(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、シール部材を構成するゴムは、オゾンにより劣化することがある。特に、NBRのようなジエン系加硫ゴムは、引張応力が働いている状況下でオゾンと接触すると、オゾンとゴム分子とが反応して分子鎖が断ち切られて応力方向と直交する方向に亀裂(オゾンクラッキング)が生じることがある。水銀灯若しくはキセノンランプが点灯されている場所や自動車の排気ガスの多い場所は空気中のオゾン濃度が高まりやすい。従って、道路は空気中のオゾン濃度が高まりやすい条件を備えており、その為、転がり軸受ユニットのシール部材には高いオゾン耐性が求められる。
【0006】
特許文献1に記載されているシール部材は、シール部材を構成するゴムに対して所定重量比で添加されたワックス類によってオゾン耐性を得ている。しかしながら、自動車の使用中における転がり軸受ユニットの温度上昇によって低融点のワックス類が溶けて徐々にゴムから抜けてゆくため、ワックス類の添加のみではシールのオゾン耐性を十分に確保できない可能性がある。
【0007】
本発明は、亀裂の拡大を抑制することができるシール部材を提供することを目的とする。また、本発明は、シール部材に生じた亀裂の拡大を抑制することができる転がり軸受ユニットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するための本発明のシール部材は、引張応力が働く基部と、前記基部から延設されて根元部分に圧縮応力が働く延設部と、を備え、前記基部は、前記延設部が延設されている側の面部に、前記引張応力が働く部分と前記圧縮応力が働く部分との境界に沿って窪みを有する。
【0009】
従って、加硫成形時の残留応力として円周方向の引張応力が働くシール部材の基部に径方向の亀裂が生じたとしても、引張応力が働く部分と圧縮応力が働く部分の境界に沿って設けられた窪みによって、延設部の緊迫力の反力としての圧縮応力が働く根元部分側への亀裂の拡大が抑制される。亀裂は両端に応力が集中し、表面が平坦な部材では直線状に拡大しやすいが、窪みが設けられた複雑な形状の表面を有する部材では係る直線状の拡大が抑制されるので、亀裂が拡大しにくい。よって、基部に亀裂が生じたとしても根元部分に到達しなくなるので、亀裂の拡大を抑制することができる。
【0010】
本発明のシール部材では、前記窪みは、前記境界に沿って二以上の列を形成し、前記二以上の列を形成する複数の窪みは、前記境界に直交する方向に対して互い違いになるように設けられる。
【0011】
従って、引張応力が働くシール部材の基部に亀裂が生じ、当該亀裂が境界付近に到達したとしても、互い違いに設けられた複数の窪みのうちいずれかの窪みによって根元部分側への亀裂の拡大が抑制されるので、亀裂の拡大をより確実に抑制することができる。
【0012】
本発明のシール部材では、前記窪みの各々は、所定の形状であり、径方向、前記境界に沿う方向とも互いに重畳して、前記境界を挟んで、密集して設けられていてもよい。
【0013】
前記シール部材は、転がり軸受の転動体を挟む内輪部材及び外輪部材により形成される前記転動体の軌道の側面側を覆うように設けられ、前記延設部は、前記内輪部材と前記外輪部材との間の隙間を塞ぐよう設けられたリップ(所謂サイドリップ)であり、前記基部及び前記延設部は、前記根元部分を挟んでU字状となるよう設けられ、前記窪みは、前記軌道の外側に曝露する前記U字の内側に設けられる。
【0014】
従って、軌道の外側に曝露することから外気に存するオゾンに接することになるU字の内側に窪みを設けることで、オゾンクラッキングにより亀裂が生じた場合に、当該亀裂の拡大をより確実に抑制することができる。
【0015】
