(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
ばね鋼は、自動車又は一般機械に使用される。たとえば、自動車の懸架ばねとしてばね鋼が利用される場合、ばね鋼には高い疲労強度が要求される。最近、燃費改善を目的とした自動車の軽量化、高出力化が要求されている。そのため、エンジン又はサスペンションに利用されるばね鋼は、さらに高い疲労強度が求められる。
【0003】
鋼材中には、アルミナに代表される酸化物系介在物が存在する場合がある。酸化物系介在物が粗大であれば、疲労強度が低下する。
【0004】
アルミナは、精錬工程において溶鋼を脱酸するときに生成する。取鍋等はアルミナ系耐火物を含む場合が多い。そのため、Al脱酸だけでなく、Al以外の元素(例えばSi、Mn等)で脱酸した場合であっても、溶鋼中にアルミナが生成する場合がある。溶鋼中のアルミナは凝集しやすく、クラスタ化しやすい。つまり、アルミナは粗大化しやすい。
【0005】
アルミナに代表される酸化物系介在物を微細化する技術が特開平5−311225号公報(特許文献1)、特開2009−263704号公報(特許文献2)、特開平9−263820号公報(特許文献3)、及び、特開平11−279695号公報(特許文献4)に開示されている。
【0006】
特許文献1には、次の事項が記載されている。溶鋼中にMg合金を添加する。これにより、アルミナが減少し、代わりに、スピネル(MgO・Al
2O
3)又はMgOが生成される。そのため、アルミナの凝集によるアルミナの粗大化が抑制される。
【0007】
しかしながら、特許文献1の製造方法の場合、連続鋳造装置においてノズルが詰まる場合がある。この場合、溶鋼に粗大介在物が混入しやすい。この場合、鋼の疲労強度が低くなる。
【0008】
特許文献2には、次の事項が記載されている。鋼線材の長手方向断面におけるSiO
2−Al
2O
3−CaO系酸化物の平均化学組成を、SiO
2:30〜60%、Al
2O
3:1〜30%、CaO:10〜50%にして、上記酸化物の融点を1400℃以下に制御する。さらにこれらの酸化物に、0.1〜10%のB
2O
3を含有する。これにより、酸化物系介在物が微細分散する。
【0009】
しかしながら、B
2O
3は上述の酸化物には有効であるものの、アルミナのクラスタ化を抑制しにくい場合がある。この場合、疲労強度が低くなる。
【0010】
特許文献3には、次の事項が記載されている。Alキルド鋼の製造において、溶鋼中にCa、Mg及び希土類元素(REM)からなる群から選択される2種以上とAlとからなる合金を投入して脱酸する。
【0011】
しかしながら、ばね鋼において上記合金を投入しても、酸化物系介在物が微細化されない場合がある。この場合、ばね鋼の疲労強度が低くなる。
【0012】
特許文献4には、次の事項が記載されている。軸受用鋼線材において、0.010%以下のREM(実施例では0.003%)を含有することにより、介在物を球状化する。
【0013】
しかしながら、ばね鋼においては、上記含有量のREMを含有しても、酸化物系介在物が微細化しない場合がある。この場合、ばね鋼の疲労強度が低くなる。
【0014】
さらに、懸架ばねは、走行中の路面の凹凸による車体の振動を吸収する役割を有する。したがって、ばね鋼は、疲労強度だけでなく、高い靱性も求められる。
【0015】
また、ばねの製造方法には熱間成形と冷間成形とがある。冷間成形では冷間でコイリングしてばねを製造する。したがって、ばね鋼は冷間での高い延性も求められる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本実施形態によるばね鋼は、質量%で、C:0.4〜0.7%、Si:1.1〜3.0%、Mn:0.3〜1.5%、P:0.03%以下、S:0.05%以下、Al:0.01〜0.05%、希土類元素:0.0001〜0.002%、N:0.015%以下、O:0.0030%以下、Ti:0.02〜0.1%、Ca:0〜0.0030%、Cr:0〜2.0%、Mo:0〜1.0%、W:0〜1.0%、V:0〜0.70%、Nb:0〜0.050%未満、Ni:0〜3.5%、Cu:0〜0.5%、及び、B:0〜0.0050%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する。ばね鋼中において、Al系酸化物、REM、O及びAlを含有する複合酸化物、及び、REM、O、S及びAlを含有する複合酸硫化物のいずれかであって、円相当径が5μm以上である酸化物系介在物の個数が0.2個/mm
2以下である。さらに、酸化物系介在物の円相当径の最大値が40μm以下である。
【0022】
本実施形態によるばね鋼は、Al系酸化物、複合酸化物(REMを含有し、Al、Oを含有する介在物)、及び、複合酸硫化物(REMを含有し、Al、O、Sを含有する介在物)のいずれかである酸化物系介在物が微細分散される。そのため、疲労強度が高い。さらに、本実施形態のばね鋼はTiを含有するため、高い靱性を有する。そのため、本実施形態によるばね鋼は延性に優れる。
【0023】
上記ばね鋼の化学組成は、Ca:0.0001〜0.0030%を含有してもよい。上記ばね鋼の化学組成は、Cr:0.05〜2.0%、Mo:0.05〜1.0%、W:0.05〜1.0%、V:0.05〜0.70%、Nb:0.002〜0.050%未満、Ni:0.1〜3.5%、Cu:0.1〜0.5%、及び、B:0.0003〜0.0050%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0024】
