特許第6180345号(P6180345)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社神戸製鋼所の特許一覧

<>
  • 特許6180345-Si添加冷延鋼板の製造方法 図000005
  • 特許6180345-Si添加冷延鋼板の製造方法 図000006
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6180345
(24)【登録日】2017年7月28日
(45)【発行日】2017年8月16日
(54)【発明の名称】Si添加冷延鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21B 1/22 20060101AFI20170807BHJP
【FI】
   B21B1/22 B
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-43962(P2014-43962)
(22)【出願日】2014年3月6日
(65)【公開番号】特開2015-167966(P2015-167966A)
(43)【公開日】2015年9月28日
【審査請求日】2016年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100061745
【弁理士】
【氏名又は名称】安田 敏雄
(74)【代理人】
【識別番号】100120341
【弁理士】
【氏名又は名称】安田 幹雄
(72)【発明者】
【氏名】君島 一也
【審査官】 坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−214065(JP,A)
【文献】 特開平6−63607(JP,A)
【文献】 特開平5−171281(JP,A)
【文献】 特開平5−78752(JP,A)
【文献】 特開昭51−77521(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 1/22,3/02
B23K 20/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siを0.5重量%以上含有する高Si鋼を熱間圧延して熱延鋼板を製造する熱延工程と、前記熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板を製造する冷延工程とを経て製造されるSi添加冷延鋼板の製造方法であって、
前記熱延工程が、圧延クラッド法によって、前記熱延鋼板の両面にSiを0.5重量%未満含有する低Si層を付与し、
前記冷延鋼板の両面の各表層に存在する前記低Si層の厚みを、少なくとも1μm以上とし、且つ、当該冷延鋼板の厚みに対する前記低Si層の厚みの比率を、10分の1以下とする
ことを特徴とするSi添加冷延鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記熱延工程における圧延クラッド法として、前記熱延工程前の高Si鋼の両面に前記低Si鋼の鋼帯を溶接し、前記低Si鋼の鋼帯が溶接された高Si鋼を前記鋼帯と共に熱間圧延することで、前記熱延鋼板の両面に前記低Si層を付与することを特徴とする請求項1に記載のSi添加冷延鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記熱延工程における圧延クラッド法として、前記熱延工程前の高Si鋼の両面に前記低Si鋼を肉盛溶接し、前記低Si鋼が肉盛溶接された高Si鋼を前記低Si鋼と共に熱間圧延することで、前記熱延鋼板の両面に前記低Si層を付与することを特徴とする請求項1に記載のSi添加冷延鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記低Si鋼が、Siを0.2重量%以下含有する鋼材であることを特徴とする請求項2又は3に記載のSi添加冷延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Siの添加によって高い強度と優れた加工性を備えた高強度冷延鋼板であるSi添加冷延鋼板の製造方法に関し、例えば、リン酸塩処理等の化成処理や亜鉛めっき処理を施して使用される自動車用高強度冷延鋼板及び自動車用高強度めっき鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度の冷延鋼板または冷延・めっき鋼板の製造において、優れた機械的特性の確保、すなわち高強度と高加工性を両立するための手段としては「Si(ケイ素)添加」が有効であることが知られている。しかし、添加されたSiは、Feと比べて非常に酸化し易い元素であり、熱延工程では圧延後のコイル巻取り状態で鋼板の表層に粒界酸化層を生成し、次工程である酸洗・冷延工程における生産性や表面品質を悪化させてしまう。
