【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2012年08月23日にフランス国リヨンで開催されたInternational Conference on Magnetic Resonance in Biological Systems(ICMRBS)において発表
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
グルタミン酸(Glu)、イソロイシン(Ile)、リジン(Lys)、ロイシン(Leu)、メチオニン(Met)、プロリン(Pro)、グルタミン(Gln)、アルギニン(Arg)、スレオニン(Thr)、又はバリン(Val)である、請求項1から6のいずれかに記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸。
請求項1から9のいずれかに記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸の存在下、培養細胞、微生物、又は無細胞タンパク質合成系を用いてタンパク質を合成する工程を含む安定同位体標識脂肪族アミノ酸のタンパク質への組み込み方法。
請求項12の安定同位体標識脂肪族アミノ酸のタンパク質への組み込み方法により得られた精製されたタンパク質の溶液のNMRスペクトルを測定する工程を含むタンパク質のNMR構造解析法。
【背景技術】
【0002】
多種多様なタンパク質が有する生物学的機能は、各タンパク質に固有なアミノ酸の一次配列を有するペプチド鎖が、アミノ酸の一次配列に応じて独自の立体構造を形成することにより発現することが広く知られている。このため、タンパク質の立体構造情報は極めて重要な知的資産となっていて、国際的な情報集積機関(Protein Data Bank (以下、PDBともいう);例えば、"RCSB Protein data bank", [online], 構造バイオインフォマティクス研究共同体, [平成24年7月25日検索], インターネット(http://www.pdb.org/pdb/home/home.do)参照)等に集積されており、医学・生物学等の基礎研究や医薬品開発等の応用研究において広く利用されている。
タンパク質の立体構造を決定する実験的手法として、現在最も有力な方法はタンパク質の単結晶のX線回折を用いるX線結晶構造解析法であり、PDBに毎年集積されるタンパク質の立体構造情報の90%以上はこのX線結晶構造解析法により得られたものである。
一方、1980年代に登場したタンパク質の新たな構造決定手法であるNMR法は、現時点までにPDB等に提供された立体構造情報の僅か10%以下を占めるに過ぎないものの、タンパク質が結晶化された状態ではなく、タンパク質が生物学的機能を果たす環境に類似した環境である、水溶液中、ミセル中、及び脂質二重膜中等において、タンパク質中のアミノ酸残基が自由に動き回れる状態での構造決定が可能であり、所謂、「動的構造情報」を得ることが可能であるために、一般に「静的構造情報」を与えるX線結晶構造解析法とは全く異なった情報が提供されている。
このように、静的構造情報に加えて動的構造情報を利用できることは、タンパク質の立体構造情報を基礎研究や応用研究に活かしていくためには大きな利点となる。このため、NMR法による新たな解析技術の開発には、国際的にも多大な関心が集まっており、世界各地で様々な技術革新競争が展開されている。
【0003】
ここで、構造解析法として、既に半世紀もの実績を有するX線結晶構造解析法は技術として成熟している一方、誕生以来僅か20年余しか経過していない構造解析法であるNMR法は、依然、解決すべき多くの問題点を抱えている。そのような問題点のうち、可及的速やかな解決が求められている問題点は、NMR法により構造解析が可能なタンパク質が、分子量の比較的小さいタンパク質に限られている点である。
実際、NMR法により構造が特定され、PDBに登録されているタンパク質は、その分子量が概ね1万から2万程度のものである。このような現状での問題を解決するため、(1)安定同位体により標識されたタンパク質試料の調製技術、(2)多次元多核種NMR測定技術、(3)NMRスペクトル情報を利用した立体構造解析技術等、3つの基本的技術分野のそれぞれについて技術改良が進められており、最近では2万から2.5万程度の分子量を有するタンパク質の立体構造についても、NMR法を利用して決定できるようになった。しかしながら、これまでの改良技術を利用したNMR法の全てにおいては、分子量のより大きなタンパク質の構造を決定するため、構造解析の精度をある程度犠牲にすることを前提としていた。このため、従来の技術を利用し、NMR法により得られた高分子量タンパク質の立体構造情報においては、その構造解析の精度が不十分となり、このような構造解析の精度の問題が、得られた立体構造情報を医薬品開発等の分野において活用する際の大きな障害となっていた。
【0004】