本実施形態のばね鋼の製造方法は、上記化学組成を有する溶鋼を精錬する工程と、精錬後の溶鋼を用いて、連続鋳造法により鋳片を製造する工程と、鋳片を熱間加工する工程とを備える。溶鋼を精錬する工程は、取鍋精錬時に、Alを用いて溶鋼を脱酸する工程と、Alを用いた脱酸後、REMを用いて溶鋼を5分以上脱酸する工程とを含む。鋳片を製造する工程は、鋳型内で溶鋼を攪拌して水平方向に0.1m/分以上の流速で旋回させる工程と、1〜100℃/分の冷却速度で鋳込み中の鋳片を冷却する工程とを含む。
【0025】
精錬工程において、取鍋精錬時に、Al脱酸、REM脱酸の順に実施し、かつ、REM脱酸を5分以上実施する。さらに、連続鋳造工程で上述の流速で旋回し、上述の冷却速度で冷却する。この製造方法により、上述の粗大酸化物系介在物の個数及び粗大酸化物系介在物の円相当径の最大値を満たすばね鋼が製造できる。
【0026】
以下、本実施形態のばね鋼について詳しく説明する。各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0027】
[化学組成]
本実施形態によるばね鋼の化学組成は、次の元素を含有する。
【0028】
C:0.4〜0.7%
炭素(C)は、鋼の強度を高める。C含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、C含有量が高すぎれば、熱間圧延後の冷却過程で初析セメンタイトが過剰に生成する。この場合、鋼の伸線時の加工性が低下する。したがって、C含有量は0.4〜0.7%である。C含有量の好ましい下限は0.4%よりも高く、さらに好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.5%である。C含有量の好ましい上限は0.7%未満であり、さらに好ましくは0.65%であり、さらに好ましくは0.6%である。
【0029】
Si:1.1〜3.0%
シリコン(Si)は、鋼の焼入れ性を高め、鋼の疲労強度を高める。Siはさらに、耐へたり性を高める。Si含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、パーライト中のフェライトの延性が低下する。Si含有量が高すぎればさらに、圧延、焼入れ及び焼戻しの工程において脱炭が助長され、鋼の強度が低下する。したがって、Si含有量は1.1〜3.0%である。Si含有量の好ましい下限は1.1%よりも高く、さらに好ましくは1.2%であり、さらに好ましくは1.3%である。Si含有量の好ましい上限は3.0%未満であり、さらに好ましくは2.5%であり、さらに好ましくは2.0%である。
【0030】
Mn:0.3〜1.5%
マンガン(Mn)は鋼を脱酸する。Mnはさらに、鋼の強度を高める。Mn含有量が低すぎれば、これらの効果は得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、偏析が生じる。偏析部にはミクロマルテンサイトが生成される。ミクロマルテンサイトは、圧延工程での疵の発生要因となる。ミクロマルテンサイトはさらに、鋼の伸線時の加工性を低下する。したがって、Mn含有量は0.3〜1.5%である。Mn含有量の好ましい下限は0.3%よりも高く、さらに好ましくは0.4%であり、さらに好ましくは0.5%である。Mn含有量の好ましい上限は1.5%未満であり、さらに好ましくは1.4%であり、さらに好ましくは1.2%である。
【0031】
P:0.03%以下
りん(P)は、不純物である。Pは結晶粒界に偏析して鋼の疲労強度を低下する。したがって、P含有量はなるべく低い方が好ましい。P含有量は0.03%以下である。P含有量の好ましい上限は0.03%未満であり、さらに好ましくは0.02%である。
【0032】
S:0.05%以下
硫黄(S)は、不純物である。Sは粗大なMnSを形成し、鋼の疲労強度を低下する。したがって、S含有量はなるべく低い方が好ましい。S含有量は0.05%以下である。S含有量の好ましい上限は0.05%未満であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.01%である。
【0033】
Al:0.01〜0.05%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Alはさらに、鋼の結晶粒を調整する。Al含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。Al含有量が高すぎればさらに、アルミナが多数残存する。したがって、Al含有量は0.01〜0.05%である。Al含有量の好ましい下限は0.01%よりも高い。Al含有量の好ましい上限は0.05%未満であり、さらに好ましくは0.035%である。本明細書にいうAl含有量は、いわゆる全Al(Total Al)の含有量を意味する。
【0034】
REM:0.0001〜0.002%
希土類元素(REM)は、鋼を脱硫及び脱酸する。REMはさらに、Al系酸化物と結合して、酸化物系介在物を微細化する。以下、この点について説明する。
【0035】
本明細書において、酸化物系介在物は、アルミナに代表されるAl系酸化物、複合酸化物、及び、複合酸硫化物のいずれか1種以上である。Al系酸化物、複合酸化物、複合酸硫化物は次のとおり定義される。
【0036】
Al系酸化物は、30%以上のO(酸素)と、5%以上のAlとを含有する。Al系酸化物はさらに、Mn、Si、Ca、Mg等の脱酸元素の少なくとも1種以上を含有してもよい。Al系酸化物中のREM含有量は1%未満である。
【0037】
複合酸化物は、30%以上のO(酸素)と、5%以上のAlと、1%以上のREMとを含有する。複合酸化物はさらに、Mn、Si、Ca、Mg等の脱酸元素の少なくとも1種以上を含有してもよい。
【0038】
複合酸硫化物は、30%以上のO(酸素)と、5%以上のAlと、1%以上のREMと、Sとを含有する。複合酸硫化物はさらに、Mn、Si、Ca、Mg等の脱酸元素の少なくとも1種以上を含有してもよい。
【0039】
