特許第6183114号(P6183114)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6183114膜電極接合体およびこの製造方法ならびに固体高分子形燃料電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6183114
(24)【登録日】2017年8月4日
(45)【発行日】2017年8月23日
(54)【発明の名称】膜電極接合体およびこの製造方法ならびに固体高分子形燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/88 20060101AFI20170814BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20170814BHJP
   H01M 8/02 20160101ALI20170814BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20170814BHJP
【FI】
   H01M4/88 K
   H01M4/86 M
   H01M8/02 E
   !H01M8/10
【請求項の数】3
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-204404(P2013-204404)
(22)【出願日】2013年9月30日
(65)【公開番号】特開2015-69889(P2015-69889A)
(43)【公開日】2015年4月13日
【審査請求日】2016年8月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】凸版印刷株式会社
(72)【発明者】
【氏名】盛岡 弘幸
【審査官】 ▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/004959(WO,A1)
【文献】 特開2010−238668(JP,A)
【文献】 特開2010−123371(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/88
H01M 4/86
H01M 8/02
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質膜を一対の電極触媒層で狭持した膜電極接合体の製造方法であって、
前記一対の電極触媒層のうち少なくとも一方の電極触媒層は、外側の第1の電極触媒部と、前記高分子電解質膜に隣接した内側の第2の電極触媒部と、の少なくとも2つに分割されており、
第1の触媒インクを塗布して乾燥させることによって、前記第1の電極触媒部を形成する工程と、
第2の触媒インクを塗布して乾燥させることによって、前記第2の電極触媒部を形成する工程と、
を有し、
前記第1の電極触媒部を形成する工程における前記第1の触媒インクの塗工速度が、前記第2の電極触媒部を形成する工程における前記第2の触媒インクの塗工速度よりも大きいことを特徴とする、膜電極接合体の製造方法。
【請求項2】
前記第1の電極触媒部を形成する工程において前記第1の触媒インクを塗工させる際の塗工速度と、前記第2の電極触媒を形成する工程において前記第2の触媒インクを塗工させる際の塗工速度との比が、1:0.2以上1:0.9以下の範囲内であることを特徴とする、請求項1に記載の膜電極接合体の製造方法。
【請求項3】
前記第1の電極触媒部および前記第2の電極触媒部を有する電極触媒層を厚さ方向に均等に分割した際の、水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算値で、一方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積と、他方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積との差が、0.1mL/g以上1.0mL/g以下となるように、触媒インクの塗工速度を制御することを特徴とする、請求項2に記載の膜電極接合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜電極接合体とこの製造方法およびこの膜電極接合体を備えてなる固体高分子形燃料電池に関するものであり、さらに詳しくは、低加湿条件下で高い発電特性を示す膜電極接合体とこの製造方法およびこの膜電極接合体を備えてなる固体高分子形燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素を含有する燃料ガスと酸素を含む酸化剤ガスとを、触媒を含む電極で水の電気分解の逆反応を起こさせ、熱と同時に電気を生み出す発電システムである。この発電システムは、従来の発電方式と比較して高効率で低環境負荷、低騒音などの特徴を有し、将来のクリーンなエネルギー源として注目されている。用いるイオン伝導体の種類によってタイプがいくつかあり、プロトン伝導性高分子膜を用いたものは、固体高分子形燃料電池と呼ばれる。
【0003】
燃料電池の中でも固体高分子形燃料電池は、室温付近で使用可能なことから、車載用電源や家庭据置用電源などへの使用が有望視されており、近年、様々な研究開発が行われている。固体高分子形燃料電池は、膜電極接合体(MembraneElectrode Assembly;以下、MEAと称すことがある)と呼ばれる高分子電解質膜の両面に一対の電極触媒層を配置させた接合体を、電極の一方に水素を含有する燃料ガスを供給するためのガス流路を形成したセパレーター板と、電極の他方に酸素を含む酸化剤ガスを供給するためのガス流路を形成したセパレーター板とで挟持した電池である。ここで、燃料ガスを供給する電極を燃料極、酸化剤を供給する電極を空気極と呼んでいる。これらの電極は、白金系の貴金属などの触媒物質を担持したカーボン粒子と高分子電解質を積層してなる電極触媒層と、ガス通気性と電子伝導性を兼ね備えたガス拡散層からなる。
【0004】
ここで、電極触媒層に対しては、燃料電池の出力密度を向上させるため、ガス拡散性を高める取り組みがなされてきた。電極触媒層中の細孔は、セパレーター板からガス拡散層を通じた先に位置し、複数の物質を輸送する通路の役割を果たす。燃料極では、酸化還元の反応場である三相界面に、燃料ガスを円滑に供給するだけでなく、生成したプロトンを高分子電解質膜内で円滑に伝導させるための水を供給する機能を果たす。空気極では、酸化剤ガスの供給と共に、電極反応で生成した水を円滑に除去する機能を果たす。物質輸送の妨げで発電反応が停止する、いわゆる「フラッディング」と呼ばれる現象を防止するため、これまで排水性を高める手法が行われてきた(例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4参照)。
