特許第6182728号(P6182728)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人名古屋大学の特許一覧

特許6182728幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法
<>
  • 特許6182728-幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法 図000002
  • 特許6182728-幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法 図000003
  • 特許6182728-幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法 図000004
  • 特許6182728-幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法 図000005
  • 特許6182728-幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法 図000006
  • 特許6182728-幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法 図000007
  • 特許6182728-幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法 図000008
  • 特許6182728-幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法 図000009
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6182728
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】幹細胞を標的とした薬効及び毒性の評価法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/15 20060101AFI20170814BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20170814BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20170814BHJP
【FI】
   G01N33/15 Z
   G01N33/53 D
   G01N33/50 Z
【請求項の数】8
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-131956(P2013-131956)
(22)【出願日】2013年6月24日
(65)【公開番号】特開2014-112073(P2014-112073A)
(43)【公開日】2014年6月19日
【審査請求日】2016年4月5日
(31)【優先権主張番号】特願2012-243119(P2012-243119)
(32)【優先日】2012年11月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114362
【弁理士】
【氏名又は名称】萩野 幹治
(72)【発明者】
【氏名】飯田 真智子
(72)【発明者】
【氏名】加藤 昌志
【審査官】 西浦 昌哉
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−115131(JP,A)
【文献】 特開2011−001326(JP,A)
【文献】 特表2009−530365(JP,A)
【文献】 特開平06−107542(JP,A)
【文献】 特開2001−343383(JP,A)
【文献】 特開2004−340921(JP,A)
【文献】 特開2012−189602(JP,A)
【文献】 特表2011−512146(JP,A)
【文献】 特表2007−518827(JP,A)
【文献】 特開2009−029710(JP,A)
【文献】 TREMPUS,C.S. et al.,Enrichment for Living Murine Keratinocytes from the Hair Follicle Bulge with the Cell Surface Marker CD34,JOURNAL OF INVESTIGATIVE DERMATOLOGY,The Society for Investigative Dermatology, Inc.,2003年 4月,Vol.120/No.4,pp.501-511
【文献】 LIU,Y. et al.,Keratin 15 Promoter Targets Putative Epithelial Stem Cells in the Hair Follicle Bulge,JOURNAL OF INVESTIGATIVE DERMATOLOGY,The Society for Investigative Dermatology, Inc.,2003年11月,Vol.201/No.5,pp.963-968
【文献】 MORRIS,R. et al.,Capturing and profiling adult hair follicle stem cells,nature biotechnology,Nature Publishing Group,2004年 3月14日,Vol.22,pp.411-417
【文献】 BLANPAIN,C., et al.,Self-Renewal, Multipotency, and the Existence of Two Cell Populations within an Epithelial Stem Cell Niche,Cell,2004年 9月 3日,Vol.118,pp.635-648
【文献】 DIMRI,G.P. et al,A biomarker that identifies senescent human cells in culture and in aging skin in vivo,Proc. Natl. Acad. Sci. USA,米国,National Academy of Sciences,1995年 9月,Vol.92,pp.9363-9367
【文献】 TYNER,S.D. et al.,p53 mutant mice that display early ageing-associated phenotypes,nature,Macmillan Magazines Ltd,2002年 1月 3日,Vol.415,pp.45-53
【文献】 KRISHNAMURTHY,J. et al.,Ink4a/Arf expression is a biomarker of aging,Journal of Clinical Investigation,American society for clinical investigation,2004年11月,Vol.114,pp.1299-1307
【文献】 ITO,M. et al.,Wnt-dependent de novo hair follicle regeneration in adult mouse skin after wounding,nature,Nature Publishing Group,2007年 5月17日,Vol.477,pp.316-320
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00−33/46
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーSenescence-associated beta-galactosidase (SA-β-gal)、p53又はp16、の発現又は活性を指標とした、脱毛又は白髪に対する薬効の評価法。
【請求項2】
以下のステップ:
(1)複数匹の同種同系非ヒト哺乳動物を用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(2)試験群に対して被験物質を投与するステップ;
(3)ステップ(2)後の試験群と、被験物質を投与しないこと以外は試験群と同様の処置を施した対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーSenescence-associated beta-galactosidase (SA-β-gal)、p53又はp16、の発現又は活性を検出するステップ;及び
(4)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群において前記老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の有効性の指標となるステップ;
を含む、請求項1に記載の評価法。
【請求項3】
以下のステップ:
(i)生体から採取された毛根組織又はヒト若しくは非ヒト哺乳動物皮膚3次元モデルを用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(ii)試験群を被験物質の存在下で培養するステップ;
(iii)ステップ(ii)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーSenescence-associated beta-galactosidase (SA-β-gal)、p53又はp16、の発現又は活性を検出するステップ;及び
(iv)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群において前記老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の有効性の指標となるステップ;
を含む、請求項1に記載の評価法。
【請求項4】
以下のステップ:
(a)HaCaT細胞を用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(b)試験群を被験物質の存在下で培養するステップ;
(c)ステップ(b)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、前記HaCaT細胞での老化関連マーカーSenescence-associated beta-galactosidase (SA-β-gal)、p53又はp16、の発現又は活性を検出するステップ;及び
(d)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群において前記老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の有効性の指標となるステップ;
を含む、脱毛又は白髪に対する薬効の評価法。
【請求項5】
以下のステップ:
(A)HaCaT細胞を用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(B)老化を誘導する条件下且つ被験物質の存在下で試験群を培養するステップ;
(C)ステップ(B)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、前記HaCaT細胞での老化関連マーカーSenescence-associated beta-galactosidase (SA-β-gal)、p53又はp16、の発現又は活性を検出するステップ;及び
(D)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群と対照群の間で前記老化関連マーカーの発現又は活性に相違を認めることが被験物質の有効性の指標となるステップ;
を含む、脱毛又は白髪に対する薬効の評価法。
【請求項6】
以下のステップ:
(a)HaCaT細胞を用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(b)試験群を被験物質の存在下で培養するステップ;
(c)ステップ(b)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、前記HaCaT細胞での老化関連マーカーエンドセリンの発現又は活性を検出するステップ;及び
(d)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、対照群よりも試験群の方がエンドセリンの値が高い場合に、被験物質が薬効を示すと判定するステップ;
を含む、脱毛又は白髪に対する薬効の評価法。
【請求項7】
以下のステップ:
(A)HaCaT細胞を用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(B)老化を誘導する条件下且つ被験物質の存在下で試験群を培養するステップ;
(C)ステップ(B)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、前記HaCaT細胞での老化関連マーカーエンドセリンの発現又は活性を検出するステップ;及び
(D)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、対照群よりも試験群の方がエンドセリンの値が高い場合に、被験物質が薬効を示すと判定するステップ;
を含む、脱毛又は白髪に対する薬効の評価法。
【請求項8】
以下のステップ:
(5)請求項1〜7のいずれか一項に記載の評価法によって有効性を示した被験物質を有効な物質として選抜するステップ、
を含む、脱毛又は白髪の予防又は治療に有効な物質のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は評価法及びその用途に関する。詳しくは、毛髪又は皮膚に対する薬効又は皮膚毒性の評価法及びそれを利用したスクリーニング技術に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢とともに頭髪では脱毛(薄毛)・白髪化が進行する。また、皮膚では、角化異常や表皮の肥厚化を伴う肌荒れ、しわ、たるみ(ハリの低下)が見られるようになる。これらの加齢に伴う変化を遅らせることができれば、より若々しく活動的な生活を送ることができると考えられる。頭髪および皮膚は人々の社会生活におけるアイデンティティとしての役割が高く、アンチエイジングに関わる市場の中でも、頭髪およびスキンケアに関するものが占める割合は非常に大きい。また、ストレス社会による薄毛人口の増加、高齢化の進行、消費者のアンチエイジング志向の高まりなどから、その市場の安定が見込まれている。しかしながら、これらの加齢性の変化を予防・治療する科学的根拠のある薬剤は多くは存在しないのが現状である。
【0003】
画期的な薬剤が存在しないのは、加齢性の変化に対する薬剤(アンチエイジング剤)のスクリーニング方法に問題があるためと考えられる。これまでに、脱毛や白髪の発症に関わる原因遺伝子が多数報告されてきたが、それらの多くが、遺伝子改変したモデルマウスを用いて解析されたものである(例えば、非特許文献1を参照)。それらのマウスは短命であったり、わずか3週齢で全身が白髪に覆われる若白髪のモデルであったりと、加齢性に緩やかに変化する原因に基づくモデルとは言えない。それゆえに、加齢性に進行する変化に注目した評価方法がこれまでに存在せず、脱毛や白髪に対する画期的な予防・治療剤は見出されていない。また、逆に、加齢性変化を誘導する薬物の毒性評価技術も確立されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nishimura EK et al., Mechanisms of hair graying: Incomplete melanocyte stem cell maintenance in the niche. Science 2005: 307: 720-723.
