【実施例1】
【0023】
図1は、本発明の好ましい実施形態による音声再生装置1について説明する図である。具体的には、
図1は、音声再生装置1の構成を示すブロック図である。また、
図2は、音声再生装置1を構成するスピーカーシステム3の力係数の非線形性を示すグラフである。また、
図3は、スピーカーシステム3のスティフネスの非線形性を示すグラフである。また、
図4〜6は、音声再生装置1のスピーカーシステム3からの再生音に含まれる非線形歪について説明するグラフである。なお、説明に不要な一部の構造や、内部構造等は、図示ならびに説明を省略している。
【0024】
音声再生装置1は、信号処理回路2と、スピーカーシステム3と、から構成される。音声再生装置1は、入力端子Inputに入力されるデジタル音声信号を、内蔵するDSP5で信号処理し、D/A変換器6でアナログ信号に変換した後にアンプ回路7を介してスピーカーシステム3に出力する。スピーカーシステム3は、キャビネット30に動電型スピーカー31が取り付けられて構成されている。動電型スピーカー31の後述するボイスコイル33には、接続線32を介して信号処理回路2からの出力信号が供給される。したがって、動電型スピーカー31のボイスコイル33および振動板34が振動すると、音声再生装置1は、音声信号を音波に変換して音声を再生することができる。
【0025】
信号処理回路2は、音声再生装置1の動作を制御する制御回路4と、デジタル音声信号を入力して信号処理するDSP(デジタルシグナルプロセッサ)5と、DSP5の出力を受けてアナログ信号に変換するD/A変換器6、および、これらのアナログ信号をそれぞれ増幅してスピーカーシステム3へ出力するアンプ回路7と、を少なくとも含む。DSP5を制御する制御回路4は、D/A変換器6およびアンプ回路7でのゲインA(増幅率)をDSP5に反映させるものであってもよい。本実施例の信号処理回路2は、モノラル信号を対象に説明しているが、ステレオ信号(左信号Lおよび右信号R)を対象としてDSP5に供給されてもよい。具体的には、信号処理回路2は、DSPおよびアンプ回路を内蔵するオーディオ製品(ステレオアンプ、AVレシーバー、等)により構成し得る。もちろん、信号処理回路2は、DSPと、D/A変換器と、アンプ回路と、を含む他の音声再生装置により構成してもよい。
【0026】
スピーカーシステム3は、密閉型スピーカーの音響容量を規定するキャビネット30と、直接放射型の動電型スピーカー31とから構成される。
図1において断面図で示す動電型スピーカー31では、ボイスコイル33および振動板34が、エッジ35およびダンパー36によって図示する矢印xの一軸方向に振動可能に支持されている。動電型スピーカー31のフレーム37は、動電型スピーカー31をキャビネット30に固定すると共に、磁気空隙を有する磁気回路38の位置を固定する。したがって、ボイスコイル33および振動板34は、音声信号電流が流されると、磁気回路38の磁気空隙の磁界により駆動力を受けて相対的に振動する。音声信号電流が流されていない場合のボイスコイル33の静止位置を変位x=0とする。
【0027】
スピーカーシステム3の最低共振周波数f0は、動電型スピーカー31のボイスコイル33および振動板34に起因する重量m0と、エッジ35およびダンパー36ならびにキャビネット30の空気の音響容量に起因するスティフネスKと、により定まる。動電型スピーカー31のスティフネスKは、動電型スピーカー31のボイスコイル33および振動板34の重量m0を支持するバネの固さを意味する。動電型スピーカー31のスティフネスKは、ボイスコイル変位xの絶対値が小さい時に比較して、ボイスコイル変位xの絶対値が大きくなればバネとして固くなるといえるので、ボイスコイル変位xによって変化する非線形パラメータK(x)とみなすことができる。例えば、
図3のグラフにおいて実線で図示するように、動電型スピーカー31を含むスピーカーシステム3のスティフネスKは、ボイスコイル変位xの絶対値が小さいときには変化量が少ない一方で、ボイスコイル変位xの絶対値が大きくなるにつれて大きくなるように変化する。
【0028】
スピーカーシステム3の音圧周波数特性は、動電型スピーカー31の能率が高いほど、音圧レベルが高くなる。動電型スピーカー31の能率は、磁束密度とコイル長の積である力係数Blと、ボイスコイル33および振動板34に起因する重量m0と、等より定まる。動電型スピーカー31の磁気回路38の磁気空隙は有限なので、磁束密度は、ボイスコイル変位xに対して一定にならずに変化する。一般的に、ボイスコイル変位xの絶対値が小さい時に比較して、ボイスコイル変位xの絶対値が大きくなれば、力係数Blは小さくなるので、ボイスコイル変位xによって変化する非線形パラメータBl(x)とみなすことができる。例えば、
