特許第6182723号(P6182723)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6182723ジェミニ型カチオン化剤および紅花染めカチオン化極細獣毛糸
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6182723
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】ジェミニ型カチオン化剤および紅花染めカチオン化極細獣毛糸
(51)【国際特許分類】
   C07C 213/04 20060101AFI20170814BHJP
   C07C 215/40 20060101ALI20170814BHJP
   D06P 3/14 20060101ALI20170814BHJP
   D06P 5/22 20060101ALI20170814BHJP
   D06P 5/00 20060101ALI20170814BHJP
   D06M 13/467 20060101ALI20170814BHJP
   D06M 13/152 20060101ALI20170814BHJP
   D06M 101/10 20060101ALN20170814BHJP
【FI】
   C07C213/04
   C07C215/40
   D06P3/14 D
   D06P5/22 F
   D06P5/00 103
   D06M13/467
   D06M13/152
   D06M101:10
【請求項の数】6
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-148073(P2013-148073)
(22)【出願日】2013年7月16日
(65)【公開番号】特開2015-20952(P2015-20952A)
(43)【公開日】2015年2月2日
【審査請求日】2016年7月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】593022021
【氏名又は名称】山形県
(74)【代理人】
【識別番号】100129159
【弁理士】
【氏名又は名称】黒沼 吉行
(72)【発明者】
【氏名】平田 充弘
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 健
【審査官】 前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−134080(JP,A)
【文献】 特開平11−279944(JP,A)
【文献】 特開2010−229146(JP,A)
【文献】 特開平08−144121(JP,A)
【文献】 特開昭60−009979(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 213/00
C07C 215/00
D06M 13/00
D06P 3/00
D06P 5/00
D06M 101/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
獣毛繊維を改質する獣毛繊維改質剤に使用され、下記式(I)で表される反応経路で得られる、ハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体の製造方法。
【化1】
〔RはC2〜15の飽和脂肪族炭化水素基、
はC1〜6の飽和脂肪族炭化水素基、
はC2〜9の飽和脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基を示す。
また、R、R、Rの炭素数は、炭素数(R)>炭素数(R)、および炭素数(R)>炭素数(R)である。
【請求項2】
獣毛繊維を常温吸尽染色により濃色に染色するために、獣毛繊維を改質する獣毛繊維改質剤であって、
少なくとも、請求項1に記載の製造方法で得られる、下記式(II)で表されるハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体を0.1〜10質量%含有することを特徴とする獣毛繊維の改質剤。
【化2】
〔RはC2〜15の飽和脂肪族炭化水素基、
はC1〜6の飽和脂肪族炭化水素基、
はC2〜9の飽和脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基を示す。
また、R、R、Rの炭素数は、炭素数(R)>炭素数(R)、および炭素数(R)>炭素数(R)である。