【非特許文献2】Ho AD, et al., Stem cells and ageing. The potential of stem cells to overcome age-related deteriorations of the body in regenerative medicine. EMBO Rep 2005: 6: 35-38.
【非特許文献3】Hayflick L, Moorhead PS. Serial Cultivation of Human Diploid Cell Strains. Exp Cell Res 1961;25:585-621.
【非特許文献4】Toussaint O et al., Stress-induced premature senescence or stress-induced senescence-like phenotype: One in vivo reality, two possible definitions? Sci World J 2002;2:230-247.
【非特許文献5】Baker, D. J. et al. Clearance of p16Ink4a-positive senescent cells delays ageing-associated disorders. Nature 2011: 479: 232-236.
【非特許文献6】Nishimura EK et al.Dominant role of the niche in melanocyte stem-cell fate determination. Nature 2002: 16: 854-860.
【非特許文献7】Rabbani P et al., Cell 145, 941-955, 2011
【非特許文献8】Tanimura S, et al., Cell Stem Cell 8, 177-187 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、白髪や脱毛又は皮膚老化(皮膚エイジング)に対して有効な物質のスクリーニングに有用な評価法、及びその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
再生能の高い組織にはそれぞれの幹細胞が存在する。再生能の高い組織でみられる加齢性の疾患の原因として幹細胞の老化が注目されている(例えば非特許文献2を参照)。細胞老化とは、加齢に伴い分裂能を使い切ったことにより細胞が寿命に達した状態をさす(非特許文献3)。あるいは、紫外線や酸化ストレスの曝露により誘導される、細胞活性が低下した状態である(非特許文献4)。また、幹細胞の老化によって、それ自体の数及び性質の変化が生じる事に加え、周囲の細胞の生存や性質も影響を受けることが報告されている(非特許文献5)。
【0007】
毛根では、毛髪細胞の細胞供給源である毛根ケラチノサイト幹細胞と、毛色をつくるメラノサイトの供給源である毛根メラノサイト幹細胞が毛根上部のバルジ領域に存在する(非特許文献6)。
【0008】
上記課題に鑑み研究を進める中で本発明者らは、毛根ケラチノサイト幹細胞に注目した。これまでに、加齢性に進行する脱毛及び白髪化と毛根ケラチノサイト幹細胞の老化との関連を示した報告はない。細胞老化は、加齢と共に緩やかに進行する変化である。もしも、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化と脱毛・白髪化或いは皮膚老化(皮膚エイジング)との間に関連性があれば、毛根ケラチノサイト幹細胞は、加齢性の変化に基づく脱毛や白髪或いは皮膚エイジングの画期的な予防・治療剤の有望なスクリーニング標的となる。同時に、毛根や皮膚の加齢を促進してしまう物質の毒性評価の指標ともなる。毛根ケラチノサイトの老化をこのような視点で各種実験を行った結果、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化により、脱毛及び白髪が促進することが明らかになった。また、毛根ケラチノサイト幹細胞が老化している部分では、脱毛・白髪だけでなく、角質層の重層および錯角化等の角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)が生じている事が明らかになった。このように、検討を重ねた結果、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化が脱毛及び白髪或いは皮膚エイジングの指標として有効であることが判明した。換言すれば、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化を指標にすれば脱毛及び白髪或いは皮膚エイジングの予防・治療剤のスクリーニングに利用できる評価系を構築できることを見出した。ここで、皮膚エイジングは皮膚の劣化ないし健康状態の損失と捉えることができ、皮膚エイジングを促進する物質は皮膚に対して毒性を示すといえる。従って、皮膚エイジングに対する効果を評価可能である上記評価系は、皮膚に対する毒性の評価にも利用できる。つまり、上記評価系は、皮膚毒性の評価手段としても有用であるといえる。一方、スクリーニング効率の向上や信頼性の高いスクリーニングの実現を目指して更に検討を進めた結果、有用且つ重要な知見が得られ、皮膚ケラチノサイトを用いたin vitro評価系の創出にも成功した。
下記の発明は、以上の成果及び考察に基づく。
[1]毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を指標とした、毛髪又は皮膚に対する薬効又は皮膚毒性の評価法。
[2]老化関連マーカーがSenescence-associated beta-galactosidase (SA-β-gal)、、p53、p16、p21、p15、p18、p19及び/又はp27である、[1]に記載の評価法。
[3]毛髪又は皮膚に対する薬効が、脱毛、白髪、又は角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れに対する予防又は治療効果である、[1]又は[2]に記載の評価法。
[4]以下のステップ:
(1)複数匹の同種同系非ヒト哺乳動物を用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(2)試験群に対して被験物質を投与するステップ;
(3)ステップ(2)後の試験群と、被験物質を投与しないこと以外は試験群と同様の処置を施した対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ;及び
(4)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群において老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の有効性の指標となるステップ;
を含む、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の評価法。
[5]以下のステップ:
(i)生体から採取された毛根組織又はヒト若しくは非ヒト哺乳動物皮膚3次元モデルを用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(ii)試験群を被験物質の存在下で培養するステップ;
(iii)ステップ(ii)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ;及び
(iv)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群において老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の有効性の指標となるステップ;
を含む、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の評価法。
[6]以下のステップ:
(I)複数匹の同種同系非ヒト哺乳動物を用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(II)試験群に対して被験物質を投与するステップ;
(III)ステップ(II)後の試験群と、被験物質を投与しないこと以外は試験群と同様の処置を施した対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ;及び
(IV)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の毒性を判定するステップであって、試験群において老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の毒性の指標となるステップ;
を含む[1]又は[2]に記載の評価法。
[7]以下のステップ:
(a)皮膚ケラチノサイトを用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(b)試験群を被験物質の存在下で培養するステップ;
