特許第6179692号(P6179692)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6179692アズロール型K55電縫油井管及び熱延鋼板
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6179692
(24)【登録日】2017年7月28日
(45)【発行日】2017年8月16日
(54)【発明の名称】アズロール型K55電縫油井管及び熱延鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170807BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20170807BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20170807BHJP
   C21D 8/02 20060101ALN20170807BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20170807BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/50
   !C22C38/60
   !C21D8/02 B
   !C21D9/46 T
【請求項の数】3
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-509785(P2017-509785)
(86)(22)【出願日】2016年10月31日
(86)【国際出願番号】JP2016082340
【審査請求日】2017年2月17日
(31)【優先権主張番号】特願2015-248283(P2015-248283)
(32)【優先日】2015年12月21日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石塚 哲夫
(72)【発明者】
【氏名】津末 高志
(72)【発明者】
【氏名】岩本 修治
(72)【発明者】
【氏名】小林 俊一
(72)【発明者】
【氏名】緒方 敏幸
(72)【発明者】
【氏名】吉田 治
(72)【発明者】
【氏名】河野 英人
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭61−048518(JP,A)
【文献】 特開昭61−221331(JP,A)
【文献】 特開2012−132060(JP,A)
【文献】 特開昭63−247311(JP,A)
【文献】 特開昭62−089813(JP,A)
【文献】 特開昭57−145928(JP,A)
【文献】 特開2011−089152(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/153676(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/00
C21D 9/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.30〜0.50%、
Si:0.05〜0.40%、
Mn:0.50〜1.20%、
P :0〜0.030%、
S :0〜0.020%、
Al:0.002〜0.080%、
N :0〜0.0080%、
Cu:0〜0.30%、
Ni:0〜0.30%、
Cr:0〜0.30%、
Mo:0〜0.10%、
V :0〜0.10%、
Nb:0〜0.050%、
Ti:0〜0.030%、
Ca:0〜0.0100%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式(1)で定義されるMn当量が0.50以上1.20以下であり、
電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置のL断面における、外周面からの距離が管厚の1/4である位置の金属組織は、旧オーステナイト粒が偏平しているフェライト−パーライト組織であり、前記旧オーステナイト粒の粒界に存在するフェライトである粒界フェライトと、前記旧オーステナイト粒の粒内に存在するフェライトである粒内フェライトと、を含み、前記金属組織の全面積に対する前記粒界フェライト及び前記粒内フェライトの合計面積率が10〜30%であり、前記粒内フェライト及び前記粒界フェライトの合計面積に対する前記粒内フェライトの面積率が10%以上であり、前記旧オーステナイト粒のアスペクト比が3.0以上であり、
L方向の引張強度が655N/mm以上であり、L方向の降伏強度が379〜530N/mmであるアズロール型K55電縫油井管。
Mn当量=([Mn]/6+[Cu]/15+[Ni]/15+[Cr]/5+[Mo]/5+[V]/5)×6 … (1)
式(1)中、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及びVの質量%を示す。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Cu:0超0.30%以下、
Ni:0超0.30%以下、
Cr:0超0.30%以下、
Mo:0超0.10%以下、
V:0超0.10%以下、
Nb:0超0.050%以下、
Ti:0超0.030%以下、及び
Ca:0超0.0100%以下の1種又は2種以上を含み、
前記化学組成において、前記Mn当量が0.70以上1.20以下である請求項1に記載のアズロール型K55電縫油井管。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のアズロール型K55電縫油井管の製造に用いられる熱延鋼板であって、
化学組成が、質量%で、
C :0.30〜0.50%、
Si:0.05〜0.40%、
Mn:0.50〜1.20%、
P :0〜0.030%、
S :0〜0.020%、
Al:0.002〜0.080%、
N :0〜0.0080%、
Cu:0〜0.30%、
Ni:0〜0.30%、
Cr:0〜0.30%、
Mo:0〜0.10%、
V :0〜0.10%、
Nb:0〜0.050%、
Ti:0〜0.030%、
Ca:0〜0.0100%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
前記Mn当量が0.50以上1.20以下であり、
L断面における、板表面からの距離が板厚の1/4である位置の金属組織は、旧オーステナイト粒が偏平しているフェライト−パーライト組織であり、前記旧オーステナイト粒の粒界に存在するフェライトである粒界フェライトと、前記旧オーステナイト粒の粒内に存在するフェライトである粒内フェライトと、を含み、前記金属組織の全面積に対する前記粒界フェライト及び前記粒内フェライトの合計面積率が10〜30%であり、前記粒内フェライト及び前記粒界フェライトの合計面積に対する前記粒内フェライトの面積率が10%以上であり、前記旧オーステナイト粒のアスペクト比が3.0以上であり、