上記の目的を達成するための本発明の転がり軸受ユニットは、所定の軸の周囲に配置される内輪部材と、前記内輪部材の周囲に配置される外輪部材と、前記内輪部材と前記外輪部材との間に配置される転動体と、前記内輪部材と前記外輪部材により形成される前記転動体の軌道の側面側を覆うシール部材と、を備え、前記シール部材は、引張応力が働く基部と、前記基部から延設されて根元部分に圧縮応力が働く延設部と、を備え、前記基部は、前記延設部が延設されている側の面部に、前記引張応力が働く部分と前記圧縮応力が働く部分との境界に沿って窪みを有する。
【0016】
従って、転動体が配置される外輪部材と内輪部材との間の空間を塞ぐように配置されるシール部材によって、その空間及び軌道内に異物が侵入することを防止することができるとともに、加硫成形時の残留応力として円周方向の引張応力が働くシール部材の基部に径方向の亀裂が生じたとしても、引張応力が働く部分と圧縮応力が働く部分の境界に沿って設けられた窪みによって、延設部の緊迫力の反力としての圧縮応力が働く根元部分側への亀裂の拡大が抑制されるので、基部に亀裂が生じたとしても根元部分に到達しなくなることから、亀裂の拡大を抑制することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明のシール部材によれば、亀裂の拡大を抑制することができる。また、本発明の転がり軸受ユニットによれば、シール部材に生じた亀裂の拡大を抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る実施形態について図面を参照しながら説明するが、本発明はこれに限定されない。以下で説明する各実施形態の構成は、適宜組み合わせることができる。また、一部の構成要素を用いない場合もある。以下においては、XYZ直交座標系を設定し、このXYZ直交座標系を参照しつつ各部の位置関係について説明する。水平面内の一方向をX軸方向、水平面内においてX軸方向と直交する方向をY軸方向、X軸方向及びY軸方向のそれぞれと直交する方向(すなわち鉛直方向)をZ軸方向とする。また、X軸まわりの回転(傾斜)方向をθX方向とする。X軸は、YZ平面と直交する。Y軸は、XZ平面と直交する。Z軸は、XY平面と直交する。
【0020】
<第1実施形態>
図1は、本実施形態に係る転がり軸受ユニット(ハブベアリング)1の一例を示す断面図である。転がり軸受ユニット1は、車輪支持用の転がり軸受ユニットであって、自動車の車輪を回転可能に支持する。転がり軸受ユニット1の少なくとも一部が車輪と接続され、転がり軸受ユニット1の少なくとも一部が自動車の懸架装置10の少なくとも一部と接続される。自動車の車輪は、転がり軸受ユニット1を介して懸架装置10に支持される。
【0021】
図1において、車輪の軸(回転軸)Jは、X軸と平行である。以下、軸Jに対する放射方向に沿う方向を径方向とする。また、径方向のうち、軸J側に向かう側を内周側とし、その反対側を外周側とする。自動車の幅方向は、X軸方向であり、+X側は車体側であり、−X側は車輪側である。
転がり軸受ユニット1は、内輪部材23と、外輪部材(外輪)4と、転動体5と、シール部材7と、シール部材8とを備えている。
【0022】
内輪部材23は、軸Jの周囲に配置される環状の部材である。内輪部材23は、ハブ2と内輪3とを含む。ハブ2は、軸Jの周囲に配置され、軸Jを中心に軸Jの周りを回転可能である。ハブ2は、車輪(不図示)と接続されるフランジ部2Fを有する。フランジ部2Fと車輪とは、ボルトなどの固定部材9に図示しないナットをねじ込むことによって固定される。内輪3は、ハブ2に接続(固定)される。内輪3は、ハブ2の周囲に配置され、軸Jを中心としてその周りをハブ2と一体に回転可能である。
【0023】
外輪4は、内輪部材23の外周側かつ周囲に配置される環状の部材である。外輪4は、懸架装置10と接続されるフランジ部4Fを有する。
【0024】
転動体5は、内輪部材23と外輪4との間に配置される。転動体5は、ハブ2と外輪4との間に配置される複数の転動体5Aと、内輪3と外輪4との間に配置される複数の転動体5Bとを含み、保持器5Hに保持される。本実施形態において、転動体5は、玉であるが、ころ(テーパころ)でもよい。例えば、質量が大きい自動車に転がり軸受ユニット1を適用する場合、転動体5としてテーパころが使用されてもよい。