【0003】
さらに、冷間圧延後に鋼板の材質特性を作り込む上で重要な連続焼鈍・めっき工程において、Feにとっては十分な還元雰囲気の高温下であってもSiは鋼板の表層に膜状の酸化層を形成してしまい、めっきや化成処理等の表面処理の品質を著しく悪化させる。
そのため、従来の一連の製造工程においては、Siの粒界酸化を低減するために、熱延工程でのコイルの巻取を低温で行うことや、次工程での酸洗速度を低下させて酸洗量アップさせるなどの対策がとられている。さらに、冷間圧延後の連続焼鈍・めっき工程での直火帯を用いた酸化還元法や、焼鈍後の酸洗といった種々の対策がとられているが、各工程での生産性、歩留及び原単位などの悪化が避けられない状況にある。
【0004】
このような、冷延鋼板の表面処理を阻害する鋼板表層のSi酸化物に対処する技術として、以下の特許文献1に開示される技術が存在する。
特許文献1に開示の化成処理性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法は、Cを0.05〜0.3質量%、Siを0.6〜3.0質量%、Mnを1.0〜3.0質量%、Pを0.1質量%以下、Sを0.02質量%以下、Alを0.01〜1質量%、Nを0.01質量%以下含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する冷延鋼板を連続焼鈍する際に、酸化性バーナを用いた炉で加熱して鋼板温度が700℃以上に到達するまで昇温したのち、還元性雰囲気炉で750〜900℃で均熱焼鈍し、その後の冷却を500℃から100℃までの間の平均冷却速度が50℃/s以上となるように行うことを特徴とする。
【0005】
この高強度冷延鋼板の製造方法では、空気比0.95〜1.30で直火バーナの火炎を直接鋼板に当てて鋼板温度が700℃以上となるように加熱して酸化膜を形成し、その後還元雰囲気炉内で酸化膜を還元することでSi酸化物の表層濃化を抑制するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−47042号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の特許文献1は、連続焼鈍工程での表面品質を向上させる(つまり、化成処理性を確保しやすくする)ことは可能かもしれないが、その前提として、鋼板を直火バーナで加熱する際に鋼板表面を均一かつ安定的に酸化させる必要がある。この均一かつ安定的な酸化は、非常に難度の高いプロセスであり、特許文献1に開示の技術だけでは実施困難であると思われる。しかも、鋼板中のSi含有量が増加すれば直火炉での酸化は抑制されるため、特許文献1の方法で連続焼鈍工程での表面品質を向上させることは困難であると思われる。
【0008】
また、特許文献1に開示の技術は、あくまで連続焼鈍工程に対してのみの効果を狙ったものであり、前工程の酸洗・冷延工程における生産性やコスト低減の効果は期待できない。
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであって、熱延後のコイル巻取りから連続焼鈍・めっき工程に至るまでの各工程における生産性や歩留、原単位を大幅に改善することができるSi添加冷延鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を達成するために、本発明は、以下の技術的手段を採用した。
本発明に係るSi添加冷延鋼板の製造方法は、Siを0.5重量%以上含有する高Si鋼を熱間圧延して熱延鋼板を製造する熱延工程と、前記熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板を製造する冷延工程とを経て製造されるSi添加冷延鋼板の製造方法であって、前記熱延工程が、圧延クラッド法によって、前記熱延鋼板の両面にSiを0.5重量%未満含有する低Si層を付与することを特徴とする。
