(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6180864
(24)【登録日】2017年7月28日
(45)【発行日】2017年8月16日
(54)【発明の名称】鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法
(51)【国際特許分類】
G01K 11/00 20060101AFI20170807BHJP
G01K 1/14 20060101ALI20170807BHJP
F22B 37/38 20060101ALI20170807BHJP
【FI】
G01K11/00 Z
G01K1/14 M
F22B37/38 F
【請求項の数】7
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2013-193645(P2013-193645)
(22)【出願日】2013年9月19日
(65)【公開番号】特開2015-59827(P2015-59827A)
(43)【公開日】2015年3月30日
【審査請求日】2016年8月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086793
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 雅士
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(72)【発明者】
【氏名】徳田 篤史
(72)【発明者】
【氏名】藤田 工
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 直哉
【審査官】
平野 真樹
(56)【参考文献】
【文献】
特開平10−2808(JP,A)
【文献】
特開平7−280798(JP,A)
【文献】
特開2003−4549(JP,A)
【文献】
特開2003−35608(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01K 1/00−19/00
G01N 33/20
F22B 37/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製部品の使用温度および使用時間を推定する方法であって、
それぞれ前記鋼製部品の特定の性状についての分析値と使用温度と使用時間との関係を示す、2つ以上の互いに異なる性状についての関係式を準備する関係式準備過程と、
使用温度および使用時間の推定対象となる鋼製部品について、前記各関係式における前記各性状の分析値を求める分析過程と、
この分析過程で求めた各性状についての分析値から、前記各関係式を用いて前記鋼製部品の使用温度および使用時間を推定する推定過程
を含む鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法。
【請求項2】
請求項1記載の鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法において、前記関係式準備過程では、3つ以上の互いに異なる性状についての関係式を準備し、前記推定過程では、前記各関係式を用いて前記鋼製部品の使用温度および使用時間を、統計的手法を用いて推定する鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載の鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法において、前記分析値が、前記鋼製部品のX線回折の分析値である鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法。
【請求項4】
請求項1または請求項2記載の鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法において、前記分析値が、前記鋼製部品の機械的性質または寸法変化量の分析値である鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法。
【請求項5】
