そこで、本発明では弾性線維と内弾性板の化学架橋を行う方法を編み出した。
【0031】
本発明では、弾性線維と内弾性板が疎水的な性質を持っていることに注目した。先行技術の架橋方法では、架橋剤は全て水溶液として使用している。これでは疎水的な弾性線維と内弾性板の内部まで架橋
剤が入り込まない。そこで本発明では、水溶性有機溶媒と架橋剤との混合溶液で化学架橋することを提唱する。水に溶ける有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール
、プロパノール、アセトンなどを混在させると効率が良い。このことによって疎水的な弾性線維と内弾性板の内部まで架橋剤を浸み込ませ、化学架橋することに成功した。
【0032】
架橋後の弾力性保持のためには弾性線維及び内弾性板を架橋するときの形状として、それらが緊張した状態での架橋は好ましくないので、それらを縮めた状態で架橋することは前述のとおりである。
【0033】
以上の結果、弾性繊維と内弾性板を架橋して強度が増し、弾力性を保持した化学架橋を施した生体由来管状体製人工血管の基本構造が完成する。この基本構造は、本発明で目指した「生体組織の柔軟性を可能な限り化学架橋後も維持させた生体由来管状体製人工血管」であって、その要件とした「曲率半径が4.0cm以下」と「長軸方向の可逆的伸展率が10%以上」の要件を満たしている。
【0034】
(内弾性板の形状)
内弾性板の形状に関して、生体由来管状体基材の代表的な一例として動物から採取した動脈を例にとって説明する。
図2に動脈の横断面の光学顕微鏡写真を示す。動脈は大まかには筋型動脈と弾性型動脈とに分類され、人工血管などの素材として転用される末梢の動脈は筋型動脈であり、太い胸部や腹部の大動脈は弾性型動脈である。
図2は典型的な筋型動脈を示す。弾性繊維が黒く染める弾性線維染色が施されている。内腔面近くに、あたかもコイル状に見えるほど深い波型を呈して染め出されているのが内弾性板であり、その外側にも細かい波型を有する黒い線は弾性線維である。
図3は、その部分的拡大図であり、内腔面近くの内弾性板と外側の弾性線維とが黒く染めだされている。動脈を体内から切り出すと内圧がかかっていないので、
図2及び3の如く弾性繊維や内弾性板のみならず動脈全体が縮んだ状態となる。
【0035】
中央が血管内腔であり、内表面近くにコイルを巻いたがごとく波型の線が見える。これが内弾性板であり、血管壁の中央から外側にかけて小さな波型を無数に持つ黒い線が数層にわたって見える。これが弾性線維である。切り出した動脈は内部に血液が流れておらず、血圧もかかっていないので、このように縮んだ状態となる。
【0036】
弾性線維及び内弾性板が弾力性を維持した状態で架橋されているかどうかは、架橋後の内弾性板の形状によって決定する。
図4には、
図3の内弾性板の一部を書き取った模式図を示す。この状態が内圧ゼロ状態である。これから徐々に内圧をあげてゆくと、内弾性板は伸び始め、
図5の状態となり、
図6の状態となり、
図7の状態となる。そして更に内圧を強く掛けると内弾性板は直線化する。このようなことを理解したうえで、内弾性板の進展程度を数値的に表現し、至適な伸び具合を設定する。
【0037】
図8は内弾性板の一部を示す模式図であるが、それに示された波型の幅と波の深さをそれぞれWとDで表現し、W/Dの値で持って内弾性板の伸展程度を表現可能であるので、その表現方法を本発明では採択した。並の幅は、波のほぼ中心点から次の波の中心点をとり、波の深さは、その中心点を結ぶ線から直角に下した線で波の底部分までの距離を表す。このような測定値を5個所とり、その平均値が1〜5の範囲内であれば、適度な伸展具合と判断する。1以下であれば、波が深すぎて血管内面に縦皺が深く入ることとなり、5以上となれば、平坦化して、弾性板は血圧に応じた柔軟性を失うこととなるので、その平均値が1〜5、好ましくは1〜4の範囲内で架橋されており、内弾性板が弾力性を維持した状態で架橋されていると判断する。
【0038】
(抗血栓性の賦与)
次に内径6mm以下の人工血管に要求される抗血栓性の付与に関して述べる。口径が細くなればなるほど、小さな血栓付着でも閉塞するため、強力な抗血栓性の付与が必須となる。本発明では基本的には管腔の内表面にのみ抗血栓性を賦与し、外面には抗血栓性の要素を持たせないことを重視した。
