【実施例】
【0054】
1.サンプル作製方法
各製造工程によってコイルばねのサンプルを作製し、耐疲労性の評価を行った。まず、表1に記載の化学成分を有し、残部が鉄および不可避不純物からなる硬引線およびオイルテンパ
ー線を用意した。各線材の線径は表2に示す通りである。そして、硬引線またはオイルテンパ
ー線に対して、
図1(A)〜(F)に示す製造工程(それぞれ、製造工程A〜Eと表す)にしたがって、熱間成形法または冷間成形法によりばね指数6、有効部ピッチ角9°、有効部巻数4.25巻のコイルばねを作製した。
【0055】
【表1】
【0056】
製造工程Aでは、高周波加熱コイルおよびガス吹付ノズルを備えたコイリングマシン(
図3参照)により鋼線を加熱してコイリングを行い、表2に示す条件で浸炭処理を行った後、60℃の油によって焼入れした。表2において、浸炭処理温度は、鋼線の表面温度であり、動圧は、鋼線表面におけるプロパンガスの動圧を表す。その後、表2に記載の条件で焼戻し処理を行った(発明例1〜18、比較例1〜3)。また、製造工程Bでは、
図4に示すコイリングマシンを用いて表2に示す浸炭処理条件において浸炭処理を施した後、鋼線を900℃に加熱してコイリングを行い、60℃の油によって焼入れした。その後、350℃において焼戻し処理を行った(発明例19)。
【0057】
製造工程Cでは、任意のコイリングマシンによる冷間コイリング後、
図5に示すような装置を用いて表2に記載の条件で加熱浸炭処理を行い、60℃の油によって焼入れを行った後、350℃において焼戻し処理を行った(発明例20)。また、比較のため、製造工程DおよびEによりコイルばねのサンプルを作製した。製造工程Dでは、冷間コイリング後、表2に示す温度において焼鈍処理を行った(比較例4〜6)。製造工程Eでは冷間コイリング後、400℃において焼鈍処理を行い、次いで窒化処理を行った。窒化処理では線材表面に深さ0.04mmの硬質層を形成した。製造工程Fでは、製造工程Aで用いる装置でプロパンガスを導入せずに鋼線材を熱間成形し、60℃の油によって焼入れを行った後、350℃において焼戻し処理を行った。次いで、コイルばねをバッチ式の加熱炉に収容して浸炭を行った(比較例7)。
【0058】
次に、各サンプルに対してショットピーニング処理およびセッチング処理を施した。ショットピーニング処理では、球相当直径1.0mmのスチール製ラウンドカットワイヤによる第1のショットピーニング処理と、球相当直径0.5mmのスチール製ラウンドカットワイヤによる第2のショットピーニング処理と、球相当直径0.1mmのスチールビーズによる第3のショットピーニング処理とを順に行った。セッチングはホットセッチングとし、コイルばねの加熱温度200℃、負荷応力1500MPaで行った。
【0059】
【表2】
【0060】
2.評価方法
このようにして得たサンプルに対し、以下の通り諸性質を調査した。その結果を表3に示す。
【0061】
(1)硬さ(HV)
ビッカース硬さ試験機(フューチャテック FM−600)を用いてコイルばねの線材横断面におけるコイル内径側で測定を行った。測定荷重は表面から深さ0.05mmまでは10gf、深さ0.05〜0.1mmまでは25gf、深さ0.2mm以上の位置では200gfとした。
【0062】
(2)深さ0.2、0.4mmの圧縮残留応力(−σ
R0.2、−σ
R0.4)、最大圧縮残留応力(−σ
Rmax)、圧縮残留応力積分値(I
−σR)、クロッシングポイント(CP)
コイルばねの内径側表面において、線材の線軸方向に対し+45°方向(ばねに圧縮荷重を負荷した場合の略最大主応力方向)の圧縮残留応力を、X線回折型残留応力測定装置(リガク製)を用いて測定した。測定は、管球:Cr、コリメータ径:0.5mmとして行った。また、コイルばねに対して塩酸を用いて線材表面の全面化学研磨後上記測定を行い、これを繰返すことで深さ方向の残留応力分布を求め、その結果から表面から0.2mm、0.4mmの深さにおける無負荷時の圧縮残留応力、最大圧縮残留応力、クロッシングポイントを求めた。また、圧縮残留応力積分値は、深さと残留応力の関係図における、表面からクロッシングポイントまでの圧縮残留応力を積分することにより算出した。
