特許第6175736号(P6175736)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6175736測定システムおよびNMRスペクトルのノイズ低減方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6175736
(24)【登録日】2017年7月21日
(45)【発行日】2017年8月9日
(54)【発明の名称】測定システムおよびNMRスペクトルのノイズ低減方法
(51)【国際特許分類】
   G01R 33/32 20060101AFI20170731BHJP
   G01N 24/08 20060101ALI20170731BHJP
   G01N 24/12 20060101ALI20170731BHJP
【FI】
   G01N24/02 530C
   G01N24/08 510S
   G01N24/12 510C
   G01N24/12 510L
   G01N24/02 530G
【請求項の数】10
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2016-564900(P2016-564900)
(86)(22)【出願日】2015年12月17日
(86)【国際出願番号】JP2015085323
(87)【国際公開番号】WO2016098845
(87)【国際公開日】20160623
【審査請求日】2017年4月7日
(31)【優先権主張番号】特願2014-255486(P2014-255486)
(32)【優先日】2014年12月17日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002174
【氏名又は名称】積水化学工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日下 康成
(72)【発明者】
【氏名】梶 弘典
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 健
【審査官】 田中 秀直
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−008062(JP,A)
【文献】 特開2014−038044(JP,A)
【文献】 特開2014−081382(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 33/32
G01N 24/00−24/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をNMR測定してNMRスペクトルを取得するNMR測定装置と、前記NMRスペクトルのノイズを低減するノイズ低減装置と、を備える測定システムであって、
前記NMR測定装置は、単一または複数の測定パラメータを変化させながら同一の試料をNMR測定して複数のNMRスペクトルを取得し、
前記ノイズ低減装置は、
複数の前記NMRスペクトルについて多変量解析を行い、複数の前記NMRスペクトルを複数の成分に統計的に分離する分離手段と、
分離した複数の前記成分を有効な成分とノイズ成分とに判別する判別手段と、
前記有効な成分であると判別した複数の前記成分を用いて、前記ノイズ成分が低減されたNMRスペクトルを再構築する再構築手段とを有し、
前記分離手段は、複数の前記NMRスペクトルの組を格納したスペクトル行列に対して、多次元空間における新たな直交ベクトルで展開することにより、前記多変量解析を行い、
前記多変量解析の対象である複数の前記NMRスペクトルが、前記測定パラメータを変化させた段階数が8段階以上201段階以下の測定により得られたNMRスペクトルである、測定システム
【請求項2】
前記多変量解析の対象である複数の前記NMRスペクトルが、アレイ測定により得られたNMRスペクトルである、請求項1に記載の測定システム
【請求項3】
前記多変量解析の対象である複数の前記NMRスペクトルが、前記測定パラメータを変化させた段階数が21段階以上100段階以下の測定により得られたNMRスペクトルである、請求項1または2に記載の測定システム
【請求項4】
前記多変量解析が主成分分析である、請求項1〜3のいずれかに記載の測定システム
【請求項5】
複数の前記NMRスペクトルが、前記試料に対するCP/MAS法、DOSY法、トーチャのパルス法、スピンエコー法、ソリッドエコー法、CPMG法、スピンロッキング法、飽和回復法、ダブルパルス法、Dipolar Dephasing法、2次元NMR法およびシングルパルス法のいずれかの測定方法により得られたNMRスペクトルである、請求項1〜4のいずれかに記載の測定システム
【請求項6】
前記試料が固体試料であり、複数の前記NMRスペクトルが、前記固体試料に対するCP/MAS法により得られたNMRスペクトルである、請求項1〜5のいずれかに記載の測定システム
【請求項7】
前記試料が固体試料であり、複数の前記NMRスペクトルが、前記固体試料に対する2次元H−13C WISE法により得られたNMRスペクトルである、請求項1〜5のいずれかに記載の測定システム
【請求項8】
単一または複数の測定パラメータを変化させながら同一の試料をNMR測定して得られた複数のNMRスペクトルについて多変量解析を行い、複数の前記NMRスペクトルを複数の成分に統計的に分離する分離ステップと、
分離した複数の前記成分を有効な成分とノイズ成分とに判別する判別ステップと、
前記有効な成分であると判別した複数の前記成分を用いて、前記ノイズ成分が低減されたNMRスペクトルを再構築する再構築ステップとを含み、
前記分離ステップは、複数の前記NMRスペクトルの組を格納したスペクトル行列に対して、多次元空間における新たな直交ベクトルで展開することにより、前記多変量解析を行うステップであり、
前記多変量解析の対象である複数の前記NMRスペクトルが、前記測定パラメータを変化させた段階数が8段階以上201段階以下の測定により得られたNMRスペクトルである、NMRスペクトルのノイズ低減方法。
【請求項9】
前記多変量解析の対象である複数の前記NMRスペクトルが、アレイ測定により得られたNMRスペクトルである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記多変量解析が主成分分析である、請求項8または9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NMRスペクトルのノイズを低減する装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
