特許第6181710号(P6181710)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6181710
(24)【登録日】2017年7月28日
(45)【発行日】2017年8月16日
(54)【発明の名称】カテーテルの製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61M 25/00 20060101AFI20170807BHJP
   C08J 7/18 20060101ALI20170807BHJP
   A61L 29/04 20060101ALI20170807BHJP
   A61L 29/14 20060101ALI20170807BHJP
【FI】
   A61M25/00 500
   C08J7/18CEQ
   A61L29/04
   A61L29/04 110
   A61L29/14
【請求項の数】14
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2015-123789(P2015-123789)
(22)【出願日】2015年6月19日
(62)【分割の表示】特願2012-112563(P2012-112563)の分割
【原出願日】2012年5月16日
(65)【公開番号】特開2015-211854(P2015-211854A)
(43)【公開日】2015年11月26日
【審査請求日】2015年6月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】皆川 康久
【審査官】 安田 昌司
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−298320(JP,A)
【文献】 特開平09−108359(JP,A)
【文献】 特開平06−025450(JP,A)
【文献】 特表2004−528418(JP,A)
【文献】 特開昭61−209667(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/038483(WO,A1)
【文献】 特開平01−240536(JP,A)
【文献】 特開2006−161020(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 25/00
A61L 29/00−29/14
C08J 7/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加硫ゴム又は熱可塑性エラストマーからなる改質対象物の表面にポリマー鎖を成長させたカテーテルの製造方法であって、
前記改質対象物の表面に光重合開始剤を吸着させる工程1と、
前記吸着させた光重合開始剤を起点にして、300nm〜400nmのUV光を照射して双性イオン性モノマー及びフルオロ基含有モノマーからなる群から選択される少なくとも1種のモノマーをラジカル重合させ、前記改質対象物の表面に前記ポリマー鎖を成長させる工程2とを含み、
前記光重合開始剤は、下記式(1)で表されるベンゾフェノン系化合物であるカテーテルの製造方法。
【化1】
(式(1)中、R〜R及びR′〜R′は、同一若しくは異なって、水素原子、アルキル基、ハロゲン、水酸基、1〜3級アミノ基、メルカプト基、又は酸素原子、窒素原子若しくは硫黄原子を含んでもよい炭化水素基を表し、隣り合う任意の2つが互いに連結し、それらが結合している炭素原子と共に環構造を形成してもよい。)
【請求項2】
前記加硫ゴム又は熱可塑性エラストマーが二重結合に隣接する炭素原子であるアリル位の炭素原子を有する請求項1記載のカテーテルの製造方法。
【請求項3】
前記ベンゾフェノン系化合物は、ベンゾフェノン、キサントン、9−フルオレノン、2,3,4,5,6−ペンタフルオロベンゾフェノン、及びデカフルオロベンゾフェノンからなる群より選択される少なくとも1種である請求項1又は2記載のカテーテルの製造方法。
【請求項4】
前記工程2において、ラジカル重合時に還元剤又は抗酸化物質が添加されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のカテーテルの製造方法。
【請求項5】
前記還元剤又は抗酸化物質が、リボフラビン、アスコルビン酸、α−トコフェロール、β−カロテン又は尿酸であることを特徴とする請求項4記載のカテーテルの製造方法。
【請求項6】
前記光照射時又は光照射前に反応容器及び反応液に不活性ガスを導入し、不活性ガス雰囲気に置換して重合させる請求項1〜5のいずれかに記載のカテーテルの製造方法。
【請求項7】
前記モノマーは、フルオロアルキル基含有モノマーである請求項1に記載のカテーテルの製造方法。
【請求項8】
前記フルオロアルキル基含有モノマーは、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,11,11,12,12,12−heneicosafluorododecyl acrylate(HC=CHCOCHCH(CFCF)、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,10−heptadecafluorodecyl acrylate(HC=CHCOCHCH(CFCF)、3−(perfluorobutyl)−2−hydroxypropyl acrylate(F(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−perfluorohexyl−2−hydroxypropyl acrylate(F(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−(perfluoro−3−methylbutyl)−2−hydroxypropyl acrylate((CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、及び3−(perfluoro−5−meylhexyl)−2−hydroxypropyl acrylate((CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)からなる群より選択される少なくとも1種である請求項7に記載のカテーテルの製造方法。
【請求項9】
前記フルオロアルキル基含有モノマーは、下記式(3)、(4)、(5)および(6)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種である請求項7に記載のカテーテルの製造方法。
【化2】
(R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。R32は、−O−、−NH−を表す。R41は、メチレン基、エチレン基又はプロピレン基を表す。R51は、ケトン基を表し、存在しなくてもよい。w1は、1〜100の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。)
【化3】