【0039】
抗血栓性としては、抗凝固物質の固定、繊維素溶解系物資の固定、及び表面親水性賦与などが考えられ、抗凝固物質としては、抗トロンビン薬、抗血小板薬、ヘパリン、及びヘパリン類似物質からなる群より選択される少なくとも一種の抗血液凝固物質を従来技術を転用して固定する。繊維素溶解系物資としては、織プラスミノーゲン及びウロキナーゼの少なくともいずれかの線維素溶解系物質を固定する。その固定方法などは従来技術を転用することが可能である。
【0040】
(親水性賦与)
内表面に親水性を賦与すると、血栓性が低下することは指摘されている。本発明では酸性ムコ多糖類、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコール誘導体、ポリビニルアルコール、中性アミノ酸、親水性アミン酸、及び酸性アミノ酸からなる群より選択される少なくとも一種を前記内膜組織に共有結合させて固定することで親水性を賦与している。それらの固定に関しては、従来技術を転用することが可能である。本発明では、内表面の親水性付与が血栓形成阻止にどのように関与するかに関して検討を行ったところ、基材の柔軟性があれば親水性付与が効果的であることを明らかにした。すなわち、基材をグルタールアルデヒド処理した場合、内面に親水性を賦与すれば血液が付着した直後の血栓形成が阻止可能であった。この成果は既に指摘されている事である。しかしながら、本発明では、基材に柔軟性があれば、内表面の親水性との相乗効果が血栓付着阻止に特に有効であることを明らかにした。その意味から前述の基材架橋時における柔軟性維持・弾力性維持を行った基材に親水性を賦与すると、従来技術では得られなかった相乗効果としての血栓付着阻止作用を発揮することを見出した。
【0041】
(内表面に限定したヘパリン化)
抗血栓性物質の固定の中で、特にヘパリンを固定化する技術として特許文献6及び8に記載があるが、本発明では内表面に塩基性タンパク質を共有結合させる手法を採択する。具体的には塩基性タンパク質を代表するプロタミンを使用する。その手法に関しては、既に特許文献8にその記載がある。しかしながら、特許文献8ではプロタミンを人工血管壁内にしみこます際に100mmHgの内腔圧をかけたり、架橋前にプロタミンを浸み込ませている。その操作は結果的には壁全体にプロタミンをしみこませる事となる。この手法に則って人工血管を作製すると、血管壁の内面、壁内部、そして壁外面にまでプロタミンが染み渡り、浸み込んだプロタミンすべてがヘパリンを吸着するため、壁全層に抗血栓性が付与される。その結果として、吻合部の針穴からの出血が止まらなくなる。この現象は、その人工血管を血液透析用のシャントグラフトとして使用した場合も、穿刺針を抜去した後に止血困難となる危険性を抱え込むこととなる。天然の血管壁を見ると、抗血栓性は最内層にのみ存在し、中層と外面には止血のための血栓性が備えられている。すなわち、人工血管に於いても、抗血栓性は外面にまで及ばせてはならない。先行技術ではその配慮が施されていなかったので技術の実用化には至らなかった。本発明では、プロタミンの浸透に関して工夫を凝らし先行技術の欠点を補う事に成功した。
【0042】
(ヘパリン固定の工夫)
本発明では、特許文献8の記載を実施したことからその欠点を見出したので、その欠点を補うべく創意工夫を凝らした。すなわち、架橋と塩基性タンパク質の代表としてのプロタミンの浸み込み、そしてヘパリンのイオン結合に3つの段階を独立して持たせることにした結果、特許文献8の持つ欠点を解消することに成功した。
【0043】
具体的に説明すると以下のとおりである。第一工程として基材の生体由来管状体を化学架橋する。この架橋時は前述した手法で、本発明で目指した「生体組織の柔軟性を可能な限り化学架橋後も維持させた生体由来管状体製人工血管」の要件とした「曲率半径が4.0cm以下」と「長軸方向の可逆的伸展率が10%以上」の要件を満たす処置を施す。第二行程として架橋後の生体由来管状体内腔にプロタミンを注入する。少なくとも、基材の外表面が架橋された後でプロタミンを注入する。従って、基材を架橋液に浸漬した状態で、すなわち、第一工程を実施しながら第二行程のプロタミン注入を行うことも可能である。第二行程では管腔内圧10〜100mmHgとする。