(c)ステップ(b)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、皮膚ケラチノサイトでの老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ;及び
(d)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性又は毒性を判定するステップであって、試験群において老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の有効性又は毒性の指標となるステップ;
を含む、毛髪又は皮膚に対する薬効又は皮膚毒性の評価法。
[8]以下のステップ:
(A)皮膚ケラチノサイトを用意し、試験群と対照群に分けるステップ;
(B)老化を誘導する条件下且つ被験物質の存在下で試験群を培養するステップ;
(C)ステップ(B)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、皮膚ケラチノサイトでの老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ;及び
(D)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性又は毒性を判定するステップであって、試験群と対照群の間で老化関連マーカーの発現又は活性に相違を認めることが被験物質の有効性又は毒性の指標となるステップ;
を含む、毛髪又は皮膚に対する薬効又は皮膚毒性の評価法。
[9]老化関連マーカーがSA-β-gal、p53、p16、p21、p15、p18、p19及び/又はp27である、[7]又は[8]に記載の評価法。
[10]老化関連マーカーがエンドセリンである、[7]又は[8]に記載の評価法。
[11]エンドセリンがエンドセリン1、エンドセリン2及び/又はエンドセリン3である、[10]に記載の評価法。
[12]毛髪又は皮膚に対する薬効が、脱毛、白髪、又は角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れに対する予防又は治療効果である、[7]〜[11]のいずれか一項に記載の評価法。
[13]皮膚ケラチノサイトが不死化皮膚ケラチノサイトである、[7]〜[12]のいずれか一項に記載の評価法。
[14]不死化皮膚ケラチノサイトがHaCaT細胞である、[13]に記載の評価法。
[15]皮膚ケラチノサイトが初代培養ケラチノサイトである、[7]〜[12]のいずれか一項に記載の評価法。
[16]以下のステップ:
(5)[1]〜[5]、[7]〜[15]のいずれか一項に記載の評価法によって有効性を示した被験物質を有効な物質として選抜するステップ、
を含む、脱毛、白髪、又は角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れの予防又は治療に有効な物質のスクリーニング方法。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】毛根バルジ領域におけるSA-β-gal活性の検出。(A)12ヶ月齢のマウスの白毛あるいは脱毛の見られる毛根のバルジ領域において、矢印で示すようにSA-β-gal陽性細胞が観察された。一方、1ヶ月齢マウスの黒毛毛根では、SA-β-gal陽性細胞は検出されなかった。(B)毛根バルジ領域においてSA-β-gal陽性細胞が観察された毛根の割合。統計解析は、Unpaired-T testを用いて行った(p < 0.01)。
図2】毛根バルジ領域におけるp53の発現。(A)12ヶ月齢のマウスの白毛あるいは脱毛および1ヶ月齢の黒毛の毛根のバルジ領域におけるp53の発現。矢印は、核においてp53が発現している細胞を示す。(B)毛根バルジ領域において核内でp53の発現がみられる細胞の割合。統計解析は、Unpaired-T testを用いて行った(**p < 0.01)。
図3】毛根バルジ領域におけるp16の発現。(A)12ヶ月齢のマウスの白毛あるいは脱毛および1ヶ月齢の黒毛の毛根のバルジ領域におけるp16の発現を免疫組織化学法にて検出した。矢印はp16陽性細胞を示す。(B)毛根バルジ領域のP16陽性細胞の割合。統計解析は、Unpaired-T testを用いて行った(* p < 0.05, ** p < 0.01)。
図4】毛根ケラチノサイト幹細胞におけるp16の発現。(A)12ヶ月齢のマウスの毛根のバルジ領域におけるp16およびサイトケラチン15(CK15)の発現を蛍光免疫組織化学法によって検出した。矢じりがp16の発現、矢印がCK15の発現を示す。CK15陽性細胞においてp16の発現が観察された。(a)は、破線領域の拡大像。(B)12ヶ月齢のマウスの毛根バルジにおけるp16およびDopachrome tautomerase(Dct)の発現を蛍光免疫組織化学法によって検出した。矢じりがp16の発現(矢じり)、矢印がDctの発現を示す。Dct陽性細胞では、p16の発現は観察されなかった。(b)は、破線領域の拡大像。
図5】p16陽性細胞ケラチノサイト幹細胞の割合と毛根ケラチノサイト幹細胞数の相関関係、および、p16陽性細胞ケラチノサイト幹細胞の割合と白髪率との相関関係。(A)p16陽性細胞ケラチノサイト幹細胞と毛根ケラチノサイト幹細胞数との相関関係を示す。相関係数(R2 = 0.55)。有意差検定は、Spearman's correlationにて行った(p < 0.01)。(B)p16陽性細胞ケラチノサイト幹細胞と白髪率との相関関係を示す。相関係数(R2= 0.61)。有意差検定は、Spearman's correlationにて行った(p < 0.01)。
図6】1ヶ月齢および12ヶ月齢マウスの皮膚切片(ヘマトキシリンーエオシン染色像)。(A)1ヶ月齢マウスの皮膚組織切片。(B,C,D) 12月齢の皮膚組織切片。矢印は、角化の亢進を示す。両矢印は、表皮の肥厚化を示す。矢尻は、錯角化がみられる領域を示す。
図7】角化異常および表皮層の肥厚化を伴う皮膚におけるp16陽性細胞の検出。(A)7週齢マウスの皮膚におけるp16陽性細胞の検出。核染色はヘマトキシリンで行った。(a)は、毛根バルジ領域の拡大図。P16陽性細胞は観察されない。(B)12ヶ月齢マウスの角化異常および表皮層の肥厚化(肌荒れ)を伴う皮膚におけるp16陽性細胞の検出。矢尻は、角化異常部位を示す。(b)は、角化異常部位の拡大図。(c)と(d)は、(B)の毛根部の拡大図。矢印が毛根バルジ領域におけるP16陽性細胞。
図8】ヒト初代培養ケラチノサイトにおける分裂限界誘導、およびHaCaT細胞における酸化水素による細胞老化の誘導。(A)長期培養したヒト初代培養ケラチノサイトにおける、SA-β-gal活性および免疫染色によって検出したエンドセリン1/2/3(ETs)の発現を示す。矢印は、SA-β-gal陽性で且つETs陰性である細胞を示す。矢じりは、SA-β-gal染色陰性で且つ、ETs陽性である細胞を示す。(B) 0μM、60μM、360μMの過酸化水素で処理したp16陽性HaCaT細胞の割合。0μMの過酸化水素を処理したときのp16陽性HaCaT細胞の割合を1としたときの相対値を示す。有意差検定は、Mann-Whitney U-test により行った。*p < 0.05。(C) 過酸化水素(360μM)処理にて老化関連マーカーを誘導したHaCaT細胞におけるETsおよびp16の発現を蛍光細胞免疫染色によって検出した結果。矢印は、p16陰性でかつETs陽性である細胞を示す。矢尻は、p16陽性であり、かつ、ETs陰性である細胞を示す。(D) 蛍光細胞免疫染色によって検出したp16陽性あるいはp16陰性HaCaT細胞におけるETsの蛍光シグナル強度をWinRoofにより数値化した結果。有意差検定は、Mann-Whitney U-test により行った。**p < 0.01。(E) 各HaCaT細胞におけるp16およびETsの蛍光強度の相関関係。有意差検定は、Spearman’s correlationにて行った。(F) 0μMあるいは 360μMの過酸化水素を処理したHaCaT細胞のETs分泌量をELISA法にて測定した結果。有意差検定は、Mann-Whitney U-test により行った。**p < 0.01。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の第1の局面は評価法に関する。本発明の評価法は、毛髪又は皮膚に対する被験物質の薬効を評価する手段として有用である。即ち、本発明の評価法を用いれば、毛髪又は皮膚に対する被験物質の薬効の有無及び/又は程度を評価することができる。本発明における「薬効」は、具体的には、脱毛、白髪、又は角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)に対する予防又は治療効果である。脱毛には男性型脱毛症、老人性(加齢性)脱毛症、円形脱毛症、びまん性脱毛症、粃糠性脱毛症、脂漏性脱毛症等がある。本発明の評価法が毛根ケラチノサイト幹細胞の老化を指標にするという特徴に鑑みれば、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化に起因する又は毛根ケラチノサイト幹細胞の老化を伴う、様々な脱毛症が本発明における薬効の標的となり得る。白髪と角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)についても同様である。特に好ましい標的としては、老人性脱毛症、加齢性白髪が挙げられる。