(R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。w2は、4〜10の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。)
【化4】
(R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。w3及びw4は、各々独立に1〜6の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。)
【化5】
(R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。w3及びw4は、各々独立に1〜6の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。αは1又は2の整数を表す。)
【請求項10】
前記フルオロ基が、フルオロアルキレンオキシド基又はフルオロベンジル基であることを特徴とする請求項1記載のカテーテルの製造方法。
【請求項11】
前記モノマーが、[1H,1H−perfluoro(2,5−dimethyl−3,6−dioxanonanoyl)] acrylate、1H,1H−perfluoro(2,5−dimethyl−3,6−dioxanonanoyl)] methacrylate、pentafluorobenzyl acrylate、pentafluorobenzyl methacrylate、及び2,3,5,6−tetrafluorophenyl methacrylateからなる群より選択される少なくとも1種である請求項1に記載のカテーテルの製造方法。
【請求項12】
前記モノマー(液体)又はその溶液が重合禁止剤を含むもので、該重合禁止剤の存在下で重合させる請求項1〜11のいずれかに記載のカテーテルの製造方法。
【請求項13】
前記重合禁止剤が4−メチルフェノールである請求項12に記載のカテーテルの製造方法。
【請求項14】
前記ポリマー鎖の長さは、10〜50000nmである請求項1〜13のいずれかに記載のカテーテルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面改質方法、並びに、該改質方法により得られる改質された表面を少なくとも一部に有する注射器用ガスケットやカテーテル、該改質方法により得られるタイヤの溝表面やサイドウォール部表面を少なくとも一部に有するタイヤなどの表面改質弾性体に関する。
【背景技術】
【0002】
シール状態を維持しながら摺動する部分、例えば、注射器のプランジャーに一体化されてプランジャーとシリンジのシールを行うガスケットには、シール性を重視し、ゴム等の弾性体が使用されているが、摺動性に若干問題がある(特許文献1参照)。そのため、摺動面にシリコーンオイルなどの摺動性改良剤を塗布しているが、最近上市されているバイオ製剤にシリコーンオイルが悪影響を及ぼす可能性が指摘されている。一方、摺動性改良剤を塗布していないガスケットは摺動性に劣るため、投与の際にプランジャーを円滑に押せずに脈動し、注入量が不正確になる、患者に苦痛を与えるなどの問題が生じる。
【0003】
このような、シール性と摺動性の相反する要求を満たすため、自己潤滑性を有するPTFEフィルムを被覆する技術が提案されているが(特許文献2参照)、一般に高価なため、加工製品の製造コストが上昇し、応用範囲が限定されてしまう。また、PTFEフィルムを被覆した製品を、摺動などが繰り返され耐久性が要求される用途に適用することについて、信頼性の不安もある。更に、PTFEは放射線に弱いため、照射線による滅菌ができないという問題もある。
【0004】
また、水存在下での摺動性が要求される他の用途への応用も考えられる。すなわち、プレフィルドシリンジのシリンジ内面や水を送るための管又はチューブの内面の流体抵抗を下げることや、水との接触角を上げる、又は目覚しく下げることでロスなく水を送れる。タイヤの溝表面の流体抵抗を下げることや、水との接触角を上げる、又は目覚しく下げることでウエットや雪上路面での水や雪のはけが良くなり、結果としてグリップ性、ハイドロプレーニング性が向上し安全性が改善される。タイヤのサイドウォール面や建物の壁の摺動抵抗を減少させることや、水との接触角を上げることでゴミや粉塵が付着しにくくなることも期待できる。
【0005】
更に、ダイヤフラムポンプ、ダイヤフラム弁などのダイヤフラムで水又は水溶液等を送る時の圧損が少なくなる。スキー板やスノーボード板の滑走面の摺動性を高めることで滑りやすくなる。道路標識や看板の摺動性を高めて雪が滑りやすくすることで標識が見やすくなる。船の外周面の摺動抵抗を低下させることや、水との接触角を上げることで水の抵抗が減少するとともに外周面に菌が付着しにくくなる。水着の糸表面の摺動性を改良することで水の抵抗が減る、などの有利な効果も期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−298220号公報
【特許文献2】特開2010−142537号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記課題を解決し、高価な自己潤滑性を有する樹脂を使用することなく、優れた摺動性、及び摺動の繰り返しに対する耐久性を付与し、かつシール性も維持できる加硫ゴム又は熱可塑性エラストマーの表面改質方法を提供することを目的とする。また、該表面改質方法により得られる改質された表面を少なくとも一部に有する注射器用ガスケットやカテーテル、該改質方法により得られるタイヤの溝表面やサイドウォール部表面の少なくとも一部に有するタイヤなどの表面改質弾性体を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、加硫ゴム又は熱可塑性エラストマーを改質対象物とする表面改質方法であって、前記改質対象物の表面に光重合開始剤を吸着させる工程1と、前記吸着させた光重合開始剤を起点にして、300nm〜400nmのUV光を照射してモノマーをラジカル重合させ、前記改質対象物の表面にポリマー鎖を成長させる工程2とを含む表面改質方法に関する。
【0009】
前記加硫ゴム又は熱可塑性エラストマーが二重結合に隣接する炭素原子であるアリル位の炭素原子を有することが好ましい。
【0010】
前記光重合開始剤は、下記式(1)で表されるベンゾフェノン系化合物であることが好ましい。
【化1】
(式(1)中、R〜R及びR′〜R′は、同一若しくは異なって、水素原子、アルキル基、ハロゲン、水酸基、1〜3級アミノ基、メルカプト基、又は酸素原子、窒素原子若しくは硫黄原子を含んでもよい炭化水素基を表し、隣り合う任意の2つが互いに連結し、それらが結合している炭素原子と共に環構造を形成してもよい。)
【0011】
前記工程2において、ラジカル重合時に還元剤又は抗酸化物質が添加されることが好ましい。
【0012】
前記還元剤又は抗酸化物質が、リボフラビン、アスコルビン酸、α−トコフェロール、β−カロテン又は尿酸であることが好ましい。
【0013】
前記光照射時又は光照射前に反応容器及び反応液に不活性ガスを導入し、不活性ガス雰囲気に置換して重合させることが好ましい。
【0014】
前記モノマーは、イオン性モノマーであることが好ましい。