【0005】
固体高分子形燃料電池の実用化に向けての課題は、出力密度や耐久性の向上などが挙げられるが、最大の課題は低コスト化である。
【0006】
この低コスト化の手段の一つに、加湿器の削減が挙げられる。膜電極接合体の中心に位置する高分子電解質膜には、パーフルオロスルホン酸膜や炭化水素系膜が広く用いられているが、優れたプロトン伝導性を得るためには飽和水蒸気圧雰囲気に近い水分管理が必要とされており、現在、加湿器によって外部から水分供給を行っている。そこで、低消費電力やシステムの簡略化のために、加湿器を必要としないような、低加湿条件下であっても、十分なプロトン伝導性を示す高分子電解質膜の開発が進められている。
【0007】
しかし、排水性を高めた電極触媒層は、低加湿条件下では高分子電解質がドライアップするため、電極触媒層構造の最適化を行い、保水性を向上させる必要がある。これまで、低加湿条件下における燃料電池の保水性を向上させるため、例えば、電極触媒層とガス拡散層の間に、湿度調整フィルムを挟み込む方法が考案されている。
【0008】
例えば、特許文献5には、導電性炭素質粉末とポリテトラフルオロエチレンから構成された湿度調整フィルムが、湿度調節機能を示してドライアップを防止する方法が考案されている。
【0009】
特許文献6には、高分子電解質膜と接する触媒電極層の表面に溝を設ける方法が考案されている。0.1〜0.3mmの幅を有する溝を形成することで、低加湿条件下における発電性能の低下を抑制する方法が考案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2006−120506号公報
【特許文献2】特開2006−332041号公報
【特許文献3】特開2007−87651号公報
【特許文献4】特開2007−80726号公報
【特許文献5】特開2006−252948号公報
【特許文献6】特開2007−141588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、これらの特許文献に記載された膜電極接合体は、満足できる発電性能を備えていないという問題があった。また、製造方法が煩雑でありコストが高いという問題があった。
【0012】
そこで、本発明にあっては、反応ガスの拡散性を高めると共に、電極反応で生成した水の除去などを阻害せずに保水性を高め、低加湿条件下でも高い発電特性を示す電極触媒層を備える膜電極接合体および膜電極接合体を効率よく経済的に容易に製造できる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するための手段として、本発明の一態様は、高分子電解質膜を一対の電極触媒層で狭持した膜電極接合体の製造方法であって、前記一対の電極触媒層のうち少なくとも一方の電極触媒層は、外側の第1の電極触媒部と、前記高分子電解質膜に隣接した内側の第2の電極触媒部と、の少なくとも2つに分割されており、第1の触媒インクを塗布して乾燥させることによって、前記第1の電極触媒部を形成する工程と、第2の触媒インクを塗布して乾燥させることによって、前記第2の電極触媒部を形成する工程と、を有し、前記第1の電極触媒部を形成する工程における前記第1の触媒インクの塗工速度が、前記第2の電極触媒部を形成する工程における前記第2の触媒インクの塗工速度よりも大きいことを特徴とする。
【0014】
また、第1の電極触媒部を形成する工程において第1の触媒インクを塗工させる際の塗工速度と、第2の電極触媒層を形成する工程において第2の触媒インクを塗工させる際の塗工速度との比が1:0.2以上1:0.9以下の範囲内であることを特徴とする。
【0015】
また、前記第1の電極触媒部および前記第2の電極触媒部を有する電極触媒層を厚さ方向に均等に分割した際の、水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算値で、一方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積と、他方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積との差が、0.1mL/g以上1.0mL/g以下となるように、触媒インクの塗工速度を制御することを特徴とする。
【0016】
また、本発明の別の態様は、高分子電解質膜を一対の電極触媒層で挟持した膜電極接合体であって、前記一対の電極触媒層のうち少なくとも一方の電極触媒層は、外側の第1の電極触媒部と、高分子電解質膜に隣接した内側の第2の電極触媒部との少なくとも2つに分割された電極触媒層であり、前記第1の電極触媒部および前記第2の電極触媒部を有する電極触媒層を厚さ方向に均等に分割した際の、水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算値で、一方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積と、他方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積との差が、0.1mL/g以上1.0mL/g以下であることを特徴とする。
【0017】
また、本発明のさらに別の態様は、上述の膜電極接合体を備える、固体高分子形燃料電池である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、電極触媒層の水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算での直径1.0μm以下の細孔容積が、外側である表面側から内側である高分子電解質膜側に向かって増加していることを特徴とし、電極反応で生成した水の除去などを阻害せずに保水性を高め、低加湿条件下でも高い発電特性を示す電極触媒層を備える膜電極接合体およびそれを効率よく経済的に容易に製造できる製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明に係る膜電極接合体の断面模式図である。