【0011】
本発明の評価法では、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を指標とする。毛根ケラチノサイト幹細胞は毛根バルジ領域に分布し、毛髪の再生に伴って分裂し、毛になる細胞(毛母細胞)を供給する。毛根ケラチノサイト幹細胞はサイトケラチン15陽性細胞として標識できる。老化関連マーカーとしては、例えば、SA-β-gal、p53、p16、p21、p15、p18、p19又はp27を用いる。二つ以上の老化関連マーカーを併用してもよい。
【0012】
本発明の評価法はin vivo、ex vivo又はin vitroで実施することができる。以下では、説明の便宜上、in vivoで実施する場合をin vivo評価法と呼び、ex vivoで実施する場合をex vivo評価法と呼び、in vitroで実施する場合をin vitro評価法と呼ぶ。
【0013】
<in vivo評価法>
in vivo評価法では、典型的には、以下のステップ(1)〜(4)を実施する。
(1)複数匹の同種同系非ヒト哺乳動物を用意し、試験群と対照群に分けるステップ
(2)試験群に対して被験物質を投与するステップ
(3)ステップ(2)後の試験群と、被験物質を投与しないこと以外は試験群と同様の処置を施した対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ
(4)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群において老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の有効性の指標となるステップ
【0014】
ステップ(1)では複数匹の同種同系非ヒト哺乳動物を用意し、試験群と対照群に分ける。同種同系非ヒト動物として、マウス、ラット、モルモット、ハムスターを例示することができる。好ましくは、入手及び取り扱いが容易なマウス又はラットを使用する。使用可能なマウスの例としてB57BL/6やC3H/HeJなどの有色毛の遺伝子背景を持つマウスであれば、特定のマウスにとらわれること無く、遺伝子変異を持つマウスを含む多種多様のマウスを対象にすることができる。
【0015】
試験群及び対照群に含まれる個体数は特に限定されない。一般に使用する個体数が多くなるほど信頼性の高い結果が得られるが、多数の個体を同時に取り扱うことは使用する個体の確保や操作(飼育を含む)の面で困難を伴う。そこで例えば各群に含まれる個体数を1〜50、好ましくは2〜30、さらに好ましくは3〜20とする。通常は試験群と対照群の個体数を等しくする。
【0016】
ステップ(2)では試験群に被験物質を投与する。被験物質としては様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として、核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。医薬や栄養食品等の既存成分或いは候補成分も好ましい被験物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被験物質として用いてもよい。2種類以上の被験物質を同時に添加することにより、被験物質間の相互作用、相乗作用などを調べることにしてもよい。被験物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的な評価系を構築することができる。
【0017】
被験物質の投与態様は特に限定されない。例えば被験物質を含む組成物(溶液、ゲルなど)を用意し、これを試験群の皮膚(例えば、背中、腹部、臀部、肢)に塗布する。他の投与態様としては、餌又は飲料水を用意し、これを摂取させる。或いは、被験物質又は被験物質を含む溶液を用意し、これを経鼻、経気管、注射(静脈内、動脈内、皮下、筋肉内又は腹腔内)等の投与方法で投与する。経口投与の方法としては、ゾンデを用いた強制投与法も有効である。被験物質を複数回投与することにしてもよい。その場合には各回の投与量は同一であっても異なっていても良い。継続的に投与することにしてもよい。尚、対照群については被験物質を投与しないこと以外は同一の条件下で飼育する。
【0018】
ステップ(3)では、試験群と対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を検出する。例えば、皮膚を採取した後、標的(指標とする老化関連マーカー)に適した検出法を実施する。標的となる老化関連マーカーとして、上記の通り、p16、SA-β-gal又はp53を採用することができる。p16及びp53の場合、その発現を検出することになり、例えば、免疫組織化学、免疫蛍光染色法、定量PCR法、in situハイブリダイゼーション法、ノーザンブロット法が適用される。一方、SA-β-galの場合、その活性を検出することになり、SA-β-gal特異的基質(例えば、発色性基質又は蛍光性基質)を用いた検出法を適用可能である。
【0019】
ステップ(4)では、試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定する。この際、老化関連マーカーの発現又は活性の変化(例えば発現又は活性の上昇の抑制)を認めることを被験物質の有効性の指標とする。典型的には、対照群の指標の値(発現量又は活性値)よりも、試験群の指標の値(発現量又は活性値)が低いとき、被験物質が毛髪又は皮膚に対して薬効を示すと判定することになる。複数の被験物質を用いた場合には、老化関連マーカーの発現又は活性が変化(例えば発現又は活性の上昇の抑制)した程度に基づき、各被験物質の有効性又は毒性を比較評価することができる。
【0020】
<ex vivo評価法>
ex vivo評価法では、毛根組織の培養技術(毛根オーガンカルチャー)を利用する。典型的には、以下の(i)〜(iv)のステップを行う。
(i)生体から採取された毛根組織又はヒト若しくは非ヒト哺乳動物皮膚3次元モデルを用意し、試験群と対照群に分けるステップ
(ii)試験群を被験物質の存在下で培養するステップ
(iii)ステップ(ii)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ
(iv)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群において、老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の有効性の指標となるステップ
【0021】
ステップ(i)では、まず、生体から採取された毛根組織又はヒト若しくは非ヒト哺乳動物皮膚3次元モデルを用意する。ここでの生体はヒト及びヒト以外の哺乳動物を含むが、好ましくはヒトである。毛根組織の採取は常法で行えばよい。例えば、抜毛による得られる毛根、或は新鮮な頭皮組織を酵素等で処理した後、メス・ピンセットを用いて顕微操作によって単離した毛根を使用することができる。倉敷紡績株式会社(クラボウ)、株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング等、多くの会社から多種多様な正常ヒト皮膚3次元モデルが提供されており、目的に応じて適切なモデルを選択し、本発明におけるヒト皮膚3次元モデルとして使用することができる。また、既報又は公知の方法等に従って新たに調製したヒト若しくは非ヒト哺乳動物皮膚3次元モデルを使用することにしてもよい。例えば、生体から採取した幹細胞を含む皮膚細胞、或はiPS技術により作製した幹細胞等をパッチアッセイおよびチャンバーアッセイ法にてマウス皮下に移植して作製することができる。生体内にてパッチアッセイおよびチャンバーアッセイ法にて作製した3次元皮膚モデルは、培養下に移してアッセイに使用することも出来る。非ヒト哺乳動物の皮膚3次元モデルは、例えばCELLnTEC Advanced Cell Systems社のマウスに適応した3次元培養キットを用いて作製することも可能である。このようにして用意した毛根組織又はヒト若しくは非ヒト哺乳動物皮膚3次元モデルを試験群と対照群に分け、所定の条件下でそれぞれ培養する。試験群については被験物質の存在下で培養する。被験物質の存在下で培養するためには、例えば、毛根組織を培養容器に載置して所定時間(例えば24時間)経過した後、被験物質を培養液に添加するか或いは被験物質を添加した培養液に交換すればよい。培養開始直後に被験物質の添加或いは被験物質を添加した培養液への交換を実施することにしてもよい。また、被験物質を予め添加した培養液を用いることにし、培養開始と同時に「被験物質が培養液中に存在した状態」が形成されるようにしてもよい。