L方向の引張強度が640N/mm以上であり、L方向の降伏強度が294〜467N/mmである熱延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アズロール型K55電縫油井管及び熱延鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
電縫油井管用の鋼管のうち、API 5CT K55(以下、単に「K55」と称することがある)は、TS(引張強度)>655N/mm、かつ、YS(降伏強度):379〜552N/mmを満足する鋼管であり、API 5CT J55(以下、単に「J55」と称することがある)は、TS>517N/mm、かつ、YS:K55のYSと同等レベルを満足する鋼管である。K55は、J55と比較してTSの下限が高いため、J55と比較して降伏比(YR)が低い(例えば、YRが80%を下回る)という特徴を有する。
下記特許文献1〜6には、K55又はK55に使用する鋼板に関する記載がある。
【0003】
特許文献1:特開平07−102321号公報
特許文献2:国際公開第2012/144248号
特許文献3:特開昭61−048518号公報
特許文献4:特開2011−089152号公報
特許文献5:特開2012−132060号公報
特許文献6:国際公開第2013/153676号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したK55として、熱間圧延ままのシームレス鋼管は、C:0.4〜0.5質量%を含有し且つフェライト−パーライト組織を有する鋼を用いて、比較的容易に製造することができる。
しかし、K55として、上記シームレス鋼管よりも安価に製造できるアズロール型電縫鋼管(As rolled type electric resistance welded steel pipe)は、以下の理由により、従来は製造することが困難であった。
本明細書において、アズロール型電縫鋼管とは、熱間圧延ままの熱延鋼板を管状に冷間成形して製造される電縫鋼管であって、冷間成形(造管)後、シーム熱処理以外の熱処理が施されていない電縫鋼管を指す。
【0005】
アズロール型電縫鋼管の製造プロセスは、素材としての熱延鋼板を管状に冷間成形する段階を含む。この冷間成形により、鋼材の降伏強度(YS)が大幅に上昇する。このため、比較的YSが低いK55であるアズロール型電縫鋼管を製造するためには、冷間成形時のYSの上昇分を考慮し、素材(熱延鋼板)として、目的物(アズロール型電縫鋼管)よりも更にYSが低い熱延鋼板を準備する必要がある。
【0006】
しかし、従来は、以下の理由により、YSが低い熱延鋼板を準備することが困難であった。
即ち、熱延鋼板(ホットコイル)の製造プロセスは、熱間圧延、熱間圧延直後のランアウトテーブル(ROT;Run Out Table)上での冷却、及び巻き取りの各段階を含む。この熱延鋼板の製造プロセスでは、熱延鋼板の生産性(即ち、製造コスト低減)の観点から、ROT上での冷却速度を速くする必要がある。上記熱延鋼板の製造プロセスでは、熱間圧延直後の冷却速度が速いために、熱延鋼板の組織中に、YSを下げる機能を有するフェライトを十分に生成させることが困難であった。
以上の理由により、従来は、YSが低い熱延鋼板を準備することが困難であった。
【0007】
一方、近年では、油井又はガス井の掘削コストの削減の観点から、K55用鋼板を用いて製造でき、かつ、冷間成形(造管)されたままで(即ち、造管後、シーム熱処理以外の熱処理が施されていない状態で)使用できる電縫油井管を製造することが求められている。言い換えれば、K55であり、かつ、アズロール型電縫鋼管である油井管(以下、「アズロール型K55電縫油井管(As rolled type K55 electric resistance welded oil well pipe」と称する)が求められている。
【0008】
また、アズロール型K55電縫油井管を製造できた場合においても、製造されたアズロール型K55電縫油井管に対し、母材靭性(例えば、シャルピー衝撃エネルギー)が要求される。
【0009】
本開示の一態様の課題は、母材靭性に優れたアズロール型K55電縫油井管、及び、上記アズロール型K55電縫油井管の製造に好適な熱延鋼板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための手段には、以下の態様が含まれる。
<1> 化学組成が、質量%で、
C :0.30〜0.50%、
Si:0.05〜0.40%、
Mn:0.50〜1.20%、
P :0〜0.030%、
S :0〜0.020%、
Al:0.002〜0.080%、
N :0〜0.0080%、
Cu:0〜0.30%、
Ni:0〜0.30%、
Cr:0〜0.30%、
Mo:0〜0.10%、
V :0〜0.10%、
Nb:0〜0.050%、
Ti:0〜0.030%、
Ca:0〜0.0100%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式(1)で定義されるMn当量が0.50以上1.20以下であり、
電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置のL断面における、外周面からの距離が管厚の1/4である位置の金属組織は、旧オーステナイト粒が偏平しているフェライト−パーライト組織であり、前記旧オーステナイト粒の粒界に存在するフェライトである粒界フェライトと、前記旧オーステナイト粒の粒内に存在するフェライトである粒内フェライトと、を含み、前記金属組織の全面積に対する前記粒界フェライト及び前記粒内フェライトの合計面積率が10〜30%であるアズロール型K55電縫油井管。
Mn当量=([Mn]/6+[Cu]/15+[Ni]/15+[Cr]/5+[Mo]/5+[V]/5)×6 … (1)
式(1)中、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及びVの質量%を示す。
<2> 前記旧オーステナイト粒のアスペクト比が3.0以上である<1>に記載のアズロール型K55電縫油井管。
<3> L方向の引張強度が655N/mm以上であり、L方向の降伏強度が379〜530N/mmである<1>又は<2>に記載のアズロール型K55電縫油井管。
<4> 前記化学組成が、質量%で、
Cu:0超0.30%以下、
Ni:0超0.30%以下、
Cr:0超0.30%以下、
Mo:0超0.10%以下、
V:0超0.10%以下、
Nb:0超0.050%以下、
Ti:0超0.030%以下、及び
Ca:0超0.0100%以下の1種又は2種以上を含み、
前記化学組成において、前記Mn当量が0.70以上1.20以下である<1>〜<3>のいずれか1項に記載のアズロール型K55電縫油井管。
<5> <1>〜<4>のいずれか1項に記載のアズロール型K55電縫油井管の製造に用いられる熱延鋼板であって、
化学組成が、質量%で、