NMR(核磁気共鳴)装置は、スピン磁気モーメントを有する原子核に静磁場を印加することにより、スピン磁気モーメントにラーモア歳差運動を生じさせ、そこに歳差運動と同じ周波数の高周波を照射して核磁気共鳴させることにより、スピン磁気モーメントを有する原子核の信号を検出する装置である。
【0003】
NMRの測定対象となる試料には、例えば溶液試料および固体試料がある。溶液試料については、比較的シャープなNMRスペクトルを得られることが多く、化学物質の分子構造の解析に広く普及している。
【0004】
固体試料についてのNMR測定も、材料の構造解析に有用である。近年では応用範囲が非常に広くなってきており、特に高分子材料、生命化学、無機化学への応用が拡大し続けている。しかしながら、固体試料についてのNMR測定には、次のような問題がある。
・磁場中でのエネルギー準位の分裂によりNMR法で観測できる核スピンが、試料中のわずか数千〜数万分の1に過ぎず、信号の感度が低い。
・アクリル樹脂やエポキシ樹脂、PVA(ポリビニルアルコール)等の高分子の有機物中では、固体中の水素(H)核の双極子モーメント間の相互作用により、得られるスペクトルに非常に幅広な線形が与えられ、測定により得られる構造情報が制限されてしまう。
【0005】
近年では、磁石の大型化や機器の進歩により信号の検出感度は向上しているものの、NMR法は他の分析方法と比べても感度が低い手法である。この主因は、NMR法が非常に微弱なエネルギー変化を検出しているという原理的な側面にある。また、観測する同位体の天然存在比も重要であり、水素(H)核のように天然存在比が100%に近い核は良いが、13C核のように1%程度しか存在しない場合には、信号の検出感度に大きな影響を与える。そのため、固体NMRについては、歴史的に、信号の検出感度を改善する様々な手法が研究されている。表1に、固体NMRの信号の検出感度を向上させる種々の方法を示す。
【表1】
【0006】
例えば積算回数を増やすと、容易に信号/ノイズ比(S/N比)を向上させることが可能となるが、その反面、データの積算に非常に時間がかかり、マシンタイムが増加するというデメリットがある。これ以外の方法でも、例えば分解能を向上させることができても、その反面非常に高額な装置が必要になるというデメリットがある。
【0007】
一方で、NMRスペクトル中のピークをその由来に応じて分離する試みがなされており、このような試みはピーク帰属と呼ばれている。下記特許文献1に記載の固体NMRスペクトルの測定方法によると、13C核に化学結合しているH核の数に応じて生じる磁化移動速度の違いを利用して、13C核の固体NMRスペクトルを、CH基由来と、CH基由来と、CH基および四級炭素由来との種類別に分離することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2011−141162号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1の測定方法では、NMRスペクトルを各ピークの由来に応じて分離し分類することはできても、NMRスペクトルのノイズを低減することはできていない。
【0010】
本発明の目的は、NMRスペクトルのノイズを低減して、S/N比の高いNMRスペクトルを得ることができるノイズ低減装置、方法およびプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するための、本発明に係るNMRスペクトルのノイズ低減装置は、
単一または複数の測定パラメータを変化させながら試料をNMR測定して得られた複数のNMRスペクトルについて多変量解析を行い、複数の前記NMRスペクトルを複数の成分に統計的に分離する分離手段と、
分離した複数の前記成分を有効な成分とノイズ成分とに判別する判別手段と、
前記有効な成分であると判別した複数の前記成分を用いて、前記ノイズ成分が低減されたNMRスペクトルを再構築する再構築手段とを有する。
【0012】
好ましくは、前記分離手段は、複数の前記NMRスペクトルの組を格納したスペクトル行列に対して、多次元空間における新たな直交ベクトルで展開することにより、前記多変量解析を行う。
【0013】
好ましくは、前記多変量解析が主成分分析である。
【0014】
例えば、複数の前記NMRスペクトルが、前記試料に対するCP/MAS法、DOSY法、トーチャのパルス法、スピンエコー法、ソリッドエコー法、CPMG法、スピンロッキング法、飽和回復法、ダブルパルス法、Dipolar Dephasing法、2次元NMR法およびシングルパルス法のいずれかの測定方法により得られたNMRスペクトルである。
【0015】
あるいは、前記試料が固体試料であり、複数の前記NMRスペクトルが、前記固体試料に対するCP/MAS法により得られたNMRスペクトルである。
【0016】
あるいは、前記試料が固体試料であり、複数の前記NMRスペクトルが、前記固体試料に対する2次元H−13C WISE法により得られたNMRスペクトルである。
【0017】
また、本発明に係るNMRスペクトルのノイズ低減方法は、
単一または複数の測定パラメータを変化させながら試料をNMR測定して得られた複数のNMRスペクトルについて多変量解析を行い、複数の前記NMRスペクトルを複数の成分に統計的に分離する分離ステップと、
分離した複数の前記成分を有効な成分とノイズ成分とに判別する判別ステップと、
前記有効な成分であると判別した複数の前記成分を用いて、前記ノイズ成分が低減されたNMRスペクトルを再構築する再構築ステップとを含む。
【0018】
また、本発明に係るプログラムは、上記した本発明に係るNMRスペクトルのノイズ低減装置の前記分離手段、前記判別手段、および前記再構築手段として、コンピュータを機能させる。
【0019】
また、本発明に係るコンピュータ読み取り可能な記録媒体は、上記した本発明に係るプログラムを記録する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によると、NMRスペクトルのノイズを低減して、S/N比の高いNMRスペクトルを得ることができる。特に、本発明によれば、同一の測定時間でありながら、従来の他の手法よりもさらにS/N比の高いNMRスペクトルを得ることができる。これは、緩和時間や拡散係数等を求めるためのアレイ測定を行う場合に有利である。