【0022】
被験物質存在下での培養時間は特に限定されないが、例えば1時間〜14日間、好ましくは7日間〜14日間とする。尚、最適な培養時間は予備実験によって決定することができる。
【0023】
本明細書で言及しない事項(培地、培養温度など)については、一般的な培養条件に従えばよい。培養条件は、過去の報告や成書を参考にして、或いは予備実験を通じて決定すればよい。尚、培養温度は通常37℃とする。
【0024】
ステップ(iii)では、試験群と対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を検出する。検出方法はin vivo評価法でのステップ(3)と同様であるため、その説明を省略する。また、ステップ(iv)についても、in vivo評価法での(4)と同様であるため、その説明を省略する。
【0025】
以上の態様では、毛髪又は皮膚に対する被験物質の薬効が評価されるが、本発明の評価法は、被験物質の皮膚毒性を評価する手段としても有用である。本発明の評価法によって被験物質の皮膚毒性を評価する場合には、典型的には、以下のステップを行う。
(I)複数匹の同種同系非ヒト哺乳動物を用意し、試験群と対照群に分けるステップ
(II)試験群に対して被験物質を投与するステップ
(III)ステップ(II)後の試験群と、被験物質を投与しないこと以外は試験群と同様の処置を施した対照群について、毛根ケラチノサイト幹細胞での老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ
(IV)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の毒性を判定するステップであって、試験群において老化関連マーカーの発現又は活性の変化(例えば発現又は活性の促進)を認めることが被験物質の毒性の指標となるステップ
【0026】
ステップ(I)〜(III)は、上記in vivo評価法のステップ(1)〜(3)と同様であるため、その説明を省略する。但し、被験物質としては、上掲の各種物質の他、薬剤や化粧料の有効成分の候補化合物も好適である。
【0027】
ステップ(IV)では、試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の皮膚毒性を判定する。この際、老化関連マーカーの発現又は活性の変化(例えば発現又は活性の促進)を認めることを被験物質の毒性の指標とする。典型的には、対照群の指標の値(発現量又は活性値)よりも、試験群の指標の値(発現量又は活性値)が高いとき、被験物質が毛髪又は皮膚に対して毒性を示すと判定することになる。複数の被験物質を用いた場合には、老化関連マーカーの発現又は活性を促進した程度に基づき、各被験物質の毒性を比較評価することができる。
【0028】
<in vitro評価法>
本発明は更にin vitro評価法も提供する。in vitro評価法では皮膚ケラチノサイトを利用し、毛髪又は皮膚に対する薬効又は皮膚毒性を評価する。一態様では、典型的には、以下の(a)〜(d)のステップを行う。
(a)皮膚ケラチノサイトを用意し、試験群と対照群に分けるステップ
(b)試験群を被験物質の存在下で培養するステップ
(c)ステップ(b)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、皮膚ケラチノサイトでの老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ
(d)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群において老化関連マーカーの発現又は活性の変化を認めることが被験物質の有効性又は毒性の指標となるステップ
【0029】
ステップ(a)では皮膚ケラチノサイトを用意する。皮膚ケラチノサイトとしては、生体(ヒト又はヒト以外の哺乳動物)から単離されたもの又はそれを培養したものを用いることができる。継代培養後の細胞を用いることにしてもよい。例えば、初代培養ケラチノサイトは倉敷紡績株式会社、DSファーマバイオメディカル株式会社、ロンザジャパン株式会社、CELLnTEC Advanced Cell Systems社等から購入可能である。一方、不死化した皮膚ケラチノサイトを用いることもできる。不死化皮膚ケラチノサイトの一例はHaCaT細胞である。HaCaT細胞はCell lines Service社(ドイツ)から入手することができる。また、初代培養したケラチノサイトにSV40等の遺伝子を導入することにより不死化ケラチノサイト細胞を樹立して使用することもできる。
【0030】
用意した皮膚ケラチノサイトを試験群と対照群に分け、所定の条件下でそれぞれ培養する。試験群については被験物質の存在下で培養する。被験物質の存在下で培養するためには、例えば、皮膚ケラチノサイトを培養しておき、被験物質を培養液に添加するか或いは被験物質を添加した培養液に交換すればよい。培養開始直後に被験物質の添加或いは被験物質を添加した培養液への交換を実施することにしてもよい。また、被験物質を予め添加した培養液を用いることにし、培養開始と同時に「被験物質が培養液中に存在した状態」が形成されるようにしてもよい。
【0031】
被験物質存在下での培養時間は特に限定されないが、例えば10分〜14日間、好ましくは30分〜6時間とする。尚、最適な培養時間は予備実験によって決定することができる。
【0032】
本明細書で言及しない事項(培地、培養温度など)については、一般的な培養条件に従えばよい。培養条件は、過去の報告や成書を参考にして、或いは予備実験を通じて決定すればよい。尚、培養温度は通常37℃とする。
【0033】
ステップ(b)では、試験群と対照群について、皮膚ケラチノサイトでの老化関連マーカーの発現又は活性を検出する。検出方法はin vivo評価法でのステップ(3)と同様であるため、その説明を省略する。
【0034】
ステップ(d)では、試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性又は毒性を判定する。本発明では、老化関連マーカーの発現又は活性の変化(例えば発現又は活性の上昇、或いは上昇の抑制)を認めることを被験物質の有効性又は毒性の指標とする。典型的には、対照群の指標の値(発現量又は活性値)よりも、試験群の指標の値(発現量又は活性値)が低いとき、被験物質が毛髪又は皮膚に対して薬効を示すと判定することになる。他方、対照群の指標の値(発現量又は活性値)よりも、試験群の指標の値(発現量又は活性値)が高いとき、被験物質が毛髪又は皮膚に対して毒性を示すと判定することになる。複数の被験物質を用いた場合には、老化関連マーカーの発現又は活性が変化(例えば発現又は活性の上昇の抑制)した程度に基づき、各被験物質の有効性又は毒性を比較評価することができる。
【0035】
ここでの老化関連マーカーとしてはSA-β-gal、p53、p16、p21、p15、p18、p19又はp27、或いはこれらの中の二つ以上の組合せを用いることができる。一方、HaCaT細胞を用いた実験(後述の実施例)において、老化関連マーカーp16とエンドセリンが負の相関を示した事実に基づき、エンドセリンの発現量、分泌量又は活性を指標として判定することにしてもい(二つ以上の指標を組み合わせて判定してもよい)。この場合、典型的には、対照群の指標の値(発現量、分泌量又は活性値)よりも、試験群の指標の値(発現量、分泌量又は活性値)が高いとき、被験物質が毛髪又は皮膚に対して薬効を示すと判定することになり、対照群の指標の値(発現量、分泌量又は活性値)よりも、試験群の指標の値(発現量、分泌量又は活性値)が低いとき、被験物質が毛髪又は皮膚に対して毒性を示すと判定することになる。エンドセリンには3つのアイソフォーム、即ち、エンドセリン1、エンドセリン2及びエンドセリン3が存在するが、これらの中のいずれかを特異的に検出しても、或いはこれらの全てをまとめて検出してもよい。検出法は特に限定されない。例えば、細胞内の発現レベルの検出は、定量PCR等を用いたメッセージレベルでの検出法、ウエスタンブロット等を用いた蛋白質レベルの検出法を用いても良い。例えば、市販のELISAキットなどを利用して、エンドセリンの分泌量を検出しても良い。
【0036】
本発明の別の一態様では、典型的には、以下の(A)〜(D)のステップを行う。
(A)皮膚ケラチノサイトを用意し、試験群と対照群に分けるステップ
(B)老化を誘導する条件下且つ被験物質の存在下で試験群を培養するステップ
(C)ステップ(B)後の試験群と、被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した対照群について、皮膚ケラチノサイトでの老化関連マーカーの発現又は活性を検出するステップ
