【実施例】
【0030】
図1は、本願発明の実施の形態に係る免震システムの一例の概要を示す図である。
図1の免震システムは、地盤7上に、免震対象物1、免震装置3、及び、下部構造5(本願請求項の「構造物」の一例)を備える。下部構造5は、地盤7の上に位置する。免震装置3は、下部構造5の上で、免震対象物1を鉛直方向に支持し、鉛直方向に直交する水平面内の任意の水平方向において、免震対象物1と下部構造5の相対変位に対する復元性を有する。ここで、水平方向の相対変位に関する復元性とは、免震対象物1に対する水平方向と平行な外力の作用に対して、免震装置3が水平方向にせん断変形することにより、免震対象物1が静止時の元の位置から外力の作用方向に移動し、外力を取り除くと、免震装置3のせん断変形が元に戻ることによって、免震対象物1が静止時の元の位置に戻ることを意味する。免震装置3のせん断変形を元に戻す復元力は、せん断変形の増加に対して復元力の接線剛性が減少する漸軟ばね型の力学特性を示す。ここで、復元力の接線剛性とは、変形の微小増加量と変形の微小増加で生じる復元力の増加量との比であり、式(1)で定義される。なお、式(1)中の「変形」は、せん断変形、変位、相対変位と読み替えてもよい。
【0031】
免震装置3は、スライドプレート11(本願請求項の「スライドプレート」の一例)と、リテーナー13(本願請求項の「リテーナー」の一例)と、ベースプレート15(本願請求項の「ベースプレート」の一例)を備える。
【0032】
【数1】
【0033】
図2は、スライドプレート11の概要を示す図である。(a)は中央断面図であり、(b)はリテーナー13側からの底面図である。スライドプレート11は、免震対象物1に固定される。スライドプレート11は、上部磁石21(本願請求項の「上部磁気部」の一例)と、上部プレート23(本願請求項の「上部プレート部」の一例)と、上部溝25(本願請求項の「上部溝部」の一例)を備える。
【0034】
スライドプレート11は、概円盤状の形状である。リテーナー13と対面する面は、上部磁石21を内側にし、これを囲うように上部プレート23を配置している。上部溝25は、上部磁石21と上部プレート23の境界に位置する。上部磁石21の直径をaとする。上部溝25の幅をeとする。上部磁石21の直径aと上部溝25の幅eは、それぞれ、免震装置3のせん断変形可能量と復元力特性に関係する。
【0035】
図3、4及び5は、リテーナー13の概要を示す図である。
図3は、平面図である。
図4は、転動体を含む面での中央断面図である。
図5において、(a)は隙間保持器を含む面での断面図であり、(b)は隙間保持器の近傍の拡大図である。リテーナー13は、スライドプレート11とベースプレート15の間に存在し、水平方向に移動可能なものである。リテーナー13は、中部磁石31(本願請求項の「中部磁気部」の一例)と、支持部33(本願請求項の「支持部」の一例)と、転動体35(本願請求項の「転動体」の一例)と、隙間保持器37(本願請求項の「摩擦制御手段」及び「隙間制御手段」の一例)を備える。
【0036】
リテーナー13は、概円盤状の磁気発生体である中部磁石31を中央に備え、その外側を囲うように概円盤状の低透磁率材料部である支持部33を備える。支持部33には、転動体35(支持部33内の大きな円で図示)が転動可能に格納され、また、隙間保持器37(支持部33内の小さな円で図示)が設けられている。中部磁石31は、支持部33の中央に設けられた円筒穴に固定され、転動体35は、支持部33に設けられた穴(例えば、円筒穴でもよい)に転動可能に格納される。隙間保持器37を格納するための穴は、例えば、スライドプレート11に対面する側及びベースプレート15に対面する側に開口する止まり円筒穴とし、鉛直方向に上下一対となるように配置する。なお、転動体35を格納するための穴は、転動体35を転動自在に格納できればよく、円筒穴でなくてもよい。例えば、転動体35とリテーナー13の鉛直方向の相対変位を制限し、スライドプレート11とリテーナー13の鉛直方向の間隔及びリテーナー13とベースプレート15の鉛直方向の間隔を一定とする形態としてもよい。このような構成により、転動体35を格納するための穴は、隙間保持手段を兼ねることができる。
【0037】
中部磁石31は、直径b・高さcの円盤状の形態とする。中部磁石31は、スライドプレート11側とベースプレート15側とで、異なる磁極とする。なお、中部磁石31は、その一部を高透磁率材料で作成したものでもよい。例えば、中部磁石21のスライドプレート11側及び/又はベースプレート13側の一部を、高透磁率材料のヨークとしてもよい。
【0038】
図4を参照して、転動体35について説明する。転動体35は、復元した位置において、上部プレート23及び下部プレート43に対向する位置にあり、上部プレート23及び下部プレート43の間で回転して移動する。スライドプレート11、リテーナー13、及び、ベースプレート15は、転動体35の転動に伴う水平方向の移動によって、相互に水平方向の相対変位が生じる。転動体35の転動に伴ってスライドプレート11、リテーナー13、ベースプレート15が水平方向に相互に移動することを、免震装置3のせん断変形と定義する。リテーナー13の水平方向の変位は、スライドプレート11とベースプレート15の水平方向のそれぞれの変位の中間になる。
【0039】
転動体35は、直径d(d>c)の球であり、高透磁率材料で形成する。転動体35は、支持部33に、転動自在に且つ鉛直方向に遊動自在になるように格納される。
図3では、転動体35の配置は、直径の異なる二つの円周q上とr上に転動体35が交互に並ぶ千鳥配置とした。転動体35の配置は、望ましくは、単位面積当たりの転動体35の個数が多く、中部磁石31のスライドプレート11側の中心とベースプレート15側の中心を結ぶ軸線に対して、転動体35の位置が軸対称となるようなものがよい。転動体35の配置は、免震装置3の最大せん断変形量、転動体35の個数と直径d、中部磁石31の直径bなどに応じて、適宜、決めればよい。
【0040】
図5を参照して、隙間保持器37について説明する。隙間保持器37は、スライドプレート3とリテーナー5の間及びベースプレート7とリテーナー5の間にあって、スライドプレート3とリテーナー5の鉛直方向の間隔及びベースプレート7とリテーナー5の鉛直方向の間隔をそれぞれ一定に保つと共に、免震装置3に摩擦減衰を付与するものである。
【0041】