【0015】
前記イオン性モノマーは、アクリル酸及びメタクリル酸からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0016】
前記モノマーは、下記式で表されるモノマーであることが好ましい。
CH=CRa−COO−(Rb)−O−Rc
(Raは水素原子、メチル基、エチル基、又はプロピル基を表す。Rbはメチレン基、エチレン基、又はプロピレン基を表す。Rcは水素原子、メチル基、又はエチル基を表す。nは1〜15の整数を表す。)
【0017】
前記モノマーは、フルオロ基含有モノマーであることが好ましい。
【0018】
前記モノマーは、フルオロアルキル基含有モノマーであることが好ましい。
【0019】
前記フルオロアルキル基含有モノマーは、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,11,11,12,12,12−heneicosafluorododecyl acrylate(HC=CHCOCHCH(CFCF)、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,10−heptadecafluorodecyl acrylate(HC=CHCOCHCH(CFCF)、3−(perfluorobutyl)−2−hydroxypropyl acrylate(F(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−perfluorohexyl−2−hydroxypropyl acrylate(F(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−(perfluoro−3−methylbutyl)−2−hydroxypropyl acrylate((CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、及び3−(perfluoro−5−meylhexyl)−2−hydroxypropyl acrylate((CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0020】
前記フルオロアルキル基含有モノマーは、下記式(3)、(4)、(5)および(6)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【化2】
(R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。R32は、−O−、−NH−を表す。R41は、メチレン基、エチレン基又はプロピレン基を表す。R51は、ケトン基を表し、存在しなくてもよい。w1は、1〜100の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。)
【化3】
(R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。w2は、4〜10の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。)
【化4】
(R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。w3及びw4は、各々独立に1〜6の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。)
【化5】
(R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。w3及びw4は、各々独立に1〜6の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。αは1又は2の整数を表す。)
【0021】
前記フルオロ基が、フルオロアルキレンオキシド基又はフルオロベンジル基であることが好ましい。
【0022】
前記フルオロ基含有モノマーが、[1H,1H−perfluoro(2,5−dimethyl−3,6−dioxanonanoyl)] acrylate、1H,1H−perfluoro(2,5−dimethyl−3,6−dioxanonanoyl)] methacrylate、pentafluorobenzyl acrylate、pentafluorobenzyl methacrylate、及び2,3,5,6−tetrafluorophenyl methacrylateからなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0023】
前記ラジカル重合性モノマー(液体)又はその溶液が重合禁止剤を含むもので、該重合禁止剤の存在下で重合させることが好ましい。
【0024】
前記重合禁止剤が4−メチルフェノールであることが好ましい。
【0025】
前記ポリマー鎖の長さは、10〜50000nmであることが好ましい。
【0026】
本発明は、前記表面改質方法により得られる表面改質弾性体に関する。
本発明は、前記表面改質方法により得られる水存在下又は乾燥状態での摺動性、低摩擦又は水の低抵抗が要求される表面改質弾性体に関する。
本発明はまた、前記表面改質方法により三次元形状の固体表面の少なくとも一部が改質された表面改質弾性体に関する。ここで、前記表面改質弾性体はポリマーブラシであることが好ましい。
【0027】
本発明は、前記表面改質方法により改質された表面を少なくとも一部に有する注射器用ガスケットに関する。
本発明は、前記表面改質方法により改質された表面を少なくとも一部に有するカテーテルに関する。
本発明は、前記表面改質方法により改質された表面の溝を少なくとも一部に有するタイヤに関する。
本発明はまた、前記表面改質方法により改質された表面を少なくともサイドウォールの一部に有するタイヤに関する。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、加硫ゴム又は熱可塑性エラストマーを改質対象物とする表面改質方法であって、前記改質対象物の表面に光重合開始剤を吸着させる工程1と、前記吸着させた光重合開始剤を起点にして、300nm〜400nmのUV光を照射してモノマーをラジカル重合させ、前記改質対象物の表面にポリマー鎖を成長させる工程2とを含む表面改質方法であるので、改質対象物表面に、優れた摺動性、及び摺動の繰り返しに対する耐久性を付与できるとともに、良好なシール性も得ることもできる。従って、該方法を用いて対象物表面にポリマー鎖を形成することで、以上の性能に優れた注射器用ガスケットやカテーテルなどの表面改質弾性体を提供できる。また、改質された表面改質弾性体は、PTFEのポリマー骨格を持たないため、γ線などの放射線での滅菌が可能である。更に、銀を導入することにより抗菌性が発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】注射器用ガスケットの実施形態の側面図の一例である。
図2】空気入りタイヤ(全体不図示)のトレッド部の展開図の一例である。
