【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る潤滑油性状解析方法は、互いに摺動する二つの物体の間の摺動面に供給される又は保持される潤滑油の性状を解析する潤滑油性状解析方法であって、
側周面の少なくとも一部が円環形状である第1摺動体と、該第1摺動体の中心軸と平行な中心軸を有し、側周面の少なくとも一部が円環形状である第2摺動体とを、円環形状である側周面同士を潤滑油を挟んで接触させるとともに、少なくとも前記第1摺動体をその中心軸を中心に回転駆動させ、
前記第1摺動体と前記第2摺動体とが接触する摺動面を含む平面上に配置されたX線源から、該摺動面に対してX線を照射し、
前記摺動面を挟んで前記X線源と反対側であって該X線源及び該摺動面と一直線上に配置された、複数の微小X線検出素子が2次元的に配置されてなる2次元X線検出器を用い、
前記X線源、前記2次元X線検出器、及び前記摺動面を含む平面上でそれらが
前記第1摺動体の回転駆動軸に沿った方向に並んだ第1状態で、前記摺動面を通過したX線及び該
平面に沿ってその外側に拡がる第1摺動体と第2摺動体との間の空間を通過したX線が到達する微小X線検出素子のみの検出信号を有効として扱う視野制限を行って2次元X線強度分布を取得するとともに、
前記X線源、前記2次元X線検出器、及び前記摺動面を含む平面上でそれらが
前記第1摺動体の回転駆動軸に直交する方向に並んだ第2状態で、前記摺動面を通過したX線及び該
平面に沿ってその外側に拡がる第1摺動体と第2摺動体との間の空間を通過したX線が到達する微小X線検出素子のみの検出信号を有効として扱う視野制限を行って2次元X線強度分布を取得し、
前記第1、第2なる二つ
の状態における2次元X線強度分布情報に基づいて前記摺動面における潤滑油の性状を推定することを特徴としている。
【0016】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係る潤滑油性状解析装置は、上記潤滑油性状解析方法を実施するための装置であり、互いに摺動する二つの物体の間の摺動面に供給される又は保持される潤滑油の性状を解析する潤滑油性状解析装置において、
a)中心軸を中心に回転駆動される側周面の少なくとも一部が円環形状である第1摺動体と、
b)該第1摺動体の中心軸と平行な中心軸を有し、側周面の少なくとも一部が円環形状であって該側周面が潤滑油を挟んで前記第1摺動体の側周面に接する第2摺動体と、
c)前記第1摺動体と前記第2摺動体とが接触する摺動面を含む平面上に配置され、該摺動面に対してX線を照射するX線源と、
d)前記X線源及び前記摺動面と一直線上であって該摺動面を挟んで該X線源と反対側に配置された、複数の微小X線検出素子が2次元的に配置されてなる2次元X線検出器と、
e)前記X線源、前記2次元X線検出器、及び前記摺動面を含む平面上でそれらが
前記第1摺動体の回転駆動軸に沿った方向に並んだ第1状態と、前記X線源、前記2次元X線検出器、及び前記摺動面を含む平面上でそれらが
前記第1摺動体の回転駆動軸に直交する方向に並んだ第2状態と、を切り替える配置切替え部と、
を備え、前記第1状態において前記摺動面を通過したX線及び
前記平面に沿ってその外側に拡がる第1摺動体と第2摺動体との間の空間を通過したX線が到達する微小X線検出素子のみの検出信号を有効として扱う視野制限を行って2次元X線強度分布を取得するとともに、前記第2状態において前記摺動面を通過したX線及び
前記平面に沿ってその外側に拡がる第1摺動体と第2摺動体との間の空間を通過したX線が到達する微小X線検出素子のみの検出信号を有効として扱う視野制限を行って2次元X線強度分布を取得し、
前記第1、第2なる二つ
の状態における2次元X線強度分布情報に基づいて、それぞれ前記摺動面における潤滑油の性状を推定するようにしたことを特徴としている。
【0017】
なお、本発明に係る潤滑油性状解析方法及び解析装置では、特にサブミクロンオーダー、ナノオーダーのごく微小の間隙に存在する潤滑油の膜厚などの性状を解析するため、特許文献4に開示されている測定原理や2次元X線強度分布に基づく可視化手法を利用することができる。