【0025】
ハブ2は、その外周面に設けられ、かつ複数の転動体5Aが配置される凹部(内輪軌道)11と、内輪3が配置される段部12とを有する。内輪3は、その外周面に設けられ、かつ複数の転動体5Bが配置される凹部(内輪軌道)13を有する。外輪4は、その内周面に設けられ、かつ複数の転動体5Aが配置される凹部(外輪軌道)14と、複数の転動体5Bが配置される凹部(外輪軌道)15とを有する。転動体5Aは、内輪軌道11と外輪軌道14との間に配置され、転動体5Bは、内輪軌道13と外輪軌道15との間に配置される。
【0026】
内輪3は、段部12が設けられたハブ2の嵌合部2Aの周囲に圧入されることによって、その嵌合部2Aの外周面に嵌められる。段部12は、+X側を向く側面12Aと、軸Jに対する放射方向(径方向)に関して外側(外周側)を向く支持面12Cとを有し、内輪3は、側面12A及び支持面12Cのそれぞれと接触するように配置される。
【0027】
シール部材7及びシール部材8は、転動体5が配置される内輪部材23と外輪4との間の空間6に異物(雨水、泥など)が侵入することを抑制し、転動体5の潤滑剤(例えばグリース)が空間6の外側に漏出することを抑制する。シール部材7及びシール部材8のそれぞれは、軸Jを囲むように配置される環状の部材である。空間6は、内輪部材23の外周面を囲む空間であり、空間6の+X側の端部及び空間6の−X側の端部のそれぞれに開口部が設けられる。シール部材7は、内輪部材23と外輪4との間の−X側の空間6の端部、すなわち車輪側の端部の開口部を塞ぐように配置される。シール部材8は、内輪部材23と外輪4との間の+X側の空間6の端部の開口部、すなわち車体側の端部を塞ぐように配置される。
【0028】
シール部材7及びシール部材8のそれぞれは、内輪部材23及び外輪4に支持される。シール部材7は、−X側の外輪4の端部の内周面に圧入されることによって、その外輪4の内周面の−X側の端部に嵌められる。シール部材8は、+X側の外輪4の端部の内周面及び+X側の内輪部材23の端部の外周面に圧入されることによって、外輪4の内周面と内輪部材23の外周面との間の+X側の端部に嵌められる。このように、シール部材7,8は、転がり軸受ユニット1の転動体5を挟む二つの円筒状の部材である内輪部材23と外輪部材(外輪)4とにより形成される転動体5の軌道の側面側を覆うように設けられる。
【0029】
内輪部材23(ハブ2)のフランジ部2Fは、X軸方向に関してハブ2の中心よりも−X側に配置され、−X側の空間6の端部の開口部を塞ぐシール部材7の少なくとも一部は、フランジ部2Fと対向するように配置される。
【0030】
次に、
図2を参照して、シール部材8について説明する。
図2は、
図1のA部を拡大した図である。シール部材8は、例えば、芯金81と、スリンガ82と、シール材83とを有する。
【0031】
芯金81は、軟鋼板などの金属板を曲げ加工して形成される。芯金81は、例えば、筒部81Aと、傾斜部81Bと、車体側延設部81Cと、径方向延設部81Dとを含む。筒部81Aは、外輪4の内周面に締め代を持って嵌合する。傾斜部81Bは、筒部81Aの+X側から内周側に傾斜する。車体側延設部81Cは、傾斜部81Bを介して+X側に延設される。径方向延設部81Dは、筒部81Aの−X側から内周側に向かって延設される。径方向延設部81Dは、+X側に屈曲する屈曲部81Eを有する。
【0032】
スリンガ82は、軟鋼板などの金属板を曲げ加工して形成される。スリンガ82は、例えば、筒部82Aと、径方向延設部82Bとを含む。筒部82Aは、内輪3の外周面に締め代を持って嵌合する。径方向延設部82Bは、筒部82Aの+X側から外周側に向かって延設される。また、スリンガ82の径方向延設部82Bの車体側から端部を覆うようにエンコーダ82Cが設けられている。なお、エンコーダ82Cは、例えば磁性ゴムや樹脂等で形成され、そこの符号化情報が周方向に沿って付加されている。
