特許第6178786号(P6178786)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6178786組換えFVIIIの生産において真核細胞の生産性を向上させる方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6178786
(24)【登録日】2017年7月21日
(45)【発行日】2017年8月9日
(54)【発明の名称】組換えFVIIIの生産において真核細胞の生産性を向上させる方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/02 20060101AFI20170731BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20170731BHJP
   C07K 14/755 20060101ALN20170731BHJP
【FI】
   C12P21/02 C
   !C12N15/00 A
   !C07K14/755
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-510762(P2014-510762)
(86)(22)【出願日】2012年5月14日
(65)【公表番号】特表2014-513545(P2014-513545A)
(43)【公表日】2014年6月5日
(86)【国際出願番号】EP2012058899
(87)【国際公開番号】WO2012156356
(87)【国際公開日】20121122
【審査請求日】2015年4月23日
(31)【優先権主張番号】11166071.8
(32)【優先日】2011年5月13日
(33)【優先権主張国】EP
(31)【優先権主張番号】61/489,406
(32)【優先日】2011年5月24日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】500376704
【氏名又は名称】オクタファルマ・アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100085279
【弁理士】
【氏名又は名称】西元 勝一
(72)【発明者】
【氏名】アイザワ ピーター
(72)【発明者】
【氏名】アゲークビスト イレーネ
【審査官】 坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2003−504345(JP,A)
【文献】 特開2006−296423(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/089151(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/012725(WO,A1)
【文献】 欧州特許出願公開第02258860(EP,A1)
【文献】 国際公開第2006/103258(WO,A1)
【文献】 再公表特許第2009/090787(JP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 21/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
113W/m〜610W/mの動力密度を加えることによるヒト細胞懸濁液の機械的運動によって、ヒト細胞懸濁液にせん断応力を生じさせる条件下で前記ヒト細胞懸濁液を培養することを特徴とする、細胞増殖および組換え第VIII因子(rFVIII)の生産に必要な栄養成分を含む培地中での前記ヒト細胞懸濁液の培養時に、前記ヒト細胞懸濁液中で生産されるrFVIIIの生産性を向上させる方法であって、ヒト細胞がHEK293F細胞であり、インペラを備えた培養容器により前記機械的運動が開始される、rFVIIIの生産性を向上させる方法
【請求項2】
前記rFVIIIがBドメイン欠失rFVIIIである、請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記培地中に少なくとも1種類の非イオン性界面活性剤を含む、請求項1又は請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記少なくとも1種類の非イオン性界面活性剤が、プルロニックF68、Tween20、およびTween80から選択される、請求項に記載の方法。
【請求項5】
前記少なくとも1種類の非イオン性界面活性剤の濃度が、0.00001wt%〜1wt%である、請求項3又は請求項4に記載の方法。
【請求項6】
ん断を増大することで、胞凝集が最小限に抑えられている、請求項1〜請求項のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養中の組換えヒト第VIII因子(rFVIII)の収率を上昇させる方法に関する。
【0002】
