(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る多孔質樹脂成形体の製造方法の実施形態について説明する。なお、以下の説明において「多孔質樹脂成形体」とは、複数の細孔が散在した多孔質構造部を有する樹脂製の成形体であって、その全体が多孔質構造を構成するもののほか、その一部が多孔質構造を構成するものも含む包括的な概念を表すものとする。
【0022】
図1に示すように、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法は、準備工程S1、膨潤処理工程S2、及び白化工程S3を含む。
【0023】
準備工程S1は、アクリル樹脂から成る樹脂成形体と、有機溶媒をアルカリ若しくは無機塩の水溶液又は水と混合した混合液と、を準備する工程である。この準備工程S1において準備する樹脂成形体は、後述する各工程S2,S3により多孔質化される被処理材となる。樹脂成形体の厚み、大きさ、形状等については特に限定されないが、後述する混合液の調製や膨潤処理工程S2における処理条件の設定等との関係から、これらの寸法・形状の設計の際にはアクリル樹脂の分子量を把握しておく方が望ましい。
【0024】
樹脂成形体を構成するアクリル樹脂として、代表的には(メタ)アクリル酸樹脂が用いられる。(メタ)アクリル酸樹脂としては、例えば、(メタ)アクリル酸エステル類のホモポリマー、(メタ)アクリル酸エステル類とこれに共重合可能なモノマーとのコポリマーなどが挙げられる。(メタ)アクリル酸エステル類としては、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸イソブチル、(メタ)アクリル酸n−オクチル、(メタ)アクリル酸ドデシル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸ステアリル、(メタ)アクリル酸フェニル、(メタ)アクリル酸ジメチルアミノエチルなどが挙げられる。また、(メタ)アクリル酸エステル類に共重合可能なモノマーとしては、(メタ)アクリル系モノマー類、ビニルエーテル類、ビニルケトン類、N−ビニル化合物などが挙げられる。本実施形態では、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)を主成分とする透明なアクリル板が用いられている。
【0025】
準備工程S1において準備する混合液は、後述する各工程S2で用いられる処理液である。かかる混合液の調製に使用する有機溶媒として、例えば、ケトン系溶媒、エーテル系溶媒、アルコール系溶媒が用いられる。このほか、エステル系溶媒、アミド系溶媒、ニトリル系溶媒などを使用してもよいと考えられる。ケトン系溶媒として、具体的には、アセトン、メチルエチルケトン(MEK)等が挙げられる。同様に、エーテル系溶媒として、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、ジエチルエーテル等が挙げられる。アルコール系溶媒として、エタノール、メタノール、1−プロパノール、イソプロピルアルコール(IPA)、1−ブタノール(n−ブチルアルコール)、2−メチル−1−プロパノール(イソブチルアルコール)、2−ブタノール(sec−ブチルアルコール)、2−メチル−2−プロパノール(tert−ブチルアルコール)、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等が挙げられる。エステル系溶媒として、酢酸エチル等が挙げられる。アミド系溶媒として、ジメチルアセトアミド(DMA)、ジメチルホルムアミド(DMF)等が挙げられる。ニトリル系溶媒として、アセトニトリル等が挙げられる。このほか、ジエチレングリコール、ジエチレングリコールジメチルエーテル等を使用してもよい。混合液の調製に使用する有機溶媒は、これらの群から選択される単一溶媒であってもよいし、複数種の溶媒から成る混合溶媒であってもよい。
【0026】