REMは、鋼中のAl系酸化物と反応して、複合酸化物を形成する。複合酸化物はさらに、Sと反応して複合酸硫化物を形成する場合がある。このように、REMはAl系酸化物を複合酸化物又は複合酸硫化物に変える。この場合、Al系酸化物が溶鋼中で凝集してクラスタになるのを抑制でき、微細な酸化物系介在物を鋼中に分散することができる。
【0040】
図1は、本実施形態のばね鋼中の複合酸硫化物の一例を示すSEM画像である。
図1中の複合酸硫化物の円相当径は5μm未満である。
図1中の複合酸硫化物の化学組成は、64.4%のO(酸素)と、18.4%のAlと、5.5%のMnと、4.6%のSと、3.8%のCe(REM)とを含有する。
【0041】
図1に代表される複合酸化物及び複合酸硫化物の円相当径は1〜5μm程度であり、微細である。さらに、複合酸化物及び複合酸硫化物は延伸して粗大化したり、クラスタ化したりしない。したがって、複合酸化物及び複合酸硫化物は疲労破壊の起点になりにくい。そのため、ばね鋼の疲労強度が高まる。
【0042】
本実施形態のばね鋼は、好ましくは、酸化物系介在物のうち、少なくとも複合酸硫化物を含有する。この場合、Sは複合酸硫化物に固定される。そのため、MnSの析出が抑制され、粒界でのTiSの析出も抑制される。その結果、ばね鋼の延性が高まる。
【0043】
REM含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、REM含有量が高すぎれば、連続鋳造においてREMを含有する介在物がノズルを閉塞する場合がある。REMを含有する介在物がノズルを閉塞しない場合であっても、REMを含有する粗大な介在物が鋼中に含有され、鋼の疲労強度が低下する。したがって、REM含有量は0.0001〜0.002%である。REM含有量の好ましい下限は0.0001%よりも高く、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0003%よりも高い。REM含有量の好ましい上限は0.002%未満であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは、0.0005%である。
【0044】
本明細書にいうREMは、原子番号57のランタン(La)から原子番号71のルテチウム(Lu)までのランタノイド、原子番号21のスカンジウム(Sc)、及び、原子番号39のイットリウム(Y)の総称である。
【0045】
N:0.015%以下
窒素(N)は不純物である。Nは窒化物を形成して、鋼の疲労強度を低下する。Nはさらに、ひずみ時効を引き起こし、鋼の延性及び靭性を低下する。したがって、N含有量はなるべく低い方が好ましい。N含有量は0.015%以下である。N含有量の好ましい上限は0.015%未満であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.008%であり、さらに好ましくは0.006%である。
【0046】
O:0.0030%以下
酸素(O)は不純物である。Oは、Al系酸化物、複合酸化物及び複合酸硫化物を形成する。酸素含有量が高すぎれば、粗大なAl系酸化物が多数発生して、鋼の疲労寿命が低下する。したがって、O含有量は0.0030%以下である。O含有量の好ましい上限は0.0030%未満であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0015%である。本明細書にいうO含有量は、いわゆる全酸素量(T.O)である。
【0047】
Ti:0.02〜0.1%
チタン(Ti)は、A
3点以上のオーステナイト温度域において、微細なTi炭化物及びTi炭窒化物を形成する。焼入れのための加熱時において、Ti炭化物及びTi炭窒化物はオーステナイト粒に対してピン止め効果を発揮し、結晶粒を微細かつ均一にする。このため、Tiは鋼の靭性を高める。
【0048】
一般的に、Tiが含有された場合、Ti炭化物、Ti炭窒化物が形成され、さらにTiSが粒界に析出する。TiSはMnSと同様に、鋼の延性を低下する。
【0049】
しかしながら、上述のとおり、本実施形態のばね鋼では、SはREMと結合して複合酸硫化物を形成する。そのため、粒界にSが偏析せず、TiS及びMnSが生成しにくい。したがって、本実施形態では、Tiが含有されることにより、靭性が高まり、高い延性も得られる。Ti含有量が低すぎれば、この効果が得られない。
【0050】
一方、Ti含有量が高すぎれば、粗大なTiNが生成する。TiNは破壊起点になりやすく、水素のトラッピングサイトにもなりやすい。そのため、鋼の疲労強度が低下する。したがって、Ti含有量は0.02〜0.1%である。Ti含有量の好ましい下限は0.02%よりも高く、さらに好ましくは0.04%である。Ti含有量の好ましい上限は0.1%未満であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.06%である。
【0051】
本実施の形態によるばね鋼の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のばね鋼の効果に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0052】
本実施の形態によるばね鋼の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Caを含有してもよい。
【0053】
Ca:0〜0.0030%