隙間保持器37は、圧縮体371と、副転動体373と、副転動体保持器375で構成し、これらは低透磁率材料で形成する。副転動体保持器375は概円筒状であり、一方の先端に圧縮体371を備え、他方の先端に備えた半球状の凹面で副転動体373を転動自在に保持する。なお、凹面と副転動体373の間に、低透磁率材料で形成された小型転動体を介在させてもよい。圧縮体371は、概円盤状とし、鉛直方向の圧縮力Vによって変形と復元が可能である。圧縮体371は、弾性に限らず、弾塑性、粘弾性などの力学特性を示す材料で形成してもよく、形状は、格納できる他の形状としてもよい。さらに、圧縮体371は、皿ばねや弦巻ばねなどの形態を用いてもよい。本実施例では、副転動体373は球である。
【0042】
隙間保持器37は、副転動体373と圧縮体371が、それぞれ、リテーナー13の外方と内方に位置するように、且つ、鉛直方向に遊動自在になるように、支持部33の格納部内に挿入される。また、
図5に示すように、隙間保持器37は、鉛直方向に上下一対となるように配置される。上下一対の隙間保持器37の上方の先端は、スライドプレート11と接触し、下方の先端はベースプレート15に接触する。上方の先端と下方の先端の鉛直方向の間隔dは、転動体35の直径に等しい。上方の先端と下方の先端には、上下一対の圧縮力Vが作用する。上下一対の圧縮力Vの作用下で、隙間保持器37の支持部33からの突出高jは、一定に保たれる。すなわち、隙間保持器37は、リテーナー13とスライドプレート11の鉛直方向の間隔、及び、リテーナー13とベースプレート15の鉛直方向の間隔を一定に保つ。
【0043】
図6は、ベースプレート15の概要を示す図である。(a)は中央断面図であり、(b)はリテーナー13側からの平面図である。ベースプレート15の構成は、スライドプレート11の構成と同様であるが、上下が逆となり、磁極が異なる。ベースプレート15は、下部構造5に固定される。ベースプレート15は、下部磁石41(本願請求項の「下部磁気部」の一例)と、下部プレート43(本願請求項の「下部プレート部」の一例)と、下部溝45(本願請求項の「下部溝部」の一例)を備える。
【0044】
ベースプレート15は、概円盤状の形状である。リテーナー13と対面する面は、下部磁石41を内側にし、これを囲うように下部プレート43を配置している。下部溝45は、下部磁石41と下部プレート43の境界に位置する。下部磁石41の直径をaとする。下部溝45の幅をeとする。下部磁石41の直径aと下部溝45の幅eは、それぞれ、免震装置3のせん断変形可能量と復元力特性に関係する。
【0045】
図7は、免震装置3が静止状態、すなわち、スライドプレート11とベースプレート15の相対変位がゼロである中立時における、免震装置3の鉛直断面図である。(a)は、転動体35を含み、(b)は、隙間保持器37を含む。
【0046】
図7において、スライドプレート11の上部磁石21の下面とリテーナー13の中部磁石31の上面は、隙間を挟んで鉛直方向に互いに対面する。リテーナー13の中部磁石31の下面とベースプレート15の下部磁石41の上面は、隙間を挟んで鉛直方向に互いに対面する。スライドプレート11の上部磁石21の下面とベースプレート15の下部磁石の上面は、リテーナー13を挟んで鉛直方向に互いに対面する。スライドプレート11の上部磁石21の下面とリテーナー13の中部磁石31の上面の隙間、及び、リテーナー13の中部磁石31の下面とベースプレート15の下部磁石41の上面の隙間を、それぞれ、上側隙間、及び、下側隙間という。
【0047】
図7(a)において、スライドプレート11の上部プレート23の下面とベースプレート15の下部プレート15の上面は、リテーナー13を挟んで鉛直方向に互いに対面する。免震装置3は、スライドプレート11の上部プレート23の下面とベースプレート15の下部プレート43の上面が転動体35と接触するように組み立てられている。転動体35の弾性変形を無視すると、スライドプレート11の上部プレート23の下面とベースプレート15の下部プレート43の上面の鉛直方向の間隔は、転動体の直径dに等しい。スライドプレート11の上部プレート23の下面及びベースプレート15の下部プレート43の上面が転動体35と接触する接触部を、それぞれ、上側接触部及び下側接触部という。
【0048】
図7(b)において、スライドプレート11の上部プレート23の下面及びベースプレート15の下部プレート43の上面は、それぞれ、隙間保持器37の上方及び下方の先端に接触する。スライドプレート11の上部プレート23の下面とベースプレート15の下部プレート43の上面の鉛直方向の間隔は、転動体35の直径dに等しい。
【0049】
本実施例では、スライドプレート11の上部磁石21及びベースプレート15の下部磁石41の直径aと、リテーナー13の中部磁石31の上面及び下面の直径bは等しい。この理由は、後述する。
【0050】
ここで、高透磁率材料と低透磁率材料について説明する。高透磁率材料は、低透磁率材料と比較して、例えば、免震装置3が発生する磁界に拘わらず、同一条件の磁界中において、一方の材料の磁束密度の大きさが、他方の材料の磁束密度に比べて、50倍以上大きいものをしようすることが考えられる。高透磁率材料と低透磁率材料は、それぞれ、金属や非金属の材料であってよい。高透磁率材料の磁束密度に対し、低透磁率材料の磁束密度が1/50(上記50倍の逆数)以下であれば、免震装置におけるスライドプレート、リテーナー、ベースプレートの磁石が発する磁界に対する低透磁率材料の影響は、実用的に無視できる。
【0051】
続いて、スライドプレート11、リテーナー13及びベースプレート15の構成及び磁極について説明する。以下では、第1磁極をS極、第2磁極をN極として説明するが、逆であってもよい。また、上側隙間、下側隙間、上側接触部の付近、下側接触部の付近を除く部分の磁束漏れを無視する。
【0052】
まず、スライドプレート11について説明する。
図2(a)に、スライドプレート11の磁気極性の一例を示す。上部磁石21は、リテーナー13側(下側)がS極、異なる側(上側)がN極の磁石である。スライドプレート11のリテーナー13側において、上部磁石21は、内側に配置される。上部プレート23は、高透磁率材料のものであり、リテーナー13側では上部磁石21の外側に配置され、リテーナー13とは反対側では上部磁石21のN極側を覆うように配置されている。本実施例では、上部プレート23は、上部磁石21を格納するために中央が凹んでおり、上部磁石21は、凹んだ部分に接着剤などで固定されている。本実施例では、スライドプレート11のリテーナー13側は、平面状になっている。転動体35は、上部プレート23上を転動するが、上部磁石21上には侵入しない。上部プレート23は、上部磁石21のN極によって、リテーナー15側においてN極となる。