【0033】
シール材83は、ゴムなどの弾性材であり、芯金81と接合される。シール材83は、例えば、基部83Aと、第一固定部83Bと、第二固定部83Cと、グリースリップ83Dと、メインリップ83Eと、サイドリップ83Fとを含む。基部83Aは、芯金81の径方向延設部81Dの+X側の側面並びに筒部81A及び車体側延設部81Cの内周面を覆う。第一固定部83Bは、径方向延設部81Dのうち屈曲部81Eを含む先端側の芯金81の−X側の側面から先端にかけて設けられて、径方向延設部81Dの+X側の側面を覆う基部83Aと連続し、基部83Aとともに径方向延設部81DをX方向に関して被覆する。第二固定部83Cは、車体側延設部81Cの外周面を覆うよう設けられて車体側延設部81Cの内周面を覆う基部83Aの+X側と連続し、基部83Aとともに車体側延設部81Cを径方向に関して被覆する。グリースリップ83D及びメインリップ83Eは、基部83Aから内周側に向かってY字状に分岐するよう延設される。サイドリップ83Fは、基部83Aの+X側の面部83Gから+X側かつ外周側に向かう所定方向に延設され、延設部として機能する。
【0034】
芯金81及びスリンガ82は、ともにX−Z平面で切ったときの断面形状が略L字状であり、両者の組み合わせにより略矩形形状の断面形状が形成されるようになっている。ここで、芯金81の筒部81A及び車体側延設部81Cとスリンガ82の筒部82Aとが当該矩形の対向する辺を構成するとともに、芯金81の径方向延設部81Dとスリンガ82の径方向延設部82Bとが当該矩形の対向する辺を構成する。
【0035】
シール材83のグリースリップ83D、メインリップ83E及びサイドリップ83Fの先端部は、スリンガ82と全周に亘り当接している。具体的には、グリースリップ83D及びメインリップ83Eの先端部がスリンガ82の筒部82Aの外周面側に全周に亘り当接し、サイドリップ83Fの先端部がスリンガ82の径方向延設部82Bの−X側に全周に亘り当接している。
【0036】
芯金81及びスリンガ82は、内輪3と外輪4との間の隙間に嵌められている。シール材83の各リップは、芯金81とスリンガ82との間の隙間を塞いでいる。このように、サイドリップ83Fを含む各リップは、内輪部材23と外輪4との間の隙間を塞ぐように設けられている。これらの各リップの当接位置はあくまで一例であり、各リップにより内輪部材23と外輪4との間の隙間を塞ぐことができればよい。
【0037】
シール材83の各リップの先端部は、スリンガ82と摺接する。具体的には、軸受ユニットの動作、すなわち転動体5の回転による内輪部材23と外輪4との回転の度合いの差によって生じる回転角度のずれに応じて、外輪4側の芯金81の回転角度と内輪3側のスリンガ82の回転角度とにずれが生じる。このため、芯金81に固定されたシール材83の各リップの先端部は、スリンガ82と摺接することになる。
【0038】
シール材83は、芯金81による支持、成型時の形状及びシール材83を構成する弾性材の弾性により、各リップの先端部をスリンガ82に押し付けている。例えば、グリースリップ83D及びメインリップ83Eは、Y字状の分岐部の角度が
図2に示す角度よりも小さい状態で成形される。一方、空間6の端部の開口部に対するシール部材8の取り付けに際して、スリンガ82の筒部82Aによりグリースリップ83D及びメインリップ83Eの先端部は、分岐部の角度を押し広げられる。ここで、シール材83が芯金81に支持されていることから、分岐部の根元はほとんど移動しない。よって、グリースリップ83D及びメインリップ83Eの先端部は、シール材83の弾性により、スリンガ82の筒部82Aの外周面側に押し付けられることになる。
【0039】