カルシウム(Ca)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。Caが含有される場合、Caは鋼を脱硫する。一方、Ca含有量が高すぎれば、低融点で粗大なAl−Ca−O酸化物が形成される。Ca含有量が高すぎればさらに、複合酸硫化物がCaを吸収する。Caを吸収した複合酸硫化物は粗大化しやすい。これらの粗大な酸化物は、鋼の破壊起点となりやすい。したがって、Ca含有量は0〜0.0030%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0001%以上であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0030%未満であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0015%である。
【0054】
本実施の形態によるばね鋼の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Cr、Mo、W、V、Nb、Ni、Cu、及びBからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼の強度を高める。
【0055】
Cr:0〜2.0%
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Crは鋼の強度を高める。Crはさらに、鋼の焼入れ性を高め、鋼の疲労強度を高める。Crはさらに、焼戻し軟化抵抗を高める。一方、Cr含有量が高すぎれば、鋼の硬さが高くなりすぎ、延性が低下する。したがって、Cr含有量は0〜2.0%である。Cr含有量の好ましい下限は0.05%である。焼戻し軟化抵抗を高める場合、Cr含有量の好ましい下限は0.5%であり、さらに好ましくは0.7%である。Cr含有量の好ましい上限は2.0%未満である。冷間でコイリングしてばね鋼材を製造する場合、Cr含有量のさらに好ましい上限は1.5%である。
【0056】
Mo:0〜1.0%
モリブデン(Mo)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Moは鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。Moはさらに、鋼の焼戻し軟化抵抗を高める。Moはさらに、微細な炭化物を形成し、結晶粒を微細化する。Mo炭化物は、V炭化物と比較して、低温で析出する。そのため、Moは、低温で焼き戻す高強度のばね鋼の結晶粒微細化に有効である。
【0057】
一方、Mo含有量が高すぎれば、熱間圧延後の冷却過程で過冷組織が生成しやすくなる。過冷組織は、置き割れ及び加工時の割れの原因となる。したがって、Mo含有量は0〜1.0%である。Mo含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Mo含有量の好ましい上限は1.0%未満であり、さらに好ましくは0.75%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0058】
W:0〜1.0%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、WはMoと同様に、鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。Wはさらに、鋼の焼戻し軟化抵抗を高める。一方、W含有量が高すぎれば、Moと同様に過冷組織が生成する。したがって、W含有量は0〜1.0%である。高い焼戻し軟化抵抗を得る場合、W含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.1%である。W含有量の好ましい上限は1.0%未満であり、さらに好ましくは0.75%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0059】
V:0〜0.70%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Vは微細な窒化物、炭化物及び炭窒化物を形成する。これらの析出物は鋼の焼戻し軟化抵抗を高め、鋼の強度を高める。これらの析出物はさらに、結晶粒を微細化する。一方、V含有量が高すぎれば、V窒化物、V炭化物及びV炭窒化物が焼入れ時の加熱でも十分に溶解しない。未溶解のV窒化物、V炭化物及びV炭窒化物は粗大化して鋼中に残存し、鋼の延性及び疲労強度を低下する。V含有量が高すぎればさらに、過冷組織が生成する。したがって、V含有量は0〜0.70%である。V含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.06%であり、さらに好ましくは0.08%である。V含有量の好ましい上限は0.70%未満であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.30%であり、最も好ましい上限は0.25%である。
【0060】
Nb:0〜0.050%未満
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Vと同様に、窒化物、炭化物及び炭窒化物を形成し、鋼の強度、焼戻し軟化抵抗を高め、結晶粒を微細化する。一方、Nb含有量が高すぎれば、鋼の延性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.050%未満である。Nb含有量の好ましい下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.008%である。冷間コイリングによりばねを製造する場合、Nb含有量の好ましい上限は0.030%未満であり、さらに好ましくは0.020%未満である。
【0061】