【請求項3】
請求項2に記載の獣毛繊維の改質剤を含有するpH10以上の水溶液を用い、平均繊維直径22.5μm以下で構成される極細獣毛糸を改質することを特徴とする、カチオン化極細獣毛糸の製造方法。
【請求項4】
前記極細絨毛糸は、番手開差率±が5%以内、且つ引張強さ保持率が70%以上であり、
前記極細獣毛糸の改質は、温度勾配をかけて60〜100℃まで昇温後、10〜60分間保持させる、請求項3に記載のカチオン化極細獣毛糸の製造方法。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の製造方法によって製造されたカチオン化極細獣毛糸を染色する工程を含み、当該染色は、カルタミンを吸尽させた後、タンニン酸を吸尽させる順序が特徴である、カチオン化極細獣毛糸の製造方法。
【請求項6】
前記染色により、測色計で求めた520nmの分光反射率から算出した表面染色濃度(K/S)が5以上、かつドライクリーニングに対する染色堅ろう度試験(JIS L 0860 A-1法)で、綿への汚染が3〜4級以上とする、請求項5に記載のカチオン化極細獣毛糸の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体とその製造方法、及びこれを用いて改質した極細獣毛糸とその製造方法、及びカルタミンで染色したカチオン化極細獣毛糸とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体は、1分子に親水基2個と疎水基2個をもつジェミニ型と称される構造をとり、ミセル形成能が高い界面活性剤として用いることができる。例えば、毛髪の損傷防止に効果があるコンディショニング剤が提案されている(例えば、特許文献1)。
【0003】
しかし、これまで長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体は、窒素原子の置換基が炭化水素基に限られていた。そのため、例えば、ハロヒドリン基と長鎖炭化水素基を窒素原子に結合させた第4級アンモニウム塩2量体の合成は課題とされていた。
【0004】
ハロヒドリン基をもつ第4級アンモニウム塩は、縮合反応によりエポキシ基が生成し、活性水素を含む化合物と付加反応を行うと共有結合を形成することが知られている。例えば、クロロメチルオキシラン基をもつ第4級アンモニウム塩2量体と綿を反応させて得られるカチオン化改質綿は、アニオン染料の吸尽量が増大する特徴をもつ糸として提案されている(例えば、特許文献2)。
【0005】
一方、獣毛はケラチン皮質のタンパク質で構成されており、アルカリ溶液に浸漬するとアミド結合[-NH-C(=O)-]やジスルフィド結合(―S―S―)が分解する可能性があることから、前記のハロヒドリン基をもつ第4級アンモニウム塩を用いるには課題があった。これまで、獣毛のカチオン化改質としては、ナイロン系ポリアミドとエピクロロヒドリンを反応させて得られるカチオン性樹脂による被覆が、高い防縮性をもつ方法として広く用いられている(例えば、非特許文献1)。
【0006】
しかしながら、前記のポリアミド―エピクロロヒドリン樹脂で被覆された獣毛繊維は、アニオン性染料の吸尽量が増大することによって、特に極細獣毛繊維において根元と毛先間でチッピーやスキッタリーと称される色差斑が発生するおそれがあった。こうした中、第4級アンモニウム塩2量体は色差斑の低減に効果があるとされており、例えば均染性の高い毛髪染料として提案されている(例えば、特許文献3)。
【0007】
下記式(III)で表されるカルタミンは紅花に含まれる色素であり、ブラジリンやアリザリンなど他の天然色素と異なり、明礬による媒染処理で効果がないとされている。これまで、紅花染め染色堅ろう度としては、例えば綿布に対し五倍子を用いた先媒染が提案されている(例えば、特許文献4)。
【化1】
【0008】
また、カルタミンは約50℃以上で分解するおそれがあることから、染色は一般に常温以下で行われるが、濃色物を得るには多浴染めが必要とされている。こうした中、簡便染色として、例えばカチオン化改質絹による1浴吸尽法が提案されている(例えば、特許文献5)。
【0009】
しかし、カチオン化極細獣毛糸によるカルタミンの染色は、媒染処理の効果が限られており、濃色化と染色堅ろう度を共に向上させることは課題とされていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2010―229146号公報
【特許文献2】特開2006―176888号公報
【特許文献3】特開2007―045836号公報