【0063】
(3)表面C濃度(Cc)、C濃化層厚さ(Ct)
コイルばねの線材横断面における内径側において表面C濃度およびC濃化層の厚さを測定した。測定にはEPMA(島津製作所 EPMA−1600)を用い、ビーム径1μm、測定ピッチ1μmとしてライン分析を行った。C濃化層厚さは、線材内部と同じC濃度となるまでの表面からの深さとした。また、発明例8,15については、
図7(A)に示すように、コイルばねの断面について、内径方向の位置(0°)から断面の円周に沿って外径方向(180°)にいたる各部の表面C濃度を測定した。なお、
図7(B)は発明例8、
図7(C)は発明例15であり、2つの曲線で挟まれた部分がC濃化層を示している。
【0064】
(4)旧オーステナイト粒平均結晶粒度番号(G)
前処理として、コイルばねのサンプルを500℃で1時間加熱した。そして、コイルばねの横断面の深さd/4の位置において、視野数を10箇所として、光学顕微鏡(NiKON ME600)を用いて倍率:1000倍でJIS G0551に準拠して測定を行い、旧オーステナイト粒平均結晶粒度番号Gを算出した。
【0065】
(5)表面粗さ(Rz(最大高さ))
非接触三次元形状測定装置(MITAKA NH−3)を用いてJIS B0601に準拠して表面粗さの測定を行った。測定条件は、測定倍率:100倍、測定距離:4mm、測定ピッチ:0.002mm、カットオフ値:0.8mmとした。
【0066】
(6)平均結晶粒径(d
GS)
FE−SEM/EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法により、JEOL JSM−7000F(TSLソリューションズ OIM−Analysys Ver.4.6)を用いて、平均結晶粒径を測定した。ここで、測定はコイルばねの横断面の深さd/4の位置において行い、観察倍率10000倍で行い、方位角度差5°以上の境界を粒界として平均結晶粒径を算出した。
【0067】
(7)耐疲労性(折損率)
油圧サーボ型疲労試験機(鷺宮製作所)を用いて室温(大気中)において疲労試験を行った。試験応力:735±662MPa、周波数:20Hz、試験数:各8本であり、2千万回加振時の折損率(折損数/試験本数)で耐疲労性を評価した。
【0068】
【表3】
【0069】
3.評価結果
(1)硬さ
表3から分かるように,熱間成形法による本発明で内部硬さが570〜700HV(より好ましくは570HV〜690HV)であると、高い耐疲労性が得られる。一方、比較例3(焼戻し温度高)の結果から、熱間成形法によって作製し、かつ内径側に浸炭処理を施したコイルばねでも、硬さが570HV未満の場合は十分な耐疲労性が得られない(理由:本技術分野において要求される耐疲労性に対し耐力が乏しい)。また、全ての発明例では、浸炭によって内径側表面の硬さが内部と比較して50HV以上高くなっている。これによって、表面近傍で高い圧縮残留応力を得ることができ、表面近傍(最表面含む)を起点とする疲労亀裂の発生を防止することができる(耐疲労性向上)。
【0070】
(2)旧オーステナイト粒平均結晶粒度
単純組成の材質A,B,C,またはDからなる製法Aによる発明例1〜4では、Gは10番以上であり、結晶粒微細化効果のあるV量が高い高級鋼を素材とする比較例4,5と同等程度の微細結晶粒が得られている。したがって、発明例1〜4では耐疲労性が向上していることが推測される。単純組成からなる材質を用いてこのような微細結晶粒が得られているのは、高周波加熱による急速加熱によるものである。すなわち、高周波加熱によって短時間で加熱を行うことで旧オーステナイト粒の粗大化抑制、或いは微細化に繋がり、単純組成からなる発明例1〜4において、Gが10番以上の微細結晶粒を得ることができ、耐疲労性が良好である.