上記の有機溶媒と混合するアルカリの水溶液として、例えば、アルカリ金属の水酸化物の水溶液が用いられる。アルカリ金属の水酸化物として、具体的には、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが挙げられる。あるいは、アルカリ土類金属の水酸化物(例えば、水酸化カルシウム)であってもよいと考えられる。また、上記の有機溶媒と混合する無機塩の水溶液として、例えば、アルカリ金属のハロゲン化物の水溶液が用いられる。アルカリ金属のハロゲン化物として、具体的には、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウムのようなアルカリ金属の塩化物が挙げられる。このほか、アルカリ金属のフッ化物、臭化物、ヨウ化物のうち水溶性を有するものや、水溶性を有するアルカリ土類金属の無機塩、あるいは炭酸塩、硫酸塩などを使用してもよいと考えられる。
【0027】
準備工程S1で準備する混合液における有機溶媒の濃度は、後述する膨潤処理工程S2での処理条件(例えば、混合液の温度、樹脂成形体の混合液への浸漬時間など)を考慮して適宜調整される。有機溶媒と混合する水溶液におけるアルカリ又は無機塩の濃度についても同様である。なお、準備工程S1で準備する混合液は、必ずしも上述のアルカリや無機塩が含まれている必要はない。この場合、有機溶媒を水で所要濃度になるまで希釈した混合液を使用すればよい。但し、アルカリや無機塩を含む混合液を使用する方が、多孔質構造部を構成する細孔の孔径の均一化を図ることができる点でより望ましい。
【0028】
膨潤処理工程S2は、樹脂成形体を混合液に浸漬し、樹脂成形体の一部又は全体を膨潤させた膨潤体を得る工程である。本工程S2において最も重視すべきは、被処理材である樹脂成形体を溶解させないという点にある。すなわち、本工程S2により得られる膨潤体は、最終生成物である多孔質樹脂成形体を得るための中間生成物に相当するが、この中間生成物の時点において、樹脂成形体の性状は変化しつつも原形が保持されているという特徴を有している。例えば、準備工程S1で準備された樹脂成形体が方形状の透明なアクリル板である場合、このアクリル板から得られる膨潤体は、一定時間浸漬後、混合液から取り出された時点では溶媒を吸収して膨潤・軟化しているものの、その透明性は維持されつつその形状も概ね方形状のまま保持された状態にある。
【0029】
つまり、膨潤処理工程S2で得た膨潤体が「樹脂成形体の原形を保持している状態」とは、「樹脂成形体の外形や寸法に生じる変化が、その原形を認識し得る程度に抑えられている状態」を意味する。したがって、本工程S2では、混合液への浸漬の前後において、もとの樹脂成形体の原形を認識し得る限り、一定の程度の範囲内にある変形を許容しても特に問題はない。本工程S2における変形の程度の許容範囲については、本実施形態の製造方法により得られる多孔質樹脂成形体の用途等に応じて適宜選択・変更すればよい。
【0030】
膨潤処理工程S2では、上述のような膨潤体を得ることが可能な適正範囲で処理条件が設定される。この処理条件として、具体的には、混合液の温度、樹脂成形体の混合液への浸漬時間などが挙げられる。混合液の温度調整については、樹脂成形体が浸漬された状態で混合液を加熱してもよいし、所望温度まで予熱された混合液に樹脂成形体を浸漬するようにしてもよい。また、浸漬時間については、前述した混合液の設定温度のほか、例えば、溶媒混合比、アルカリや無機塩の水溶液の濃度、樹脂成形体を構成するアクリル樹脂の分子量等に応じて適宜調整される。
【0031】
白化工程S3は、膨潤処理工程S2で得た膨潤体に含まれる有機溶媒を脱溶媒し、膨潤体を白化させる工程である。膨潤体に対する脱溶媒処理として、例えば、膨潤体を水中へ一定時間だけ浸漬する方法が挙げられる。但し、脱溶媒される膨潤体が、ある程度の剛性を保持した軟化の程度が弱いものであるような場合には、その膨潤体を白化させることが可能である限り、単なるすすぎ洗浄程度の処理であっても構わない。脱溶媒する際の水温については特に限定されないが、多孔質構造部を構成する細孔の孔径の微細化・均一化を図りたい場合には、脱溶媒時に膨潤体を冷却可能な温度であることが望ましく、0℃近くの低温であることがより望ましい。こうして脱溶媒された膨潤体は白化した状態となる。ここでいう「白化」とは、樹脂の色が完全に白色に変化した状態のほか、外観上白みを帯びた状態を視認できる程度に失透した状態も含む概念を表すものである。その際、混合液を構成する成分の一部が残存していてもよい。
【0032】