【0010】
ここで、前記熱延工程における圧延クラッド法として、前記熱延工程前の高Si鋼の両面に前記低Si鋼の鋼帯を溶接し、前記低Si鋼の鋼帯が溶接された高Si鋼を前記鋼帯と共に熱間圧延することで、前記熱延鋼板の両面に前記低Si層を付与するとよい。
また、前記熱延工程における圧延クラッド法として、前記熱延工程前の高Si鋼の両面に前記低Si鋼を肉盛溶接し、前記低Si鋼が肉盛溶接された高Si鋼を前記低Si鋼と共に熱間圧延することで、前記熱延鋼板の両面に前記低Si層を付与するとよい。
【0011】
さらに、前記低Si鋼が、Siを0.2重量%以下含有する鋼材であるとよい。
また、本発明にかかるSi添加冷延鋼板の製造方法の最も好ましい形態は、Siを0.5重量%以上含有する高Si鋼を熱間圧延して熱延鋼板を製造する熱延工程と、前記熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板を製造する冷延工程とを経て製造されるSi添加冷延鋼板の製造方法であって、前記熱延工程が、圧延クラッド法によって、前記熱延鋼板の両面にSiを0.5重量%未満含有する低Si層を付与し、前記冷延鋼板の両面の各表層に存在する前記低Si層の厚みを、少なくとも1μm以上とし、且つ、当該冷延鋼板の厚みに対する前記低Si層の厚みの比率を、10分の1以下とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明のSi添加冷延鋼板の製造方法によれば、熱延後のコイル巻取りから連続焼鈍・めっき工程に至るまでの各工程における生産性や歩留、原単位を大幅に改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施形態によるSi添加冷延鋼板の製造方法における各工程を示すブロック図である。
図2】本実施形態による高Siスラブの構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
なお、以下に説明する実施形態は、本発明を具体化した例示であって、その具体例をもって本発明の構成を限定するものではない。従って、本発明の技術的範囲は、以下の実施形態に開示内容だけに限定されるものではない。
図1を参照しつつ、本実施形態によるSi(ケイ素)添加冷延鋼板の製造方法について説明する。図1は、Si添加冷延鋼板の製造方法における各工程を示すブロック図である。
【0015】
まず、図1のブロック図に示すように、本実施形態によるSi添加冷延鋼板の製造方法は、例えば、Siを0.5重量%以上含有する高SiスラブWを熱間圧延する熱延工程1、熱延工程1によって圧延された高Si圧延材を酸性溶液に漬けて洗い(酸洗し)、表面のスケールを除去する酸洗工程2、及び酸洗工程2で酸洗された高Si圧延材を冷間圧延してSi含有量が0.5重量%以上の冷延鋼板を製造する冷延工程3を備えている。
【0016】
しかし、Si添加冷延鋼板の製造方法は冷延工程3で終わりではなく、冷延工程3で製造された冷延鋼板がめっき材に適用される場合は、冷延鋼板の金属組織を作り込む焼鈍工程4、及び焼鈍工程4に続いて冷延鋼板の表面にめっき処理を施しSi添加冷延鋼板として仕上げる(製造する)めっき工程5を備えている。また、冷延工程3で製造された冷延鋼板が冷延材に適用される場合、Si添加冷延鋼板の製造方法は、冷延工程3の後に、冷延鋼板を焼鈍して金属組織を作り込む焼鈍工程6を備えている。
【0017】
本実施形態によるSi添加冷延鋼板の製造方法は、Si添加冷延鋼板を、めっき材として仕上げる場合においても冷延材として仕上げる場合においても、熱延工程1に特徴を有するものである。以下、熱延工程1について詳しく説明する。
尚、本実施形態において冷延鋼板のSi含有量を0.5重量%以上として説明しているが、これは、本実施形態によるSi添加冷延鋼板の製造方法が、Si添加量の多い冷延鋼板を対象としているからである。冷延鋼板におけるSi含有量が0.5重量%以上であれば、上述の焼鈍工程4,6において、冷延鋼板の表層に上述のSi濃化層が形成されやすい。この表層に形成されたSi濃化層は、冷延鋼板に対する化成処理やメッキなどの表面処理の品質を低下させるので、化成処理やメッキなどの表面処理の品質を確保するには、表面処理の前に冷延鋼板を酸洗してSi濃化層を除去することが必要となる。ここで、Si含有量の上限は特に定めないが、3.0重量%を超えて過剰に添加すると加工性の劣化を招く。