本発明は、培養細胞、特に哺乳動物細胞によるタンパク質生産の収量を増加させる方法を提供する。具体的には、本発明は、タンパク質産物、例えば糖タンパク質産物の調製方法に関し、前記タンパク質産物の特性は、細胞に負荷される応力が増大するように細胞培養環境を操作することにより制御される。
【背景技術】
【0003】
生命工学産物の大部分は、市販製品か開発中の製品かにかかわらず、タンパク質治療薬である。哺乳動物細胞培養におけるタンパク質生産およびそのような生産に関する方法の改良に対する需要は大きく、増加している。そのような方法の改良は特に、細胞発現レベルの低い大型糖タンパク質を生産する場合に必要である。そのようなタンパク質の1つであるFVIIIは、哺乳動物細胞で生産される他の組換えタンパク質より発現レベルが少なくとも2〜3桁低い。大規模治療用タンパク質生産の開発後期において直面する一般的な問題は、より大規模な臨床試験による需要の増加、および能力を低下させる細胞培養生産プラントのコンタミネーションである。需要の増加に応えるために、複数の方法で総生産量を増加させることができる。しかし、例えば、より良い細胞クローンの発見または培地の改善など、そのほとんどは非常に冗長な作業であり、そのため、多くの場合、迅速で十分な選択肢ではない。生産性を向上させる別の方法には、流加培養法または灌流培養法において、生産規模を拡大することまたは細胞密度を増大させることがある。これらのプロセスの変更にはまた、大きな投資コストが伴い、高密度培養の場合は、培養タンク中の酸素が制限されていることにより、通常、生産に利用可能な最大細胞密度が制限されることになる。したがって、当該技術分野では、新規な生産性向上方法が必要とされている。
【0004】
Keane J.T.他(Effect of shear stress on expression of a recombinant proetine by Chinese hamster ovary cells; Biotechnology and Bioengineering, 81:211-220, 2003)は、付着CHO細胞に32時間せん断力を与えて、組換えヒト成長ホルモンの生産およびグルコースの代謝をモニタリングした。せん断力を0.005N/m(0.02W/m)から0.80N/m(6.4×10W/m)に上昇させると、組換えタンパク質生産率が51%低下し、グルコース取込み率が42%上昇し、乳酸生産が50%低下することが観察された。
【0005】
Godoy-Silva R他(Physiological responses of CHO cells to repetitive hydrodynamic stress; Biotechnology and Bioengineering, Vol. 103, No. 6, August 15, 2009)は、CHO細胞に対する反復的な流体力学的応力の影響を調べ、6.4×10W/mまでのエネルギー散逸率は、細胞の増殖、死、および生産性に影響を与えないとの結論に達している。
【0006】
J.A. Frangos他(Shear stress induced stimulation of mammalian cell metabolism; Biotechnology and Bioengineering, Vol. 32, Pp. 1053-1060 (1988))は、十分に制御された条件下で幅広い定常せん断応力および拍動せん断応力に対する足場依存性細胞の代謝反応を研究するためのフロー装置を開示している。データは、生理学的レベルの定常せん断応力およびせん断応力の開始により、培養ヒト内皮細胞におけるプロスタサイクリン生産が劇的に刺激されることを示している。
【0007】
Giardらは、ヒト線維芽細胞が、スピナーフラスコ中のマイクロキャリア上で維持されると、回転ボトル中の細胞と比べて最大30倍量のインターフェロンを分泌することを観察した(D.J. Giard, D. H. Loeb, W. G. Thilly, D. 1. C. Wang, and D.W. Levine, Biotechnol. Bioeng., 21, 433 (1979))。スピナーフラスコ中で細胞が受けるせん断応力は回転ボトル中よりもはるかに大きいため、生産の向上は、せん断誘発性のインターフェロン合成刺激に起因する可能性がある。
【0008】
Timm Tanzeglock他(Induction of mammalian cell death by simple shear and exten-sional flows; Biotechnology and Bioengineering, Vol. 104, No. 2, October 1, 2009)は、細胞が受けるせん断流の種類が細胞死の開始に影響するかどうかを開示している。実際、哺乳動物細胞は個々の種類の流れを区別し、異なる反応をすることが示されている。2つのフローデバイスを用いて、正確な流体力学的流れ場である均一な定常単純せん断流および振動伸長流を与えた。蛍光標識細胞分取および培養上清中へのDNA放出を用いて、壊死性細胞死とアポトーシス性細胞死を区別した。その結果、振動伸長流において低レベルの流体力学的応力(約2Pa)を負荷すると、チャイニーズハムスター卵巣細胞およびヒト胚性腎細胞がアポトーシス経路に入ることが示された。一方、単純せん断流において約1Paの流体力学的応力または伸長流において約500Paの流体力学的応力を細胞に負荷すると、壊死性細胞死が優勢となった。組換えタンパク質生産のための細胞を培養して培養寿命を延ばし生産性を高める場合は、細胞が各細胞死経路に入るこれらの閾値を避けるべきである。