なお、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法は、上述した準備工程S1、膨潤処理工程S2、及び白化工程S3以外の他の工程を含んでいてもよい。当該他の工程として、例えば、白化した樹脂成形体を乾燥する工程、白化した樹脂成形体の外形を整える整形工程などが挙げられる。
【0033】
こうして、準備工程S1、膨潤処理工程S2、及び白化工程S3を経て得られた樹脂成形体の白化した部分を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した拡大写真を
図2(a)に示す。かかる拡大写真に示されているように、樹脂成形体の白化した部分には、複数の細孔Pが散在した多孔質構造部が形成されていることが確認された。かかる事実から、上記の準備工程S1,膨潤処理工程S2,及び白化工程S3を経て白化した樹脂成形体において、少なくともその白化した部分は多孔質化されているものと考えられる。つまり、本実施形態において「白化」は「多孔質化」と同視し得る事象であると捉えても差し支えないものであると推測される。
【0034】
この多孔質構造部をより詳細に観察した結果、
図2(b)に示すように、細孔Pには、比較的孔径の大きい一の細孔P1と、この一の細孔P1よりも孔径の小さい他の細孔P2とが存在することが確認できた。また、一の細孔P1と一又は複数の他の細孔P2とは、互いに連通しており、これら複数の細孔P1,P2によって連通孔P3が形成されていることも確認された。各細孔P(一の細孔P1及び他の細孔P2)の孔径は、例えば、アクリル樹脂の分子量や膨潤処理工程S2、白化工程S3における処理条件等によって変動するが、下記の各実験例の結果によると、概ね0.2〜15μm程度の大きさであった。
【0035】
なお、
図2(b)に示すSEM写真は、本実施形態の製造方法により得られた多孔質樹脂成形体の断面の一部を拡大観察したものであるが、上記のように、孔径の異なる細孔P1,P2が互いに連通する状態で連通孔P3を形成していることから、細孔Pは、複数の連通孔P3が連続的に連通して多孔質構造部を貫通する連続孔である可能性が高いと考えられる。なお、
図2(b)において、一又は複数の細孔P1,P2並びに一又は複数の連通孔P3の組合せから成る独立孔も確認できたが、処理条件さえ合致すれば、このような独立孔からも連続孔が形成される蓋然性が極めて高い状態にあることを示唆している。
【0036】
このように、本実施形態の製造方法によれば、上記のような細孔P1,P2及び連通孔P3から成る連続孔及び独立孔が併存するという特徴を有する多孔質樹脂成形体も得ることができるが、膨潤処理工程S2及び白化工程S2における処理条件次第で、多様な形態の多孔質化を実現することが可能であると考えられる。
【0037】
次に、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法により樹脂成形体を多孔質化することが可能な各工程S1〜S3での処理条件の適正範囲についての検討、及び、その実験結果について具体的に説明する。
【0038】
[実験例1]
[樹脂成形体の準備工程]
まず、被処理材となる樹脂成形体として、メタクリル酸メチルポリマー(和光純薬工業株式会社製)から成る透明なアクリル板(厚さ約0.3〜0.5mm)を縦10mm×横20mmの方形状に切り出したものを複数枚準備し、これを共通の試料片として用いた。この試料片(アクリル板)の数平均分子量は約60,000であり、重量平均分子量は約130,000であった。
【0039】
[混合液の準備工程]
また、処理液として、濃度3mol/Lに調製された水酸化カリウム水溶液(3M KOH)とアセトンとの混合液であって、有機溶媒(アセトン)の体積パーセント濃度が異なる9種類の混合液1〜9を準備した。混合液1におけるアセトンの体積パーセント濃度は0%であった。同様に、混合液2は2.5%、混合液3は5%、混合液4は7.5%、混合液5は10%、混合液6は15%、混合液7は20%、混合液8は25%、混合液9は50%であった。
【0040】
[膨潤処理工程及び白化工程]