本発明者らは、これまで、上記(1)から(3)の基本的技術分野の全てに関連する技術を最適化する方法を開発することにより、NMR法における分子量の制限を大幅に超えて構造解析が可能な技術を開発するとともに、構造解析の精度の大幅な改善や解析時間の大幅な短縮を図ることが可能であることを実証した(国際公開2003/053910号参照)。後に本発明者らがSAIL(Stereo-array isotope labeling; 立体整列同位体標識)法と命名したこの新規技術は、革新的な新技術としてNMR法により構造解析が可能な分子量の範囲を4万から5万程度に向上させ、同時に構造解析の精度も向上させることを可能にした。SAIL法の基本となる考えは、タンパク質を構成するアミノ酸残基の水素原子(
1H)数を、得られる立体構造情報の情報量を低下させることなく大幅に低減させ、より高精度の構造情報を迅速に得ようとするものである。近年、カナダのNMR研究グループは、タンパク質の疎水性コアを形成するアミノ酸残基のうち、ロイシン(Leu)、バリン(Val)、イソロイシン(Ile)のメチル基のみを選択的に
13C
1H
3とし、残りの水素原子を全て重水素化することにより分子量100kDaを越える高分子量タンパク質においてもこれらのアミノ酸残基のメチル基の鋭いNMRシグナルの観測でき、タンパク質のペプチド鎖における折れ曲がり構造を決定できることを報告した。この手法は、得られる構造情報の精度は不十分ながらも、容易に入手可能な上記のメチル標識アミノ酸を利用し簡便に試料を調製できたことと、従来は適用が不可能であると思われていた高分子量のタンパク質へのNMR法の適用が可能となったことにより、革新的な技術として応用が拡大しつつある。
一方、本発明者らは国際公開2007/099934号において、より確実且つ高感度でアミノ酸残基側鎖の
13C、
1Hシグナルを帰属するための安定同位体標識アミノ酸を開発した。これらの安定同位体標識アミノ酸は、側鎖メチレンプロトン(
1H)を、近傍の水素原子を重水素化することにより孤立させ当該メチレンプロトンに由来するNMRシグナルを高感度で観測することを可能にすると同時に、3J(
13C−
13C)や3J(
13C−
1H)等のスピン結合によりシグナル帰属を容易に達成することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、国際公開2007/099934号の発明を使用した場合、分子量が80kDaを超える高分子量タンパク質における
13C−
13C結合の存在は、NMRスペクトルの測定においてconstant time展開技術を利用することを要求するため、結果としてNMRスペクトルの感度や精度が大きく低下し連鎖帰属などの解析が著しく困難となる。
そこで本発明では、同一アミノ酸残基側鎖のNMRシグナルの観測感度を最高に高め、かつアミノ酸残基内のプロトン間におけるNOE(nuclear Overhauser effect)を観測可能にすることにより、アミノ酸残基側鎖のシグナルの帰属を可能にする安定同位体標識脂肪族アミノ酸を提供する。即ち、80kDaを超えるタンパク質の側鎖メチレンプロトンの立体特異的帰属をも可能とし、高分子量タンパク質の詳細な構造情報を入手可能とする新しい安定同位体標識脂肪族アミノ酸を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の発明者らは、上記課題に鑑み、鋭意研究を行った。その結果、2個以上の炭素原子を、互いに隣接しないように
13Cにより標識し、
13Cで標識した2個以上の炭素原子のうち、水素原子が結合可能である、メチル基以外の炭素原子には、1個の
1Hを直接結合させ、メチル基の炭素原子には少なくとも1個の
1Hを直接結合させた安定同位体標識脂肪族アミノ酸によれば、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
具体的には、本発明は以下のものを提供する。
【0007】
[1]タンパク質を構成する安定同位体標識脂肪族アミノ酸であって、次の(1)から(3)の条件を全て充足する安定同位体標識脂肪族アミノ酸:
(1)2個以上の炭素原子が
13Cにより標識されている、
(2)
13Cにより標識された2個以上の炭素原子のうち、水素原子が結合可能である、メチル基の炭素原子以外の炭素原子には、1個の
1Hが直接結合しており、メチル基の炭素原子には少なくとも1個の
1Hが直接結合している、及び
(3)全ての
13Cに隣接する他の炭素原子が、全て
12Cである。
[2](4)
1Hが直接結合する
13Cと、
1Hが直接結合する他の炭素原子との間に介在する炭素原子が3個以下である、[1]に記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸。
[3](5)
1Hが直接結合する前記他の炭素原子が
13Cにより標識されている、[2]に記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸。
[4](6)アミノ酸の側鎖に存在するメチレン鎖のうち、少なくとも1つのメチレン鎖の炭素原子が
13Cにより標識され、この
13Cに直接結合する2個の水素原子の一方が
2Hにより立体選択的に標識されている、[1]から[3]のいずれかに記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸。
[5](7)アミノ酸の側鎖に存在するメチレン鎖のうち、