【0009】
国際公開第2006/103258号パンフレットは、真核細胞を培養し、タンパク質回収前に培地にイオン性物質を添加することにより、生産されるタンパク質の収量を増大させる方法を開示している。好適なイオン性物質は、ホフマイスター系列の塩およびアミノ酸である。
【0010】
国際公開第2008/006494号パンフレットは、リアクター中で細胞培地中に浮遊状態で細胞、好ましくはE1不死化HER細胞、より好ましくはPER.C6細胞を培養するプロセスであって、細胞が生物学的物質、好ましくは抗体を生産し、少なくとも1つの細胞培地成分が細胞培養液に供給され、細胞、生物学的物質、および細胞培地を含む細胞培養液が分離システムを循環しており、分離システムが、生物学的物質より分子量の小さい物質から生物学的物質を分離し、生物学的物質がリアクター中に保持されるかまたは返送されるプロセスを開示している。好ましくは、分子量の小さい物質の一部は、細胞培養液から連続的に除去される。
【0011】
Zhang, Hu他(Current Pharmaceutical Biotechnology, Volume 11, Number 1, January 2010, pp. 103-112 (10))は、過去10年間にタンパク質治療薬の生産に哺乳動物細胞培養が重要な役割を果たしてきたことを報告している。哺乳動物細胞培養におけるプロセス開発時の最適化には多くの工学的パラメーターが考えられるが、この論文ではせん断および混合のみが特に強調されている。撹拌によるせん断応力は、細胞へのダメージについて過大評価されてきたと考えられているが、せん断により非致命性の生理学的反応が引き起こされる場合がある。泡が形成され、壊れ、合体する領域では細胞へのダメージはないが、せん断応力は、泡の上昇により大きくなり、泡が破裂する領域で細胞に大きなダメージを与える。混合は、大規模バイオリアクターにおいて均一な溶存酸素圧、pH、CO、および栄養素を与えるには十分ではなく、このことは細胞増殖、生成物形成、およびプロセス制御に重大な問題をもたらす。並列操作に対する混合およびせん断の問題に対処するため、小型リアクターが開発されてきた。従来の小型バイオリアクターおよび最近開発された小型バイオリアクターの工学的特性評価について簡潔に紹介されている。高細胞密度での工業用細胞株の培養ならびに再生医療、組織工学、および遺伝子治療のための幹細胞および他のヒト細胞の培養に挑戦するプロセスが模索されている。単一細胞分析のためのマイクロ操作およびナノ操作(光ピンセット)、せん断および混合を特性評価するための計算流体力学(CFD)、ならびに小型化バイオリアクターなどの重要な技術が、これらの課題に対処するために開発中である。
【0012】
Timothy A. Barrett他(Biotechnology and Bioengineering, Vol. 105, No. 2, pages 260-275)は、細胞培養条件の迅速な評価および最適化のための有望なプラットフォーム技術を提供する振盪マイクロプレートフォーマットでの実験について報告している。マイクロウェルシステムにおける液体混合および気体液体間の物質移動の詳細な工学的特性評価、ならびに浮遊培養に与えるそれらの影響が記載されている。
【0013】
細胞増殖および抗体生産の動態が現在用いられている振盪フラスコシステムにおける動態と同等であるとすれば、マイクロウェルによる手段により、少ない材料必要量で、よりコスト効率よく早期のプロセス設計データが得られる可能性がある。この研究は、マイクロウェルシステムにおける液体混合および気体液体間の物質移動の詳細な工学的特性評価、ならびに浮遊培養に与えるそれらの影響を記載している。IgG1産生マウスハイブリドーマ細胞の増殖について、振盪数および液体注入体積の関数としてのエネルギー散逸(P/V)(計算流体力学:CFDによる)、流量、混合、および酸素移動速度の観点から24ウェルプレートの特性評価がなされている。予測ka値は1.3h−1〜29h−1まで変化し、ヨウ素脱色実験で定量された液相混合時間は1.7h〜3.5hまで変化したが、予測PNは5Wm−3〜35Wm−3の範囲であった。せん断速度のCFDシミュレーションにより、流体力は細胞に有害ではないと予測された。しかし、ハイブリドーマ培養に関しては、高い振盪速度(>250rpm)は細胞増殖に悪影響を与えるが、低い振盪速度と高いウェル注入体積を組み合わせること(120rpm;2000μL)により、酸素制限条件になることが示されている。