【0053】
続いて、リテーナー13について説明する。
図4及び
図5(a)に、リテーナー13の磁気極性の一例を示す。中部磁石31は、スライドプレート11側(上側)がN極、ベースプレート15側(下側)がS極の磁石である。支持部33は、低透磁率材料のものである。転動体35は、高透磁率材料のものである。隙間保持器37は、低透磁率材料のものである。
【0054】
続いて、ベースプレート15について説明する。
図6に、ベースプレート15の磁気極性の一例を示す。ベースプレート15の構成は、スライドプレート11の構成と同様であるが、上下が逆となり、磁極が異なる。下部磁石41は、リテーナー13側(上側)がN極、異なる側(下側)がS極の磁石である。ベースプレート15のリテーナー13側において、下部磁石41は、内側に配置される。下部プレート43は、高透磁率材料のものであり、リテーナー13側では下部磁石41の外側に配置され、リテーナー13とは反対側では下部磁石41のS極側を覆うように配置されている。本実施例では、下部プレート43は、下部磁石41を格納するために中央が凹んでおり、下部磁石41は、凹んだ部分に接着剤などで固定されている。本実施例では、ベースプレート15のリテーナー13側は、平面状になっている。転動体35は、下部プレート43上を転動するが、下部磁石41上には侵入しない。下部プレート43は、下部磁石41のS極によって、リテーナー13側においてS極となる。
【0055】
なお、上部溝25及び/又は下部溝45は、低透磁率材料で充填して閉塞してもよい。これにより、上部磁石21と上部プレート23、及び/又は、下部磁石41と下部プレート43が、異物などで磁気的に短絡し難くなる。また、これにより、上部磁石21と上部プレート23、及び/又は、下部磁石41と下部プレート43を固定してもよい。また、上部磁石21及び/又は下部磁石41を、コイル式電磁石としても良い。この場合、コイル部を上部溝25及び/又は下部溝45に設置すると効果的であり、上部磁石21と上部プレート23とを、及び/又は、下部磁石41と下部プレート43とを、連続する磁心として構成しても良い。
【0056】
スライドプレート11、リテーナー13、及び、ベースプレート15は、これらの磁気特性に係る構成上の特徴により、水平方向のせん断変形に関する漸軟ばね型の復元力特性が付与され、地盤7の地震動に対して、優れた免震効果を発揮する。免震装置3の漸軟ばね型の復元力特性により、振動体(免震対象物1及び免震装置3)の水平方向の水平固有周期は、免震装置3のせん断変形の振幅(免震対象物1と下部構造5の相対振幅)の増加に伴って増加する。本願発明によれば、振動体は、漸軟ばね型の非線形固有振動特性を有する。免震装置3の復元力特性を適宜調整することにより、振動体の固有周期を伸長し、所要の非線形固有振動特性を得ることができる。
【0057】
図8は、免震装置3の磁気回路の一例を示す図である。磁力線が形成する磁気回路は、次のようになる。まず、ベースプレート15の下部磁石41から、下側隙間、リテーナー13の中部磁石31、上側隙間を貫通して、スライドプレート11の上部磁石21に向かう。そして、上部プレート23が高透磁率材料であることから、スライドプレート11において、上部磁石21から上部プレート23に向かって貫通する。そして、転動体35が高透磁率材料であることから、スライドプレート11の上部プレート23から転動体35を貫通して、ベースプレート15の下部プレート43に向かう。下部プレート43が高透磁率材料であることから、ベースプレート15において、下部プレート43から下部磁石41に向かって貫通する。なお、S極とN極が逆の場合には、逆順となる。このように、磁気抵抗が少なく周回路となる磁路を形成して磁束を増強し、磁気吸引力及び磁気復元力を効率よく発生させる磁気回路を構成して、重荷重だけでなく軽荷重にも容易に対応することが可能になる。
【0058】
さらに、
図8の磁気回路において、下部磁石41、中部磁石31、及び、上部磁石21の間の相互の磁気吸引力の作用、及び、上部プレート23、転動体35、下部プレート43の間の相互の磁気吸引力の作用によって、スライドプレート11、リテーナー13及びベースプレート15の間に、水平方向の相互の変位を元に戻す磁気復元力が発生する。さらに、スライドプレート11、リテーナー13及びベースプレート15の間の水平方向の相互の変位が増加するに伴い、磁気復元力の接線剛性が減少する。磁気復元力は、このような力学的特性を有することから、水平変位の増加により水平固有周期が増加する非線形固有振動特性を有することとなる。そのため、免震装置3の共振条件は、振動体の固有周期と外乱の周期の一致、及び、振動体の固有周期に対応する固有振幅と外乱の作用による振動体の振幅の一致の二つである。よって、免震装置3は、線形固有振動特性を持つ免震装置に比べて、地震動との共振の可能性を著しく小さくすることができる。
【0059】
さらに、スライドプレート11、リテーナー13及びベースプレート15の間の相互の磁気吸引力と磁気復元力の作用によって、リテーナー13の逸脱を防止することができ、免震装置の地震時の安定作動を実現することが可能になる。リテーナー13に生じる磁気吸引力と磁気復元力は、リテーナー13がスライドプレート11とベースプレート15のそれぞれの変位の中間の位置に留まるように作用するので、リテーナー13の運動が転動体35の運動のみに依存する場合に比べて、地震時のリテーナー11の逸脱、すなわち、転動体35の転動平面からの逸脱の可能性を著しく小さくすることが可能になる。
【0060】
図9は、スライドプレート11の上部磁石21及び上部プレート23、リテーナー13の中部磁石31及び転動体35、並びに、ベースプレート15の下部磁石41及び下部プレート43が構成する磁気回路と等価な磁気回路を示す図である。ここで、磁気発生部151、153及び155は、それぞれ、上部磁石21、中部磁石31、及び、下部磁石41の起磁力である。磁気抵抗157及び159は、それぞれ、上側隙間及び下側隙間の磁気抵抗である。磁気抵抗161、163及び165は、それぞれ、上部プレート23(上部プレート23と上部磁石21の接触部を含む。)、転動体35(上側接触部と下側接触部を含む。)、及び、下部プレート43(下部プレート43と下部磁石41の接触部を含む)の磁気抵抗である。Φは、磁束である。
【0061】