Ni:0〜3.5%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、NiはMoと同様に、鋼の強度及び焼入れ性を高める。Cuが含有される場合、Niはさらに、Cuと合金相を形成して鋼の熱間加工性の低下を抑制する。一方、Ni含有量が高すぎれば、残留オーステナイト量が増加しすぎるため、焼入れ後の鋼の強度が低下する。残留オーステナイトはさらに、使用によりマルテンサイト変態して膨張する。そのため、製品形状の精度が低下する。したがって、Ni含有量は0〜3.5%である。Ni含有量の好ましい下限は0.1%であり、さらに好ましくは0.2%であり、さらに好ましくは0.3%である。Ni含有量の好ましい上限は3.5%未満であり、さらに好ましくは2.5%であり、さらに好ましくは1.0%である。Cuが含有される場合、好ましくは、Ni含有量はCu含有量以上である。
【0062】
Cu:0〜0.5%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Cuは鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。Cuはさらに、鋼の耐食性を高め、鋼の脱炭を抑制する。一方、Cu含有量が高すぎれば熱間加工性が低下する。この場合、鋳造、圧延及び鍛造等の製造過程において疵が発生しやすくなる。したがって、Cu含有量は0〜0.5%である。Cu含有量の好ましい下限は0.1%であり、さらに好ましくは0.2%である。Cu含有量の好ましい上限は0.5%未満であり、さらに好ましくは0.4%であり、さらに好ましくは0.3%である。
【0063】
B:0〜0.0050%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Bは鋼の焼入れ性を高め、鋼の強度を高める。
【0064】
Bはさらに、鋼中に固溶して粒界に偏析する。この固溶BはP、N、S等の粒界を脆化する元素の粒界偏析を抑制する。そのため、Bは粒界を強化する。本実施形態のばね鋼では、Ti、REMとともにBを含有すれば、粒界でのS偏析が顕著に抑制される。そのため、鋼の疲労強度及び靭性が高まる。
【0065】
一方、B含有量が高すぎれば、マルテンサイト又はベイナイト等の過冷組織が生成する。したがって、B含有量は0〜0.0050%である。B含有量の好ましい下限は0.0003%以上であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0008%である。B含有量の好ましい上限は0.0050%未満であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0066】
[ミクロ組織]
[粗大酸化物系介在物の個数TN]
上述の化学組成を有するばね鋼中において、Al系酸化物、複合酸化物、及び複合酸硫化物のいずれかの酸化物系介在物であって、円相当径が5μm以上である酸化物系介在物の個数TNは0.2個/mm
2である。
【0067】
円相当径とは、酸化物系介在物(Al系酸化物、複合酸化物、及び複合酸硫化物)の面積を、同じ面積の円に換算した場合の、円の直径を意味する。以下、円相当径が5μm以上である酸化物系介在物を「粗大酸化物系介在物」と定義する。粗大酸化物系介在物の個数TNは次の方法で求められる。
【0068】
棒状又は線状ばね鋼を軸方向に沿って切断する。断面を鏡面研磨する。研磨された断面に対して選択的定電位電解エッチング(SPEED法)を実施する。エッチングされた断面上において、ばね鋼の表面からR/2深さ(Rはばね鋼の半径)の位置を中心として、半径方向に2mm幅、軸方向に5mm幅の長方形の領域である任意の視野を5つ選択する。
【0069】
エネルギ分散型X線マイクロアナライザ(EDX)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて各視野を2000倍で観察し、視野の画像を得る。視野中の介在物を特定する。EDXを用いて、特定された各介在物の化学組成(介在物中のAl含有量、O含有量、REM含有量、S含有量等)を分析する。分析結果に基づいて、介在物のうち、酸化物系介在物(Al系酸化物、複合酸化物、複合酸硫化物)を特定する。
【0070】
特定された各酸化物系介在物(Al系酸化物、複合酸化物、複合酸硫化物)の円相当径を画像処理により求め、円相当径が5μm以上の酸化物系介在物(粗大酸化物系介在物)を特定する。
【0071】
5視野の粗大酸化物系介在物の総数を求め、次の式により、粗大酸化物系介在物の個数TN(個/mm
2)を求める。
TN=5視野の粗大酸化物系介在物の総数/5視野の総面積
【0072】
本実施形態のばね鋼では、粗大酸化物系介在物の個数TNは0.2個/mm
2以下である。適量のREMを適切な製造条件で含有することにより、Al系酸化物を微細な複合酸化物又は複合酸硫化物に変える。これにより、個数TNを低く抑えることができる。そのため、高い疲労強度が得られる。
【0073】
[酸化物系介在物の円相当径の最大値Dmax]
本実施形態のばね鋼ではさらに、酸化物系介在物の円相当径の最大値Dmaxが40μm以下である。
【0074】
最大値Dmaxは、次の方法により求める。上述の個数TNの測定時に、5視野において、酸化物系介在物の円相当径を求める。求めた円相当径のうちの最大値を、酸化物系介在物の円相当径の最大値Dmaxと定義する。
【0075】
本実施形態のばね鋼では、最大値Dmaxが40μm以下である。適量のREMを含有することにより、Al系酸化物を微細な複合酸化物又は複合酸硫化物に変えることにより、最大値Dmaxを低く抑えることができる。そのため、高い疲労強度が得られる。
【0076】
[製造方法]
上述のばね鋼の製造方法の一例を説明する。本実施形態のばね鋼は、溶鋼を精錬する工程(精錬工程)と、精錬後の溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する工程(鋳造工程)と、鋳片を熱間加工してばね鋼を製造する工程(熱間加工工程)とを備える。
【0077】
[精錬工程]