これらの知見に基づき、平均エネルギー散逸率を一致させて、マイクロウェルフォーマットおよび振盪フラスコフォーマットにおける細胞培養動態の最初の工学的比較が行われた。細胞増殖動態および抗体価は、24ウェルマイクロタイタープレートおよび250mL振盪フラスコで同様であることが見出された。全体として、この研究では、振盪させたマイクロウェルプレート中で行われた細胞培養が、再現可能であり現在用いられているの振盪フラスコシステムと同等なデータを提供するが、運転規模および材料必要量を少なくとも30分の1に低減し得ることが示された。これにより、自動化と組み合わせて、現実的な浮遊培養条件下で頑強安定な細胞株のハイスループット評価への道が提供される。
【0014】
William G. WhitfordおよびJohn S. Cadwell (BioProcess International 2009, Vol. 7, No. 9, pages 54-64)は、中空糸灌流バイオリアクターへの関心の高まりについて報告している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】国際公開第2006/103258号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2008/006494号パンフレット
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Keane J.T. et al. Effect of shear stress on expression of a recombinant proetine by Chinese hamster ovary cells; Biotechnology and Bioengineering, 81:211-220, 2003
【非特許文献2】Godoy-Silva R et al. Physiological responses of CHO cells to repetitive hydrodynamic stress; Biotechnology and Bioengineering, Vol. 103, No. 6, August 15, 2009
【非特許文献3】J.A. Frangos et al. Shear stress induced stimulation of mammalian cell metabolism; Biotechnology and Bioengineering, Vol. 32, Pp. 1053-1060(1988)
【非特許文献4】D.J. Giard, D. H. Loeb, W. G. Thilly, D. 1. C. Wang, and D.W. Levine, Biotechnol. Bioeng., 21, 433(1979)
【非特許文献5】Timm Tanzeglock et al, Induction of mammalian cell death by simple shear and exten-sional flows; Biotechnology and Bioengineering, Vol. 104, No. 2, October 1, 2009
【非特許文献6】Zhang, Hu et al., Current Pharmaceutical Biotechnology, Volume 11, Number 1, January 2010, pp. 103-112(10)
【非特許文献7】Timothy A. Barrett et al., Biotechnology and Bioengineering, Vol. 105, No. 2, pages 260-275
【非特許文献8】William G. Whitford and John S. Cadwell in BioProcess International 2009, Vol. 7, No. 9, pages 54-64
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の目的は、500μM以下のCaClと、少なくとも1つの非イオン性界面活性剤と、細胞増殖および組換え第VIII因子(rFVIII)の生産に必要な他の栄養成分とを含む培地中での真核細胞懸濁液の培養時に、真核細胞懸濁液で生産される組換え第VIII因子(rFVIII)、特にヒトrFVIIIの生産性、特に細胞特異的生産性を向上させる方法であって、機械的手段により真核細胞懸濁液にせん断応力を生じさせる条件下で前記細胞懸濁液を培養することを特徴とする方法を提供することである。せん断応力は、3W/m超の動力密度の入力を細胞懸濁液に加えることにより実現される。せん断応力を生じさせる条件は、細胞懸濁液または懸濁液中の細胞に機械的運動を引き起こす事象である。通常、せん断応力は培養細胞に直接加えられる。機械的手段は具体的には、細胞培養懸濁液を撹拌可能な手段である。
【0018】