請求項1または請求項2記載の鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法において、前記分析値が、前記鋼製部品の炭化物量または示差熱分析の結果である鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法において、前記鋼製部品が転がり軸受である鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法において、前記鋼製部品が、発電用ボイラまたは火力発電プラントで用いられる鋼製部品である鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、例えば、転がり軸受、発電用ボイラまたは火力発電プラント等で用いられる鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼製部品は、使用時の温度と時間によって硬度等の強度特性が変化し、異常となる場合がある。そのため、鋼製部品の使用温度と使用時間の情報は、部品の異常原因の究明や部品の交換時期の判断の際に重要となる。従来より、発電用ボイラ用鋼管、火力発電プラントで用いられる鋼製部品の使用温度を推定する場合には、予め求めておいた分析値、使用温度、使用時間の関係を使って、実際の鋼製部品の分析値と使用時間の情報から使用温度を推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−300601号公報
【特許文献2】特開2009−36670号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、鋼製部品を使ったシステムは、必ずしも運転時間のデータが収集されていないため、鋼製部品の使用時間は分からない場合がある。このような状況では、前述の方法による温度推定は困難になる。
前述のように、鋼製部品の温度推定は、部品の異常原因の究明や部品の交換時期の判断の際に重要な技術であるが、使用時間の情報が得られない場合、その実施が困難になるという問題があった。
【0005】
この発明の目的は、鋼製部品の使用温度だけでなく使用時間も推定することができる鋼製部品の使用温度および使用時間の推定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、鋼製部品の使用温度および使用時間を推定する方法であって、
それぞれ前記鋼製部品の特定の性状についての分析値と使用温度と使用時間との関係を示す、2つ以上の互いに異なる性状についての関係式を準備する関係式準備過程と、
使用温度および使用時間の推定対象となる鋼製部品について、前記各関係式における前記各性状の分析値を求める分析過程と、
この分析過程で求めた各性状についての分析値から、前記各関係式を用いて前記鋼製部品の使用温度および使用時間を推定する推定過程とを含む。
この明細書において、前記「特定の性状」とは、鋼製部品の物性または化学成分である。
「特定の性状」が鋼製部品の物性である場合の分析値は、例えば、X線回折の分析値(半価幅、残留オーステナイト量、残留応力)、機械的性質(硬度、降伏点、耐力、引張強度、伸び、絞り)等である。
「特定の性状」が鋼製部品の化学成分である場合の分析値は、例えば、炭化物量である。
また前記「分析値」は、測定値を含む意味である。
【0007】
鋼製部品につき、1つの性状についての関係式を用いて、前記性状の分析値の測定結果から、その鋼製部品の使用温度と使用時間の関係を求めることができる。また、鋼製部品の使用時間が分かっている場合には、使用温度を推定することが可能になる。
しかし、鋼製部品の使用時間が未知である場合、未知の使用温度と使用時間を求めるには、分析値と使用温度と使用時間との関係が少なくとももう1つ必要になる。
【0008】
この構成によると、関係式準備過程では、2つ以上の互いに異なる性状についての関係式を準備する。分析過程では、推定対象となる鋼製部品について、各関係式における各性状の分析値をそれぞれ求める。推定過程では、求めた各性状についての分析値から、各関係式を用いて鋼製部品の使用温度および使用時間を推定する。このように鋼製部品の使用温度および使用時間を推定することで、鋼製部品の異常原因の究明や鋼製部品の交換時期の判断等に利用することができる。
【0009】
前記関係式準備過程では、3つ以上の互いに異なる性状についての関係式を準備し、前記推定過程では、前記各関係式を用いて前記鋼製部品の使用温度および使用時間を、統計的手法を用いて推定するものとしても良い。
前記「統計的手法」は、ニュートン−ラプソン法、最尤推定法、ベイズ推定法等の統計的手法を含む。
【0010】
前記分析値が、前記鋼製部品のX線回折の分析値であっても良い。
前記分析値が、前記鋼製部品の機械的性質または寸法変化量の分析値であっても良い。
前記分析値が、前記鋼製部品の炭化物量または示差熱分析の結果であっても良い。
前記鋼製部品が転がり軸受であっても良い。
【0011】