図9の等価磁気回路の磁束Φの大きさは、磁気発生部151、153及び155の起磁力の大きさ、及び、磁気抵抗157及び159の大きさによって、容易に調整ができる。すなわち、上部磁石21、中部磁石31、下部磁石41のそれぞれの起磁力、及び、上側隙間と下側隙間のそれぞれの大きさによって、等価磁気回路を流れる磁束Φの大きさを調整できる。免震装置の磁気吸引力は、磁束Φの大きさによって決まる。磁気発生部151、153及び155のそれぞれの起磁力の方向を総て逆転させると、磁束Φの向きは逆転する。
【0062】
なお、上部磁石、中部磁石及び下部磁石は、少なくとも一つを電磁石で構成してもよい。そのような構成では、電磁石の起磁力を時間的に変化させることにより、磁束Φの大きさ、すなわち、免震装置の磁気吸引力を時間的に変化させることができる。
【0063】
また、上部磁石21、中部磁石31及び下側磁石41の何れか一つまたは二つを、ヨークに置き換えてもよい。このような構成では、等価磁気回路において、それらに対応する磁気発生部の起磁力の何れか一つまたは二つが磁気抵抗に置き換わる磁気回路が成立する。したがって、このような構成では実施例に比べて磁気回路の磁束が大幅に小さくなり、結果として磁気吸引力も大幅に小さくなる。
【0064】
本願発明の特徴は、
図9で表される磁気回路を成立させ、効率的に磁気吸引力を発生させるために、スライドプレート11、リテーナー13、ベースプレート15に所要の磁気特性を持たせると共に、それらを適切に配置するところにある。この特徴に付随して、本実施例には、磁気発生源をスライドプレート11、リテーナー13及びベースプレート15に分散させることにより、且つ、これらの3個の磁気発生源により磁気回路の起磁力を高めることにより、体積的にコンパクトな装置を実現できる特徴がある。
【0065】
さらに、本実施例では、磁石の磁束密度の分布を考慮して、上部磁石21、中部磁石31、下部磁石41を同径とし、各磁極の磁束密度が高い外縁部を対向させることによって磁気吸引力を高める。磁石の磁束密度は、内側に比べて外縁部が大きくなり、磁界中の磁性体の磁束密度は、磁路が短くなる部分で大きくなる性質がある。また、磁気吸引力は、互いに異極で磁束密度が大きい部分同士が対面する場合に大きくなる性質がある。本実施例では、静止状態の免震装置3において、磁気吸引力をより大きくするために、上部磁石21、中部磁石31、下部磁石41のそれぞれの直径を同径とし、上部磁石21及び中部磁石31のそれぞれの外縁部を向き合わせ、且つ、下部磁石41及び中部磁石31のそれぞれの外縁部を向き合わせた。
【0066】
中部磁石31の直径bは、上部磁石21と下部磁石41の直径aより小さくしてもよいが、本実施例に比べて磁気吸引力が小さくなる。中部磁石31の直径bを上部磁石21と下部磁石41の直径aより大きくしてもよいが、本実施例に比べて磁気吸引力がさらに小さくなる。
【0067】
続いて、免震装置の水平変位方向の復元力の特性について説明する。
【0068】
図10は、免震装置3について、転動体35を含む中央断面図における主要な磁力線を示す図である。磁石の磁束密度は、外縁部が内側に比べて大きくなり、磁界中の磁性体の磁束密度は磁路が短くなる部分で大きくなる性質がある。そのため、
図10の磁力線で示すように、上部磁石と下部磁石のそれぞれの外縁部付近の磁束密度が特に大きくなる。
【0069】
図10は、静止状態の免震装置3の断面図であり、スライドプレート11とベースプレート15の水平方向の相互の相対変位はゼロである。これを状態Iと呼ぶ。この状態では、互いに異極である上部磁石21の下面と中部磁石31の上面が正対し、中部磁石31の下面と下部磁石41の上面が正対している。そのため、下部磁石41の上面から中部磁石31の下面に向かう磁界(磁力線)は、下側隙間を直線的に貫通する。同様に、中部磁石31の上面から上部磁石21の下面に向かう磁界(磁力線)は、上側隙間を直線的に貫通する。特に、上部磁石21、中部磁石31、下部磁石41のそれぞれの磁極面の磁束密度は、磁極面の中心から外縁に向かって大きくなり、磁気回路の磁路はスライドプレートの上部プレート内の最短経路、及び、ベースプレートの下部プレート内の最短経路となる。そのため、上部磁石21の下面、中部磁石31の上面及び下面、並びに、下部磁石41の上面のそれぞれの外縁部の内側周辺部が主要な磁路を形成し、これらの部分の磁束密度が大きくなる。これらの外縁部の内側周辺部の磁界によって、主に磁気吸引力が生じる。
【0070】
図3に示すように、転動体35は、水平面内に、中部磁石31(磁気発生体)を中心として放射状に配置されている。そのため、各転動体35を通る
図10に示すような磁力線が放射状に存在する。すなわち、スライドプレート11の上部磁石21及び上部プレート23、リテーナー13の中部磁石31及び転動体35、ベースプレートの下部磁石41及び下部プレート43は、
図10の磁力線で示されるような磁路群からなる磁気回路を構成する。この磁気回路の作用によって、スライドプレート11とリテーナー13とベースプレート15の磁石の相互間、及び、スライドプレート11と転動体35とベースプレート15との相互間に、鉛直方向の磁気吸引力が作用する。すなわち、免震装置には、鉛直方向に磁気吸引力が発生する。転動体35は、この磁気吸引力に抗し、ベースプレート11とスライドプレート15の鉛直方向の間隔を一定に保つ。
【0071】
図11は、水平方向の一対の力Rがスライドプレートとベースプレートに作用し、水平方向のスライドプレートとベースプレートの相対変位uが、0<u<2eを満たす状態における免震装置のせん断変形の様子、及び、主要な磁力線の位置を示す。これを状態IIと呼ぶ。(a)は、全体図であり、(b)は、中央部の拡大図である。
【0072】
図11に示すように、上部磁石21の下面と中部磁石31の上面、及び、中部磁石31の下面と下部磁石41の上面がそれぞれ水平方向にずれることによって、上部磁石21の下面と中部磁石31の上面が部分的に重なり、中部磁石31の上面から上部磁石21の下面へ向かう磁界で磁界の曲がりが生じる。同様に、下部磁石41の上面と中部磁石31の下面が部分的に重なり、下部磁石41の上面から中部磁石31の下面に向かう磁界で磁界の曲がりが生じる。これらの磁界の曲りによって、力Rにつり合う水平方向の復元力が生じる。この復元力の方向は、磁気回路で発生する磁気吸引力の方向と直交するので、この復元力をここでは特に磁気横吸引力と呼ぶ。磁気横吸引力の大きさは磁界の方向と磁界の強さによって決まる。力Rを取り除くと、この磁気横吸引力によって、スライドプレート11とベースプレート15の相対変位はゼロとなり、免震装置3のせん断変形は元に戻る。
【0073】
図12は、
図11の状態に比べて力Rと相対変位uが大きくなり、相対変位uが、u=2eを満たす状態の免震装置3のせん断変形の様子、及び主要な磁力線の位置を示す。これを状態IIIと呼ぶ。(a)は、全体図であり、(b)は、中央部の拡大図である。