準備した複数の試料片及び混合液1〜9を用いて、上記の膨潤処理工程S2および白化工程S3を以下のとおりに行った。具体的には、各混合液1〜9の温度をそれぞれ6℃、40℃、60℃、及び80℃に設定し、上記試料片をそれぞれの混合液中に一律3時間浸漬した。この時点で、試料片としたアクリル板は(1)混合液に完全に溶解したもの、(2)非溶解状態ではあるが原形が保持されず変形したもの、(3)原形を保持したまま軟化し膨潤体となったもの、(4)もとの剛性を維持したまま軟化せず膨潤体とならなかったものの何れかに分類し得る状態となった。これらのうち、状態(2)〜(4)に分類された試料片を混合液から取り出した後、水中へ浸漬し脱溶媒した。その後、水中から取り出した試料片を、(a)白化したものと、(b)白化しなかったものとに目視により分類した。これらの結果をまとめたグラフを
図3に示す。
【0041】
なお、
図3に示す「●」は「所望の多孔質樹脂成形体が得られた場合(上記(3)−(a)の組合せ)」を示すものとする。これと同様に、「▲」は「白化したが変形を伴った場合(上記(2)−(a)の組合せ)」を、「■」は「膨潤も白化も認められなかった場合(上記(4)−(b)の組合せ)」を、「×」は「試料片が溶解した場合(上記(1)−(b)の組合せ)」をそれぞれ示すものとする。これは、以下に示す表1〜表4においても同じであるものとする。
【0042】
図3に示すように、混合液の温度が6℃の条件下での処理においては、混合液8,9を用いた場合に試料片の原形を保持した状態で多孔質化された多孔質樹脂成形体を得ることができた。同様に、混合液の温度が40℃の条件下での処理では混合液5を用いた場合に、混合液の温度が60℃の条件下での処理では混合液4,5を用いた場合に、混合液の温度が80℃の条件下での処理では混合液3,4を用いた場合にそれぞれ所望の多孔質樹脂成形体が得られた。一方、前述の組合せ以外の条件下では、所望の多孔質樹脂成形体を得られなかった。
【0043】
ここで、上記の組合せに係る処理条件のもと各工程S2,S3を行った結果、多孔質樹脂成形体が得られた条件と得られなかった条件とを整理すると、混合液中の有機溶媒の体積パーセント濃度(溶媒混合比)および混合液の温度の条件次第で試料片(樹脂成形体)の多孔質化の可否結果が変動していることがわかる。即ち、混合液中における有機溶媒の体積パーセント濃度が同一であっても混合液の温度の設定次第で試料片を多孔質化できる場合とできない場合がある。同様に、混合液の温度条件が同一であっても混合液中における有機溶媒の体積パーセント濃度次第で試料片を多孔質化できる場合とできない場合がある。
【0044】
このことから、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法においては、混合液中の有機溶媒の体積パーセント濃度(溶媒混合比)および混合液の温度について、樹脂成形体の原形を保持しつつ多孔質化することを実現可能な条件の適正範囲が存在するものと推測される。具体的には、
図3に示す短破線曲線Aと長破線曲線Bとで挟まれた領域Cの範囲内であれば、少なくとも樹脂成形体の原形を保持しつつこれを多孔質化できる適正範囲となる条件を満たしていると判断してよいものと考えられる。
【0045】
[実験例2]
次に、被処理材となる樹脂成形体として、一般に市販されている透明なアクリル板(厚さ3mm,数平均分子量:約500,000、重量平均分子量:約900,000)を縦10mm×横20mmの方形状に切り出したものを準備し、これを他の試料片として上記混合液8の温度を60℃に設定して上記膨潤処理工程S2及び白化工程S3を行った。また、上記実験例1では試料片の混合液への浸漬時間を一律3時間としていたが、本実験例2では、当該浸漬時間をそれぞれ1時間、3時間、6時間、及び24時間として他の試料片の多孔質化の有無を確認した。その結果、何れの処理時間によっても他の試料片には多孔質構造部が形成されていることがSEMを用いた観察により確認できた。
【0046】
ここで着目すべきは、混合液の配合構成、混合液の設定温度、試料片の混合液への浸漬時間が全て同一の条件であっても、実験例1と実験例2とで各試料片の多孔質化の可否にについて結果が異なっている点にある。即ち、上記の実験例1,2では何れも混合液8を準備し、その温度を60℃に設定して各試料片を混合液8中に3時間浸漬するという同一条件での処理を行っていが、結果的に、実験例1では試料片が混合液に完全に溶解し多孔質樹脂成形体を得られなかったのに対し、実験例2では他の試料片が混合液に溶解することなく多孔質構造部の形成が実現されている。