【0021】
また、本発明は、パーソナル・コンピュータを利用してNMRスペクトルの多変量解析を行うので、高価な装置を必要とすることなく、従来の他の手法よりも安価にS/N比の高いNMRスペクトルを得ることができる。
【0022】
また、本発明によると、NMRスペクトルを統計的に解析することによりノイズを低減しているので、本発明は、固体NMRに限らず溶液NMRについても適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の実施の形態に係るNMRスペクトルのノイズ低減装置1の概略構成を示すブロック図である。
図2】本発明の実施の形態に係るNMRスペクトルのノイズ低減装置1の機能を説明するためのブロック図である。
図3】CP/MAS法アレイ測定により得られる例示的なNMRスペクトルである。
図4】本発明の実施の形態に係るNMRスペクトルのノイズ低減装置1が行うデータ処理の順序を示すフローチャートである。
図5】主成分分析により得られたローディングの固有値をプロットした例示的なグラフである。
図6】主成分分析により得られたローディングの一例である。
図7】オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した例示的な図である。
図8】実施例1に係る、CP/MAS法アレイ測定により得られた複数のPVAのNMRスペクトルを並べて表示した図である。
図9】実施例1に係る、スペクトルデータ(a)および(b)のそれぞれに対するローディングの固有値をプロットしたグラフである。
図10】実施例1に係る、スペクトルデータ(a)および(b)のそれぞれについて、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図11】実施例2に係る、スペクトルデータ(c)により得られた固体2次元NMRスペクトルの図である。
図12】実施例2に係る、スペクトルデータ(c)に対するローディングの固有値をプロットしたグラフである。
図13】実施例2に係る、スペクトルデータ(c)について、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図14】実施例3に係る、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図15】実施例4に係る、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図16】実施例5に係る、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図17】実施例6に係る、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図18】実施例7に係る、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図19】実施例8に係る、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図20】実施例9に係る、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図21】実施例10に係る、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
図22】実施例11に係る、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態を、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明および図面において、同じ符号は同じまたは類似の構成要素を示すこととし、よって、同じまたは類似の構成要素に関する説明を省略する。
【0025】
図1は、本発明の実施の形態に係るNMRスペクトルのノイズ低減装置1の概略構成を示すブロック図である。本実施形態では、ノイズ低減装置1はコンピュータ・システムとして実現されている。
【0026】
ノイズ低減装置1(以下、単に装置1とも記す)は、後述するデータ処理を行うCPU10と、データ処理の作業領域に使用するメモリ11と、処理データを記録する記録部12と、各部の間でデータを伝送するバス13と、外部機器とのデータの入出力を行うインタフェース部14(以下、I/F部と記す)とを備えている。任意の構成として、コンピュータが通常備えている操作手段(キーボード等)や表示手段(ディスプレイ等)を備えることもできる。操作手段と表示手段とは、一体化されてタッチパネル付き表示装置として実現されてもよい。なお、ノイズ低減装置1は一体の装置である必要はなく、CPU10、メモリ11と、記録部12等が別所に配置され、これらがネットワークで接続されていてもよい。また、操作手段や表示手段を省略した操作者を必要としない装置であってもよい。
【0027】
図2は、本発明の実施の形態に係るNMRスペクトルのノイズ低減装置1の機能を説明するためのブロック図である。装置1は、分離部21と、判別部22と、再構築部23とを備える。これらの機能ブロックは、本発明に係るプログラムを装置1にインストールすることにより実現されるものである。
【0028】
以下の説明においては、特に断らない限り装置1が行う処理は、実際には装置1のCPU10が行う処理を意味する。CPU10はメモリ11を作業領域として必要なデータ(処理途中の中間データ等)を一時記憶し、記録部12に演算結果等の長期保存するデータを適宜記録する。また、装置1は、以下で説明するステップS1〜S3の処理を行うために、本発明に係るプログラムを、例えば実行形式(例えばプログラミング言語からコンパイラにより変換されて生成される)で記録部12に予め記録しており、装置1は、記録部12に記録したプログラムを使用して処理を行う。なお、上記プログラムは、CD−ROM等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体から装置1にインストールしてもよいし、装置1をインターネット(図示せず)と接続し、インターネットを介してプログラムのプログラムコードをダウンロードしてもよい。
【0029】
