【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「基盤技術研究促進事業(民間基盤技術研究支援制度)/先進操縦システム等研究開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
操縦士による操縦桿やペダル等の操作手段の操作を電気的な信号に変換し、油圧サーボアクチュエーターに入力することにより、動翼の舵面を電気的に操舵するフライバイワイヤ方式の操縦システムにおいては、操縦士に認識させるべき事象として、ピッチ軸(Pitch axis)、ロール軸(Roll axis)及びヨー軸(Yaw axis)を中心として機体を操舵するための動翼の制御能力(以下、「制御能力」ともいう)が飽和した事象が掲げられる。フライバイワイヤ方式の場合、操作手段と動翼とが機械的に直接結合されていないため、操縦士が操作手段を限界まで操作しなくても、気づかない間に動翼が舵角限界(動作限界)に達していることがあるからである。
すなわち、一般的に、動翼の制御能力は、操縦士が操舵することによって飽和する場合と、操縦士の操舵を伴うことなく飽和する場合がある。前者の場合は、操縦士が航空機の能力を引き出すために意図的に行ったものであるから、制御能力が飽和したことを操縦士に改めて警報として知らせる必要性は薄いが、後者の場合は、動翼の制御能力が飽和していることを操縦士が気づかないため、その後の操縦によっては、操縦士が安定して機体をコントロールすることができない可能性があり、特に操縦士に対して警告する必要がある。
そこで本発明は、意図せずに動翼の制御能力が飽和していることを操縦士に知らせる警告システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、航空機の動翼の制御能力の飽和を警告する警告システムであって、動翼の制御能力が飽和している
ことを示す警告を発するか否かを判断する判断部と、動翼の制御能力が飽和している
ことを示す警告を発することを判断部が判断した場合に警告を発する警告部とを有し、判断部は、動翼の操作手段による動翼の制御目標位置が動翼の動作限界を示す第1基準位置より大きく、かつ、操作手段の現在位置が操作手段の操作限界を示す第2基準位置より小さい場合に、動翼の制御能力が飽和している
ことを示す警告を発すること
を判断
し、操作手段の現在位置が第2基準位置以上の場合には、警告を発しないことを判断することを特徴とする。
【0006】
本発明において、第1基準位置を、動翼の動作限界値の近傍にすることができるし、また、第2基準位置を、操作手段の操作限界値の近傍にすることができる。
【0007】
本発明において、操作手段として、航空機のコックピットに設けられた操縦桿を適用し、動翼として、航空機の尾翼に設けられ操縦桿によって操作される一対のエレベータを適用できる。
また、操作手段として、航空機のコックピットに設けられたペダルを適用し、動翼として、垂直尾翼に設けられペダルによって操作されるラダーを適用できる。
【0008】
本発明において、判断部は、制御目標位置が第1基準位置より小さい場合に、動翼の制御能力
が飽和して
いることを示す警告を発しないことを判断できる。
また、本発明において、警告部が警告を発したのち、操縦士の操作により、操作手段の現在位置が第2基準位置と同等になった場合であっても、警告部は警告を発し続けることができる。
【0009】
本発明は、以上説明した警告システムを備える航空機をも提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明にかかる警告システムは、操縦士の意図した操舵であるか否か(第2条件)をも判断材料として警告表示する、つまり意図しない操舵の場合にのみ警告を発するため、操縦士が気づかないうちに動翼が制限に達していることを操縦士に対して適切に警告することができる。したがって、本願発明によると、操縦士に対して航空機の安定した操舵を促すことが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、動翼の制御能力が飽和したことを操縦士に知らせる本発明の警告システムを、実施形態に基づいて説明する。
本実施形態に係る警告システム10は、
図1に示すように、航空機1の水平尾翼2に設けられる左右一対のエレベータ4,4及び垂直尾翼6に設けられるラダー8の制御能力が飽和したことを操縦士に警告するものである。