(D)試験群と対照群の間で検出結果を比較し、比較結果に基づき被験物質の有効性を判定するステップであって、試験群と対照群の間で老化関連マーカーの発現又は活性に相違を認めることが被験物質の有効性又は毒性の指標となるステップ
【0037】
この態様の評価法では、老化を誘導した皮膚ケラチノサイトに対して被験物質の作用を調べ(ステップ(B)、(C))、試験群と対照群の間における、老化関連マーカーの発現又は活性の相違に基づき、被験物質の有効性又は毒性を評価する(ステップ(D))。尚、この特徴以外は上記態様と同様であるため、重複する説明を省略する。
【0038】
ステップ(B)では、老化を誘導する条件下且つ被験物質の存在下で試験群を培養する。例えば、試験群を培養しておき、老化を誘導しつつ被験物質を添加する。被験物質の存在下で試験群を培養し、その後、老化を誘導することにしてもよい。或いは、試験群に老化を誘導した後、被験物質を添加し(被験物質の添加後も老化の誘導を継続してもよい)、培養を継続することにしてもよい。老化の誘導は、例えば、過酸化水素の曝露、UV照射(刺激)、放射線照射(刺激)、酸化剤(ターシャルブチル等)の曝露、増殖因子の欠乏、癌関連分子の活性化等を利用することができる。好ましくは過酸化水素の曝露によって老化を誘導する。過酸化水素の曝露を採用する場合、例えば、50 nM〜500 mMの濃度で過酸化水素を含有した培養液で培養することにより、皮膚ケラチノサイトに老化を誘導することができる。皮膚ケラチノサイトとして初代培養ケラチノサイトを用いる場合には、長期間培養し、分裂回数の限界まで到達させることによっても老化を誘導できる。尚、老化の誘導の有無または程度を評価するために老化関連マーカーの発現を利用可能である。本発明では、老化関連マーカーの発現誘導が認められたとき、老化が誘導されたと判断することができる。
【0039】
試験群と対照群の間で老化関連マーカーの発現又は活性に相違を認めることが被験物質の有効性又は毒性の指標となる(ステップ(D))。例えば、対照群よりも試験群の方が老化関連マーカー(SA-β-gal、p53、p16、p21、p15、p18、p19及び/又はp27)の発現量(又は活性値)が低い場合に、被験物質が毛髪又は皮膚に対して薬効を示すと判定し、対照群よりも試験群の方が老化関連マーカー(SA-β-gal、p53、p16、p21、p15、p18、p19及び/又はp27)の発現量(又は活性値)が高い場合に、被験物質が毛髪又は皮膚に対して毒性を示すと判定する。エンドセリンを検出対象にした場合には、エンドセリンの発現量、分泌量又は活性が指標となり(二つ以上の指標を組み合わせて判定してもよい)。対照群よりも試験群の方がエンドセリンの指標の値(発現量、分泌量又は活性値)が高い場合に、被験物質が毛髪又は皮膚に対して薬効を示すと判定し、対照群よりも試験群の方が指標の値(発現量、分泌量又は活性値)が低い場合に、被験物質が毛髪又は皮膚に対して毒性を示すと判定する。
【0040】
本発明の第2の局面は、本発明の評価法の用途の一つであるスクリーニング方法に関する。本発明のスクリーニング方法は、脱毛、白髪、又は角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)の予防又は治療に有効な物質の選抜ないし同定に利用される。本発明のスクリーニング方法では、本発明の評価法(毛髪又は皮膚に対する被験物質の薬効を評価する態様、即ち上記in vivo評価法、ex vivo評価法又はin vitro評価法)によって有効性を示した被験物質を有効な物質として選抜するステップを行う。有効性を認めた複数の被験化合物を用いて、評価法の各ステップ((1)〜(4)、(i)〜(iv)、(a)〜(d)又は(A)〜(D))と選抜ステップを再度行い、有効性の高い物質の絞り込みを行うことにしてもよい。
【0041】
ここで、in vivo評価法は個体(生体)を用いるものであり、信頼性の高い評価結果をもたらす。但し、被験物質の種類が膨大な場合等、より効率的なスクリーニングが要求される場合には、組織レベルまたは細胞レベルの評価法(ex vivo評価法、in vitro評価法)を利用したスクリーニングを先行して行い、そこで選抜された被験物質の中から有効性の高い(或いは、真に有効な)物質を見出すための手段として、in vivo評価法を利用したスクリーニングを実施することが好ましい。
【0042】
本発明のスクリーニング方法によって選択された物質が十分な薬効を有する場合には、当該物質をそのまま脱毛、白髪、又は角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)に対する予防剤又は治療剤の有効成分として使用することができる。一方で十分な薬効を有しない場合には化学的修飾などの改変を施してその薬効を高めた上で、脱毛、白髪、又は角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)に対する予防剤又は治療剤の有効成分として使用することができる。勿論、十分な薬効を有する場合であっても、更なる薬効の増大を目的として同様の改変を施してもよい。
【0043】
本明細書で特に言及しない事項(条件、操作方法など)については常法に従えばよく、例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)、Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)、Current protocols in Immunology, John Wiley& Sons Inc等を参考にすることができる。
【実施例】
【0044】
毛根では、毛髪細胞の細胞供給源である毛根ケラチノサイト幹細胞と、毛色をつくるメラノサイトの供給源である毛根メラノサイト幹細胞の相互作用がメラノサイト幹細胞の消失を誘発し、白髪が発症することは既に報告されている(Rabbani P et al., Cell 145, 941-955, 2011; Tanimura S, et al., Cell Stem Cell 8, 177-187 2011)。一方、毛根ケラチノサイトの幹細胞は、毛髪の再生に重要であるため、それが維持されなくなると脱毛が生じることが報告されている(Nishie W., et al., Nature Medicine 13 (3), 378-383, 2011)。しかし、加齢とともに進行する白髪・脱毛を含む皮膚老化を誘発する毛根ケラチノサイト幹細胞や毛根メラノサイト幹細胞の表現型(制御分子の発現または活性レベル)は、未知である。そこで、毛根ケラチノサイト幹細胞や毛根メラノサイト幹細胞の消失の原因として細胞老化に注目し、脱毛・白髪化或いは皮膚老化(皮膚エイジング)との間の関連性を明らかにすべく、以下の実験を行った。
【0045】
<方法と材料>
1.免疫組織化学
(1)p16陽性細胞の検出
皮膚を採取し4%PFA液中にて4℃で一晩固定した。4μmのパラフィン切片を作製し、1/1200希釈したp16マウスモノクローナル抗体 (Santacruz biotechnology, California, USA)を滴下し4℃で一晩反応させた。2次抗体反応および3.3’-diaminobenzidine chromogenによる発色は、EnVision System-HRP (DAKO, California, USA)キットを用いて行った。
【0046】
(2)p16とcytokeratin15(CK15)、p16とDctの二重染色
皮膚を採取し4%PFA液中にて4℃で一晩固定し、4μmのパラフィン切片を作製し、1/1200希釈したp16マウスモノクローナル抗体(Santacruz biotechnology, California, USA)と1/1000に希釈したCK15 ニワトリ抗体(Covance, California, USA)、あるいは、1/500に希釈したDctヤギ抗体(Santacruz biotechnology, California, USA)を滴下、4℃で一晩反応させた。二次抗体は、Alexa594-抗マウス抗体、Alexa488-抗ニワトリ抗体、Alexa488-抗ヤギ抗体(Invitrogen, Oregon, USA)を用い、室温で10分反応させた。二次抗体の希釈率は、すべて1/1000とした。核は、4',6-diamidino-2-phenylindole(DAPI)を用いて染色した。
【0047】
(3)p53陽性細胞の検出
皮膚を採取し4%PFA液中にて4℃で一晩固定した。4μmのパラフィン切片を作製し、1/100希釈したp53ウサギ抗体 (Santacruz biotechnology, California, USA)を滴下し4℃で一晩反応させた。2次抗体反応および3.3’-diaminobenzidine chromogenによる発色は、EnVision System-HRP (DAKO, California, USA)キットを用いて行った。
【0048】
2.SA-β-gal活性の検出