図2のグラフにおいて実線で図示するように、スピーカーシステム3を構成する動電型スピーカー31の力係数Blは、最も大きくなる位置がボイスコイルの静止位置(x=0)からずれて非対称になっており、ボイスコイル変位xの絶対値が大きくなるにつれて小さくなるように変化する。
【0029】
動電型スピーカー31を含むスピーカーシステム3では、最低共振周波数f0以下の周波数帯域の音声信号をブーストすることで実質的に再生可能な周波数帯域を低く拡大しようとする場合に、線形成分である基本波に対して非線形歪成分である高調波歪または混変調歪が相対的に著しく大きくなる。つまり、ボイスコイル変位xの絶対値が大きくなると、非線形パラメータであるスティフネスK(x)および力係数Bl(x)がボイスコイル変位xに伴って変化するので、振幅変調が発生して非線形歪成分が音声信号に含まれることになる。したがって、この音声再生装置1の信号処理回路2は、n次非線形歪生成部20および非線形歪補正信号生成部10を構成するDSP5において、動電型スピーカー31を含むスピーカーシステム3の非線形歪特性を反映した非線形歪補正信号を生成し、スピーカーシステム3が再生する音声に含まれる非線形歪を低減させることができる。
【0030】
信号処理回路2の制御回路4は、n次非線形歪生成部20に、スピーカーシステム3の線形パラメータを反映させた線形フィルタ部21と、非線形パラメータを反映させたn次ヴォルテラフィルタ部22〜23を設定する。本実施例では、n次ヴォルテラフィルタ部として、2次ヴォルテラフィルタ部22と、3次ヴォルテラフィルタ部23を構成する場合を図示する。2次ヴォルテラフィルタ部22の出力には係数α2を乗算する乗算器25が設けられており、3次ヴォルテラフィルタ部23の出力には係数α3を乗算する乗算器26が設けられている。加算器24は、線形フィルタ部21の出力と、乗算器25を介した2次ヴォルテラフィルタ部22の出力と、乗算器26を介した3次ヴォルテラフィルタ部23の出力と、を加算して非線形歪補正信号生成部10に出力する。
【0031】
また、信号処理回路2の制御回路4は、スピーカーシステム3の線形パラメータおよび非線形パラメータをDSP5の非線形歪補正信号生成部10に設定する。本実施例の場合には、スピーカーシステム3は、
図2のグラフに示すように、磁気回路38における力係数Bl(x)が非対称性および非線形性を有し、さらに、
図3のグラフに示すように、支持系のスティフネスK(x)も非対称性および非線形性を有する。
【0032】
次に、信号処理回路2のn次非線形歪生成部20のn次ヴォルテラフィルタ部22〜23の導出について、n=2の場合に限って説明する。入力音声信号に対する2次高調波歪成分を生成する2次ヴォルテラフィルタ部22は、以下の式を展開して得られる。動電型スピーカー31を含むスピーカーシステム3の等価回路モデルは、式(1)のようになる。式(1)から電流i(t)を消去し、一つの式にまとめると式(2)となるので、これに基づいて2次ヴォルテラフィルタを求めることができる。
【数1】
【数2】
【0033】
なお、各パラメータは、以下の意味である。
Re: ボイスコイルの抵抗値(DC)
Bl(x) :磁気回路の力係数
K(x) :スピーカー振動系のスティフネス
m:スピーカー振動系の質量
Rm: スピーカー振動系の機械抵抗
u:入力音声信号電圧
i:音声信号電流
【0034】
したがって、動電型スピーカー31のボイスコイル33の変位x(t)は、式(3)に示すように入力u(t)の1次式と2次式の和で表すことで得られる。Hx(s)は、入力音声信号電圧u(t)の1次の項にかかる線形の伝達関数であり、Hx(s、s)は入力音声信号電圧u(t)の2次の項にかかる非線形の伝達関数である。速度v(t)および加速度a(t)は、式(4)に示すように変位x(t)を微分演算して得られる。
【数3】
【数4】
【0035】
次に、力係数ならびにスティフネスを予測変位xの2次多項式で表した場合には、式(5)のように表される。なお、
図2の場合には、力係数Bl(x)=b0+b1・x+b2・x^2における係数b1およびb2を負の所定値に設定している。一方で、
図3の場合には、スティフネスK(x)=k0+k1・x+k2・x^2における係数k1を負の所定値に、係数k2を正の所定値に設定している。
【数5】
【0036】