前記鋼製部品が、発電用ボイラまたは火力発電プラントで用いられる鋼製部品であっても良い。発電用ボイラ等における鋼製部品について、使用時間の情報が得られない場合であっても、使用温度および使用時間を簡易に推定することができる。このため、保守点検の費用を低減できると共に、高温で使用される鋼製部品につき、異常が生じ得る前の適切な時期に交換することができる。
【発明の効果】
【0012】
この発明は、鋼製部品の使用温度および使用時間を推定する方法であって、それぞれ前記鋼製部品の特定の性状についての分析値と使用温度と使用時間との関係を示す、2つ以上の互いに異なる性状についての関係式を準備する関係式準備過程と、使用温度および使用時間の推定対象となる鋼製部品について、前記各関係式における前記各性状の分析値を求める分析過程と、この分析過程で求めた各性状についての分析値から、前記各関係式を用いて前記鋼製部品の使用温度および使用時間を推定する推定過程とを含むため、鋼製部品の使用温度だけでなく使用時間も推定することで、鋼製部品の異常原因の究明や鋼製部品の交換時期の判断等に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】この発明の第1の実施形態に係る鋼製部品の使用時間および使用温度推定方法を段階的に示すフローチャートである。
【
図2】同推定方法における、半価幅と時効温度と時効時間との関係を示す図である。
【
図3】同推定方法における、残留オーステナイト量と時効温度と時効時間との関係を示す図である。
【
図4】この発明の他の実施形態に係り、半価幅の推定値と実際の半価幅の測定値との関係を示す図である。
【
図5】同鋼製部品を、火力発電プラントで用いられる転がり軸受に適用した例を概略示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
この発明の第1の実施形態に係る鋼製部品の使用時間および使用温度の推定方法を
図1ないし
図3と共に説明する。前記鋼製部品は、例えば、発電用ボイラ用鋼管、火力発電プラント等で用いられる転がり軸受等である。但し、発電用ボイラ用鋼管、火力発電プラントだけに限定されるものではなく、また転がり軸受以外の鋼製部品に適用しても良い。
【0015】
図1は、この実施形態に係る鋼製部品の使用時間および使用温度推定方法を段階的に示すフローチャートである。同
図1に示すように、鋼製部品の使用時間および使用温度推定方法は、関係式準備過程(ステップS1)と、分析過程(ステップS2)と、推定過程(ステップS3)とを有する。先ず関係式準備過程では、それぞれ鋼製部品の特定の性状についての分析値と使用温度と使用時間との関係を示す、2つ以上の互いに異なる性状についての関係式を準備する。次に分析過程では、使用温度および使用時間の推定対象となる鋼製部品について、前記各関係式における前記各性状の分析値を求める。その後、推定過程において、前記分析過程で求めた各性状についての分析値から、前記各関係式を用いて前記鋼製部品の使用温度および使用時間を推定する。
【0016】
前記鋼製部品として、転がり軸受用鋼材であるJIS−SUJ2材を焼入焼戻した複数の試験片に対して、120℃、140℃、160℃、180℃の時効処理をそれぞれ施し、温度と時間に対するX線回折の半価幅(以下、単に「半価幅」と言う)の変化を調べた。前記時効処理とは、時効の現象を利用して材料を調質する操作であり、性状を所定のレベルにもちこすために焼入焼戻等の熱処理後、鋼製部品に適用される熱処理である。この例では、特定の性状についての分析値として、前記転がり軸受用鋼材の半価幅が用いられる。前記半価幅は、山形の分布を表す曲線において、最大値の半分となる分布の幅を言う。半価幅は、半値幅とも称される。
【0017】
図2は、前記推定方法における、半価幅と時効温度と時効時間との関係を示す図である。
図2中の各線は、実験結果を下記の式(1)および式(2)を使って回帰分析した結果である。
【数1】
【0018】
前記式(1)および式(2)の回帰式が、特定の性状についての分析値に関する関係式である。これら式(1)および式(2)の回帰式を使えば、半価幅の測定結果からその鋼製部品の使用温度と使用時間の関係を求めることができる。また鋼製部品の使用時間が分かっている場合には、前記鋼製部品の使用温度を推定することが可能になる。
【0019】
鋼製部品の使用時間が未知である場合、未知の使用温度と使用時間を求めるには、前記鋼製部品の分析値と使用温度と使用時間との関係が少なくとももう1つ必要になる。つまり鋼製部品の特定の性状についての分析値と使用温度と使用時間との関係を示す、2つ以上の互いに異なる性状についての関係式を準備する必要がある。この実施形態では、特定の性状についての分析値として、前記転がり軸受用鋼材の残留オーステナイト量が用いられる。