また、基部83Aとサイドリップ83Fは、根元部分83Hを挟んで断面がU字状となるよう設けられている。ここで、サイドリップ83Fは、基部83Aとともに形成するU字状の根元部分83Hの開口角度が
図2に示す角度よりも大きい角度で成形される。また、サイドリップ83Fは、シール部材8の取り付けに際して、芯金81の径方向延設部81Dとスリンガ82の径方向延設部82Bとにより挟まれる。よって、サイドリップ83Fの先端部は、シール材83の弾性により、スリンガ82の径方向延設部82Bの−X側の側面に押し付けられることになる。
【0040】
このように、シール材83は、各リップの先端部をスリンガ82に当接させて芯金81とスリンガ82との間の空間を塞ぐことで、内輪部材23と外輪4との間の隙間を塞いでいる。サイドリップ83Fの根元部分83Hに形成されたU字の内側及び当該U字の内側に連続する基部83Aの外周側の面部83Gは外界に面することから、オゾン等を含む空気又は異物等と接触する機会を有することになる。
【0041】
サイドリップ83Fが−X側、すなわち車輪側に押し付けられると、サイドリップ83Fの根元部分83Hは、U字状の開口角度を小さくする方向の力を受ける。このため、サイドリップ83Fの根元部分83Hは、軸方向が圧縮され押し付けられるので、周方向にも圧縮応力が働くようになる。具体的には、例えば、
図2の矢印V1にて示す範囲のU字の内側の部分に径方向にも圧縮応力が働く。
【0042】
一方、基部83Aには、周方向の引張応力が働く。具体的には、例えば、シール材83は、加硫成形を経て製造されることから、成型後に体積が収縮する。ここで、シール材83のうち、各リップのように固定されることなく変形の余地がある部分は、収縮による変形後の形で安定する。一方、シール材83の基部83Aは、芯金81に固定されていることから、収縮による変形が不可能な状態となっている。シール材83は環状の部材の為、上記引張応力は芯金81が連続する周方向に大きく残留するため、基部83Aには、収縮しようとする周方向の引張応力が残留した状態となっている。具体的には、例えば、基部83Aのうち
図2の矢印V2によって示す根元部分83Hよりも外周側に延設されている部分に周方向の引張応力が残留している。
【0043】
図3は、
図2のJ−J線矢視図である。同図に示すように、基部83Aは、延設部(サイドリップ83F)が延設されている側の面部83Gに、周方向の引張応力が働く部分と周方向の圧縮応力が働く部分との境界(境界線L)に沿って複数の窪みPを有する。具体的には、複数の窪みPは、サイドリップ83Fとスリンガ82とが当接することにより生じる周方向の圧縮応力が働く部分と、基部83Aのうち、根元部分83Hよりも外周側に延設されている部分、すなわち成型後の体積の収縮による周方向の引張応力が働く部分との境界(本実施形態では境界線Lで示す部分)に沿って設けられている。境界線Lは、シール材83には形成されておらず、あくまで概念としての線である。
図3の例では、境界線Lの上の外周側における領域において周方向の引張応力が働き、境界線Lの内周側における領域において周方向の圧縮応力が働いている。周方向の圧縮応力は境界線Lの内周側、すなわち、根元部分83Hに形成されたU字の内側まで及んでいる。複数の窪みPは、周方向の引張応力が働く部分と周方向の圧縮応力が働く部分の境界線Lに沿って互いに密集するよう設けられている。
【0044】
複数の窪みPは、境界線Lに沿って二以上の列を形成する。二以上の列を構成する複数の窪みPは、境界に直交する方向に対して互い違いになるように設けられている。具体的には、例えば、複数の窪みPは、境界線Lが描く弧に沿って並ぶ窪みの列が二列分、面部83Gに沿い、かつ、境界線Lに直交する方向(
図2におけるZ方向)、すなわち径方向に並列している。隣り合う各列を構成する窪みPは、市松模様状に互い違いになっている。
【0045】
また、複数の窪みPの各々は、所定の形状である。具体的には、例えば、
図2、