精錬工程では、溶鋼を精錬する。初めに、溶鋼に対して取鍋精錬を実施する。取鍋精錬は周知の取鍋精錬を実施すればよい。取鍋精錬はたとえば、RH(Ruhrstahl−Heraeus)を用いた真空脱ガス処理である。
【0078】
取鍋精錬の実施中に、溶鋼にAlを投入し、溶鋼をAl脱酸する。好ましくは、Al脱酸後の溶鋼中のO含有量(全酸素量)を0.0030%以下にする。
【0079】
Al脱酸後、REMを溶鋼に投入してREM脱酸を5分以上脱酸する。
【0080】
REM脱酸後、真空脱ガス処理を含む取鍋精錬をさらに実施してもよい。以上の精錬工程により、上記化学組成の溶鋼を製造する。
【0081】
上記精錬工程においては、Al脱酸の後、REM脱酸を5分以上実施する。この場合、Al系酸化物が複合酸化物及び複合酸硫化物に変化し、微細化する。そのため、従来のAl系酸化物の粗大化(クラスタ化)が抑制される。
【0082】
REM脱酸が5分未満であれば、Al系酸化物が複合酸化物及び複合酸硫化物に十分に変化しない。そのため、個数TNが0.2個/mm
2を超えたり、酸化物系介在物の円相当径の最大値Dmaxが40μmを超えたりする。
【0083】
また、REM脱酸の前に、Al以外の他の元素で脱酸すれば、Al系酸化物が複合酸化物及び複合酸硫化物に十分に変化しない。そのため、個数TNが0.2個/mm
2を超えたり、酸化物系介在物の円相当径の最大値Dmaxが40μmを超えたりする。
【0084】
REM脱酸にはたとえば、ミッシュメタル(REMの混合物)を用いてもよい。この場合、塊状のミッシュメタルを溶鋼に添加すればよい。精錬末期に、Ca−Si合金、又は、CaO−CaF
2フラックス等を溶鋼に添加し、脱硫を実施してもよい。
【0085】
[鋳造工程]
取鍋精錬後の溶鋼を用いて、連続鋳造法により鋳片を製造する。
【0086】
取鍋精錬後においても、溶鋼中でREMとAl系酸化物とが反応して複合酸硫化物及び複合酸化物を形成する。したがって溶鋼を鋳型内で旋回させた方が、REMとAl系酸化物とがより反応しやすくなる。
【0087】
そこで、鋳造工程において、鋳型内の溶鋼を水平方向に0.1m/分以上の流速で攪拌して旋回させる。この場合、REMとAl系酸化物との反応が促進され、複合酸化物及び複合酸硫化物が生成する。そのため、粗大酸化物系介在物の個数TNが0.2個/mm
2以下になり、酸化物系介在物の最大値Dmaxが40μm以下になる。一方、流速が0.1m/分未満である場合、REMとAl系酸化物との反応が促進されにくい。そのため、個数TNが0.2個/mm
2を超えたり、最大値Dmaxが40μmを超えたりする。溶鋼の攪拌はたとえば、電磁攪拌により実施される。
【0088】
さらに、鋳込み中の鋳片の冷却速度RCも、酸化物系介在物の粗大化に影響する。本実施形態では、冷却速度RCを1〜100℃/分とする。冷却速度とは、鋳片の上面又は下面からT/4深さ位置(Tは鋳片の厚さ)における、液相線温度から固相線温度までの冷却時の速度である。冷却速度が低すぎれば、酸化物系介在物が粗大化しやすい。そのため、冷却速度RCが1℃/分未満であれば、粗大酸化物系介在物の個数TNが0.2個/mm
2を超えたり、酸化物系介在物の円相当径の最大値Dmaxが40μmを超えたりする。
【0089】
一方、冷却速度RCが100℃/分を超えれば、鋳込み中において、粗大酸化物系介在物が浮上する前に鋼中にトラップされる。そのため、粗大酸化物系介在物の個数TNが0.2個/mm
2を超えたり、酸化物系介在物の円相当径の最大値Dmaxが40μmを超えたりする。
【0090】
冷却速度RCが1〜100℃/分であれば、粗大酸化物系介在物の個数TNが0.2個/mm
2以下となり、かつ、酸化物系介在物の円相当径の最大値Dmaxが40μm以下となる。
【0091】
冷却速度は次の方法で求めることができる。
図2は、鋳造後の鋳片の横断面(鋳片の軸方向に垂直な断面)図である。
図2を参照して、鋳片の横断面のうち、鋳込み時における鋳片の上面又は下面からT/4深さの、任意の点Pを選択する。Tは鋳片の厚さ(mm)である。点Pの凝固組織のうち、厚みT方向の2次デンドライトアームの間隔λ(μm)を測定する。具体的には、厚みT方向の2次デンドライトアーム間隔を10箇所測定し、その平均を間隔λと定義する。
【0092】
求めた間隔λを式(1)に代入して、冷却速度RC(℃/分)を求める。
RC=(λ/770)
−(1/0.41) (1)
【0093】
冷却速度RCの好ましい下限は5℃/分である。冷却速度RCの好ましい上限は60℃/分未満であり、さらに好ましくは30℃/分未満である。以上の製造条件により、鋳片が製造される。
【0094】
[熱間加工工程]
製造された鋳片を熱間加工して、線材を製造する。たとえば、鋳片を分塊圧延してビレットを製造する。ビレットを熱間圧延して線材を製造する。以上の製造方法により、線材が製造される。
【0095】
線材を用いてばねを製造する場合、熱間成形法を利用しても、冷間成形法を利用してもよい。熱間成形法はたとえば、次のとおり実施される。線材を伸線してばね鋼線とする。ばね鋼線をA
3点以上に加熱する。加熱後のばね鋼線(オーステナイト組織)を芯金に巻き付けてコイル(ばね)に成形する。成形後のばねに対して焼入れ焼戻しを実施して、ばねの強度を調整する。焼入れ温度は例えば850〜950℃であり、油冷する。焼戻し温度は例えば420〜500℃である。以上の工程により、ばねを製造する。
【0096】
冷間成形法は次のとおり実施される。線材を伸線してばね鋼線とする。ばね鋼線に対して焼入れ焼戻しを実施して強度が調整された鋼線を製造する。焼入れ温度は例えば850〜950℃であり、焼戻し温度は例えば420〜500℃である。冷間コイリング機を用いて冷間でコイル成形を実施して、ばねを製造する。
【0097】
本実施形態によるばね鋼は、優れた疲労強度とともに、優れた靭性及び延性を有する。そのため、冷間成形法によりばねが成形される場合であっても、成形中にばね鋼が破断せずに塑性変形しやすい。