【特許文献4】特開平05―311582号公報
【特許文献5】特開昭61―225384号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Guise,G.B.;Smith,G.C. J.Appl.Polym.Sci.1985,30,4099−4111.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明はかかる状況に鑑みてなされたものであり、ハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体およびその製造方法を提供することを課題とする。また、長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体が結合した極細獣毛糸およびその製造方法を提供することを課題とする。加えて、ドライクリーニングの取扱いを可能とする濃色紅花染めカチオン化極細獣毛糸およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明では、前記課題の少なくとも何れかを解決するべく、ハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アミン2量体の製造方法として、下記式(I)で表される反応経路を用いることを特徴とする。
【化2】
〔RはC2〜15の飽和脂肪族炭化水素基、
はC1〜6の飽和脂肪族炭化水素基、
はC2〜9の飽和脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基を示す。〕
【0014】
即ち、上記式(I)において、第1級アミン(R―NH)と両末端ハロゲン化炭化水素化合物(X―R―X)の反応を、後述する特定の塩基、特定の有機溶媒を用いて行う。次に、上記反応にて得られる第2級アミン2量体と片末端ハロゲン化炭化水素化合物(R―X)の反応を、後述する特定の塩基、特定の有機溶媒を用いて行う。そして、上記反応にて得られる第3級アミン2量体にハロメチルオキシランの反応を塩化水素、特定の有機溶媒を用いて行う。
【0015】
飽和脂肪族炭化水素基をRにもつ第1級アミン(R―NH)としては、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、イソブチルアミン、ペンチルアミン、イソペンチルアミン、(2―メチルブチル)アミン、3,3―ジメチルブチルアミン、ヘキシルアミン、ヘプチルアミン、2―エチル―1―ヘキシルアミン、オクチルアミン、ノニルアミン、デシルアミン、ウンデシルアミン、ドデシルアミン、トリデシルアミン、テトラデシルアミン、ペンタデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミンが挙げられる。Rは疎水基としてC15以下が好ましく、より好ましくはC12以下である。C16以上では反応が十分に進行せず、収率が低下するおそれがある。
【0016】
飽和脂肪族炭化水素基または芳香族炭化水素基をRにもつ両末端ハロゲン化炭化水素化合物(X―R―X)としては、1,2―ジクロロエタン、1,2―ジブロモエタン、1,2―ヨードエタン、1,3―ジクロロプロパン、1,3―ジブロモプロパン、1,3―ジヨードプロパン、1,4―ジクロロブタン、1,4―ジブロモブタン、1,4―ジヨードブタン、1,5―ジクロロペンタン、1,5―ジブロモペンタン、1,5―ジヨードペンタン、1,6―ジクロロヘキサン、1,6―ジブロモヘキサン、1,6―ジヨードヘキサン、1,7―ジブロモヘプタン、1,8―ジクロロオクタン、1,8―ジブロモオクタン、1,8―ジヨードオクタン、1,9―ジブロモノナン、1,10―ジクロロデカン、1,10―ジブロモデカン、1,10―ジヨードデカン、1,11―ジブロモウンデカン、1,12―ジブロモドデカン、α,α'―ジブロモ―p―キシレンが挙げられる。RはC9以下が好ましく、より好ましくはC6以下である。C10以上では反応が十分に進行せず、収率が低下するおそれがある。
【0017】
飽和脂肪族炭化水素基をRにもつ片末端ハロゲン化炭化水素化合物(R―X)としては、クロロエタン、ブロモエタン、ヨードエタン、1―クロロプロパン、1―ブロモプロパン、1―ヨードプロパン、1―クロロブタン、1―ブロモブタン、1―ヨードブタン、1―クロロペンタン、1―ブロモペンタン、1―ヨードペンタン、1―クロロヘキサン、1―ブロモヘキサン、1―ヨードヘキサン、1―クロロヘプタン、1―ブロモヘプタン、1―ヨードヘプタン、1―クロロオクタン、1―ブロモオクタン、1―ヨードオクタン、1―クロロノナン、1―ブロモノナン、1―ヨードノナン、1―クロロデカン、1―ブロモデカン、1―ヨードデカン、1―ブロモウンデカン、1―ヨードウンデカン、1―ブロモドデカン、1―ヨードドデカンが挙げられる。RはC6以下が好ましく、より好ましくはC3以下である。C7以上では反応が十分に進行せず、収率が低下するおそれがある。