【0018】
本発明に係る潤滑油性状解析方法及び解析装置において、第1摺動体と第2摺動体とは互いに押し付けられた状態で摺動するが、このとき、それら摺動体や回転軸の傾きや変形が起こりにくく、それ故に回転振れも生じにくい。そのため、接触圧等の条件が変わっても、測定したい摺動面の空間的な位置は変化しない。なお、各摺動体の側周面は曲面であるが、第1摺動体と第2摺動体とが強く接触するとそれぞれの表面は微視的に弾性変形するので、摺動面では両摺動体は略平面で接する。したがって、摺動面は略平面であるとみなすことができる。
【0019】
このような摺動面に対しX線源からX線が照射されると、その一部は摺動面に存在する微小間隙に存在する潤滑油を通過して反対側に現れる。このときに現れるX線には、二つの摺動体の表面における散乱や回折を生じずに純粋に間隙を通り抜けてくるX線(以下「直線的通過X線」という)と、摺動体の表面で散乱や回折を生じて摺動面の厚さ方向(つまりは潤滑油膜の厚さ方向)に拡がりながら出射してくるX線(以下「摺動面散乱X線」という)とがあるが、いずれにしても、2次元X線検出器の検出面において、摺動面における潤滑油の性状を解析する上で有意な情報を含むX線が到達する範囲はかなり限られ、それ以外の部分で微小X線検出素子から何らかの検出信号が得られてもそれは無為な情報である。そこで、本発明に係る潤滑油性状解析方法及び解析装置では、上述したような有意な情報を含むX線による検出信号のみを取り出すために、摺動面を通過したX線と、摺動面に沿ってそのすぐ外側に拡がる第1摺動体と第2摺動体との間の空間を通過したX線とが到達する微小X線検出素子のみの検出信号を有効として扱う視野制限を行う。
【0020】
ただし、摺動面散乱X線の発生状況は互いに接触している摺動体表面の粗さに大きく依存する。通常、第1摺動体と第2摺動体の対向面が鏡面状態である等、微小凹凸が殆どない場合には散乱は生じにくいため、摺動面の厚さ方向(つまりは潤滑油膜の厚さ方向)に拡がるX線は主として回折X線であり、その量は比較的少ない。これに対し、第1摺動体と第2摺動体の対向面における凹凸が大きい場合には、摺動面を通過する際のX線の散乱が多く、摺動面の厚さ方向の散乱X線の拡がりは大きく量も多くなる。また、直線的通過X線は摺動面における潤滑油膜の厚さを直接反映した情報を含むのに対し、摺動面散乱X線はむしろ摺動体の表面状態を反映した情報を含み、その点で、直線的通過X線と摺動面散乱X線とはかなり性質の異なるX線である。
【0021】
そこで、上述したような視野制限を行う場合に、例えば摺動体の表面粗さの状況等に応じて、検出信号を有効として扱う微小X線検出素子の範囲を変更するとよい。
具体的には一実施態様として、摺動面の厚さ方向に、該摺動面における第1摺動体と第2摺動体との間の間隙を直線的に通過したX線が到達する範囲を有効として扱う視野制限を行うとよい。これにより、各摺動体の対向面が鏡面状態であるような場合に、摺動面における潤滑油膜の厚さを直接的に反映した情報を得て、精度よく潤滑油膜厚を推定することができる。
【0022】
一方、他の実施態様として、摺動面の厚さ方向に、該摺動面における第1摺動体と第2摺動体との間の間隙を直線的に通過したX線が到達する範囲、及び該摺動面で散乱又は回折して厚さ方向に広がるX線が到達する範囲の少なくとも一部、を有効として扱う視野制限を行ってもよい。これにより、摺動面散乱X線の状況を把握し、それに基づいて微小凹凸の高さを推定することで、これを反映させた潤滑油膜厚を推定することができる。
【0023】
また本発明に係る潤滑油性状解析方法及び解析装置では、摺動面に対し一方向だけでなく、互いに直交する二方向について同様にして2次元X線強度分布を取得する
。この二方向は、摺動面における摺動方向とこれに直交する方向の二方向で
ある。それら二方向でそれぞれ得られる2次元X線強度分布は同じ摺動面における潤滑油の性状に関する情報を含むが、X線の通過経路が相違するので、摺動面の拡がり方向における潤滑油の性状の2次元的な分布情報を推定することができる。それによって、例えば摺動面における潤滑油の平均的な膜厚だけでなく、潤滑油膜厚の2次元分布の解析も可能である。
