【実施例】
【0055】
(実施例1)
実施例1では、CP/MAS法を用いたアレイ測定において同一の測定時間内という条件で、スペクトルの積算時間を変化させた2パターンのNMRスペクトル群を準備し、これらに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。
【0056】
・試料
ポリビニルアルコールの粉末を測定対象の試料とした。試料とするPVAには、SEKISUI Specialty Chemicals America, LLC. (SSCA)社から提供された完全ケン化グレードS235LA(ケン化度98%)を用い、このPVAを凍結粉砕することで試料粉体を得た。
【0057】
・固体
13C−NMR測定
13C−NMRスペクトルは、ECX400 NMR分光計(日本電子株式会社製)を、
13Cの共鳴周波数100.53MHz/静磁場9.4T(1H 400 MHz)で測定した。測定は、2重共鳴4mmプローブを用い、ジルコニアロータに粉体のPVA試料を詰めて、MAS(Magic Angle Spinning)回転数は10kHzで実施した。
1H−
13C双極子カップリングは、TPPM(time proportional phase modulation)法でデカップリングした。
【0058】
・多変量解析
主成分分析による解析には、米国MathWorks社製のMATLAB(Ver. R2013b登録商標)ソフトウェアを用いた。解析用のパーソナル・コンピュータには、Panasonic社製CF−AX3(Core i7-4500U)を用いた。
【0059】
・CP/MAS法のアレイ測定で得られたNMRスペクトルの取得
図8は、CP/MAS法アレイ測定により得られた複数のPVAのNMRスペクトルを並べて表示した図である。ノイズ低減処理の対象とするNMRスペクトルは、CP/MAS法の接触時間を、10μsecから10msecまで連続的に変化させることにより取得した。図中、(a)は、接触時間を10段階に変化させた10個のスペクトルデータであり、各スペクトルはそれぞれ1000回ずつ積算している。なお、図中の左側から10個のスペクトルデータを並べている。また、図中の10個のスペクトルデータはベースラインをつないで表示している。
(b)は、接触時間を100段階に変化させた100個のスペクトルデータであり、各スペクトルはそれぞれ100回ずつ積算している。これらのデータの取得に要した時間はいずれも14時間であった。なお、図中の左側から100個のスペクトルデータを並べている。また、図中の100個のスペクトルデータはベースラインをつないて表示している。
【0060】
・CP/MAS法のアレイ測定で得られたスペクトルのノイズ低減処理
取得した10組のスペクトルデータ(a)および100組のスペクトルデータ(b)のそれぞれについて主成分分析を行った。
図9は、スペクトルデータ(a)および(b)のそれぞれに対するローディングの固有値をプロットしたグラフである。グラフの縦軸に示す固有値の大きさから判断すると、(a)および(b)のいずれのケースにおいても、図中に矢印で示す1番目から5番目のローディングおよび固有値の組により、元のスペクトル群のほとんどが説明可能であることが示されている。すなわち、6番目以降のローディングは全てノイズ因子であると判定された。
【0061】
図10は、スペクトルデータ(a)および(b)のそれぞれについて、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図10についても
図7と同様に、S/N比の増減を分かり易くするために、参照符号「×5」で示す箇所に、ノイズ部分を縦に5倍に拡大して示している。
図10を参照して、ノイズレベルについて(a)と(b)とを比較すると、同一の測定時間であっても、スペクトルの積算数が少なく測定パラメータを変化させた段階の数が多い(b)100組の方が、S/N比の改善が顕著であることが見出された。
【0062】
すなわち、本実施例1によれば、スピン緩和時間や拡散係数等を求めるためのアレイ測定を行う場合、同一の測定時間であれば、1段階あたりの積算時間を減らして段階数を増やす方が、S/N比の改善が顕著であり、NMRスペクトル中の微小なピークの変化を捉えることが可能であることが見出された。
【0063】
(実施例2)
実施例2では、2次元
1H−
13C WISE法において展開時間に応じて得られたスペクトル群を準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。
【0064】
・試料
実施例1と同様の試料を用いた。
【0065】
・2次元
1H−
13C WISEの測定
2次元
1H−
13C WISEのスペクトルは、ECX400 NMR分光計(日本電子株式会社製)を、
13Cの共鳴周波数100.53MHz/静磁場9.4T(1H 400 MHz)で測定した。測定は、2重共鳴4mmプローブを用い、ジルコニアロータに粉体のPVA試料を詰めて、MAS(Magic Angle Spinning)回転数は10kHzで実施した。
1H−
13C双極子カップリングは、TPPM(time proportional phase modulation)法でデカップリングした。
【0066】
・多変量解析
実施例1と同様のソフトウェアと装置を用いた。
【0067】
・2次元
1H−
13C WISE測定で得られたスペクトルの取得
図11は、2次元
1H−
13C WISE測定により得られたPVAのNMRスペクトルである。図中(c)で示されるノイズ低減処理の対象とするNMRスペクトルは、2次元
1H−
13C WISE法の展開軸のデータポイントを32点にし、展開軸である
1H軸のサンプリング範囲を120kHz、サンプリング間隔を3.75Hzとし、展開時間の初期値は1μ秒とした。最初に観測されたスペクトルから順に展開時間を連続的に増加させることによりスペクトルデータ(c)を取得した。図中、(c)は、交差分極の接触時間を0.5msecに設定した32個のスペクトルデータを並べた等高図であり、各スペクトルはそれぞれ216回ずつ積算している。
【0068】
・2次元
1H−
13C WISE測定で得られたスペクトルのノイズ低減処理
取得した32組スペクトルデータ(c)について主成分分析を行った。