【0074】
図12に示すように、中部磁石31の上面と上部磁石21の下面は部分的に重なり、上部溝25の一方は、中部磁石31の上面と重なり、中部磁石31の上面と上部プレート23の下面は重ならない。中部磁石31の上面と上部溝25が最も重なる部分の幅は、上側溝25の幅eと等しくなる。中部磁石31の上面と上部溝25が重なる部分では、中部磁石31の上面から上部磁石21の下面へ向かう磁界で磁界の曲がりが生じる。同様に、下部磁石41の上面と中部磁石31の下面は部分的に重なり、下部溝45の一方は、中部磁石31の下面と重なり、中部磁石31の上面と下部プレート43の上面は重ならない。下部溝45と中部磁石31の下面が最も重なる部分の幅は、下側溝の幅eと等しくなる。下部溝45と中部磁石31の下面が重なる部分では、下部磁石41の上面から中部磁石31の下面へ向かう磁界で磁界の曲がりが生じる。これらの磁界の曲りによって、力Rにつり合う水平方向の磁気横吸引力が生じる。
【0075】
図13は、
図12の状態に比べて力Rと相対変位uが大きくなり、相対変位uが、2e<u<aを満たす状態の免震装置のせん断変形の様子、及び、主要な磁力線の位置を示す。これを状態IVと呼ぶ。(a)は、全体図であり、(b)は、中央部の拡大図である。
【0076】
図13に示すように、中部磁石31の上面と上部磁石21の下面は部分的に重なり、上部溝25の一方は、中部磁石31の上面と重なり、中部磁石31の上面と上部プレート23の下面は部分的に重なる。上部溝25と中部磁石31の上面が重なる部分では、状態IIIと同様に、中部磁石31の上面から上部磁石21の下面へ向かう磁界で磁界の曲がりが生じる。さらに、上部プレート23の下面と中部磁石31の上面は、共に同じ極性の磁極であるから、中部磁石31の上面と上部プレート23の下面が重なる部分では磁界の反発が生じ、磁界の向きが水平方向と平行になる。磁界の曲りにより磁気横吸引力が生じる一方で、磁界の反発部分で磁気反発力が生じ、磁気横吸引力を弱める作用が発生する。同様に、下部磁石41の上面と中部磁石31の下面は部分的に重なり、下部溝45の一方は、中部磁石31の下面と重なり、中部磁石31の下面と下部プレート43の上面は部分的に重なる。下部溝45と中部磁石31の下面が重なる部分では、状態IIIと同様に、下部磁石41の上面から中部磁石31の下面へ向かう磁界で磁界の曲がりが生じる。さらに、下部プレート43の上面と中部磁石31の下面は、共に同じ極性の磁極であるから、中部磁石31の下面と下部プレート43の上面が重なる部分では磁界の反発が生じ、磁界の向きが水平方向と平行になる。磁界の曲りにより磁気横吸引力が生じる一方で、磁界の反発部分で磁気反発力が生じ、磁気横吸引力を弱める作用が発生する。
【0077】
状態II、状態III及び状態IVを比較すると、状態IIと状態IIIで磁界が反発する部分は無く、状態IVになると磁界が反発する部分が生じる。そのため、状態IVは、状態IIに比べて磁気横吸引力の増加を弱める作用が急激に大きくなる。状態IIIは、状態IIと状態IVの中間に位置する。すなわち、状態IVの磁気横吸引力の接線剛性は、状態IIのそれに比べて急激に小さくなり、状態IIIを接線剛性が急激に変わる分岐点と考えてよい。ここでは、状態IIにおける相対変位uの範囲を高剛性領域と呼び、状態IVにおける相対変位uの範囲を低剛性領域と呼び、状態IIIの変位uを分岐相対変位u
bと呼ぶ。状態IIにあるように、低剛性領域と高剛性領域の分岐相対変位u
bは、上部溝25と下部溝45の幅eの二倍である。以上の磁気横吸引力の特性から、免震装置3は、相対変位の小さい方から順に高剛性領域と低剛性領域に区分される漸軟ばね型の復元力特性を持つ。
【0078】
なお、相対変位uが上部磁石21の下面と下部磁石41の上面の直径a及び中部磁石31の上面及び下面の直径bに近づくと、磁界の反発部分が急激に拡大するので、相対変位uの上限は直径aとするのが望ましい。
【0079】
また、状態I〜状態IVの磁気横吸引力の大きさは、免震装置3の磁界の強さによって決まるので、免震装置3の磁気横吸引力は、
図9に示す磁気回路の磁束Φの大きさによって調整できる。また、本実施例の免震装置3を含む振動体は、漸軟ばね型の復元力特性を持つ。復元力の大きさは上部磁石21、中部磁石31、下部磁石41のそれぞれの起磁力と上側隙間と下側隙間の磁気抵抗によって容易に調整できるので、想定される地震動のスペクトル特性に合わせて、振動体の水平方向の固有周期を伸長できる。この固有周期の伸長により、免震対象物に作用する地震力を低減できる。
【0080】
さらに、免震装置3のせん断変形の振幅が増加すると、振動体の水平方向の固有周期が増加する。すなわち、振動体は、漸軟ばね型の非線形固有振動特性を有する非線形振動体である。振動体が外乱と共振するためには、外乱の周期が振動体の固有周期に一致し、且つ、外乱の作用による振動体の振幅が振動体の固有周期に対応する固有振幅に一致する必要がある。振幅に拘わらず固有周期が一定である線形固有振動特性を有する線形振動体の共振の条件は、外乱の周期と固有周期の一致のみである。一般の地震動では、周期と振幅の二つの条件が揃うことは非常に稀であるので、線形振動体となるような他の免震装置に比べて、本願発明の免震装置3は地震時の共振の可能性を極めて低くできる。
【0081】
次に、隙間保持器37の作用について説明する。組み立てられた免震装置3においては、上下一対の隙間保持器37の上方の先端と下方の先端の間隔は、転動体35の直径dに等しい。また、リテーナー13の支持部33からの隙間保持器37の突出高さは、上側も下側もjである。中部磁石31の高さはcなので、上側隙間と下側隙間のそれぞれの隙間間隔gは、式(2)で表される。隙間間隔gは、上側隙間と下側隙間の磁気抵抗を決定する。隙間保持器37は、隙間間隔gを一定にすることにより、両隙間の磁気抵抗を一定にし、磁気回路を安定化する。
【0082】
【数2】
【0083】
組み立て直前、すなわち、
図5(b)の一対の圧縮力Vが作用する直前の隙間保持器37の上方の先端と下方の先端の間隔を、初期高さhとする。初期高さhは、転動体35の直径dよりも大きくなる(すなわち、h>dとなる)ように設定する。h>dの条件で免震装置3を組み立てると、上下一対の隙間保持器37は、スライドプレート11とベースプレート15から圧縮されて圧縮変形を生じ、
図5(b)に示すように、上下一対の圧縮力Vが作用する。圧縮変形量はh−dであるので、圧縮力Vは、式(3)で表される。ここで、kは、1個の隙間保持器37の鉛直方向の圧縮変形のばね定数とする。圧縮体371は、ばね定数kを調整する。