【0018】
上記式(I)に用いる特定の塩基には例えばトリエチルアミン、特定の有機溶媒としてはエタノールが挙げられる。反応温度は40〜80℃が好ましく、40℃未満では反応効率が低下し、収率が低下するおそれがある。反応時間は5時間以上が好ましく、5時間未満では目的とする化合物が十分に得られず、収率が低下するおそれがある。
【0019】
また本発明では前記課題の少なくとも何れかを解決するべく、前記の製造方法で得られる、下記式(II)のハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体を0.1〜10質量%含有することを特徴とする獣毛繊維の改質剤を提供する。
【化3】
〔RはC2〜15の飽和脂肪族炭化水素基、
はC1〜6の飽和脂肪族炭化水素基、
はC2〜9の飽和脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基を示す。〕
【0020】
かかる獣毛繊維の改質剤は、獣毛繊維を常温吸尽染色により濃色に染色するために、獣毛繊維を改質する獣毛繊維改質剤として使用することができる。なお、式(II)において、R、R、Rは上記式(I)の説明と同じである。
【0021】
また、本発明では前記課題の少なくとも何れかを解決するべく、カチオン化極細獣毛糸の製造方法として、前記式(II)で表される第4級アンモニウム塩2量体を含むpH10以上の水溶液を用い、平均繊維直径23μm以下の極細獣毛糸の改質を行うことを特徴とするカチオン化極細獣毛糸の製造方法を提供する。
即ち、第4級アンモニウム塩2量体を特定の緩衝液に溶解した後、極細獣毛糸を加えて所定温度に昇温後、所定時間、反応を行う。
【0022】
前記ハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体において、R、R、Rの炭素数は、炭素数(R)>炭素数(R)および炭素数(R)>炭素数(R)の関係が好ましい。炭素数(R)<炭素数(R)または炭素数(R)<炭素数(R)となるR、R、Rをもつハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体は、化学反応によって獣毛糸が大きく損傷するおそれがある。
また、ハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体の使用量は0.1g/L以上であり、好ましくは1g/L以上である。0.1g/Lより小さい場合、ハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体が獣毛と十分に反応せず、染色によって濃色物が得られないおそれがある。
【0023】
前記、特定の緩衝液としては、例えば水酸化ナトリウムと炭酸水素ナトリウムを混合させた水溶液が挙げられる。
また、pHは10〜13が好ましく、より好ましくは10〜12である。水溶液のpHが13をこえると、化学反応によって獣毛が大きく損傷し、引張り強さが低下するおそれがある。
また、水溶液のpHが10より小さいと、反応が十分に進まず、染色糸の表面染色濃度が低下するおそれがある。
【0024】
前記、平均繊維直径22.5μm以下の獣毛として、品種は羊毛、カシミヤ、モヘア、アルパカ毛、アンゴラ(アンゴラヤギの毛、アンゴラウサギの毛を含む)、キャメル毛、ビキューナが挙げられる。また、それらを混合して使用することも可能である。獣毛糸としては、スライバー、紡績糸が挙げられるが、製織または編成した布帛を用いることも可能である。
獣毛の平均繊維直径は15.5〜22.5μmが好ましい。直径が15.5μmより小さいと、化学反応によって獣毛が損傷し、引張り強さが低下するおそれがある。
紡績糸の上撚数は、SまたはT方向に100〜1000回/mが好ましい。100/回より小さいと改質糸の引張り強さが低下するおそれがある。
【0025】
反応は温度勾配をかけて60〜100℃まで昇温後、10〜60分間、保持させるのが好ましく、より好ましくは80〜100℃まで昇温後、20〜50分間、保持させるのが好ましい。60℃より低い温度または反応時間が10分より短いと、ハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体が獣毛と十分に反応せず、染色により濃色物が得られないおそれがある。