【0047】
このことから、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法においては、樹脂成形体を構成するアクリル樹脂の分子量に応じて、樹脂成形体の原形を保持しつつ多孔質化することを実現可能な条件の適正範囲が変動するものと推測される。具体的には、分子量が大きいアクリル樹脂であるほど
図3に示す短破線曲線Aと長破線曲線Bとで挟まれた領域Cの面積が広がる傾向を示し、特に膨潤処理工程S2における処理条件が緩和されると共に多孔質化が可能な適正範囲が拡大されるものと考えられる。
【0048】
[実験例3]
上記実験例2により多孔質化された他の試料片について、それぞれの多孔質構造部を構成する多数の細孔の中から任意に選択した細孔の孔径を測定したところ、他の試料片の混合液8への浸漬時間が1時間の場合は約1.5μm、3時間の場合は約2μm、6時間の場合は約5μm、24時間の場合は約8μmであった。これを、縦軸が細孔の孔径、横軸が他の試料片の混合液8への浸漬時間とするグラフとして
図4に示す。
図4に示すように、細孔の孔径は、混合液8への浸漬時間が長くなるにつれて線形的に大きくなっていることがわかる(
図4の二点鎖線を参照)。つまり、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法によれば、樹脂成形体に形成される細孔の孔径を混合液への浸漬時間の調整により制御できると考えられる。
【0049】
[実験例4]
上記実験例1で用いた試料片と同一のものを複数枚準備した。また、上記実験例1で用いた混合液5を準備した。次に、膨潤処理工程S2として、混合液5の温度を60℃に設定し、当該混合液5中へ各試料片を24時間浸漬して所望の膨潤体を得た。続いて、白化工程S3として、前記工程S2により得られた複数の膨潤体を、異なる温度の水中へ一律1時間浸漬して脱溶媒した結果、各膨潤体が白化した。この白化工程S3で使用した水の温度設定はそれぞれ0℃、60℃、及び100℃であった。こうして得られた各試料片について白化した部分をSEMで観察した結果、各試料片は何れも多孔質化されていることが確認された。
【0050】
次に、多孔質化した各試料片について、細孔の孔径の平均値を表面から一定深さ毎に算出した。その結果を、縦軸が細孔の孔径平均値、横軸が試料片の表面からの深さとするグラフとして
図5に示す。なお、各深さにおける孔径平均値は、画像処理ソフト(メディアサイバネティクス社製 Image-Pro Plus 6.3 J)を用いて以下のように算出した。まず、各試料片の表面から400μmの深さに至るまでの複数の深さ領域において、それぞれ任意の部分のSEM写真を撮影した。これらのSEM写真について確認可能な全ての細孔を真円に近似し、各近似真円の径寸法の平均値をその深さ領域における孔径平均値とした。
【0051】
図5に示すように、白化工程S3で使用する水の温度を60℃に設定した場合(
図5では「○」で示す)および100℃に設定した場合(
図5では「△」で示す)は、細孔の孔径平均値が0.2〜3μmの間に分布していたのに対し、0℃に設定した場合(
図5では「◎」で示す)は、細孔の孔径平均値が0.2〜0.9μmの間に分布していた。また、試料片の表面から400μmの深さに至るまでの多孔質構造部における細孔の孔径平均値は、水温が60℃のとき0.76μm、100℃のとき0.86μmであったのに対し、0℃のときは0.33μmであった。さらに、それぞれの温度設定によってばらつきの程度に多少の差異があるものの、表面から深い位置の多孔質構造部ほど孔径平均値が大きくなる傾向がみられた。このことから、低温で白化工程S3を施すことで細孔の孔径の微小化及び均一化を図ることができるものと考えられる。かかる特性を利用して白化工程S3で使用する水の温度を適宜調整すれば、細孔の孔径を制御することも可能である。
【0052】
[実験例5]
上記実験例2により多孔質化された他の試料片のうち、混合液8に1時間浸漬したもの及び3時間浸漬したものについて、それぞれの切断面をSEMで観察した。その結果、試料片の表面から多孔質化された部分までの深さに差異が生じていることが確認された。具体的には、混合液8に1時間浸漬したものは約500μmの深さまで多孔質構造部が形成されていたのに対し、3時間浸漬したものは約1,500μmの深さまで多孔質構造部が形成されていた。このことから、混合液8を用いて他の試料片の多孔質化処理を行う場合においては、浸漬中1時間につき約500μmの深さまで多孔質化が進んだものと考えられ、その進行速度は線形的に変動すると推測される。