本発明の効果はHEK293を用いて研究したが、これらの細胞は典型的なヒト細胞であり、当業者は、HEK293細胞で得られた結果が、ヒト細胞株の他の細胞でも達成されることを予想するだろう。
【0019】
機械的手段により導入される動力入力(動力密度、エネルギー散逸率εに相当する用語)は、式ε=Np・n・di)/Vによって計算される。式中、Npはインペラの乱流動力数であり、nは1秒あたりのインペラ回転数として測定される撹拌速度であり、diはメートルで測定されるインペラ直径であり、Vは立方メートルで表される培養体積である。せん断応力を導入するために細胞懸濁液に加えられる動力は、細胞が破壊される値を超えるべきではなく、通常、2000W/mに相当する最大値を超えるべきではない。具体的には、せん断応力を導入するために細胞懸濁液に加えられる動力密度は、3W/m〜2000W/m、好ましくは15W/m〜1500W/m、より好ましくは30W/m〜1250W/m、更により好ましくは50W/m〜1000W/mの範囲である。
【0020】
本発明のある実施形態では、動力は細胞懸濁液の機械的運動により導入される。本発明の別の実施形態では、細胞懸濁液の機械的運動は、中空糸膜などの接線濾過膜を介した細胞懸濁液のポンピングにより行われるか、あるいは、細胞懸濁液の機械的運動は、スターラー、プロペラ、またはインペラなどの回転部品により行われる。
【0021】
具体的には、rFVIIIはBドメイン欠失rFVIII、特にヒトBドメイン欠失FVIIIである。
【0022】
本発明の更に別の実施形態では、真核細胞はHEK293細胞である。rFVIII分子は特に、HEK293細胞中で生産され、細胞表面に蓄積される。rFVIIIを単離するために、例えば細胞周囲の培地のイオン強度を増大させること、またはrFVIIIとHEK293細胞表面の誘引力を弱めるその他の手段により、細胞表面からrFVIIIを放出させる条件を用いることが有利である場合がある。
【0023】
本発明の更に別の実施形態では、非イオン性界面活性剤は、プルロニックF68、Tween20、およびTween80から選択される。通常、非イオン性界面活性剤の濃度は、0.00001wt%〜1wt%、特に0.0001wt%〜0.1wt%、最も好適には0.001wt%〜0.01wt%である。
【0024】
本発明のプロセスの別の実施形態では、細胞凝集を制御するため、例えば細胞凝集を最小限に抑えるために、培地中のCaCl濃度が低く調整される。
【0025】
本発明によれば、細胞懸濁液の機械的運動によって細胞培養中に動力が導入されてもよい。細胞懸濁液の機械的運動は、例えば、スターラー、または振盪装置などの各機械的類似物により行うことができる。
【0026】
本発明の特定の実施形態では、例えば細胞懸濁液の機械的に発生する運動に起因する動力密度入力は、インペラを備えた培養容器、またはインペラなどを備えずに代わりに(例えば揺動機を用いて)地球の重力中でバッグを動かす使い捨てwave(登録商標)培養バッグなどの培養容器により開始される。これにより、細胞懸濁容器にせん断応力が引き起こされるか、あるいは静的ミキサーまたは濾過装置を介して細胞懸濁液をポンピングすることにより細胞懸濁容器中のせん断応力が引き起こされる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】生存細胞密度プロファイルを示す図である。
図2】蓄積FVIII:Cプロファイルを示す図である。
図3】細胞特異的増殖速度を示す図である。
図4】種々の撹拌速度で行った連続培養における細胞特異的生産性を示す図である。
図5】ATF中空糸装置と連続遠心分離を比較した、連続培養における細胞特異的生産性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の方法では、従来のプロセスと比べて大きな動力を導入することにより、増殖しrFVIIIを生産する真核細胞懸濁液を含む培養容器により大きな機械的エネルギーを加える。動力量はエネルギー散逸の観点から決定することができるが、他のパラメーターも動力入力に関連し得る。本発明は、振盪ボトルまたは撹拌型タンクバイオリアクター中で高い撹拌速度で細胞を撹拌した場合に、FVIIIの生産性が著しく高くなるという結果に基づく。
【0029】
本発明によると、任意の真核細胞または細胞株を用いることができるが、特に真核細胞はHEK293細胞である。遺伝子組み換え細胞は、rFVIII、具体的には、例えば国際公開第2001/070968号および同第2007/003582号に開示されるような、Bドメイン欠失rFVIIIを生産する。
【0030】
HEK293細胞中におけるrFVIII分子製造の組合せは、本発明の方法の特定の実施形態であり、以下の実施例で更に説明される。
【0031】