以下に説明する本発明の実施形態では、CP/MAS(Cross Polarization/Magic Angle Sample Spinning)法を用いたアレイ測定により得られたNMRスペクトル、あるいは2次元H−13C WISE(wide-line separation)法を用いて得られたNMRスペクトルをノイズ低減処理の対象とする。CP/MAS法では、H核のスピン偏極を、試料中に含まれる13C核、29Si核、15N核または31P核に交差分極(cross polarization)させることにより、これら試料中の核によるNMR信号を検出している。また、2次元H−13C WISE法では、H−13Cの相間スペクトルを、励起されたHの磁化を展開時間で展開したのちに、13Cに交差分極させることで検出している。展開時間は、初期に与える展開時間および展開軸のサンプリング範囲および展開軸のサンプリング間隔によって決定される。
【0030】
検出にあたっては、H−13C双極子カップリングをデカップリングすることがある。デカップリングにはたとえばTPPM(time proportional phase modulation)法やCW(Continuous-Wave)法、SPINAL64法などがあるが、本実施形態においてはこれに限定されるものではない。
【0031】
また、本発明を適用するにあたり、ノイズ低減処理対象のNMRスペクトルは、各種のNMR測定装置において、測定時に測定パラメータ(本実施形態では、CP/MAS法における接触時間(contact time))を変化させることにより、複数のNMRスペクトル#1〜#n(nは自然数)が取得されて、I/F部14を介して装置1の記録部12に予め記録されているものとする。図3は、CP/MAS法アレイ測定により得られる例示的なNMRスペクトルである。図3には、100個のNMRスペクトルのうちの10個を抜粋して図示している。100個のNMRスペクトルは、CP/MAS法における接触時間を10μsから10msまで連続的に変化させることにより、100回に分けて(100段階で)測定を行うことにより取得されている(アレイ測定)。本実施形態では、これら100個(n=100)のNMRスペクトルを処理対象とする。
【0032】
本実施形態では、複数のNMRスペクトルの組を格納したスペクトル行列に対して多変量解析を用いて、多次元空間における新たな直交ベクトルで展開する処理を行う工程を含んでいる。つまり、一般的にNMRスペクトルは多数のデータポイントからなっており、一つのスペクトルは、多変量解析においてデータポイントの数と同じ数の次元をもつ空間(多次元空間)の中の一つの点(スペクトル点)として表現される。この多次元空間における、複数のスペクトル点が示す広がりを、分散の大きな順にとらえる直交ベクトルを新たな座標軸として表現し直すことを、本実施形態では「新たな直交軸で展開する」と述べている。多次元空間において新たな直交ベクトルで展開する手法としては、主成分分析(Principal Component Analysis; PCA)が代表的であるが、PLS(Partial Least Square)など、厳密に直交とは言えない軸を用いて展開する他の手法を用いても構わない。このようなスペクトルの行列の展開は、線形代数で有名なGram−Schmidtの直交化法などを踏襲できる。
【0033】
本実施形態では、多変量解析の手法として主成分分析(Principal Component Analysis; PCA)を採用する。まず、次式のように表される、複数のNMRスペクトルを行ベクトル表記したものの組を格納したスペクトル行列Aを考える。
【数1】
主成分分析によると、このスペクトル行列Aは次式のように展開される。
【0034】
A = t + t + ・・t・・ + t
ここで、nは自然数である。
【0035】
この時の行ベクトルpjをローディングベクトル(あるいは単にローディング)、列ベクトルtjをスコアベクトル(あるいは単にスコア)と呼ぶ。それぞれのローディングは元の行列Aを能率よく説明できる順番、すなわち大きな分散(行列Aの分散・共分散行列の固有値に対応)になる順番に算出される。ここで、計算方法によっては小さい方から昇順に記録されることもあり、その場合は第一ローディングが最後に記録されるため注意が必要である。
【0036】
このように、行列Aは展開によって得られた新たなローディングによって表現されることになる。ローディングをグラフ表示するとその形状がスペクトルに似ていることからローディングスペクトルとも呼ばれる。ローディングの数は行列Aに格納されているスペクトルの数、もしくはNMRスペクトルのデータポイントの数のうち少ない方の数(行列Aの階数(rank))と同じになり、多くの場合スペクトルの数と同じだけ得られる。
【0037】
ローディング、スコアおよび固有値を求めるアルゴリズムとしては、いくつかの公知な手法を用いることができ、ラグランジュ乗数法の他、ヤコビ法、QR分解、NIPALS、特異値分解がある。本実施形態では特異値分解を用いているが本発明はこれに限定されるものではない。
【0038】
分散・共分散行列の固有値は、スペクトルの前処理としてスペクトル行列Aに対して中心平均化の処理をすることを前提としているが、中心平均化は省いてもよい。中心平均化とは、多次元空間の原点をスペクトル点の広がりの重心に移動させることを意味する。中心平均化を省く場合は、多次元空間の原点をスペクトル点に加えてから、点の広がりを解析することに相当する。どちらを用いても本目的には違いが生じない。
【0039】
主成分分析は公知の手法であり、具体的な解析アルゴリズムは、例えば米国MathWorks社製のMATLAB(登録商標)等の数値解析ソフトウェアにより提供されているので、主成分分析に関するさらなる詳細な説明は省略する。
【0040】
図4は、本発明の実施の形態に係るNMRスペクトルのノイズ低減装置1が行うデータ処理の順序を示すフローチャートである。以下、本発明の実施の形態に係るノイズ低減装置のデータ処理について、図4に示すフローチャートに基づいて詳細に説明する。なお、図2に示す分離部21、判別部22、および再構築部23により、図4に示すステップS1、S2、およびS3の処理がそれぞれ実行される。特許請求の範囲に記載の分離手段、判別手段、および再構築手段が、図2に示す分離部21、判別部22、および再構築部23にそれぞれ対応し、特許請求の範囲に記載の分離ステップ、判別ステップ、および再構築ステップが、図4に示すステップS1、S2、およびS3にそれぞれ対応する。
【0041】