12Cである炭素原子に直接結合する2個の水素原子が、一方が
2Hにより標識されているか、2個の水素原子の両方が、共に
1H又は
2Hである[1]から[4]のいずれかに記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸。
[6](8)プロキラルなgem−メチル基が存在する場合には、一方のgem−メチル基を
12C
2H
3又は
13C
2H
3により標識する、[1]から[5]のいずれかに記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸。
[7]グルタミン酸(Glu)、イソロイシン(Ile)、リジン(Lys)、ロイシン(Leu)、メチオニン(Met)、プロリン(Pro)、グルタミン(Gln)、アルギニン(Arg)、スレオニン(Thr)、又はバリン(Val)である、[1]から[6]のいずれかに記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸。
[8]以下の10種の構造式のうちの1つにより表される[1]から[7]のいずれかに記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸。
【化1】
(式中、Rは
13C
1H
3、
13C
1H
2D、又は
13C
1HD
2を示し、Hは
1Hと同義であり、Dは
2Hと同義であり、Cは
12Cと同義であり、*は立体中心を示し、上記アミノ酸は当該立体中心についていずれか一方のエナンチオマーである。nは0から2であり、nが1の場合は、上記アミノ酸は対象となる重水素の結合する炭素原子についてラセミ体でもいずれか一方のエナンチオマーであってもよい。)
【0008】
[9]以下の10種の構造式のうちの1つにより表される[1]から[7]のいずれかに記載の安定同位体標識脂肪族アミノ酸。
【化2】
(式中、Rは
13C
1H
3、
13C
1H
2D、又は
13C
1HD
2を示し、R
2は
1H又は
2Hを示し、R
3は
12C
1H
3、
12C
1H
2D、又は
12C
1HD
2を示し、Hは
1Hと同義であり、Dは
2Hと同義であり、Cは
12Cと同義であり、*は立体中心を示し、上記アミノ酸は当該立体中心についていずれか一方のエナンチオマーである。nは0から2であり、nが1の場合は、上記アミノ酸は対象となる重水素が結合する炭素原子についてラセミ体でもいずれか一方のエナンチオマーであってもよい。)
【0009】
[10]本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸のうちの少なくとも1種を含む組成物。
[11][8]又は[9]に記載された安定同位体標識脂肪族アミノ酸のうちの少なくとも1種を含む組成物であって、更に、以下の9種の構造式のうちの1つにより表される安定同位体標識アミノ酸のうちの少なくとも1種を含む組成物。
【化3】
(式中、Rは
13C
1H
3、
13C
1H
2D、又は
13C
1HD
2を示し、Hは
1Hと同義であり、Dは
2Hと同義であり、Cは
12Cと同義である。*は立体中心を示し、上記アミノ酸は当該立体中心についていずれか一方のエナンチオマーである。)
【0010】
[12]本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸の存在下、培養細胞、微生物、又は無細胞タンパク質合成系を用いてタンパク質を合成する工程を含む安定同位体標識脂肪族アミノ酸のタンパク質への組み込み方法。
[13]本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸のタンパク質への組み込み方法により得られた精製されたタンパク質の溶液のNMRスペクトルを測定する工程を含むタンパク質のNMR構造解析法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸は、2個以上の炭素原子を、互いに隣接しないように
13Cにより標識し、
13Cで標識した2個以上の炭素原子のうち、水素原子が結合可能である、メチル基以外の炭素原子には、1個の
1Hを直接結合させ、メチル基の炭素原子には少なくとも1個の
1Hを直接結合させているので、NMR法によるタンパク質の構造解析に際して、アミノ酸残基側鎖のNMRシグナルの観測感度が十分に高められ、アミノ酸残基内のプロトン間におけるNOEを観測可能なものとして、これによりアミノ酸残基側鎖のシグナル帰属を可能とする。このため、従来不可能であった80kDaを越えるタンパク質の側鎖メチレンプロトンの立体構造解析をも可能とし、高分子量タンパク質の詳細な構造情報を入手することを可能とする。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について、図面を参照して詳細に説明する。
<安定同位体標識脂肪族アミノ酸>
本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸は、以下の(1)から(3)の条件を全て充足する。
(1)2個以上の炭素原子が
13Cにより標識されている、
(2)