図2】本発明に係る固体高分子形燃料電池の分解断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明に係る膜電極接合体およびこの製造方法、固体高分子形燃料電池について説明する。なお、本発明は、以下に記載の膜電極接合体に限定されうるものではなく、当業者の知識に基づいて設計の変更などの変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうるものである。
【0021】
まず、本発明に係る膜電極接合体12について説明する。
【0022】
図1は、本発明に係る膜電極接合体12を示す断面模式図である。図1に示すように、膜電極接合体12は、高分子電解質膜1と、高分子電解質膜1を狭持する電極触媒層2および3とを備える。また、膜電極接合体12において、電極触媒層2および3は、触媒物質担持粒子と高分子電解質とを備える。さらに、膜電極接合体12の電極触媒層2および3のうち少なくとも一方の電極触媒層は、電極触媒層を厚さ方向に均等に分割した際の、2つの電極触媒層(一方の電極触媒層および他方の電極触媒層)の水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算値で、直径1.0μm以下の細孔容積が、外側である一方の電極触媒層から、内側である他方の電極触媒層に向かって増加した電極触媒部で積層してなる多層構造であることを特徴とする。
【0023】
膜電極接合体12では、水銀圧入法で求められる、細孔の円筒近似による換算での直径1.0μm以下の細孔容積の値が、電極触媒層2および3の内側に位置する第2の電極触媒部2b(3b)が外側に位置する第1の電極触媒部2a(3a)と比較して大きい。言い換えると、外側である表面に位置する第1の電極触媒部2a(3a)が内側に位置する第2の電極触媒部2b(3b)と比較して細孔容積が小さい。
【0024】
膜電極接合体12では、電極触媒層の厚さ方向における細孔容積の分布を改善し、外側に位置する第1の電極触媒部2a(3a)の構造を内側に位置する第2の電極触媒部2b(3b)と比較して密な構造にすることによって、第1の電極触媒部2a(3a)で保水性を高め、第2の電極触媒部2b(3b)で水の除去を促進している。このように、膜電極接合体12は、電極反応で生成した水の排水性と低加湿条件下における保水性を両立している。
【0025】
膜電極接合体12では、従来の湿度調整フィルムの適用や、電極触媒層表面への溝の形成によって低加湿化を図る場合と異なり、界面抵抗の増大による発電特性の低下が見られない。このことより、従来の膜電極接合体を備えた固体高分子形燃料電池に比べ、膜電極接合体12を備える固体高分子形燃料電池は、低加湿条件下でも高い発電特性を示すという顕著な効果を奏する。
【0026】
電極触媒層を厚さ方向に均等に分割した際の、水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算値で、一方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積と、他方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積との差が、0.1mL/g以上1.0mL/g以下であることが好ましい。厚さ方向に均等に分割した際の2つの電極触媒層の細孔容積の差が0.1mL/gに満たない場合にあっては、電極反応で生成した水の排水性と低加湿条件下における保水性を両立することが困難となる場合がある。また、厚さ方向に均等に分割した際の2つの電極触媒層の細孔容積の差が1.0mL/gを超える場合にあっても電極反応で生成した水の排水性と低加湿条件下における保水性を両立することが困難となる場合がある。
【0027】
膜電極接合体12において、細孔容積の異なる2層構成の電極触媒層2および3を備えるにあっては、細孔容積の大きい第2の電極触媒部2b(3b)の層厚は細孔容積の小さい第1の電極触媒部2a(3a)の層厚よりも大きい方が好ましい。細孔容積の大きい第2の電極触媒部2b(3b)の層厚を細孔容積の小さい第1の電極触媒層2a(3a)の層厚よりも大きくすることにより、電極反応で生成した水の排水性と低加湿条件下における保水性をより好適に両立することができる場合がある。
【0028】
なお、膜電極接合体12において、電極触媒層2および3の分割数は2つに限定されるものではない。電極触媒層2および3の分割数が3つ以上であってもよい。電極触媒層2および3の分割数を3つ以上にする場合、電極触媒層2および3の水銀圧入法で求められる、細孔の円筒近似による換算での直径1.0μm以下の細孔容積は、段階的に変化させる。言い換えると、電極触媒層の分割数が3つ以上の膜電極接合体であっても、外側の電極触媒部の細孔容積の値よりも、内側に位置する電極触媒部の細孔容積の値が大きくなるように変化させる。なお、電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積を求める場合、電極触媒層2および3の分割数または電極触媒部の層厚によっては、電極触媒層を厚さ方向に均等に分割した際、複数の電極触媒部を含んで分割されることがある。この場合、電極触媒部ごとの直径1.0μm以下の細孔容積(mL)の値(電極触媒層を厚さ方向に均等に分割した際、電極触媒部の一部が含まれる場合は、層厚の比率で算出したその一部の値)を求め、その和を、電極触媒部ごとの重量(電極触媒層を厚さ方向に均等に分割した際、電極触媒部の一部が含まれる場合は、層厚の比率で算出その一部の重量)の和で除することで直径1.0μm以下の細孔容積を求める。
【0029】
また、膜電極接合体12において、高分子電解質膜1の両面に形成される電極触媒層2および3のうち、一方の電極触媒層2または3のみが、異なる細孔容積を有する部分に分割されていてもよい。一方の電極触媒層2または3のみを、異なる細孔容積に分割する場合、異なる細孔容積に分割した電極触媒層は、電極反応により水が発生する空気極(カソード)側に配置することが好ましい。ただし、低加湿条件下における高分子電解質の水分保持の点から、異なる細孔容積に分割した電極触媒層は高分子電解質膜1の両面に形成されることが、より好ましい。
【0030】
次に、本発明に係る固体高分子形燃料電池11について説明する。
【0031】