図3図2のA1−A1断面図の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の表面改質方法は、加硫ゴム又は熱可塑性エラストマーを改質対象物とする表面改質方法であって、前記改質対象物の表面に光重合開始剤を吸着させる工程1と、前記吸着させた光重合開始剤を起点にして、300nm〜400nmのUV光を照射してモノマーをラジカル重合させ、前記改質対象物の表面にポリマー鎖を成長させる工程2とを含む。
【0031】
工程1では、加硫成形後のゴム又は成形後の熱可塑性エラストマー(改質対象物)の表面に光重合開始剤を吸着させ、重合開始点を形成する。
前記加硫ゴム、前記熱可塑性エラストマーとしては、二重結合に隣接する炭素原子(アリル位の炭素原子)を有するものが好適に使用される。
【0032】
改質対象物としてのゴムとしては、スチレンブタジエンゴム、ブタジエンゴム、イソプレンゴム、天然ゴム、脱タンパク天然ゴムなどのジエン系ゴム、及びイソプレンユニットを不飽和度として数パーセント含むブチルゴム、ハロゲン化ブチルゴムなどが挙げられる。ブチルゴム、ハロゲン化ブチルゴムの場合、加硫ゴムからの抽出物が少なくなる点から、トリアジンによる架橋ゴムが好ましい。この場合、受酸剤を含んでもよく、好適な受酸剤としては、ハイドロタルサイト、炭酸マグネシウムが挙げられる。
【0033】
他のゴムの場合は、硫黄加硫が好ましい。その場合、硫黄加硫で一般に使用されている加硫促進剤、酸化亜鉛、フィラー、シランカップリング剤などの配合剤を添加してもよい。フィラーとしては、カーボンブラック、シリカ、クレー、タルク、炭酸カルシウムなどを好適に使用できる。
【0034】
なお、ゴムの加硫条件は適宜設定すれば良く、ゴムの加硫温度は、好ましくは150℃以上、より好ましくは170℃以上、更に好ましくは175℃以上である。
【0035】
熱可塑性エラストマーとしては、例えば、可塑性成分(ハードセグメント)の集まりが架橋点の役割を果たすことにより常温でゴム弾性を有する高分子化合物(スチレン−ブタジエンスチレン共重合体などの熱可塑性エラストマー(TPE)など);熱可塑性成分及びゴム成分が混合され架橋剤によって動的架橋が行われたゴム弾性を有する高分子化合物(スチレン系ブロック共重合体又はオレフィン系樹脂と、架橋されたゴム成分とを含むポリマーアロイなどの熱可塑性エラストマー(TPV)など)が挙げられる。
【0036】
また、他の好適な熱可塑性エラストマーとして、ナイロン、ポリエステル、ウレタン、ポリプロピレン、及びそれらの動的架橋熱可塑性エラストマーが挙げられる。動的架橋熱可塑性エラストマーの場合、ハロゲン化ブチルゴムを熱可塑性エラストマー中で動的架橋したものが好ましい。この場合の熱可塑性エラストマーは、ナイロン、ウレタン、ポリプロピレン、SIBS(スチレン−イソブチレン−スチレンブロック共重合体)などが好ましい。
【0037】
重合開始点は、例えば、改質対象物の表面に光重合開始剤を吸着させることで形成される。UVなどの光を照射しなくてもよい。光重合開始剤としては、例えば、カルボニル化合物、テトラエチルチウラムジスルフィドなどの有機硫黄化合物、過硫化物、レドックス系化合物、アゾ化合物、ジアゾ化合物、ハロゲン化合物、光還元性色素などが挙げられ、なかでも、カルボニル化合物が好ましい。
【0038】
光重合開始剤としてのカルボニル化合物としては、ベンゾフェノン及びその誘導体が好ましく、例えば、下記式(1)で表されるベンゾフェノン系化合物を好適に使用できる。
【化6】
【0039】
式(1)において、R〜R及びR′〜R′は、同一若しくは異なって、水素原子、アルキル基、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)、水酸基、1〜3級アミノ基、メルカプト基、又は酸素原子、窒素原子若しくは硫黄原子を含んでもよい炭化水素基を表し、隣り合う任意の2つが互いに連結し、それらが結合している炭素原子と共に環構造を形成してもよい。
【0040】
ベンゾフェノン系化合物の具体例としては、ベンゾフェノン、キサントン、9−フルオレノン、2,4−ジクロロベンゾフェノン、o−ベンゾイル安息香酸メチル、4,4′−ビス(ジメチルアミノ)ベンゾフェノン、4,4′−ビス(ジエチルアミノ)ベンゾフェノンなどが挙げられる。なかでも、良好にポリマーブラシが得られるという点から、ベンゾフェノン、キサントン、9−フルオレノンが特に好ましい。
【0041】
ベンゾフェノン系化合物として、フルオロベンゾフェノン系化合物も好適に使用でき、例えば、下記式で示される2,3,4,5,6−ペンタフルオロベンゾフェノン、デカフルオロベンゾフェノンなどが挙げられる。
【化7】
【0042】
ベンゾフェノン系化合物などの光重合開始剤の改質対象物表面への吸着方法としては、例えば、ベンゾフェノン系化合物については、対象物の改質する表面部位を、ベンゾフェノン系化合物を有機溶媒に溶解させて得られた溶液で処理することで表面に吸着させ、必要に応じて有機溶媒を乾燥により蒸発させることにより、重合開始点が形成される。表面処理方法としては、該ベンゾフェノン系化合物溶液を改質対象物の表面に接触させることが可能であれば特に限定されず、例えば、該ベンゾフェノン系化合物溶液の塗布、吹き付け、該溶液中への浸漬などが好適である。更に、一部の表面にのみ表面改質が必要なときには、必要な一部の表面にのみ重合開始剤を吸着させればよく、この場合には、例えば、該溶液の塗布、該溶液の吹き付けなどが好適である。前記溶媒としては、メタノール、エタノール、アセトン、ベンゼン、トルエン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、THFなどを使用できるが、改質対象物を膨潤させない点、乾燥・蒸発が早い点でアセトンが好ましい。
【0043】
工程2では、前記吸着させた光重合開始剤を起点にして、300nm〜400nmのUV光を照射してモノマーをラジカル重合させて改質対象物の表面にポリマー鎖を成長させる。
【0044】
モノマーとしては特に限定されないが、例えばイオン性モノマー、下記式
CH=CRa−COO−(Rb)−O−Rc
(Raは水素原子、メチル基、エチル基、又はプロピル基を表す。Rbはメチレン基、エチレン基、又はプロピレン基を表す。Rcは水素原子、メチル基、又はエチル基を表す。nは1〜15の整数を表す。)
で表されるモノマー、フルオロ基含有モノマーなどが挙げられる。該式で表されるモノマーとしては、アクリル酸2−メトキシエチル、メタクリル酸2−メトキシメチルなどが挙げられる。
【0045】
イオン性モノマーとしては、アクリル酸、アクリル酸アルカリ金属塩(アクリル酸ナトリウム、アクリル酸カリウムなど)、アクリル銀、アクリル酸アミン塩、メタクリル酸、メタクリル酸アルカリ金属塩(メタクリル酸ナトリウム、メタクリル酸カリウムなど)、メタクリル酸銀、メタクリル酸アミン塩、双性イオン性モノマーなどが挙げられる。これらは単独で用いても2種以上を併用してもよい。なかでも、アクリル酸およびメタクリル酸が好ましい。
【0046】
双性イオン性モノマー(双性イオン性基含有化合物:永久陽電荷の中心及び陰電荷の中心を有する化合物)としては、カルボキシベタイン、スルホベタイン、ホスホベタインなどが挙げられる。優れた摺動性、耐久性が得られ、かつ良好なシール性も維持できる点から、双性イオン性モノマーとして、下記式(7)で示される化合物を使用でき、なかでも、下記式(8)で表される化合物が好適である。
