【実施例】
【0033】
(実施例1)ブチリデンフタリドの代謝産物の同定
生物の肝臓内における薬物の代謝経路は、主として、第I相および第II相代謝に分けられることが知られている。第I相代謝は、主に、薬物の酸化還元反応または加水分解反応によって起こり、第II相代謝は、主に、シトクロムP450(CYP450)モノオキシゲナーゼ系によって起こる。本実施例では、in vitroで、ブチリデンフタリドと、肝ミクロソームまたは凍結保存肝細胞とをそれぞれ混合することによって、生物の肝臓内において起こるブチリデンフタリドの第I相および第II相代謝をシミュレートし、当該反応溶液における物質を、代謝産物および代謝プロファイルを同定するために、液体クロマトグラフ−タンデム質量分析計(LC−MS/MS)によって分析した。実験ステップは以下の通りであった。
【0034】
(1)第I相代謝分析
ブチリデンフタリド(2mM)を、それぞれ、ヒト、ラットまたはイヌの肝ミクロソームを含む(0.5mg/mL)K
3PO
4緩衝液(100mM、pH7.4)と混合した。混合物を37℃において10分間保ち、次いで、予め温めておいた補因子(NADPH(2mM)およびMgCl
2(3mM))を添加し、当該混合物を37℃において60分間インキュベートした。その後、0.1%ギ酸含有アセトニトリルを3倍容量において加え、混合物の反応を停止させた。混合物を13000rpmで5分間遠心分離し、その後、上清を回収し、代謝産物を同定するためにLC−MS/MSによって分析した。
【0035】
(2)第II相代謝分析
ヒト、ラットまたはイヌの解凍した肝細胞を5×10
5含むウイリアムE培地を、それぞれ12ウェル培養皿の中へ添加し、当該細胞を6時間培養した。その後、0.5mLのブチリデンフタリド(50μM)を培養皿の中へ添加した。細胞を、37℃、95%相対湿度、5%CO
2下において6時間インキュベートした後、2mLのアセトニトリル(100%)を加え、反応を停止させた。サンプルを回収し、十分に混合し、45000g、4℃において10分間遠心分離した。その後、上清を回収し、乾燥させ、代謝産物を同定するためにLC−MS/MSによって分析した。
【0036】
(3)LC−MS/MS分析
(1)および(2)から得られたサンプルを、アセトニトリル/0.1%ギ酸含有の中に別々に溶解させ、45000g、4℃において10分間遠心分離した。その後、それぞれのサンプルのアリコート(20μl)を、LC−MS/MS分析を行うためのLC−MS/MSシステムのオートサンプラーバイアル(Agilent Technologies、USA)の中に注入した。LC−MS/MSシステムは、1200SL HPLCシステムを有するABSCIEX 5500 Q TRAP(商標)システム(Agilent Technologies、USA)、HPLCカラム(Symmetry(登録商標) C18、3.5μM、4.6×75mm)、およびオートサンプラー(Agilent Technologies、USA)を含む。2つの溶媒系(溶媒A:0.1%ギ酸;溶媒B:0.1%ギ酸含有メタノール)を使用し、0.8mL/分の流速において、HPLCを実行した。HPLCの勾配系は、次のように設計した。0から2分は10%の溶媒Bにおいて保持され、2から7分は10%から95%の溶媒Bの勾配を有し、7から12分は95%の溶媒Bにおいて保持され、12から14分は95%から10%の溶媒Bの勾配を有し、14から20分は10%の溶媒Bにおいて保持され、HPLC分析の保持時間は20分間である。質量分析は、5.5kV、550℃における陽イオンのエレクトロスプレーイオン化法(+ESI)で行い、N
2(窒素)を補助ガスとして使用した。そして、サンプルにおける代謝産物を決定して生物における生体内分解経路およびブチリデンフタリドの代謝プロファイルを同定するために、ブチリデンフタリドのスペクトルと比較したそれぞれのサンプルのLC−MS/MSスペクトルにおける強いピーク、および質量がシフトしたピークを、LightSight(商標) Softwareによって分析した。結果を、表1、表2、
図1A、
図1Bおよび
図1Cにおいて示す。
【0037】
図1Aは、LC−MS/MSによって分析された、ブチリデンフタリド(m/z 189.1)およびヒト肝ミクロソームの混合物の、フラグメント物質スペクトルを示している。
図1Aにおいて示す通り、171.2amu、153.1amu、143.0amu、128.0amu、および115.0amuに、非常に強いピーク(m/z)がある。
【0038】
【表1】
【0039】
表1は、ブチリデンフタリドおよび肝ミクロソームの混合物の反応(すなわち、第I相代謝)から生成された種々の代謝産物と、ソフトウェア解析によって取得された生体内分解経路を示している。当該結果は、本発明の化合物(2)から(9)が、ブチリデンフタリドおよびラット、イヌまたはヒトの肝ミクロソームの混合物の反応によって生成され得ることを示しており、これは、異なる生物の肝臓において代謝された場合でも、ブチリデンフタリドは同一の代謝産物へと変換され得るということを示している。