【0018】
このように、Si含有量について0.5重量%以上の水準にある冷延鋼板は、そのままでは焼鈍工程4,6の後に酸洗いが必要となるほどの厚みのSi濃化層を冷延鋼板の表層に生成する。そこで、本願の発明者らは、焼鈍工程4,6を経ても、Siを0.5重量%以上含有する冷延鋼板の表層におけるSi酸化層(Si濃化層)の生成を抑制することができる手法について検討し、熱延工程1又は熱延工程1の前において、高SiスラブWの状態で予め表層のみSi濃度の低い状態を作り出すSi添加冷延鋼板の製造方法を発明するに至った。
【0019】
つまり、熱延前の高SiスラブWにおいて、予め表層のみSi濃度を低くして、当該表層のSi含有量を0.5重量%未満とする。このような、表層のみSi濃度が低い高SiスラブWを用いれば、図1に示す本実施形態によるSi添加冷延鋼板の製造方法の各工程において、高SiスラブWが冷延材やめっき材として仕上げられるまで表層のSi濃度が低い状態が保たれる。これによって、冷延鋼板の表層におけるSi濃化層の形成を、特に焼鈍工程4,6において抑制することができる。従って、焼鈍工程4,6の後に冷延鋼板を酸洗しなくとも、冷延鋼板に対する化成処理やメッキなどの表面処理が可能となり、表面処理の品質を確保することができる。
【0020】
以下、図2を参照しながら、本実施形態による高SiスラブWについて詳しく説明する。図2は、本実施形態による高SiスラブWの構成を示す模式図である。
高SiスラブWは、Siを0.5重量%以上含有する略直方体形状の高Si鋼Hの表裏面(両面)に、厚み1〜15mmで帯状の低Si鋼である低Si鋼帯Lを重ね合わせて、高Si鋼Hと低Si鋼帯Lの接合面の周囲を溶接によって固定(溶接止め)することで構成される。溶接の形態としては、接合面の周囲を線状に溶接(ビード溶接)してもよいし、スポット状に溶接してもよい。又は、高Si鋼Hの表裏面に低Si鋼帯Lを重ねあわせて、その側面を、例えば低Si鋼Lと同様の組成の枠材で囲み溶接で固定することでも、高SiスラブWを構成することができる。ここで、低Si鋼帯Lを構成する低Si鋼は、Siを0.5重量%未満含有する鋼材であり、好ましくは、Siを0.2重量%以下含有する鋼材である。
【0021】
このように、低Si鋼の鋼帯(低Si鋼帯L)が溶接された高Si鋼Hを低Si鋼帯Lと共に熱間圧延すれば、つまり上述の高SiスラブWを熱延すれば、高Si鋼Hと低Si鋼帯Lは、熱延の粗圧延段階で互いの接合面において高温高圧下で十分に拡散接合し、接合界面はスラブと一体化するので、低Si鋼帯Lが高Si鋼Hから剥離することはない。ただし、熱延前の加熱や熱延の初期段階で溶接による固定部(溶接止め)が外れることが無いよう、操業上の注意が必要である。
【0022】
以上のように、高Si鋼Hの表裏面に低Si鋼帯Lを重ねあわせた高SiスラブWを熱延すれば、熱延された高SiスラブWは、高Si鋼Hからなる熱延鋼板の両面にSiを0.5重量%未満含有する(好ましくは、Siを0.2重量%以下含有する)低Si層が付与された高Si圧延材であるクラッド材となる。このように、例えば熱延などの圧延によって、高Si鋼Hからなる熱延鋼板の両面に上述の低Si層が付与された高Si圧延材(クラッド材)を得る方法を圧延クラッド法といい、特に、高Si鋼Hの表裏面に低Si鋼帯Lを重ねあわせて熱延によって一体の高Si圧延材を得る方法を、いわゆる組立て圧延法という。
【0023】
また、上述の圧延クラッド法としては、次に説明する肉盛溶接法がある。
肉盛溶接法は、Siを0.5重量%以上含有する略直方体形状の高Si鋼Hの表裏面に、Siを0.5重量%未満含有する(好ましくは、Siを0.2重量%以下含有する)低Si鋼を1〜15mmの厚みとなるように肉盛り溶接して高SiスラブWを構成し、この高SiスラブWを熱延する(つまり、高Si鋼Hを低Si鋼と共に熱間圧延する)。この肉盛溶接法を用いた圧延クラッド法によって、高Si鋼Hと低Si鋼を高温高圧下で拡散接合により一体化させつつ低Si鋼の厚みを薄くし、高Si鋼Hからなる熱延鋼板の両面にSiが0.5重量%未満含有する低Si層が付与された高Si圧延材であるクラッド材を得ることができる。