【0084】
【数3】
【0085】
隙間保持器37と上部プレート23に相対運動が生じる場合、又は、隙間保持器37と下部プレート43に相対運動が生じる場合に、隙間保持器37と上部プレート23又は下部プレート43の各面の間に作用する運動抵抗力Fは、共に、式(4)で表される。ここで、μは運動抵抗係数とする。式(4)の運動抵抗力Fは、隙間保持器37、上部プレート23、下部プレート43のそれぞれに各々の相対運動を妨げる方向に作用する。この運動抵抗力Fは、副転動体373と副転動体保持器375の間の摩擦によって主に生成される。運動抵抗力Fは、副転動体373の転がり摩擦抵抗力でもある。
【0086】
【数4】
【0087】
免震装置3が静止状態である状態Iから作動状態の状態IIに移る過程では、状態Iを脱する直前では運動抵抗力は静止摩擦力となる。隙間保持器37のばね定数k、高さの差(h−d)、運動抵抗係数μを適切に設定することにより、免震装置3がせん断変形を開始する免震対象物1の慣性力又は外力の大きさを調整することができる。例えば、小規模地震や低風速時などでは、免震装置3は作動させる必要はないので、隙間保持器37の運動抵抗力を利用して、免震装置3の作動を止めることができる。すなわち、隙間保持器37に免震装置3の作動開始のトリガー機能を持たせることができる。
【0088】
また、免震装置3の作動時、すなわち、状態IIから状態IVまでの状態では、隙間保持器37の運動抵抗力Fは、免震装置3のせん断変形運動を妨げる動摩擦力となる。よって、隙間保持器37のばね定数k、高さの差(h−d)、運動抵抗係数μを適切に設定することにより、隙間保持器37は、免震装置3に摩擦減衰を付与することができる。長周期地震動などとの共振が想定される場合でも、摩擦減衰を適切に付与することにより、想定される振幅を固有振幅より小さくすることによって、共振を避けることができる。
【0089】
図14は、リテーナー13に作用する主な力、及び、それらに対応して、スライドプレート11とベースプレート15に作用する力を図示する。リテーナー13には、上側隙間と下側隙間で発生する磁気吸引力Pと磁気横吸引力S、隙間保持器37に作用する圧縮力Vと運動抵抗力Fが作用する。磁気吸引力Pと磁気横吸引力Sは、リテーナー13がスライドプレート11とベースプレート15のそれぞれの位置の中間の位置に留まるように作用する。よって、転動体35とスライドプレート11、又は、転動体35とベースプレート15の間で接触不良が生じ、転動体35に回転不足が生じる場合においても、スライドプレート11とベースプレート15の相対変位の中間の位置に転動体35が留まるように、リテーナー13は転動体35に作用する。すなわち、リテーナー13に作用する磁気吸引力Pと磁気横吸引力Sは、スライドプレート11とベースプレート15からのリテーナー13の逸脱、すなわち、転動体35の逸脱を防止する。
【0090】
図14では、スライドプレート11に作用する力として、外力R、免震対象物1とスライドプレート11の自重W、磁気吸引力Pと磁気横吸引力S、隙間保持器37に作用する圧縮力Vと摩擦力Fを示した。スライドプレート11には、これらの力の他に、転動体35との接触部で力が作用する。これについては後述する。
【0091】
図14では、ベースプレート15に作用する力として、磁気吸引力Pと磁気横吸引力S、隙間保持器37に作用する圧縮力Vと運動抵抗力F、及び、下部構造5から受ける反力Zを示した。リテーナー13の自重とベースプレート15の自重は無視する。これらの力の他に、転動体35との接触部で力が作用する。これについては後述する。
【0092】
図15に、転動体35に作用する鉛直力Qと転がり抵抗力Fbを図示する。また、これらに対応して、スライドプレート11とベースプレート15に作用する力を図示した。また、
図14で示した磁気吸引力Pと磁気横吸引力Sも併記した。
【0093】
図14と
図15に示すスライドプレート11に作用する鉛直方向の力のつり合い式より、転動体35に作用する鉛直力Qは、式(5)で示される。1個の転動体の転がり抵抗力Fbは、式(6)で表される。ここに、μ
bは、転動体35の転がり抵抗係数である。
【0094】
【数5】
【0095】
図14と
図15に示したスライドプレート11に作用する水平方向の力のつり合い式より、外力R、すなわち、免震装置の復元力は式(7)で表される。ここで、ΣFは隙間保持器37に作用する運動抵抗力の総和であり、ΣFbは転動体35の転がり抵抗力の総和である。式(7)は、相対変位uに対応する相対速度の符号によって向きが変わるΣFとΣFbを復元力Rに含むので、免震装置は、クーロン摩擦減衰の減衰特性を持つ。ただし、転動体35の転がり抵抗係数μ
bは、転動体の形態で決まる1/1000程度の小さな値であるので、隙間保持器37の圧縮力V又は運動抵抗係数μで免震装置4のクーロン摩擦減衰量を調整するのが望ましい。
【0096】
【数6】
【0097】
図16は、
図5(b)で説明した隙間保持器37の別の形態を示す。
図16の形態では、隙間保持器は、圧縮体51と摩擦体53で構成する。圧縮体51の特徴は、
図5(b)の圧縮体371と同様である。摩擦体53は、上部プレート23及び下部プレート43に比べて軟質な低透磁率材料で構成した概円筒状であり、一方の先端に圧縮体51を備え、他方の先端が上部プレート23又は下部プレート43との摩擦面となる。隙間保持器は、摩擦面と圧縮体がそれぞれリテーナーの外方と内方に位置するように、且つ、鉛直方向に遊動自在になるように、支持部33の格納部内に挿入される。上下一対の摩擦面に、鉛直方向の一対の圧縮力Vが作用する。組み立て前の上下一対の摩擦面同士の初期高さはhとする。組立後に隙間保持器に作用する圧縮力Vは式(3)で示される。
【0098】
隙間保持器と上部プレート23に相対運動が生じる場合、又は、隙間保持器と下部プレート43に相対運動が生じる場合に、隙間保持器37と各転動平面の間に作用する運動抵抗力Fは式(4)で表される。ここで、摩擦体53と上部プレート23及び下部プレート43との動摩擦係数が、運動抵抗係数μとなる。式(4)の運動抵抗力Fは、隙間保持器、上部プレート23、下部プレート43のそれぞれに各々の相対運動を妨げる方向に作用する。この運動抵抗力Fは、摩擦力である。圧縮体51と摩擦体53を各々適切な材料と適切な形態とすることにより、必要な摩擦減衰を免震装置3に付与できる。
【0099】