【0071】
単純組成の材質Cからなる製法Fによる比較例7では、熱間成形法の後に炉浸炭を行っているため、短時間で浸炭処理を行っている製法A〜Cによるものと比較して旧オーステナイト粒平均結晶粒度が著しく低下している。熱間成形法によって作製し、かつ全面に浸炭処理を施したばねでも、旧オーステナイト粒平均結晶粒度が10未満の場合は十分な耐疲労性が得られない。
【0072】
製法Cによる発明例20においても、高周波加熱による短時間加熱の結果、Gは10.1と微細結晶粒を得ることができている。製法Aと比較して製法Cで結晶粒度がやや悪化しているのは、製法Cではコイル形状のものに対して高周波加熱を行うため、製法Aのような鋼線材を加熱する場合と比較して、均熱化等を考慮した際に、製法Fほどではないとはいえ加熱時間が長くなってしまうためである。つまり、製法Aは製法Cよりも結晶粒の微細化の点でより好ましい。
【0073】
(3)平均結晶粒径
単純組成の材質A,B,C,またはDからなる発明例1〜4では、d
GSは0.66〜0.89μmであり、高級鋼を用いた比較例5,6と同程度の平均結晶粒径であった。この理由は、前述のように、高周波加熱によって短時間で加熱を行うことが組織の粗大化抑制、あるいは微細化につながったためであり、その結果、発明例1〜4では微細な平均結晶粒径が得られ耐疲労性が向上している。
【0074】
製法Fによる比較例7では、熱間成形法の後に炉浸炭を行っているため、短時間で浸炭処理を行っている製法A〜Cと比較して平均結晶粒径が著しく大きい。熱間成形法によって作製し、かつ全面に浸炭処理を施したばねでも、平均結晶粒径(d
GS)が2.0μmを超える場合は十分な耐疲労性を得られない。
【0075】
製法Cによる発明例20でも、高周波加熱による短時間加熱の結果、d
GSは0.94μmと微細結晶粒を得ることができている。前述のように、製法Cでは製法Aと比較して加熱が長時間化するため、製法Aでは製法Cよりも結晶粒の微細化の点でより好ましい。
【0076】
(4)表面C濃度,C濃化層厚さ
発明例1〜20では、ばね内径側において表面C濃度が0.7〜0.9%であり、C濃化層厚さ(線材内部と同じC濃度となる表面からの深さ)が30μm以上の浸炭がされており、表面近傍での硬さが高いことから、表面近傍での高い圧縮残留応力が得られている。また、表面粗さも改善されることで高い耐疲労性を得ることができる。
【0077】
表4は発明例8と発明例15におけるC濃度測定位置に対する表面C濃度を示したもので、
図8は表4をグラフにしたものである。
図8に示すように、コイルばねの横断面の内径方向から横断面円周に沿って外径方向へ向かうに従って表面C濃度が連続的に減少している。また、
図7(B),(C)に示すように、C濃化層深さは、内径側から横断面円周に沿ってばね外径側に向かうに従って連続的に減少している。このように、コイルばねの横断面の内径方向側の方が表面C濃度が高く、かつC濃化層深さが深いので、降伏応力が高い。したがって、ショットピ−ニングによってより大きな圧縮残留応力が付与されるので、疲労強度が高められている。
【0078】
【表4】
【0079】
(5)残留応力分布
同じ材質の線材を用い製法Aにより作製した発明例3、製法Bにより作製した発明例19、および製法Cにより作製した発明例20では、同等の硬さとなるよう焼鈍処理を行った比較例4と比べて、表面から深い位置での圧縮残留応力(−σ
R0.4)が大きい。その理由は、製法AまたはBによって作製した発明例では、冷間コイリングにおいて発生する引張残留応力(コイル内径側に残存)が熱間コイリングにおいてはほとんど発生しないためであり、また、製法Cにより作製した発明例20では、冷間コイリングにおいて発生した引張残留応力が、その後オーステナイト域まで加熱することで完全に解消するためである。つまり、冷間コイリングによって引張残留応力が発生した比較例4と比べ、発明例3,19および20では、ショットピーニングによる圧縮残留応力が表面から深くまで入り易く、破壊起点となり易い0.1〜0.4mm深さにおける圧縮残留応力を大きくできるため耐疲労性を向上させることができる。
【0080】
発明例1〜20については、全て−σ