【0024】
この肉盛溶接法における具体的な溶接方法や肉盛材料の形状等は特に限定されるものではなく、サブマージアーク溶接やバンドアーク溶接等の一般的な手法を任意に採用することができる。また、肉盛溶接する場合、母材である高Si鋼Hと溶材である低Si鋼との間で少なからず希釈が生じるため、高Si鋼HのSi濃度が高いほど肉盛溶接層となる低Si鋼のSi濃度も増加してしまう。低Si鋼のSi濃度を増加させないようにするための対策としては、低Si鋼を多層肉盛するのが好ましい。
【0025】
図1を参照して、このような組立て圧延法や肉盛溶接法による圧延クラッド法を行う熱延工程1について説明する。既に説明したように、熱延工程1は、上述の高SiスラブWを熱延して、高Si鋼Hからなる熱延鋼板の両面にSiが0.5重量%未満含有する低Si層が付与された高Si圧延材を製造すると共に、その高Si圧延材を巻き取って熱延コイルを製造する工程である。
【0026】
上述した通り、この熱延工程1によって、高SiスラブW(高Si鋼Hの表裏面に、低Si鋼帯Lが積層されたクラッド材)を熱延すれば、高Si鋼Hと低Si鋼帯Lが拡散接合する。この熱延における圧下比が高いほど高Si鋼Hと低Si層との拡散接合強度は増すが、圧下比10以上を確保すれば必要かつ十分な強度の接合界面が得られる。一般的な鋼材の熱延圧下比は10を確実に超えることや、高Si鋼Hと低Si鋼の接合は、異種金属の接合とは異なり化学組成が近いあくまで同じ鋼材どうしの接合であるため、熱延条件は母材とする高Si鋼Hに対して行われる通常の加熱・熱延条件のままで構わない。
【0027】
このような熱延工程1によって、高SiスラブWが圧下されて高Si圧延材となるが、高Si圧延材の厚みは、高SiスラブWの厚みと比べて非常に小さくなる。この薄くなった高SiスラブWは、続く酸洗工程2の後の冷延工程3を経て、さらに厚みが小さくなる。本実施形態によるSi添加冷延鋼板の製造方法の最終工程となる化成処理工程又は焼鈍・めっき工程において、冷延鋼板の表裏面の各表層に存在すべき低Si層の厚みは、少なくとも1μm以上、好ましくは5μm以上、より好ましくは10μm以上である。低Si層がこのような厚みを有することで、Si濃化層の形成を、特に焼鈍工程4,6において抑制することができるという効果を十分かつ確実に発揮することができる。
【0028】
冷延鋼板の表裏面の各表層に存在すべき低Si層の厚みを、好ましくは10μm以上であると示した。しかし、低Si層の厚みが過剰に大きいと、低Si層が発揮する上述の効果が飽和するだけでなく、高Si鋼H由来の母材層の体積に対する低Si鋼由来の低Si層の体積の比率が高まることで、鋼素材としての冷延鋼板の機械的特性(強度や加工性)の劣化を招く。
【0029】
そのため、高Si鋼H由来の母材層の厚みに対する低Si層の厚みの比率を、10分の1(1/10)以下に抑える必要がある。例えば、最終製品であるSi添加冷延鋼板の厚みが1.0mmの場合、Si添加冷延鋼板の表裏面それぞれの低Si層の厚みは50μm以下であることが望ましい。従って、熱延工程1の前において高Si鋼Hの表裏面に予め付与する低Si鋼の厚みは、上述したように1〜15mmであることが好ましいが、最終工程となる化成処理工程又は焼鈍・めっき工程においてSi添加冷延鋼板の表裏面の各表層に存在させたい厚みを基準として、熱延工程1におけるスケールロスおよび圧延による減厚、酸洗工程2における酸洗による減厚、及び冷延工程3における圧延による減厚などを考慮し、低Si鋼の必要な厚みを決定すればよい。
【0030】
ここで、熱延後の高Si圧延材をコイル状に巻き取るコイル巻取り条件に関しては、できるだけ高い温度での巻き取りが望まれる。高温で巻き取るほど軟らかい組織の高Si圧延材となるため、後工程である冷間圧延における圧下が容易となり、生産性が向上するだけでなく、圧延サイズの制約も緩和されるので、薄物で幅の広い冷延鋼板を得ることができる。
【0031】