ステップS1では、分離部21が、多変量解析により、複数のNMRスペクトルを複数の成分に統計的に分離する。記録部12に予め記録されている複数のNMRスペクトル#1〜#nを読み込み、読み込んだNMRスペクトル#1〜#nに対して主成分分析を行う。NMRスペクトル#1〜#nに対する主成分分析により、n組のローディングおよびスコアが得られる。それぞれのローディングは元の複数のNMRスペクトルを能率よく説明できる順番、すなわち固有値が大きい順番に算出される。得られたローディングと、スコアおよび固有値は、互いに関連付けられて記録部12に記録される。
【0042】
ステップS2では、判別部22が、統計的に分離された成分を、有効な成分とノイズ成分とに判別する。統計的に分離された成分とは、主成分分析の場合、ローディング、スコアおよび固有値である。固有値#nは、分析対象である複数のNMRスペクトル#1〜#nに対してローディング#nが与える影響の大きさを示している。
【0043】
本ステップS2では、ローディングと固有値とのn個の組のうち、固有値の大きさに基づいて、変化の大きい固有値を有する組を有効な成分の組(基本因子:NMRスペクトルに影響を与える組)と判定し、変化が非常に小さい固有値を有する組をノイズ成分の組(ノイズ因子:NMRスペクトルにほとんど影響を与えない組)と判定する。各組に対する判定結果は、固有値およびローディングの組と関連付けられて記録部12に記録される。
【0044】
図5は、主成分分析により得られたローディングの固有値をプロットした例示的なグラフである。判定方法の一例としては、例えばn個の固有値の大きいものから順に所定の数m(例えば、図5中に拡大図で示す5つ)を、基本因子と判定し、それ以外をノイズ因子と判定する。主成分分析により得られたローディングの一例を図6に示す。図6には、固有値の大きいものから順に、例として5つのローディングPC1〜PC5が示されている。
【0045】
ステップS3では、再構築部23が、ステップS2にて固有値をもとに有効な成分と判定したローディングの組(図5に示す例では5つ)を用いて、NMRスペクトルを再構築する。
【0046】
スペクトルの再構築は、スペクトル行列Aの主成分分析から得られた、ローディングを格納した行列Pと対応するスコア行列を用いた行列計算により実行される。スコアはスペクトルAをローディングベクトルに射影したものなので、次式によって計算できる。
T = A Pt
で表される行列Tを計算する。ここでPは行列Pの転置行列である。
【0047】
ここでは例として初めのm個の固有値を意味のある成分として採用する。この場合、再構築計算はTのm列までの行列TとPのm行までの行列Pとの積を計算する。
rec = T
このArecはローディングという新しい座標で再構築したものだが、元の座標系(すなわちグラフ表示)から見るとノイズによるブレが取り除かれ、真値に近い位置に近づいている。
【0048】
図7は、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した例示的な図である。図中、S/N比の増減を分かり易くするために、参照符号「×5」で示す箇所に、ノイズ部分を縦に5倍に拡大して示している。参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、オリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが理解される。これは、再構築により得られたスペクトルが、ノイズ因子と判定したローディングを除外して真値に近づいているからである。
【0049】
以上、本発明を特定の実施の形態によって説明したが、本発明は上記した実施の形態に限定されるものではない。
【0050】
上記実施の形態では、図4に示すデータ処理をCPU10が行う処理として記載しているが、CPU10が行う処理をそれぞれの機能に分類して、例えば図2に示す各機能毎に専用の電子回路を作製し、これら電子回路が図4のデータ処理を分担して実行してもよい。
【0051】
また、上記実施の形態では、多変量解析の手法として主成分分析を採用しているが、多変量解析の手法として、スペクトルを格納した行列を新たな直交ベクトルで展開することが肝要であることから、本発明において採用する多変量解析の手法は主成分分析に限られず、例えばPLS法など、直交ベクトルを用いてスペクトルを格納した行列を展開する工程を含む他の手法であってもよい。
【0052】
また、上記実施の形態では、ステップS2の判別ステップにおいて、n個の固有値の大きいものから順に所定の数mを基本因子と判定し、これ以外をノイズ因子と判定しているが、基本因子とノイズ因子を判別する方法はこれに限らず、例えば所定のしきい値(例えば×10−2)を予め設定し、固有値が「最も大きい固有値×しきい値」以下の固有値およびローディングの組を、ノイズ成分と判定してもよい。また、各固有値を固有値の総和で割って算出した「寄与率」を固有値毎に計算し、この固有値毎の「寄与率」に基づいてノイズ成分を判別してもよい。この場合の寄与率は百分率(%)となり、例えば寄与率が所定の値(例えば、0.5%)を下回る場合には、その固有値およびローディングの組を、ノイズ成分と判定してもよい。
【0053】
また、上記実施の形態では、ノイズ低減対象の複数のNMRスペクトルは、CP/MAS法における接触時間を変化させることにより予め取得され準備されているか、あるいは2次元H−13C WISE法における展開時間を変化させることにより予め取得され準備されているが、NMRスペクトルを複数取得する際に変化させる測定パラメータは、CP/MAS法における接触時間、あるいは2次元H−13C WISE法における展開軸の展開時間に限らず、表2に示す種々の測定パラメータを利用することができる。NMRスペクトルを複数の段階で取得することができる限り、変化させる測定パラメータは、NMR測定の対象となる試料および測定の目的に応じて適宜選択すればよい。また、測定核種は特に限定されない。
【表2】
【0054】
また、上記実施の形態では、ノイズ低減対象の複数のNMRスペクトルは、固体NMR測定の一態様であるCP/MAS法により予め取得され準備されているか、あるいは2次元H−13C WISE法により予め取得され準備されているが、本発明ではNMRスペクトルを統計的に解析することによりノイズを低減しているので、ノイズ低減対象のスペクトルは固体NMRにより得られたものに限らず、溶液NMRにより得たものについても適用可能である。NMR測定時の試料も厳密に固体または溶液に制限されることはなく、NMR測定時の試料は例えばゲル状の物質であってもよい。
【実施例】
【0055】
(実施例1)