エレベータ4は、所定の舵角の範囲をアクチュエータ5により揺動する動翼であり、ピッチ軸(図示を省略)を中心にして航空機1の機首を上下に振る役割を果たす。また、ラダー8は、所定の舵角範囲をアクチュエータ9により揺動する動翼であり、ヨー軸(図示を省略)を中心にして航空機1の機首を左右に振る役割を果たす。なお、航空機1は、他にエルロンなどの動翼も備えている。
【0013】
警告システム10は、パイロットコントローラ20,フライトコントローラ30,アクチュエータコントローラ40およびディスプレイ50を有する。
パイロットコントローラ20は、エレベータ4,4またはラダー8に関し、操縦士による操作手段の操作に基づく操作指令信号(後述)等を、フライトコントローラ30またはアクチュエータコントローラ40に送信する。
フライトコントローラ30は、航空機1の各種指令情報(後述)をアクチュエータコントローラ40に発信するとともに、エレベータ4,4またはラダー8の制御能力が飽和したか否かを判断する機能を有する。
アクチュエータコントローラ40は、前記操作指令信号及び各種指令情報に基づいて、アクチュエータ5,9に動作指令信号を送信する。
ディスプレイ50は、フライトコントローラ30の判断結果に基づいて、エレベータ4,4又はラダー8の制御能力が飽和したことを表示する。
以下、
図2も参照して、各要素の内容を説明する。
【0014】
[操作手段]
航空機1のコックピットには、正操縦席,副操縦席の2つの操縦席が左右に並置され、各操縦席には、エレベータ4およびラダー8を操作する操作手段として、一対のエレベータ4を一括操作する1つの操縦桿(図示を省略,以下、「コラム」という)と、ラダー8を操作する左右一対のペダル(図示を省略)がそれぞれ設けられている。
正操縦士,副操縦士は、左右に備えられた各操縦席のコラムを操作することにより、エレベータ4を操作することができる。各操縦席のコラムは、それぞれ独立して操作可能である。
同様に、操縦士は、各操縦席に備えられた左右一対のペダルを操作することにより、左側ペダルの踏み込み量に対応した舵角だけラダー8を左側に、また、右側ペダルの踏み込み量に対応した舵角だけラダー8を右側に操作することができる。なお、各操縦席のペダルは、独立して操作不可能であり、例えば、正操縦士がペダルを使用中は、副操縦士はペダルを使用できない。
【0015】
左右の各コラムにはコラム位置検出センサ(図示を省略)がそれぞれ設けられ、コラム位置検出センサは、エレベータ4,4の操作に係るコラムの現在位置を検出する。また、ペダルについては、副操縦席のペダルにペダル位置検出センサ(図示を省略)が設けられ、ペダル位置検出センサは、ラダー8の操作に係る左側ペダルまたは右側ペダルの現在位置(ペダルの踏み込み位置)を検出する。
なお、以下、コラムの現在位置を「Column Position」とも表記し、左右のコラムの現在位置を分けて記載する場合は、それぞれ「L-Column,」「R-Column」と表記する。また、左右のペダルの現在位置はまとめて「Pedal Position」または「Pedal」とも表記する。
【0016】
[パイロットコントローラ20]
パイロットコントローラ20は、左右の各コラムの現在位置、及び、ペダルの現在位置を、上述のコラム位置検出センサ,ペダル位置検出センサから取得する。そして、取得した各コラム及びペダルの現在位置を、フライトコントローラ30に送信する。
【0017】
また、パイロットコントローラ20は、操縦士による操作手段の操作、すなわち、左右の各コラム及びペダルの操作の向き及び操作量に基づいて、エレベータ4の動作のための操作指令信号,ラダー8の動作のための操作指令信号を生成する。操作指令信号とは、エレベータ4,4及びラダー8を動作して制御する目標位置を特定する信号である(以下、「制御目標位置」ともいう)。パイロットコントローラ20は、生成した操作指令信号を、フライトコントローラ30およびアクチュエータコントローラ40に送信する。
なお、以下、エレベータ4,4に対するコラムの操作指令信号を「Elevator Command」とも表記し、左右のコラムに分けて区別する場合は、それぞれ「L-Elev cmd」「R-Elev cmd」と表記する(
図2)。また、ラダー8に対するペダルの操作指令信号は「Pedal Command」または「Rud cmd」とも表記する(
図2)。
【0018】
[フライトコントローラ30]