図3に示すように、複数の窪みPの各々は、面部83Gに形成された半球状の凹みである。また、複数の窪みPは、互いの円周同士の間隔を所定の間隔とするように、径方向、境界(
図3における境界線L)に沿う方向とも互いに重畳して、境界を挟んで、密集して設けられている。ここで、境界線Lに沿う方向の窪みP同士の間隔は、境界線Lに沿う方向の窪みPの大きさ(直径寸法)よりも小さい。
【0046】
上記のように複数の窪みPが設けられていることから、径方向に沿う線は、引張応力が働く部分と圧縮応力が働く部分との両方を面部83Gに沿って通る場合に、二列設けられた窪みPに含まれる複数の窪みPのうち、いずれかの窪みPと必ず重なる。よって、面部83Gにおいて引張応力が働く部分に径方向に沿った亀裂が生じた場合であって、当該亀裂の端部の応力集中により、亀裂が径方向に沿って圧縮応力が働く部分に拡大しようとしたとき、当該亀裂は、必ずいずれかの窪みPに到達することになる。
【0047】
仮に、オゾンクラッキング等により、基部83Aのうち、根元部分83HのU字の内側に連続する外周側の面部83Gにおいて径方向に沿う亀裂(例えば、
図3に示す亀裂C)が生じた場合、当該亀裂は拡大に際して根元部分83H側に進行し得る。ここで、根元部分83H側に向かって進行した亀裂が境界線L付近まで到達したとき、亀裂は複数の窪みPのいずれかに到達することになる。亀裂は、表面が平坦な部材では直線状に拡大しやすいが、窪みPが設けられた複雑な形状の表面を有する部材では、その進行が抑制されるので、亀裂が拡大しにくい。窪みと窪みの間部分は、両側の窪みによって周方向の引張応力が開放されているので、亀裂が通過する事は無く、亀裂は窪みに導かれ、そこで止まる。このため、引張応力により面部83Gに亀裂が生じたとしても、境界線Lを超えて根元部分83Hに到達するように亀裂が拡大することが複数の窪みPによって抑制される。このように、本実施形態のシール部材8によれば、亀裂の拡大を抑制することができる。
【0048】
なお、U字状の内側に位置するサイドリップ83Fの側面には亀裂の原因となる引張応力が働かないことから、当該箇所に亀裂が生じる可能性は低い。また、U字状の外側に位置するサイドリップ83Fの側面には、サイドリップ83Fの先端部がスリンガ82に押し付けられることに伴う引張応力が働く。しかしながら、U字状の外側に位置するサイドリップ83Fの側面は、外界に曝露しない側面であることから、オゾンによる劣化が生じにくい。よって、当該箇所にオゾンクラッキング等による亀裂が生じる可能性は低い。また、サイドリップ83Fよりも軌道側に存するメインリップ83E及びグリースリップ83Dは、U字状の外側に位置するサイドリップ83Fの側面と同様、外界に曝露しない側面であることから、オゾンによる劣化が生じにくい。よって、当該箇所にオゾンクラッキング等による亀裂が生じる可能性は低い。
【0049】
これらに対し、基部83Aのうち、根元部分83HのU字の内側に連続する外周側の面部83Gは、収縮による引張応力及び外界への曝露によるオゾンとの接触の両方の条件が重なることから、亀裂が生じる可能性を完全に排除することができない。仮に、外周側の面部83Gに亀裂が生じ、根元部分83Hまで拡大した場合、サイドリップ83Fの保持力が低下してサイドリップ83Fによる閉塞能力が低下する可能性がある。その結果、シール部材8により得られていた転動体5の軌道の保護に係る能力(耐水性能等)が低下する可能性がある。
【0050】
本実施形態は、複数の窪みPにより亀裂の根元部分83Hへの拡大を抑制することで、亀裂によりサイドリップ83Fの保持力が低下することを抑制することができ、シール部材による転動体5の軌道の保護に係る能力を維持することができる。
【0051】
以上説明したように、第1実施形態によれば、周方向の引張応力が働くシール材の基部83Aに亀裂(例えば、