C :0.30〜0.50%、
Si:0.05〜0.40%、
Mn:0.50〜1.20%、
P :0〜0.030%、
S :0〜0.020%、
Al:0.002〜0.080%、
N :0〜0.0080%、
Cu:0〜0.30%、
Ni:0〜0.30%、
Cr:0〜0.30%、
Mo:0〜0.10%、
V :0〜0.10%、
Nb:0〜0.050%、
Ti:0〜0.030%、
Ca:0〜0.0100%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
前記Mn当量が0.50以上1.20以下であり、
L断面における、板表面からの距離が板厚の1/4である位置の金属組織は、旧オーステナイト粒が偏平しているフェライト−パーライト組織であり、前記旧オーステナイト粒の粒界に存在するフェライトである粒界フェライトと、前記旧オーステナイト粒の粒内に存在するフェライトである粒内フェライトと、を含み、前記金属組織の全面積に対する前記粒界フェライト及び前記粒内フェライトの合計面積率が10〜30%であり、
L方向の引張強度が640N/mm以上であり、L方向の降伏強度が294〜467N/mmである熱延鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本開示の一態様によれば、母材靭性に優れたアズロール型K55電縫油井管、及び、上記アズロール型K55電縫油井管の製造に好適な熱延鋼板が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本開示の電縫油井管の一例に係る電縫油井管の母材90°位置のL断面における管厚1/4位置の金属組織を示す金属組織写真(光学顕微鏡写真、撮影倍率500倍)である。
図2図1中の一部分についての旧オーステナイト粒の粒界(即ち、粒界フェライト)を示した模式図である。
図3A】高C量の鋼を、通常の熱間圧延温度で熱間圧延し、ROT上で冷却する場合のCCT曲線の一例を模式的に示す図である。
図3B】高C量の鋼を、通常の熱間圧延温度より低い温度で熱間圧延し、ROT上で冷却する場合のCCT曲線の一例を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において、「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
本明細書において、成分(元素)の含有量を示す「%」は、「質量%」を意味する。
本明細書において、C(炭素)の含有量を、「C量」と表記することがある。他の元素の含有量についても同様に表記することがある。
本明細書において、「油井管」の概念には、油井に用いられる鋼管と、ガス井に用いられる鋼管と、の両方が包含される。
本明細書において、「工程」との用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0014】
〔アズロール型K55電縫油井管〕
本開示のアズロール型K55電縫油井管(以下、「本開示の電縫油井管」ともいう)は、
化学組成が、質量%で、
C :0.30〜0.50%、
Si:0.05〜0.40%、
Mn:0.50〜1.20%、
P :0〜0.030%、
S :0〜0.020%、
Al:0.002〜0.080%、
N :0〜0.0080%、
Cu:0〜0.30%、
Ni:0〜0.30%、
Cr:0〜0.30%、
Mo:0〜0.10%、
V :0〜0.10%、
Nb:0〜0.050%、
Ti:0〜0.030%、
Ca:0〜0.0100%、並びに
残部:Fe及び不純物からなり、
下記式(1)で定義されるMn当量が0.50以上1.20以下であり、
電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置のL断面における、外周面からの距離が管厚の1/4である位置の金属組織は、旧オーステナイト粒が偏平しているフェライト−パーライト組織であり、旧オーステナイト粒の粒界に存在するフェライトである粒界フェライトと、旧オーステナイト粒の粒内に存在するフェライトである粒内フェライトと、を含み、金属組織の全面積に対する粒界フェライト及び粒内フェライトの合計面積率が10〜30%である。
Mn当量=([Mn]/6+[Cu]/15+[Ni]/15+[Cr]/5+[Mo]/5+[V]/5)×6 … (1)
式(1)中、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及びVの質量%を示す。
【0015】
本明細書において、アズロール型K55電縫油井管とは、前述したとおり、K55であり、かつ、アズロール型電縫鋼管である油井管、即ち、TS(引張強度)>655N/mm、かつ、YS(降伏強度):379〜552N/mmを満足するアズロール型電縫鋼管である油井管を意味する。
本明細書において、TS(引張強度)は、L方向のTSを意味し、YS(降伏強度)は、L方向の0.5%アンダーロード耐力(0.5% under load proof stress)を意味する。
本明細書において、鋼管(例えば電縫油井管)のL断面とは、鋼管を管長手方向及び管厚方向の各々に平行な平面で切断した断面を意味し、鋼板(例えば熱延鋼板)のL断面とは、鋼板を板長手方向及び板厚方向の各々に平行な平面で切断した断面を意味する。
本明細書において、鋼管(例えば電縫油井管)のL方向とは、鋼管の管長手方向を意味し、鋼板(例えば熱延鋼板)のL方向とは、鋼板の板長手方向を意味する。
【0016】
本開示の電縫油井管では、上記化学組成と上記金属組織との組み合わせにより、K55のTS及びYS(即ち、TS>655N/mm、及び、YS:379〜552N/mm)が達成され、かつ、優れた母材靭性が確保される。
本明細書において、母材靭性は、シャルピー吸収エネルギーによって評価される。シャルピー吸収エネルギーが大きい程、母材靭性が高い。
【0017】
以下、まず、本開示の電縫油井管の化学組成(以下、「本開示における化学組成」ともいう)及びその好ましい態様について説明する。
【0018】
C:0.30〜0.50%
Cは、所要の引張強度を確保するのに必要な元素である。また、C:0.30〜0.50%であることは、所要のフェライト−パーライト組織(詳細には、上記合計面積率を満足するフェライト−パーライト組織)を得るために必要な条件である。
C量が0.30%未満では、所要の引張強度が得られないので、C量は0.30%以上とする。C量は、好ましくは0.34%以上である。
一方、C量が0.50%を超えると、降伏強度が上昇しすぎて、母材靭性が低下し、また、溶接熱影響部の靭性が低下するので、C量は0.50%以下とする。C量は、好ましくは0.47%以下である。
【0019】
Si:0.05〜0.40%
Siは、脱酸元素である他、固溶強化によって強度の向上に寄与する元素である。
Si量が0.05%未満では、上記効果が十分に得られないので、Si量は0.05%以上とする。Si量は、好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.15%以上である。