13Cにより標識された2個以上の炭素原子のうち、水素原子が結合可能である、メチル基の炭素原子以外の炭素原子には、1個の
1Hが直接結合しており、メチル基の炭素原子には少なくとも1個の
1Hが直接結合している、及び
(3)全ての
13Cに隣接する他の炭素原子が、全て
12Cである。
本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸を利用することにより、NMR法によるタンパク質の構造解析に際して、アミノ酸残基のNMRシグナルの観測感度が十分に高められ、アミノ酸残基内のプロトン間におけるNOEを観測可能なものとして、これによりアミノ酸残基側鎖のシグナル帰属を可能とする。このため、従来不可能であった80kDaを越えるタンパク質の側鎖メチレンプロトンの立体構造解析をも可能とし、高分子量タンパク質の詳細な構造情報を入手することを可能とする。
即ち、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸が、条件(1)及び(3)を充足することにより、スピン結合による
13Cシグナルの複雑化を回避することができる。国際公開2003/053910号及び2に記載される方法を含め、従来公知の方法では、
13C−
13Cのスピン結合を利用して安定同位体標識脂肪族アミノ酸に由来する
13Cシグナルの帰属を行っていたため、NMRスペクトルの感度や分解能を犠牲にする手法であるconstant time展開技術を採用して、スペクトルの複雑化を回避する必要があったが、安定同位体標識脂肪族アミノ酸が、条件(1)及び(3)を充足することにより、constant time展開技術を採用しなくとも、安定同位体標識脂肪族アミノ酸に由来する
13Cシグナルの複雑化を回避することが可能になる。このため、より高分子量のタンパク質であっても、高感度・高分解能でNMR構造解析法を実施することが可能となる。
また、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸が、条件(2)を充足するので、NOEを利用した
1Hシグナルの帰属により決定される立体構造情報が保持されると共に、安定同位体標識脂肪族アミノ酸の側鎖中の
1Hが過剰に残存することがないため、
1Hに由来するシグナルが双極子相互作用により広幅化することを回避できる。これにより、より高分子量のタンパク質であっても、高感度・高分解能でNMR構造解析法を実施することが可能となる。
つまり、本発明においては、
13Cに結合する
1Hが、アミノ酸中で他の
13C−
1Hから孤立しているため、この
1HのNMRシグナルの複雑化が防止され、
13C−
1Hに由来するシグナルを高感度・高解像度で観測することができる。
【0014】
本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸は、更に、以下の条件(4)から(8)からなる群から選ばれる少なくとも1以上の条件を充足することが好ましい。
(4)
1Hが直接結合する
13Cと、
1Hが直接結合する他の炭素原子との間に介在する炭素原子が3個以下である、
(5)条件(4)において、
1Hが直接結合する前記他の炭素原子が
13Cにより標識されている、
(6)アミノ酸の側鎖に存在するメチレン鎖のうち、少なくとも1つのメチレン鎖の炭素原子が
13Cにより標識され、この
13Cに直接結合する2個の水素原子の一方が
2Hにより立体選択的に標識されている、
(7)アミノ酸の側鎖に存在するメチレン鎖のうち、
12Cである炭素原子に直接結合する2個の水素原子が、一方が
2Hにより標識されているか、2個の水素原子の両方が、共に
1H又は
2Hである、
(8)プロキラルなgem−メチル基が存在する場合には、一方のgem−メチル基を
12C
2H
3又は
13C
2H
3により標識する。
本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸は、これら任意の条件のうち、(4)から(6)の条件を同時に充足することが好ましい。
【0015】
本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸が、条件(4)を充足することにより、複数の
1Hの間で観察されるNOEを利用して
1Hシグナルの帰属を行うことが容易となり、従来行われていた連鎖帰属法を利用せずにタンパク質中のアミノ酸残基の構造を帰属することが容易になる。
また、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸が、条件(5)を充足することにより、複数の
1Hの間で観察されるNOEを利用して
1Hシグナルの帰属を行うことが更に容易となり、従来行われていた連鎖帰属法を利用せずにタンパク質中のアミノ酸残基の構造を帰属することが更に容易になる。
本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸が、条件(6)を充足することにより、
13C−
1Hに由来するシグナルを単純化できると共に、
1Hが立体選択的に
13Cに結合しているので、−
13C
1H
2H−全体の立体特異的帰属も可能となる。