【0026】
また、本発明では前記課題の少なくとも何れかを解決するべく、前記の製造方法で得られる改質獣毛糸であって、番手開差率が±5%以内、且つ引張強さ保持率が70%以上の改質獣毛糸を提供する。
【0027】
上記の番手変動率は、JIS L 1095に基づき、以下の式(IV)により算出することができる。
【数1】
【0028】
上記の引張強さ保持率は、例えば、以下の式(V)より算出することができる。
【数2】
【0029】
また、原糸の引張り強さ、改質獣毛糸の引張り強さは、JIS L 1095に基づいて求めることができる。
【0030】
また、本発明では前記課題の少なくとも何れかを解決するべく、紅花染めカチオン化極細獣毛糸の製造方法として、前記のカチオン化極細獣毛糸を用い、カルタミンを吸尽後、タンニン酸を吸尽させることを特徴とする。
カチオン化極細獣毛糸に対して、カルタミンを吸尽後にタンニン酸を吸尽させることにより、タンニン酸の吸尽後にカルタミンを吸尽させた場合に比べ、その後の紅花の吸尽量を向上させることができ、更に染色堅牢度も高めることができる。
【0031】
前記において、カルタミンは紅花花弁中に含まれる赤色の色素であり、乱花や紅餅などの紅花花弁の加工品から抽出することで得られる。
カルタミン水溶液の濃度は、1〜100mg/Lが好ましく、より好ましくは20〜80mg/Lである。1mg/Lより小さい場合、カルタミンが獣毛へ十分に染着されないおそれがある。
カルタミン水溶液のpHは、5〜7が好ましく、より好ましくは5〜6である。pHが7を超えると獣毛への染着が大きく低下するおそれがある。
カルタミン水溶液の温度は、5〜50℃が好ましく、より好ましくは25〜40℃である。50℃を超えると、カルタミンが分解して退色してしまうおそれがある。
【0032】
前記において、タンニン酸溶液の濃度は1〜50g/Lが好ましく、より好ましくは5〜20g/Lである。1g/Lより小さいと、ドライクリーニングに対する染色堅ろう度に十分な効果が得られないおそれがある。
【0033】
また本発明では前記課題の少なくとも何れかを解決するべく、前記の製造方法で得られる、測色計による520nmの分光反射率から求めた表面染色濃度(K/S)が5以上、かつドライクリーニングに対する染色堅ろう度試験(JIS L 0860 A-1法)によって、綿への汚染3〜4級以上を特徴とする染色物を提供する。
【0034】
上記において、測色計による520nmの分光反射率から求めた表面染色濃度(K/S)は、Kubelka-Munkの下記式(VI)で求めることができる。
【数3】
〔Kは吸収係数、Sは散乱係数、Rは分光反射率を示す。〕
【0035】
前記、ドライクリーニングに対する染色堅ろう度試験(JIS L 0860 A-1法)において綿への汚染は、例えば、視感法により汚染用グレースケールと比較し等級の判定を行うことができる。
【発明の効果】
【0036】
本発明のハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体によるカチオン化剤は、常温ではカチオン化剤の長鎖炭化水素基が獣毛のアルカリ損傷に対する保護として働く。一方、60℃以上ではカチオン化剤のハロヒドリン基が縮合して生成したエポキシ基と獣毛のチロシン部位のフェノール性水酸基などが付加反応し、共役結合により第4級アンモニウム塩がケラチン側鎖に導入される。
このため、本発明の方法、改質剤を使用することにより、22.5μm以下の獣毛でも、風合いの保持や染色による色差の低減に効果が発揮される。
さらに、カチオン化極細獣毛糸は、タンニン酸と組み合わせて紅花の常温染色を行うことで、濃色化と高染色堅ろう度が共に達成される効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、実施例により本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0038】
下記式(VII)に表される化合物を下記の方法で合成した。
【化4】
【0039】
ガラス製ナス型フラスコに関東化学(株)製ジブロモヘキサン1.0mL(6.5mmol)、関東化学(株)製トリエチルアミン2.0(14mmol)、東京化成工業(株)製デシルアミン2.9mL(14mmol)、昭和化学(株)製エタノール40mL加え、60℃にて72時間、撹拌を行った。溶媒を留去後、関東化学(株)製ジエチルエーテルを用い洗浄を行い、真空乾燥を行うことでN,N-ジデシルヘキサン-1,6-ジアミン2.7g(0.9mmol)を得た(収率99%)。