一方、Si量が0.40%を超えると、電縫溶接時にSi含有酸化物が生成し、電縫溶接部の品質が低下するとともに、溶接熱影響部の靭性が低下するので、Si量は0.40%以下とする。Si量は、好ましくは0.35%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。
【0020】
なお、本明細書において、単なる「強度」との用語は、引張強度(TS)及び降伏強度(YS)の少なくとも一方を意味する。
【0021】
Mn:0.50〜1.20%
Mnは、焼入れ性を高めて、所要のフェライト−パーライト組織(後述する)の形成と強度の向上に寄与し、また、MnSを形成してSを固定し、鋳造時の鋳片割れを抑制する元素である。Mn量が0.50%未満では、上記効果が十分に得られないので、Mn量は0.50%以上とする。Mn量は、好ましくは0.70%以上である。
一方、Mn量が1.20%を超えると、偏析が生じ、母材靭性が低下するので、Mn量は1.20%以下とする。Mn量は、好ましくは1.10%以下である。
母材靭性をより向上させる観点から、Mn量は、1.00%以下であることが更に好ましく、1.00%未満であることが特に好ましい。
【0022】
P:0〜0.030%
Pは、不純物元素であり、粒界に偏析して母材靭性の低下させ得る元素である。
P量が0.030%を超えると、母材靭性の低下が著しいので、P量は0.030%以下とする。P量は、好ましくは0.016%以下である。
P量は0%であってもよい。製造コストの観点から、P量は0.001%以上が好ましい。
【0023】
S:0〜0.020%
Sは、不純物元素であり、母材靱性を阻害するとともに、MnSを形成して母材靭性およびシーム部靭性を低下させる元素である。S量が0.020%を超えると、母材靱性の低下、が著しいので、S量は0.020%以下とする。S量は、好ましくは0.010%以下である。
S量は0%であってもよい。製造コストの観点から、S量は0.0005%以上が好ましい。
【0024】
Al:0.002〜0.080%
Alは、脱酸剤として機能する元素である。Al量が0.002%未満では、上記効果が十分に得られないので、Al量は0.002%以上とする。Al量は、好ましくは0.007%以上である。
一方、Al量が0.080%を超えると、酸化物が多量に生成し、鋼の清浄性を阻害するので、Al量は0.080%以下とする。Al量は、好ましくは0.050%以下である。
【0025】
N:0〜0.0080%
Nは、不純物元素であり、時効により、熱延鋼板を管状に成形する際の成形性を阻害する元素である。N量が0.0080%を超えると、上記成形性の低下が著しいので、N量は0.0080%以下とする。N量は、好ましくは0.0060%以下であり、より好ましくは0.0040%以下である。
N量は0%であってもよい。製造コストの観点から、N量は0.0005%以上が好ましい。
【0026】
Cu:0〜0.30%
Cuは任意の元素である。このため、Cu量は0%であってもよい。
Cuは、固溶強化又は析出強化で強度の向上に寄与する元素である。上記効果をより効果的に得る観点から、Cu量は、0%超が好ましく、0.05%以上がより好ましい。
一方、Cu量が0.30%を超えると、熱間加工性が低下するので、Cu量は0.30%以下とする。Cu量は、好ましくは0.15%以下である。
【0027】
Ni:0〜0.30%
Niは任意元素である。このため、Ni量は0%であってもよい。
Niは、母材靭性の向上に寄与する元素である。上記効果をより効果的に得る観点から、Ni量は、0%超が好ましく、0.05%以上がより好ましい。
一方、Ni量が0.30%を超えると、溶接性が低下するとともに、材料コストが上昇するので、Ni量は0.30%以下とする。Ni量は、好ましくは0.15%以下である。
【0028】
Cr:0〜0.30%
Crは任意の元素である。このため、Cr量は0%であってもよい。
Crは、焼入れ性を高め強度の向上に寄与する元素である。上記効果をより効果的に得る観点から、Cr量は、0%超が好ましく、0.05%以上がより好ましい。
一方、Cr量が0.30%を超えると、電縫溶接時に溶接欠陥を誘発する懸念があるので、Cr量は0.30%以下とする。Cr量は、好ましくは0.15%以下である。
【0029】
Mo:0〜0.10%
Moは任意の元素である。このため、Mo量は0%であってもよい。
Moは、炭窒化物を形成して強度の向上に寄与する元素である。上記効果をより効果的に得る観点から、Mo量は、0%超が好ましく、0.01%以上がより好ましい。
一方、Mo量が0.10%を超えると、炭化物が多量に生成して母材靱性が低下するので、Mo量は0.10%以下とする。Mo量は、好ましくは0.05%以下である。
【0030】
V:0〜0.10%
Vは任意の元素である。このため、V量は0%であってもよい。
Vは、微細な炭窒化物を形成して、溶接性を損なうことなく、強度の向上に寄与する元素である。上記効果をより効果的に得る観点から、V量は、0%超が好ましく、0.01%以上がより好ましい。
一方、V量が0.10%を超えると、炭窒化物が多量に生成し、降伏比が上昇するだけでなく、材料コストも上昇するので、V量は0.10%以下とする。V量は、より好ましくは0.05%以下である。
【0031】
Nb:0〜0.050%
Nbは任意の元素である。このため、Nb量は0%であってもよい。
Nbは、結晶粒の微細化に寄与し、靭性の向上にも寄与する元素である。上記効果をより効果的に得る観点から、Nb量は、0%超が好ましく、0.001%以上がより好ましい。
一方、Nb量が0.050%を超えると、微細化のために降伏比が上昇するので、Nb量は0.050%以下とする。Nb量は、好ましくは0.030%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。
【0032】
Ti:0〜0.030%
Tiは任意の元素である。このため、Ti量は0%であってもよい。
Tiは、結晶粒の微細化に寄与する元素である。上記効果をより効果的に得る観点から、Ti量は、0%超が好ましく、0.001%以上がより好ましい。
一方、Ti量が0.030%を超えると、粗大な析出物が生じ、母材靱性が低下するおそれがあるので、Ti量は0.030%以下とする。Ti量は、好ましくは0.020%以下である。
【0033】
Ca:0〜0.0100%
Caは任意の元素である。このため、Ca量は0%であってもよい。
Caは、粗大な硫化物を球状化し、母材靱性の向上に寄与する元素である。上記効果をより効果的に得る観点から、Ca量は、0%超が好ましく、0.0010%以上がより好ましい。
一方、Ca量が0.0100%を超えると、鋼の清浄度が低下し、粗大なCa酸化物が、電縫溶接衝合面で延伸して電縫溶接部特性を損なうおそれがあるので、Ca量は0.0100%以下とする。Ca量は、より好ましくは0.0050%以下である。
【0034】
Mn当量:0.50以上1.20以下