図2は、本発明に係る固体高分子形燃料電池11の分解断面図である。固体高分子形燃料電池11は、膜電極接合体12の電極触媒層2および3と対向するように配置される空気極側のガス拡散層4と、燃料極側のガス拡散層5とを備える。電極触媒層2とガス拡散層4とで空気極(カソード)6が構成され、電極触媒層3とガス拡散層5とで燃料極(アノード)7が構成される。また、ガス流通用のガス流路8と、冷却水流通用の冷却水流路9とを備えた、導電性でかつ不透過性の材料よりなる一組のセパレーター10が、ガス拡散層4及び5の外側にそれぞれ配置される。燃料極7側のセパレーター10のガス流路8からは燃料ガスとして、例えば水素ガスが供給される。一方、空気極6側のセパレーター10のガス流路8からは、酸化剤ガスとして、例えば酸素を含むガスが供給される。燃料ガスの水素と酸素ガスとを触媒の存在下で電極反応させることにより、燃料極と空気極の間に起電力を生じることができる。
【0032】
固体高分子形燃料電池11は、一組のセパレーター10に、高分子電解質膜1と、電極触媒層2および3と、ガス拡散層4および5とが狭持されている。固体高分子形燃料電池11は単セル構造の燃料電池であるが、セパレーター10を介して複数のセルを積層して固体高分子形燃料電池としてもよい。
【0033】
次に、本発明に係る膜電極接合体12の製造方法について説明する。
【0034】
本発明に係る膜電極接合体12の製造方法にあっては、以下の第1工程〜第3工程を含む。
(第1工程)
触媒を担持した粒子と、高分子電解質とを溶媒に分散させた第1の触媒インクを塗布して、乾燥させることにより、第1の電極触媒部を形成する工程。
(第2工程)
触媒を担持した粒子と、高分子電解質とを溶媒に分散させた第2の触媒インクを塗布して、触媒インクを乾燥させることにより、第2の電極触媒部を形成する工程。
(第3工程)
高分子電解質膜の少なくとも一方の面に第1の電極触媒部および第2の電極触媒部を形成する工程。
【0035】
本発明者は、第1の電極触媒部、第2の電極触媒部をそれぞれ形成する工程において、触媒インクの塗工速度を変化させることにより、細孔容積の異なる電極触媒部を形成することができることを見出し、本発明に至った。電極触媒部は、触媒を担持した粒子と高分子電解質を溶媒に分散させた触媒インクを基材上に塗布し塗膜を形成し、該塗膜中の溶媒を除去することにより形成される。このとき、触媒インクの塗工速度を大きくした場合、塗工速度を小さくした場合と比較して、形成される電極触媒部の細孔容積を小さくすることができる。また、触媒インクの塗工速度を小さくした場合には、塗工速度を大きくした場合と比較して、形成される電極触媒部の細孔容積を大きくすることができる。
【0036】
つまり、膜電極接合体12の製造方法は、第1の電極触媒部を形成する工程(第1工程)における触媒インクの塗工速度を、第2の電極触媒部を形成する工程(第2工程)における触媒インクの塗工速度よりも大きくする。触媒インクの塗工速度を大きくすることで、触媒インクへのせん断応力が強くなり、形成される電極触媒部の細孔容積を小さくすることができる。また、触媒インクの塗工速度を小さくすることで、触媒インクへのせん断応力が弱くなり、形成される電極触媒部の細孔容積を大きくすることができる。
【0037】
また、第1の電極触媒部を形成する際の触媒インクの塗工速度と、第2の電極触媒部を形成する際の触媒インクの塗工速度の比は1:0.2以上1:0.9以下の範囲内であることが好ましい。第1の電極触媒部を形成する際の触媒インクの塗工速度と、第2の電極触媒部を形成する際の触媒インクの塗工速度の比が1:0.2に満たない場合は、形成する第1の電極触媒部と第2の電極触媒部との細孔容積の差が大きくなり、電極反応で生成した水の排水性と低加湿条件下における保水性とを両立することが困難となる場合がある。また、第1の電極触媒部を形成する際の触媒インクの塗工速度と、第2の電極触媒部を形成する際の触媒インクの塗工速度の比が1:0.9を超える場合は、形成する第1の電極触媒部と第2の電極触媒部との細孔容積の差が少なくなり、電極反応で生成した水の排水性と低加湿条件下における保水性とを両立することが困難となる場合がある。
【0038】
電極触媒層を厚さ方向に均等に分割した際の、水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算値で、一方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積と、他方の電極触媒層の直径1.0μm以下の細孔容積との差が、0.1mL/g以上1.0mL/g以下であることが好ましい。電極触媒層が第1の電極触媒部および第2の電極触媒部を有し、第1の電極触媒部および第2の電極触媒部の層厚が等しい場合であって、第2の電極触媒部の細孔容積の値と、第1の電極触媒部の細孔容積の値との差が0.1mL/gに満たない場合は、電極反応で生成した水の排水性と低加湿条件下における保水性とを両立することが困難となる場合がある。また、細孔容積の差が1.0mL/gを超える場合であっても、電極反応で生成した水の排水性と低加湿条件下における保水性とを両立することが困難となる場合がある。
【0039】
また、第1の電極触媒部を形成する際に用いられる第1の触媒インクと、第2の電極触媒部を形成する際に用いられる第2の触媒インクとは、同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0040】
以下、さらに詳細に本発明に係る膜電極接合体12および固体高分子形燃料電池11について説明する。
【0041】
高分子電解質膜1としては、プロトン伝導性を有するものであればよく、フッ素系高分子電解質膜、炭化水素系高分子電解質膜を用いることができる。フッ素系高分子電解質膜としては、例えば、デュポン社製Nafion(登録商標)、旭硝子(株)製Flemion(登録商標)、旭化成(株)製Aciplex(登録商標)、ゴア社製GoreSelect(登録商標)などを用いることができる。また、炭化水素系高分子電解質膜としては、スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホン化ポリスルフィド、スルホン化ポリフェニレンなどの電解質膜を用いることができる。特に、高分子電解質膜1として、デュポン社製Nafion(登録商標)系材料を好適に用いることができる。
【0042】
また、電極触媒層2および3は、触媒インクを用いて高分子電解質膜の両面に形成される。触媒インクは、少なくとも高分子電解質および溶媒を含む。