本発明の方法では、国際公開第2006/103258号、Kohlind 2010(Kohlind et.al., The B-domain of Factor VIII reduces cell membrane attachment to host cells under serum free conditions. Journal of Biotechnology, 147 (2010), 198-204.)、およびKohlind 2011(Kohlind et.al., Optimisation of the Factor VIII yield in mammalian cell cultures by reducing the membrane bound fraction. Journal of Biotechnolo-gy, 151 (2011), 357-362.)に更に記載されているように、HEK293細胞中で生産されるrFVIII分子が、細胞内で生産された後、細胞に結合し、細胞表面に接着することが示された。
【0032】
本発明の方法では、細胞増殖およびrFVIII生産のための培地は、非イオン性界面活性剤を含む。通常は、脂肪酸エステル部分およびポリオキシエチレン鎖の長さにより区別される多くの製品群である、Tween(登録商標)などのソルビタンモノラウラートのポリオキシエチレン誘導体である。別の有用な非イオン性界面活性剤は、中心にポリオキシプロピレン(ポリ(プロピレンオキシド))の疎水性鎖およびそれを挟む2つのポリオキシエチレン(ポリ(エチレンオキシド))の親水性鎖からなる、非イオン性トリブロック共重合体であるポロキサマー(poloxamer)である。ポロキサマーは、商品名プルロニック(登録商標)でも知られている。非イオン性界面活性剤は、具体的には、0.00001wt%〜1wt%、0.0001wt%〜0.1wt%、または0.001wt%〜0.01wt%の濃度の、プルロニックF68、Tween20、およびTween80から選択してもよい。
【0033】
以下に本発明の方法を更に詳細に記載する。細胞を125mLのバッフル付Eボトル中で種々の振盪数で培養した。細胞増殖プロファイルは、低速撹拌培養と高速撹拌培養で同様であったが(図1)、バッチ培養3日後には高速撹拌培養において驚くべきことに蓄積生産性が83%高かった(図2)。
【0034】
本発明の別の実施形態を、並列制御された撹拌型タンクバイオリアクター中でバッチモード培養により行った。より大きな機械的応力が負荷された培養は、低速撹拌培養より高い生産性を示した。このことは、pH、DOT(溶存酸素圧)、温度などのその他の培養パラメーターを一定に維持しながら、より高速の撹拌により生産性が向上されることを示している。
【0035】
更に別の実施形態では、本発明を2Lの撹拌型タンクバイオリアクター中で灌流方式の培養において実験的に調べた。培養は、リアクター中の細胞密度を一定に維持する速度でリアクターから細胞を抜き取ることによって対数増殖期細胞を所望の細胞密度に維持して、定常状態の灌流モードで行った。他の培養パラメーターは一定に維持したが、撹拌速度が大きくなると細胞特異的生産性が向上した。
【0036】
更に別の実施形態では、本発明を100Lの生産規模のバイオリアクター中で実験的に調べ、これはより高い細胞密度を達成するために灌流モードで行った。実験により、撹拌を強くしてせん断力およびエネルギー入力を増大させることにより、大規模培養でも生産性の向上を実現することができることが確認された。
【0037】
更に別の実施形態では、本発明を2Lの撹拌型タンクバイオリアクター中で実験的に調べ、これは交互接線流(ATF)で用いられる中空糸ユニットまたは連続遠心分離により、灌流モードで行った。驚くべきことに、ATFユニットで更に強いせん断を培養液に加えることによってもFVIIIの生産性が向上することが示された。
【実施例】
【0038】
実施例1
BDDrFVIIIを生産する対数増殖期のHEK293F細胞を遠心分離した後、細胞ペレットを0.5×10細胞/mLの生存細胞密度で無血清細胞培地に再懸濁した。その後、37℃、5%/95%のCO/空気中、振盪培養器中で100rpmまたは200rpmにて、125mLのバッフル付エルレンマイヤーボトル中で細胞を培養した。自動Cedex(イノバティス社)細胞カウンターを用いてトリパンブルー排除法により、毎日全ての培養について細胞密度を測定した。細胞懸濁液中のイオン濃度を1M NaCl+30mM CaClに上昇させることにより、蓄積したFVIIIを細胞から放出させた。細胞を遠心分離により除去し、発色基質法(Coatest(登録商標) SP FVIII)によりFVIIIを測定した。増殖プロファイルは類似していたが(図1)、バッチ培養3日後に高速撹拌培養は83%高い蓄積FVIII:C濃度を示した(図2)。
【0039】
実施例2