本開示における化学組成において、下記式(1)で定義されるMn当量は、0.50以上1.20以下である。
【0035】
Mn当量=([Mn]/6+[Cu]/15+[Ni]/15+[Cr]/5+[Mo]/5+[V]/5)×6 … (1)
式(1)中、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、及び[V]は、それぞれ、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo、及びVの質量%を示す。
【0036】
Mn当量は、鋼の焼入れ性を示す指標である。
Mn当量が0.50未満であると、所要のフェライト−パーライト組織(後述する)が得られないので、Mn当量は0.50以上とする。Mn当量は、好ましくは0.70以上であり、より好ましくは0.90以上である。
一方、Mn当量が1.20を超えると、焼入れ性が向上しすぎて、強度が過度に上昇するので、Mn当量は1.20以下とする。Mn当量は、好ましくは1.10%以下である。
母材靭性をより向上させる観点から、Mn当量は、1.00%以下であることが更に好ましく、1.00%未満であることが特に好ましい。
【0037】
本開示の電縫油井管の化学組成は、上述した任意の元素による効果を得る観点から、Cu:0超0.30%以下、Ni:0超0.30%以下、Cr:0超0.30%以下、Mo:0超0.10%以下、V:0超0.10%以下、Nb:0超0.050%以下、Ti:0超0.030%以下、及びCa:0超0.0100%以下の1種又は2種以上を含んでもよい。
この場合のMn当量は、0.70以上1.20以下であることが好ましい。この場合においても、Mn当量の上限及び下限の更に好ましい態様は上述のとおりである。
【0038】
残部:Fe及び不純物
本開示の電縫油井管の化学組成において、上述した各元素を除いた残部は、Fe及び不純物である。
ここで、不純物とは、原材料に含まれる成分、または、製造の工程で混入する成分であって、意図的に鋼に含有させたものではない成分を指す。
不純物としては、上述した元素以外のあらゆる元素が挙げられる。不純物としての元素は、1種のみであっても2種以上であってもよい。
不純物として、例えば、O、B、Sb、Sn、W、Co、As、Mg、Pb、Bi、H、REMが挙げられる。ここで、「REM」は希土類元素、即ち、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、及びLuからなる群から選択される少なくとも1種の元素を指す。
上述した元素のうち、Oは、含有量0.006%以下となるように制御することが好ましい。
また、その他の元素について、通常、Sb、Sn、W、Co、及びAsについては含有量0.1%以下の混入が、Mg、Pb、及びBiについては含有量0.005%以下の混入が、Bについては含有量0.0003%以下の混入が、Hについては含有量0.0004%以下の混入が、それぞれあり得るが、その他の元素の含有量については、通常の範囲であれば、特に制御する必要はない。
【0039】
次に、本開示の電縫油井管の金属組織及びその好ましい態様について説明する。
【0040】
本開示の電縫油井管において、母材90°位置のL断面における管厚1/4位置の金属組織は、旧γ粒(即ち、旧オーステナイト粒)が偏平しているフェライト−パーライト組織であり、旧γ粒の粒界に存在するフェライトである粒界フェライトと、旧γ粒の粒内に存在するフェライトである粒内フェライトと、を含み、金属組織(即ち、上記フェライト−パーライト組織)の全面積に対する粒界フェライト及び粒内フェライトの合計面積率(以下、「合計面積率T」ともいう)が10〜30%である。
本開示の電縫油井管では、前述した本開示における化学組成を有し、かつ、上記金属組織を有することにより、K55のTS及びYSが達成され、かつ、優れた母材靭性が確保される。
【0041】
ここで、母材90°位置は、電縫油井管における電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置を意味し、管厚1/4位置は、外周面からの距離が管厚の1/4である位置を意味する。
【0042】
合計面積率T(即ち、金属組織の全面積に対する粒界フェライト及び粒内フェライトの合計面積率)が10%未満であると、YSが高くなりすぎ(具体的にはYSが552N/mmを超え)、かつ、母材靭性が劣化するので、合計面積率Tは10%以上である。合計面積率Tは、好ましくは15%以上である。
一方、合計面積率Tが30%超であると、TSが低くなりすぎる(具体的にはTSが655N/mm未満となる)ので、合計面積率Tは30%以下である。合計面積率Tは、好ましくは25%以下である。
【0043】
また、本明細書において、金属組織(即ち、フェライト−パーライト組織)が粒内フェライトを含むとは、金属組織中に粒内フェライト(即ち、旧γ粒の粒内に存在するフェライト)が実質的に存在することを意味する。
詳細には、金属組織において、粒内フェライト及び粒界フェライトの合計面積に対する粒内フェライトの面積率(以下、単に「粒内フェライトの面積率」ともいう)が10%以上であれば、金属組織が粒内フェライトを含む(即ち、金属組織中に粒内フェライトが実質的に存在する)と判断することができる。
なお、粒界フェライトは、旧γ粒の粒界に当然に存在するフェライトである。即ち、フェライト−パーライト組織は、粒界フェライトを当然に含む。
【0044】
金属組織が粒内フェライトを含まない場合には、YSが高くなりすぎ(具体的にはYSが552N/mmを超え)、かつ、母材靭性が劣化するので、金属組織は、粒内フェライトを含む(即ち、粒内フェライト及び粒界フェライトの合計面積に対する粒内フェライトの面積率が10%以上である)。粒内フェライトの面積率は、好ましくは15%以上である。
粒内フェライトの面積率の上限には特に制限はない。製造適性の観点から、粒内フェライトの面積率は、50%以下が好ましい。
【0045】
金属組織が粒内フェライトを含むことは、電縫油井管の素材である熱延鋼板を製造した熱間圧延工程において、旧γ粒内でのフェライト変態が進行して、フェライトが微細に分散したフェライト−パーライト組織が形成されたことを意味する。かかる組織により、K55の機械特性(特に、YS:552N/mm以下)が実現され、かつ、母材靭性が向上する。
熱間圧延工程の好ましい態様については後述する。
【0046】
本明細書において、合計面積率T及び粒内フェライトの有無(即ち、粒内フェライトの面積率)は、電縫油井管の母材90°位置のL断面を撮影した金属組織写真を画像処理し、画像処理された金属組織写真に基づいて求める。
後述の旧γ粒のアスペクト比も同様である。
【0047】
また、電縫油井管における上記金属組織が、旧γ粒が偏平しているフェライト−パーライト組織であることは、この電縫油井管の素材である熱延鋼板を製造した熱間圧延工程において、オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率が一般的な条件と比較して高かったこと(例えば、830℃以下の温度域での累積圧下率が35%以上であったこと)、及び、圧延終了温度が一般的な条件と比較して低かったこと(例えば750℃以下であったこと)を意味している。