【0043】
上述の触媒インクに含まれる高分子電解質としては、プロトン伝導性を有するものであればよく、高分子電解質膜と同様の材料を用いることができ、フッ素系高分子電解質、炭化水素系高分子電解質を用いることができる。フッ素系高分子電解質としては、例えば、デュポン社製Nafion(登録商標)系材料などを用いることができる。また、炭化水素系高分子電解質としては、スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホン化ポリスルフィド、スルホン化ポリフェニレンなどの電解質を用いることができる。特に、フッ素系高分子電解質として、デュポン社製Nafion(登録商標)系材料を好適に用いることができる。なお、電極触媒層と、高分子電解質膜との密着性を考慮すると、高分子電解質膜1と同一の材料を用いることが好ましい。
【0044】
本発明で用いる触媒物質(以下、触媒粒子あるいは触媒と称すことがある)としては、白金やパラジウム、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、オスミウムの白金族元素の他、鉄、鉛、銅、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、アルミニウムなどの金属又はこれらの合金、または酸化物、複酸化物などを用いることができる。また、上記の触媒の粒径は、大きすぎると触媒の活性が低下し、小さすぎると触媒の安定性が低下するため、触媒の粒径は0.5〜20nmが好ましい。さらに好ましくは、1〜5nmがよい。また、触媒粒子が、白金、金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、および、イリジウムから選ばれた1種または2種以上の金属である場合、電極反応性に優れ、電極反応を効率よく安定して行うことができる。触媒粒子が、白金、金、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、および、イリジウムから選ばれた1種または2種以上の金属である場合、電極触媒層を備えた固体高分子形燃料電池が高い発電特性を示すので好ましい。
【0045】
上記の触媒物質を担持する電子伝導性の粉末としては、一般的にカーボン粒子が使用される。カーボン粒子の種類は、微粒子状で導電性を有し、触媒におかされないものであれば限定されるものではないが、カーボンブラックやグラファイト、黒鉛、活性炭、カーボンファイバー、カーボンナノチューブ、フラーレンを用いることができる。カーボン粒子の粒径は、小さすぎると電子伝導パスが形成されにくくなり、また大きすぎると電極触媒層2および3のガス拡散性が低下したり、触媒の利用率が低下したりするので、10〜1000nm程度が好ましい。さらに好ましくは、10〜100nmがよい。
【0046】
触媒インクの分散媒として使用される溶媒は、触媒物質担持粒子や高分子電解質を浸食することがなく、高分子電解質を流動性の高い状態で溶解または微細ゲルとして分散できるものあれば特に限定されるものではない。しかしながら、揮発性の有機溶媒が少なくとも含まれていることが望ましい。触媒インクの分散媒として使用される溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノ―ル、2−プロパノ―ル、1−ブタノ−ル、2−ブタノ−ル、イソブチルアルコール、tert−ブチルアルコール、ペンタノ−ルなどのアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン、ペンタノン、メチルイソブチルケトン、へプタノン、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン、アセトニルアセトン、ジイソブチルケトンなどのケトン系溶剤、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、アニソール、メトキシトルエン、ジブチルエーテルなどのエーテル系溶剤、その他ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ジアセトンアルコール、1−メトキシ−2−プロパノールなどの極性溶剤などを用いることができる。また、上述の溶剤のうち二種以上を混合させたものを用いてもよい。
【0047】
また、触媒インクの分散媒として使用される溶媒として、低級アルコールを用いたものは発火の危険性が高いため、低級アルコールを用いる場合は、水との混合溶媒にするのが好ましい。さらに、高分子電解質となじみがよい水が含まれていてもよい。水の添加量は、高分子電解質が分離して白濁を生じたり、ゲル化したりしない程度であれば特に制限されるものではない。
【0048】
また、触媒インクの分散媒として使用される溶媒には、第1の電極触媒部を形成するために用いる第1の触媒インクの溶媒と、第2の電極触媒部を形成するために用いる第2の触媒インクの溶媒とがあるが、両者はともに同一の溶媒でもよく、また、異なる溶媒でもよい。
【0049】
電極触媒層2および3の細孔容積は、触媒インクの組成、分散条件に依存し、高分子電解質の量、分散溶媒の種類、分散手法、分散時間などによって変化するので、これらの少なくとも1つ、好ましくは2つ以上を組み合わせて用いて電極触媒層2および3の細孔容積が、ガス拡散層に近い側から高分子電解質膜1に向かって、増加するように制御して形成することが好ましい。
【0050】
触媒物質担持粒子を分散させるために、触媒インクに分散剤が含まれていてもよい。分散剤としては、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン界面活性剤などを挙げることができる。
【0051】