好ましくは管腔内圧10〜80mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜60mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜50mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜40mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜30mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜20mmHg程度の圧でプロタミンの浸み込みを行う。プロタミン分子は大きいので架橋後の生体由来管状体の壁深層までは入り込まない。第一の工程で外面が架橋されていると、架橋部にはプロタミン分子が入り込まないこと、入り込んでも化学結合されないことを本発明で見出した結果、プロタミンの局在分布を明白にすることが可能となった。このことは先行技術で実施されていなかったことである。浸み込んだプロタミンは決して外面までは到達しないのが特徴である。基材の内面組織内や内表面ではプロタミンは未反応の架橋剤と反応し共有結合されるが、共有結合を確実にするためには架橋剤を低圧で内腔から注入することも推奨される。その場合も、決して管腔内圧を高くしてはならない。管腔内圧10〜100mmHg条件下、好ましくは管腔内圧10〜80mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜60mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜50mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜40mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜30mmHg、更に好ましくは管腔内圧10〜20mmHg程度の圧が好ましい。
【0044】
以上のプロタミン浸み込みの第二行程が終了した後に、ヘパリンを内腔に注入する第三行程に移る。ヘパリンはプロタミンを構成するリジンやアルギニンなどの塩基性アミノ酸部分とイオン結合するので、プロタミンの存在する個所、プロタミン分子が固定されているところのみにヘパリンが吸着される。もしも外面にヘパリンが触れたにしても、その部位にプロタミンが存在しないので、ヘパリンは水洗することで容易に洗い流すことができる。ヘパリンが分子内に陰イオン要素を多量に持つことから、分子同士が水の中では強く反発しあって互いに離れようとする特性を持つので、その特殊作用を活用したヘパリンの洗浄分別法であり、先行技術では見られない手法である。
【0045】
このようにして作成した人工血管は十分な架橋を行っているので劣化による動脈瘤様の拡張は来さないはずであるが、血液透析用内シャント人工血管などの様に度重なる穿刺を受けると、壁の一部が破壊され、動脈瘤様拡張の恐れが生じうる。そこで人工血管外側に極めて目の粗いメッシュを覆う事で、病的な拡張を予防することが考えられる。この場合、ポリエステル繊維又はポリプロピレン繊維などの合成子分子材料によるメッシュを使用することが好ましい。
【0046】
以上の処方で作製した人工血管は、血液透析用内シャント人工血管、静脈用代用血管、心臓血管系のパッチ材、内径6mm以下の領域の代用血管、心血管系弁付血液導管、心血管系弁付パッチとして使用するに好適である。静脈片を使用する場合では、静脈弁のある個所を使用すると人工の肺動脈弁付血液導管として好適に使用可能である。
【実施例】
【0047】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0048】
(製造例1)