【化8】
(式中、R11は−H又は−CH、Xは−O−又はNH−、mは1以上の整数、Yは双性イオン性基を表す。)
【0047】
式(7)において、R11は−CH、Xは−O−、mは1〜10が好ましい。Yで表される双性イオン性基において、カチオンとしては、テトラアルキルアンモニウムなどの第四級アンモニウム、アニオンとしては、カルボン酸、スルホン酸、ホスフェートなどが挙げられる。
【0048】
【化9】
(式中、R11は−H又は−CH、p及びqは1以上の整数、Y及びYは反対の電荷を有するイオン性官能基を表す。)
【0049】
式(8)において、pは2以上の整数が好ましく、2〜10の整数がより好ましい。qは1〜10の整数が好ましく、2〜4の整数がより好ましい。また、好ましいR11は前記と同様である。Y及びYは、前記カチオン、アニオンと同様である。
【0050】
前記双性イオン性モノマーの好適な代表例としては、下記式(8−1)〜(8−4)で表される化合物が挙げられる。
【化10】
(式中、R11は水素原子又はメチル基、p及びqは1〜10の整数を示す。)
【0051】
【化11】
(式中、R11は水素原子又はメチル基、p及びqは1〜10の整数を示す。)
【0052】
【化12】
(式中、R11は水素原子又はメチル基、R12は炭素数1〜6の炭化水素基、p及びqは1〜10の整数を示す。)
【0053】
【化13】
(式中、R11は水素原子又はメチル基、R13、R14及びR15は、同一若しくは異なって炭素数1又は2の炭化水素基、p及びqは1〜10の整数を示す。)
【0054】
上記式(8−1)で表される化合物としては、ジメチル(3−スルホプロピル)(2−(メタ)アクリロイルオキシエチル)アンモニウムベタインなど、式(8−2)で表される化合物としては、ジメチル(2−カルボキシエチル)(2−(メタ)アクリロイルオキシエチル)アンモニウムベタインなど、式(8−3)で表される化合物としては、ジメチル(3−メトキシホスホプロピル)(2−(メタ)アクリロイルオキシエチル)アンモニウムベタインなど、式(8−4)で表される化合物としては、2−(メタ)アクリロイルオキシエチルホスホリルコリンなどが挙げられる。また、双性イオン性モノマーとしては、2−(メタ)アクリロイルオキシエチルカルボキシベタイン、2−(メタ)アクリロイルオキシエチルスルホベタインなども挙げられる。なかでも、2−(メタ)アクリロイルオキシエチルホスホリルコリンが生体適合性が高い、即ちタンパク吸着性が低いという点で特に好ましい。
【0055】
フルオロ基含有モノマーとしては、例えば、フルオロアルキル基含有モノマーが挙げられる。フルオロアルキル基含有モノマーは、ビニル基などの1個のラジカル重合性基及び少なくとも1個のフルオロアルキル基を有する化合物であれば特に限定されることなく使用可能である。ここで、フルオロアルキル基とは、アルキル基の水素原子の少なくとも1つがフッ素原子で置換された基であり、炭素数7〜30のフルオロアルキル基が更に好ましく、末端にパーフルオロアルキル基を有する炭素数7〜30のフルオロアルキル基が特に好ましい。
【0056】
フルオロアルキル基含有モノマーは、モノマー中のフッ素原子量の割合が、モノマーの分子量に対して45質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがより好ましい。
【0057】
フルオロアルキル基含有モノマーとしては、A−B(Aはラジカル重合性基、Bはフルオロアルキル基を示す。)で表される化合物を好適に使用できる。例えば、下記式で示される。
【0058】
【化14】
【0059】
(式中、Raは、水素原子、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。Aは、−O−、−NH−を表す。Bは、置換基を有してもよいアルキレン基又はポリオキシアルキレン基を表し、存在しなくてもよい。Cは、ケトン基を表し、存在しなくてもよい。Rfは、置換基を有してもよいフルオロアルキル基を表す。)
【0060】
Bで示されるアルキレン基の炭素数は1〜15が好ましく、ポリオキシアルキレン基は(RO)で示されるもので、Rの炭素数は1〜10、重合度wは1〜150が好ましく、該アルキレン基及び該ポリオキシアルキレン基は置換基を有するものであってもよい。更に、Rfは末端にパーフルオロアルキル基を有する炭素数2〜40のフルオロアルキル基が好ましく、置換基を有するものであってもよい。B及びRfにおける置換基としては特に限定されず、水酸基などが挙げられる。
【0061】
前記フルオロアルキル基含有モノマーとしては、重合が容易なことから、下記式(2)で表される化合物が好ましい。
【化15】
【0062】
(式中、R21は水素原子、メチル基、エチル基又はプロピル基、R22は炭素数1〜4のアルキレン基、Rfは末端にパーフルオロアルキル基を有する炭素数7〜30のフルオロアルキル基を示す。)
【0063】
21は水素原子又はメチル基が好ましく、R22は炭素数1〜3のアルキレン基が好ましい。また、Rfは末端にパーフルオロアルキル基を有する炭素数7〜20のフルオロアルキル基が好ましい。
【0064】
前記式(2)で表される好適な化合物としては、下記式(2−1)〜(2−3)で表される(メタ)アクリレート化合物などが挙げられる。
【化16】
(式中、R23は水素原子又はメチル基、kは7、8、9、10、11又は12を示す。)
【0065】
フルオロアルキル基含有モノマーの具体例としては、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,11,11,12,12,12−heneicosafluorododecyl acrylate(HC=CHCOCHCH(CFCF)、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,10−Heptadecafluorodecyl acrylate(HC=CHCOCHCH(CFCF)、HC=CHCOCH(CFCF、HC=CHCOCH(CFCF、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,11,11,12,12,12−heneicosafluorododecyl methacrylate、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,10−Heptadecafluorodecyl methacrylate、3−(perfluorobutyl)−2−hydroxypropyl acrylate(F(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−perfluorohexyl−2−hydroxypropyl acrylate(F(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−(perfluoro−3−methylbutyl)−2−hydroxypropyl acrylate((CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−(perfluoro−5−methylhexyl)−2−hydroxypropyl acrylate((CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)などが挙げられる。