【0053】
[実験例6]
混合液8に変えて、濃度1.5mol/Lに調製した水酸化カリウム水溶液(1.5MKOH)とアセトンとの混合液であって、有機溶媒(アセトン)の体積パーセント濃度が25%の混合液10を準備した。この混合液10を用いて上記実験例2,5と同様の実験を行った。その結果、他の試料片を混合液10に1時間浸漬した場合及び3時間浸漬した場合の何れも多孔質構造部が形成されていることが確認された。また、混合液10に1時間浸漬したものは約200μmの深さまで多孔質構造部が形成されていたのに対し、3時間浸漬したものは約800μmの深さまで多孔質構造部が形成されていた。なお、6時間浸漬したものについては、約1,100μmの深さまで多孔質構造部が形成されていた。このことから、混合液10を用いて他の試料片の多孔質化処理を行う場合においては、浸漬中1時間につき約200μmの深さまで多孔質化が進んだものと考えられ、その進行速度についても概ね線形的に変動すると推測される。
【0054】
上記実験例5及び実験例6の結果を総合的に勘案すれば、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法において、混合液への浸漬時間や混合液の配合を適宜調整することにより、樹脂成形体を多孔質化する際の処理深さを制御できると考えられる。これにより、樹脂成形体の部分的な多孔質化をより高精度で実現可能となるという利点が得られる。
【0055】
[実験例7]
上記実験例1で用いた試料片と同一のものを複数枚準備した。また、混合液5及び混合液7に含まれる有機溶媒をアセトンから下記の表1に示す各種の有機溶媒に置換した各種の混合液をそれぞれ準備した。これらの混合液の温度を一律60℃に設定し、準備した試料片の各混合液への浸漬時間を一律3時間として上記膨潤処理工程S2及び白化工程S3を行い、各試料片の多孔質化の有無を確認した。その結果を下記の表1に示す。
【0057】
表1に示すように、有機溶媒としてイソプロピルアルコール(IPA)または1,4−ジオキサンを採用し、その体積パーセント濃度を10%に調製した各混合液、及び、有機溶媒としてエタノールを採用し、その体積パーセント濃度を20%に調製した混合液を用いた場合に、各試料片が多孔質化されたことが確認できた。一方、当該処理条件では多孔質化を実現できなかったものも多数確認されたが、処理条件を変更すれば多孔質化を実現できる有機溶媒も存在するものと推測される。有機溶媒の種類に応じて処理条件の適正範囲も変動すると考えられるからである。
【0058】
[実験例8]
上記実験例1で用いた試料片と同一のものを複数枚準備した。また、混合液3、混合液5及び混合液7に含まれる有機溶媒をアセトンから下記の表2に示す各種の有機溶媒に置換した各種の混合液をそれぞれ準備した。これらの混合液の温度を一律60℃に設定し、準備した試料片の各混合液への浸漬時間をそれぞれ24時間、48時間として上記膨潤処理工程S2及び白化工程S3を行い、各試料片の多孔質化の有無を確認した。その結果を下記の表2に示す。
【0060】
表2に示すように、有機溶媒としてメタノールまたはエタノールを採用し、その体積パーセント濃度を10%に調製した混合液を用いた場合において各試料片の各混合液への浸漬時間を24時間としたとき、何れの試料片においてもその一部が多孔質化されたことが確認できた。但し、多孔質化が確認できたのは試料片全体のうち表面近傍のみであり、その内部にまで多孔質構造部が形成されてはいなかった。一方、上記表1に示すように、同一配合の混合液で浸漬時間を3時間とした場合には試料片は多孔質化されていなかった。また、アセトンを有機溶媒とする混合液のうち、アセトンの体積パーセント濃度が5%のものについて着目すると、当該混合液への浸漬時間を24時間としたときには試料片が多孔質化されていないのに対し、浸漬時間を48時間としたとき試料片は多孔質化が確認されていることがわかる。
【0061】