従来、多くのSiを含有した高強度鋼板(高Si圧延材)の熱延巻取りについては、高温の熱延工程1では当該高強度鋼板の表層におけるSi粒界酸化の問題と、逆に低温の熱延工程1では硬い組織の高強度鋼板となってしまうという問題とがあり、常に両問題のトレードオフであった。しかし、本実施形態によるクラッド材である高Si圧延材を用いた熱延工程1では、熱延後にコイル状に巻き取られた高強度鋼板の表層はSiの含有量が少ない、又はほとんど含有されていない。そのため、熱延後の高強度鋼板(高Si圧延材)を高温で巻き取っても、当該高強度鋼板の表層に粒界酸化が生じることはなく、冷間圧延し易い軟らかい組織の高Si圧延材を熱延原板コイル(次工程の酸洗・冷延に好都合なコイル)として得ることができる。
【0032】
本実施形態によるSi添加冷延鋼板の製造方法によれば、上述の高SiスラブWを熱間圧延する熱延工程1によって、Siを多く含有する鋼でありながら表層におけるSiの含有量が少ない鋼板からなる熱延コイルを得ることができる。この熱延コイルを用いた熱延後の各工程においては、鋼板の表層におけるSiの含有量が多い場合に生じる問題を抑制しつつ、めっき品質や化成処理性に優れた良好な表面性状の冷延鋼板(Si添加冷延鋼板)を容易に得ることができる。
【0033】
図1を参照して、熱延工程1に続く酸洗工程2においては、高Si含有鋼で問題となる「熱延コイルの鋼板表層に生じたSi粒界酸化層」の除去が不要となり、従来の一般軟鋼と同様に熱延コイルの鋼板表層の鉄スケール層の除去のみで済む。すなわち、酸洗工程2においては、一般軟鋼とほぼ同等の操業条件を採用することが可能であり、高Si含有鋼に要求される生産性(通板速度)や酸洗原単位を、容易かつ大幅に改善できる。
【0034】
続く冷延工程3では、熱延工程1において高温で巻取された熱延コイルを用いるため、その熱延コイルを構成する鋼板のミクロ組織には硬質な低温変態相(例えばベイナイトやマルテンサイト)が少なく、軟質なフェライト相が多く含まれている。したがって、被圧延材の変形抵抗が低下するため冷間圧延が容易となる。
例えば、連続焼鈍後の製品強度として1000〜1200MPa級の引張強度を有する高強度鋼板を製造する場合を考える。従来では熱延工程において500℃以下の低温で熱延コイルを巻取るため、熱延コイルの引張強度はその時点で800〜1000MPaに達していたが、本実施形態では650℃以上の高温で熱延コイルを巻取ることができるので、熱延コイルの引張強度を600MPa程度に抑えることができる。
【0035】
従って、高強度鋼板であっても熱延コイルの強度(硬さ)が低下した分、冷延工程3での総圧下比や板幅を増加させることが可能となり、冷延鋼板の生産性が増す。さらに、コイルの先端や尾端部にて生じ易い板厚不良部も、熱延コイルの強度(硬さ)が低下した分だけ生じ難くなる。
冷延工程3に続く連続焼鈍工程(冷延材の場合)あるいは連続焼鈍・めっき工程(めっき材の場合)においては、直火炉を利用した従来の酸化・還元法を用いずとも焼鈍前のコイルを構成する鋼板の表層に予め低Si層が形成された状態である。従って、従来では焼鈍中に生じる鋼板表層へのSiの濃化(Si酸化物の精製)を防ぐことができ、一般軟鋼とほぼ同様の焼鈍条件を採用することが可能であり、複雑な焼鈍処理を施さなくとも、めっき品質や化成処理性に優れた良好な表面性状の冷延鋼板(Si添加冷延鋼板)を容易に得ることができる。
【0036】
(実施例)
以下に、本実施形態によるSi添加冷延鋼板の製造方法の実施例について説明する。
まず、下の表1に示す鋼Aを溶製し、厚さ230mmの熱間圧延用の高Si鋼Hを製造した。
【0037】
【表1】
【0038】
製造した高Si鋼Hについて、従来通りそのまま加熱し熱間圧延した場合を比較例とし、さらに本実施形態の実施例として、下の表2に示す条件で熱延加熱前の高Si鋼Hの表裏面に低Si鋼を付与した後、上述の高SiスラブWとして熱間圧延した。
【0039】
【表2】
【0040】
比較例である高Si鋼H及び実施例である高SiスラブWの加熱温度を1200℃とし、熱間圧延の仕上げ温度を920℃、仕上げ厚を2.3mm、仕上げ幅を1100mmとした。熱間圧延後のコイル巻取り温度を、上の表2に示す条件とした。実験No.1として示す比較例は、熱延コイルの鋼板表層でのSi粒界酸化抑制のために540℃という低温で巻き取った。実験No.2,No.3として示す実施例は、冷間圧延性の向上を狙い、熱延コイル強度が低くなるよう670〜680℃という高温で巻き取った。
【0041】
得られた熱延鋼板の特性は表2に示すとおりであった。実験No.1に示す比較例では、熱延コイルの鋼板表層に生成したSi粒界酸化層の深さは3〜8μmであり、当該鋼板の引張強度は1169MPaであった。このように、低Si層が形成されていない熱延コイルでは、Si粒界酸化が少なからず発生し、鋼板が硬い(強度が高い)。