図3に示す亀裂C)が生じたとしても、周方向の引張応力が働く部分と周方向の圧縮応力が働く部分との境界に沿って設けられた複数の窪みPによって根元部分83H側への亀裂の拡大が抑制される。その結果、シール部材8は、基部83Aに亀裂が生じたとしても、亀裂が根元部分83Hに到達することが抑制されるため、亀裂の拡大を抑制することができる。
【0052】
また、周方向の引張応力が働くシール材の基部83Aに亀裂が生じたとしても、径方向に対して互い違いになるよう設けられた複数の窪みPによって根元部分83H側への亀裂の拡大をより確実に抑制することができる。すなわち二以上の列を形成する複数の窪みPが、境界線Lに直交する方向(径方向)に対して互い違いになるように設けられていることから、亀裂が境界線L付近に到達したとしても、複数の窪みPのうちいずれかの窪みPによって根元部分83H側への亀裂の拡大が抑制されるので、亀裂の拡大をより確実に抑制することができる。
【0053】
また、境界線Lに沿う方向の窪みP同士の間隔が境界線Lに沿う方向の窪みPの大きさよりも小さいことで、互い違いになるよう設けられた複数の窪みPのうちいずれかの窪みPによって根元部分側への亀裂の拡大が抑制されるので、亀裂の拡大をより確実に抑制することができる。
【0054】
また、軌道の外側に曝露することから外気に存するオゾンに接することになるU字の内側に複数の窪みPを設けることで、オゾンクラッキングにより亀裂が生じた場合に、当該亀裂の拡大をより確実に抑制することができる。
【0055】
<第2実施形態>
第2実施形態について説明する。以下の説明において、上記の実施形態と同一又は同等の構成部分については同一の符号を付し、その説明を簡略又は省略する。
【0056】
図4は、第2実施形態としてのシール部材7を示す図である。
図4に示す構成は、
図1のB部に対応する。
図5は、
図4のK−K線矢視図である。
シール部材7は、例えば、芯金71と、シール材72とを有する。
【0057】
芯金71は、軟鋼板などの金属板を曲げ加工して形成される。芯金71は、例えば、筒部71Aと、第一傾斜部71Bと、第一径方向延設部71Cと、第二傾斜部71Dと、第二径方向延設部71Eとを含む。筒部71Aは、外輪4の内周面に締め代を持って嵌合する。第一傾斜部71Bは、筒部71Aの−X側から内周側に傾斜する。第一径方向延設部71Cは、第一傾斜部71Bから径方向に沿って内周側に延設される。第二傾斜部71Dは、第一径方向延設部71Cの内周側から+X側かつ内周側に傾斜する。第二径方向延設部71Eは、第二傾斜部71Dから径方向に沿ってさらに内周側に延設される。
【0058】
シール材72は、ゴムなどの弾性材であり、芯金71と接合される。シール材72は、例えば、基部72Aと、固定部72Bと、グリースリップ72Cと、メインリップ72Dと、サイドリップ72Eとを含む。基部72Aは、芯金71の第一傾斜部71Bから第一径方向延設部71C及び第二傾斜部71Dを経て第二径方向延設部71Eの先端までの−X側の側面を覆う。固定部72Bは、第二径方向延設部71Eのうち、+X側の側面から先端にかけて設けられて基部72Aと連続し、基部72Aと協働して第二径方向延設部71EをX方向に関して挟持する。グリースリップ72C及びメインリップ72Dは、第二径方向延設部71Eの先端部から内周側に向かってY字状に分岐するよう延設される。サイドリップ72Eは、基部72Aの−X側の面部72Fから−X側かつ外周側に向かう所定方向に延設され、延設部として機能する。
【0059】
シール材72のグリースリップ72C、メインリップ72D及びサイドリップ72Eの先端部は、ハブ2と当接している。具体的には、グリースリップ72C及びメインリップ72Dの先端部がハブ2の外周面側に当接し、サイドリップ72Eの先端部がハブ2の−X側の側面に当接している。これらの各リップの当接位置はあくまで一例であり、各リップにより内輪部材23と外輪4との間の隙間を塞ぐことができればよい。これらの各リップの先端部は、内輪部材23と外輪4との回転角度のずれに応じて、ハブ2と摺接する。また、シール材72は、芯金71による支持、成型時の形状及びシール材72を構成する弾性材の弾性により、各リップの先端部をハブ2に押し付けている。その具体的な仕組みは、第1実施形態のシール材83と同様であることから、詳細な説明を省略する。