実施例1では、CP/MAS法を用いたアレイ測定において同一の測定時間内という条件で、スペクトルの積算時間を変化させた2パターンのNMRスペクトル群を準備し、これらに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。
【0056】
・試料
ポリビニルアルコールの粉末を測定対象の試料とした。試料とするPVAには、SEKISUI Specialty Chemicals America, LLC. (SSCA)社から提供された完全ケン化グレードS235LA(ケン化度98%)を用い、このPVAを凍結粉砕することで試料粉体を得た。
【0057】
・固体13C−NMR測定
13C−NMRスペクトルは、ECX400 NMR分光計(日本電子株式会社製)を、13Cの共鳴周波数100.53MHz/静磁場9.4T(1H 400 MHz)で測定した。測定は、2重共鳴4mmプローブを用い、ジルコニアロータに粉体のPVA試料を詰めて、MAS(Magic Angle Spinning)回転数は10kHzで実施した。H−13C双極子カップリングは、TPPM(time proportional phase modulation)法でデカップリングした。
【0058】
・多変量解析
主成分分析による解析には、米国MathWorks社製のMATLAB(Ver. R2013b登録商標)ソフトウェアを用いた。解析用のパーソナル・コンピュータには、Panasonic社製CF−AX3(Core i7-4500U)を用いた。
【0059】
・CP/MAS法のアレイ測定で得られたNMRスペクトルの取得
図8は、CP/MAS法アレイ測定により得られた複数のPVAのNMRスペクトルを並べて表示した図である。ノイズ低減処理の対象とするNMRスペクトルは、CP/MAS法の接触時間を、10μsecから10msecまで連続的に変化させることにより取得した。図中、(a)は、接触時間を10段階に変化させた10個のスペクトルデータであり、各スペクトルはそれぞれ1000回ずつ積算している。なお、図中の左側から10個のスペクトルデータを並べている。また、図中の10個のスペクトルデータはベースラインをつないで表示している。
(b)は、接触時間を100段階に変化させた100個のスペクトルデータであり、各スペクトルはそれぞれ100回ずつ積算している。これらのデータの取得に要した時間はいずれも14時間であった。なお、図中の左側から100個のスペクトルデータを並べている。また、図中の100個のスペクトルデータはベースラインをつないて表示している。
【0060】
・CP/MAS法のアレイ測定で得られたスペクトルのノイズ低減処理
取得した10組のスペクトルデータ(a)および100組のスペクトルデータ(b)のそれぞれについて主成分分析を行った。図9は、スペクトルデータ(a)および(b)のそれぞれに対するローディングの固有値をプロットしたグラフである。グラフの縦軸に示す固有値の大きさから判断すると、(a)および(b)のいずれのケースにおいても、図中に矢印で示す1番目から5番目のローディングおよび固有値の組により、元のスペクトル群のほとんどが説明可能であることが示されている。すなわち、6番目以降のローディングは全てノイズ因子であると判定された。
【0061】
図10は、スペクトルデータ(a)および(b)のそれぞれについて、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。図10についても図7と同様に、S/N比の増減を分かり易くするために、参照符号「×5」で示す箇所に、ノイズ部分を縦に5倍に拡大して示している。図10を参照して、ノイズレベルについて(a)と(b)とを比較すると、同一の測定時間であっても、スペクトルの積算数が少なく測定パラメータを変化させた段階の数が多い(b)100組の方が、S/N比の改善が顕著であることが見出された。
【0062】
すなわち、本実施例1によれば、スピン緩和時間や拡散係数等を求めるためのアレイ測定を行う場合、同一の測定時間であれば、1段階あたりの積算時間を減らして段階数を増やす方が、S/N比の改善が顕著であり、NMRスペクトル中の微小なピークの変化を捉えることが可能であることが見出された。
【0063】
(実施例2)
実施例2では、2次元H−13C WISE法において展開時間に応じて得られたスペクトル群を準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。
【0064】
・試料
実施例1と同様の試料を用いた。
【0065】
・2次元H−13C WISEの測定
2次元H−13C WISEのスペクトルは、ECX400 NMR分光計(日本電子株式会社製)を、13Cの共鳴周波数100.53MHz/静磁場9.4T(1H 400 MHz)で測定した。測定は、2重共鳴4mmプローブを用い、ジルコニアロータに粉体のPVA試料を詰めて、MAS(Magic Angle Spinning)回転数は10kHzで実施した。H−13C双極子カップリングは、TPPM(time proportional phase modulation)法でデカップリングした。
【0066】
・多変量解析
実施例1と同様のソフトウェアと装置を用いた。
【0067】
・2次元H−13C WISE測定で得られたスペクトルの取得
図11は、2次元H−13C WISE測定により得られたPVAのNMRスペクトルである。図中(c)で示されるノイズ低減処理の対象とするNMRスペクトルは、2次元H−13C WISE法の展開軸のデータポイントを32点にし、展開軸であるH軸のサンプリング範囲を120kHz、サンプリング間隔を3.75Hzとし、展開時間の初期値は1μ秒とした。最初に観測されたスペクトルから順に展開時間を連続的に増加させることによりスペクトルデータ(c)を取得した。図中、(c)は、交差分極の接触時間を0.5msecに設定した32個のスペクトルデータを並べた等高図であり、各スペクトルはそれぞれ216回ずつ積算している。
【0068】
・2次元H−13C WISE測定で得られたスペクトルのノイズ低減処理
取得した32組スペクトルデータ(c)について主成分分析を行った。図12は、スペクトルデータ(c)のローディングの固有値をプロットしたグラフである。グラフの縦軸に示す固有値の大きさから判断すると、図中に矢印で示す1番目のローディングおよび固有値の組により、元のスペクトル群のほとんどが説明可能であることが示されている。すなわち、2番目以降のローディングは全てノイズであると判定された。