このように、本願発明の隙間保持器は、例えば、以下のように捉えることができる。すなわち、リテーナーの支持部に止まり穴状の隙間保持器格納部をスライドプレート側とベースプレート側のそれぞれの位置が鉛直方向に対称となるように配置し、一方の先端に副転動体を転動自在に保持し、且つ、他方の先端に圧縮体を備える概円筒状の隙間保持器を、副転動体と圧縮体をそれぞれリテーナーの外方と内方に向くように且つ鉛直方向に遊動自在になるように隙間保持器格納部に装着し、鉛直方向に一対の副転動体の頂部間の高さを転動体の直径より大きくする構成とすることができる。この構成によれば、磁気吸引力に起因して隙間保持器に作用する圧縮力と圧縮力による隙間保持器の圧縮変形を利用して、上側隙間と下側隙間の間隔を一定に保ち、圧縮力によって発生する副転動体の転がり抵抗により免震装置に減衰を付与することができる。
【0100】
また、本願発明の隙間保持器は、例えば、以下のように捉えることができる。すなわち、リテーナーの支持部に止まり穴状の隙間保持器格納部をスライドプレート側とベースプレート側のそれぞれの位置が鉛直方向に一対となるように配置し、一方の先端に摩擦体を備え且つ他方の先端に圧縮体を備える概円筒状の隙間保持器を、摩擦体と圧縮体をそれぞれリテーナーの外方と内方に向くように且つ鉛直方向に遊動自在になるように隙間保持器格納部に装着し、鉛直方向に一対の摩擦体の先端間の高さを転動体の直径より大きくする構成を示した。この構成によれば、磁気吸引力に起因して隙間保持器に作用する圧縮力と圧縮力による隙間保持器の圧縮変形を利用して、上側隙間と下側隙間の間隔を一定に保ち、且つ摩擦体と転動平面との摩擦により免震装置に減衰を付与することができる。隙間の間隔の保持、減衰の付加、減衰性能の調整を同時に行える。先の構成では、固体と固体の摩擦抵抗に比べると副転動体の転がり抵抗ははるかに小さいので、減衰を増加させるには限界がある。この構成によれば、摩擦体と圧縮体のばね定数を適切に設定することによって、必要な摩擦力を発生させ、装置が必要とする減衰性能を付与することができる。また、静止摩擦力を用いて、微小振幅時の振れ止めを行うことができる。
【0101】
続いて、転動体の他の例について、ローラーにより実現する場合について説明する。
図17は、磁路を作動方向と作動直角方向に発生させる例を示す。
図18は、磁路を作動直角方向に発生させる例を示す。
図17及び18において、(a)は、側面図、(b)は、スライドプレートのリテーナー側の図、(c)は、リテーナーの平面図、(d)は、ベースプレートのリテーナー側の図である。
【0102】
図17を参照して、スライドプレート及びベースプレートは、それぞれ、中央に上部磁石及び下部磁石を配置し、そのまわりに上部プレート及び下部プレートを配置し、これらの間には、上部溝及び下部溝が形成されている。リテーナーでは、中央に中部磁石を配置し、小さい円が隙間保持器を格納する部分であり、中部磁石のまわりの長方形は、転動体であるローラーを格納する部分である。この場合、漸軟ばね型の復元力特性を示すが、作動方向と比較して、作動直角方向の磁路が強くなる。そのため、上部溝及び下部溝による接線剛性の変化は、球の場合によりも少なくなると考えられる。
【0103】
図18を参照して、スライドプレート及びベースプレートは、それぞれ、中央に上部磁石及び下部磁石を配置し、そのまわりに上部プレート及び下部プレートを配置し、これらの間には、上部溝及び下部溝が形成されている。リテーナーでは、中央に中部磁石を配置し、小さい円が隙間保持器を格納する部分であり、中部磁石の上下の長方形は、転動体であるローラーを格納する部分である。
図17と比較して、転動体は、磁石の作動方向には設けられていない。この場合、漸軟ばね型の復元力特性を示すが、作動方向と比較して、作動直角方向の磁路が強くなる。そのため、上部溝及び下部溝による接線剛性の変化は、球の場合によりも少なくなると考えられる。
【0104】
続いて、作動試験について説明する。表1に、作動試験に用いた免震装置の構成要素の主要な外形寸法を示す。表2に、磁気特性に係る寸法を示す。表1のようにスライドプレートとリテーナーとベースプレートの外径は、それぞれ、340mm、280mm、390mmとした。転動体の直径は28.6mmとし、転動体の配置は直径240mmと直径180mmの円周上に転動体が交互に並ぶ千鳥配置とした。転動体の個数は30個である。上部磁石の下面、中部磁石の上面及び下面、並びに、下部磁石の上面の直径は、共に80mmとした。上部溝と下部溝の幅は、共に5mmとした。上側隙間と下側隙間は共に1.8mmとした。各構成要素の質量は表1の通りである。
【0105】
【表1】
【0106】
【表2】
【0107】
表3に、上部磁石21、下部磁石41、中部磁石31の仕様を示す。リテーナー13の中部磁石31は、上側を磁石とし、下側をヨークとする構成とした。使用した磁石は、外径×厚が80mm×5mmのネオジウム磁石である。
【0108】
表4に、各構成要素の材料を示す。高透磁率材料としては、スライドプレート11とベースプレート15に機械構造用炭素鋼(S50C)を使用し、転動体35に高炭素クロム軸受鋼を使用した。低透磁率材料としては、リテーナー13にアルミニューム合金(A5052)を使用し、隙間保持器37の副転動体373と副転動体保持器375にオーステナイト系ステンレス鋼を使用し、隙間保持器37の圧縮体371にポリウレタンゴムを使用した。転動体35の鉛直支持力は約4kN/個であり、免震装置3の鉛直支持力は約120kNである。
【0109】
【表3】
【0110】
【表4】
【0111】
図19は、組み立てる前のスライドプレート11の上部磁石21と上部プレート23の磁束密度の分布を示すグラフである。上部磁石21の下面はS極であり、中部磁石31の上面がN極である。スライドプレート11の上部磁石21の下面以外の面は、総てN極である。上部磁石21の下面の中央部から外縁に向かって磁束密度が増加し、上部プレート24の下面の内縁から外側に向かって磁束密度が減少する特徴が確認される。
【0112】
図20は、組み立てる前のリテーナーの磁束密度の分布を示すグラフである。中部磁石31の上面がN極であり、下面がS極である。中部磁石31の下面の磁束密度は、上面の磁束密度の約1/2程度である。これは、ヨークの磁気抵抗のために、上面より下面の磁束密度が小さくなった。磁極面の中央部から外縁に向かって磁束密度が増加する特徴が確認される。
【0113】
図21は、組み立てる前のベースプレート15の下部磁石41の上面と下部プレート43の上面の磁束密度の分布を示すグラフである。下部磁石41の上面はN極であり、下部プレート43の上面がS極である。ベースプレート15の下部磁石41の上面以外の面は、総てS極である。下部磁石41の上面の中央部から外縁に向かって磁束密度が増加し、下部プレート43の上面の内縁から外側に向かって磁束密度が減少する特徴が確認される。