式(3)〜(5)を式(2)に代入すると上記の伝達関数Hx(s)を求めることができる。伝達関数Hx(s、s)についてまとめると式(6)となり、ラプラス変換を適用すると式(7)となる。また、伝達関数Hx(s)は、式(8)のように表されて、動電型スピーカー31のボイスコイル33の変位xの伝達関数と同じ式になる。なお、上記の式では、DA変換器6およびアンプ回路7でのゲインを1と仮定して数式を単純化している。
【数6】
【数7】
【数8】
【0037】
次に、伝達関数Hx(s、s)について、ラプラス変換を適用してまとめると式(9)となる。伝達関数Hx(s、s)は、伝達関数Hx(s)とヴォルテラカーネルK(s、s)との積で、式(10)のように表すことができる。したがって、動電型スピーカー31のボイスコイル33の変位xは、式(11)のように表すことができる。つまり、ヴォルテラカーネルK(s、s)を含む式(11)がn次非線形歪生成部20(n=2)の出力を説明する式であり、式(11)を展開した場合の第1項が線形フィルタ部21に相当し、式(11)を展開した場合の第2項が2次ヴォルテラフィルタ部22に相当することになる。すなわち、n次非線形歪生成部20は、入力音声信号に対する線形及び2次非線形の応答を含む変位xを、非線形歪補正信号生成部10へ出力する。2次ヴォルテラフィルタ部22のヴォルテラカーネルK(s、s)は、展開すれば線形応答の和として表すことができるので、2次元畳込みを行うフィルタの代わりに展開した複数のフィルタで構成してもよい。
【数9】
【数10】
【数11】
【0038】
次に、信号処理回路2の非線形歪補正信号生成部10での動作について、同様にn=2の場合に限って説明する。信号処理回路2のDSP5では、非線形歪補正信号生成部10が、下記のようにして非線形歪補正信号を生成し、DSP5からの出力信号としてD/A変換器6に出力する。非線形歪補正信号生成部10は、スピーカーシステム3の線形パラメータおよび非線形パラメータを設定されているので、入力音声信号に対してDA変換器6およびアンプ回路7を介して接続されるスピーカーシステム3の非線形歪を低減することができる。n次非線形歪生成部20から非線形歪補正信号生成部10へ入力する音声信号をu’(t)とすると、式(12)が導出される。その結果、非線形歪補正信号生成部10からは、3次(n=2の場合、(n+1)次)以上の非線形歪のみを補正する非線形歪補正信号が出力される。したがって、式(13)のように任意の変数αをu(t)^2の項に掛けるように、2次ヴォルテラフィルタ部22に乗算器25を設け、乗算する係数α2を調整することで2次の非線形歪のみを調整することができる。
【数12】
【数13】
【0039】
なお、この実施例は、(n=2)次の場合であるが、次数nが3以上の場合には、2次ヴォルテラフィルタ部22に並列接続される3次ヴォルテラフィルタ部23をさらに含むようにすればよい。n次非線形歪生成部20は、入力音声信号に対する線形及び2次ならびに3次非線形の応答を含む変位xを、非線形歪補正信号生成部10へ出力する。3次の非線形歪のみを調整する場合には、3次ヴォルテラフィルタ部23に乗算器26を設け、乗算する係数α3を調整すればよい。したがって、非線形歪補正信号生成部10は、動電型スピーカー31から再生される4次以上の高調波歪成分を低減するように非線形歪補正信号を生成することができる。もちろん、次数nが4以上の場合には、同様である。
【0040】
図4は、音声再生装置1のスピーカーシステム3からの再生音に含まれる非線形歪について説明するグラフである。具体的には、入力音声信号が150Hzの正弦波信号であり、信号処理回路2の制御回路4が、DSP5を非線形歪補正信号を生成しないように動作させる非線形歪補正OFF状態と、DSP5を非線形歪補正信号を生成するように動作させる非線形歪補正ON状態と、を切り換えるようにして動作する場合に、150Hzの2次高調波300Hzと、3次高調波450Hzと、4次高調波600Hzと、5次高調波750Hzと、における高調波歪率を測定して図示したグラフである。
【0041】
非線形歪補正OFF状態は、信号処理回路2のn次非線形歪生成部20および非線形歪補正信号生成部10が、入力音声信号をスルーさせる場合であって、スピーカーシステム3の線形および非線形の特性のみが反映されていると仮定できる。動電型スピーカー31を含むスピーカーシステム3では、ボイスコイル33およびスピーカー振動板34の変位xの絶対値が大きくなる150Hzでは、2次〜5次の非線形歪が相対的に大きくなる。非線形歪補正信号を生成しない非線形歪補正OFF状態では、グラフに図示するように、高い次数の非線形歪につれてレベルが低下しているが、5次高調波歪でも高調波歪率は−60dBを下回っていない。
【0042】