内径約4mm、長さが約80cmで、柔軟性に富んだ駝鳥の頸動脈を用意した。駝鳥の頸動脈の両末端に外径2.5mmの塩ビチューブを挿入し、管腔内圧150mmHgでフィルターを通した空気を送り込んで水の中に漬けた。一方の末端の塩ビチューブを閉鎖するとともに、他方の末端の塩ビチューブから空気を送り続けて空気漏れの個所である小さな動脈枝の切断端を見つけ出し、ポリエステル糸で結紮した。これにより、空気漏れのない基材を得た。なお、送り込む空気の空気圧を100mmHg未満とした場合には、空気漏れの個所を見つけ出すことは困難であった。また、空気圧を180mmHg超とした場合には、駝鳥の頸動脈が過剰に膨らんで不可逆的に伸び切ってしまった。このため、空気漏れの個所を見つけ出すには、空気圧を100〜180mmHgに設定することが好ましいことが分かる。得られた基材の長さは約80cmであり、不可逆的に構造変化したものではなかった。このため、管腔内圧による構造破壊は生じなかったと判断される。
【0049】
(製造例2)
管腔内圧を190〜220mmHgとしたこと以外は、前述の製造例1と同様にして空気漏れの個所である小さな動脈枝の切断端を見つけ出してポリエステル糸で結紮し、空気漏れのない基材を得た。得られた基材の長さは約86cmであり、不可逆的に構造変化したものであった。このため、管腔内圧によって頸動脈の一部に構造破壊が生じたものと考えられる。
【0050】
(参考例1)
エチレングリコールジグリシジルエーテル(商品名「EX−810」、ナガセケムテックス社製)を、炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に溶解させて架橋剤液(1)を調製した。山羊頸動脈(内径5mm、長さ20cm)の一部(長さ3cm)を室温で24時間架橋剤液(1)に浸漬した。浸漬後、観察用切片として作製した試料の一部を顕微鏡で観察したところ、弾性線維及び内弾性板が架橋されているか否かを確認することができなかった。
【0051】
架橋剤液(1)にレゾルシノール0.5gを溶解させて架橋剤液(2)を調製した。山羊頸動脈(内径5mm、長さ20cm)の一部(長さ3cm)を室温で24時間架橋剤液(1)に浸漬した。浸漬後、観察用切片として作製した試料の一部を顕微鏡で観察したところ、弾性線維及び内弾性板は黒く染色されており、架橋剤がレゾルシノールとともに弾性線維及び内弾性板の内部まで入り込んだことを確認することができた。以上より、水溶性有機溶媒としてエタノールを含有する架橋剤液(1)及び(2)を用いれば、弾性線維及び内弾性板を架橋できることが分かった。
【0052】
(参考例2)
エチレングリコールジグリシジルエーテルを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)100mLに溶解させるとともに、レゾルシノール0.5gをさらに溶解させて架橋剤液(3)を調製した。山羊頸動脈(内径5mm、長さ20cm)の一部(長さ3cm)を室温で24時間架橋剤液(3)に浸漬した。浸漬後、観察用切片として作製した試料の一部を顕微鏡で観察したところ、弾性線維及び内弾性板は染色されておらず、架橋剤が弾性線維及び内弾性板の内部に入り込んでいないことが確認された。以上より、水溶性有機溶媒を含有しない架橋剤液では、弾性線維及び内弾性板を架橋できないことが分かった。
【0053】
(参考例3)
グルタールアルデヒドを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)100mLに2.5%となるように溶解させるとともに、レゾルシノール0.5gをさらに溶解させて架橋剤液(4)を調製した。山羊頸動脈(内径5mm、長さ20cm)の一部(長さ3cm)を室温で24時間架橋剤液(4)に浸漬した。浸漬後、観察用切片として作製した試料の一部を顕微鏡で観察したところ、弾性線維及び内弾性板は染色されておらず、架橋剤が弾性線維及び内弾性板の内部に入り込んでいないことが確認された。以上より、水溶性有機溶媒を含有しない架橋剤液では、弾性線維及び内弾性板を架橋できないことが分かった。
【0054】
(参考例4)
グルタールアルデヒドを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に2.5%となるように溶解させるとともに、レゾルシノール0.5gをさらに溶解させて架橋剤液(5)を調製した。山羊頸動脈(内径5mm、長さ20cm)の一部(長さ3cm)を室温で24時間架橋剤液(5)に浸漬した。浸漬後、観察用切片として作製した試料の一部を顕微鏡で観察したところ、弾性線維及び内弾性板は黒く染色されており、架橋剤がレゾルシノールとともに弾性線維及び内弾性板の内部まで入り込んだことを確認することができた。以上より、水溶性有機溶媒としてエタノールを含有すれば、架橋剤としてグルタールアルデヒドを用いた架橋剤液(5)であっても、弾性線維及び内弾性板を架橋できることが分かった。