【実施例】
【0098】
取鍋精錬を実施して、表1及び表2に示す化学組成の溶鋼を製造した。
【0099】
【表1】
【0100】
【表2】
【0101】
【表3】
【0102】
表1及び表2に示す試験番号1〜47の溶鋼に対して、表3に示す条件で精錬を実施した。具体的には、試験番号1〜33、35〜47では、初めに、溶鋼に対して取鍋精錬を実施した。一方、試験番号34の溶鋼に対しては取鍋精錬を実施しなかった。表3中の「取鍋精錬」欄の「C」は、対応する試験番号の溶鋼に対して取鍋精錬を実施したことを示し、「NC」は、取鍋精錬を実施しなかったことを示す。取鍋精錬の実施条件は各試験番号で同じとした。
【0103】
具体的には、取鍋精錬では、RH装置を用いて、溶鋼を10分間還流させた。取鍋精錬を実施した後、脱酸処理を実施した。表3の「添加順序」欄には、使用した脱酸剤及び脱酸剤の添加順序が示される。「Al→REM」は、Alを添加して脱酸した後、さらにREMを添加して脱酸したことを意味する。「Al」は、Al脱酸のみを実施して、他の脱酸剤(REM等)での脱酸処理を実施しなかったことを意味する。「REM→Al」は、REM脱酸を実施し、その後、Al脱酸を実施したことを意味する。「Al→REM→Ca」は、Al脱酸を実施し、次にREM脱酸を実施し、最後にCa脱酸を実施したことを意味する。Al脱酸にはAl金属、REM脱酸にはミッシュメタル、Ca脱酸には、Ca−Si合金及びCaO:CaF
2=50:50(質量比)のフラックスを使用した。表3における還流時間は、最終の脱酸剤を添加してからの還流時間、すなわち最終添加した脱酸剤での脱酸時間である。最終添加した脱酸剤がREMの場合には、REM脱酸時間を示している。
【0104】
REM脱酸を実施した場合、REM添加後の還流時間(脱酸時間)は表3のとおりであった。以上の工程により試験番号1〜47の溶鋼を製造した。
【0105】
製造された溶鋼を用いて、連続鋳造法により、300mm×300mmの横断面を有するブルーム(鋳片)を製造した。このとき、電磁攪拌により、鋳型内の溶鋼を攪拌した。攪拌時の鋳型内の溶鋼の水平方向の旋回流速(m/分)は表3に示すとおりであった。製造された各試験番号のブルームの一つを利用して、上述の方法により、各試験番号のブルームの冷却速度RC(℃/m)を求めた。求めた冷却速度RCを表3に示す。
【0106】
ブルームを1200〜1250℃に加熱した。加熱後のブルームに対して分塊圧延を実施して、160mm×160mmの横断面積を有するビレットを製造した。ビレットを1100℃以上に加熱した。加熱後、15mmの直径を有する線材(ばね鋼)を製造した。
【0107】
[評価試験]
[超音波疲労試験片の作製]
各試験番号ごとに、
図3Aに示す超音波疲労試験片を次の方法で作製した。
図3A中の数値は、各位置での寸法(単位はmm)を示す。「φ3」は直径が3mmであることを示す。
【0108】
図3Bは、15mmの直径を有する線材10の横断面図(線材の軸線に対して垂直な断面)である。
図3B中の破線は、超音波疲労試験片の粗試験片11(
図3に示す形状よりも1mm太い試験片)の採取位置を示す。粗試験片11の長手方向は、線材10の長手方向とした。超音波疲労試験片の荷重負荷部分が、線材の中心偏析を含まないよう、
図3Bに示す採取位置から粗試験片11を採取した。
【0109】
各試験番号の線材から採取された粗試験片に対して焼入れ焼戻しを実施して、粗試験片のビッカース硬さ(HV)を500〜540に調整した。各試験番号での焼入れ温度は900℃であり、保持時間は20分であった。C含有量が0.50%よりも高い試験番号の焼戻し温度は430℃であり、保持時間は20分であった。C含有量が0.50%以下の試験番号の焼戻し温度は410℃であり、保持時間は20分であった。
【0110】
以上の熱処理により、粗試験片は、コイリング後のばねとほぼ同じ材質となった。そのため、これらの粗試験片は、ばね性能の評価に供した。
【0111】
熱処理後、粗試験片に対して仕上げ加工を実施して、
図3に示す寸法の超音波疲労試験片を、各試験番号ごとに複数作製した。
【0112】
[粗大酸化物系介在物個数TN及び最大値Dmaxの測定]
作製された超音波疲労試験片を、中心軸を含む断面を形成するように、軸方向に沿って切断した。超音波疲労試験片の断面を鏡面研磨した。研磨された断面に対して選択的定電位電解エッチング法(SPEED法)を実施した。SPEED法を実施後の断面のうち、直径10mmの部位の任意の5視野を選択した。各視野は、超音波疲労試験片の表面からR/2深さ(Rは半径、本例では5mm)を中心に、半径方向に2mm幅、軸方向に5mm幅の長方形であった。
【0113】
エネルギ分散型X線マイクロアナライザ(EDX)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて各視野を観察した。観察は倍率1000倍で行った。視野中の介在物を特定した。次に、EDXを用いて、特定された介在物の化学組成を分析し、Al系酸化物、REM含有複合酸化物、及びREM含有複合酸硫化物を特定した。さらに、特定された各介在物の円相当径を、画像解析により求めた。介在物の化学組成の分析結果及び各介在物の円相当径に基づいて、粗大酸化物系介在物の個数TN及び酸化物系介在物の最大値Dmaxを求めた。
【0114】
[超音波疲労試験]
作製された超音波疲労試験片を用いて、超音波疲労試験を実施した。試験装置には、株式会社島津製作所製の超音波疲労試験機USF−2000を使用した。周波数を20kHzとして、試験応力を850MPa〜1000MPaとした。各試験番号ごとに6つの試験片を用いて超音波疲労試験を実施した。10
7以上振動可能な最大荷重を、その試験番号の疲労強度(MPa)と定義した。