また、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸が、条件(7)を充足することにより、
12Cに結合する両方の水素原子が
2Hにより標識されている場合には、他の炭素原子に結合している
1Hシグナルを単純化できると共に、
12Cに結合する水素原子の少なくとも一方が、
1Hである場合には、他の炭素原子に結合している
1Hとの間で観測されるNOEにより、タンパク質中のアミノ酸残基の構造を帰属することが可能となる。
更に、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸が、条件(8)を充足することにより、メチル基のシグナルの数を低減することができるため、シグナルの複雑化を回避することができる。
【0016】
安定同位体脂肪族アミノ酸としては、上記条件(1)から(3)を充足し、タンパク質を構成する脂肪族アミノ酸であれば、特に限定されるものではないが、グルタミン酸(Glu)、イソロイシン(Ile)、リジン(Lys)、ロイシン(Leu)、メチオニン(Met)、プロリン(Pro)、グルタミン(Gln)、アルギニン(Arg)、スレオニン(Thr)、又はバリン(Val)であることが好ましい。
また、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸は、具体的には、以下の10種の構造式のうちの1つにより表されるものであることが好ましい。
【化4】
(式中、Rは
13C
1H
3、
13C
1H
2D、又は
13C
1HD
2を示し、Hは
1Hと同義であり、Dは
2Hと同義であり、Cは
12Cと同義であり、*は立体中心を示し、上記アミノ酸は当該立体中心についていずれか一方のエナンチオマーである。nは0から2であり、nが1の場合は、上記アミノ酸は対象となる重水素の結合する炭素原子についてラセミ体でもいずれか一方のエナンチオマーであってもよい。)
【0017】
更に、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸は、以下の10種の構造式のうちの1つにより表されるものであることが更に好ましい。
【化5】
(式中、Rは
13C
1H
3、
13C
1H
2D、又は
13C
1HD
2を示し、R
2は
1H又は
2Hを示し、R
3は
12C
1H
3、
12C
1H
2D、又は
12C
1HD
2を示し、Hは
1Hと同義であり、Dは
2Hと同義であり、Cは
12Cと同義であり、*は立体中心を示し、上記アミノ酸は当該立体中心についていずれか一方のエナンチオマーである。nは0から2であり、nが1の場合は、上記アミノ酸は対象となる重水素が結合する炭素原子についてラセミ体でもいずれか一方のエナンチオマーであってもよい。)
【0018】
これらの安定同位体標識脂肪族アミノ酸は、従来公知の調製方法を採用し、脂肪族アミノ酸中における同位体標識部位に応じて、特異的に
13Cや
2Hにより標識された反応原料を用いることにより調製することができる。即ち、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸は、例えば、国際公開2003/053910号に記載されたアミノ酸の調製方法に準じて調製することができ、使用される安定同位体標識された反応原料についても、大陽日酸株式会社等から上市されている反応原料等(「Acetic acid-2-13C」、「Acetic acid-1-13C」、「deuterium oxide」、「Deuterium」、「Glycine-2-13C,15N」等)を使用すればよい。また、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸は、以下の文献1から4に記載されたアミノ酸の調製方法に準じて調製してもよい。なお、国際公開2003/053910号の記載内容については、参照により本明細書の記載に組み込まれるものとする。
【0019】
[文献1]Oba, M.; Ueno, R.; Fukuoka (nee Yoshida), M.; Kainosho, M.; Nishiyama, K., Synthesis of L-threo- and L-erythro-[1-
13C, 2,3-
2H
2]amino acids: novel probes for conformational analysis of peptide side chains., J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1 1995, 1603.
[文献2]Terauchi, T.; Kamikawai, T.; Vinogradov, M. G.; Starodubtseva, E. V.; Takeda, M.; Kainosho, M. Synthesis of stereoarray isotope labeled (SAIL) lysine via the "head-to-tail" conversion of SAIL glutamic acid. Org. Lett., 2011, 13, 161-163.