一方で、本実施例の場合のように、信号処理回路2のn次非線形歪生成部20および非線形歪補正信号生成部10が、非線形歪補正信号を生成する非線形歪補正ON状態にすると、3次以上の高調波歪を十分に低減することができる。ただし、本実施例では、次数n=2であり、2次ヴォルテラフィルタ部22の出力の乗算器25での乗算係数α2=1である。なお、
図4のグラフに於いて、非線形歪補正ON状態での5次高調波歪は、−60dBを下回っているのでグラフ表示されていない。ただし、2次の非線形歪は、非線形歪補正ON状態でも、ほとんど変化させないようにすることができている。したがって、本実施例では、スピーカーシステム3から再生される3次以上の高調波歪成分のみを低減するような非線形歪補正信号を生成することができる。
【0043】
入力音声信号が純音である場合には、動電型スピーカー31における非線形歪補正が適正な場合には、非線形歪補正OFF状態から非線形歪補正ON状態に切り換えると、非線形歪が低減して再生音から濁り感が少なくなる。一方で、非線形歪補正が不適当な場合には、非線形歪補正OFF状態から非線形歪補正ON状態に切り換えると、非線形歪が逆に増大して再生音の濁り感が増して、音量も大きくなるように聴き取れる場合がある。ただし、基本波に周波数が最も近い2次高調波歪は、低音である基本波と弁別することが難しく、2次高調波歪成分のみを非線形歪補正で低減すると、単に基本波の再生レベルが低下したかのような聴感上の印象を与えてしまう場合がある。この音声再生装置1では、低音の音量感につながる2次高調波歪成分に影響を与えることなく、かつ、再生音の濁り感につながる3次以上の高調波歪成分のみを低減するように非線形歪補正信号を生成することができるので、動電型スピーカーにおける再生音質の調整が可能になるという利点がある。
【0044】
図5および
図6は、音声再生装置1のスピーカーシステム3からの再生音に含まれる非線形歪について説明するグラフである。具体的には、入力音声信号が150Hzの正弦波信号であり、信号処理回路2の制御回路4が、DSP5を非線形歪補正信号を生成しないように動作させる非線形歪補正OFF状態と、DSP5を非線形歪補正信号を生成するように動作させる非線形歪補正ON状態と、を切り換えるようにして動作させるのは、
図4での場合と同様である。ここでは、2次ヴォルテラフィルタ部22の出力の乗算器25での乗算係数α2を、
図5はα2=2.0と設定した場合であり、
図6はα2=0.25と設定した場合に、150Hzの2次高調波300Hzにおける高調波歪率を測定して図示したグラフである。なお、3次高調波450Hzと、4次高調波600Hzと、5次高調波750Hzと、は、非線形歪補正信号を生成する非線形歪補正ON状態にすると3次以上の高調波歪を低減できる
図4での場合と同様であるので、図示を省略している。
【0045】
2次ヴォルテラフィルタ部22の出力の乗算器25での乗算係数α2=1としている
図4のグラフに於いて、非線形歪補正ON状態での2次高調波歪は、非線形歪補正OFF状態からほとんど変わらない。一方で、
図5に示す場合に乗算係数α2=2.0と大きく設定すると、2次高調波歪は逆に増大している。また、
図6に示す場合に乗算係数α2=0.25と小さく設定すると、2次高調波歪は減少している。このように、信号処理回路2のn次非線形歪生成部20のn次ヴォルテラフィルタ部が、それぞれのヴォルテラフィルタの出力に係数αnを乗算する乗算器を有していれば、乗算器の係数αnを変更することにより、動電型スピーカー31を含むスピーカーシステム3から再生されるn次以上(n次を含む)の高調波歪成分を低減する、または、低減しないように非線形歪補正信号を生成することができる。
【0046】
本実施例の音声再生装置1では、動電型スピーカー31の非線形パラメータをスティフネスK(x)と、力係数Bl(x)と存在すると仮定したが、ボイスコイル変位に伴うインダクタンスの非線形パラメータL(x)を含む他の非線形モデルに基づいて、DSP5のn次非線形歪生成部20および非線形歪補正信号生成部10を構成しても良い。もちろん、他の非線形性を考慮した非線形モデルを採用してもよい。
【0047】
もちろん、動電型スピーカー31を含むスピーカーシステム3は、密閉型に限らず、位相反転型(バスレフ型、パッシブラジエータ型)、ケルトン型、ダブルパスレフ型、等の他のキャビネット方式であってもよい。いずれのキャビネット方式であっても、ボイスコイル状態演算部20が、仮想スピーカーシステム300の線形パラメータおよび非線形パラメータを反映し、非線形歪補正信号生成部10が、仮想スピーカーシステム300に加えてスピーカーシステム3の線形パラメータおよび非線形パラメータを反映していればよい。