【0055】
(参考例5)
参考例1で得た山羊頸動脈の架橋物の熱収縮温度を測定したところ、78℃であった。また、参考例2で得た山羊頸動脈の架橋物の熱収縮温度を測定したところ、72℃であった。両者を比較することにより、水溶性有機溶媒を含有する架橋剤液を用いた場合には動脈壁全体が架橋されており、水溶性有機溶媒を含有しない架橋剤液を用いた場合と比べて、弾性線維及び内弾性板が架橋した分だけ緻密な架橋構造になったことが明らかとなった。
【0056】
(実施例1)
内径約4mm、長さが約40cmで、柔軟性に富んだ駝鳥の頸動脈を用意した。この頸動脈を用いたこと、及び管腔内圧を190〜220mmHgとしたこと以外は、前述の製造例1と同様にして空気漏れの個所である小さな動脈枝の切断端を見つけ出してポリエステル糸で結紮し、空気漏れのない基材を得た。得られた基材の管腔内に中子(外径3.5mmの塩ビチューブ)を挿入し、中子を軸にして基材の長さを34cmまで縮めた。これにより、基材の長さは流路方向に15%短縮した状態となった。参考例1で用いた架橋剤液(1)に15%短縮した基材を室温で24時間浸漬して人工血管を得た。得られた人工血管(架橋後の駝鳥頸動脈)は弾力性に富んでいた。また、得られた人工血管の、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は3.2cmであり、可逆的伸展率は28%であった。
【0057】
(実施例2)
グルタールアルデヒドを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に2.5%となるように溶解させて得た架橋剤液を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして人工血管を得た。得られた人工血管の、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は4.0cmであり、可逆的伸展率は8%であった。
【0058】
(実施例3)
内径5.5mm、長さ30cmの豚の尿管を基材として用意した。また、エチレングリコールジグリシジルエーテルを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に溶解させて架橋剤液を調製した。基材の両末端に外径2.5mmの塩ビチューブを挿入して結紮固定するとともに、一方の末端から架橋剤液を注入して管腔内圧を30mmHg加圧したところ、基材の長さは34cmとなった。これにより、基材の長さは流路方向に13%伸展した状態となった。次いで、基材の長さを31cm、すなわち、流路方向への伸展を、基材の流路方向の長さの10%に制限した状態とし、管腔内圧を30mmHg加圧に固定して24時間架橋して人工血管を得た。得られた人工血管(架橋後の豚尿管)は弾力性に富んでいた。また、得られた人工血管の、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は4.0cmであり、可逆的伸展率は10%であった。得られた人工血管の管腔内面を観察したところ、輪状の皺は認められず、平滑であることが分かった。
【0059】
(比較例1)
内径5.5mm、長さ30cmの豚の尿管を基材として用意した。また、エチレングリコールジグリシジルエーテルを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に溶解させて架橋剤液を調製した。基材の両末端に外径2.5mmの塩ビチューブを挿入して結紮固定するとともに、一方の末端から架橋剤液を注入して管腔内圧を30mmHg加圧したところ、基材の長さは33cmとなった。これにより、基材の長さは流路方向に10%伸展した状態となった。次いで、管腔内圧を30mmHg加圧に固定して24時間架橋して人工血管を得た。得られた人工血管の、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は4.5cmであり、可逆的伸展率は8.5%であった。得られた人工血管の管腔内面を観察したところ、輪状の皺は認められず、平滑であることが分かった。