ガラス製ナス型フラスコにN,N-ジデシルヘキサン-1,6-ジアミン2.7g(0.9mmol)、関東化学(株)製トリエチルアミン2.1mL(14mmol)、関東化学(株)製ヨードメタン1.4mL(14mmol)、昭和化学(株)製エタノール40mLを加え、60℃にて20時間、撹拌を行った。溶媒を留去後、関東化学(株)製ジエチルエーテルを用い洗浄を行い、真空乾燥によりN,N-ジデシル-N,N-ジメチルヘキサン-1,6-ジアミン4.0g(9.4mmol)を得た(収率99%)。
ガラス製ナス型フラスコにN,N-ジデシル-N,N-ジメチルヘキサン-1,6-ジアミン4.0g(9.4mmol)、関東化学(株)製塩酸(35―37%)1.9mL(19mmol)、関東化学(株)製エピクロロヒドリン1.5mL(19mmol)、昭和化学(株)製エタノール60mLを加え、60℃、20時間撹拌を行った。溶媒を留去後、関東化学(株)製ジエチルエーテルを用い洗浄を行い、真空乾燥によりN,N-ビス(3-クロロ-2-ヒドロキシプロピル)-N,N-ジデシル-N,N-ジメチルヘキサン-1,6-ジアミニウムクロリド4.2g(6.1mmol)を得た(収率63%)。
【0040】
上記式(VII)で表される化合物のH NMRスペクトルの帰属を以下に示す。
H NMR(620MHz,CDCl,δ,ppm)
0.89[t,C-]
1.26-1.45[br,-C-]
3.24[br,N-C-]
3.58[d,-C-Cl]
4.92[s,-C(OH)-]
【0041】
上記式(VII)で表される化合物の13C NMRスペクトルの帰属を以下に示す。
13C NMR(155MHz,CDCl,δ,ppm)
8.3-9.1[-]
29.1[--]
46.2[N--]
56.0[--Cl]
69.4[-H(OH)-]
【0042】
上記式(VII)で表される化合物のH NMRおよび13C NMRスペクトルの帰属は、測定器に日本電子(株)製JNM A620、溶媒にACROS ORGANICS製0.03vol%テトラメチルシランを含む重クロロホルム(CDCl)を用い、常温で測定して求めた。
【0043】
また、上記式(VII)の化合物について、第1級アミン(R―NH)、両末端ハロゲン化炭化水素化合物(X―R―X)、片末端ハロゲン化炭化水素化合物(R―X)の種類を変えて合成した結果を表1に示す。
【0044】
【表1】
1) ジエチルエーテル不溶部から算出。
2) 示差走査熱重量(DSC)測定により決定。
3) 関東化学(株)製
4) 東京化成工業(株)製
【0045】
表1の合成化合物の構造式は、No.1が式(VIII)、No.2が式(IX)、No.4が式(X)、No.5が式(XI)、No.6が式(XII)、No.7が式(XIII)、No.8が式(XIV)、No.9が式(XV)に示す通りである。
【化5】
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
【化10】
【化11】
【化12】
【0046】
上記のDSC測定は、測定器に(株)パーキンエルマー製DSC8500を用い、窒素雰囲気下、温度領域―50℃から150℃、昇温冷却速度10℃/分にて測定を行い、融点は2回目の冷却過程から決定した。
【0047】
表1において、No.1は第1級アミン(R―NH)にブチルアミン、No.2―5はデシルアミン、No.6,7はヘキサデシルアミン、No.8はオクタデシルアミン、No.9はメチルアミンを用いて反応を行った結果を示しており、No.3は実施例1、No.9は比較例に相当する。
また、No.2〜5は、両末端ハロゲン化炭化水素化合物(X―R―X)を、No.2はジブロモエタン、No.3,4はジブロモヘキサン、No.5はα,α'-ジブロモ-p-キシレンを用いて反応を行った結果である。
【0048】
表1において、No.6〜8はRがC16以上の第1級アミン(R―NH)を用いたため、収率が51〜56%に低下している。No.4はRがC7以上の片末端ハロゲン化炭化水素化合物(R―X)を用いたため、収率が12%に低下している。
【実施例2】
【0049】
カチオン化極細獣毛紡績糸は以下の方法で作製した。
【0050】