【0115】
[ビッカース硬さ試験]
作製された超音波疲労試験片を用いて、JIS Z2244に準拠したビッカース硬さ試験を実施した。試験力は10kgf=98.07Nとした。超音波疲労試験片の直径10mmの部位の任意の3点で硬さを測定し、その平均値を、その試験番号のビッカース硬さ(HV)と定義した。
【0116】
[シャルピー衝撃試験]
各試験番号の線材から、横断面が11mm×11mmの四角形である粗試験片を作製した。粗試験片に対して、超音波疲労試験片と同じ条件で焼入れ焼戻しを実施した。その後、仕上げ加工してJIS4号試験片を作製した。仕上げ加工時に、Uノッチを形成した。Uノッチの深さは2mmであった。作製された試験片を用いて、JIS Z2242に準拠したシャルピー衝撃試験を実施した。試験温度は常温(25℃)であった。
【0117】
[引張試験]
各試験番号の線材から、直径6mmの平坦部を有する丸棒試験片(JIS Z2201に規定された14A号試験片に相当)の形状よりも1mm太い粗試験片を作製した。粗試験片に対して、超音波疲労試験片と同じ条件で焼入れ焼戻しを実施した。その後、仕上げ加工して丸棒試験片を作製した。JIS Z2241に準拠して、常温(25℃)で引張試験を実施して、破断伸び(%)及び絞り(%)を求めた。
【0118】
[試験結果]
試験結果を表4に示す。
【0119】
【表4】
【0120】
表4中の「鋳造結果」欄の「S」は、ノズルが詰まることなく鋳造が完了したことを意味する。「F」は、鋳造途中でノズルが詰まったことを意味する。「主な介在物」欄には、SEM観察における5つの視野で面積率が5%以上であった酸化物系介在物が記載されている。「REM−Al−O−S」は、複合酸硫化物を意味する。「Al−O」はAl系酸化物を意味する。「MnS」はMnSを意味する。なお、試験番号1〜32、34〜54では、面積率は5%未満であるが、鋼中に複合酸化物も存在した。
【0121】
表4を参照して、試験番号1〜32の化学組成は適切であった。さらに、粗大酸化物系介在物の個数TNはいずれも0.2個/mm
2以下であり、酸化物系介在物の最大の円相当径の最大値Dmaxは40μm以下であった。そのため、試験番号1〜32の疲労強度はいずれも、950MPa以上と高かった。
【0122】
さらに、試験番号5〜10化学組成はBを含有した。そのため、試験番号1〜4、11〜32と比較して、シャルピー衝撃値が高く、優れた靭性を示した。
【0123】
一方、試験番号33の化学組成はREMを含有しなかった。そのため、複合酸化物及び複合酸硫化物が生成せず、粗大酸化物系介在物の個数TNが0.2個/mm
2を超え、さらに、酸化物系介在物の最大値Dmaxも40μmを超えた。そのため、疲労強度が950MPa未満と低かった。試験番号33の化学組成はさらに、Tiを含有しなかった。そのため、シャルピー衝撃値が40×10
4J/m
2未満であり、靭性が低かった。さらに、破断伸びが9.5%未満であり、絞りが50%未満であった。
【0124】
試験番号34のO含有量は高すぎた。そのため、個数TNが高すぎ、最大値Dmaxも大きすぎた。そのため、疲労強度が950MPa未満と低かった。
【0125】
試験番号35の化学組成は適切であった。しかしながら、REM脱酸における還流時間が短すぎた。そのため、最大値Dmaxが40μmを超えた。その結果、疲労強度が950MPa未満と低かった。
【0126】
試験番号36の化学組成は適切であった。しかしながら、鋳型内での電磁攪拌が不足し、鋳型内の流速が0.1m/分未満であった。そのため、個数TNが高すぎた。その結果、疲労強度が950MPa未満と低かった。
【0127】
試験番号37のREM含有量は過剰に高すぎた。そのため、連続鋳造中にノズルが詰まり、鋳片を製造することができなかった。
【0128】
試験番号38のREM含有量は高すぎた。そのため、鋼中の粗大な酸化物系介在物が増加し、個数TNが高すぎた。その結果、疲労強度が950MPa未満と低かった。
【0129】
試験番号39のREM含有量は低すぎた。そのため、複合酸化物及び複合酸硫化物が生成せず、Al系酸化物が粗大化し、個数TNが高すぎた。その結果、疲労強度が950MPa未満と低かった。さらに、REM含有量が低すぎたため、破断伸びが9.5%未満と低く、絞りも50%未満と低かった。REM含有量が低すぎたため、粒界にTiSが生成して延性が低下したと考えられる。
【0130】
試験番号40及び41のTi含有量は高すぎた。そのため、疲労強度が950MPa未満と低かった。粗大なTiNが形成され、疲労強度が低下したと考えられる。
【0131】
試験番号42の化学組成は適切であったものの、連続鋳造時の冷却速度RCが速すぎた。そのため、個数TNが高すぎ、最大値Dmaxも大きすぎた。その結果、疲労強度が950MPa未満と低かった。
【0132】
試験番号43の化学組成は適切であったものの、冷却速度RCが遅すぎた。そのため、個数TNが高すぎ、最大値Dmaxも大きすぎた。その結果、疲労強度が950MPa未満と低かった。
【0133】
試験番号44〜46の化学組成はいずれもREMを含有しなかった。そのため、個数TNが高すぎ、最大値Dmaxも大きすぎた。その結果、疲労強度が950MPa未満と低かった。
【0134】
試験番号45の化学組成ではさらに、Ti含有量が低すぎた。そのため、シャルピー衝撃値が40×10
4J/m
2程度であり、靭性が低かった。さらに、破断伸びが9.5%未満であり、絞りが50%未満であった。
【0135】
試験番号46の化学組成のTi含有量は低すぎた。そのため、シャルピー衝撃値が40×10
4J/m
2未満であり、靭性が低かった。さらに、破断伸びが9.5%未満であり、絞りが50%未満であった。
【0136】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。