【0069】
図13は、スペクトルデータ(c)について、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。図10を参照して、ノイズレベルについてノイズ除去の前後を比較すると、S/N比の改善が顕著であることが見出された。
【0070】
すなわち、本実施例2によれば、2次元NMR測定を行うことで得られたデータについて、多変量解析を用いてノイズ処理を行うことで、S/N比の改善が顕著であり、NMRスペクトル中の微小なピークを捉えることが可能であることが見出された。
【0071】
(実施例3)
実施例3では、CP/MAS法を用いた13C−NMRスペクトルのアレイ測定において、接触時間を100段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として100個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。接触時間は、10μsecから10msecに100段階で変化させた。測定対象の試料には、住友化学株式会社製のポリエチレン(LDPE G201)を凍結粉砕することで得られた粉末を用いた。
【0072】
図14は、実施例3において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。取得した100個のスペクトルデータのうちの4個が図示されている。図14についても図7と同様に、S/N比の増減を分かり易くするために、参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に40倍に拡大して示している。
【0073】
図14を参照すると、実施例3においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0074】
(実施例4)
実施例4では、13C核の緩和時間T1を測定するトーチャのパルス法において、パルス照射間の待ち時間τを1secから150secに100段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として100個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。測定対象の試料には、住友化学株式会社製のポリエチレン(LDPE G201)を凍結粉砕することで得られた粉末を用いた。
【0075】
図15は、実施例4において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。取得した100個のスペクトルデータのうちの4個が図示されている。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に40倍に拡大して示している。
【0076】
図15を参照すると、実施例4においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0077】
(実施例5)
実施例5では、13C核の緩和時間T1ρを測定するスピンロッキング法において、パルス照射間の待ち時間τを10μsecから10msecに100段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として100個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。測定対象の試料には、住友化学株式会社製のポリエチレン(LDPE G201)を凍結粉砕することで得られた粉末を用いた。
【0078】
図16は、実施例5において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。取得した100個のスペクトルデータのうちの4個が図示されている。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に40倍に拡大して示している。
【0079】
図16を参照すると、実施例5においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0080】
(実施例6)
実施例6では、13C核の緩和時間T1を測定する飽和回復法において、パルス照射間の待ち時間τを100secから0.1secに8段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として8個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。測定対象の試料には、SEKISUI Specialty Chemicals America, LLC. (SSCA)社製のポリビニルアルコール(PVA)である、S235LA(ケン化度98%)の粉末を用いた。
【0081】
図17は、実施例6において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に10倍に拡大して示している。
【0082】
図17を参照すると、実施例6においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0083】
(実施例7)
実施例7では、H核のDOSY法において、磁場勾配強度を0.03[T/m]から0.9[T/m] に31段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として31個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。本実施例では、種々のDOSY法のうち、スティミュレーテッドエコー法に分類されるPFG BPP LED(Pulsed Field Gradient Bipolar Pulse Pairs Longitudinal Eddy current Delay)法を用いた。測定対象の試料は、積水化学株式会社製のポリビニルブチラール(BH−8)とし、1wt%(重量%)の重DMSO溶液を用いた。
【0084】
図18は、実施例7において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に100倍に拡大して示している。
【0085】
図18を参照すると、実施例7においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0086】