【0060】
このように、シール材72は、各リップの先端部をハブ2に当接させることで、芯金71とハブ2との間の空間を塞ぐことで、内輪部材23と外輪4との間の隙間を塞いでいる。ここで、サイドリップ72Eの根元部分72Gに形成されたU字の内側及び当該U字の内側に連続する基部72Aの外周側の面部72Fは外界に面することから、オゾン等を含む空気や異物等と接触する機会を有することになる。
【0061】
サイドリップ72Eが+X側、すなわち車体側に押し付けられると、サイドリップ72Eの根元部分72Gは、U字状の開口角度を小さくする方向の力を受ける。このため、サイドリップ72Eの根元部分72Gには、周方向の圧縮応力が働く。一方、基部72Aには、第1実施形態のシール材83の基部83Aと同様に、周方向の引張応力が働く。
【0062】
基部72Aは、面部72Fに複数の窪みPを有する。複数の窪みPは、周方向の引張応力が働く部分と周方向の圧縮応力が働く部分の境界線Lに沿って互いに密集するよう設けられている。具体的には、複数の窪みPは、サイドリップ72Eとハブ2との当接により生じる周方向の圧縮応力が働く根元部分72Gと、基部72Aのうち、根元部分72Gよりも外周側に延設されている部分、すなわち成型後の体積の収縮による周方向の引張応力が働く部分との境界線Lに沿って設けられている。ここで、境界線Lは、シール材72に形成されておらず、あくまで概念としての線である。なお、シール材72に設けられている複数の窪みPの形状や配置については、第1実施形態のシール材83に設けられている複数の窪みPと同様である。
【0063】
以上説明したように、第2実施形態によれば、第1実施形態と同様の効果を奏する。
すなわち周方向の引張応力が働くシール材72の基部72Aに亀裂が生じたとしても、周方向の引張応力が働く部分と周方向の圧縮応力が働く部分の境界線Lに沿って設けられた複数の窪みPによって根元部分72G側への亀裂の拡大が抑制されるので、基部72Aに亀裂(例えば、
図5に示す亀裂C)が生じたとしても根元部分72Gに到達しなくなることから、亀裂の拡大を抑制することができる。
無論、第1実施形態と第2実施形態の両方を転がり軸受ユニット1に適用してもよい。
【0064】
なお、上記の各実施形態における複数の窪みPの各々は、面部72F,83Gに形成された半球状の凹みであるが、一例であってこれに限られるものでない。
【0065】
図6及び
図7は、複数の窪みの別の形状の一例を説明するための図である。例えば、
図6及び
図7に示すように、複数の窪みの各々は、隣り合う窪みと辺の一部を共有するよう設けられた平面視が多角形状の窪みQ,Rであってもよい。
図6に示す例は六角形状の窪みQであり、
図7に示す例は方形状の窪みRであるが、これらの窪みの形状はあくまで一例であってこれに限られるものでなく、適宜変更可能である。
【0066】
多角形状の窪みQ,Rが設けられる場合においても、径方向に関して境界線Lに沿って設けられた複数の窪みのうちいずれかの窪みが存することが望ましい。具体的には、例えば、複数の窪みが境界線Lに沿って二以上の列を形成し、二以上の列を構成する複数の窪みが径方向に関して互い違いになるように設けられることが望ましい。これによって、径方向に対して複数の窪みのうちいずれかが存することになる。無論、複数の窪みに係るこれらの特徴はあくまで一例であってこれに限られるものでなく、適宜変更可能である。
【0067】
また、上記の各実施形態では窪みP,Q,Rが複数設けられているが、一例であってこれに限られるものでない。例えば、シール部材において経験的に亀裂が発生しやすい一か所に対応する位置に単一の窪みが設けられていてもよい。