上記アニオン界面活性剤としては、例えば、アルキルエーテルカルボン酸塩、エーテルカルボン酸塩、アルカノイルザルコシン、アルカノイルグルタミン酸塩、アシルグルタメート、オレイン酸・N−メチルタウリン、オレイン酸カリウム・ジエタノールアミン塩、アルキルエーテルサルフェート・トリエタノールアミン塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルサルフェート・トリエタノールアミン塩、特殊変成ポリエーテルエステル酸のアミン塩、高級脂肪酸誘導体のアミン塩、特殊変成ポリエステル酸のアミン塩、高分子量ポリエーテルエステル酸のアミン塩、特殊変成リン酸エステルのアミン塩、高分子量ポリエステル酸アミドアミン塩、特殊脂肪酸誘導体のアミドアミン塩、高級脂肪酸のアルキルアミン塩、高分子量ポリカルボン酸のアミドアミン塩、ラウリン酸ナトリウム、ステアリン酸ナトリウム、オレイン酸ナトリウムなどのカルボン酸型界面活性剤、ジアルキルスルホサクシネート、スルホコハク酸ジアルキル塩、1,2−ビス(アルコキシカルボニル)−1−エタンスルホン酸塩、アルキルスルホネート、アルキルスルホン酸塩、パラフィンスルホン酸塩、α−オレフィンスルホネート、直鎖アルキルベンゼンスルホネート、アルキルベンゼンスルホネート、ポリナフチルメタンスルホネート、ポリナフチルメタンスルホン酸塩、ナフタレンスルホネート−ホルマリン縮合物、アルキルナフタレンスルホネート、アルカノイルメチルタウリド、ラウリル硫酸エステルナトリウム塩、セチル硫酸エステルナトリウム塩、ステアリル硫酸エステルナトリウム塩、オレイル硫酸エステルナトリウム塩、ラウリルエーテル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、油溶性アルキルベンゼンスルホン酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩などのスルホン酸型界面活性剤、アルキル硫酸エステル塩、硫酸アルキル塩、アルキルサルフェート、アルキルエーテルサルフェート、ポリオキシエチレンアルキルエーテルサルフェート、アルキルポリエトキシ硫酸塩、ポリグリコールエーテルサルフェート、アルキルポリオキシエチレン硫酸塩、硫酸化油、高度硫酸化油などの硫酸エステル型界面活性剤、リン酸(モノまたはジ)アルキル塩、(モノまたはジ)アルキルホスフェート、(モノまたはジ)アルキルリン酸エステル塩、リン酸アルキルポリオキシエチレン塩、アルキルエーテルホスフェート、アルキルポリエトキシ・リン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、リン酸アルキルフェニル・ポリオキシエチレン塩、アルキルフェニルエーテル・ホスフェート、アルキルフェニル・ポリエトキシ・リン酸塩、ポリオキシエチレン・アルキルフェニル・エーテルホスフェート、高級アルコールリン酸モノエステルジナトリウム塩、高級アルコールリン酸ジエステルジナトリウム塩、ジアルキルジチオリン酸亜鉛などのリン酸エステル型界面活性剤などが挙げられる。
【0052】
上記カチオン界面活性剤としては、例えば、ベンジルジメチル{2−[2−(P−1,1,3,3−テトラメチルブチルフェノオキシ)エトキシ]エチル}アンモニウムクロライド、オクタデシルアミン酢酸塩、テトラデシルアミン酢酸塩、オクタデシルトリメチルアンモニウムクロライド、牛脂トリメチルアンモニウムクロライド、ドデシルトリメチルアンモニウムクロライド、ヤシトリメチルアンモニウムクロライド、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライド、ベヘニルトリメチルアンモニウムクロライド、ヤシジメチルベンジルアンモニウムクロライド、テトラデシルジメチルベンジルアンモニウムクロライド、オクタデシルジメチルベンジルアンモニウムクロライド、ジオレイルジメチルアンモニウムクロライド、1−ヒドロキシエチル−2−牛脂イミダゾリン4級塩、2−ヘプタデセニルーヒドロキシエチルイミダゾリン、ステアラミドエチルジエチルアミン酢酸塩、ステアラミドエチルジエチルアミン塩酸塩、トリエタノールアミンモノステアレートギ酸塩、アルキルピリジウム塩、高級アルキルアミンエチレンオキサイド付加物、ポリアクリルアミドアミン塩、変成ポリアクリルアミドアミン塩、パーフルオロアルキル第4級アンモニウムヨウ化物などが挙げられる。
【0053】
上記両性界面活性剤としては、例えば、ジメチルヤシベタイン、ジメチルラウリルベタイン、ラウリルアミノエチルグリシンナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸ナトリウム、ステアリルジメチルベタイン、ラウリルジヒドロキシエチルベタイン、アミドベタイン、イミダゾリニウムベタイン、レシチン、3−[ω−フルオロアルカノイル−N−エチルアミノ]−1−プロパンスルホン酸ナトリウム、N−[3−(パーフルオロオクタンスルホンアミド)プロピル]−N,N−ジメチル−N−カルボキシメチレンアンモニウムベタインなどが挙げられる。
【0054】
上記非イオン界面活性剤としては、例えば、ヤシ脂肪酸ジエタノールアミド(1:2型)、ヤシ脂肪酸ジエタノールアミド(1:1型)、牛脂肪酸ジエタノールアミド(1:2型)、牛脂肪酸ジエタノールアミド(1:1型)、オレイン酸ジエタノールアミド(1:1型)、ヒドロキシエチルラウリルアミン、ポリエチレングリコールラウリルアミン、ポリエチレングリコールヤシアミン、ポリエチレングリコールステアリルアミン、ポリエチレングリコール牛脂アミン、ポリエチレングリコール牛脂プロピレンジアミン、ポリエチレングリコールジオレイルアミン、ジメチルラウリルアミンオキサイド、ジメチルステアリルアミンオキサイド、ジヒドロキシエチルラウリルアミンオキサイド、パーフルオロアルキルアミンオキサイド、ポリビニルピロリドン、高級アルコールエチレンオキサイド付加物、アルキルフェノールエチレンオキサイド付加物、脂肪酸エチレンオキサイド付加物、ポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物、グリセリンの脂肪酸エステル、ペンタエリスリットの脂肪酸エステル、ソルビットの脂肪酸エステル、ソルビタンの脂肪酸エステル、砂糖の脂肪酸エステルなどが挙げられる。
【0055】
上記の界面活性剤の中でもアルキルベンゼンスルホン酸、油溶性アルキルベンゼンスルホン酸、α−オレフィンスルホン酸、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、油溶性アルキルベンゼンスルホン酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩などのスルホン酸型の界面活性剤は、カーボンの分散効果、分散剤の残存による触媒性能の変化などを考慮すると、分散剤として、好適に用いることができる。
【0056】
触媒インク中の高分子電解質の量を多くすると細孔容積は一般に小さくなる。一方、触媒インク中のカーボン粒子の量を多くすると、細孔容積は大きくなる。また、分散剤を使用すると、細孔容積は小さくなる。
【0057】