Rmaxは900MPa以上であり、浸炭により表面近傍の降伏応力が上がっているため、ショットピ−ニングにより圧縮残留応力は大きく付与されるとともに、I
−σRは150MPa・mm以上、CPは0.45mm以上であり、深く大きな圧縮残留応力が得られている。したがって、発明例では、耐疲労性が向上していることが判る。
【0081】
熱間コイリング後に一般的な炉浸炭処理を施した比較例7では、浸炭層の厚さが大きいことでショットピ−ニングによる残留応力の付与が表面近傍に偏っている。その結果、破壊起点となりやすい0.1〜0.4mm深さでの圧縮残留応力が小さくなってしまう。
【0082】
比較例2〜4の折損品について破面観察を行った結果、その破壊起点は表面から深さ0.15〜0.35mmの範囲であり、非金属系介在物を起点とする内部起点であった。この深さは、合成応力(作用応力−残留応力)の最大値が現れる領域近傍に相当し、その領域(指標として−σR
0.2、−σR
0.4)での圧縮残留応力が大きいことが耐疲労性に対し重要であると分かる。このため,−σR
0.2が200MPa以上かつ−σR
0.4が60MPa以上である発明例1〜20では、高級元素が添加された高価な線材を用い、かつ窒化処理が施された比較例6以上の高い耐疲労性を得ることができる。
【0083】
(6)表面粗さ
高い耐疲労性の得られた発明例1〜20について、表面粗さRz(最大高さ)は9.0μm以下であり、所望する表面粗さRz20μm以下を十分に満足している。ここで、Rzが20μmを超えた場合は、表面粗さにおける谷部が応力集中部となり、その谷部を起点として亀裂が発生・伝播し、その結果、早期折損を招く。また、この表面粗さは、コイリング時におけるツール類との擦れや、ショットピーニング処理により形成される。そして、ショットピーニング処理により形成される表面粗さについては、線材の硬さと、ショットの粒径および硬さ並びに投射速度といった条件との組み合わせによりその大きさが決まる。よって、Rzが20μmを超えないショットピーニングの条件を適宜設定する必要がある。発明例3,7〜15,では、同程度の内部硬さを有する比較例3と比べて表面粗さが小さい。これは、表面に硬さの高いC濃化層が形成されているためである。よって、浸炭層形成による表面硬さの向上は、破壊起点となり易い表面粗さの抑制、つまり、耐疲労性の向上による信頼性の向上に対して有効である。
【0084】
(7)浸炭条件
ガス吹付圧(線材表面での動圧)は、0.5kPa〜5.0kPaが好ましく、ガス吹付け時の鋼線材温度は850〜1150℃であることが好ましいことが確認された。この条件によれば、発明例7〜15が示す通り、いずれも表面C濃度が0.7%以上であり、0.01mm以上のC濃化層厚さが得られる。表2から、ガス動圧は5.0kPa以下で充分である。したがって、ガス動圧を5.0kPaを超える値とすると経済的でなく、しかも、加えてガス動圧が大きくなると、ガス吹付けによる鋼線材の温度低下が大きくなり、その分必要な入熱量が増加する。
【0085】
浸炭反応の速度の観点から短時間での浸炭には鋼線材温度は850℃以上が必要であり、鋼線材温度が800℃の比較例1では、C濃化層が得られていない。一方、鋼線材温度の高い比較例4では、浸炭反応は十分に起こっているものの、加熱温度が高いために結晶粒度が悪化し、耐疲労性が低下している.
【0086】
(8)寸法精度
厳しい寸法精度が要求される部品に対しては、製法Aおよび製法Bによる発明例が好ましい。製法Cでは、耐久性は良好なものの、寸法精度に関しては製法Aおよび製法Bに劣る。その理由は、冷間成形後のコイルばねにおいては大きな加工歪みが残留しており、また、その加工歪みが個体内で一様ではないため、その後オーステナイト領域まで加熱を行うことで加工ひずみの解放が生じた際に、不均一な変形で形状が大きく歪になる等の不都合を招くためである。これに対して、製法Aおよび製法Bでは、熱間成形により加工歪みが残留しない。
【0087】
製法Aおよび製法Bと、製法Cとの寸法精度の違いについて焼入れ後のコイルばね50個で評価を行った。その結果、コイル径については、製法Cで作製したコイルの標準偏差が0.047mmであったのに対し、製法AおよびBで作製したコイルでは0.020〜0.026mmであった。