上記実験例7及び実験例8の結果を勘案すれば、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法において、様々な種類の有機溶媒を用いた場合であっても樹脂成形体を多孔質化させることが可能であることがわかる。同時に、用いる有機溶媒に応じた処理条件の適正範囲が存在し、その範囲は有機溶媒の種類によって異なるという点についても、これらの結果により裏付けられたものと考えられる。
【0062】
[実験例9]
上記実験例1で用いた試料片と同一のものを複数枚準備した。また、混合液3、混合液5及び混合液7に含まれるアルカリを濃度3mol/Lに調製された水酸化カリウム水溶液(3M KOH)から同濃度に調製した水酸化リチウム水溶液(3M LiOH)及び水酸化ナトリウム水溶液(3M NaOH)に置換した各種の混合液、及びこれらのアルカリを無機塩(塩化リチウム(3M LiCl),塩化ナトリウム(3M NaCl),塩化カリウム(3M KCl))に置換した各種の混合液をそれぞれ準備した。さらに、前述した混合液に含まれる有機溶媒をアセトンから1,4−ジオキサンに置換した各種の混合液を準備した。これらの混合液の温度を一律60℃に設定し、準備した試料片の各混合液への浸漬時間を一律24時間として上記膨潤処理工程S2及び白化工程S3を行い、各試料片の多孔質化の有無を確認した。その結果を下記の表3に示す。
【0064】
表3に示すように、アセトンを体積パーセント濃度で10%含む水酸化ナトリウム水溶液との混合液を用いた場合を除き、何れの混合液によっても試料片の多孔質化を実現できることが確認された。なお、このアセトン−水酸化ナトリウムの組合せから成る混合液についても、試料片の白化は確認されているため、試料片の原形を保持できる適正範囲内での処理条件に微調整して膨潤処理工程S2及び白化工程S3を行えば、所望の多孔質樹脂成形体が得られる蓋然性は極めて高いと推測される。微調整の手法としては、例えば、アセトンの体積パーセント濃度を低くしたり、試料片の浸漬時間を短縮したりすることが考えられる。
【0065】
[実験例10]
上記実験例1で用いた試料片と同一のものを複数枚準備した。また、処理液として、有機溶媒と水との混合液であって、有機溶媒の体積パーセント濃度をそれぞれ10%、20%、30%、40%、50%、及び60%に調製した各種の混合液を準備した。これらの混合液に含まれる有機溶媒として、アセトンまたは1,4−ジオキサンを採用した。各混合液の温度を一律60℃に設定し、準備した試料片の各混合液への浸漬時間をそれぞれ3時間、24時間として上記膨潤処理工程S2及び白化工程S3を行い、各試料片の表面及びその内部における多孔質化の有無を確認した。その結果を下記の表4に示す。
【0067】
表4に示すように、有機溶媒がアセトン又は1,4−ジオキサンの何れであるかに関わらず、また、浸漬時間が3時間又は24時間の何れであるかに関わらず、有機溶媒の体積パーセント濃度が10%,20%の混合液を用いた場合には、試料片に白化(多孔質化)した部分は確認できなかった。また、有機溶媒の体積パーセント濃度が50%,60%の混合液を用いた場合には、白化(多孔質化)は確認できるものの、試料片の原形は保持されておらず半溶解したような状態への変形がみられた。一方、有機溶媒の体積パーセント濃度が30%,40%の混合液を用いた場合には、アセトン40%の混合液に試料片を24時間浸漬した条件下で試料片に若干の変形がみられたが、それ以外の条件下では、試料片の原形が保持された状態で白化(多孔質化)した部分も確認された。
【0068】
[実験例11]
上記実験例10により多孔質化された各試料片について、その表面及び内部の切断面をそれぞれSEMで観察した。また、参考例として、アセトン40%の混合液に試料片を24時間浸漬した条件下で処理された試料片についてもSEMで同様の観察を行った。その結果、有機溶媒の種類及び浸漬時間の違いで、多孔質化の傾向や細孔の孔径に関する特徴的な違いが確認された。かかる相違点に関する対比結果を下記の表5に示す。
【0070】
表5に示すように、有機溶媒がアセトンの場合において、その体積パーセント濃度が30%のとき、浸漬時間を3時間とした場合には試料片の表面及び内部の何れにも細孔の存在が確認されたが、24時間とした場合には試料片の内部では細孔を確認できず、表面においてのみ細孔が確認された。また、アセトンの体積パーセント濃度が40%のとき、浸漬時間を3時間とした場合には試料片の表面及び内部の何れにも細孔の存在が確認されたが、24時間とした場合には内部に細孔の存在が確認できたものの試料片の原形は保持されなかった。