採取した皮膚を0.25%グルタルアルデヒド溶液にて4℃で一晩固定した。凍結切片を作製したのち、pH6に調整されたX-gal溶液中で37℃にて一晩反応させた。反応液はSenescence Detection Kit(Medical & Biological Laboratories, Nagoya, Japan)のプロトコールに従って調整した。ヘマトキシリンにより核染色を行った。
【0049】
<結果>
1.SA-β-gal活性の検出
SA-β-gal活性を調べた。その結果、加齢性の脱毛及び白髪化がみられる12ヶ月齢マウスでは、毛根バルジに存在する約5%(白毛毛根)及び約3%(脱毛毛根)のSA-β-gal陽性細胞が観察された(図1)。1ヶ月齢のマウスの毛根バルジ領域ではSA-β-gal陽性細胞検出されなかった(図1)。
【0050】
2.p53およびp16タンパクの検出
SA-β-galと共に細胞老化関連マーカーとして良く用いられているp53発現を調べたところ、SA-β-galと同様、毛根バル時領域で検出された(図2A)。1ヶ月齢の黒毛毛根では、バルジ領域におけるp53陽性細胞の割合は1.3%であったのに対し、12ヶ月齢の白毛毛根では20.5%、脱毛毛根では18.7%であった。12ヶ月齢マウスの白毛および脱毛毛根におけるp53陽性細胞の割合は、1ヶ月齢のマウスの黒毛毛根におけるp53陽性細胞の割合に比べて有意に高かった(図2B)。もうひとつの細胞老化関連マーカーであるp16陽性細胞のバルジ領域における割合は、12ヶ月齢マウスでは、34.3%(白毛毛根)及び51.4%(脱毛毛根)であった (図3A)。一方、1ヶ月齢のマウスの黒毛毛根におけるp16陽性細胞の割合は5.3%(黒毛毛根)であった (図3A)。12ヶ月齢マウスの白毛および脱毛毛根におけるp16陽性細胞の割合は、1ヶ月齢のマウスの黒毛毛根におけるP16陽性細胞の割合に比べて有意に高かった(図3B)。
【0051】
毛根バルジ領域には、ケラチノサイト幹細胞とメラノサイト幹細胞が両方存在する(Cotsarelis G et al., Cell 61,1329-1337, 1990; Nishimura EK et al., Nature 416, 854-860, 2002)。どちらの幹細胞が老化したのかを確かめるために、ケラチノサイト幹細胞およびメラノサイト幹細胞のそれぞれのマーカーであるサイトケラチン15(CK15)およびDctに対する抗体を用いて、p16と二重免疫染色を行った(図4)。その結果、12ヶ月齢マウスにおいて検出されたp16陽性シグナルはCK15陽性細胞の核内で発現していることが分かった(図4)。一方、p16陽性シグナルはDct陽性細胞、つまりメラノサイト幹細胞では発現していなかった(図4B)。
【0052】
3.幹細胞の細胞老化と脱毛および白髪化との関連
毛根ケラチノサイトの老化と加齢性の脱毛及び白髪化との関連を明らかにするために、まずは毛根ケラチノサイト幹細胞の老化の進行と毛根ケラチノサイト幹細胞の数との相関を調べた。その結果、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化と毛根ケラチノサイト幹細胞の数の間に負の相関が認められた(図5A)。次に、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化と白髪化との相関を調べたところ、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化と白髪率との間に正の相関が認められた(図5B)。
【0053】
4.角化異常および表皮層肥厚(肌荒れ)を伴う皮膚におけるp16陽性細胞の検出(図6、7)
12ヶ月齢のマウスの皮膚では、角質層の重層および錯角化等の角化異常および表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)が観察された(図6、7)。そこで、角化異常および表皮層の肥厚化がみられた皮膚におけるp16の発現を免疫染色により調べた。その結果、1ヶ月齢の正常皮膚では、p16陽性細胞はほとんど検出されなかったのに対し(図7A, a)、12ヶ月齢の角化異常を伴う皮膚では、毛根バルジ領域にp16陽性細胞が検出された(図7B, b, c, d)。
【0054】
<考察>
加齢に伴って発症した白髪毛根及び脱毛毛根のバルジ領域に存在するケラチノサイト幹細胞において細胞老化関連マーカー(SA-β-gal、p53、p16)陽性シグナルが観察された。また、p16陽性の老化細胞の数の増加に伴い、ケラチノサイト幹細胞の減少、白髪率の増加が確認された。これらの結果より、バルジ領域のケラチノサイト幹細胞の老化が、ケラチノサイト幹細胞の消失を伴う脱毛・白髪化に関連することが示唆された。
【0055】
p16陽性細胞は、角化異常および表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)がみられる皮膚の毛根バルジ領域でも確認された。毛根ケラチノサイトは、毛根(毛髪)の再生時だけでなく、表皮の再生時においても細胞供給源となっていることが示唆されており、毛根ケラチノサイト幹細胞は、表皮を正常に保つためにも重要であると考えられる。従って、加齢に伴う毛根ケラチノサイト幹細胞の老化が、角化異常および表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)の原因となる可能性が示唆される。毛根ケラチノサイト幹細胞の老化を抑えられれば、脱毛および白髪だけでなく、皮膚の健康も保たれる事が示唆される。
【0056】
以上の通り、ケラチノサイト幹細胞の老化により加齢性の脱毛及び白髪化が促進することが明らかとなった。この結果は、加齢性の脱毛及び白髪化の指標として、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化が有用且つ重要であることを示す。毛根ケラチノサイト幹細胞の老化を指標とすればin vitroレベル、ex vivoレベル及びin vivoレベルで脱毛及び白髪化の予防・治療剤のスクリーニングが可能となる。一方、角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れにもケラチノサイト幹細胞の老化が関与することが示された。この知見を踏まえると、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化を指標としたスクリーニング法は、皮膚エイジングに対する予防・治療剤のスクリーニングにも利用できる画期的な技術といえる。
【0057】
ところで、膨大な薬剤ライブラリーから候補分子を絞り込むための第一スクリーニングとしては、試験効率やコスト面から、培養細胞を用いたin vitroスクリーンングが特に有効である。さらに、in vitroスクリーニングの結果をex vivoおよびin vivoスクリーニング結果と合わせて評価することでより信頼性の高い薬剤開発が可能である。ケラチノサイトの老化を標的としたin vitroスクリーニングには初代培養ケラチノサイトを用いることができる。しかしながら、個体差の問題、分裂回数の限界、同じヒト由来の細胞の安定供給が困難であること、培養操作が容易でないこと、細胞が高価であること等から、再現性、試験効率、コストの面を考慮して、ヒト皮膚ケラチノサイトから樹立された不死化ケラチノサイトを使用することもできる。不死化ケラチノサイトは、SV40等の遺伝子を導入等による不死化処理をして新たに作製しても良いし、HaCaT細胞 (Boukamp P, et al. J Cell Biol 106: 761-771, 1988)を使用することもできる。HaCaT細胞は非腫瘍形成性でありながら安定した増殖性を示す事から、ヒトの皮膚ケラチノサイトの機能解析に広く用いられている。そこで、以下に示す通り、HaCaT細胞を用いて細胞老化を標的としたアンチエイジング剤のin vitroスクリーニング系を確立する事を目的とし、第一に、HaCaT細胞に細胞老化が誘導されるかどうかを検討した。第二に、HaCaT細胞における細胞老化が、アンチエイジング剤のスクリーニングの標的として有効であるかどうかを確かめるために、老化を誘導したHaCaT細胞におけるエイジング関連分子の発現変化を調べた。
【0058】
<方法>
1.HaCaT細胞における過酸化水素曝露実験
0.25 x 105 cellsのHaCaT細胞 (Boukamp P, et al. J Cell Biol 106: 761-771, 1988)を10%ウシ胎児血清(FBS)含有Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium (DMEM)が3ml入った6ウェルプレートに播種した。6時間後に10%FBS-DMEM培地を除き、1%FBS-DMEM培地に置き換えた。24時間後、0μM、60μM、あるいは360μMの過酸化水素を含有した1%FBS-DMEM培地に置き換え、2時間インキュベートした。
【0059】