図1Bは、ブチリデンフタリドおよび肝ミクロソームの混合物の反応から得られる代謝プロファイル、ならびに化合物(2)から(9)の化学構造を示す。
【0040】
【表2】
【0041】
表2は、ブチリデンフタリドおよび凍結保存肝細胞の混合物の反応(すなわち、第II相代謝)から生成された種々の代謝産物と、ソフトウェア解析によって取得された生体内分解経路を示している。当該結果は、本発明の化合物(11)から(14)が、ブチリデンフタリドおよびラット、イヌまたはヒトの凍結保存肝細胞の混合物の反応によって生成され得ることを示しており、これは、異なる生物の肝臓において代謝された場合でも、ブチリデンフタリドは同様の代謝産物へと変換され得るということを示している。
図1Cは、ブチリデンフタリドおよび凍結保存肝細胞の混合物の反応から得られる代謝プロファイル、ならびに化合物(11)から(14)の化学構造を示す。
【0042】
(実施例2)in vivo分析:ブチリデンフタリドによるトランスジェニックマウスの生存率の上昇
筋萎縮性側索硬化症患者の約20%が、Cu/Znスーパーオキシドジムスターゼ酵素(SOD1)をコードする遺伝子内の変異に関連しており、G93Aが主要な変異部位であることが知られている。遺伝子導入技術によって、ヒトSOD1−G93A変異を遺伝子導入されたマウス(以下、SOD1−G93Aトランスジェニックマウスとして示される)を、筋萎縮性側索硬化症の臨床研究のための動物モデルとして使用した。これは、当該マウスがヒトと同様の疾患経過を示すためである。SOD1−G93Aトランスジェニックマウスは、出生後約90±5日以内において筋萎縮性側索硬化症の症状を示し、出生後約125±5日以内において死亡するだろう。
【0043】
本実施例では、in vivoでの分析を実行するための研究の対象として、上記SOD1−G93Aトランスジェニックマウスを使用した。SOD1−G93Aトランスジェニックマウス(60日齢)に、1日1回、500mg/kg−体重の投薬量において、経口投与によってブチリデンフタリド(ECHO Chemicalから購入)を処置した。ここで、“mg/kg−体重”という用語は、kg体重毎において必要とされる投薬量を意味する。SOD1−G93Aトランスジェニックマウスを30日間にわたり処置した後、ブチリデンフタリドはSOD1−G93Aトランスジェニックマウスの寿命を延ばせるのかどうか(すなわち、125日より長くなるかどうか)を見るために、当該マウスを観察した。当該結果を、
図2および表3において示す。
【0044】
【表3】
【0045】
図2および表3において示すように、毎日、経口投与によってブチリデンフタリドで処置された実験グループの60日齢SOD1−G93Aトランスジェニックマウスは、平均で約149±4.39日間生存した。すなわち、実験グループのSOD1−G93Aトランスジェニックマウスの寿命は、コントロールグループの未処置のSOD1−G93Aトランスジェニックマウス(約127±6.11日間生存)と比較して、約22±2日間延びていた。
図3(文献“Combined riluzole and sodium phenylbutyrate therapy in transgenic amyotrophic lateral sclerosis mice. Amyotrophic Lateral Sclerosis. 2009;10:85−94”から得られ、その全てを参照によりここに組み込む)によると、従来の筋萎縮性側索硬化症の薬剤であるリルゾールが、SOD1−G93Aトランスジェニックマウスの治療のために使用された場合、当該マウスは140日間生存していた。上記の結果は、リルゾールと比較して、式(I)の化合物を使用する本発明は、より有意に筋萎縮性側索硬化症患者の生存率を高めることができるということを示している。
【0046】
(実施例3)in vivo分析:ブチリデンフタリドによる筋萎縮性側索硬化症の発症の遅延
SOD1−G93Aトランスジェニックマウス(60日齢)に、1日1回、500mg/kg−体重の投薬量において、経口投与によってブチリデンフタリドを処置した。当該マウスを30日間にわたり処置した後、マウスの後肢をBBBスケール(Basso, Beattie, and Bresnahan (BBB) Locomotor Rating Scale)によって調べた。正常マウスの後肢のBBBスケールは21ポイントであったが、一方、疾患が進行したSOD1−G93AトランスジェニックマウスのBBBスケールは21から0ポイントへ減少していた。なお、より低いスケールは、マウスにおいて、より重篤な動作障害を表している。薬剤の効能を記録するために、BBBスケールは使用される。
【0047】