【0060】
(比較例2)
内径5.5mm、長さ30cmの豚の尿管を基材として用意した。また、エチレングリコールジグリシジルエーテルを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に溶解させて架橋剤液を調製した。基材の両末端に外径2.5mmの塩ビチューブを挿入して結紮固定するとともに、一方の末端から架橋剤液を注入して管腔内圧を120mmHg加圧して24時間架橋して人工血管を得た。得られた人工血管の、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は4.5cmであり、可逆的伸展率は7.0%であった。
【0061】
(比較例3)
内径5.5mm、長さ30cmの豚の尿管を基材として用意した。また、グルタールアルデヒドを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に2.5%となるように溶解させて架橋剤液を調製した。基材の両末端に外径2.5mmの塩ビチューブを挿入して結紮固定するとともに、一方の末端から架橋剤液を注入して管腔内圧を30mmHg加圧して24時間架橋して人工血管を得た。得られた人工血管の、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は9.0cmであり、可逆的伸展率は5%であった。
【0063】
(比較例4)
内径5.5mm、長さ30cmの豚の尿管を基材として用意した。また、グルタールアルデヒドを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に2.5%となるように溶解させて架橋剤液を調製した。基材の両末端に外径2.5mmの塩ビチューブを挿入して結紮固定するとともに、管腔内に中子を挿入し、中子を軸にして基材の長さを流路方向に15%短縮した状態とした。塩ビチューブの一方の末端から架橋剤液を注入して管腔内圧を30mmHg加圧して24時間架橋して人工血管を得た。得られた人工血管の、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は5.0cmであり、可逆的伸展率は7.1%であった。
【0064】
(比較例5)
内径5.5mm、長さ30cmの豚の尿管を基材として用意した。また、グルタールアルデヒドを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に2.5%となるように溶解させて架橋剤液を調製した。基材の両末端に外径2.5mmの塩ビチューブを挿入して結紮固定するとともに、一方の末端から架橋剤液を注入して管腔内圧を120mmHg加圧して24時間架橋して人工血管を得た。得られた人工血管の、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は10.0cmであり、可逆的伸展率は3.5%であった。
【0065】
(参考例6)
参考例1で得た山羊頸動脈の架橋物の管腔内に2%アスパラギン酸水溶液(炭酸ナトリウム緩衝液、pH8.0)を注入して50℃に保温するとともに、管腔内圧を30mmHg加圧して24時間処理した後、蒸留水で洗浄した。次いで、管腔内に新鮮な血液を注入し、5分ごとに観察した。その結果、5分後には血液凝固が認められなかったが、10分後には血液凝固が認められた。なお、対照例として、アスパラギン酸水溶液で処理していない山羊頸動脈の架橋物の管腔内に新鮮な血液を注入し、5分ごとに観察した。その結果、5分後に血液凝固が認められた。
【0066】
(参考例7)
参考例1で得た山羊頸動脈の架橋物の管腔内に中子を入れ、流路方向に15%短縮した状態とした。そして、管腔内に2%アスパラギン酸水溶液(炭酸ナトリウム緩衝液、pH8.0)を注入して50℃に保温するとともに、管腔内圧を30mmHg加圧して24時間処理した後、蒸留水で洗浄した。得られた処理物を犬の大腿動脈に植え込み、6時間後に採取して管腔内を肉眼で観察した。その結果、血栓付着は認められなかった。次いで、管腔内を走査型電子顕微鏡で観察したところ、散在的な血小板の付着が認められたが、フィブリンの析出は認められなかった。
【0067】
(参考例8)