この比較例に対して、実験No.2は、肉盛溶接法により低Si鋼を溶接した実施例であって、熱延コイルの鋼板表層に生成したSi粒界酸化層の深さはほぼ0μmであり、当該鋼板の引張強度は913MPaであった。このように、低Si層が形成された熱延コイルでは、Si粒界酸化はほとんど発生せず、鋼板が軟らかい(強度が低い)。実験No.3は、高Si鋼Hに低Si鋼帯Lを溶接止めする組立て圧延法による実施例であって、熱延コイルの鋼板表層に生成したSi粒界酸化層の深さはほぼ0μmであり、当該鋼板の引張強度は904MPaであった。実験No.2と同じく、低Si層が形成された熱延コイルでは、Si粒界酸化はほとんど発生せず、鋼板が軟らかい(強度が低い)。
【0042】
ここで、表層に生成したSi粒界酸化層の深さは、熱延コイルの板厚断面表層部のSEM観察ならびに元素分析により同定した。
このように実験No.1〜3として得られた熱延鋼板(熱延コイル)について、酸洗工程2及び冷延工程3(冷間圧延)を実施し、冷延工程3の後に焼鈍、あるいは焼鈍・めっきを以下の条件で実施した。酸洗は、温度85℃で濃度10%の塩酸を用いた。冷間圧延は、計5スタンドのタンデムミルを用い、酸洗後の熱延鋼板である被圧延材の強度に応じて圧延可能な仕上げ厚を設定し冷延鋼板を製造した。
【0043】
冷延材の焼鈍は、焼鈍工程6において連続焼鈍炉を用い、冷延鋼板を870℃まで加熱・保持して急速空冷後、400℃まで再加熱・保持し、室温まで冷却した。また、焼鈍工程6後の化成処理性確保のため、必要に応じて酸洗を行った。一方、めっき材の焼鈍は、同じく焼鈍工程4において連続焼鈍炉を用い、冷延鋼板を870℃まで加熱・保持して空冷後に溶融亜鉛めっきした後、400℃まで再加熱・保持し、室温まで冷却した。
【0044】
酸洗、冷延、焼鈍あるいは焼鈍めっきの各工程における評価は下の表3に示す結果となった。
【0045】
【表3】
【0046】
表3に示す結果において、実験No.1として示す比較例を基準として比較した場合を説明する。
実験No.2として示す実施例では、酸洗工程2での通板速度を1.8倍に高めることができ、酸洗における負荷が低減され生産性が向上した。熱延コイルの組織が軟らかいため冷延工程3での圧下率の上限である限界圧下率を1.4倍に高めることができ、冷延工程3における負荷が低減され冷延鋼板の生産性も向上した。表2に示すように、冷延鋼板の表面にはSi粒界酸化がほとんどないため、冷延鋼板を冷延材として焼鈍する焼鈍工程6に酸洗は不要であり、酸洗の工程を一つ省略することができた。また、冷延鋼板をめっき材として焼鈍及びめっきする焼鈍・めっき工程4,5に酸化還元法による表面処理は不要であり、めっき材の表面を酸化還元処理する工程を省略することができた。加えて、めっき材の場合、焼鈍・めっき工程4,5における歩留まりのロス(損失)は、12%程度となり約8分の1に低減した。
【0047】
実験No.3として示す実施例では、酸洗工程2での通板速度を2.1倍に高めることができ、酸洗における負荷が低減され生産性が向上した。熱延コイルの組織が軟らかいため冷延工程3での圧下率の上限である限界圧下率を1.5倍に高めることができ、冷延工程3における負荷が低減され冷延鋼板の生産性も向上した。表2に示すように、冷延鋼板の表面にはSi粒界酸化がほとんどないため、冷延鋼板を冷延材として焼鈍する焼鈍工程6に酸洗は不要であり、酸洗の工程を一つ省略することができた。また、冷延鋼板をめっき材として焼鈍及びめっきする焼鈍・めっき工程4,5に酸化還元法による表面処理は不要であり、めっき材の表面を酸化還元処理する工程を省略することができた。加えて、めっき材の場合、焼鈍・めっき工程4,5における歩留まりのロス(損失)は、10%程度となり約10分の1に低減した。
【0048】
以上に説明したように、本実施形態によるSi添加冷延鋼板の製造方法は、熱延工程1で「内部は高Si鋼Hかつ表層のみ低Si鋼」の熱延鋼板からなる熱延コイルを得て、この熱延コイルを用いて冷延鋼板又は冷延・めっき鋼板を製造する。そのため、熱延後の「コイル巻取り、酸洗、冷延、焼鈍及びめっき」の全工程においてSi添加に起因する鋼板の表面に発生する問題を全て解決することが可能となる。
【0049】