【0114】
表5は、組み立てられた免震装置3の磁気吸引力Pの試験結果である。鉛直方向にスライドプレート11とベースプレート15を引っ張って、転動体35がスライドプレート11又はベースプレート15と離間するときの磁気吸引力Pを求めた。表5の磁気吸引力には、スライドプレート11、転動体35及びリテーナー13の自重は除外されている。磁気吸引力は2098Nであり、磁石メーカーの技術資料によれば、使用したネオジウム磁石と鉄板(SS400)の磁気吸引力は170Nであった。よって、
図9で示した磁気回路によって、免震装置3の磁気吸引力は、磁石と鉄板の磁気吸引力の約12倍となることが確認された。これより、免震装置3では
図9の磁気回路が成立していることが確認された。
【0115】
【表5】
【0116】
図22は、組み立てられた免震装置3の
図11、
図12及び
図13に示す相対変位uと復元力Rの履歴曲線である。横軸はuであり、縦軸はRである。免震装置3は、免震対象物1を搭載していない。高剛性領域IIと低剛性領域IVの境界IIIの変位は、上部溝と下部溝の幅の2倍である10mmである。静止状態Iから徐々に相対変位uを大きくすると、相対変位の増加に比例して復元力が増加する。相対変位が状態IIIの10mmに近くになるにつれて接線剛性が減少し、相対変位が状態IIIを超えて低剛性領域IVに入ると接線剛性の減少が大きくなり、相対変位が状態IIIから離れるに従って、相対変位の増加に比例して復元力が増加する特徴が確認される。
【0117】
相対変位を減少させると、相対変位が増加する場合に比べて、復元力が約24N減少することが確認される。これは、式(7)で示した、転動体35の転がり抵抗力と隙間保持器37の運動抵抗力が作用したためである。なお、上部磁石11と下部磁石41及び中部磁石31の磁石を設置する前に、主に隙間保持器37で発生する運動抵抗力を計測した。その運動抵抗力は約10Nであった。よって、先の復元力の減少分約24Nの内、約20Nは隙間保持器37で発生する運動抵抗力であり、残りの約4Nは主に磁気吸引力で発生する転動体35の転がり抵抗力である考えられる。転動体35の転がり抵抗係数は1/1000程度であるので、磁気吸引力は2098Nであるから、転がり抵抗力は約2Nと推定される。この転がり抵抗力の2倍が履歴曲線に現れるので、先の復元力の減少分約24Nの内、約4Nが転動体35の転がり抵抗で生じたと考えられる。
【0118】
図22より、免震装置3は、上部溝と下部溝の幅で分岐点が規定されるバイリニア型の復元力特性を持ち、主に隙間保持器37で発生する運動抵抗力によるクーロン減衰を持つことが確認される。
【0119】
図23は、免震装置3の自由振動記録の一例である。横軸は時間であり、縦軸はスライドプレート11とベースプレート15の相対変位である。免震装置3を手で数回加振し、その後の自由振動状態の相対変位を計測した。図より、振幅の減少と共に周期が減少する特徴と前記クーロン減衰によって時間の経過と共に振幅が減少する特徴が確認される。
【0120】
図24は、
図23と同様な試験を10回繰り返して得られた振幅と周期の関係を示すグラフである。振幅が数ミリの微小振幅時の周期は約0.32秒であり、振幅の増加と共に周期が増加する特徴が見られる。特に、振幅が10mmを超える領域では、振幅の増加に比例して周期が増加する特徴を明確に確認できる。これより、免震装置3は振幅の増加に比例して固有周期が増加する非線形固有振動特性を持つことが確認される。
【0121】
図22より微小振幅における復元力の接線剛性すなわちばね定数を6.0N/mmと仮定して、免震対象物1の質量を5000kgと仮定して、免震装置3で支持された免震対象物1の固有周期を試算する。
【0122】
免震対象物1を搭載しない免震装置3の固有周期は、数7のように計算される。この固有周期0.33sは、
図24の実験結果と良く対応する。
【0123】
【数7】
【0124】
次に、免震対象物1を搭載した場合の免震装置3の固有周期は、微小振幅時の場合において数8のように計算される。
図24では微小振幅の周期は約0.32sであり、計算値と実験値は良い対応を示した。次に、
図24では振幅が40mmの周期は約5.2sであるので、免震対象物1を搭載した場合で、振幅が40mmの場合の固有周期は、微小振幅の固有周期4.59sの約1.6倍の約7.3sになると推定される。
【0125】
一般に、免震構造物1では、固有周期が4秒以上となるように免震装置3のばね定数を設定する。実施例の免震装置3の固有周期は4.59s以上となるので、免震装置3は質量5000kgの免震対象物1に対して、耐震設計上の有効な固有周期の伸長を実現できることが確認される。
【0126】
【数8】
【0127】
なお、転動平面と転動体の防錆のため、下記の方法をとることが可能である。摩擦制御手段及び隙間制御手段としては、リテーナーの総ての転動体格納部を外側から囲繞するように、周回溝状の隙間保持器格納部を、リテーナーの支持部のスライドプレート側とベースプレート側のそれぞれに鉛直方向に一対となる位置に配置し、隙間保持器は平面視した場合にリング状であって、リングの断面で見ると一方の側に摩擦体を備え且つ他方の側に圧縮体を備え、摩擦体をリテーナーの外方に且つ圧縮体側をリテーナーの内方に位置するように隙間保持器を隙間保持器格納部に装着し、鉛直方向に一対の摩擦体の先端間の高さを転動体の直径より大きくする構成でも良い。この構成によれば、一対の摩擦体をそれぞれ上部プレートおよび下部プレートに接触させ、主に磁気吸引力に起因して隙間保持器に作用する圧縮力と圧縮力による隙間保持器の圧縮変形を利用して、上側隙間の間隔と下側隙間の間隔を一定に保ち、且つ摩擦体と上部プレートとの摩擦及び摩擦体と下部プレートとの摩擦により免震装置に減衰を付与し、且つ装置内部を密閉すると共に装置内部の空気を不活性・不燃性流体で置換することができる。この構成では、隙間の間隔の保持、減衰の付加、減衰の調整、装置内部の防錆が同時にできる。さらに、前記不活性・不燃性流体に粘性を持たせることによって、免震装置に粘性減衰を付与することも可能である。
【0128】
装置内部の防錆は装置を実現する上で大きな課題である。転動平面と転動体の防錆は特に重要である。不活性・不燃性流体としては、安価な窒素ガスを用いることができる。これにより、不活性・不燃性流体の追加充填などの定期的なメンテナンスは必要であるが、装置内部の防錆ができる。