山羊頸動脈の管腔内に中子を入れ、流路方向に15%短縮した状態とした。そして、管腔内に2%アスパラギン酸水溶液(炭酸ナトリウム緩衝液、pH8.0)を注入して50℃に保温するとともに、管腔内圧を30mmHg加圧して24時間処理した後、蒸留水で洗浄した。得られた処理物を犬の大腿動脈に植え込み、6時間後に採取して管腔内を肉眼で観察した。その結果、血栓付着は認められなかった。次いで、管腔内を走査型電子顕微鏡で観察したところ、管腔内面がフィブリンの網で覆われていることが分かった。
【0068】
(参考例9)
エチレングリコールジグリシジルエーテルを炭酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)50mLとエタノール50mLの混合液に溶解させて架橋剤液を調製した。製造例1で得た空気漏れのない基材(駝鳥頸動脈)の管腔内に調製した架橋剤液を注入し、管腔内圧を30mmHg加圧して24時間架橋した。管腔内の架橋剤を除去した後、10%硫酸プロタミン水溶液を管腔内に注入し、管腔内圧を30mmHg加圧して12時間放置した。管腔内を蒸留水で洗浄した後、2%ヘパリン水溶液を管腔内に注入して12時間室温で放置した。基材の内外面を蒸留水で洗浄して人工血管を得た。得られた人工血管の管腔内に新鮮な血液を注入し、5分ごとに血液凝固を観察した。その結果、2時間経過しても血液凝固は認められなかった。このことから、管腔内面に高度な抗血栓性が付与されていることが判明した。
【0069】
(参考例10)
参考例9で製造した人工血管を犬の頸動脈に長さ6cmにわたって植え込んだ。縫合には6−0プロリーン針付き縫合糸を用いたが、針孔からの出血は認められなかった。植え込んだ人工血管の外表面に新鮮な血液を垂らして観察したところ、5分後に血液は凝固した。すなわち、所定の方法でヘパリンを固定しても、人工血管の外表面まではヘパリンが固定されていないことが分る。植え込み後、人工血管の中央部に、血液透析で使用する16Gの注射針を壁面に対して45°の角度で刺して5分後に抜去した。抜去部分を指で軽く圧迫したところ、圧迫後7分で止血が完了した。これは、人工血管の外表面は抗血栓性を有しないため、抜去部分を軽く圧迫することで局所的にミクロな血栓が生じて針孔が塞がれたことを意味する。すなわち、外面組織にヘパリンが結合していない効果が発揮されたことが分かる。
【0070】
(比較例6)
特許文献8に記載の方法にしたがってヘパリンの固定を行った。まず、成犬の頸動脈を基材として用意した。0.01%フィシン酵素で蛋白質を除去して洗浄した。基材の管腔内に10%プロタミン水溶液(pH5.0)を注入し、室温下で管腔内圧を100mmHgに加圧して1時間後にプロタミン水溶液を流した。次いで、10%ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル水溶液(pH8.0)を注入し、室温下で管腔内圧を100mmHgに加圧して1時間後に蒸留水で洗浄した。その後、1%ヘパリン水溶液(pH6.0)中に基材を1時間浸漬し、水で洗浄して人工血管を得た。得られた人工血管を犬の頸動脈に植え込み、6−0プロリーン針付き縫合糸で縫合したところ、針孔からの出血が持続して圧迫止血が困難な状態となった。また、1時間以上圧迫しても止血しないため、フィブリン糊を塗布して針孔を抑え込むようにして止血させた。次に、植え込んだ人工血管の外表面に新鮮な血液を垂らして観察したところ、1時間以上経過しても血液凝固は認められなかった。すなわち、特許文献8に記載の方法によると、人工血管の外表面までヘパリンが固定化されることが分かった。次に、人工血管の中央部に、血液透析で使用する16Gの注射針を壁面に対して45°の角度で刺して5分後に抜去した。抜去部分を指で軽く圧迫したところ、2時間圧迫しても止血することができなかった。以上の結果、特許文献8に記載の方法では、ヘパリンが人工血管の壁内部まで浸み込むとともに、壁外面にもヘパリンが固定化されるので、臨床での使用は困難であると推測される。
【0071】
(参考例11)