【0024】
また本発明に係る潤滑油性状解析方法及び解析装置では、2次元X線検出器の検出面上で、摺動面を通過したX線が到達する相対的にX線強度が低い領域と、摺動面の外側の第1摺動体と第2摺動体とが接触していない両者の間の空間を通過したX線が到達する相対的にX線強度が高い領域との境界を求め、二つの境界の間隔から第1摺動体と第2摺動体とが接触する摺動面の幅を求めるようにするとよい。
【0025】
上述したように、摺動面における摺動方向とこれに直交する方向の二方向とでそれぞれ摺動面の幅が求まれば、これによって摺動面をX線が通過する際の通過長が判明する。X線が潤滑油中を通過する際に吸収を受けるため、間隙の大きさ、つまりは潤滑油膜の厚さが同一でも通過長が長いほど2次元X線検出器で得られるX線強度は低くなる。したがって、2次元X線検出器で得られた2次元X線強度分布に、さらに上記のように求まった摺動面の幅についての情報を加えることで、潤滑油膜の厚さの推定精度を向上させることができる。
【0026】
また、摺動面における摺動方向とこれに直交する方向の二方向とでそれぞれ摺動面の幅が求まれば、第1摺動体と第2摺動体とが接触する略平面である摺動面の面積を推定することが可能である。この接触面積は両摺動体が互いに押し付けられる圧力に依存する。また、接触面積は、摺動速度、つまりは摺動体の回転速度や潤滑油の挙動にも依存する。換言すれば、接触面積から単位面積当たりの圧力を推定し、それを利用してより正確な潤滑油の膜厚を導出することも可能である。
【0027】
なお、本発明に係る潤滑油性状解析方法及び解析装置において、上記のように摺動面における摺動方向とこれに直交する方向の二方向の測定を簡便に行うためには、位置が固定されたX線源及び2次元X線検出器に対して、第1摺動体と第2摺動体とをそれぞれ保持する試料保持部を回動させて向きを変更する構造とし、該試料保持部を略90°回動させることにより、X線源、2次元X線検出器、及び摺動面
の配置を第1状態と第2状態とで切り替える構成とするとよい。
【0028】
この構成によれば、高価であるX線源と2次元X線検出器とを一組のみ用意し、試料保持部を回動させるだけで、摺動面における摺動方向とこれに直交する方向との切り替えを行うことができる。したがって、装置のコストを抑えるのに有利である。
【0029】
また本発明に係る潤滑油性状解析方法及び解析装置ではさらに、X線源から前記摺動面に照射されるX線に対応して該摺動面又はその一部から出射される特性X線を選択して、前記2次元X線検出器と干渉しない位置に配置した特性X線検出器により検出し、該特性X線検出器による検出信号に基づいて摺動面における潤滑油の組成を解析することが好ましい。
【0030】
第1摺動体と第2摺動体との摺動面にX線を照射すると、摺動面からは潤滑油に含まれる元素に特有の特性X線も出射する。この特性X線をエネルギー分散型X線検出器等の特性X線検出器により検出してその検出信号を解析すれば、潤滑油に含まれる元素組成を調べることができる。両摺動体の摺動動作時にin-situ計測により潤滑油の組成が判明するので、例えば摺動速度を非常に高速にしたときの極限状態の潤滑油の組成変化などを求めることができる。ただし、X線源からのX線は摺動面だけでなく第1、第2摺動体が接触していない部分の潤滑油にも当たるから、摺動面における潤滑油の組成を正確に解析するには、摺動面又はその一部から出射される特性X線を選択的に特性X線検出器に導入する必要がある。そのためには、特性X線検出器に導入される特性X線の入射角度を制限するためのノズルやマルチキャピラリX線レンズなどを利用することができる。
【0031】
また同様の目的を達成するために、本発明に係る潤滑油性状解析方法及び解析装置では、前記X線源から前記摺動面に照射されるX線に対応して少なくとも該摺動面又はその一部から出射される特性X線を、前記2次元X線検出器に代えて配置した又は前記摺動面と前記2次元X線検出器との間に一時的に配置した特性X線検出器により検出し、該特性X線検出器による検出信号に基づいて摺動面における潤滑油の組成を解析するようにしてもよい。