【0020】
図3は、この実施形態の推定方法における、残留オーステナイト量と時効温度と時効時間との関係を示す図である。
図3中の各線は、実験結果を下記の式(3)および式(4)を使って回帰分析した結果である。
【数2】
【0021】
前記式(3)および式(4)の回帰式が、特定の性状についての分析値に関する関係式である。
仮に、使用部品の半価幅と残留オーステナイト量が測定された場合、未知数は使用温度と使用時間の2つであるため、半価幅と残留オーステナイト量に関する2種類の関係式を使って、鋼製部品の使用温度と使用時間を求めることができる。半価幅に関する関係式が前記式(1)および式(2)の回帰式であり、残留オーステナイト量に関する関係式が前記式(3)および式(4)の回帰式である。
【0022】
作用効果について説明する。
関係式準備過程では、2つ以上の互いに異なる性状についての関係式を準備し、分析過程では、推定対象となる鋼製部品について、各関係式における各性状の分析値をそれぞれ求める。推定過程では、求めた各性状についての分析値から、各関係式を用いて鋼製部品の使用温度および使用時間を推定する。このように鋼製部品の使用温度および使用時間を推定することで、鋼製部品の異常原因の究明や鋼製部品の交換時期の判断等に利用することができる。
【0023】
発電用ボイラまたは火力発電プラントで用いられる鋼製部品について、使用時間の情報が得られない場合であっても、使用温度および使用時間を簡易に推定することができる。このため、保守点検の費用を低減できると共に、高温で使用される鋼製部品につき、異常が生じ得る前の適切な時期に交換することができる。
【0024】
他の実施形態について説明する。
3つ以上の分析値と使用温度と使用時間との関係がある場合、3つ以上の各性状についての分析値から統計的手法を用いて、鋼製部品の使用温度および使用時間を推定することができる。
図4は、前記式(1)で求めた半価幅の推定値と実際の半価幅の測定値との関係を示す図である。同
図4に示すような推定値と測定値の関係が3つ以上あれば、統計的手法を用いて鋼製部品の使用温度、使用時間を推定することができる具体例を示す。
先ず、初期値として使用温度、使用時間を与え、3つ以上の関係式からそれぞれの分析値(以下、「推定分析値」)を求める。
【0025】
次に、これら推定分析値がそれぞれの実際の分析値(以下、「測定分析値」)と最も近くなるような使用温度と使用時間の最適解を求めることになるが、このとき最適解と判断する方法には、統計的な考え方が必要になる。
推定分析値はその分析内容によってばらつきの程度が異なる。そのため、推定値と測定値のばらつきが比較的少ない分析内容では、推定分析値の信頼性が高いと考え、推定分析値と測定分析値の差を他の分析内容よりも小さくする必要があるという考え方を導入しなければならない。
【0026】
図4の推定値と測定値の関係から、推定値と測定値のばらつきが少ない分析内容かどうかは、標準偏差で定量的に把握することができる。この標準偏差を使えば、前述の推定分析値と測定分析値の差の生じる確率が計算できる。したがって、計算した確率を全ての分析内容について掛け合わせ、その値が最も大きくなるような使用温度と使用時間を、例えばニュートン−ラプソン法等の計算手法で求めれば、統計的考え方に基づいた最適解を得ることができる。
【0027】
この推定方法は一例に過ぎず、推定方法に使用する統計的手法としては、最尤推定法やベイズ推定法等の他の統計的手法でも良い。温度推定に利用する鋼製部品の値としては、X線回折の分析値(半価幅、残留オーステナイト量、残留応力)だけでなく、例えば、使用温度と使用時間によって変化する測定可能な機械的性質(硬度、降伏点、耐力、引張強度、伸び、絞り)、その他の分析値(寸法変化量、炭化物量、示差熱結果)でも良い。
【0028】
図5は、この鋼製部品を、火力発電プラントで用いられる転がり軸受1に適用した例を概略示す断面図である。前記火力発電プラントにおける機械設備2は、例えば、ベルトコンベヤ等のコンベヤラインである。ローラ3の長手方向両端に、転がり軸受1がそれぞれ組み込まれ、各転がり軸受1の内輪が図示外のコンベヤフレームに固定されたローラ支軸に設置される。前記ローラ3の外周にベルト4が支持され、ボイラへ石炭を運搬可能に構成される。
前記火力発電プラントで用いられる転がり軸受1について、使用時間の情報が得られない場合であっても、前記いずれかの推定方法を用いて使用温度および使用時間を簡易に推定することができる。このため、保守点検の費用を低減できると共に、高温で使用される転がり軸受1につき、異常が生じ得る前の適切な時期に交換することができる。