参考例10で犬に植え込んだ人工血管を、植え込んでから24時間後に採取し、内部を生理的食塩水で静かに洗浄した。洗浄後の人工血管を縦方向に切開して管腔内面を肉眼で観察した。その後、走査型電子顕微鏡で200〜3000倍の倍率で観察した。肉眼で観察した結果、管腔内面には血液の付着が認められなかった。また、走査型電子顕微鏡で観察した結果、管腔内面にはフィブリンの析出が認められなかったが、1000倍の観察した1視野内に、平均3個の血小板付着が認められた。但し、血小板は、形状が丸くて偽足を出しておらず、強い粘着状態でないことが分かった。以上の結果、作製した人工血管は、その管腔内面では血液に触れても血栓形成が進行せず、その外表面には生体内でも効果を発揮しうる抗血栓性が付与されていることが分かった。
【0072】
(参考例12)
参考例9で製造した人工血管を犬の頸動脈から頸静脈にかけて、動静脈シャント血管として植え込んだ。人工血管の内径は3.5mmであり、長さは15cmであった。手術操作は容易であって吻合部からの過剰な出血もなく、吻合に使用した縫合糸の針孔からの出血も見られず、天然の血管同志を縫合しているような感じであった。特に、頸静脈側の吻合は、e−PTFE graftの吻合に比べると、比較にならないぐらい容易であった。植え込み後の人工血管について、血圧が負荷した状態で耐キンク性を評価したところ、天然血管とほぼ同じく、曲率半径4.0cm以下であり、実際には3.5cmまで屈曲させてもキンク現象は生じなかった。植え込みから1ヶ月経過後に超音波装置で確認したところ、人工血管の開存性が維持されていることが判明した。
【0073】
(実施例5)
内弾性板の形状チェックを行った。実施例1で製造した人工血管を流路と直角に切断した。切断面を含む切片をワイゲルト弾性線維染色し、切断面を光学顕微鏡で観察した。弾性線維の波型の幅(W)と深さ(D)の比(W/D)を5個所測定した平均値は2.8であった。また、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は3.2cmであり、可逆的伸展率は28%であった。
【0074】
(比較例7)
5%グルタールアルデヒド水溶液とエタノールを等量混合して架橋剤液を調製した。製造例1で得た基材の両末端に外径2.5mmの塩ビチューブを挿入して結紮固定するとともに、一方の末端から架橋剤液を注入して管腔内圧を120mmHg加圧して24時間架橋して人工血管を得た。得られた人工血管の、ANSI/AAMI基準の耐kink試験に準拠して測定した曲率半径は10.5cmであり、可逆的伸展率は5%であった。また、得られた人工血管を流路と直角に切断し、切断面を含む切片をワイゲルト弾性線維染色し、光学顕微鏡で観察した。その結果、内弾性板はほぼ平坦な状態にまで伸展していることが分かった。また、弾性線維の波型の幅(W)と深さ(D)の比(W/D)を5個所測定した平均値は7.0であった。
【0075】
(参考例13)
基材として仔牛の頸静脈を選び、静脈弁のある個所を用いて、参考例9で示した手法で人工血管を作製した。その結果、中央部に一方通行の弁がある人工血管を得た。動物実験として成犬の右心室壁に穴をあけ、そこに作成した人工血管の末端を吻合し、片方の末端を肺動脈に吻合することで、右心室から肺動脈へのバイパスを形成させた。次にもとからあった肺動脈の起始部を絹糸で結紮することで、すべての右心室からの血液がバイパスを通って肺動脈に至る設計の手術を終了した。手術直後の超音波装置による検査では植え込んだ肺動脈弁付バイパスの一方通行の弁は肺動脈弁として機能し、逆流は認められなかった。次に、一ヵ月経過後、再び超音波装置による検査でも肺動脈弁付バイパスの一方通行の弁は肺動脈弁として機能し、逆流は認められなかった。
【0076】
(参考例14)
参考例9で示した手法で作成した駝鳥頸動脈を基材とした人工血管を成犬の頸動脈に長さ6cmにわたり植え込んだ。この時、人工血管周囲を孔サイズ1.2mmのポリエステルメッシュ(レースのカーテン生地)で覆い、力学的な補強とした。植え込み1か月後に採取して観察したところ、人工血管とポリエステルメッシュ及び周囲組織とが一体化し、生体内で安定して存在していることが判明した。ポリエステル繊維は1957年以降全世界で植え込み用人工臓器素材として副作用もなく使用され、生体内での劣化も無視できる範囲であることが判明しているので、一体化した後は半永久的に力学的強度を維持すると考えられる。従って、度重なる人工血管の穿刺による破壊が生じても、人工血管が破裂する危険性は考えられないと判断された。