BDDrFVIIIを生産するHEK293F細胞を、6個の0.4Lバイオリアクターを備えた装置(Multifors、インフォース(Infors)社)中で、種々の撹拌速度を用いてバッチモードで並列培養した。他の細胞培養パラメーターを一定に維持した制御環境において、撹拌速度が生産性にどのような影響を与えるかを調べることを目的とした。高撹拌速度(>300rpm)で調べることができるように、細胞培養用途で通常使用されるバイオリアクター用の電気スターラーモーターを、細胞培養用途で通常用いられ、1200rpmまで動作させることができる、より強力なスターラーモーターに交換した。溶存酸素圧(DOT)設定点を90%に設定して細胞懸濁液中のスパージャーストーン(sparger stone)から空気を加えて調節した。生存細胞密度、生存率、および凝集率をCedex(イノバティス社)細胞カウンターで測定した。細胞懸濁液中のイオン濃度を1M NaCl+30mM CaClに上昇させることにより、蓄積したFVIIIを細胞から放出させた。細胞を遠心分離により除去し、発色基質法(Coatest(登録商標) SP FVIII)によりFVIIIを測定した。調べた撹拌速度、本明細書において動力密度に相当する用語であるエネルギー散逸率(ε)、および細胞特異的生産性(qp)を表1に示す。撹拌速度を200rpmから950rpmまで上昇させると、細胞特異的な生産性が向上した。1200rpmにおけるqpが950rpmにおけるqpより低いことから分かるように、生産性の向上は950rpm超で横ばいになった。
【0040】
【表1】
【0041】
実施例3
2L撹拌型タンクバイオリアクター中の連続定常状態灌流培養で、BDDrFVIIIを生産するHEK293F細胞を培養した。バイオリアクターは、撹拌用に90mmピッチで羽根を有するインペラを備えている。培地交換は中空糸フィルターを用いて行い、これも細胞懸濁液にせん断を生じさせる。撹拌速度以外の全ての細胞培養パラメーターを実験中一定に維持した。生存細胞密度、生存率、および凝集率をCedex(イノバティス社)細胞カウンターで測定した。細胞懸濁液中のイオン濃度を1M NaCl+30mM CaClに上昇させることにより、蓄積したFVIIIを細胞から放出させた。細胞を遠心分離により除去し、発色基質法(Coatest(登録商標) SP FVIII)によりFVIIIを測定した。調べた撹拌速度は185rpm、255rpm、および325rpmであり、これはそれぞれ113W/m、210W/m、および610W/mの動力を培養液に与える。撹拌速度は細胞特異的増殖率に影響を与えなかった(図3)。しかし、撹拌速度の増加により、細胞特異的生産性が向上した(図4)。
【0042】
実施例4
異なる15個の100L生産規模の撹拌型タンクバイオリアクターバッチ中で、BDDrFVIIIを生産するHEK293F細胞を培養し、それらのうち、低エネルギー散逸率(6W/m)を用いた2つを対照とし、高エネルギー散逸率(29W/m)を有する13個でせん断力増大の影響を調べた。細胞密度の平均値は、2つの低エネルギーバッチでは29.2 10細胞/mlであり、13個の高エネルギーバッチでは27.6 10細胞/mlであった。バイオリアクターは、撹拌用に225mmピッチの羽根を有するインペラを備えている。培地交換は連続遠心分離により行った。Cedex(イノバティス社)細胞カウンターにより生存細胞密度および生存率を測定した。細胞懸濁液中のイオン濃度を0.3M NaCl+30mM CaClに上昇させることにより、蓄積したFVIIIを細胞から放出させた。細胞を遠心分離により除去し、発色基質法(Coatest(登録商標) SP FVIII)によりFVIIIを測定した。調べた撹拌速度は45rpmおよび75rpmであり、これはそれぞれ6W/mおよび29W/mのエネルギーを培養液に与える。実験により、撹拌速度を増加させることにより培養液へのエネルギー入力(エネルギー散逸率、ε)を増大させると、生産性が向上することが示された(表2)。結論として、大規模生産培養においても、小規模培養で見られたのと同様に、せん断力を増大することにより生産性の向上を実現させることが可能であった。
【0043】
【表2】
【0044】
実施例5
90mm、45°ピッチの羽根を有するインペラを用いて、185rpmで一定に撹拌した2L撹拌型タンクバイオリアクター中、灌流モードで、BDDrFVIIIを生産するHEK293F細胞を培養した。バイオリアクターの通常の運転モードでは、灌流による培地交換に連続遠心分離を用いた。比較のために、中空糸ユニットを用いて、培地交換による灌流を行った。中空糸ユニットは交互接線流で用いた。これは、細胞がフィルター膜の中および外にポンピングされることを意味し、これにより、細胞培養液に連続的にせん断力が加えられる。撹拌速度、pH、溶存酸素圧、および温度などの他の細胞培養パラメーターを両方の培養で同じ値で一定に維持した。驚くべきことに、せん断力を得るために中空糸膜を用いて培養へのエネルギー入力を増大させることによりせん断力を増大させると、細胞特異的FVIII生産率が有意に向上することが見出された(図5)。細胞懸濁液中のイオン濃度を1M NaCl+30mM CaClに上昇させることにより、蓄積したFVIIIを細胞から放出させた。細胞を遠心分離により除去し、発色基質法(Coatest(登録商標) SP FVIII)によりFVIIIを測定した。
図1
図2
図3
図4
図5