フライトコントローラ30は、パイロットコントローラ20から、左右のコラムの現在位置(Column Position),ペダルの現在位置(Pedal Position)および操作指令信号(Elevator Command, Ruder Command)を取得する。フライトコントローラ30は、取得した上記情報およびエレベータ4,ラダー8の動作限界を規定するリミット値(後述)を用いて、エレベータ4,4またはラダー8の制御能力の飽和について警告を行なうか否かの判断を行う。フライトコントローラ30は、この判断を行うため判断部31(後述)を備えている。
【0019】
[アクチュエータコントローラ40]
アクチュエータコントローラ40は、パイロットコントローラ20から取得した操作指令信号(Elevator Command,Ruder Command)に基づいて、アクチュエータ5,9に必要な動作をさせるための動作指令信号を生成し、アクチュエータ5,9に送信する。この際、アクチュエータコントローラ40は、操作指令情報(Elevator Command及びRuder Command)により特定される数値がリミッタ41で規定されるリミット値を超えていれば、このリミット値(規定値)を動作指令信号としてアクチュエータ5,9に送信する。
【0020】
リミッタ41で規定されるリミット値は、Elevator Command及びRuder Commandの各々について設定されている。
Elevator Commandに対するリミット値は、エレベータ4,4の動作範囲の中立位置を原点として、上下の各動作方向のリミット値(以下、Rudder Commandに対するリミット値と合わせて「動作限界値」ともいう)がそれぞれ設定されている。上方向へのリミット値は正の数値が、下方向へのリミット値は負の数値が規定されている。なお、以下、エレベータ4,4に関する上下の各方向のリミット値(動作限界値)を「Elevator Upper Limiter」(または「Up lim」)、「Elevator Lower Limiter」(または「Lo lim」)とも表記する。
また、Ruder Commandに対するリミット値(動作限界値)は、ラダー8の動作範囲の中立位置を原点として、左右の動作方向についてのリミット値が設定される。本実施形態では、左右の制限値を正・負で区別するが、その絶対値は同じ値とし、この絶対値をリミット値とする。なお、以下、ラダー8に関するリミット値(動作限界値)を「Rudder Limiter」(または「lim」)とも表記する。
【0021】
例えば、エレベータ4,4の上下方向のリミット値(Up lim,Lo lim)をそれぞれ+10,−10とし、左側(副操縦席)のコラムによるエレベータ4,4への上方向への操作指令信号(L-Elev cmd)が+12,下方向への操作指令信号が−15であった場合、いずれの操作指令信号もリミット値を超えているため、アクチュエータ5に対する動作指令信号は、それぞれリミット値である+10,−10と制限される。
【0022】
リミッタ41のリミット値は、固定値にすることもできるし、可変にすることもできる。例えば、航空機1の航行速度を検知するフライトコントローラ30からの指令により、航空機1の航行速度にリンクしてリミッタ41の制限値を可変にすることができる。この場合、航行速度が速いほどリミッタ41のリミット値(絶対値)を小さくすることで、エレベータ4,4、ラダー8の破損を防ぐことができる。
また、ここでは、Elevator Command、Ruder Commandをそのままリミッタ41により制限処理を行っているが、事前にゲインを乗算する等の処理をした後にリミッタ41にかけることもできる。
【0023】
[ディスプレイ50]
ディスプレイ50は、航空機1のコックピット内の操縦士が視認できる位置に設けられる。ディスプレイ50は、フライトコントローラ30(判断部31)の判断結果に基づいて、エレベータ4またはラダー8の制御能力が飽和したことについて視覚的な表示を行う。なお、航空機1の飛行状態、飛行環境、CAS(Crew Alerting System)に基づくメッセージなど、他の表示を伴うこともできる。また、ディスプレイ50は、スピーカを一体的に備えることも可能であり、視覚的、聴覚的な2つの手段で操縦士に警告することができる。
【0024】
[判断部31]
次に、
図3に基づいて、エレベータ4,4またはラダー8の制御能力の飽和について警告を行なうか否かを判断する判断部31について説明する。
図3は、エレベータ4,4が中立位置を原点として上方向に移動(UP)する際の判断部31を主として示している。
【0025】