なかでも、表面自由エネルギーが低くなる、即ち摺動性が良好である点から、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,10−Heptadecafluorodecyl acrylate(HC=CHCOCHCH(CFCF)、3−(perfluorobutyl)−2−hydroxypropyl acrylate(F(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−perfluorohexyl−2−hydroxypropyl acrylate(F(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−(perfluoro−3−methylbutyl)−2−hydroxypropyl acrylate((CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)、3−(perfluoro−5−methylhexyl)−2−hydroxypropyl acrylate((CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCH=CH)が好ましい。これらは単独又は2種以上を併用できる。
【0066】
フルオロアルキル基含有モノマーとしてフルオロアルキル基を側鎖に持つビニルモノマーが使用可能であり、なかでも、側鎖の末端にフルオロアルキル基、二重結合側に近い部位にオキシアルキレン基を有するモノマーが好ましい。具体的には、下記式(3)で表されるモノマーを好適に使用できる。
【化17】
【0067】
(式(3)中、R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。R32は、−O−、−NH−を表す。R41は、メチレン基、エチレン基又はプロピレン基を表す。R51は、ケトン基を表し、存在しなくてもよい。w1は、1〜100の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。)
【0068】
また、フルオロアルキル基含有モノマーとしては、下記式(4)、(5)、(6)で表されるモノマーも好適である。
【化18】
【0069】
(式(4)中、R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。w2は、4〜10の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。)
【化19】
【0070】
(式(5)中、R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。w3及びw4は、各々独立に1〜6の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。)
【化20】
【0071】
(式(6)中、R31は、水素、メチル基、エチル基又はプロピル基を表す。w3及びw4は、各々独立に1〜6の整数を表す。zは、1〜6の整数を表す。αは、0〜2の整数を表す。)
【0072】
(R41O)w1、(CHw2などの分子運動性の高い構造を、重合後の主鎖になるCH=CR31と、(CFCFのフルオロアクリル基の間に置くことにより、(CFCF基やCF基が乾燥状態では表面に偏在しやすくなり、摺動性が向上するという点で好ましい。また、OH基、COOH基、C=O基、NH基などの水素結合可能な構造を、重合後の主鎖になるCH=CR31と、(CFCFのフルオロアクリル基の間に置くことにより、側鎖が拘束されて(CFCF基やCF基が乾燥状態でも表面に固定又は偏在しやすくなり、摺動性が向上するという点も好ましい。
【0073】
フルオロ基含有モノマーの他の具体例として、下記式で示される[1H,1H−perfluoro(2,5−dimethyl−3,6−dioxanonanoyl)]acrylate、[1H,1H−perfluoro(2,5−dimethyl−3,6−dioxanonanoyl)]methacrylate、pentafluorobenzyl acrylate、pentafluorobenzyl methacrylate、2,3,5,6−tetrafluorophenyl methacrylateも好ましい。
【化21】
【0074】
工程2のモノマーのラジカル重合の方法としては、ベンゾフェノン系化合物などが吸着した改質対象物の表面に、モノマー(液体)若しくはそれらの溶液を塗工(噴霧)し、又は、該改質対象物をモノマー(液体)若しくはそれらの溶液に浸漬し、UV光を照射することでそれぞれのラジカル重合(光ラジカル重合)が進行し、該改質対象物表面に対して、ポリマー鎖を成長させることができる。更に前記塗工後に、表面に透明なガラス・PET・ポリカーボネートなどで覆い、その上から紫外線などの光を照射することでそれぞれのラジカル重合(光ラジカル重合)を進行させ、改質対象物表面に対して、ポリマーを成長させることもできる。
【0075】
工程2は、還元剤又は抗酸化物質が添加されたモノマーに光照射することでラジカル重合(光ラジカル重合)を進行させることが好ましい。この場合、還元剤又は抗酸化物質が系内の酸素を補足するため、望ましい。還元剤又は抗酸化物質が添加されたモノマーは、それぞれの成分が混合しているものでも、分離しているものでもよい。また、工程1で得られた改質対象物にモノマーを接触させた後、又はポリマー鎖が形成された改質対象物に他のモノマーを接触させた後、そこに更に還元剤、抗酸化物質を添加しても、前記成分を先ず混合しその混合材料を該改質対象物又は該ポリマー鎖が形成された改質対象物に接触させてもよい。
【0076】
具体的には、工程1で得られた光重合開始剤による重合開始点が表面に形成された改質対象物と、モノマー(液体)若しくはその溶液に還元剤又は抗酸化物質の溶液が添加されたものとを接触させた後に(浸漬、塗布など)、又は、該改質対象物とモノマー(液体)若しくはその溶液とを接触させ、更にその上に還元剤又は抗酸化物質の溶液を載置した後に、光照射する工程を行い、次いで、ポリマー鎖が形成された改質対象物に対して、モノマー(液体)若しくはその溶液、還元剤又は抗酸化物質の溶液を用いて同様の工程を行うことなど、によってそれぞれのラジカル重合を実施し、ポリマー鎖、他のポリマー鎖を順に形成できる。
【0077】
例えば、フルオロアルキル基含有モノマーは、比重が1より大きく、また水と混ざらないことから、ラジカル重合性モノマー(液体)又はその溶液の上に、還元剤又は抗酸化剤の溶液が分離して乗る。
【0078】