[文献3]Okuma, K.; Ono, A. M.; Tsuchiya, S.; Oba, M.; Nishiyama, K.; Kainosho, M.; Terauchi, T. Assymetric synthesis of (2S,3R)- and (2S,3S)-[2-
13C;3-
2H] glutamic acid. Tetrahedron Lett., 2009, 50, 1482-1484.
[文献4]Terauchi, T.; Kobayashi, K.; Okuma, K.; Oba, M.; Nishiyama, K.; Kainosho, M. Stereoselective synthesis of triply isotope-labeled Ser, Cys, and Ala: amino acids for stereoarray isotope labeling technology. Org. lett., 2008, 10, 2785-7.
【0020】
<安定同位体標識脂肪族アミノ酸を含む組成物>
本発明は、上記安定同位体標識脂肪族アミノ酸を含む組成物にも関する。本発明の組成物は、上記安定同位体標識脂肪族アミノ酸からなる群から選ばれる少なくとも1種と、担体とを含む。本発明の組成物における、各安定同位体標識脂肪族アミノ酸の組合せ、及びその濃度は、本発明の組成物の使用目的に応じて適宜調整すればよい。
なお、本発明の組成物が、安定同位体標識脂肪族アミノ酸として、上記した20種の具体的な構造式で表されるArg、Gln、Glu、Ile、Leu、Lys、Met、Pro、Thr、及びValから選ばれる少なくとも1種を含む場合、本発明の組成物は、更に、以下の9種の構造式のうちの1つにより表される安定同位体標識アミノ酸のうちの少なくとも1種を含むことが好ましい。
【化6】
(式中、Rは
13C
1H
3、
13C
1H
2D、又は
13C
1HD
2を示し、Hは
1Hと同義であり、Dは
2Hと同義であり、Cは
12Cと同義である。*は立体中心を示し、上記アミノ酸は当該立体中心についていずれか一方のエナンチオマーである。)
【0021】
<安定同位体標識脂肪族アミノ酸のタンパク質への組み込み方法>
本発明は、上記安定同位体標識脂肪族アミノ酸のタンパク質への組み込み方法にも関する。ここで、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸のタンパク質への組み込み方法は、上記安定同位体標識脂肪族アミノ酸の存在下、培養細胞、微生物、又は無細胞タンパク質合成系を用いてタンパク質を合成する工程を含む方法である。
即ち、本発明においては、NMR法による構造解析の目的とするタンパク質をコードする遺伝子断片を、上記培養細胞、微生物、又は無細胞タンパク質合成系等において過剰発現可能な態様でこれらの系に導入し、上記安定同位体標識脂肪族アミノ酸の存在下、タンパク質を過剰発現させることにより、特定のアミノ酸残基が本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸に由来するアミノ酸残基により置換されたタンパク質を合成するものである。
このような安定同位体標識脂肪族アミノ酸のタンパク質への組み込み方法を実施する際の詳細な条件は、培養細胞、微生物、又は無細胞タンパク質合成系を使用した従来のタンパク質の過剰発現の方法に準じた条件とすればよい。
【0022】
<タンパク質のNMR構造解析法>
本発明は、上記安定同位体標識脂肪族アミノ酸のタンパク質への組み込み方法により得られた精製タンパク質の溶液のNMRスペクトルを測定する工程を含むタンパク質のNMR構造解析法にも関する。NMRスペクトルの測定方法は、従来公知の手法を採用すればよく、NMRスペクトルの測定にあたって、当該タンパク質を、従来公知のリガンドや、他のタンパク質に結合させた状態とし、当該タンパク質、リガンド、及び他のタンパク質が複合体を形成した状態で、NMRスペクトルを測定してもよい。
これらのNMR構造解析法を実施する際の詳細な条件は、従来のNMR構造解析法に準じたものとすればよい。
【実施例】
【0023】
以下、本発明について、実施例を挙げて詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
【0024】
<安定同位体標識ロイシンの合成>
上記[文献1]から[文献3]、及び以下の[文献5]に記載された手法に準じ、公知の合成法によって、化学式1及び2で示される2種の安定同位体標識ロイシン(以下、それぞれ「Leu(1)」及び「Leu(2)」と表示することがある)を合成した。各安定同位体標識ロイシンの合成方法を以下に示す。
[文献5]Nahm, S.; Weinreb, S. M., N-Methoxy-N-methylamides as effective acylating agents. Tetrahedron Lett., 1981, 22, 38153818.