2.蛍光細胞免疫染色
過酸化水素処理したHaCaT細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で2回洗った後、2% パラホルムアルデヒド/PBS溶液を用いて、4℃にて15分間固定した。固定後、HaCaT細胞を0.1% tween20含有PBSにて3回洗った後、0.2%ゼラチン含有1%ウシ血清アルブミン(BSA)/PBS溶液により、室温で30分間ブロッキング処理を行った。抗p16 マウスポリクローナル抗体 (1:1000, Santacruz, CA, USA)、および抗エンドセリン1/2/3抗体 (1:100, santacruz, CA, USA)を4℃で一晩反応させた後、2次抗体として、Alexa Fluor 594抗ウサギIgG、およびAlexa Fluor 488抗マウスIgG (1:1000, Invitrgen, Oregon, USA)を室温で10分反応させた。核染色には、4',6-diamidine-2'-phenylindole dihydrochloride (DAPI) (和光純薬工業株式会社)を用いた。
【0060】
3.画像解析ソフトによる計測
蛍光細胞免疫染色によって染色された蛍光シグナル強度の定量は、WinRoof画像解析ソフト(三谷商事株式会社)を用いて行った(Ohgami et al., PNAS, 2010)。
【0061】
4.ELISA解析
0μMあるいは360μMの過酸化水素で処理したHaCaT細胞の培地を無血清DMEMに置き換え、3日間培養した後、上清を回収した。Endothelin EIA Kit (Cayman, MI, USA)を用いて上清中に分泌されたエンドセリン1/2/3タンパク量の測定を行った。酵素基質反応産物は、マイクロプレートリーダー(Bio Rad, model 680)を用いて定量した。
【0062】
<結果と考察>
初代培養ケラチノサイトでは、分裂回数が限界に達すると老化することが知られている(David Bernard et al., CANCER RESEARCH 64, 472-481, 2004))。そこで、初代培養ケラチノサイトの継代培養を繰り返したところ、SA-β-gal陽性の細胞が出現した(図8A)。さらに、細胞老化は、紫外線、酸化剤、放射線等によっても誘発される事が知られている(Xiao-Yong Wang et al., Photodermatology, Photoimmunology & Photomedicine 27, 203-212, 2011; David Bernard et al., Cancer Research 64, 472-481, 2004)。本試験では、簡便かつ最も主要な酸化剤として知られる過酸化水素を用いて、HaCaTに細胞老化を誘導できるかどうか検討した。HaCaT細胞に0μM、60μM、あるいは360μMの過酸化水素を2時間作用させ、細胞老化マーカーのひとつであるp16陽性細胞の割合を調べた。p16陽性細胞の割合は、過酸化水素処理をしていないコントロールのものと比較し、60μM過酸化水素の曝露では約1.4倍、360μM過酸化水素の曝露では約2倍と濃度依存的に増加した(図8B)。
【0063】
次に、初代培養ケラチノサイトおよびHaCaT細胞における細胞老化がアンチエイジング剤のスクリーニングの標的として有効であるかどうかを確かめるために、老化した初代培養ケラチノサイトおよびHaCaT細胞における皮膚エイジング関連分子の発現変化を調べた。皮膚エイジング関連分子とは、加齢に伴う皮膚変化、例えば、白髪、脱毛、角化異常、表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)の発症に関連する分子を指す。中でも本試験では、白髪化に着目して検証を行った。白髪化は、毛髪にメラニンを供給するメラノサイトが生存出来なくことが原因で起こることが報告されている(Emi K. Nishimura, et al. Science 307, 720, 2005)。また、メラノサイトはケラチノサイトの近傍に存在し、ケラチノサイトが発現・分泌した生存因子を受けとることによってその生存が維持されることが報告されている(Emi K. Nishimura, Cell Stem Cell 6, 130-140, 2010; Imokawa et al., PIGMENT CELL RES 17: 96-110. 2004)。ケラチノサイトにおいて発現・分泌されるメラノサイトの生存に関わる分子としては、エンドセリン1/2/3、Stem cell factor (SCF) (Imokawa et al., PIGMENT CELL RES 17: 96-110. 2004)、TGF-β(Emi K. Nishimura et al., Cell Stem Cell 6, 130-140, February 5, 2010) などがある。本研究では、エンドセリン1/2/3に着目し、老化を誘導したHaCaT細胞における発現を調べた。もし、老化したHaCaT細胞において、エンドセリン1/2/3の発現・分泌が低下していれば、HaCaT細胞の老化によりメラノサイトの生存が低下し、白髪が発症することになる。つまり、HaCaT細胞の老化を抑制することを標的にすることで白髪を予防・改善するようなアンチエイジング剤のスクリーニングが可能である。そこで、老化を誘導した初代培養ケラチノサイトおよびHaCaT細胞における、エンドセリン1/2/3の発現を免疫染色により検出した。その結果、初代培養ケラチノサイトにおいて、SA-β-gal活性を示す老化細胞では、エンドセリン1/2/3の発現は検出されなかった。一方、SA-β-gal活性を示さないケラチノサイトでは、明瞭なエンドセリン1/2/3のシグナルが検出された(図8A)。次に、360μMの過酸化水素によって老化を誘導したHaCaT細胞において、p16およびエンドセリン1/2/3の発現を蛍光細胞免疫染色により調べた。その結果、蛍光顕微鏡観察において、p16陰性細胞では、エンドセリン1/2/3の発現が観察されたが、p16陽性細胞ではエンドセリン1/2/3の非常に低いシグナルが観察されなかった(図8C)。蛍光免疫染色によって検出されたp16陰性およびp16陽性細胞におけるエンドセリン1/2/3の蛍光レベルをWinRoof画像解析ソフトにより測定した所、p16陽性HaCaT細胞におけるエンドセリン1/2/3蛍光レベルは、p16陰性HaCaT細胞における蛍光レベルと比べて、約77%低いことが分かった(図8D)。さらに、各HaCaT細胞におけるp16およびエンドセリン1/2/3の蛍光レベルを測定し、p16蛍光強度とエンドセリン1/2/3の蛍光強度の相関関係を調べた所、統計学的に有意な負の相関がみられた(R2 = 0.67)(図8E)。つまり、p16の発現が高い細胞では、エンドセリン1/2/3の発現量が低く、p16の発現量が低い細胞では、エンドセリン1/2/3の発現量が高いという相関が示された。さらに、エンドセリン1/2/3の分泌量についてELISA法により調べた(図8F)。その結果、360μMの過酸化水素水で老化を誘導したHaCaT細胞のエンドセリン1/2/3の分泌量は、過酸化水素を処理していないHaCaT細胞と比べて、約70%低かった(図8F)。これらの結果より、過酸化水素によってHaCaT細胞にp16の発現上昇を伴う細胞老化が誘導されること、また、過酸化水素によって細胞老化を誘導したHaCaT細胞では、メラノサイトの生存に重要なエンドセリン1/2/3の発現・分泌が低下していることが分かった。
【0064】
以上より、初代培養ケラチノサイトおよびHaCaT細胞の細胞老化を抑制する事が、白髪を予防・改善するようなアンチエイジング剤のスクリーニングの標的として有効であることが示された。さらに、先に明らかにしたように、毛根ケラチノサイト幹細胞の老化が生じている皮膚では、白髪だけでなく、脱毛・角質層の重層および錯角化等の角化異常及び表皮層の肥厚化を伴う肌荒れ(接触性皮膚炎様皮膚障害、乾皮症性湿疹様皮膚障害、尋常性乾癬様皮膚障害等)などが生じている事を鑑みると、初代培養ケラチノサイトおよびHaCaT細胞の老化を指標とした上述のin vitroスクリーニング法は、白髪だけでなく、これらの皮膚トラブルにも効果のある薬剤開発、薬剤の皮膚に対する毒性の評価に有効であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の評価法は、加齢性の白髪や脱毛、及び/又は皮膚老化(皮膚エイジング)に対して有効な物質のスクリーニング、或いは皮膚毒性の評価等に利用可能である。毛根ケラチノサイト幹細胞を標的とした本発明によれば、加齢性の変化を指標としたin vivoレベルでのスクリーニングが可能になる。また、皮膚細胞の老化も同時に評価することができ、これまでにない画期的な皮膚エイジングに対する予防・治療剤のスクリーニングが可能になる。
【0066】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8