この結果、熱延後の各工程(酸洗工程2、冷延工程3、連続焼鈍・めっき工程4,5あるいは焼鈍工程6)における生産性や歩留、原単位を容易に大きく改善でき、高Si高強度鋼であっても良好な表面性状を容易に得ることができる。
ところで、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。特に、今回開示された実施形態において、明示的に開示されていない事項、例えば、動作条件や測定条件、各種パラメータ、構成物の寸法、重量、体積などは、当業者が通常実施する範囲を逸脱するものではなく、通常の当業者であれば、容易に想定することが可能な値を採用している。
【0050】
例えば、高Si鋼Hの表裏面に低Si層を付与する方法としては、上述の圧延クラッド法に限らず、圧延クラッド法と同様に高Si圧延材(クラッド材)を得ることができれば任意の方法を採用することができる。
また、Si以外の鋼成分については本発明において特に限定するものではないが、高強度冷延鋼板を製造するにあたり次に示す範囲内で適宜添加しても構わない。
【0051】
炭素Cを0.05〜0.30重量%添加してもよい。Cは冷延鋼板の低温変態生成物の量や特性を変えることで強度や加工性に大きな影響を与える元素であるため、0.05〜0.30重量%の範囲とする。0.05重量%未満では十分な強度が得られず、一方0.30重量%を超えて過剰になると加工性や溶接性の低下を招く。
マンガンMnを1.0〜3.0重量%添加してもよい。Mnは冷延鋼板の強度を確保する上で重要な元素であり、1.0〜3.0重量%の範囲とする。1.0重量%未満では十分な強度が得られず、一方で3.0重量%を超えて過剰になると加工性や溶接性の低下を招く。
【0052】
リンPを0.10重量%以下添加してもよい。Pは冷延鋼板の強度を高める作用があるが、0.10重量%を超えて過剰になると加工性の劣化が大きくなる。好ましくは0.05重量%以下にするのが良い。
硫黄Sを0.03重量%以下に抑制するのが好ましい。Sは熱間圧延時の割れの原因となったり、加工性や溶接性を損なったりする元素であるため、上限値を0.03重量%に止める必要がある。好ましくは0.01重量%以下にするのが良い。
【0053】
アルミニウムAlを0.01〜0.10重量%添加してもよい。Alは脱酸のときに必要な元素であるため、0.01〜0.10重量%必要である。0.01重量%未満では十分な脱酸効果が得られず、一方で0.10重量%を超えて過剰になると加工性劣化を招く。
クロムCrを1.0重量%以下添加してもよい。Crは冷延鋼板の焼入れ性を高め、強度を得る上で有効な元素であるが、含有量が1.0重量%を超えても効果が飽和するばかりでなく、コスト面でも不利となるため、上限値を1.0重量%とする。
【0054】
モリブデンMoを0.5重量%以下添加してもよい。Moは冷延鋼板の焼入れ性を高めるとともに、固溶強化により強度を得る上で有効な元素であるが、含有量が0.5重量%を超えると製造コストの大幅な悪化を招くため、上限値を0.5重量%とする。
銅Cu及びニッケルNiを、それぞれ0.5重量%以下添加してもよい。CuおよびNiは冷延鋼板の強度を高める上で有効な元素であるが、過剰な添加は加工性を劣化させ、経済性にも見合わなくなるため上限値を0.5重量%とする。
【0055】
ニオブNb、チタンTi及びバナジウムVを、それぞれ0.5重量%以下添加してもよい。Nb、TiおよびVはいずれも炭化物を形成し、冷延鋼板の強度を高める上で有効な元素であるが、過剰な添加は加工性を劣化させ、経済性にも見合わなくなるため上限値を0.5重量%とする。
ホウ素Bを0.005重量%以下添加してもよい。Bは冷延鋼板の焼入れ性を高める上で有効な元素であるが、含有量が0.005重量%を超えると効果が飽和するだけでなく、加工性を劣化させるため上限値を0.005重量%とする。
【0056】
カルシウムCaを0.005重量%以下添加してもよい。Caは冷延鋼板中の介在物の形態を制御することで加工性を向上させる元素であるが、含有量が0.005重量%を超えて過剰になると介在物が増加し加工性の劣化を招くため、上限値を0.005重量%とする。
【符号の説明】
【0057】
1 熱延工程
2 酸洗工程
3 冷延工程
4,6 焼鈍工程(連続焼鈍工程)
5 めっき工程
H 高Si鋼
L 低Si鋼帯
W 高Siスラブ
図1
図2