電縫油井管中のフェライト−パーライト組織における旧γ粒の偏平の程度は、電縫油井管の素材である熱延鋼板を製造した熱間圧延工程における、オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率に対応する。上記オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率が高い程、上記旧γ粒の偏平の程度が大きくなる。
熱間圧延工程の好ましい態様については後述する。
【0048】
電縫油井管におけるフェライト−パーライト組織における旧γ粒のアスペクト比は、3.0以上が好ましく、3.5以上がより好ましい。
旧γ粒のアスペクト比は、旧γ粒の偏平の程度に対応する。旧γ粒のアスペクト比が高い程、旧γ粒の偏平の程度が高い。
旧γ粒のアスペクト比の上限には特に制限はない。電縫油井管の素材である熱延鋼板の製造適性の観点から、旧γ粒のアスペクト比は、20以下が好ましい。
【0049】
ここで、旧γ粒のアスペクト比は、以下のようにして求められる、旧γ粒20個分の長軸径/短軸径比の算術平均値を意味する。
即ち、電縫油井管の母材90°位置のL断面を撮影した金属組織写真において、20個の旧γ粒の各々について、旧γ粒の内接楕円の短軸径に対する旧γ粒の内接楕円の長軸径の比(長軸径/短軸径比)を測定する。測定値の算術平均値(旧γ粒20個分の長軸径/短軸径比の算術平均値)を、旧γ粒のアスペクト比とする。
【0050】
図1は、本開示の電縫油井管の一例に係る電縫油井管の母材90°位置のL断面における管厚1/4位置の金属組織を示す金属組織写真(光学顕微鏡写真、撮影倍率500倍)である。
図1に示す金属組織において、白い部分がフェライトであり、黒い部分がパーライトである。
図2は、図1の写真の一部分についての旧オーステナイト粒の粒界(即ち、粒界フェライト)を線で示した模式図である。図2中、aは、特定の旧オーステナイト粒の内接楕円の長軸径を示し、bは、上記特定の旧オーステナイト粒の内接楕円の短軸径を示している。
図1及び図2に示されるように、旧オーステナイト粒が偏平したフェライト−パーライト組織が形成されていることがわかる。更に、旧オーステナイト粒の粒内に、フェライト(即ち、粒内フェライト)が存在することがわかる。
【0051】
次に、本開示の電縫油井管の機械特性及びその好ましい態様について説明する。
【0052】
本開示の電縫油井管はK55鋼管であるため、本開示の電縫油井管のL方向のTSは、655N/mm以上である。
電縫油井管のL方向のTSの上限には特に制限は無い。YSが552N/mm以下であることをより達成し易い点で、電縫油井管のL方向のTSは、750N/mm以下であることが好ましい。
【0053】
本開示の電縫油井管はK55鋼管であるため、本開示の電縫油井管のL方向のYSは、379〜552N/mmである。
L方向のYSは、379〜530N/mmであることが好ましい。L方向のYSが379〜530N/mmであると、母材靭性の向上に有利である。
【0054】
また、本開示の電縫油井管は、前述のとおり、母材靭性に優れる。
本開示の電縫油井管は、シャルピー衝撃吸収エネルギーが、0℃において、40J以上であることが好ましく、42J以上であることが好ましい。
シャルピー衝撃吸収エネルギー(0℃)の上限には特に制限はない。TS655N/mm以上を満たしやすくする観点から、シャルピー衝撃吸収エネルギー(0℃)は、70J以下であってもよい。
【0055】
ここで、シャルピー衝撃吸収エネルギー(0℃)は、以下のようにして求められた値を意味する。
電縫油井管の管厚が10mm以上である場合には、電縫油井管からVノッチ付きフルサイズ試験片(シャルピー衝撃試験用の試験片)を採取し、採取したVノッチ付きフルサイズ試験片について、シャルピー吸収エネルギー(J)を測定する。この測定を、電縫油井管1つ当たり5回行い、5回の測定値の平均値を、その電縫油井管のシャルピー吸収エネルギー(J)とする。
電縫油井管の管厚が10mm未満である場合には、電縫油井管からVノッチ付きサブサイズ試験片を採取し、採取したVノッチ付きサブサイズ試験片についてシャルピー吸収エネルギー(J)を測定し、得られた測定値を管厚10mmでのシャルピー吸収エネルギー(J)に換算する。この測定及び換算を、電縫油井管1つ当たり5回行い、5回の換算値の平均値を、その電縫油井管のシャルピー吸収エネルギー(J)とする。
【0056】
本開示の電縫油井管の外径としては、139.7〜660.4mmが好ましく、193.7〜609.6mmがより好ましい。
本開示の電縫油井管の管厚としては、5.0〜21mmが好ましく、6.0〜18mmがより好ましい。
【0057】
〔熱延鋼板〕
次に、本開示の電縫油井管の製造に好適な(即ち、本開示の電縫油井管の素材として好適な)熱延鋼板(以下、「本開示の熱延鋼板」ともいう)について説明する。
本開示の熱延鋼板は、
化学組成が、上述した本開示における化学組成であり、
L断面における板厚1/4位置(即ち、板表面からの距離が板厚の1/4である位置)の金属組織は、旧γ粒が偏平しているフェライト−パーライト組織であり、粒界フェライトと粒内フェライトとを含み、合計面積率T(即ち、金属組織の全面積に対する粒界フェライト及び粒内フェライトの合計面積率)が10〜30%であり、
L方向のTS(即ち、板長手方向の引張強度)が640N/mm以上であり、L方向のYS(即ち、板長手方向の降伏強度)が294〜467N/mmである。
【0058】
本開示の熱延鋼板における化学組成は、本開示の電縫油井管における化学組成と同様であり、好ましい態様も同様である。
本開示の熱延鋼板における板厚1/4位置の金属組織は、本開示の電縫油井管における母材90°位置の管厚1/4位置の金属組織と同様であり、好ましい態様も同様である。
これらの理由は、化学組成も光学顕微鏡で確認できる金属組織も、下記の冷間成形前後でほとんど変化しないためである。
【0059】
本開示の熱延鋼板を用いて本開示の電縫油井管を製造する際、本開示の熱延鋼板を管状に冷間成形することにより、TS及びYSがいずれも上昇する。特に、YSは大幅に上昇する。
そこで、この上昇分を見込み、本開示の熱延鋼板における、TSの下限、YSの下限、及びYSの上限は、それぞれ、本開示の電縫油井管における、TSの下限、YSの下限、及びYSの上限と比較して、低くなっている。
【0060】
本開示の熱延鋼板の形態は、コイル状に巻き取られたホットコイルの形態であることが好ましい。
本開示の熱延鋼板の板厚としては、5.0〜21mmが好ましく、6.0〜18mmがより好ましい。
【0061】
次に、本開示の熱延鋼板の好ましい製造方法について説明する。
【0062】
本開示の熱延鋼板の好ましい製造方法は、