判断部31は、左右の各コラムの現在位置(L,R-Column),左右の各コラムによるエレベータ4,4の制御目標位置(L,R-Elev cmd)およびエレベータ4,4の上方向の動作限界に関する動作限界値(Up lim)を取得する。また、判断部31は、コラムの上方向への操作限界値(Co-U-Full)を記憶している。
まず、第1条件として、左右の各コラムについて、エレベータ4に対する制御目標位置(L,R-Elev cmd)が動作限界値(Up lim)(第1基準位置)より大きいか否かを判断する。左右の各コラムのいずれについても第1条件を満たさない場合(L,R-Elev cmdがUp lim以下である場合)は、エレベータ4の制御能力は飽和していないことになるため、警告は発しない。一方、いずれかのコラムについて、第1条件を満たしている場合(L,R-Elev cmdがUp limより大きい場合)は、続いて第2条件を判断する。
第2条件として、第1条件を満たしているコラムの現在位置(L,R-Column)が、当該コラムの操作限界値(Co-U-Full)(第2基準位置)より小さいか否かを判断する。第2条件を満たさない場合(L,R-ColumnがCo-U-Full以上である場合)は、操縦士の意図した操舵によりエレベータ4の制御能力が飽和していることとなるため、警告は発しない。一方、第2条件を満たしている場合(L,R-ColumnがCo-U-Fullより小さい場合)は、ディスプレイ50に対して警告メッセージを表示する。
このように、本発明にかかる警告システム10においては、操縦士の意図した操舵であるか否か(第2条件)をも判断材料として警告表示する(意図しない操舵の場合にのみ警告を発する)ため、操縦士が気づかないうちに舵面が舵角制限に達していることを操縦士に対して適切に警告することができ、操縦士に対して航空機の安定した操舵を促すことが可能となる。
【0026】
なお、第1条件において、エレベータ4の上方向の動作限界に関する動作限界値(Up lim)(第1基準位置)をそのまま比較の対象にするのではなく、所定の係数値を掛けた近傍値と比較することも好適である。この係数値は、0.8以上、1.0未満の範囲から選択され、好ましくは0.9以上、1.0未満の範囲から選択される。エレベータ4の制御能力が完全に飽和する前に警告を発生するためである。同様に、第2条件において、左側コラムの操作限界値(Co-U-Full)(第2基準位置)をそのまま比較の対象にするのではなく、所定の係数を掛けた近傍値と比較することが好適である。
【0027】
また、左右の各コラムについて、エレベータ4に対する制御目標位置(L,R-Elev cmd)が動作限界値(Up lim)より小さいことを判断する第3条件を設定するとともに、動作限界値(Up lim)に掛け合わせる係数値として、第1条件とは異なる値(第1条件の係数値とはわずかに小さい値)を掛けた近傍値を設定し、この第3条件を満たす場合に限り、警告を発しないこととしてもよい。
【0028】
また、一旦、ディスプレイ50が警告メッセージを表示(操縦士の意図しない操舵によって制御能力が飽和)した後に、操縦士の操作によって、コラムの現在位置がその操作限界値(第2基準位置)と同等になった場合は、第2条件を満たさないことになるが、ディスプレイ50には警告メッセージを発し続ける。安定した操舵を操縦士に対して継続して促すためである。
【0029】
また、第1条件と第2条件の判断順序は、上記と逆であってもよい。すなわち、第2条件を初めに判定し、その後、第2条件を満たす場合に限って、第1条件を判断してもよい。
【0030】
また、ディスプレイ50の表示は、左側コラム,右側コラムのいずれに起因する警告であるかを併せて表示させることもできる。操縦士は、以後の操縦に反映させることが容易となるためである。
【0031】
また、エレベータ4,4が中立位置を原点として上方向に動作する際の例を上述したが、エレベータ4が下方向に動作(DOWN)する際も、判断部31は上方向への動作と同様の判断ロジックを実行する。
また、ラダー8についても、エレベータ4の場合(
図3)と同様の判断ロジックを実行する。
【0032】
以上、本発明を実施形態に基づいて説明したが、本発明の主旨を逸脱しない限り、上記実施形態で挙げた構成を取捨選択したり、他の構成に適宜変更することが可能である。
例えば、ピッチ軸(エレベータ4)、ヨー軸(ラダー8)の各軸を中心とした機体の制御能力について判断することにしているが、本発明は、いずれか一方のみの制御能力について判断する場合に適用できる。また、主翼に設けられるエルロンなどの動翼を用いた、ロール軸についての制御能力についても、判断の対象とすることも可能である。