図12は、スペクトルデータ(c)のローディングの固有値をプロットしたグラフである。グラフの縦軸に示す固有値の大きさから判断すると、図中に矢印で示す1番目のローディングおよび固有値の組により、元のスペクトル群のほとんどが説明可能であることが示されている。すなわち、2番目以降のローディングは全てノイズであると判定された。
【0069】
図13は、スペクトルデータ(c)について、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図10を参照して、ノイズレベルについてノイズ除去の前後を比較すると、S/N比の改善が顕著であることが見出された。
【0070】
すなわち、本実施例2によれば、2次元NMR測定を行うことで得られたデータについて、多変量解析を用いてノイズ処理を行うことで、S/N比の改善が顕著であり、NMRスペクトル中の微小なピークを捉えることが可能であることが見出された。
【0071】
(実施例3)
実施例3では、CP/MAS法を用いた
13C−NMRスペクトルのアレイ測定において、接触時間を100段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として100個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。接触時間は、10μsecから10msecに100段階で変化させた。測定対象の試料には、住友化学株式会社製のポリエチレン(LDPE G201)を凍結粉砕することで得られた粉末を用いた。
【0072】
図14は、実施例3において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。取得した100個のスペクトルデータのうちの4個が図示されている。
図14についても
図7と同様に、S/N比の増減を分かり易くするために、参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に40倍に拡大して示している。
【0073】
図14を参照すると、実施例3においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0074】
(実施例4)
実施例4では、
13C核の緩和時間T1を測定するトーチャのパルス法において、パルス照射間の待ち時間τを1secから150secに100段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として100個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。測定対象の試料には、住友化学株式会社製のポリエチレン(LDPE G201)を凍結粉砕することで得られた粉末を用いた。
【0075】
図15は、実施例4において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。取得した100個のスペクトルデータのうちの4個が図示されている。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に40倍に拡大して示している。
【0076】
図15を参照すると、実施例4においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0077】
(実施例5)
実施例5では、
13C核の緩和時間T1ρを測定するスピンロッキング法において、パルス照射間の待ち時間τを10μsecから10msecに100段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として100個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。測定対象の試料には、住友化学株式会社製のポリエチレン(LDPE G201)を凍結粉砕することで得られた粉末を用いた。
【0078】
図16は、実施例5において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。取得した100個のスペクトルデータのうちの4個が図示されている。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に40倍に拡大して示している。
【0079】
図16を参照すると、実施例5においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0080】
(実施例6)
実施例6では、
13C核の緩和時間T1を測定する飽和回復法において、パルス照射間の待ち時間τを100secから0.1secに8段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として8個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。測定対象の試料には、SEKISUI Specialty Chemicals America, LLC. (SSCA)社製のポリビニルアルコール(PVA)である、S235LA(ケン化度98%)の粉末を用いた。
【0081】
図17は、実施例6において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に10倍に拡大して示している。
【0082】
図17を参照すると、実施例6においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0083】
(実施例7)
実施例7では、
1H核のDOSY法において、磁場勾配強度を0.03[T/m]から0.9[T/m] に31段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として31個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。本実施例では、種々のDOSY法のうち、スティミュレーテッドエコー法に分類されるPFG BPP LED(Pulsed Field Gradient Bipolar Pulse Pairs Longitudinal Eddy current Delay)法を用いた。測定対象の試料は、積水化学株式会社製のポリビニルブチラール(BH−8)とし、1wt%(重量%)の重DMSO溶液を用いた。
【0084】