ステンレス製ビーカーにN,N-ビス(3-クロロ-2-ヒドロキシプロピル)-N,N-ジデシル-N,N-ジメチルヘキサン-1,6-ジアミニウムクロリド2.9g(4.5mmol)、関東化学(株)製水酸化ナトリウム2.6g、関東化学(株)製炭酸水素ナトリウム4.0g、水を加えて全量を200mLとし、ここに(株)ヒラシオ製2/48梳毛糸(平均繊維直径15.5μm)2.0gを投入し、マチス製染色試験機Labomat BFA-8を用いて、80℃にて、40分間、加工後、洗浄、乾燥を行い、加工糸2.0gを得た(番手開差率-0.8%、引張強さ保持率79.3%)。
【0051】
上記の番手開差率は、(株)島津製作所製繰返機(枠周1m)を用いて50mあたりの重量から求めた番手から算出した。
【0052】
上記の引張強さ保持率は、(株)オリエンテック製テンシロン環境可変型材料試験機UTM-4-100にて、つかみ間隔200mm、引張速度200mm/分で10回試験の平均から求めた引張強さから算出した。
【0053】
また、カチオン化剤としてハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体を用いて、2/48梳毛糸(平均繊維直径15.5μm)の改質を行い、カチオン化極細獣毛糸を作成した結果を表2に示す。
【0054】
【表2】
【0055】
表2で用いたカチオン化剤は、実施例2であるNo.1は表1のNo.2、No.2は表1のNo.3、比較例1であるNo.3は表1のNo.4、比較例2であるNo.4は表1のNo.7、比較例3であるNo.4は表1のNo.9に一致する。
【0056】
表2において、No.1、2は番手開差率が±5%以内、引張強さ保持率が70%以上である。一方、比較例であるNo.3、4、5は、番手開差率が±5%を超え、引張強さ保持率が70%未満となっている。
【実施例3】
【0057】
紅花染めカチオン化極細獣毛糸は以下の方法で作製した。
【0058】
ガラス製トールビーカーにpH5.5に調整した43mg/Lカルタミン水溶液200mLを加え、ここにカチオン化極細獣毛糸2.0g(実施例2)を投入し、東京理科器械(株)製恒温振盪槽にて40℃、50分間浸漬した。5mL/L酢酸水溶液にて中和、水洗後、自然乾燥した。
乾燥後、ガラス製トールビーカーにナカライテスク(株)製タンニン酸5g/L水溶液200mLを加え、ここに上記の糸を投入し、東京理科器械(株)製恒温振盪槽にて40℃、20分間浸漬した。5mL/L酢酸水溶液にて中和、水洗後、自然乾燥した。
染色糸の表面染色濃度(K/S)520nmは6.4、ドライクリーニングによる綿布への汚染は3―4級であった。
【0059】
上記において、カルタミン水溶液は、常法にて紅餅を水洗、アルカリ溶出、中和し、脱脂綿に吸着させた赤色色素を再度、水洗、アリカリ溶出、中和を行うことで得た。染色液の濃度は、紫外可視分光高度計で求めた520nmの吸光度を高純度カルタミンによる検量線に代入して算出した。
【0060】
上記において、表面染色濃度(K/S)520nmは、X-Rite製SP88を用いて測色した染色糸の520nmの分光反射率から算出した。
【0061】
また、上記の紅花染めカチオン化極細獣毛糸において、カチオン化剤にN,N-ビス(3-クロロ-2-ヒドロキシプロピル)-N,N-ジデシル-N,N-ジメチルヘキサン-1,6-ジアミニウムクロリドを用い、平均繊維直径の異なる2/48梳毛糸を改質して、紅花染めを行った結果を表3に示す。
【0062】
【表3】
1) カチオン化剤:N,N-ビス(3-クロロ-2-ヒドロキシプロピル)-N,N-ジヘキサデシル-N,N-ジメチルヘキサン-1,6-ジアミニウムクロリド
2) タンニン処理前後による色差。
3) JIS 0860 A-1法
4) カチオン化剤:N,N-ビス(3-クロロ-2-ヒドロキシプロピル)-N, N,N,N-テトラメチルヘキサン-1,6-ジアミニウムクロリド
【0063】
表3に用いた梳毛糸の平均繊維直径は、No.1が15.5μm、No.2が17.5μm、No.3、4が20.5μmである。No.1〜3のいずれにおいても、表面染色濃度(K/S)520nmが5以上であるが、比較例No.4は5未満である。また、タンニン酸処理した梳毛糸のドライクリーニングに対する染色堅ろう度は、綿への汚染がいずれも3―4級以上である。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明のハロヒドリン基と長鎖炭化水素基をもつ第4級アンモニウム塩2量体を用いることで、風合いが保持されたカチオン化極細獣毛繊維を提供できる。また、この繊維をタンニン酸と組み合わせて紅花色素で染色を行うと、濃色でかつ染色堅ろう度の高い染色物を提供できる。染色物は、色彩に優れた織物、ニット、絨毯など、付加価値の高い繊維工業製品として利用できる。