還元剤、抗酸化物質としては特に限定されず、このような作用を有する化合物を適宜使用できる。例えば、レチノール、デヒドロレチノール、酢酸レチノール、パルミチン酸レチノール、レチナール、レチノイン酸、ビタミンA油などのビタミンA類、それらの誘導体及びそれらの塩;α−カロテン、β−カロテン、γ−カロテン、クリプトキサンチン、アスタキサンチン、フコキサンチンなどのカロテノイド類及びその誘導体;ピリドキシン、ピリドキサール、ピリドキサール−5−リン酸エステル、ピリドキサミンなどのビタミンB類、それらの誘導体及びそれらの塩;アスコルビン酸、アスコルビン酸ナトリウム、ステアリン酸アスコルビル、パルミチン酸アスコルビル、ジパルミチン酸アスコルビル、アスコルビン酸リン酸マグネシウムなどのビタミンC類、それらの誘導体及びそれらの塩;
エルゴカルシフェロール、コレカルシフェロール、1,2,5−ジヒドロキシ−コレカルシフェロールなどのビタミンD類、それらの誘導体及びそれらの塩;α−トコフェロール、β−トコフェロール、γ−トコフェロール、δ−トコフェロール、α−トコトリエノール、β−トコトリエノール、γ−トコトリエノール、δ−トコトリエノール、酢酸トコフェロール、ニコチン酸トコフェロールなどのビタミンE類、それらの誘導体及びそれらの塩;トロロックス、その誘導体及びそれらの塩;ジヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ジブチルヒドロキシトルエン、α−リポ酸、デヒドロリポ酸、グルタチオン、その誘導体及びそれらの塩;尿酸、エリソルビン酸、エリソルビン酸ナトリウムなどのエリソルビン酸、その誘導体及びそれらの塩;没食子酸、没食子酸プロピルなどの没食子酸、その誘導体及びそれらの塩;ルチン、α−グリコシル−ルチンなどのルチン、その誘導体及びそれらの塩;トリプトファン、その誘導体及びそれらの塩;ヒスチジン、その誘導体及びそれらの塩;N−アセチルシステイン、N−アセチルホモシステイン、N−オクタノイルシステイン、N−アセチルシステインメチルエステルなどのシステイン誘導体及びそれらの塩;N,N’−ジアセチルシスチンジメチルエステル、N,N’−ジオクタノイルシスチンジメチルエステル、N,N’−ジオクタノイルホモシスチンジメチルエステルなどのシスチン誘導体及びそれらの塩;カルノシン、その誘導体及びそれらの塩;ホモカルノシン、その誘導体及びそれらの塩;アンセリン、その誘導体及びそれらの塩;カルシニン、その誘導体及びそれらの塩;ヒスチジン及び/又はトリプトファン及び/又はヒスタミンを含むジペプチド又はトリペプチド誘導体及びそれらの塩;フラバノン、フラボン、アントシアニン、アントシアニジン、フラボノール、クエルセチン、ケルシトリン、ミリセチン、フィセチン、ハマメリタンニン、カテキン、エピカテキン、ガロカテキン、エピガロカテキン、エピカテキンガレート、エピガロカテキンガレートなどのフラボノイド類;タンニン酸、コーヒー酸、フェルラ酸、プロトカテク酸、カルコン、オリザノール、カルノソール、セサモール、セサミン、セサモリン、ジンゲロン、クルクミン、テトラヒドロクルクミン、クロバミド、デオキシクロバミド、ショウガオール、カプサイシン、バニリルアミド、エラグ酸、ブロムフェノール、フラボグラシン、メラノイジン、リボフラビン、リボフラビン酪酸エステル、フラビンモノヌクレオチド、フラビンアデニンヌクレオチド、ユビキノン、ユビキノール、マンニトール、ビリルビン、コレステロール、エブセレン、セレノメチオニン、セルロプラスミン、トランスフェリン、ラクトフェリン、アルブミン、スーパーオキシドジスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼ、メタロチオネイン、O−ホスホノ−ピリドキシリデンローダミンなどが挙げられる。これらは単独又は2種以上を併用して用いてもよい。
【0079】
なかでも、酸素の補足能が高いという理由から、リボフラビン、アスコルビン酸、α−トコフェロール、β−カロテン、尿酸が好ましく、リボフラビン、アスコルビン酸が特に好ましい。
【0080】
還元剤、抗酸化物質の溶液を用いる場合、該還元剤、抗酸化物質の濃度は、10−4〜1質量%が好ましく、10−3〜0.1質量%がより好ましい。
また、ラジカル重合性モノマーの使用量は、形成するポリマー鎖の長さ、その鎖により発揮される性能などにより、適宜設定すればよい。更に、還元剤、抗酸化物質の使用量も系内の酸素の補足などの点から、適宜設定すればよい。
【0081】
塗工(噴霧)溶媒、塗工(噴霧)方法、浸漬方法、照射条件などは、従来公知の材料及び方法を適用できる。なお、ラジカル重合性モノマーの溶液としては、水溶液又は使用する光重合開始剤(ベンゾフェノン系化合物など)を溶解しない有機溶媒に溶解させた溶液が使用される。また、ラジカル重合性モノマー(液体)、その溶液として、4−メチルフェノールなどの公知の重合禁止剤を含むものも使用できる。
【0082】
本発明では、モノマー(液体)若しくはその溶液の塗布後又はモノマー若しくはその溶液への浸漬後、光照射することでモノマーのラジカル重合が進行するが、主に紫外光に発光波長をもつ高圧水銀灯、メタルハライドランプ、LEDランプなどのUV照射光源を好適に利用できる。照射光量は、重合時間や反応の進行の均一性を考慮して適宜設定すればよい。また、反応容器内における酸素などの活性ガスによる重合阻害を防ぐために、光照射時又は光照射前において、反応容器内や反応液中の酸素を除くことが好ましい。そのため、反応容器内や反応液中に窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガスを導入して酸素などの活性ガスを反応系外に排出し、反応系内を不活性ガス雰囲気に置換すること、などが適宜行われている。更に、酸素などの反応阻害を防ぐために、UV照射光源をガラスやプラスチックなどの反応容器と反応液や改質対象物の間に空気層(酸素含有量が15%以上)が入らない位置に設置する、などの工夫も適宜行われる。
【0083】
紫外線の波長は、300〜400nmである。これにより、改質対象物の表面に良好にポリマー鎖を形成できる。光源としては高圧水銀ランプや、365nmの中心波長を持つLED、375nmの中心波長を持つLEDなどを使用することが出来る。355〜380nmのLED光を照射することがより好ましい。特に、ベンゾフェノンの励起波長366nmに近い365nmの中心波長を持つLEDなどが効率の点から好ましい。
【0084】
工程2で形成されるポリマー鎖の長さは、好ましくは10〜50000nm、より好ましくは100〜50000nmである。10nm未満であると、良好な摺動性が得られない傾向がある。50000nmを超えると、摺動性の更なる向上が期待できず、高価なモノマーを使用するために原料コストが上昇する傾向があり、また、表面処理による表面模様が肉眼で見えるようになり、美観を損ねたり、シール性が低下する傾向がある。
【0085】
上記工程2では、重合開始点を起点にして2種以上のモノマーを同時にラジカル重合させてもよい。更に、改質対象物の表面に複数のポリマー鎖を成長させてもよい。本発明の表面改質方法は、ポリマー鎖間を架橋してもよい。この場合、ポリマー鎖間には、イオン架橋、酸素原子を有する親水性基による架橋、ヨウ素などのハロゲン基による架橋が形成されてもよい。