【化7】
【化8】
【0025】
<安定同位体標識ロイシンを組み込んだタンパク質の調製>
Leu(1)を組み込んだリンゴ酸合成酵素G(分子量82kDa;以下、「MSG」と表示することがある)は、以下の文献6の方法に準じて公知の手法により調製したが、ロイシンの添加及び培養方法は以下のように変更した。リンゴ酸合成酵素G(MSG)をコードするDNA配列を有するプラスミドMSG−pET28bを大腸菌BL21(DE3)pLysS株へ形質転換した後、この形質転換された大腸菌を、軽水を用いて調製されたLB培地(2ml)中で増殖させた。増殖した菌体を集菌し、これを、重水を用いて調製されたM9培地(3ml)中、各種ビタミン存在下、37℃で、20時間培養した後、Leu(1)(0.67mg)を溶解させた本培養用培地(100ml)に植菌し、37℃でOD
600が0.3程度になるまで培養した。得られた培養液に、Leu(1)(1.33mg)及びIPTG(終濃度1mM)を更に添加してMSGの合成を誘導し、37℃で8時間培養後、菌体を遠心集菌した。得られた菌体からタンパク質を文献6の方法に準じた公知の方法で精製することにより[Leu(1);
2H;
15N]MSGを得た。[Leu(2);
2H;
15N]MSGについてもLeu(1)と同様の手法を用いて調製した。
[文献6]Tugarinov V, Muhandiram R, Ayed A, Kay LE, Four-dimensional NMR spectroscopy of a 723-residue protein: Chemical shift assignments and secondary structure of malate synthase G. J Am Chem Soc, 2002, 124: 10025-10035.
【0026】
<NMR法による構造解析>
本発明のNMR構造解析法と、従来法との比較を行うため、
図1にその構造を示す[ul−
13C;
15N]Leu、
図2にその構造を示すSAIL−Leu、
図3にその構造を示すoro−SAIL−Leu、Leu(1)及びLeu(2)を用いて調製した[
2H;
15N]MSGのCT TROSY−HSQCを測定した(
図1から
図5)。これらのサンプルのHα水素は、重水中で培養されているため代謝により重水素原子で標識されている。MSGは723残基のアミノ酸からなる高分子量タンパク質であり、ロイシン残基だけでも70残基存在する。[ul−
13C;
15N]Leuを組み込んだMSGではβ位のシグナルは140個観測されるはずであるものの、実際には、隣接する
13C及び
1H核間の緩和現象の影響によりシグナルの広幅化が顕著となり、β位のシグナルはほとんど観測されなかった(
図1)。また、SAIL−Leuにおいては、βプロトンの片方が重水素化されていることから測定感度は[ul−
13C;
15N]Leuと比べて若干向上しているものの、70残基のうち33残基分のシグナルしか観測されなかった(
図2)。また、oro−SAIL−Leuにおいては、βプロトンのビシナル位に存在する水素がすべて重水素化されている効果により、SAIL−Leuと比べ観測されるβ位のシグナル数が増加しているものの、依然
13C核間の緩和現象の影響により、十分な感度が得られず70残基のうち38残基のみが観測されるに過ぎなかった(
図3)。一方、本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸の一例であるLeu(1)及びLeu(2)では、β位とδ位の炭素原子及び水素原子が、特異的に
13C及び
2Hにより標識されており、緩和の影響を極限まで排除している。その結果、Leu(1)及びLeu(2)を組み込んだMSGにおいては、それぞれ66残基及び67残基分のβプロトンに由来するシグナルを観測することが可能となった(
図4、
図5)。
【0027】
Leu(1)とLeu(2)を利用することにより、高分子量タンパク質においても、高感度で且つ立体特異的にβプロトンを観測する事が可能となることが分かった(
図6、
図7)。さらに、アミノ酸残基内のアミドプロトンやδメチルプロトンと、βプロトンとのNOEを解析することで、配列特異的な連鎖帰属やLeu側鎖の立体配座を簡便に決定する事が可能となる。例として、MSGの180番目のロイシン(L180)の残基内NOEのスペクトルを
図8に示す。L180のδ1メチルプロトン(