図18は、実施例7において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に100倍に拡大して示している。
【0085】
図18を参照すると、実施例7においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0086】
なお、上記したように、実施例7では、種々のDOSY法のうち、スティミュレーテッドエコー法に分類されるPFG BPP LED法を用いたが、DOSY法には多数の種類が存在し、実施例7において採用するDOSY法はこれに限定されない。上記したPFG BPP LED法以外のDOSY法としては、例えば、PFG SE(PFG Spin Echo)法、PFG STE(PFG StimulaTed Echo)法、PFG LED(PFG Longitudinal Eddy current Delay)法、PFG BPP STE(PFG Bipolar Pulse Pairs)法、およびPFG GCSTE(PFG Gradient Compensated STE with Spin-Lock pulse)法、等が挙げられる。PFG SE法はスピンエコー法に分類され、PFG STE法、PFG LED法、PFG BPPSTE法、およびPFG GCSTE法は、スティミュレーテッドエコー法に分類される。
【0087】
また、実施例7では、磁場勾配強度を変化させていたが、変化させる測定パラメータはこれに限定されず、拡散時間や、勾配パルスの幅を変化させてもよい。
【0088】
(実施例8)
実施例8〜10並びに後述する実施例12および13では、様々なNMR測定手法において、測定感度を調整するために、実際の測定前に種々の測定パラメータの調整が行われている点に着目し、これら種々の測定パラメータを変化させることによりNMRスペクトル群を準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。
【0089】
実施例8では、CP/MAS法を用いた
13C−NMRスペクトルのアレイ測定において、観測核のパルス強度を0%から80%に81段階で変化させることにより、NMRスペクトル群として81個のNMRスペクトルを取得した。測定対象の試料にはアラニンを用いた。
【0090】
図19は、実施例8において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に3倍に拡大して示している。
【0091】
図19を参照すると、実施例8においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0092】
(実施例9)
実施例9では、CP/MAS法を用いた
29Si−NMRスペクトルのアレイ測定において、照射核である水素(
1H)核のパルス強度を30%から80%に51段階で変化させることにより、NMRスペクトル群として51個のNMRスペクトルを取得した。観測核は
29Siとし、8mmのプローブを用いた。測定対象の試料には3−トリメチルシリルプロピオン酸を用いた。なお、CP/MAS法は、照射核のエネルギーを観測核に移す手法であるので、照射核側のパラメータも調整対象となり得る。
【0093】
図20は、実施例9において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に3倍に拡大して示している。
【0094】
図20を参照すると、実施例9においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0095】
(実施例10)
実施例10では、シングルパルス法を用いた測定において、観測核である水素核のパルス出力(アッテネータ)を2dBから4dBに201段階で変化させることにより、NMRスペクトル群として201個のNMRスペクトルを取得した。測定対象の試料にはヘキサメチルベンゼンを用いた。
【0096】
図21は、実施例10において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に400倍に拡大して示している。
【0097】
図21を参照すると、実施例10においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0098】
(実施例11)
実施例11では、
13C核の緩和時間T1を測定するダブルパルス法において、パルス照射間の待ち時間τを1msecから30secに17段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として17個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。測定対象の試料には、重THFを用いて20wt%(重量%)に膨潤させたアイオノマーゲルを用いた。
【0099】
図22は、実施例11において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に5倍に拡大して示している。
【0100】
図22を参照すると、実施例11においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0101】
(実施例12)
実施例12では、CP/MAS法を用いたアレイ測定において、照射核のパルス強度を60%から80%に21段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として21個のNMRスペクトルを取得した。測定対象の試料にはヘキサメチルベンゼンを用いた。
【0102】
実施例12においても、再構築後のスペクトルでは、ベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0103】
(実施例13)
実施例13では、CP/MAS法を用いたアレイ測定において、観測核のパルス強度を30%から80%に51段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として51個のNMRスペクトルを取得した。8mmのプローブを用い、測定対象の試料には3−トリメチルシリルプロピオン酸を用いた。
【0104】
実施例13においても、再構築後のスペクトルでは、ベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。