また、触媒インクは必要に応じて分散処理が行われる。触媒インクの粘度と、粒子のサイズとを、触媒インクの分散処理の条件によって制御することができる。分散処理は、様々な装置を採用して行うことができる。特に、分散処理の方法は限定されるものではない。例えば、分散処理としては、ボールミルやロールミルによる処理、せん断ミルによる処理、湿式ミルによる処理、超音波分散処理などが挙げられる。また、遠心力で攪拌を行うホモジナイザーなどを採用してもよい。また、分散時間は長くなるのに伴い、触媒物質担持粒子の凝集体が破壊され、細孔容積は小さくなる。
【0058】
触媒インク中の固形分含有量は、多すぎると触媒インクの粘度が高くなるため、電極触媒層表面2および3にクラックが入りやすくなる。一方、触媒インク中の固形含有量が、少なすぎると成膜レートが非常に遅く、生産性が低下してしまう。したがって、触媒インク中の固形含有量は、1〜50質量%であることが好ましい。また、固形分は、触媒物質担持粒子と高分子電解質からなるが、固形分のうち、触媒物質担持粒子の含有量を多くすると、同じ固形分含有量でも粘度は高くなる。一方、固形分のうち、触媒物質担持粒子の含有量を少なくすると、同じ固形分含有量でも粘度は低くなる。したがって、固形分に占める触媒物質担持粒子の割合は10〜80wt%が好ましい。また、触媒インクの粘度は、0.1〜500cP(0.0001〜0.5Pa・s)程度が好ましく、さらに好ましくは5〜100cP(0.005〜0.1Pa・s)がよい。また触媒インクの分散時に分散剤を添加することで、粘度の制御をすることもできる。
【0059】
また、触媒インクに造孔剤が含まれていてもよい。造孔剤は、電極触媒層の形成後に除去することで、細孔を形成することができる。酸やアルカリ、水に溶ける物質や、ショウノウなどの昇華する物質、熱分解する物質などを挙げることができる。造孔剤が、温水で溶ける物質であれば、発電時に発生する水で取り除いてもよい。
【0060】
酸やアルカリ、水に溶ける造孔剤としては、炭酸カルシウム、炭酸バリウム、炭酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、酸化マグネシウムなどの酸可溶性無機塩類、アルミナ、シリカゲル、シリカゾルなどのアルカリ水溶液に可溶性の無機塩類、アルミニウム、亜鉛、スズ、ニッケル、鉄などの酸またはアルカリに可溶性の金属類、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化アンモニウム、炭酸ナトリウム、硫酸ナトリウム、リン酸一ナトリウムなどの水溶性無機塩類、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコールなどの水溶性有機化合物類などが挙げられる。また、上記造孔剤は1種単独であるいは2種以上を組み合わせて用いてもよいが、2種以上を組み合わせて用いることが好ましい。
【0061】
触媒インクを、基材上に塗布し、乾燥を行い、電極触媒層を形成する。基材として、ガス拡散層もしくは転写シートを用いた場合は、電極触媒層は、高分子電解質膜の両面に電極触媒層は接合される。また、膜電極接合体は、基材として高分子電解質膜を用い、高分子電解質膜の両面に直接触媒インクを塗布し、高分子電解質膜の両面に直接電極触媒層を形成してもよい。
【0062】
触媒インクを基材上に塗布する、塗布方法としては、ドクターブレード法、ディッピング法、スクリーン印刷法、ロールコーティング法などを採用することができる。
【0063】
電極触媒層2および3の製造における基材としては、ガス拡散層、転写シートもしくは高分子電解質膜を用いることができる。
【0064】
基材として用いられる転写シートとしては、転写性がよい材質であればよく、例えば、エチレンテトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロパーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などのフッ素系樹脂を用いることができる。また、ポリイミド、ポリエチレンテレフタラート、ポリアミド(ナイロン)、ポリサルホン、ポリエーテルサルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテル・エーテルケトン、ポリエーテルイミド、ポリアリレート、ポリエチレンナフタレートなどの高分子シート、高分子フィルムを転写シートとして用いることができる。また、基材として転写シートを用いた場合には、高分子電解質膜1に電極触媒層を接合した後に転写シートを剥離し、高分子電解質膜1の両面に電極触媒層を備える膜電極接合体12とすることができる。
【0065】
ガス拡散層4および5としては、ガス拡散性と導電性とを有する材質を用いることができる。例えば、カーボンクロス、カーボンペーパー、不織布などのポーラスカーボン材を用いることができる。また、ガス拡散層は、触媒インクを塗布する基材として用いることもできる。ガス拡散層を、触媒インクを塗布する基材として用いたとき、電極触媒層を高分子電解質膜に接合した後に、ガス拡散層である基材を剥離する必要は無い。
【0066】
ガス拡散層4および5を、触媒インクを塗布する基材として用いる場合には、触媒インクをガス拡散層に塗布する前に、予め、ガス拡散層上に目処め層を形成してもよい。目処め層は、触媒インクがガス拡散層の中に染み込むことを防止する層であり、触媒インクの塗布量が少ない場合でも目処め層上に堆積して三相界面を形成する。目処め層は、例えば、フッ素系樹脂溶液にカーボン粒子を分散させ、フッ素系樹脂の融点以上の温度で焼結させることにより形成することができる。フッ素系樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などを用いることができる。
【0067】
セパレーター10としては、カーボンタイプあるいは金属タイプのものなどを用いることができる。なお、ガス拡散層とセパレーターは一体構造となっていてもよい。また、セパレーターもしくは電極触媒層が、ガス拡散層の機能を果たす場合は、ガス拡散層は省略してもよい。固体高分子形燃料電池11は、ガス供給装置、冷却装置など、その他付随する装置を組み立てることにより製造することができる。
【実施例】
【0068】
本発明における固体高分子形燃料電池用電極触媒層の製造方法について、以下に具体的な実施例および比較例を挙げて説明するが、本発明は下記実施例によって制限されるものではない。