本開示における化学組成を有する鋼片(slab)を、1150℃以上の加熱温度に加熱する工程(以下、「加熱工程」ともいう)と、
加熱された鋼片を、830℃以下の温度域での累積圧下率が35%以上であり、熱間圧延終了温度が750℃以下である条件で熱間圧延して鋼板を得る工程(以下、「熱間圧延工程」ともいう)と、
得られた鋼板を冷却する工程(以下、「冷却工程」ともいう)と、
冷却された鋼板を巻き取る工程(以下、「巻き取り工程」ともいう)と、
を含む。
上記好ましい製造方法によれば、ホットコイルの形態である熱延鋼板が製造される。
【0063】
加熱工程において加熱される鋼片の板厚は、好ましくは200〜300mmである。
【0064】
加熱工程における加熱温度は、上述のとおり1150℃以上である。
加熱温度が1150℃以上であることにより、粒内フェライトを含む金属組織が得られ易い。加熱温度が低すぎると、オーステナイト粒径が小さくなり、粒内フェライトよりも粒界フェライトの方が優先的に析出しやすくなり、その結果、粒内フェライトを含む金属組織が得られないおそれがある。
加熱工程における加熱温度は、1180℃超であることが好ましい。
加熱工程における加熱温度は、製造適性の観点から、1250℃以下であることが好ましい。
【0065】
熱間圧延工程は、上記加熱温度に加熱された鋼片を、830℃以下の温度域での累積圧下率が35%以上であり、熱間圧延終了温度が750℃以下である条件で熱間圧延して鋼板を得る。
かかる条件の熱間圧延により、オーステナイト未再結晶温度域での累積圧下率を高くする(例えば43%以上とする)ことができるので、旧γ粒が偏平しているフェライト−パーライト組織であり、粒界フェライトと粒内フェライトとを含み、合計面積率Tが10〜30%である金属組織を形成し易い。
【0066】
熱間圧延工程は、粗圧延及び仕上げ圧延をこの順序で含み、仕上げ圧延を、830℃以下の温度域での累積圧下率が35%以上であり、熱間圧延終了温度(即ち、仕上げ圧延終了温度)が750℃以下である条件で行うことが好ましい。
これにより、上述した金属組織をより形成し易い。
【0067】
なお、粗圧延については、公知の条件で行えばよく、特に制限はない。
粗圧延における累積圧下率は、例えば50〜90%、好ましくは70〜90%である。
【0068】
ここで、熱間圧延工程の一例について、図3A及び図3Bを参照しながら説明する。
【0069】
図3Aは、高C量の鋼(例えば、本開示における化学組成を有する鋼)を、通常の熱間圧延温度(詳細には、仕上げ圧延開始温度930℃、仕上げ圧延終了温度830℃)で圧延し、ROT上で冷却する場合のCCT曲線(Continuous Cooling Transformation diagram)の一例を模式的に示す図である。
図3Bは、高C量の鋼(例えば、本開示における化学組成を有する鋼)を、通常の熱間圧延温度より低い熱間圧延温度(詳細には、仕上げ圧延開始温度830℃、仕上げ圧延終了温度700℃)で圧延し、ROT上で冷却する場合のCCT曲線の一例を模式的に示す図である。
図3A及び図3Bにおいて、Fは、フェライト域を示し、Pは、パーライト域を示す。
図3A及び図3Bにおいて、CCT曲線中のギザギザの部分は、仕上げ圧延を意味する。図3A及び図3Bにおいて、粗圧延については図示を省略した。
【0070】
図3Aに示すように、高C量の鋼を、通常の熱間圧延温度(詳細には、仕上げ圧延開始温度930℃、仕上げ圧延終了温度830℃)で熱間圧延し、ROT上で冷却した場合、CCT曲線は、フェライト域(図中、F)のノーズを僅かに横切るに過ぎない。
このため、変態後の金属組織は、旧γ粒の粒界に少量のフェライトが析出したパーライト組織(少量の粒界フェライト+パーライト組織)となる。
この組織は、軟質なフェライトが、少量、粒界に存在するだけであり、粒内フェライトが存在しないので、YSを低く保持することはできない。
【0071】
一方、図3Bに示すように、高C量の鋼を、通常の熱間圧延温度より低い熱間圧延温度(詳細には、仕上げ圧延開始温度830℃、仕上げ圧延終了温度700℃)で圧延すると、フェライト域(図中、F)のノーズが、短時間側にせり出す。このため、仕上げ圧延終了温度後、ROT上で冷却した場合、CCT曲線がフェライト域を横切ることになる。
その結果、変態後の金属組織は、粒界だけでなく粒内にもフェライトが析出したパーライト組織(詳細には、粒界フェライトと粒内フェライトとを含み、合計面積率Tが10〜30%であるフェライト−パーライト組織)が形成される。
この組織は、軟質なフェライトが、粒界及び粒内に存在するので、YSを低く、具体的には、本開示の熱延鋼板におけるYSの範囲に保持することができる。
【0072】
冷却工程は、熱間圧延によって得られた鋼板を冷却する工程である。
上記冷却は、好ましくはROT上で行われる。
上記冷却における冷却速度は、熱延鋼板及び電縫油井管の生産性(即ち製造コスト低減)の観点から、速いことが好ましい。
上記冷却における平均冷却速度は、例えば3〜20℃/秒であり、好ましくは5〜15℃/秒である。
また、圧延終了から上記冷却の開始までの時間は、30秒以内が好ましく、10秒以内がより好ましい。
上記冷却は、鋼板の温度が、所望の巻き取り温度となるまで行われる。
巻き取り温度は、例えば500〜700℃であり、好ましくは550〜700℃である。
【0073】
巻き取り工程は、冷却された鋼板を巻き取る工程である。
鋼板を巻き取る際の巻き取り温度の好ましい範囲は上述のとおりである。
この巻き取り工程により、ホットコイルの形態である熱延鋼板が得られる。
【0074】
次に、本開示の電縫油井管の好ましい製造方法について説明する。
本開示の電縫油井管の好ましい製造方法は、
上述した本開示の熱延鋼板の好ましい製造方法によってホットコイル形態の熱延鋼板を製造する工程(以下、「熱延鋼板製造工程」ともいう)と、
ホットコイル形態の熱延鋼板を伸ばし、伸ばした熱延鋼板を管状に冷間成形してオープン管とし、得られたオープン管の突合せ部を電縫溶接して電縫油井管を得る工程(以下、「電縫油井管製造工程」ともいう)と、
を含む。
電縫油井管製造工程では、上記電縫溶接後、電縫溶接部に対しシーム熱処理を施してもよい。シーム熱処理により、電縫溶接部の靭性が向上する。
熱延鋼板製造工程の好ましい態様は前述のとおりである。
電縫油井管製造工程における、冷間成形及び電縫溶接については、それぞれ、通常の条件を適用できる。
【実施例】
【0075】
以下、本開示の一態様の実施例を示すが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0076】
〔実施例1〜10、比較例1〜17〕
<熱延鋼板の製造>