なお、上記したように、実施例7では、種々のDOSY法のうち、スティミュレーテッドエコー法に分類されるPFG BPP LED法を用いたが、DOSY法には多数の種類が存在し、実施例7において採用するDOSY法はこれに限定されない。上記したPFG BPP LED法以外のDOSY法としては、例えば、PFG SE(PFG Spin Echo)法、PFG STE(PFG StimulaTed Echo)法、PFG LED(PFG Longitudinal Eddy current Delay)法、PFG BPP STE(PFG Bipolar Pulse Pairs)法、およびPFG GCSTE(PFG Gradient Compensated STE with Spin-Lock pulse)法、等が挙げられる。PFG SE法はスピンエコー法に分類され、PFG STE法、PFG LED法、PFG BPPSTE法、およびPFG GCSTE法は、スティミュレーテッドエコー法に分類される。
【0087】
また、実施例7では、磁場勾配強度を変化させていたが、変化させる測定パラメータはこれに限定されず、拡散時間や、勾配パルスの幅を変化させてもよい。
【0088】
(実施例8)
実施例8〜10並びに後述する実施例12および13では、様々なNMR測定手法において、測定感度を調整するために、実際の測定前に種々の測定パラメータの調整が行われている点に着目し、これら種々の測定パラメータを変化させることによりNMRスペクトル群を準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。
【0089】
実施例8では、CP/MAS法を用いた13C−NMRスペクトルのアレイ測定において、観測核のパルス強度を0%から80%に81段階で変化させることにより、NMRスペクトル群として81個のNMRスペクトルを取得した。測定対象の試料にはアラニンを用いた。
【0090】
図19は、実施例8において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に3倍に拡大して示している。
【0091】
図19を参照すると、実施例8においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0092】
(実施例9)
実施例9では、CP/MAS法を用いた29Si−NMRスペクトルのアレイ測定において、照射核である水素(H)核のパルス強度を30%から80%に51段階で変化させることにより、NMRスペクトル群として51個のNMRスペクトルを取得した。観測核は29Siとし、8mmのプローブを用いた。測定対象の試料には3−トリメチルシリルプロピオン酸を用いた。なお、CP/MAS法は、照射核のエネルギーを観測核に移す手法であるので、照射核側のパラメータも調整対象となり得る。
【0093】
図20は、実施例9において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に3倍に拡大して示している。
【0094】
図20を参照すると、実施例9においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0095】
(実施例10)
実施例10では、シングルパルス法を用いた測定において、観測核である水素核のパルス出力(アッテネータ)を2dBから4dBに201段階で変化させることにより、NMRスペクトル群として201個のNMRスペクトルを取得した。測定対象の試料にはヘキサメチルベンゼンを用いた。
【0096】
図21は、実施例10において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に400倍に拡大して示している。
【0097】
図21を参照すると、実施例10においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0098】
(実施例11)
実施例11では、13C核の緩和時間T1を測定するダブルパルス法において、パルス照射間の待ち時間τを1msecから30secに17段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として17個のNMRスペクトルを準備し、これに対する本発明に係るノイズ低減処理の結果について考察した。測定対象の試料には、重THFを用いて20wt%(重量%)に膨潤させたアイオノマーゲルを用いた。
【0099】
図22は、実施例11において得られた、オリジナルのNMRスペクトルと再構築したNMRスペクトルとを比較用に示した図である。参照符号で示す箇所に、ノイズ部分を縦に5倍に拡大して示している。
【0100】
図22を参照すると、実施例11においても、参照符号で示すように、再構築後のスペクトルでは、いずれのものにおいてもベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0101】
(実施例12)
実施例12では、CP/MAS法を用いたアレイ測定において、照射核のパルス強度を60%から80%に21段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として21個のNMRスペクトルを取得した。測定対象の試料にはヘキサメチルベンゼンを用いた。
【0102】
実施例12においても、再構築後のスペクトルでは、ベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【0103】
(実施例13)
実施例13では、CP/MAS法を用いたアレイ測定において、観測核のパルス強度を30%から80%に51段階に変化させることにより、NMRスペクトル群として51個のNMRスペクトルを取得した。8mmのプローブを用い、測定対象の試料には3−トリメチルシリルプロピオン酸を用いた。
【0104】
実施例13においても、再構築後のスペクトルでは、ベースライン部分において明らかにノイズレベルが低下し、測定によるオリジナルのNMRスペクトルと比較して、再構築後のスペクトルはよりS/N比が高いスペクトルとなっていることが確認された。
【符号の説明】
【0105】
1 ノイズ低減装置
10 CPU
11 メモリ
12 記録部
13 バス
14 インタフェース部
21 分離部
22 判別部
23 再構築部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22