【0069】
(実施例)
〔触媒インクの調製〕
白金担持量が50wt%である白金担持カーボン触媒(商品名:TEC10E50E、田中貴金属工業製)と、20wt%高分子電解質溶液(商品名:Nafion(登録商標)、デュポン社製)とを溶媒中で混合し、遊星型ボールミルで分散処理を行った。このとき、分散時間を30分間とし、触媒インクを調製した。調整した触媒インクの出発原料の組成比は、カーボン担体と高分子電解質は質量比で1:1とし、分散溶媒は1−プロパノ−ル、2−プロパノ−ルを体積比で1:1とした。また、固形分含有量は15wt%とした。
【0070】
〔基材〕
転写シートである、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シートを基材として用いた。
【0071】
〔基材上への電極触媒層の形成方法〕
ドクターブレード法により、上記で調整した触媒インクを塗工速度100mm/sで基材上に塗布し、大気雰囲気中80℃で乾燥させ、第2の電極触媒部を得た。同様に、上記で調整した触媒インクを塗工速度160mm/sで基材上に塗布し、大気雰囲気中80℃で乾燥させ、第1の電極触媒部を形成した。このとき、触媒インクの塗布量は、白金担持量が0.25mg/cmになるようにそれぞれ調節し、第1の電極触媒部および第2の電極触媒部の層厚は同じとした。得られた第1の電極触媒部および第2の電極触媒部の水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算値で、直径1.0μm以下の細孔容積は、膜電極接合体にした際にガス拡散層に接する側の第1の電極触媒部と比べ、膜電極接合体にした際に高分子電解質に接する側の第2の電極触媒部は大きく、その差は0.16mL/gであった。
【0072】
〔膜電極接合体の作製〕
電極触媒層を形成した基材を5cm×5cmに打ち抜いた。高分子電解質膜(商品名:Nafion(登録商標)、デュポン社製)上に、第2の電極触媒部を高分子電解質膜側に、第1の電極触媒部をガス拡散層側に配置し、5cm×5cmの電極触媒層とした。この電極触媒層を高分子電解質膜の両面に配置し、130℃、6.0×106Paの条件でホットプレスを行い、膜電極接合体を得た。
【0073】
(比較例)
〔触媒インクの調整〕
実施例と同様に触媒インクを調製した。
【0074】
〔基材〕
実施例と同様の基材を用いた。
【0075】
〔電極触媒層の作製方法〕
実施例と同様に第2の電極触媒部を形成した。白金担持量は0.25mg/cmになるように触媒インクの塗布量を調整した。
【0076】
〔膜電極接合体の作製〕
第2の電極触媒部を形成した基材を5cm×5cmに打ち抜き、高分子電解質膜の両面に対面するように第2の電極触媒部を配置させ、130℃、6.0×106Paの条件でホットプレスを行い、膜電極接合体を得た。
【0077】
(評価)
〔発電特性〕
実施例および比較例で作製した膜電極接合体を挟持するように、ガス拡散層として用いるカーボンペーパーを貼りあわせ、発電評価セル内に設置した。燃料電池測定装置を用いて、セル温度80℃とし、以下に示す2つの運転条件で電流電圧測定を行った。燃料ガスとして水素、酸化剤ガスとして空気を用い、利用率一定による流量制御を行った。なお、背圧は100kPaとした。
(運転条件)
1.フル加湿:アノード100%RH、カソード100%RH
2.低加湿:アノード40%RH、カソード40%RH
【0078】
(測定結果)
実施例で作製した膜電極接合体は、比較例で作製した膜電極接合体よりも、低加湿の運転条件下で優れた発電性能を示し、実施例で作製した膜電極接合体は、低加湿の運転条件下においても、フル加湿の運転条件下と同等レベルの発電性能であった。特に0.7V付近の発電性能が向上し、実施例で作製した膜電極接合体は、比較例で作製した膜電極接合体と比べて1.5倍の発電特性を示した。実施例で作製した膜電極接合体と、比較例で作製した膜電極接合体との発電特性の結果から、水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算での直径1.0μm以下の細孔容積が外側である電極触媒層表面から内側である高分子電解質膜に向かってその厚さ方向で増加している膜電極接合体は保水性が高まり、低加湿の運転条件下における発電特性が、フル加湿の運転条件下と同等の発電特性を示すことが確認された。また、フル加湿の運転条件下では、実施例で作製した膜電極接合体は、比較例で作製した膜電極接合体と比べて1.3倍の発電特性を示した。実施例で作製した膜電極接合体と、比較例で作製した膜電極接合体との発電特性の結果から、反応ガスの拡散性、電極反応で生成した水の除去などを阻害していないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の膜電極接合体は、高分子電解質膜を一対の電極触媒層で挟持した膜電極接合体であって、電極触媒層は高分子電解質および触媒物質を担持した粒子を備え、また、電極触媒層において、水銀圧入法で求められる細孔の円筒近似による換算での直径1.0μm以下の細孔容積が外側である電極触媒層表面から内側である前記高分子電解質膜に向かって増加していることを特徴とするものである。電極触媒層の厚さ方向における細孔容積の分布を改善し、ガス拡散層に近い側から高分子電解質膜に向かって、厚さ方向に増加させることによって反応ガスの拡散性、電極反応で生成した水の除去などを阻害せずに、電極触媒層の保水性を高めることができ、さらに、従来の湿度調整フィルムの適用や、電極触媒層表面への溝の形成による低加湿化への対応と異なり、界面抵抗の増大による発電特性の低下が見られず、従来の膜電極接合体を備えた固体高分子形燃料電池に比べ、本発明の膜電極接合体を備えてなる固体高分子形燃料電池は、低加湿条件下でも高い発電特性を示すという顕著な効果を奏するので、産業上の利用価値が高い。
【符号の説明】
【0080】
1 高分子電解質膜
2 電極触媒層
2a 細孔容積の小さい電極触媒部(第1の電極触媒部)
2b 細孔容積の大きい電極触媒部(第2の電極触媒部)
3 電極触媒層
3a 細孔容積の小さい電極触媒部(第1の電極触媒部)
3b 細孔容積の大きい電極触媒部(第2の電極触媒部)
4 ガス拡散層
5 ガス拡散層
6 空気極(カソード)
7 燃料極(アノード)
8 ガス流路
9 冷却水流路
10 セパレーター
11 固体高分子形燃料電池
12 膜電極接合体
図1
図2