表1中の鋼a〜lの化学組成を有する溶鋼を連続鋳造して得られた板厚250mmの鋼片を表2に示す加熱温度に加熱し、加熱された板厚250mmの鋼片を、板厚が40mmとなるまで粗圧延して鋼板とし、得られた鋼板に対し、仕上げ圧延開始温度900℃、表2に示す830℃以下の温度域での累積圧下率、及び表2に示す仕上げ圧延出側温度(即ち、仕上げ圧延終了温度)の条件で、仕上げ圧延を施した。仕上げ圧延終了後の鋼板を、直ちに(詳細には、仕上げ圧延終了から10秒以内に)、平均冷却速度5〜15℃/秒で580℃〜630℃の巻き取り温度まで冷却し、巻き取った。以上により、コイル状に巻き取られた板厚15.9mmの熱延鋼板(ホットコイル)を得た。
なお、表1中、Mneqは、Mn当量である。
【0077】
<電縫油井管の製造>
上述のコイル状に巻き取られた熱延鋼板(ホットコイル)を伸ばし、伸ばした熱延鋼板を管状に冷間成形してオープン管とし、得られたオープン管の突合せ部を通常の条件で電縫溶接することにより、外径508mm、管厚15.9mmの電縫鋼管を得た。得られた電縫鋼管の電縫溶接部を970℃〜1050℃に加熱することにより、管内面がAc3点以上に達する熱処理(シーム熱処理)を施し、電縫油井管を得た。
【0078】
<金属組織の観察>
得られた電縫油井管の母材90°位置から、電縫油井管(母材)のL断面を観察するための試験片を採取した。
採取した試験片における上記L断面を研磨し、次いでナイタール試薬で腐食し、腐食したL断面における管厚1/4位置(即ち、電縫油井管の外周面からの距離が管厚の1/4である位置)の金属組織写真を、光学顕微鏡にて500倍の観察倍率で10視野分(L断面の実面積として1.6mm分)撮影した。
撮影した金属組織写真(L断面の実面積として1.6mm分)を、(株)ニレコ製の小型汎用画像解析装置LUZEX APを用いて画像処理した。
【0079】
画像処理した金属組織写真に基づき、金属組織の分類を行い、さらに、フェライト面積分率(即ち、金属組織の全面積に対する粒界フェライト及び粒内フェライトの合計面積率)を測定した。
また、上記画像処理した金属組織写真に基づき、粒内フェライトの有無(即ち、金属組織が粒内フェライトを含むか否か)を確認した。ここで、粒界フェライト及び粒内フェライトの合計面積に対する粒内フェライトの面積率が10%以上である場合(即ち、粒内フェライトが実質的に存在する場合)を、粒内フェライト「あり」とし、粒界フェライト及び粒内フェライトの合計面積に対する粒内フェライトの面積率が10%未満である場合(即ち、粒内フェライトが実質的に存在しない場合)を、粒内フェライト「なし」とした。
また、上記画像処理した金属組織写真に基づき、前述した方法により、旧γ粒のアスペクト比を求めた。
以上の結果を表3に示す。
なお、表3中、F−Pは、フェライト−パーライト組織を意味する。
また、表3中では明記しないが、実施例1〜10及び比較例1〜17のいずれの金属組織も、粒界フェライトを含んでいた。
【0080】
実施例1については、電縫油井管の素材として用いた熱延鋼板の金属組織の観察も行った。
詳細には、試験片として、熱延鋼板の板幅方向一端からの距離が板幅の1/4である位置から採取した熱延鋼板のL断面観察用の試験片を用いたこと以外は電縫油井管の金属組織の観察と同様にして、熱延鋼板の金属組織の観察を行った。
結果を表3に示す。
なお、表3中、「板」は熱延鋼板を意味し、「管」は電縫油井管を意味する。
【0081】
<TS及びYSの測定>
上記電縫油井管から、全厚試験片としてJIS12号引張試験片を採取した。全厚試験片は、電縫油井管の母材90°位置から、引張試験の引張方向が管長手方向(L方向)となる向きで採取した。採取された全厚試験片について、JIS Z2241(2011)に準拠し、引張方向をL方向とする引張試験を行い、L方向のTS、及び、L方向のYS(即ち、L方向の0.5%アンダーロード耐力)をそれぞれ測定した。
結果を表3に示す。
【0082】
実施例1については、電縫油井管の素材として用いた熱延鋼板のTS及びYSも測定した。
詳細には、引張試験片として、熱延鋼板の板幅方向一端からの距離が板幅の1/4である位置から採取した熱延鋼板の全厚試験片(JIS12号引張試験片)を用いたこと以外は電縫油井管のTS及びYSの測定と同様にして、熱延鋼板のTS及びYSを測定した。
結果を表3に示す。
【0083】
<シャルピー衝撃吸収エネルギーの測定>
電縫油井管からVノッチ付きフルサイズ試験片(シャルピー衝撃試験用の試験片)を採取した。Vノッチ付きフルサイズ試験片は、試験片の長手方向がL方向となるように採取した。採取されたVノッチ付きフルサイズ試験片について、0℃の温度条件下で、JIS Z2242(2005)に準拠してシャルピー衝撃試験を行い、シャルピー吸収エネルギー(J)を測定した。
以上の測定を、電縫油井管1つ当たり5回行い、5回の測定値の平均値を、その電縫油井管のシャルピー吸収エネルギー(J)とした。
【0084】
【表1】
【0085】
【表2】
【0086】
【表3】
【0087】
表3に示すように、化学組成が本開示の範囲内(鋼a〜j)であり、金属組織が旧γ粒が偏平している(詳細には、旧γ粒のアスペクト比が3.0以上である)フェライト−パーライト組織(F−P)であり、フェライト面積分率(即ち、金属組織の全面積に対する粒界フェライト及び粒内フェライトの合計面積率)が10〜30%であり、粒内フェライトを含む実施例1〜10の電縫油井管は、L方向のTSが655N/mm以上であり、かつ、L方向のYSが379〜552N/mmであることから、アズロール型K55電縫油井管に該当していた。
また、これら実施例1〜10の電縫油井管は、シャルピー衝撃エネルギーが高く、母材靭性に優れていた。
【0088】
これに対し、C量が0.30%未満である比較例1及び13では、TSが655N/mm未満であった。
また、Mn量が1.20%超である比較例2及び14では、フェライト面積分率が10%未満であり、YSが552N/mmを超えていた。これら比較例2及び14は、実施例1〜10と比較して、母材靭性(シャルピー衝撃エネルギー)に劣っていた。
また、化学組成は本開示の範囲内(鋼a〜j)であるが、粒内フェライトを含まない比較例3〜12及び15〜17では、YSが552N/mmを超えていた。これら比較例3〜12及び15〜17は、実施例1〜10と比較して、母材靭性(シャルピー衝撃エネルギー)に劣っていた。
【0089】
日本出願2015−248283の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
【要約】
質量%で、C:0.30〜0.50%、Si:0.05〜0.40%、Mn:0.50〜1.20%、P:0〜0.030%、S:0〜0.020%、Al:0.002〜0.080%、N:0〜0.0080%、Cu:0〜0.30%、Ni:0〜0.30%、Cr:0〜0.30%、Mo:0〜0.10%、V:0〜0.10%、Nb:0〜0.050%、Ti:0〜0.030%、Ca:0〜0.0100%、並びに残部:Fe及び不純物からなり、母材90°位置のL断面における管厚1/4位置の金属組織は、旧γ粒が偏平しているフェライト−パーライト組織であり、粒界フェライトと粒内フェライトとを含み、粒界フェライト及び粒内フェライトの合計面積率が10〜30%であるアズロール型K55電縫油井管。
図1
図2
図3A
図3B