【0071】
また、有機溶媒が1,4−ジオキサンの場合において、その体積パーセント濃度が30%のとき、浸漬時間を3時間とした場合及び24時間とした場合の何れにおいても試料片の内部では細孔を確認できず、表面においてのみ細孔が確認された。一方、1,4ジオキサンの体積パーセント濃度が40%のとき、浸漬時間を3時間とした場合及び24時間とした場合の何れにおいても試料片の内部、表面の両方において細孔の存在が確認された。
【0072】
次に、形成された細孔の孔径に着目すると、0.5〜2μm程度の微細なものから10〜15μm程度の粗大なものまで存在している。したがって、多孔質構造部を構成してはいるものの各細孔の孔径寸法が均一であるとは言い難い。また、細孔の孔径について試料片の表面と内部とで対比すると、内部に形成された細孔の孔径寸法の方が表面に比べてばらつきが大きいように思われる。これに対し、上記実験例1〜9により得られた多孔質化した各試料片の細孔の孔径寸法と対比すると、実験例1〜9で得られた多孔質体の方が実験例10,11で得られたものよりも孔径のばらつきが小さい傾向が強かった。
【0073】
上記実験例10及び実験例11の結果を勘案すれば、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法において、アルカリ又は無機塩は必ずしも混合液に含有されている必要はないが、これらを含有する混合液を用いた場合には、多孔質構造部を構成する細孔の孔径が均一化される傾向が強まることがわかった。
【0074】
以上のとおり、本実施形態に係る多孔質樹脂成形体の製造方法によれば、上記の準備工程S1、膨潤処理工程S2、及び白化工程S3により、準備した樹脂成形体に対して、その原形を保持しつつ多孔質化させることが可能である。これにより、予め所定形状に成形加工された樹脂成形体の多孔質化を後処理的に行うことが可能となり、より複雑な形状の多孔質体を形成することが可能となる。また、多孔質化のための処理工程が極めて簡便であるという利点もある。
【0075】
また、混合液の調製に用いられる有機溶媒、アルカリ、及び無機塩を上記の物質から適宜選択すれば、これらの配合構成や膨潤処理工程S2における処理条件(例えば、樹脂成形体の混合液への浸漬時間、混合液の温度設定等)、あるいは白化工程S3における処理条件(例えば、脱溶媒する際に使用する水の温度設定など)を適宜変更することで、細孔の孔径寸法や樹脂成形体表面からの多孔質化処理の深さ等を制御できる。このため、多孔質構造部の密度調整や部分的な多孔質化等を実現することができる。
【0076】
さらに、本実施形態で得られた多孔質樹脂成形体は、多孔質構造部を構成する細孔Pが、一の細孔P1と、一又は複数の他の細孔P2とが連通して成る連通孔P3を含む。この連通孔P3が、例えば、他の連通孔P3と更に連続的に連通して多孔質構造部を貫通しているような場合には、連続孔を有する多孔質体としての用途にも幅広く適用することが可能である。さらに、細孔Pが独立孔を含む場合には適度な剛性を保つことができる。そのため、複雑な形状を有するものであっても多孔質化後の樹脂成形体の形状安定性を確保することができる。
【0077】
このように、本実施形態の多孔質樹脂成形体において、複数の連通孔P3から成る連続孔と一又は複数の細孔P(一の細孔P1若しくは他の細孔P2、又は一又は複数の連通孔P3)から成る独立孔とが併存するものを選択すれば、連続孔と独立孔の何れの特徴点も相乗的に生かすことができるという利点がある。
【0078】
しかも、多孔質構造部が外面から所要深さまで形成された多孔質樹脂成形体によれば、表面処理的な多孔質化が実現されている。したがって、例えば、樹脂成形体表面の部分的な造形処理など幅広い技術分野における応用が可能である。
【0079】
尚、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づいて種々なる改良、修正、または変形を加えた態様でも実施できる。また、同一の作用又は効果が生じる範囲内で、何れかの発明特定事項を他の技術に置換した形態で実施しても良い。