図10のa)、δ2メチルプロトン(
図10のb)及びアミドプロトン(
図10のc)から、L180のβ2、β3プロトンのシグナルが観測されたが、各々のシグナル強度の関係が異なっていることが分かる。つまり、この結果から、δ1メチルプロトンとβ2、β3プロトンは同程度の距離にあり、δ2メチルプロトンからは、β3プロトンがβ2プロトンよりも近い位置にあることが分かる。一方、アミドプロトンからはβ2プロトンの方がβ3プロトンよりも近い位置にあることが分かる。
これらの結果から、L180の各原子団の相対配置が明らかとなり、立体配座を正確に決定できる(
図9)。
ここで、Leu残基は一般に、タンパク質内部に存在し、他のアミノ酸残基と疎水性相互作用を介したコア構造を形成することが多い。従って、Leu残基由来の情報は、タンパク質の立体構造解析において非常に有用である。本発明の安定同位体標識脂肪族アミノ酸の一例であるLeu(1)及びLeu(2)は、高分子量タンパク質中においても高感度のシグナルを与え、且つ立体配座の情報も与えることができるため、溶液NMR法による高分子量タンパク質の立体構造解析法に新しい道を示すものとなる。
【0028】
<安定同位体標識プロリンの合成>
下記[文献7]から[文献9]に記載された手法に準じ、公知の合成法によって、化学式3で示される安定同位体標識プロリン(以下、Pro(3)と表示することがある)を合成した。各安定同位体標識プロリンの合成方法を以下に示す。
【化9】
【0029】
[文献7]Iida, K.; Kajiwara, M. J. Label. Compd. Radiopharm. 1991, 29, 201.
[文献8]Kajiwara, M.; Lee, S.-F.; Scott, A. I.; Akhtar, M.; Jones, C. R.; Jordan, P. M. Chem. Commun. 1978, 967.
[文献9]Reddy, L. R.; Reddy, B. V. S.; Corey, E. J. Org. lett., 2006, 8, 2819.
【0030】
<安定同位体標識プロリンを組み込んだタンパク質の調製>
上記の安定同位体標識プロリンPro(3)を用いたリンゴ酸合成酵素G(MSG)は、文献6の方法に従い調製したが、安定同位体標識プロリンPro(3)の添加方法及び培養方法は以下のように変更した。MSG−pET28bプラスミドをE.coli BL21(DE3)pLysS株へ導入した後、軽水を用いて調製されたLB培地(2ml)で増殖させた。これを、重水を用いて調製されたM9培地(3ml)中、各種ビタミンの存在下で、37℃、20時間培養した後、安定同位体標識プロリン(Pro(3)、1mg)が溶解している本培養用培地(100ml)に植菌し、37℃でOD600=0.3程度になるまで培養した。得られた培地に安定同位体標識プロリン(Pro(3)、2mg)及びIPTG(終濃度1mM)を添加し、37℃で8時間培養後、遠心集菌した。得られた菌体からタンパク質を文献6に従い精製することにより[Pro;
2H;
15N]MSGが得られた。
【0031】
<NMR法による構造解析>
従来法との比較を行うため、
図10及び
図11にその構造を示す[ul−
13C;
15N]Pro、
図12及び
図13にその構造を示すSAIL−Pro、並びに
図14から
図16にその構造を示すPro(3)を用いて調製した[
2H;
15N]MSGのCT TROSY−HSQCを測定した。MSGは723残基のアミノ酸からなる高分子量タンパク質であり、プロリン残基だけでも31残基存在する。[ul−
13C;
15N]Proを組み込んだMSGのα位及びγ位のシグナルはそれぞれ31個および62個観測されるはずだが、実際には、隣接する
13C、
1H核間の緩和現象の影響によりシグナルの広幅化が顕著となり、シグナルはほとんど観測されない(
図10及び11)。また、SAIL−Proにおいても同様に側鎖のプロトンの片方が重水素化されているが、
13C核間の緩和現象の影響により、十分な感度が得られず31残基のうちのほとんどが観測されていない(
図12及び13)。一方、本発明で示したPro(3)では、α位とγ位が特異的に
13C、
1H標識されており、緩和の影響を極限まで排除している。その結果、Pro(3)を組み込んだMSGにおいては、α位は31残基分のプロトンに由来するシグナルを観測することが可能となる(
図14から16)。