【0086】
加硫ゴム又は熱可塑性エラストマーに前記表面改質方法を適用することで、表面改質弾性体が得られる。例えば、水存在下又は乾燥状態での摺動性に優れた表面改質弾性体が得られ、これは低摩擦で、水の抵抗が少ないという点にも優れている。また、三次元形状の固体(弾性体など)の少なくとも一部に前記方法を適用することで、改質された表面改質弾性体が得られる。更に、該表面改質弾性体の好ましい例としては、ポリマーブラシ(高分子ブラシ)が挙げられる。ここで、ポリマーブラシとは、表面開始リビングラジカル重合によるgrafting fromのグラフトポリマーを意味する。また、グラフト鎖は、改質対象物の表面から略垂直方向に配向しているものがエントロピーが小さくなり、グラフト鎖の分子運動が低くなることにより、摺動性が得られて好ましい。更に、ブラシ密度として、0.01chains/nm以上である準濃度及び濃度ブラシが好ましい。
【0087】
また、加硫ゴム又は熱可塑性エラストマーに前記表面改質方法を適用することで、改質された表面を少なくとも一部に有する注射器用ガスケットやカテーテルを製造できる。改質は、少なくともガスケットやカテーテル表面の摺動部に施されていることが好ましく、表面全体に施されていてもよい。
【0088】
図1は、注射器用ガスケットの実施形態の側面図の一例である。図1に示されているガスケット1は、注射器の注射筒内周面と接触する外周面に、連続して円周方向に突出した3つの環状突起部11a、11b、11cを有している。ガスケット1において、前記表面改質を適用する部位としては、(1)環状突起部11a、11b、11cなどのシリンジと接する突起部表面、(2)環状突起部11a、11b、11cを含む側面の表面全部、(3)該側面の表面全部と底面部の表面13、などが挙げられる。
【0089】
更に、乗用車などの車両に使用されるタイヤのトレッドに形成された溝に前記表面改質方法を適用し、溝にポリマーブラシを生成させることにより、ウエットや雪上路面における溝表面の流体抵抗が下がったり、水との接触角が上がったりするので、水や雪の排除及びはけを向上させ、グリップ性を改善できる。また、タイヤのサイドウォールに前記表面改質方法を適用し、サイドウォール部にポリマーブラシを生成させることにより、タイヤのサイドウォールがよごれにくくなる。
【0090】
図2は、空気入りタイヤ(全体不図示)のトレッド部2の展開図の一例、図3は、図2のA1−A1断面図を示す。
図2〜3において、中央縦溝3a(溝深さD1)、ショルダー縦溝3b(溝深さD2)は、タイヤ周方向に直線状にのびるストレート溝で構成される。このようなストレート溝は、排水抵抗を小さくし、直進走行時に高い排水性能を発揮しうる。
【0091】
また、空気入りタイヤは、ショルダー縦溝3b側でタイヤ周方向にのびる細溝5(溝深さD3)、この細溝5から中央縦溝3aに向かって傾斜してのびる中間傾斜溝6(溝深さD4)、細溝5よりもタイヤ軸方向内側に位置しかつタイヤ周方向で隣り合う中間傾斜溝6、6間を接続する継ぎ溝7(溝深さD5)、ショルダー縦溝3bからタイヤ外間に向かうショルダー横溝8、8a、8b(溝深さD6)などが配され、このような溝でも排水性能が発揮しうる。そして、これらの溝に前記方法を適用することで、前述の効果が発揮される。
【実施例】
【0092】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0093】
(実施例1)
イソプレンユニットを含むクロロブチルゴム(不飽和度:1〜2%)をトリアジンで架橋した加硫ゴム(180℃で10分加硫)をベンゾフェノンの3wt%アセトン溶液に浸漬して、加硫ゴム表面にベンゾフェノンを吸着させた。その後、アセトンを除去するため乾燥した。
乾燥した加硫ゴムをアクリル酸水溶液(2.5M:18gのアクリル酸を100mLの水に溶解)の入ったガラス反応容器に浸漬し、ゴムで蓋をし、アルゴンガスを導入して15分間バブリングをして酸素を追い出した。365nmの波長を持つLED光で、紫外線を1時間照射してラジカル重合を行ってゴム表面にポリマー鎖を成長させ、表面改質弾性体(ポリマーブラシ)を得た。
【0094】
(実施例2)
加硫ゴム表面にベンゾフェノンの3wt%アセトン溶液を塗布して、ベンソフェノンを吸着させた以外は、実施例1と同様にして表面改質弾性体(ポリマーブラシ)を得た。
【0095】
(実施例3)
加硫ゴム表面にベンゾフェノンの1wt%アセトン溶液に浸漬して、加硫ゴム表面にベンゾフェノンを吸着させた以外は、実施例1と同様にして表面改質弾性体(ポリマーブラシ)を得た。
【0096】
(実施例4)
加硫ゴム表面にベンゾフェノンの1wt%アセトン溶液に塗布して、加硫ゴム表面にベンゾフェノンを吸着させた以外は、実施例1と同様にして表面改質弾性体(ポリマーブラシ)を得た。
【0097】
(比較例1)
クロロブチルゴムをトリアジンで架橋した加硫ゴム(180℃で10分加硫)を使用した。
【0098】
実施例、比較例で作製した表面改質弾性体を以下の方法で評価した。
(ポリマー鎖の長さ)
加硫ゴム表面に形成されたポリマー鎖の長さは、ポリマー鎖が形成された改質ゴム断面を、SEMを使用し、加速電圧15kV、1000倍で測定した。撮影されたポリマー層の厚みをポリマー鎖の長さとした。
【0099】
(静摩擦係数及び動摩擦係数)
表面改質弾性体の表面の静摩擦係数、動摩擦係数、及びそれぞれに水を200μL滴下したサンプル表面の静摩擦係数、動摩擦係数を、ASTM D1894に規定された方法に準拠して測定した。また、サンプルは、ホウケイ酸ガラスと接触させて、ホウケイ酸ガラスとの間の摩擦力を測定した。なお、摩擦係数の測定のための荷重は200g、引張速度は600mm/min、ロード距離は10cmの条件で測定した。装置は、ヘイドンtype14(新東科学(株)製)を使用した。
【0100】
【表1】
【0101】
表1の結果から、実施例の表面改質弾性体表面は、静摩擦係数、動摩擦係数が大きく下がり、良好な摺動性が得られることが明らかとなった。また、表面のみ改質したものであるため、シール性は、比較例1と同等であった。
【0102】
従って、注射器のプランジャーのガスケットに使用した場合、十分なシール性とともにプランジャーのシリンジに対する摩擦力が軽減され、注射器による処置を容易にかつ正確に行うことができる。また、静摩擦係数と動摩擦係数との差が少ないため、プランジャーの押し始めとその後のプランジャー進入動作とを脈動させることなく円滑に行うことができる。更に、注射器のシリンジを熱可塑性エラストマーで作製し、その内表面にポリマー鎖を生成させたときも、上記と同様に注射器による処方を容易に行うことができる。
【0103】
また、乗用車などに使用されるタイヤのトレッドに形成された溝、サイドウォール、ダイヤフラム、スキーやスノーボード板の滑走面、水泳水着、道路標識、看板などの表面にポリマー鎖を形成することで、前述の効果も期待できる。
【符号の説明】
【0104】
1 ガスケット
11a、11b、11c 環状突起部
13 底面部の表面
2 トレッド部
3a 中央縦溝
3b ショルダー縦溝
5 細溝
6 中間傾斜溝
7 継ぎ溝
8、8a、8b ショルダー横溝
図1
図2
図3