図4において示すように、実験グループにおける60日齢SOD1−G93Aトランスジェニックマウスは、毎日の経口投与によってブチリデンフタリドが処置された。当該マウスの後肢のBBBスケールは、125から135日においてゆっくりと減少し(21から16ポイント)、135日後において急速に減少した(16から0ポイント)。一方、コントロールグループにおける未処置のマウスの後肢のBBBスケールは、110日後において急速に減少した(19から0ポイント)。上記の結果は、ブチリデンフタリドが、実際に、筋萎縮性側索硬化症の発症を遅延させることができることを示している。
【0048】
(実施例4)組織化学染色:ブチリデンフタリドによる脊髄運動神経細胞死の遅延および/または防止
SOD1−G93Aトランスジェニックマウス(60日齢)に、1日1回、500mg/kg−体重の投薬量において、経口投与によってブチリデンフタリドを処置した。実験グループにおけるSOD1−G93Aトランスジェニックマウスを死の直前において屠殺し、ヘマトキシリンおよびエオシン染色を行うために、脊髄を回収した。脊髄における運動ニューロンの数を顕微鏡を用いて観察し、カウントした。当該データを、未処置のコントロールグループのものと比較した。
【0049】
図5A、
図5Bおよび表4において示すように、毎日ブチリデンフタリドで処置をした実験グループにおける60日齢SOD1−G93Aトランスジェニックマウスの脊髄運動神経細胞数は、コントロールグループのものよりも有意に多かった(実験グループの数:24;コントロールグループの数:3)。上記の結果は、ブチリデンフタリドが、脊髄運動神経細胞死を効果的に遅延および/または防止することができ、SOD1−G93Aトランスジェニックマウスの生存率を上昇させるということを示している。
【0050】
【表4】
【0051】
(実施例5)ウェスタンブロット解析:ブチリデンフタリドによるオートファジーの阻害
SOD1−G93Aトランスジェニックマウス(60日齢)に、1日1回、500mg/kg−体重の投薬量において、経口投与によってブチリデンフタリドを処置した。SOD1−G93Aトランスジェニックマウスは、筋萎縮性側索硬化症の末期段階の間、オートファジーが顕著に増加するので、その脊髄運動神経細胞を失うことが研究によって示されている(これは、In vivo optical imaging of motor neuron autophagy in a mouse model of amyotrophic lateral sclerosis. Autophagy 7:9、1−8;September 2011、において知ることが可能であり、その全てを参照によりここに組み込む)。そこで、本実施例では、実験グループにおけるSOD1−G93Aトランスジェニックマウスを、脊髄を回収するために死の直前において屠殺し、当該脊髄からタンパク質を抽出した。これは、ウェスタンブロットを行い、オートファジーのタンパク質バイオマーカーLC3−IIを解析するためである。当該LC3−IIは、マウスの腰部脊髄運動神経細胞においてオートファジーが起こっているかどうかを確かめるために使用され、β−アクチンは内部コントロールとして使用した。
【0052】
図6において示すように、コントロールグループにおける未処置のマウスと比較すると、実験グループにおけるマウスの頚部脊髄、胸髄および腰髄内のLC3−IIおよびpLC3−IIのタンパク質発現レベルが有意に減少した。上記の結果は、ブチリデンフタリドが、生物における運動ニューロンのオートファジーを特異的に阻害することが可能であり、それによって、筋萎縮性側索硬化症の発症を遅延させ、当該マウスの生存日数を延ばし、筋萎縮性側索硬化症の治療の効果を達成するということを示している。
【0053】
(実施例6)細胞実験:ブチリデンフタリドによるオートファジーの阻害
細胞実験は、マウスの運動ニューロンを模倣するために、マウスの運動ニューロンに分化することができるNSCs(神経幹細胞)を使用することによって行った。
【0054】
NSCsを、培養皿(直径10cm)においてインキュベートした。インキュベート後、60%コンフルエントの密度まで増殖した際に、当該細胞をPBSを用いて洗浄し、異なる濃度のブチリデンフタリドを用いて12時間にわたって処置した。その後、細胞のオートファジーを刺激するために、当該細胞を、H
2O
2(2500μM/mL)を用いて12時間にわたり処置した。そして、細胞を収集し、タンパク質を抽出し、NSCにおけるLC3−IIのタンパク質発現レベルをSDS−PAGEおよびウェスタンブロットによって解析した。ウェスタンブロットの結果を、
図7において示す。
【0055】
図7において示すように、10μg/mLのブチリデンフタリドが、オートファジーを阻害することによって、H
2O
2の損傷からNSCsを保護し、防止することができていた(LC3−IIのタンパク質発現レベルを減少させる)。
【0056】
上述の実施例は、本発明の原理および有効性を説明するため、およびその発明の特徴を示すために使用されるものである。本技術分野における当業者であれば、記載されている本発明の開示および示唆に基づいて、技術的原理およびその精神から逸脱することなく、種々の変形および代替を用いて実施し得る。そのため、本発明の保護範囲は、添付の特許請求の範囲において規定されているものである。